ノンフィクション

July 27, 2014

20090730G041

2007年6月オリジナル発行。

ベルマーレ平塚を出てから1998年にペルージャへ移籍した後、
2006年夏のW杯で引退をするまでの8年間に焦点を当てたもの。

・・・に、なるべき本だったらしいが、
そして、前作の『鼓動』を書いた同じ著者である小松氏に、
中田の事務所の代表者次原が、
「中田が海外に移籍してから今日までの8年間、どの様な人生を過ごしたのか。そこを後世に残す記録として書いて欲しい。中田の集大成を綴って欲しい」と、
中田の引退を次原が小松に告げたその日に次原から頼まれて、この本を書くに至ったという事だが、

実際の内容は、殆どが2006年のW杯を客観的に追いかけた小松氏の目線からの話となり、
8年間の海外での様子は殆ど書き綴られていない。

『鼓動』も今併せて読んでいるが、
そちらの方は、実際にその場にいなかった小松氏は、まるでそこに居合わせたかの様に当時の情景、様子を物語として描いている。よって、著者の存在を気にせず、中田という人間の動きを垣間みることが出来る。

しかし、本作は、どうしても著者の我が出過ぎてしまっているというか、
引退を告げられてからショックを受け、実際に中田が引退をするまでに自分がどれだけ心の整理が必要だったか、
自分は今までジャーナリストとして、どれだけ中田という人間に魅力され、追いかけてきたか、
そこを、押し付けがましくはないにしろ、読者に結果的に強要せざるを得ない形となっている所が残念。
読者としては、彼女がどれだけ中田と近しかっただろうが、そんなことは関係ない。
この本を読みたい理由は、彼女が如何に中田を理解しているか、では無くて、
「中田」という人間の人生記を読みたいのだから。

*****

それでも、中田という人間が、2006年ドイツW杯で、どの様な思いで戦っていたのか、
それを知るには良い本だと思う。
(ただ、この本が余りにも中田よりの意見すぎる、という声も少なくは無いが。)

*****

ちなみに、一番最後に名波浩の解説が数ページだけあるが、
彼の飾らず、純粋な文章が、
一番心に響いた。

2014/7/27 14:58



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May 13, 2012

20110726G216


水泳、ブレスト(平泳ぎ)の選手、
北島 康介選手の本です。


この本は、先週図書館に行った際に、
この本が前の方に紹介されていて、
「お、この本、去年本屋で見かけてちょっと気になってたよな」と、手にしました。



全く期待せずに読みましたが、
学ぶ事が沢山ありました。


*****


北島選手には、
俺は、個人的に勝手に「近いヤツ」という感じで見ています。

それは、俺と同じ平泳ぎがスタイルで、
かつ、俺と歳が一つしか変わらないからです。


俺は、高校時代に競泳部に所属していましたが、
そして、県レベルでみたら、全然速く無かったので、
県の大会にも行けませんでしたが、
俺の同期で、県大会に行った奴らが、

「何か、ブレストで、すげえ伸ばしてんのに、
二位に5メートル以上思いっきり差をつけて、
ゴールしているヤツがいた」

と、話題になっていました。



その、「流しているのに、余裕で一位になっていたヤツ」
こそ、北島康介です。

(ちなみに、2000年頃の話です。)

*****


よって、彼が2008年の北京で、
見事100メートルと200メートルで金を取った時には、
「うおお!やっぱりすげえ!」という気持ちと同時に、
何だか、身内が活躍しているような、
そんな気分でした。


なので、今回も、
あえて、身内の本を読むというか、
「別に、彼の本をわざわざ読むまでもないんじゃない」
という風に見ていました。

すみませんね。

*****



しかし、この本を読んで、
彼に対する見方が変わりました。


正直、彼はインタビューの際に、
「チョー気持ちいい!」
とか、
「何も言えねえ」
とか、
「お前は頭がワルいのか」
と突っ込みたくなる様なコメントしか残していなかったので、
「余り頭が良くない人」
として、俺の中では勝手に判断していましたが、
(本当にすみません。)

この本を読んで、
「ああ、この人は、努力の人なんだな」
と、尊敬の念に変わりました。


ただの「ちょっとアホっぽい身内」から、
「尊敬できる先輩」
に、なった感じです。


(それでも、中田英寿やイチローのように、
遥か遠い所にいる人、
という感じはしない。
きっと、同じ平泳ぎだからでしょうか。)


