2011 Li & Jennifer's Wedding in 台湾

February 18, 2011

その2からの続きです。

*****

18時に彼らの部屋に戻り、
一緒に出かける。

彼らはこれから、リーのFormer Boss(前の会社の上司)
と、食事を共に20時からする約束があるらしく、
その間俺は、
リーの親戚の家に預けられ(笑)、
彼らと一緒にディナーに行く事になった。

その親戚の方々は、
昨日の夜、ナイトマーケットに行く前に
会った方々。

リーの、おばさんに当たるらしい。

その旦那さんは、今朝ホテルの朝食の場所で会った方。

彼は、高雄市の副市長の護衛をしている。

リー曰く、
「彼は非常に細く見えるが、
実はああ見えて、かなりマッチョなんだ」と。

それと、彼らの息子の9歳の男の子。
名前が分からない。

それから、黒ぶちメガネをかけて、
親戚一同からは、「ベアみたい」と
可愛がられている、普段は台北に住む
リーのいとこ。

この中で英語が話せるのは、
このいとこだが、
ほとんど話せず、正直英語を使っての
コミュニケーションはほぼ難しかった。

そして、このお母さんは、
昔日本語を習っていたらしく、
少しの日本が使える。

しかし、それも怪しいので、
一生懸命、
何度も話しながら、
お互いにやり取りをした。

お父さんと息子とは、
目でのアイコンタクトのみ。

しかし、そんな環境が、
非常に楽しかった。


彼らの家に行き、リーとジェニファーが去ると、
俺たちは5人で、お父さんの運転する車に乗った。

彼らの住む家は、30階建ての高層ビル。
その29階にすむ彼らの部屋から、
地下2階の駐車場まで
エレベーターで降りる。

車に乗り、
台湾のオリジナルの店に向かう。

どこへ向かうか全然分からず、
言葉も通じず。
しかし、そんな状況が楽しい。
久々の、”旅”感覚。

もう、2007年1月のグアテマラへの旅以来、
4年もしてないですからね。

*****

車が着いたのは、
鍋の店。

聞くと、高雄市内で、
一番美味しいということで有名な
鍋の店。

かなり街から離れたところにあり、
辺りは真っ暗なところにあったが、
店の中は、多くの人で賑わっていた。

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席に付き、
お母さんに聞きかなら、
適当に頼んで頂く。

途中、トイレに行きたくなり、
息子と一緒に歩いて行く。

それらしき方向に行くが、行き止まり。
奥では宴会のようなものをやっていた。

行き先を変えて、
別の方向へ向かう。

息子の後に付き、
トイレに向かう。

「キミが俺のトイレへのガイドだ。」

そんなことを思いながら彼の後を歩く。

****

用を足すと、
お父さんも来ていて、
水道で、しっかりと手を丹念に洗っていた。

彼は、俺は非常に好きなタイプだった。
何かキッチリしていて、
余り笑わないけど、
実は気さくな人だった。

テーブルについても、
率先して鍋を作ってくれて、
出来上がると、「できたよ」
みたいな事を言ってくれて、
教えてくれた。

サーブしてくれるお父さん
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俺たちが食べた鍋は、
豚肉や、白菜や、練り製品など、
色々なモノが入っている鍋だった。

付けるタレは、
日本で言うと、ポン酢とゴマだれを混ぜた様な味。
凄く美味しかった。

左側がタレ
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他にも、ヴェトナムの生春巻きみたいな感じだけど、
外の生地はもっとしっかりしていて、
まるでメキシコのブリトーと、ベトナムの生春巻きを
合わせた様なものも食べる。
これも、美味しかった。

*****

後でリーやジェニファー、
それからこの家族にも言われたけど、
俺は基本的に、出されたものは何でも食べて、
全部「おいしいおいしい」と言っていたから、
驚かれたみたい。

結構、台湾に来る人々は、
そのものを見ても、食べもせずに「いいです」と言ったり、
食べても、好きじゃない場合が多いそうな。

でも俺は、何でも食べて、
勝手にうまいうまいと喜んでいるから、
とても喜ばれた。

*****

リーには、「後でまた一緒にナイトマーケットに行くから、
がっつり食べるなよ」と念を押されていたが、
家族も沢山よそってくれるので、
結局、苦しいくらい食べる事に。


店を出るとき気づいたのだが、
今回この家族は、
「マイ箸」ならぬ、
「マイ箸」と「マイスプーン」を持って来ていた。

食べ終わった後、それをナプキンで拭いて、
それをケースに入れる。

どこのテーブルでも、そうしているそうな。

それから、飲み物は頼まないし、
日本みたく、水が出てくる訳でもない。

喉が渇いたら、自分たちで持って来ていた
水筒から、水を飲んでいた。

最後に頼んだ牛肉麺
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食事中に、
お母さんが筆記で色々教えてくれた
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店では、こうして店員が見えるところで
作っている。
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*****

店を出た後、
リーたちが帰ってくるまで時間があるとのことで、
高雄市内の環境スポットを、
少し車で回ってくれた。

最初に行ったのが、
「龍虎宮」と呼ばれる、
その名の通り、龍と虎のいるお寺。

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今は夜で閉まっていたけど、
ここには日本人観光客もよく来るそうな。


それから、孔子廟(こうしびょう)にも行った。

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ここの景色は、
「千と千尋の神隠し」で、
最初に千尋の両親が豚になり、
千尋があわてて帰ろうとするが、
元来た道は水が張っていて、
帰れない。

そのシーンの景色に、
雰囲気が凄く似ていた。

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******


30分程観光して、
家に帰る。

上からの眺め。
左下に見えるドームは、
コンサートをしたり、試合をしたりするコンベンションセンター。
この日は何かのコンサートをしていて、
もの凄く混んでいた。






しばらくすると、リーたちが帰って来た。

その後、お父さんが果物を洗って出してくれたので、
食べていると、
お父さんは、何やら外へ行く支度をしている。

どこに行くのかリーに聞いてもらうと、
これから、果物を買いに、
ナイトマーケットへチャリでいくらしい。

そういうのは凄く好きなので、
俺も一緒に行かせてくれと頼む。

で、お父さんと2人で、
マウンテンバイクに乗って、
いざ外へ出た。

そのマウンテンバイクはやたらと座高が高くて
大変だったが、
お父さんの走る後に続き、
夜の高雄市内を自転車で駆け抜ける。

こういうの好きです。

車で走るよりも、
歩いたり、自転車でその街を走った方が、
よりその街の事を知れる。


夜の高雄市内をお父さんとチャリで突っ走る
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お父さんはやはりここでも非常に律儀で、
曲がる前には必ず、
手でサインを出してくれる。

日本でこんなサインを出す人はいませんが、
俺はアメリカ時代、チャリで通学をしていたとき、
車道を走っていたので、
道路交通法に基づき、
チャリの運転時の手でのサインは知っていました。

なので、お父さんが出すサインのおかげで、
かなり早いスピードで走る彼にも付いて行けました。

*****

自分一人では絶対に行かねえだろうというような
路地裏の道を通り、
公園を抜け、
住宅街の裏を抜け、
表通りに出ると、
そこには、街の人が買いにくる果物だけの
八百屋さんのような店があった。

そこで、お父さんは、
赤い色の果物を、
一つ一つ、非常に丁寧にチェックしながら、
真剣な顔で選んで行く。

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どうやら、この果物を選ぶポイントは、
茎の付け根の部分を押して、
少し柔らかいくらいが、食べごろのようです。


それを5個位選んだ後は、
もう一種類、
別の果物を選ぶ。

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これもやはり、
店頭に置いてある方じゃなくて、
レジの前にあった、
ちょっと古くなっているけど、
2個ワンパックでちょっと安売り、
みたいなものを見つけて、
それを、俺には4パックとも同じに見えるんだが、
そのうちの8個を、一つ一つ丹念にチェックし、
店員のお姉ちゃんとも何やら話し合いながら、
結果、その4パックのうちの別々に選ばれた2個をチョイスして、
それを買っていた。

この拘り。
好きです。

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******

また、チャリに乗って、
帰り道を走る。


家ではリーと男の子が
碁みたいなので遊んでいた。
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家に着き、
その果物を洗って、食べる。

赤い方は、ちょっと渋いが、
梨みたいな味だった。

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で、もう一個の方は、
見た目はグロテスクだが、
非常に甘くて、
本当に美味しかった。

