苫米地英人

April 08, 2014

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2013/4/24発刊。
久しぶりにこの人の本を読みました。
2012年にはハマって、毎日の様に読んでいました。

*****

この本では、
『「病は気から」ではなく、「健康は気から」です』というのがメッセージ。
「病気にならない」と言うのは、「病気」という言葉を発する時点で、
結局は”病気”を意識しているから、
その人は結局病気になる。
でも、「俺は絶対に健康でいる」「常に自分は健康だ」
と、自分がめちゃくちゃ健康で、100歳まで強靭な体で元気バリバリで生きている姿を
ありありと毎日イメージして生きれば、
絶対に元気でいる、というもの。

この人は風邪菌が体に入ったと思った時は、
市販の100円のオレンジジュースを買ってきて、
自分の体の中の菌が一つ一つ死んで行くイメージをありありとして飲むらしい。
すると、次の日には必ず元気になっているとか。
これを妻に話すと、妻もスタバのチャイラテを飲みながら、
同じ事をイメージして飲んでいたとか。
(そんなわけで、妻から言わせると、
苫米地氏の言っていることは、彼女にとっては常識の範囲のことであり、
本を読むまでもない、と。)

*****

また、顔にできたシミやシワにしても、
その存在を嫌って、「どうしてこれが出来たんだろう」と悩みながら生きるよりも、
体に出来たそれと、共存して行こう、
「それを愛そう」と思って生きると、次第にそれは消えて行く、と言っている。
「自分の顔のシワを愛そう。すると、いつの間にかシワは消えている」と。
(結局そのシワは消えるんかい、という妻のツッコミ)

それを読んで、自分も、
薄くなってきている後頭部と、ベジータの生え際を愛そうと思いました。
それと、最近昔に比べてはりがなくなってきた肌を。

*****

そんなわけで、この本では、今まで彼が書いてきた数十冊もの本と、
言っていることはほぼ変わりありません。
言っている内容の対象を、「健康、体」に変えただけ。

結局は、抽象度でいうと、
物理的なものが一番抽象度が低く、
だからこそ、常に高い抽象度を持って、物事をみて考えようと。
そして、抽象的な観点で自分のコンフォートゾーンを書き換えてしまえば、
一番抽象度の低い物理空間である体は、
必ず、その自分が設定したコンフォートゾーンにアジャストして来る、と。

自分が、常に健康でいること。
それを、自分のコンフォートゾーンにしなさい、と。

そういう話です。

2014/4/8 22:04






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August 31, 2012

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東洋館出版社より(2008/11/18)に刊行。

タイトルに対する内容は、
本の半分くらいしかありません。
要は、

「人間の脳が最も活発に成長する0歳〜13歳の間に、
抽象的な思考をする習慣を子どもに身につけさせよう」

ということ。

「抽象的な思考」をさせるには、
常に、
「なぜ信号では止まらなきゃいけないの?」
「コーヒーカップとは何?」
などのように、
質問を続けて聞いて行くこと。

すると、子どもはそれに対して、
必死に頭を使って、理由を考える。

それをくり返させることで、
次元の低い具象的な考えから、
抽象的な考えへと思考を巡らせていくクセを身につける事ができる、と。


*****

この本では他の半分程で、
読書の仕方、(先日自分が読んだ「クロックサイクルの速め方」と被る内容)
エフィカシー(自分の能力の自己評価)の高め方、(「まずは親を超えなさい!」と同じ内容)
IQを高める効果的な方法のディベート、(「知的生産力が無限大にアップする 超人脳の作り方」と同じ内容)

などに関して、ちらちらと触れます。


そして最後は、苫米地氏が実際に行った
イェール大学やカーネギーメロン大学、
そして自分が子ども時代から今に至るまで、
どれだけ凄かったかの羅列、となります。


僕はこの方の本をもう30冊以上読んでいるので、
この人のこういう自慢的な口調には慣れていますが、
それにしても、本当に自分のことを話すのが好きな人だなあと思います。
思うに、相当エフィカシーが高いのでしょう。


*****


以上、
さらっと読める本。

2012/8/31 21:44












追記:
ちなみに彼は、至る本で、
「テレビは見てはいけない」と言います。
テレビは見るものに考える事を辞めさせ、
かつ、最近流行のテロップ(話している人物の言葉がそのまま文字で映されること)は、
より視聴者のIQを下げるそうです。

ちなみにテロップで言えば、
最近のNHKは、朝のニュースもうるさいですね。

思えば俺が小学生の頃、
つまり20年以上前は、
うちの母親は、朝は決まってNHKを付けていたものです。
理由は、「民放はうるさいけれど、NHKは静かだから」。

それが、最近はNHKの朝のニュースもうるさいです。
しっかりとテロップも流れるし、
そのテロップも、何だか民放から借りて来た様な
下品な蛍光カラーを使ったものとなっています。

毎回見るたびに思うけどさ、
NHKはヘタに民放を真似せずに、
「私たちはNHK」という感じで、
めちゃめちゃ真面目路線をずっと行けばいいのにね。

うちの会社では昼の休憩中もNHKを流しているので、
よくNHKを見ますが、
12時からの20分間のニュースが終わったあと、
その後の番組は、
見るに耐えられないものが多いですね。

あの、中途半端なギャグとか、
見ていて居心地が悪くなります。

NHKは、自分たちの良さを分かっていないのかな、
と思います。

*****

それと、民放の朝のニュースね。
あれは何ですか。

朝からアヒル口をした可愛いフリフリのスカートをはいた
女子アナを何人も起用しているけれど、
あれは、首都圏の20代から40代の男性層向けなわけ?

だとしたら、女性の視聴者に対してはどういうメッセージを送っているのだろう?
女性は、あの民放のノリを見て、
「私もああいう格好をしなくちゃ」と思うんだろうか。
もしもそう思わされている女性がいたら、
何と悲惨なことか、と、
今朝ニュースを見ながら考えてしまった。

それよりも、NHK教育テレビのピタゴラスイッチの、
「こんなことできません」を見ている方がよっぽど良いと思う。

****

話が完全にずれたが。
本に戻り。

また、苫米地氏は、
この本でも、
本を沢山読む事の重要性を説く。

せめて一ヶ月300冊は無理でも、
100冊は読みましょう、と。

自分の興味の無い分野に至っても、
ランダムに読む事で、
自分の視野が広がるとか。

人間は、自分が「知らない」ことは見えないことから、
本を読むことで、
「今まで知らなかった事を知る」
→「今まで見えなかったものが見える」
→「抽象度が上がる」
とか。


しかし、きっと俺の妻から言わせると、
「そんなに本を読まなくたって、
自分次第で抽象度は上げられるし、
テレビだって、見ながら色々考える事で賢くなれるし、
そんなに頑張る意味がない」
と反論されそうです。











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日本文芸社より(2010/11/27)に刊行。

2012/08/19に読み終わる。

*****

内容は主に、彼がここ数年の著書でくり返し述べている内容。
今回は主に、
日本のマスコミやテレビ、新聞などが如何に人々をマインドコントロールしているかについて強く触れる。

読んでいて面白かったのは、
日経新聞の記事が如何に仕組まれたかに関して。

先日感想を書いた「日本は財政危機ではない」にも同じ様なことが触れられていたが、
日経新聞を初め、
大手主要新聞社の記事は、
記者クラブに入り、大手企業や政府から、
彼らに対して有利で都合の良い記事を書く様に仕向けられているとの事。


時期によっては、
株主総会に向けてその企業に有利になるような情報が、
それが決して確定ではないにしても、
日経の一面で流されたりと、
そういう事がされている事を著者は指摘する。


*****


個人的に、
自分はその記者クラブを見た事はないので、
大手新聞社の記事、及びその記者たちの記事の書き方の実態に関して
何とも言えないが、

自分が毎日複数の新聞を読んでいて感じるのは、
(基本的に、日経、読売、及び自分が今住んでる県のローカル新聞の3つ)
新聞社によって、書く記事が非常に偏っているということ。


基本的に日経は、
大手企業のことしか触れないし、
大手企業に肩入れをしているかのような雰囲気が見え見え。

読売は、政治のことが大好き。

以外と、
県の新聞などローカル新聞などの方が、
純粋にその県に基づいたニュースを載せること集中しているので、
政治欄や国際欄などは、
どの大手主要新聞よりも純粋に、要点を突いた詳しいニュースが載っていたりする。


*****


ちなみに今では、ネットも個人で自由に使える時代なので、
「新聞やテレビでしか」得られない情報、
というものはほぼ存在しない。


ほんの20年前、
まだネットが普及していない頃には、
確かにテレビや新聞を通さないと、
世の中の情報を得られなかったが、それも今ではない。


その上で、様々なテレビや新聞に目を通すと、
それぞれの作成局の意向が色強く反映されているのが分かってしまうので、
段々と、テレビや新聞を見る意味を感じなくなってしまう。
(ここで言う「テレビを見る事」とは、ニュース番組を見る、ということに置いて。)



また、日経に関しては、
日経新聞社が大体的に、
「日経を読まないとビジネス界でやって行けない」
みたいな事を宣伝しているが、
あれは、ただ単に日経社が自分の会社の売り上げを上げたいだけじゃないのか、
と思ってしまう。


確かに、世の中のビジネスマンは、
日経に載っている記事を話の切り口にする事も多いから、
その為に目を通す、ということも必要だが、
必ずしも、日経の記事だけを信じていては、
「自らの視点→日本国内の狭いビジネス界のみに焦点が合わされる」
という事態に気づかぬ間に陥りかねない。


*****


などということを、
ここ数ヶ月感じる。


2012/9/1 6:39am





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ソフトバンククリエイティブ (2011/11/16)刊行。

2012/08/19に読む。

*****

結論は、

・モノを書く時には、
まずは著者が、それに対して圧倒的な知識と情報を持っていなければならない。

・文章を書く際には、
ものごとを俯瞰的に見て、
例えばA, B, C, D, E, Fに関して書くのなら、
その6つの異なる物事に共通した要素をピックアップして書かなければならない。

ということ。

凄く簡潔に言うと、
「モノを書く際にも、視点を上げて、
最大公約数のことを書きなさい。
また、書く前に自分が何を書こうとしているのかを決め、
それに対して圧倒的な知識と情報を持ちなさい。
そうでないと、人を動かす文章は作れません」
ということ。


******

ちなみに、
ソフトバンククリエイティブはいつも面白い切り口から書いた本を出版するなあ、と思う。

2012/9/1 6:24am










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August 29, 2012

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2012/08/21に読み終わる。
フォレスト出版 (2011/3/25)刊行。


主に、苫米地流「速読」の仕方の内容。
彼の速読の仕方は、
「常に、1行先に目を落としながら、
その1行前を読む」というもの。
人間が何かを読む際に、それを瞬時に理解できない場合は、
その文章の全体像が掴めていないから。
よって、先に自分がこれから読む文章を一度視野に入れておく事により、
実際に自分がその文章を読む際には、
「最初にその文章を視野(脳)に入れた時間」と
「実際に読んだ時間」に時間の差が生じ、
そのバッファーを利用する、というもの。


慣れてくれば、自分が目を落とす行を、
1行先から2行先、3行先、
そして慣れてくれば、
ページの真ん中に目を落として、
全体を瞬時に見れる様になるという。


また、彼の速読の方法は、
本の中の要点だけを拾い読みするのではなく、
一字一句、全て読むというもの。


それを、上の方法を使い、
そのスピードを上げる事で、
最終的には一冊を10分で読めるようになると言う。


*****


ここで出る彼の主張とは、

「10分で1冊、
一日に最低10冊は読んで、
一月に300冊、
年に3600冊は読んで欲しい」というもの。

人間がIQ(物事の全体像を俯瞰的に掴む力)を高めるには、
読書が最適の訓練である。

また、
上に挙げただけの数の本を読む事で、
世の中に存在する理論や考えなどにランダムに触れると、
初めは荒唐無稽に見えるこの世の中が、
次第に、
「この考えは前に読んだことがある」
「この知識も前にあれで読んだ」
と、別の本や著者を通して、
同じような概念や知識に何度も触れる事で、
より、その内容が頭に入る、とのこと。

また、それを行う事により、
世の中の事象や概念の全体像を、
より広く掴めるようになるとのこと。


*****


また、本を読む際には、
一定の著者や、自分の慣れた考えについて触れている本ばかりでなく、
自分が決して普段は読まない様な本も含め、
Amazonの本ランキングで月間1位から100位までを、
全て読む様な形で、あらゆる分野の本と著者の考えに
触れる事が大事、という。

自分が好んで読む本は、
結局は「昨日の自分」の延長上である。

しかし、自分とは全く考えや価値観の違う著者の本を読む事で、
全く新しい世界へ自分を体験させることになり、
より自分の視野が広がる、と。


*****


また彼は、
本を読む際には、その本の著者と同じ様な人間性になりきり、
その著者に「なりきって」読む事が大事、という。

自分の価値観を最初に持って来て、
その本に対していちいち反論するのではなく、
まずはその本を通してその著者になりきり、
その後、その上で反論等をして、
自分の身にして行く事が大事、という。


また、先ほどの速読の読み方に戻るが、
巷にある、ただ本を読む時だけに「速読」をするやり方ではなく、
日々の日常の上で、
一日24時間を、
2倍の48時間、
3倍の72時間、
4倍の96時間、、、、と体感速度を速くして行き、
普段からそのように行動、考えて行く事で、
自分の思考、行動速度が一段と上がることを示す。

それが、この本の題名の由来ともなっている。

*****

また、これは著者の意見だが、
「速読で本一冊を10分で読める」という人が、
「毎日30分で3冊読んでいます」
で終わらせていては、速読をする意味がないと言う。

速読をするのは、著者が言う様に、
一日に10冊の本を読む為であり、
1日に3冊しか読まないのであれば、
3時間取って、1冊を1時間で読んだ方が良いという。

あくまでも、「速読が必要な本当の理由」は、
一ヶ月に300冊の本を読み、
今までとは全く違うレベルの膨大な知識量を得たい、と思うからであり、
そう思う人だけがそれを本当に必要とする、という。
この辺は相変らずエクストリームな主張だと思う。

*****

また、「それだけの量の本を読んで、アウトプットをどう効果的にするのか」
という質問に対して。

答えは、
「アウトプットは、その人間の人格として醸し出される」
とのこと。

人格の高い人間とは、
「物事を、人よりも広く、高い視野で抽象的に見られる人間であり、
多読をすることは、その力を鍛える。
そして、ビジネス上でも、社会の社交の場でも、
人間の人格は、黙っていてもその人間から発せられる。
よって、ヘタにアウトプットをする必要はない。」

とのこと。
「読書は、人格を作るためにするもの」と著者は言いきる。

*****


以上、極端な主張や意見も含め、
非常に面白い本でした。

2012/8/29 21:16





追記:
ちなみに、付録の部分に付いている彼の別の著作の内容からだが、

過去のアメリカのスパイ訓練で外国語を覚える為に使われていた方法とは、
例えばロシア語が喋れない国務省の官僚に対して、
1日11時間、ロシア語だけをしゃべり続ける、
それも、11人の教師が1時間ごとにずっと来る、というものだったらしい。
(これは初期のベルリッツのトータルイルマジョン法を国務省が正式に採用して使っていたもの、だとか。)

そのように、外国語を習得するには、
長時間、その言葉だけに自分を浸して、
決して「暗記」するのではなく、
次を「予想」するにようにして覚えて行くのが、
一番だという。

よって日本で外国語を学ぶ際には、
その言葉で話されているテレビドラマなどを、
長時間ぶっ通しで何日も見る事を、
著者はオススメする。




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August 06, 2012

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ヒカルランドより2012/4/9に刊行の本。

*****

この本のテーマは、

「ゲシュタルトメーカーになり、
自ら、この世の中に価値のある仕事を作り出す人間になれ」

というもの。

彼はこの本で、
「大学院に行くこと」をひたすら薦めます。

大学院に行くまでの勉学を積むことで、
幅広い様々な専門的な知識を頭に入れ、
それを俯瞰的に観ることで、
全く関係ないと見えるAとBに共通する点を見いだし、
そこから新しいCを作る力を付けろ、というもの。


上に書いた「ゲシュタルト」とは、
物事を、俯瞰的に観て、
別の新しいモノを作り出す力のこと。


*****


彼がなぜこの本を書いたかを考えると、
「どこかの大学院にせがまれて書いたのか?」
とも思ってしまう程、内容に偏りもある。

大学院に行くことで、必ずしもその様な力が付くとは保証出来ないだろうし、
そもそも、彼が提唱する様に、
40歳まで学生をしていては、
自分一人で暮らして行くには良いかもしれないが、
奥さんもいて、子供もいて、
という男性には、厳しいものがあると思う。

(彼は、大学院に行っている間は、
アルバイトで過ごせば良いと言う。
また、いざとなったら、お金なんてどうにでもなる、
という自らの主張の裏付けとして、
自分が経営する会社が危機的状況に陥った時に、
数週間で、社員の給与などに必要とされる
数千万円を、コネなどなしに直ぐに集められた話を持って来る。
これに関しては、
彼は元々財閥系の家系の生まれでもあるし、
生まれた時からお金に困った経験がないだろうから、
そういう状況でも、
いわゆる一般人とは状況と考え方が異なっていると思え、
理由として、弱いと思う。)





また、
『一端の男性が、
40歳まで社会に出て働かないことによって、
「日本経済が弱まる」
という主張が生まれるだろうが、
それはそんなことはない、
なぜなら、日本は世界でもかなり経済的に力を持つ国だから〜。』

という流れで、
他の本でも良くしている様に、
仝柔治体制への批判(主に、増税に対する政府の目論見の批判)と、
◆岷濆發脇本に対してダメージである」という、一般的に世間で言われる論理
の二つに対しての反論をする。


この反論の内容は非常に興味深く、
日本の経済や、政策が気になる人間にとっては面白いが、
しかしながら、
今回のこの本のテーマに結びつけて、
この本でも他の本と同じ様に書いているのは、
彼が最近刊行している本でテーマとしているであろう、
「日本経済の裏」と「日本政府の裏」
の問題点を指摘する、という内容を何とか関連づけて盛り込みたい、
とする彼の意図が、少し見え見えかな、
という感じもした。


*****



恐らく、この本のテーマが、

「ゲシュタルトメーカー(=物事を俯瞰的に観て、全く新しい発想で自らこの世の中に価値を作り出す人間)になろう」

というだけならシンプルで良かったのだが、
その方法として、

「大学院に行き、できれば博士号を取ること」

を全面的に薦めていることから、
正直、中途半端な感じがするために、
本を読み終わった後も、
何だか騙された感じがするのだと思う。


*****


通常、図書館に新書のリクエストをすると、
遅くとも1ヶ月で届くのですが、
この本に至っては、
リクエストしてから2ヶ月近くかかったのも、
図書館の人たちが、
「この本の内容からして、本当に市で買うべきかしら?」
と迷ったからなのでしょうか。




でも、上の指摘点を除いては、
非常に面白い本だと思います。



2012/8/6 22:02








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August 05, 2012

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フォレスト出版より2009/7/7に刊行。

この本は、
彼とルー・タイスが開発した、
TPIEの内容を公式に解説したもの。

この本を図解付きでシンプルにしたものが、
「コンフォートゾーンの作り方」となる。

*****

まだ彼が本を出し始めた頃だからか、
「あの有名なルータイスと私が開発したこのプログラム」
的な記述が多く、
「俺ってすげえんだぜ」というスタンスがちらちらと見え隠れする。

しかし、内容そのものは非常にシンプルで、
純粋な、自己啓発本と言えよう。


*****


中に、
「自分の自尊心を高めるために、
"Yes, I'm good"(私は優れている。大丈夫だ)
と自分に言い聞かせる箇所が出て来る。



日本は文化的に、
「凄いね!」と褒められても、
純粋に「ありがとう」と言わずに、
「いやいや、たまたまですよ」
「そんな、大したことありませんよ」
と返す文化である。

しかし、例えばアメリカの場合には、
何か少しでも褒められたら、
素直に、
"Thank you!"と言って返す。

なので、褒めた方も気持ちがいいし、
かつ、そうやって、
素直に、褒められたことに対して、
"Thank you"と受け入れて返していると、
自然と、自分の中に、
健全な自尊心が生まれて来る。


これは、俺が留学時代に、
経験をしたことである。


それが次第に、
「俺はありのままでいいんだ」
という、
自分自身の存在そのものに対する自信に変わり、
それが、健全な自信のある人間へと、
その人物を、育てて行く。


*****


彼は、このことをうまく使い、
もしも何か失敗をしてしまったら、
「これは俺らしくないな」と言い、
あきらめずに挑戦し続ける。

そして、うまく行った時に、
「よし、これは俺らしいぞ!」と
自分に言い聞かせることを提唱している。


決して、失敗をしても、
「だから俺はダメなんだ」
なんて自分自身に言っては、
自分の自信は下がって行くばかりであるから。



(彼はこの本の中で、
人間というのは、
他人と話をしている際に、
その人間が話すスピードの4倍の速度で、
自分の中にその内容を繰り返し言い聞かせ、
更には、
一人で何かを考えている時には、
人が話す10倍のスピードで、
その言葉=概念を、頭の中に繰り返している、
という。

だから、「俺はやっぱりダメなんだ」と自らに言うことは、
失敗をした後に、
その失敗を、×何十倍のインパクトで、
自分の中に植え込むことだと。

それよりは、
一度失敗をした、ということを自覚した後は、
それに関してはもう考えずに、
「今のは俺らしくなかった。
次はどうしたら、自分らしく出来るだろう」
と前向きに考えて動くことが大事、
と言う。)


*****


ということで、
「自尊心を高める」ことの大切さを説いている本でした。

(もちろん、
『今の自分とは違う次元にゴールを置くこと』などがこの本のメインですが、
それらの概念はもう色々と読んで知っていたので、
個人的には、上のことが新しくこの本から得たことだった、ということ。)


2012/8/5 18:45



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20120314G144

PHP研究所より、
2012/3/20に刊行の本です。

この本は、タイトルは「宗教の秘密」と題しつつも、
結局は、

「この世の中は、常に『宗教』という、
権力者にとって都合の良いカタチに作られたモノに、
人民は踊らされている。

そして、現代において最大の宗教は、
『お金教』である」

ということを指摘している本です。

中には全部で四章あり、
第一章は、『宗教とはそもそも何か』、
第二章は、『キリスト教はどのように生まれたか』の歴史、
そして第三章は、
『現代における「お金教」は誰が作ったか』
そして最後の章で、
『宗教をもしも作るとしたら、どのようにすればいいか』
を説明することにより、
「なんだ、宗教なんてのはこんなものか」
と読者に気づかせ、
その上で、世の中にある宗教(=権力者の都合の良いように作られている”常識”)にハマらない様にしましょう、というのがテーマです。


*****


彼は、他の本でも散々と、
「現代は『金融資本主義』に洗脳されている」
というテーマと、
「キリスト教は、当時の権力者によって都合の良い様に編纂された」
ということを述べています。

その中で、この本では、
それらにより強くフォーカスをして、
「宗教とは実際には何ぞや」
を解説しています。


*****


結構怪しい本かと思いきや、
キリスト教がそもそもどのように起きて来たか、
そして、それを権力者がどのように編纂してきたかが
詳しく書かれているので、
「ほうほう」という感じでした。

なので、歴史書としても、
興味深く読めます。

(その代わり、中には苫米地氏本人の予想と読みがかなり入っていますが。
なので、敬虔なクリスチャンが読んだら、
憤慨することも多々あると思います。)


****


ちなみに個人的な話になるが、
俺は、アメリカ留学時代に、
周りにキリスト教の友達が沢山いたので、
彼らと教会に行くことも度々あった。

その度に、聖書の一節を読んだり、
説教を聞いたりしていたわけだけど、
実際に、「そもそもキリスト教ってどうなの?」
と疑いを持ち始めたのは、
実際に、キリスト教に入る様に
迫る人が出始めてからのことだった。




苫米地氏はこの本の中でも述べているが、

「宗教というのは、
それが正しいかどうかという、
書かれている内容に対するリサーチをすることはない。
宗教は、
救いを求める人が、何かを信じたい一心で求めるからこそ、
そこにあるのだから。」

と。

確かに、キリスト教にしても、
聖書に書いてあることには、多くの矛盾が生じるし、
「それは明らかにウソだろ」
という作り話的な内容も多々出て来る。

しかし、その内容の矛盾に対して、
教会で、牧師や宣教師にそれを問いつめても、
それはやはり、お門違いとなってしまう。


それに、教会に通う人々は、
純粋に、それを信じて、
正しいと思っているのだし、
時には、
その「信じる心」自体が、
その人の行いを清め、
心の本当に綺麗な人に仕立て上げることも、
俺は実際に見て来た。

(現に、
友達のノアのお父さんのデイビットや、
サーフィン仲間の総長などは、
非常に心がピュアで綺麗な人たちである。
実際、アメリカで出会ったクリスチャンで、
イヤな人には、会ったことがない。)



なので、この本の苫米地氏のようなスタンスで、
この世に存在する「宗教」という存在自体を、
根本から否定することも、
何か、気がとがめるところがある。


それは、個人の信仰しているものに、
「お前の信念は、間違っている」
と言う様なものだから。


俺も、誰かに、
「お前が信じているその生き方は、
結局は誰かに操られているし、
全て作り物なんだ。」
といきなり言われたら、
ショックを受けてしまうかもしれない。


*****


しかし、結局苫米地氏が言いたいのは、
この世の中に存在する全ての「常識」には、
必ずしや、その世界を牛耳る権力者による、
手がかけられており、
その意図に気づかずに生きていては、
結局は、「奴隷の人生」を送っているにすぎない、
ということ。



*****


彼は、色々な本で、そのことを指摘するが、
じゃあ、実際にこの世に存在するその「常識」を取っ払ったときに、
その後どうしたらいいのかに関しては、

「自由になった状態で、自分で考えろ」

というスタンスに変わりはない。

恐らく、その「絶対的な答え」を求めようとしてしまうのは、
人というものが「完全情報」を求める所以であり、
それが、結局は、
人々が「宗教」をこの世に作り出し、
それに従って生きる理由に他ならない。


*****


苫米地氏はこの本の最後でまとめる。


「大事なのは、
一度、完全にフリーになり、
その上で、『自分なりの宗教』=『自分教』を作ることです」

と。


それは、重要だと思う。

現に、俺の周りには、
妻を初めとして、
「自分教」に入っている人は多いし。


要するに、
端的に何かに答えをすぐに求めずに、
自分のアタマで考え、
自分なりに考えた上で、
納得した、自分なりの「ものの見方」を持つこと。


それが、間違っていようと、
関係ない。
「正しい」か「間違いか」は、
この世には存在しないから。


大事なのは、
「自分なり」の信念、哲学を持ち、
それに自信を持って生きていくことが、
大事だということ。


*****


ということで、
中々面白い本でした。

2012/8/5 18:18



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July 29, 2012

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最近苫米地氏の本にも飽きて来ました。
そりゃあ、3月くらいからずーっと彼の著作ばかり読んでいたら、
飽きるに決まっています。

しかし、彼の著作は、
毎回50%は同じことを言っているとはいえ、
同時に、毎回新しいアイディアが書かれているので、
「ほう、なるほど」と、
目を開かされるところもあり、
それを求めて、やっぱり読んでしまいます。

*****

同時に、妻は俺が彼の著作に洗脳されないか心配していて、
俺も、「大丈夫だよ」と言っていますが、
やはり、一人の作者の著作ばかりを続けて読むと、
その人の「考え・主張」を、
知らず知らずのうちに、素直に受け入れている自分がいます。

よって、例えば苫米地氏は、
世の中に存在する「常識」たるものを、
疑ってかかり、
なぜそれがそこに存在するかを読者に考えさせるために、
その「常識」の裏をかいていくわけですが、
そういう本ばかり読んでいると、
毎朝新聞を読んだり、ニュースをネットで読む度に、
「本当かよ?」
「このニュースを報道している人物の裏にはこういう魂胆があるんだろう」
と、裏ばかり読んでしまう傾向が出て来ます。

まあ、俺は基本的に、
昔から何でも素直に信じてしまうタイプだったので、
それ位でバランスが取れて丁度いいのかもしれませんが、
しかしながら、
「一人の著作ばかり読み続ける」ということも、
その「考え」=「その作者が持つ”常識”」
に自分をハマらせることなので、

そこでは、

「全く違う視点、または、全く逆の視点を持つ作家の意見も読む」
「自分を逆の視点から批判、注意をしてくれる、
信頼出来る存在を持つ(自分の場合は妻です)」

ということが、必要になってきます。
(俺はそういうわけで、何かにハマると、
すぐに、それ一辺倒になってしまうので、
それに対して、
「それも良いけど、こういう見方もありますよ。
また視野が狭くなっているよ」
と賢く諭してくれるのが、僕の嫁さんなわけです。
そういうわけで、彼女のことをいつも尊敬しているし、
いつも感謝をしています。)


