社会・政治

December 23, 2012

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PHP研究所より2012/10/04に発行。

*****

今までの柳井氏の本が、
ユニクロを含めたファーストリテイリング、
自分の会社の経営の軌跡にフォーカスを当てていたのに対して、
この本では、柳井氏が現在思う、
日本の国、政治、人々の考えに対して、
自分の考えを記したもの。



彼は、この本の半分ほどを使って、
今の政治家、官僚に対しての
批判をするが、
そこに書かれていることは、
どれも、「当たり前」のこと。

つまり、政治家や官僚は、
国民の代表であり、
国民に仕えるものであることから、
毎年赤字になるのであれば、
使うお金を減らし、
収入の中で、やりくりをして行く、
それにより、国に貢献して行く、
という事を真っ先に考える立場であるのに、
それを、全くしていないこと。

一企業は、
必死に人員削減をしたり、
給与カットなどを行い、
何とか利益を作り出そうと、誰もが努力をしているのに対して、
日本国の政治家は、
そういった考えではいないこと。
何か失敗を犯しても、
捕まることは無いし、
国民の税金を無駄に使おうと、
それにより、罪に問われることはないこと。

そういったことが、
ストレートに書かれている。

彼がこの本で言うこれらの意見は、
上に書いた様に、全ては、
普通に考えたら、「当たり前」のことである。

しかし、それを、日本の政治家や官僚は出来ていないし、
しようとしない。
しようとする誠意も見られない。
だからこそ、怒りが生まれ、
不信感が生まれ、
どうしようもないやり切れなさが残る。

*****


また彼は、
現在の日本人の精神面、
考え方に関しても、警鐘を鳴らしている。


日本では、「就職」というよりも、
「就社」にフォーカスが置かれ、
一度、有名大企業の社員や、官僚になってしまえば、
そこから安泰した生活が始まるという、
「自分の所属するグループ」にあぐらをかき、
誇りを感じる精神が、
いつの間にか人々の間に染み付いていること。

よって、海外では、
ビジネスマンに会う際に、
「あなたは何の仕事をしていますか?」と聴くと、
誰もが、
「私は経理をしています」
「私は営業をしています」
と、自らの仕事内容に関して答えるのに対して、
日本のビジネスマンは、
「私は◯◯で働いています」
「私は◯◯の社員です」
と、自らの会社の名前を名乗る、と。
つまり、自らが「どこに属すか」が
「立場」となり、
ステータスとなっている。
決して、自らを、
独立した、一人の仕事人として見なしていない、と。



また、
本来、資本主義の考えでは、
人間は、企業に最初は勤めようとも、
いずれは自ら起業をする志を持つもので、
企業に勤める中で、
そこで自ら稼いで行くためのノウハウを
身につけるはずが、
今の国民の多くが、一生そこの会社にしがみついて、
「サラリーマン」の状態で、
毎月給料を「もらう」考えになっていること。

そして、毎月の給料から、
税金も全て自動的に天引きされる形になっているので、
一体自分が、毎月、毎年、
いくらの金額を、国に納めているのかを、
実感することがない。
そして、その税金を国がどう使うかに対しても、
余り感心がない。


政治家は政治家で、
そうやって国民から絞り上げた税金を、
無駄金に使う。
そして、その使い道を明確に示さないまま、
「とにかく増税すること」だけにフォーカスを置き、
政治活動を続ける。

その現状に、柳井氏は嘆き、
そして、この本を読んだ自分も、
自らの中に溜めていた、
政治家や官僚に対する怒りが蘇って来る。

*****

柳井氏はこの本でこう言う。

「今の日本人の生活レベルは、
決して裕福ではない。
むしろ、他のアジア諸国よりもずっと下である。
平均的な日本人は、
自分たちの生活レベルを、世界的に見て、
上の中くらいに思っているが、
実際は、中の下ほどである。
毎月の給料を気にして、
コーヒー一杯買うことを迷う私たちの生活レベルは、
世界の他の国々と比べて、
確実に低い」と。

(本書には、
世界の名目GDPの推移が記されたグラフが載っているが、
1990年から2011年にかけて、
USA、EU、中国、アジア新興国は、
確実に右肩上がりなのに対して、
日本だけが、1995年以降、
ガクッと下がり、
下に位置づけている。)



また、柳井氏は、
現在の日本、
「希望が持てない」日本を嘆く。

バブルの崩壊を後に、
「失われた20年」の言葉ばかりが先走り、
経済、及び政治の方向性に希望を持てない。

世間では、
「がんばらない」
「求めない」生き方が流行り、
「欲を持つこと」を抑えようとする考えが主流となる。

まるで、今活気のない日本人に、
ますます、「現状維持」を促す様に。



しかし、現状維持は、
衰退と一緒。
人間は、昨日よりも良い生活をしたいと思うからこそ、
頑張ることができる。
その資本主義の本当の精神を忘れて、
「元気のない日本」を、「ますます元気のない日本」にしようと、
世間は動く。


*****


柳井氏は言う。
アジアに行くと、そのパワーが違う、と。
実際、自分がアジア諸国へ足を運んだ際にも、
日本とは違う、その漲るようなパワーの違いを、
確実に感じる。


日本は島国であり、
結局は、「日本」という島国以外の国を、
意識せずに生きて行くことが出来る。
だから、日本内でしか「常識」でしかない、
政治、経済、マスコミなどを、
「おかしい」と思わない。


柳井氏は、本の最後でこう括る。

「志を持て」と。
志、希望を持つことが、
人間が自らの中から力を生み出す一番の源であり、
自らの可能性を信じろと。
そして、日本という国の中にそれを見いだせないのならば、
海外に出て行け、と。


*****


人間は、
狭い部屋の中で、
外界と接せず、
自分の好きなことばかりしていると、
やがて、視野が狭くなり、
いざ外に出た時に、
その中で生き残って行く力はなくなる。

今の日本はまさにそれであり、
柳井氏を始め、
現在の日本、日本人の在りたちに対して
危機感を感じる多くの人間が、
「日本という狭い部屋を出ろ」という。

*****


このような意見を読んだ後、
そこからどうするかは、自分次第である。

柳井氏たちの意見を聴いて、
外に出るもよし。

日本の政治のやり方に対して、
意義を唱えるも良し。

「何だかんだ言ったって、
これが『日本』という国のルールであり、
その中でうまく生き残って行く為に、
俺は官僚になり、甘い汁を吸う」でも良し。

または逆に、官僚になって、
日本を良い方向へ変えようとするも良し。

大企業の一員になって、
その特権を味わうも良し。
起業をするも良し。
サラリーマン根性にしがみつくも良し。




結局、人間の生き方は、
その人間が決めるものであり、
「価値観」は、究極的には、
人には押し付けられない。

ただ、1つ明確に言えるのは、
他人を含め、
自分以外を変えようとすることは、
かなりの労力がいるのにも関わらず、
実際、その「自分意外の何か(他人、国を含む)」は、
その「何か」が根本的に変わろうと
自ら本気で思わない限りは、
何も変わらないのに対して、
「自分」という一人の人間は、
自分次第で、
いくらでも変えられるということ。


よって、この国の風習や文化、
成り立ちに怒りを感じ、
疑問を感じ、
不甲斐なさを感じるのであれば、
その「国」を変えようとするよりも、
自らが住む国を変えたり、
仕事をする場所を変えたり、
付き合う人を変えた方が、
効率が良い。