これも、「さあ食べなさい食べなさい」と、
色々薦められて、沢山頂いた。

やはり俺が好き嫌い無く全部食べているので、
家族はみんな、嬉しそうにしていた。

なんか、えさを与えられている羊みたいですね。


一家と。
本当にいい家族でした。
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*****


そんなわけで、
全てが終わったのは、23時過ぎ。

完全に疲れきった顔のリーとジェニファーと一緒に、
TAXIでホテルへ戻る。

明日は、朝9時の集合。


完全に一日を満喫しまくって、
2時ごろに就寝した。

*****


続く。


2011/2/4 22:42



shunsukesekine at 16:44コメント(0)トラックバック(0) 
その1からの続きです。

*****

披露宴が始まったのは、確か12時過ぎ。

披露宴会場には、沢山の人が集まっていた。







中央でカメラを懸命に撮る方は、
ジェニファーサイドの親戚の方。
俺と食事の席が一緒の彼は、
とても良い方だった。
俺は勝手に、「牛河さん」(村上さんの『1Q84』に出て来そう)と呼んでいた。
大変失礼致しました。
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約、10個程あるテーブル。
一つのテーブルには、10人程が座っていたから、
全部で100人近くがいた計算になる。

披露宴会場では、
式が始まるまでは、俺はテーブルに座って、
ベンジャミンと話をしていたけど、
途中で呼ばれて、
披露宴の始まる瞬間、
俺と、スーの2人で、
まずは最初に会場に入り直す。

ジェニファーの弟のベンジャミンと
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100人ほどが見守る中で、
カメラマンも撮影をしながら、
フラッシュの中を歩くのは、
かなり緊張しました。

こんな風に、
台湾の完全な世界の中で、
中国語の分からない日本人が一人、
新郎の友人代表で歩いているのが、
何か不思議でしたが、
逆に、
こうして完全にその国の文化に入り込める機会なんて
中々無いと思うので、
こうして、親友代表として呼んでくれた
リーには、本当に感謝です。

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こんな風に、他の国に行って、
日本から完全に離れて、
その国の文化に入り込んでいる時、

世界って、本当に色んな国があって、
本当に、色んな人たちがいて、
俺の知らない世界が何万もあって、
それが、今この瞬間に、
世界中で起こっているんだと思うと、

で、そのほんの一部しか、
自分は知らないんだと思うと、

もっともっと、外に出て行きたいと思うし、
もっともっと、広い世界を知りたいと思うし、

同時に、一日も無駄にしている時間なんて
全然ないじゃないか、と、

そう感じる。

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******

日本にずっといると、
自分の日々が「当たり前」になっちゃうけど、
実際は、世界で見たら、
それはほんの200分の1の国の中の、
本当に小さな場所で起こっていることでしかない、
ということを、
常に忘れずに、
常に、広い世界を見ながら、
毎日を生きていたい。

そう、強く思った。


リーとジェニファー






******

その後、披露宴では、
凄く美味しくて、豪華なお皿が、
12皿も出て来た。

俺の右隣に座っていらっしゃった、
82歳の男性は、
自分が小学校まで日本語を習っていて、
その後第二次世界大戦が終わり、
教育は全て中国語にシフトチェンジして、
その後日本語を使う機会がなかったけれども、
58歳の時に、再度、
ビジネスで日本へ行く機会があり、
それから学んだという、
本当に上手な日本語で、
沢山気を使って下さり、会話をして下さった。

その素敵な男性と
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台湾の文化では、
常に年上を敬う。

このテーブルでも、
一番年上は彼だったから、
いつも新しい料理が来るたびに、
彼が初めに料理を取れる様に、
他の方が彼に気を使うんだけど、
実際には、そんな彼が、
客人である俺に、
「さあ、一杯食べなさい」と、
色々とよそって下さったので、
結局、俺と彼が一番最初に、
全ての品を味わうこととなった。

他の方には恐縮である。

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*****

途中で出て来た、チキンが入ったスープは、
本当に美味しかったので、
後でジェニファーとリーに、
「あれがおいしかったよ」と言うと、
どうやらそれは、あわびだか何だか、
本当に高級なものが入っていたそうな。


聞くと、今回の食事は、
一人頭、8000円はするものらしい。

台湾で普通に食事をしたら、
一食200円から300円ですむ訳だから、
この料理は、いかに高いかを、
物語っている訳です。

いやあ、感謝、感謝です。

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******


結局披露宴では、
俺がリーの付き添いを常にする必要もなく、
最初にウェディングドレスで時間を少し過ごした彼らは、
会場の真ん中に位置したテーブルで、
彼らに一番近い方々(両親など)
と一緒に食事をとり、

後は、一度ジェニファーが赤いドレスに着替えると、
全てのテーブルを回って、トーストをして、
その後、またすぐにドレスを着替えに行った。

赤いドレスのジェニファー、及びリーと
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その後、最後は水色の
かわいいドレスに着替えて、
最後に少し時間を過ごして、
披露宴は終了となった。

俺は、しっかりと料理を頂いた。
本当に美味しかった。

新郎新婦は、各テーブルを回り、
祝杯を挙げて、お互いに感謝をする。
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*****

最後、親戚一同が帰るところで、
みんなが、新郎新婦に声をかけて、
握手をし、ハグをし、
写真を撮って、帰って行く。

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日本では、あんまり、
こんな風に、誰もがお互いに抱き合ったり、
写真をとことん撮影したりってのは
余りないけど、
台湾は、何かみんな近いというか、
写真にしても、
自分が気に入るまで、何回も撮ってもらったりとか、
変に気を使うところがないなあ、と、
同じアジアはアジアでも、
日本と大きく違う点を感じていた。

リーたちの式場と反対側の会場でやっていた、
式の入り口の風景を勝手に撮影。
台湾の結婚式は通常、
こんな風に、新郎新婦の写真を
大々的に飾る。
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式の後で





*****


式が全て終わった後、
リーの部屋に行く。

そこで、最後に、リーの両親と、
ジェニファーの家族が帰るまで、
待つ。

今回、リーの親戚サイドのいとこに当る女の子4人がいたんだけど、
リーのお父さんも、お母さんも、
やたらと俺に紹介をしてくる。
俺には彼女がいるって言っているのに、
みんな、「He is a good man」とか言いながら、
紹介をしてくれた。

その後、その女の子たちが帰る前に、
なぜか一人ずつ写真をせがまれた。

後でリーとジェニファーに聞くと、
「お前は台湾ではモテるんだよ」と。

どうやら、俺の顔は、
台湾人のネイティブに近いと言われるし、
台湾ではやたらとモテる部類の顔らしいです。

確かに、アメリカにいる時にも、
なぜか台湾のレストランに行ったりすると、
そのレストランの店員のおばちゃんが、
「ユーアーハンサム」ってわざわざ声をかけに来たり、
台湾のコミュニティには、結構モテました。

日本では一切そんなことはないのにと言うと、
「じゃあ、台湾に引っ越せよ」と。
俺は彼女がいるのでそれはないでしょうが、
少なくとも、人間モテるというのは、気分のいいものです。
まるでスターになったかの気分でした。(←自惚れや)


写真をせがまれた子たちと。勝手にスター気分
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リーと
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*****

さて、ドレスから洋服に変え、
スーツを脱いですっかりくつろいだ2人と、
ホテルの客間に座って、ゆっくり話す。

2人は、式ではほとんど食事を食べられていなかったので、
式で食べられなかった食事を、
誰かが皿のまま持って来てくれていたらしく、
ちょっと冷めたその食事を食べていた。

俺は、ジェニファーに見せてもらった、
彼らが台湾で撮ったという、
写真集を見せてもらった。

とても良くできていて、
まるでプロのモデルみたいだった。

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これは、俺と彼女もやろうと思い、
ジェニファーにしっかりと、カメラマンの情報をメモっておいた。

日本円で、
このアルバムの写真撮影と、
メイクアップ、ドレス貸し出し、
アルバムの作成料、
今回の式までの分のドレスの貸し出し分も全て入って、
15万円程とのこと。
安いですね。

******

さて、式も終わって一息ついた2人と話す。
リーは言う。
「お前は本当にナイスガイだよ」
俺も、今回リーが俺を呼んでくれたおかげで、
こうして台湾の文化に入り込めたから、
本当に感激して、感謝していたので、
その御礼をする。


今回思ったけど、
こうして英語で話す関係って、
年上でも、敬語とかないので、
ある意味、良い意味で距離が無いというか、
凄く気楽で、自由で、楽しかった。

俺は、18歳から24歳まで、そんな環境にいたから、
そっちの方が、何か恋しかった。

後は、自分の友達に久しぶりに会えて、
楽しかったんだろうね。

*****

彼らと話した後、
一旦俺は自分の部屋に戻り、
また18時に集合となる。
時間まで1時間位あったので、
20分程昼寝した。

次に続きます。








shunsukesekine at 15:28コメント(0)トラックバック(0) 
2月4日にこの記事は書き終えていましたが、
写真の編集に時間がかかり、
今日のアップになりました。

******

2011年1月29日(土)