*****


そういうわけで、
前置きが長くなりましたが、
苫米地氏の比較的最新作。
大和書房より2012/7/1初版発行。
図書館でリクエストしてやっと来ました。


*****


この本は、
以前に読んだ
「あなたは常識に洗脳されている」
にスタンスが似ています。

要するに、

「この世の中は、
『正義』という名のもとに、
『この世には絶対的に正しい一つの考えがある』
ということを、利権を狙った権力者が国民に植え付け、
それにより、国民を操っている」

ということを指摘した本です。

そして、その『正義』を作り出す真の理由は、
権力であり、
お金である、
ということです。


*****


例えば、世界のジャイアンことアメリカは、
今では何にでも首を突っ込んで来ますが、
彼らも、様々な手段を使って、
『正義』たるものを理由に、
世界の色んなことに手を突っ込んで来ます。

(これらはアメリカだけの力ではありませんが、
IMF(国際通貨基金)や
BIS(国際決済銀行)のやっていることは、
内部干渉に変わりない、と苫米地氏は指摘します。)

そして、アメリカでの『正義』のジャッジの基準は、
お金でしかない、と。


(ちなみに、日本でいう「正義」は、
英語では"Justice"ですが、
これは本当は、「公平、フェアであること」
という意味である。

よって、ハーバード大学マイケルサンデル教授の
『これからの「正義」の話をしよう』
"Justice : What's the Right Thing to Do?"
の題名の翻訳は、ちょっとずれている、と言っています。)


*****



彼は他にも、
日本国内の「正義」=「常識」
の批判をします。


・制服、及びランドセルは、
それらを作る会社へ利益が流れる仕組みでしかない。
(戦後は国民にお金がなく、着るものが無い人もいたので、
その為に制服ができたが、
今では、制服の方が一般の洋服よりも高いのに、
未だにその制度が廃止されない、と。)



・学校での「掃除」は、
「掃除をしっかりすると、人格が上がる」
「仕事ができるようになる」
と教えられるが、
結局は、掃除業者を雇うよりも、
学生に働かせた方がタダなので、
そうさせているにすぎない。

また、「自分で汚したところは、自分で綺麗にする」
という理由も挙げられるが、
それならば、「自分で汚したところを、そのまま汚いままで放置する」
という選択肢も、学生に選ばせなければならない、と。

(ちなみに、アメリカでは小学校から、
掃除業者が雇われるので、
アメリカの学生は学校の掃除をする習慣がありませんが、
これもやはり問題。
なぜかというと、
「汚したところを自分で掃除することの大変さ」
を知らないから、
アメリカ人は、公共の場の使い方が、本当に汚い。
10年前に留学をしたとき、
学校や寮のトイレの汚さには、
本当に辟易した。
なので、俺は、掃除をさせることには、
賛成です。
日本人は、掃除をする習慣をつけられるから、
その結果、真面目にもなり、
仕事に対する姿勢も、アメリカ人のそれよりも、
より「愚直」になる傾向がある、という利点もあると思う。
愚直すぎるところもあると思うが。)



・日本赤十字社は、
国民の血を、「献血」という名の下に
無料で採集し、
それを、病院に売っている。
それは、日本の血液事業の独占にならない、と。



・日本の相撲の世界は、
日本相撲協会に権力が集中している。
2011年の春場所が、力士による八百長問題で中止されたが、
そもそも、八百長は昔から続く相撲世界の伝統であるし、
また、例えオリンピックや野球で、
選手が八百長(ドーピングなど)をしようが、
その選手は失格になっても、
オリンピックや野球自体は、中止にならない、と。

上の春場所中止の理由は、
利権を握る日本相撲協会の人間ではなく、
外部の人間が起こした八百長であったからこそ、
「お前ら、勝手に入って来るなよ」と、
その利権を日本相撲協会が示す為に、
中止にした、と。



・日本国内の新聞は、
テレビ局と全て繋がり、
そのメディアを支配しているのは、
電通である。

そして、その電通は、
GHQに支配されてできたので、
結局、日本国内の報道も、
全て裏で誰かの都合の良い様に操られている、と。

(彼はこの点は、『電通 洗脳広告代理店』で深く書いています。
それにしても、
彼はこんなに電通を批判して、
バッシングを受けないんでしょうか。


ちなみに、権力に反対する人間(ジャーナリストなど)は、
結局は、「権力」の持つパワーの強さを知っており、
だからこそ、存在する権力に反抗し、
それを覆すことに闘志を燃やす、
と指摘します。)



*****


と、
彼の他の本で触れられている内容も反復して出て来ますが、
こんな内容の本です。


*****


最後に。


苫米地氏の書く内容は、

小さい頃から、日本という国の在り方に疑問を抱かず、
世間で言われていることは当たり前、
という人にとっては、
「何を言っているんだ、コイツは」
という風に映ると思います。


それとは逆に、
世の中のことを、常に「それって本当なの?」
と観ている人間にとっては、
「そうそう、そうなんだよ」
と頷けるところも多いと思います。


なので、彼の著作に対するAmazonなどのレビューを観ると、
必ず、賛成派と反対派の二極に別れます。




彼の著作の内容を読むと、
自ら、「自分の頭で考える」
というクセが付きますが、
同時に、彼が本の中で推薦する、
「世の中の常識を疑って、それに逆らって生きる」
という生き方は、
その郷の中で働く者にとっては、
その郷のルールを外れることであり、
それは、同時に、
「賢くない生き方」でもあります。

(「賢くない」というか、
スニーキーじゃない、抜け目が無くない、
ということ。)



なので、一番いいのは、
彼の著作を読んで、
「なるほど、こういう考え方もあるのか」
と、自分の考え方を広げ、
その上で、
「でも、俺の場合は、どうするんだろう?」
と、自分なりの
「哲学、考え方、判断の基準」
を持つことが大事です。



そして、結局苫米地氏は、
そういうことを、読者に促したいのだと思います。


つまり、

「私の言っていることも、一つの意見にすぎませんよ。
大事なのは、自分の頭で考えることです。
そのためには、世の中に存在する、
「絶対的な正しい答え」=「正義」というものも、
その裏を知って、疑う必要があります。
その上で、自分にとっての「基準」を持つことが大事です」

と。

2012/7/29 8:27





追記:

と、ダラダラ書きましたが、
結局は、
「大量破壊兵器が存在する」との理由を元に、
イラクに攻撃をしかけたアメリカのように、
(そして、その侵攻の本当の理由は、
「石油」と「お金」であったように、)

自国の「正義」なるものを理由に、
他の国にまで攻め入ることは、間違いだ、と。

国が変わったり、
同じ国でも、土地が変わったりする中で、
そこに存在する「常識」や「文化」「ルール」は変わる。

それが人間というものの特質であり、
それをムリヤリに、
一つの「正義=利権」
にまとめようとするのは、
結局、ローマ帝国が統一されたり、
チンギスカンがアジアを占領したり、
徳川家康が天下を取った様に、
「自分が見える範囲の土地を、統一したい」
という、人間が持つ「権力」に対する欲でしかない、と。


その証拠に、
キリスト教も結局は、
イエスキリストが死んだ数百年も後に、
ローマ皇帝にとって有利なものだけを集めて、
作られたものにすぎない、と。



******




また、話は変わりますが、
彼は1ヶ月に300冊の本を読むことを推奨しています。

そんなにどうやって読むっちゅうねん、
という感じですが、
彼は、4分〜6分ほどで一冊の本が読めるそうです。

なので、1時間あれば10冊、
それを30日で300冊だとか。

しかし、一冊6分は流石に大変なので、
ちょっとハードルを下げて、
20分で一冊を読んで欲しい、といいます。

そして、一日にできれば3時間、
少なくとも1時間は最低、
本(活字)を読む習慣をつけ、
その中で、著者の主張に対して、
賛成、反対、または自分なりの意見を
頭の中で理論付けて考え、
そうやって論理的思考の訓練をすることで、
「IQを高める」ことが、
日本の教育に必要であると説きます。

彼がこの本で示すデータによると、
現在日本では、
一ヶ月に一冊も本を読まない人が、
全体の7割に及ぶとか。

つまり、日本国民の3割の人しか、
一ヶ月に一冊以上の本を読まない、ということ。


そして、今はブログが流行っていると言われるが、
実際に、文字だらけのブログは誰も読まなく、
映像や写真が沢山載っているものしか、
人気が出ない、と。

そして、文字のコミュニケーションである
ツイッターに関しても、
使っているのは30代から40代ということで、
20代以下の若者は、
「ツイッター」=「所詮140文字以内とはいえ、文字を使うので拒否」
ということで、ツイッターは使っていないそうな。

(確かに、最近はFacebookが流行っていますが、
あれは、完全に写真を載せて、
そこに一言付け加えるだけでいいので、
余り文章能力は問われません。
むしろ、Facebook上に
こういうブログ的な長い文章なり、
自分の長ったらしい哲学や、ビジネスプランを書いても、
それをしっかり読んで反論してくる人は少ないかもしれない。

まあしかし、
Facebookはもともと、
アメリカの同じ大学で本当に近しい友達どうしが
インフォメーションを共有するためにできたから、
今の「Facebook」の使い方
(=写真だけをアップして、遊ぶ方法)は、
それでいいと思うけれども。)


*****


それと、読書に話題を戻して。

読書に関する主張は、
昔からよくありますが、
俺は基本的に、
本を読もうが、読まなかろうが、
その人の勝手だと思います。

確かに、文字を読み、
自ら論理的思考を行い、
そして自分で文章を書き、アウトプットすることは、
頭を使うけれども、
それはそれで、個人の好き嫌いでいいと思います。


よく、日経新聞の朝刊の新刊広告で、
「できるビジネスマンになるには本を読め!
今はみんな本を読まないから、
あなたが本を月に一冊でも読む時点で、
キミは大半の日本人に勝つ!」
みたいなフレーズがありますが、
あれも、
「いやいや、それは違うでしょ」
と思います。


*****


まあ、色んな「正義」があるから、
仕方ないか。











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補足:(2012/7/31)

MSNの「ぐっどうぃる博士の新感覚★芸能ニュース解説」
より、「正義」に関する面白い記事がありました。

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2012年1月27日
第12回 これも一種のジハード!?――紳助の擁護芸人や松ケン大河が叩かれる理由






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shunsukesekine at 19:06コメント(0)トラックバック(0) 

July 08, 2012

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また苫米地氏の本です。
2011/7/29初版発行。

*****

この本は、三部構成となっている。
第一部は苫米地氏が語る、地球環境を考えた今後の世界が取るべき対策方法について。
第二部は フィデル・カストロ・ディアスバラールトが語る、地球環境の変化に関して。
そして最後の第三部は、二人の対談による、今後日本とキューバを初めとした国がするべき対策に関して。

ちなみに フィデル・カストロ・ディアスバラールトはカストロ議長ことフィデル・カストロの長男。


*****

第一部で苫米地氏が語る内容は、
金融資本主義(「資本主義」ではなく、金融を主とした世界構成の「金融資本主義」)がもたらす陰に関してや、
地球温暖化に関する真相に関してなど。
現在はCO2を減らさんとばかりに、CO2本位制などが敷かれているが、むしろそれは一部の投資家や資産家の金儲けの為の決まり事であり、余分なCO2を増やしてばかりだと批判する。
(中国は「発展途上国」との定義により、CO2を抑える規定がないため、中国の分を他の国々が買い取って、その分のCO2を出している。よって、それにより必要以上のCO2が更に地球に増えることになる。)
そもそも、問題なのはCO2が増えていることではなく、O2とCO2のバランスが壊れていることなので、今後はCO2を出した分、O2を作る義務を人類に課すことを提唱する。

また、日本は原発の停止などもあることから、今後は風力を使った風力発電を日本全国に持ち込み、エネルギー生産をそれで間に合わすことも推奨。
(日本の海岸沿いに風力発電機を建てれば、東北の海岸沿いだけで日本中に必要な電力はまかなわれる事を提案。)

*****

それに対し、第二部では、カストロ氏が、科学的データと根拠により、地球温暖化は確実に起きていることを主張。

*****

そして最後の部で、二人は、キューバと日本が持つそれぞれの良い所をもっと世界に発信し、それを世界のスタンダードの改善に役立てる事を話し合う。

(例えば、キューバは医療水準が非常に高いこと。また、文化やスポーツが盛んで、お金をかけずに余暇を楽しむ方法を人々が知っていること。
また、日本は戦後少ない資源で世界でもトップ3の位置に瞬く間に成長した基盤と力、人材力があること。
(GDP上では現在第3位だが、2位の中国のGDPを国民数で割ると、日本のそれの方が断然高い。)

*****

この本で面白いと思ったのは、いつも苫米地氏一人の本では、彼の主張だけでもちろん本が終わってしまうので、一見すると、彼の言う事が全て正しいかの様に感じてしまうが、
この本では、彼の主張に対して全く反対の事を、カストロ氏が真っ向から主張していること。よって、双方の意見を聞いて、より広い視野でこの本で取り上げている問題点を考えることができる。

(第一部では苫米地氏が、「そもそも地球温暖化が起きているかどうかさえ、NASAのデータが間違っていたと公式に発表されている事から、温暖化を正確に示すデータは存在しない」と言っている。彼はこの主張を他の数冊の本でもしている。
それに対して第二部でカストロ氏が、「地球温暖化は確実に起きており、海面の水位も数十センチの単位で上がっていると示す科学的データがあります」と堂々と言っている。)


偉いなと思ったのは、
それぞれの言い分をきちんと示して、その上で、二人がそこから考えられる対策を第三部できちんと話し合っていること。

*****

以上、キューバに関しても深く知ることができる本となっています。

2012/7/8 16:51




shunsukesekine at 16:53コメント(0)トラックバック(0) 

June 30, 2012

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題名と装飾からして、怪しそうな雰囲気満載です。
なぜこうも、彼は怪しい雰囲気の本を作り出すのでしょうか。
図書館でリクエストする際に、何かいけない本をリクエストしている様に感じるのは、僕だけでしょうか。

2011/6/29の初版発行。
フォレスト出版より。

*****

内容は、前半半分が、かつて中世ヨーロッパで出版された、
「魔女に与える鉄槌」という本と、
「魔女狩り」がなぜ、17世紀末まで続いたかに関して。

後半は、フェイスブックやツイッターが世界に与える影響、
及び、それを扱い、権力者がどのように世界を変えらるかに関して。

*****

前半の部分では、1486年に出版された、「魔女に与える鉄槌」という本の内容と、その背景に関して触れます。
主に、キリスト教の派生と、それを権力者がどのように扱ったかの、歴史とその裏の解説です。

キリスト教に関する書物で、キリスト教の教祖はイエスキリストであったものの、
それを開祖した人物は、パウロであると言われている。
(実際、キリストが死んでから、パウロがキリストの教えを、「イエスの教えはユダヤ教とは異なるものだ」と、まとめたため。)

しかし、更に奥を調べると、
本当の意味で聖書を編纂したのは、
コンスタンティヌス大帝(一世)である、と。

彼は、当時のローマ大国を纏めるために、
313年にミラノ勅令を発布し、
キリスト教という宗教を使い、
人々を統治することに力を注いだ。

その後、14世紀の半ば、
教会や聖職者が乱れ、
かつ、「教会ありき」としてきた教えに反対する人々も生まれ、
「教会」という形で政治力を持って来た上のものが脅かされるようになったとき、

そして、同時にペストが大流行したとき、
(当時のヨーロッパの人口の1/3から1/2に当たる2000万〜3000万の人々が死亡したと言われている)、

人々の混乱と恐怖をうまく使い、完全な敵となる、
「何か」の存在を作り上げることが必要だった。

それが、「魔女」であり、
同時に、その頃初めてグーテンベルクの印刷の技術が生まれ、
それによって出版された「魔女に与える鉄槌」(それまでは印刷された書物は存在しなかった)により、
人々に強い影響を与えた。

著者は言う。
人間というのは、印刷された文字を見ると、
その内容の情報元が正確か否かは別にして、
それを信じてしまう傾向がある、と。


そうして、「魔女」という、もちろん当時の権力者が作り上げた、
分かりやすい「敵」像をでっち上げ、
それに人々の怒りや憎しみ、混乱を向け、
世界をコントロールした、と。

******


(ちなみに著者は、
「宗教」とは、いかに、常に政治と権力に取って都合の良いものに作り変えられるかを説きます。
キリスト教も、パウロという、大人しく控えめな考えを持つ人間の考えが色濃く反映されており、それがコンスタンティヌス大帝が、ローマを治めるのに役立ったし、
アジアを占める儒教に置いても、やはり上の権力者にとって都合の良い宗教である、と。

例として、儒教の最も代表的な存在、孔子の弟子たちがまとめた「論語」だが、

『子の曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、
  矩を踰えず。』 

の内容も、「奴隷の教え」であると説きます。
(これは読んでいて笑った。)

「四十にして惑わず」では、
色々な可能性を考えることなく、一つの価値観のみで生きることであると。
つまり、惑わずに奴隷の道を歩め、と。

「五十にして天命を知る」では、
当時の「天」は皇帝を間接的にさす事から、
天命を知るとは、皇帝の命令を自ら進んで理解して行動することである、と。

そして、「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」は極めつけだと。
つまり、奴隷の人生を70年間続ければ、
何をやっても、奴隷の粋を外れなくなる、ということだと。

この教えによって出来上がった、聡明、勤勉、かつ命令を聞く人間が、どれほど権力者に都合の良いものだったか、私たちはその天に注意を傾けなくてはいけない、と。

これは読んでいて最初は笑いましたが、
落ち着いて良く考えてみると、「なるほど」という感じです。

儒教国では未だに、親よりも良い会社に入ってはいけないし、
親が死ぬまで親よりも良い暮らしをしてはいけないという考えが根強く残っていると。
日本は明治維新以降に西欧の民主主義が輸入されたので、
今の日本人はそういう考えを強く持ってはいないものの、
江戸時代の日本人にとっては、それを守ることが真っ当な生き方であった、と。)


******


さて、著者は本の前半を使ってその歴史を解説した後、
では、今の時代において、当時における「魔女に与える鉄槌」に当たる、
その「道具」とは何かを解説します。

それは、フェイスブックやツイッターであり、
これにより、権力者は世界を支配することができる、と。


彼曰く、チュニジアで起きた暴動で、
最初は一人の若者のフェイスブック上のつぶやきが、
全ての改革を起こした、と言われていますが、
その「若者」とは、
現地のドメインを使用したCIAの工作員であった、と述べます。

中東の現地人の多くは未だにパソコンとは縁のない生活をしており、一部の裕福層知識人はパソコンを持っている者の、それらの人間は体制側の人が殆どである、と。
例えそうでなかったとしても、フェイスブックなどを使って堂々と独裁妥当を表明すれば、自らの身が危なく、やらないだろうと。


また、以前アメリカがイラクに侵攻し、フセイン大統領を捕縛したころのCIAも、”演技”を行う事が大変の仕事であった、と。
当時流された、イラクの民衆がフセイン大統領の銅像を倒す写真を見ると、そこに写っているイラク人は、違う日に別の場所で撮影された写真にも写り込んでいた、と。
その様に、イラク戦争の写真の中に見つけられる、そのような同一人物は、一人や二人ではないとのこと。これが、CIAの工作員でなく誰であろうか、と。

また、1989年のベルリンの壁崩壊の際にも、
やはりCIAが工作をして、西の情報を東に流し、
壁を崩壊させるシーンでも、その人々の中の数名は、
CIAの関係のものであった、と主張します。

*****

また、彼は他の本でも述べていましたが、
ツイッターやフェイスブックで人々が話題にするオバマの統計と、
実際のオバマの支持率は一致する、と。

よって、フェイスブックやツイッターの中身をいじってしまえば、
誰を大統領にするかも、簡単に操れる、と。

*****

彼は、ツイッターの持つ力の強さを注意します。

言わば、ツイッターは140文字以内で意見を述べることから、
自分の主張に対する、事実(データ)と、根拠(ワラント)を示さずに、
ただ、自分の主張(クレーム)だけを通す形になります。

通常何かを主張する際には、
 屏◯の情報により」、
◆屏◯なので」、
「私は◯◯と思う」
という構成が必要なのに、

ツイッターでは、
,鉢△鬚垢暖瑤个靴董↓だけをただひたすら主張する、と。

そして、人というのは、より多くの回数、
それに触れたり、その人の顔を見かけたりすれば、
それやその人を好きになる傾向があることから、
例え根拠のない間違った主張でも、
それを何度もリツイートで見るたびに、
段々と「それはそうなのかな」と信じて来てしまう、と。

*****

また、最近のテレビやニュースの解説番組で見られる様に、
二人の人間が討論なり解説なりをしている横で、
何も意見を求められていないタレントが一言、
急に言葉を挟むスタイルが増えて来ている、と。

例えば、
管さんの政治の仕方に関して、いかに肯定的な内容を主張していようとも、
「管さんにはやっぱりできなーい」とタレントが一言横から挟むだけで、
それまで論じて来た内容がいかに管さんを支持するものであったとしても、
管さんに対するイメージがその一言で一気に崩されてしまうし、

何かの食べ物に関して二人が解説をしているところに、
「すっごくおいしそーう」と挟むだけで、
見ているこちらは、「うん、確かにおいしそう」と思ってしまう、と。

その様に、「第三者」=「テレビの視聴者、私たち」に近い立場に見せかけて、
根拠の無い主張を入れるだけで、
それがあたかも本当かの様に見えて来てしまう、と。

これは、ツイッターに見られる性質であり、
最近のテレビでも確かに良く見かける。


*****

著者はここまで解説して何が言いたいかというと、
今の時代は、目に見えない場所で、
権力者が、自分たちの都合の良いように、「敵」を設定し、
それが、いとも簡単にそれらのソーシャルネットワークによって動かされてしまう、と。
そして、それらの権力者の意図に反し、それを阻止しようとする良識派は、必ずその的にされ、消されて行く、と。

また、今までは、自分が、物事を「こう思う」理由は根拠は、
必ず、自分の育った環境、自分の今までの先生、親の意見など、
自分に身近な人々からの影響であったことがハッキリしていたので、
その自分の意見や考え方の元を辿るときは、
その「元」が見えていたのに対し、

今では、自分の周りに溢れる「意見」の出所が、
一体どこから来たものなのか、見えなくなって来ている、と。
(それはもちろん、ツイッターやフェイスブックなどのSNSや、インターネット内の情報など、情報源が不定の情報が増え続けているから。)

だからこそ、それに踊らされない様にすることが大事、という。

しかしながら、権力者が「敵」を設定する場合、
その「敵」とは、彼らにとって不都合になる存在である場合であり、
その権力者たちが究極的に欲するものは、
「権力」であり、「金」である、と。


よって、普段テレビを見たり、何かに触れる際にも、
「お金儲け」というこちらの欲をそそる様な内容には、
一切反応しないようにすれば、
逆に、それに引っかかることも殆どないので、
安全な時代でもある、と言う。

つまり、「この内容は、結局は金儲けに繋がっているな」
と気づき、それに対して無反応になればいい、と。

*****


と、言いつつも、
苫米地さんも、しっかりと自分の他のソースを使って、
「無限の富を得る方法」とか唄って、
色々と売っているから、そこの矛盾が突っ込みどころ満載です。



ただ、彼の著作は、
書き方が非常に理路整然としていて読み易いし、
かつ、話題にされる内容が、
経済、金融、歴史、哲学、数学、物理、宗教、言語など、
多義に渡り、
かつ、その背景に関して、彼の想像が入っている所も多いが、
中々興味をそそる様に書いてあるので、

彼の本を読むと、自然と色々な事に興味が湧くから、
それが好き。

彼女には、「彼の本ばっかり読みすぎないようにね。洗脳されないでね」と大分心配されていますが。

2012/6/30 18:18




*****



追記:

彼はこの本の中で、
2009年6月にイタリアとスイスの国境で、
1345億ドルの米国債を詰め込んだ鞄を所持する日本人二人が、
イタリア当局に拘束された事件について触れます。

これはずばり、天皇家のお金で、これを自民党の選挙資金に使う為に運んでいて、
それが捕まり、自民党の選挙資金がイタリアで止められたのだろう、と。

(拘束された二人のうち一人は、自民党政権時代のある財務大臣の弟であり、
また、13兆もの米国債を所有している日本人がいるとすれば、それは天皇しかいない、と。
天皇家の銀行口座は、戦前からスイスのバーゼルに本部があるBIS(Bank of International Settelements)に設けられているとされている、とのこと。)

また、上のニュースが流れたと同時に、
それまで、
「空中戦(マスメディアでの露出をガンガン増やして、選挙に向けた運動をすること)はやらない」と言明してきた自民党の幹事長が、突然に宗旨変えを行い、空中戦を始めた、と。

元々自民党はメディアを使わずに、選挙区にお金をバラまいて票田を刈り取り、選挙戦に買って来た。
それに対して、野党時代の民主党は、選挙資金が十分に無いことから、バラエティ番組などのメディアに頻繁に露出して、マスコミをうまく使い選挙活動をしてきた、と。
そして、イタリアで選挙資金を止められた自民党は仕方なく、選挙活動の方法を変えた、と。


そして、このニュースは、一度だけ放送された後(日本では殆ど触れられなかった後)、
全世界でこのニュースに関する報道は、その後一切されなかった、と。


彼曰く、この様に不可解なニュースが流される時には、
必ず裏にメッセージが隠されており、
この場合には、このニュースは世界に向けたメッセージであり、
「ヨーロッパの銀行家たちは、今後、民主党政権が誕生する事を選択する」
という内容だったに違いない、と。
そして、民主党政権誕生の流れは、
この不可解な国債ニュースが配信された時点で決定していた、と。

*****

さて、これが真実か否かは分かりませんが、
下がその時のニュースに関する映像。


一番最後のNHKのニュースでは、「押収された、額面5億ドルの債権。これほど高額なアメリカ国債は、過去に発行されたことが無く、偽造と見られます」と言い切り、画面のテロップでも、「発行なし 偽造か」と出しているが、これは完全な嘘。



海外の番組。





******


追記:(2012/7/1)

この本の中で、「臨場感」に対する説明がある。

「より強い臨場感を持てば、その世界に対する理解はより深くなります。
それに対し、より弱い臨場感を持つ人は、それが比較的に浅くなります。」

「勉強ができる、できないという問題は、
すぐれてその世界により強い臨場感を感じることができるかどうかという問題なのです。
人並みの臨場感を感じている人と、
非常に弱い臨場感を感じている人との間に、雲泥の差が生じるわけです。」(p148-149)


これは、正に言えていると思う。
要は、自分に取ってそれが、いかに重要か。
そして、その世界をいかにリアルに感じられるか。
それにのめり込めるか。

それで全てが変わって来る。







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June 29, 2012

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さあ、またしてもエクストリームな題名です。
この本を持って外で読んでいたら、
周りにいる人に必ず突っ込まれそうな題名です。

2009/9/16の初版発行。
PHP新書。

*****

本の内容は、後半半分は、全て他の本で彼が述べていることです。
そして、前半半分に関しても、彼の最近の著作、
「電通 洗脳広告代理店」で触れていることを、軽く触れている程度です。
つまり彼は、この本で2009年にさらっと触れていた内容を、
更に深く、「電通〜」で掘り下げたのでしょう。

(後半部分の最後の方で言えば、「君は1万円札を破れるか?」「経済大国なのになぜ貧しいのか?」で述べていることに関して、やはりサラッと触れています。)




彼が、この本の題名で「テレビは見てはいけない」という言い分は、こうです。

「テレビとは、番組を作る一部の権力者、または放送作家によって内容が全て決められているから、見ている内に無意識の間に、脳がそれしか考えなくなる。
よって、テレビを見る際には、『その番組の作り手(ディレクター)は誰なのか』、『その作り手(ディレクター)の今までの作品はどんなものがあるのか』、『それによりその作り手(プロデューサー)たちは、どんな利益を得るのか』、『逆に、この番組によってダメージを受ける人は誰か』等を考えながら見ないと、知らぬ間に思考の内容を操られて終わってしまう」。



また、彼は日本のテレビ内容が、日本国内に向けてしか視野が置かれていない事を嘆きます。

日本のテレビ番組を作るのは、放送作家と呼ばれる数百人の人間たち。
しかもその内の20〜30人しか、日本のテレビ界の中心で活躍をしないので、
その数十人が、日本国内に流れる流行、お茶の間の話題、世論などを作り上げている、と。

しかもその放送作家たちは、英語を苦手とするため、彼らが次の放送で流す内容を拾って来る先は、国内のニュース、雑誌、新聞でしかない。
それも合重なって、益々日本のテレビ内容は、国内のことしか対象にされない、と。

(ちなみに2012年6月29日現在、日本国内のニュースは、消費税増税案に対して反対する小沢氏の動向と、それに対する「けしからん」的な趣旨の世論しか流されていない。日々、そのニュースばかり。国内の他のニュースは元より、国外のニュースは殆どと行って言い程報道されない。

福島の原発事故のその後のことも、エジプトでムバラク政権が崩壊してイスラム勢力のモルシ氏が大統領に選ばれたことも、シリアで難民が増えていることも、そんなのはどうでもいいらしい。結局、国内のニュースは、全てが操作され、国民が「今」「何」に意識を向けるかも、他人によって決められている。)


