本 Review

February 28, 2015

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松岡修造の本です。

彼のことは、正直数年前まではバカにしていましたが(すみません)
最近はすごくハマっています。
むしろ、この人から最近は一番パワーをもらっている気がする。

この本の中に、
「良いところに目を向けて、自分を褒める」
という箇所があります。

彼は昔、ボレーがうまくなくて、よく失敗していたということ。
でも、失敗するたびに落ち込むのではなく、
ボレーを打つたびに、失敗してもいいから、
「ナイスプレー、修造!」とコートで一人で叫んでいたという。

それを聞いて観客は笑っていたそうですが、
それを続けるうちに、次第にボレーが決まるようになり、
最終的には5割以上が決まるようになったと。
そこまでくれば、上手いのレベルに達したことになります。

そんな風に彼は、
「人は、誰かから褒められると嬉しくてやる気が出るもの。
ならば、誰も褒めてくれないのならば
自分で自分を褒めてしまえばいい」と。

そうやって、声に出して、
ひたすらストイックにやる彼。

彼というのは、とても頭のいい人だと思います。
むしろ、バカ正直とかそういうひとではなく、
よく考えて、自分で納得した上で、
それを考えて実行している。
一見バカに見せているけれど、実はよく計算していて、
駆け引きの上手い人だと思います。

彼のすごいところは、とにかく、「まっすぐなところ」。
そして、「素直なところ」。

これを続けれられる人は、本当に真の強い、
よくできた人間だと思います。

*****

僕も、彼のそんなところを見習って生きていきたいと思います。

2015/2/28 1:06am




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January 07, 2015

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湊かなえによる原作。
2010年1月29日に出版された。

先日、2014年10月〜12月の間でTVドラマが放映された。

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このクールは、月から金まで毎日1本ずつドラマを見たけど(普段はドラマを見ないんだけど、このクールは妻と一緒に見ることを決めた)、
その中で、このドラマが一番良かった。

最初は、このドラマは俺は見ていなくて、
妻が見ているのを横で見て、なんか面白そうだなと思って一緒に見始めた。
最初は話が10年前と今を行ったり来たりするので、よく分からなくてイライラしたけど、
見ていくうちに、一気に引き込まれた。

最終的には、もう話がどうなっていくのかが楽しみで、
謎はどうだったのかと、妻とドラマを見終わった後に随分と話し合った。


最終回は、本当に綺麗な作りで、
見終わった後、「これは、壮大な作品だったね。上質でした」と、
本当に感動の余韻に浸ることができました。

(ちなみに、画面のコマ割りや、色合い、タイトルが出るときのカットなど、
全てが凝っていて、本当によくできていたと思う。下はその一例。)

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*****

そのあと、先日この原作を買って一昨日読み終わった。

個人的には、原作よりもドラマの方がより深く作品を掘り下げていたと思う。

もちろん、原作があってのドラマだけど、
また、自分はドラマを最初に見た影響が大きかったんだと思うけど、
ドラマの方では、原作では出てこない刑事とその妻の物語を入れることで、
より、作品に広がりを作っていたと思う。

(刑事が事件の真相を探っていくことで、視聴者は物語の謎を追う形で作品に入り込める作りになっていたと思う。)

ちなみに原作の方は、西崎さん(作家)が子供の頃に母親から受けた仕打ち、
その母親の愛情の示し方に対して、
それは本当に愛なのか、
そういった事を作品のテーマのメインに持ってきていたと思う。

ドラマでは、杉下 希美が主人公のように持ってこられていたけど、
原作とドラマでは、随分と雰囲気も違ったなあと感じた。

(原作の方が、より暗く、人間の闇というか深い心理を描いていたと思う。
しかし、それはドラマの方もうまく描いていて、ドラマはむしろ主人公全員の心の動きや、彼らも気づかない深層心理を、映像や音楽でうまく表していたと思う。)

*****

とにかく、本当に良い作品だった。
また時間を置いて、機会があれば見てみたいと思う。
とても上質な作品でした。
ドラマの製作者の方々は、脚本家、監督を含め、
本当に良い作品を作り上げたと思います。

2015/1/7 22:43


PS.
ちなみに、チュートリアルの徳井が出ていて、
最初はギャグかと思って笑いながらみていたけど、
彼はとても演技がうまかったです。特に最終話なんかは迫真の演技でした。

また、榮倉奈々を始め、
成瀬くん役の窪田正孝、
安藤望役の賀来 賢人、
西崎さん役の小出恵介など、みなさんとてもハマり役でした。
(俺は個人的に誰のこともほとんど知らなかったので、本当にこのドラマにハマることができて良かったです。)

2015/1/7 22:51



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July 27, 2014

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2007年6月オリジナル発行。

ベルマーレ平塚を出てから1998年にペルージャへ移籍した後、
2006年夏のW杯で引退をするまでの8年間に焦点を当てたもの。

・・・に、なるべき本だったらしいが、
そして、前作の『鼓動』を書いた同じ著者である小松氏に、
中田の事務所の代表者次原が、
「中田が海外に移籍してから今日までの8年間、どの様な人生を過ごしたのか。そこを後世に残す記録として書いて欲しい。中田の集大成を綴って欲しい」と、
中田の引退を次原が小松に告げたその日に次原から頼まれて、この本を書くに至ったという事だが、

実際の内容は、殆どが2006年のW杯を客観的に追いかけた小松氏の目線からの話となり、
8年間の海外での様子は殆ど書き綴られていない。

『鼓動』も今併せて読んでいるが、
そちらの方は、実際にその場にいなかった小松氏は、まるでそこに居合わせたかの様に当時の情景、様子を物語として描いている。よって、著者の存在を気にせず、中田という人間の動きを垣間みることが出来る。

しかし、本作は、どうしても著者の我が出過ぎてしまっているというか、
引退を告げられてからショックを受け、実際に中田が引退をするまでに自分がどれだけ心の整理が必要だったか、
自分は今までジャーナリストとして、どれだけ中田という人間に魅力され、追いかけてきたか、
そこを、押し付けがましくはないにしろ、読者に結果的に強要せざるを得ない形となっている所が残念。
読者としては、彼女がどれだけ中田と近しかっただろうが、そんなことは関係ない。
この本を読みたい理由は、彼女が如何に中田を理解しているか、では無くて、
「中田」という人間の人生記を読みたいのだから。

*****

それでも、中田という人間が、2006年ドイツW杯で、どの様な思いで戦っていたのか、
それを知るには良い本だと思う。
(ただ、この本が余りにも中田よりの意見すぎる、という声も少なくは無いが。)

*****

ちなみに、一番最後に名波浩の解説が数ページだけあるが、
彼の飾らず、純粋な文章が、
一番心に響いた。

2014/7/27 14:58



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April 23, 2014

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2007年9月初版発行。

この本は、確か前職の時の上司に薦められて、買った気がする。

最近、日経のビジネスメールで、この本を取り上げていたのを見て、
また読みたいなあ、と思っていた。
昨日本棚から取り出し、今朝、電車の中で読んで行った。

*****

本を読んで気づいた。
俺自身も、自分の身の回り、考え、生活、仕事、
それらを、整理したがっていたのかなあ、と。

この本の中では、大きく分けて三つの整理が話される。
一つは、空間の整理。
二つ目は、情報の整理。
そして三つ目は、思考の整理。

空間の整理に関して。
彼は、オフィスも、机の上はもちろん、
すべてを、モノが無く、ムダのない状態に保っているという。

月曜日の朝は、午前中全部かけてもいいから、
Macのフォルダの中をすべて綺麗にしろと、
社員にも何度も言っているそうな。

モノが、目の前にあるだけで、
それに一瞬でも気が取られることで、そこで思考が余計に働き、
ロスが生まれる。

よって、俺は今朝、
40分ほどかけて、机の中、引き出しの中、
机の上、すべてを、整理してみた。

すると、それまで机の上に置いていた4、5つ程の資料もすべて、
机の中の一次保管の場所に入れ、
いつも机の上に出している、紙1枚のTo Do listも、
机の引き出しに入れる事で、
常に、次にやる仕事を一つ頭に入れたら、その内容だけ机の上に出して、
後はしまう。机の上には一切他には何もおかない、ということを実践してみると、
頭がスッキリし、目の前のことだけに集中できるようになり、
とても効率が上がった。

何より、自分が抱えている仕事を、整理してみれる事で、
頭がクリアになり、物事がよりシンプルに見えて来る。

*****

あとは、自分の考えの整理をした。

昨日は、ブログに最近の自分の考えを書き出してみたが、
佐藤氏は、本の中で、
「自分の思考を整理する程、難しいものはない」という。

自分の「無意識の意識化」(フロイトより)をすることで、
自分の中に溜まっているストレス、考え、
そういったものが全部言語化され、明確になり、
結果、自分の中の問題を、根本からFixすることとなる。

俺は、月曜日の朝に、
今自分が抱えている仕事を大きくカテゴリーに分けて書き出し、
なぜ、毎日仕事が終わらないか、
何に一番時間をとられているのか、
その問題は、

どうしたら、やらなければならないが、出来ていない仕事ができるようになるのか、

そういったものを書き出してみると、
頭の中が非常にスッキリした。
それは、ほんの1、2分の作業であるが、
それをするだけで、頭の中で整理されずにモヤモヤ、
何となく分かった気でいた事が、
書き出す事で、
分かっていなかったものは何か、
分かっていたものは何か、
何を、クリアにしなければならないのか、

そういったことが明確に見えて来る。

*****

パソコンのデスクトップが、整理しないとすぐ汚くなるように、
机の上が、整理しないとすぐ汚くなる様に、
自分の頭の中、
そして、自分の考えも、
書き出して、整理しないと、すぐに、汚くなって来る。
そして、モヤモヤした状態で日々を連続して過ごしていると、
いらないメモリをクリアしないと、PCや携帯の処理速度が遅くなる様に、
自分の頭の処理速度も、確実に落ちて行く。

結局は、パソコンも、人間の頭も、
すべて、そういったところは同じな事に気づく。

*****

俺は若い頃、常に暇があれば日記をつけ、
そこに、毎日の様に、自分の感じている事を書き出し、
自分を客観的に見ることで、毎日を生きていた。

次第に、自分の中の考えもシンプルになり、
心の迷いや不安等も、年齢と経験を重ねるに連れて少なくなり、
今では、「日記」というものを書く事も、大分減った。
自分の気持ちを書き起こす、という意味での日記を。

*****

しかし、大きな悩みがなくなったからと言って、
自分の心の中で、自分が無意識に考えていることを書き出して、
整理する事を辞めてしまうと、
知らない間に、自分が気づかないところで、
やはり、頭の中は、煩雑に思考が散らかって行くらしい。

そして、そのまま、
数ヶ月か、
自分の中の、頭の中の思考、感じていることを整理しなかった結果、
昨日の日記にかいたように、
知らない間に、ストレスが溜まった状態となっていたらしい。

******

ちょっと長くなったが、そんなわけで、
「整理する」ということは、物理的にも、思考的にも、
すべてにおいて、非常に大事なことで、
それをするかしないかで、その後のすべてが、
かなり変わって来るということ。
それを、今日身を持って実感した。

思考の整理を、先週末から昨日にかけて、
妻と話し合い、かつ、言語化することで。

そして、空間の整理を、
今朝、時間をかけて行う事で。

*****

しかし、俺の部屋は、ここに引っ越して一年経つが、未だに片付いていない。
妻に呆れられて逃げ出される前に、早くやっとかないと。

2014/4/23 22:59




追記:
ちなみに、彼はこの本の中で、
自分の鞄の中も、毎日帰ってきたら中身をすべて外に出し、
毎日持って行くものを精査するこを薦めている。
それにより、鞄の中に意味も無く入っているものを減らし、
本当に必要なもののみを見極めることができる、と。

そして究極の鞄とは、
何も持たないこと。
財布と、携帯と、カギ。
それだけあれば良いと。
そうすると、身も心も軽くなり、普段とは全く違う視点で
物事を見れるようになると。

俺は流石に、営業という事もあり
鞄を置いて行く事はできないが、
しかし、彼の言っていることは分かる。

そして彼はもう一つ言っている。
自分が持ち運びするものも含めて、
自分が持つモノ一つ一つを、きちんと吟味し、
そのモノの優先順位を真剣に考える事で、
それの価値観、自分にとっての優先度も明確になり、
それ以降、更にそのモノに対する理解度も上がると。

一度、じっくりと時間をかけて真剣にそれについて考えると、
それに対する自分の考えも明確になり、
迷いがなくなると。

これは、モノだけじゃなく、日々の生活すべてにおいていえると思う。
仕事の内容にしても、
自分の余暇の過ごし方にしても、
見るテレビの内容にしても、
すべてにおいて。

すると、「生活」「自分の人生」というものすべてが、
明確に整理された空間のように捉えられて、
非常にシンプルになり、
何が大事で、何が大事じゃないかが、本当にクリアになる。


結局は、整理とは、何を残すかよりも、
何がいらないか。
それを吟味して考慮し、
本当に必要なものだけを持つ。
そのことを言う。





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April 20, 2014

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1906年4月発行。
自分は、夏目漱石の本を考えたら殆ど読んだ事がなかった。
去年の夏、高校時代にちらっと読んだ『こゝろ』を読み返してみたくらいで、
他の作品は全く読んだ事がない。

先日、本屋でこれを見かけて、260円で買った。
何気なく読み始めてみたら、これが面白くて、
あっという間に読み終えてしまった。

*****

『坊っちゃん』のストーリーは全く知らなかったけれど、
主人公の言わば「坊っちゃん」が、
その真っ直ぐな性格と歯に衣着せぬ辛辣な物言いで、
自分が経験したり会う人間の事を叩き落として行く様がとても良い。

思えば、俺も高校を出て留学するまでは、
「何でみんなこんな風に考えないんだ」と、自分の価値観が絶対的だと思っていたので、
この主人公の坊っちゃんが、自分が働く事になった四国の中学で、
会う先生たちに対して、
「こんな笑い方をしやがって。まるで女みたいな気持ち悪いやろうだ」的な感じでこき下ろして行くのを読んで、すごく気味が良いとともに、何だか若い頃の自分を思い起こした。

また、この坊っちゃんはすごく真っ直ぐな性格で、
それが災いとなり、周りの人間とぶつかっていくわけだけれども、
それが自分と重なる部分もあって、そんな意味でも読んでいて面白かった。
「ああ、俺ももっと自分に自信を持って生きて行こう」、
そう思える部分が多々あった。

*****

それにしても、夏目漱石の本というのは、こんなに面白いものだったのかと、
30歳になってやっと気づいた。
この本を自分が10代の頃に読んでいたら、果たして今ほど面白いと感じたかどうかは分からないけれど、
でも、もっと若い頃に、夏目漱石を始めとして、
いわゆる、歴史に残っている文学作品をもっと読んでおけば良かったなあと思う。

(学生の頃は、漱石を始めとしたいわゆる文学作品は、
学校のテスト用に、作者と作品の名前だけを覚えるもの、
そして、その中身は、(読んだ事はないけれど)きっとつまらないもの、
という勝手な頭があったと思う。)

*****

そんなわけで、次は『三四郎』あたりを読んでみたいと思う。

2014/4/20 20:38





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April 08, 2014

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2013/4/24発刊。
久しぶりにこの人の本を読みました。
2012年にはハマって、毎日の様に読んでいました。

*****

この本では、
『「病は気から」ではなく、「健康は気から」です』というのがメッセージ。
「病気にならない」と言うのは、「病気」という言葉を発する時点で、
結局は”病気”を意識しているから、
その人は結局病気になる。
でも、「俺は絶対に健康でいる」「常に自分は健康だ」
と、自分がめちゃくちゃ健康で、100歳まで強靭な体で元気バリバリで生きている姿を
ありありと毎日イメージして生きれば、
絶対に元気でいる、というもの。

この人は風邪菌が体に入ったと思った時は、
市販の100円のオレンジジュースを買ってきて、
自分の体の中の菌が一つ一つ死んで行くイメージをありありとして飲むらしい。
すると、次の日には必ず元気になっているとか。
これを妻に話すと、妻もスタバのチャイラテを飲みながら、
同じ事をイメージして飲んでいたとか。
(そんなわけで、妻から言わせると、
苫米地氏の言っていることは、彼女にとっては常識の範囲のことであり、
本を読むまでもない、と。)

*****

また、顔にできたシミやシワにしても、
その存在を嫌って、「どうしてこれが出来たんだろう」と悩みながら生きるよりも、
体に出来たそれと、共存して行こう、
「それを愛そう」と思って生きると、次第にそれは消えて行く、と言っている。
「自分の顔のシワを愛そう。すると、いつの間にかシワは消えている」と。
(結局そのシワは消えるんかい、という妻のツッコミ)

それを読んで、自分も、
薄くなってきている後頭部と、ベジータの生え際を愛そうと思いました。
それと、最近昔に比べてはりがなくなってきた肌を。

*****

そんなわけで、この本では、今まで彼が書いてきた数十冊もの本と、
言っていることはほぼ変わりありません。
言っている内容の対象を、「健康、体」に変えただけ。

結局は、抽象度でいうと、
物理的なものが一番抽象度が低く、
だからこそ、常に高い抽象度を持って、物事をみて考えようと。
そして、抽象的な観点で自分のコンフォートゾーンを書き換えてしまえば、
一番抽象度の低い物理空間である体は、
必ず、その自分が設定したコンフォートゾーンにアジャストして来る、と。