さて、いよいよ式当日。
朝は6時に起きて、そのままシャワーを浴びて
支度をして、
約束の7時に、下のレストランに行く。

レストランは、飛行機のクルーは半分程。
後は、スーツを着たビジネスマン。

俺は、リーが来るまでオレンジジュースだけ飲んで
待っていた。

しばらくすると、リーが登場。
2人でご飯を食べる。
途中、リーの従兄弟の息子も登場。
そのお父さんも登場。
俺はその夜、この家族と一緒に
食事をとる事になる。

*****

朝、こうして、食堂のようなところで、
自分の友達と一緒にご飯を食べていると、
大学1年目の、寮のカフェテリアを思い出す。

俺は結構、寮って好きだったな。
朝起きて外に出ると、
必ず誰かいるし、寂しくないし、
皆一緒に住んでいる、っていう感覚が好きだったな。

*****

朝食を8時前に終わらせ、
8時15分集合で、リーの部屋に集まる事にする。
新しいヘアスタイルのセットに
思ったより時間がかかり、(というのはウソで)
8時半前に彼の部屋に着く。

彼の部屋に着くと、
やつもまだ支度をしていた。

*****

ちなみに、今日の俺の役は、
リーの親友代表ということで、
花婿のフォローを全てする。

例えば、
花婿が歩く際には、いつも横にいて、
何か問題があった場合には、
俺が率先して手を差し出す。

式の披露宴で、
新郎新婦は、各テーブルを回り、
全てのテーブルで、トースト(祝杯)をして、
お酒を飲む訳だが、
もしも新郎が飲めなくなった場合、
代わりに付き添いの俺が飲む。

などなど、
「明日の式では、お前のフォローが一番大事なんだから、
Get ready for getting drunk」と、
念を押された。

******

そんなわけで、
「今日はリーの為なら何でもします」と、
まずは、リーの靴を磨いてやった。

リーのプラダの靴を磨いている最中、
彼の両親と、親戚が部屋に登場。

そのまま、支度をして、
今度はリーの両親が泊まっていた部屋まで
移動する。
(彼らは俺と同じ17階のフロアに泊まっていた。)


そこでは、リーのお父さん、
お母さん、いとこなど、みんないた。
お母さんは、プロのスタイリストが来ていて、
髪の毛をセットしていた。

右がリーのお父さん
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******

さて、時間になり、
俺とリーは、もらった花のブーケを胸に刺し、
再度、リーの部屋へ。

そこで、最後の支度をして、
そのまま、ホテルの下に出て、
花嫁であるジェニファーを迎えに行く。


******

下に降りると、
黒いリムジン2台が待っていた。
俺は、どうやら前のリムジンに乗るらしい。
全部中国語が飛び交うが、
状況を察して、ささっと動く。


車に乗ると、助手席には、
デカいカメラを抱えた、
メガネをかけたカメラマンのおっちゃんが乗り込んでくる。

彼は、今日のこの日、
リーと俺が、彼の部屋で
お茶を飲み、部屋を出るところから、
撮影をしていた。

まさか、こんな風に、
プロのカメラマンが付くなんて、
全然知らなかった。

*****

その後、後ろの車に
リーも乗り込み、
いざ、車が出発すると、
何とそのカメラマンは、
助手席の上のサンルーフを開けたかと思いきや、
シートベルトも何も無しで、
いきなり助手席のシートの上に靴を脱いで立ち上がり、
カメラを抱えて、上半身を全部車から出して、
俺たちの後ろに続く花婿の車の撮影に入った!!

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かなり、ビックリしたが、
「これが台湾式か・・・!!」
と、衝撃を受けた。

「これって、違法なんじゃないんすか?」

運転手に聞くと、
「これはね、結婚式の時は、いいのよ。
This is the way it is」と、
英語の喋れる運転手は教えてくれた。

すげえな、台湾。


花嫁のホテルへ向かう間の映像






*****

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そのまま、俺たちの車二台は、
花嫁の待つ、ホテルの入り口に到着。
そこで降りて、俺は花婿のドアの方に近づき、
また2人で、ズンズンと花嫁の待つ、
上の階へ歩く。

そうそう、ちなみにこの時、
俺は、花嫁の付添人になるスーに渡す、
赤いバラの花束のブーケを持っていた。

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俺とリーがロビーを歩く時も、
カメラマンが前を歩き、
非常に明るい証明で照らされながら、
ロビーの人たちもみんな見ている中で、
そこを歩く。

別に俺の式じゃなかったのに、
なんかセレブリティになったみたいで、
勝手にウキウキして、緊張していた。

*****

エレベーターは上に付き、
ジェニファーの待つ部屋に入る。

ホテルの客間に当たるところで、
俺とリーは腰掛けて、待つ。
そこで、暖かいお茶を出してもらう。

リーの親戚に当たる方々も来て、
カメラが撮影する中、
背筋を伸ばして、待つ。

カメラがいるだけで、緊張するもんですね。
別に俺が主役ではないんですが。

緊張の面持ちで待つリー
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リーの従兄弟とその息子
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*****

しばらくすると、いよいよ花嫁のジェニファー登場!

ジェニファーは、白いウェディングドレスを来て、
とても綺麗だった。

そのまま、ジェニファーとリーは、
2人で少し、くっついて話し、
待つ。

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しばらくすると、花嫁の両親が奥から登場。

両親を前にして、
花婿と花嫁は、
両親に挨拶をする。

後で聞いて分かったが、
これが、花嫁にとって、
自分の両親への最後の別れの瞬間らしい。

ジェニファーは、涙を流していた。

俺の側からは、
ジェニファーの両親の顔は見えなかったが、
お父さんも、お母さんも、
泣いていたらしい。

ジェニファーは、涙が止まらずだった。

後でジェニファーに、この時のことを
聞くと、
「あのとき、私のお父さんの寂しそうな顔を見たら、
もういてもたってもいられなくなっちゃったのよ」と。

リーも、神妙な面持ちで、
「俺はこんな大事な娘さんを、妻として迎えるんだな」
という感じで、責任感を感じているかの様な、
そんな顔をしていた。


両親を前に、
涙ながらの最後の別れをする花嫁
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******

彼らを見ながら、
俺の横では、ジェニファーの親戚でおじさんに当たる、
自己紹介も無しに急に解説をしてくれた方が、
色々と教えてくれた。

「ここでは、こうこうこういうシーンなんだ」
「これは、こうなんだ」

後で披露宴のときに判ったが、
彼は貿易のビジネスをやっていて、
それで英語が喋れるそうな。

解説はとても有り難かったが、
彼が凄く顔を近づけて解説をしてくれているとき、
俺の左目に彼のツバが命中して、
超痛かった。

まあ、そんなのはどうでもいいんだけど、
そんな訳で、
親戚一同、
たった今誕生した、新郎新婦に、
感動の拍手。

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感動的なシーンを終え、
その後はまた、
リーの家である、
彼のホテルへ、向かう。

ここで、リーは、花嫁であるジェニファーと一緒に歩き、
俺は、花嫁の付添人である、妹のスーをエスコートする。

この時初めてスーとは会う。
「初めまして」と挨拶し、
そのまま彼女と腕を組んで、花嫁と花婿の後を追う。

そこで、俺が持って来ていた
バラのブーケを、スーに渡す。

*****

花嫁のウェディングドレスの末端は、
キッズ2人が、持ってくれる。

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*****

その後、今度は、
ホテルの下で待っていたリムジンに、
先に花嫁と花婿が乗り、
俺たち2人は、
後に続く方に乗る。

この時、カメラマンは、
もう一台来ていた別の車で、
花嫁と花婿の乗る車を、
徹底的に撮影する。


前の二台の車に注目
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まるで、映画のワンシーンかよ、
アクション映画かよ、
と思う様な徹底振りである。

