2007 Thanks Giving Trip

December 19, 2007

2007年11月26日 月曜日

さて、遂に旅日記も最終日です。

朝、本当は10時には出発しようと彼女と話していたのですが、
それに合わせて彼女は8時頃には起きていたにも関わらず、
当の本人である俺が起きたのは、10時過ぎ。

彼女に呆れた顔で起こされました。

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中々起きない自分




やっと眠い目をこすり起き上がった後は、シャワーを浴びます。
着替えて居間へ出て行くと、恭介が元気に走り回っていました。

彼女も一緒になって、恭介とまた3人で遊びました。

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お絵かき



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飛行機対パトカー



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恭介がくれたチョコボール




いやあ、恭介は本当にかわいかったです。
ボールで遊んだり、絵を描いたり、飛行機や戦車のおもちゃで遊んだり。

恭介の部屋にも連れて行ってくれて、そこで色んなおもちゃを見せてくれました。
なんか、3歳くらいの頃の気持ちに戻ったなあ。

途中でスティーブも一緒に加わって、恭介は、ハロウィーンでもらった自分のお菓子を、俺たちにも分けてくれました。

本当にやさしくて、いい子だったなあ。

****

時計はもう12時を過ぎ、そろそろ出発しないと、ロングビーチに着くのが遅くなってしまうというのもあり、僕らはついに、この家を出発することにしました。

チサコとサイモンは学校に入っていて、あとほんの数十分で帰って来るところでしたが、すれ違いで出発。

スティーブと相変わらずのガッチリ握手をして、さよならです。

帰り際、俺たちが「じゃあそろそろ行かないとね」と話し出すと、恭介は様子を察知したのか、さっきまですごくはしゃいでいたのに、急に元気がなくなってしまいました。

なんとか俺たちが帰らないようにと、いろいろとおもちゃを出してきたりします。

「ごめんね、もう行かないと」と言い、スティーブと一緒に外に出る頃には、かなり元気がなくなっていました。

外に出て、車の前で。

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すっかり元気がなくなって、いじけてしまった恭介。
体はダランと伸び切っていました。

ちょっと名残惜しいけど、スティーブと恭介にグッバイして、
車を走らせて、彼女と話していました。

俺「恭介、最後のほうはずいぶん元気がなくなっちゃったね。大丈夫かな?」

彼女「子供はね、ああいう雰囲気はすぐに察知するんだよ。だから、子供と遊んで帰らなきゃいけない時は、おもちゃに夢中になっている時とかに、気づかない間にそっと帰るほうがいいんだよ」

なるほど、知りませんでした。
彼女は子供の相手をするのがすごく上手で、しかも親戚の子とかとよく遊んでいるらしいので、赤ちゃんや子供のあやし方はよく知っています。
俺は全然そういうの知りませんでした。

そうか、恭介には悪いことしちゃったなと、でも、また会いに来てあげようと、誓いました。

****

昼は、旅の一日目に約束した、例の中華料理屋へカムバック。

あの時頼んで「超」おいしかった、豚を煮込んだ鍋を頼みます。
それから、あの晩に他の客のほとんどが頼んでいた餃子と、何かのスープも。
スープの名前はどれか分かりませんでしたが、見事彼女の直感で命中しました。

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いやあ、大満足でしたな。


お腹も一杯になった我々は、いざロングビーチに向けて出発。
ここから365マイル。6時間のドライブが始まります。

****

道のりの途中は、いろいろな話をしました。


もうロングビーチに着くちょっと手前のところにて。

確か村上春樹の話から、日本の文学に話が及び、そこから、夏目漱石などの話まで行ったところで、彼女が「『潮騒』を書いた人誰だっけ?」と言い出し、「ああ、『金閣寺』の著者だよね」と言いながらも、中々名前が出てきませんでした。

日本人の皆さんなら、簡単な問題でしょうが、アメリカにもう五年も住みだすと、日本に関する話題をあまりしないため、日本に関する単語が中々出なくなってきてしまうのですよ。(いいわけですが、本当のことです)

そこで、彼女が言いました。
「たしか、『キミジマ』なんとかだった気がするんだよねえ・・・ キミジマアキオ・・・・ そんな感じじゃなかったっけ・・・」

二人とも、「キミジマ・アキオ」の正体が分からず、うんうんと頭をひねっておりました。

そして、ロングビーチにもうそろそろ着くほんのちょっと前。
710の高速を下り始める直前で、遂に俺が思い出しました。

「ああ!三島由紀夫!!」


そう、「キミジマ・アキオ」は、「ミシマ・ユキオ」でした。


国語の天才である彼女がこんな問題が分からないはずはなかったのですが、ちょっと二人でターキーを食べ過ぎたんでしょう、きっと。

さっきまで分からなかった答えが見つかり、何か頭がスッキリした状態で、二人とも家に着きました。

「ああ〜、やっぱり家が一番だね!!」

There's nothing like a home....


      おしまい




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December 12, 2007

2007年11月25日 日曜日

さて、旅五日目。
朝モーテルで起きて、チェックアウト。
モーテルの中に製氷機があったので、そこで氷を袋一杯ゲット。
ロイの家族にもらったシカの肉が溶けていないか確かめ、氷を足します。

@parking






ヘザーたちとは昼の12時に、近くのスターバックスにて待ち合わせしました。

店内はクリスマスのデコレーションで綺麗でした。

starbucks






僕たちが店に着いてしばらくすると、リチャードがモーガンを連れて来ました。
ヘザーとメアリーはもう少しで来るとのこと。
少し話をしていると、その二人もすぐに来ました。

暖炉の横のカウチにみんなで移りました。

***

プレイボーイのリチャードはさっそく気を利かせて、僕らの分の飲み物まで買ってきてくれると言います。

「I need girls' help」(キミたちは手伝ってくれるかな?)
モーガンとメアリーを連れて、彼は飲み物をオーダーしに行きました。

3人が飲み物を持って帰ってくると、リチャードはヘザーを膝に乗せて、ニコニコ笑っています。ものすごいスマイルです。

しばらくすると、リチャードが僕たち二人と、モーガンとメアリーの二人に向かって、

「モーガンとメアリーの二人にはちょっと早いかも知れないけど、僕とヘザーがどうやって出会ったかを、これから話させてくれないか?」
(It might be kind corny for two girls, but let me tell you guys how we met.)


それを聞き、「この場でその話は場違いでは?」と思った僕は、横に座っていた女の子二人を見ました。
やはり二人はちょっと困惑した顔をしています。

ヘザーも、この状況でその話は・・・という感じで、ちょっと困った顔をしていました。
どうやら盛り上がっていたのは、当の本人のリチャードおじさんだけの様です。

僕ら「Yeah, sure...」(ええ、どうぞ・・・)

するとリチャードおじ様は、その素敵な目を輝かせて、ヘザーとの素晴らしい出会いのエピソードを話してくれました。

リチャード「・・・・僕とヘザーは、出会ったその瞬間から、お互いに惹かれあっていたんだ。僕は初めから知っていた。彼女は特別な女性だってことを・・・・」


16歳のモーガンと10歳のメアリーが困った顔しているのもお構いなしに、リチャードおじ様は、その素敵なストーリーの全てを語ってくれました。

どうも、ごちそう様でした。

***

さて、そろそろ行く時間です。
彼女と僕は、ヘザーたち全員にお別れの挨拶をし、また近いうちに会えるといいねと言いながら、最後のひと時を楽しみました。

集合写真
everyone at starbucks

左からヘザー、モーガン、メアリー
一番右がコーナー




みんなとの別れ際。
遂に、リチャードのエロ親父ぶり、モロ発揮の瞬間がやって来ました。

リチャードは、俺にさよならを言った後、
僕の彼女にハグをしました。

その時、彼が彼女の耳元で発した言葉を、俺は聞き逃しませんでした。

「Bye, cutie」

*注:cutie【名】かわいこちゃん


(英辞郎 on the WEBより)



