People who ispired me-触発された出会い

September 25, 2011



今日は、大事な会員さんが来店された。

去年の九月に渡航された、Tさん。
彼は、カナダのトロントに行き、
三ヶ月後に、バンクーバーに移った。

彼は、うちのカウンセラーのIさんの会員さんで、
俺の会員のKさんとかなり仲良くなって、
去年の九月には、彼らと、彼らの彼女さんたちと、
おれの五人で、飲みに行ったりした。

去年の十二月に、彼が一時帰国された際にも、
俺と、俺の彼女と、
Iさんで会ったりした。



先日、
月曜日に日本に一時帰国したとのことで、
彼より連絡があった。

10月にまたカナダに帰ってしまうが、
その前にと、会いに来て下さった。

、、、、、


久しぶりに会うTさんは、
全く変わっていなかった。
むしろ、以前より超元気で、
パワフルになっていた。



今回彼は、
ワーホリが終わって帰国されたんだけど、
ある縁があって、カナダに残る道が開け、
また10月にカナダに戻り、
そこからワークビザの申請をする予定。



今日は、一緒にランチに出て、
その後も、一時間半位、
語った。


、、、、、


彼と話していて思ったのは、
「人生の根本って、
楽しいもんだよな!」
ということ。


彼は、
カナダに行き、
随分と変わったみたい。
変わったというか、
道が一気に開けた、という感じ。


彼は、
もともと人事職をされていたが、
日本の人事制度に疑問を感じ、
日本に別れを告げ、
海外に飛び立った。



久しぶりに会う彼からは、
パワーが溢れていた。

なんか、おれが留学一年目に、
日本にひさびさに帰って来て、
パワーが満ち溢れている、
そんな感じだった。


彼と話をしていると、
留学時代に感じていたが、
完全に最近忘れ切っていた、
感覚、気持ちを思いだした。


、、、、、


彼が大戸屋で言ってたこと。


「本当に大事なのは、英語力じゃない。

ヒューマンスキルなんですよ」と。


ヒューマンスキルとは、
要するに、
人間力、
人の魅力、ということ。



彼は言っていたが、
ビジネスというのは、
結局、人の縁で繋がるもので、
それを手に入れるために、
最終的にカウントするのは、
人の魅力、
ということ。


俺はよく、彼女と、この事を話していたので、
まさにそうですよね、と、
頷くしかなかった。


、、、、、、


今回彼が、
カナダに残れるようになったのは、
彼がバンクーバーに移った際に、
住むことになった家のホストファーザーが、
なんと、カナダでも有名な企業のオウナーであり、
ビジネスを所有する家族だった、ということ。



Tさんはよく、
彼の家で、同じ学校の生徒を相手に、ホームパーティーを開いていたらしいが、
その際に、その様子を、
ホストファーザーの彼が見て、
Tさんの能力を見抜いたそうな。


それは、
「誰にも好かれる」という力。

誰にでも話しかけて、
すぐに友達になり、
みんなをまとめる。


そんな力を持つTさんを、
ファーザーの彼は、
「お前は素質がある」と見抜いたらしい。



、、、、、



そんなTさんは、
今日も、うちのオフィスで、
大きな声で、元気良く話しをしていた。

近くを通り過ぎる、うちのカウンセラー、
または、カウンセリング中の俺のお客さんに、
次から次へと、声をかけては、
しゃべって、仲よくなっていた。





海外ではよく起きる、
隣にたまたま座った人と、
いつのに間にか話し出して、
気付いたら、超仲よくなって、
番号交換して、
そっから、友情が始まったり、
ビジネスがはじまったり、
という関係。



思えば、
俺も留学中は、
一緒に住むシェアハウスの仲間とか、
仕事とか、
全部、人づたいだったよね。


最初は、
友達も誰もいない状態で、
その国に飛び込むんだけど、
気づくと、
何人もの友達ができている。

それは、海外で身につけた、
確実な力であると思う。



、、、、、



もう一つ彼が仰っていて印象に残ったことは、

「ビジネスとは、
本来、シンプルなものだ。」ということ。
(これは、彼のホストファーザーに言われたことらしい。)


で、同時に、

「ビジネスは、2人の人がいたら、
両者がともに、Win&Winになって、
それで、利益が生まれるものだけと、
今の日本は、
その本質を忘れて、
利益ばかりに目を向けているから、
うまく行かないんじゃないか」ということ。



、、、、、、



彼曰く、

日本の人事制度は、
根拠のない、
「必要条件:職務経験三年以上」などの理由で、
経験が二年と十一ヶ月の者を、
書類で落とすが、
実際、その「三年」には、
何も根拠がない。


逆に海外は、
志願者のレジュメに、
今とは全然違う分野の仕事経験が載っていれば、
全く違うその経験を、
これから始める今の仕事に、
どうにか繋げられないか、と、
面接をする方が頭を使うらしい。

つまり、何でもプラスにとらえると。



だから、海外では、
「キャリアアップ」となるが、
日本では、
「キャリアアップ」と唄いながら、
実質は、その分野での経験が無いと、
書類すら通らない始末。


そこに彼は、
日本で人事をしていた時に、

「日本の人事制度は、
本当に良い人材を、
見落としすぎている」と、
フラストレーションを抱えていたそうな。


、、、、、、


日本では、
新しいビジネスが出て来たら、
それを大手がマネして、
飲み込むか、

または、いじめに遭い、
食いつぶされる。



しかし海外は、
新しいビジネスが出て来たら、
他の会社も、
「それ、面白そうじゃない?
俺たちも何ができるか見てみようよ」と、
一緒に、そのビジネスを大きくすることを
考えるらしい。

(もちろん、ダメなものはダメと非難を浴び、
一気に消えて行くらしいが。)




そんな環境だからこそ、
人々は、新しいビジネスにどんどんトライし、
若者が新しいビジネスを始めて行きやすい。

そんな環境が、
海外には広がっているという。


*****


彼と話をしていて、
非常に刺激をもらった。

同時に、
いかに俺が、日本の社会で、
疲れきっているかを、感じたよね。


彼は言っていた。
「日本の社会は、洗脳ですよ。」と。


本当だよね。

その社会で、如何に生き残って行くか。

それとも、視点を変えるのか。


それは、自分次第。


*****


とにかく、良い出会いだった。
彼のホストファーザーは、
今回北京に出張があるとかで、
そのついでに、日本に10月の半ば前によるらしい。

その後、彼はカナダに帰っちゃうけど、
もう一回会う予定。


2011/9/25 2:16am






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March 20, 2011


文字に落とす事。
それは、自分が経験した事を、
客観的に振り返ることで、
自らの体験を、学びに変える事が出来るし、
自らの立ち位置を、客観的に見るには、
とても重要な事。

俺は、留学した19歳から、
毎日日記を欠かさず書いていた。
たまに書かない日もあったけど、
留学していた6年間は、
ほぼ毎日、日記帳に思いを書き留めた。
だから、その日記帳は、20冊近くなる。

*****

日記を書いたり、ブログを書いたり、
自分の経験を言葉にしないと、
気持ち悪くなる。
同時に、最近は年齢を重ねたせいもあるのか、
以前経験した事を、二十歳の頃の様に、
鮮明に思い出せないことがある。
最初はショックだったが、
それも、年齢を重ねた事を思えば、しょうがない。
しかし、こうして文字に残しておくと、
後で何度も読み返す事により、
その経験が、何度もリプレイされるので、
その記憶は、強くなり、忘れなくなる。

だから、見た映画、読んだ本、
会った人の事、
そして、それらを通して感じた「思い」「感情」「考え」、
そういったものは、残しておきたいと思う。
それらの「感情」は、一過性であり、
後で何かしらのきっかけで、その感情を
思い出す事はあっても、
その時の「感覚」は、ずっと長続きするものではないから。

そして、その時の「ポイント」を残しておく事で、
後で数年後に読み返した時、
自分の成長が見れる。

俺が日記を書くのは、
上記の2点にある。
1、自分の経験を客観的に見る事で、そこから学ぶ事。
2、自分の成長記録として、「今」のポイントを残す事。

******

出だしが長くなったが、
今日書きたかった事は、先日地震が起きた11日に
いらっしゃっていたお客様との出会い。

******

彼は、D&Gで働いている26歳。
非常に落ち着いた方で、見た雰囲気はイチローの様な感じ。
とても小奇麗にされていて、
お会いしてすぐに好感を持てる方だった。

彼とは、地震が来る前、1時間半近くは、
いつも通りブースで話をしていたが、
地震が来てからは、一緒に非常階段を使って下まで降りて、
そのまま、帰宅命令が出る17時頃まで、
2時間近くも、立ちながら話をしていた。

*****

彼とは、ブースにいる時には、
中々深い所まで話が出来なかったけど、
いざ下に降りて、外の景色を見ながら、
(実際には、慌てながら下に降りてくる住友ビルのスタッフを横目で見ながら、)
色々な事を話した。

*****

まず俺が気づいたのは、
いかに俺が、彼の話を”聞いて”いなかったか、ということ。

彼がどうして留学をしたいのか。
その理由となる”要”を、ご来店されて最初に行うヒアリングの時点で、
彼は幾つも言っていたのに、
(元々野球が好きだったこと、
今の会社にどうして入ったのか、
どうして、留学をしたいのか、
今後、どうして行きたいのか、等)
それらの大事な彼の言葉を、
俺は結局、聞き流していた。

それに気づいたのは、
彼と下に降りて、
彼の事を”お客さん”として見るのは止めて、
一人の”男性”として見始めてからの事。

いつもブースにいる時には、
いくらお客様の事だけを考えようと思ったって、
結局は、自分の数字の事を頭の端っこで考えている自分がいる。
それは、完全に自分のエゴであり、
やっぱりどこかで、その人が如何にしたら、
申し込んでくれるかを、計算しているわけ。

そういう時の自分は、
本当に100%、純粋にその方の人生を考えているかと言ったら、
少なくとも俺サイドで物事を考えているわけだから、
そうでは無いし、
そういう状態で、お客様の話を聞いていても、
聞いているようで、実は、”聞いていない”。

そんな失礼な事をしている、ってことを、
下に降りて、彼と再度「語り合って」から、
気づいた訳です。

******

彼は元々、野球部に所属していて、
将来も野球をやろうかと思った時期もあったらしいんだけど、
ずっとアパレルが好きで、今は上に書いた、
D&Gで働いている。

店に実際にどんな人が来るのか、
彼らのステイタス、金銭面の羽振りの良さ、
そんな事を聞くのも面白かったが、


彼と話していて、本当に”面白いな”と思った瞬間は、
彼と俺との、『価値観の違い』に”気づいた”時。

*****

彼は、アパレルが好きで、
アートも好き。
彼は、休みの日には、映画を立て続けで5本観る事もあるそうな。
何の為に観るかというと、
それらの映画を通して、色々な事を感じたり、
新しい刺激を受けたり、アイディアを思いついたりするのが
好きだから、ということ。

彼の夢は、広告に携わる事。

働く業界は、今いるアパレルの業界、というイメージが
今は一番強いが、
それはあくまでも、今自分がアパレル業界に現在いるので、
そのイメージが強いだけであり、
自分が軸を置くメインは、
あくまでも「広告」だということ。

ではなぜ、広告か?