*****


どう考えるかは個人次第。


結論としては、
この本を読んで、
日本の現状や政治家、および現在の日本人に対して、
危機感が生まれ、
何かを感じることは、間違いない。


2012/12/23 16:26









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October 27, 2012

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講談社より(2012/7/25)に発行。

ここ数年の世界情勢がよく分かる本。

*****

一度、NHKの「地球テレビ100」で流された内容を、
そのまま活字にまとめた形なので、
正直言って、読みにくい文章が何度か見受けられる。

どうしても、文章を書いている当本人は、
既にその内容を理解しているので、
自分に分かり易い様に文章を書いてしまうものだけれど、
初めてその話題や情報を知る人間は、
その情報の基礎知識がないまま読むため、
そこに(本来はあるべき)何かしらの言葉が略されたりしていると、
「ん?」となってしまう。

あとは、純粋に句読点の打ち方が宜しくない為に、
ただ単に読みにくい文章になってしまっていたりもする。

人のことは言えませんが。


*****


そんな意味でも、
誰が読んでも分かり易く、
すらすらと読める、癖のない文章を書くということは、
非常に難しいことなんだなというのを、
改めて感じる。


2012/10/27 13:38






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September 02, 2012

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中経出版より(2012/2/15)に出版された本。

元財務官僚の著者が、
日本政府の裏の実体、
及びマスコミに報道されるニュースの信憑性の無さに関して説く。


先日読んだ「日本は財政危機ではない!」と被る内容もあるが、
今回は今年の2月に出版された事もあり(この本は今年の1月に書き終えられた様子)
現在必死に野田総理が力を入れている消費税増税案、
及び「社会保障と税の一体改革」の裏に関しても強く触れられている。


*****


以下は、彼が本作で指摘するポイントの一部。



・円高、及び日本のデフレは、
日銀に円を刷らせれば解決する。
日経平均13,000円も可能。

大まかな基礎として、
日本の円の量をアメリカのドルの量で割ると、為替レートが計算できる。
この計算により作った表を、投資家のジョージ・ソロスにちなみ「ソロスチャート」と呼ぶ。
現在日本のマネタリーベースは約130〜140兆円、アメリカドルは約2兆ドル。
(130〜140兆円)÷(2兆ドル)=(65〜70円/ドル)。

2012年年初の円相場は77円代だが、これを100円程度にすれば、
日経平均は1万3000円〜1万5000円の間に落ち着く。

現在マネタリーベースでアメリカドルが約2兆ドルあるので、
円を200兆円まで増やせば、為替は1ドル100円程度になる。
よって60兆円程度お金を刷ればそれが実現する。



・円を安くすれば、輸出企業やその関連会社が儲かる為、GDPが高くなる。
GDPが高くなれば、税収も増える。



・人口減少とデフレに相関性は見られない。
円高もデフレも、円が少ないことによる経済現象。



・東京電力は、原発を再稼働させないと電力が持たないと言いたいが為に、
供給能力を過小に申告していた疑いあり。
(2011年7月末の電力供給見通しに関して、
3月、4月、5月、7月に2回の、計5回公表したが、
その度に供給見通しが変化。
3月時での発表では、需要見通しが5500万kW前後に対して、
供給見通しが4600万kW前後だったのに対して、
7月の発表では、需要見通しはそのままで、
供給見通しが5700万kW前後まで上がる。)

結局は、電力会社がテレビ局や新聞社の大きなスポンサーである為、
先方の都合の良い様にニュースを流していた可能性がある。
電力会社が負担する、学者に対する補助金や、官僚に対する天下りは、
電力会社の独占利潤への御礼。
その結果が「高い電力料金」へと繋がる。



・TPPで日本の産業はダメージを受けるとあるが、
総合的に見ればプラスの効果となる。
価格が安くなると生産者は大変だが、消費者は喜び、
消費者の経済的メリットを合計すれば、生産者のマイナスより大きくなる。

英国の経済学者デヴィット・リカードの「比較生産費理論」により、
各国が自分たちに優位性のある製品を重点的に輸出することで、
経済効果が高まる、というもの。



・ギリシャは過去200年で100回程デフォルト(債務不履行)をしている。
元々ギリシャのユーロ参加は間違っていた。
この後、ドイツ国民がギリシャ支援にノーを突きつけて、ギリシャは完全に破綻する。
事前に約束されていた債務カット率より大きくなり、
ドイツやフランスの民間金融期間は大打撃を受け、
リーマンショックを上回る世界経済危機になる。
そしてユーロが崩壊する。



・日本の1000兆円近い借金に対して、650兆円近い資産が存在する。
差額は350兆円で、対GDPで見た場合、
世界的に低い数字とは言えないが、突出して高い訳でもない。

国が借金を減らす為には、国の資産を売れば良いが、財務省は資産を減らしたくない。
資産を減らす事は、自らの天下り先を失う事になるから。

財務省は「道路や年金資産など、売れないものが多い」と反論するが、
それ以外はみんな売れる。
自分の天下り先を失うのが嫌だから売りたく無い。
売りたく無いから知られたく無い。
だから借金ばかりを強調する。資産に関しては一切触れない。
マスコミは役所の話を聞いてそれを垂れ流すだけなので、その矛盾を報道しない。



・日本国債がデフォルト及び崩壊する可能性は、限りなく低い。
国債のCDSの契約料(保険料)において、
日本国債の保険料率は1.4%程度(2011年12月現在)。
仮に1.4%の保険料を70年払うと保険料の合計は98%となり、
支払い保険料の総額と保険金(保障される額)はほぼ等しくなる。

つまり、日本国債のデフォルトは70年に一度あるかどうかの確率として見られている。

それに対してギリシャの保険料は90%以上。
フランスは2.2%、ドイツやイギリスは1%であり、
日本は世界で低い方に位置している。



・復興増税は愚策以外の何ものでもない。
管元総理と谷垣自民党総裁は、
震災のわずか2日後に震災増税について最初の話し合いを行ったが、
復興構想会議の第一回会合が開かれたのは、震災から一ヶ月以上経過した4月14日。
増税に動く迅速さには、異様な印象を受ける。

増税すれば、日本が震災のショックから立ち直るのは更に遅くなる。
被災地で経済活動が元に戻るには時間がかかる以上、
被災していない地域が、活発な経済活動で被災地を支援する必要があるが、
増税はその妨げになる。


具体的な解決策として、「日銀による復興債の引き受け」がある。
期間100年の復興債を発行し、
銀行や保険会社、個人などが買っている国債を日銀に買ってもらう。
それにより日銀がお金を刷ると、
世の中に出回るお金の量が増える。
お金が増えると経済活動が活発になり、被災地には好影響がある。
また、国債を発行すると国は利払いを行う事になるが、
日銀が国債引き受けの場合では、国が日銀に払った利息は、
政府への国庫納付金として日銀から戻って来るので、
民間の銀行などが国債を買うのとは事情が全く異なる。


それは「禁じ手」であると、国もマスコミも反対をするが、
国債の日銀引き受けは、実際には毎年行われている。
日銀が保有する国債の内、平成23年度に償還される額は30兆円程度で、
予算書では12兆円の国債を発行し、日銀引き受けとする事が記載されている。
禁じ手のはずが、予算書を国会に提出する時点で既に12兆円の引き受けが決まっている上に、
18兆円程度の余裕がある。この枠を使えば復興増税など必要ない。


日銀引き受けは、復興増税よりはるかに良い経済政策手段だが、
この方法を取れば財政が調達されてしまい、増税ができなくなる。
増税ができなくなるから、日銀引き受けは「禁じ手」と言ったり、
引き受けの枠があることを隠したりする。




・日本国債の格下げは、アメリカの民間企業による根拠の無いものであり、
(しかも彼らは予算書を読まずに”分析”をする為、
実際には資金調達が不要で国債発行を日本が見送った時にも、
存在すらしない『国債』にその格付けがされ、世界に配信された)
それに対して政府が批判をしないのは、
それを上手いこと増税理由に結びつけようとしているからである。