彼らと別れて、車に乗ったとき。
俺が彼女に言いました。

「さっきさあ、リチャード、"Bye Cutie"って言ってたよね? いやあ、キューティーなんて言葉使う人、初めて見たわ。やっぱりあの人、相当エロだよね」

すると彼女。

「いや、あれなんかまだマシだったよ。だってあの人、さっき俊輔が席をいったん離れたとき、なんて言ったと思う?」


どうやら話を聞くと、俺が飲み物を取りに行くだかなんだかで、彼女の横を離れた時、リチャード・エロおじ様の視線を感じ、彼の方を見ると、目が合ったとか。

すると、エロおじ様は、彼女に顔を近づけて、彼女の目をじっと覗き込んだ後に、

「Mariko, you are so pretty」
(君はとっても綺麗だ)


と、目を輝かせながら、真剣な顔で言ったそうです。

その瞬間、彼の目と歯はギラギラ輝いていたとか。

おー、恐ろしい。



彼女いわく、何がイヤらしいかって、彼氏である俺が席を立ったときに、彼女に対してそういう言葉を吐いたことです。
俺が横にいるときに言うならまだしも、なぜ俺が席を立った瞬間に、そんなことを言うのかという。

しかも、リチャードエロおじ様はああ見えても結構なお歳なわけで(恐らく50代前半)、言って見ればロイやノアのお父さんたちとほぼ同じ年齢なわけですな。

ランディやデイヴィットが、彼女にそんな事を言うところが想像がつかないところを考えると、このおじ様はかなり歳に似合わないことをしているわけです。


彼女は、その言葉を聞いて、最初何を言われていたのか分からず、ぽかーんとしたとか。こんな言葉を、あんな真顔で言われるとは想像もしていなかったわけです。

彼女はその後仕方なく、「oh, thank you」と応えたものの、後で言っていました。
「いやあ〜、"Pretty"と言われてあんなに気持ち悪かったことはないね〜」

彼女は、「昨日リチャードの顔を見た瞬間に、『エロス』って書いてあったからね。あんなエロ親父は初めて見たよ」と言っておりました。


まあ、彼ほどアクの強いキャラは、アメリカに長年住みつつも中々会えるものではないので、かなり印象的な体験でした。

彼が、この旅で会った人の中で一番印象的だったことは、言うまでもありません。

***

さて、エロおじ様との遭遇後、気を取り直し、
僕らは昨日から楽しみにしていた、タイ料理屋へ直行です。

このレストランを紹介してくれたKさんは、もともと彼女と同じ短大に通っていましたが、そのKさんの元ルームメイトである、タイ人の男の子が、この店で働いていました。

料理はとても美味しかったです。

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nasu

ナスと牛肉の炒め物




curry

レッド・カレー(チキン)




タイ人の彼は、僕らがKさんの話をすると、「よく来てくれました」と歓迎してくれ、チャイティーまでサービスしてくれました。

***

お腹一杯食べて満足した後は、いざサンノゼへ向かって出発。
ここから約140マイル。2時間半の距離です。

***

夕方5時ごろ。

サンノゼに入り、もう少しでスーザンとスティーブの家に到着です。

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彼らを訪ねるのは、今年の4月以来です。
しかし、チサコに会うのは、恐らく約一年ぶりくらいです。

チサコは、僕が一年目に通っていた短大、College of the Siskiyousで同時期に学生だった友達です。

当時、僕らが入学した2002年の夏に、僕と同期の学生は、男の子が3人、女の子が4人でした。
その中でもチサコは、今でも一番仲のいい友達です。

チサコが結婚したサイモンの両親が、この家の主であるスティーブとスーザンというわけです。

僕がサンノゼに住んでいた、アメリカ2,3年目の頃は、彼らに本当にお世話になりました。
サンクスギヴィングやセイント・パトリックス・デイなどの祝日のときや、普通の週末でも、よく家に招いてくれました。

僕は何度もこの家に泊まらせてもらっています。いつも本当にお世話になっております。

y







家のチャイムを押すと、スーザンがドアを開けてくれました。
久しぶりの再会です。大きなハグをくれました。
スティーブも下から上がってきました。
(この家は、玄関が、一階と二階の間にあるという面白い造りになっています)

スティーブのアメリカ式の握手(肘を張って、満面の笑みと供にガッチリと握手をする)は、相変わらず健在です。

チサコも相変わらず元気でした。サイモンも元気です。
そして、一番変わっていたのは、チサコの子供の恭介(キョウスケ)でした。

今、恭介は3歳半。一年前に会った時よりも、ずいぶんと大きくなっていました。

c






恭介は、俺と彼女が家に遊びに来たと分かると、嬉しそうに一緒に遊んでくれました。
絵を描いたり、粘土で遊んだり。
本当に楽しそうでした。
シュンおじさんのことも覚えていてくれたようです。

g

右から、チサコ、スーザン、スティーブ





食事をみんなと一緒にいただいた後は、スーザンやスティーブ、チサコと話をしました。
チサコとは夜の11時近くまで話をしました。
昔の短大時代の話などで盛り上がりました。
「あれからもう5年が経ったんだね」と、昔を思い出しました。
ビックリです。僕らがアメリカに来てから、もう5年半目です。

***

その夜は、旅の疲れもあり、体調が優れていなかったのもあり、早めに寝ました。

ZZZ・・・

(続く)

n

ダイニングルームにて

クリスマスツリーが綺麗でした



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December 05, 2007

2007年11月24日 土曜日

home






朝、8時ごろ。
ベラとパッツィはもう早くに起きだし、パッツィがベラをあやす声で目が覚めた。
昨夜は毛布をかけすぎぐらいにかけて寝たので、重かったけど、ぐっすり寝れた。
しかし、重すぎて悪夢を見た。

起きだして、二人に挨拶。
ベラはキッチンにある小さなテレビで、子供向けの恐竜のパペットが話しているやつを見ていた。

パッツィが次期にみんなを起こしだし、朝食を取った。
昨日の夜遅かったため、セスとジョッスリンはまだ寝ていた。
朝食の前に、ベラがお絵かきセットをもっていたので、
それで絵を描いてあげた。
「何を描いて欲しい?」と聞くと、「Bear(クマさん)」と言う。
「クマはどう描くんだっけ?」と思いながら描くと、こんなんになってしまった。

bear











ベラは「これはクマじゃないわよ」みたいなちょっと不満そうな顔をしつつも、
一応「Thank you」と言っていた。

俺たちが朝食が終わるころ、セスとジョッスリンも起きだして来て、彼らも朝食を終えた。
彼らは10時には家を出なければいけないと言う。
俺たちも、次の目的地であるローズビルに向かうため、それぐらいに家を出ようと思っていた。

bella

自分の赤ちゃんを一生懸命ベッドに寝かせていたベラ





セスとジョッスリンは、ベラを連れて先に家を出る準備をしていた。
俺たちが出る前に、またデイヴィットと話すこととなった。

彼とスワヒリ語の話をしていて、俺の彼女の名前は、スワヒリ語ではいい響きだと人に言われるという話になり、それじゃあどういう意味なんだろうと、デイヴィットが辞書を持ってきて調べ始めた。

彼女の名前は「MARIKO」だが、「MARIKA」で、
「Contemporary in age」(時代的に最新な)という意味らしい。

「おおー、かっこいいー」と言いながら、じゃあ俺はどうかなと調べると、
「SHUN」というのはなかったが、「SHUNA」というのがあった。
「どれどれ意味は?」と期待して見ると、
「Mouth and foot disease」(口と足の病気)とあった。