彼曰く、
例えば一つの広告用の看板やポスターを作った際に、
それをみた100人の人が、
それを同じ様にどう感じるか、
どこまで、同じような印象を持たせるか、
そこを考える事に、凄い面白さを感じるという。

実際に人が100人いたら、
例えば同じポスターを見ても、
感じ方は人ぞれぞれ。
しかし、メーカーやブランド、
それらの会社は、
一つの広告を作って、
如何に、同じようなイメージを、
世の中にいる数億の人々に与え付けるかに、
力を注いでいる。


上に書いた事を彼が話していたとき、
最初俺は、その”面白さ”が余り理解できていなかった。
ただ、「なるほど」という程度だった。

しかし、彼とその後、
色々なアートの話とか、
建築の話とか、
映画の話とか、
色々な事を話すにつれて、

彼は、
「自分が一つのモノを見た時、
自分が感じるその感覚と、
同時に、他の人がその同じモノを見た時、
その人が感じる感覚は、
必ず違うものであって、
その『両者の”感じ方の違い”』を、
考える事が、
本当に楽しい」、ということだった。

それに対して俺は、
人がそれを見て、どう感じるかには、
余り興味が無く、
「自分がそれを見て、
どう感じるか、
どう”感じた”か、
そこに、一番興味がある」、ということだった。

簡単に言ってみれば、
この世の中を、大きな宇宙のイメージで捉えて、
その中に、例えば100個の星(100人の人)
がいた時、
そして、全員が、真ん中にある一つの太陽(対象)
を見ている時、

俺は、
自分という星が、その太陽を見て、
「どう感じるか」、「どう感じたか」、
にしか興味が無いんだけど、
(だから、自分がどう感じたかを日記に書く事が好き)、

彼の場合は、
自分がその太陽を見て、どう感じたかももちろん大事だけれど、
それ以上に、他の99個の星の人たちが、
その太陽を見て、
感じている感覚、感想の『違い』、
それにフォーカスする事が、楽しい、ということ。

そして彼は、
出来ることなら、
皆の感じ方が違うことを前提に置いた上で、
一つの星を作り出し、
その星を見た時、みんなが大体、
同じ様に感じてくれるには、
どうしたら良いか、
それを考えることが、何よりも楽しい、ということ。

******

上の例は、別に彼が言っていたのでは無いが、
俺は、彼の話す話を聞きながら、
自分の感じ方も脇に置きつつ話を聞き、
ふと、上のイメージが湧いた訳。

なので、彼に言った。
「僕は、自分がどう感じるかにしか
余り興味がないんですけれど、
○○さんは、他の人と自分の感じた方の”違い”を
考えることに、何よりも興味を覚える方なんですね」と。

******

俺は、その方と話をしていて、
そんな風に、今まで自分が気がつかなかった
自分の価値観、及び他の人の価値観との違いを
感じるのが楽しかったし、
たわいもない話をしながら、
ふと、そんな「感覚的」な発見が出来たことが、
凄く嬉しかった。

俺が、人との出会いで、
本当に嬉しいな、と思えるときは、
こんな風に、それまで自分が気づかなかった
感覚、
それらを、その対話を通して、
”掘り起こす”とき。

脳の中の、全然使っていない場所を使って、
今まで無意識に気づいていたか、
または、全然気づいていなかった領域の分野を、
掘り起こした感じがするとき。

一言で言うと、”気づき”。
それを知る時、
自分は、もう一つ、自分の心の深さを深くした気がするし、
自分の成長の土台を、一歩だけ上に固めた気がする。

*****

そんな風に勝手に俺が意気投合してからは、
彼にはありったけの俺の知識で、
彼の人生にとって、これからどうしたらいいであろうかを
アドバイスした。
英語の勉強の仕方しかり、
海外に行くときの方法しかり、
とにかく、自分の親友の様に、
俺の持っている知識は、全て惜しみなく伝えた。

*****

それから彼も、
今自分がハマっている本の話とか、
(仏陀の教えの話)
最近見て触発された映画の話とか、
(ジュリアロバーツの「食べて、祈って、恋をして」を見て、
彼がどう感じたか。
この映画は、会社の後輩が見て、
「いやあ、最高に面白くなかったです!」
と強調して言っていたので、見ていなかったが、
やはり彼の意見を聞くと、
話が長過ぎたとはいえ、自分の今の状況に照らし合わせて
見て、何か感じるモノがあったので、
とても良かった、というのを聞いて、
やっぱり、人が100人いたら、
100通りの感じ方があるんだから、
自分がそれを経験するまでは、
それを人の意見でジャッジしてしまうのは、
良くないなあ、と感じた。)

後は、トヨタのトップセールスマンの話とか、
そんな話をして、17時過ぎまで時間を忘れて語り合ったのでした。

*****

彼とはお会い出来て本当に良かったと思う。
こうして、色々な貴重な出会いが、
俺には、今の仕事を通して与えられる機会が多々あるんだな、
しかし、俺が自分の売り上げを頭の隅に少しでも考えている以上、
そういう貴重な『機会=チャンス』が目の前に転がっていても、
それに気づかずに、スルーしてしまうことが、
多々あったんだろうな、
と、感じた。

それは、俺の人生にも言えることであると思う。
先日読んだ、「人生逆戻りツアー」にもあったが、
天使は、自分の人生で、要所となるところで必ず、
何かきっかけやメッセージを与えてくれている。
そのきっかけに気づくのは、
自分の心次第。
目の前にあるものを、見ようとするか、
それとも、自分の頭の中にあるディストラクションに、
気をそらされてしまい、
それに気づかなくなってしまうか。

******

長くなりましたが、
その方との出会いを通して、感じたこと。

2011/3/20 10:26am



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March 19, 2011

2011年3月19日(土) 21:35 〜

今日は俺の高校時代の先輩のO先輩と会って来た。
彼と最後に会ったのは、去年の4月だった。
彼が台湾に帰る日の前日に、彼の家に泊まりにいって、
次の日は成田空港まで送りに行った。
(この日記を参照)

彼は3年ほど、台湾で先生をやっていた訳ですが、
今年の1月頭に日本に帰って来て、
今日、久しぶりに会いました。

彼と俺が住んでいる中間距離の津田沼で会って、
そこから千葉寺駅の近くにある「笑がおの湯」っていう
スーパー銭湯的なものに行って来た。
彼のご両親が京成の株主という事で、
ここも安く入れました。
(ここはOさんにおごって頂いた。有難うございます。)

朝の11時前から銭湯に入り、
13時くらいまで、2時間以上風呂に浸かった。
久しぶりに銭湯に行けて、嬉しかった。

*****

彼と文字通り裸の付き合いで語りながら、
この1年でお互いに起きたことを色々と語り合った。

彼も、今年の1月に日本に帰国してからは、
色々と考える所もあったみたいだけど、
今は、自分の次のステップを決め、
前進しています。

彼とは、俺が高校3年の頃、
トフルゼミナールを通して知り合った訳だけど、
それから、随分仲良くして来た。

今日、帰りに成田駅から
姉に車で迎えに来てもらった時、
姉に、Oさんとの出会いの経緯を聞かれて、
それを話しながら、
「そういやあ、彼とは特に学校が同じだった訳でも無いし、
塾でクラスが同じだった訳でも無かったのに、
どうしてここまで仲良くなったのかな」と考えていた。


今日もOさんと話していたが、
「俺たちって、落ち着かないよね」と。
それは、お互い、自分の目標に向かって、
絶対に落ち着かないというか、
それを叶えるまでは、絶対に満足しないタイプだということ。
なので、お互い、いつも悩んでいるし、
且つ、お互いに会った時には、
そこまでに乗り越えたお互いの軌跡を、
色々と報告し合うたびに、
「色々あったんだな」という感じになるけど、
同時に、いつもこうして、
お互いの存在が、鼓舞し合える仲というか、
お互いに触発され、次に会う時には、
「またこれだけ成長したぜ」と言い合える仲でいよう、
という感じでいられて、非常に嬉しい。

今日も、Oさんが、
今年の1月に日本に帰国してから、
色々悩んだ末、今に至るまでの経緯を話してくれた後、
「俊輔にまたこうして、良い報告が出来る状態で良かったよ」
と言っていた。

思うけど、男友達って言うのは、
お互いに、ヤバい時に助け合う存在でもあるけれど、
どちらかというと、お互いライバル、
そんな存在のヤツには、
自分のかっこ悪い所は見せたくないから、
そういう状態でない様に、頑張り、
もしも、ヤバい状況に陥ってしまったら、
そこを早く抜け出して、早く、
「俺、またここまで来たぜ」
そんな風に、胸を張って、相手に会う。
そんな関係であると思う。

Oさんも、俺に取ってはそんな人なので、
今日も、お互いに、それぞれの状況を報告して、
「常に、数ヶ月に一回はお互いの状況を報告して、
もしも相手が自分の目指す目標に対して、
進んでいいなかったら、
『それってヤバいじゃん?』と言い合えるような、
そんな関係でいたいっすね」と、
約束をして来た。

お互い、根が正直なタイプだから、
自分の誇れる様に生きていないと、
誰かに今の自分の状況を説明する時にも、
心の奥底から胸を張って堂々と言えないし、
何しろ、心がスッキリしないタイプ。
よって、お互いにいつも、
自分の人生の目標に向かい、
正々堂々と生きていたい。

*****

とまあ、そんな熱い語りを、
熱い風呂に浸かりながらした後は、
その銭湯の食堂で飯を食い、
俺はしっかりと昼寝をして、
その後は、俺たちのお決まりの場所、
サイゼリヤを近くに見つけて、
そこでワインを飲みながら、
色々とどうでもいい事ばかりを語っていた。

彼と会うと、最初は真面目な人生の話をするんですが、
最後はどうでも良い話で終わりますな。笑
そんな、何でも話し合える仲がいい訳です。

*****

それと、彼は去年、
自分の本が出版されたらしい。
彼が大学院時代に書いた論文のアウトラインを、
アメリカ、ペンシルヴェニア州の
とある大学の教授が、
オンラインで見つけ、
彼に、「全文を送ってほしい」と依頼したそうな。
その後、もしかしたら、
そのまま、彼の論文が、
出発されるかもしれない、
というのは、去年の4月に会った際に、
言っていたんだけど、
その月、本当に、
出版がされたらしい。

基本は海外で売っているので、
日本では、輸入したものを売っているらしいんだけれど、
値段が6000円ほどするそうな。
一番高い値段は、4万円代が付いていたらしい!

