March 2024

March 12, 2024 19:10

2024/3/12 21:57-

ANA航空にて(成田→LAX)


最近は随分と仕事が楽しくなってきた。


一つ。

プロジェクト。

この会社に戻ってからメンバーに選ばれた、新規品目のプロジェクト。

誰もが、売れないと口々に言う。

売れると信じてるのは、開発した人たちと、

経営者の一部。

そんな中で、米国での市場が一番デカいので、

そこ向けにまずは売り込む為に、

アメリカ市場に詳しい自分が選ばれた。

今年は2年目。

もう2年目も終わる中、今日は、アメリカで開かれる展示会に、アメリカの商社と共同出展すべく、この品目を開発した、うちの会社の顧問コンサルタントの先生と、2人でLAに向かってるところ。

関わってない外野の人たちは口々に、こんなの売れるわけがない、と、売れない理由をとうとうと述べる。

そんな中、俺は,これにかけて、今年やって来た。

自分の本業(自分の担当顧客、エリア)は他にある中、このプロジェクトにも、力を注いできた。

結果、今は、このプロジェクトの中心みたいになっている。みんなが、頼ってくれる。

そして、皆さんが協力してくれる。

本当に有り難く、やりがいがある。

毎日、プロジェクト関連者と電話でかなり話すけど(みんな拠点がバラバラだから-岐阜/大阪/長野/東京-)

それが楽しい。

皆さん、俺より年上。

俺もこの前40になったけど、俺よりも20から30上の方達が、協力して下さる。

特に、開発者のコンサルタントの先生(70歳)と、

もう1人の開発の方(62歳)から学ぶことは大きい。

人間的にも、考え方的にも、今後の人生の考え方的にも。色んな視点で。


去年、一年前の4月。

土曜か日曜の朝に、妻と家で話していて、

いかに会社の周りの外野が、彼らは何もしていないくせに、いかに売れないかを話すことに対して、俺が頭に来ていること、

そして、経営者はこれを売らなければならないと必死に言っているにも関わらず、社員の誰もが協力しないことに、頭に来ていて、

「あんなに、経営者の方も、コンサルタントの方も、これに賭けてるのに、周りはただ文句言うだけ。あの人たちの想いを知っているのか?と頭に来る。俺が絶対売ってやる、というのが今の俺のやりがいだよ、この会社においての」と話していたら、悔し涙が出てきた。

そんなことがあってから、約一年。

こうして、LAでの展示会に向けて、コンサルタントの先生と2人で出張に向かっている。

彼も、俺を最近ずいぶん買ってくれている。

色んな話をしてくださる。

有難い。有難い。有難い限り。

他のプロジェクトの方も、他の部署の方も、みんな協力してくださる。

有難い。有難い。


だから、毎日仕事が楽しい。


*********

一つ。

最近仕事がすごく回っている。

おそらく半年から数ヶ月くらい前から、

「仕事が回り出した」と感じ始めた。

2022/4にこの会社に戻って。

「出戻り」のレッテルは、やはり厳しかった。

誰もが歓迎してくれるわけじゃない。

一度辞めた人間がまた戻ってきて。

どうせまた辞めるんだろう?

そんな感じを、感覚で、そう思われているんだろうなと、肌で感じることもあった。

前にいた時と、態度が変わった人も多かった。


しかし。

そんな、ある意味「差別」にも耐え、

ただひたすら、耐えた。

ただひたすら、どんなに不条理な態度を取られても、

嫌なことがあっても、

ひたすら耐えた。

ひたすら、礼儀正しく、丁寧な言葉で、

丁寧に、丁寧に、人と接し、

仕事をした。

頭に来ることがあっても、

そこで俺も酷い態度を取っては、

相手にレベルを合わせているだけ。

それよりも、どんなに酷い態度を取られても、

俺は常に紳士であれば、

いずれ、相手に非はあれど、俺には非は生まれない。

そして、そんな酷い態度を取る相手によって感じるこのマイナスの感覚は、

俺以外の誰もが同様に感じているからこそ、

カルマは巡るというか、

俺が手を下さなくても良い。

俺が、その相手からマイナスを感じることすら、意味がない。

そう自分に言い聞かせて、この2年ほど、自分を鍛えてきた。


そんな俺の丁寧さが、逆に相手に舐められることもあった。

でも、それは、表面しか見ない人からのレスポンス。

本質を見る人は、そんな浅はかな態度は取らない。

そして、不思議なのは、

表面しか見ない人も、

俺がそれでもひたすら耐えて、丁寧に接し続ければ、真摯で、紳士で、居続ければ、

次第に、相手が変わっていくということ。


まるでそれは、ひたすら、相手がどんなに酷い手を打っても、(例えるなら、オセロで黒を出され続けても)、

ひたすら、丁寧に、相手にとって真摯に対応していけば(オセロの白を出し続ければ)