・「年金は破綻確実&将来のためには増税も必要」という理論は嘘。
国民の不安が利用されているだけで、少なくとも18兆円の未収がある。

公的年金は積み立て方式ではなく、「賦課方式」。
現役世代の払った保険料は、
自分が将来受け取る分として積み立てられている訳ではなく、
殆ど(9割程度)はそのまま年金給付に使われている。

厚生労働省は積立金の現象は問題だとしているが、賦課方式では積立金はほとんど必要がなく、
積立金が枯渇しても、少しだけ給付を減額すれば、すぐに年金財政が破綻する訳ではない。

国は国民の不安を利用して、増税やむなしのムードを作り、
「社会保障と税の一体改革」を打ち出しているだけであり、
これに騙されてはならない。

また、殆どの先進国では、社会保障については「保険方式」が取られている。
保険方式とは、保障に必要な財源を保険料で調達するもので、
自分の払った保険料と、保障される金額が分かる、という利点がある。

「社会保障と税の一体改革」は、消費税の社会保障目的化である。
そのため、事実上は保険方式から税方式に移行し、
消費税で社会保障の財源を確保する、という事になる。

税方式では、保障される金額は分かるが、そのために幾ら払ったかが分からない、という問題がある。
日々の生活の中で、自分が消費税をいくら納めたかなど、誰も把握していない。
いくら払ったのかが分からなくなると、払っている感覚が薄れてくる。
そうなると、社会保障に求めるもの(社会保障需要)が大きくなりやすい。
本当は自分たちが負担しているのだが、払っている感覚がないから、
無意識の内に、「どこかかから来る」という感覚になり、
保障を求め易くなる。
(これを経済学では「財政錯覚」という。)

保険料を多く負担するのは嫌だと思うのが普通だが、
保険は負担してこそ保障が受けられるもので、
多く負担するのが嫌なら、給付を下げれば良い。
しかし社会保障は手厚くしなければならないというのが国の考え方であり、
かといって、国民に社会保険料の負担増を強いる事はできない。
ならば、「よく分からない様に負担させよう」というのが、税方式である。



増税をするのならば、
その前に、不公平を無くしてから増税を論議するのが必要。

例えば全国の特別養護老人ホームには、
1施設辺り約3億円、全国で2兆円が内部保留されており、国からの補助金が老人に還元されていない。
(つまり、税金を2兆円余計に取られているが、納めた感覚が薄いため、問題になりにくい。)

国民保険料を滞納すれば、本来は差し押さえが入るが、
一部の自治体を除けば、実際には実施されていない。
また、日本年金機構は、多くの保険料を取り逃がしている。
社会保険料の取り逃し分は、推計すると10兆円近くなる。

事業者の消費税は、仕入れの際に負担した消費税を売り上げから引いて税額が計算されるが、
日本は先進国の中では唯一インボイスを作る義務がなく、言い値で申告している。
これにより3兆円程の消費税を徴収出来ていないと考えられている。



・本当に知るべき事は新聞には書かれていない。
例えば国家予算は、一次情報である予算書は2000ページにも及ぶが、
新聞社は、新聞用に役所が作った、2000ページを50ページに纏めた資料を記事にしており、
報道される事実はごく一部。
都合の悪い話は隠され、役所の都合の良いところだけが解説される。

2000ページを50ページにした時点で情報は3%程度になり、
さらにその一部のみが記事になることから、
97〜99%の情報が隠されていることになる。



・霞ヶ関にあるたとえ話に、「マスコミは小鳥の脳」というものがある。

新聞は正しく書いてあるように思えるが、
それは「自分に関係しないから分からない(正しく見える)」だけ。
自分に関係している話や、
自分が精通している分野の記事を注意深く読めば、
「新聞はこういう風に書くの?」と疑問を持つ人が多い。



*****



最後に。
著者は本書の中でこう述べる。


「経済現象を正しく認識するために比較的簡単にできるのは、
海外と比較するという方法。
諸外国に比べてどうか。
差が大きいなら、それは何故か。
そのように考えを巡らすことで、真相に近づく事ができる。」


「一次情報をとるのが難しいとすれば、誰が加工した情報を見るかが大事になるが、
今は新聞に載らない情報がネットで発信されている事も多く、
ネット経由の情報が持つ役割は徐々に大きくなっている。
信頼するニュースソース、信頼できる情報発信者を見つける事が重要。

また、Aという意見があったら、非Aという意見を意識してみる。
どちらが正しいか、自分の頭で考えてみるのが良い。」



*****



以上、
ここに書いてある事が全て本当だとすれば、
何と日本は腐った国なのだと、
憤慨と情けなさでどうしようもなくなる。

どうして、国を代表する人間たちが、
この様なことをしてしまうのか。
そんなことを言っても、
「どの国も、政府など権力を持つところに行く人間は、
結局その様な人間に支配されてしまうものだよ」
という意見もありそうだが、
例えどの国に行こうとも、
人間が、そのような「自分の利益しか考えない人間」
によって、その方向に流されてしまい、
その様な人間がその社会を支配するのだとしたら、
こんなに悲しい事はない。

(著者は、この本の中で、
「大臣にも、政治家にも、国をよくしたいと本気で思っている人はたくさんいる。しかい思いを遂げられないのは、やり方が分からないからだ。
やり方がわからないから、役所の言う事に疑いを持たず、言われた通りにやってしまう。」と触れている。)


正直言って、
日本の政治の行方をいちいち追ったり、
マスコミが流す報道の内容にいちいち疑ってかかり、
その奥に隠される「真実」を探そうとすることは、
非常に手間がかかるし、骨が折れる。
できれば、マスコミが流すその情報が、
「全て真実」と信頼して、
素直に生きられれば、どんなに楽か。

しかし、そういう人間の「楽を求める」欲を利用して、
後ろで上手く操ろうする人間は、必ず出て来る。



*****



先日、欧州のある国の人と話した際に、
「あなたの国は税金が高いけど、その分社会保障もしっかりしているし、
国民は比較的満足していると、先日本で読んだけれど、実際にはどう?」
との質問に、
「確かに、不満な点がないわけじゃないけど、
全体的には満足しているわ」
と答えていた。

それに対して、
「政府がどの様な政策を行うか、その行方に対しては、
どういうスタンスであなたの国民はいるの?」
との問いに、

「他の人がどうかは良く知らないけれど、
私は少なからず、
いちいち政府の動向に反応していてもどうにもならないし、
結局は行きつく所に行きつくから、
今は特に気にしない様にしているわ」
と言っていた。



自分が個人的に最近感じることも、
この女性が言っていたことに近い。

マスコミによって流される政府の動向は、
結局は、日本のマスコミというフィルターを通して流されており、
また、その表面上の「動向」の裏には、
結局は、一般国民の手の届かないところで事が動かされている、
という事実が存在する。


それを思うと、
いちいちニュースにより流される政府の動向に反応するより、
「結局日本という国はこういう国なんだ」
と割り切って、自らの人生を生きて行くしかない、
そういう風に思える。



後は、自分が生きて行く上で、
賢く生きて行くために、
信頼出来る情報を集め、自分の頭で考え、
自分で決めること。

それが、大事ということ。


*****


以上。


2012/9/2 10:25




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August 30, 2012

4062150301


7月末か8月の頭頃に読み終わる。

講談社より(2008/10/10)刊行。

*****

著者の高橋洋一氏は、
元財務官僚であり、現在は経済学者。
自分の経験を生かし、
日本の政治の裏を書いて行く。

*****

この本は今から約四年前の出版だが、
政府の増税問題に関して触れている。

政府は、「増税が絶対的」との方向性で話を進めて行く。
「日本の財政問題を解決する方法は、増税しかない」と、
マスコミや政府御用達経済学者を使って、
世の中を洗脳して行く。