さすが台湾。


*****

車の中で、スーと話す。

彼女の英語名はCadyだけど、
苗字がHsu(スー)で、
彼女の日本人の友達は、「スーちゃん」って呼んでいるということなので、
スーちゃんと呼ぶ。

スーは、今は22歳。
聞くと、プロフェッショナルのテニスプレイヤーだとか。

俺の会社の先輩の彼女は、
プロフェッショナルのバドミントンプレイヤーなので、
ちょっとした共通点があってビックリした。

スーは、試合や練習などで、
年に合計3ヶ月は、日本に来ているみたい。

車の中で、20分くらいあったので、
練習の様子とか、
学校の事とか、
色々お互いに話をした。

スーは、ジェニファーと同じ様に、
凄く性格の良い子で、
とても話しやすい子だった。

英語がうまいので、
どこで習ったの?と聞くと、
試合で世界中を回る際に、
周りの友達を話をして、伸ばしたそうな。
さすがだね。

*****

ちなみに、俺はこの時
車がどこへ向かっているか、分からなかった。

どこか、大きな披露宴会場に向かっているのかな?
と思っていた。

なぜなら、車は、20分以上、
朝来た道と別の道を走っていたから。

朝出た俺たちのホテルから、
花嫁のいるホテルへかかった時間は、ほんの5分程だった。

でも、いざ車が目的地へ着くと、
それは、朝俺たちが出たホテルだった。

どうやら、花嫁を出迎えてからは、
街の中を遠回りをして走るのが習慣みたい。

******

いざホテルへ着き、
再度、リーの部屋へ花嫁をエスコートして、
スーと、キッズ2人と、
6人プラスカメラマンたちで、
部屋へ向かう。


新郎新婦は、お互いに杯を交わし、
抱き合う。


気づくと、どんどん色んな人が部屋に入ってくる。

どうやら、台湾式の場合には、
チャペルに行って、誓いを立てるとか、
寺院で誓いを立てるとか、
そういうのは無いみたい。

(実際のところ、リーとジェニファーは、
去年2010年の1月に、
アメリカのCity Hallで、既に籍は入れていた。
で、2010年の10月にも、アメリカでの披露宴も行っていたのだが、
今回は、ジェニファーの親戚は、ほとんど台湾にいるとのことで、
ジェニファーの為と、及び、リーの台湾にいる親戚の為に、
3回目の披露宴をあげたのだとか。)

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*****

正直、今この日記を書いていますが、
その流れを明確に思い出せない自分がいます。
全部中国語だったからなのか、
それとも、記憶力が落ちているからなのか。

どっちにちても、ショックです・・・

*****

まあそんなわけで、
ここからは、写真を撮ったり、
親戚の方に挨拶をしたり、
下に出て行って、
川のほとりで、写真を撮ったりなど。

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ジェニファーとスー
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カメラマンを見守るキッズ
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リーは途中で、両親を迎えに行った。

リーの両親も部屋に来て、
その後、披露宴まで、時間を過ごす。


ジェニファーはリーの両親にプレゼントを渡していた。
リーのお母さんのヘアを直してあげているジェニファー
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次はいよいよ式が始まります。
続く。

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February 04, 2011

ナイトマーケットのある駅につき、
屋台の並ぶところまで歩く間、
リーと話した。

結婚について。
仕事について。

リーは、正直、
ジェニファーとこんなに早く、結婚するとは思っていなかったらしい。
むしろ、リーの両親が、
リーの結婚をいつも心配していて、
ジェニファーが彼らの家に部屋を借りに入って来た時、
(俺と同じ様に、ジェニファーも間借りで入って来た。
そうして彼らは出会った)
ジェニファーは美人だし、性格もいいし、
リーにはぴったりだ!と、
むしろ両親が、2人の恋のキューピットとなった。


リーは笑いながら言っていた。

「ジェニファーが両親の家に入ってから、
何かと両親は、俺とジェニファーが一緒になるようなシチュエーションを
作ろうとするんだ。
例えば、家のドアが壊れると、
俺をわざわざ呼んで、俺が直している間、
ジェニファーも呼んで来て、2人でいさせるとか。
ジェニファーにもドアを直せって頼めってか?笑」と。

そんなリーのお父さんとお母さんの顔と、
リーが困っている光景が、容易に想像できて面白い。


******

それから、仕事に関して。
リーも、大学を出てからは、
ずっーっとretail storeのTargetで働いていたけど、
このままじゃマズいと思い、
当時付き合っていた彼女の勧めで、
いくつもの会社にResumeを出して、
面接も何回も受けにいったそうな。

"you know, you don't now what kind of job you want to do,
but as long as you take many interviews,
at least you know what kind of job you don't want to do after the interview,
so just keep on sending resumes and taking many intervires."
と。

また、自分の人生を築くには、
一度、自分が全然思いつきもしない様な
分野の仕事に目を向けて、それをトライしてみるのも、
悪くはない、と、
「試してみるまでは、それがもしかしたら
あっているかどうかもわからないんだから」と。

あとは、実際に会社を所有しているボスのために働く場合と、
ボスの下にいる、マネージャーの下で働くことの違いについても、
教えてもらった。

ボスの為に働く時というのは、
ボスはそれが自分の会社だから、
多くを求める。
妥協は無い。

しかし、マネージャーの為に働く時は、
結局はマネージャーも雇われの身だから、
求める仕事の量と出来高には、
ボスの求めるそれと、大きな違いがある、と。


そんな話をもっとしたかったが、
あっという間に屋台について、
一気に食べ物の話に話題が切り替わった。

******

さて、ここからは、
食べた料理を紹介。

最初に食べたこれは、
カキ(オイスター)の、お好み焼きみたいなやつ。
でも、中は生地がプリプリで、
大きく見えるが、あっという間に食べられた。

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で、その同じ屋台で食べたこの小龍包は、
超美味しかった。

値段も、一皿100円もしない。

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屋台の様子
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ここでも面白かったのが、
俺たちが座った席の横には、
タピオカーティーが置いてあった。

(席と言っても、凄く低い板のテーブルが
置いてあって、
その横に、おままごとの様な、
ちっちゃな簡易式の赤いプラスチックの椅子が
置いてあるだけなんだけど)

中に結構な量が入っているそのタピオカティー、
誰かが置き忘れて行ったのかと思いきや、
時たま空いたテーブルを片付けにくる、
その店のおばちゃんが、
俺たちの前のテーブルを片付けにくるたびに、
そのタピオカティーを少し飲んでは、また置いて行く。

「えっ? あのタピオカ、おばちゃんのものだったんかい!?」
と、リーに言ったら、リーも驚いていて、マジでウケた。

こういう、アバウトさがいいよね。

******

その後は、俺が二十歳の頃にサンノゼのリトルタイワンの
「台南」っていう店で試して、大嫌いになった、
「臭豆腐」を試す。
(英語名、"Stinky Tofu". そのまんまやん!というネーミング)

俺は、なぜその豆腐が、
こんな匂いじゃなきゃいけないのか、よく分からないけど、
どんな匂いかというと、「獣の匂い」。

そう、動物園でかぐ、獣の匂いです。
以前、De Anzaの先輩は、
「it smells lika a "Zoo".」と言っていた。
まさに。

好き嫌いのない俺も、
これだけは嫌だったが、
リーが、「実際は、この豆腐を揚げた後は、
匂いがしないんだ!うまいから試そうぜ!」と
強く押してくるので、
せっかくだからと試してみた。

恐怖の臭豆腐
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上に一杯、酸っぱい味のする薬味の
白菜を載っけて、食べる。

実際は、まあまあ、悪くはなかったが、
やっぱり、多少獣の匂いは残るし、
第一、なぜこんな匂いのするものを
至るところで皆が食べているのかが、分からない。
納豆見たく、体にいいから、
みんな食べているのかもしれないが、
そうじゃないと、Doesn't make senseだぜ、と思っていた。

でも、納豆も、
日本人は、体にいいから、というより、
食べたくなるから食べている方が多いから、
臭豆腐も、小さい頃からずっと食べていると、
それが恋しくなるのかもね。

人間の育ちと習慣って、
不思議なものですね。

屋台の様子
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屋台の裏
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*****

他にも、色々な種類の食べ物を試す。

金曜の夜とは言えど、
凄まじく混んでいるナイトマーケット。
リーに聞くと、月曜の夜と水曜の夜以外は、
毎日屋台はやっていて、
こんな感じで込んでいるそうな。

醤油味の薄い串刺しかまぼこみたいなやつ
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グロテスクな見た目のやつ
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パッションフルーツの飲み物
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いかを切ってその上のマヨネーズをかけたもの。
おいしかった!!
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*****

その後、お腹一杯になったころ、
リーの友達から電話があって、
急遽、駅を変えて、
その友達と会う事にする。

リーが2年程前にあった、
高雄の友達らしい。
その子と、30分くらい、
3人で一緒に、路上の角にあるカフェで、
お茶をした。

途中、何かを話している間、
リーが急にでかい声で、
「Oh, look at that dog!」
というので、ビクッとして後ろを振り返ると、
すごくかわいい犬がいた。
でも、余りにもリーの突然の驚きようが受けたので、
なんでそんなにエキサイトしてんのと、聞くと、
「'cause that dog is so cute!! Oh----!!」
と一人で興奮しているので、
そのフェミニンっぽさとリーの対比が面白かった。

*****

最後、リーの友達のスオリは、
マスクをして、スクーターに乗って、
彼女の家へと帰って行った。

スオンは、英語を話せなかったから、
殆ど話ができなくて、残念だった。

リーとスオリ
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飲んだカフェ
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夜の街の様子。
日本からは、モスバーガーが進出。
至る所で見た。
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*****


