文学・評論

January 30, 2014

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半沢直樹の最新作単行本。
2012/6/29初版発行。

*****

昨年の夏、「やられたらやり返す。倍返しだ!!」のセリフに誰もがハマったであろうドラマの続きとなる話です。

東京セントラル証券に出向させられた半沢は、
そこで、IT企業の電脳雑伎集団、及び、
そこが買収を仕掛けようとする東京スパイラル、
そして、半沢のいる会社の親会社、東京中央銀行の人間たちと、
バトルを繰り広げる・・・ というのがあらすじ。

*****

結構期待して読み始めましたが、
正直言って、余り面白く無かった。

半沢の出番が、本の後半まで余り無いことと、
登場人物が多すぎて、誰が誰だったか覚えられず、
人物相関図を何度も見返す事になってしまった。
(行きと帰りの電車の中で10分ずつくらい読んでいたので、いつも話が途切れてしまったせいもあるかもしれない。
いや、俺の記憶力が悪いだけか)

それから、半沢が最後に、東京中央銀行の頭取を交えての会議の場に入り込んで行き、
そこで全員を前に打ち負かすシーンは流石に興奮したが、
そこで半沢が明かす事実も、実際には、
自分の部下であり、且つ、東京スパイラルの社長である瀬名と小学校時代の親友だった森山が、勘のいい男で、彼が色々な事を見破れたからこそ、その真相に気づけた、というところも大きい。

よって、半沢個人の力でその真実を見破ったというよりは、サポーターの力が大きいので、
半沢が最後に会議の場で、自分の敵を打ち負かしても、余り面白みが無い。

*****

それと、文体が個人的に好かない。
淡々と書かれていて、この手の小説を読み慣れている人はきっと好きなのかもしれないが、
自分は、どうも馴染めなかった。

また、登場人物の人間描写が余り深く無い。
あくまでもリアルさを追求する為に、逆に、小説としての脚色が少なく、
一人一人の人間像が、そこまで見えて来ない。
だからこそ、登場人物の事を、最初は覚えにくかったのかもしれない。

*****

どちらにしても、この小説に対する高評価が多い中で、
個人としては、余り面白いと思えなかった。

ただし、この小説の中で、
「人間、働く場所の大きさやブランドなどは関係なく、
どこに行っても輝ける人間こそが、本物なんだ」
というくだりがあるが、それには同感する。

俺も、数年前までは、働く会社の大きさやブランド、給料、見栄、
そういったものに拘っていたが、
結局は、今自分がやっている仕事を自分がどれだけ好きになり、
それを極められるか。
それが一番大事であり、そこを芯に毎日を過ごせば、
仕事はどんどん楽しくなって行く事。

そこは、非常に共感する。

*****

きっと、自分の様に、
登場人物を一回できちんと覚えられない人よりも、
スラスラッとこの世界に入って行ける人の方が多いだろうが、
そういう人ならば、きっとこの小説も、楽しんでサラッと読めてしまうと思う。
文字自体は大きく、話もそんなに長く無いので。

ちなみに、「半沢直樹」の続編は、
またテレビドラマ化されるか、
または、テレビよりも収入の多くなる劇場版にするかで今は話し合われているらしいが、
どちらでも良いから、ぜひ続編を作って欲しい。

結局は、テレビのインパクトが大きすぎたんだろうな、と思う。

2014/1/30 22:13


追記:
それにしても、登場人物の中には、
腐った奴らばかりで、
こんな奴らばかりがいる企業が実際に日本には沢山あるとしたら、
そりゃ相当まずいな、と思う。

考える事は、自分の出世と、保身。
同じ会社の上司や先輩、後輩と意見が食い違う場合には対立し、
自らの保守の為だけに会社に通う。

そういう事には自分は全く興味がありませんが、
そんな風にだけは絶対にならない様にしましょう。

*****

そして、最近実際にやってみて痛感しましたが、
半沢直樹の様に、曲がった奴らには正面からガンガン歯向かい、
「やられたらやり返す。倍返しだ!!」的な生き方を実際に会社でしてみると、
一瞬相手を打ち負かしてスカッとはするけれど、
ハッキリ言って、かなり疲れるし、
色々と敵を作ります。(当たり前だ)




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December 21, 2013

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2010年の7月にこの本を買って読んだ。
2009/11/24初版発行。

この本のテーマは、
「世の中でトップに立つには、
今トップの人間がどうしているかをジーっと観察して、
その人よりも更にもう少しだけ、工夫をすればいいんだ」ということ。

文明堂のカステラの話が出て来る。
全然売れなかったこの店だが、
近所によく売れる肉屋があり、
その肉屋の前で、文明堂の主人は、
何日も何日も、観察した。

その結果気づいたのは、
「肉は一番、電話は二番」
と書いてある看板が、売れる秘訣だ!ということ。

そして自分の店に帰り、
「カステラ1番電話は2番、3時のおやつは文明堂」
を作ったそうな。

どこまで本当か知らないけれど、
そんな風に、「上に立ちたければ、周りを良く観察しなさいよ」という本。

2013/12/21 16:12




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2010年の1月にこの本を買って読んだ。
2010/6/21初版発行。

「眼力を持て」というのがこの本のテーマだが、
ここで言う『眼力』とは、
要は、一歩先を考えろ、ということ。

この世の中や、社会や、他人が、
その行動や発言をしているのは何故か、
その人の言われるままにただ動いていると、
その人の思うツボになりますよ、
ですから、その人が、なぜそういう事をしたり、
言ったりしているのかを考えましょう、というメッセージの本。

言ってみれば当たり前のことを、
この著者は、淡々と語る。

*****

ちなみにこの本の中で、
日本の学校教育は、朝から夕方まで、
1時間授業を受けて、10分休憩して、
また1時間授業を受けて・・・
という形で子供を躾け、
それは、将来社会に出た時に、黙って会社の中で黙々と働くことを国民に求めていたからだと、そう言っているけれど、
それは、自分が二十歳位の時に、アメリカで留学中、
そう強く核心を抱いた瞬間があった。
そんな事を思い出した。

*****

2013/12/21 16:01



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December 08, 2013

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先日見た映画の原作です。
原作というか、この映画の監督が、
もう一人の作家と共同で、この映画のより詳しい「脚本」を
そのまま本にした様な作品です。

*****

最初読み始めて、正直、
淡々とした描写が続くので、「これは結構つまらないかな」と思いました。
映画の内容をそのまま丁寧に書いているだけだし、
これじゃあ、本を読む意味がないぜと。

しかし、読み進めて行くうちに、
一度、慶多や琉星の気持ち(こどもたちの気持ち)や、
リリーフランキーの妻のゆかり(真木ようこ)の気持ちが描かれたところに入った瞬間に、「あ、これはかなり面白い」と思いました。

映画の中では、さすがに子供のきもちまでは、
丁寧に描かれていません。
きっと描かれているのでしょうが、
映像だけでは、つまり、台詞が無い状態では、
中々理解しにくいところもあります。

しかしこの本では、この映画に出て来る登場人物全員の気持ちが、
きちんとその人の視点で描かれているので、
読んでいるうちに、「ああ、こういう気持ちだったのか」
というのが分かって、よりこの映画の話を深く見ることができます。

*****

更には、福山雅治が演じる良多の過去の人生も細かく描写されていて、
「なるほど、こういう事だったのか」というのが分かり、
よりこの話を理解できました。



結局、良多も、子供の頃から経験した様々な事による、
被害者であり、
彼は、42歳にして、初めて、
自分の中のそれらの事と、向き合うのです。

*****

深い話でした。

この本を読んでから、もう一度映画をじっくり見てみたくなります。

2013/12/8 20:29





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September 01, 2013

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この作品は、自分が確か小学校3年か4年の頃に、
学校の教科書で読んだ覚えがあります。

夏の暑い夕方、
だるい感じ、
ツクツクボウシが鳴いて、少し物悲しい感じがすると、
なぜか、この作品の世界観を思い出すのです。

主人公の男が、
サラリーマンとなって、
自分が小さい頃に過ごした町に帰ってきて、
そこで、道を歩いている光景が。

背広の上着を肩にかけて、
道を歩いていると、
目の前から、葬列が自分に向かって来る様子が。

*****

この作品の核心的な部分は、忘れていましたが、
一つ記憶に強く残っていたのは、
この男が、その葬列の写真の顔を見た時に、
「何と言う皮肉だ。
ここで、この顔に会ってしまうなんて」
という様なくだりがあったこと。