そして、増税に反対する人間を、
「端から財政再建を放棄している」かの様な言い方をする。

よって、
「増税に反対するアゲ潮派=財政政権放棄派」VS「増税賛成派=財政再建派」
の様な縮図が、マスコミの記事によって世の中に出回り、
それが国民の無意識下にインプットされる。



そもそも政府は、
増税をする事しか頭になく、
それが更なる不況に繋がる事を知っている。

しかしそれでも、増税を行おうとするのは、
財務省は本気で、
「経済成長率が上がれば、財政再建できなくなる」
と考えていることが理由として挙げられる。

その理論は以下の通り。


「成長率が上がると、それに伴い金利も上がる。
 そのため、利払いがかさんで財政再建が遠のく。」


著者曰く、
確かに2、3年の短いスパンであれば、そのよう現象は起こり得る。
経済成長が税収に繋がるまでは、しばしの時を要するから。
一方、金利は先行して上昇する。その結果、一時的に財政が逆に圧迫される可能性がある。

しかしそれはあくまでも一時的な現象に過ぎず、
やがて金利の上昇は頭打ちになり、
税収の自然増がジワジワと始まる。

よって、「経済成長こそ財政再建への近道」とは、経済学の常識である、と。


それにも関わらず財務省が経済成長に対して否定的なのは、
彼らが近視眼的な視野と、
強固な「財政原理主義」を持つからだという。
財務官僚の頭を支配しているのは、
目先の財政収支の均衡だけだと、著者は言う。


そして、財務省としては財政再建さえなればどの道でも構わない中、
財政収支の均衡をはかるために最も確実で手っ取り早いのが、
「増税」である、と。


責任問題から見ても増税の方が心理的に楽でもある。
経済成長によって、自然に税収が増えて行くと、
政府に対して歳出を増やせという声も大きくなる。
歳出カットは財務省の責任なので、
上手く出来なければ財務再建が出来ないだけでなく、
財務省への批判も高まる。

それに対して増税は、
政治家の責任。
増税で国民から強い風圧を受けるのは政治家である(つまり今この役目を負っているのは野田氏とそのまわりの人間)。
増税で国民に負担を強いている時には、政治家も各省庁も、
歳出を増やせとは言いにくい。

だから財務省は、財政タカ派の国会議員、
マスコミ、御用達学者などを操って、
財政危機を強調し、増税を叫ぶ、
と著者は語る。


*****


上に書いた様に、
マスコミの報道を自分たちの都合の良い様に操っているのは、
財務省である。
霞ヶ関の役人にとって、マスコミを意のままに操るのは、朝飯前である、と。

そもそも官庁詰めの記者と役人は一体化しており、
記者は身内のようなものだ、と。

「記者クラブ制」といい、
各新聞社の記者には、
各省庁の建物の一室があてがわれ、
そこを拠点に記者たちは担当省庁の取材を行っている。
記者クラブに属する記者たちの特権は、
アポイント無しでも、役所内の部屋を訪ねて、
新聞ネタをもらえること。

よって、官庁詰めの記者たちは、
部屋も情報も、全て提供され、
一緒に生活をしているから、当然「仲間」となる。
その結果、役所に対して批判的な記事は書けなくなりばかりか、
自ら役所の代弁を買って出る記者も沢山出て来る、と。



また、マスコミだけではなく、
役所の御用達学者たちや有職者と呼ばれる人々も、
役所の後押しをする。

仮に、新聞上である経済学者が、
役所の政策を批判する記事を載せたとする。

すると、その日のうちに役所から連絡が来て、
「先生のペーパーをについてご説明をしたい」
と”提案”が入る。
そして、膨大な国家予算を使って役所が集めたデータを使い、
その学者のデータの過ちを指摘する。

その後、
「先生のデータに今後過ちがないよう、
私どもにおっしゃっていただければ、いつでもデータをお持ちしますよ」と唆され、
学者にとっても大きなメリットとなるその提案を受け入れる。
その結果、徐々に役所に取り込まれ、
役所に甘い学者になって行く、と。

そして、やがて審議会からお誘いがかかる。
審議会の委員に名を連ねることは学者にとってもステータスであり、名誉。
結果、完全に役所に取り込まれ、
一人の御用達学者のできあがり、と。


*****


そもそも、財務省は常に、
増税を必要とする理由の第一として、
日本国の債務の大きさを訴える。

しかしながら、
債務だけを強調し、
政府が保有する莫大な資産については、一切触れない。

また、通常政府は、
日本国を大きな「家庭」として例え話を持ち出し、
「日本という家族は、◯◯円もの借金を抱えている」と言う。

確かに、通常借金を抱える家族は、
決して良くない状態にあると言えるので、
この例えは、国民を「日本はヤバいんだ」という考えに導く。

しかしながら、なぜ企業に捉えないのか。
企業であれば、借金をしているのは通常であり、
それに対して資産と照らし合わせて、全体のやりくりをする。

そして、企業は内部保留や土地などの資産を保有しているので、
必ずしも負債の総額がそのまま債務とはならない。
そうした金融資産を差し引いた数字が、「純債務」である。

しかし財務省が、
資産に関しては一切触れず、
粗債務だけをを強調するのは、
「保有している資産は手放す気がありません」
と言っている事と等しい、と。


そしてもう一つ。
2002年4月に、アメリカの国債格付け会社によって、
日本国債の格付けが引き下げられたとき。

慌てた財務省は、
「日本は世界最大の貯蓄超過国であり、
国債は殆ど国内で消化されている。
また経済収支黒字国であり、
外貨準備も世界最高である」との意見書を、
格付け会社に送りつけた、と。

つまり、
「純債務で見れば日本は財政危機ではない。
よって、国債の格付けを下げるのはおかしい」
と主張した、ということ。

このように、
海外向けのアナウンスでは、国内向けとは全く逆の事を言っている、ということ。


*****


まとめとして著者は、
日本国は莫大な資産を抱えており、
それをきちんと負債の支払いに当てれば、
増税をするよりもよっぽど大きな効果が上げられる、
ということを説く。

しかし、日本政府にそれを期待することは、
天が落ちてくるよりも難しい。


2012/8/30 19:13








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August 26, 2012

100670


まず最初にこの本を手にした際に思ったのは、
「ちきりんって誰?」
ということでしたが、
読み進めるうちに、次第にこの「ちきりん」が好きになって行きました。

(しかも、ただの「ちきりん」ではなくて、
「”社会派”ちきりん」らしい。
彼女のオフィシャルページはこちら。

数週間前に、図書館の新書コーナーでたまたま見つけて、
そのまま借りて来て一気に読み終えてしまった本。
お盆前の8/13頃に読み終わりました。

大和書房 (2012/5/19)刊行。


*****


この本は、ちきりんこと著者が、
色々な国を旅して来た中で、
自分の目で見て、自分の肌で感じた事を
かき集めた本です。

項目は沢山ありますが、
一つ一つの内容が非常に短いので、
エッセイコラムみたいな感じでさらっと読めます。

表紙はずいぶんと気が抜けていて、
どうしようもなさそうな雰囲気ですが(すみません)、
中身はかなり濃く、とても面白かったです。


*****


非常に共感できた箇所が、
二つありました。

一つ目はこちら。


^槎韻旅颪任△襦▲屮薀献襪肇▲瓮螢。
通常はアメリカの方こそ、「移民の国」の代名詞であるようだが、
実際にアメリカにいたときよりも、
ブラジルにいた時の方がそう強く感じた、とのこと。