さて、そんなわけで、
リーと一緒にホテルに着いた頃には、
夜の11時半を回っていた。

明日は朝9時に式が始まるので、
7時に下の食堂に集合、
ということで、
リーは11階へ、
俺は自分の部屋のある17階へ移動した。

*****

最後、夜の12時半ごろ、
シャワーを浴びて、台湾のテレビを見て、
「遂にリーも結婚かあ」と、
この3年の月日の思いに耽っていたら、
歯磨きをしているときに、持っていたグラスのコップが
滑って落ちて、
なぜかそれを反射的に拾おうとした俺は、
そのまま左手の小指と薬指を
深く切った。

全然血が止まらないので、
ちょっとビックリした。
どうやら、結局は、
昨日の夜もほとんど寝ていないし、
疲れていたみたい。
疲れていると、こういうミスをよく犯す。

ロビーを呼んで、
救急箱を持って来てもらい、
バスルームのガラスの破片を片付けてもらう。

部屋にホテルマンが来るまで、
服を着ようかどうか迷った。
シャワーから浴びて、パンツとシャツだけきて、
そのままの格好で指を切ったので、
で、血は全然止まらなかったので、
このまま無理してズボンをはいても、血がついちまうし、
まあいいや、と、
そのままでいた。

で、チャイムがなって、
俺がその格好で出たら、
俺の姿を見た40代のホテルマンは、
一瞬「うお!」とビックリしていた。

そりゃあ、夜中の1時に
パンツ姿のメガネをかけた日本人が
血で染まったハンドタオルを持ちながら、
疲れた顔をしてドアの前に立っていたら、
「うお!」ってビックリするよね。

しかし流石はプロのアンバサダーホテルのホテルマン。
びっくりした顔は0.5秒で
すぐに笑顔に戻り、
「これが救急箱です。
これを傷口にかけて、
これがバンドエイドです」と、
教えてくれ、
彼はバスルームを掃除してくれた。

最後、俺が傷口を塞いでいると、
「では、救急箱は、
明日返していただければいいので、
今日はキープしておいてください」と、
最後は親指をグッと立てて、
爽やかな笑顔で、そそくさと帰って行った。

*****

さて、その夜は、
2005年の夏、
ちょうどロングビーチのリーの家に移る前に、
サンノゼからロングビーチまで移る間に、
サンフランシスコでサキさんにもらった、
ケツメイシの「手紙 未来」
を聴いて寝た。

あの頃の思い。
21歳の頃の、思い。
自分が10年後、31歳のとき、
どんな風になっているか。

それを想像するワクワク感。
それを忘れちゃいけないと、
強く感じた。

******





さて、長くなりましたが、
次はリーとジェニファーの結婚式の模様です。

2011/2/4 14:35pm


ホテルの下にあったニューイヤーを祝う飾り
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2011年1月28日(金) 15:00過ぎ

ジェニファー一家と一緒に乗った新幹線は、
無事に高雄の駅に着いた。

そこから、迎えに来ていたホテルのバンに乗り、
高雄市内、ジェニファー一家が今夜泊まるホテルへ向かう。

バンから見る高雄市内は、台北に比べると、
そこまで込み合ってはいない。
少し、栄えた第二の都市と言う感じ。

高雄は、台湾で二番目に大きい都市である。

******

バンがホテルの前に着き、
ドアマンが荷物を全て、ドアの中へ運んでくれる。

ジェニファーに聞く。
「ワオ、凄いホテルだね。
今日はここに泊まるの?」

ジェニファーが答える。
「いえ、今日はここに泊まるのは私たち家族だけよ。
リーの家族とあなたは、別のホテルに泊まるのよ」


ほう、そうなのか。
俺は、先のプランがどうなるか、
全く分かっていなかった。
というのも、リーがメールで予定を伝えるよ、
といいつつ、結局何も来なかったから。
まあ、その場で何が起きるか分からない方が
楽しいんだけどね。

リーが今ここに向かっているというので、
ホテルのロビーで待つ。

途中、ジェニファーの親戚の方も合流。
日本語が少し分かるおばあちゃんは、
「こんにちは」とか話しかけてくれた。



間もなくすると、
ジェニファーが振り返った。
「There he comes!」

見ると、長身のリーが歩いてくる。

彼の方に行って、
"Hey! Long time no see, man!"
と言いながら、握手をする。

久しぶりに見たリーは、やたらと背が高かった。
こんなに背が高かったっけ?

後で聞くと、6フィート1インチあるらしい。
アメリカにいた時は、周りに背の高い人は
沢山いたから、彼は目立たなかったのかもしれないけど、
今回、アジア国内で見る彼は、姿勢が良くて、
やたらと背が高く見えた。

ジーンズとコンバースのスニーカーと、
チェックのジャケットを着た彼は、
ジェニファー一家と少し話す。


俺を見てやつは、言う。
"Hey Shun, you are so skinny!"
"No, I'm not!"
"Yes you are! Look at my belly!"

彼は全然太って見えないが、
お腹の周りには、贅肉が付き出したそうな。

ジェニファーは、"Uh, huh"という感じで、
含みを持った笑みでうなずいている。


その後、全員で、ジェニファーの泊まる部屋に、
荷物を運んで行く。

運び終わり、ここで今日はジェニファーにはお別れ、らしい。


聞くと、台湾では、
本来は結婚式の朝に、花婿が花嫁の家まで、
車で迎えに行く。
だから、式の当日までは、
2人は一緒に暮らさない。

今回は、2人ともアメリカに生活を移しているので、
こうして2つの別々のホテルを借りて、

花婿とその付添人の親友(今回は俺)と、
花嫁とその付添人の親友(今回はジェニファーの妹のスー)

が、それぞれ別々に式の前の夜を過ごす。

そして、式の朝、
俺とリーが、
二台の車に乗って、
ジェニファーとスーの待つ、
ホテルへと迎えに行く・・・・。

(2台の車を使うというのは、
翌日、車が迎えに来た瞬間に知る。)

*****

てなわけで、俺とリーは、
ジェニファーに別れを告げて、
いざ、TAXIに乗り、
リーのホテルへ向かう。

*****


久しぶりに会ったリーは、
元気そうだった。
非常に顔色も良く、
何しろ、Happyそうだった。

何しろ、彼は、俺が2005年の8月に
彼に初めて会ったとき、
それまで3年近く付き合っていた彼女と別れたばかりで、
その後、俺がロングビーチを去る2008年の4月まで、
ずーっと、ブルーだったからね。

で、俺がそこを去る直前に、
ジェニファーと会ったってわけ。

その時のいきさつは、
下の日記を参照。

2008年4月、リーと最後に会った時の日記

2007年10月、リーが前の彼女との関係で悩んでいた頃の日記


*****

俺とリーはよく、
2005年の秋学期、
彼は当時Targetで働いていたんだけど、
(赤いポロシャツを着ながら)
彼が仕事を終えた金曜の夜8時頃、
まだロングビーチに移って、友達もほとんどいなく、
金曜の夜を一人で過ごしていた俺のところに来て、
「ヘイシュン、酒を飲みに行こうぜ。
俺のおごりだよ」と、
「割烹本田」という、日本の居酒屋風の店に、
良く行っていた。

まあ、リーは、その時別れた彼女の事をひきずいっていて、
誰かにブロークンハートのことを聞いてほしかった訳だけど、
俺としては、
彼はいいやつだし、
後は、全部おごってくれるので、
「ほうほう」「そりゃあひどいね」
なんて言いながら、ご飯を食べていた。

*****

そんな彼も、俺がロングビーチを去る頃には、
ジェニファーと出会い、
本当に幸せそうだった。
彼と約3年近くハングアウトしてきて、
初めて彼が幸せそうに見えた時だった。


そんな彼が、今回結婚できて、
俺は本当に嬉しいよ。

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*****

リーに聞く。

「これからどうんの?」

彼曰く、
「これからサロンに向かうんだ。
You know, I goto to do something for tomorrow's wedding」

聞くと、ヘアサロンで髪を切るそうな。

ぶっちゃけ、俺も今回は、
リーの式に会わせて、日本で5日程前に、
髪を切りに行って来てたんだけど、
その出来に、正直満足していなかった。

だから、ちょっと冗談まじりでリーに聞いてみた。
「俺も切っていい?」

すると、彼は、「Yes! That would be great!」と。
お、それならと、
結局2人で髪を切る事に。

*****

リーの友達が紹介してくれたとう、
高雄市内にある、ヘアサロンに向かう。

店の前には、大きな通りがあって、
そこには凄まじい数のスクーターが停められていた。

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*****

中へ入ると、店員の女性が一人、髪を切っている。
客は、10代後半か、20代前半の男の子2人。
一人が髪を切ってもらって、
もう一人が、その横にぴったりくっついて座って、
スタイリストの女性に一緒に意見を言いながら、
まるで3人の友達同士で、一人の髪を切っているみたいな感じで、
仲良く大声で話しながら、髪を切っていた。