デイヴィットがそれを見て、セスに教えている。

デイヴィット「Shunの名前はスワヒリ語で、”口と足の病気”という意味らしい」
セス「それじゃあ、アフリカに行くときには、自己紹介のときに気をつけろよ、シュン」

***

セスとジョッスリン、ベラに別れを言い、彼らは家を出た。
パッツィも一緒に出た。
俺たちも家を出る際に、デイヴィットにお礼の梅酒とカードを渡した。
カードの内容に、声を上げて笑いながら喜んでくれた。
外に出ると、「クルミはいるかね?」と言いながら、スーパーのビニール袋にくるみを沢山くれた。

David






デイヴィットにお礼を言い、10時半ごろ、彼の家を後にした。

me and daviv






デイビットが別れ際に、

「I think the name of the new Japanese restaurant in Sacramento owned by Jews is "So-Sue-Me"」
(サクラメントにこの前できた、ユダヤ人経営の日本料理屋の名前は確か、「ソスーミ」だったと思うよ)

俺「・・・・」


意味が分からなくてポカーンとしていると、デイヴィットがそのジョークの意味を教えてくれた。

「So-Sue-Me(「いいよ、訴えろよ」=「俺たちはユダヤ人だけど、日本レストランを経営して何が悪いかって?訴えたいなら訴えろよ)」という意味と、
アメリカ人が発音する「刺身(サシーミ」)」と「ソスーミ」の発音が似ているというのを、引っ掛けたもの。

「Ha-ha-ha, I had to explain that!(おっと、ジョークの意味を説明しなければならなかったね)」と笑いながら言っているデイヴィット。

最後までユーモアを忘れないお父さんでした。

***

ここから車を走らせて、約3時間後。
無事に我々はサクラメントより少し北にある町、ローズビルに着いた。
ここは、彼女がアメリカ1,2年目に通った、短期大学がある場所。

ここに、カリフォルニアでも一番に美味しいといわれる、タイ料理屋があるという。
タイ料理に関してはグルメでお目がかなり高い、Kさんが教えてくれたこと。
この街に彼女は2年半も住んでいたのに、そこの場所を知らずに、行ったことが一度もなかった。
前回夏にこの街を訪れた際も、時間がなくて来ることができなかった。

そのため、今回の旅では必ず来ようと、約束していた。

***

2時ごろ。ローズビルにある、このタイ料理屋の前に着いたが、
なんと閉まっている!!ガーン!!
今日は土曜日。土曜は、ディナーしかやっていないらしい。
しかし今夜は、彼女の元ホームステイ先の家族と一緒に、食事をする。
「じゃあ明日来ようか」と、違う場所へ食事に行くことにした。

彼女のお勧めの「モンゴリアンBBQ」のレストランがあると言う。
そこへ向かった。

***

レストランに着き、テーブルに案内され、レストランの奥の方にあるBBQ用の場所へ向かう。

奥にはシェフがいて、その横には大きな円形の鉄板がある。
手前には肉や野菜、麺などがケースに入って、並べられている。
そこでボウルを取り、給食のように列に並び、
自分の好きな分だけの麺や肉、野菜などを自分のボウルに入れていく。
そして、そのボウルをシェフに渡すと、彼らがその大きな鉄板で炒めてくれる。

初めに彼女が列に並び、俺はその後についた。
俺は前にもサンノゼでこれを食べたことがあったため、いかにボウルに材料を詰めるか、ということを必死に彼女に教えていた。

「先に肉を入れて、こうやって押しつぶすんだよ。先に野菜や麺を入れると、量がかさばっちゃうからさ」
てっきりそこの場所は、おかわりは出来ないと思っていたので、一度きりの勝負だと思い込んでいた。

普通は最初に麺を入れるところ、俺はそう言いながら、肉や野菜を先に入れていた。
彼女は「でも後から人が来るとまた並ぶことになるから」と言いながら、麺を先に入れていた。

俺はその彼女の言葉は耳に入らず、必死に麺以外の全てを入れ終わり、さあ麺を入れようと列の後ろを見ると、なんとすごい数の客が一気に後ろに並び始め、麺を入れるために俺は、また列の一番後ろに並ぶことになってしまった。

なぜかさっきまで空いていたクセに、一度に6人ほどが俺の前に並ぶ・・・


しかも、赤ちゃん連れのお母さんもいて、なかなか進まない。

彼女はとっくのとうに料理し終わっていて、テーブルについていた。
仕方なく、彼女に叫んだ。
「先に食べてていいよ!!」

やっと俺の番が来て、全てが終わったとき、
恐らく彼女がテーブルに着いて7,8分は経っていた。

お腹が空いているのと、なんでこんなに並ばなきゃいけないのかというので、
俺は機嫌が悪くなり、テーブルに着いた。
彼女が写真を撮ったとき、「そんなにヒドい顔して」というので、少しは笑ったつもりだったが、
撮り直した写真にさえ、俺はこんな顔で写っていた。

me











いやあ、これはひどいですよね。
この顔で俺は食事をずっとしていたため、彼女は気まずくなって、食事を楽しめないことに。
この顔じゃあ、無理はないですよね。

食事の最中の空気が気まずくなるといけないと思い、俺は途中に「おいしいね」と言葉を何回か発しましたが、こんな顔で言われたら、おいしいどころか、余計重苦しい空気になりますよね。

レストランを後にし、車を走らせ、モーテルを予約してあったアーバンという町まで30分ほど車を走らせている間も、彼女は元気がありませんでした。

モーテルに着き、荷物を全て降ろすと、彼女が泣いています。
聞くと、さっきのレストランでの俺の醜態のために、頭にきて、悲しくなって、もう嫌になってしまったと言います。車の中でもなんと彼女はサングラスの下で泣いていたそうです。

今回の旅こそは、彼女を悲しませることのないようにと誓っていたのに、また自分のせいで彼女を泣かせてしまいました。

その天罰のためか、俺がトイレを使った後、なぜかトイレが詰まることに・・・

下のロビーからスッポンを借りてきて、必死に詰まりを直す。


toilet


神様「彼女を泣かせた罰じゃ!!」

俺「すみませんでした・・・」








その後少し昼寝して、6時からの待ち合わせの時刻に合わせて、待ち合わせ場所である近くのスーパーの駐車場に車を走らせた。

駐車場に着くと、偶然目の前に停まっていた車は、彼女のホームステイ先の家族だった。
モーガンとコーナー、そして彼らのいとこにあたるメアリー。
お母さんのヘザーは、横のスーパーで買い物をしているとか。

彼らと挨拶をしていると、ヘザーもすぐに歩いて来た。
彼女も俺も、今年の夏以来の彼らとの再会。
挨拶をして、すぐにヘザーのボーイフレンドであるリチャードの住むアパートへ、車を走らせた。

***

暗い中、狭い道をくねくねと走り、
しばらくすると、彼のアパートメントがあるコンプレックスに着いた。

駐車場に車を停め、彼のアパートの前まで歩く。
その時、俺と彼女は、ヘザーと歩きながら話していた。

ヘザーは、彼女がアメリカに留学して最初にホームステイした家の母親。
ヘザーにとって、彼女は実の娘のようなものだと思う。


そんなヘザー。
彼女と少し話していた後、急に俺の方に向かって、


「So, SON, how are you?」
(ところで息子よ、元気かい?)