自分が、常に健康でいること。
それを、自分のコンフォートゾーンにしなさい、と。

そういう話です。

2014/4/8 22:04






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April 02, 2014

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2005/6/24発刊。
この本は、2005年の夏に、まだ自分が留学していた頃、
日本から自分が当時いたロングビーチまで来てくれたO先輩に頼んで
日本から買ってきてもらった本だった。
(その後、留学友達に貸して、そのまま返って来なかった。)


2005年に読んで、それから9年が経った。
先日、落合作品の城島が出る作品にハマり、
この本も城島が少し出てくるので、再度古本で買って読んだ。
夏頃に買ったはずが、どうも読み切れなくて、
結局先月読み終わった。

*****

この本は、中国が台湾侵攻を企んでいるのを、
イギリスのエージェントが嗅ぎ付け、
それを、アメリカの政府には知らせずに、CIAの一員に相談するが、
その中国の動きを止める為に、アメリカ政府にも極秘でどう動くか、
という時に、声がかかるのが、
日本人の城島。
そして、城島本人はその仕事を断るが、
代わりに、自分の弟子であり、
傭兵部隊を率いている織田信虎(織田信長の子孫)に依頼をする、という話。

*****

こうしてシナリオだけ読んでいるとぶっ飛んでいますが、
話の内容も相変らずぶっ飛び・・・なら良かったのですが、
今回に限っては、中国の様子を著者が見てきた視点で丁寧に描いている部分もあるものの、
イマイチ盛り上がりにかける、
部隊は2007年、北京オリンピックが開催される前の話であり、
この話は2005年に出たが、
どうも、最後まで盛り上がらず、読み終えるのに退屈した、という感が否めない。

*****

それにしても最近は本屋で落合信彦の本をめっきり見なくなったものです。
その理由も分かる気がしますが、しかし、彼の作品には名作もあるので、
少しは彼の名前の棚を残して欲しいなと思います。

2014/4/2 21:17




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March 15, 2014

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この作品を初め読んだのは2003年の夏。
留学して一年が終わり、日本に夏帰ってきて、
成田空港でバイトをしている頃に、
合間を見つけて読んでいた。
その頃は、手塚治虫の『ブッダ』にもハマって読んでいた。

『火の鳥』は全部で数編あるが、
全てを読んだわけではない。
その夏には、近所の図書館に置いてあった『異形編』だけを読んだと思う。

ただ、その話の内容が余りにも印象的で、
一度しか読んでいなかったにも関わらず、
ものすごく記憶に残っていた。
そして、時々その話の内容を思い出しては、
もう一度読み返したいなあと思っていた。

*****

先週末、久々に実家に帰り、
図書館へ行った際に、2009年頃に新しく発行された
新バージョンのものが置いてあり(サイズは大きくなり、恐らくオリジナルが雑誌で出版された頃と同じ様なサイズ、かつカラーページはカラーで再現されている)、
その中に『異形編』があったので、借りてきて読んだ。
他にも、『生命編』『乱世編』も読んだ。

*****

『異形編』は、今回読んでもやっぱり魅力的で不思議な話だった。
この作品全部を読んだ訳ではないので分からないが、
手塚治虫というのは、感覚の世界というか、
ちょっと恐い様な、心に残る様な、
はっきり言って、スッキリと楽しめる作品ではないけれど、
ずっと、心の憶測に深く記憶として残る様な、
そんな作品を描く。

『ブラックジャック』なんかでも、
子供の頃に見た恐い夢の様な、
そんな話が沢山ある。
(ブラックジャックは、小学校の頃に仲のよかった近所の友達が持っていたので、良く彼の家で読ませてもらった記憶がある。)

*****

俺は、小さい頃は、ドラえもんやアサリちゃんなどが家にあって読んだいたけれど、
そして、小学校に入ると、今度はドラゴンボールやアラレちゃんなど、
主に藤子不二雄や鳥山明、後は少年ジャンプに連載されていた漫画家のものは良く読んでいたけれど、
手塚治虫の本は家族に馴染みが無かったせいか、読む事が殆どなかった。
でも、大人になって読んでみると、凄く深いテーマを描いていて、
正直、彼の作品は全部若い頃に読んでおきたかった、と思う様な内容が多い。

自分が物心付く前には彼は亡くなっていて、
同時に、彼の作品は余りにも有名なので、逆に読もうという気が子供の頃は起きなかったけれど、機会を見つけて、いつか彼の作品を全部読んでみたいと思う。

そんな、素晴らしい作家だと思います。

2014/3/15 23:40




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February 18, 2014

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さっき読み終わった。
オリジナルは1997年5月発刊。
自分が中学2年生の頃。

*****

この本は、中学2年の秋頃に、
図書館で借りて読んでいたのを覚えている。
その頃は、夏に落合のことを水泳のコーチから教えてもらい、
ひたすら落合の小説を読むという日々を過ごしていたが、
どの話も、正直自分には本当に「面白い」とはまだ思えなかった。

でも、この本に至っては、読みやすく、
かつ、水を酸素と水素に分解してそこから熱を作り上げるという発明の発想に感心し、
当時の中学の理科の先生に、「そんなことが可能なんですか?」と聞いたのを覚えている。
(その理科の先生はU先生)

実際の小説としての話の流れは、今回1997年に読んだ時から一度も読んでなかったので、実に17年ぶりに読んだが、ほとんど記憶に残っていなかった。
ただ、話の冒頭で、この発明をした博士とその弟子が、残忍な方法で殺される、というそのシーンだけを明確に覚えていた。たしか、当時通っていた水泳スクールの更衣室で読んでいたのを覚えている。

でも、今回久しぶりに読んでみて驚いたのは、
この小説には主人公が二人いて、
一人は池浦、もうひとりは富島というんだけど、
池浦の方は、23歳くらいで自分が一度務めた商社を半年で辞め、
その後、世界放浪の旅に2年ほど出る、ということ。

彼はその旅の中で色々な国を周り、
一番最後の方に訪れたモンバサで、落合の小説の常連キャラクターの佐伯に会い、
そこでオイル業界に入っていくのだが(やっぱり設定はオイル)、

そんな彼の「世界を放浪する」などの進路が、結局俺が若い頃、
20代前半にやりたいなと思っていたこととほぼ一緒だな、と。

俺の場合は、二十歳の夏に初めてヨーロッパをバックパックで回ってみて、
それから、世界を旅することの楽しさを覚えたけれど、
それまでは、特に「旅をする」という事をしたかった、とうわけでは無かったと思う。

でも結局、それよりもはるか前に読んでいたこの小説の中に、
結局は、自分がいずれしたいなと思っていたことをそのままやっていたキャラクターがいたということ。
きっと、自分もこの小説を読んで、頭のどこかに、そんな印象が強く残ったのかもしれない。

*****

こんなことを妻に話すと、「本当に単純だね」とからかわれるのですが、
本当に、自分は単純に純粋に、落合の影響をモロに受けていたのだと思います。
(そして今も変わらずに受け続けている)

2014/02/18 6:45am


追記:
この小説の最後で、
主人公たちの師匠でもある佐伯が自分の妻となる女性の父親と話をするシーンがある。
そこでその男性は、
「本当の国際ビジネスマンは、最低3カ国語を話し、
文化や芸術に通じ、世界中の誰と話してもアットホームな人間であること」
というくだりがある。

結局、俺はこういうものを目指しているのか。





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January 30, 2014

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半沢直樹の最新作単行本。
2012/6/29初版発行。

*****

昨年の夏、「やられたらやり返す。倍返しだ!!」のセリフに誰もがハマったであろうドラマの続きとなる話です。

東京セントラル証券に出向させられた半沢は、
そこで、IT企業の電脳雑伎集団、及び、
そこが買収を仕掛けようとする東京スパイラル、
そして、半沢のいる会社の親会社、東京中央銀行の人間たちと、
バトルを繰り広げる・・・ というのがあらすじ。

*****

結構期待して読み始めましたが、
正直言って、余り面白く無かった。

半沢の出番が、本の後半まで余り無いことと、
登場人物が多すぎて、誰が誰だったか覚えられず、
人物相関図を何度も見返す事になってしまった。
(行きと帰りの電車の中で10分ずつくらい読んでいたので、いつも話が途切れてしまったせいもあるかもしれない。
いや、俺の記憶力が悪いだけか)

それから、半沢が最後に、東京中央銀行の頭取を交えての会議の場に入り込んで行き、
そこで全員を前に打ち負かすシーンは流石に興奮したが、
そこで半沢が明かす事実も、実際には、
自分の部下であり、且つ、東京スパイラルの社長である瀬名と小学校時代の親友だった森山が、勘のいい男で、彼が色々な事を見破れたからこそ、その真相に気づけた、というところも大きい。

よって、半沢個人の力でその真実を見破ったというよりは、サポーターの力が大きいので、
半沢が最後に会議の場で、自分の敵を打ち負かしても、余り面白みが無い。

*****

それと、文体が個人的に好かない。
淡々と書かれていて、この手の小説を読み慣れている人はきっと好きなのかもしれないが、
自分は、どうも馴染めなかった。

また、登場人物の人間描写が余り深く無い。
あくまでもリアルさを追求する為に、逆に、小説としての脚色が少なく、
一人一人の人間像が、そこまで見えて来ない。
だからこそ、登場人物の事を、最初は覚えにくかったのかもしれない。

*****

どちらにしても、この小説に対する高評価が多い中で、
個人としては、余り面白いと思えなかった。

ただし、この小説の中で、
「人間、働く場所の大きさやブランドなどは関係なく、
どこに行っても輝ける人間こそが、本物なんだ」
というくだりがあるが、それには同感する。

俺も、数年前までは、働く会社の大きさやブランド、給料、見栄、
そういったものに拘っていたが、
結局は、今自分がやっている仕事を自分がどれだけ好きになり、
それを極められるか。
それが一番大事であり、そこを芯に毎日を過ごせば、
仕事はどんどん楽しくなって行く事。

そこは、非常に共感する。

*****

きっと、自分の様に、
登場人物を一回できちんと覚えられない人よりも、
スラスラッとこの世界に入って行ける人の方が多いだろうが、
そういう人ならば、きっとこの小説も、楽しんでサラッと読めてしまうと思う。
文字自体は大きく、話もそんなに長く無いので。

ちなみに、「半沢直樹」の続編は、
またテレビドラマ化されるか、
または、テレビよりも収入の多くなる劇場版にするかで今は話し合われているらしいが、
どちらでも良いから、ぜひ続編を作って欲しい。

結局は、テレビのインパクトが大きすぎたんだろうな、と思う。

2014/1/30 22:13


追記:
それにしても、登場人物の中には、
腐った奴らばかりで、
こんな奴らばかりがいる企業が実際に日本には沢山あるとしたら、
そりゃ相当まずいな、と思う。

考える事は、自分の出世と、保身。
同じ会社の上司や先輩、後輩と意見が食い違う場合には対立し、
自らの保守の為だけに会社に通う。

そういう事には自分は全く興味がありませんが、
そんな風にだけは絶対にならない様にしましょう。

*****

そして、最近実際にやってみて痛感しましたが、
半沢直樹の様に、曲がった奴らには正面からガンガン歯向かい、
「やられたらやり返す。倍返しだ!!」的な生き方を実際に会社でしてみると、
一瞬相手を打ち負かしてスカッとはするけれど、
ハッキリ言って、かなり疲れるし、
色々と敵を作ります。(当たり前だ)




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January 26, 2014

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オリジナルは2001年5月発刊。

前回読んだのは2003年の夏で、留学一年目が終わって日本に夏だけ帰ってきて、
空港でバイトをしている時に読んだ記憶がある。

この小説のストーリーは完全に忘れていたが、
首相のバカな発言や、一番最後で日本の政治家たちがどじょうすくいを国民の前でやるシーンは、鮮明に覚えていた。
いかに、著者が日本の政治家をバカにしているかが見て取れる。

*****

小説としてはテンポが余り良く無く、彼の他の作品に比べると面白いと思えない。
ここ半年くらいは彼の作品をずっと読んで来たが、
初めて、ページが中々進まなかった。

2014/1/26 19:41




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January 11, 2014

_SX230_

読みました。
オリジナルは1996年初版発行。

*****

かなり面白かった。
分厚い本だけど、あっという間に読み終わりました。

舞台は、1980年代後半。
天安門事件とベルリンの壁崩壊が起こる前。
中国とソ連という二つの共産主義=アメリカにとっての悪をこの世界から亡くす為に、CIAが仕組んだプロジェクトを決行する男と、
それに対して歯止めをかける日本人主人公の闘い。

落合の作品は、水戸黄門の様で、
毎回展開は同じものの、決して裏切らないハードボイルドさとグローバル感があります。

今回も、主人公の富島新五と、敵対するアントニオ・ガルシアーノ(父親日本人、母親グアテマラ人のハーフ)は、実は父親が同じだったという展開。

富島は高校を主席で卒業後、「大学は時間のムダ」との理由から、ホテルで4年間働く間に、独学で英語、中国語、スペイン語をマスター。それと同時に経済や歴史、世界中の文学からスピノザ、デカルトなどの哲学までをもマスターする。
言語に至っては、ホテルのバーでバーテンダーをやりながら、そこに客として来る人間と話す中で、世界各国の英語の訛りから、ブリティッシュイングリッシュ、アメリカ南部の訛りなどもマスターするという凄さ。

その後彼は、1年間フランスの外国人部隊で体を鍛えた後、更に2年程世界をバックパックで周り、ビジネスのチャンスを得る。
そして25歳で日本に帰ってきた後は、父親の友人の助けもあり、銀行に1500万の融資を出してもらい、商社を始める。そして数年後には、「情報」を扱う総合商社の社長として、31歳ながら、世界を股にかけて仕事をこなす。

・・・ここまで書いてみると、何だか俺が高校から大学時代、そしてその後卒業後の進路を考えていた道筋とかなり似ていることが発覚。この本を読んだ記憶は無かったが、結局は、落合がいつも本で書いている事にかなり影響されていた事を認めざるを得なかった。

(主人公の仲間で、中国人の陽という人間が出て来るが、彼は優秀な頭脳を持ち、大学を17歳で主席で卒業する。その後日本の東大大学院に留学生として来るが、中国政府から支給される生活費は一ヶ月5万円。その内2万円を本に使い、残りの3万円では生活も出来ず、結局風呂は3日に一度、そして最終的には中華料理屋でバイトをするも、フラフラになり栄養失調で倒れるところを、たまたま仕事帰りに歩いていた富島に助けられるという展開。
留学生なら、栄養失調になる前に、誰か周りの人が助けてくれるだろうと思うので、そこの展開にちょっと無理がある。でも、本代に一月2万円を使うという設定は、落合のエッセイで、彼が実際に会った中国の若者の話で書かれていたので、そこから引用してきた事が分かる。実際の話では、給料の半分以上を本に使う、という話だった気がする。)

*****

とにかく、落合の世界を目の当たりにして、「すげえ!カッコいい!」と純粋に憧れていた若き頃の自分は、彼の小説にかなり影響を受けていた様です。
今では、彼の小説もかなり展開が強引なので、それは無いだろうと突っ込みたくなるところも満載ですが、やっぱり彼の作品は、自分にとって心地良いのです。

2014/1/11 16:22




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December 21, 2013

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2010年の7月にこの本を買って読んだ。
2009/11/24初版発行。

この本のテーマは、
「世の中でトップに立つには、
今トップの人間がどうしているかをジーっと観察して、
その人よりも更にもう少しだけ、工夫をすればいいんだ」ということ。

文明堂のカステラの話が出て来る。
全然売れなかったこの店だが、
近所によく売れる肉屋があり、
その肉屋の前で、文明堂の主人は、
何日も何日も、観察した。

その結果気づいたのは、
「肉は一番、電話は二番」
と書いてある看板が、売れる秘訣だ!ということ。

そして自分の店に帰り、
「カステラ1番電話は2番、3時のおやつは文明堂」
を作ったそうな。

どこまで本当か知らないけれど、
そんな風に、「上に立ちたければ、周りを良く観察しなさいよ」という本。

2013/12/21 16:12




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4763130617

2010年の1月にこの本を買って読んだ。
2010/6/21初版発行。

「眼力を持て」というのがこの本のテーマだが、
ここで言う『眼力』とは、
要は、一歩先を考えろ、ということ。

この世の中や、社会や、他人が、
その行動や発言をしているのは何故か、
その人の言われるままにただ動いていると、
その人の思うツボになりますよ、
ですから、その人が、なぜそういう事をしたり、
言ったりしているのかを考えましょう、というメッセージの本。

言ってみれば当たり前のことを、
この著者は、淡々と語る。

*****

ちなみにこの本の中で、
日本の学校教育は、朝から夕方まで、
1時間授業を受けて、10分休憩して、
また1時間授業を受けて・・・
という形で子供を躾け、
それは、将来社会に出た時に、黙って会社の中で黙々と働くことを国民に求めていたからだと、そう言っているけれど、
それは、自分が二十歳位の時に、アメリカで留学中、
そう強く核心を抱いた瞬間があった。
そんな事を思い出した。

*****

2013/12/21 16:01



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December 15, 2013

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オリジナルは2004年に初版発行。
それを文庫化したもの。

主役はモサドのイスラエル諜報員レイチェル。実際に実在するという女性をモデルにしているらしい。

ここ最近の落合の作品には珍しく、テンポが良くて読み易かった。
話がポンポンと進み、純粋に楽しめた。

珍しく日本人が主役じゃないな、と思いつつ、
そこはやはり落合作品。
CIAのNo.1の殺し屋はやはり日本人で、
彼が最終的に、主人公のレイチェルと結ばれる。

*****

落合の作品は、特に文章を楽しむものでもなく、
そのスケール感と流れの早さに楽しみを見いだすものである。
彼の小説ばかりを読んでいると、段々と飽きてくるのだが、
しかし、やはりその『流れの良さ』が恋しくなって、
他の作品も読みたくなってしまう。