******


彼はこの本の中で、日本国内の閉じられたメディアによる視野の狭さを壊す為にも、海外のメディアで英語で流されているニュースを見て、それにより、「外国のメディアが何を今話題にしているか、また、海外のメディアが、日本のことをどのように報道しているか」を見る事を薦めている。

これは俺も実際にやっており、海外のニュースを見た後に国内のニュースを見ると、いかにその対象の幅が狭いかが分かる。

(これは、留学中にも良く経験した。1年〜2年に1回の頻度で日本に帰って来ると、日本国内で流れているニュース、及び番組の内容に、違和感を感じていた。いつも、日本ではその時の「流行り」があり、どの局もその「話題の内容」しか流さない。しかも質が悪いのは、日本国内には、チャンネルがほんの数個しかないこと。その数個の局が、よってたかって同じ内容ばかり流しているのだから、見ているこっちは、「日本のテレビはアホなんじゃねえか」と真顔で突っ込むしかなかった。

また、今もCNNなどを通して海外のニュースを見ているが、たまに報道される日本に対する報道では、日本国内での報道とは全く別の視点から話されている。
大体は、日本国内でいかにも重要かの様に話される政治劇は、国外から見たらどうでも良く、むしろ、肝心の問題の論点が、日本国内では一切話されないのに、海外の報道では、ずばっと話されている場合が多い。


上に挙げた、「いかに日本のテレビの内容は閉じられた世界か」に関しては、日々、幾つかの新聞に目を通す事でも、その傾向を垣間見ることができる。
日経新聞は、主に上場している大企業の動向しか報道しないし、読売新聞は政治のことしか話さない。俺が今住んでいる県が発行するローカル新聞では、上場企業や政治の事は置いておいて、この土地で収穫されたメロンのことがトップ記事になる。
これは、別の国にいてもそう。その国の、その土地で一番重要な事が、その地域のトップニュースになる。

しかしながら、
全世界の人々が持つ、「結局は自分の土地のことが一番のニュースになる」というその性質と、
日本のテレビ内容が「日本国内のことのみ」しか流さないという現状が、昔から一切変わって行かない、ということは、別問題である。

現代はますます国際化しており、これだけ、「日本人はグローバル化しなければならない」「グローバル人材がどうのこうの」と騒がれているのに、それでも、日本のテレビ局が流す番組は、殆どが日本国内のネタと、お笑いばかり。見終わった後、「だから何なの?」と言いたくなるものばかりである。)


*****


ということで、俺の個人的な意見が勝手に入ってしまったが、
この本で著者が言いたい事は、
別に、「テレビは絶対に見てはいけない」という意味ではない。

要するに、「この世に存在する全てのテレビ、ラジオ、新聞、本、それらのものには、それを作る人間の意図が隠されているのだから、それを理解した上で、それらに接する様にすることが賢明ですよ」ということ。そうすれば、世の中の物事がより立体的、複眼的に見えますよ、ということ。


この意見に反対する人もいれば、賛成する人もいるでしょう。

俺はただ個人的に、テレビが嫌いだから見ないだけだけど。


2012/6/29 20:56



*****


PS. この本の後半は、上にも述べた様に、彼の他の本で話している内容ばかりで、題名とは殆ど関係がない内容となっている。
その中で、「コンフォートゾーンから外れるとIQが下がる」という内容がある。

人は、自分のコンフォートゾーンから外れると、
言わば、昔の原始人の時代に、獲物を追いかけて狩りをしている状態、
つまり、交感神経が活発になり、緊張している状態に戻るので、
脳の一番動物に近い部分である、扁桃体や中脳が反応して、「動物」に近くなる、と。

そのとき人は、より攻撃的になるか、防衛的になるかのどちらかである、と。

そのために、客観的に俯瞰して状況を捉えることができなくなり、IQが下がる、と。


これは、正に言えてるなあ、と思った。
(だからこそ、アメリカ人やイギリス人などは、よく討論の世界で、相手を怒らせ、コントロールが利かなくなった状態で、その人の本質の言い分を導き出そうとする。
例えば、イギリスの"Piers Morgan Tonight"では、ゲストで呼んだ政治家などにわざと意地悪な質問をして、相手を怒らせて話をさせたりする。アメリカの"Jimmy Kimmel Live"では、呼ばれたゲストにやはり意地悪な質問をする。後者の方は個人的に好きじゃないけれど。)


*****


それから、もう一つ、
プログラミングなどをする人たちは、
脳内で巨大な情報空間を築き、それを整合的に維持して行かないと仕事ができないので、
自分の内側(脳内)の世界が、外側の物理空間よりはるかに巨大で、はるかに豊かであり、その臨場感に強く浸る事ができる、と。

だからこそ、そういう人たちはオタクであり、外側の物理的世界には興味が無い人が多い、と。
(スティーブジョブズやビルゲイツもこれに当たる。)

これも、読んでいてなるほどなあ、と思った。


*****


それから、これはまた著者の自慢が入っているが、
「カリスマ」という言葉は、彼が世論を操って広めたらしい。

元々美容師の仕事は、「3K」ということで人気がなく、若い人で美容師志望の者が減って来たと、彼がコンサルをする美容師が嘆いていたとのこと。

それに対して彼が、芸能人がヘアスタイルチェンジをする際に指名するある美容師の店を筆頭に、彼らをテレビや雑誌などのマスメディアに頻繁に出したり、または青山や表参道界隈に敢えて美容院を多く作らせることで、美容師に対するイメージを変え出したとの事。

そして、「カリスマ美容師」という言葉を使い、あたかも美容師がとてもカッコいいもの、というイメージを作り出したそうな。


へええ。











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June 16, 2012

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非常に怪しいタイトルです。
表紙も怪しいし、副題も怪し過ぎます。

(副題は「禁断の自己改造プログラム」。
実際に本の中で話している内容は、全然禁断じゃないし、至って普通のことなんだけど。)

余りに怪し過ぎて、何かいけない本を借りて来てしまったのではと、図書館の帰り道に思いました。
会社の食堂で読んでいる際にも、周りの人に表紙を見られない様に無意識に行動している自分がいました。


この人の本は、本当に面白いのに、
毎回、本の表紙が最悪だったり、
帯のフレーズが変だったり、
彼自身の怪しいプロフィール写真を出して来たりと、
わざと、世間から「怪しい人」として見られる様な事を、楽しんでやっているとしか思えません。

そして、俺はこの人の本ばかり最近読んでいるので、妻に非常に心配されています。

*****

さて、とても面白い本でした。
初版は2007年7月。
彼が毎回、色々な本で言っていることと、ほぼ同じ事が書いてあります。
それでも、こうして彼の本を読み続ける自分も、完全に彼にハマっているわけですが。

*****

この本での大きなテーマは二つ。

 峪詭遒鮃げる事」
◆崟茲鯑匹犹」

それだけです。


,痢峪詭遒鮃げる事」に関しては、
彼がいつも使う、「抽象度を上げる」の方法で説明が成されます。

この本の中では、「2次元人から5次元人へ」との表記がありました。

いわく、
普段、目の前のことしか考えていない人を、「2次元人」とするならば、

視点を、空の高さまで持って行き、
自分のことを、空の上の方から見下ろす様な形で、物事を見られる人、
つまり、2次元に高さを加えた状態を、「3次元人」とします。

(これを応用すると、普段俺が仕事をしているオフィスの中でも、
そのフロアにいる全員の行動を考え、また、同じ会社にいる社員全員の仕事ぶりを考え、
同時に、日本の別の場所では、自分の妻が別の場所で働き、友達が別の場所で働き、自分の家族が別の場所で暮らしている様子を、イメージで考える。
そうすると、自然と、「目の前のことしか見えていなかった、視野の狭い自分」から、「全体像が見渡せる、視野の広い自分」へと変われる。
これは、自分の心理的部分にもよると思うが、そう、「自分は視野を広く、物事が見える」と考える事で、常に自分自身をも、客観的に見れることへと繋がる。
その結果、仕事の効率がアップする。最近はこれを試して、実際に効果を感じられる。)

3次元の次は、4次元。
これは、3次元の考えに、更に、「時間の概念」を足したもの。
「今」だけではなく、「50年前」「100年後」など、
自分がそれをリアルに感じられる範囲で、時間も前後に考える。
それで更に視野が広まる。

そして最後は、その概念を宇宙まで広げて行き、時間の感覚をも超越すること。
それが、5次元人だという。
(俺はまだ、3次元までしか応用できていません。)

*****

この本の中で苫米地氏は、
「内部表現を書き換える事が、自分を変える一番の手段」と言う。

「内部表現を書き換える」と言うと、
なんか怪しく聴こえるが、
要するに、「引き寄せの法則」と同じこと。

「こうありたい」
「こんな自分でいたい」
と考える事で、それが引き寄せられる。

「思考は現実化する」
それと一緒。

自分の中にある、「自分はこういう人間」という書き込みを、
自らが望む状態に書き換えるだけで、
自分は、その通りに変化して行く。

例えば仕事をする中で、
上に挙げた様に、「自分は周りの事も見渡せ、自分の会社を経営者の視点で見られる、視野が広い人間」と考えて行動すれば、
そうなって行くし、
逆に、「俺は全然仕事ができない。ミスばっかりする。話もへたくそだし、全然だめだ」なんて考えていたら、
本当にそういうパフォーマンスしか出来なくなるわけで。

(これは、一つ前に書いた「バイリンガルは二重人格」の本にもあったけど、
「自分は英語が喋れる人間である」と自ら強く思うだけで、ある程度の基礎さえあれば、普通にバリバリと英語が喋れる様になる。
逆に、いくら英語が喋れても、「俺はダメだ、全然英語が話せない」と思うだけで、全く話せなくなる。
これは、俺もよく経験した。)

*****


そして、二つ目のテーマ。
◆崟茲鯑匹犹」。

これに関しては、「自由意志」(Free will)の話になってくる。

自分がこうなりたい、と思う自分像、
または、こうしたい、と思う結果を考える。

そしてその時に、
それが失敗して、なりたい自分になれなかった自分、
また、
したいように出来なかった自分の姿も、
リアルに、臨場感を持って頭の中に描く。

そうすることで、
「実際に起こりうるであろう、二極の面」、
つまり、起こりうるすべての状態を自分で把握したところで、

そこで最初に戻り、自分が本当に望む方の自分、
及び、選択肢を選び、
実際にそれを行っていく。

すると、「すべての選択肢の中から自分で”それ”を選んでいる」、
つまり、「自らの自由意志により、自分でそれを選んでいる」
という実感が持て、
それにより、何よりも幸せを感じる事ができる、というもの。

また、これが習慣化すると、
自分が本当にやりたいことや、気持ちいい事がどんどん分かって来る、と。
「Winner takes all」の概念。
そこにあり得る選択肢をすべて理解しながら、その上で、
自分が一番望む道を、自らの意思で選んで進んで行くので、
そこには、よりリアルな「生きる喜び」が感じられる、とのこと。

これは、俺も感覚的に良く分かる。

*****

本の後半では、
ゲーデルの不完全性定理が出てきたり、
経済学の話が出て来たりと、
どんどんぶっ飛んで行き、
収集が付かない様な状況に陥るが、
最後はいつもの様にうまく纏めている。

*****

彼が大好きな、自分の学歴を随所随所でちらりと自慢する傾向も多々見られ、
そういうところが突っ込みどころ満載だが、
とても面白い本だと思います。

2012/6/16 15:44

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非常に面白い本だった。

「英語」というものを話す際において、本質となることを、うまく指摘している。

2010年12月発行の本。
本が出てすぐに買っておいたが、読まずに今まで置いていた。
昨日読み出して、一気に読み終えた。


*****

この本の中で、
「長期記憶に関しては、それが英語だったか日本語だったかは関係ない」というくだりが出て来る。

これは非常に言えている事で、
実際に、留学中にも、「あれ?昔誰かと話したあのアイディアは、日本語で考えてたんだっけ?英語で話してたんだっけ?」と、混乱することが結構あった。

英語を話す際には、英語モードに、
日本語を話す際には、日本語モードになるのだが、
その状態が書かれていたので、「そうそう」と頷けた。

*****

上の話は、この本のテーマとは余り関係がないけれど、
ちなみにこの本のテーマというのは、

「『英語』を話す際には、一番大事なのは、
その『英語』というものに含まれる『文化』を理解することですよ。
決して、発音の綺麗さや流暢さが、英語を話す際に必要なことではありません。
ヘタクソな発音や訛りのある発音でも、その人の話している文章の内容に、知識と教養が見えるものであれば、英語ネイティブの相手は、あなたに一目置きます。

その『英語文化』にドップリ浸かる方法は、完全に英語だけの世界に浸かる事を繰り返す事により、『英語を使う状況に対して、いかにリアルな臨場感を持てるかどうか』ということです。

最終的には、英語を話す際には、『英語を話す文化』を理解した自分が存在し、その『自分』と、『日本語を話す自分=日本語文化の中の自分』とは、異なる別の『自分』が存在する事になり、それが、『バイリンガルは二重人格』という所以です。」

ということ。

*****

p.89に、この様な記述がある。

「英語で十分なコミュニケーションをとるためには、英語圏の文化の根本を理解することが必要。そもそも、日本人の主張はこうだ、アメリカ人の考えはこうだと言い合うだけでは、いつまで経っても相互理解は生まれない。
互いに理解し合う為に、何が必要か。まずは、互いの文化を知ること。その上で、互いに主張する論点よりも抽象度の高いところに立って、問題を話し合う必要がある。」

これは正に、俺が大学のコミュニケーション・スタディーズ(Comm Studies: Interpersonal and Organizational Communication)の授業で学んできたことの本質だった。
なので、それがずばり指摘されていて嬉しい。


p.90:
「交渉ごとというのはおしなべて、相手に対する理解が深い人の方が、有利に事を運べるものです。
なぜかと言えば、そういう人は高い抽象度で物事を考えることができるからです。その結果、相手が信頼を寄せて来るからです。相手と簡単に、ラポールを生み出す事ができるということです。」
(*「ラポール」とは、「相手と打ち解けて、お互いに信頼し合い、安心して自由な感情の交流が生まれる関係」のこと。)


この点も、実際に普段仕事をしていて感じる。

先日、仕事の関係で通訳を行った際に、
自分は会議室の真ん中の席に座り、
左サイドにはイギリス人2人、
右サイドには、日本人4人が座り、
その中間で、自分がお互いの意見を訳して、話し合いを進めて行った。

その際に感じた事は、
自分は、双方(英語と日本語)の言う事が理解できるが、
それぞれの人たちは、相手の言語(英語、または日本語)が理解できない為に、
相手の言っていることへの理解に時間を要したり、

(これは、俺が訳しているのを待つ時間然り、
又は、純粋に、文化の違いによる相手の話し方による、お互いのリアクションにもよる。
英語文化人は、日本人に比べて、一方的にわあっと喋るように見られる。逆に、日本人は相手が良い終えるのをジックリ待つので、相手には押しが弱い、と取られる事もある。)

または、自分の言語での考え方しか分からなく、
相手の言語の文化を知らない為に、
その状況でその人が言った事を、そのままダイレクトに訳してしまうと、
実際にもう一方の相手にその言葉が伝わる時点で、
その人が本当に伝えようとしていることと、
実際に伝わった内容に、
少なからず差が生じてしまう、ということを感じた。


実際の例を挙げると、

話の最後の部分で、ある話題の取り決めが行われるクロージングの部分で、
右サイドの日本人側が、相手に対して、ある条件を持ち出した。

しかし、彼が言った通り、
何のクッションもなく、その条件だけをそのまま伝えては、
相手には、「押しが強い」と見られ、余りいい印象を持たれないことが目に見えていた。
(実際は、日本サイドの方が、相手サイドよりモノを買う方なので、日本サイドの方が立場が強いからこそ、それだけの強い主張をしていた、ということも背景にはあるのだが。)

そこで俺がしたことは、
一度、相手サイド(イギリス側)に伝える際に、
「まずあなたたちに知っておいて頂きたい事は、私たちは、あなたたちをベストパートナーとして考えたいということです。私たちは、あなたたちの努力を高く感謝します。私たちの真の目的は、お互いがWin-win situationになることです。その上で、この条件を持ち出します・・・」

と、切り出したこと。

それにより、それまで緊張していた相手側も、雰囲気が和み、
「私たちも、そのように考えます。それならば、このような条件を足しては如何でしょう?」と、日本側の条件を飲むと同時に、更に日本側にとってベターになる他の条件も付け加えてくれた。

*****


これが起きたのは、
下の二つの理由が挙げられると思う。

1、自分が、第三者として、双方の話を一歩引いたところで聞いていたので、お互いの感情を通り越したところで話を捉え、全体像を見渡すことがでいた。結果、お互いにとってプラスになるように話を持って行く事ができた。

2、自分が、お互いの文化(日本語文化、英語文化)を理解していたので、日本語文化から発されたメッセージを、英語文化へ伝える前に、英語文化の交渉において重要とされる、「私たちはあなたたちを理解していますよ。あなたたちの気持ちがよく分かります。その上で、お互いにとって有益となる話をしようじゃありませんか。私たちの究極の目的は、私たち全員がハッピーになることです」というメッセージを頭に入れる事で、物事がうまく進んだ。



上に挙げた著者の主張で、
「英語で十分なコミュニケーションをとるためには、英語圏の文化の根本を理解することが必要」ということと、
「交渉ごとというのは、相手に対する理解が深い人の方が、有利に事を運べるもの」
ということがあったが、

それは正に、
俺がアメリカ留学時代に学校で習った事と、
かつ、俺が留学時代の生活の中や、今の仕事の中で体験していることだったので、その箇所を読んで、「まさにそうだな」と頷けた。


*****


ちなみに、一つ前のエントリーでも書いた日本政府に対する怒りだけれども、これもすべて、

「政府が日本という島国の中で、日本語でしか物事を考えないから」(p.151)であり、
「日本人が日本という村社会の中で、日本語だけを使って、世界を眺めているから」(p.148)

こそ、感じること。

「日本語でしか物事を考えない」ということは、「日本文化の考え方でしか、世界を見れないこと」であり、
日本はそれに更に追い打ちをかけるように、「島国」という、物理的に周りを他の国と隔離された状態に陥らされている。

だからこそ、日本の政治、及びマスコミは、「日本的村社会」の、狭い視野でしか、物事を考えないし、それが変わって行かないのである。

(これはちなみに、アメリカに対しても言えること。アメリカは、色々な人種が混じり合い、他の国からも移民がどんどん増えている点では、日本とは違って、視野がその分広くなる状況にある、と言えるが、
しかしその「アメリカ」も大きな島国の様なものなので、やはり「アメリカ人」は、ヨーロッパなどに行くと、「世界の田舎もの」とバカにされる傾向にある。

その点、ヨーロッパは、様々な国がいくつも同時に隣接しているため、そういった、「物理的環境によりもたらされる視野の狭さ」というものは感じなかった。俺が2004年に実際に訪れた際には。

ちなみに日本は、世界から見ると、「一人、世界の最東端に、日本独自の世界を築き上げているミステリアスな国」という、変なイメージが一部の人からはある。
まあ、日本の外交のやり方は、「田舎者」とバカにされるか、または、相手にもされていないかもしれないけれど。)

*****


本のまとめとして、
苫米地氏はこう書いている。

「国連の会議では、英語の他にフランス語、スペイン語などが使われているが、それでも世界が英語を事実上の世界標準語として認める時代になっている。
それは、英語が理解できた瞬間に、世界192ヵ国のことがすべて分かる時代になったということ。
その証拠に、いまやイラクやイスラエルの新聞が、iPadで英語で読めるようになっている。
英語が分かれば、世界192カ国が今何を考え、何を問題にし、どのような議論に沸き、どのように手段を尽くそうとしているのか、リアルタイムかつ臨場感を保って理解可能な時代になり始めている。

日本人だけに通じる、堂々巡りの思考回路から、そろそろ自分を解放する事を考えるべきである。
それが出来た人は、たとえ日本の経済も政治も三流になったとしても、外国人から頼りにされ、尊敬もされ、海外のどこに行っても通用する存在になれるだろう」と。


結局、大前研一氏や柳井正氏が「この国を出よ」で言っていることも、落合信彦氏が幾つもの著作で言っている事も、これと同じ事なのである。
チャンチャン。


2012/6/16 10:08am




追記:

彼はこの本の中で、「英語文化」「英語脳」「ネイティブで英語を使う人間の考え方」を学ぶ最適の方法は、英語の古典を読む事だ、と言う。
これは、まさに俺も賛成。



また、もう一つ付け加えると、
苫米地氏は、
「その人の話し方、つまり、その人の言語現象は、本人の前頭葉(前頭前野)の情報の質がどれほどのものか、包み隠さず表してしまう」という。


コミュニケーションにおいて一番重要なことは、
ラポール(相手と打ち解け、お互いに信頼し合い、安心して自由な感情の交流を生まれる関係)を作り出すことであり、

その最も簡単な方法は、
「自分が信頼に足る人間か、相手にとっていかにメリットのあるいい人間か」を伝えることである、と。

その場合、相手にとって「いい人」であるかどうかは、「よりよい機能を果たしてくれるかどうか」にかかっている。

そしてそれは、その人の言語運用能力によって、相手にすぐに伝わってしまう。
なぜなら、言語能力は、その人の前頭前野の質をものの見事に表すから、と。



そんなわけで、日本人ビジネスマンが、アメリカの本社を訪れた際に、
例え発音が流暢でネイティブ並みでも、
相手に向かって”What’s up?”と言った時点で、
「こいつはバカか」となるわけで。

それよりも、いかにへたくそな日本語訛りの英語でも、
“Hello, how are you?”と言った方が、相手は、
「この人は、きちんと話の出来る人だ」となる。

そんな風に、
常に、時と場所と相手により、
きちんと話の中身を変えられる、
いかなり状況でも、応用の効く人間でありたいと思う。






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June 10, 2012

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非常に面白い本だった。
2012/3/15に出版された本。
本はPHP新書で薄いので、2時間程でさらっと読める。

*****

この本では、苫米地氏は大きく分けて、以下の4点を述べている。

‘本人はなぜ立ち上がらないのか?
 ー日本人は権力者に都合良く飼いならされた奴隷であること。その奴隷システムがどのようにうまれたのか?

日本人はなぜ幸福を感じられないのか?
 ー未だに世界随一の経済大国でありながら、なぜ日本人はどことなく不幸なのか?
その原因となっている社会構造を分析。

そもそも、「日本人」「日本」とは何か?
 ー日本人の政治批判はどうして空虚なのか?そして、「日本人」との定義とは?

ぁ崙本」という枠組みを無くすにはどうするべきか?


*****


第一章で述べられていた,瞭睛董
この中では、日本はそもそも、どうしてここまで人の目を気にする国民性になってしまったのかが解説されていた。
その中の理由の一つで非常に面白かったのが、日本人の「村八分」が生まれた背景。

あるコンピューターシステムによる分析において、
一つの同じ言語を話す人々が、二つのグループに分けられ、
それぞれ別の集落で暮らすよう設定された。

その場合、メンバーのうち30%の人口が同じ集落に留まり続けると、「方言」が派生するらしい。
つまりは、その集落の中で、70%以上の人口が常に移動を繰り返している(その集落に出たり入ったりしている)状態にならないと、必ず方言が生まれるとのこと。

日本は、山が多く、また、川も多いため、老人や子供の力では、その村を出る事が難しい地形である。よって、実際にその村を出て他の土地へ移動が出来る若者以外は、その村に留まる傾向となる。
その結果、上の条件である30%以上の人口が同じ村に留まる可能性は非常に高くなる。
それが、日本が単一国家であり、同じ人種の人口でほぼ埋め尽くされているにも関わらず、世界的に見て非常に珍しい、「同一民族にも関わらず、幾つもの方言が存在している国」である証拠。

方言が生まれるということは、一つの「文化」を持ったコミュニティが形成されるということ。
そして同時に、それだけ沢山の方言が生まれるということは、その数だけ沢山のコミュニティが出来上がることであり、
その様な日本の状況においては、そのコミュニティ内を出た時に、他のコミュニティでやって行くのが難しくなる。(何故なら方言という「言葉」も違い、文化自体も違う為、全く別の国に行く様なものだから。)

よって日本の人々は、昔から、その自分が住むコミュニティ(恐らく自分が一生を過ごすであろう集落)で、いかに「心地よく過ごすか」、言い換えると、「いかに仲間外れにされないか」に神経を尖らせて生きて来た。

「村八分」の文化が生み出されたのも、これで頷ける。


*****


実際、現在自分は、仕事の関係であるところに来ているが、ここは、周りを山と川に囲まれた土地にあり、正に今回苫米地氏が述べている様な条件に当てはまるような町である。

方言は非常にキツく、その方言を町民全員が話すので、
「方言は存在しているけれど、町の人全員が方言を話す訳ではない」環境ではなく、
「町の人全員が、その方言をバリバリ話す」環境である。

(俺の母親、また父親は、それぞれ地方の出身であり、それぞれの土地には方言が存在する。しかし、その町や市に住む全員が、その場所の方言を、しかもコテコテの方言を話すわけではなかったので、自分の中で「方言」とは、段々廃れて来ているものかとの認識が少なからずあった。
なので、今の場所に移りすんでから、如何にこの町の独特の「文化」が力強く生き続けているかに、正直ビックリさせられた。)


よって、この町では、良い意味で昔からの歴史が残っている。
言ってみれば、「まるで昔から時が止まったかの様な」雰囲気に陥ることがしばしばある。

そして、俺はこの町を好きだが、
同時に、この町で一度仲間はずれにされるような状況に陥った場合、
ここで暮らして行く事は、難しいだろう、とも感じる。


*****


苫米地氏の今回のこの理論は、
非常に頷ける所があった。

それは、俺が18歳までを日本で過ごし、
その後、日本とはまるで対象の国であるアメリカで24歳まで6年間を過ごし、
その後、日本に帰って来て、また4年程過ごした今、
色々な所に住んだり、色々な国を訪れた経験を踏まえて、
日本に対して自分が感じることを、この論理は明確に捉えていたから。




日本人は、「周りの目」を非常に気にする文化を持つ国民であり、
だからこそ、全員が同じ考え、同じ生き方をする。
それを強制されていなくても、それに自然と従って行かないと、
風当たりが強くなり、生きづらくなってしまう国である。


これを、人々は「閉塞感」と呼び、
その結果、海外に踏み出すと、「まるで心から羽を伸ばせる様である」と感じる所以である。
(全員がそう感じるわけではないと思うが。)


*****


苫米地氏は別の表現で、
「パノプティコン」の例を出す。
これは、刑務所において、
常に24時間囚人が監視されているわけではなくても、
監視塔を真ん中に置くことで、
囚人は、「いつも見られている」というプレッシャーを無意識に感じ、
その結果、
果たして監視がされていないときでも、
囚人は、まるで監視をされているかのように、行動してしまう、
ということ。


苫米地氏は日本人がこのような傾向をもった別の理由で、
「日本が多神教の国」であることも挙げている。

例えば、一神教であるキリスト教やイスラム教などであれば、
同じ一つの神を全員が信じ、
その神の前では、誰もが無力となる。

しかし、日本の場合には、
「八百万の神」の言葉に代表されるように、
神は至る所にいるので、
「誰もが服従をしなければならない絶対的な存在」は無い。

そして、
日本独特の「お天道様がいつも見ている」の考えも手伝う事で、
「いつでも自分は、色々な目(神)から見られている」という概念が生じ、
結果、より、「いつも誰かに見られている」(上の村八分のアイディアと併せて)という無意識下の抑制がかかってしまう。


(ここで彼は、日本が多神教であるからこそ、「フェアネス」が存在せず、結果、上の位に付いた者を、絶対的に崇めてしまう傾向にある、とも説明する。

つまり、一神教であれば、金持ちだろうが、政治家だろうが、医者だろうが、
誰もが、一つの神の前では、「無力になる」という条件のもと、
そこで、「誰もが神の前では無力=みんな同じ」というフェアネスが存在するが、
日本の場合には、「絶対的な一つの神」が存在しないため、
結果、「偉い人は上に立つはず」=「上に立った人は偉いはず」の逆方程式が出来上がり、その結果、金持ちや政治家や学者など、何かしら社会的に権力を持った人間を、無意識に「彼/彼女は凄い人だ。上に立っているんだから」と見なしてしまう傾向がある、と述べる。
これも非常に面白いと思った。)


*****


そして最後に苫米地氏は、
「物事の本質を見極めるには、”具体的”の反対である”抽象的”視点に立ち、物事を上の広い視点から見ること」を説く。
これは彼が色々な本でいつも結論づけることであるが、
ここでは、これを「日本を遠い視点から見る事」に結びつける。

何か問題が起きたとき、
(例えば、今の日本に存在する様々な問題を解決しようとするとき)、
真面目な人ほど、目の前の問題に集中して考えようとする。
つまり、物事を”具体的”に見すぎて、アリンコの目になってしまうわけである。