その葬列の写真の顔が誰だったのか。
それは、自分が昔関わった人の顔であったことは覚えていたが、
それが、一体誰だったのか。
それは、今回この小説の話を妻に何度か話し、
妻が検索をして、何とかこの小説の題名と作者を探し出してくれ、
それをAmazonで買い、この度20年程ぶりに読み返すまでは、
思い出せませんでした。

*****

実際に読んでみると、この作品はとても短く、
あっという間に終わるものでした。
しかし、それにも関わらず、この作品が、
当時10歳前後だった自分の記憶に強烈に残り、
20年程たった今でも、
教科書の他の作品は殆ど忘れていても、
この作品のことだけは覚えていたのは、
よほど、この作品の醸し出す雰囲気が、印象的だったのでしょう。


その、人生の皮肉を描いた、妙な雰囲気が。

*****

この文庫本は、著者・山川 方夫(やまかわ まさお)の他の短編小説、そして中編小説も入っています。

他にも、「待っている女」「お守り」など、
印象的な作品ばかりです。

ぜひ、おすすめです。

2013/9/1 19:23








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August 15, 2013

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1914年刊行。
今から99年前の作品になる。

*****

この作品を全編通して読んだ事はこれまで無かった。
高校3年の頃、学校の教科書にこの作品の一部が載っており、
それを読んで、その描写にやけに心が惹かれたのを覚えている。

先日妻と本屋に行った際に、この単行本が売られているのを見て、
「一年に一回は読み返したくなるんだよね」と言っているのを聞いて、
その場で買った。
さっき読み終わった。

*****

主人公である「先生」、
その先生より手紙を預かる「私」、
先生の妻である「御嬢さん」、
そして、先生が手紙で書き記す「K」の位置関係を知らずにいたけれど、
こういうことだったのかと納得した。

言葉遣いは昔のために最初は少々読みづらいが、
慣れてくるとすらすらと読めてしまう。

*****

読み終わった直後なので、うまく感想が書けない。

簡単に感想を書けない作品。

2013/8/15 12:31pm




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October 27, 2012

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ミシマ社より(2012/8/5)発行。


中々面白い本。
タイトル通り、365人の本屋の店員が、
自分の一番オススメの本、
また、それに関連する他の本(2冊ずつくらい)も薦めてくれている。
よって、この本の中だけで、
1000冊近くの本を知ることができる。

後は、自分が興味のある本を読んでみれば良い。

普段本を読んでいても、
どうしても自分の好きな作家やジャンルに偏ってしまうので、
こういう本により、
他の人の意見も聞きながら、
色々な本の存在とその面白さを垣間みれることは、
とても嬉しい。

*****

ちなみに、この中で
村上さんの「カンガルー日和 」が紹介してあって、
その中の
「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
が大好きと書かれていた。

妻もこの本が大好きで、
俺も妻にこの本を貸してもらって読んだ。

もちろん、
この本についてのページをめくった後、
さっそくその話を読みましたとも。


2012/10/27 13:29



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May 13, 2012

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先日、先月の4月頭のLenny Kravitzのコンサートの際、
東京の親友Sの家に泊めてもらった時に、
「これ、帰りのバスの中で読めよ」と、
もらった本です。

この本自体も、
彼は、別の友達からもらったとか。

ということで、有り難く頂戴いたしました。

ちなみにS君には、いつも色々と頂いています。
実際のモノから、形には見えない、
「知識」というモノまで・・・

彼には、しっかりと恩返しをして行きたいと思います。

(彼は非常に優しく、
俺がいつも、「ちょっと、今日泊めてくんない?」と、
急に泊まりに来るので、
この前泊まらしてもらった際には、
なんと100円ショップで、俺用に簡易歯ブラシまで買って用意してくれていました。
本当に優しいヤツです。いつも本当にありがとう。)

*****

さて、ということで、
人間として素晴らしいS君のことはまた次回に話すとして、
今、この本をちょこちょこと読んでいます。

今まで吉本ばななは読んだ事がありませんでしたので、
(うちの母親が少し読んでいた気がする)
このエッセイが、彼女の初の本となります。


*****


中々、素敵なタッチで文章を書く方です。

肩の力が抜けているというか、
非常に、自然というか、
完全に、「感覚」の世界で生きている人だなあ、というか、
全然期待せずに読み出したけれど、
(そして、恐らくSが俺にこの本をくれなければ、
多分俺は一生、この著者の本を読む事は無かった気がするけれど、)

非常に、好きになりそうなタッチです。

何にも考えずに、
日曜の昼下がりに、お酒でも飲みながら読んだら、
とても気持ちが良さそうな文体です。


*****


さて、まだこの本の途中ですが、
さっき読んでいて、非常に頷けるところがありました。

それは、
彼女が、自分の子供の頃の荷物が置かれた、
実家の部屋に行き、
そこの荷物を、母親に言われて、片付けているときのこと。



彼女は、自分が若い頃に書いたであろう
作品を目にして、
その完成度の低さに、顔を赤くするわけですが、
そこで彼女は、こう感じるわけです。


「ああ、自分は、
こんなんだけど、こんな子だったのねえ」と。
(細部は略しています。)

そこで彼女は言う訳です。

「他人のものとしてその部屋のものたちを眺めていたら、そういう結論になったのです。
それは、めったに思い返す事のない自分の残像で、
あまりに今と似て非なるその人格には、不思議な感じがします。
今の自分でずっと来ているという錯覚を日常の私たちはしていますが、
思えば細胞からしてもう別人なのですから。」

と。


******


これは、自分もたまたま、今日、そう感じることがありました。

自分の留学時代、2年目の、
2004年の頃の写真を見ていた時です。


自分の中では、当時から殆ど変わっていない(中身も、外見も)と思ってはいたものの、
実際に当時の写真を見ると、
見た目はかなり今と違いました。

表情も違うし、まあ、8年前というのもありますが、
非常に若くて、幼くて、子供っぽい表情をしてた。


しかし同時に、
それは俺であり、
しかし、それは、今の自分とは、違う自分であった。



なので、その自分の写真を見て、
変な違和感を覚えたわけです。


*****


それで、今さっき、
上の、
「あまりに今と似て非なるその人格には、不思議な感じがします。
今の自分でずっと来ているという錯覚を日常の私たちはしていますが、
思えば細胞からしてもう別人なのですから。」
というくだりを読んで、

「ああ、そうそう、そうなんだよ」
と、頷いた訳です。


*****


彼女はこのエッセイを最後にこう締めます。



「自分の思っている自分、というのは自分が意識のスポットを当てている部分の自分であって、
ほんの一部分です。
しかもそれは人から見た自分、ですらないのですね。

もしも8ミリで小さい頃からの自分を、内面に関係なく映画のようにただただ映して観ることができたなら、そしてそれを三回も観れば、
今抱えているたいていの悩みは、
「なーんだ、こうすればいいんだ、この人」っていう感じに消えてなくなる気がします。」



と。



*****


本当に、そう思います。


ついつい、こうして、
一人で生活して、
自分の世界に籠りがちになると、
自分が見えなくなるけれど、

きっと、俺を取り巻く周りの人は、
「あいつは、こういう人間で、
こうだよなあ」と、
俺が、自分自身を分かっていると思う、
数倍も、見えているところが多いんだろうなあ、と。




だから、自分の彼女のように、
自分がどういう人間なのか、
外から見た自分はどうなのかを、
ハッキリと言ってくれる、伴侶を持つ事は、
とても大事な事です。


それは、自分の友達を含めて。


いつも、自分のことを、
客観的に見られる人間でいたいと思います。



2012/5/13 19:50









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February 25, 2012

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昨日ビートたけしの『悪口の技術』を読んで面白かったので、
今日は北野武の本を手に取ってみました。
北野武とビートたけしって、双子の兄弟だったんですね。知りませんでした。
(って本気で思っている人がいたら面白いよね。
ちなみに全然関係ありませんが、僕は去年の暮れまで、
マツコ・デラックスが女だと本気で思っていました。
その事を彼女に言ったら、相当ショックを受けていたみたいでした。
普段どんだけテレビ見ないんだよ、って?)