2013/12/15 23:13




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December 08, 2013

_AA300_


先日見た映画の原作です。
原作というか、この映画の監督が、
もう一人の作家と共同で、この映画のより詳しい「脚本」を
そのまま本にした様な作品です。

*****

最初読み始めて、正直、
淡々とした描写が続くので、「これは結構つまらないかな」と思いました。
映画の内容をそのまま丁寧に書いているだけだし、
これじゃあ、本を読む意味がないぜと。

しかし、読み進めて行くうちに、
一度、慶多や琉星の気持ち(こどもたちの気持ち)や、
リリーフランキーの妻のゆかり(真木ようこ)の気持ちが描かれたところに入った瞬間に、「あ、これはかなり面白い」と思いました。

映画の中では、さすがに子供のきもちまでは、
丁寧に描かれていません。
きっと描かれているのでしょうが、
映像だけでは、つまり、台詞が無い状態では、
中々理解しにくいところもあります。

しかしこの本では、この映画に出て来る登場人物全員の気持ちが、
きちんとその人の視点で描かれているので、
読んでいるうちに、「ああ、こういう気持ちだったのか」
というのが分かって、よりこの映画の話を深く見ることができます。

*****

更には、福山雅治が演じる良多の過去の人生も細かく描写されていて、
「なるほど、こういう事だったのか」というのが分かり、
よりこの話を理解できました。



結局、良多も、子供の頃から経験した様々な事による、
被害者であり、
彼は、42歳にして、初めて、
自分の中のそれらの事と、向き合うのです。

*****

深い話でした。

この本を読んでから、もう一度映画をじっくり見てみたくなります。

2013/12/8 20:29





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December 03, 2013

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オリジナルは1995年発刊。
俺がこの本を読んだのは、中学2年〜3年の頃だったので、
1997年頃だったと思う。
今回、16年ぶりくらいに読んだ。

******

この本のタイトルと表紙は強烈に覚えていたが、
その内容は殆ど覚えていなかった。

唯一強く印象に残っていたのは、
主人公の矢島健二が、自分の通う大学の教師と道端で話をしているところ。
そして、矢島が小さい頃からお世話になったヤクザの親分が、
最後は自分のかかった病気に苦しみながらも、
モルヒネなど打たずに、その痛さに耐えながら、
死んで行くところ。
そして、「偉大な人間は、人にしてもらった恩は決して忘れないが、
自分が人にしてあげた事は、全て忘れる。」というくだり。

それらを、どの小説のことかはすっかり忘れていたが、
落合の小説でそんな内容があった、ということは頭の中に残っていた。
そして今回この小説を読んで、
「ああ、この小説の話だったのか」と思い出した、という訳。

*****

主人公の矢島健二は、幼い頃に両親をなくすも、
その後、ヤクザの親分に拾われ、その中でしっかりと育って行く。
いずれ大学を出た後は組を率いて行くと信じ込んでいたが、
親分の頼みもあって、帝商物産という商社に入社し、
そこで数年力を付けた後は、独立し、
最終的には全米3位に位置するコングロマリットを作り上げる。

しかしながら、その登場人物たちの人生は、
余りにもストイックで、ハードボイルドで、むしろ笑えてくる。
矢島健二は、最愛の女性エレーヌと結婚する直前に、
彼女が交通事故に合い亡くなってしまう。
矢島健二と幼なじみの夕子は、
アメリカに留学して最愛の男性と愛し合うも、
彼は実はマフィアのドンの息子で、
対抗相手を殺した罪により、逃れる為に国外へ逃亡し、
二度と夕子の前に現れない。
そして最後は、相手の抗争の為に、殺害される。

矢島を育てた商社の上司、飯島は、
自らがまだ若い頃、ブラジル支店長に任命されている頃、
翌日は数年かけて温めてきたプロジェクトの合否が決まるという日の晩に、
日本にいる一人息子が交通事故で危篤との知らせが、
同じく日本で待っている妻より連絡が入り、
今から日本へ飛んでも間に合わないと判断した彼は、
結局日本へ帰らない。
その代わり、それから数十年間、彼は、
東京の片隅にアパートを借り続け、
そこに5歳の息子が好きだったプラレールを設置して、
そこで夕焼け小焼けを歌いながら、涙を流す。

どんだけハードボイルドやねん、と突っ込みどころ満載だが、
ここはやはり落合節。
彼の世界に、「甘え」というものは容赦されない。

*****

こんな人間の書く小説やエッセイを読み続けて中学、高校の思春期を過ごした自分は、
やはり、彼の小説を読むと、どこか安心してしまう。
そして、結局は、
彼の描く小説の主人公の様な生き方を、心のどこかで願っているんだな、
と気づいてしまう。

しかし、自分は彼の小説の主人公たちの様に、
ビジネスは成功するが、最愛の人とは結ばれない、
または、その幸せが途中で終わってしまう、というのは絶対に嫌。

どこか落合は、最愛の人と結ばれないことが、
人生の美徳と思っているような気がしてならない。

2013/12/3 22:24






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October 14, 2013

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2010年、売り出された頃に買ったと思う。
2010/6/16初版発行。
当時は茂木健一郎の本にハマっていた。
今はめっきり彼を見なくなった。
脱税のニュースが大きかったのかなと思う。

*****

この本は、かなり中身がスカスカした印象がありますが、
この本の帯で言っている通り、
人生は、
「”書く”ことでそれが叶う」のです。

個人的に自分は「夢ノート」というものを2008年より書いていますが、
今までそこに書いた事は、大きな事はほぼ叶ってきています。
書いた当時は、「そんな内容が本当にできるかな」と不安なことも多いですが、
とにかく、その時に純粋に、そうなりたい!と思った事を書いておき、
その後は、毎日、自分の心が言うままに行動し続け、
ある日、きづいて見返すと、
自分の今の人生が、そのノートに書いていることを叶えた状態になっていることに気づきます。


そこに書いた事は、その時の思いつきとか、
実は余り心から望んでいない事は、もちろん叶いませんが、
心の奥底から、そうしたいと思った事、
または、人生の核となるような、根本的なことならば、
自分が願い、それを心の中に潜ませ、
行動し続けさえすれば、
要は必ず叶うのです。

*****

茂木さんの本が一時期ブームになった後、
今では一切見かけなくなったのは、
彼の他の要素もあるかもしれませんが、
彼の書く本の内容が、どんどん浅くなって行ったこともあると思います。
書く内容の無い人ほど、
他の人間が言った内容を、そのまま何ページ分も長文で
引用する傾向があります。

2013/10/14 9:37



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September 22, 2013

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オリジナルは1999年4月刊行。
前回レビューに書いた「王たちの行進」の主人公、
城島武士の登場する作品の第二作目。

前回と同じく、ロシア人のマフィア、サーシャ・ブラスコフなども登場し、城島と一緒に、
ケネディ家やロックフェラー家なども比べられない様な、アメリカを影から操ってきたとされる、
Blue Stock American(純血種のアメリカ人:"ボストン400"という上流社会を構成した、メイフラワー号に乗ってアメリカにやってきた最初の移民の一人)のマーロウ家率いるセイクリッド・ウォリアーズたちとの闘いとなる。
舞台は、ソ連邦の崩壊。

*****

先週の火曜日くらいに読み出して、
あっという間に4, 5日で読んでしまった。
面白かった。
前作よりもスピード感があり、かつ、舞台も大きくなって、
面白かった。

*****

個人的に自分のソ連邦やロシアに対する歴史の知識が少ないために、
この作品をフルに楽しめない部分もあったと思う。
歴史をきちんと勉強しようと思った。

また、落合の作品にいつも通ずるが、
この登場人物、城島はかなりカッコ良く、頭も切れ、
こんな男が本当に存在できるのかと思ってしまう。
彼を目標に生きようとすると、
経済、ビジネス、歴史、文化、政治、
全ての点で、もっともっと努力せねばと思う。
しかし、それほど、落合の描く主人公は魅力的で、
それを目指せば、必然と自分の株は上がって行くと思う。

*****

3作目の「虎を鎖でつなげ」は2005年に読んだが、
その後一度も読んでいなく、且つ、城島が再度登場するので、
これを次に読むのが楽しみ。

2013/9/22 23:16







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September 16, 2013

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2006/6/26発行。
この本は、2006年、俺が大学の頃、
夏休みに日本に帰ってきて就職活動をしている時に買った。
当時受けていた会社の一つ、その会社が入っているビルの1階にあった本屋で見つけて、
その夜に買った記憶がある。

その後、アメリカに持って行って、
大学のクラスの前なんかに、クラスのある教室の前で読もうとしていた事を覚えているが、
結局その頃は、余り落合の小説の話に入って行く事ができず、
何度か出だしの部分を読んだものの、
最終的に最後まで読まずに終わっていた。

その後、アメリカを去る際に一度向こうの本屋に売って、
日本に帰ってきて、また読んでみたくなって、
再度Amazonで買って、でも、数年放置していて、
今回、初めて読破した。
4日間で読んでしまった。

*****

今回のテーマは、プロジェクト・オメガ。
その内容とは、環境を操作する兵器fの話。
この本では、2004年のインドネシア、スマトラ島沖の津波や、
2005年8月のハリケーンカトリーナ、
また、1998年以降の地球温暖化は、
全てアメリカが仕組んだ「環境テロ」であると唄っている。

果たしてそれが真実かどうかは分からないが、
確かに、地球温暖化が起きている理由は解明されていない事などから、
一理あるかも、と思ってしまう。

昨日から台風が日本を襲っているが、
今回もやはり、今年の猛暑により、海面の温度が高くなっていた事が、
より大きな台風を引き起こす要因となっていると、
今朝のニュースでやっていた。

この本の中でも、カトリーナに関しては、
アメリカが大西洋をその兵器により照射し、
海面温度を上げた事によって、もたらした惨事である、と。

*****

また、読んでいてビックリしたのは、
この本の中で、主人公の佐川たちが途中で逃げる為に隠れる場所として、
メキシコのチチェン・イッツァが選ばれていたということ。

チチェン・イッツァはマヤ文明の残したピラミッドであり、
ちょうどこの年の終わり、2007年の正月に、
俺はたまたまグアテマラのティカールへ行っていたので、
同じ様な時期にマヤ文明のことが取り上げられていて、
奇遇だなと思った。

俺にとっては、2005年のハリケーン・カトリーナも、
自分がそのハリケーンがニューオーリンズを襲う数週間前に訪れていたこともあり、
非常に身近なニュースだったので、
この本は、ちょうどタイムリーで、
自分が辿った軌跡に近いものが描かれていた事を知り、
何とも奇遇だな、と思った。

*****

話の流れとしては、落合は最新のテーマを採用する分、
やはり彼の初期の作品、オイルを扱ったものの方が、
「自分の畑」という感じがして勢いがある。

新しい作品になるほど、
そのテーマを調べて書いている感じがして、
小説全体に、初期作品にみられる流れる様な勢いがない。

しかし、毎回、彼の作品がダイナミックさとスケールの大きさを兼ね備えているのは事実であり、
その面白さに、また次も読みたくなってしまう。

2013/9/16 23:01





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September 12, 2013

ootachi


数日かけて読みました。
面白かった。
1998年6月20日初版発行。

*****

この本が出たとき、
この本を買ったとき(正確には買ってもらったとき)
の記憶ははっきり覚えています。

当時俺は中学3年生で、
水泳のSコーチに憧れている日々だった。
彼は既にコーチ業を引退して、自分の店を出す準備段階に入っていたが、
当時、よく、俺と姉の二人を誘って、
食事に連れて行ってくれたり、
映画に連れて行ってくれたりした。

この日は、平日の何でもない日だったけど、
午後の2時頃、当時の担任に呼ばれ、
「何だか、お母さんから職員室に緊急で電話が入ったよ。早く帰ってきなさいって」
と言うことで、
その時母親と電話で話したのか、
または、そのまま急いで帰ったのかは忘れたけれど、
とにかく、帰りの会か何かをスキップして、少しだけ早退して帰ったのを覚えている。

すると、結局は、
白井コーチがうちに電話をくれたということで、
今日は仕事の都合がうまく行ったので、俺と姉ちゃんを映画に連れて行ってくれる、
ということだった。

俺は嬉しくて、すごく興奮していたのを覚えている。

実際にコーチが迎えにきて、
自分が早退してきた事を伝えると、
「え?そこまでしなくてもよかったのに!」と驚かれたのを覚えている。

そして、高速道路に乗って、コーチのエクスプローラーで連れて行ってもらったのは、
ららぽーとだった。
そこで、『ジャッカル』を見て、
その後、喫茶店に入って、お茶を飲んだのを覚えている。

そのときは、俺が高校受験の前で、
お姉ちゃんが大学受験の前で、
当時俺が何となく狙っていた姉の通っている高校に通う事を、
コーチにほのめかされていた俺は、
もしもその高校に受かったら、時計を買ってやる、
と言われたのを覚えている。

もちろん、当時は時計なんて欲しく無かったし、
恐らく、コーチがくれようとしていた時計は、
きっと、高級なものだったと思うけれど。

*****

そのとき、ららぽーとに入ると、
コーチは、本当は視力が悪くて、遠くが見えないのに、
メガネをかけるとカッコ悪いからと言って、
運転中しか、決してメガネをかけない人だった。

そして、映画を観る時のために、
そのメガネを、お姉ちゃんに渡して、
バッグに入れてもらっていたのを覚えている。


車を停めた駐車場から、どこの入り口から入って映画館まで行ったか、
帰りの道のりを、コーチは覚えていて、ずんずんと進んで行くのを見て、
「よく覚えていますね」と言ったら、
「こういうのは、匂いで覚える」と言っていたのを覚えている。
そのときのコーチが前を歩いているときのこととか、
その時の情景、
もちろん、細部まではハッキリ覚えていないが、
雰囲気とか、色を、
よく覚えている。


*****


そして、この本は、
そのららぽーとの本屋に寄って、
俺がちょうどその頃から1年前に、落合信彦の「男たちの伝説」を夏祭りの夜に買ってもらった頃から、
俺は落合にはまっていて、
本屋でこれが出ているのを見て、
コーチに「落合の新作ですね」と言ったら、
そのままコーチはレジに持って行き、
その本を買った後、
俺にそのままプレゼントしてくれた。

この本は定価1700円くらいするはずだから、
当時の俺の一ヶ月分の小遣いよりも高かったので、
こういう本はなかなか買えなかったので、
ますます嬉しかった。

*****

そして、この本を読み終わった後、
コーチが「貸してな」と言って、
俺の部屋から持って行ったのを覚えている。

返す時は、
「やっぱり落合の作品は面白いな」
と言いながら。

*****

そんな、コーチに買ってもらって、
コーチとの思い出がつまっている本。

肝心の話の内容は、
今回読み返すまで、驚く程に、まったく覚えていなかった。

オペレーション・スバボーダ、の名前は覚えていたが、
それ以外、ほぼ記憶は皆無に等しかった。

きっと、当時の俺には、
ドイツのベルリンの壁崩壊に関わる歴史の話は、
難しすぎたのかもしれないし、
リアリティが湧かなかったのかもしれないし、

または、当時はやはり、悩む日が多かったから、
純粋に、覚えていなかったのかもしれない。

多分きっと、
当時読んだ他の作品も、余り覚えていない事から、
落合の小説の世界は、
どうしても中学生の俺には、イメージがしにくく、
リアリティを持って読めなかったのだろう。

(だからこそ、彼の自己啓発本『命の使い方』なんかは、
当時同じ時期に読んでいたが、
その内容は、今でもハッキリ覚えている。
まあ、この本は、何回も読み返した、というのもあると思うけれど。)

*****

結局、本の内容というよりも、
俺個人の思いでの話になったが、
結局、この本というのは、
そのときの思い出が、強く結びついていて、
そういう意味で、本の内容どうこうよりも、
その存在自体が、
俺にとって、特別である、ということ。


*****

コーチの運転する外車の後ろの席に座って、
コーチの助手席には、お姉ちゃんが座って、
俺は必死に、コーチの話を興味津々で聞いて、
コーチに、「(自分の店のために)ホームページを開いたらどうですか?」なんて
言った事を覚えている。

当時は、まだインターネットも全く普及しておらず、
(だって、俺が高校3年の終わりくらいで、
やっと、少数の家がパソコンを持ち始めたくらいだから)
でも、ホームページという存在は、知っていた当時。



車の中で、
高速道路を走りながら、
まだ明るい、初夏の日差しが、
車に差し込んで来る、あの光の感じ。


あの感じを、よく、覚えている。


俺が、14歳の頃。



2013/9/12 22:54










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September 07, 2013

04001474


1986年の作品。
前回レビューを書いた、
「ただ栄光のためでなく」
「男たちの伝説」
に続く3作目。

だが、今回の舞台は、全二作と異なり、
アメリカ、そしてソ連が舞台。
アメリカのCIA, FBI, DIA,
そしてソ連のKGBのエージェントたちが物語の主人公となる。

そこで、主要人物として出てくるのが、
今回初めて出る日本人元商社マンの西條。
彼は自分の務めた商社でベイルート支店に在籍中に、会社に見切りを付け、
仕事で関わったアラブ人と組んで自分で会社を興し、
アメリカで民間最大手の情報を扱う会社を仕立てる。