アメリカで会う日系人は、
まず最初に、「自分たちはアメリカ人だ!」と強く主張した後に、
その上で「ルーツは日本」
というのが通常であるのに対して、

ブラジルの日系人は、
まず「私たちは日本人です」と言い、
その後に「ブラジル国民です、もちろん!」
という順番だった、ということ。




これが起こる理由として、
ちきりんはこう考える。

「アメリカの方が、
日系人への差別が強いからではないか」と。

だから彼らは、アメリカへの忠誠心を疑われないために、
「私はアメリカ人だ!」という意識を前面に出すのではないか、と。



基本的にアメリカは、アングロサクソン系のUKにルーツを持つ移民が、
圧倒的に『主流派』であり、
その次に欧州各国からの移民が続き、
それ以外は基本的にマイノリティである、と。
(つまり、白人がマジョーリティで、他はマイノリティとなる。)

また、特に日系人の場合には、
戦時中、
アメリカ人である日系二世の人々も、
収容所に強制収容された歴史がある。

その上で、アイデンティティを厳しく問われた上で、
アメリカ軍人として、
日本と戦う事を求められた。

そういった経験もあり、
彼らはまず、「自分たちはアメリカ人である」
という主張を最初にし、
その後、「ルーツは日本人である」と添えるのではないか、と。


*****


一方、ブラジルの方は、
これまた様々な国から移民が集まっているが、
その力関係は、アメリカに比べて、
圧倒的に「バラけて」いる、と。

ブラジルの元宗主国はポルトガルで、
公用語もポルトガル語だが、
だからといってポルトガル系移民がブラジル社会で
支配的な地位を示しているわけではない、と。

だからみんな、
「俺はブラジル人だ!」
「俺もブラジル人だ!」
といい張る必要がなく、
むしろ、
「どの国からブラジルに来たのか」
を大事にしている、と。


*****


それに対しアメリカは、
「生粋のアメリカ人のように振る舞う主要グループ」が存在するため、
(しかし彼らも結局は、
ネイティブインディアンの土地を奪った『移民』であるにも関わらず)
それ以外の人は常に、
「お前は本当にアメリカ人なのか?」
と問われている。



例えば2001/9/11以来、
たとえアメリカ国籍であっても、
イスラム教徒や、中東にルーツのある人は、
「私はアメリカ人だ」と常に主張しなければならない状況に置かれている、と。

だからみんな、
「アメリカ人である」というアイデンティティを、
やたらと明確にしたがるのだろう、と。



*****




そしてもう一つ、
「言われてみれば、そうそう!」と思ったのは、

旅をする際には、

ー分から話しかけた人しか信じない
◆峩然、再会する」のは有り得ないと理解する

ということ。


これはまさに、
今まで自分では意識をしていなかったけれど、
確かに言われてみれば、その通りだな、
という感じでした。



俺も個人的に、
ヨーロッパやアメリカ、
アジアに中米などをバック一つで旅して来ましたが、
その際に、
他人から話しかけてきて、
「助けてあげますよ」
と言って来る人間は、
ほぼ100%、怪しい、ということを経験しました。



自分の人生初めてのバックパックの旅、
2004年夏、20歳のヨーロッパの旅。

フランスに降り立ち、
全ての標識がフランス語で、混乱しかけたとき、
そこで「安いトレインチケットの買い方を教えてあげるよ」
と言って来た変なオッサン。

ちょっと話を聞くと、
「私に20€を渡せば、
それで35€分のチケットをここで買ってあげよう」
という。

俺が、
「いや、そんなチケットがあるのなら、
俺が自分で駅員から買う」
と言うと、

「いや、今日は駅員は休みの日だから、それはできない。
でもそこに自販機があるので、
フランス語は分からないだろうから、
私が代わりに買ってあげよう」と言って来る。

それで、お金を渡すと、
彼は目の前に自販機に入れるが、
動かない。

そして、
「どうやら自販機も動かないようだ。
これでは俺にもどうしようもない。」
などと言って来る。


それに完全にキレた俺は、
「ふざけるな!俺の金を返せ!!」と怒鳴りつけて、
頑なに逃げようとするその40代の男から、
結局同額の金を返してもらって、
その場を去った。


そんな手口に引っかかるのも今考えるとダメだが、
当時は初めての一人旅で不安なのもあり、
かつ、言語が全く通じなかったので、
あっさりと、その手口にハマりそうになってしまった。

(まあ、そのおかげで、
その後の6週間は、何もなく過ごせましたが。)


****



また、アメリカ一周旅行では、
やはり俺に向こうから話しかけて来た、
ニューオーリーンズのピザ屋での男。

結局ヤツはゲイで、ずいぶんアブない思いをしたが、笑
それもやはり、
「相手からご丁寧に話しかけて来たパターン」だった。

(彼の語り口は、
「今朝、キミをアムトラックステーションで見かけた。
その後、そこからこんなに離れているピザ屋で、
またキミに”偶然”会った」
というものだった。)




今思うと、それらの経験をして以来、
例えばグアテマラなどに行ったときも、
相手から何かを話しかけてきたら、
それがどんな人間であれ、
必ず疑ってかかり、
随分と突っぱねた記憶がある。

基本的に向こうはこちらが日本人と知ると、
大抵の日本人観光客がそうであるように、
何も抵抗せずに、イエスと言って、
ニコニコしながらお金を出す、と思っている傾向があるように思う。

それに対して、
「ふざけんな!下がれ!」
と大声でまくしたてると、
向こうは「ちぇ」という感じで、
下がって行く。


そんなわけで、
一人旅の場合には、
結構ピリピリしているものです。


****


しかしながら、
俺が自分の旅の中で、
あれだけ沢山の人と仲良くなれたのは、
やっぱり、自分が積極的に話しかけて行ったからなんだろうな、
と思った。


アメリカの旅の際に仲良くなり、
家にも泊めてもらって、
今でも手紙でやり取りをしているエスターとフランク夫妻の家族も、
やはり、オレゴンを走るアムトラックの中で、
エスターが景色を見る用の列車に座っている時に、
俺もたまたま話しかけて、
そこから、会話に花が咲いて、
そのまま、彼らの家の住所を教えてくれ、
俺が後で会いに行った、というのがきっかけだった。



グアテマラで出会ったミゲール。
エルサルバドルにある彼の家に泊まらせてもらった際にも、
結局は、俺がティカールの遺跡の上で、
彼とたまたま、向こうに広がる森林を見ながら、
話し出したのがきっかけだった。



唯一パターンが違ったのは、
NYのセントラルステーションで、
アムトラックの列車を待っていた俺に、
夜中の12時に話しかけて来た、
デイヴの場合。

しかし彼は、
結局はとても良い人だったし、
彼が出演していたブロードウェイの劇も、
特等席で見せてくれたし、
彼の息子のサムを紹介してくれて、
そこから、
ブルックリンにあるサムのアパートを訪ね、
彼のルーミーの弟にがシカゴにいるという話で、
シカゴを訪れ、
彼の弟とその不良仲間に助けられ・・・

という状態だった。


*****


まあ、俺は基本的に、
昔から人を信じ易いと注意されるし、
ナイーヴに他人に話しかけるので、
随分と周りの人にはビックリされるというか、
皮肉を込めて「お前はすごいな」と言われるが、
そういう、「自分から話しかける」傾向も、
俺が、旅の中で、
色々な素晴らしい人に会えるきっかけとなったのかな、と思う。


****


それにしても、
俺が話しかけた彼らが、
「なんだコイツは、自分から話しかけてきて。
何だか怪しくねえか?」
と思われなかったのは、
偏に、
俺が醸し出す人格と、
後は、
「コイツは全くお金を持ってなさそうだし、
汚い格好をしているし、
本当に困っているんだろう。
でも、彼の目が正直さを物語っているから、
信頼できそう」
と思われたということでしょう。

はっはっは。



****


ということで、
いつもの通り、自分の回顧録と感想文で終わりましたが、
なかなか面白い本です。

ちきりんオススメ!!