その「Son(息子)」という単語の発音が余りにも大きな声で断定的だったので、一瞬戸惑うと同時に、少し吹き出しそうになってしまった。

俺はてっきり、俺の名前を間違えて、「シュン」の代わりに「サン」と言ったものかと思ったが、

(ヘザーはさっきスーパーの駐車場で再会した際、俺の名前を「ショーン」と呼んでいたところを、「シュン」と正しく発音できるように練習していたところだった)

そうではなく、本当に「それで、私の可愛い娘とはちゃんとやっているのかね?息子よ?」と母親に聞かれたようで、余りにもその唐突さがおかしかった。

その時横にいた彼女も、ちょっとプッと笑っていたが、俺は普通に答えた。

「ええ、ちゃんと彼女とも楽しくやっていますよ・・・」


(その後アパートに入った後、ヘザーは俺の名前を呼ぶたび、「スン」とか「ション」とか言っていた。本当に俺の名前を間違えて読んだだけだったのかも)


***

アパートの中に入ると、リチャードの娘である女の子が、俺たちを迎えてくれた。
中はすっきりとして、シンプルでいい作りだった。
リチャードは、今はピザを買いに行っているという。
俺たちが着いてまもなくすぐに、リチャードも登場。
俺と彼女は、彼と初めて会う。

ヘザーは緊急病院の看護婦をやっている人だが、
リチャードはその病院用のヘリコプターを運転している人。
彼は他にも、ヨセミテやレッドウッド国立公園などのヘリコプターも操縦してきたとか。
仕事のために、外国を転々として来たらしい。
最近までは、シリアやレバノンに住んでいたそう。

ピザを食べながら、彼から色々話を聞いた。
歳のわりには、若くて笑顔がやけにチャーミングな、プレイボーイ的なおじさんだった。

食事を済ませると、ヘザーが俺と彼女に、最近の写真を見せてくれた。
その後はみんなでDVDを見ることに。

リチャードが、子供たちに向かって、「何の映画が見たい?僕のお奨めはね・・・」と3本のDVDを紹介し出した。

その内の一本である、「Riding Ginants」(サーフィンの歴史のドキュメンタリー映画)をやけにゴリ押しするリチャード。

波











子供たちはみんな10代前半なため、もっとアクションとかコメディとか、面白そうなのを見たがっていたが、子供たちが数あるDVDが入った箱を前に、さんざん意見を言い合った後、リチャードが最終的に発した言葉は、


「じゃあ、みんなで、「Riding Ginants」を見よう!」


子供たちは、「え?」という顔をしていた。

リチャードのやけにチャーミングなスマイルは、今でも鮮明に頭の中に残っている。

***

子供たちがちょっとつまらなそうに、しかし黙ってDVDを見ている中、その映画を選んだ当の本人であるリチャードは、今日LAの方から運転してきたばかりらしく、疲れていたため、床にバタンキュウ。

サンクスギヴィングで家族に会いに、そっちの方の実家まで帰っていたらしい。

映画も見終わり、ヘザーたちと一緒に、俺と彼女も帰ることに。
明日も、俺たちがここを出発する前に、ヘザーたちがチャーチに行った後に会いに来てくれるそう。

皆にさよならをして、俺たちはモーテルへ帰った。

***

モーテルに着くと、トイレはまだ詰まったまま。
仕方なくロビーのあんちゃんに頼んで、違う部屋にしてもらった。

まもなく、就寝・・・

(続く)


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December 04, 2007

2007年11月23日 金曜日 夕方

***

俺たちの車のトランクには、発布スチロールの大きな箱が載っていた。

ジーンが今朝詰めてくれた、昨日のディナーからの、ターキーやクランベリーソースなどの残りを、ジップロックに真空パックしてくれて、それを朝ジーンが近くのスーパーで帰ってきてくれたこの箱に、氷と一緒に入れてくれたものだ。

それと一緒に、帰りの山道をレディングへ向かう。

ここからレディングまでは1時間半。

彼女と、「ロイの家族はみんないい人たちだったね」と話しながら、くねくねで暗い山道を気をつけながら運転した。超安全運転でゆっくり走る俺の後ろには、かなりの車が詰まっていて、背中に汗をかきながらヒヤヒヤして運転した。

途中タチションのために止まったとき、空気がやけに綺麗だった。
山奥の空気は違いますな。

***

7時ごろ。
やっと、レディングのノアの家に着いた。
ノアは今、友達の家に遊びに行っていた帰りらしく、家にはいなかった。

家の前に車を停め、外に出ると、家のドアが開いて、ノアのお母さん、パッツィが出てきた。

「Hello Shun!!」

パッツィとハグをする。彼女も。

家の中に入ると、ノアのお父さん、デイビット、
そして、ノアの兄貴のセス、彼の奥さんのジョッスリン、そして彼らの赤ちゃん、「ベラ」ことイザベラも家にいた。

みんなにハグをする。

ベラは、この前7月ごろにちょっと会ったけど、また更に大きくなっていた。
髪がずいぶん伸びて、可愛くなっていた。
相変わらず目が大きい。

m and b

ベラと。
(写真は次の日に撮ったもの)




俺の彼女は、ノアが日本から今年の夏に帰ってきた際、ノアの家族たちと一度ニューポートビーチ(ロングビーチの近く、セスとジョッスリンが今年の夏に越してきたところ)で会っていたので、これで彼らに会うのが二回目。

前回にノアやデイヴィットと話した際、すっかり意気投合した彼女は、今回の旅でも、ノアとノアの家族に会うのを楽しみにしていたそう。

彼らに再会してすぐに、彼女はデイヴィットとすぐに話し込み、イタリア語の本をプレゼントされていた。

彼らが聞く。
「お腹は空いてる?」
これからディナーが始まるそう。
俺たちはさっきロイの家でターキーサンドイッチを戴いていたけど、
またご飯を戴くことにした。

俺たちが着いて10分ほどした頃、ノアと彼のルームメイトのリッキーも家に着いた。
リッキーとは、今年の4月の春休みに会った以来。
またの再会。

彼らとも握手をして、さっそくディナーへ。

***

ディナーは、昨日の残り物の、ターキー。
アメリカではどの家族も、サンクスギヴィングの次の日には、前日の残り物のターキーを食べる。

デイヴィットの横に座り、食事をしながら、この家でのターキーは何パウンドだったのか聞いた。
なんと、28パウンドだったらしい!
その理由も、今年は10人がディナーに集まったそうだから。

パッツィの作ってくれた美味しいヤム芋を、去年と同じように喜んで戴いた。

***

食べ終わり、ノアが、「近くの川まで歩きに行こう」と。
いつもノアの家に来た際には、近くに流れる川の上に架かっている橋まで、必ず歩きにいく。
そこまでは片道15分くらいだが、色々話しながら、歩く。
(ノアにとっては、小さな家で、両親も近くにいて、親の前では話せないことも、この道のりの間では話せるのかもしれない。)

いつものように色々話しながら歩いた。

***

帰ってきて、ノアとリッキーは、すぐにサクラメントまで車で帰った。
この日はサクラメントまで彼らは帰ることを決めていたが、
俺が早めにロイの家を切り上げなかったため、結局1時間くらいしか会えないこととなってしまった。

実は今回、サンクスギヴィングのディナーにも、ノアに誘われていたのだが、
ロイの家も22日にディナーをして、しかもロイはその次の日にはお父さんと釣りに行く予定だったので、22日にロイに会いに行かないとロイには会えないということで、仕方なくノアの家のディナーはキャンセルすることとなってしまった。

サンクスギヴィングは、アメリカでも一番大きなお祭りなため、
そして、同時に家族が集まる大事な時でもあるため、
この祭日がアメリカに家族にとって意味するものは大きい。

同時に、ノアの家では、特にこの日を特別に扱っているので、
この日にどこかの家族から招かれることとは、とても光栄なことで、
この招待を一度受けた後に、それを後で断ることは、大分非常識なわけです。
特に、ノアの家にとっては。


今回、そんな理由で、ノアの招待を断ることになり、
ノアちゃんは大分、不快に思ったようでした。
しかも、その次の日も、俺がかなり遅く彼の家に着いたため、
彼は大分機嫌を悪くしていました。

まあ、俺も断りたくて断ったわけではないのですが、
それが結果的に、ノアの機嫌を損ねてしまったので、
ちょっと今年は申し訳ない気持ちでした。


まあ、ノア君もずいぶんと機嫌がコロコロ変わるヤツなので、
次回会ったときには、機嫌よくなってるといいんですけどね。

***

ノアとリッキーが去る際に、記念撮影。

1n and me






俺を持ち上げたせいで、腰がおかしくなったノアは、
お父さんに背中を伸ばしてもらっていた。

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その時のノアは、まるでブタみたいだった(おっと失敬)。

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親父に腰を伸ばされるノアと、それを一生懸命するデイヴィットを、兄貴のセスは、横で腕を組んで見守っていた。