*****

たけしの毒舌を期待して読んだので、
正直、この本はそんなに面白くありませんでした。
まだたけしの本は余り読んだ事がないので、良く分かりませんが、
恐らく、僕が好きなエッセイは、「ビートたけし」の方なんでしょう。

今回の「北野武」の方は、
恐らく本が、監督業としての彼にフォーカスされていたのもあるかと思いますが、
毒舌は殆どなく、
彼のアーティストとしての考え、素質が描かれていたので、
「北野武」の人間としての中身を知りたい人にはお勧めですが、
「ビートたけし」の毒舌を期待しいる人にはモノ足りません。
(読む前に気づけよ、って?)

*****

それにしても北野武という人間は、
きっと、凄く器用で、かつ、頭も良いんでしょうね。

そして、何でもできてしまう。

彼はこう言っていました。
「芸人も、映画監督も、
『俺はこれになりたい』って思ってなったんじゃなく、
たまたまその位置に立っちゃって、それができちゃったから、
自分としては余り嬉しく無い」と。

「イチローとかを見ると、
『俺がちょっと本気で野球やってたら、あれくらいになれた』って本気で思っちゃうし、
誰か数学者が賞を取ったりしたら、
『俺がその道に進めば、それぐらいできてた』って、
本気で思っちゃってるんだよね」と。

彼にとって、
「何がしたいか分からない『不幸』と、
それなりに何でもできちゃう『不幸』」らしいです。

*****

彼の映画は余り見た事がありませんが、
今回のこのエッセイを読んで、
(エッセイというか、インタビュー集)
彼の映画も観てみたくなりました。

彼は結局、感覚で撮っているんでしょう。
そこが、天才肌というか、
アーティストの気質なんだろうね。

*****

それと、彼にとって、
「女性」とは、「母親か姉」らしい。

基本的に、甘えてしまう存在で、
そういう風に、女性を見ているんだろうね、と。

*****

いつまでも子供のようですが、
それは、彼が頭が良いからこそできる面も沢山あるんだと思います。
そして、人間としてとても面白い人だと思います。

2012/2/25 23:23




追記:これは昨日読んだ『悪口の技術』の方の感想になっちゃうんだけど、
その中に、
「ギリギリのラインの事を言って笑いを取れるのは、
実際のところの、『ここまで言っちゃうとダメだ』っていう常識があるからこそ、
できるものだ」っていう件があった。

これは読んでいて、「まさにそうだよなあ」と思った。


それから、
「人間、本当に凄いのは、
かなり凄いところまで極めた人が、
全く何でもない人のように振る舞って、
自分を全く凄く見せないこと。
それでも、周りの人は彼の凄さを腹から認めてて、
彼がいなくなった後に、『あの人、あんなに腰が低いけど、
実際は、こんなに凄い人でさあ』となってしまうのが分かっているからこそ、
普段人の前では、絶対に自分を凄いヤツだと見せない人の事」ってあったけど、
本当にそうだよなあ、と思った。

その例えとして、
「ものすごく厚化粧のナチュラルメイクアップとかさ」
とあったのが面白かった。


というわけで、次は『ビートたけし』の本を読みたいと思います。

*****

それと、この本の題名は「女たち」ですが、
実際に女性たちに関して語られている章は、
本の2〜3割しかない。

あとは、彼の映画や絵に対するモノの考え方に関して。



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面白い本でした。
彼のエッセイを初めて読んだのは、確か高校生の時だったと思います。
その時に、彼の毒舌に笑ったことを覚えています。

今回、また久しぶりに読みたくなって借りて来ました。
かなり面白かったです。

この本のテーマは、このエッセイが書かれた2001年〜2002年頃に起こった事件を基礎に、
それらに対して、たけしが悪口をいいまくる、という趣旨になっています。

まあ、悪口というよりも、
彼の前書きにある様に、
「日本人は、ただ黙っているから、他の国にいつも美味しいところを持って行かれて、
損してばっかりじゃないか。
本当の悪口っていうのは、頭も使うもんだし、頭の回転も速く無いと言えねえんだよ。
外交でも、国内の政治でも、
保守的にばっかりなってねえで、
皮肉を込めた悪口で返す事で、
本当の議論が生まれるんだ」ってことを、
彼の視点から、言っているものです。

なので、読んでいて非常に面白い。

内容は、
日韓ワールドカップを始めとして、
裁判官、先生の問題、
更には、
マキアヴェッリの『君主論』、
アダムスミスの『国富論』、
スタンダールの『恋愛論』、
アインシュタインの『相対性理論』と、
全てに切り口を見つけて、突っ込んで行きます。

(結局は、ほとんど下ネタで終わっているのがウケます。
ここには書けませんが、ある裁判官に対する章のある箇所では、
余りにもツボにハマってしまって、
笑いが数分止まらなかった。)

*****

最近は村上さんの小説にドッブリ浸かりまくっていたり、
ビジネス本ばかり読んで頭がカチコチになっていたので、
彼の本でうまく中和されて助かっています。

2012/2/25 14:06






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きのう、としょかんでこのほんをみつけました。

しょうがっこういちねんせいのときいらい、
ひさしぶりによみました。

とてもだいじなことがかかれていました。
こころがあたたまるほんでした。

じぶんのこどもがうまれたら、
よんであげたいとおもいます。

*****

おはなし

おじさんは、とってもりっぱな傘をもっていました。
でかけるときはいつも傘をもって出かけましたが、
雨が降っても傘をさしませんでした。
なぜって、傘が濡れるからです。
ある日おじさんが公園で休んでいると、雨が降ってきました。ちいさな男の子が雨宿りに来て、友達の小さな女の子の傘に入り、二人で歌を歌いながら帰ります。
「あめがふったら ポンポロロン
あめがふったら ピッチャンチャン」
おじさんもつられて歌いだしてしまいます。


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January 10, 2012

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この本は、去年(2011年)の3月の頭に、
川崎のらぞーなの本屋で見つけて買った。

それから、一年近く経つが、
まだ読み終わっていない。

なぜかと言うと、
毎日、気が向いたら手にとって、
一度に、2ページ分くらいしか読まないから。



この本には、パウロ・コエーリョが
世界中を旅したりしている中で、
人から聞いたり、
古い書物から学んだりしたような、
賢人の知恵を含んだ、物語が書かれている。

その物語は、大体が1ページに収まる様に書かれているので、
2ページを読むと、丁度二つの物語を読んだ様になる。



これらの物語は、非常に中身が濃く、
また、さらっと読んだだけでは、
うまく意味が掴めなかったり、
または、内容が濃すぎて、
さらっと読むと、頭に入らなかったりするので、
結果、一日に二話分までくらいしか読むことが出来ない。


*****


表題の『マクトゥーブ』とは、
彼の代表作の『アルケミスト』にも出て来るが、
『書かれている』という意味である。



そんな風にして、
世界中の知恵を集めた話が、
この本には書かれている。



定価が2000円で、
買う時にちょっと高いかなと思ったけれど、
実際には、その値段の何倍もの価値があるような本だと思う。


じっくり、一つ一つの話を、
自分の中に落とし込んで、
自分の血肉にして行きたい、
そんな本である。


2012/1/10 20:25




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December 24, 2011

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非常に、良い本でした。

感動しました。

とても、勇気づけられました。




人生というのは、
自分が思う様に物事が行かず、
それにより、少なからずショックを受けて、
やる気が、どこかへ飛んで行ってしまうときがあります。


調子の良いときは、ポジティブに物事を考えられて、
普段は普通にこなしていられても、
ある時には、
普段のその調子はどこかへ行ってしまって、
外へ出るのも億劫になり、
気づくと、自分に自信を無くしている様なときがあります。


しかし、そんなときに、
勇気をくれたのが、この本です。


*****

中には、9人の賢者が出て来て、
その9人から、大事な事を、
一つずつ学んで行く、という少年の物語になっています。

(なんと、その少年の名前はサイード。
最近僕が恋している人の名前じゃないですか)