その後、2作目で少しだけ出てきた玉城という騙し人の男が、
最終的にKGBの凄腕エージェントを騙しにかかり、
SDI(スターウォーズ計画)を絡ませた、CIAが組んだシナリオを
遂行させる、という話。

個人的には、前作の仁科がお気に入りの人物なので、
彼が少しだけ出てきたのが嬉しかった。
(彼は、部下のウェスと共に、NYの郊外に集まったマフィアのドンたちを、
一度に暗殺する仕事を引き受ける。)


とにかく、最初はCIA, FBI, DIA, KGBの人間たちの名前が
どんどん出てくるので、途中で混乱して、
小説の半ばはちょっと意味が分からなかった。
またもう一回読み直せば、多分やっと腑に落ちると思う。

*****

彼の作品自体は良いが、
解説者のコメントがいただけない。

「落合氏の作品を好んで読む読者は、海外志向で世界の情報に敏感な者が多い」というくだりは良いが、

「日本には、『私は日本に生まれて本当に幸せだ。毎年、桜が咲く季節を楽しみにしている』という方がテレビのどこかしこでコメントをしている光景を見るが、恐らく、こういう方はアメリカの大荒野にて感じる壮大な気持ちや、メリーランド州の州花の美しさは一生知らずに死んで行くのだろう。そしてそういった方は、落合氏の作品を読んでも実感が湧かず、楽しめないと思う」のような事を書いている。

まるで、落合的な海外志向、日本人の内向的なところをバカにし、
海外でバリバリやって行くのが真の男さ、
という考えだけを推奨し、
日本の中の幸せだけを感じて慎ましく生きている人たちを、
明らかに軽く見ているのが分かる。

(そして結局、上のコメントは、アメリカ内のそれしか言っていないので、視点が日本の中からアメリカの中に変わっただけで、余り違いが無い。)

そういう、「俺の考えの方がお前より優れてるぜ」的なメンタリティーで物事を見ること自体が、視野が狭いんだよ、と言いたくなる。
そして、彼の解説がこの本の一番最後に付く事で、
この小説の価値を下げている気がする。

*****

小説自体は、ちょっと疲れますが、なかなか面白いです。

2013/9/7 15:25



追記:
ちなみに、小説の中に、FBIのエージェントでダルスィー・パーマーという名の、
超美人だが、マフィアにボロボロにされて死んで行った姉の復讐を遂げるために、
敢えて高級娼婦としてカバーになり、
マフィアの親玉に近づき、
最終的に、目的の人物を自分の手で殺す、という女性が出て来る。

彼女は、この小説の主人公の西條と親しくなり、
彼らは、彼女の計画が無事に終われば、ゼロから人生をやり直そう、
と約束するのだが、
最終的に彼女は、相手を殺すと共に、相手の投げたナイフに胸を刺されて、
そのまま死んでしまう。

最後、彼女が死に絶える前に、
西條に電話をしたその会話が、最後となる。

何もそこまでせずに、
せめてそこくらいはハッピーエンドにしてあげれば良いのに、
あくまでも男のハードボイルドな世界に拘る落合。

妻からすると、そういうところが客観的に見て
何とも面白いそうです。






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September 01, 2013

hyousi

この作品は、自分が確か小学校3年か4年の頃に、
学校の教科書で読んだ覚えがあります。

夏の暑い夕方、
だるい感じ、
ツクツクボウシが鳴いて、少し物悲しい感じがすると、
なぜか、この作品の世界観を思い出すのです。

主人公の男が、
サラリーマンとなって、
自分が小さい頃に過ごした町に帰ってきて、
そこで、道を歩いている光景が。

背広の上着を肩にかけて、
道を歩いていると、
目の前から、葬列が自分に向かって来る様子が。

*****

この作品の核心的な部分は、忘れていましたが、
一つ記憶に強く残っていたのは、
この男が、その葬列の写真の顔を見た時に、
「何と言う皮肉だ。
ここで、この顔に会ってしまうなんて」
という様なくだりがあったこと。

その葬列の写真の顔が誰だったのか。
それは、自分が昔関わった人の顔であったことは覚えていたが、
それが、一体誰だったのか。
それは、今回この小説の話を妻に何度か話し、
妻が検索をして、何とかこの小説の題名と作者を探し出してくれ、
それをAmazonで買い、この度20年程ぶりに読み返すまでは、
思い出せませんでした。

*****

実際に読んでみると、この作品はとても短く、
あっという間に終わるものでした。
しかし、それにも関わらず、この作品が、
当時10歳前後だった自分の記憶に強烈に残り、
20年程たった今でも、
教科書の他の作品は殆ど忘れていても、
この作品のことだけは覚えていたのは、
よほど、この作品の醸し出す雰囲気が、印象的だったのでしょう。


その、人生の皮肉を描いた、妙な雰囲気が。

*****

この文庫本は、著者・山川 方夫(やまかわ まさお)の他の短編小説、そして中編小説も入っています。

他にも、「待っている女」「お守り」など、
印象的な作品ばかりです。

ぜひ、おすすめです。

2013/9/1 19:23








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August 30, 2013

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読み終わりました。
1988/5/20初版発行。
先週の半ばに読み出して、昨日読み終わりました。
本当に面白かった。
あっという間に読んでしまった。

*****

先日レビューを書いた「男たちの伝説」の前作に当たるものです。
俺は今までこの小説の存在を知らなかったんだけど、
Amazonのレビューを読んでいて、
この小説が第一作、「男たちの〜」が二作目、
そして「狼たちの世界」が三作目、ということを初めて知りました。
(なので、早速「狼たちの〜」も手に入れたので、これから読み出します。)


「男たちの伝説」に出て来る仁科にNYのレストランで会い、
ビジネスチャンスを与えるのが佐伯剛という男です。
その佐伯という人物を主人公として描かれた本。
落合の作品やエッセイを沢山読んだ人間なら気づくと思いますが、
佐伯の辿る道筋や、この小説内に出て来るストーリーは、
殆ど落合自身が経験したものである事が容易に想像できます。

*****

「男たちの伝説」よりは、より深く細かい洞察がビジネスに関して描かれています。
そして、もっとストーリーにテンポがある気がする。
「男たちの伝説」の方が、より若者向け、という感じがします。

29歳である今の自分が読むと、
「ただ栄光のためでなく」の方が、よりビジネスの描写に特化しているので
面白く感じますが、
多分、13歳前後でこの本を読んでも、面白さは分からなかったんじゃないかなと思います。

*****

なぜ落合信彦がオイルビジネスにハマったのか。
その理由が、良く分かる本です。
おすすめ。

2013/8/30 8:53am


*****

追記:ちなみに、自分はやっぱり落合の作品を中学時代から読み始めたのもあり、
彼の影響を、中学2年〜高校3年まで、
計5年以上、フルに、全く彼の事を疑う事無く読んで来たため、
彼の信条やスタンスが、どこか自分の中に入り込んでしまったわけですが、
彼の作品をけなしたり、批判的に見る人がいる事を知ったのは、
大学に入ってからでした。

実際、彼の作品を批判してみる人の声も聴くことで、
やっと自分の中でもバランスがとれる様になったわけですが、
実に自分の妻も、彼のことを皮肉的に見る人の一人です。

要するに、落合の作品というのは、
完全なハードボイルドの世界で、
かっこ付けて生きることが、当たり前、
弱みを見せる描写などはなく、
むしろ、男に弱みというものは存在しないかのように描かれるわけですが、
(それは、登場する女性人物にとっても一緒。みんな芯が通って強い)
それを言うと、逆に妻から見ると、
そうやって肩肘はってかっこつけている、そのことが可愛いと思えてしまうそうです。


俺が近年ハマって読んで来ている村上春樹の作品と比べると、
全く真逆の世界であるような気がします。

いかに、村上春樹は、
一人の人間の心の繊細なところの内部までを、
より厳密に描いていくか、なのですが、

落合の場合には、
そもそもその「心の繊細な心情」自体が存在しないかのようにすっ飛ばされて描かれており、
フォーカスはあくまで、登場人物たちがどのような行動をとって、
その結果歴史になにが起きたか、
それを、第三者的な視点で描かれているのです。
(しかしながら、各登場人物の視点からいつも話は描かれており、
そして、彼らの価値観的なものが述べられているが、
それは全て、落合の価値観をそのまま描写しているようなので、
まるで、全ての登場人物が同じ性格を持っているのではないかと思える節がある。)



そんなわけで、全く違う、対照的な、
村上春樹と落合信彦。

村上さんの本は、何年経っても、
世界中で愛されて読まれていますが、
落合の本は、今では本屋で見つけることも難しくなってきました。
(現に、この「ただ栄光の〜」を見つけるために、
書店を5個くらい回ったのに、
どこにも絶対に置いていなかった。
むしろ、10年前は、文庫本コーナーに行くと、
落合の作品はある程度は必ず並べてあったのに、
今では、落合信彦自体のコーナーが
全く見られなくなってしまった。

何とも、ショックであった。)


*****

しかし、世界が落合を忘れようと、
やはり俺は彼の血が自分の中に流れていると感じているので、
彼を応援し続けます。
たまにツッコミを入れながら。


9:06am










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August 15, 2013

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1914年刊行。
今から99年前の作品になる。

*****

この作品を全編通して読んだ事はこれまで無かった。
高校3年の頃、学校の教科書にこの作品の一部が載っており、
それを読んで、その描写にやけに心が惹かれたのを覚えている。

先日妻と本屋に行った際に、この単行本が売られているのを見て、
「一年に一回は読み返したくなるんだよね」と言っているのを聞いて、
その場で買った。
さっき読み終わった。

*****

主人公である「先生」、
その先生より手紙を預かる「私」、
先生の妻である「御嬢さん」、
そして、先生が手紙で書き記す「K」の位置関係を知らずにいたけれど、
こういうことだったのかと納得した。

言葉遣いは昔のために最初は少々読みづらいが、
慣れてくるとすらすらと読めてしまう。

*****

読み終わった直後なので、うまく感想が書けない。

簡単に感想を書けない作品。

2013/8/15 12:31pm




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1989/6/20初版発行。

落合信彦の小説で、自分が一番最初に読んだ作品。
中学2年の夏に読み始めた。
それから、何回と読んだ。
高校の頃、
二十歳の夏、ヨーロッパを回ったとき、
二十一歳の夏、初めてロングビーチに移った頃、
二十二歳の夏、アジアを回った時、
などなど。

なので、本の中には、
カンボジアの通貨や、ヨーロッパの旅のときのメモなど、
色んなものがしおりとして挟まっている。
また、高校時代に友達何人かに貸したりしたので、
もうボロボロになり、
何枚かのページは、完全にはがれて、ただ挟んだ状態になっている。

俺が、水泳のコーチにプレゼントされて、
大事にしている本。

*****

今回、インド出張のときにこの本を読んで、
やっぱり、俺はこの本の主人公の仁科に憧れているんだなあ、と確信した。

自分ではそういうつもりは余りなかったが、
自分の潜在意識には、
彼の様に、強く、英語は当たり前の様に使ってアメリカ人を使いこなし、
自分のビジネスで、世界中の主要人物と会い、誰にも引けずにやって行く、
という像があるんだろうな、と。

*****

13歳の夏に初めて読んだ小説の内容は、
29歳の今でも、心に深く残っているんだなあと、しみじみ思った。

2013/8/15 9:49am




追記:
中学生、高校生の頃は、
仁科が10代の後半から20代前半を過ごした
ヴェトナムの戦場での話にしか心が動かされなかったが、
自分が20代前半に読んだ頃は、
第二幕、仁科がNYで佐伯に会い、
武器商人の仕事を始めだす時の辺りが心に残り始めた。

そして、今回何度目かで読んでみて、
初めて、第三幕の面白さに気づいた。
カダフィなど、実際に存在する人物の動向、描写が、
恐らく著者が実際に彼らに会ったりインタビューをしたりして
体験したものを元にリアルに書かれているので、
その当時の歴史がまざまざと見れて、非常にリアル感がある。

また、最後の方で、デキスターたちとやり合うところなどは、
緊張感に溢れ、とても面白かった。

同じ小説でも、読む人間の年齢や状況により、
共感する場所がこれほど変わってくるんだなと気づかされた瞬間。




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August 10, 2013

_SS400_

一つ前に書いた「無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法」の続編。
2007/10/12初版発行。

*****

こちらは、1作目よりも内容が薄い。
本の最大のテーマは
「時間を如何に効率的に使うか」だが、
経済学の初歩的な内容を、
スティーヴン・コヴィーの「7つの習慣」からの表をそのまま使い、
引用しているだけ。
しかも質が悪いことに、本のどこにも
「引用:「7つの習慣」」の記載が無い。

彼女は、本田直之、神田昌典を好んで読むと書いてあるが、
彼らも結局、そういった著名人の作品の引用、応用でしかない。

そして、この本に関しては、
「7つの習慣」を読んだだけでは、実際にそれをどう自分の生活に応用したら良いか分からない人向けに、
「私はこんな風にやっています」と、
自分の手帳の書き方、
使っている道具の種類などを、
写真と共に、薄い内容で書いてあるに過ぎない。

*****

話は変わるが、本屋に行くと、
「7つの習慣」のダイジェスト版的な感じで、
図解にしたり、
「時間がなくてオリジナルを読むことが出来ない人に」なんて書いて、
内容をすごく薄めたガイドブック的なものがいつも売られていることに驚く。
この本のオリジナル自体はすごく読み易いし、
そもそも、これって20歳前後、学生の頃に読んでおくものじゃないの?
と言いたくなってしまう。

*****

突っ込みどころ満載の本。

2013/8/10 23:35


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_SS400_

2007/4/5初版。
俺の嫌いな著者の作品。

2010年の春に中古で買い、
(買った当時はまだ嫌いではなかった)
3年半以上、読んでいなかった。

著者は、2008年前後はすごく人気があった様に見えるが、
今はどうなんだろう。

内容は、とても浅い。

ビジネスは、
1、英語力
2、会計学
3、IT
の3つが必要という、他の誰かが言った内容をそのまま使い、
それぞれに少しずつ自分の体験談を載せた程度。

そして、二作目でも触れているが、
彼女が尊敬しているという本田直之や神田昌典などが本に書いていることが
そのまま載せられている。
どっちが先かは知らないが、
結局彼らも、
「思考は現実化する」
「7つの習慣」
などの受け売りでしかない。

*****

しかし、このレベルの本を読まなきゃ、と必死に思っていた
3年程前の自分を思うと、
いかに、表面的なすぐに得られる「スキル、知識」
と見えるもの(そしてそれは、日本の社会人の中では、
「できるビジネスマン」が所有している、と巷では何となく思われている。
そんな気がする)を、
それが本当に中身のあるものか確かめずに、
とりあえず本を買って、読めば、
俺にも身に付くだろう、と思っていた自分の状態が、
何だか物悲しくなる。

2013/8/10 23:36




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August 05, 2013

_SS500_

2010/10/26初版発行。

2010年の春、ディズニーの「アリス・イン・ワンダーランド」を見に行く際に、
横浜の本屋でこれを見つけて、
欲しくなって買った。

*****

タイトルの割には、
著者自身が、離婚を二回繰り返しているという、
「貴女自身が一番見る目が無いんじゃないんですか」と突っ込まれそうな本。
著者のフライトアテンダント時代の経験を生かし、
彼女の感じた事が綴られた、エッセイ的な本。

*****

しかし、参考になる箇所も幾つかある。

例えば、ファーストクラスに自分のお金で乗る人たちは、

・靴を脱いだ際に、中が他の人に見えない様に、端の方にそろえて置く。
・モノを大事にし、上着を機内で預ける際には、相手が持ちやすいように裏返しにして渡す。また、自分のお気に入りのペンを持っていて、何かを書く際には、そのペンをわざわざ遠くまで取りに行き、それを使う人も多い。
・本を数冊持ち込み、機内では本を読む。
・低く、落ち着いた、しかし良く通る声で話す。
・何かを頼む際にも、ユーモアを交えて、笑いや余裕を持って話をする。
・ピンと背筋を伸ばして前を向いて歩くので、飛行機に乗る前から「あ、あの方はファーストクラスのお客様に違いない」と分かる。
・相手からうまく話を引き出す「田舎力」がある。
(要するに、「それ、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」と誰にでも言える正直さを持つ事)

などなど。

そして最後に、
・そういう人たちは、容姿の整った人が多い訳ではなく、頭も薄く、背も低く、お腹が出ている人も多い。

らしい。
最近頭の薄さが気になり始めた自分に取っては安心する内容。

2013/8/15 10:15am






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April 21, 2013

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村上さんの新作、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。

さっき、ほんの10分前程に読み終わって、
まだ頭の中が整理できていないけれど、
この感覚というのは、「今」を逃すと、確実になくなってしまうので、
とりあえず、今感じたことを簡単に記しておこう。

*****

ちなみに、こういう感覚、
つまり、子供の頃に何か壮大な映画を観て、
映画館を出た後も、まだその世界観に浸っていて、
頭がぼーっとしているような、

まるで、どこかに旅をしてきたかのような、

そんな感覚は、
やはり、村上さんのように、
彼の作る物語の世界観が確立していて、
自分がその世界の中に確実に入り込んで、
頭は完全にそっちにトリップしているからこそ、
その話が、終わってしまう
=「そこまで完全に入り込んでいたその”世界”が、
その小説の終わりとともに、ぶちっと切られてしまうので、
気づくと、今自分が普段暮らしている現実の世界に戻って来て、
そのビックリさに、しばらくぼーっとしている」
という状態に陥る。