その結果、行き詰まり、良い解決方法も出ないまま、終わってしまう。


それよりも、一度鳥の目で物事を上から見て、
そこに存在する「本質」を見抜く。


日本に対してもそれは同じで、
日本に今存在する増税問題、震災後の復興問題、TPP問題、社会福祉問題などなど、
それぞれ一つ一つを見て、「日本」という狭い国のことしか見えなくなるのではなく、
自分の思考は日本を飛び出し、
他の190以上の別の国々も視野に入れた、
より広い視野でこの世界を見て、
それから、「日本」という小さな国を見る事。

すると、そこに横たわる問題の核質、本質は、
以外と、同じ事に共通していることに気づく訳である。


******


この本の終わりで苫米地氏は、
解決策として、日本を「道州制」にして、
その土地にある道州毎に、法律も、税金も、学校のシステムも、
すべて変えてしまえば良い、と言う。

これはある意味、アメリカに非常に近い。
アメリカは州によって法律が異なり、
その別々の50の国をまとめあげるのが、
アメリカの政府であるようなものだから。

実際、アメリカでは、これもやはり一つの国であるために、
「アメリカ」というものに縛られなければならない現状も沢山あるが、
しかし、今の日本よりは、
その国の国民は、ずっと住み易いと思う。
少なくとも、自分で、自分の住む場所にかけられる法律を選ぶ権利がある。
(自分が住むその州の法律、ルールが気に入らなければ、別の州に移動してしまえばいい。)


しかし、これを日本で実行すると、
カリフォルニア州と同じ面積に、アメリカの人口の半分近くが密集しているわけだから、
これは流石に難しいんじゃないか、と思う。
そもそも、元々村八分の考えを持つ日本で、
これから、そこまで考えをガラリと変えて行くことも難しいだろうし、
頭がカチンコチンで自分の利権しか考えない政治家たち、及び官僚の層が、未だに「日本」という島国を固めているから。


だから、この日本に愛想を付かせて、どうしようもないと感じる人々は、
やはり日本を出て行くしかないと思う。


*****


話を元に戻して。

苫米地氏は、第二章の、「日本人はどうして不幸に感じるのか」にて、
「日本人は生まれた瞬間から、自分の生きる道を決められているからだ」というような記述がある。

つまりは、日本で掴める「成功」とは、
良い大学に入って、官僚になる、または、大企業に入るしかない、と。
そして、その道「しか」、幸せになる道はない、と。


人は、自分の未来に、限りない「可能性」を感じるとき、
心の奥底から、震える様な「喜び」を感じる。

自分は何でもできる、
この世界は広い、
自分次第で、何だってできる。

そう、「心から」感じられるとき、
人は、もの凄い自信と、同時に、
もの凄いやる気を感じるものだ。

それは、俺が留学時代、
または、様々な国を旅しているとき、
何度も感じたこと。


その「感覚」は、不思議と、
日本では感じにくい。

日本国内で「存在している」、上に書いたレールに置ける成功。
その道を歩む事を自らが、心から望んでいる人間であれば、
そして、そのレールに乗っかれた人間であるならば、
この日本という国での人生は、何よりも幸福であろう。

しかし、そのレールの上に用意された「幸せ」を、
心から「幸せ」と感じられない人間。
または、そのレールに乗ることすらできなかった人間。

その「人間」たちは、
日本という国に自らを置く以上、
常に、「自らに対する可能性」を、
「無限的に」感じることは、不可能となる。



それが、日本人が、
「どこかしら不幸である」所以。


つまり、日本には、
狭いレールしか用意されていなく、
その「用意されたレール」の上に置かれた「成功」しか、
「幸せになる方法はない」と、
誰もが、社会に思わされている。


*****


以上、
非常に共感する箇所の多い本だった。




最後に、
俺は、4年前に日本に帰って来てから、
アメリカとのギャップに違和感を感じ、
また、この「日本社会」に馴染めず、
悩んだ時期が続いた。


一時期は、
その「レール」に幸せを感じられず、
また、その「レール」に乗りたいと思った時には、
もう、乗れないことに気づき、落ち込んだ時期もあった。



しかし、俺は俺自身、
日本での生活に今は満足をしているし、
自らが求める「幸せ」を掴むことができている。

もちろん、社会的、そして自らのキャリア的には、
これからどんどんと進んで行く予定だが、
少なくとも、自分が進んで行く道、
そして、その道を幸せと思えるかどうかに関しては、
今では、自信がある。



苫米地氏は今回、「日本」という「国」に対してターゲットを絞って話をしており、
日本人一人一人が、どう生きて行くかに関しては触れていない。

最終的には、「自ら」が、いかに、
「心から」、「幸せ」と思える人生を生きられるかどうかである。


*****


まとまりの無い「まとめ」となったが、
色々と考えさせられた本。



2012/6/6 19:42





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June 08, 2012

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さあ、非常に怪しいタイトルです。
一体、「とてつもない未来」とはどんな未来なのか、
ツッコまれそうです。

自分も、この本を会社の食堂で読んでいましたが、
先輩に「どんな本読んでるの?」と聞かれ、
この本の表紙を見せたら、
「そっちの方に興味があるの??」と、
やっぱり勘違いされました。

*****

この本は、2009/10/20に出版されました。
内容は、主に、

「時間は、過去から未来に流れるものではなく、
未来から過去に流れて行くものです。
よって、未来を、なるべく強い臨場感を持ってイメージし、
まるで手に取れるかの様にイメージが出来たら、
後は、その未来から今に直線が繋がっている様にイメージをして、
その道を歩むだけです」

というメッセージです。


彼が他の本でも言っている、

「時間は未来から過去へと流れて行くもの」
「抽象度を上げて、物事を見る」
「物事を立体的に見る」(例えば目の前のパソコンを見る際にも、そのパソコンに対して、様々な視点や観点で一度に見る)

などの論理が説かれています。
よって、苫米地氏の本を何冊も読んでいる人にとっては、
「ああ、またそれね」という内容の本でもあります。

*****

読んでいて面白かったが、
「あまのじゃくトレーニング」と称して、
「自分のスコトーマ(心理学的盲点)を外す訓練として、
今までに抱いた願望や価値観を全て否定して、自分の信条と全く逆のことをやってみる」というくだり。


例として、

「ビジネスで大成功したいと考えている人は、
会社を無断欠席したり、大遅刻をしたりしてみる」

や、

「食に拘りがある人は、
自分の嫌いな物や、不味いと思うものばかりを沢山食べる」

などの例はまだよかったのですが、

「美容に拘っている人は、
現在使用している化粧水や乳液を使うのをやめて、
コンビニで売っている安い石けんで、顔を毎日洗う」

の例が出て来た時は、思わず爆笑してしまいました。


(この主張のポイントは、以下の通り。

人は通常、”Belief System”(ブリーフ・システム。自分の信念に基づいて物事を考える傾向)を持っていて、その”信条”を元に、すべての行動を決めている。
しかし、その”信条”ゆえに、本来は見えるはずだったものが見えなくなっており、
実際には、その、自分が”見ようとしていないもの”の中に、自分にとってはもっと良いものが隠されていたりする。

例えば、「どこの高校に行ったらいいか分からない」と言っていた友人の中学生の息子に、苫米地氏が、「じゃあ、自分が一番行きたくないと思う学校の見学に行ってごらん」と薦めた所、その子は一番行きたく無いと思っていた「地元の公立高校」に見学に行った。その結果、「下らない生徒しかいなくて、先生もレベルが低い」と思っていた所、実際には、「効率なので真面目な生徒も多く、先生も熱い人が多かった。また、家からも一番近いし、学費も私立よりも安いので、一番いい選択肢であった」ということに気づいた、という例が挙げられる。

苫米地氏曰く、「人が持っているBelief Systemは、自分の両親の言葉や、周りの友達や学校の先生の意見、マスコミでいつか聴いた意見に影響をされて持った”偏見”」である
場合が多く、自分がそれを「良い」と思う根拠も、そんなに確固たるものではない、ということ。
そして、その”偏見”が故に、本来目の前にあって見えるはずのものが、見えなくなっていることが多すぎる、ということ。

よって、それを外すことで、自分の人生がもっと広がる、ということ。)



彼は、「自分のBelief Systemを外す為に、上に挙げた様な、自分の信条とは正反対の事を続けてしてみることで、何かに気づく。その後、もしも前の自分の考えの方が良いと結論づけた場合には、それに戻れば良い。」と説きます。

まあ、それはそうなんですが、その例えが極端すぎで、とても面白かったです。しかし参考になりました。

******

彼は、このように、結構極端な意見を、(笑いを狙っているのもあるかと思いますが)面白く書くので、読んでいてぷぷっと吹き出してしまうところが毎回あります。そこが彼の本の面白さの一つです。
(でも、一定の人からは、彼の書き方は、嫌われる傾向にもあると思う。)



別の表現で面白かったのは、
自分のスコトーマを外して、
周りの人間が考えてもいないような別の次元で物事を見て、行動をする人の例えで、
その昔、太古の生物の時代に、
初めて海から陸に上がった魚の話がでてきたとき。

「周りのどの魚も、『水の中の方が良いに決まっている。陸は危険だ』と思っている中で、その魚だけは、『俺は陸に上がる』と決めました。」

というくだりがあった。
この解説も、人の顔をしたような魚の挿絵と併せて読むと、非常に滑稽で面白かった。


*****


何だか、全然本のレビューになっていませんが、
この本で彼が言いたいのは、

「今までのように、過去と現在の研究ばかりして、それで未来が見えるわけではありません。現に、現在の情報量は、一昔前の情報量の何倍にもなっているので、過去と現在の情報ばかり研究していても、追いつく訳がありません。

それよりも、時間は未来から過去に流れているものなのだから、いかに物事を立体的に見て、抽象度を上げて、明確にイメージしながら考えるかで、未来は確実に見えて来るし、自分が望むその未来が今に繋がってくるのです。
その際に、自分の中に存在する、”Belief System”、”スコトーマ”を外すのが大事です。」

と言うこと。


彼が全ての彼の本で何度も述べている、
「抽象度を上げてモノゴトを見る」とは、

「例え、一見何のパターンもないような奇想天外なことでも、大きな視点で見て行くと、その中にある一定のパターンを見いだせる場合が多い。それと同じで、目の前のことしか見ないアリンコの目で物事を見るのではなく、情報を出来る限り削ぎ落として、俯瞰的な目で、ものごとを見て考える事で、そこに眠る、ある一定の本質を見いだせる」ということ。



*****

最近、彼の本ばかり読んでいるので、
「洗脳されないようにね。アナタはすぐに信じやすいんだから」と妻に心配をされています。

しかし、一度ハマるととことんハマってしまうので、
これからも当分、彼の本を読み続けるでしょう。



2012/6/8 23:11





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June 04, 2012

4894514931

2012/3/21に出版された本。

4月の頭に、東京行きのバスの中で一度サラッと読んだが、
余りにも難しくて頭にすらっと入って来なかった。
いつもは大体の本は、
さらさらと読んでも内容が頭に入るが、
この本は自分の知らない経済用語や歴史がバンバン出てくるので、
一つ一つ噛み砕いて読んで行かないと、
理解が追いつかない。

ということで、少し置いていたのをまた出して来て、
昨日一日と今日をかけて、読み終わった。

非常に勉強になった。

*****

苫米地氏の本に対するアマゾンのレビューを見ると、
頭から彼に賛同する人と、
彼をボロクソにけなす人の、二極に別れる。
俺は、どちらかと言うと前者の方。

彼の本の中には、
かなり軽いノリで書かれているものもあり、
「これはわざわざお金を出して買うレベルの内容じゃないよね」
という本も多々あるが、
最近彼が出している、こういった経済関係の本や、
日本のマスコミや社会制度の問題を指摘する本は、
非常に示唆に富んでいて、
読んでいてとても勉強になる。

そして何より、彼の本を読む事により、
より自分が、世の中の色々な事に興味を持って、
「もっと知ろう」と思えることが、
何よりの恩恵である。

*****

この本の中では、目が開かされる記述が沢山あった。

果たして彼のその意見が全て事実として本当かどうかは、
自らが他の本やデータなども参考に調べ、
同時に、自分のアタマで考えてからでないと、
「本当かどうか」とは言えないが、
それを全て、やって行きたいと思える。
それだけ、触発されるところが多い本。




以下、俺がこの本を読んで、
興味を持った箇所。

(注意:一部はそのまま文章を抜粋し、
一部の言い回しや漢字使いなどは、
変更を施してあります。)


*****




「実際のところは、国債は円建ててあり、その殆どを国民が所有しているのであり、債権者は国民です。とすれば、借り手が貸し手に対して、「オレはキミにずいぶん借金しちゃったから、オレの借金はキミの所得から返すのが当然なんだぞ」と横柄に言っているのに等しい訳です。
ギリシャの例と本質的に違うのは、日本政府の借金は「円建て」だということです。他の通過で返済する必要がないのですから、デフォルトしようがないのです。」(p.90)




「実は、国民に増税を飲ませた結果、税収が減り、国家財政が行き詰まっている国が既に存在しています。それが、今ユーロ危機の主役を務めているギリシャです。
ギリシャ危機は、いわば国が財政の粉飾を行っていた事が出発点になっています。リーマンショックが起こり、国家財政の蓋を開けてみたら、とんでもない借金が発覚してしまったわけです。
そこでギリシャ政府は、財政赤字を減らす為に、国民への課税を強化しました。
ところが、課税強化によって民間経済が疲弊し、思い描いていた程の税収は上がりません。そのために、返って財政赤字が膨らむ状況に立たされています。財政破綻すれば、その重いツケは、それこそ後の世代が背負って行かなければなりません。ギリシャこそ、「後の世代にツケを回すな」という一見もっともな理屈により国家経済を悪化させ、「後の世代に重いツケを回した」典型例です。
日本政府は、増税が「ギリシャにならない為の道だ」としていますが、増税こそがギリシャに通じる道だ、という論理の方が正解です。にも関わらず、政府はまともな説明もほとんどないままに、復興増税を決めてしまいました。要するに、後は野となれ山となれで、いざとなればいくらでも消費税率を上げればいい、という腹なのかもしれません。」(p.94-95)




「社会保障の議論の際のお決まりは、日本の国民負担率は低い、という主張です。国民負担率が低く、そのために社会保障が十分でないというわけですが、日本の国民負担率が低いという指摘は、国会の審議でもよく使われます。国会で政治家が堂々と述べる訳ですから、それを聴いた国民はその通りに信じてしまうでしょう。ところが、これは全く正しくありません。
実は、日本の国民負担率が高い事は、内閣府がスウェーデンとの比較において、認めています。
(ここで、2005年7月の「スウェーデンと日本の国民負担率の比較」のデータを参照。)

‘本は、社会保障給付金などが少ないため、一見すると高負担のスウェーデンよりも、実際の国民負担率は高い。

△修両ない社会保証給付金の最たるものは、出産・育児等、家族政策関連の給付、高齢者・障害者関連の給付、そして雇用政策関連の給付の3つであり、スウェーデンは対GDPで、順番に日本の7倍、10倍、4倍の給付がある。
」 (p.123-126)




「年金財政がひっ迫しているのも、厚労省が年金基金を食いつぶしてしまったからです。年金はあるときまで、自分が積み立てた金を将来の自分がもらうという仕組みでしたが、いつの間にか、若者が年寄りの為にお金を融通する仕組みに変わってしまいました。
なぜ、そんなことになったのかといえば、グリーンピアなどの年金施設を乱造し、年金の運用に失敗したからです。そのため年金財源に巨額の損失が生じてしまいました。年金支給学の減額や至急年齢の引き上げは、いわば全て、官僚が運用に失敗したことが原因です。そのツケを国民に回して、厚労省はまるで当たり前だと言わんばかりに、相変らず威張っているわけです。
民間企業で社員が3億円も使い込めば、まず間違いなく実刑が下されます。ところが、官僚は兆の単位で使い込みを行っているにも関わらず、責任を一切問われません。こんなおかしな国がどこにあるというのでしょうか。」(p.148-149)




「TPPは、実質的にアメリカと2国間の自由貿易条約だと言われています。関税を撤廃、非関税障壁も取り払えば、日本にアメリカの医療サービス、行政サービス、金融サービスなどが流れ込み、アメリカ企業が日本市場を席巻することになるでしょう。これまでアメリカが年次改革要望書で日本に要求して来たことが、TPP参加ならあっさりと実現できるわけです。
実際、今年(2012年)2月14日の米下院公聴会では、米国の重要ターゲットが、「日本郵政問題」であると確認されています。まさにアメリカ側の本音です。
簡易保険93兆円をゆうちょ預金175兆円と合わせると、ゆうちょマネーは約270兆円になります。これがTPPの本丸です。かつで小泉・竹中ラインにやらせようとして失敗したことを、今度は民主党政権にやらせようというのが、アメリカ側の目論見です。
また、郵便事業を外資に解放する事もターゲットとして確認されています。

蛇に飲まれる蛙の様に、日本はアメリカに従おうとしていますが、ここへ来て、中国やロシアまでがTPPに感心を寄せ始めました。「アメリカが本気なら、俺たちも参加させてくれ」というわけです。
中国やロシアがTPPに参加しようとすれば、困るのは実はアメリカの方です。関税撤廃、非関税障壁を撤廃するというTPPの精神に従えば、アメリカ市場に中国製品やロシア製品が今以上に流れ込む事になります。良いとこ取りを目論むアメリカに、牽制球を投げつけたというところでしょう。そのため、アメリカの財界人の間でも、TPP論議が中断するというようなことが起こっています。」(p.209,210)




「そもそも、日本が(年に)2〜3%の経済成長をしなければならないという認識は、正しい事なのか?と。日本人が自分たちの事を、未だに新興国であると勘違いしているのではないか?
例えば、中国が年率2桁の経済成長を長期間続けていると言っても、それは走り出したばかりの自動車の様なものです。「去年は時速10キロで、今年は時速13キロになりました」というのが、年率30%の経済成長です。
それに対して、日本は単なる自動車を脱皮し、フェラーリに変わった経済です。それが今、例えば時速300キロで走っています。時速300キロの高速走行で1%の経済成長を遂げ、来年は303キロで走り、再来年は306キロで走るという状態を続けています。成長率に表れる数字はいかにも小さいかもしれませんが、それは誰にも真似出来ない様な高速走行で、日本と並行できる国はどこにも存在していないわけです。

もちろん、日本は今後、外国人が就業する様にならない限り、生産年齢人口が減って行きます。それに伴ってGDPは詰まるところ人口によって決まりますから、人口が減少するなら、フェラーリの時速も今年300キロが来年は297キロ、再来年は294キロと減って行くでしょう。
しかし、人口が減るのですから、それ自体、何も問題はありません。人口が減れば、税収が減り、それに合わせて政府支出も減っていきますから、日本人が経済的に苦しむようなことにはなりえません。

その場合に困るのは、自分たちが使える分のお金だけは維持して、利権を守りたいと考えている官僚だけです。人口が減り、経済規模が縮小しても、彼らは官僚の人数を減らしたく無いし、給料も上げて欲しいと言っているに過ぎません。

GDPを成長させなければならないというのは、官僚が仕掛けている幻想です。彼らの理論は常に、「それを成長させなければならないから、財政を立て直し、政府が使える金をもっと増やさなければならない」というところに行きつきます。
年金問題や介護問題などの社会保障も、根は同じです。日本は超高齢化社会で、お年寄りの介護で大変だ、だから政府が使える金をもっと増やせ、と言います。ところが、負担増に見合うだけの社会福祉が国民に提供された試しはありません。そして、国民がその事に不満をぶつけると、不満を解消する為にはもっと税金を上げる必要がある、と返して来ます。
官僚というのは、国民の不満や国家的危機を食(は)んで、つねに焼け太りしようとしようとする生き物だと捉えなくてはならないでしょう。」(p.212-216)




■世界の経済カースト(トップから順に):

_な撞霏膓箙圓離ーナーである銀行家
欧米巨大銀行の頭取
IMF, BIS等の国際金融機関
さ霏臈蟷餠箙堝取クラス
ゥ┘ソンモービル、GEといった多国籍企業
Ε▲瓮螢政府
С胴饑府(日本政府含む)
┠价掴△覆匹梁膣覿


「総務省は物価が下落しているとのデータを世の中に出しているが、実際にデータを調べると、物価は下落はしていません。
物価下落を表す政府の統計は、要するに、世界の多国籍企業の戦略の一環だということです。日本人がお金を溜め込む様にしかけ、それを、TPPによる市場開放や米国債の購入を迫るという形で、ごっそりかっさらう腹づもりでしょう。」(p.220-229)




「本書で述べたインフレとデフレの問題においても、そこにヨーロッパ大銀行家の意図が働いた痕跡を見る事ができます。
例えば、OECD(経済協力開発機構)は、次の様な定義をホームページ上に掲げています。
「インフレーションとは物価が継続的に上昇していくこと」「デフレーションとは物価が継続的に下落していくこと」と。既に指摘したように、この定義は明らかに間違っています。

インフレとデフレは、マクロ経済学の概念です。ご存知の様に、マクロ経済学は個々の製品価格を論じる分野ではありません。物価を問題にする場合には、ミクロ経済学で個々の製品価格を考えていくわけです。
マクロ経済学では通貨は「すべての通貨」、モノは「すべてのモノ」を指し、通貨とモノの関係を捉えて行きます。最近はマクロ経済とミクロ経済を統合する経済学の流れもありますが、だからといってインフレ・デフレの定義を変えて良いことにはなりません。
現代人は、状況の変化に応じてモノの価値が変化して当然だと思っているかもしれませんが、モノの価値というのは、ほんらいそう簡単に変わるものではありません。使っているうちに壊れてくれば価値がなくなるかもしれませんが、そのときは新しいモノが作られ、モノの総量としての価値は変わらないわけです。

では、なぜインフレやデフレが起こるのかといえば、これは専ら通貨の総量に起因しています。通貨の総量が増えれば、通貨の価値は相対的に下がり、インフレーションが起こります。逆に、通貨の総量が減れば、通貨の価値が相対的に上がり、デフレーションがが起こります。これが、ほんらいのインフレ、デフレの定義なのです。

ところが、OECDの定義では、このインフレとデフレの概念が、物価の概念に変わっています。これは、古典的な経済学から見ても、非常におかしな話です。素人ならともかく、十分に経済学を学んできたはずのOECDの研究者や職員が、こんな初歩的なミスを犯すとも思えません。

インフレ、デフレの概念を物価の概念に変えた事によって、実は私たちの目から隠されたことが二つあります。

ひとつは、物価は変わらないという当たり前のことを、私たちに見えなくしてしまったことです。OECDの定義が象徴しているように、「モノの価値は変化せずに通貨の価値が変化する」という本来の概念を、「モノの価値が変化して、通貨の価値は変化しない」という概念に変えた結果、不変の通貨の価値がモノの価値を決める、という論理のすり替えが行われました。つまり、お金がすべての基準であるという論理が、大手を振って通用する世界に、いつの間にか変わっているのです。
ヨーロッパの銀行家にとって、もともと通貨は、彼らが所有する金のことでした。彼らが、自分たちが所有する金の価値を不変と考え、それに対してあらゆるモノの価値が決まると考えたとしても、不思議はありません。そして、彼らの意向を体現した世界各国が、金本位の通貨制度を持ったのも当然です。実際、ブレトン・ウッズ体制においても、金は1オンス35ドルと決められ、世界各国の通貨は間接的に金と結びつきました。

本当は、金に不変の価値などありません。パソコンや携帯電話の電子部品に使われている様に、金にはもちろんモノとしての価値がありますが、あらゆる価値を量る絶対的な価値があるというのは、まったくの錯覚です。
ヨーロッパの銀行家は、金の不変の価値が崩れると困りますから、その価値から相対性を消し去ろうとしました。それが、金本位制の成立であり、あらゆるモノの価値の基準が通貨であるという概念を広めることだった、といえます。
その結果、私たちは知らず知らずのうちに、インフレもデフレも物価の概念であると思い込む様になってしまいました。

もう一つは、好況と不況の原因を隠してしまったことです。
特に日本人は、1990年のバブル崩壊から続く不況の中で、一体何をどうすれば不況から脱出できるのかさっぱり分からなくなり、自信を失っていると思います。総務省統計局の消費者物価指数でも、物価が継続的に下落しているとされていますから、まったく出口が見えないと悲観に陥るのも当然です。
ところが、それはマクロ経済とミクロ経済という全く異なる概念を混同させた結果として、日本人の多くがそう信じ込まされているだけのことです。

経済がインフレかデフレかを判断する理由は、単純にマネーストックが増えたか減ったか以外にありません。つまり、マネーストックを実質的に増やす事ができれば、デフレから脱却することができます。
また、今の日本は強い経済を続けていますから、ちょっとやそっとマネーストックを増やしても、インフレにならないとも言えます。それは、日本の経済成長にマネーストックが追いつかない状態を指しています。(以下省略)

にも関わらず、総務省統計局は個々の物価を調べて継続的に物価が下がっているとといい、日銀はマネーストックをコントロールできないと言い張っています。OECDがそうであるように、政府も日銀も、ヨーロッパの大銀行家が仕掛けた論理のすり替えに、どういうわけかやすやすと乗っかっているのです。」(p.232-238)











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June 02, 2012

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Dr. トマベッティーの本です。
この本は、2010年3月末に刊行されました。

この本は、2009年11月に出た、
「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」(by クリス・アンダーソン)
の本の内容を元に、
「実際のところはどうなのか?」
ということをテーマに書かれた本です。

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苫米地氏の別の本で彼は述べていましたが、
この本を執筆するに当たり、
編集者の人間が自分のところへ来る前に、
「フリー」の本を読んでおく時間が取れず、
編集者が自分のオフィスに着いてから、
5分だけ時間を取ってトイレに行き、
そこで一気に読んで、
その後に、この本の構想を話して決めた、とのことでした。

*****

まあ、今では苫米地氏の本を沢山読んでいるので、
それがハッタリではないだろうことが良くわかりますが、
彼の事を余り知らない頃は、
「このオッサン、なんか胡散臭い」という感じがプンプンでした。

この本も、やはりその一つです。

自分が苫米地氏の存在を目に留めたのは、
恐らくこの本が初めてだと思います。

2010年の3月、
本屋でこの本が新書コーナーに売り出されているのを見て、
その帯に映る彼の怪しいプロフィール写真を見て、
「どうせ、最近売れている本を利用して、
自分も金儲けをしたいという人間だろう」と、
この本を手に取る事もなく、
カバーだけで、この本をジャッジしていました。


そして、それから二年経った今、
やっとこの本を読みました。
非常に面白い内容でした。
正に、"Never judge a book by its cover"です。

*****


この本では、上に挙げた「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」
の内容をベースに、
その本の内容が述べる真実と、
論理として弱い点、
そして、
苫米地氏の体験と経験から考える、
彼自身の考察が語られています。

特に、自分ももう10年以上愛用しており、
個人的には大好きである、
検索サイトやフリーメールを提供するG社に対する描写も、
細かく書かれていました。

(例えば、G社は今までの世界展開に当たり、
技術面で先を行っていたL社やY社を差し置いて、
常に巨額の資金調達を難なく行い、それを達成して来ている。
その理由として、政治的な目的を持って
資金を投げ込む人間がいるのではないか、
など。

本当かどうかは分かりませんが、
上の会社に対して、悪いことをブログに書いたりすると、
その人のブログは、検索をかけても、
絶対に見つからない仕組みになっているとか。
それを、「村八分」ならぬ「G八分」と呼ぶらしい。
本当かね・・・)





他にも、世界的に有名なフリーチャットのSの機能は、
S側がしようと思えば、
Sのソフトをインストールしているユーザーのパソコンから得られる音声や映像のデータを、まるまるS側に送る事ができる、など。

(今は、コンピュータ自体に内蔵マイクやカメラが付いている場合も多いのに加え、
P2P(Peer to Peer)機能により、
例えSを起動していなくても、
常時、個人のPCとS側のサーバーとの間で24時間データ通信が行われているそうな。
そう考えると、俺のMacもばっちりと目の前に内蔵カメラが搭載され、
上には性能の良いマイクが内蔵されているわけで。)



実際に、上に挙げたG社は、
「私たちがしようと思えば、
全ユーザーの交信履歴をG社側で把握することができる」
と世間にも公表しています。


(よって、G社が始めているi Gなど、
G社の自分のアカウントにログインすることによって、
メールも、ドキュメントも、
写真も、ましてや自分のSNS情報までもが、
一貫して統一されている場合なんかは、
非常に危うい状態に自分を陥れている、
ということにもなります。)


*****


俺が個人的にこのブログを始めたのは、
2005年の始め頃でした。

その頃はまだアメリカにいたということもあり、
自分の個人情報を書いても、
余り日本側には関係ないだろう、という感覚が強くありました。

また、当時人気が出ていたMixiや、
その頃発足したfacebookなども、
今程は強力な力を持っていなかった、
というのもあります。

(当時はむしろ、
上の二つのSNSを使う人口はそれほど多く無く、
それを使い出した人間の方が、
一歩先を行く、という風潮があった。
それほど、ユーザー人数も多くなかったので、
本当の意味で、SNSを効果的に使う人が多かったのだと思う。)


それが今では、
誰もがfacebookに登録をするようになり、
本来それが持つはずの、
「本当に親しい人と、プライベートの内容をシェアする、
隠れ家的なところ」
という機能が、完全に覆されつつあります。

(もともとアメリカで流行っていたMySpaceが、
誰もがプライバシー関係なく、
手当り次第に友達を集める様な風潮があり、
それに対して、
Facebookは、「その大学に通っている学生しか登録できない」
という、非常にプライベート的なものだった。
しかし、今ではそれが、
日本においては、誰もがFacebookに登録し、
余り親しく無い人同士の間でも、
自分のプライベートをシェアする傾向にある。


また、これは俺個人の意見になりますが、
Facebookを使って、会社のマーケティングをしようと唄い、
その方法を伝授するために、
セミナーを2時間数十万円でやります、
と唄う会社ほど、個人的に嫌いなものはない。)


*****


話がそれましたが、
苫米地氏がこの本で語っている事は、

『「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」の中では、
「フリーランチは存在する」と述べられているが、
実際はそんなことはない。
無料のものほど、その裏には、
何かしらの意図が隠されており、
その代償は、明らかに高い。

また、今の時代、
フリーメールやSNSサイトを使う事により、
自分の情報が、全て世間に筒抜け(=権力者に筒抜け)
であることを、私たちは無意識的に感じており、
その、「見られている、誰かに四六時中監視されている」という無意識面での恐怖が、
私たちの行動を、制限させている』

と。

(つまり、彼のこの本の帯に貼られている、
「無料プレゼント」の言葉も、
疑ってかかりなさい、ということですね。)


*****



そして彼は、いつものように、
本の最後は、「抽象度を上げて生きろ」ということで、
話をまとめています。


苫米地氏の本は、毎回新しい本が出ますが、
殆どの場合、本の半分以上の内容は、
同じ事を言っています。

・「抽象度を上げることの重要性」
・「この世の中は、見えない権力者により、マスメディアなどを使い洗脳されている」
・「お金というもの自体には全く価値はなく、それは1912年のクリスマス休暇中に立ち上げられたFRBを牛耳る、ロスチャイルド系やロックフェラー系の家系が、世界を支配するに当り使用している紙切れにすぎない」
・「日本国民が収め、蓄えた税金や預貯金は、日本からアメリカへと吸い取られて行く」
・「資本主義は、金銭的な執着心を植え込まれた人間が、それを競うことで得た富を、権力者がそっくり吸い上げるためのシステムである」


など。


彼が言いたいのは、
「抽象度を上げることにより、
世の中に張り廻らされている”常識”とやらの数段上の視点で物事を見て、
雑念にとらわれる事無く、
超越した心持ちで生きなさい」
ということです。

「君たち、世の中のくだらない事に踊らされて、
人生を棒に振るなよ。
自分の人生を生きろよ」と。


*****

2012/6/2 6:40







追記:二点。



‘本でも浸透しているSuicaに関して:


現在Suicaに組み込まれているループアンテナの反応距離は、
30センチ以内、と電波法で規制されているが、
ある時そっと法律が変えられ、
ある一定の状況では、200メートルまで磁気反応機能を伸ばしてよい、
となっているとのこと。

その理由は、
アメリカの要望が背後にあり、
テロ対策である、と。

(ジャンボジェット機の機体は、
機長室から一番後ろの席までが200メートルであるとのこと。)


また、上のSuicaの仕組みの元である
USIDカードを持つアメリカ人が多く居住する、
日本の六本木などで、
半径1キロから出ているUSID電波をキャッチするコマンドを打ち込めば、
そこにいるUSIDカードを持つ全ての人間の個人情報が、
瞬時にして分かるとのこと。

(USIDとは、
電子ID法(Real ID Act)によって導入された、
アメリカの国民総背番号制のこと。
2005年にブッシュ政権の元で成立された。)


*****


地デジ放送に関して:



地上波デジタルは、リアルタイムのアナログ放送に比べ、
3秒の遅れがある。

よって、地震速報などが来ても、
それは実際に放送された時間から、
3秒遅れて家庭の画面に届いているわけであり、
その遅れが、実際の非難等に致命的な問題を起こす可能性が高い。


では、なぜ、リアルタイムより3秒も遅れる地デジが、
日本全国の家庭に統一されたのか?