*****

中で、特に心に響いたのは、


「自尊心を高く持つ様に、他尊心(他者を尊敬する心)を、
同じ高さまで高く持て」
というところ。



また、
「人生における全ての経験は、
自分の人生を作り上げるにおいて、
必ず必要なピースの一部となっている」
ということ。



「自分の過ごす一日を、自分の人生の伝記の1ページとして見て、
『この人間だったら、成功してもおかしくはない』と思える様な行動を、取ること。
決して、既に書かれたページを読み返して後悔したり、または、まだ書かれていない未来の空白のページに何が書かれるかを心配して、今日という一日のページの内容を埋めてはいけない」
ということ。



「大事なのは、何になるかでは無く、どの様な人間になるか、であるということ。
今、どの様な職業であろうが、その状態というのは、一時的なものでしかない。
逆に、「どの様な人間になりたいか」を明確にし、それを追求していれば、必ずそこに付随して大事なものは着いてくる。また、それを通して、強い精神力が鍛えられる」
と。



そして、一番大事なのは、

「自分が自分自身にかける言葉こそが、
自分に一番影響を与えるものだ、ということ」




*****

僕は以前、著者の喜多川泰さんに、
2008年に、彼の「君と会えたから・・・」という本を読んで、感動して、
メールをその勢いで打ったら、返事を返して頂いたことがありました。

その当時の日記はこれなんですが、
その頃も、6年間のアメリカ生活に終止符を打つ頃で、
今後の進路が見えず、どうしたら良いのか迷い、
どうしよう、と自信をなくしている頃でした。

その時に、友達からその本を貸してもらい、
その勢いで読んだのですが、
そのときに、今回読んだこの本の存在も知って、
それ以来、「読みたいなあ」とは思いつつも、
手に入れるまではしていませんでした。



今回、今のタイミングで読むことができ、
とても良かったと思います。


******

人生というのは、今までの人生で、
「これはどうしよう」と思う様な問題が起きた時、
最初は、途方に暮れる訳ですが、
しかし、それも、
その問題とやらを、初めて経験するから、
「どうしよう」と思うだけで、
一度それを乗り越えてしまえば、
後でその当時を思い返した時、
「ああ、そういえば、あの頃は、
かなり落ち込んで、『もう人生終わりだ』なんて
悩んでいたけれど、
今考えてみると、まだまだ甘かったな」と、
思えるものです。





そんな風に、
今が辛かろうが、
それは、自分のことしか頭に入っていない証拠で、
一歩引いて、自分のことを見たり、
他の人の人生と比べたり、
更には、この宇宙から、自分を見下ろす様なイメージを持ったり、
または、時代を変えて、今の自分を見たりしてみると、
自分が、いかに視野が狭くなっているかに、
気づくものです。



しかし、物事が上手く行っていない時には、
そんなことも出来ないのが、通常です。


だからこそ、その時には、
ひたすら、自分を信じ込んで、
今回の様な本を読むなりして、
自らが、自分自身を励ますしか無い。


いくら、周りの人が、自分を信じてくれて、
励ましてくれようと、
この本の中にあるように、
自分自身が、自分の可能性を信じられなかったら、
全てが、パアになってしまうのですから。


そして、自分が自分の可能性を心から信じて、
自分に毎日かける言葉を、変えられた時、
その時初めて、自分は、
成功(幸せ)への道を、歩み始めるのですから、


******


とにかく、とても良い本です。

人生に迷った時には、
ぜひ、読み返したい本です。

2011/12/24 22:33




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December 10, 2011

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二週間ほど前に読み終わりました。
僕が最初に留学をしたCollege of the Siskiyousの先輩の、
中村安希さんの著作です。
(僕はこの方とは留学時期がずれていたので、直接お会いした事はありません。)

この方の作品を知ったのは、
僕の2つ先輩に当るアイさんに、教えてもらったのがきっかけでした。
大分前に教えてもらいましたが、
結局読み出したのが10月に入ってからで、
ちびちびと読んで、先日終わった、という状態です。

******

とても面白かったです。
中村さんの約二年間に渡る旅の模様が、
少しずつ、摘出されて描かれています。
彼女の実際の旅の様子は、
ご本人のブログを見られたほうが良いでしょう。

******

本当に色んな体験をしている方で、
国を超える為に、結婚を二度もしたりと、
本当に色々なエピソードが出て来ます。

しかしそこに描かれているのは、
ただの、「旅」ではなく、
この狭い「日本」という社会の在り方に疑問を感じ、
実際に自分の目で、この「世界」を見よう、
と決断をした方が、実際に目にした、
世界の有り様、
人々の生活、
そういったものが、ドライな文体で描かれています。


文体はドライだからこそ、
その時の事実のみをこの本は伝えてくれて、
そこからどう感じるか、
どう考えるかは、
読者に委ねています。

*****

第5章の一番初めの話で、
『イラン「バラ色のジャム」』という話があります。

そこでは、イランの街で招かれた、ある家族と一緒に、
安希さんが食事をしている模様が、
描かれています。


その食事中に、安希さんは、
どうしてこんなにも良い人たちが実際には居るのに、
世界的に見るイランへのイメージは、
非常に悪いものなのか。
そして、その「悪いイメージ」が、
実際に安希さんに食事をくれているこの家族たちの様に、
素晴らしい人たちに対して、割が全く合わない、と話をするシーンがあります。

その時、その家族は、
「実際に、あなたの目で、その国を見て、
それから、その国のことを、判断をしてほしい」というようなことを言ってくれます。

ここを読んだとき、
自分が、エルサルバドルに旅をしたときに、
その首都のサンサルバドルで泊めてもらった、
ミゲールが言ったことと同じことを、思い出しました。
彼も、「まずは実際に、自分の目で見て、その国を確かめてみてほしい」
というようなことを言っていました。

*****


この広い世界。
数多くある国の中で、
自分たちが知っている国は、本当に少しです。
そして、その国に対する「印象」というものも、
実際に、自分の目で見てみて、
その国の人と話をしてみるまでは、
本当の意味で分かった、とは決して言えません。



彼女のこの作品は、
そんなメッセージを、
彼女の膨大な経験の中のほんの少しのエピソードを、
簡潔に書くことで、
読者に、伝えようとしているのかもしれません。

*****

余りにも内容が濃いので、
一気に読んでしまうと、勿体無いので、
ちびちびと読みたい本です。

それから、読み終わった後、
まるで自分が旅をして来たかの様な感覚に陥ります。

オススメです。

2011/12/10 15:22





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June 28, 2011

136

面白い本だった。
凄く面白かった。


羽生さんが、
一年をかけて書いた本。

色々な考えが記されているが、
中でも面白いなと感じたのは、
「繰り返しの大切さ」(ページ92)という章。

加藤一二三(ひふみ)九段という方の話が出て来る。

彼は、「繰り返し」を徹底的に実践していて、
例えば、対局の時期には、
同じものを、昼も夜も、毎日食べ続けるという。
半年間、毎日天ぷら定食とか、
一年間、寿司、とか。

それと同じで、
同じ戦法を、
それこそ何百回と、試し続ける。

相手は、彼がその戦法を使う事を知っているから、
それに対しての戦略が組まれ、
不利になることもしばしば。

しかし彼は、それでもそれを執拗に続ける。

羽生さんは最初、彼の手は不利なだけではないか、と思っていたらしいが、最近は考えが変わったらしい。

つまり、彼は、
「一つの戦法を何百回も繰り返すことで、その戦法の持つ真髄を見極めて、深いところでそれを極めようとしているのではないか」、と。


そういうやり方があるのかと、非常に感銘を受けた。
(食事の例は、純粋に驚いたけど。)

俺も、普段カウンセリングを行っている中で、何度も行っていると、定石というやり方ができて来る。
こう話を組み立てて、
こう持っていくと、必ず決まる、みたいな。

たまに、そのやり方を崩して、ゼロから別のことを試そうと思ったりもするが、
純粋に、自分の得意技を作り、
それを何度も何度も試すほうが、
そのやり方を本当に極められて、
本物の実力が付く、
そう感じることが多い。

だから、この話を読んだとき、
「ああ、そうなんだ」と何だか感心した。

、、、、

それから、もう一つ面白いなと思ったのは、
コンピュータ棋師というのは、
これからさせる全ての方法を、それこそ何万通りと考え抜いて、その上で一番ベストな一手をさす、という考えらしいけど、