*****

さて、今回の物語は、
かつて、自分が心を完全に一つにしたと感じたグループから、
あるとき、ばたっと切られてしまい、
そこで、死ぬ程の苦しみを覚え、
自らの命を落とすことまで考え、
悩み、苦しんだ20歳前後の日々から、
今の36歳に至り、
そこで、ある女性との出会いをきっかけに、
自分がなぜそのグループから切られたのか、
その意味を追求することで、
自分がかつて感じた、その深い傷に
蓋をしていたものを、次第に剥がし取って行き、
自分が、一度は死ぬまでに傷ついたその心を、
無感動な境地にまで持って行ってしまい、
その状態に慣れきってしまった「今」から、
かつての友人たちに会い、その過去に起きたことの事実を知ることにより、
次第と、自分の心に閉ざしていた蓋を開け、
自分の心を、「無感動」から、「感じる」までに持って行く、

という、一人の男の、心の移り変わりを記す物語だった。





この小説を読み始めて、
最初に感じたのは、
彼が、20歳のときに感じた、
その、グループによって阻害されたことにより、
感じたそのときの絶望感は、
俺(自分)自身も、かつて、
確実に感じた、ということ。




俺はここにも書いたことがあるが、
中学生の頃に、やはり同じ様な経験をして、
その時に感じた心情は、
この物語の中にあったように、
「それまで見えていた景色が見えなくなり、
それまで聞こえていた音が聞こえなくなり、
目の前にあった物事が、歪んで見え出す」
というものだった。

そして、同じ様に、
俺も、彼と同じ様に、
心を麻痺させ、無感動にさせた。

なぜなら、そうすることでしか、
その時に感じていた「悲しさ」を回避する術は無く、
その「悲しさ」「心の痛み」をもろに感じていては、
日々、行きて行くこと、
学校に行くことが、
出来なかったからだ。

そうして、次第に、自分の心は、
「無感動」となり、
顔から表情は奪われ、
それまで持っていた、自分の中の柔らかさは、
確実に、なくなって行く。


*****

俺の場合は、幸いにも、
芯が強かったのか、
高校では立ち直り、
その後、留学をして、
何とかやって行ったが、
しかし、俺が、その経験によって
「傷ついた」
「自分の心に傷を受け、その傷に、蓋をしていた」
「蓋の下では、まだ、血は、その傷から流れていた」
「そして、その傷の血を止めるには、
その蓋を一度剥がし、その傷に真正面から向かい合わなければいけない」

という真実に気づいたのは、
22歳の夏であり、
実に、俺が実際のその経験をした13歳の終わりから14歳の頭にかけての時期から、
9年以上経ってからのことだった。


なので、この物語の主人公が、
20歳のときにそれを経験し、
その後、36歳の今まで、そのまま生きて来た、
または、自分ではその経験から回復したと思っていても、
実際には、実は、その傷をまだ心の中心に負っていた、
と気づくのが、そこまでかかったということは、
不思議ではなかった。

*****

そして彼は、高校時代のそのグループの一人一人に会って行くことで、
確実に、自分が感じていたことと、
彼らに対して自分が思っていたこと、
及び、実際の16年という時の流れに中に起こったこと、
そして、彼らが実際に「何を」感じているか、考えているかを
知ることで、
その全ての間に起こったことのギャップを知り、
次第に、自分と、それらの距離を埋めて行く。



そして、物語の最後には、
それまで、言わば「無感動」で生きて来たからこそ、
彼の人生では、誰にも本気で「愛する」「恋をする」
という経験がなかったにも関わらず、
今では、一人の女性に対して、
夜中の4時に、電話をかけてしまうほど、
自分の「気持ち」というものの存在に気づき、
その「気持ち」をダイレクトに感じ、
それをもろに出して行くことを、
覚えて行く。


それは、一人の男の成長の過程であり、
かつて、そこにあった「こころ」を、
一度は、一つの経験により、
その「こころ」に蓋をしてしまった男が、
再度、その蓋を勇気を出して開け、
また、その「こころ」を感じていく、
ということを覚える、という成長のものがたりである。


*****


ちなみに、村上さんの小説では、
毎回、心の「闇」について描かれるが、
今回もやはり、主人公である多崎つくるが、
自分の中に持っているであろう、
そして、自分でも気づいていないかもしれない、
その「闇」について、語られるシーンが多々ある。


それは、村上さんも、
「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」
の中のインタビューで話をしているが、
彼の小説が、世界的にここまで読まれる理由の一つとして、
人間、誰しもがもつ、
その、心の中の「闇」を、
彼は、うまく言葉に置き換え、
「ものがたり」という手法で、その存在を描き出すことに成功している。

そして、その「存在」は、
実際には確実にあろうとも、
目には見えないし、完全に、「感覚」の世界であることから、
もしかしたら、「無い」かもしれない。
でもやっぱり、世界中の誰もが、それに共感するというのは、
やはり、それは人々の心の中に存在し、
それを、彼は、ものがたりを通して、
うまく、その存在の「輪郭」を縁取ることで、
中身の存在を、丁寧に、描き出して行く。


*****


なぜ、その「闇」の部分を読んで、「恐い」と感じるか?

それは、人間の(おそらく)一番の恐さ、恐怖というのは、
自分がコントロールを利かせられない範囲で、
または、
自分が全く意識のない状態で、
自分が、何らかの行動を取り、
それを、自分が、知らないこと、
という状態であるだろうから。


そして、多崎つくるは、夢の中で、
何度も、そのグループにいた二人の女の子の夢を見て、
そこで、ある種の経験をしているからこそ、
実際に、彼が、現実に起きた「それ」を、
自分が「していない」と言いきることは、
できない。

なぜなら、彼には、例えそれが夢の中であろうとも、
「夢」は、もしかしたら、自分がその「闇」の世界で実際に行動している
ことを、見ているだけかもしれないし、
その心の闇の世界は、人々の心の中に存在していて、
そこで行われた行為は、
同じ様に、夢の中に出て来ている人の心の中でも、
同時期に、共有されているかもしれないから。

*****

おー、書いていてなんか恐くなって来ましたね。

夜に、こういうことを書くもんじゃないぜ。




ちなみに、小説の最後では、
新宿駅の様子も細かく描写され、
また、人々が通勤電車で味わうその苦痛や、
また、毎日、2時間から3時間を、その「人生の最高に幸福とは呼べない時間」に、
確実に費やして行くことに関する疑問や、
また、その中での時間の過ごし方(「スペイン語を勉強することもできるだろう」などの表記もある)
に関しても書かれていて、
全てが、実際の俺自身も感じていることなので、
(恐らくは、首都圏に勤務をする人間の全員が感じているだろう)
そんな意味でも、共感するところがたくさんあった。


また、水泳をしているときは、
「自動操縦」の状態になり、
ある一定の状態に入れば、
あとは、思考がどんどんと頭の中でくり返され、
考え事に集中出来る、ということ、

また、泳いでいる間は、
心の中の悩みなども、全て忘れられる、というところも、
まさに俺自身も感じることなので、
そんな意味でも、色々と共感出来て嬉しかった。

(村上さんの小説では、
彼自身の考察や体験、生活習慣が、
主人公に反映されるが、
俺自身も、村上さんの生活スタイルに共感する部分が多いので、
必然的に、彼の描く主人公に、共感する面も多くなってくるんだと思う。)


*****

ちなみに、この小説を読み出して、
最初に感じたことは、
この感想文の上にも書いた様に、
主人公が、そのグループから阻害されたことにより感じた、
その心の状態の描写の、生々しさの、
的確さだった。

それは、自分は荒れ果てた世界に置き去りにされ、
どこからか飛んで来た鳥に、自分の体を啄ばまれ、
そして、それはまた、別の何かで埋められるが、
自分は、その自分の新しい体さえ、知らない、
という描写。


俺も、今思ってみれば、
当時感じたそのときの心情(それは、それを感じることは余りにも辛すぎる為、それを感じない様に心に蓋をしたのではあるが、しかしながら、その時に感じた心情)を、今振り返ってみると、確かにそれは、そういったものだった、
ということに、その箇所を読みながら、ある意味でとても感動した。

そして、村上さんも、同じ様な経験をしたことが、
前にあったのか、

それとも、彼がいつもしているように、
そのものがたりの主人公たちを描く時には、
その人物に完全になりきっているので、
例え自分が生身に経験していなくとも、
その人物の心情が、ありありと描ける、ということから、
そうやって描き出したものなのか、


いずれにしても、
そういった心情を描けることは、
そして、60歳を超えた今でも、
20歳の青年、
そして、36歳の大人の男、
また、その他、様々な登場人物の心情を、
男女関係なく、ここまで見事に、細かく描き分けられることに、
読みながら、驚嘆しないわけには行かなかった。


******

以上。

2013/4/21 0:52am








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April 05, 2013

さっき、本屋で、
『読むだけで思わず二度見される 美人になれる』
(著者:神崎 恵)
という本を読んだ。

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(なんでこんな本読んでんだよ、とツッコミの声が聞こえてきますね)


その中のコラムに、
「ハーフ顔になるには、
語学を勉強する」
というのがあった。

人間の使う言語は、顔の下半分の筋肉を作り上げる。
もちろん、日本語とフランス語、英語では、
使う筋肉の違いにより、顔の下半分の形も変わってくる、というもの。

日本人と韓国人、顔がソックリと言われながら、
どこか微妙に違うのは、
顔の下半分の作りの違いだという。

著者の友人で、フランス人のハーフに見られたがっていた女性は、
フランス語を学び始めて半年、
今では、顔が完全に変わってきたという。

また、語学を喋ることにより、
その国の人間が持つオーラも持ち合わせて来るという。


*****


これは、一理あると思った。
最初にこのコラムの題名を見たときは、

「(メイクでハーフ顔を作るよりも、語学を学ぶ方が近道なんて、)なにを?」

と一瞬疑ったが、読み進めて行くうちに、「そうだよな」と納得した。
なぜなら、俺自身も、同じことを思ったり、または、言われたことがあるから。
留学に行く前よりは、行った後の方が、確実に、西洋人ぽい顔になってきた。
よく、「お前はハーフか?」とも言われる。
(ま、ただ眉毛が濃いだけですけれど)


俺の妻も、よく、
「あなたはどこの出身?」と、
ネイティブスピーカーに聞かれるらしいし、
(まあ、これは偏に、
彼女の語学力の高さが大きな理由だと思う。
後は、彼女の振る舞いや、表情など。
彼女が英語を話す時には、
『日本人らしさ』は完全に消え、
完全なる『アメリカ人』になるので、
よく、大学の授業でも、
学期が後半にさしかかった頃(つまり、そのクラスを取り始めて4ヶ月後など)に、
その教授に、
"So, which city are you from? LA? Long Beach?"
「ところで、きみはどこの出身なの?LA? LB?」
と聴かれた事も多かったという。

それで、"No, I'm from Japan"というと、
"Oh, I thought you were American. You are not Japanese American?"
みたいな。)


それと、俺の同期で留学した奴らも、
よく考えたら、みんな、結構、
ハーフっぽい顔というか、
濃い顔をしたやつが多いなあと、
このコラムを読みながら考えていた。

(まあ、これも最初っから、
みんなそういう顔の人間が集まって留学に行っただけかもしれないけれど)

*****

それと、先日、
今の会社の課長に、
「○○はさあ、
やっぱり、英語を話す口の形をしているよね」と言われた。

どういうことですか?と聞き返すと、
英語を話す人間は、口を横に大きく伸ばす発音をするから、
(例えば、”Steve”のティーのときの発音など)
日本語で話す時にも、よく、口を横に大きく動かすなあと、
そうやって見ていて気づいた、と言われた。

逆に、日本語では、
そういう口の動きは余りしないから、
俺の口の動きをみて、
その違いに、気づいたらしい。


あとは、英語をしゃべると、
あまり口を開けずに話す事ができる言語だから、
段々と、口を大きく縦にあけずに話すというか、
べらべらべらっと、言葉を続けてモゴモゴとはなすようになってくる。

なので、留学して一年後、
当時高校時代に通っていた英語塾に挨拶に行った際には、
そこで習っていた英語の文法の先生(B as a boston, D as a DenmarkのAbe先生)に、

「あ、完全に口が英語をしゃべれる口になってきたね。
その口の動きで、英語が上達したことが分かるよ」

と言われて、へええと驚いたことを覚えている。


*****

ちなみに、今度から、会社でポルトガル語を覚えるように言われたので、
これから私は、アメリカ人とポルトガル人と日本人のクオーター顔に変貌すると思われます。

でも、よく、
タイ人だの、台湾人だの、
メキシコ人だのと、留学中は間違われたんですけれど。
このままだと、色んな血が混じって、
ジェシカアルバみたいになっちゃって困っちゃうね。


2013/4/5 22:05






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January 27, 2013

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ダイヤモンド社 (2012/6/22)発行。

*****

純粋な感想を書くと、
筆が止まらなくなりそうなので、
シンプルに纏めておきますが、
読んでいて、突っ込みどころ満載の本。

登場人物の「いっちゃん」は、
彼に会いに日本から訪れた日本人たちの代表的存在と仮定されていますが、
もう少し、自分の頭で考える力を持った方が良いと思います。

そもそも、こういう事は、
もっと若いうちに、悩んで経験することだろう、と。
(いっちゃんは、31歳の設定です。)

自分の気持ちは、Amazonのレヴューなどに要約されているので、
割愛。

*****

でも、批判的な内容ばかりではなく、
きちんと良い事も書いてあったし、
登場人物の「いっちゃん」が、
ただ教えを被るだけではなく、
実際にそれを実行したら、どうなったか、
というのを記してあったところは、
中々良いと思いました。
その結果については置いておいて。


2013/1/27 10:32


追記:
この本の中にある教えで、
「社内では、内線を極力使わずに、直接出向いて話をする」
というものがありました。

これは確かに言えていることで、
メールですませるよりも、電話で、
電話で済ませるよりも、直接その人に会いに行って、
の方が、断然良いに決まっています。

メールでは、正確なニュアンスは伝わらないし、
電話でも、顔が見えないから、
やはり、本当の気持ちは伝えにくいのです。

しかし、顔を合わせて、きちんと話せば、
言葉を交えずとも、伝わることは、たくさんあるのです。
一つの笑顔が入るだけで。

*****

この様に、この本には、
大事なメッセージも、入っています。






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January 12, 2013

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ダイヤモンド社より (2012/9/14)に発行。

『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?― あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』と同じ著者。

*****

外資系金融の仕組みが詳しく書かれている。
どのように彼らがお金を儲けているか、
その仕組みはどの様になっているのか。

2008年のリーマンショックに至るまでの経緯、
また、その後の状況も詳しく書かれている。

*****

正直言って、自分はこの業界で働いたことがないし、
実際にその仕事をしたこともないので、
ここに書いてあることは、「マニュアル」としては、
「ああ、そういう仕組みなんだ」と頭で理解できそうな気がするが、
実践で関わっていないので、本当に「分かった」とは言いがたい。

また、この本の中で書かれている世界は、
年収が最低3000万から、最高点では、年収3000億円などの話であり、
段々と読んでいて、変な気分になってくる。
お金の額だけ見ると、
なんだ、外資系金融に就職するのが一番じゃないかと、
そういう無意識が浮かび上がって来る。

自分の周りには、外資系金融に就職した友達は二人いるが、
二人とも入社して数年以内に退職している。
話をちらりと聞いたことはあるが、
(そして、それぞれの立場や職務内容は、それぞれ違うと思うが、)
一人の方は、毎日極限まで働いて、
毎朝、朝起きると、
自分のベッドの下に、
自分の体の形そのままで、汗の水たまりが出来ていたという話を
聞いている。
(その話を聞いた時は、ホラー映画かと思った。)


結局、この本を読んで、自分が感じるこの「何とも言えないイヤな気分」は、

’収数千万円の世界が繰り広げられている。
△金の面だけ見ると、自分を含め、一般的企業で働いている人間と、この世界の人間との給与の差に、愕然とする。
「それって、何なんだ」と、外資系金融を羨むか、妬む気持ちになって来る。
い任癲∋纏とは、やる「中身」だし、実際に自分がその世界の仕事を好きかは分からない。
また、仕事は「お金を稼ぐ手段」と完全に割り切った場合でも、自分がその世界でそもそも働ける力を持っていたかも分からない。
コ飴餬篭睛擦納尊櫃貌いた場合の実情を、周りの友人の話やこれらの本から想像し、その世界の悪いところをピックアップして、「やっぱりそれだけの年収には、影も付きまとうものさ」と自分を納得させる。
Α´ 銑イ泙任離廛蹈札垢鮗分で客観的に見て、結局、複雑な思いが残り、「結局、お金ってなんだ?」と考える。

と、上の,らΔ泙任離廛蹈札垢、
この本を読みながら、頭の片隅でずっと行われることとなった。
自分の場合は。

*****


以上。

2013/1/12 10:32





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January 09, 2013

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オリジナルは1902年に書かれた、
"As A Man Thinketh".