地デジは、MPEG2(Moving Picture Expert Group 2)というアルゴリズムを使った放送。
MPEGは国際規格である。

MPEG技術は、MPEGLA(MPEGライセンス・エージェンシー)というアメリカの民間会社が保有し、
その会社が全ての特許権を管理する。

(例えば、日本の携帯電話のワンセグに使われているMPEG特許は、全てMPEGLAが保有する。よって、現在日本全体で使われている地デジ放送においても、MPEGの特許使用料が、アメリカMPEGLAという会社に入っている、ということ。)

そのMPEGLAの主要株主は、ジョージ・ブッシュ・ファミリーの関係者とまで言われている。

日本のメーカーがMPEGLAにライセンス料を支払うことが本決まりになったのは、小泉政権のときである。
既にMPEGを次世代の地デジに使う方針が事実上決まっていたが、それを正式に決めたのも、小泉政権である、と。

つまり、郵政を民営化することで、
日本の郵貯と簡保の資金をアメリカに提供しようとした一件と同じで、
ここでも小泉政権は、
ブッシュ政権と握手をしていた、と。

ここで恐らく、
小泉政権の主要人物には、
アメリカから謝礼が提供されていたであろうが、
それも、賄賂に始まる、「フリーミアム」の構造と瓜二つである、と。

(ある一定の人物にお金を払う事で、
後から、莫大な利益を得る仕組みを作る。)


*****




日本での地デジ放送の、リアルタイムに対する3秒遅延に対し、
アメリカでの地デジ放送では、
最大7秒の遅延が起こる。

これがいつ始まったかを辿ると、
2004年2月1日のスーパーボウルのハーフタイムショーで起こった、
ジャネット・ジャクソンの胸ポロリ事件からとのこと。

(これはアメリカでも大問題になり、
連日ニュースが酷かった。)

それ以来、この体制が整えられたが、
アメリカ政府が本当に問題と見なしているのは、
ジャネットの胸のことではなく、
対テロリスト、とのこと。

(仮に、テロリストがTVを電波ジャックし、
世界を揺るがす偽のニュースなどを流しても、
それを監視している政府側が、
7秒間の間に、
その映像が世間に流れる事を阻止する事ができる。)


よって、対テロの為に、
放送の遅延を認めること(つまり、MPEGによる地デジ放送の遅延を認めること)は、
政府による放送検閲を認めたことにすぎない、と。

そして、テレビ局は政府に対し、
「常に監視されている」という現状から、
政府に考慮した放送内容へと自主規制に走る。

(これは、日本の場合、
日本のTV局が、日本政府に対して、
そして、日本政府を取り締まるアメリカ政府に対して、
自主規制をする事と同じ。)

よって、放送遅延を認めた事により、
政府により世論操作が可能である状態を作り出すことで、
人々から言論の自由が奪われている、と。


結論として、
地デジ放送を日本が導入した理由は、

MPEGLAへの特許使用料が、アメリカの主要株主に送り込まれる。
日本の放送検閲権を、アメリカ政府に持たせる。

という二点の為だった、とのこと。


*****


これらの情報が真偽か否かは現時点では判断しかねるが、
このように、
世の中の動きの背後の心理を知ることは、
非常に大事である。










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May 13, 2012

4904209192

さあ、毎度おなじみ、ドクター・トマベッティーの本です。
最近、本の出版速度が異様に高速化している気がします。

今回は、業界内でタブーとされているらしい、
電通を槍玉に挙げています。
この本は2012/2/14に出版されました。
ずっと読みたかったのですが、やっと読めました。

*****

今回彼が、この本で電通を選んだのは、
別に、電通に何か個人的な感情がある訳ではない、とのことです。


この本の論点は、

「日本国民は、メディアというもの(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)に、
完全に洗脳されやすい状態を作り出されており、
その問題点にまず気づくこと。
そして、どんな主張であっても、
その裏側には何らかの意図が隠されているものであり、
その裏の意図を読める様にすること。
そして、自らが自分の頭で考えるようにして、
何事も鵜呑みにしないようにしなさい。」

ということ。
(なので、もちろんこの本の内容が真実か否かも、
きちんと疑わなければいけません。)



彼のこの本を読むと、
今まで電通を批判した人が、業界から干されたりしているらしく、
「そんなに危険な領域に足を踏み入れて、あなたは大丈夫なのか?」
と心配したくなります。

しかし、彼が主張するように、
本来「ジャーナリズム」「メディア」というものは、
国の権力などに踊らされず、
闇に隠された真実を、
人々にきちんと伝えるために存在するものであるわけで。

それを、今の日本の様に、
数少ないテレビ局、新聞社、ラジオ社によって、
一方的な情報、意向だけを伝え、
国民を、一方的な考え方に、
知らぬ間に落とし込んで行くのには、
危険性が大きすぎる気がします。


*****


彼がこの本の中で述べていたことで、
「やたらと、お笑いブームが定期的にやって来る」と。

あくまでも、内容のきちんとした番組がメインで放送されている中で、
その合間にお笑い番組が入るのならば良いものを、
常に、どのチャンネルでも、
どの時間帯もお笑い、と。

これは完全に、国民をバカにさせるための手段でしかないと
彼は言っていますが、これには完全に同意です。
(英語でTVのことを"Idiot Box"(バカの箱)とも言います。)



ちなみにテレビに関して言うと、
自分は小さい頃からテレビを余り見なかったというのもありますが、
(中学までは、テレビは殆ど見ない様に親に言われていた)

高校に入ってからは、テレビを見る時間などあるはずもなく、
そして大学からアメリカに行ってからは、
向こうでテレビを持っていなかったので(ケーブルに入っていなかったので、テレビが映らなかった)、
そのまま、今までテレビを見ない習慣がついて、
10年近く来てしまいました。

よって、今もテレビを見ません。

(まあ今は、テレビはあるけれど、地デジ対応になっていないので映らない、というのもあるけど。
今の日本で、地デジ対応になっていないからテレビが見られない、という人間が果たして何人いるのか。)


なので、たまにテレビを見ると、
CMの煩さや、
番組の下らなさや、
一方的なニュースの伝え方に、
違和感を感じまくって仕方がありません。


*****


話を元に戻します。

この本によると、
電通は創業当時から、
GHQの傘下にあり、
活動内容を完全に監視されていたとのこと。

(彼の別の著作でも出て来ますが、ここでも、
戦後にGHQによって実行された、
WGIP(War Guilt Information Program)の事が触れられます。
これは簡単に言うと、
日本が戦争で負けた事に対して、
国民が当時持っていたその怒りの矛先、そして敗戦の責任を、
敵対国であった英米から、
戦争を指揮した旧日本政府や、旧日本軍に向けさせるプログラムのこと。)


そしてGHQが日本を出た後は、
今度は、電通はCIAに完全にコントロールされている、とのこと。

(戦後、日本の統治に取りかかったGHQが、
電通の本社ビル(現・電通銀座ビル)を接収しようと図ったが、
これを阻止した元電通取締役の 上田 碩三(うえだ せきぞう) 氏は、
後に、その時に手を貸してもらった元UP通信社(現・UPI通信社)の
副社長兼極東支配人のマイルス・ボーン氏と共に、
浦安沖で鴨猟に出たところ、乗っていた船が転覆し、
ボーンらとともに水死体で発見されたとのこと。
この真相の裏を、苫米地氏はこの本の中で推測しています。)


*****


他にも、2005年9月に行われた第44回衆議院議員総選挙で、
小泉純一郎首相(当時)が圧勝した時のこと。

彼はその時、
「郵政民営化こそが、構造改革(行財政改革)の象徴だ」
と連呼をしたが、
なぜそうなのか、その理由は一切主張せず、
ただそのスローガンばかりをテレビで言い続けた、と。

(彼の主張が本物だったかどうかは、
実際に郵政民営化が実行された今の現状を見れば、一目瞭然。

また、当時の小泉氏の論理は、
「郵便局員は公務員であり、郵政を民営化すれば、公務員の数を一気に減らすことができ、財政改革に良い影響を及ぼす」というものだったらしい。
しかしそもそも、郵政事業は独立採算で行われており、
税金は投入されていなかった。よって、その事業を民営化したところで、
財政が良化するはずもない、とのこと。)


この例を苫米地氏が挙げた理由として、
当時、自由民主党は、スリード社という広報のコンサルティング会社を使って、
国民を洗脳するための巧みなマーケティング戦略を行った、と。

その方法は、

々駝韻4つの層に分ける。
IQ軸と、構造改革への肯定軸の二軸を引き、
IQが低く、構造改革には中立もしくは肯定的な層をB層と名付けた。
上記、B層の特徴を、
「具体的なことは良くわからないが、小泉氏のキャラクターや官僚を支持する主婦層、若年層、高齢者層」と分析。
い海B層に絞ってキャンペーンを活動をすべしと結論づけた。

とのこと。
(『B層』の『B』は、『バカのB』ではないかとも指摘されたらしい。)


(ちなみに、このことは彼も別の著作で触れていましたが、
小泉氏が郵政民営化を推し進めた本当の理由は、
日本国内の行財政改革とは何の関係もなく、
郵政の持つ莫大な資金を、海外に流す事ができるようになったという点に尽きる、とのこと。)


*****


他にも彼は、この本の中で、以下の様な点を挙げています。



■元小泉首相の使った『B層戦略』に代表されるように、
「為政者や権力者にとって、一般大衆のIQは低ければ低いほど都合が良い」ということ。



■反日国などと言われる国(中国など)で、反日の声が高まるときというのは、
その国の政権が批判されるような政策上の失敗を犯してしまったときと相場は決まっている。

(古今東西の為政者、権力者たちは総じて、自分たちに批判の矛先が向きそうになる前に、大衆に全く別の興味を与え、そちらに気を向けさせようとする。)




■為政者、権力者はできる子の権利を奪いたい。
「ゆとり教育」実施により、「できない子の進度に合わせる」という詭弁を使って、
「国民全員をバカ」にした。

(これは、本当の改善点とは、今の日本の教育方針である「知識詰め込みばかり」で、「自分の頭で考える」という点に全くフォーカスがされていないことが問題であり、それを直すことなのに、
ただ、「知識詰め込み」の部分を減らすことで、もう一つの「自分の頭で考える」ことが、強化されますよ、という論点を元に実施がされたが、実際はそうでは無かった、ということ。)




■メディアに頻繁に登場する人物(メディアの露出度が高い人物)が、選挙に有利になる、という現状は間違っている。

(これは俺も、大学のマスメディア・コミュニケーションのクラスで習った。基本人間は、より頻繁にその姿を見る人間に、自然と好意を持ってしまう。その『イメージ』だけが一人歩きし、実際の政治力の検証なしで、その人物を選挙で選んでしまうのは、間違っている。)




■ツイッターで語られていることと、オバマ大統領の支持率とは見事にリンクしている。
(よって、ツイッターを操作することにより、オバマ大統領の支持率はどうにでも操作できる。)




■「テレビ視聴率」の数字には根拠がない。

…敢妻法は、サンプル調査として、調査対象に選ばれた各家庭に置かれた調査用の機械で調べられる。
関東圏、近畿圏、中京圏ではそれぞれ600世帯、その他の地域では200世帯とのこと。
よって、全体の国民数に対して、サンプル数が極端に少ない。

現在テレビはデジタルになったので、デジタルを使って双方向通信を使い、サンプル調査など無しに、視聴率はリアルタイムで計測できるはずだが、それをやろうと言う声が挙らない。

8什濟訥偉┐鯊る日本国内で唯一の会社は「ビデオリサーチ」。
しかしその会社の筆頭株主は「電通」。
他の株主は殆どがテレビ局。
ビデオリサーチ社の社長は元電通の取締役。

(視聴率に関して言えば、よく民放のテレビで、
「今週の視聴率ランキング」とかやってるけれど、
あの番組を放送する意味が分からない。
完全に、テレビ局内の為だけにやっている気がする。)

ず廼瓩蓮▲好櫂鵐機爾琉娶など何も関係ないはずのNHK(つまり、テレビ視聴率には何の関係もないはず)までが、視聴率を気にしている。




■Google、ツイッター、Facebookなど、
最近流行っているITの技術は、既に1960年代から80年代に開発されていた。
それが今流行っている理由は、アメリカ軍や産業界からの予算が付いたため。
理由は、
軍は、「国防に役立ちそうだから」。
産業界は、「ビジネスになりそうだから」。

よって、多くの人が考えている「最先端テクノロジー」とは、
「国防的においしい技術」であり、
「投資家が投資を回収し易い技術」であり、
「うまくマーケティングに成功した技術」である。

よって、アメリカにとって「国防的に有利」であり、「ビジネス的に儲かりそうな技術」のみが、「これから流行る凄い技術」である。「これから何が流行るか」は、ごく一部の選ばれた人たちだけが集まる密室で密かに決められる。




■2011年2月に行われた、オバマ大統領を始めとする、15人の男女の夕食会。
ここに呼ばれたシリコンバレーの中心人物たち。
ここでは、「アメリカが今後どのような戦略を立て、どのように実行して行くか」が話し合われた。

Obama_Dinner_Who


以下、2011/5/13付け(今日から丁度一年前)のHuff Post Techの記事より引用;

The official guest list (via the LA Times)

John Doerr, partner, Kleiner Perkins Caufield & Byers
Carol Bartz, president and CEO, Yahoo!
John Chambers, CEO and chairman, Cisco Systems
Dick Costolo, CEO, Twitter
Larry Ellison, co-founder and CEO, Oracle
Reed Hastings, CEO, NetFlix
John Hennessy, president, Stanford University
Steve Jobs, chairman and CEO, Apple
Art Levinson, chairman and former CEO, Genentech
Eric Schmidt, chairman and CEO, Google
Steve Westly, managing partner and founder, Westly Group
Mark Zuckerberg, founder, president and CEO, Facebook

"A White House official described the meeting as "part of our ongoing dialogue with the business community on how we can work together to win the future, strengthen our economy, support entrepreneurship, increasing our exports, and get the American people back to work," noting prior to the event, "The President and the business leaders will discuss our shared goal of promoting American innovation, and discuss his commitment to new investments in research and development, education and clean energy.""

しかし、実際の内容としては、今、アメリカでどの様な技術が開発されていて、それらがどのように国防に影響し、またビジネスとしての可能性はどうなのか。今後アメリカの国防とビジネスはどのような技術を利用できるようになるのか、に関しての情報共有が行われたと踏める。

または、オバマ大統領から一方的に指令が言い渡されたか。または、ゼロベースでシリコンバレー側からオバマ大統領に提案があったか。

どちらにしても、「シリコンバレーの各企業がアメリカ政府の出先機関としてのミッションを得た」ということであり、本人たちは儲け話に乗っただけと思っているかもしれないが、
客観的に見ると、
「アメリカ政府の出先機関としての役割を担う事になった」、
つまり、
「自分たちは儲け話に乗った=素晴らしいビジネスをした」と思っていても、実は政府の出先機関としての任務、あるいは更にその出先機関の出先機関としての任務を遂行したに過ぎない、という状態である。





■1980年代に日本中の銀行がオンラインで繋がる。これを推進したのがIBM。
銀行のオンライン化により、それまでは出来なかった事である、日本中の全ての預貯金が一カ所で閲覧できるようになる。その結果、「全国民の預貯金残高が、完全にガラス張りになった」。

更には、日本の銀行の多くが、預金データをアメリカのサーバーで管理している。
つまり、アメリカ政府は日本の預金データを握っているのも同然。
ガラス張りに見えるだけではなく、データのあるサーバーを物理的にも掌握している。
結論として、日本の預金はアメリカ政府に管理されているようなもの。
アメリカにあるサーバーを標的として日本に対する金融テロを仕掛けられるリスクもある。

実際にこの預金データでアメリカの支配者が日本に対して打った様々な手の一つとして、その最たるものがBIS規制(国際業務を行う銀行に対する自己資本比率についての国際基準)。
銀行の自己資本比率に制限をかけ、日本のバブル経済を崩壊させた上に、現在でも日本の銀行に足かせをはめている。

(ここでいう『アメリカの支配者』とは、アメリカ政府や一般のアメリカ人ではなく、米国の銀行を中心としたアメリカ・ヨーロッパの複合巨大企業群。)




■日本のCMでは暗黙の了解として、比較広告を極力避ける様にしているが、電通による独占を阻止する為にも、比較広告を取り入れるべき。




■日本人のマスメディアに対する信頼度は、国際的に見ても非常に高い。

以下、「世界主要国価値観データブック」電通総研 (編集), 日本リサーチセンター (編集) より抜粋。


\こΤ胴颪砲ける新聞・雑誌への信頼度(2005年)(非常に信頼・やや信頼−あまり信頼しない・全く信頼しない)
gn-20091103-14


∪こΤ胴颪砲けるテレビへの信頼度(2005年)(非常に信頼・やや信頼−あまり信頼しない・全く信頼しない)
gn-20091103-15



よって、日本人は国際的に見ても、圧倒的にメディアに洗脳され易い。
それを阻止するためにも、
CM、広告、報道番組、ドキュメンタリー番組、ニュース番組、全てに対して、「一つ一つのコンテンツを疑う」。「その根拠はなに?」とツッコミを入れる。

(ここで苫米地氏が大好きな、テレビで言われた一つの事に対して、同時に反論を5つ考える手法がまた紹介されます。)



■日本の社員記者は、結局サラリーマンで給料をもらう立場なので、自分の所属する会社、そしてその会社のスポンサーに対して、不利となる情報を報道できない。よって、本当のジャーナリストとは言えない。本当に力のあるフリーのジャーナリストのみを、報道に使うべきである。




■憲法とは、「国民が国家を取り締まるための法律」である。
国家権力の暴走を防ぐ為に、国民が国家権力の権利を制限するもの。
それが実際には守られていない。
教科書では、「憲法は、法律の法律」「他の法律や命令で変更することのできない、国家の最高法規」などと説明されることもあるが、これらでは本質を突いていない。




*****


以上、長くなりましたが、
この本の内容も、本当に真実なのか、
きちんと疑って、自分の頭で考えて、
自らの理論を立てるべし。


最後に、下の写真は、
苫米地氏の「バーチャルDr.苫米地ワークスシリーズ」のページより。

右の方が、苫米地さんです。
この写真をどう見るかは、あなた次第。

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この二人の対談インタビューも見ましたが、
怪し過ぎです。
楽しんごは、彼に洗脳されていないんでしょうか。


2012/5/13 13:08

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March 31, 2012

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この本は、本の2/3以上を使って、
ディベートに関する詳しい説明と実践の使い方が成されています。
言わば、「ディベートの参考書」という感じです。

これを読むと、この人は相当頭の回転が速いんだろうな、
というのを感じます。

正直、本の真ん中辺り、
ディベートの各単語の定義と、
それを用いた実践の演習に関しては、
一度読んだだけでは中々頭に入りづらく、
今の時点でも全部理解していません。
今は時間がないので、ゆっくり読めませんが、
また後で時間を取って、しっかり読み込みたい内容です。

*****

中に、本当に卓越したディベーターは、
もの凄い早口で喋ること、

また、レベルの高いディベートになってくると、
参加者全員が、共感覚を使って、
全てのイシューをイメージで捉え、
それを頭の中で操って、その場で応用している、
という旨がありました。


彼の本の中では、
共感覚を使って、何かを記憶したり、
抽象度を上げて物事を観る訓練方法が、
多々解説されています。

彼が良く本の中で使う、
「メニューを見て一瞬でそのメニューに対する肯定論、否定論を125個考えろ」とか、
「ニュースを見ながら、肯定論と否定論を5個ずつ考えろ」とか、
それをする際には、言語化をしていては脳の速度が遅くなるので、
イメージを持ってばばばっと考える、ということですが、

こういう事を言う学者は今まで知らなかったので、
非常に自分にとっては新鮮で、楽しいです。

実際にそのイメージでやってみると、
脳の右脳を使って物事を捉える感覚が掴め、
脳がムズムズします。

*****

それから、彼は良く本の中で仏教の仏陀の教えである
「中観」の概念を話しますが、
彼の考えというのは、大分仏教の教えに基づく部分が大きいな、と思います。
よって、彼の本を呼んでいると、
仏教に詳しくなりもします。

*****

以上。

2012/3/31 13:00




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4569659306

以前苫米地氏の本を読んだ際に、
何かの本の出だしのところで、
「この本を野球の監督が呼んで、実際に実践して、
その結果、WBCで日本チームを優勝に導いた」
ということが紹介されていました。

それから図書館で予約して、
先日やっと届きました。
2007年1月の初版。

*****

基本は、「抽象度を上げる」ことに対する詳しい概念の説明と、
その実践方法が、
イラスト付きで、詳しく書かれている本、という感じです。

自分は彼のもっと後に出した本(2009年〜最近にかけて)
を先に読み出したので、
既にそれらの本の中では、「抽象度を上げる」ということが
何度も書かれていたので、
その基本に関して、詳しく書かれた、
参考書、という感じでした。


またこの中で面白かったのは、
企業でそれぞれが効率よく動くには、
現在の米軍の様に、
一人一人がリーダーになれる仕組みを作った方が良い、ということです。

現在の日本の企業では、
上に立つもの(課長など)が、
上に立って、部下の全体像を見て、
課長一人は全体像を俯瞰して把握しているが、
実際に運用するのは、
各社員であり、
課長はそれを纏めるだけである、と。


しかし、実際に運用する本人たちの間では、
上から見た情報がないため、
結局、社員同士で、
「このことなんですが・・・」
と、情報共有をお互いにしなければならない。

すると、そこに時間のロスが生まれ、
結局、非効率になってしまう。


逆に、ここでいう課長の様に、
全ての情報を俯瞰して持っている人が、
実際に運用をして、
他の社員は課長に言われたままにソルジャーとして
動けば良い、と。


それを、プロジェクトごとに、
上に立つ人物を変えてやる。


経営に関しては、会社の社長が上に立つ。
システム運用に関しては、ITに強い新入社員が上に立つ。
マーケティングに関しては、それに強い誰々が上に立つ、と。

そうやって、社内のプロジェクト別に上に立つものをフレキシブルに変え、
誰もが、リーダーにもなれるし、
ソルジャーにもなれる状態を作る。

リーダーはソルジャーに命令を出して、
全てを司る。
ソルジャーはリーダーに言われた通りにただ動く。

それを全てのプロジェクト別にやれば、
全てに効率が良くなり、
従来の方法でやる場合の、
社員同士がプロジェクトを実行する際に必要とされた
情報共有をする手間が省ける、と。

そうすれば、社内である、
何時間も費やす代わりに、
全く結論の出ない口だけのミーティングが減りますよ、と。


*****


他には、相手をうまく操ったり、
または、相手に好感を持ってもらうために、
自分の持つ情報空間の臨場感を強くして、
それを相手に適用する、という話など。


基本的に、他の本で語られていることの詳しい解説書、
という感じです。

2012/3/31 12:46



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March 25, 2012

20110928G205


さあ、またまた苫米地氏の本です。
この本は2011年9月の出版です。

昨日、彼女に「苫米地の本でさ・・・」と話したら、
「本当に凝るとすごいね」と呆れながら言われました。
近所の図書館にある苫米地の本は、
今週中に制覇したいと思います。

*****

ちなみに、遂に表紙の帯だけではなく、
表紙の紙そのものにまで、
ここまで大きく進出してきましたね。

ちょっとこの本をカバー無しで読むのは恥ずかし過ぎます。
しかも、彼が好きなフェラーリのロゴの入ったポロシャツ。
この髪型といい、このいつもの笑みといい、
趣味悪過ぎですが、
まあ、中身が非常に面白いので、そこも笑いながら好きになってしまいます。

そして、この本は文字が大きいので、
結構さらっと読めます。

「ひらめく」為には何をしたらいいか、
がテーマになっています。


読んでいて印象に残った内容は以下の通り。


*****


1、常に反対側から考える。

新聞を読んだり、ニュースを見たりしたら、
そのニュースが流された意図、
そのコメンテーターが発した言葉の意図、
全ての裏を考える。

また、相手の立場になりきって考える。
その裏側にいる人間になりきって考える。

すると、モノゴトの裏が見えて来るし、
かつ、相手の立場に立ってモノゴトを読める様になるので、
会社では、いわゆる「できる社員」になれる。



2、「ながら」でイメージを膨らます。

仕事をしながら、
シャワーを浴びながら、
散歩をしながら、
掃除をしながら、

何かをしながら無意識で色々と考えると、
ふとアイディアはひらめき易い。



3、朝一の時間を有効活用する。

起きてから30分〜2時間の状態が、
脳が一番冴えている。

夜遅くは、脳が疲れているので、
ホメオスタシス(恒常性維持機能)が働かず、
風邪を引き易い。
体調を崩すのも、朝一で風邪を引く人は少ないが、
夜遅く、寝る前に引く人が多い。



4、作者の裏の意図を読みながら、本を読む。

小説のストーリーの裏を読む。
そういったクセをつけると、
世の中には抽象度の高い作者が少ないことに気づく、と。
(多分村上春樹さんは抽象度が高い作家の一人じゃないでしょうか。
僕は小説は彼のものしか殆ど読んだことがないので余り知りませんが。←極端)