逆に、人間は、
経験を積めば積むほど、
次にさすオプションを、一瞬で三手ぐらいに絞り込み、
そこから、その三つで熟考するということ。

つまり、コンピュータは、
何万通りもやり方を「増やす」のに対して、
人間は、選択肢を「捨て去る」。


それは、人間が、経験に基づく「勘」や「感覚」を持ち得ているからであって、
コンピュータがわざわざ毎回、全ての手を考えなくても、
人は、自らの経験より、大事なものを大まかに絞り込むことが出来るからこそ。



この本の題名ともなっている、
「大局観」というのは、
最初の時点で、
最終局を見抜いてしまう、というもの。

その、自分が立てた「仮説」に基づき、
それに現実を近づける為に、動かして行く。


これは、一つ前のレビューで書いたコンサルタントの仕事の仕方に然り、
俺の普段の仕事の仕方然り、
人の人生の生き方に然り、

「一瞬で自らが望む状態を見抜き、
そこに現在を近づけて行く」、ということに通ずるんだなと、非常に深く感銘を受けた。


、、、、、



生きていく上で、
物事はシンプルになっていく。


余計なものを捨て去り、
大事なものしか残らなくなる。

いや、残さなくなる。


それが出来るのは、
経験を積んで、
何が大事か、
何が大事じゃないか、が見えてくるから。




、、、、、

以前、高橋歩の本に、

「たくさんのものを食べるより、一つのものを心ゆくまで味わってごらん。
そうしたら、食べ物の本当の『おいしさ』がわかるから。」
っていう言葉があったけど、
これは、上の、『繰り返し』のエピソードに通ずると思う。

(別に、文字通り『食べる』ことだけじゃなくて、色んなものに手を出すより、一つに集中した方が、そのものの本当の意味がわかる、という意味で)



それから、
「誰かを愛するってことは、
誰かを愛さない、ってことを決める、ってこと。

俺はまだ、何かを捨てるのが恐いんだなあ」みたいな言葉もあったけど、

それも、上の大局観と言っていることは同じだと思う。

「何が大事かを知り、
何を捨てるかを選ぶ」って意味で。



、、、、、、


物事の本質ってつながってるから面白い。


2011/6/28. 9:16am







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May 03, 2011

帯あり。心を整える。軽いデータ。-250x367


長谷部誠選手の、「心を整える。」を読んでいる。

非常に落ち着いていて、
読んでいて、気持ちがいい。


俺は、サッカーを見ないので、彼の存在も殆ど知らなかった。
ただ、先日の日経新聞の本の広告のところで、彼のこの本が紹介されていて、項目別に、五十くらいの事項があった。

そこに、
「運は口説くもの」とあった。

先日、月末の2日間、俺は勝利の女神の存在を久しぶりに思い出して、彼女の存在を信じて、仕事に取り組んでいたんだけど、
思い返してみたら、彼のこの言葉がきっかけとなっていた。


彼のこの本には他にも、
「必ず毎日、三十分、1人になって心を静める時間を取る」や、
「遅刻が全ての努力を台無しにする」
「読書ノートを付ける」
「好きなものにふれる」
「1人温泉に行く」

など、共感することが非常に多かった。

本を読み始めたとき、彼は結構年上かと思ったら、俺と同い年だった。

なんだか、凄く落ち着いていて、読んでいて、「もう1人の自分」として見習うところが沢山あって、非常に勉強になるし、
何しろ、この本のタイトル通り、心が静まる。


本は、普段は会うことのできない人々とも、対話することができる。
本を読むことで、
より多くの考え方、見方が学べ、自分の中身が耕される。


また一つ、良い本に出会ったなと、思う。

2011/5/3. 0:34



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April 30, 2011

ジョージ・W・ブッシュの、
「私の履歴書」が、今月の日経で掲載されていた。

久々に、毎日興味を持って読める読み物ができて楽しかった。

最初の頃は、彼の生い立ちとか、知らない一面が書いてあって面白かったけど、
段々と、9/11以降の事件に対して取った、彼の一つ一つの決断に対する気持ちと、その決断に対して、「私は今でもこの決断を自賛している」的なコメントが多すぎて、途中からウンザリして来た。

読んでいて思ったのは、彼は、
「戦争ベースで物事を考える」ということ。

父親のジョージ・ブッシュの影響もあるのかも知れないが、9/11が起きた辺りから、まるで自分の決断を、「その時の状況からして、どの大統領であろうと、こう決断するしか無かった。その立場に、自分がたまたまいた」的なニュアンスが感じられて、読んでいて気持ちよく無かった。


今日の最後の記事でも言っていたが、「歴史とは、評価されるのに時間がかかる。最初に批判されていた考えも、時が経つにつれて、後から評価へと変わる。
自分にとって本当の評価がされる頃、自分はこの世には生きていない」的なことが書いてあって、
結局は、負け犬の遠吠え的なニュアンスが感じられるのも否めない。

まあ、一つ言えるのは、ジョージ・W・ブッシュは、人間的に好かれるタイプだということだよね。
アメリカでもさ、中西部のレッドネック、カウボーイたちには、めっちゃ好かれるからね。


要するに、「古き良き、しかし頭を余り使わずに、すぐに手を出して、すべてを収めようとする、ガキ大将的なアメリカ」のオーラをバンバン出しているんですよね、ジョージ君は。


******


でも、自分が今まで生きてきた時代の歴史を振り返られる、という行為は、非常に楽しいものです。


2011/4/30. 9:02am



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March 21, 2011

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3月18日から読み出して、
毎日ちょこちょこ読んで、
今日読み終わった。

「アルケミスト」を書いたブラジル人作家、
パウロ・コエーリョの作品。

先日本屋で、彼の新作、
「マクトゥーブ」を見つけて、
その巻末のところで、
彼の他の作品の名前を目にして、
「ブリーダ」という作品が気になっていた。

先日成田図書館に行った際に、
ブリーダを探している時、
この本も同じ棚に目にした。

この本自体も、
初めてアルケミストを読み終えた
2006年くらいから気になっていたので、
ブリーダと両方借りて来たが、
先にこれを読み始めたので、そのままの流れで完読した。

*****

前置きはこれくらいにしておいて、
肝心の本の感想に関して。

まず、
パウロコエーリョ独自の、
その物語特有の世界観が描かれていた。

彼の作品では、
その登場人物が数人いる中で、
必ず全ての人物の主観から、考えや物事を
書き進めることが多いので、
その作品に登場する人物の数だけ、
より多くの人の見方、考え方を学ぶ事が出来る。


この作品は、世界のどこかにある、
ヴィスコスという小さな村にて、
ある異邦人がやって来て、
その男が持ちかけるある話により、
題名にも名前の入っている、シャンタール・プリンという名前の女性が、
自分の中に眠る善と悪の葛藤に苛まれながらも、
村をどう救うか、
という葛藤を中心に置きながら、
登場する多くの人の心の葛藤に焦点を当てた作品である。


この作品のテーマは、「悪」。
彼も最初の前書きで語っているが、
1994年の「ピエトラ川のほとりで私は泣いた」、
1998年の「ベロニカは死ぬことにした」
に続き、3部作目となる。

1作目の扱ったテーマは、「愛」について。
2作目は、「生と死」について。
で、この作品は、「善と悪」について。


彼の作品は、
毎回、「善と悪」なり、
カトリックの教えなり、
「神」や「天使、悪魔」なり、
そういったものが主要のテーマに成ってくるわけですが、
今回も、多くのエピソードが盛り込まれ、
読んでいて、その世界にのめり込む事ができれば、
非常に面白い作品だった。

*****

彼は、「信仰」というものに、
信じる心と、それ以外にも、
それを疑う心の、二つを持ち合わせて、
常に作品を描いていく。

彼の生まれたブラジルは、
カトリックが多い訳だけれど、
だからと言って、キリスト教の教えを盲目的に描くのではなく、
それを逆サイドから疑うことも持ってくるし、
世界中の他の宗教を持ってくることもしばしばある。

彼の作品は、扱っているテーマが重い事から、
一件、重苦しく、宗教じみた作品になってしまい易いこともあると思うが、
それでも、そうならずにバランスを保つ事ができているのは、
彼の中に、
「一つの宗教は、この広い世界の中にある、
一つの考え、またはものの見方であるに過ぎない」
ということを分かった上で、そういった作品を書いているからだと思う。