この本は、確か2003年頃、
俺がまだ留学していて、夏休みに日本に帰って来ていた頃に、
ある人にプレゼントされたんだけれど、
その時は、この本を読んでも、
余り感動しなかった。

正直言って、
なんだかアッサリしすぎていて、
この本をすごく薦めていたその人の感じる良さが、
余り分からなかった。

*****

月日は経ち。

それから10年が経ち(げえ、もうそんなに経ったのか!!)
今読んでみると、
非常に素晴らしい本でした。


きっと、この本に感動しなかった10年前、
20歳頃の俺は、
そこまで人間的深みもなかったのでしょう。

*****

この本を読んでいると、
「自分を磨くこと」の大事さ、
そして、
それがいかに正しいことであるかを、
きちんと丁寧に、綺麗に説明されているようで、
読んでいて、心が本当に『綺麗』になって行きます。


心が、純粋に、
清らかになって行くし、
もっと、自分の心を、
清らかなものに毎日心がけて行こう、
そう思える本なのです。

*****

定期的に読み返したい本です。

2013/1/9 23:06





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新潮社より(2012/10/17)に刊行。

いつものキレのある文章を期待しましたが、
まあ、普通でした。

先日本屋で見つけて、
出だしを読んで面白かったので、
買ってしまいましたが、
まあ、普通ね。

でも、たけしの独特の感覚論は健在で、
読んでいて、
視野が広くなる感覚がある。

この人の考え方や、モノの捉え方、
モノの見方が好き。

*****

最初の方で、


行楽地に行って、こんなことを言うヤツがいう。
「今日はなんでこんなに混んでいるんだ」
お前が来るからだよ、ばかやろう。


という箇所があって、かなり面白かった。

会社の休み時間に食堂で読んだり、
電車の中で読んでいたけど、
ついつい何回も笑ってしまった。

彼がこの本で言うのは、
「間」というものが、いかに大事か。
結局は、
人とのコミュニケーションも、
お笑いも、
映画も、
人生も、
全て、「間」なんだよ、と。

で、最近は、
履歴書のスキマを埋めようとする生き方ばかりだけれど、
逆に、間がある方が、
人間の魅力は高くなるんだよ、と。


俺自身も、履歴書のスキマがたくさんある人間なので、
「そうそう」と頷きました。

*****

さらっと読める本です。
面白いです。

2013/1/9 22:57






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December 30, 2012

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"Does the Noise in My Head Bother You?: A Rock 'n' Roll Memoir"の日本語訳版。

昨日から読み出して、
さっき読み終わったが、
もの凄く読みにくかった。

原著の方は、2011年の5月頃、
出版された頃にAmazonで買って、
今年の10月から11月頃にかけて読んでいて、
もの凄く面白かったけれど、
ところどころ、意味が分からない部分があったので、
日本語訳を読みたいなと思っていた。

いざ、日本語訳を呼んでみると、
一つ一つの文章は、
その意味をきちんと訳しているんだけれど、
スティーヴン・タイラーのオリジナルの言い回しが持つ韻(ライム)のリズムや、
彼独特のユーモラスな言い方が、
日本語訳ではかなりかき消されている。

よって、文章全体に「流れ」がなく、
まるで、一文一文が、つっかえながら存在している、
という感じ。

俺は既に、英語で読んでいたので、
その原文の流れと記憶が頭にあるまま、
「ああ、日本語訳だとこういう意味なのね」
という感じで、既に解いたテストの答え合わせをするような感じで、
「参考書」という感じで流し読みをしたので良かったが、
これが、いきなりこの日本語訳の方を最初から読んで行くと、
とても読みづらいと思う。


読みづらいもう一つの理由は、
スティーヴン・タイラーの話は、行ったり来たりするし、
何かの話題をしている最中に、
「ちなみに、これに関することで・・・」と
別の話題がバンバン入り込んでくるので、
普通の頭で読んでいると、
「え?今何の話をしていの?」
と混乱してくる。

不思議と、英語で読むと、
その「イライラ感」や「話が行ったり来たりするな」
という印象は残らなかったのだけれど、
なぜか日本語訳を読むと、
その印象が際立ってくるので、
読む事にとてもパワーを使うし、
読み終わって、すごく疲れる。
で、文章のまとまりが無いように感じられて、
読み終わった後、気持ちよさが残らない。

*****

ボロクソに言ってますが、
翻訳者は3人で協力してやったみたいで、
その点に関しては、大変だったんだろうな、と思います。

そもそも、スティーヴン・タイラーのあの独特の言い回しを、
そのリズムやフローを崩さずに、
別の言語(しかも、英語とはかなりかけ離れている日本語)
に訳す事は、不可能なのではないかなと思います。


*****

というわけで、
恐らくこの本は、日本語版はあまり人気が出ないと思いますが、
原著の英語版の方は、とても面白いし、
スラスラと読めるので、
ぜひ英語版をおすすめします。

2012/12/30 14:48






追記:
日本語訳のありがたいところは、
文章の途中で出てくる、様々な単語や固有名詞に対して、
引用が付いているところ。
なので、そういう意味では、
この日本語訳は良く出来ていると思う。

でも、日本語訳にした後のゴツゴツ感がありすぎるというか、
余りにも文章全体に流れがないので、
その点は、
オリジナルの良さを再現できていないので、
もったいないなと思う。


*****

思うに、英語を日本語に訳す際というのは、
英語の原文をそのまま直訳していると、
決して、「自然な日本語」にはならないもので、
だからこそ、英語を訳す際には、

,泙此英語の原文の意味を捉える
△修譴髻英語の意味をそのまま直訳せずに、
日本語で『流れ』のある文章に置き換える
最後に、原文の意味がきちんと通っているか、
文章の校正をする

という手順が必要だと思います。
これは、どんな文書を訳す際にも、
または、通訳をする際にも同じです。

それに対して、
この本の日本語訳版の文章が持つイメージは、
 岼譴聴譴弔留儻譴慮曲犬髻△修里泙淞礁した」
◆崋,法△修琉譴聴譴弔諒絃呂髻△燭世弔覆合わせた」
という感じがしてなりません。

日本語訳にする以上は、
A.「英語の原文の意味を、直訳でも良いから、
できるだけオリジナルに忠実に、再現する」という場合と、
B.「オリジナルの英文と、意味は100%同じではなくても良いから、
より、オリジナルの文章が持つ『流れ』や『ニュアンス』を大事に、
意訳する」
という2パターンが考えられると思いますが、
この日本語訳は、完全に、前者を取ったと思われます。

偉そうなことを言っていますが、
英語の文章を日本語に、
しかも、オリジナルの英語の文章が、
支離滅裂で、英語でしかニュアンスが通じねーよ、
という文章(まさにこの本)を訳す際には、
かなりの苦労を要するのだと思います。




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December 28, 2012

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講談社 (2012/10/11)発行。

タイトルの通り、
山中伸弥先生が、
自分の人生と、これまでの軌跡について、
淡々と語って行きます。

とてもユーモアのある方で、
たまに出る、さりげないジョークや笑いのセンスが冴えます。


自分は今まで、iPS細胞が一体何なのか、
どういう用途があるのか、
全く知りませんでしたが、
この本を読んで、障りだけ分かることが出来ました。

(うちの会社は化学や薬学の専門なので、
周りの人に、「なんの本読んでるの?」と聞かれて見せると、
「ああ、iPS細胞はね・・・」のように始まって、
その辺にいる人たちが語りだします。
ああいう光景はすごいですね。
俺なんか、正直言って、
自分の会社に入るまで、
そういう、サイエンスの世界のことは
ほとんど興味がなかったので、
こういうニュースも、敢えて自分から調べて、
それが何なのかを調べようとはしなかったけれど、
やっぱりその分野の人たちにとっては、
興味があって当たり前のことなので、
みんな普通に詳しいです。

俺が、好きなアーティストや映画のことを、
とことん調べ尽くすのと同じなんだろうね。)

*****

ということで、全然本のレビューになっていませんが、
私のように、
「そもそもiPS細胞ってなんですか」
という人間が読むのにはおすすめの本です。


2012/12/29 0:46






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December 26, 2012

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有楽出版社より2012/11/15に発行。

読んでいて、「ぎくっ」とすることがたくさん書いてありました。
普段、余り姿勢を意識せずに生活していますが、
姿勢の善し悪しで、自分の健康や寿命にも確実に影響が出て来ます。

特に今は、毎日、
朝の8時から夕方の5時まで、
ずっとパソコンの前で座って作業をすることが多いので、
座り方、姿勢、
目の使い過ぎ、
また、普段歩く時の姿勢等に、
気をつけようと意識をしました。

*****

とても読み易く、
また、見易い本です。


2012/12/26 22:36



PS.

毎日の食べる内容にも、
気をつけようと思います。



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December 24, 2012

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2年ぶりに読みました。

初めて読んだのは、
恐らく、高校3年の秋から冬にかけた季節だった気がします。

学校の模擬センター試験か何かの国語の問題で、
この小説の一部が使われていて、
その文章を読んで、
「この本は読んでみたいな」
と思って、図書館で借りたように思います。

当時の自分は、小説を読む事を「負け」と思っていたので、
いや、というよりは、
小説を読む事を、「恥ずかしい」と思っていたので、
この本も、当時通っていた船橋にある英語塾に通う電車の中で、
人に見つからない様に隠れながら、
こっそりと読んでいたような記憶があります。

そして、多分その時は、
障りだけ読んで、完読はしなかったと思います。

当時は、この本が、
「村上春樹」によるものだとも知らず、
また、「村上春樹」が誰かも知りませんでした。


*****


月日は流れ。

高校3年の18歳から5年経ち、
23歳の終わりころ、
彼女に村上さんを教えてもらいました。

そして、彼の作品にはまり、
色々な作品を読み、
そして、この作品を、
2年前の、2010年の12月、
会社への行き帰りの電車の中で、
数日かけて読み終えたことを覚えています。


その時は、読み終わって、
心にすごく残ったものの、
この小説が、何を言わんとしているか、
どうも、うまく、言葉に表せませんでした。


そして、この本の感想と、
この本のテーマについて、
彼女と、横浜のランドマークタワーの一階の、
椅子が置いてある広場で語ったことを覚えています。

二年前の、クリスマスの頃です。


*****


そして、今。
昨日、ふと読みたくなって、
読み出したところ、
昨日で殆ど全てを読んでしまいました。
多分3時間くらいかけて。

残りの1時間分くらいは、
さっき読みました。


*****


この小説は、
一冊ですっきりとまとまって、
村上さんの小説の中では、
割とあっさりとした印象が残ります。


しかし、同時に、
「不思議さ」や「奇妙さ」
「ちょっとした恐さ」は
確実に存在しており、
読んでいる最中、
そして、読み終えた後、
不思議な気持ちになります。


*****


「島本さん」が、
本当に生きていたのか。

主人公のハジメが、
37歳になった今、
自分の経営するバーで会った、
その女性、島本さんは、
本当に存在していたのか。


それとも、彼女は、
12歳の頃を最後に、
ハジメが彼女と会わなくなった25年間の間に、
どこかで亡くなってしまって、
今、37歳のハジメの前に現れた島本さんは、
幻だったのか。



それとも、彼女は本当に存在していて、
しかし、あの夜、
箱根の別荘で、一緒に時を過ごした後、
その場から、姿を消してしまったのか。



答えは、分かりません。

恐らく、村上さん自身も、
明確な答えは持っていないのではないかと思います。


*****


しかし、さっき読んでいて、
ふと思ったのは、

自らの心を他人に開こうとしない、
そして、心の中の「何か」を、
なくしてしまった男の周りに存在する、
または、存在した3人の女性は、
二つの完全なる対局と、
その間に位置する存在である、と。



島本さん=彼の理想。彼が、心の中で妄想した、完全なる理想像。
彼女との恋愛は、自分のコントロールを無くし、
完全に自分の本能へと導く。
「死」の中の「生」。


イズミ=かつては普通の明るい女の子だったが、
彼により、深く傷つけられ、
それを境にしてか、自らの生気を無くす。
「生」の中の「死」。


有紀子=島本さんとイズミの間に位置する存在。
「普通」である。
文句の無い生活。「適当」、adequateな存在。
彼は確かに、彼女との生活は「幸せ」なのだろうが、
そこに、魂の震え、
心の燃え上がりを感じない。
「生」の中の、「普通」。



*****


ハジメは、
一人の女性を、18歳の頃に深く傷つけ、
30歳の時に結婚した女性と、
「幸せ」に見えるかもしれないが、何か足りないと思う日々を過ごし、
そして、
37歳で、
自分が理想としていた、
自らの心の中の理想像と出会う。

そこで、彼は彼女との時間を選ぶが、
それはそこでぶつんと切れ、
彼は無の世界に落とされ、
段々と、色が戻ってくるとき、
「現実」の世界に戻って来る。

そこで、初めて、
「リアル」と向き合うことに、気づく。


*****


確か、先日読んだ村上さんの
「そうだ、村上さんに聞いてみよう」
か何かで、
「僕は、『国境の南、太陽の西』と、
『ノルウェイの森』では、
全く同じ事を書きました」
と言っていた気がする。



『ノルウェイの森』では、
キズキが死に、
直子が死に、
主人公のワタナベ君は、
一度無の世界に落ちた後、
そこで初めて、
「生」の中に「生」として生きる、
緑の存在に気づく。

その、緑という女性の、
存在の有り難さに気づく。


*****



こうして書いてみると、

ー分自身、何を感じて、何を書きたいのかが分かっていないこと、

△修海乏亮造紡減澆垢襦∨椶鯑匹濬わった後のこの感情を、
自分でも分からずとも、とにかく文字に残して、
それが何かを客観的に知ろうとしているが、
それを書き起こす事は、非常に難しいこと、
つまり、村上さんがこの小説で書いていることは、
そういった、実態の見えない、
目に見えないけれど、確かに感じる、
心の中の、「この」不思議な領域であること、
そして、それをこうして作品として書き起こし、
まとめあげることは、
非常に難しいということ、

に気づく。


*****



この小説の中で、こんな台詞がある。


「形のあるモノは、
やがて、消えてしまうんだ。

しかし、『思い』というものは、
確実に、人の心の中に残るんだ。

思いは、目には見えない。
しかし、それは、
確実に、人の心の中に、
永遠に残る。

キミは、そういうものを、
作り出している。」



*****


この小説はまさに、
「目に見えない、
しかし、そこに存在する、
『思い』」を、
まるで、その存在を直接描くのではなく、
その存在の周りにある空気をなぞることで、
その「存在」の存在を、
浮かび上がらせている。

そんな、作品であると思います。


It is so hard to explain it.


2012/12/24 23:45





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December 23, 2012

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PHP研究所より2012/10/04に発行。

*****

今までの柳井氏の本が、
ユニクロを含めたファーストリテイリング、
自分の会社の経営の軌跡にフォーカスを当てていたのに対して、
この本では、柳井氏が現在思う、
日本の国、政治、人々の考えに対して、
自分の考えを記したもの。



彼は、この本の半分ほどを使って、
今の政治家、官僚に対しての
批判をするが、
そこに書かれていることは、
どれも、「当たり前」のこと。

つまり、政治家や官僚は、
国民の代表であり、
国民に仕えるものであることから、
毎年赤字になるのであれば、
使うお金を減らし、
収入の中で、やりくりをして行く、
それにより、国に貢献して行く、
という事を真っ先に考える立場であるのに、
それを、全くしていないこと。

一企業は、
必死に人員削減をしたり、
給与カットなどを行い、
何とか利益を作り出そうと、誰もが努力をしているのに対して、
日本国の政治家は、
そういった考えではいないこと。
何か失敗を犯しても、
捕まることは無いし、
国民の税金を無駄に使おうと、
それにより、罪に問われることはないこと。

そういったことが、
ストレートに書かれている。

彼がこの本で言うこれらの意見は、
上に書いた様に、全ては、
普通に考えたら、「当たり前」のことである。

しかし、それを、日本の政治家や官僚は出来ていないし、
しようとしない。
しようとする誠意も見られない。
だからこそ、怒りが生まれ、
不信感が生まれ、
どうしようもないやり切れなさが残る。

*****


また彼は、
現在の日本人の精神面、
考え方に関しても、警鐘を鳴らしている。


日本では、「就職」というよりも、
「就社」にフォーカスが置かれ、
一度、有名大企業の社員や、官僚になってしまえば、
そこから安泰した生活が始まるという、
「自分の所属するグループ」にあぐらをかき、
誇りを感じる精神が、
いつの間にか人々の間に染み付いていること。

よって、海外では、
ビジネスマンに会う際に、
「あなたは何の仕事をしていますか?」と聴くと、
誰もが、
「私は経理をしています」
「私は営業をしています」
と、自らの仕事内容に関して答えるのに対して、
日本のビジネスマンは、
「私は◯◯で働いています」
「私は◯◯の社員です」
と、自らの会社の名前を名乗る、と。
つまり、自らが「どこに属すか」が
「立場」となり、
ステータスとなっている。
決して、自らを、
独立した、一人の仕事人として見なしていない、と。



また、
本来、資本主義の考えでは、
人間は、企業に最初は勤めようとも、
いずれは自ら起業をする志を持つもので、
企業に勤める中で、
そこで自ら稼いで行くためのノウハウを
身につけるはずが、
今の国民の多くが、一生そこの会社にしがみついて、
「サラリーマン」の状態で、
毎月給料を「もらう」考えになっていること。

そして、毎月の給料から、
税金も全て自動的に天引きされる形になっているので、
一体自分が、毎月、毎年、
いくらの金額を、国に納めているのかを、
実感することがない。
そして、その税金を国がどう使うかに対しても、
余り感心がない。


政治家は政治家で、
そうやって国民から絞り上げた税金を、
無駄金に使う。
そして、その使い道を明確に示さないまま、
「とにかく増税すること」だけにフォーカスを置き、
政治活動を続ける。

その現状に、柳井氏は嘆き、
そして、この本を読んだ自分も、
自らの中に溜めていた、
政治家や官僚に対する怒りが蘇って来る。

*****

柳井氏はこの本でこう言う。

「今の日本人の生活レベルは、
決して裕福ではない。
むしろ、他のアジア諸国よりもずっと下である。
平均的な日本人は、
自分たちの生活レベルを、世界的に見て、
上の中くらいに思っているが、
実際は、中の下ほどである。
毎月の給料を気にして、
コーヒー一杯買うことを迷う私たちの生活レベルは、
世界の他の国々と比べて、
確実に低い」と。