2012/8/26 10:52





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June 30, 2012

20110616G195


題名と装飾からして、怪しそうな雰囲気満載です。
なぜこうも、彼は怪しい雰囲気の本を作り出すのでしょうか。
図書館でリクエストする際に、何かいけない本をリクエストしている様に感じるのは、僕だけでしょうか。

2011/6/29の初版発行。
フォレスト出版より。

*****

内容は、前半半分が、かつて中世ヨーロッパで出版された、
「魔女に与える鉄槌」という本と、
「魔女狩り」がなぜ、17世紀末まで続いたかに関して。

後半は、フェイスブックやツイッターが世界に与える影響、
及び、それを扱い、権力者がどのように世界を変えらるかに関して。

*****

前半の部分では、1486年に出版された、「魔女に与える鉄槌」という本の内容と、その背景に関して触れます。
主に、キリスト教の派生と、それを権力者がどのように扱ったかの、歴史とその裏の解説です。

キリスト教に関する書物で、キリスト教の教祖はイエスキリストであったものの、
それを開祖した人物は、パウロであると言われている。
(実際、キリストが死んでから、パウロがキリストの教えを、「イエスの教えはユダヤ教とは異なるものだ」と、まとめたため。)

しかし、更に奥を調べると、
本当の意味で聖書を編纂したのは、
コンスタンティヌス大帝(一世)である、と。

彼は、当時のローマ大国を纏めるために、
313年にミラノ勅令を発布し、
キリスト教という宗教を使い、
人々を統治することに力を注いだ。

その後、14世紀の半ば、
教会や聖職者が乱れ、
かつ、「教会ありき」としてきた教えに反対する人々も生まれ、
「教会」という形で政治力を持って来た上のものが脅かされるようになったとき、

そして、同時にペストが大流行したとき、
(当時のヨーロッパの人口の1/3から1/2に当たる2000万〜3000万の人々が死亡したと言われている)、

人々の混乱と恐怖をうまく使い、完全な敵となる、
「何か」の存在を作り上げることが必要だった。

それが、「魔女」であり、
同時に、その頃初めてグーテンベルクの印刷の技術が生まれ、
それによって出版された「魔女に与える鉄槌」(それまでは印刷された書物は存在しなかった)により、
人々に強い影響を与えた。

著者は言う。
人間というのは、印刷された文字を見ると、
その内容の情報元が正確か否かは別にして、
それを信じてしまう傾向がある、と。


そうして、「魔女」という、もちろん当時の権力者が作り上げた、
分かりやすい「敵」像をでっち上げ、
それに人々の怒りや憎しみ、混乱を向け、
世界をコントロールした、と。

******


(ちなみに著者は、
「宗教」とは、いかに、常に政治と権力に取って都合の良いものに作り変えられるかを説きます。
キリスト教も、パウロという、大人しく控えめな考えを持つ人間の考えが色濃く反映されており、それがコンスタンティヌス大帝が、ローマを治めるのに役立ったし、
アジアを占める儒教に置いても、やはり上の権力者にとって都合の良い宗教である、と。

例として、儒教の最も代表的な存在、孔子の弟子たちがまとめた「論語」だが、

『子の曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、
  矩を踰えず。』 

の内容も、「奴隷の教え」であると説きます。
(これは読んでいて笑った。)

「四十にして惑わず」では、
色々な可能性を考えることなく、一つの価値観のみで生きることであると。
つまり、惑わずに奴隷の道を歩め、と。

「五十にして天命を知る」では、
当時の「天」は皇帝を間接的にさす事から、
天命を知るとは、皇帝の命令を自ら進んで理解して行動することである、と。

そして、「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」は極めつけだと。
つまり、奴隷の人生を70年間続ければ、
何をやっても、奴隷の粋を外れなくなる、ということだと。

この教えによって出来上がった、聡明、勤勉、かつ命令を聞く人間が、どれほど権力者に都合の良いものだったか、私たちはその天に注意を傾けなくてはいけない、と。

これは読んでいて最初は笑いましたが、
落ち着いて良く考えてみると、「なるほど」という感じです。

儒教国では未だに、親よりも良い会社に入ってはいけないし、
親が死ぬまで親よりも良い暮らしをしてはいけないという考えが根強く残っていると。
日本は明治維新以降に西欧の民主主義が輸入されたので、
今の日本人はそういう考えを強く持ってはいないものの、
江戸時代の日本人にとっては、それを守ることが真っ当な生き方であった、と。)


******


さて、著者は本の前半を使ってその歴史を解説した後、
では、今の時代において、当時における「魔女に与える鉄槌」に当たる、
その「道具」とは何かを解説します。

それは、フェイスブックやツイッターであり、
これにより、権力者は世界を支配することができる、と。


彼曰く、チュニジアで起きた暴動で、
最初は一人の若者のフェイスブック上のつぶやきが、
全ての改革を起こした、と言われていますが、
その「若者」とは、
現地のドメインを使用したCIAの工作員であった、と述べます。

中東の現地人の多くは未だにパソコンとは縁のない生活をしており、一部の裕福層知識人はパソコンを持っている者の、それらの人間は体制側の人が殆どである、と。
例えそうでなかったとしても、フェイスブックなどを使って堂々と独裁妥当を表明すれば、自らの身が危なく、やらないだろうと。


また、以前アメリカがイラクに侵攻し、フセイン大統領を捕縛したころのCIAも、”演技”を行う事が大変の仕事であった、と。
当時流された、イラクの民衆がフセイン大統領の銅像を倒す写真を見ると、そこに写っているイラク人は、違う日に別の場所で撮影された写真にも写り込んでいた、と。
その様に、イラク戦争の写真の中に見つけられる、そのような同一人物は、一人や二人ではないとのこと。これが、CIAの工作員でなく誰であろうか、と。

また、1989年のベルリンの壁崩壊の際にも、
やはりCIAが工作をして、西の情報を東に流し、
壁を崩壊させるシーンでも、その人々の中の数名は、
CIAの関係のものであった、と主張します。

*****

また、彼は他の本でも述べていましたが、
ツイッターやフェイスブックで人々が話題にするオバマの統計と、
実際のオバマの支持率は一致する、と。

よって、フェイスブックやツイッターの中身をいじってしまえば、
誰を大統領にするかも、簡単に操れる、と。

*****

彼は、ツイッターの持つ力の強さを注意します。

言わば、ツイッターは140文字以内で意見を述べることから、
自分の主張に対する、事実(データ)と、根拠(ワラント)を示さずに、
ただ、自分の主張(クレーム)だけを通す形になります。

通常何かを主張する際には、
 屏◯の情報により」、
◆屏◯なので」、
「私は◯◯と思う」
という構成が必要なのに、

ツイッターでは、
,鉢△鬚垢暖瑤个靴董↓だけをただひたすら主張する、と。

そして、人というのは、より多くの回数、
それに触れたり、その人の顔を見かけたりすれば、
それやその人を好きになる傾向があることから、
例え根拠のない間違った主張でも、
それを何度もリツイートで見るたびに、
段々と「それはそうなのかな」と信じて来てしまう、と。

*****

また、最近のテレビやニュースの解説番組で見られる様に、
二人の人間が討論なり解説なりをしている横で、
何も意見を求められていないタレントが一言、
急に言葉を挟むスタイルが増えて来ている、と。

例えば、
管さんの政治の仕方に関して、いかに肯定的な内容を主張していようとも、
「管さんにはやっぱりできなーい」とタレントが一言横から挟むだけで、
それまで論じて来た内容がいかに管さんを支持するものであったとしても、
管さんに対するイメージがその一言で一気に崩されてしまうし、