(例えば良い例として、
「アルケミスト」の中で、
主人公を含めた一行が、砂漠を何日もかけて
横断するシーンがある。

そこで、その一行をまとめるリーダーが、
全員に対して声をかける。
「それぞれが、
自分の信じる神に、お祈りをしてください」と。

この文章を読んだ時、
俺は、アメリカにいて、少なからず、
周りにはクリスチャンが多く、
ジーザスだけが絶対なんだ、
という考えに辟易して、そういう一方的な押し付けがましさに
反発をしていた頃だったから、
彼が、作中にて、このように
「それぞれの人には、それぞれの信仰や宗教があり、
お互いの信じるものを敬う(今風に言えばリスペクトする)」
という態度に、非常に感銘を受けたのでした。)

*****

日本にいると、そういった世界に触れる事は少ないし、
(一般的な日本人の生活に、
宗教を通した”信仰”というものは、根強くついていないから。
それは、他の国に比べて、という意味で)
また、彼が作中に良く持ち出す、
スピリチュアルなメッセージにも、
日本では、そういった感覚に触れる事が、
余り無いと思う。

だが逆に、世界を旅したりしていると、
そういうシンクロナイズ的なメッセージや
機会に触れる事は多くなり、
そんな時に、彼の作品を読むと、
よりすんなりと、彼の作品の世界観が
体にすっと、染み込んでくることが多い。
少なくとも自分の場合は。

****

今回の作品も、
「善と悪とは何か」
「天使と悪魔とは何か」
「人生においてのメッセージとは何か」
「人は、どのように心が弱くなったり、強くなったりするのか」
ということを、深く掘り下げていて、
非常に面白かった。

次は、ブリーダを読んでみたい。

*****

一つ文句を言うならば、
この本を訳した旦啓介(だんけいすけ)氏の文体について。

殆どの外国の作品の翻訳というのは、
直訳に拘っているのか、
どうも、「文章の流れ」というものが欠けていることが多い。

要するに、読んでいて「読みにくい」。

最近村上春樹の本ばかり読んでいるからか、
そして、俺が村上さんの本が好きな理由は、
その作品の世界観よりも、
その文章の「読み易さ」に重点を置いているからか、

他の作家の作品を読んだり、
特に、こういう、外国作品の翻訳作品を読むと、
その文章の流れの無さに、
読んでいてガッカリしてしまうことが多い。

イメージで言うと、
村上氏の文章は、
「一つの綺麗な球体」というか、
表面がすべすべした、
流れる水のようなイメージなんだけれど、
こういう翻訳本だったり、
本の中身は良くても、
「文章」自体がヘタクソな作家の文章は、
文がトゲトゲしているというか、
その文体に自らを慣らさないと、
中々読み進めるのが難しい。

イメージ的には、
ささくれ立った、所々にある岩を、
タンクローリーで、一つ一つ押しつぶしながら読んでいる感じ。

もしくは、その作品の世界観に、
完全に没頭するしかない。
そうでもしないと、すぐにそのトゲに気が行ってしまう。

*****

今回、パウロコエーリョさん自体には
それは関係無い問題なので、
この作品のレビューには関係ないのですが、
ただ、訳と、その文章の文体が余り上手くないという理由だけで、
一つの良質の作品が、
ベストセラーにも、
または、駄作にもなってしまうというのは、
一人の作家が、自分の作品を、
自分の母国語以外の国で売るに当たり、
毎回直面する問題だと思う。


または、読者自身が、
その作品のオリジナルの言葉をマスターして、
その母国語のままで、その作品を読めるのが一番なんだけどね。
(俺はポルトガル語を読めませんが。)

*****

とにかく、
読むのにちょっと時間はかかりましたが、
とても面白い作品でした。

パウロ・コエーリョの持つ、この独特の世界観が好きです。


2011/3/21 22:49



追記;
彼の作品で、今まで読んだ作品。
年代順に。

『星の巡礼』(O Diario de um Mago、1987年)
『アルケミスト - 夢を旅した少年』(O Alquimista、1988年)
『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』(Na margem do rio Piedra eu sentei e chorei、1994年)
『第五の山』(O Monte Cinco、1996年)
『ベロニカは死ぬことにした』(Veronika decide morrer、1998年)
『悪魔とプリン嬢』(O Demonio e a srta Prym、2000年)








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March 17, 2011

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久しぶりに、もの凄い勢いで読み終えた本だった。
彼女に紹介され、読み始めた。

先日彼女と川崎の本屋に行った際に、
彼女がずっと探していたというこの本を店員さんに探してもらい、
彼女は先日、地震が起きた日に読み終えた。

この本が余りにも面白くて、もう少ししたらシャワーを浴びようと
思っていた所で、
地震が来て、そのまま外へ逃げ出せたので、
この本が、助けてくれた、とう要素も少しはあるのかもしれない・・・・

*****

この本がどんな本かは、
ぜひ皆さんに買って読んで頂いて欲しいが、
一番大事なメッセージは、

「神は、あなたの一部であって、
あなたの中にあり、
あなたは神であり、
かつ、神はあなたであるということ。

人は、この世に生を授かるとき、
この世の中で解決、そしてそれを通して成長するべき課題を自分に課せて、
自ら、この世の中に生まれ落ちていく。

人生の中で、一番の目的は、
自分が生まれ落ちた理由を感じ取り、
それに気づき、
神の力を借りて、
自らの可能性を、最大限まで発揮すること。
(元々自分は神の一部であるのだから、
神の力を”借りる”というよりは、
元々持っていた”自分”(=神)の力を
発揮できる様にする、という方が相応しい。)

自分の人生で、数々の災難、困難、理解不能な事など、
色々な事が起きるが、
それは全て、意味があって起こる。
自分に、本来の人生に軌道修正をする為に、
それらが起こる場合もあるし、
または、周りの人に、
その人にとって重要な意味を持つことを起こさせる為に、
自分に災難が降り掛かる場合も、ある。

しかし、基本的には、
自らと対話する時間(それが、神の声を聴く時間)
をしっかりと取り、
自らの魂が求める方向へ、
自分の歩みを進ませて行くこと。
それが、自分がするべき
一番重要な事。
この世界に置いて。」

という内容。

******

俺は、こういうスピリチュアル的な本が好き。
こういうのを、スピリチュアルというのは、
まるで、”目に見えないもの”を信じるのは、
怪しい、というような、
近代の世界の常識に捕われた既成概念があるから、
そういう言葉で一まとまりにするのかもしれないし、

または、宗教にこういうものを利用して、
人々を操る為に、それらの”目に見えない世界”
が悪用されるから、というのもあると思うけど、

そして、俺は基本的に、
”宗教”は一切信じないけど、

しかし、こういった、
宇宙の本質というか、
”物事の本質”に迫る内容のものは、
基本、信じる。

この本のイントロダクションに書いてあるけれど、
この本を出した編集部の方が、
この本を知ったのは、
なんと、パウロコエーリョの「アルケミスト」
を訳している、山川夫妻だったそうな。

この山川夫妻は、
「聖なる予言」も翻訳している。
(俺が23歳の冬に、中米を旅した時に読んでいた本。)

2008年に日本でもめっちゃ流行った、
ロンダ・バーンの「ザ・シークレット」も、
彼ら夫妻が訳している。

何度も何度も読み返した、
本田健の、「ユダヤ人大富豪の教え」にも、
これと同じメッセージが隠されていると思う。


*****

俺は基本、宗教は信じないと言ったのは、
どうしても、そこには、
人をコントロールしようとする、
人間のエゴが隠されているから。

しかし、そんな”宗教”だが、
元々各宗教を開いた人々は、
何か重要なメッセージを伝えたくて、
それらを人々に伝え始めたに違いない。

そして、世界至る所にある、
何種類もの宗教。
そこには、必ず、共通したメッセージがある。

それが、上に書いた内容のこと。

*****

ここで宗教について語るつもりは無いが、
とにかく、この本を読んで、
非常に高揚した。

この本で凄く気になったのは、
人間の人生において、
女性と男性の違いや、
成長する年齢が、具体的な数字で書かれていた事。
(人は、20代までは、若い子供の精神でいて、
30代から、本格的に大人の精神になるということ。
そして、28歳から30歳で、大きく変わるという事。
俺は今年28歳になるので、
何か嬉しかった。
他にも、30歳で神様が与えてくれる力と、
42歳で神様が与えてくれる力もある、とのことだった。
(その力の例えが可笑しすぎて爆笑。))