なんか、自分の論文が、
出版されるなんて、
すげえなあ、と、感心しました。

こちらをチェック
The Effects of Practical English Self-Study
by Nariaki Onda

_SS500_



*****

そんな訳で、今日はOさんと19時頃まで会い、
また、楽しいひと時を過ごせました。

お互い、30歳には、
自分が目指す所に行き着いている様に、
頑張ろう。


2011/3/19 21:55


PS. 俺が22歳の頃、日本に帰って来て、 彼と会った頃の日記。
懐かしいな。


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March 18, 2011

3月18日(金)

朝8時頃目が覚めて、(ランに顔を踏まれて)
その後10時半から、サラさんと会って来た。

サラさんは、俺の高校時代の友達。
俺は佐原校に行っていたが、
彼女は佐原にある女子校に通っていた。
俺とサラさんは、英語のスピーチコンテストで出会った。
彼女は俺の一個上の学年で、
俺が高校1年の時、
彼女は高校2年生で、
確か、彼女のスピーチが終わった後に、
「英語うまいっすね」みたいな感じで話しかけたんだっけ?笑
という感じで、今日も二人で当時の事を思い出しながら話していた。

9年ぶりに会うサラさんには、子供がいた。
生後11ヶ月の赤ちゃん。
名前はノア。
とてもかわいい女の子だった。

俺が前回彼女に会ったのは、
2002年の7月、
俺がアメリカに旅立つ前だった。
確かイオンモールの中のスタバで会ったと思う。
今日も、停電の影響で電力消費の為、
店内が非常に暗いボンベルタの中のスタバで
3時間位話した後は、
上の階のサイゼリヤで食事を取って、
帰りは成田市立図書館でお互い時間を過ごして、
また近いうちに会おうと約束をして別れた。

*****

前回会ってから、9年。
9年の間に、人はお互い変わるなあ、と思った。
多分中身は殆ど変わっていないけど、
お互いの状況が、変わる。
方や一方は結婚をして、子供を持つ。
一方は、まだ結婚はしていないが、
来年には結婚を考えている。

お互い、前回会った時には、
高校を卒業したばかりの、18歳、19歳だった。

約10年という歳月は、
人の状況を、変えるもんだなあ、と、
しみじみと感じた。

****

サラさんの赤ちゃんは、とても可愛かった。
目がとても大きくて、ほっぺはふっくらしていて、
何か見ていて、とても和やかになった。

全然人見知りをしない子で、
スタバにいる時も、まだ11ヶ月なのに、
どんどん歩いて、店内にいる人に、近づいていく。
みんな、「こんにちは〜」とか、
「あら、かわいいねえ〜」とか言って、
笑顔で声をかけてくれる。

ここ数日は、姉貴の飼っている犬のランと一緒に
散歩に出かける事も多いが、
これもまた同じで、
犬と一緒にいるだけで、皆声をかけてくれる。
「あら、かわいいね〜」とか、
「ほら、ワンちゃんだよ」とか。

子供を持つと、皆、町の人が優しくなるって、
前に別の方も言っていたけど、
こうして見てみると、人って、
繋がっているもんだな、というか、
人の温かみみたいのを、感じる。

特に俺は、毎日横浜から新宿まで通って、
「他人は他人」という構造の中で
日々を過ごしているから、
こういう、町の人との触れ合いというのが、
物珍しいというか、こういうのに飢えているんだろうね。

*****

そんなわけで、相変わらず俺の自己回想で終わりましたが、
久しぶりに高校時代の友達と9年ぶりに出会えて、
昔を思い出し、かつ、お互いの成長を垣間みて、
楽しいひと時を過ごしました。

2011/3/18 18:10


追伸:
それと、さっき成田図書館で色んな本を見ながら、
自分がまだこの町に住んでいた頃の事を思い返していた。

思えば、俺は高校までは、
しょっちゅうこの図書館に通って、
基本、ここにある英語の勉強法の本は、
殆ど目を通していたなあ、と。

よくお客さんとかに、
「どんな英語の本を使って勉強したらいいですか?」とか、
友達にも、「どうしたら英語を短期間で伸ばせるか?」
と聞かれる。

そんな時には、俺も今では、
「一番ベストの方法は、好きな洋楽の歌詞を覚えて、
何回も聞きまくって、
好きな映画のワンシーンを覚えて、
それを何度も見て、
後は、六本木とかのバーで、
酔った状態で外国人に話しかけるのが一番だよ」
という回答しかしていないけど、
よく考えたら、
俺も高校までは、
こうして、図書館の英語の本を片っ端から読んだり、
英語の辞書を持ち歩いて暇なときは読んでいたりと、
相当の英語マニアだったんだなと、
当時の自分の努力を思い出した。

やっぱり人は、
ある程度の覚悟と、根気と、
”興味”を持って、
長い時間それに取り組んでいれば、
後に残る何かを残せるもんだな、と、
自分の過去を振り返って、そう思った。

図書館にある、無数の本を見ながら。

*****

あと、この図書館でお世話になったのは、
美術系の本と、
もっぱら自己啓発系の本、
それとエッセイだよね。

美術系の本も、結構片っ端から見ていて、
ボッティチェリとか、ダヴィンチとか、
アントニオガウディとか、
そういう人たちの作品を見ていた。

後は、当時ハマりにハマりまくっていた
落合信彦の本を始め、
自己啓発系の本ばかり読んでいたな。
北野武とかのエッセイも、
極端で好きだった。

*****

まあ、この図書館は、
僕を育ててくれたわけですよ。
やっぱり本は、いいもんです。


18:17






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October 17, 2010

今夜、良太郎と会って来た。
彼と会うのは、2年ぶり以上だった。
2008年、俺が前の会社に就職が決まって、
そのお祝いで8月ぐらいに会って、
それっきりだった。

数日前、彼が連絡をくれて、
今日会う事になった。

俺は仕事だったから、
10時ごろに新宿のオフィスを出て、
東京駅で会った。

1時間ちょっとだったけど、
彼の仕事の事とか、
俺の仕事の事とか、
これからどうして行きたいかとか、
昔の事とか、
色々語り合った。

すっげえ楽しかった。
本当に楽しかった。

やっぱり、昔からの友達っていいな。
しかも、俺と彼は、
高校3年の頃にトフルゼミナールで出会ってから、
留学するまで、一緒に勉強して、
アメリカに行ってからも、機会を見つけてはちょくちょく会って、
日本から帰って来たのも同じくらいで、
今に至るから、
何だか、これまでの10年くらいの道のりの、
同志って感じだもんな。


彼は今、水のプロジェクトをしている。
彼が働いている会社で、新しく立ち上がったプロジェクトで、
3人だけ抜粋される中で、
若手で唯一選ばれたんだって。

やっぱりあいつは、オーラが違うというか、
普通の人間と違うところがあるもんな。
これからドンドンでかくなると思う。

******

今度また近いうちに会って、
今度はお互いの夢を語り合おうと約束した。
お互いに、「俺はこう思う」「こうした方がいいんじゃないか」
「それは甘いんじゃないの」
そういう事を言い合って、お互いに軌道修正する。

そんな事ができる仲。


本当に、財産だと思う。


******

良太郎、会えてよかった。


2010/10/17 2:03am



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January 30, 2010

今は茂木健一郎の「プロフェッショナルたちの脳活用法」
を読んでいる。NHK出版で、「プロフェッショナル」の
100回記念で作られた本。

中には、仕事をする上で、
色々な脳の動きについて書かれている。

その中で、53ページにある
小児心臓外科医の佐野俊二さんの言葉で、
「手術の後に、それを振り返ってメモを書いておくことで、
一回の手術から2回も3回も学ぶことができる」
との言葉があった。

まさにそうだと思う。
俺も、カウンセリングが終わって、
その日の夜に、そのカウンセリングのどこがよかったのか、
どうするべきだったのか、
そうしたから決まったのか、
どうしていれば決まったのか、
その時に発した言葉は、
その時のお客さんの心情は、

そんなことを振り返りながら反芻することで、
一回のカウンセリングから、何度も人間模様、
その後に生かせる経験を学ぶことができた。

10月末までは、上司のOさんに営業報告を提出しなきゃ
いけなかったから、毎日それをやっていたが、
11月からは、それをやらなくなったから、
今、結果が伸び悩んでいるのは、
そのせいだろうなと、強く帰り道思った。

その日一日を、「過ごしっぱなし」では、
そこから得られるもの、学べるものは少ない。

しかし、それを振り返って、
「どうすればよかったのか」
「その日一日のどこがよかったのか」
それを自ら振り返ることで、自分の経験を客観的に見ることができ、
結果、その自らの経験から、何度も何度も学ぶことが出来る。

それをしないと、
せっかくの経験が、もったいない。

***********

また、先日はタリーズジャパンの社長の
松田公太さんの伝記、
「すべては一杯のコーヒーから」を読んだ。

これは、うちの会社が提携している
留学生専門の人事の会社の社長が、
松田さんと直接お会いしてインタビューをしたとの話を伺って、
俺も2008年の6月ごろ、松田さんの
「会社は5年で辞めなさい」を読んで、面白い人だなと思っていたので、
また興味を持って読み始めた本だった。

彼の人生も中々面白いもので、
彼がタリーズをここまで大きくしてきたその経歴が書いてあって、
すごく面白かった。

********

エストレリータ鈴木さんがタリーズコーヒーの松田さんへ行ったインタビュー
http://www.kaigaiseikatsu-supli.jp/message/messe08/page1.html

他の著名人へのインタビュー一覧
http://www.kaigaiseikatsu-supli.jp/message/senior.html


鈴木社長のブログ
http://blog.kaigaiseikatsu-supli.jp/EB0001/

********

話し変わるが、
この鈴木さんは、非常に話がうまい。
今月もうちの会社で2回研修を行ってくださったが、
久しぶりに、話を聞いて、
「惹き付けられる」ような魅力を持つ方に会ったな、
と感じられた。

1回目の研修後に、彼にお礼のメールを送り、
2回目の研修後も、やはりお礼のメールを送ると、
その日の夕方、オフィスに電話がかかってきた。

俺はカウンセリング中だったので、
他のスタッフに呼ばれ、オフィスに戻り電話に出ると、
鈴木さんだった。

聞くと、
「いやあ、またあんなに素晴らしいメールをもらっちゃって、
メールで返すのもなんだと思ったものでして、
直接お礼が出来ればと思い、電話を差し上げました」とのことだった。

普段非常に忙しい社長自らが電話をかけて来て下さり、
本当に嬉しかった。
「今度はぜひ男同士で飲みに行きましょう」と。

********

こんな風に、毎日、ある人との出会いや、
そこから得られた感激、感動、
触発された何かのきっかけ、
そこから派生する思い、
そんなものを大事にして生きていると、
人生はどんどん楽しくなる。

同時に、本も一緒。
毎日、やはり何か「新しいもの」を学ぶのは、楽しい。
行きと帰り、約1時間から2時間の電車の中で、
本を約一冊読める。
そこから学ぶ知識。そして、そこから得られる新しいひらめき、
考え。

それらを生かし、日々の生活や仕事に役立て、
自分の脳が、成長していくのは、
楽しい。



2010/1/30 2:51am


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April 08, 2009

2009年4月7日。

本日、トシさんと5年ぶりに再会した。
アメリカ留学時代の先輩。
最初にウィードで出会って、その後はディアンザで一学期を一緒に過ごした。

最後に会ったのは、2004年7月、俺がイギリスにいたトシさんを訪れたとき。

それから5年、あっという間に経った。

今日は築地で待ち合わせして、海鮮丼を食いながら、
色々と語った。
お互いの近況とか、5年で何があったとか、
その他もろもろ。
その後も、近くの公園を散策したり、コーヒーを飲んだり、
もんじゃ焼きを食ったり、バーで飲んだりしながら、
夜の11時過ぎまで語りました。

いやあ、彼は賢いですね。
前から賢い人だとは知っていましたが、
この5年で、また一段と賢さを増していましたね。

トシさんというのは、一つのことをコツコツと地道に
極め、その道を深く追求していく人です。
また、当時から国際関係の知識や経済等には非常に詳しく、
その努力さと、知識の多さには誰にも引けを取らない人でしたが、
それの積み重ねが培われた5年。
今では、経済や世界状況等、同年代で彼ほど詳しい人は
そういないんじゃないでしょうか。