ノアの腰を伸ばした後、自分の胸ポケットに入っていた眼鏡がつぶれたデイヴィット。
「Oh, my glasses!!」とか言って必死に形を戻していた。


***

彼らが去った後、夜の山道の運転で疲れきった俺は、
早めに寝たかったが、
俺の寝場所は居間だったため、まずはパッツィがソファベッドを延ばしてくれて、それにかけるシーツと毛布をくれた。

そこに座って、パッツィと少し話していた。
今年は10月辺りから、この11月末のサンクスギヴィングまで、
全ての週末に何かしらの予定が入っていたらしく、もう疲れきってるとか。

「I was happy to have a Thanksgiving, but I am happy that it's over too(サンクスギヴィングを今年も迎えられて幸せだったけど、同時にそれが終わって、とても嬉しくもあるわ)」

と、ほっとした顔で話していた。

隣では、デイヴィットと彼女が、話に花を咲かせていた。

途中でパッツィがベラの様子を見に行ったため(ベラの両親のセスとジョッスリンは、10時からの映画「Enchanted」を見に、隣町のアンダーソンまで行っていた。ベラの子守はパッツィが引き受けていた)、俺はデイヴィットと彼女の話に加わった。

***

デイヴィットと彼女は、確かそのときは、英語の単語の中で、フランス語から派生した言葉(洗練されたように聞こえ、普段の一般会話ではあまり使われない---"Prohibited","Abandon"など)と、ゲルマン系から発生した言葉(普段の会話で使われる、簡単な単語---"Make","Get", "Take"など)の違いの話をしていた。


このブログでも何度も触れているが、デイビットは非常に賢く、頭がよく、知識が半端じゃない人である。
彼は常に本を読み、そうして得た知識は、ほとんど頭の中に入っている。
彼と話すと、すごく触発される。
まさに、「生きる辞書・百科事典」。


その後話は、「F**K」の語源の話に変わった。
彼女は前から、この言葉がどう出来たのか不思議だったらしい。
デイヴィットはこの歴史もしっかり知っていて、俺たちにわかりやすく教えてくれた。

(その昔、中世の時代、兵士たちは弓矢を持っていた。一度敵に捕まると、もう二度と弓を放てないように、右手の中指を落とされる習慣があった。

 そんな中、兵士たちが戦闘の舞台で、敵側の兵士にに挑戦をふっかける場合、相手に向かって、中指を立てて見せながら、"pluck yew"(俺はまだ弓を引けるぞ=俺はお前を倒すことができるぞ)と言って罵り合ったのが起源となり、それが次第に、今で言う「F**K」に変わったというもの。ちなみにこれは数多くある内の一つの説である)

そこから、色々なことに話が及び、歴史、常識、価値観、その他色々なトピックに渡り、話は広がっていった・・・。

***

俺は久しぶりに、普段使っていない脳の部分を刺激されたようで、本当に楽しかった。
デイヴィットは、非常に頭がよく、相手に分かりやすいように話をしてくれる。
そして同時に、いつでもユーモアを忘れない。
必ず話の終わりや途中には、ジョークが入る。

そして、彼のすごい所は、自分のことや、自分の考えを、客観的にいつも見れるところ。

彼はクリスチャンの牧師さんだが、決してクリスチャンがこの世の中で「唯一の正しい存在」ではないことを知っている。
だから、彼の意見も、この世の中の一人の人間が持つ、「一意見」でしかないことを心得ている。

また同時に、彼はアメリカ人、そして、北カリフォルニアのレディングという田舎の町に住む人間だということも心得ている。
だから、彼の意見は、やはり一つの考えでしかない、ということを知っているため、
彼は常に、他の人の意見を参考に聞こうとする。

今回も、俺たち日本人から見た意見を聞かせてくれと、アメリカについての意見、この国の文化、いいところ悪いところについての意見など、色々話し合った。


結局、夜中の12時まで話していたが、
非常に楽しく、教養的な3時間ほどだった。

途中、何度もベッドルームから、
「David!! Don't make them bored!! They are our guest!!(デイヴィーッド!!お客さんを退屈させるんじゃないですよ!!)」と、パッツィが叫んでいた。

その度にデイヴィットは、「Okay, I know. They are too polite to say that they are getting bored(分かってるよ。この二人は、礼儀正しすぎて、私の話がつまらないと言えないからね)」と返していた。


デイヴィットは、きっとヘタな教師よりも、ずっと知識もあるし、話もうまいと思う。何か久しぶりに、教授と話したようだった。

***

12時ごろ、頭も体もフラフラになった俺は、ベッドでぐっすりと寝ましたとさ。

(続く)
 


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December 01, 2007

2007年11月23日 金曜日

3 of us

ロイ、彼女と




朝ロイのベッドで寝ていると、ドアがノックされた。
ランディが叫ぶ。
「Breakfast is getting ready!!」

眠い目をこすり、起きて顔を洗いに行った。

***

ロイは居間のカウチに座ってお茶を飲んでいた。
何が飲みたいかと聞かれ、お茶を頼み、ロイはすぐに用意してくれた。
彼女もすぐに起きてきた。
キッチンでは、ジーンとランディが朝食の用意をしていた。
ダイニングにある窓から入ってくる朝の木漏れ日が、とても綺麗だった。
それが、ダイニングをやわらかい空気で包んでいた。

***

ランディとジーンにあいさつをして、イスに座る。
ランディはいつもの様に、ベーコンとパンケーキ、チーズとターキー入りのオムレツを作っている。

しばらくすると、すぐに自分の目の前に、それらをよそった皿を置いてくれた。
みんなの分の朝食がそろい、いただく。


ロイの家での食事は、本当に落ち着く。
小さなテーブルの上で、家族がそろって、ご飯を食べる。
この家では朝8時ごろに朝食、そして、夕方4時ごろに、夕食を食べる。
昼ごはんは取らない。

朝食をいつものように、ゆっくりと時間をかけていただく。

***

食べ終わった後は、テーブルについたまま皆でゆっくり話す。
たしか11時くらいまでそこに座っていた。
色々な話をした。
俺はただ、みんなの話をゆっくりと聞いていた。

後で、彼女から言われた。
「俊輔、みんなの話聞いてるとき、顔が安心しきった子羊のようになってたよ」と。
どうやら、余りにも落ち着きすぎて、安心しきって、小動物のような顔をしているらしい。

***

途中でシャワーを浴びさせてもらい、今で少し話した後は、
今度はランディが外に自分の車を洗車しに行った。
俺とロイは、それを見学しに行った。

ビールを片手に、ロイ。
「This is pretty good, watching my dad washing his car and I have a beer in my hand!(父さんが車を洗うのを見ながら、ビールを飲むのは最高だね!)」と。

randy wash car

洗車するランディ




みんなで何枚か写真を撮った後、外の気候が余りにも暖かくて気持ちよかったため、イスを出してきて、今度はみんなで外に座って日向ぼっこ。
みんなで時々言葉を発しながら、後は静か〜に、ただリラックスして、時間がゆっくり流れるのを感じる。

やることはそれだけ。

べあ











この家に来ると、なぜか時間がゆったり流れる。
一日にすることは、朝起きて、朝食を食べ、みんなでゆっくり話をし、
夜になると、またご飯をゆっくり食べ、ゆっくり話をし、テレビを見たり、談笑するだけ。