また、この本の本当に良い所は、
凄く大事なメッセージが凄く沢山入っているんだけど、
基本は、「ギャクコメディ」になっている事。

出てくる神様はおかまだし、
神様が主人公のクロードに、
人生の真実の一部を教えるシーンでは、
全ての例えがおかまだし、
読みながら、
「おお、おお、次はどうなるんだ!?」と読み進めてしまう真面目さと、
同時に、至る所でギャクが出て来て、
吹き出してしまうその微妙なバランス。

それが何とも読んでいて心地よかった。

****

本格的に、涙あり、笑いあり。
そして、感心させられる要素多々あり。

ブログにこういう事を書くと、
表面的な文章だけすくって、
「考えが浅い」とか言われることがあるので、
余りこういう事を書くのは嫌な時期もあったけど
(俺が20代前半の頃かな)
今は、純粋に、
俺はこういう事を信じたいと思うし、
純粋に、「良い本」でした。

おすすめです。

2011/3/17 17:56





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July 16, 2010

『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』


面白い本だった。

印象に残った言葉。

「外見は、一番外側の中身」

この例で、例えば Ipodの話が出ていた。
MP3プレイヤーで、一番美しいフォルム。
Macもそう。
見た目から入る。
しかし、パフォーマンスも良い。

人は、見た目の良いものに、まずは目を惹かれる。
いくら中身が良くても、
外見で目を引き付けられなければ、
その良い中身さえも、見てもらえない。


これは、人にも言えると思う。
「外見なんて関係ない」という言葉を使う人の心理には、
2つあると思う。

「一番大事なのは、中身だ」ということと、
「俺は、見た目がかっこわるいから、
全然気にしない。中身だけよけりゃあいいんだ」
という、半ば外見を捨て去る態度。

前者の方は、誰にも言えると思う。

後者の方は、良い意味で、外側を気にしない、
という潔さなら良いが、
「中身だけが大事」と言って、
逆に、外身の身だしなみや清潔さを、
捨て去って、気にしない人も出てくる。
(俗にいうオッサン)

そうなってしまうと、全然本質とかけ離れてくると思う。

人間でいう「見た目」は、
もともとの顔や体の作りなどの、「かっこよさ」ではない。
いかに、その人が、
自分が持ちうる素質を生かして、
それを最大まで魅力的に見せるかという、
その「意識、努力」に、
本当のかっこよさが、外見に現れてくる。

それは、常に清潔に自分を保つ事かもしれないし、
外見を気にかける、という、意識、行為からくるものかもしれない。


そんなことを、この言葉から考えた。


*****

それともう一つ面白かったのは、

「どんな分野で活躍する人でも、
一つのことを極めた人は、
同じものを見ている。
本質を見ている。」ということ。

「突き抜けると、本質が見えてくる」と。

「”何か”を追求して求め続けると、
どこかである一線を突き抜ける事ができ、
今まで見えなかった本質の世界が
見えてくるのだと思います。
どのようなジャンルからのアプローチでも、
その本質世界はつながっていて、
どなたもある同じ風景を
見ているような気がするのです。」
(154ページより抜粋)



だから、どんな分野でも
極めた人は、
人間として、面白いし、
人間として、非常に濃い人間になるのだと思う。


この章でも、
佐藤さん自身が、
アートと、音楽、
そして、スノーボードに、
繋がりを見つけた話が載っていた。

スノーボードでは、バランスを取る。
その「バランス」が、
人生の何の分野においても、
非常に大事な事。


*******


こういう、本質をついたことを考えたり、
読んだり、
話したりするのが、好き。


2010/7/16 16:43


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March 03, 2008

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喜多川 泰(やすし)さんによる、「君と会えたから・・・」という本を読んだ。
この本は、今ステイさせてもらっている家のY君から薦められた。

この本の中に、
「自分が必ず成し遂げたいと思うことは全て叶う。それが必ず叶うと信じ、情熱さえ持ってトライし続ければ、必ず叶う」という様なくだりがあった。

そこのところをY君は薦めてくれたのだけれど、目次をめくるととても興味深かったので、結局数時間で読み終えてしまった。

***

この本に、ずいぶんと元気付けられた。
最近、やたらと自分に自信を失くして、勇気を失っていた中、
ずいぶんと勇気付けられた。

そこに、こう書いてあった。


「手段を、目的とするな」


例えば、北海道に行きたい人がいる。
その人は、北海道まで飛行機で行こうと決める。
しかし、飛行機のチケットが取れなかった。

そんな時、多くの人が、「飛行機に乗れなくなった」という理由だけで、
「北海道に行く」ということまで、諦めてしまう、と。

いつの間にか、北海道に着くまでの手段でしかなかったことが、
目的と変わってしまっていた例の話。


俺はいつの間にか、これをしていたかなと思った。
自分の理想とする人生像を描きあげて、
それぞれのステップに達する手段を書き、
その手段がうまく行かなくなってしまったから、その後に繋がるステップたちは、
全て、ダメになってしまっていた気がした。

気づいてなかったけど、そんな風に考えていたと思う。無意識的に。

金がないとか、
仕事がないとか、
自分の本当にやりたいことが分からないとか、
そんなことを理由に、自分の将来に希望を失くしてしまっていた。勝手に。

***

それから、もう一つ。
この本の中に、まず、自分が人生で必ず成し遂げておきたいことを書き出す、
「一つ目のライフリストを書き出す」
というステップがあるのと同時に、
その後に、
「自分が何を他の人にしてあげたいか」という、
「二つ目のライフリストを書き出す」
ということが書いてあった。

俺は、ずうっと、最近は、
「自分が人生で何をしたいか」
ばかりは考えていたけど、
「自分が他の人に何をしてあげたいか」
は、全く考えていなかったことに気づいた。

やれ、金がない、貧乏だ、家がない、
仕事がない、目標がない、これからどうしよう、
そんなことに気を取られ、
自分のことしか考えてなかった。
誰か、他の人に、何をしてあげよう、
そんなことは、微塵も考える余裕もなかったな、と、
気づかされた。


自分が、他の人に、何が出来るか。
自分は、誰に、何をしてあげたいか。
今出来ることは何か。

それらを考えたら、なんか、自分の頭の中を引っ繰り返されたというか、
思考を180度変えられた。
大事なことに、気づかされた。

*****


そしてもう一つは、
「人生において、唯一決まっていることは、
 人はいつか死ぬということ。
 それ以外は、何も決まっていない。
 自分次第で、何でもできる」ということ。

いつからか、自分に制限をかけていたこと。
自分の可能性を信じることをやめて、
勝手に作り上げたよく分からない恐怖と不安ばかりに苛まされる日々を送っていたこと。

それに気づかされた。

*****

そして最後。
「自分のコンプレックスや、心の傷、全てが、
 輝く魅力となるような、人間的魅力を持つこと」。

イメージとして、自分の中に、輝く灯りが入っているようなイメージをする。
そして、それが明るく輝き、自分の傷やコンプレックスなど、
欠点と思える「穴」から、その光が輝きだすイメージを持つと。

傷や穴が大きいほど、その光は外に漏れ、自分は魅力的なものとなる。


そのイメージを持ってみたら、ずいぶんと自信が出てきた。(←単純ですな)


***

とにかく、最近自分を信じることを失っていた自分に、
この本は勇気をくれたわけです。
多分、この本の主人公が18歳(高校3年)で、
ちょうど進路を悩んでいたのが、
今の自分の状況に当てはまったからかもしれないね。

自分は留学して、6年経ち、
また振り出しに戻るようで、俺はこれから何をやってけばいいんだろうと、全く分からなくなってましたが、
それは言ってみれば、これからいくらでもチャンスはあるってことですね。
何でも出来る未来が待ってるってことですね。

6年前も、ただアメリカに行きたいという思いだけでこの土地に来たわけで、
結局、この6年間、色々な経験をさせてもらって来たわけで、
これからの人生も、先は全く分からないけど、とにかく踏み出して、目の前のことに真剣に取り組めば、気づいたときに、必ず何か成果が出来てるんだろうなと。