******



彼は、この本の中で、
自分の体のコンディションを、
しっかりと感じて、
調整することの重要性を説いています。


朝起きた時に、
少しでも頭痛を感じたら、
それがどうしてなのか、
原因を突き詰める。


水泳選手は、
24時間、365日、
いつドーパミンの抜き打ち検査が入るか分からないから、
簡単に薬も飲めない。


*****


また、大会のその日に合わせて、
コンディションを、ぴったりと合わせて行く。


もしも大会の日が一週間でもずれれば、
記録は大幅に変わってしまう、
それくらい、慎重に調整をして行く。


*****


水泳は、陸上で調子が良くても、
水中では調子が悪い時もあるし、
その逆もある。

しかし、水中でも、陸上でも、
両方で調子が良いとき、
そして、その自分の感覚が当たる時しか、
本当に良い記録は出ない。


*****


平泳ぎは特に、
他の泳ぎに比べて、水の抵抗が大きい泳ぎのため、

また、水泳自体が、
水の抵抗を如何に減らすかの競技のため、
当日のコンディション、
メンタル面、
技術、
スタミナ、
そして、競技中の一かき一けりまで、
指の先まで、神経を研ぎすませていないと、
タイムが大幅に変わってしまう。



*****


そして、
水泳は、サッカーや野球とは違い、
その練習量に対して、
自分が脚光を浴びられる瞬間が、
余りにも少ない。

(日々の6時間近い練習を、四年近く続けた結果が、
レース時の一瞬のミスで、
水の泡と化してしまう。)



*****


そんな風に、
同じ水泳選手(元)として、
読んでいて、非常に熱くなる部分が多くありました。



また、彼が言っていた事で、
非常に同感したところ。


それは、「休みとサボるは違う」ということ。


自分がどういう状態で、
ベストのコンディションでいられるのかを、
きちんと把握して、
休みが必要な時には、
きっぱりと意識をして休む。


彼は、2008年の北京のあと、
今後の自分の人生をどうするのか、
一年近く迷います。


その時、LAのUSCで練習に参加するわけですが、
ある日、
「俺は、もう一回、水泳選手としてやって行こう」
と心が決まります。


しかし、ブランクが長かったため、
毎日の2回の練習に付いて行けない。


付いて行く事はできるが、
疲れが次の日になっても抜けず、
次第に、
「一日2回の練習をこなす為に、
体力をセーブして泳ぐ」
という、本末転倒の事態になります。




そこで彼は、自分のコーチに相談するわけですが、
アメリカ人のそのコーチは、
「だったら、一日一回の練習にすればいい。
2回を無理してやって、中途半端になるよりも、
1回を本気でやった方が良い」
と、アドバイスをしてくれます。



それまで北島は、
日本式の、
「一日2回の練習で、6000メーター以上泳いで、
やっと最低ライン」
という考えにとらわれていた為、
そのアメリカ人コーチの教えに、
一瞬ビックリするわけですが、
それを試してみるわけです。



その結果、タイムは上がり、
結果も出て来ます。


*****



この辺は、俺の小学校〜中学時代のコーチ、
白井コーチと、
高校時代のコーチ、
星野コーチのことを思い出します。



二人とも、

「メリハリをつけろ」
「休む時は、水泳の『す』の字も一切考えない」
「やる時は、とことんやれ」

という事を、俺に教えてくれた人です。

(まあ、俺は、常に全力でやってしまい、
余り「休む」ということが出来ない質なのですが。
これに関しては、北島もこの本の中で触れていた。

「真面目で毎日の練習をコツコツやる選手ほど、
本番で実力が出せない。
それは、自らのゴールを、
少し頑張れば達成できる所に置いているから、
それを意識しすぎて、力みすぎてしまうか、
または、毎日の練習をこれだけやってるんだから、
本番も大丈夫だろうと、
目的と手段が入れ違ってしまうところにある」と。

これを読んで、「俺じゃん」と思った。)


*****


ちなみに話はずれるけど、
俺がアメリカを意識したのも、
この二人のコーチの影響が大きかったな。

二人とも、アメリカに縁がある人たちで、
若い頃から、何度もアメリカに行っていた。

俺が洋楽を聴き出したのも、白井コーチの影響だし、
この二人は、俺の人生に、
本当に大きな影響を与えて下さった。

本当に心から感謝をしている。


*****


さて、話を元に戻して、
そんなわけで、
「北島康介」という人間の、
北京後から、今までの道のり、
そして、彼の内面が見える本となっています。


******


水泳は、非常にきついスポーツです。

練習中は、スイミングプールの底を2時間以上見続けながら、
誰とも話さず、息苦しい中で、
ただひたすら泳ぎ続けるものだし、

全身を使うので、
その疲労度は、半端じゃありません。


そして、サッカー選手や野球選手のように、
決して、「華やか」なスポーツでもありません。


よって、
世間的にも、
上に挙げたスポーツなどよりも、
注目度が低いのが現実です。



しかし、北島康介が、
日本で初のプロとしての水泳選手の道を作った様に、
彼は、確実に、
成果を残しています。




この本は、去年(2011年)の6月に書かれたものですが、
今年のロンドンオリンピックに向けた意気込みも、
少し書かれています。


実際に、見事彼は、
先日4月3日のロンドン五輪代表選考会を兼ねた日本選手権にて、
100メートル平泳ぎで58秒90の日本新記録をマークして優勝、
ロンドン五輪代表入りを決めました。