5、官庁の白書を読む。

各官庁の白書の裏を読むと、
政府、各省の考えている裏が見えて来る。



6、普段の生活の中で、「サバティカル期間」を設ける。

サバティカル期間とは、
アメリカの大学院の教授などが、
自分の脳を普段の仕事とは全く別のことに使い、
リラックスさせることで、
また新たなアイディアが生まれ易いように、
自分に設ける期間のこと。

言わば、畑の土を休ませる様なものでしょうか。

通常は6年働いたら一年間、
要するに7分の1の頻度だが、
24時間を割り易く8にして、
一日に3時間、サバティカル期間を設けろ、と。

要するに、Googleが、
一日の職場での時間のうちに、
必ず最低何時間以上は、
全く別のことをして遊びなさいよ、
と社員に言っているヤツと同じですね。

苫米地氏は、ギターを弾いたりしているそうです。
(うちの会社の先輩や上司たちは、
30分に一回は席を立って、
タバコを吸いに隣の部屋に行きます。
そこで雑誌を読んだり新聞を読んだりしながら。
恐らくあの休憩時間の脳アイドリング状態のときに、
一番ひらめくのでしょう。)


一日に3時間が難しい人は、
一週間に1日、
年に2ヶ月程度は、最低期間を設けてください、と。


*****

と、そんな感じです。

では、そろそろ疲れたので寝ます。

2012/3/25 22:03




shunsukesekine at 21:48コメント(0)トラックバック(0) 
71613

非常に面白い本でした。

この本は、去年の終わりに新宿のブックファーストで見かけて、
その時には「また極端なことを言っているなあ」と思っていましたが、
最近苫米地氏の本を読みまくったり、
また、先月に前職の先輩と、この本の話をしたことで、
ずっと読みたいなと思っていた本でした。
近所の図書館で予約して、
4週間してやっと届きました。

*****


まずは、「お金」とは何かに関して。

元々は、ゴールドスミスという金を作る人たちが、
金を入れる頑丈な金庫を持っていたのに対して、
町の人々が、「じゃあこの金、ちょっと預かっといてくんねえかな」
と言って、ゴールドスミスに金を預けました。
そして、その代わりに、
ゴールドスミスはそれを証明する紙切れを彼らに渡しました。

しかしその内、
金を預けた人々は、
金を直接取引して持ち運ぶのが面倒なので、
金の代わりに、その紙切れを使って、取引を始めます。

誰も肝心の金を金庫に取りに来ないことに気づいたゴールドスミスたち。

そして、実際に自分たちが預かっている量の金の分しか、
本来はその紙切れを発行できないはずなのに、
「誰も金を取りに来ないから、
本来ある以上の金がありますよ、って紙切れを増やしても、
バレねえだろう」と言って、
実際に保有している以上の金分の紙切れ(紙幣)を発行し始めました。

これが、極端に簡潔にいうと、
今の銀行のやっていることです、と。

つまり、普通に個人がやったら、違法で捕まることを、
銀行は、合法の中でやっているに過ぎない、と。

*****

そして、そのゴールドスミスの子孫たちである、
英仏のロスチャイルド家、
アメリカのロックフェラー家、モルガン家たちが、
アメリカのFRB(連邦準備制度理事会。Federal Reserve Board of Governorsの略。アメリカの中央銀行である連邦準備銀行。民間銀行である。)の大半の株価を占めている。

(ちなみにFRBは、1913年のクリスマス休暇中に、上に挙げたロスチャイルド家などのヨーロッパの名家や、ロックフェラー家、モルガン家などのアメリカ名家の息のかかった議員だけが突然集められ、成立した「FRS(連邦準備制度)」法案により成立された、という経緯がある。苫米地氏によると。)


一方、日本はアメリカの属国であるようなもので、米国債(アメリカの借金手形)をアメリカに言われるがままに買い続けている。*下記注*
そのアメリカ政府は、FRB(民間銀行)からお金を借りている。
つまり、アメリカはごく一部の銀行家から借金をしていることになる。

その結果、
日本人が働いて得たお金は、日本政府と一部の日本企業が吸い上げ、
そのお金はアメリカに吸い取られ、
そのお金も更に、アメリカを牛耳る一部のヨーロッパ系の銀行家が吸い上げているに過ぎない、と。


*注*
(一度、宮澤喜一元首相が財政難の時に、米国債を売りたいとアメリカに打診したところ、「日本が米国債を売ることは宣戦布告と見なす」との返事が返って来て震え上がったとか。また、橋本龍太郎元首相がジョークとして、「米国債を売りたいという誘惑に駆られたことがある」と言っただけで、翌日のニューヨーク株式市場が大暴落したらしい。つまり、米国債の償還を求めるのはタブーであり、アメリカ側から見ると、日本から借りたお金を永久に返さなくて良いということであり、その資金は二度と日本に返って来ないとのこと。)

*****


そう考えると、「お金」とはただの「情報」でしか無く、
実態の無いものなので、
かつ、実体のないお金を作ることができる一部の権力者のみが、世の中の大半の人間をコントロールしているのに、
それに踊らされて、「お金が絶対」と信じ込みながら生きるのは、
余りにも虚しくありませんか?と。


その昔、中世のヨーロッパでは、
「神」が絶対であり、
人々は神を恐れて生きており、全てが神を元に、
政治が進められていた時代があった。

その時代の人々に、
「神とは一つの概念で、色々な宗教がある中で、神の取り方は国や文化によって色々あるんだよ」と言っても、「そんなことは無い」と反論を喰らったであろう事のように、
今の社会は、「お金が絶対」、「お金が神」の様になっている。


世の中に流行る「勝ち組、負け組」の定義は、
収入が高ければ高いほど、「勝ち組」の様に定義をされている傾向がある。

そういう固定観念のもと、
気づかない間に社会や政治家、マスメディアに洗脳されて、
「お金が絶対」という信条を無意識的に持ったまま、それに気づかずに、
自分の人生を生きることは、
勿体無さ過ぎる、と。

******


彼は他にも、日本のバブルが起こり、それがはじけた裏として、
アメリカが完全に仕組んで、更にそれを壊した背景があることも挙げています。


(第二次世界対戦の終戦後、
アメリカが日本に入って来た際に行ったことは、
完全に「洗脳」だった、と。

本来であれば、一度負けた者は、
反骨精神を持つものであり、
「何くそ、アメリカの奴らめ、今度は俺たちが勝ってやる」となるものだが、
カミカゼ特攻隊など、自らの命を捨ててでも国の為に犠牲になる精神を持った日本人が、本気になって反発した時のパワーを恐れて、
頭から、「戦争で負けたのは、そもそも自分たちがいけなかったんだ。全ては自分たちの責任なんだ」と自らを責める様に、頭から洗脳させた、と。
(これは、GHQが行った「WGIP (War Guilt Information Program)」というもので、公文書としても記録が残っている。)

当時のGHQは、日本の新聞などのマスコミが報道する情報を全てチェックして、
どの様な情報を流すかも全てに手を入れ、情報統制していた、と。
通常、占領国が被占領国を検閲することは珍しくはないが、検閲の事実を隠蔽したというのは前代未聞だ、と。これも上に挙げたWGIPの一貫だったとのこと。)


******


また、「円高=悪」といった「常識」も、日本政府や日本マスコミが流している概念であり、洗脳でしかない、と。
円高になると、売り上げを輸出に頼る大手企業、または予算を1兆ドル以上の外資準備で持っている政府は困るが、逆に、輸入に頼っている企業は得をする。また、輸出に頼る企業も、モノを作るための原料は海外から仕入れている場合が多いので、その原料の調達代が減って、得をする場合も多い。

しかし、ニュースでは円高になったことで困っている、輸出関連の下請けの町工場の社長の、弱る声ばかり流し、輸入関連業界の「円高のおかげで商品を安く仕入れることができて、多いに儲かっています!」というニュースは一切流されない。
つまり、世の中にあるマスコミは基本的にマイナスの視点しか流さず、それによって人々の考え方をコントロールしている、と。


******


などなど、
『「お金=絶対」という、社会によってもたらされている概念の牢獄から出ましょう』
ということと、
『世の中に出回っている「常識」を疑い、何が実際には起こっているかを、色々な方向から見られる視点を持ち、本当に自分が生きたい人生を生きましょう』
ということが述べられている。

******

本の後半部分は、
基本的に、彼が他の本で言っていることをまた別の言葉に置き換えて説明してあるだけです。



金融社会、及び銀行の歴史、
また、日本の歴史など、
新しく学ぶことが沢山あった一冊。

2012/3/24 11:59





shunsukesekine at 12:28コメント(0)トラックバック(0) 
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非常に面白い本だった。

下記は、本書の要点、及び気になった所。

*****

・現在多数出回っている、ただ読むスピードを速くして、飛ばし読みをする「速読」の本は、読書の本当の意義がなっていない。
・読書は、一語一句をしっかり読んでこそ意味がある。

・速読をする本当の意味は、
新しい知識を得て、今までとは違ったモノの見方を知り、
自分の考え方を広くすることで、自分の人格が磨かれること。



苫米地氏の提唱する速読の方法は下記の通り。

・速読の絶対的条件は「知識量」。
我々は自分が知っていることであれば、そのイメージを見た瞬間にそれを明確にイメージ出来る。
例えば、一度ハンバーグを食べたことがある人間なら、ファミレスのメニューでハンバーグの写真を見た瞬間に、その味、匂い、舌触りがイメージ出来る。
それと同じで、自分が既に精通している知識に関する本であれば、そこに書いてある言葉の羅列を見た瞬間に、その著者の言わんとすることがイメージ出来る。速読の根本的な常識はここから。

・しかし、今知識がない場合は、まずは本を読んで知識を一から付けなければいけない。
その為に本を沢山読むのに、時間がないから速読が必要。その場合はどうするか?
それは下記の通り。

*****


1、速読意識の醸成
2、「先読み」の習得
3、自らをハイサイクル化するトレーニング



1に関して:
まずは、「本を沢山読もう」と思い、とにかく読み続けることが、速読へと繋がる。
日経のデータによると、読書量の多さは年収の多さに匹敵する。
・現在の日本人で月に1冊も読まない人は半数に登る。
・月に3〜4冊読む人は、日本人で10%しかいない。
・まずガムシャラに読めば読むほど、自分の知識も増えるので、よって他の本を読む速度も上がる。
・読書は小説が適している。小説を読んで涙を流したり、感情移入出来ているということは、それだけその本の内容を自らの中に置き換えてイメージが出来ている証拠。また小説を書く際に著者は多くの本を参考にしているので、その分内容の濃い知識が得られる。

2に関して:
・読んでいる最中に次の行の文章も意識する。
・脳は目に入ったものは一度無意識で意識をしているが、その瞬間に不要と見なしたものは見ない様にしている。(意識から外している。)それをするのが「RAS(Reticular Activating System)=ラス」という行為。脳の基底部にある網様体賦活系(もうようたいふかつけい)と呼ばれる細胞の活性化ネットワークで、これがフィルターの役目を果たし、脳が不必要と判断した情報を振るい落とす。
・普段文章を読んでいる際には、目には同時に何行分も写っているが、あえて自分の読んでいる一行だけを見る様に脳が指令している。しかしその際に、次の文章も意識に上げることで、次の文章を読んだ際に、「一度見ているものをもう一度見る=予習したものをおさらいすることになる」となる。
・それを意識することで、一つの文章を読んだ際に、二回それを見ていることになる。

3に関して:
・思考の加速化
1)すべての行動を加速する
2)並列度を上げる
3)抽象度を上げる

1)すべての行動を加速する、に関して:
・文章を読みながら、超早口でその文章をぶつぶつ読む。
その際に「言葉を読み上げた瞬間、その意味が脳内で強くイメージできるようにする」。
要するに、「文章を読む/見る」=「その瞬間にそのイメージが明確に出来る様にする」ということ。上のハンバーグの例と一緒。
・テレビでニュースを見ながら、そのテーマに関して即座に反論を5つ作る。そして更に賛成論も5つ作る、など。
・自らのクロックサイクルを上げる。(クロックサイクルとはコンピュータ用語で、命令を受けてから処理し終わるまでの時間のこと。つまりタスク処理のスピード。)これを意識して上げることで、自分のクロックサイクルが高くなって来る。
例えば、地方の人が田舎に来た際に、人が歩くスピードが早いと感じるが、次第にそれに慣れるのと一緒。東京の人は、その歩く早さが快適と感じ、逆に田舎の早さで歩いたら、居心地が悪く感じる。要は、自分が居心地が良いと感じる早さ(コンフォート・クロックサイクル)をどれだけ普段の生活で上げるかということ。

2)並列度を上げる、に関して:
・メニューの早読み。
メニューの写真をパッと一秒で見ながら、そのイメージを膨らませて、イメージでモノゴトを理解する。(これは前のレビューでも書いたので割愛)
・同時に二つの本(絵本と写真集など)を眺めて、それを一度に拾う。
・共感覚を使う。(それを別の感覚で感じ、イメージして記憶する。「とげとげして黒い声」とか、「温かくて緑色の声」とか。それにより五感をフルに使い、色んなイメージでそのモノゴトを記憶する。)

3)抽象度を上げる、に関して:
常にモノゴトを高い視点から見る。会社で言えば、社長は富士山の頂上からすべてを見渡していて、新入社員は山の麓で目の前の木を見ている。常に広く高い視点を意識する。


******


他に気になった所は下記:

 崔者になりきって読む」
◆嶌把3回は同じ本を読む」



,亡悗靴董
その著者になりきって、「彼(彼女)の人格」で読むことで、本当にその著者の言いたいことが分かる。逆に、「自分の人格」で読んでしまうと、自分に取って都合の良いことしか拾わないので、読み終わった後の感想は、
A「ほら、やっぱり俺の言っていることは正しかった」
B「この本は間違っている部分が多い」
の二つにしかならない、と。
(俺は良くこれをしているなと思った。)


△亡悗靴董
1回目は、その本に書かれていることを「初めて」の状態で知り、著者の言いたいことを掴む。
2回目は、最初の読書で見逃していた部分を見つける。
3回目は、著者の人格になりきり、自分が書いていたかの様に感情移入して読み込む。それによって最大までのその本の中身を自分で感じることができる。

(上の例えとして、有名な下記のだまし絵の例がある。
20081205212144

最初に「老婆」しか見えない人は、「若い女性」がいますよと言われて、若い女性に気づく。大抵良い本というのは、一度読んだだけでは、どちらかしか見えないもので、最初に読んでいる際に「老婆」を感じつつ、「若い女性」が隠されている場合が多い、と。
よって、
1回目は、プリプロセッシングとして「老婆」の姿を見つける。
2回目は、「若い女性」の姿を見つける。
3回目は、「老婆」「若い女性」両方を意識ながら読む、と。)






もう一つは、
「お金の奴隷から解放される為に、二足のワラジをはく」と。
しかし、二つの方法でお金を稼ぐという訳ではなく、
一つは、今の仕事を会社に勤めながらして、お金を稼ぐために働く。
もう一つは、仕事をしながら、同時に頭の中で、別の職業についている自分を意識する。
(自分の職業とは違った自分に関する小説を頭の中で書いたり、自分が将来なりたい状態になって行く様子を、小説にする。頭の中で。)

それにより、後者の方で、全く「お金のため」ではなく、「自分のしたいこと。かつ、人のためになること」を行って行くことで、「お金の奴隷から解放された自分」という人格を形成することができる。その結果、新しい視点で世界を見れる様になり、自分の人格が高まる。また、今の自分の会社での仕事も別の視点から見れる様になり、仕事が更に出来る様になる。

*****

と、そんな感じです。

2012/3/24 9:08〜10:02am




追記:
もう一個印象深かったのは、
「恐竜はなぜ滅びたか?」ということ。

恐竜(ここではティラノサウルスの様な肉食の場合)は、
地球に隕石が衝突して、自分のターゲットとなる動物が減った際に、
今まで自分がエサだと思っていた「肉」以外は、「エサ」と見れなかった、ということ。
目の前にある草や昆虫などを、エサを見なせず、エサに出来なかった為(自分が環境に合わせて変化できなかった為)に滅んだ。

これを今の社会に置き換えると、
「今までの考え」で走って来た古い体制の企業ほど、
目の前の市場状況が変わり、自分たちにとっての「エサ」が変化して来ているのに、
それに気づかず、または、気づこうとせず、
結果、潰れて行く、と。

そのために、常に自分の盲点(スコトーマ)を意識して、
「見えなくなっているもの」は何かを意識して、それに気づき、
視野を広げ、行動をすることが大事だ、と。







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March 17, 2012

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さあ、また苫米地氏の本です。

最近思うのは、
同じ作家の本を、ある一定の短期間に集中して読むと、
彼(彼女)の言わんとしていること、
伝えようとしていることが、大体見えて来る、とういうことです。

苫米地氏も、違う本の中で、
何度も同じことを繰り返していますが、
彼の場合は、基本的に、毎回違うテーマを持って来て、
それの根拠として、同じことを説明するので、
まあ、それは良いと思います。

(それに対して落合信彦氏の場合は、
毎回同じ話を、自慢話の様にするから飽きられるのです。)

*****

落合氏は関係ありませんが、
苫米地さんの本です。

まずこの本で印象に残ったのは、
これは他の本でも何回も触れられていますが、
「もしもこうだったら〜」
「もしもこういう選択肢を取っていたら〜」
という「What if」の自分と、今の自分を比べても、
しょうがない、ということ。

人間は常に、その時その時でベストの選択を取っているはずであり、
後になって、「こうすれば良かった」と思うのは、
その時に持ち得なかった経験、時間、知識を今は得ているからこそ、
そう考えられるだけのこと。

そして今回のこの本では、
「人間というのは、自分自身を過小評価している限り、
人生が成功することはない」
と言っています。

つまり、
「仮想の自分」を、「現在の自分」よりも優れていると考える限り、
今の自分を、自分で過小評価した自己イメージを持ってしまうことになる、

ということです。

基本的に、
「今までの人生において、全て自分で決めて来た上で、
ベストの選択肢を取って来た。
肝心なのは、今日、今からどうするかのみだ」
と腰が据わって、潔い状態でいないと、
人は自信が無くなるものです。

この点は、昨日帰りの電車の中で読んでいて、
最近の自分の経験、及び心情を交えて、
非常に心に響きました。

*****

後は、「目標がないと、人は死んでしまう」ということ。

基本的に人間が目標を持つことは自然的なことであり、
アメリカの調査では、
企業人が引退をしてから、新たな目標が無いと、
平均18ヶ月で何らかの原因で死んでしまっている、
という統計があるそうです。

*****

後は、

・地球温暖化を止める為と題して水素エネルギーへの切り替えが主張されていること
(実際には、水素を水から取り出すのに、大量の化石燃料を燃やす必要があるにも関わらず。)

・代替アルコール燃料の原料としてトウモロコシなどが使われることにより、穀物を始めとした食料高騰が2008年以降起きていること
(「代替アルコールの方が地球環境に優しい」という論理が作られているが、実際には、同じ動力エネルギーを適用する為のアルコールを作るために消費する化石燃料の量は、ガソリンを直接燃やすよりも遥かに多いとのこと。なので、本当に地球温暖化を止めるなら、アルコール燃料を使わずに、ガソリンをそのまま現在の最新のテクノロジーで制御して、クリーンかつ高能率に燃焼させて使った方が良い、とのこと。)

・原油高騰
(原油の値段を上げて、アルコールや水素の方の投機を守るための投機であること。原油の値段が高騰してくれると、代替燃料に投資した会社の株が思い切り上がる。金融危機以降、投機的な資金が金融市場から原油などの市場に流れ込んでいる。地球温暖化とは本質的に関係なく、むしろこれらの動きは、地球温暖化を早めている。)

・二酸化炭素(CO2)排出権の国同士の売買
(これまで全くCO2排出をしていない国の権利を先進国が買い取って、その分を余計に排出しているから、総体としては排出権の売買の結果、はるかに多くのCO2が排出されることになる。)

などは全て、一部の人間たち(穀物市場に投機的に資金を注入したアメリカ、ヨーロッパの投機家たちや、国の官僚など)が、自分たちに都合の良い金儲けの機会を作る為に、仕組まれたことであること、
なども述べられています。
(この辺は、他の本でも述べられているので、実態を知って行くと頭に来ます。)

*****

ということで、この本の出だしにもありますが、
人間は普段、脳の神経細胞の3%も使っていないそうです。
つまり、如何様にも自分次第で自分の能力は高められるということ。



それと面白かったのが、
医者が通常、患者の診断をする場合、
誤診である確立は70%で、
良くても、30%しか、当たっていないそうです。
つまり、7割の確立で、
医者は、その人の病気の症状を、
ちゃんと診断出来ていないということ。

そして更には、
それにより処方される薬も、
またズレていることもあるので、
結果的に見ると、
1割から2割の確立でしか、
医者に行ってもらえる薬が本当にその病気に当たっていない、
そして8割くらいは、実際にはその薬は、
その病気とは関係ない、ということ。

しかしそれでも、人が薬を飲んでほぼ高い確率で治ってしまうのは、
「この薬を飲んだら治るに決まっている」と無意識で思っているから、
プラシーボ効果で実際に身体が治してしまう、ということ。

よって、例えばずっと病気の人の症状が良くならない場合には、
心のどこかで、
「このまま病気でいる方が良い。
なぜなら、会社も休めるし、生活保護ももらえるし、他人にも気遣ってもらえるし、綺麗な看護婦さんの顔も見れるし〜」などの理由で、
「病気でいる方が、治るよりも良い」という判断を下している、ということ。


その人間が持ちうるホメオスタシス(恒常性)の特徴をうまく利用して、
自分の無意識の部分を変え、
自分の理想とする状態にコンフォートゾーンを持って行けば、
自然と身体及び脳は、
そうなって行く、ということ。


「引き寄せの法則」が効くのは、
実際のからくりとしては、
「思った」から引き寄せるのでは無くて、
それが欲しい、というゴールを決めた瞬間に、
今まで目の前にあるけれども見えていなかった、
ゴール達成の為に必要なものがどんどん見えて来て
(スコトーマが外れて)、
その結果、それらをうまく使うことで、
理想とする状態に自分が進んで行く、
という仕組である、ということ。

*****

以上。

2012/3/17 16:32




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March 13, 2012

ref=dp_image_0


また苫米地氏の本です。
最近彼の本ばっかり読んでいます。
段々飽きて来ました。

*****

この本は昨日読みました。
行きと帰りの電車の中で読みきれるサイズです。
主に、「勉強をうまくするには」というか、
「いかに自分のモチベーションを上げるか」
「いかに自分をゴールに向けてドライブアップさせるか」
が書いてあります。

中に書いてあったことで印象深かったのは、
ある人間(日本人)が英語を話す時は、
日本語を話す場合と、人格が変わる、ということ。

これは、俺も頷きます。
よく彼女と話をしますが、
基本、俺たちが英語を話す時は、
声のトーンも変わるし、イントネーションも変わるし、
発想自体が英語と日本語では変わるので、
違う人格になると思います。

(完全に違った人間というわけではありませんが、
少なからず、違いはあります。)

なので、苫米地氏も、
英語を勉強する際には、
日本語を介さず(つまり、自分の母国語を介さず)、
英語だけで、英語を勉強するべきだ、と言います。


脳というのは、既に知っているものに関しては、
海馬が「これは俺もう知ってるからいらねえや」
と判断して、長期の記憶に持って行く前に、
捨ててしまいます。

言語を学ぶ場合も同じで、
日本人が、既に知っている「日本語」という概念を使って、
英語を学んでしまうと、
日本語を既に知っているから、
全然違う言語である英語を、頭に入れることができないのです。

なので、英語を学ぶ場合には、
全て英語で、
「全く新しい言語」という領域を使って、
脳に、「これは今までと全く違う領域を使う言語だから、
きちんと覚えなさいよ」ということで、
しっかり学べる、ということです。

(ちょっと正確な表現はあっていませんが、
そういうことを言っています。)


なので、俺の今年の目標の一つで、
中国語をマスター!というのがあるので、
中国語を学ぶ際には、その言語のニュアンスを最大に取り入れながら、
勉強していきたいと思います。

*****

それと、もう一つ、
苫米地氏が英語の勉強法に関して言っていたことで面白かったことが、
「一番のベスト方法は、英語の映画を字幕無しで、
英語だけで見続けることだが、それをして行くと、
やっと5年見た状態で、英語のネイティブの5歳にしか相当しない。
それでは、時間がかかるので、
もっと短縮させるには、
『日本語で身に付いている言語知識を英語に応用する』」
ということ。

つまりは、
(彼は本の中でこうは説明していませんが、)
英語の映画を観ながら、日本語字幕にしておいて、
先に日本語の字幕を見て、これから言うことを、
日本語の意味で掴んだ瞬間、
それをイメージに変えて、抽象化した状態で、
日本語の脳を一切捨てて、
イメージだけで、英語を聞き、
英語で感じる、考える、ということ。


まあ、これは僕も、
高校の頃から何となく洋楽を聴いてやっていたので、
むしろ、「そうそう、そうだよね!」と言う感じでした。
でも、そういうことを、
英語の勉強法で解説している人は今まで見たことがなかったので、
「そうそう、そうなんですよ、苫米地サン」
と思いました。

(ちょっと上から目線)

*****

あと、最後にぶっ飛んでいて面白かったのは、
前にも触れた、並列思考に関して。


苫米地さんは、バッハを聴きながら、
ヴァンヘイレンを同時に聴くそうです。

「これは、並列思考を鍛えるいい方法です」と。

おいおい、それじゃバッヘイレンかい、と。(親父ギャグ)

別に音楽くらい、それをジックリ聴けばいいのに、
そういうことをしているこのオジさん、
面白いです。

*****

以上。

2012/3/13 21:38


追記;
ちなみにこの本には、
頭を良くしたり、
モチベーションを上げたり、
昼間に聴いておくと、夜に快眠ができるなどの効用を、
サブリミナル効果によって入れた、音源が付いています。
インベーダーゲームのテーマソングみたいな怪しい感じです。

どこまでも怪しくて、
面白過ぎます。





shunsukesekine at 21:24コメント(0)トラックバック(0) 

March 11, 2012

417riKvdvEL

彼は言います。
「一日は24時間である」というのは、人間が勝手に作り上げた概念であり、
その概念に頭を支配されている限りは、
「時間」という物理的概念に人生に支配をされているだけだ、と。


まあ、この本が言いたいのは、
要するに、

「今までの数倍の早さで頭を動かして、
同時に幾つものことを並列で同時に行っていくことで、
今まで1時間かかって出来ていたものを、
数倍の時間で成し遂げられます。
もしも例えば、今まで1時間かかったものを、6倍の10分で出来たとしたら、
あなたは一日を、24時間×6倍=144時間生きることになるのです」

という理論。

彼曰く、
人間は通常、「6」の数字の延長上に身体が馴染み易いので、
今行っている物事の時間を、
6倍まで短縮することは可能らしいです。

最初は2倍、それが出来たら3倍...と、
段々スピードを上げて行けばいいようです。


また、彼の本を3〜4冊読み出すと気づくことですが、
彼は基本的に、毎回同じことを言っています。

それは、「抽象度を上げて物事を考えろ」ということ。

この本でも、やはりそれが触れられます。

*****


更には、
時間を濃密にする方法で、主に、

1、「並列的にいくつものことを同時にこなして行く」
2、「抽象度を上げて考える」

の二つが挙げられますが、
どちらか一方を選べと言われたら、
後者を選ぶと言います。

理由は、
1、の場合には、同時に並列で出来ることと言う場合、
かなり抽象度が高いことは同時にできず、
基本的に抽象度の低いことになってしまう、と。
(レストランのウェイターの仕事の例で言うと、
左手でテーブルを拭く、右手でコップを片付ける、
頭では次のオーダーを考える、目は今入って来たお客さんを確かめる、など。)

しかし、2、の「抽象度を上げて考える」
をこれに適用した場合、
「レストランのウェイターの仕事を極める」から一段上げて、
「このレストランの経営をする」になる、と。

すると、レストラン経営を最初から頭に入れている人は、
自然と前者のウェイターの仕事もできるけれど、
その逆は成立しない、と。


そんな風に、
常に抽象度を上げて考え、行動することで、
抽象度の低い幾つものことを、同時にこなす場合よりも、
更に、多くのことを一度に把握することができる、と。

(上の例を引き続き上げると、
ウェイターの仕事を極める→
そのレストランの経営を極める→
レストラン、居酒屋、バーなど幾つもの飲食店の経営を極める→
ビジネスを極める→
の順番で、抽象度が高くなるので、
より大きな視点で物事を見ている方が、
何にでも対応できる、と。)

*****

彼は本の最後の方で、
「よって、私がこの本で解明した方法を使えば、
人類はある意味、無限の時間を手に入れられるのです」
とあるが、そこなどを読むと、「相変らず言うことがちょっとぶっ飛び過ぎだなあ」
と思ってしまいます。

「ちょっとそれは言い過ぎだろう」と。

でも、彼の主張している理論はもっともで、
「一日は24時間しかない」と考えるより、
「この1時間を、2時間あると思って、
今まで1時間かかって仕上げていたものを、
30分でやってしまおう」と考えて動くと、
確かに、効率も上がるし、頭の回転も速くなるし、
時間ももっと濃くなって行きます。