こういう光景って、日本じゃ中々無いから、
凄く面白いなと思う。


リーが何やら中国語でそのスタイリストに聞く。

どうやら、彼女はまだその男の子の
髪を切っているから、
もう少し待つ必要があるらしい。

すると、外からもう一人の女性が入ってきた。
彼女もスタイリストらしい。

リーとさっきのスタイリストが話すと、
俺の髪は、その新しく入って来たスタイリストが切る事になった。

で、リーは俺が髪を切ってもらっている間待ち、
俺が髪を切り終わった後は、
リーが髪を切っているのを待つ事になった。

******

俺が椅子に座ると、
リーと俺の担当のスタイリスト女性は、
何やら凄い勢いで話し合っている。
聞くと、俺の髪型をどうするか、
確かめたいとのこと。

何かヘアマガジンは無いかと聞くと、
日本のスタイル紙を持って来てくれた。
台湾では、日本のスタイルがいつも流行っているので、
必ず日本の雑誌が置いてある。


この中からヘアスタイルを決めました。
(ウソです)
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サイドを刈り上げて、
で、上は短く、と、
雑誌を見て指すが、
スタイリストのその女性の拘りようは凄かった。
とことん納得が行くまで、
リーと、話す話す。

で、5分程話し合った後、
じゃあ始めよう、と、
まずはシャンプー代に頭を洗いに行く。


その女性は、凄く丁寧に頭を洗ってくれた。
日本じゃ、あっと言う間に終わっちゃうけど、
その女性は、髪を丹念に洗った後、
首の後ろのつぼのマッサージまで、丁寧にやってくれた。

丁度、さっき新幹線で台北から高雄まで、
ほぼ直立不動で寝ていたので、
首が超痛かったから、
マジで気持ちよかった。

*****

その後、彼女は、非常に丁寧に、
真剣な顔をしながら、髪を切ってくれた。

髪を切っている間も、
俺に何かを聞いてきて、
俺が分からない顔をすると、
リーを読んで来てくれて、訳してもらった。

仕上がった後は、
リーに、スタイリングの仕方や、
俺の頭の後ろは、骨が出っ張っているから、
それを考えて、この部分は短くしてある、
ここから長くしてある、など、
超丁寧に説明してくれた。

中々、ここまで説明してくれる人はいないので、
僕は非常に感動したのでした。

ちなみに値段は、
これだけやってもらって、たったの800円ほど。
最高ですね。
(これはリーがおごってくれました。リー君ありがとう)

******

その後、リーも髪を切ってもらう、
俺は、雑誌を読んだり、テレビを見たり、
外に出て街を見たり、
いろいろしていた。

髪を切ってもらっているリー
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ある雑誌の後ろにあったブランドの広告。
ドラえもんが台湾では流行っているらしい。
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その時、そのヘアサロンは、
入り口を開け放していたんだけど、
気温も春くらいで、
湿度も無く、
丁度、アメリカの春を思い出した。

アメリカの初夏の頃。4月の末くらい。
丁度いい気温の頃。

その時、ロングビーチのアメリカ人のやつらと
一緒にルームシェアをしていた頃のことを思い出した。

その時の感情を、iPhoneで記しておいた。

そこからの引用。


******



このヘアサロンで、
丁度いい気温。
ロングビーチのあの家を思い出す。

いろいろ楽しかったな。
マサさん、に感謝。

あの頃の記憶、
蘇る。

めっちゃ丁寧に髪を切ってくれる女性。
髪の毛が入ってないか、
ドライヤーでせなかをこれでもかと払ってくれる。

ロングビーチの、あの家の感じ。
忘れちゃいけない。
あの気持ちいい感じ。

ああいう感覚は大事にしないといけない。

、、、、、、

旅に出ると思い出すこの感覚、
その瞬間に、書き記すべき。




******


ちなみに、俺のスタイリストが凄いなと思った他の点は、
髪を切り終わった跡、自分の髪の毛が
背中に入って、かゆかったのを、
彼女が気づき、
何と、ドライヤーを使って、
首の後ろから、ドライヤーを突っ込んで、
全ての髪を落としてくれたのでした。

普通は日本じゃこんなのやんないけど、
凄いなあと思った。
やり方も荒くて凄いし、
何しろ、徹底的なのが凄い。
しかも、そんな風にしたら、
服に刺さった髪の毛が落ちる事も知りませんでした。

いやあ、マジで驚きと感動の連続だったわ。

余りに感動したので、
彼女たちと写真を撮りました。

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リーも一緒に
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その後、支払いのとき、
どうやら来た客は全員アンケートを書くらしいんだけど、
リーが書き終わった後、
俺の分は、リーの髪を切った方の彼女は、
アンケートを前に、俺の顔を見て一瞬迷いながら、
名前の欄に、自らこう書いた。


「日本人」


それを見て、俺が「にほんじん!?」と言ったら、
リーとその女性も、それを聞いて爆笑した。

結局、俺も自分でアンケートに名前を書いて、
なぜか2人とFacebookのアドレスを交換することに。

(この後、次の日も俺はLiの結婚式で、
Liの親戚の子たちとアドレスを交換することになって、
『Shunは至る所でFacebookアドレスを交換している』と
からかわれる。)

*****

ちなみにリーからもずっと言われていたが、
俺は日本人には見えないらしい。

眉毛が誰よりも濃いからだろうか。

リーに、「じゃあ、どんな顔が日本人なんだ?」と聞くと、
「こう、目がもっと細くて・・・」と。
でも、色んな日本人がいるけどね。

でも、理由はどうあれ、俺は台湾人にそっくりらしいです。

よって、そこから俺のあだ名は、
「Taiwanesse Native」(台湾原住民)に。

*****


ちなみに、今回思ったのは、
日本意外の国って、「人が、人らしいよなあ」ということ。

日本は、「お客様」と「店員」という感じで、
隔たりがあるし、丁寧な言葉は使うけど、
感情をそのまま出す、ということが余りないと思う。

でも、他の国って、
店員だろうが、客に怒ったら怒るし、
客がいようと、好きな様にしている。

今回も、俺の髪を切り終わったあと、
何と俺のヘアスタイリストの女性は、
自分の髪を、シャンプー台に洗いに行っていた。

途中で、彼女がいなくなったと思ったら、
奥のシャンプー台で音がしてたから、
「あれ?いつの間に別の客が入って来てたんだ?」
と思ったら、
なんと、彼女自身が、自分で寝て、
髪を洗っていた。

すげえ。


例えば、ジェニファーの家から、
台北駅まで向かう途中のTAXIのおじちゃん。
自分の娘の写真を見せてくれたり、
テレサテンを大音量で聴かせながら、
上機嫌で話しまくったり、など・・・・。

アメリカもこんな感じだし、
ヨーロッパの国も、こんな感じだし、
オーストラリアも、グアテマラも、エルサルバドルも、
タイも、カンボジアも、メキシコも、
どこもみんな、国の文化に違えはあれど、
誰もが、もっと、「人間らしい」気がする。

日本の文化は、「恥の文化」というか、
感情を表に出さない事が美徳とされるから、
今のような国になったんだと思うけど、
他の国に行くと、やはりこういう違いを感じる。


毎朝、電車の中で、
無表情で、暗い顔で、
電車に乗る通勤列車の人たち。

何か、こういう生き方を
一生続けるのは、もったいないよね。
人生に対して。

*****

さて、
髪を切って、2人のヘアスタイリストにグッバイした後は、
そのまま俺たちのホテルへ。

やけにバカでかい鍵をもらい、
そのまま俺の部屋に荷物を置いた後、
リーの部屋へちょっと寄って、
その後、ナイトマーケットへ!