それだけなのに、なぜか、非常に贅沢な時間を過ごしたような気分になる。

きっと、この家には、温かい空気、そして愛が流れているからか。

それを、いつも思う。

sky






本当はこの日、昼過ぎの2時くらいにはロイの家を出ようと思っていたが、
余りにも居心地がよく、しかもなかなか帰りたくなかったので、
結局、夕食のターキーサンドイッチもいただいて、夕方の5時半までいてしまった。

randy

ターキーを切りながら、つまみ食いするランディ




roy eating

ロイもつまみ食い




me and roy

マヨネーズを取ってくれるロイ




roy and hean

ロイとジーン





***

外は暗くなってきた。
ノアの家に、暗くなる前にいかないと。
山道なので、危なくなる。


この家にはなかなか会いに来れないから、帰るのが惜しかったけど、
仕方ないので、出発する。

最後、ダイニングのテーブルに座っていて、俺が「じゃあそろそろ行かないと・・・」と言うと、俺の横に座っていたランディが、
「So do you want me to move?(ということは、俺にどけと言ってるんだな!?)」と冗談を言いながらどいてくれた。

2 guys






ランディはいつも、自分でジョークを言いながら、そのいい終わりの頃には、自分で噴き出している。
ロイや俺が何か面白いことをした話をすると、「Did you!?(本当かい!?)」と言いながら楽しそうに笑っている。
優しいし、すごくいいお父さん。


俺の彼女に後で話を聞くと、ランディは彼女のおじいちゃんにそっくりだとか。
彼女のおじいちゃんと笑い方や、話し方がそっくりらしい。
後は、自分で冗談を言って、自分で笑っているところとか。

***

余談だが、彼女のおじいちゃんの家は、近くにある銚子駅と家の電話番号が似ているらしく、よく間違えて電話をかけてくる人がいるとか。

すると、彼女のおじいちゃんは、電話に出て、
「はい、東京行き、特急の時刻ですね、少々、お待ちください」と言って、本当に駅員のふりをするらしい。

俺はてっきり、適当な時刻を言うのかと思ったら、おじいちゃんの電話がおいてある机の横には時刻表が張ってあるらしく、それを見て、正確な時間をしっかりと答えてあげるとか。

それで、「はい、東京行き特急は、7時15分発になります。気をつけて行ってきてくださいね!」と言って、電話を切った後、
「いひひひ〜!!面白いね!騙されちゃってるよ!!」と笑っているらしい。


電話をかけてきた人を騙していると言う割には、時刻をしっかりと正確に答え、銚子駅員と同じ仕事をしている、彼女のおじいちゃん。
面白いおじいちゃんだなと思った。

***

ま、そんなこんなで、俺の彼女も、ロイの一家とすごく仲良くなってくれて、本当によかった。
ロイの家族は、俺のアメリカでの一番仲のいい家族だから、そんな本当の家族のような彼らに、彼女を気に入ってもらえて、すごく嬉しかった。


名残惜しいが、さよならを言って、彼らの家を後にする。
3人としっかりハグをして、また会いに来ますと約束する。
ロイもランディもジーンも、いつもさよならの時には、悲しそうな顔をする。
そんな彼らの顔を見ると、なんか泣きたくなってしまう。

家から出て、自分の車のガソリンがもう残り少ないことに気づき、
「この辺でガソリンを入れるところはある?」と聞くと、
「残りほとんどないの?」とジーンに聞かれたので、
ほとんどないと言うと、
そのままジーンとロイは、彼らの車に乗って、近くのガスステーションまで一緒に来てくれた。

そこは、予め払っておいたプリペイドカードじゃないと、払えないらしい。
隣町のガスステーションまで行けるだけの量のガスでいいと言っているのに、ロイは、なんと俺の車を満タンまでガソリンを入れてくれた。

今時、ガソリンも安くないのに。
ロイの家は、そんなにお金があるわけじゃないのに、まるで本当の子供のように扱ってくれる。
ちょっと申し訳なかったが、どうもありがとうと言って、最後に本当のさよならをした。

ガスステーションで、まだ自分たちの車のガスを入れる途中のジーンとロイに手を振って、その場を後にした。

(続く)



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November 29, 2007

jean roy


Roy, Jeanと




2007年11月22日 木曜日(前半からの続き)

バーニーからの山道を越え、4時半頃やっと、ロイの故郷、マッカーサーに着きました。

小さなダウンタウンにあるポストオフィスの横の道を通り、突き当りを右に折れて、家が集まった一帯の中にある小さな道を通って、ロイの家の前に出ます。

車を停め、外に出て、上着を着ていると、誰かが家から出てきました。
ロイです。

「ヘーイ!シューン!」

相変わらずのロイ口調です。

彼と握手をし、家の中に入りました。
家を入ってすぐのところにあるキッチンでは、ジーンとランディが、ディナーの準備をしていました。
「Hi Jean! Randy!」
「Hi Shun!」

二人とも元気そうです。
彼女を二人に紹介し、お土産の梅酒とカードを渡しました。
洗面所で手を洗って、すぐにディナーの開始です。

***

今回も相変わらず、大きなターキーに加え、ジーンの作ったパン、マッシュド・ポテト、グレイヴィーソース、ラズベリーソース、フルーツサラダ等、たくさんの品数がテーブルに並びます。

ジーンの作る料理は、とても美味しいです。味付けがとてもいいのです。
アメリカの人たちが作る料理は、あまり「おいしい!!」と言えるような品があまりないのですが、彼女の作る料理は、どれも本当においしいです。

22パウンドのターキー
turkey






食事をしているとき、最近の状況をジーンに色々と聞かれました。まるで実の母親に色々聞かれているようでした。


全ての料理をしっかり味わった後は、居間に行き、ランディと少し話して、お決まりのカウチに腰掛けて、テレビを見ました。
ジーンとロイは、彼女とキッチンのテーブルで、ずっと話をしていました。

3人が居間に来ると、どうやら彼女はジーンとかなり打ち解けたようです。
二人ともとても仲良くしていました。僕も嬉しかったです。

リビングルーム
livingroom






しばらくするとランディに聞かれました。
「So Shun, are you still living in a closet?」(まだクローゼットに住んでいるのかい?)

いや、もう出たよと言うと、ジーンがニヤニヤしながら、俺の方を向いて、
「Why don't you tell Randy who else was living there?(そのクローゼットに誰がもう一人住んでいたのかを教えてあげたら?)」と催促してきました。

どうやら、さっきキッチンで彼女とジーンが話していたとき、彼女がそのことを話していたらしいです。


ランディは、「なに?そこに他に誰かも住んでいたのか?」と驚いた顔をしています。
そこで、彼女が、「Me!」と。

ランディは「ワッハッハ!!」と言って思いっきり笑っていました。

彼女がランディに言いました。

「Because it was so small for 2 people and we were running out of air, becasue there is no window. We needed more oxygen」

(部屋が小さすぎて、二人で住むには狭すぎたんです。それに、部屋には窓が無くて、空気が足りなかったんですよ。もっと酸素が必要だったのでね)

それを聞くと、ランディはまたまた大爆笑です。ジーンとロイもまた大声で笑っていました。
土地の広いアメリカに住む彼らにとって、狭いクローゼットに住むということは、かなりヘンタイなのでしょう。しかも、そこに二人で住もうとしたこともね。

「I even bought a small plant to get more oxygen(酸素を取り込むために、小さなプラントも買ったんだよ)」と言うと、さらに3人は大爆笑でした。


***

そのあと僕らはカウチに座って、ゆっくりテレビを見たり、少し話したりしていました。
ロイは自分のジーンズが破れたので、そこをアイロンして補修しています。
床にきちっと正座をしてアイロンをしている彼の姿がとてもかわいかったです。

ロイが糸でジーンズを縫っていると、ジーンが「ロイ、頭の油をつければ。針の通りがよくなるわよ」と言うと、ロイはその通り、頭に針をつけて、せっせと縫っていました。

roy sawing






この夜は、運転などで疲れていたため、早めに寝ました。
ロイが彼の部屋とベッドを貸してくれました。
ありがとうロイ。

ロイの部屋
roys room







***

この家に来ると、とても落ち着きます。
アメリカの中で一番落ち着ける家です。
家のなかはとてもシンプルで、必要なもの意外何もありませんが、それがとても心地よいのです。
キッチンにある、今ではどこでも売ってないような、古くて小さいテレビなどが、とても好きです。