そして、やっぱり生きている以上、
大きいことをやりたい。
限られた人生の中で、
この広い世界、数ある国々の状況を把握して、
世界規模で物事を見て、そういった広い視野で、
いつも人生を大きく生きて行きたい。

そういったマインドを、今も変わらず、
一生持ち続けるタイプの人なので、
今日は色んなことを共感しながら話ができて、
本当に楽しかったです。

彼は後々、イギリスの大学院で残った単位を取って卒業した後、
フランスでPHDを取って、
その後はガイアナの大統領の下で、
エコノミックアドバイザーをすることが中期的プランだということ。
(大学時代の親友が、時期ガイアナの大統領にほぼなるそうです)

とにかく、今日は色々話して触発されたなあ。
やっぱり、人と会って、その人から刺激を受け、
自分ももっと頑張らねば!と奮起できること、
そして、そんな人を友達として持ち、
そんな関係を続けていけることは、とても素晴らしいことです。

常に視野を広く。
常に、自分の人生の可能性の大きさを信じて。
そして、常に、自分の人生を楽しく生きる。
そこを、また思い直した一日でした。

04/07/2009

5年前、イギリスで撮った写真
(今日は写真を撮り忘れた)
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July 25, 2007

2007年7月14日(土)

この日は、俺が去年働いていたインターンシップ先のJさんと、彼氏のWalterの家に招かれ、食事を供にした。


去年、彼女の人間的な魅力に惹かれて、その会社でのインターンを頼んだ。
そんな素敵な女性の彼氏。
最近出会ったと言っていたけど、どんな人なのか、会うのが凄く楽しみだった。


この前サーフィンに言った際に、Jさんと約半年振りに会い、
お互い、今の彼氏、彼女との出会いや、
いかに愛称が合うかについて、熱く語り合った。(笑)

俺もJさんも、どっちかというと、一人で生きていけばいいじゃんという考えだった。
一人でも人生十分楽しいし、「What’s wrong with that?」って感じ。

世の中には、一人じゃ寂しいからとか、自分の心の中の満たされないものを埋めるためにとか、
周りにみんな彼氏彼女がいるからとか、“ノリ”とか、そんな理由で誰かと付き合いだす人たちもいる。

でも、そうやって出来た関係というのは、結局、自分の満たされない部分を、その相手を使って満たそうとしているわけで、絶対にいずれ、ヒビが生じる、と思う。

自分ひとりで、「1」という完全体になってないのに、その満たされない部分を相手で満たそうとしては、相手は、自らを満たす、「対象」でしかない。

自らが、自分ひとりで既に「1」であってこそ、
そして、
相手も「1」である人が自分の人生に現れてこそ、
その二人が作り出す人生は、「2」どころか、
「10」にも、「100」にもなる。

そんな関係じゃなければ、誰かと付き合う意味はない。
そんな風に俺は思ってた。

話を聞くと、Jさんも同じような考えだったらしい。

そして、そんな俺たちに、お互い、パートナーができた。

だから、お互い、相手がどんな人なのか、会うのが楽しみだった。

*****

土曜日。

俺の彼女は、火曜日に日本から帰ってきたばかりというのもあって、
時差ぼけの疲れなどで体調が悪くなっていたので、残念ながら一緒に行けないこととなった。
彼女には悪いが、家で待っていてもらった。

いざWalter(以下W)の家に着くと、Jさんと彼が出迎えてくれた。

前に話していたときのJさんの話では、
アメリカ人には珍しく、「こんなやつおるんかい!?」という感じの人だという。

ペインティングや彫刻、写真、大工などのアートもやり、
様々な種類の料理もし、
サーフィンやスキーなどのスポーツもし、
車やオートバイなど、メカニックにも詳しく、
それで尚且つ、深い話もできる。

上のいずれかの条件を満たす人はたくさんいるが、
なかなか、全ての面を満たす人は少ない。
それに、アメリカ人、特に南カリフォルニア人で(ま、偏見かもしれないけどね)、深い話が出来る人を見つけるのは、結構困難であって、なかなかいないわけよ。

そんなわけで、そんなWと会うのは、本当に楽しみだった。


彼の家に入って、彼と会って握手をして、なんとなく、彼のよさがわかった。

深い人ってのは、雰囲気とか、その人の発するオーラ、
後は、目の深さ、輝きが違う。

彼も、そんな人の一人で、
何か、落ち着いているが、楽しそうな雰囲気が漂っていた。

******

この日のディナーは、Wの焼いてくれたステーキ。
近くのStater Bros.で買ってきたという、NYステーキとフィレの部分が一緒になった、T−Boneの部分。
バカでかいが、それで$15という。
Jさんが言っていた。
彼は、お金の使い方がうまいと。
食べているものも、体にいい材料を買ってきて、自分で作る。
家の装飾も、凝っている。
まるで、IKEAのカタログに出てきそうな、それぞれの部屋の作りだが、
それはほとんど全てが、Wが自分で壁を塗ったり、椅子を作ったりと、
自ら工夫して作り上げた空間だった。
写真は持っていないのでお見せできないが、
ぜひ機会があれば、見てほしい。
そんなお洒落な空間だった。

*****

ステーキが焼ける前に、Wが家のQuick Tourをしてくれた。
ガレージのドアから入った玄関を入って、すぐ隣にあるバスルーム。
そこは、ついこの間、Jさんと一緒に作り上げた、
海岸と砂浜の空間。

Wが砂浜で拾ってきたという綺麗な石が飾られ、
床の色や、壁の色、
天井の色は、それぞれ、砂浜、海、空をイメージしてある。

トイレのカバーも、落ち着く薄茶色。

非常に凝っていた空間だった。

******

キッチンのある居間には、
この前、Wの彼のお父さんが一緒に作ったという、
オブジェクトが、高い天井から垂らされている。

背の高いWが、そのオブジェクトの一部をつかんで回すと、
そのオブジェクトは、クルクルと回り始めた。

まるで、美術館にあるような、その数々のオブジェクト。

居間の空間と、非常にマッチしていた。


居間にはワイドスクリーンのテレビがあり、
サーフィンの映像が常に流れている。
ステレオからは、BGMが。

そして彼は、照明に非常にこだわる。

料理をしている時も、キッチンの明かりから始まり、
食事をするときも、
居間の空間の明かりも、
全て、彼が自分自身で、調節する。

「This is the right lighting, huh?」

ほんの僅かな光の量にもこだわり、
ライトを調節するタブをいじる彼は、
本物のアーティストだった。

******

キッチンには、彼が高校の頃に作ったという、
カッティングボード(まな板)が置いてあった。

最初俺がそれを見たとき、それについて触れはしなかったが、
その模様が余りにも綺麗だったので、
売り物とばかり思っていた。
どこで買ったの?と聞こうとしていたから。

後でもう一回キッチンに帰ってきたとき、
Jさんが言った。
「あのまな板も、彼が作ったんだよ」

マジかよ?と良く見せてもらうと、
いくつもの種類の木を、縦に綺麗にカットし、
それを、うまくくっつけてある。
その色の配置から、形まで、
もう本当に、よく出来ていた。

外の庭には、彼が高校時代に作ったという、
大きな木のイスがあった。
それも、彼自身が作り、
他にも40個ぐらいつくり、
全て、売っていたという。

そのまな板もやはり、高校時代に作ったらしい。

彼は、そのイスを売ったお金で、人生最初の車を買ったとか。

*****

Wの作ってくれたマルガリータを飲みながら、
やはりW作の、グアカモリにマンゴーを混ぜたサルサソースをチップスに付けて食べながら、
いろいろと話をした。

家のツアーが終わった頃には、
ステーキも焼け、野菜も焼けた。

グリルが非常に得意という、Wが丹念に焼いた、
ミディアム・レアの肉。

それと、野菜、そしてコーンを皿によそり、
ダイニングのテーブルで、3人で食事をした。

*****

ちなみに、どうでもいいが、
俺がクローゼットに住んでるってのは、みんな随分話のネタにしてるみたいで、笑
Jさんも、去年の終わりに、うちに見にきたことがあった。

この日、Wの家に入ると、
そこにあった、ダイニングのテーブル。

Jさんが、俺に、「俊君の部屋、このテーブルより狭いよね!?」と。
嬉しそうにニコニコしてるから、「そんなことないっすよ!」と、よく図って見たら、
実際、そのテーブルのほうがデカかった 笑

Wは、「Wow...!!!」と、ただ驚いていた。笑 ははは ^_^

*****

てなわけで、俺たち3人は、そのテーブルで、
Wの作ってくれた素晴らしいディナーを堪能した。

もう、そのステーキは最高でしたね。
今まで生きてきた中で、多分一番おいしいステーキでした。
その肉の柔らかさは、もう最高。
口の中で、とけてました。

*****

食事を済ませた後は、
外の庭で、イスに座りながら、語る。
Wが付けてくれた、TIKIランプの火が、
赤く燃えている。

そして、彼がメキシコで買ってきたという、
でかいカマド。
そこに、焚き木を入れ、
火をつける。
大きな炎が、ゴウゴウと燃えゆく。


よく、JさんとWは、
こうして、火の横で、
上に広がる夜空を見ながら、
人生についてとか、この世の中についてとか、
いろいろ話すらしい。

この前は、夜まで暖かい日だったので、
そこに寝袋をひいて、
星を眺めながら寝たとか。

そういうのが、最高の贅沢だと思う。


*****

Wは、いつもサーフィンを終えた後に、詩を書くらしい。
彼が書いたという詩を、披露してくれた。

その詩を彼がまず読み、それはどういう状況を言いたかったのか、
それを俺が聞いて当てる。

面白かった。

*****


さて、やっと本題に入るが、
この日、俺はずいぶん、Walterに感化された。

なかなか、「こんな人になりたい!!」と心から思う人に会うのは、
そう簡単ではないが、
Wは、まさに、そんな人だった。

彼が、この夜俺に言った中で、心に残った言葉がある。

「Smart people never judge.」

賢い人は、絶対に決め付けない、と。


物事には、いろいろな見方がある。
同時に、人々の考え方も、人それぞれ違う。

たとえ、一瞬見たら、赤に見えるものでも、
違う角度から見たら、青に見えるかもしれない。

分別のある人は、物事を、1つの角度から見ただけで、判断しない。
人のことを、決め付けない。

Smart people never judge.

短い言葉だが、そこに真実が含まれている。
その言葉を聞いてから、ほぼ毎日、思い出す。


******

それから、他にも色々な話をした。

例えば、自分が、かつて望んだ状況を、
実際に手に入れるまでに、どれくらいかかって来たか。

自らが、望んだ状況を、現実のものにするまでの時間が、
短く出来るようになるほど、
自らの人生も、現実化する速度が速くなる。

それが、5年から、1年。
一ヶ月から、一週間へ。

*****

そして、人生に起こる、「偶然」の話。

一見、偶然と思えるものでも、
たまに、出来すぎたと思うほどに信じられない、「偶然」が起きる。

その「偶然」は、なぜ起きたのか?