鍵の写真
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高雄のナイトマーケットへ行く前に、
一旦、リーの親戚の住む家に行く。

そのアパートのエレベーターに乗った時に、
そこで待っていた、リーのお父さんとお母さんにも、
3年ぶりに再会する。

「シュン!」と。
Mr. LoもMrs. Loも、
2人とも元気そうだった。
3年経つと、やっぱり人は少し年を取るものだな、
そう感じた。

親戚の家で、みんなに挨拶をして、
その後リーと街へ繰り出す。

地下鉄に乗る時には、
ゲーム用のチップみたいなのが、
コインとして出てくる。
で、それを、日本のPASMOやSuicaみたいに、
ピッてかざすと、
それで改札のドアが開く。

他にも、PASMOみたいなものを
定期として持っている人は、
それでドアが開くけど、
一回一回切符を買う人は、
実際に使うのは紙の切符では無くて、
この薄くて軽い、カジノのチップみたいなコイン。

これ
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凄く面白いなと思った。


地下鉄の改札。
改札に入るときは、この画面にコインかカードをピッとやり、
改札を出るときは、この穴にコインを入れる。
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コインを買うところ。
画面にタッチして、駅を選ぶ。かなりハイテク
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マップ
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*****

地下鉄の中は、
飲食禁止。
で、かなり綺麗。


途中で気づいたが、
台湾は、メガネをかけている人が、
やたら多い。

俺は統計を取ってみたが、
街にいる人のほぼ50%は、
メガネをかけていた。
(若者は黒ぶちタイプが主流。
年配の方は、銀のフレームが主流。)

リーにそれを言うと、
「そうかあ?そんなことないよ」と。
しかし、地下鉄の中を見回しても、
見事というくらい、
半数は、メガネをかけていた。

ジェニファーの兄貴のベンジャミンもかけているし、
ジェニファーの妹のスーも、
目が悪くないくせに、だてメガネをかけていたし、
ジェニファーのお父さんも、
リーの親戚のいとこも、
みんなかけていた。

メガネ大国、
エイジア。



駅の様子
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*****

さて、次はナイトマーケットの様子です。
写真の容量が大きすぎて、
一回の記事にこれ以上収まらないので、
次に分けます。







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February 01, 2011

2011年1月28日(金) 台湾1日目

朝5時08分の電車に乗る為に、
その日は夜通し起きていた。
今日から三日間仕事を休むので、
オフィスにギリギリの23時30分までいて、
山手線と東海道本線を乗り継ぎ帰る。

家に着いたのが1時前で、
そこからちょっと飯を食べ、
2時半から、準備をする。
荷物の準備は、もちろん当日までやらない。

3時頃全てが終わる。
スーツも折り畳んで入れたし、、、と。

実際、5時過ぎの電車に乗る為、
4時半には家を出なければいけなかったので、
で、4時起きの予定だったが、
3時から寝ると、絶対に起きれずに飛行機を逃すので、
それはできんと、そのまま起きていた。

*****

4時40分頃家を出て、
駅前のセブンイレブンでサンドイッチを買う。
5時過ぎの朝南太田駅は、
さぞかし人が少ないだろうと想像して行ったら、
予想をあっけなく裏切られた。

電車の中は、人、人、人。
席は全部埋まり、立っている人ばかり。
こんな朝から、仕事に向かう人がこんなにいたのかと、
かなり驚いた。

駅のホーム
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いつも俺は朝9時過ぎの電車に乗っているから、
5時間前にこんなに動き出す人がいるんだな、と仰天。

******

そのまま横浜駅で乗り換え、
京急のままで、羽田空港行きの特急に乗る。

少し走ると、急に電車は元来た路線を逆走し、
「何だ!?」とちょっと驚いたが、
そのまま羽田空港の待つ方向へと列車は向かった。

******

去年の10月末にOPENしたばかりの羽田空港は
すごく綺麗だった。
人はほとんどいない。
その青い色で、幻想的に光るチェックインカウンターの広場を見て、
思わず「すげえ・・・」と言葉が漏れた。

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*******

チャイナエアラインでチェックインして、
お土産物屋で見つけた八つ橋を、
LiとJennifer用に買う。


7時のフライトだったが、
搭乗開始まで時間があったので、
空港内を色々歩いて探索する。

寝ていないから疲れているはずだけど、
ウキウキして眠くない。

空港の免税店の香水売り場とかの雰囲気が好き。
良くお酒売り場で試飲をするけど、
さすがに朝の6時だから辞めといた。

******

6時半頃に搭乗開始となり、
飛行機に乗る。

乗る前に手に取ったWall Street Journalと
Herald Tribuneを読む。
WSJは留学時代に毎日読んでいたから、
このロゴが懐かしい。
(これはアジア版でちょっと薄いけど)

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この紙の感触とか、
記事の書かれ方とか、
「そういやあ、留学時代はこれを読んでいたよな」と
思い出に浸る。

アメリカを2005年の夏に一周した際は、
WSJを道端で買って、
それをくまなく読んでいた。
その時に読んだ記事は、
今でも思い出せる。

(ファミマがアメリカに進出した記事、
水銀が含まれたツナの缶詰を食べた男の子の
指が曲がって来た記事、
自動車のナビゲーションの記事、など。

最後の記事には、
「最近の車は余りにも静かなので、
スピードがどれだけ出ているかを感じる余地がなく、
運転手はスピードを出しすぎて危ない。
よって、運転手がスピードが大過ぎかどうかを感じる
一番いい方法は、
運転席を、車の外に付ける事である」
といった記事があって、面白かった。
それを読んでいたどこかの砂漠の駅の様子が、
風の感じとか、あの日差しの感じとか、
今でも良く思い出せる。)

******

非常口の前を取ったので、
足が伸ばせて嬉しい。
眼下に雲を見ながら、
いざ、台湾へ向かう。

*****

フライトは4時間だったが、
結局、出てきたご飯を軽く食べて、
後は寝ていた。

恐らく2時間は寝られたはず。

おかゆかチキンと聞かれて、
おかゆを選んだらこれが出て来た。
結構美味しかった。
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******

アメリカ行きなんかは、
片道12時間くらいかかるから、
かなり気も重いし、
なんか、「外国って遠いよな」
ってイメージだけど、
台湾は、行きはたったの4時間、
帰りはなんとたったの2時間15分で着いちゃうから、
本当に近いと思う。
エコノミー症候群になる心配もない。

******

さて、飛行機が無事に着き、
台北の空港に降り立つ。

タラップを降りた瞬間、
空気の匂いが違う事に気づく。

いつも海外に行くたびに思うのは、
どの国も、違う匂い、そして違う空気の質感、
湿度、温度、風の感じを持っている事。

やはり台湾や中国などの場合は、
独特の、香辛料みたいな匂いがする。
アメリカにある台湾人の家に行ってもそうだし、
飛行機を降りてもそう。

やっぱり、その国の空気は、
その国で食べられる食べ物が
作り出すのかな、と思う。

(例えば、俺たち日本人が毎日食べているもので、
俺たち日本人の体は出来ているから、
日本人が発する匂いと、
台湾人が発する匂い、
アメリカ人が発する匂いなど、
全部違うからね。
きっと、その国の匂いや、人が発する匂いは、
食べ物が作るんだろうね。)

******

空港に着き、
税関を通って、
コンタクトレンズに変えて、
ゲートをくぐる。

ゲートを出て、迎えに来ているはずのジェニファーを探すが、
いない。

・・・と思いきや、
右側の奥から、ジェニファーらしき人物発見!
"I almost didn't recognize you!"と。

それもそのはず、
前回会ったのは、3年前だし、
ジェニファーとは、実質2回くらいしか会った事がなかったもんね。

久しぶりに会うジェニファーは、
やはり前回会った時よりは年齢が上に見えたが、
でもやっぱり俺の一個うえ(28歳)
には見えないよね。
台湾人は肌が本当に綺麗だよね。
ジェニファーとハグをして、
感動の再会を分かち合う。

*****

その後、ジェニファーがかける電話で、
俺はリーと3年ぶりに話す。

3年ぶりに聞く彼の声。
嬉しかったね。思わず笑ってしまう。

そのまま、そこで現金を両替しようとしたが、
ジェニファーが「うちの近くに銀行があるからそこで換えられるわよ。
後で連れて行ってあげるから」とのことで、
そのままTAXIに乗って、Let's Go.