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競泳・日本選手権の男子100メートル平泳ぎ、日本新記録で優勝し、4大会連続の五輪出場を決めた北島康介【写真は共同】





試合は7月末から始まります。

ぜひ、頑張って欲しい。

応援しています。

2012/5/13 20:44










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November 26, 2011

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2010年2月(今から1年9ヶ月前)に出版された対談誌。
まだ全部読んでいないが、
丹羽宇一郎氏(インタビュー時は伊藤忠商事会長、現在は中華人民共和国駐箚特命全権大使)のコメントが興味深い。

金融業界を初めとする日本の企業は、国際的な競争力を強めるために、海外からお金や人間をどんどん呼び込まなければいけない。
しかし、それが出来ていない。なぜかと言うと、日本は海外から良い人材を入れる為の環境が整っていないと。会社内での評価体系が透明化されていないし、MBAなどの学歴があるからと言って、それが優遇される訳でも無い。また、外国人が住みやすい環境が日本内に整っていない。(言語面、生活面において)。

よって、一つの案としては、丹羽氏がかつて勤めていたような伊藤忠などの大手企業などが100億円程の出資をして地方にビルを建て、そこに国連のアジア事務所を置く、と。
そうすれば日本内にも海外の優秀な人材が増え、次第に日本国内が外国人に取って住みやすい土地となる、と。
(国連は世界各国に51の主要機関を置くが、アジアにはたった2つしかなく、8割りは欧米にある、という事。また、国連に対する日本の出資比率は16%で、アメリカに次ぐ第二位の出資比率である、という事実から。)

*****

また、今は「価格競争」でどの業界もが勝負をしている(食は牛丼の価格競争、衣はユニクロ、メーカーは車やテレビなど、全てに至るものまで)が、いずれその流れは無くなり、より良いものを他人とは違う少々高い値段で買う、という競争に入るだろう、と。
そして、日本で「日本しか作れない技術」をもっと伸ばせ、と。
それが本当の意味での「日本」という競争力、ブランド力になると。
しかしそれが育成されていない今、もっと教育に国が投資をしろ、と。

*****

この本は、他にも多くの著名人が出ているので面白い。

2011/11/26 23:28



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October 31, 2011

Steve-Jobs-by-Walter-Isaacson


今、ウォルター・アイザックソンによる
「スティーブ・ジョブズ」の伝記を読んでいる。
すごく面白い。

特に、俺が通ったDe Anza Collgeのこととか(ここにウォズニアックが通っていた)、
ジョブズが通ったホームステッドハイスクールとか(ここの近くに俺は一年間住んでいた)、
その近くのセイフウェイの話とか、色々と出てくる。


アップルの本社も、
すごく近くにあったし、
本社の前にあるBJ'sっていうピザ屋とか、
その通りにあるDonut Wheelっていうドーナツ屋には、夜中に何度も通った。


実際に、あの土地で、
スティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックたちが育ったんだなと思うと、
何か特別な気持ちになる。


*****


De Anzaにはいつも最新のMacが揃っていた。
一番初期のMacも、
俺が取っていた映画やアニメーションのクラスが行われていた
ATCビルディングに飾ってあった。

そこで俺はPIXARに入ることを目指していたし、
(当時はスティーブ・ジョブズがPIXARを作ったとは知らなかった)
何だか、スティーブ・ジョブズ率いるアップルという会社は、
俺に非常に近い場所にいるので、
本当に、特別な感じがする。

(今この文章を打ちながら、
音楽を聴いているiPhoneも、彼らが作った)


*****


本を読んでいる上で、
何か、その土地に自分がいたこと、
その人たちに、より身近さを感じられることって、
特別だよね。

2011/10/29. 12:21



*********

追記:(2011/11/1)