Wは、それについて、「Law of attraction」という方法で説明してくれた。


*****

この世の中にあるもの、全ては、原子(Atom)である。
同じように、人間も、原子のかたまり。
そして、その人間が持つ、「考え」。
これも、やはり、原子。

その原子は、波長(Frequency)を持つ。

一人の人間が、ポジティブな考えを持てば、
その人が放つ波長は、ポジティブなものとなり、
ネガティブなものを考えれば、
ネガティブな波長を体から放ち出す。


一人の人間が思った「考え」は、その人を構成する原子が作り出す、
「波長」となり、
その波長は、一度、宇宙に飛ばされる。

宇宙は、この世の中の全ての波長が集まる。
つまり、全ての波長が集まる、電磁局のようなもの。

そして、そこに集まった波長は、
再び、地上に帰る。


人間の体は、波長を放つ、送信機になると同時に、
他の波長をキャッチする、受信機にもなる。

ポジティブな考えを持つ人は、
ポジティブな波長を放つと同時に、
ポジティブな波長を、受け入れる。

それが、自らと同じようなものを引き付ける仕組み。
つまり、「類は友を呼ぶ」だという。



同じように、自らが望んだものが、自分の方に引き寄せられる。

ここで面白かったのは、
何かを願うとき、

“I want to……..” 
“I don’t want to……..”

の部分は、“宇宙”は、聞き取れないという。

例えば、いい仕事が見つかるか不安なとき。
いい仕事が見つかるといいなと思い、
それを頭の中で、言葉にするとき、

“I want to get a good job”
“I don’t want to get a bad job”

この2文。
同じように見えるが、
実は全然違う。

宇宙は、“I want to……..” 
“I don’t want to……..”
の部分は気にしない。
その分の内容だけ聞く。

だから、一つ目の文は、
“get a good job”(いい仕事が手に入る)
となり、
二つ目の文は、
“get a bad job”(悪い仕事が手に入る)
となる。

このように、朝、仕事に遅れそうなときも、

「遅刻したらやだな、まずいな・・・」
「事故に合ったらやだな・・」ではなく、

「自分は必ず時間に間に合う」
「無事に仕事場につく」

と、ポジティブな方を言い切ると、
その結果が、自分にもたらされるという。


この考えは、聞いて、なるほどと思った。
自分が思ったとおりに、すべてのことが現実化するとは、
去年あたりから、人に会ったり、話を聞いたり、本を読んだりで、
段々気づき始めていたが、
まさか、
“I want to……..” 
“I don’t want to……..”
の部分が、関係ないとは、知らなかった。

つまり、何かを望むとき、
「こうなったらヤダな・・・」の様に、ネガティブなサイドから考えるのではなく、
「こうなったら良いな・・・」の様な、ポジティブなサイドから考えること。


不安も、同じ事で、
「こうなったらどうしよう・・・」
「もしかしてうまく行かないんじゃないか」と、
不安になってばかりいたら、本当にそれが現実になるわけで、

「絶対にうまく行く」
「必ず、いい方向にいく」と、
自ら、その状況を信じ込んで進んでいけば、
必ずいい方向に行くと、

それを実感した。

*****

丁度Walterにこの話を聞いたとき、
俺は、自分の仕事が見つかるか、一番不安な時期だったわけで、
この話は、まさにライトタイミングで、俺の心を軽くさせてくれた。

ただ、自分の人生を信じて、
自分が望む方向に事が全て行くことを願い、
後は、進むだけ。

そうすれば、必ず、いい結果が生まれる。


おかげ様で、この話を聞いてから約2週間。
今は、いい方向にことが進んでいる。

*****

そんなわけで、この日は、WとJさんと一緒に、
素晴らしい時を過ごしたのでした。

Wに、人間としても触発され、
いい考えも聞き、
かなりエキサイトして、帰って来ました。

大分遅くなったけど、
ここに記しておきます。


7・25・07

PS、今週末、また彼らと集まります。
今からもう楽しみだわい♪



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June 06, 2007

良太郎と久しぶりに話をした。
カンザスで大学と野球を頑張ってきた彼。
5年間、その道で突き通してきた。

今、卒業して2週間。
これからの道を探し中だと言う。
野球に関わった道に進みたいのと、
ビジネスにも興味があると言う。
何かに全力投球していないと、落ち着かないタイプの彼。
今は、5年間突っ走ってきた、
学校と野球が終わり、
心にぽっかり穴が開いたような状態だって言ってた。

俺は、彼は絶対、どの道に行こうが、
絶対に、うまくやって行くと思う。
普通の留学生が、勉強だけで大変なところ、
それ以上に大変な、4年制大レベルの野球リーグで、
5年間闘ってきた。
その集中力と、根性は、凄まじいと思う。

しかし彼も、自分の貫き通してきた道が一旦終わり、
今、次の道が決まらずに、不安だと言う。

俺は、彼がそういうのを聞いて、ちょっと意外だった。
ここまでやり遂げてきた良太郎。
何も、恐がるものはないと思ってた。

でも、どんな道を来た人でも、
特に、自分の夢や信念を追い求めて来た人は、
その道を辿る過程に、凄まじいほどの不安や恐れとの葛藤があったんだと思う。

そして良太郎もその一人。
自分の不安や恐れを口にはしないが、
その信念の奥には、凄まじいほどの自分との葛藤があったと思う。

彼の卒業式。
最後の試合で、野球のチームメイト一人ひとりがスピーチをした時、
涙が出て泣けてきたって。
それだけ、彼は5年間、頑張ってきたってわけだ。
本当に、いい5年間を送ってきたんだと思う。

彼は、自分がこの5年間で、カンザスと野球という小さな世界しか見てきてないって言うけど、
俺は逆に、その野球とアメリカの中にドップリ浸かってきたことによって、
ただ5年間を何となく過ごしたやつや、適当に色々やってきたやつより、
相当多くのことを彼は学んできたんだと思う。

野球というチームスポーツ。
皆とのコミュニケーションと助け合い、
協力がないと、やっていけない。
その中で自分を押し通してきた彼は、
どんなやつよりも、「人と何かを成し遂げていく」ってことに長けてきたと思う。

俺が良太郎に、
「良太郎の根性と信念の強さは本当に凄い」と言うと、
良太郎は、
「お前の方が芯の部分は強いんじゃないか」って。
彼は、
「自分は組織の中で生きてきたから」って。
「組織から出てみて、初めてその人間の強さが分かる」と。

俺はこの今まで、どっちかって言うと一人で全部やろうとして生きてきたけど、
それは逆に言うと、人と分かり合えることを知らなかったから。
人に自分を心から隠さずさらけ出して、
人の助けを受け、
人と助け合って生きていく、
協力して生きていくってことを、知らなかった。
その「仕方」が分からなかった。

でも最近、やっと、人と何かを一緒に成す時、
自分ひとりで出来ることよりも、数十倍、数百倍のことが成し遂げられるってこと、
それを、やっと最近、気付き始めた。

人とうまく付き合えないから、自分ひとりで突っぱねてきたっていうのが、
俺の「一人で色々やってきた」スタンスだった。
でも、今は、「人と助け合いながら生きていく」ことの凄さに気付き、
それを覚えだしている。

だから、それを今までずっとやって来た良太郎は、
俺からみたら、本当に凄え。
そして、社会に出るってことは、人と一緒に生きていくことだから、
それを成し遂げてきた良太郎の方が、俺よりもずっと、
社会でうまくやっていけると思う。

それをさっき電話で話しているときに言いたかった。
でも、比べるわけじゃないけど、
自分よりも数倍も大きくなっちまったような気がした良太郎に、
「お前の方が芯は強いんじゃないか」って言われて、嬉しくて照れくさくてね。
そこまで言えなかったよ。

*****

人って、人のことはよく分かるのに、
自分のこととなると、全然見えなくなるんだと思う。

俺から見たら良太郎は、世界のどこへ行っても、確実に自分の信念を貫き通して生き残っていけるという絶対的な自信があって、
それは、彼の今までの生き様を見れば、一目瞭然なわけだ。
だから、彼がこれからの進路に、不安を持つ理由は、何一つないと思う。

でも、良太郎もやっぱり、不安を抱えるんだよな。
人間だから。

俺も同じで、不安だらけ。
でも、良太郎とかは、お前は絶対大丈夫って言ってくれる。

お互いに、相手のことは確実に大丈夫って言い切れるけど、
でも、自分のこととなると、やっぱり不安なんだよな。
そして、その不安を、みんな抱えつつ、
前に進んでいくんだなって。
そして、その不安を打ち消して、
お互いに励まし合って、やる気を引き出せるのが、
こうして励ましあえる仲間なんだなって。

良太郎と話せて、またやる気が出てきたよ。
俺も頑張るわ。
ありがとう。
お互い頑張ろうな。

6・06・07


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May 05, 2007

あほ二人
最近よく一緒に遊んでる、
探検隊の2号。
その子は、“いい意味”で、
「子供っぽい」んだけど、
その子から学ぶ事は、山ほどある。


俺が上に、「子供っぽい」って書いたのは、
その子が、何にでも感謝できる心、
楽しみを見つけ出せる、そんな綺麗な心を持っているってこと。

その子と話していると、この世の中全てのものが、
とても楽しく、大切で、
全てがとても有意義で、意味のあるものだってことに、
本当に気付かされるんだな。

道端に咲いている花の綺麗さ。
シャトルバスで、学校に通えることのあり難さ。
学校に行って、授業を楽しめること。
色々な人種がいる、この学校で、
色々な人たちと友達になり、
様々な人の、人間観察ができること。


心から話し合えて、腹がよじれるほど、
一緒に笑える友達がいること。
一緒にバカなことをして、それを本気で楽しめる友達。
全てを、笑いに変える事ができる仲間がいること。


そんな、慣れちゃったら、“当たり前”と、
ついつい捕らえてしまいそうなことも、
こうして、一歩ひいて考えてみたら、すごく恵まれてるってこと。
すごく幸せだってこと。
それを、この子といると、毎瞬間、思い出させてくれる。

*****

俺は今まで、自分のメジャー(専攻)に、色々と文句を言いながら、
この2年間勉強してきた。

今から1年前なんかは、
「早く学校を出たい」
「さっさと社会に出て、働きたい」なんて、思っていた時期もあった気がする。

しかし、今、こうして、
アメリカの4年制大学に通えることは、凄く恵まれていることであって、

親にお金を出してもらい、
自分が中学校の頃から行きたかったアメリカの大学に行かせてもらい、
好きな専攻を取らせてもらい、
毎日、自分が好きなように、過ごさせてもらっている。
こんなに恵まれたことがあるだろうか。

そして、アメリカの大学にいるからこそ、できること、
逆に言えば、「アメリカの学生でしかできないこと」は、
本当に無限大に沢山あるわけで、
そんな素晴らしい環境にいられたことに、
俺は、分かっていたつもりで、ぜーんぜん分かっていなかった。
ほんと、卒業を間近にして、
やっと、本当に、分かりだしてきたようなもんだ。


そんな中、同じコミュニケーション・メジャーのこの子に会って、
俺自身は今まで、大して面白いとも思ってこなかった授業でさえ、
自分の見方と考え方次第で、どこまでも楽しくできるってこと。

それを、気付かされた。

*****

最初にその子と話していて気付いたのは、
その子が、本当に毎日、“楽しそうに”生活してるってこと。
俺は、そこに本当に感心し、
それを伝えた。

そしたら、その子曰く、
特に自分が、毎日楽しいと感じながら生きているって、
実感していなかったって。
俺に言われて、初めて気付いたらしい。

それと同時に、その子は俺に言った。
色々な国を旅している俺のほうこそ、楽しそうに生きているなと思ってた、
と。

それを言われて、ちょっと気付いた。
人って、他人の生活の良さそうなところには、簡単に気付けるのに、
自分の生活の、いいところには、
中々気付けないのかなって。

そして、同時に、
誰の生活の中にも、「幸せなところ」、
「恵まれているところ」、「いいなと思うところ」はあるのに、
それを自分が持っていることに、気付いていない人が、
沢山いるんだろうな、と。