何かの食べ物に関して二人が解説をしているところに、
「すっごくおいしそーう」と挟むだけで、
見ているこちらは、「うん、確かにおいしそう」と思ってしまう、と。

その様に、「第三者」=「テレビの視聴者、私たち」に近い立場に見せかけて、
根拠の無い主張を入れるだけで、
それがあたかも本当かの様に見えて来てしまう、と。

これは、ツイッターに見られる性質であり、
最近のテレビでも確かに良く見かける。


*****

著者はここまで解説して何が言いたいかというと、
今の時代は、目に見えない場所で、
権力者が、自分たちの都合の良いように、「敵」を設定し、
それが、いとも簡単にそれらのソーシャルネットワークによって動かされてしまう、と。
そして、それらの権力者の意図に反し、それを阻止しようとする良識派は、必ずその的にされ、消されて行く、と。

また、今までは、自分が、物事を「こう思う」理由は根拠は、
必ず、自分の育った環境、自分の今までの先生、親の意見など、
自分に身近な人々からの影響であったことがハッキリしていたので、
その自分の意見や考え方の元を辿るときは、
その「元」が見えていたのに対し、

今では、自分の周りに溢れる「意見」の出所が、
一体どこから来たものなのか、見えなくなって来ている、と。
(それはもちろん、ツイッターやフェイスブックなどのSNSや、インターネット内の情報など、情報源が不定の情報が増え続けているから。)

だからこそ、それに踊らされない様にすることが大事、という。

しかしながら、権力者が「敵」を設定する場合、
その「敵」とは、彼らにとって不都合になる存在である場合であり、
その権力者たちが究極的に欲するものは、
「権力」であり、「金」である、と。


よって、普段テレビを見たり、何かに触れる際にも、
「お金儲け」というこちらの欲をそそる様な内容には、
一切反応しないようにすれば、
逆に、それに引っかかることも殆どないので、
安全な時代でもある、と言う。

つまり、「この内容は、結局は金儲けに繋がっているな」
と気づき、それに対して無反応になればいい、と。

*****


と、言いつつも、
苫米地さんも、しっかりと自分の他のソースを使って、
「無限の富を得る方法」とか唄って、
色々と売っているから、そこの矛盾が突っ込みどころ満載です。



ただ、彼の著作は、
書き方が非常に理路整然としていて読み易いし、
かつ、話題にされる内容が、
経済、金融、歴史、哲学、数学、物理、宗教、言語など、
多義に渡り、
かつ、その背景に関して、彼の想像が入っている所も多いが、
中々興味をそそる様に書いてあるので、

彼の本を読むと、自然と色々な事に興味が湧くから、
それが好き。

彼女には、「彼の本ばっかり読みすぎないようにね。洗脳されないでね」と大分心配されていますが。

2012/6/30 18:18




*****



追記:

彼はこの本の中で、
2009年6月にイタリアとスイスの国境で、
1345億ドルの米国債を詰め込んだ鞄を所持する日本人二人が、
イタリア当局に拘束された事件について触れます。

これはずばり、天皇家のお金で、これを自民党の選挙資金に使う為に運んでいて、
それが捕まり、自民党の選挙資金がイタリアで止められたのだろう、と。

(拘束された二人のうち一人は、自民党政権時代のある財務大臣の弟であり、
また、13兆もの米国債を所有している日本人がいるとすれば、それは天皇しかいない、と。
天皇家の銀行口座は、戦前からスイスのバーゼルに本部があるBIS(Bank of International Settelements)に設けられているとされている、とのこと。)

また、上のニュースが流れたと同時に、
それまで、
「空中戦(マスメディアでの露出をガンガン増やして、選挙に向けた運動をすること)はやらない」と言明してきた自民党の幹事長が、突然に宗旨変えを行い、空中戦を始めた、と。

元々自民党はメディアを使わずに、選挙区にお金をバラまいて票田を刈り取り、選挙戦に買って来た。
それに対して、野党時代の民主党は、選挙資金が十分に無いことから、バラエティ番組などのメディアに頻繁に露出して、マスコミをうまく使い選挙活動をしてきた、と。
そして、イタリアで選挙資金を止められた自民党は仕方なく、選挙活動の方法を変えた、と。


そして、このニュースは、一度だけ放送された後(日本では殆ど触れられなかった後)、
全世界でこのニュースに関する報道は、その後一切されなかった、と。


彼曰く、この様に不可解なニュースが流される時には、
必ず裏にメッセージが隠されており、
この場合には、このニュースは世界に向けたメッセージであり、
「ヨーロッパの銀行家たちは、今後、民主党政権が誕生する事を選択する」
という内容だったに違いない、と。
そして、民主党政権誕生の流れは、
この不可解な国債ニュースが配信された時点で決定していた、と。

*****

さて、これが真実か否かは分かりませんが、
下がその時のニュースに関する映像。


一番最後のNHKのニュースでは、「押収された、額面5億ドルの債権。これほど高額なアメリカ国債は、過去に発行されたことが無く、偽造と見られます」と言い切り、画面のテロップでも、「発行なし 偽造か」と出しているが、これは完全な嘘。



海外の番組。





******


追記:(2012/7/1)

この本の中で、「臨場感」に対する説明がある。

「より強い臨場感を持てば、その世界に対する理解はより深くなります。
それに対し、より弱い臨場感を持つ人は、それが比較的に浅くなります。」

「勉強ができる、できないという問題は、
すぐれてその世界により強い臨場感を感じることができるかどうかという問題なのです。
人並みの臨場感を感じている人と、
非常に弱い臨場感を感じている人との間に、雲泥の差が生じるわけです。」(p148-149)


これは、正に言えていると思う。
要は、自分に取ってそれが、いかに重要か。
そして、その世界をいかにリアルに感じられるか。
それにのめり込めるか。

それで全てが変わって来る。







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February 23, 2012

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池上さんによるシリーズの二作目です。
2011年の3月に刊行されました。
一作目は去年の終わり頃に読みましたが、
タイミングを逃して、レビューを書いていませんでした。

*****

以下は、アマゾンからのこの本の内容紹介より抜粋:

●「2012年問題」とは何か? 大国の指導者が総入れ替えも!
●超大国アメリカの憂鬱
●2010年代のキープレイヤーたち
 中国、インド、ブラジル、ロシア
●ボーダーレスな世界が抱える問題点
●「民族」「宗教」「資源」が世界の火種を生む
●政権交代はしたものの〜日本の抱える問題点〜
 日本の財政は大丈夫か?/TPP/領土問題/
●日本はどう進めばいいのか?


*****

「2時間で分かる」と銘打っていますが、
僕は大分無知識のところが大きかったので、
一々新しい言葉や気になる言葉が出て来ては、
「ほうほう」と調べながら読んでいたので、
2時間以上かかりました。

しかし、彼の解説は分かり易いですね。
今まで良く分かっていなかった、
オバマ政権に変わってからのアメリカでの問題や、
北朝鮮、中国、ロシアが抱える問題、
日本の政権が抱える問題、
そして、2012年問題など、
「俺って今まで全然分かっていなかったんだなあ」
と思うと同時に、
世の中の動きがスッキリと分かり、
何か、頭の中が整理された感じでした。
「なるほど、こういうことだったのか!!」と。

*****

彼が言う様に、
世の中の動きというものは、複雑そうに見えても、
実は凄くシンプルで、
要はそれを知ろうとするかどうか、ですね。

そして、一度自分で勉強をしたり、
調べて詳しくなったら、
それをこうして何処かに書いてみたり、
または、誰かに説明しようとしてみることで、
如何に自分が、まだまだ理解出来ていないかを、
客観的に知る事が出来ます。