そう、思わせてくれたわけです。

いい時期にいい本を読みました。

終わり。

03.03.08 12:10AM





shunsukesekine at 00:10コメント(2)トラックバック(0) 

September 24, 2006

どっかの映画にあったようなこのタイトル。
別にパクッたわけではありません。
ただ、今夜の自分の考えていたことを書こうと思ったら、この言葉がすっと頭に浮かんで来たわけです。


今読んでいる本、「アルケミスト」。
パウロ・コエーリョというブラジル人によって書かれたこの本は、自分が今年の夏、旅の間に考えていたこと、そして、なんとなく気付き始めたことが、そのまま書いてあり、ページをめくればめくるほど、驚きと嬉しさの連続という本だ。
あと半分くらいで終わってしまうのが、何となくもったいないが、しかし、早く最後まで読みたい。そんな心境。

この本に書いてある、様々な人生の知恵。
共感することばかりだが、そんな中でも、今の俺が特に大事と思ったこと、一つ。


199999275001



主人公のサンチャゴが、砂漠を超えるシーンにて。
そのとき砂漠では、部族同士の戦争が起きだして、夜は敵から身を隠すために、火も焚くことができない。人々は先の見えない日々に疲れ、落ち込み、喋らなくなる。自分たちと共に行動しているラクダのうなり声は、以前は全く気にならなかったのだが、今は人々はそれを恐れてしょうがない。なぜなら、それは敵の襲撃を意味するかもしれないから。
そうやって、皆がみんな、無事にこの砂漠を超えられるのかどうか、そして、オアシスにたどり着く事ができるのかどうか、また、部族同士の戦争に鉢合わせしないかどうか毎日心配しているところで、あるラクダ使いは、あまり戦争のことを心配していないことにサンチャゴは気づく。

そのラクダ使いは、ある晩彼に言う。
自分は、今を生きている。過去にも未来にも生きていないと。
だから、その時、目の前にあることにいつも集中する。
彼は言う。
人生とは、私たちが生きている、今この瞬間だと。

そして次の日、みんなが待ち焦がれたオアシスを、地平線の向こうに発見する。
みんなが浮かれて騒ぐ中、サンチャゴは一人静かにたたずむ。
彼は、この後も、さらに先にあるピラミッドまで行くために、進んでいかなければならない。
今は目の前にオアシスがあるが、この瞬間も、いづれは思い出となり、また、苦しい日々が続くことを、彼は知っている。
しかし彼は思う。
大切なのは、今という時間であること。
そして、過去の教訓と、未来の夢と共に生きたいと。
今目の前に広がるナツメヤシの風景は、いつかはただの思い出となってしまうが、今は、それは実際に目の前に広がる、日陰であり、水であり、そして戦争からの避難場所であること。

このパートを読んで思った。
「今」を生きることが、「今」に集中することが、いかに大事か。
過去のことにいつまでも捉われて、それを引きずりながら生きることは良くない。
それは、過去に生きていることであり、心は、過去へ飛んでいる。
また、未来のことばかり心配し過ぎるのも良くない。
実際に起きるかも分からないことを心配しすぎる余り、心は未来へ飛んでいて、今目の前にあるものを、心から楽しむこと、感じること、感謝することができないからだ。

やっと気付いた。なぜ、旅の思い出は、こうまでも鮮明に、いつまでも自分の頭の中に残っているのか。
それは、旅の中では、瞬間瞬間が、新しい「今」の連続であり、
その瞬間は、もう二度と帰ってこないことを、体が知っているから。
だから、その時見る景色、感じる匂い、耳に入る音、
その時に会える人、話している内容、感じている気持ち、
全てが、“その時だけ”と知っているから、全てを楽しもうとする。
そして、常に、「今」に集中しているのだ。
その瞬間瞬間を忘れまいと思うが故に。
だからこそ、その時の思い出というのは、一生残る。
心をそこに集中させ、その瞬間を楽しんでいるからこそ、その時の印象は鮮明に頭に残り、後で思い返しても、それをまた思い出すことができる。

同じことが、日常生活でも言える。
誰か自分の好きな人と一緒に時を過ごしているとき。その瞬間を、すごく楽しんでいるとき。
そんなとき、その時の思い出というのは、いつまでも覚えている。
「あの時は楽しかったなあ」と。

逆に、後で思い返しても、特に何も思い出せないとき。
そんなときは、その時、心がどこかへ飛んでいたことが多い。
過去を思い返して、懐かしんでいたり、後悔していたり、
または、これから先に起こる未来のことを想像して、ワクワクしていたり、もしくは、不安になっていたりと。
そうやっている時、自分の心は、「今」を楽しんでおらず、どこかへ飛んでいる。
だからこそ、その時を精一杯味わっているとは言えないのだ。
そして、その時を後で思い返して見ると、「あれ、俺あのとき何やってたっけ?」となる。

自分はどちらかというと、未来に心を飛ばしすぎる傾向がある。
未来を先に読もうとする余り、常に先のことを考え、そのシュミレーションをしている。
それ自体はいい。しかし、無駄なのは、未来のことを心配すること。
心配は、所詮、心配。それが実際にその心配通り起こるかどうかは、その時になってみないと分からない。
実際にそれがそこで起こったならば、そのとき、いざそれを打破する行動を起こせばいいだけ。もし、それが起こらなければ、それはそれでいい。そして、その時、心配をしていた自分の労力は、無駄だったことに気付く。
だからこそ、未来を読むことはするが、それを心配することは意味がないこと。
それよりも、今をしっかり生きること。

例えば小さな例で、飛行機に乗り遅れそうだとしよう。
遅れたらどうしよう。車の渋滞があったらどうしよう。バスが時間通りに来なかったらどうしよう。
しかし、その時の心配は、全て心を不安にさせる以外は、何もいい効果をもたらさない。逆に、焦らせて、余計に無駄な事故や、災害を呼び起こすだけだ。
それよりも、まずは今できることを考える。車を確実に、そして安全に運転する。バスが来るまで、今の時間を有効活用する。
そして、実際に飛行機に乗り遅れなかったら、それはそれで一軒落着。
もし遅れても、まあ、そこで初めて、その状況を乗り切る頭に切り替えればいいわけだ。
ま、最初から、後れないように、早めに出るのが一番なんだけどね。笑
それが、“先を読み、あらかじめ賢く行動を起こすこと”。

しかし、自分の力ではどうにも先が読めないこともある。
それは、旅の途中、または、見知らぬ土地を歩いているとき、そして、新しい環境に入ったときなど、先が予測できないとき。
そんな時はやはり、「今に集中する」ということが大事になってくる。

試しに今晩、遅れそうだった友達のライブ会場まで車を運転する間、
いつもなら少し焦って車を急がせるところ、今回は、「今を生きよう」と思ってみた。

すると、今まで焦っていた気持ちはどこかへ消え、今、目の前にある景色に集中するようになってきた。
すると、今まで気付かなかったことに気付きだす。ロングビーチの、夜の景色。自分の周りを走る、他の車。
そういうものが、クリアに見え出し、余計集中力が高まる。事故を起こす確立は、確実に減っていく。
同時に、今この瞬間に、こうしてアメリカで運転できること。毎日生活できていること。友達のライブを見にいけるという、この幸せ度。
全てに気付き、改めて感謝し出した。
ニュースを聞きながら、タイのクーデターの状況や、日本の新しい首相のことを考える。
色々なことに思いを巡らす。
もしライブに遅れる事を心配していたら、その事しか頭に無かっただろう。

そして、気付くと、無事にライブ会場に着いている。
ライブは、今始まったところ。丁度いいタイミングじゃねえか。
心配しなくてよかったし、心配していたところで、その労力は無駄に終わっていただろう。そして、もし心配していても、心が焦っていて、事故を引き起こしたりして、余計遅れていたかもしれない。

そんな、小さなこと。
今現在に集中し、今を生きるということ。
それをするだけで、いかに一日が濃くなり、人生が濃くなり、
鮮明な思い出が増え、その時を楽しむことができるようになるか。

心の持ちようで、全ては変わってくる。
そんなことを、この本は教えてくれる。

9.19.06











shunsukesekine at 03:13コメント(2)トラックバック(0) 
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