少なくとも俺は、その内の一人であったわけです。

*****

そして、俺がその子に感心しているのは、
その子自身は、自分の生活の、「いいところ」「幸せなところ」に、
本当に心から気付いていて、それを忘れず、
常に、それを「楽しんで」、「感謝して」、生きているってこと。

そんな彼女の態度を見て、
俺は、本当に、心が洗われたわけです。

「あ、今までの俺は、
 こんなにいい環境にいたのに、
 全然、自分の生活のよさに、
 気付いていなかったんだな。

“気付こうとしていなかった”んだな」って。

*****

しょうもないもんだけどさ、
先月の頭に、春休みの旅から帰ってきて、
やっと、「本当に」、気付いたんだよね。

俺は今まで、「環境」のせいにして来ていたってこと。

“この土地が悪いから”とか、
“この地域の人が悪いから”とか、
“この専攻が悪いから”とか、
何かしら、自分が本気で生き切れていないことを、
自分の努力の足りなさのせいにしないで、
自分以外の、“人”のせいにしていたわけだ。

旅に行くのもそう。
そこに、何か新しいものを見つけに行くのはいい。
しかし、それが、
今いる場所から、「逃げるため」に行くのでは、
それはただの、現実逃避でしかない。

今あるもの、
今いる環境に、感謝し、楽しみを見出せない人間は、
世界中、どこに行こうが、
誰と会おうが、
絶対に、満足できない。

俺は、自分はそうじゃないと思ってた。
でも、実は、そんな自分が、いたわけだ。

そんな、自分の甘さを、何か他のもののせいにしていた、
弱い自分に、
先月、自分の今までの過去を振り返って、
思いっ切り、気付かされた。

*****

それで、この子に会って、
更に、
「今ある環境から、“楽しいこと”、“感謝”を見つけること」を、
教えてもらっているってわけ。

*****

そんなわけで、俺に、日々、
「今自分がいる環境の“中”を覗いて、
 そこにあるものの良さに、気付かせてくれる」、
探検隊2号。

俺は心から、メッチャメチャ感謝しているわけです。
ありがとう。

5・4・07

(写真は、昨日行った、家の近くのシグナル・ヒル。
2号とヒロポンと、3人ではしゃぎ過ぎたわい)


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February 27, 2007



5年前の、未来を夢見る、熱き思い。
ただ、「人間として、でかくなりたい」。

その、当時抱いていた、新鮮な思いを、
また、思い出す週末となった。


all


STANFORD VS KANSAS
2/25/2007






*****



2007年2月25日、日曜日。
その日は、早川良太郎が、スタンフォード大学の野球スタジアムで、
カンザス大学の野球メンバーとして、最後に戦う日となった。

今回、カンザス大学Baseball Teamは、毎年恒例、
カリフォルニア州、スタンフォード大学に、2月の末、
2月23日から始まる金、土、日の週末で、試合をするために、
はるばるカンザスから遠征して来ていた。

良太郎を含めた彼らが、この週末にスタンフォードに来ることは、
なんと試合一日前の、木曜日の夜に知った。
俺が最近、電話を余り手元に置かないせいで、
良太郎とも中々喋れずにいた。
いつもどっちかがかけては、メッセージを残してのすれ違い状態。
今回、木曜の夜に、良太郎が残したメッセージを聞いて、初めて知った。
「今週末スタンフォード行くから」・・・

なに!?今週末!?
何でもっと早いうちに言わねーんだよ!笑
ま、俺が聞かなかったのが悪いんだけどね。
それで、そのことを知った木曜の夜、
咄嗟に考えた。
これで彼が4大のリーグで、ピッチャーとして投げるのは最後のシーズン。
しかも彼がいるカンザスから、遥々カリフォルニアに来るのは、
これが最後。
今回は、去年と違って、南カリフォルニアには来ない。
これを逃したら、もうあいつの晴れ舞台を見るのは、
最後、かも・・・?

そのメッセージを聞いた後、
ほぼ瞬間的に、感覚で決めていた。
「よし、今週末見に行こう」と。

その後、良太郎に電話して、“多分”見に行くことを言い、
即効その週末の予定と来週のテストとかの予定を調べ、
土曜の早朝に出て、日曜の試合が終わった後にすぐに向こうを出れば、
すべてOKになることを確認。
土曜の朝、出ることにした。

players


Players






****

土曜の朝。
昨晩は、日本から来ていた友達を駅に迎えに行ったりして、
夜12時過ぎに寝たため、(←言い訳)
4時半に起きるはずが、
気づくと、8時!!
またやっちまったぜ・・・ (いつもアホでしょう)

急いで支度しようと思ったが、今からあせっても、
もう1時からの試合には到底間に合わない。
片道7時間近くかかるから。
だから、今日の試合はあきらめ、
明日、日曜の試合だけを応援することにした。

その日は、結局9時に出て、
途中でゆっくり休憩したりして、6時ごろスタンフォードに着く。
試合後、チームメンバーと食事に行った彼とホテルで会い、
一緒に日本食を食いにいった。

そういえば、丁度二年前も、あいつがここスタンフォードに来たとき、
俺は車で、あいつの試合を見に行った。
そのときは、良太郎が、初めて全米を周る選抜メンバーに選ばれた年。

その一年前、つまり今から3年前は、
まだ彼はメンバーに入れなかったから、
そのときは、遂にスタンフォードに来るとなって、
金、土、日の3日間とも、応援しに行った。

そのとき俺は、スタンフォードから車で30分の、
サンノゼっていう町に住んでたから、
すぐに会いにいけた。
でも、その時俺は、車を買ったばかり。
しかもマニュアル運転に慣れてなかったから、
スタンフォードまで、初の遠出だった。
そんな中、あいつと一緒に、やはり同じ雨の降っていた金曜日の夜、
近くの日本食レストランに、日本食を食いに行った。

今回も、また、近くのレストランに行った。
バーみたいに飾られて、客で満員のその店で寿司を突きながら、
いろいろ話した。


今までの5年間の、アメリカでの野球人生、
その道のり、
これからどうなって行くか、
お互いにどういう道を行くか。
そんなことを話しているなかで、
良太郎が言った。


「きっと強くなりたかったんだろうな。
野球だけじゃなく、
人間として。

最後までやり抜きたい。
全力出し切って、悔いの残らないようにしたい。
後悔は、ホント意味ないから」


all








*****


良太郎は、2年前、
丁度スタンフォードに来たとき、
選抜メンバーとして来たにも関わらず、
俺と一緒に、ベンチに座って、試合のスコアを付けていた。
なぜか?
その一週間前のハワイでの試合で、
その時は絶好調で、試合でも投げて勝ちを取っていたのだが、
その時以来、どうも肘の調子がおかしく、
その時のスタンフォードでの試合では、ドクターストップがかかっていたのだ。
そして、その後、
試合が終わり、カンザスに帰り、
医者に見てもらった結果、
肘の骨が、疲労骨折しているとの診断が出た。
治す方法はただひとつ。
手術。

今、手術をすることは、彼の遠征メンバーからのポジションを外されること。
そして、その手術後、
どうなるかは、
医者さえも確かではなかった。
確か、手術後、肘がまた元通りに治る確率は、
50%以下だった。
肘を壊し、それがもう動かなくなっては、
「野球をするため」にアメリカに来て、今まで頑張って来た良太郎の3年間が、
全て崩れてしまう。
まさに、野球生命がかかった、
生きるか死ぬかの状況。

手術前、良太郎と話したとき、その不安さが手に取るようにわかった。

俺も恐かった。

そして、手術後。
電話で話したとき、初めてあいつの声に、“元気”が無いのを感じ取った。

「手術してから、気持ち悪いんだよな」
「治るかどうかわかんねえ」

初めて聞いた、彼の弱音だった。

*****

しかしながら、彼はその後、
医者に、治るのには、半年以上かかると言われたにも関わらず、

「こうなったら骨をかじってでもカルシウム取りまくって、
ソッコウ治してやる」

そう言って、なんと本当に数ヶ月で、肘を回復させてしまった。
その回復力は、奇跡的だった。
医者の予言さえ、見事に裏切ったのだから。
彼の執念と、その凄まじい精神力のせいとしか言いようがない。


その後、その年の夏、俺がアメリカ一周旅行の際、
彼のいるカンザスを訪ねたとき、
彼はもう、キャッチボールをしていた。
肘の調子を聞くと、
まだ今までどおりの感覚は戻んねーけど、
大分良くなってきた、と。


そして、その夏から一年も経たない、
去年の2月。
彼は、2月から始まった全米ツアーに、
また、遠征メンバーとして参加し、
ここ、カリフォルニアの、スタンフォード大学と、
南カリフォルニア大学に、投げに来た。
その時は、高校時代の英語学校の仲間たち、
タツローとリョウヘイも、それぞれUCLAとSan Diegoから集まって、
良太郎の試合を、初めて、
アメリカで、全員そろって見に来た。

その時、良太郎が実際にマウンドでピッチングしたとき、
その彼の姿を見たときの震えるような感動は、
今でも決して忘れない。
その時の感動は、タツローのブログの記事が、
全てを物語っているので、下記をどうぞ。

http://blog.drecom.jp/kogotatsuro/daily/200602/21


そして、それから一年。
今回も、4年生のシニアながら、
ほとんどが1、2年生にメンバーが代わった中で、
良太郎は、ただ一人のシニアとして、
メンバーとして、またカリフォルニアに帰って来た。

Ryotaro back


良太郎の後姿








*****


「人間として、強くなりたかったんだろうな」


その言葉を聞いて、俺も同じだったんだろうな、と、
5年前を思い出した。

まだみんな、アメリカに旅立つ直前の時期、
お互いに不安はありながらも、未知なる土地、アメリカに、
それぞれが求めるものを手に入れるために、
お互いにその英語学校で勉強しながら、
2002年の夏、みんなが飛び立った。

その頃の俺は、卒業した後は映画会社に入って、
CGや特撮で、最高の映像を作ることが、夢だった。
でも、それ以上に、
人間として、成長したかった。
なるべく若いうちに、海外へ出て、
世界中から人が集まるアメリカで、なるべく沢山の人種、
多くの人と知り合って、触れ合って、
自分の、視野を広げたい。
それが、留学したいと、
中学3年の頃に決めた理由だった。

その後、アメリカに来て、
2年目。映画の勉強をして、
自分が、映画の道ではなく、もっと違う方向に興味があったことに気づき、
ずっと思い描いてきた夢を、仕方なく断念した。
しかし、その後、なかなか新しい目標が定まらず、
毎日、不完全燃焼の、モヤモヤした日々を送っていた。

そんな時期、真っ只中の2年前、
ここスタンフォードで、良太郎の姿を見て、
俺は自分に引け目を感じた。
こいつはこんなに自分の目標に向かって、
全力で頑張ってるのに、
俺は、なんでこんな毎日、
自分の目標もはっきりさせられないまま、毎日を、
不完全に生きているんだろう。
今だから言うが、その時は、
正直、良太郎と会っている自分を小さく感じ、
良太郎と自信を持って話せなかった。


しかし、今年は違った。
俺も、新しい目標をやっと見つけ、
今は、自分の道を歩いているから、
良太郎に会っても、お互いに、
「悔いの残らないように、全力を出し切って生きてくだけだな」
そう言えるようになった。