*****

まだまだ自分は、
世の中の問題、経済、歴史などに疎いので、
日々勉強して行こうと思います。

2012/2/23 19:01



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February 06, 2012

4828415874

先日、東京工業大学の教授に就任された、
池上さんの本です。

2010年6月に出版されたものですが、
その当時の日本で話題になったニュース、
アメリカのサブプライムローン破綻後のリーマンショック、
ドバイショック、EUの問題、
中国の問題等、
大きく分けて書かれています。

この本を書こうと思った理由は、
普段ニュースを読む力を、より読者に付けて欲しい、との気持ちからとの事です。



「前書き」の部分で彼はこう言っています。

*****

「毎日くまなくニュースを見ていますが、池上さんが解説するように、深く読み解けません。
どうしたら池上さんの様に深くニュースを読み解ける様になりますか?」との質問を良くもらいますが、
比喩として、ジュースをストローを使って飲むところを考えて下さい、と。

ストローで吸い上げることによって、
ストロー内の空気が口に移動し、
気圧が下がって、ジュースが上がって来る、と。

ここでいう、空気を吸い上げる事が、
「ニュースを知った後に、誰か他の人に、話をしたり、書いたりすること」であると。

そうすることによって、
自分が分かったつもりでいたニュースを以外と知らない事に気づいたり、思っていたよりも理解をしていなかった事に気づく、と。

そうすることで、どこが分からないかに気づき、
その知らない部分をより知る為に、
更なる参考文献を読んだり、新しく自分で調べたりする、と。

そうすることが、より自分へ情報を引き寄せる力となり、
結果、一つの事に対して、詳しくなることができるのです、と。

*****

俺はこの例えを読んで、
とてもうまい例えだなと思いました。

確かに、自分では分かったつもりの事でも、
誰かにいざ説明をしてみようとすると、
以外とうまく話せないものです。


最近は本を読んだ後に、ここにレビューを書く様にしていますが、
それも、理由としては、

1、自分が読んだ本のリストを知りたい
2、自分がその本を通して何を学んだのかを客観的に知りたい
3、「俺はこんなに本を読んでいるんだぜ」というのを、周りの人に知らしめていい気分になりたい

という理由が挙げられますが、
(3の理由が一番強かったりして。)

実際、本を読み終わって、その本に関して書こうとしてみると、
以外と、「あれ?俺、分かったつもりで全然分かってないじゃん」
と気づきます。

または、自分では、
「俺、こんなことをこの本を読んで思ったけど、もしかしてかなり冴えてる?」
なんて思う訳ですが、
いざ文字にして、客観的に読んでみると、
「大した事言ってねえなあ」と気づいたり、
または、毎回同じ様な、自分の主観が入りまくった感想で終わったり、
「これってただの自己満じゃん?」という内容だったりと、
まあ、自分を客観的に見れるわけです。


そして同時に、色んな人の目にさらされるので、
いざ感想を書き終わった後でも、
「そういえば、本の中のあの箇所について触れてなかったな」とか、
「ああやって書いたけれど、本当はこういう見方もあるんじゃないだろうか」とか、
色々と考えることになるわけです。


その結果、
本を読み終わった後よりも、
感想を書いた後の方が、もちろん、
その本に対しての理解力は深まるし、
更には、その感想を書いてから、
しばらくして色々と考えた後の方が、
益々、その本に対して、理解が深まる気がします。



これは、音楽や、映画に関しても同じ。

ここに、自分の観た映画や、自分の好きな音楽の感想を書く事で、
より、その事物に対して、
愛着がわいたり、より、記憶が深まったりするのです。

*****

というわけで、
池上さんの言っていることは、
いかにニュースをより深く読むか、の例えなので、
俺がここに書く、本や映画、音楽の感想のこととは、
ちょっと異なるのですが、
それでも、彼の言わんとしていることには、
とても共感ができます。

*****

ということで、
これからも、「こいつの感想は幼稚だなあ」と影で笑われる事も沢山あるとは思いますが、
コツコツと、自分の感想をここに書いて行こうと思います。



相変らず、この本自体の感想に全然なっていないし。

2012/2/6 22:51





shunsukesekine at 22:51コメント(0)トラックバック(0) 

December 13, 2011

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この本は、
多くの著名人が書いたエッセイで構成されている。


その中に、UNIQLO、ファーストリテイリングの柳井さんのエッセイがある。


彼はしきりに言っている。
「失敗を何度もして、そこから学び、次に生かして、成功すれば良い」と。

彼も、ユニクロの事業を通して、
沢山失敗をして来た。

しかし、その失敗から何かを学び、それを次に生かせば、その行動はやった意義があることになる。


******


ものごとが思うようにうまく行かなかったり、または、結果がすぐに出ずに焦りたくなるときも、あるだろう。

しかし、そんな自分に希望をもたらす確実な「事実」とは、
「失敗しても、そこから何かを学び、次に生かして、決してやめなければ、
必ずいつかは成功する」ということ。


それさえ、分かっていれば、
焦ることも、自信をなくすことも無い。

*****


それは、ただ、神頼みをするよりも確実だから。


2011/12/13. 14:37


PS.ちなみに、
最近の本は、こういう題名の本が本当に多いですね。

マイケル・サンデル氏の
「これからの「正義」の話をしよう」の影響じゃないでしょうか。

ついつい、脳がないと思ってしまいますね。
多分、こういう題名を付けた方が売れたんでしょうね。





shunsukesekine at 17:46コメント(0)トラックバック(0) 

September 01, 2011

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池上彰さんの本。

実際の中味は、
ニュースの読み方以外に、
本の読み方、
情報の発信の仕方、
文章の書き方、
ひとの話の聞き方、
などなど、
彼の経験を元にした内容が、
盛りだくさんの、満足の一冊。


それにしても、
彼の文章は、本当に読みやすくて、
かつ、彼の人柄が表れている。

至って真面目に書いてあるんだけど、
そこには、彼の独特のユーモアが入っていて、
読みながら、思わずぷっと吹き出してしまう箇所がいくつかあった。
電車の中で読んでいたので、前の人に思いっきり見られた。

(彼が、普段何かをメモする時に、濃いめの鉛筆を使うというエピソードで、
「濃いめの方が、針が柔らかく、スラスラと書けるので、
まるで自分のアイディアが、天に羽ばたいて行く様です。
たまに、余りにもスラスラ書き過ぎて、『あれっ、これは何を書いてあるんだろう?』と、自分でも読めないこともありますが」などのくだりがかなり面白い。)


他にも、彼の読書術とか、
(彼が、本は、
「お姫様」と「奴隷」に分けて、
奴隷の本は、線を引きまくったりして使い倒し、
お姫様の本は、
自分の好きな大事な本を、
カバーに入れて、たまに読み返しては、しみじみと眺めることに、読書の本当の幸せを感じる、という、すごく共感する箇所があった。)



他にも、
彼がNHKの新人時代に、ローカルの交番に通って、そこで、
刑事から事件を聞き出す方法とか、

子供ニュースで、人に分かりやすく物事を伝えるには、どうしたら良いか、とか、

世の中のニュースは、どうできていて、
どの様な仕組みなのかを知ることで、その読み方が変わってくることとか、

何かを発する時に、
(文章を書くとき、
言葉に出して、伝える時)、
どうしたら、より相手に分かりやすく、伝えられる様な力を付けられるか、など、

非常に、勉強になる内容ばかりだった。


(例えば、常に、
目の前にある状況を、報告書に書かなきゃいけないと考えて物事を観察すると、
細かいことに気づく様になり、
目利きが効くようになること、とか。
実際に今日、
ランチを買いに行く時にためして見たら、
本当に色々と記憶に残って、
楽しかった。)




と、とても良い本です。
ぜひオススメ。

2011/9/1. 0:12





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