家の中には、家族の写真が飾ってあります。ジーンがそれらの写真を丁寧に説明してくれました。
ランディの若い頃や、ロイのまだ小さい頃。ロイが14歳の頃の写真は、まだロイの顔は幼い子供です。
自分の14歳の頃を思い出しながら、あの頃の自分と、その写真のロイを頭の中で隣に並べてみると、とても不思議な感じがしました。

ランディとロイ
roy and randy






そこにはロイの生まれたときの小さな写真がありました。

ロイは、予定日よりも10週間も早く生まれたそうです。その写真を見ると、隣においてあるケアベアよりも、もっと小さいロイ。
体重はなんと、2パウンド(907グラム)しかなかったそうです。
その小さなロイの写真を見ながら、ジーンは懐かしそうに話をしてくれました。

ロイは、ランディとジーンに、とても可愛がられています。特にジーンには、今でも小さな赤ちゃんのように、とても可愛がられています。
きっと、ロイがそんな風にして生まれたから、ジーンにはロイが、とても可愛いのでしょう。

ロイには上にお姉さんが二人いますが、二人ともロイと10歳以上、歳が離れています。
今回話を聞いていて知りましたが、ロイの前には、もう一人、別の男のこの赤ちゃんがいたようです。しかし、生まれて2週間ほどで亡くなってしまったとか。

その赤ちゃんの写真を見て、その赤ちゃんの話をしているとき、ジーンの目は涙で潤んでいました。

その後に生まれたロイだからこそ、しかも、体がそんなに小さいにも関わらず、今もこうして元気に育っているから、ジーンにはロイが、それだけ可愛いのでしょう。

***

ジーンは、生まれてから子供時代まで、今僕が住んでいるロングビーチに近い、ノアウォークという町、南カリフォルニアで育ちましたが、彼女のお父さんが50歳で亡くなってから、今のマッカーサーに越してきたそうです。そこで、高校時代に出会ったランディと結婚しました。

ジーンは今から2年前である2005年の3月にも、自分のお兄さんを、若くして亡くしています。お兄さんは、まだ55歳ほどだったそうです。


僕の彼女とも話していましたが、ジーンは、深い悲しみのある人です。
彼女は、深い悲しみがある分、優しさもまた深い人です。

僕の彼女が言っていました。
「ジーンは、きっと、彼女の人生の中で味わえる悲しみの量がこれだけあったとしたら、その量全てを、すでに若いうちに経験してしまったんじゃないかな」と。
「だから、ジーンはこれからはもう、幸せになるしかないんだと思うよ」と。

また、ジーンは、男性との縁に恵まれてこなかったんじゃないかと。
お父さんを若い頃に亡くし、自分のお兄さんも若くして亡くなり、ロイのお兄ちゃんにあたる人も、生まれてすぐに亡くなってしまった。
だからこそ、ロイが天使のように思えるんじゃないか、と。

そしてだからこそ、ランディに会えてよかったね、と。
ランディは、すごく優しくて、いい旦那さんだから。

今までは、ジーンのことを、ただのロイのお母さんとしてしか見てきませんでしたが、今回は僕の彼女から、女性の視点から見た話を聞き、ジーンがいかにロイが大事かを、よく分かるようになりました。

***

夜、カウチに座ってジーンと話していたとき、ジーンが僕に言いました。

「Roy is getting too independent. He doesn't want to come back home, so we got to go see him(ロイは最近、独立しすぎているのよ。彼がもう家に帰ってこようとしないから、今度は私たちがロイに会いにいかなければいけないわ)」

その目には、深い愛情が見えました。

***

その夜は、彼女とジーンの話をしながら、眠りにつきました。

(続く)




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2007年11月22日 木曜日

さて、旅は二日目。
今日はSan Joseから、McArthur(マッカーサー)まで行きます。
マッカーサーは、僕の元ルームメイトである、ロイの両親が住む場所です。

この日、22日が、Thanks Giving Dayでした。
ですので、アメリカではどの家族も、みんなこの日に家族で家に集まって、ターキー等を食べます。
ロイも、この休みを利用して、両親の元に会いに帰ってきています。
ロイには4月に会いましたが、ロイのお父さんとお母さんに会うのは、去年のサンクスギヴィング以来、一年ぶりです。

この日をかなり前から、とても楽しみにしていました。

***

朝、デイビットのところで8時ごろ起きて、シャワーを浴び、まだ寝ている彼にありがとうを言って、彼のアパートを出ました。

すぐ近くにある中華系のスーパーマーケット(Marina)で、僕がサンノゼにいた頃によく買っていたパンを買います。

このスーパーの中には、その場で焼いている焼き立てのパンが売られています。
僕のお気に入りはメロンパンです。こっちでは「パイナップル・ブレッド」と言いますが、味は日本のメロンパンとほぼ同じです。見た目もほぼ同じです。

彼女と僕用に、メロンパンと、タロイモパンを二つずつ、それから、僕の大好きな中華ゴマ団子が売られているのを発見し、それを興奮して3つ買いました。3つで1,5ドルくらいでした。

bread






ちなみにそのスーパーの中には、イートインがあります。その場で鳥をさばいたり、豚を足から吊るして焼いていたりと、まさに中華の世界です。
その一帯は、サンクスギヴィングデイにも関わらず、多くの中国系の人たちでごった返していました。
朝から油でギッタギタの中華料理をがっつく人たち。
彼らにサンクスギヴィングは関係ないのでしょうか。

***

車にガスを入れ、いざ、マッカーサーまで運転します。
ここからマッカーサーは330マイル(528キロ)。
まっすぐ行っても、6時間はかかります。

さっき買ったパンを食べながら、運転を楽しみます。

me






道の途中、彼女と色々な話をしました。

隣のレーンを走っていたスポーツカーを運転していた男性がジャン・レノに似ていたため、そこから彼女が、「ジャン・レノとジョン・レノンと、もう一人似た名前の人ってだれだっけ?」と始まり、「オダギリ・ジョーじゃん?」とどうでもいい返しをし、そこからどんどん話が広がって行きました。

road 1






とても中身のある素晴らしい話をした記憶があるのですが、その肝心な中身がなぜか思い出せません。なぜでしょうか。1年くらい前までは、どんな話もすぐに思い出せたのですが、最近どうもダメですね。ちょっとショックを受けています。

ま、そんなこんなで、時は過ぎ・・・

***

road 2






もう時刻は3時過ぎ。やっと長い長いI−5を走り終え、299Eに乗り換えます。ここからは山道です。I−5はほとんど彼女が運転してくれました。僕は相変わらず1時間半ぐらい昼寝をしていました。どうもありがとう。

ここをあと1時間半ほど走ると、ついにロイの家に着きます。

山奥を走っているときに見えた夕日が綺麗でした。

sun set






山道を運転しているとき、彼女は少し寝ていたので、ラジオを聴きながら色々と物思いに耽っていました。

ラジオでは、明日から始まる「サンクスギヴィングデイ・アフターセール」の宣伝ばかりです。そう、サンクスギヴィングの次の日は、アメリカで年に一番大きいセールの日なのです。

その宣伝を聞きながら、こうして家族の元に集まってこの日を祝う人も多いけれど、集まる家族がいない人もいるんだよなという事に気づき、こうして誰かの家族の元に招待してもらえる自分は幸せだなと思いました。

***

マッカーサーまでもう少しの町、バーニーで少し休憩をし、ロイのお母さんジーンに電話をしました。ディナーは4時からなのですが、もう4時を周っていました。
彼女に今バーニーにいることを言うと、後15分でマッカーサーに着くそうです。
残りあとちょっと。
もう少しで、ロイ一家に会えます。

(続く)




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November 28, 2007

皆さんこんにちは、ご無沙汰しております。
先週の水曜日から今週の月曜日まで、サンクスギヴィングの旅に行って来ました。
今回も、多くの家族に会うことができ、とても幸せな時間を過ごすことができました。
ここに、その模様を書いていきます。

***

2007年11月21日 水曜日
Long Beach→San Jose

旅のプラン
map












朝7時半ごろ起きて、支度をし、家を出ました。
今朝炊けるようにしていおいたご飯を使って、彼女がおにぎりを作ってくれました。

朝の9時に、お決まりのエンタープライズで、車をレンタカーします。
車種は、KIAのSPECTRA。韓国製の車です。
乗り心地はなかなかでした。

ガソリンも満タンまで入っていたため、そのまま出発!!