2年前の俺っていうのは、
常に、「他人」と比べていたんだと思う。
その人の「頑張りよう」と自分の「頑張りよう」を比べたり、
その人の立場と、自分の立場を比べたりしていた。
だから、毎回、自分が「すごい」と思うやつに会うたびに、
自分のことを、小さく感じ、自らを卑下して、
自分に、自信が持てないでいた。

でも、今は、変わった。
人と比べるっていうのは、本当に意味がないことだと分かったし、
大事なのは、自分の目指す道を、突き進むこと。
他人と比べるのではなく、
自分が、心から、その自らの生き様に納得できるのか。
自分の進んできた道に、「悔いはない」と言い切れるのか。
それだけ、毎日を、全力出し切って生きてきたのか。
そして、今、そう「生きているのか」。
それだけだってことが、この2年間で、
徐々に徐々に、学んでいったんだと思う。

だから今回も、良太郎と、胸張って会えた。
そんな自分を見て、「あ、俺変わったんだな」と気づいた。

*****

ま、俺の話は置いといて、
そんなわけで、彼と金曜日の夜、寿司を食った後、
彼のホテルに行き、部屋で、ルーミーと話しながら、
新庄のドキュメンタリーを見たりした。
彼も、いつもの笑顔の裏には、
物凄い努力と、精神の強さがあったこと。
触発された。

その夜は、門限の11時にそこを去り、
俺はサンノゼの友達の家に泊まりに行った。

*****

次の日、朝の11時からの試合。
2年前と同じように、近くのアジア系スーパーで買ったお菓子やラーメンを持って、応援に行った。

結局、彼が投げることは今回はなかった。
試合自体も負けてしまい、チームメンバーは不服そうだったが、
俺は良太郎のユニフォーム姿が見れて、あいつとまた話せただけで、嬉しかった。
こうしてお互いが合える機会は、ほんと少ないからな。

stanford

試合後




あいつに野球ボールとJ-Hawksのロゴ入りパンツのお土産をもらい、
その場を後にした。
彼は、そこから飛行機で帰り、
月曜日は朝からテスト。
それでまた練習して、
火曜日も試合。
水、木と置いて、
金、土、日もまた試合。
そんなスケジュールが、延々と6月まで続く。
ホテルの部屋で、あいつのスケジュール帳を見たら、
チューターが作ってくれたというそのスケジュール表には、
毎日、予定がびっしりだった。
一瞬の隙もない。
こんなスケジュールで、こいつは4年間、やって来たんだな。
改めて、すげえなと思った。


*****


早川良太郎。

この男とまた会えて、よかった。
触発された。
心が、綺麗になった。

第一線で、本気で、
真剣勝負しているやつは、
オーラが違う。
甘えてない。
潔い。
気持ちいい。


お互いに、自らの人生に悔いのない様、
全力を出し切って生きていこう。


会う人を、清清しい気分にさせてくれる。
そんな男だ。こいつは。


2・26・07

Ryotaro

試合後、良太郎と。






PS.
昨日の帰り、夜11時ごろ、車を運転していた時。
良太郎から電話があった。
もう、カンザスに着いたとのこと。向こうは夜の1時。
彼が言った。

「さっき、イチローと松井の本読んでたんだけど、
 そこに、
 ”人生は自分の思い描いた通りになり、
 その自分の思い描いた人生像を、疑ってはいけない”
 って書いてあったよ。」

俺もちょうと、サンノゼを出る前に、
「人生は、自らが思い描いたようになっていくもの」
という考えが頭から離れなくなって、
帰りの車の中、ずっとその事を考えていたので、
ビックリした。
その事を彼に言うと、
「俺たち同じようなこと考えてんだな」と。
そうかもしんねーな。

自らが思い描いたように、そしてそうなるように、
努力していこうな。






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October 29, 2006

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コウイチさん。

俺がロングビーチに来てから、車の整備や修理を、ずっとお願いしてきた人だ。
去年ここに移ってから、どこの車会社に行ったらいいか分からず、
いくつか転々としていたが、どうも“信用”できる人がいなかった。
車の修理費は、すぐにボラれる。
車の知識がない俺にとって、信用できる人を探す事は、大事だった。
ある日、オイルチェンジで行った店。
そこで働いていた人が、彼だ。
その爽やかな笑顔と、フレンドリーな性格で、
車の状態について色々と詳しく説明してくれた。
知識のない俺にも分かりやすいように、
色々な例えを使って、説明してくれる。
今まで以上に、自分の車に対して親近感が湧いたのも、
車について詳しくなれたのも、
彼のおかげだ。


その彼が、明日、帰国する事になった。
理由は色々あるが、とにかく、日本へ帰る。
今まで働いてきたところを辞め、日本で働く事にしたそうだ。
毎回修理に行くたびに、彼と話をする時間は長くなり、
いつか酒を一緒に飲もうと言っていたが、実際飲まずにここまで来てしまった。
今日が彼の最後の日。
同じ店の、タカさんに呼ばれ、彼ら行きつけのアメリカンバーに行った。

コウイチさんは、俺が来る事を知らなかった。
サプライズだ。
店のカウンターに座っていたら、彼が現れた。
俺の姿を見て、「あれ〜!?」
ありがとうのメッセージを書いたカードを渡したら、
「泣かせる事してくれんなよ〜」
とちょっと嬉しそうだった。


店には、彼の友達が大勢来ていた。
彼の後輩にあたるタカさんがよく、この店でバンドのボーカルをしていたらしい。
以前は、毎週末のように、ここに集まって、
酒を飲み、歌って、仲間と時を過ごしていたそうだ。

その仲間たちも今日集まってくれた。
みんな、コウイチさんのために集まった。
彼は本当に、皆から好かれているというのが伝わってきた。

今まで少しだが、彼の話を聞いてきた自分。
今日は、聞き足りてなかった分、沢山聞いてきた。
バーに座って、彼と肩を並べて、話を聞く。
彼の高校時代の話。
整備士の資格を取る学校に入ったときのこと。
日本のある車会社に入り、そこでの上司との話し合い。
その後の保険会社での日々。
そして、アメリカへ来る事を決心して、3年半前、こっちへ来た。

前に彼が言っていた。
「俺さ、一度若い頃に、始めてアメリカへ来たとき、グランドキャニオンを見に行ったんだよ。そこで、その広さを見てね、その時悩んでいた自分の悩みなんて、この大きさに比べれば、本当にちっぽけなものなんだなと感じたんだよね。
あの時俺の世界観は変わったよ」

そんな彼は、今日も、俺に沢山のいい言葉を残してくれた。


まずは、何でも試してみること。
若い内は、無くすものなんてないんだから、とにかくやってみること。

やりもしないのに、自分の考えだけで、それを否定するなということ。
まずは自分でやってみて、それから、ものを言えと。
口だけ大魔神になるな、と。

何か不満や文句があるのなら、
影でグチグチ言わずに、
本人に面と向かって言え、と。
そうやってこっちから心を開いて話せば、
必ずや、相手もその心意気を分かってくれる。
そして、そうやってできた絆は、一生残る。
この話を、彼の実体験を元に、
話してくれた。



彼が話をしているとき、何回も繰り返していた言葉。
「やっぱり、何があっても、一番大事なのは、“ここ”なんだよ」
そう言いながら、自分の胸を、親指で指す。
そう、一番大事なのは、常に、“ここ”。
どんなに頭が良くても、賢くても、
“ここ”が良くなければ、人間としてできていない。
そして、“ここ”がいい人間は、同じように“ここ”がいい人間を引き寄せる。
そういう奴らが集まる。自然と。

そういう彼は、やはり、“ここ”が熱い仲間に恵まれていた。
帰り際、彼が俺に言った。
「俺の人生の中で、俺の友達、仲間だけは絶対に誇れるよ。
こうやって自分の仲間を見て、今までの自分の信条は間違ってなかったんだって、
本当に思えるんだよな」
その仲間たちは、みんな、コウイチさんに何度も声をかけていた。
必ずアメリカへ帰ってこいよ。
日本なんて、すぐそこだ。
また、帰ってきて、一緒に歌おうぜ。
皆からあだ名でジミーと呼ばれる彼は、
仲間に硬い握手とハグで何回も励まされ、
何度も涙ぐんでいた。


今まできつい事とか、辛い事、
今回も店のこととかで色々あったらしい。
俺は気付かなかったが、
この一ヶ月も、色々と大変だったようだ。
しかし、この夜は違った。
コウイチさんを心から大事に思う仲間が集まり、
彼が、いかに皆にとって大事な人なのかを、
あの空間が証明してくれたのだ。
俺だって、「彼」だからこそ、
今日、あそこに行ったのだ。
今までの車の修理の短い時間だけで、
ここまで仲良くなれた人。
やはり、彼の「ここ」は、熱いのだ。


この夜を通して、俺にも何回も言ってくれた。

「本当に俺は幸せだよ。こうして皆が集まってくれて。
 本当に俺は幸せだ。」

そうやって言って、彼は、
今日という日、アメリカ最後の日を、
心から感じ取って、楽しんでいたに違いない。

最後、皆と、何度も硬いハグを交わすコウイチさん。
彼の後姿を見ていたら、俺もジーンと来てしまった。


彼のように、“ここ”が熱い人、優しい人、深い人は、
今日のように、必ずそれに応えて、応援してくれる仲間がいる。
自然と集まってくるのだ。
俺は彼から、色々と学ばさせてもらったが、
やはり今日、一番大きかった事は、
“ここ”=“ハート”の大事さを教えられたこと。
そこが一番大事なんだ。
そこがダメになった人間は、例えいくら成功しようが、
大したものは残らない。
俺の昔の水泳のコーチも言っていた。
「頭で泳ぐな。“ここ”で泳げ」
思えば、俺が今までお世話になってきた人、
そして、俺が尊敬してきた人、惹かれた人は、
みんな、“ここ”が熱かったように思う。
その、大事さ。
俺は最近、忘れていなかっただろうか。
他のことに気を取られて、人と付き合うときに、
“ここ”から付き合っていただろうか。
人のことを、“ここ”で考えていただろうか。
そして、人と話すとき、
“ここ”を開いて、心から話していただろうか。


“ここ”がでかい奴は、確実に仲間に好かれる。
人に好かれるのだ。
俺はそれを今まで、沢山見てきた。
彼も、その内の一人だ。
“ここ”の大切さ、
何があっても、“心”の大切さを忘れない事。
そんな事を、彼の最後のレッスンから教えてもらった。

また、いつか必ず会いましょう、コウイチさん。
今までお世話になりました。
ありがとうございました。

10・28・06


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October 11, 2006


快活な人、やる気のある人、
明るい人、ポジティブな人というのは、
話していて、こっちもいい刺激をもらえるものだ。

同じクラスにいる、Jcというやつ。
彼は、元々ロングビーチで生まれたらしいが、高校を出た後、サンタクルーズにあるUC SantaCruzに入学して、2年経ってから、ロングビーチに戻ってきたそうだ。しかし今は、留学を考えているらしく、来年の秋から、スペインに行こうかと思っているという。
なかなかアメリカ人で、海外留学を考えるやつは少ないので、珍しいなと思った。
こういう人は、やはり異文化に興味があるらしく、色々と好奇心いっぱいの目で、話しかけてくれる。