******

TAXIで走ることたったの5分。
すぐに、ジェニファーの家族の住む地域に着く。

降りて、管理人のいる空間を通り、
エレベーターで14階へ上がる。
(今回気づいたけど、
台湾人の住む家は、
高層ビルが多い。
30階建てとか、ざらにある。)

エレベーターを降りると、
銀色の、巨大なドアが待ち構える。

後でジェニファーに聞くと、
これは台湾では普通らしい。

仮に銃で撃たれても、びくともしなさそう。

ジェニファーんちのリビング。真ん中の銀色がドア
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*****

靴を脱ぎ、中に上がる。
ジェニファーの家には、誰もいなかった。
母親も、父親も、兄貴も、
みんなまだ働いていた。
(ちなみに空港に俺が着いたのは10時過ぎで、
ジェニファーには10時半に会い、
家に着いたのは11時前だった。)

*****

そこでジェニファーにもらった
「老婆餅」(英語で"Wife Cakes"、日本語では「妻ケーキ」とあった。)
を食べる。
かなり美味しかった。ボロボロこぼしながら食べた。

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******

ジェニファーに水をもらう。
普通に水道の水だけど、そんなの関係ないよね。
日本のツアーで行くと、「台湾の水は飲まないで下さい。
ミネラルウォーターだけで」なんて言われるけど、
そんなの関係ないよね。

*****

少し休んで、
母親が帰ってくる。
お辞儀をして、握手。
俺の名前は「しゅんすけです」と伝えるが、
伝わらないので、
パスポートに書いてある漢字を見せる。
「俊輔」は「ジゥンフゥー」と言う。

その後は、お父さんと、兄貴のベンジャミンも帰って来た。
俺は兄貴の顔を見ながら、
「ベンジャミンバトン」と名前を覚える。

俺は途中で、ジェニファーと一緒に
銀行に両替に行く。
2万円を替える。
受付のおばちゃんは、
日本語が喋れた。

両替をしている間、
銀行の取引先?の顧客が団体で来て、
隣のテーブルで、接待らしきものがにぎやかに始まった。
台湾は、全てがアバウトでいい。

*****

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さて、家に帰り、くつろいで、
12時半。
お母さんが入れてくれたユズのお茶を飲み干し、
みんなで荷物を持って、
まずは俺とジェニファーとベンの3人で、
TAXIで台北駅へ先に向かう。


そこで拾ったTAXIの運ちゃんは、
俺たち3人に何かを言った。

俺は意味が分かんないから黙っていたら、
英語で「Happy New Year」と。
そう、2月3日はチャイニーズニューイヤーです。
よって、町中には至る所に
新年のお祝いの雰囲気が漂っている。

******

その運ちゃんの親父は、
俺が日本人と分かると、
日本語で話しかけてきた。

聞くと、昔から日本が好きで、
何度も日本へ行っているらしい。
大阪万博に行った時の事を、
日本のどこから入り、どこまで行ったかなどを、
詳しく聞かせてくれた。

******

ちなみに、ベンジャミンは、
去年1年間、ジェニファーのところにステイして、
Golden West Collegeに通っていたんだって。
サーフィンに行った?って聞いたら、
1回しか行かなかったらしい。
もったいねえな、と思った。

******

話戻って、その運ちゃんは、
俺が根気よく話を聞くもんだから、
上機嫌になって、
彼の娘の写真まで、
財布から取り出してみせてくれた。

しかも、ハンドルから手を離して
写真を出しながら俺の方を見て運転しているもんだから、
車はフラフラ。
思わずジェニファーが、
「前を見て!!」
と、叫ぶ。笑

親父は、「ああ、分かってる、大丈夫だよ」と
嬉しそうに笑いながら運転する。

最後、「この音楽をあなたは知っていますか?」と。
テレサテンの歌を大音量で聞かせられながら、
TAXIは台北駅に着いた。


彼に、「バイバイ!!」と手を降る。
車を降りた後、ジェニファーとベンを見ると、
2人とも、苦笑いをしていた。

やはり、あんなにフレンドリーなおっちゃんは、
あんまりいないとか。

*****

その後、駅でジェニファーの両親も合流して、
新幹線で、高雄に向かう。

列車に乗る前に、駅のセブンイレブンで
緑茶と肉まんを買ってもらった。

電車の乗ると、横に座ったベンは、
弁当ボックスを取り出したかと思うと、
そこに入っていたのは、
全部、ギョーザ。

恐らく、20個は入っていた餃子を、
彼はほぼ全部を一人で食べていた。

「へえ、お昼に餃子だけを黙々と食べるんだ」
と思いながら、もちろん俺も一個もらった。
おいしかった。

******

その後、ジェ二ファーは寝だし、
ベンも無言で前を向いて座っているので、
俺も手持ち無沙汰になり、
持って来たザッポスの本を読み出したが、
そういや今日は寝ていなかったから、今寝とかねえと、と、
気合いを入れて、2時間寝た。

起きたとき、首が痛かった。

******

さて、続きは明日書きます。
高雄に着いた後は、リーとの再会から始まります。

2011/2/1 2:22am






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January 31, 2011

台湾から帰って来ました。
とても楽しい三日間でした。

書きたい事は沢山ありますが、
余りにも眠いので、明日以降に書きます。
明日から仕事ですが、頑張ります。

とりあえず、何枚か写真を載っけます。
LiとJenniferはとてもお似合いのカップルでした。
Liが幸せそうで、本当に良かったです。

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2011/1/31 1:57am











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January 30, 2011

今、台湾に来ている。
俺のアメリカ時代の友達の結婚式。
リーは、俺の丁度6つ上。
彼とは2005年の夏に会ってから、
ロングビーチにいる間、ずっと一緒にハングアウトしていた。

今回、彼が結婚式を台湾の高雄で挙げた。
昨日台北に着き、リーの奥さんになるジェニファー一家と
台北から高雄まで新幹線で移動。

昨日は台北の屋台をリーと周り、
今日は朝の6時に起きて、
9時から台湾式の結婚式。

俺が彼のベストフレンドという形で、
ジェニファーの妹のスーと一緒に、
彼らをエスコートする。
式には100人近くが参加していて、
大きな式だった。

彼らの親戚のテーブルで、
食事を食べる。
隣の席は、昭和4年生まれの
今82歳の、とても82歳には見えない、
とても元気な男性と、日本語で話す。
彼は小学校まで日本語を習い、
その後第二次世界大戦が終わり、
台湾での教育は中国語にシフトチェンジして、
彼が58歳のとき、日本に仕事の出張で行く機会があり、
それから日本語を学んだそうな。
とても上手な日本語で、
とてもポライトで、
決して82歳には見えず、とてもかっこいい男性で、
俺もこんな人になりたいなと思った。

*****

式が始まるまでは、俺とリーは別々の車で、
ジェニファーの泊まっているホテルへ
迎えに行く。

その後、彼女の待つ部屋まで行き、
そこで今度は、新婦が自分の両親に別れを告げ、
涙のお別れ。

その後、俺とジェニファーの妹のスー
(今回は彼女がブライドのベストフレンド役)
を俺がエスコートして、また新郎新婦とは
別々の車で、新郎のホテルへ戻る。

で、そこから写真撮影、
親戚との挨拶、
で、披露宴。

なんと12皿も出た食事は、
(実際には、12皿の中に、15皿分の
食事を入れてあるとか)
本当においしかった。
もう、幸せだった。

*****

披露宴では、
その100人近くの前で、
全員台湾人なわけだが、
何故か一人だけ日本人の俺が、
ジェニファーの妹のスーと一緒に、
最初に入場する。
台湾の結婚式は、
非常に大掛かりで、
カメラマンも朝から付いているし、
本格的なカメラでフィルムをシューティングしながら、
式の終わりまで、ずっと映像を撮っていく。

*****

話が前後するが、
式が終わった後は、
リーの親戚の家族と、俺は一緒にディナーを取りに行った。
リーとジェニファーは、
リーのFormer Bossとの食事があるとのことで、
俺は彼らと3時間ばかり、一緒に過ごした。
奥さんは唯一、少しだけ日本語を話したけど、
ほぼ全部中国語で、
紙に書くのと、あとは心で
コミュニケーション。

最初はようわからんかったが、
最後の方は、大体何を言っているかわかってきた。
(おそらく)

やっぱり、言語を伸ばすのに一番いい方法は、
その国にどっぷり浸かって、
自分が使える言語がまったく通じない環境で、
その国の言葉だけを聴きながら、
その国の言葉を体で感じて
しみこませていくことだよね。

俺は今英語が使えるから、
リーとかがいると英語に頼っちゃうけど、
やっぱり、中国語を習うには、
中国語だけの環境に入るのが一番だね。

*****

最後は、
高雄の副市長の護衛をやっているっていう、
かなりたくましいお父さんと、
一緒に自転車をかっ飛ばして、
果物屋に台湾のフルーツを買いに行った。
かなり楽しかった。

ああいう、その国の文化に
どっぷり浸かる瞬間が、すごく好きだわ。
そんなとき、
「生きててよかった!」
「世界はこんなに広くて、
見ること、行くところ、
出会うべき出会いは、こんなにたくさんあるんだから、
人生、一日も無駄にしている時間なんて、
本当にないよな」と心から実感する。

日本にずっといたり、
自分の普段の生活に慣れきってしまうと、
そういう感覚を忘れてしまうから、
それが恐い。

こういう感覚は、常に忘れずにいたい。

*****

さて、もうネットを使うリミットがくるので、
明日にします。
明日は日本に帰ります。
今回の日記は、忘れないうちに
ビビッドに書いておこう。

*****

やっぱり、旅は最高だわ。
違う文化に入って、
その国の人と分かり合って、
この世界の広さを肌で感じることが、
本当に好き。

マジで、人生って面白いと思う。

2011/1/30 1;01am at Hotel in 高雄

shunsukesekine at 01:02コメント(2)トラックバック(0) 
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