気づけば、自分のボードが、白だけになって行ったような感じ。


そんなわけで、日常の業務も、

どの部署も、みんながようやく俺を信頼し出し、

ものすごく仕事がしやすくなった。

それは結果、毎日の「楽しさ」につながる。

結局は、毎日の仕事とは、毎日仕事を一緒にする人たちとの、人間関係だから。


だから、今、毎日仕事が楽しい。


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一つ。

去年の夏に入った、後輩の子。

その子に本格的に仕事を教え出したのは11月くらいからだが、

とても素直な子で、教えたこともきちんとやってくれるので、教え甲斐がある。

今まで後輩を持った際、全ての人がそうではなく、

理屈っぽかったり、要領が悪かったり、覚えが悪かったり、言葉は悪いけれど頭が悪かったり、

色んなタイプの人がいる。

でも、その子は、頭もいいし、要領もいいし、何より、素直なので、教え甲斐がある。

人に教えるって、誰かを育てるって、

こんなに楽しかったのかと、気付かされる。

だから、その子に教えることで時間はもちろん取られるが、そこから得られる喜びも大きいので、

結果、仕事が楽しい。

また、俺より一回り以上若いが、だからこそ、気付かされる新しい価値観のようなものもある。

今いる会社のような小さなコミュニティは、人の出入りが激しくないので、

気づかない間に、そこでの常識が、自分の人生の常識になってしまっていることが多い。

それは、価値観の硬直化を示し、

結果、気づかない間に、頭の硬いオジサンになっている事となる。

それに気づかなことが、一番怖い。


******


以上。

3つの要素で、仕事が楽しい。


******


最後に。

最近、妻といろいろ話したが、

主に、ここ数年の、振り返り。


俺は、今の会社から前職に2018年の頭に移り、2019年ころから体調がおかしくなり、

結果、体を壊した。

健康を失い、

ものが食えなくなり、

眠れなくなり、

頭痛が止まらなくなり、

吐き気が止まらなくなり、

脳が言葉通り動かなくなり、

乗り物酔いがひどくなり、

仕事ができなくなり、

結果、人生が終わった。


俺は一度、死んだも同様。

2020-2021年に、一度俺は死んだと思っている。

最近、振り返って、

「あの時俺は死んだんだ」と、改めて気付かされた。


そして、一度死んだからこそ、

こうして復活した今、

この「今」は、

ボーナス期間だと感じている。

浦飯幽助が、生き返ったように。


もう、なかったもの。

プラスアルファでもらったもの。


だからこそ、今、この毎日を、感謝している。

このありがたさを、享受している。


先日、会社での昼ごはん時、

過去の俺がいかに尖っていたかの話題になった。

(他の人が振った話から、何故かその話題に)

過去の俺のいくつかのエピソードを聞き(今、客観的に聞くと、かなりヤベえヤツだったことが分かる)

後輩の子が言った。

「なぜ、そんなに当時は尖っていたのに、この数年で今はそんなに丸くなったのですか?」


その時は、一言で答えられなかったので、

「まあ、色々ありました」と答えたが、

その後、なぜかその質問が心に残っていた。


なぜなんだろう?


結局、答えは、

一度俺は死んだからなんだろう。


今の俺を見て、過去の俺を知る人は、

俺は猫を被っていると言う人もいる。

そうなのかもしれない。

人との軋轢を、もう意味がないと達観してしまったのかもしれない。

でも、ちょっと違う。

根本的に、変わってしまった感じ。

そういうレベルの、そういう次元の話ではない感じ。

先日妻にも話したが、

2019年くらいまでの俺が、その当時の実年齢の35歳くらいだとすれば、

今は、40際にも関わらず、心的には、

70歳くらいになってしまった感じがする。


なんだか、70歳くらいの人と話して、ようやく話が合う感じがする。

急に、精神的に老けてしまった気がする。

様々な経験のせいで。この数年の。


だから、俺と同年齢の、いわゆる、そう言う経験をしていない人と話すと、

少し、ずれを感じたりする。

ちょっと違うというか、

その、彼らが持つ「勢い」というか、

その「表面的な見方」というか、

そういうのじゃ、ないんだけどな、人生って、

みたいな。


だから、前の俺は、よく緊張していたし、

誰かに期待されると、硬くなってたし、

必要以上に、固くなってた気がする。

今の俺は、なんか、その感覚が、ほぼなくなってしまった。

だからこそ、どんな場面でも、一歩引いて自分を見ている自分がいるというか、

緊張する舞台でも、緊張はもちろんするが、

どこか、ボーナス的にこの人生を今とらえているからか、

根本は、そんな状況こそをも、

「うわあ、生きてるからこそ、この今の状況も経験できてるんだな、有難いな、楽しいな」

と、どこか他人事のように、自分のその状況を楽しんでいる自分がいる。


なんか、一度死んで、また生き返ってきたみたいに。

ボーナストラック的に、今の人生を楽しんでいる自分がいる。


その余裕というか、一歩引いてみている感が、

最近の、特に、プロジェクトで、自分よりも20-30歳くらい年上の方々が、心を許してくれる理由なのかもしれない。わからない。


******


もう、40歳になって、

40という年齢は、もう、若くないんだなと感じさせられるし、

オジサンの年齢だなと思うけど、

相変わらず、精神的には若くて、

中学くらいから変わってない自分と(多分、俺の根本の部分。根っこの性格の部分)、

この数年の経験により、一気に精神的に老けてしまった自分が、

この、40歳という身体に共存している。


40歳の体に、

13歳の自分と、

70歳の自分が、共存している。みたいな感覚。


******


以上。

最近、ここ最近感じていたことを記した。


また,人生が、楽しい。

ありがたい。


この2年ほど、

いや、

2019年くらいから、

5年くらい、

死なずに、

諦めずに、

ひたすら、耐えてきた甲斐があった。と思う。


2024/3/12 22:53


PS.  でも、今俺が生きてるのは、

妻の支えがあったから、

辛い時期に、ひたすら耐えて、支えてくれたのは、妻。

だから、上に、ひたすら、耐えてきた甲斐があった、と書いたが、

ひたすら耐えたのは、妻だと思う。

俺は、なんとか、死なずに、生かされた,という感じがする、

その2年くらいは、仕事においては、確かに耐えてきたと思うけど、

でも、この状態に達することができたのは、

妻のサポートがあったからなんだ。


妻には、感謝しても、仕切れない。



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