さけおにぎり(ゆかりと梅干もありました)
onogiri







***

road 2






9時半ごろロングビーチを出て、
そのまま北へ、ひたすら走ります。
405Nの後は、I−5Nに乗り換えます。

road 1






途中で、IN N OUTを発見。
昼ごはんにと、バーガーとフレンチフライをゲット。
店の中は、サンクスギヴィングの休みのために出かけた家族連れで、ものすごい混みようでした。
こんなに混んだIN N OUTを見たのは初めてです。

in n out






バーガーはいつも通り、「Extra Everything」で頼みました。
レタス、トマト、ドレッシングの量が、いつもより約2倍になるというやつです。
店内が混んでいるため、僕らはテーブルに座って待っていました。
すると彼女が、僕の方を見て言います。

「鼻の穴から何か出てるよ」

どうやら、ハナ○とハナ○○が、両方少しずつ顔を覗かせていたようです。
おっと汚ねえ。

どうやらバーガーだけではなく、僕の方も、「Extra Everything」だったようです。
はい、汚くてすみませんね。

***

鼻の処理もしっかりとした後は、
途中、彼女と色々な話をしたり、
お互いに交換しながら運転をしたりして、
夕方の6時ごろ、僕らは無事にサンノゼに着きました。

sun set






今夜はデイヴィット君のところに泊まらせてもらう予定ですが、
彼は夜の12時までスタバで仕事です。
それまで待つべく、まずは腹ごしらえにと、台湾系のレストランや店が集まった集落、クパチーノ・ヴィレッジに足を運びました。

ここ、サンノゼは、アジア系(特に中国系、台湾系)と、
インド人が多いことで有名です。
なぜかって?
GoogleやE-Bay、AppleやOracleなど、
アメリカで有名なIT系の会社は、ここシリコンバレーに全て集うからです。
そのエンジニアとして、中国系やインド系の人たちが多いわけです。(多分)

***

クパチーノ・ヴィレッジに行く前に、
そこからすぐの場所である、僕が前に住んでいたアパートに足を運びました。
今は誰が住んでいるか分かりませんが、
ここで僕は、留学3年目を過ごしたわけです。

そのアパートの横に車をつけ、
アパートの周りを一周ぐるっと歩くと、
当時の記憶が鮮明に蘇ってきました。

今からたった2年半前のことなのに、
大分昔のことに感じられました。

***

アパートの空気を味わった後は、近くのSAFEWAY(スーパーマーケット)で、これから訪ねる皆へのお土産として梅酒などを買いました。

その後街を走っていると、僕らがお気に入りのオーガニック食品スーパーマーケット、「WHOLE FOODS」が、今まであった場所とは反対側の車線に、かなり大きくなってリニューアル・オープンしているではありませんか!!

車をとめて、そのばかでかい店の中に、足を入れました。

店の中は、かなりの人で一杯です。
この店独特の、温かい照明で店内は照らされ、フードセクションには、美味しそうな匂いが漂っていました。

ここで雰囲気をしっかり楽しんだ後は、いざ、中華レストランが何件も並ぶ、クパチーノ・ヴィレッジに出発です。

***

いつもここに来るときは、店が何件もあるにも関わらず、
なぜか「台南」という名前の店にしか来ていませんでした。
理由は、値段が安く、当時友達だった学生仲間たちと食事をする場合は、ここにしか来なかったからです。

しかし、今年の4月の春休みに、
ひろぽん君とここに来たときに頼んだチャーハンのまずかったこと!!
それは、「フライド・ライス」ではなく、「ウェット・ライス」でした。
(詳しくは、当時の日記を参照)

それ以来、この店には二度と来ないと決めていたので、
今回は、新しい店を試すことに決めました。

僕の彼女は、店の雰囲気やオーラなどで、いい店と悪い店を当てることができる才能の持ち主なので、彼女にここは頼みました。

見始めて、2件目のレストランで、彼女が言いました。
「この店はいい雰囲気を持ってると思うよ」

中は、人で一杯です。
客は見事に、中国人か台湾人しかいません。
僕らはここで食事をすることに決めました。

restaurant







席に付き、他の客が頼んでいる食べ物をチラ見すると、どれもヨダレが出るほど美味しそうです。

何かスープ系が頼みたかった僕らは、とりあえずと、その店の名物らしい、「Pork Hot Pot」と、牛肉と野菜のチャーハンを頼みました。

オーダーを取ってくれたおばさんは、英語を全く喋りませんでした。
向こうは中国語で、こっちは英語で、品を頼みました。


しばらくして、その2品が運ばれてきました。
その美味しそうなこと!!

fried ricepot






写真を撮り、いざ、いただきます。

いやあ、この豚肉の鍋は、本当に美味しかったですね。
今まで食べてきた中華料理の中で、一番でした。
中には、これでもかと言うくらいの量の豚肉と、
揚げ出し豆腐、
そして、生姜を元に作った、かなり味の深いだし汁。
その上には、ネギが散らしてあります。

いやあ、本当においしかった。

チャーハンも、値段の割には、ものすごい量でした。
二人では全て食べきれず、余った分は、デービット君に、プレゼントしました。

これだけ食べても、普通の安めのレストランと値段が全く変わりません。
まさか、こんなに美味しい店が、前に住んでいた場所のこんなに近くにあったとは!!

この店のことを知っていたら、この前家族がアメリカに来たときに、この店に連れてきてあげたかったなあと、ちょっと悔しい思いをしました。

この店にはまた帰りにも寄っていこうと、彼女と堅く約束をしました。

***

食べ終わり、僕らはデイビット君が働いているスターバックスへ。
店内は、クリスマス仕様で、とてもかわいくなっていました。

彼に挨拶をし、店の中でちょっとゆっくりしていくよと、声をかけました。
椅子に座り、彼女と色々話して待ちました。

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さわやかスマイルのデイビット君
(写真は今年の7月から)





11時。店が閉まりました。
この後も、デイビット君は12時まで店内の片付けです。
僕らは仕方なく、外へ出ました。

通りを挟んだ反対側に、新しくできていたホテルの外に、
大きなクリスマスツリーがあったので、それを見に行きました。

tree






外は凍て付く様に寒く、ロングビーチとは大違いです。
ロングビーチではすることの無いマフラーをし、ビーニーを被り、
外へ出ました。


彼女の後ろに背後霊が!?
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その後も、Steevens Creek Blvd沿いをずっと走っていくとある、Santana Rowにも足を運びました。

ここには、前に僕が働いていたBlow Fishがあります。
外は、クリスマス仕様で、これまた綺麗になっていました。

santana row







12時ごろ。やっとデイビット君から電話があり、これから家に帰るということです。
僕らは彼のアパートに向かいました。

アパートに着くと、相変わらず、カレッジ生がたむろしています。
彼のルームメイトのチャズも、相変わらずでした。

彼と、友達のスコットを交えて少し話し、
1時半ごろ、疲れきった僕らは、先に寝ました。
デイビットはわざわざ、彼のベッドを貸してくれました。
いやあ、悪かったね。ありがとうデイビット君。

みんなで遅くまでワイワイ騒いでいる様子を見ながら、
自分の大学生1、2年目を思い出しつつ、就寝・・・。

(続く)



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