*****

何だか言いたいことがうまく書けませんでしたが、
まあ、参考になる本でした。

2012/3/11 18:23



追記:
ちなみに、上の理論を適用して本を読み出すと、
確かに本を読む早さも上がる。

「最近は苫米地氏の本ばかり読んでいる」→
「本の中で言っている内容はほぼ同じ」→
「よって、新しい本でも、前よりもより早く読むことができる」→
「結果、理解力が上がり、本を読むスピードが上がる」

の結果かもしれませんが。

****

また、ビジネスの場合に当てはめた場合の例として、
例えば営業職のビジネスマンが、
営業の事しか頭にないと、
マーケティングに関する勉強会に出ても、
全く頭に吸収されない、と。

しかし、営業マンであろうが、
より自分の立場よりも高い抽象度である、
「この会社の経営をする」
「社長の目線で考える」
などを実行していると、
営業に関係ない勉強会であろうが、
知識はより頭に入る、と。


自分も仕事において、
自らの視野が狭くならない様に、
常に高い視点でモノゴトを見る様に意識して行こうと思います。



shunsukesekine at 18:07コメント(0)トラックバック(0) 

March 09, 2012

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また苫米地さんの本です。
この本は文字が大きいので、
1時間以内でさらっと読めます。
2010年4月に出版された本です。

*****

内容は主に、
いかに理想的な睡眠を取るかの方法に関してです。
よって、題名の「頭が10倍よくなる」は余り関係ありません。

本のカバーも黄色と赤だし、
マジで胡散臭いよね。
何でこういう題名と色で本を出すんでしょうか。笑
(そもそも、睡眠に関しての本ならば、
青など落ち着く色で統一したりして、
ちょっとアロマセラピー的なイメージを持たせた方が、
売れるでしょうにね。
この人のこの胡散臭さが好きです。
内容はかなり良いことを言っているのに、
外見がかなり怪しいという。)

*****

さて、内容の方ですが、
「どうして睡眠が人間にとって重要か」
「そもそも睡眠とは何か」
「理想的な睡眠の取り方」
の3点に絞られています。


ちなみに僕の彼女は小さい頃から良く寝たそうですが、
「寝る子は育つ」の通り、
頭も良くなり、身長も高くなりました。

実際、子供の頃には、最低10時間の睡眠は確保したい、
とのこの本でも説かれています。

睡眠中(ノンレム睡眠中)に、脳の中で、
身体を成長させたり、
または身体を修復するホルモン
(成長ホルモン放出ホルモン:GHRH "Growth hormone releasing hormone")が沢山出るそうです。

また、睡眠中(レム睡眠中)には、
日中に経験した記憶が海馬に短期記憶として保存されていたものが、
大脳新皮質に移動して、長期記憶として最終的に保存されます。

その際に、神経細胞(ニューロン)の活動が活発化して、
神経回路のコネクションを構築していきます。

そこで、情報が長期記憶として固定化されるからこそ、
今まで知らなかったことが理解できたり、
または、出来なかったことが出来る様になったりするらしいです。


つまり、日中にいくら活発に動いても、
きちんと睡眠を取らないと、
記憶力も上がらないし、
身体も成長しないということですね。

(彼女は良くお昼ねをします。
小学生の頃も、毎日お昼寝をしていたそうです。
出会った大学生の頃も、少しでも授業の合間に時間があれば、
シャトルバスで家まで帰って、お昼寝をしていると聞いて、
最初は、「ええ〜、わざわざ家に戻ってお昼ねするの?」と驚きましたが、
(という僕も、しょっちゅう学校の芝生の上で昼寝をしていましたが。)
実際、彼女の頭の良さを見ると、
「睡眠は本当に人間にとって大事だったんだな」というのを実感しました。

僕は中学に入った頃くらいから、
水泳のコーチの影響で、
「沢山寝ているヤツは負け」
みたいな価値観を持ってしまったので、
(後は落合信彦の影響。「睡眠は3時間〜4時間で十分だ!」みたいな。)
「睡眠は8時間以上取ったら負け」
みたいな思いを、いつからかずっと持っていました。

まあ実際、僕の身体は睡眠が必要なタイプらしく、
一日8時間寝ないと、
腎臓の回復が成されないと、鍼灸師の馬場先生に診断してもらったんですが。)


*****


僕の話は置いといて、
本に話題を戻します。

つまり、上に挙げたように、
子供がより多くの睡眠を必要とするのは、
小さい頃は、毎日経験することが、
その子供にとっては「新しいことだらけ」であることから、
脳も、大人に比べて、
より多くのことを長期記憶に移行しなければならないため、
脳の中でのプロセスが必要、ということですね。


ちなみに、苫米地氏は色んな本で何回か触れていますが、
脳がもしも本気で活動して、
脳のフルパワーを使ったら、
凄まじい量のエネルギーを使う為(一日で約原子力発電所一基分)に、
一瞬にして人間は餓死するらしいです。

(人間の脳のクロック周波数は1MHz(メガヘルツ)くらいと言われていて、
現在のCPUチップは1GMHz(ギガヘルツ。メガヘルツの1000倍)なので、
もしも脳が今の1000倍の動きをしたら、餓死するということ。)

*****


余談になりますが、
僕が留学をした最初のころ、
毎日、やけに疲れました。

それは恐らく、
新しい言語(英語)で授業を聞いて、
朝から晩まで、ずーっと英語を使うことで、
脳をフル回転させていたから、
それだけパワーが必要だったのでしょう。
(たぶん。)

*****


それと最後に、
夜寝る前には、明るい光を見ない方がいいと書かれています。
携帯電話を見ることもそれに当てはまるらしく、
せっかく出て来たメラトニンが、
その光により、また出なくなってしまうそうです。

まあ、普段毎日仕事をしていると、
そんなこと関係なく、
一瞬で眠りに入って行くものですが。

*****

というわけで、
睡眠に関して興味のある方にはオススメの本です。
表紙と題名がダサイですが、
カバーだけで内容を判断しないで下さい。

2012/3/9 23:45




shunsukesekine at 23:15コメント(0)トラックバック(0) 
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かなり面白い本でした。
この人は、自分の本のタイトルに「洗脳」という言葉をひっきりなしに持って来るから、
「なんかこの本、怪しい」という印象が残ってしまうんじゃないでしょうか。

この本に関しても、
中身は、「IQの高い思考法」とか、
「パラレル思考(超並行思考)」とか、
非常に面白くて、
目から鱗が落ちる概念が沢山書いてあるので、

きっと彼が、茂木さんの様に、
もう少しクリーンなイメージで、大衆受けする様に自分を売り出して、
「頭が良くなるIQの上げ方」とか、
「脳が良くなるパラレル思考法」とかの本でこの本なり、
彼の他の著作を出していたら、
もっと売れていたんだろうと思います。

(といっても、彼はそういう、大衆に好かれる様なことを一々するのを嫌うと思いますが。
というかそういう事に余り興味がない気がします。
一般的な人の見解からすると、かなりぶっ飛んでいるので。)

*****

それにしても、彼の本は面白いですね。

今回のこの本は、
上にも書きましたが、やはり「IQの高め方」
のパートが、非常に面白かったです。


例として挙げられているのが、
レストランに入って、
メニューを見て、一秒で決める訓練。

メニューを、見開き1ページに付き1秒で見て、
全部見終わった後に、更に1秒以内で、
パッと決める。

もしもオムライスにしたら、
それに決めた理由を、5個、
1秒以内で、同時に概念で考える。
(言語化すると、5個同時はムリだから。)

そして、そこで出て来た、
5個の理由(例えば、「卵がフワフワして美味しそうだから」「オムライスは安くてボリュームがあるから」など)に対して、
一つの理由に対して、5個の反論を作る。
それも1秒以内で。

(例えば、上の「卵がフワフワして美味しそうだから」に対する反論は、
「卵はコレステロールが高くて身体に悪い」
「フワフワに見えるのがこの写真だけであって、実際はフワフワしていないかもしれない」など。)

その後、更にここで上がった25個の反対意見に対して、
更に5個ずつ、再反論する、と。

(例えば、上の「卵はコレステロールが高くて身体に悪い」に対しては、
「卵はコレステロールを逆に下げるという説もある」
「オムライス一個を食べたくらいで、死にはしない」など。)

それらを、全てイメージの中で、
並列的に、バババッと考えると。

すると、メニューを見てから数秒以内に、
「私がオムライスを食べる理由」が125個思いつきます、と。笑

(こうして、レストランに入ってメニューを見てから数秒以内に、
「もう俺は食べるものを決めたよ」
「それを頼む理由も125個も考えたよ」と言うと、
「嘘をつけ」と必ず言われます、と素直に書いてある件が面白い。)


*****


彼は、アリストテレスが編み出した三段論方式
(AだからB、BだからC....)
の考え方は、人類をバカにする為に生み出されたんじゃないかと言います。笑

元々人類は、IQの高い人間ほど、
数学の公式にしても、
Aから、B,C,D....と一つずつやって行って、最後にZを導き出すのではなく、
全てを同時に感覚で捉えて、
一気にAからZまでの答えが一瞬で分かり、
その後、その証明として、A→B→C→....→Zと書き上げていくものだ、と。

彫刻家にしても、
石を彫り上げる際に、
「次の一手をどうするか」などではなく、
その作品を作る前に、石を見ている時点で、
その中から掘り出す作品が見えていて、
後はそれを掘り出すだけだ、と。

モーツァルトにしても、
壮大な協奏曲を、
一瞬のイメージで頭の中に作り上げ、
それを一つ一つ、楽譜に落として行っただけである、と。

*****

ここで話は少しずれますが、
記憶力を高める効果的な方法の一つとして、
「海馬を騙す」と。

脳は、自分が経験する一つ一つの情報を全て記憶しておくと、
脳がパンクしてしまうことから、
以前に経験をしたようなものや、
似た様なものは、
海馬が記憶に入れる前に、振るい落としてしまう、と。

よって、一度目を通したことがある台詞などを、
役者が中々覚えられないのも、
一度目を通してしまい、「これは前に見たことがある」と判断してしまっているからだ、と。

よって、一番いい方法は、
「わざと間違えること」。

実際に思い出してみて、
「あれ、次はこうだったかな?」と考えながら、
自ら間違っていても良いから、答えを考えてみて、
その後、実際の台詞を見てみて、
「ああ、実際はこの言葉か」と、
それを繰り返して行く。

すると、海馬としては、
「あれ?この情報はまだ自分にとっては新しいものだったんだな」
と毎回意識をするから、
結果、それが記憶に残る様になる、と。

*****


それと、また話は飛びますが、
相手を自分の思い通りに動かすには、
「情報的身体を大きくすればいい」と。

これには、物事は、
「”情報的身体”がより大きい方に、小さい方が同調していく」
という効果を活用したものです。

(人間は、「ホメオスタシスの同調(ホメオスタシス・フィードバック)」を、
現実的世界、仮想世界、関係なく行う、という現状に基づく。)

例えば、映画を観ている人間が、
それは仮想世界と知りつつも、
ホラー映画の恐いシーンでは、心臓がバクバクして、
飛び上がりそうになる、ということ。


これをうまく利用するのが、
自分の持つ情報的身体を大きくする方法。

大きな地球を思い浮かべた後、
その地球を、さらに大きくなった自分が、
両手で丸め込んで抱えてしまう、というイメージをリアルに持つこと。

すると、自分に対する「大きなイメージ」ができ、
これをリアルにありありとイメージすれば、
相手もそれを感じ取り、自分に強調してしまう、と。

(これは、気功で使われる「大周天」というものを元にしたものらしいです。)

*****

後は、上に繋がる例で言うと、
相手との空間をコントロールする為に、
例えば、二人が目の前にしている机の上のものを、
自分が先に触れて、動かす、とか。

すると、相手は無意識的に、
「その空間は、相手がコントロールしている」
というのを無意識に感じてしまう、とか。

この辺は、悪用しない方がいいですね。
(俺はこういうことを考えて普段生活をしていないけれど、
確かに、誰かと二人で面と向かって座った場合に、
そのテーブルにあるものを誰かが動かした場合や、
そのテーブルにあるものの配置をその相手が独占した場合、
どことなく居心地が悪くなることを経験しているので、
「なるほどな」と思った。

それから、上の「大周天」に関しては、
良く、凄く器量が大きくて、
「あいつ、何か良く分かんねえけど、堂々としていて凄いな」
という人間の場合、
無意識的に、物事を大きな目で抽象的に捉えて、
そういう大きな心持ちでいるからじゃないでしょうか。)

*****


ちょっと上の、「IQを高める方法」に話が戻りますが、
苫米地氏曰く、
「頭が良い」すなわち「IQが高い」とは、
「問題解決能力が高いかどうか」であると言います。

(それを具体的に言うと、
物事を抽象的に捉えられるかどうか、
物事を同時に並列的に同時に考えられるか、
物事を高い視点から一度に見下ろして考えられるか、
その全体像が常に変化する状況に応じて、対応方法を考えられるかどうか、など。

サッカーのイメージで言うと、
自分のチームと相手のチームを含んだ全てのプレイヤーのことを、
フィールドの上から鳥の目で見て、
全てのプレイヤーの動きを把握しながら、
どこにパスを出すかを考える見方のことです。
中田英寿氏が得意なヤツですね。)


そのIQを高める方法の一つで、
共感覚を使うことが挙げられています。


「共感覚」とは、
一つのモノを経験する際に、
それを、五感の全てをフルに使って、
それを表現する方法です。

(例えば、音楽であれば、ただ、音で感じるのではなく、
色ならばこれだ、とか、
味ならばこんな感じ、とか、
触った感じはこんな感じ、とか、
全ての五感を使って、その”モノ”なり”事”を味わうこと。)

これがリアルに出来れば出来るほど、
そのモノに対する記憶力も上がり、

かつ、何か自分の理想とする状態を叶える際にも、
その理想とする状態にいる自分自身を、
五感全てを使って強く意識して感じられるかどうかが、
非常に大事、と説きます。


この共感覚をフルに使うと、
一度に、要するに「感覚」を使って、
色々なことを頭で認識することができる、と。

苫米地氏は、
共感覚は元々人類みんなが持ちうるものなので、
それをうまく使う様にして、
訓練すれば、
パラレル思考はすぐに出来る様になると言います。


(ちなみに共感覚に関しては、
どれだけ感覚の世界に足を踏み入れられるか、だと思う。
要するに、どれだけハイになれるかどうか、でしょう。)

*****


とまあ、当たり障りもなく、
この本を読んでいて心に残ったことを纏めてみましたが、
この人の言っていることは、
「抽象力を上げる」ということなので、
要するに、どれだけ「具体的に考えるか」でなく、
どれだけ、
「大きな感覚で、ものごとを抽象的に考えられるか」
の話をしているわけです。


俺は元々、物事を抽象的に考えるのが好きなので、
だから、彼の本を読むのが、気持ちいいんでしょうね。


俺はまだ社会人経験3年ちょっとですが、
ビジネスのシーンに置いて、
現場にいる平社員ほど、
どれだけ「具体的に」物事を考えるかが強調され、
どれだけ「抽象的に」物事を考えるかに関しては、
余り求められない気がします。

(なぜなら、「抽象的」な考えを求められるのは、
もっと上の方に立つ人間(社長など)が、どう会社全体を纏めるか、など、
「全体を俯瞰する力」を求められる場合においてのみだからです。
まあ、平社員でも抽象的に物事を見る必要がある状態も多々あると思うので、
一概にそうとは言いきれないと思いますが。)


*****


多分、俺が前職において、
毎日、目の前の数字のことや、その月の売り上げのことなどを考えてばかりで、
頭が「カチコチ」になったと感じていたこと、

そして、
家に帰って来て、音楽を聴いたり、
ギターを触ったりして、
何か感覚的なものに触れることによって、
「カチコチになった頭がほぐれて行く」と感じていたのは、

前者の場合では、物事を具体的に考えることのみにフォーカスして、
言わば、視野がめっちゃ狭くなっていたのでしょう。

で、後者の方をすると、
頭がリラックスできたのは、
その時点で、共感覚を使う、
言わば、「抽象的に物事を考える」ことで、
めっちゃ狭かった視野が、
グワッと、広がったから、
じゃないでしょうか。

*****


俺が、普段、
感覚的なことに関して人と話ができたときに、
凄い喜びを感じるのは、
要するに、「抽象的な」視野で物事を見ている人と、
話ができたときなわけですが、

「抽象的な」視野で物事を見るとは、
今、目の前で見ている情報を、
ぐぐっと視点を上げてみて、
もっと大きな括りで見た場合に、
「なんだ、この問題の”本質”って、ここじゃん」
という、問題の”本質”が見えるからじゃないでしょうか。

*****

苫米地氏も、本の中で、同じ様なことを言っています。

「何か問題にぶち当たったときには、
その問題から視野を広げて、
抽象度を上げて考えなさい。
すると、物事の解決策が見える」と。

*****

面白いですね。

2012/3/9 17:52



shunsukesekine at 19:46コメント(4)トラックバック(0) 

March 05, 2012

abc

相変らずこの人はぶっ飛んでいますね。
面白いです。

先日、前職の先輩のOさんと会った際に、
何と彼が、食事の場で、苫米地氏の名前を持ち出すじゃありませんか。
「(もう一人の元上司Oさんに対して、)Oさん、苫米地英人って知ってますか・・・?」と。

俺は、周りに彼の本を読んでいる知り合いがいなかったので、
「おお、知ってますよ!」と嬉しくなってしまいました。

O先輩も曰く、
「苫米地っていうのがいて、こいつがかなり頭が良くて天才なんですが、かなりぶっ飛んでるんですよ」と。
O先輩も、苫米地氏のことを以前Youtubeで観たらしく(水道橋博士との対談)、
それ以来、彼の本を読んでいるそうです。

ということで、その夜は、
「この社会に存在するお金とは何か」
「金融資本主義社会の実態像」
などを少し話したのですが、楽しかったです。

*****

さて、本題に入ります。

この本では、彼が言う「A次元」(=抽象次元:Abstract次元の略)
の詳しい解説が出て来ます。

この本を手にしたとき、
「おいおい、また怪しいA次元なんて言ってるぜ」
と内心からかいながら読み出したのですが、
これが、完全に目を見開かされました。

昨晩読んでいたのですが、
久しぶりに、衝撃を受けました。

恐らく、小学4年生の頃に入っていた科学クラブで、
担当の先生が、
「どうして飛行機は飛ぶのか」
の原理を、飛行機の翼を横から見た図を黒板に描いてくれて、
そこを風が流れる原理を示してくれたときぐらいに、
大きな、科学的感激を覚えました。

*****

苫米地氏曰く、
この世の中は、4次元(縦・横・高さの3次元+時間の4次元)
で表されますが、
これを、「物理次元」と呼びます。

そして、この物理次元の上にあるのが、
「A次元」。

現代の物理学では、自然に存在するもののみを、
その研究の対象としているわけですが、
そこには、「心」の存在は、対象になりません。
物理学的にいうと、「心」は見えないからです。

しかし、物理学の定義が、
「”自然に存在するもの”を研究する」のならば、
「心」は、確実に、そこに自然に存在している、と。

そして、物理学者が「ない」とする「心の存在=A次元の存在」
を扱う学問が、心理学、哲学、情報科学である中で、
それらのA次元の学問を物理学と統合して考えようというのが、
苫米地氏の発明した、「脳と心」を一つに捉えた、
「機能脳科学」である、と。

*****

そこで、彼は分かり易い例を出します。

例えば、私たちが、メルカトル図法で描かれた世界地図を見るとき、
その2次元(平面)の絵を見ながら、
頭の中では完全に、3次元(立体)のイメージを描くことができます。

また、別の例えで言うと、
私たちが肉眼で見ると平面に見える物体(例えば、皮膚など)も、
顕微鏡で見ると、小さな細胞が幾つも繋がっているのが分かる、と。

そして、その小さな細胞は、
実際には別々の立体的な物体なわけで、
その立体的な小さな細胞がくっついてできた物体も、
私たちの肉眼で見ると、ただの平面にしか見えない。


ということは、
次元を落とすと、上の次元からは平面にしか見えないものが、
実際には、立体的な込み入った世界であることから、
私たちが生活をしている物理次元(4次元)の上には、
更にもう一つ、私たちがいる物理次元を操る別の次元(A次元)が存在するはずです、と。


よって、私たちが普段目にしている4次元世界(3次元+時間)で見るものは、
更に上の次元の写像かもしれない、と。


すると、この世に生きる人類の一人ひとりは、
4次元的には別々の人間であっても、
A次元から見れば、同じ一つの物体の別の側面でしかない、と。

すごいですね。ぶっ飛んでますね。

*****

また、別の例えも出て来ます。

ある3次元の物体(例えば球体)が、
2次元の世界(例えば一枚の紙)を通過するとき、
2次元的に見ると、
その球体の先端が紙に触れた時には、一つの小さな点から始まり、
それが段々と、球体の中心部が紙に近づくに連れて、
その点は、どんどん大きな円となって行きます。

やがて、球体の中心部を過ぎてしまうと、
紙の上に投射された円は、
半径が最大値の状態を過ぎ、
また、小さな点へと戻って行きます。

そして最後は消える。


これを、人間の人生と捉えることもできます。

つまり、突然生まれて、突然死んで行く人類という存在は、
A次元から、4次元空間を通り抜けて旅をしている真っ最中である、と。



すごいですね、かなりぶっ飛んでいますね。
ここを読んだ時は、
ちょっと鳥肌が立ちそうでした。


これを、宇宙の始まりから終わりに適応することもできるので、
ある意味、この宇宙(4次元の世界)を作っている上の次元がA次元だとすれば、
そのA次元へと心を運ばせることができる人類は、
ある意味、
『A次元という自分の「脳と心」の中を、
宇宙のビッグバンが通り過ぎている』と定義することもできる、と。


ぶっ飛び過ぎですね。

*****

しかしこれは、
簡単に言えば、

「私たちの心は、一瞬で宇宙の彼方をも想像できることから、
宇宙より大きいのは、人間の心である」

という誰かの言葉にも当てはまります。
(よく小学校でこういう質問を先生からされましたね。)

そして苫米地氏は、恐らく、
人類が昔から感覚的に知ってはいたが、
現代(19世紀以降〜)の「科学が全てを凌駕する常識」の世界へと変わった今では、
俗にいう目に見えないもの、
または、科学的に証明できないもの(又は、まだ証明が出来ていないもの)
を、否定する傾向があるこの世界において、

「いえ、それは科学的に証明できますよ」と、
言っているだけなのかもしれません。
それが彼の作った、「機能脳科学」なのでしょう。

*****

他にもこの本で彼は、色々なことを説明しています。

例えば、

「恐怖とは、人間が作った幻想にすぎない。恐怖は自分次第で、全く感じなくなる」と説いたり、
(かなり極端です。)

「人間は、好きなモノだけを食べていても、健康になれる。運動もしなくて良い。」と説いたり、

(この理由として、
現代の食生活は、十分な栄養素が入っているから、
昔、栄養がきちんと取れなかった時代の常識に基づいて、
一日に何項目を〜、と考えてカロリーや栄養素の摂取をする必要はない、と。

また、運動をしなくても良い理由に関しては、
『元々酸素とは、地球上の生命にとって毒であったものを、
酸素をエネルギーに変えるミトコンドリアと生命体が合体して進化したのが、
この世の中に存在する生命、そして人類であり、
酸素は本来、人類にとって有害である。
よって、過度の有酸素運動をするアスリートが早死にするのはその為であり、
逆に、ヨガなど、身体の心肺機能を極限まで抑えて、
酸素を余り取らない生活をしている人間が、長生きする、と。
よって、有酸素運動を極限にする運動をしない方が、長生き出来る』と説きます。)

など。

しかし一番の根本は、
彼が、自分がこの世の中(四次元)の世界での使命を心から分かりきっているからこそ
いつも元気でいられるし、どれだけ働いても疲れない、と。

よって、たまに人が、
「ある瞬間に、自分の運命、使命が直感で分かる瞬間がある」
と言いますが、
これは、神のお告げではなくて、
A次元にいる自分からのメッセージが、
物理次元に存在する「言葉」を通して、
物理次元に存在する自分へと、伝わってきたためだ、と説きます。

そこで、このA次元の存在を、
「神」や「サムシング・グレート」と人は言いますが、
そこでその「神」が絶対的だと言ってしまうと、
それは一神教の絶対神になってしまうから、危ない、と。

*****


なんだか説明ばかりになりましたが、
彼が伝えたいメッセージはシンプルです。

「この世の中に生きている瞬間である人生を、
心から楽しんで生きないともったいない。
だから、みんなが自分の本当にやりたいことを追求して、
それを仕事にして、人生を楽しく生きるべきだ」と。

さっき上で解説した、
「この世の中(物理次元)は、A次元の射影である」という理論ですが、
私たちが生まれてから死ぬまでの瞬間を、
ある劇場に入って、映画を観て、出て行くまでと捉えたら、
その映画を楽しまなかったり、
または、映画の上映中に、外に出てそこで飲み食いばかりしていては、
映画館に足を運んだ意味がないですよね、と。

なので、私たちが生きている目的とは、
その目の前の映画を楽しむことであり、
それが、人生を生きる意義だ、と。

よって、この世の中を支配している「金融資本主義社会」に洗脳された、
「競争を勝ち抜くのが美徳」
「より沢山のお金を稼いだ人が勝ち」
などの「常識」から早く抜け出て、
もっと大きな観点の夢を持ち、
それに全力を尽くせば、
あなたが生まれて来た本当の意味が分かりますよ、
富などはは後から付いて来るものですよ、
ということを言っています。

*****

ちなみに彼は、霊の存在を完全に否定していますが、
俺はある意味、霊とは、
彼がいうA次元の世界に存在するであろう、
私たちの「心・マインド」が、
私たちが現在暮らす物理次元の中に、
「体」という物体を持たずに、存在しているものじゃないかな、
と、昨日本を読んでいて思いました。

以前ある人から聞いたことがあります。
「霊の存在する世界からしたら、
物理的な(この)世界では、
全てを余りにも簡単に、思い通りに操ることができる」と。

また、以前読んだ本、「人生逆戻りツアー」(by 泉ウタマロ)
によると、
私たちが夜眠る際に、
魂は、私たちが元々来た天へと登って行き、
そこで天使たちを話をしたり、
自分の心の本当の世界に戻り、
自分の地上での意義を確かめる、
と書いてありましたが、
それとも繋がっているんじゃないかな、と思いました。

*****

人は夢を見ます。
夢を見る目的は、
「起きている間に実生活で経験したことを、
頭の中で整理して、長期的な記憶の棚に保管するため」
であると、
以前科学者がNHKで説明をしているのを見ましたが、

夢ももしかしたら、
私たちの意識の中、
つまり、A次元へと戻っているのかもしれません。

*****

と、こんな風に、
読みながら、色々と考えさせられる本でした。

最後に、彼が伝えているメッセージで大事なこと。

いかに、「抽象度を高く考えられるかが大事」と。

2009年のWBCで優勝した原辰徳監督の場合も、
どうやら苫米地氏の『心の操縦術』という本を読んで参考にしたようですが、
原監督の場合も、
「日本チームの監督という抽象度よりも、
自分のチームと相手チームの戦術の両方を俯瞰できる、
もう一つ上の抽象度に上がって、試合を動かした」と。

そういう高い抽象度に立てば、
相手の監督がどんな采配をするか、
それによって選手がどんな動きをするか、
手に取る様に分かると。

そして更には、苫米地氏が想像するに、
原監督の場合は、「日本チームの優勝」という目標以上に、
「世界に日本の野球の素晴らしさを伝え、野球人気を世界レベルに上げたい」
「WBCで素晴らしいゲームをすることで、世界の人々に感動と勇気を与えたい」と、
もっと高いところにゴールを置いていたのではないか、と。



苫米地氏は本の中で言います。

「よく、
『あなたには自信がありますか?』
『私には自信があります』
などの質問をされたり、答えたりするのを見かけますが、
そもそも、『自信がある』と言っている内は青いのです。
自信があるというのは、
自分が、それが出来るかどうか、不確かな要素がある場合において、
自分の心の持ちようを言うだけであり、
自分が明らかに、それが出来ると分かりきっている場合には、
そもそも『自信がある』などという概念すら生まれないのです。

よって、普段の生活の中でも、
自分のこの世の中での役割を心から知っている人は、
そもそも『競争する』などという概念もなく、
自分の役割を、ただまっとうするだけなのです。
よって、A次元から見た、自分のこの世界での役割を、
誰もが知るべきである」と言います。

*****

それともう一つ、
これは前に読んだ本でも書いてありましたが、
「過去にこうしていたら、こうなっていたであろう自分」や、
「他人の人生」などと、「今の自分を比べること」は、
全く持って意味がない、と。

成功して、今が幸せな人は、
過去が例えどれだけ貧しかろうが、辛かろうが、
その過去を笑い話にして愛おしく話す。
なぜなら、その人は、「今」を「幸せ」と思って生きているから。