(本書には、
世界の名目GDPの推移が記されたグラフが載っているが、
1990年から2011年にかけて、
USA、EU、中国、アジア新興国は、
確実に右肩上がりなのに対して、
日本だけが、1995年以降、
ガクッと下がり、
下に位置づけている。)



また、柳井氏は、
現在の日本、
「希望が持てない」日本を嘆く。

バブルの崩壊を後に、
「失われた20年」の言葉ばかりが先走り、
経済、及び政治の方向性に希望を持てない。

世間では、
「がんばらない」
「求めない」生き方が流行り、
「欲を持つこと」を抑えようとする考えが主流となる。

まるで、今活気のない日本人に、
ますます、「現状維持」を促す様に。



しかし、現状維持は、
衰退と一緒。
人間は、昨日よりも良い生活をしたいと思うからこそ、
頑張ることができる。
その資本主義の本当の精神を忘れて、
「元気のない日本」を、「ますます元気のない日本」にしようと、
世間は動く。


*****


柳井氏は言う。
アジアに行くと、そのパワーが違う、と。
実際、自分がアジア諸国へ足を運んだ際にも、
日本とは違う、その漲るようなパワーの違いを、
確実に感じる。


日本は島国であり、
結局は、「日本」という島国以外の国を、
意識せずに生きて行くことが出来る。
だから、日本内でしか「常識」でしかない、
政治、経済、マスコミなどを、
「おかしい」と思わない。


柳井氏は、本の最後でこう括る。

「志を持て」と。
志、希望を持つことが、
人間が自らの中から力を生み出す一番の源であり、
自らの可能性を信じろと。
そして、日本という国の中にそれを見いだせないのならば、
海外に出て行け、と。


*****


人間は、
狭い部屋の中で、
外界と接せず、
自分の好きなことばかりしていると、
やがて、視野が狭くなり、
いざ外に出た時に、
その中で生き残って行く力はなくなる。

今の日本はまさにそれであり、
柳井氏を始め、
現在の日本、日本人の在りたちに対して
危機感を感じる多くの人間が、
「日本という狭い部屋を出ろ」という。

*****


このような意見を読んだ後、
そこからどうするかは、自分次第である。

柳井氏たちの意見を聴いて、
外に出るもよし。

日本の政治のやり方に対して、
意義を唱えるも良し。

「何だかんだ言ったって、
これが『日本』という国のルールであり、
その中でうまく生き残って行く為に、
俺は官僚になり、甘い汁を吸う」でも良し。

または逆に、官僚になって、
日本を良い方向へ変えようとするも良し。

大企業の一員になって、
その特権を味わうも良し。
起業をするも良し。
サラリーマン根性にしがみつくも良し。




結局、人間の生き方は、
その人間が決めるものであり、
「価値観」は、究極的には、
人には押し付けられない。

ただ、1つ明確に言えるのは、
他人を含め、
自分以外を変えようとすることは、
かなりの労力がいるのにも関わらず、
実際、その「自分意外の何か(他人、国を含む)」は、
その「何か」が根本的に変わろうと
自ら本気で思わない限りは、
何も変わらないのに対して、
「自分」という一人の人間は、
自分次第で、
いくらでも変えられるということ。


よって、この国の風習や文化、
成り立ちに怒りを感じ、
疑問を感じ、
不甲斐なさを感じるのであれば、
その「国」を変えようとするよりも、
自らが住む国を変えたり、
仕事をする場所を変えたり、
付き合う人を変えた方が、
効率が良い。


*****


どう考えるかは個人次第。


結論としては、
この本を読んで、
日本の現状や政治家、および現在の日本人に対して、
危機感が生まれ、
何かを感じることは、間違いない。


2012/12/23 16:26









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December 19, 2012

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これは、かなり面白い本でした。

『面白い』というのは、
"Interesting"という意味で。
"Fun"じゃなく。


朝日出版社より2012/9/6に発行。

*****

この本は、確か一ヶ月くらい前から読み出して、
2週間くらいかけて、2週間程前に読み終わった気がしますが、
すぐに感想を書かなかったので、
それがずっと気にかかっていました。


読んでいる最中は、
「うーん、これは面白い・・・!」
という感じだったのですが、
毎日、会社の15分程の休み時間を使って
ちびちびと読んでいたので、
本の最初の方で感じた「これは面白い!」という感動を、
最後の方には、ちょっと忘れてしまった感じでした。

現に今も、このレビューを書くに当たり、
一回、本をパラパラと捲って、
内容を確認しなければいけなかったし。


最近、読んだ後にその記憶が、
前に比べて早く飛ぶ様になった気がします。
やべえやべえ。

*****


この本は、きたやまおさむ氏とよしもとばなな氏が、
まずはきたやま氏が講義をした内容を載せた後、
それに関して、二人で話をして行く、というものです。


よしもとばなな氏は、自らこの本の序章で、
「わたしの支離滅裂な質問にも、
きたやまさんはしっかりと答えてくれて・・・」のようなことが書かれていますが、
本当に、完全に感覚の世界で話をしているなあ、というか、
読んでいて、余りにも言葉遣いが簡略化されているので、
(「あの、あれがですね、こうなるんですよ、ほら」的な。)
なので、きたやま氏がいちいち、
「で、それはつまり、具体的に言うと?」と聞き返してくれているので、
こちらもかろうじて分かるものの、
最後の方は、中々読んでいてイライラしたりもしました。

よしもとばななさんの本は、
以前に一冊しか読んだことがありませんが、
この人は、きっと、
ものすごい感覚の人なんだと思います。

*****


さて、話を「面白かった」点に合わせて。


この本の最初の方では、
「浮世絵」を例に出して、
日本人の、母親と子供の関係を話して行きます。

海外では、昔から子供はベッドに寝かされ、
「添い寝」はしません。
しかし日本では、親と子供は、
添い寝をするのです。

海外では、小さな頃から、
子供は「一人のIndividual」として扱われ、
人と人は、
お互いに向き合う、という姿勢を取られますが、
日本では、
親と子供が添い寝をするように、
親と子供は、二人で何か同じことをしながら、
二人で「見つめ合う」ということはなく、
何か別のもの、同じ方向を二人で一緒に観ながら、
それで、二人の心、愛情を通わせる、
という手法がとられます。



よって、海外では流行るセラピーも、
(カウチに座って、
そこで、自分の心の内側を、
セラピストである相手に話して行くもの。
映画で言うと、"Good Will Hunting"で出てくる様なもの。)

日本では、決して流行らない。

なぜなら、日本は、「心」を「裏」として捉える文化であり、
それを、赤の他人に自ら見せるということは、
日本人の文化に馴染まないから、と。


*****


こういうことを、色々な視点を切り口として、
きたやま氏は解説して行きます。
このきたやま氏の講義が、本当に面白い。




また、オイディプス王の話に出て来る、
エディプス・コンプレックスの話。

(息子は、母親を愛すが、
その間には、父親がそれを拒む状態で、
立ちふさがる。
それにより、息子は幻滅を覚える。
また、息子の母親に対する愛情が強いばかりに、
それが増悪へと変わることも同時に起きる。
息子は、母親の乳房から乳を吸うことで、
自分が愛情をもらうことを感じると同時に、
自分がまた、母親をその行為により、
傷つけているとも感じ、
その対峙する現実に悩む。)




また、「分かる」ことに対する話。

(人間は、何か正体が分からないもの、
未知なものに、恐怖を覚える。
よって、それが何か分かること、
つまり、「これはこれで、あれはこうだ」と、
自らの中でそれを、区分できたとき、
つまり、「分けられた」とき、
頭がすっきりとする。)



「きれいはみにくい、みにくいはきれい」の話。

(古事記の中にある、
『イザナキ・イザナミ神話』の話。
日本人が、昔から、
「見にくい」=「醜い」ものに、
どう対処をして来たか。)



「母親=女性」が、
世の中の絶対的な権力を持つ話。

(よしもと氏が、
自ら息子を持つことで、
息子の母親に対する関係に気づき、
それにより、
この世の中の、女性の持つ本当のパワーに気づいた、
という話。
女性は、本気になれば、
この世の中を全て統治できることを知りながら、
それを抑えて、
男を褒め、操ることで、
この世の中のバランスを取っている。)



などなど。


*****


また、2011.3.11の大震災の経験により、
日本人はますます、
大地、世界など、
何をも、心から信頼し、
頼って生きて行くことはできないことに気づき、
それにより、
どんな状態でも、
すぐに相手と状況を見て、
自らの行動をころっと変え、
次に移って行く術を、
ますます強くしている、と。


*****


うまく言い表せませんが、
上に挙げたことはほんの一部で、
そのような、興味深いこと、
心に響くこと、
考えさせられること、
等々、
様々な話題が、飛び出します。



(最後の方で、
人間は、二つの異なる目で、
1つの世界を見る訓練を、
小さい頃からして来たことから、
本当は、二つの目で、
別の二つの世界が見えるはずなのに、
それを敢えて1つに見ようとしていることで、
脳がコントロールされている、と。

しかし、よしもと氏のように、
小さな頃、ある一定の長い期間、
眼帯をするなどして、
1つの目でしか世界を見ず、
その後、もう一方の目を開いた人は、
後から開かれた目は、
既に開いていた目と、違う様に世界を見るので、
結果、
『普通』の人が見るのとは違う感覚で、
この世界を見ている、と。
そのようなことを、話している箇所もあります。

これは、何となく分かるけれど、
ちょっと恐いことを話しているようで、
感覚的には分かるけれど、
余り深入りしたく無い感じ。
実際、これを書きながら、
なんか恐い。)


******


など。
本当に様々なことが話されています。


心理学や、
哲学、
古典など、
また、感覚的なことなど、
そういったものが好きな人には、
おすすめの本です。


2012/12/19 21:48



追記:
ちなみに、このきたやまおさむ氏は、
精神分析学者でありながら、
昔、「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成、
作詞家としても活躍している。

有名なものには、
「あの素晴らしい愛をもう一度」など。






それから、
この本の著者名が、
両者ともにひらがなであるのは、
理由があってのこと。

その理由も、この本の中に書かれています。
















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December 17, 2012

531229


原題は"The Path of Prosperity".
「繁栄の道」。

この本の原書は、1907年初版発行とのこと。
この本の前作に当たる、
『「原因」と「結果」の法則』(原題:"As A Man Thinketh")は、
1902年発行とのことだが、
訳者が後書きにて推測するには、
この本の方が、"As A Man Thinketh"の叩き台として
それよりも前に出版されていたかもしれない、とのこと。


******


読んでいて、非常に崇高な気持ちになる本だった。


この本でのメッセージは、

「常にきれいな気持ちを保ち続けること」

「この世の中に『悪いこと』は1つもない。
全て、自分の心の中での捉え方による。」

「常に物事のRight sideを見て、
物事に感謝をし、
綺麗な気持ちと精神を保ち続ける人は、
それが、周りの同じものを引き寄せる。

その逆もまた然り。

よって、妬みや怒り、恨み、不満などは、
排除した方が良い。」

など。


要するに、
この世の中で一番大事な「努力」は、
常に自分の心を綺麗に保つことであり、
そうやって、神聖な精神を保つことに費やす努力が
一番価値があり、
それが、心の中の真の幸せを作り出す、
ということです。


*****


言いたいことが短く、スッキリと言い表せませんが、
とにかく、この本を読みながら、
「本当にそうだよな」
と、すっと、腑に落ちました。
今までの自分の人生での経験と、
今に至る道のり、
及び、ここ最近の自らの人生における心情を、
客観的に観察して。



*****



以前、先月の半ば、
妻と和装の写真撮影をするために、
関東に帰った際に、
妻と、夜泊まったホテルの部屋で、
夜遅くまで、ずっと語りました。

そこで語ったことの中の1つで、
大事だなと思ったことは、

「常に、素直な心を保ち続けることの大切さ」。



俺は、素直であると言われます。

そして、中には、
この素直さを、からかったり、
ウブである、というように評する人々も少なからずいます。

しかしながら、
俺は、自分のこの「素直な心」、
「人に何かを言われたり、教えられたりしたときに、
素直に、その人の話を聴く」
という心を、
今まで、保ち続けて来ました。

その結果、
多くの人が、
俺のことを助けてくれ、
可愛がってくれ、
そして、
自分は、人に恵まれるという、
幸せな時間を過ごすことができます。




もちろん、日々の生活の中、
仕事の中で、
イヤな人はいますし、
何でこの人は、こんなんなんだろう、
と思える人もいます。

また中には、
自分が何も悪いことをしていなくても、
むしろ、気を遣っているのに、
その仇を取る様に、
こちらの気持ちを踏みにじる行動をとる人もいます。


そんなとき、やはり自分は人間であることから、
面白くない気持ちになり、
頭に来たり、ムカついたり、
「何なんだアイツは」と思ったり、
イライラしたり、
その人のことや、その人の行動で、
頭が一杯になることもあります。


また、
自分の人となりや、
自分の在りたち、「人間としての存在」を、
否定されること、
そういったことも、必ずあります。


自分のことを余り知らないくせに、
その人の勝手な偏見だけで、
こちらのことを、蔑む様に見られたり、
あしらわれることも、
必ずあります。




しかし、そんなとき、
「何だこのヤロウ」となって、
その人のことを蔑んで見て、
また、
その人の行動や発言のために、
自分の気持ちまでもを、
素直なものから、
ひねくれたものへ変えることは、
容易いことです。

むしろ、そうした方が、
自分の事も守れるし、
相手へも反撃できるので、
その時は、良いかもしれません。



*****



しかし、やはり、
大きな目で見ると、
そういうこと、
つまり、自分にとって、つまらないことが起きようとも、
それにより、自分の内部(心)を侵されるのではなく、
それをも超越して、
上の視点から見ることで、
その人や、その人の言動をも超越して見ること。

そして、その上で、
自分の心をCalmな状態に保ち、
自分の心の綺麗さを、
決して、無くさないこと。



*****


それを出来るかどうかで、
「人の話を素直に聴けるかどうか」は決まって来るし、
大概は、
自分の小さなプライド、
または、
自分のことを笑えない、
自分の小さな心により、
自分の周りの全ての出来事は、
「悪く」捉えられていることに、
気づくものです。



なぜなら、相手に何を言われようが、
自分のことを笑える器量と、
その場を客観的に見られる大きな心と視点、
そして、
周りで何が起きようと、
自分の心は自分でコントロールできるという、
心の平安さを、
自らが持つ強さを、
自らが感じてるだけで、

周りで起きた些細なことは、
決して、自分の心を、
侵害することはできないことに、
確信するから。



大概、自分が、誰か他人の言動で、
「気分を害された」と感じるときは、
自分が、その状況を、
自分を含めて、笑って過ごすことのできる、
心の余裕のないときに限ります。


なぜなら、
同じ出来事が起きても、
自分の気持ち次第で、
ただの笑い話にもなれば、
後まで引きずる、面白く無い経験にもなり得るのだから。


*****


そういうことを、
今年は、仕事を通してよく感じ、

また、
先月、
彼女と話すことで、

自分の一番の強さ、というか、
自分の一番の才能は、

そうした、
「素直な心」を、
何があろうと、
持ち続けることのできる強さじゃないか、と。



自分の心を、
素直な状態に、ずーっと、
人生を通して保ち続けることは、
ある意味、1つの才能じゃないか、と。


そして、
その「素直さ」が、
周りに、素敵な人を引きつけ、
結果、
自分の人生は、幸せになって行くのではないか、と。


******



そんなことを感じていた矢先、
この本を読んで、

何か、無意識の中の「意識」が、
言語化された、

その本の中に、
「言葉」として、
記されていた。



そんな感じでした。


*****


2012/12/7 22:26






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December 07, 2012

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村上さんの「ダンス・ダンス・ダンス」を読み終わりました。

たしか、2週間くらい前からちびちびと読み出して、
今日に至った気がします。


この2週間くらいは、
そんなわけで、とても楽しませてもらいました。

毎日、すこーしずつ読んで行きました。

*****


正直、この小説は、
2010年の冬に、他の本とまとめて買って、
それから、今までずっと読まずに来ました。

何回か、この本を読もうと試みたのですが、
毎回、最初の数ページを読んだところで、
どうもその世界観に入り込めず、
途中で断念していました。



先月の半ばに実家の方に帰った際にも、
この上下刊を持って移動をしていたのに、
結局全く読まずに終わりました。


****

ということで、
ちょっと、最初の部分をブレイクスルーすれば、
きっと面白くなるさ、と、
少し読み出したところ、
一気にはまってしまいました。


1988年に講談社より発刊。


*****


このお話は、前作の「羊をめぐる冒険」から続いていますが、
中々、素晴らしい世界観を持っています。


今回の方が、一作目の「風の歌を聴け」、
及び二作目の「羊をめぐる冒険」よりも、
読み易くなっている気がします。


*****


まだ読み終わったばかりで頭の中がまとまっていないので、
余り長くは書きませんが、
1つ言えるのは、
物語の出だしから、最後の部分まで、
ずーっと単調な感じで流れてくるのに、
最後の最後で、一気に加速して、
話が展開して行く、という感じ。


そして、最後のシーンでは、
やはり、体の中をアドレナリンが走りました。

好奇心と、恐怖と、ぞわぞわとした感覚が、
一気に来る感じ。



*****


この小説は、やはり「暗闇」や「向こうの世界」をテーマにしていること、
また、登場人物の多くが死んでいくことから、
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
「ノルウェイの森」
などと相通じるところがたくさんある気がします。