思うに、スティーブジョブズは、
「何をしたいか」
「どうなりたいか」
が、強く見えていたんだと思う。


彼が、スタンフォードへ1982年頃に行って、
生徒たちに、LSDをやったことはあるかどうかなどを聞く。

そのことをこの本の著者のアイザックソンに話しながら、
こう触れている。

「僕が学校に行ったのは60年代直後で、
実利的な方向性が一般的になる前だった。
いまの学生は理想論を考えることさえしない。
少なくとも、そうは感じられない。
哲学的な問題に付いてじっくりと悩んだりせず、
ビジネスの勉強に打ち込んでいるんだ」と。


また、アップルに後から入って来た上層部たちを指して、
こう言う。

「彼らは、どんな製品を作り上げたいか、をベースに考えるのではなくて、
いかに、自分の懐にお金が入るか、
いかに、アップルが金儲けをするかしか、
頭にないんだ」と。




先日、友達のRとも話したが、
人生、「どうなりたいか」がハッキリしていないと、
後で、必ず人生はブレてくるし、
自分の軸がない生き方になってしまう。



まずは、それをやる前に、
「どうしてそれをやるのか」
「自分は、どうなりたいのか」

それを、明確にする作業の方が大事、ということ。


2011/11/1 17:06



追記:(2011/12/31)

読んでいると、『ホールフーズ』のスーパーマーケットのことが
何度も出てくる。
スティーブジョブズがアイブと一緒に、
スムージーを買いに来たり、
彼が相変わらず、障害者用のパーキングに
泊めて、買い物をしていたらしい。


このホールフーズは俺の思い出の場所で、
初めてクパチーノの町に降り立ってから、
何度も足を運んだ。


このスーパーを教えてくれたのが
先輩のトシさんで、
彼とは良く、冬の寒い日に、
ここのスープコーナーに行って、
試食用の紙のカップを使って、
色んな種類のスープを、
何回も飲みまくっていた。笑

このスープはとても高くて、
俺には買えなかったんだけれど、
トシさんに教えてもらった方法で、
「あくまでも試飲です」というすました顔をしながら、
何度も飲んでいた。
せこいなあ。


それから、ここには、
チョコでコーティングされたピーナッツや
アーモンドなどのチョコなども、
透明のケースに入って、
量り売りで変えるんだけれど、
これもやはり、
『試食です』という顔で、
何粒も食べていた。


本当にせこいなあ。


*****

と、思い出深い場所の名前が出てくると、
嬉しくなってしまう。

2011/12/31 19:06




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December 06, 2007

kimi

2000年シドニーオリンピックで金メダルを取った、
高橋尚子選手の監督、小出義雄監督が書いた本、
「君ならできる」を読んだ。

久しぶりにスポーツ関連の本を読んで、清清しい気分になった。

この本を読んでいてふと思ったが、
こうして一人の選手が、誰かしらの監督やコーチに認められて、
徹底的な指導を受けることは、ありがたいことなんだなと。


自分も高校時代、水泳部だったとき、
自分の高校の顧問ではない、別のスイミングスクールのコーチに、
「君はもっと練習を積んだらタイムが伸びるから、私のところで特別練習をしてみないか」と声をかけられ、彼の元で練習を積むこととなった。
彼が、俺の高校時代の恩師、星野コーチである。

当時は、自分がそうやって彼の練習を受けることに対して、そんなに特別な意識はなかったけど、今回この小出監督の本を読んだとき、誰か一人の選手が監督に特訓してもらうには、その選手にも光る可能性がないとダメなんだなと分かり、そうやって星野コーチに声をかけてもらった自分はラッキーだったんだなと、改めて気づいた。


この本の中に、「世界的ランナーを目指すならしばらく恋はおあずけ」という題名の回があったが、自分も星野コーチに、

「君は今高校生だから、水泳の練習ばかりじゃなくて、もっと女の子と遊んだりとかしたいと思う。でも、そういうことは後になってからもいつでもできるけど、今やっている水泳は、今しかできない。今の高校生という時期だからこそ、没頭できるものなんだ。 今まで開けてみなかった扉の向こうを見てみないか。この練習を乗り越えたら、きっとその向こう側が見えると思うよ」

と言われたことがあった。

当時は、「いや、水泳こそいつでもできるけど、高校時代の恋愛は今しかできないじゃないか」と内心思っていたけど、実際今になってみると、ああ確かにコーチの言っていたことは本当だったなと気づく。
恋愛はいつでもできるけど、水泳の選手になり、高校選手権に出ることは、当時しかできなかった。

***

高校時代の水泳の練習に明け暮れた時期の思い出は、今でも常に鮮明に心に残っている。
あの当時を思い出すだけで、自分を誇らしく思える。そんな時期を、星野コーチという人に見つけてもらったおかげで過ごすことが出来て、本当によかったなと心から思う。


12.06.07

shunsukesekine at 13:09コメント(0)トラックバック(0) 
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