ということは、
過去の自分をどうのこうの言うことは、
今の自分を「幸せ」と思っていないことであり、
同時に、
未来は、今思う状態に繋がるものであるから、
「今を幸せ」と思うことが一番大事です、と。

*****

長くなりましたが、
色々と考えさせられました。

2012/3/5 14:54



水道橋博士との対談:

対談_麑棔О賚談


対談回目:一話目


対談2麑棔О賚談







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February 22, 2012

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この人の本は面白いですね。
発想が一般の人の考えからブッ飛んでいて、
「そこ」の考えを当たり前の様に、
分かり易く説いてくれるので、
読んでいて非常に目を見開かされます。


今回のこの本は、
題名の通り、
自分の中に眠る”本当の力”を呼び起こす為に、
彼が書き起こした10個のメッセージについて、
解説が詳しく書かれている、というものです。

*****

読んでいて面白かったのは、
まずは、彼が「この世の中」=「資本主義」の社会を、
徹底的に批判している、ということ。

まず最初に、上に挙げた”本当の力”ですが、
この世の中に生きる私たちは、
その”本当の力”を、
”バイオパワー”たるものに抑制されて生きている、と。

(”バイオパワー”とは、
現在の資本主義を永遠に維持し、
その中での利益を最大限に獲得したい為に、
人々を資本主義に順応させ、
何疑う事なく、資本主義の為に奉仕する奴隷集団を作り出したい、
という勢力が存在する中で、
その勢力に仕掛けられた権力のこと。)


そして、よくある成功本の中などで書かれている、
「出世街道をひた走って、社長になりたい」
「マネーゲームの達人になって、大金持ちになりたい」
「ビジネスで成功して”勝ち組”と呼ばれたい」
などの目標は、
全て、資本主義社会を牛耳る人間たちにより与えられた、
「競争は素晴らしいもの」
という観念によって、思考を固められた上での考えの中でしか派生しない、
思い切り洗脳された「奴隷の夢」であるとスパッと言いきっています。
そういうところが、心地いいですね。


彼は、そんな「奴隷の夢」でも良いから、
まずは何かしら、自分が今持てる「目標」を取りあえず持つ事を薦めます。
それにより、その目標に辿り着こうと脳が動く中で、
「この目標は究極的なものじゃない」
「自分が求めるものはもっと違うことだ」
と、どんどんと脳が、本来の自分の真の目的に近づいて行くから、
良いのです、と説明します。

*****

また、もう一つ面白かったのは、
「現在の結果が、過去である」様に、
「未来の結果が、現在である」為に、
時間は、
「未来」→「現在」→「過去」へと流れて行くものだ、と。

最初は読んでいて、「へ?」となったのですが、
要するに、「現在」の結果が、人間の「過去」となることから、
同じ様に、「未来」の結果が、人間の「現在」となる、と。

よって、今、何をすれば、未来にどうなる、
とかでは無くて、
未来から流れてくるものは、決まっていて、
現在でその流れてきたボールをキャッチするかどうか、だと。

過去が現在の原因にはなり得ない様に、
現在が未来の原因にはなり得ない、と。

よって、自分が掲げた状態に近づく為には、
まず、「未来」でそうなっている自分を思い描き、
その結果、「現在」の自分が、その幸せな状態にいることを、
リアルに感じろ、と。

「思い通りの未来は実現している」
という意識状態がつくれたときに初めて、
自分がいま現在なすべきことが明確に分かる、と。

*****

これは、「幸せになりたい」と願うのでは無くて、
「自分は今幸せだ」と思い、本当に幸せに感じることと同じ原理です。

(「幸せになりたい」と願うのは、つまり、
「今は幸せじゃない」と言っているのと同じ事になる。
よって、
「今の自分は十分幸せだ」と思うことで、
今の自分が、幸せになる、ということ。)

これで、人間のホメオスタシス(サーモスタット機能)が動いて、
「自分が心から理想として、心地よいと思う自分」と、
「今の現在の自分」の間のギャップを脳が感じ、
すぐに、その溝を埋めようとする、と。

(この辺は、彼も他の本でもよく話していますね。)

*****

後は、「仮想の自分」を捨てろ、ということ。

「もしも一流大学を出ていたら」
「もしも大企業に就職していたら」
「もしも別の道を歩んでいたら」
などの考え。

人間は、全ての瞬間に置いて、
自分がベストと思える選択をしているものであり、
その人間にとって、今がベストであることから、
まず、そもそも「失敗」というものは存在しない、と。

そして同時に、
上の考えに基づき、今の人生がベストの状態であるのだから、
その上で、
「もしもこうしていたら」と考えるのは、
それで既に、バカだと。

一流大学に行かなかったのは、その時に行きたくなかったからであり、
大企業に就職しなかったのは、その時点でそこに就職したくなかったからであり、
別の道を歩まなかったのは、その時点で今の道を歩みたかったからだ、と。

そこに余計なパワーを使うのは、愚の骨頂なので、
一刻も早く辞めなさい、と。

それも、確かにそうだよなと感心した。

*****

それと最後に、すごく大事だなと思ったのは、
「普段から、『思考の抽象度』を上げることを心がける」
ということ。

「抽象度」とは簡単に現すと、
「物事をどのくらい高く広い視野で見るか」
ということ。


普段、視野を狭く生きて、
自分の生活の目の前にしか起きないことばかりしか見ていないと、
抽象度が低いばかりに、
自分の興味のあるものしか見れず、
大事な他の点に、気がつかない、と。

こうして、自分が興味のあることしか見えない、
脳の「盲点」を、スコトーマと呼びます。

しかし、抽象度を上げて行く事で、
例えば、会社の中を例えで出すなら、
平社員であろうと、社長、または取締役の抽象度を持つ事で、
その位置にいる人間しか見えないものが見えて来る。

そのように、自分の生活の中で、
常に抽象度を上げるように心がけ、
物事を高く広い視点から見る様に心がける事で、
「世界が立体的に見えてくる」と。



例えば、周囲にある物を見て、
それらが過去に向かってどんな”縁起”を形成してきたのか、
その歴史ーーーつまり、その物がどういう経緯でここにやってきたかを、
想像してみる。

あるいは、過去に経験した出来事を思い出し、
その時に自分が抱いた感情を引っ張り出してみる。


そうすることで、
「自分の周囲の物や過去の出来事をすべて、
”縁起”が張り巡らされた情報宇宙として感知できる」
ようになる、と。

その結果、「情報の断片から全体を見晴らす」ことが出来る様になります。

つまり、
「点から球を見る」ってやつです。

(ちなみに上に2回出て来た”縁起”とは、
釈迦の言うところの、
「宇宙空間に広げた座標軸に描かれた、いくつのも点によるネットワーク」のことです。)

*****


ちなみにここで話はずれますが、
その昔、俺がCOSで勉強していた頃、
一緒の時期に留学していたジョージさん。
彼は、俺の4つ上で、
俺に取っては当時貴重な日本人の先輩だった。

ある日彼が、俺に言っていた。

「最近良く思うのは、
この世の中で会う人間っていうのは、
必ず、何かの縁があって出会っているんだろうな、ってことなんだよね。

イメージで言うと、
自分が宇宙の中に浮かぶ一つの星で、
その周りを、多くの惑星が、回っている様な。

その中で、凄く親しくなる人は、
その星が、自分に凄く近いところを回る様になっているからであるし、
例えば、
このWeedの小さな町で出会う、ただのおばちゃんも、
その”おばちゃん”っていう星が、
俺の星に急接近して、軌道が一時的に近くなったってことなのかも、とさ。

そのおばちゃんも、俺にとっては全く関係ないように見えるけど、
俺の人生の中では、
そのおばちゃんの星が、俺という星に、
人生のこの時期に、急接近するって、
決まってたのかも、って思うんだよね」と。

そんなことを言っていました。

*****

話を元に戻します。

そんなわけで、
苫米地氏の本は、
いつも、「それはちょっと言い過ぎじゃん」と思いつつも、
中々ズバッと、
この世の中の「常識」とやらを切り捨てて、
ちょっとブッ飛んだ視点から、
物事を説いてくれるので、
非常に面白いのです。

2012/2/22 22:18




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February 21, 2012

20100903_275213

かなり面白い本でした。
苫米地氏が2010年9月に出したものです。

彼は毎回、私たちは世の中の「常識」に洗脳されている、
と説いていますが、
今回も、読んでいて、
「ええ??」と思う様なことが沢山書いてありました。

手始めは、携帯電話の電磁波の脳に対する影響から始まり、
学校教育内の差別、儒教に対する考え、
日本のマスコミの存在、大手四新聞社の存在意義の無さ、
二酸化炭素減出の動きの事実、地球温暖化の問題の真相、
既に騒がれなくなったフロンガスの実態、
運動をすると健康になるという考えに対する事実、
「有機野菜」の危険性、
日本のデフレの実態、
そして最後は、国際法上、日本は独立をしておらず、
アメリカの属国である、という事実など・・・


彼は毎回、事実をストレートに言うので、
最初は、自分が知っている範囲内、
または、自分が素直に頷ける範囲内であれば、
「そうそう」と笑いながら読んで行けますが、
段々と内容が深くなって行くと、
もう、ただその内容のブッ飛びさに笑いながら、
読み進めるしかありません。

*****

恐らく彼がここに書いてあることは、全て事実であると思います。
ただ、その内容が余りにも婉曲されずにストレートに語られているので、
この本の内容、または、彼の著作に、
嫌悪感を示す人も、少なからずいるとは思います。
(自分は好きですが。)


ちなみに上に挙げた、「日本はアメリカ合衆国の属国である」という根拠は、
サンフランシスコ講和条約に基づくものとのことです。
日本語訳の内容が、実際の内容とは異なっており、
正文であるのは、英語、フランス語、スペイン語だけであるので、
世界の外交官にとって、「日本は独立をしていない」と捉えられているのは常識だとのこと。

よって、日本の外交はアメリカを通さないといけないし、
元々日本には、戦争を起こす権利さえも無い、と。
(よって、憲法第九条の書き換えに対する論争自体、意味を成さないと。)

そして極端に言うと、
日本はアメリカ人の為に働き、
アメリカ人は、一部のヨーロッパ人の為に働いている、と。

(アメリカ人は、ドルを刷ってもらう為の金利を払う為に働いている、とのこと。
主要株主がヨーロッパ人である連邦準備銀行(モルガン銀行やシティ銀行など)に、ドルを刷る権利が与えられる様になった1913年のクリスマスがそもそもの始まりだ、と説明がされている。)

(一度、アメリカ政府が連邦準備銀行に逆らい、財務省ドルを刷ったことが一度だけある。
それが、ジョン・F・ケネディの時だが、彼はその後、一撃で暗殺されてしまった、と。)

*****

他にも、今日本で騒がれている二酸化炭素排出問題に関しても、
実際には、二酸化炭素が増えていることには全く問題はなく、
(また、二酸化炭素自体も、そこまで増えてはいない)
酸素が減っていること自体が問題なので、
酸素を増やす為の活動を行った方が良い、と。

政府を始めとして、マスコミ、企業が二酸化炭素減出のことをしきりに騒いでいるのも、
全てはビジネスに繋がるだけだからとのこと。
例えばフロンガス問題に関しては、確実にオゾン層を破壊していくものの、既にそれを止める術が無いし、それはビジネスには結びつかないから、騒がれなくなっただけ、とのこと。

*****

また、人々の生活が、「物理空間」から「情報空間」へと、よりシフトチェンジしていることに関しては、
今後、人類は遺伝子の情報を書き換える技術を伸ばし、
人間の寿命が延びていくことに付随し、
いずれは脳の神経細胞をも、人口細胞に少しづつ移し替える技術が発達することで、
脳の寿命が200歳の状態から、寿命が無い状態まで変わって行くと。
その結果、最終的には人間は不老不死になって行く、とまで言っています。

ここの章では、いずれは全ての人類が不老不死になった場合、
必ずや食料不足が起こるので、
特権を与えられた人間のみが、物理的な身体を持て、
他の人間は、情報的な身体しか持てなくなるということまで言っています。
(情報的な脳だけ生かしておくには、電気エネルギーだけで済むので、それならば一兆人くらいの存続まで可能、という考えにより、一部の人間のみが、物理的な身体を持つ権限を与えられる、と。)


そして最後の結びとして、
「今生きている皆さんは、(自分の身体がある=物理的な身体を持って生きていられているので、)何とも恵まれた時代に生まれたことでしょうか。」と閉じている。
ここは読んでいて、余りにもブッ飛んでいるので、思わず笑ってしまった。

*****

彼は要するに、この本を通して、
「世の中に溢れている情報は、大概が嘘ですから、
きちんと自分の頭で考えて、しっかりと確かめてから、納得する様にしなさい。
自分のアタマで考えなさい

ということを言いたいのです。


俺も、この本の中に書かれていることが、本当に事実なのかどうかも、
逆の視点からきちんと検証する必要がありますが、
それにしても、面白い本でした。

2012/2/21 22:02




追記:
この本の中には、
世の中では「常識」として流されてはいるけれど、
実際に良く考えてみると、理にかなっていない「常識」が、
多々挙げられます。

例えば、少子化が、年金問題に関わる、
という論点。
まず、「少子化」という点だけを見てみると、
これから世界の人口は増えて行く一方で、
確実に食料が不足になってくるのだから、
むしろ少子化は喜ぶべきだ、ということ。

そして、少子化することで、年金を払う若者が減るから、
年金をもらえない人が出て来てしまう、
よって、少子化は問題だし、税金もその為に挙げなければならない、
と政府は説くが、
そもそも元々の問題は、
年金として集めていた税金を、国の役人が勝手に懐に入れたり、
または投資に失敗して無くしただけであり、
それを国民のせいにして、国民から更にお金を引き出そうとしているだけだ、と。

「少子化」という問題は、
元々は「日本の人口が減って来ている」という問題だけなのに、
それがいつの間にか、「お金」の問題にすり替わっている、と。
その時点で、国が自分の都合の良い様に情報を操り、
それに踊らされたマスコミが、
国に都合の良い様にニュースを報道して、
国民の意識を、
「少子化」=「悪いもの」=「年金がもらえなくなる」
と、変に曲がった状態で考える、「常識」が、
いつの間にか出来ているだけだ、と。

*****

上のことも踏まえて、彼は言っています。

「基本的に、国から改めて流される『統計』などの情報は、
全て疑ってかかりなさい」と。
何故なら、もしも本当の真実であるのならば、
一々統計として発表せずとも、
自然と世の中には広まるものであり、
それを敢えて、そういう形を取って情報を流すこと自体、
国が、自分たちの都合の良い様に、
国民のマインドを操作しようとしているだけに過ぎない、と。


確かに、マスコミは本来、
国の動きをきちんと批判して、
意識を正す為の存在でありながら、
そのマスコミが結局は、国に踊らされていることからも、
問題は非常に大きいなと思います。

*****

また、税金の引き上げに関して、
国は、「国の借金が余りにも多いために、
税金を引き上げて、それを返す」と言っていますが、
日本国が抱えている借金の殆どは、
国民に対しての借金であり、ギリシャなどの様に
他の国に対して作った借金とは全く違う、と。

よって、今税金を上げて、借金を返そうということは、
「国民に対して借りているお金を返せないので」、
「税金を上げて、国民から徴収するお金の量を増やし」、
「それによって得たお金で、国民にお金を返す」
と言っているのと同じです、と。
それは何かおかしくありませんか?と。

*****

とにかく、国の報道するニュース、
新聞、テレビの報道内容、
全ては、きちんとそれが事実なのかどうか、
きちんと自分の頭で考えてることが重要です、
ということです。

2012/2/22 14:41





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November 22, 2011

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この本は、現在シュウカツをしている
大学生は、すぐに読んだ方がいいですね。
特に、大学1年生とか、
高校生の段階で読んでおいた方がいいかもしれない。

いや、中学生とかで読んでおいてもいいと思う。
早ければ早い方が良いと思う。
その理由を、下記に記します。

*****

自分は今、転職活動中。
今月で正式に会社を退職して、
現在は企業の面接を受けている。

現在自分は28歳。
学生を23歳までしていて、日本に帰国したのが24歳。
正式に日本で就職をしたのは、25歳になる1ヶ月前だった。

よって、俺は今、社会人を初めて3年が終わった直後に当たるが、
同年代で浪人などせずに、
ストレートで大学、就職、というコースを歩いてきた同期は、
現在社会人経験6年目の年に当たる。

自分はアメリカの四年制大学を出た。
その上で、一社目は日本で俗にいわれるメーカーの大企業を受け、
そこに入社をした。

そこを5ヶ月で辞め、
前職の会社に入り、2年と9ヶ月で退職をした。


それが、現在の自分の「経歴」である。

*****

日本社会は、
全てが、昔からの「体制」で決まっている。

「人は学歴ではない」等と言われるが、
それは嘘で、
日本で上場をしている昔からの大企業は、
基本的に、「新卒」をブランドとして見て、
また、国公立の「六大学」を出たものを、
優先的に採用する。

または、体育会系の主将など、
体力があり、ガッツがあり、
素直にその企業の文化に染まって行くものを
最優先して採用する。


海外に留学をして、
どれだけ勉強をしていようが、
そこの大学の名前が、
「スタンフォード」や「ハーバード」に「MIT」、
「UCLA」や「UCバークリー」くらいでないと、
日本の人事採用者には、通じない。


そして、転職活動をする以上、
3年以上、同じ企業で働いた経験を持つもので無かったり、
現在勤めている企業が、大手の大企業でなかったり、
その人間が通っていた大学が、名の知れた大学で無い場合には、
そうでない人間が、そうである人間に、
必ず、書類選定の段階で、比べられた結果、落とされる。

それが、日本の「仕組み」である。

******

上に書いたことは、事実であり、
別に自分は嘆いている訳ではない。

大企業に入ったにも関わらず、
そこを辞めて、そうでない会社に行くことは、
周りの多くの人から反対もされたし、

一つの会社を3年以上勤める前に、
そこを辞めることは、
後々、それが自分の職務経歴書にとって、
「傷」になることも、諭されたし、

高校時代に、アメリカに留学をすることは、
日本での就職が、「無くなるぞ」と、
高校で英語を教える英語の教師たちにも、止められた。
(俺の行った高校は、地元では一番の進学校でもあった。)



それらの、親や先生、
上司たちの「忠告」に対して、
「そんなのどうでも良い。俺はこうしたいんだ」
と言いながら、今の道を選んできたのが、
自分である。

そして、今、
転職活動をする中で、
「日本社会」という「仕組み」が、
どうなっているのかを、
やっと、肌で体感しだして、
「ああ、そうか、こういうことだったのか」
と実感をしている次第である。

******

自分の状況解説はさておき、
この本では、苫米地氏が、
現在の日本社会における企業たち、
いわゆる、「日本株式会社」が、
どのように成り立っていて、
彼らが、どのように採用活動をしていて、
それに対して、どう向かって行けばいいのかを、
その裏の仕組みも合わせて、
非常に分かりやすく、丁寧に書いてある。

よくある、「就職攻略本」とは、訳が違う。

彼は元々、カーネギーメロン大学の大学院で、
日本人初の計算言語学の博士号を取得したり、
または、アメリカのルー・タイスと共同で、
「TPIE」(Tice Principles in Excellence)という自己実現プログラムを開発して、
それが全世界で約60カ国、280万人以上に受講されているなど、
実績と権威を持った人である。
また彼は、多くの企業の顧問などもしているため、
日本の企業の役員や上層部と話す機会も多々ある。

そんな中で、いかに日本が一つの「洗脳」された「日本株式会社」であるかを説き、同時に、その中で自分の力を本当に発揮して、なりたい自分になるには、どうしたら良いのかを、詳しく丁寧に書いてある。


中には、企業の本当の情報を読み解くために、
「決算報告書(通期)」や「アニュアルレポート(年次報告書)」のどちらかを過去三年分チェックをすることや、
「売上原価」と「販売費及び一般管理費」の内訳が記載されている「付属明細書」を企業に取り寄せて中身を見ること、
また、決算報告書P/L(Profit and Loss Statement=損益計算書)に記載された、「売上高」と主な利益(「売上総利益」「営業利益」「経常利益」「税引前当期純利益」「当期純利益」)の過去三年間の数字をチェックすること、
また、そのチェックの仕方等を、
詳しく、分かりやすく説明している。


また、本当の企業の顔を見るために、
その企業へ、説明会の日にちを間違えて、うっかり入ってしまったふりをして、
その企業のドアの中を覗いてみることを進めるなど、
「その企業で、本当に働きたいのか」を見極める術を、
非常に分かりやすく、書いてある。



また、実際に面接をする際には、
どのように面接で答えるかなども、
よくある「面接攻略本」の内容ではなく、
まずは面接の基本である、
「相手が何を求めている企業で、
そこで自分がどう将来貢献できるか」を見据えた上での話をすることや、

何らかの「クレーム(主張)」をする場合は、それが正しいと言える「データ(証拠)と、なぜそれが証拠となり得るかという「ワラント(説明)」が必要で、その3要素が揃った上で、初めて論理の大前提となる、ということも書かれている。
その説明の仕方も、分かりやすく書いてある。

(上の内容は、モノゴトの説明をする際に、非常に大事な要素であるにも関わらず、それを分かりやすく解説している本は少なかったりする。
また、転職支援をする人材紹介の企業が、転職希望者に配信するメルマガなどに載せてある、「人事はどこを見るか?受かる面接のコツ!」などの内容は、結局上の内容を、もっと表面的の部分だけをすくって説明している場合が多い。)


*****

そして何より、一番面白かったのは、
最後の第7章にある、
『求める「人物像」をぶった斬る!』と命名のもと、
実際の大手企業の人事担当者がHPに掲載した「求める人物像」を元に、
その企業が何を考えているか、また、どんな企業なのかを、
読み解いているところである。

その中には、俺が一社目に勤めた企業も出ていて、
「まさに」という感じだったので、すごく面白かった。

(中に、かつて苫米地氏がカーネギーメロン大学の大学院に留学していた頃、この企業から派遣してきた部長が、同社から同じく留学中の研究者たちを集め、ラジカセにテープをセットして、「このー木 なんの木 気になる木〜♪」という音楽に合わせて、体操を始めたのを見て腰を抜かした、というくだりがあった。それほど、この会社では、「古いカルチャーが骨の髄まで浸透しているのであり、これがこの企業の強みでもあり、同時に弱みでもある」と。
つまり、この企業は、「これが日本のサラリーマン」というイメージ通りだと思って間違いなく、「"いかにも日本のサラリーマン"という世界が嫌いな人が行くと思い切り後悔しますので、くれぐれも注意してください」とあった。笑

この話は本当で、実際に俺が勤めていた頃にも、
朝の8時半からは、必ずこのテーマが流れ(しかも男性と女性の素晴らしいハモリで)、
10時にはしっかりと15分の休憩が入り、ラジオ体操のあの曲が、「まずは手足の運動からー」という声と共に流れる。
で、夜の8時には、「蛍の光」が流れる。)


*****


この本の中で、苫米地氏は、あることを言っている。

それは、
「今、したいことが分からない学生は、
まずは上場をして20年以上経っている、社員が1000人以上の大手企業を選び、そこに入って、2年から3年勤める間に、お金を貯めて、かつ、夜の時間を遣って、勉強をしろ」と。

なぜなら、上に書いた条件が揃っている企業というのは、
既に会社がある程度固まっているから、
駆け出しのベンチャーの様に、
会社の内部がガタガタでは無いので、
それらのベンチャー企業が、毎日終電まで働かされるのに対して、
これらの大手企業では、良い意味で「9時5時」または「10時6時」の生活が守られ、
給料もそれなりに良く、
そして、夜の時間がしっかり取れるから、
時間と金銭面に余裕が持てること。

そして、何より一番大きいのは、
大手だからこそ、自分が携われる仕事の幅が、無限に広がり、
狭い一つのことを、ただずっとやれ、というスタンスではなく、
広い視野を持てるように教育がされる、ということ。

(しかし同時に、これらの大企業では、
「あなたにはゴールはありません」「社長や部長があなたのゴールを決めます」という、「組織の奴隷になることが目的」の洗脳が最初から始まるから、これに見事に染まって、骨抜きにされては意味がない、ということも強く説明している。)

これは、非常に言えていると思う。

俺も、一社目はまさに、上に書いた「大企業」の例であり、
そこにいる時には、そこの悪い所しか見えなかったものの、
一度そこを出てみて、次にベンチャーに入って見ると、
今度は、大企業が持っていた「良さ」にも気づきだす。
(それは同時に、大企業に入ったからこそ、
その「良さ」も今では分かるし、だからこそ、次のベンチャーの良さも十分感謝できたわけだが。)


******

そんな風に、
ここに書いたことはこの本の中のほんの一部だが、
この本には、俺が24歳から、今の28歳まで、
「日本株式会社」という仕組みをよく研究せずに、
がむしゃらに、ただ体当たりしてきた上で、
「なるほど、こういう仕組みだったのか」と強く感じていることが、
とても分かりやすく、書かれている。







最後に、日本の大学生は、
早い場合には大学3年生の春から、
就職活動を始める。

しかしこれは、企業が、大学生から、
「学問をする」時間を奪うことでしかなく、
これは、「憲違である」と、苫米地氏も言っている。
そもそも、こういう間違った考え方を、
企業もしているし、それに則って大学側もやっているから、
いつまで経っても、日本は、本当の意味で、
「人材」を育てなければいけないのに、
その「人材」が育たない、いや、「育てない」社会の仕組みになっている、と。


彼は書いている。
「最新の脳機能研究の成果によると、日本の人事制度は個人の能力を下げるモチベーションが働くことがわかっています。
驚くべきことに、いまの社会は、能力のある人が出世するシステムになっていないのです」と。


しかしながら、そこで、
「いや、俺は能力があるんだけど、今の日本社会のシステムがこうだから、しょうがないさ」と言ったりして、自分が思う様に活躍できずに一生を終わるのは、結局は、ただの「負け犬の遠吠え」でしかないし、

同時に、「こんな日本社会で生きて行くのは、嫌だ」と言って、シュウカツのタイミングに乗り遅れて、後で、「俺が本当に入りたい企業が分かった。しかしそこは、新卒しか採用していないらしい。もう間に合わない!」ということで、採用されないのは、ただ、チャンスをみすみす逃しているだけです。



「この世は学歴じゃない」と言うのなら、そこそこの大学を卒業してそれを言うのではなく、東大を卒業して、それからそのセリフを言ってみろ。
そうすることによって、自分が本当に何をしたいのか、今は分からなくても、
いずれ、それが見えてきた時に、
自分の取れる選択肢を、最大限まで広めておくことができることができるし、
それが一番賢い生き方だから。


ということを、苫米地氏は言いたいのです。


*****


前に、いつかの日記にも書きましたが、
「経済学」というものは、
「自分が生活をして行く中で、
数ある選択肢の中から、
一番自分にとって賢い選択肢を選ぶ方法を知ること」
であるわけです。


苫米地氏は、経済に関する本も書いていますが、
彼は、現在の日本で生きている大学生に対して、
「この『日本』という世の中は、こういう仕組みでできているから、
まずは、そのシステムを良く理解して、
それを攻略した上で、自分の取れる選択肢を最大限にまで広めた上で、
一番本当に自分が取りたい道が選べるようにしようぜ」
と言っているわけです。


今、シュウカツをしている、
またはこれからする大学生のあなた。

ぜひ、この本を読んでください。
絶対損はしません。むしろ、一生感謝すると思います。

2011/11/21 0:03




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November 18, 2011

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苫米地氏の本です。
彼の事は、Forest 2545シリーズの『脳と心の洗い方』で、
2010年の春頃に初めて知りました。
胡散臭そうな顔をしていますが、
彼の書く本は結構好きです。
かなり彼の色が強く出ていて、
それを知った上で読まないと、
「コイツ偉そうだな」という感じの書き方ですが、
その偉そうな書き方が、心地よかったりします。

*****

この本は、要するに、
「セルフイメージを高く持ち、
自分の心の中で言い聞かせる自分に対する言葉を、
常にポジティブなものにして、
自分が理想とする状態に、
『今、既に自分がなっている』と明確に、
リアルにイメージすることにより、
脳が、現状とその理想の違いに気づき、
理想の方に持ってこようと、必死になって頑張る」
という内容を書いた者です。

スコトーマとか、ゲシュタルトとか、
横文字がやたらと出て来ますが、
結局はそういうことを、科学的に言っているだけです。


この一個前のレビューで書いた、
神田昌典氏の「非常識な成功法則」でも、

ほぼ同じ様な事を言っていたので、
読んでいてある意味おかしかったです。

*****

結局は、
「自分が理想とする状態をありありとイメージして、
それになった状態を、まるで現実かのようにリアルにイメージして、
その感覚を味わう事。
同時に、自分に対するセルフイメージを高め、
自分に自信を持ち、
望む現実を引き寄せる状態にしろ」ということです。



世の中の成功法則本は、
基本、同じ事が書かれています。
後は、それを自分がどう信じて、
どう、「実行」するかです。


2011/11/18 21:55




shunsukesekine at 18:00コメント(0)トラックバック(0) 
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