村上さんはやはり、
自分の書く物語を通して、
「向こうの世界」
「人間が奥底で繋がる、闇の世界」
を、描こうとしているのかもしれません。


*****


そして、その「世界」を、
リアルに描き出すからこそ、
好奇心とともに、恐怖感が、
読む者を襲うのです。


*****


ちなみに、最後は一気に話が加速して、
怖くなって行ったので、
今は、恐怖感と、「いやあ、すごかったな」感しか残っていませんが、
最後に辿り着くまでの、
主人公の僕と、周りの登場順物とのシュールなやり取りは、
とても面白く、読んでいて心地の良いものでした。


一人、登場人物で、
五反田君という、
僕の中学時代の同級生が出て来ます。



彼は学生時代から何をしてもカッコ良く、
周りの女子は、みんな彼に惚れているのですが、
そんな彼のことを、毎回主人公の僕が、
ちょっと皮肉に、表現する部分が多々出て来ます。


そして、そのシュールさは、
村上さんが自分のエッセイ(「村上朝日堂」など)で、
よく出す、あの独特の笑いの感じと似たところがあるので、
読んでいてとても面白かったです。



1つ爆笑したのが、
ある日、五反田君が、
主人公の家を訪ねに来た時か何かに、
彼はごく普通のVネックのセーターと、普通のチノパンと、
普通のテニスシューズか何かを履いているのですが、
そんな適当な格好でも、
やはり彼は誰よりも目立っていて、
「エルトンジョンが、オレンジのシャツと紫のジャケットを着て、
ハイジャンプをしているくらい目立っていた」
という感で言い表している部分があります。

ここは本当に笑いました。

*****

ということで、
夜中に無音の中で、クライマックスを読んだこともあり、
未だにちょっと怖さが残ってはいますが、
全体的には、とても良い意味で、方の力が抜けた感じの小説で、
とてもいい雰囲気を抱えています。



2012/12/7 23:31




追記:
そういえば、これで村上さんの長編小説は
全て読んでしまいました。
ちょっと残念。


これからは、また今までの長編小説を読み返したり、
または、まだ読んでいない短編小説やエッセイなどを
読んで行こうと思います。





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December 01, 2012

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September 16, 2011に出版されたらしい。
先日まで知らなくて、
知ってからすぐに買って、
今日届いた。

めちゃくちゃ大きくて、
とても重いです。
「教科書」を通り越して、
「図鑑」という感じです。

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彼らの歴史が、数々の写真とともに紹介されています。
内容もかなり細かく、色んな視点から書かれています。
ファンとしては嬉しい限りです。

*****

最近はスティーヴン・タイラーの自伝を読んだり、
また、昔の音源を聴いたりしていますが、
つくづく、1970年から活動を初めて、
今でも生き残っていて、かつ世界的に人気があるなんて、
すごい人たちだなあと思います。


*****

エアロスミスに関することは、
いくら読んだり、聴いたりしていても飽きません。
良い英語の勉強にもなっています。

2012/12/1 20:27


下は2006年、LAのStaples Centerでのライブの後の写真。
俺はこのとき実際にその場にいたので、それを考えるとなんか嬉しい。
IMG_6761





追記:ちなみに、
この本なり、
スティーヴン・タイラーの自伝なりを読んでいると、
今まで知らなかった単語がポンポンと飛び出して来る。

それは、音楽用語だったり、
スラングだったり、
麻薬関係の言葉だったり、など。

スティーヴン・タイラーの自伝
"Does The Noise In My Head Bother You?"は、
Steven Tyler本人によって書かれているが、
どの文章もリズムがあって、
ライムを踏んでいたりするので、
読んでいてすごく面白い。

同時に、彼はドラッグに浸った後に、
それから抜け出るリハビリに入ったり、
または、膝や足の怪我をして、その治療をしたりしているので、
それらに関する描写や、
医療用語などの専門用語もたくさん出てくるので、
本当に良い勉強になる。

知らない単語や言い回しが出て来ても、
大体は知らなくても、
そのまま文章の流れで読み進める方が楽しいし、
意味も、大体のゲスで合ってるんですが、
実際にその単語を辞書で調べてみると、
これまた新しい発見があったりして面白い。

*****

やっぱり、語学の勉強なんていうのは、
それを通して、自分が知りたいこと、
やりたいことがあるから、身に付くもんです。
そして、それらが、
語学を勉強しようと思う一番の動機でもあります。


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November 13, 2012

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ものすごーーーーく面白かったです。
たくさん感じることがありました。

新潮社より(2012/5/17)に発売。

*****

1980年生まれの日本人留学生である著者が、
カナダの大学を出た後、
ハーバードのサマースクールを取り、
そこで取った日本史のクラスに違和感を感じて、
その後、プリンストンで大学院を卒業し、
ハーバードで日本史のクラスを教える様になるまでの過程、

それから、
実際に彼女がクラスで教えている内容、

そして、
彼女のクラスの様子などが、
描かれています。



この本を読み終わると、
まるで、自分も一緒に、
彼女の辿って来た留学生から教授になるまでの道を、
経験していくような感覚に陥ります。


*****


元々は数学とライフサイエンスがメジャーだった彼女が、
その後、歴史を自分の専門にし、
最終的には、ハーバードで教える教授にまでなってしまう様は圧巻です。

他にも、毎日ピアノを弾くこと、
その日にあったことを、
日記代わりに、絵にして一枚ずつ描いて行くことなど、
読んでいて、色々と触発される部分が多くありました。


*****


まるで、自分もまた、
留学をしていた頃に戻ったかの様な、
そんな清々しさを覚えました。


*****


最後に彼女はこう占めています。

「いつでも自己新記録の更新を目指すことだけがモットーで、あとは心の赴くまま。」

「可能性はいつも無限大。」


まさにその通りです。


とても良い本です。
ぜひオススメです。

2012/11/13 22:09




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October 27, 2012

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エクスナレッジより(2012/6/30)に発行。

とても面白い本だった。

本の著者は、実際に共感覚を持つ人で、
文字や言葉を見たり、
音楽を聴く度に、
色を感じるとのこと。

*****

ちなみに、妻も共感覚を持つ一人で、
人のオーラが見える。

また、文字を見たりして、
その性格や印象などを、
バッと言い表すことができる。


付き合い出してすぐに、
彼女が人のオーラの色が見えることを知ったんだけど、
実際、その人のオーラというのは、
基本の色は決まっていて、
それが、その時の環境や心境の変化、
及び、その人の成長などにより、
色が変わったり、
濃くなったり薄くなったり、
変な線が入ったりと、
様々に変化する。


そして、一度、
彼女と一緒に、
自分たちのまわりにいる人たちの名前と、
その人のオーラの色を、
360度の円に虹色のダイアグラムを作り、
そこに名前を当てはめていった。

もちろん色の濃さ薄さも当てはめて。

すると、同じ色の傾向にいる人たちは、
その人同士の基本的な性格などが似ていることが判明。

これは、彼女も最初は意識せずに、
ただ、会う人会う人のオーラが見える、
とだけ話をしていて、
色とその人の性格に何か関係性があるとは考えていなかったので、
実際に二人でこのダイアグラムを作った時には、
「おおー!!」と感動した。


*****


ということで、全く本のレビューになっていませんが、
共感覚を実際に持つ、様々な人たちへのインタビューが
まとめられた本。

この本の中には、
ビリー・ジョエルも出て来て、
中々面白いです。

*****

ちなみに、この本によると、
つい数百年前までは、
共感覚というのは、世間的に当たり前の様に認められた存在で、
それが流行であった時代もあったとのこと。


しかしいつの間にか、
「共感覚」という感覚が存在すること、
またその存在自体も社会的に忘れられ、
実際に共感覚を持った人たちが、

「私が、文字を見たり音を聴いたりして、
色を感じるこの感覚は、一体何なの?
私しか感じないものなのかしら?」

と、その感覚こそが、共感覚であることを、
認知することができない時代が最近まで続いてきたそうな。

そして、ここ最近で、
また、社会的に、
「”共感覚”というもの自体が存在すること」
が、再度認知され、広まってきたそうな。


そういった歴史を見ると、
社会、および人の考えや常識というのは、
それまでは当たり前であったものが、
完全に忘れられてしまうことが、
いとも簡単に起こるものなんだなと、
何か不思議な感覚を覚えた。


*****



ちなみに、この本の中でも触れているが、
共感覚がどのようなものかは、
『レミーのおいしいレストラン』と
『路上のソリスト』
の映画の中で、うまく表されています。

(実際、PIXARのスタッフは、
『レミーのおいしいレストラン』を作る際に、
共感覚を持つ人にインタビューをしたことが触れられている。

レミーが、人間の家かどこかから
チーズと何かを一緒にかじるシーンがあるんだけれど、
そこで、レミーの頭の中にイメージが浮かぶシーンを
共感覚をもつ人たちに見せ、
それが実際に彼らが感じる様子と近いかどうか、
真実味はあるかどうかをの意見を聞き、
映画が劇場で公開された後にも、
その後のDVDリリースに合わせて、
既にある映像を修正することも試みたそうな。)


*****


僕は共感覚は持っていませんが、
お酒を飲んでいい気持ちになって音楽を聴いたりすると、
その感覚に近いものが生まれます。


2012/10/27 14:02





追記:

ちなみに、この本の中で、
共感覚を持つ人のことをこう記しています。

「また共感覚者は、生まれながらにして、他人の痛みを本当に感じるエンパス(訳注:共感能力者。他者が感じたことを、自分のことのように体感できる能力をもつ人)でもある。その原因とされる「ミラー・ニューロン」という神経細胞が、そうした人たちの脳で発見されたのだ。」(p.16)

これを読んで、「ああ、なるほど」と思った。

妻は、よく、
テレビや映画を見たりしながら、
誰かが怪我をしたり、何か痛いシーンがあると、
「いたたたた・・・」と言いながら、
本当に辛そうに顔をしかめて、
画面から目をそらすことをします。

また、俺が、
誰かが怪我をした話などをすると、
その話の詳細を聞きながら、
やはり「いたたたたた・・・」と言って、
すごく痛そうにしています。


以前、何かの本で、
女性の方が男性よりも、
他人の痛みなどを本当に感じる能力が優れている、
ということを読んだことがあるけれど、

それ以上に、
彼女は共感覚も持つので、
「女性+共感覚者」
ということで、最強に誰よりも
人の痛みを、本当に感じてしまう能力が
高いんだろうな、と。




これで、妻が、
痛いシーンをテレビで見ながら、
「いたたた」と本当に痛そうにしていた謎が解けました。


それに比べて、
俺はそういうのが疎いなあ、と思います。







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講談社より(2012/7/25)に発行。

ここ数年の世界情勢がよく分かる本。

*****

一度、NHKの「地球テレビ100」で流された内容を、
そのまま活字にまとめた形なので、
正直言って、読みにくい文章が何度か見受けられる。

どうしても、文章を書いている当本人は、
既にその内容を理解しているので、
自分に分かり易い様に文章を書いてしまうものだけれど、
初めてその話題や情報を知る人間は、
その情報の基礎知識がないまま読むため、
そこに(本来はあるべき)何かしらの言葉が略されたりしていると、
「ん?」となってしまう。

あとは、純粋に句読点の打ち方が宜しくない為に、
ただ単に読みにくい文章になってしまっていたりもする。

人のことは言えませんが。


*****


そんな意味でも、
誰が読んでも分かり易く、
すらすらと読める、癖のない文章を書くということは、
非常に難しいことなんだなというのを、
改めて感じる。


2012/10/27 13:38






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ミシマ社より(2012/8/5)発行。


中々面白い本。
タイトル通り、365人の本屋の店員が、
自分の一番オススメの本、
また、それに関連する他の本(2冊ずつくらい)も薦めてくれている。
よって、この本の中だけで、
1000冊近くの本を知ることができる。

後は、自分が興味のある本を読んでみれば良い。

普段本を読んでいても、
どうしても自分の好きな作家やジャンルに偏ってしまうので、
こういう本により、
他の人の意見も聞きながら、
色々な本の存在とその面白さを垣間みれることは、
とても嬉しい。

*****

ちなみに、この中で
村上さんの「カンガルー日和 」が紹介してあって、
その中の
「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
が大好きと書かれていた。

妻もこの本が大好きで、
俺も妻にこの本を貸してもらって読んだ。

もちろん、
この本についてのページをめくった後、
さっそくその話を読みましたとも。


2012/10/27 13:29



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徳間書店より(2012/3/23)発行。

*****

中国人と日本人の違いを書き連ねた最初のパートが面白い。
自らの仕事を通して、中国人の文化や、
彼らのことを熟知して来た著者の書く文章は、
なかなか面白い。

*****

中国という国は、日本と同じアジアではありながらも、
その国の在り方、
国民の物事の考え方、
人生の見方は、全く違う。

よって、「同じアジア人」として見てしまうと、
全くコミュニケーションが取れなくなる。


*****


自分は留学をしていたにも関わらず、
なぜか留学中は中国人の友達は余りいなかった。
たまたま、中国人の友達をつくるチャンスが余りなかったせいかもしれないが、
それでも、彼らのことを「良く分からない状態」で今もいるのは、
ちょっと惜しいなと思う。

(国は全然違うが、台湾人の友達はたくさん出来た。
留学中に一番仲良くなった友達の一人も、台湾人だし。
同じ中国語を話す国とはいえ、
台湾と中国ではまた全然違う。)

*****

2012/10/27 13:21





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October 25, 2012

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タイトル通り、
ユニクロ・ファーストリテイリングの経営者、
柳井正氏の書く、ビジネス書です。

朝日新聞出版より(2011/6/13)発行。

面白かった。

*****

彼の本を読んでいると、
非常に潔いな、と感じ、
読んでいるこちらも、背筋がピシっとしてくる。


彼のこの本を読んでいて思った。

自分を人と比べたり、
自分の過去の軌跡に自信がなくなるときというのは、
決まって、
「今」、目の前のこと、
自分がやるべきことに、集中して打ち込んでいないときじゃないか、と。

自分が歩む道は、
「自分」という人間だけが歩む道であり、
自分の人生の主人公は、自分である。

そんなときに、
自分の役を放っておいて、
周りの人たちの状況や行動ばかりが気になり、
自分の今までの道のりや、過去の行動を気にし出すのは、
決まって、
自分が、目の前の道に集中していないからだ、と。

*****

ビジネスマンは、仕事で結果を出してなんぼ。
そして、自分の仕事に、
これ以上ないくらい集中して、かける。


基本的に、損得勘定で仕事をしたり、
「いかに早く仕事を終えて帰るか」
「いかに仕事を溜めないか」
ばかりに仕事のやりがいを感じて仕事をしていると、
やがて、仕事の楽しさを忘れ、
仕事=いかに早く終わらすか、
の価値観が根付いてしまう。


上に挙げた目標ももちろん大事だが、
それ以上に、
仕事を通して、何かを成し遂げてやろう、
そういう大きな眼差し、展望がないと、
自分の仕事は、つまらないものへと化してしまう。

そしてひとたび、
そういう「ラクなやり方」に慣れてしまうと、
人間は、それが当たり前になり、
それと、そうではない働き方(つまり上で言う後者の働き方)
の違いに気づかなくなってしまい、
いつのまにか、
「今日も早く一日が終わればいい」
と心の中で思う日常へと埋没してしまうものだ。


そして、そんな日々をある程度過ごして、
あるとき気づく。

「え?こんなにもう年月が経ったの?
俺って、もう◯◯歳なの?」と。

*****


柳井氏はこの本の中で言う。

人間のピークは25歳であり、
人間はその年齢までは成長するものの、
それ以降は、本気で勉強を続けて行かないと、
成長はあっという間に止まってしまう、と。


彼は、25歳からの10年間を、
いかに本気で勉強したかが大事だという。

俺は先日29歳になり、
内心、「もう29歳になってしまった」と焦っている。

もう、来年は30歳であり、
30歳イコール、40歳まで10年しかないから。


最近良く思う。

25歳くらいまでは、
まだまだ、何となくのほほんと、
「俺はまだ子どもだし」
くらいの精神レベルでいられたし、
それを、社会も許していたけれど、
もう流石に、29歳ともなれば、
立派な大人で、
中堅社員だということ。

まだ今の会社に入社して半年だとか、
そんな余いメンタルでいては、
気づいたら、
「俺ってもう35歳なのに、
大した仕事もできていねえ」で終わってしまう。


*****


この日記の一番最初の方に、
周りの人間と自分を比べ出す時は、
なんちゃらかんちゃらと書いたが、
それは正に、ここ数日の俺の今の心境であり、
それは、
自分の年齢が変わったことと、
今、やるべきことを、きちんとしていないことから来る不安であったことを、
この本を読んでいて、ふと気づいた。


*****


そして最後にもう1つ。

彼はこの本の最後でこう締めている。


「若い頃は、体力はいつまでも持つと思うが、
心と体を限界以上に苦しめる仕事の仕方をしていると、
ある時に取り返しがつかなくなる」と。


それは、俺は今までの人生で十分身に沁みて感じており、
睡眠が如何に大事かということも感じている。


疲れている時には、
夜は早めに寝ることが、何よりも大事だ。

22時すぎには寝て、
ぐっすり眠れば、
次の日は、朝からスッキリした頭で仕事に集中出来る。

そして、そんな生活が、
非常に大事である。

*****

ということで、もう寝ます。

2012/10/25 22:12





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