彼とたまたまキャンパスで出会った。彼の今取っているクラス、Intercultural Communication(異文化間コミュニケーション)のクラスで、色々と文化間の違いについて学んでいるらしく、俺に色々聞いてきてくれた。
大学を卒業した後、日本に戻るのか、アメリカに残るのかと聞かれたので、今はアメリカに残って、こっちの国で働くという経験を積んでみようと思うと言った。理由は?との問いに、こっちで違う文化の中で働く経験も積んでみたい、と。
でも、アメリカ系の会社で働く場合は、ビザの問題があるんだよねと言ったら、なんと彼の父親が、ビザを発行する関係の仕事をしているそうじゃないか。多分親父が助けてくれるかもよ、なんて。お、ラッキーラッキー。ま、それは置いといて、

彼は今、特にアジアの国々が主に持つ、Collectivism Culture("和"を大切にする文化)と、Individualism Culture("個人"を大切にする文化)の違いについて学んでいて、凄く興味があるそうだ。
例えば、アメリカ人の野球選手が、日本のリーグに入り、そこで"個"を出しすぎたが故、チームやマスコミに叩かれるということ。
その辺、面白いなと思う。
己の個性をバリバリ出す文化と、チーム全体の和を大切にする文化。
こんな小さなところでも、文化の違いが、如実に見られる。

ま、今回なんで書こうかと思ったかというと、
彼と話していて、たったの5分くらいだったのに、凄くいい刺激をもらったから。
彼はいつ見ても、常に周りのこと、人、問題に興味を向け、
Open Mind(自由な心)で、何でもありのまま、受け入れよう、
そういう姿勢が見られる。
そんな彼は、クラスでももてる。男にも女にもね。
アジア系の彼だが、白人の女の子にもよくもてる。普段、白人の女にもてるアジア系の男は少ないんだけどね。
そんなところからも、人種関係なく、誰からも好かれる彼。
それはやはり、彼の持つ、前向きな姿勢、
何でも受け入れようとする、偏見なしの開いた心、
そして、何よりも、彼の持つ好奇心の大きさ。
そういうところが、人を惹きつけるんだろう。

なんか、いいもんだね、人と話して、爽やかな気分にさせられるというのは。
俺も常に、彼のような、"Open Mind"で行こう。

10.10.06


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October 10, 2006


8abc67a4.JPG
すごいニュースが今朝飛び込んできました!!!
何かというと・・・・、

そう、あの、僕が4月の終わりにグランドキャニオンに向かう道の途中で会った、
自転車でアメリカ大陸を横断しようとしていた彼から、
メールがあったのです!!!
しかも、彼、なんと、
カナダの北米最東端まで行ったとのこと!!

すげえ!!!!!!!

下が彼から今朝届いたばかりのメールの内用です。
彼本人の言葉での結果報告、読んでみて下さい。

*******

北米大陸を横断しました。 高山夏樹

 お久しぶりです。グランドキャニオンの手前で会ってからもう4ヶ月もたつのですね。長いものです。あれからも色々あったのですが半月程前にカナダの北米最東端にたどり着き、先週日本に帰ってきました。どんなにスモッグがかかっていても娑婆の空気は美味いものですね。ただ日本に帰ってきた途端に花粉症になりましたが。今はまだですがそのうちホームページとか作ろうと思ってるのでその時はまた連絡さして頂ます。ではでは。

PS 
 っていうかコックさんだったんですね。知らなかった。じゃあ今度もしカリフォルニアに行くことがあったら本場のカリフォルニアロールおごってください。


********

もちろん速攻返事返しましたよ。

いや、でも、本当に凄いですね、彼は。
本当に、やり遂げたんですね。
マジで、凄い。
チャリで、この大陸を、5ヶ月近くかけて。
自分の信念を貫いて、やり遂げた。
本当に凄い。
俺は彼にあそこで会えて、
そしてこうしてまた連絡が取れる様になって、
本当に嬉しいです。

俺も、頑張ります。

夏樹君、ありがとう!!!

10.09.06

PS.
上の写真は、彼から今回送られてきたものです。一緒にその時撮ったやつですね。

彼について最初に書いた内容が、5・5・06の
「チャリでアメリカ横断!?」 に書いてあります。
読んでみて下さいね。

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October 08, 2006


「常に“Play hard, work hard”の精神で、
常に工夫して、自分のスケジュールと体調管理をすること。
仕事ばかりではもたない。
常に活き活きとしている自分を保つ。
自分が活き活きとしていたら、それは、人に伝わる。」

「常に自分と接する人に、ポジティブな影響を与えるように勤めること。
“自分にしかできないこと”、
これを大事にすること。そして、この自分がかもし出す良い影響を、
波紋として広げていくこと。
自分が生まれてきたからこそ、残せるインパクト。
それを、最大に出す。
“自分らしく”を常に大事に。」

「親が子どもに、“こうした方が良くなるはずだから”と思って、
色々と教え込ませよう、その道に行かせようとするが、
それは、親の価値観を、子どもに押し付けようとしてるだけであって、
それは、“しつけ=躾”ではなく、“おしつけ=押し付け”でしかない。
人によって生まれ育ったバックグラウンド、
経験、考え方、適正、
全て違うのだから、
その人に、“こうしたらあなたにとっての成功が手に入りますよ”というアドバイスは与えられない。
ただ、目標と夢を持って人生を歩むのと、
それらを持たずに人生を歩むのとでは、
格段の差がある。
その二つを常に持っていると、向上心が沸く」

「自分でリスクを買わずに手をつけたものは、必ずといっていいほどうまくいかない。
もし何かを本気で得ようとするのなら、自ら大きなリスクをとる事だ。」

「自分の道を、他の誰に言われようと突き進む、強い意志を持て」

「自分の特徴に気付くのも、実力の内」

「人との、縁を大切に。
そして、感謝の気持ちを忘れないこと。
“ありがとう”の言葉を忘れずに。
全ては、巡りめぐって、返ってくるから」

これらの言葉は、今日LAで行われた、
社会人と会って話をするセミナーに行ってきた際に、
その人たちの口から出た言葉。
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October 07, 2006


さて、前のブログで触れた、
「俺が自分の人生の中で影響を受けた人たち、
そして、なぜ俺は、彼らを慕うか。」について。


俺が自分の人生で最初に、一番憧れた人は、
当時通っていたスイミングクラブの、元コーチだった。

彼は、当時中学生だった俺にとっては、
考え方、行動、生き方、
とにかく全てがかっこよくて、本当に憧れていた。
「俺も将来、絶対にコーチみたくなりたい」
そういう思いが、常に頭の中にあったものだ。

そして、次に憧れた人。
それは、高校生のとき。
その人もやはり、その時通っていたスイミングスクールのコーチだった。
彼からは、その人の生き方とかよりも、
彼の性格、全ての人を包み込む、暖かさ、
そして、その心の広さに惹かれたものだ。
練習中の彼は、鬼のようで超恐かったが。
練習後や、プライベートで会う彼は、本当に優しくて、
話をする俺を、とても和やかな気持ちにさせてくれたものだ。

そして、3人目。
彼は、このブログにもたまにコメントを残してくれる、
そして、俺の今の兄貴でもある、龍のシェフこと、伊吹さん。
彼は、2年前にいたサンノゼという街で、そこにあったアメリカ人向けのスシバーのレストランで、マネージャーをやっていた人だ。
彼と俺はそこで会い、色々と話したり、教えてもらったりして、
彼との絆も深まった。
今は彼は日本にいるが、E-mail等で連絡を取り合い、
常にKeep in touchの状態である。
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今日は久しぶりに、“熱い”状態で書きます。
なぜなら、人に触発されて、“書きたい”状態で書くから。

さて、今日会ってきた人。ユカさん。
この子は、同じ学校に通う日本人留学生です。
将来ジャーナリストになるのが夢で、今毎日を懸命に生きています。

今日、彼女にインタビューされるべく、午後から会ってきました。
それも、彼女が今行っている、インタビュープロジェクトのためです。
これは、日本人留学生にインタビューをして、その人の生活ぶりや、
毎日打ち込んでいること、
また、勉強していること、
留学したきっかけ、
普段考えていることなどを、
聞いて、記事にして、それをウェブサイトに載せて、
今現在日本で留学を志している人たちに読んでもらう為。
それをすれば、実際に“留学”に関して、もっと情報を知りたい人が、
留学して、実際にどんな生活になるのか、
どんな人が留学しているのか、
そういったものを、直に知れる場所となる。
そんな、情報発信の場となる。
そういう意向でやっているそうです。
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September 18, 2006


日曜日。
サンノゼから来ている友達と、ハリウッドにあるユニバーサルスタジオに行く。
いくつかのアトラクションに乗ったが、何より一番心に残ったのは、
そんな人工的なものではなく、楽しそうな家族たちの笑顔だった。

なぜかユニバーサルスタジオには、メキシコ人の家族連れが多い。
ジュラシックパークのライドに乗ったとき、前の席は、メキシコ人の親子だった。お父さん、お母さんと、小学校低学年くらいの男の子と女の子。
ライドの後、滝から落っこちるシーンで、すごく恐そうな顔をしたお父さんの顔が移された写真を見て、その子供たちがすごく嬉しそうに笑う。
お父さんも、「ありゃりゃ」みたいな顔で、一緒に楽しそうに笑ってる。
すごく、微笑ましい光景だった。

そういえば去年も、今と同じ頃、日本から来ていた友達とここに来たのだが、
そのときも、別のアトラクションで、やはり子供と同じようにきゃっきゃと笑って楽しんでいるお父さんの姿が印象的だったのを覚えている。そのお父さんの姿がやはりとても微笑ましかったので、今でも昨日のことのように頭に焼き付いている。

俺はメキシコ人の人たちが大好きだ。彼らは、とても明るい。
常に前向きだし、とてもポジティブ。
クヨクヨと落ち込んで悩んでいるメキシコ人なんて、考えたら、見たことないかも。
前にサンノゼにいたときに働いていた寿司屋。そこのキッチンには、メキシコ人が沢山働いていた。
みんな明るくて、音楽をかけながら、活き活きと楽しく仕事をしていた。
そのときマネージャーをやっていた、伊吹さんから聞いた話。
ある日、彼が店に来ると、他の従業員から、あるメキシコ人の一人が、車を盗まれたと耳にした。
それは気の毒にと思い、彼に声をかけに行く。
しかし当の本人は、音楽を聴きながら、いつものように明るく仕事をしていた。
とても昨日車を盗まれたようには見えない。
おかしいなと思いながら、声をかける。
「おまえ、昨日車盗まれたんだってなあ!それは残念だったな。でも、落ち込んでないのか?」
「いやあ、しょうがないしょうがない!
どうせあの車も、運転免許証なしで乗ってたし、もし警察に停められたら、どうせ車は取り上げられてたんだから、しょうがないさ!」
「でも、あの車、2000ドルくらいしたんだろ? 結構な額じゃないか?」
「いや、どうせまた稼げばお金は入るから!」
そしてまた、フンフンと鼻歌を歌いながら、仕事に戻る彼。

メキシコのある地域では、物価がアメリカの十分の一だ。
彼のように、メキシコから国境を越えて、カリフォルニアに入ってきて、ここで金を稼ぎ、国にいる家族に仕送りする人はとても多い。
彼らはものすごい働き者だ。アメリカで得たお金は、メキシコのそれの10倍にも匹敵するから、彼らはとにかく勤勉に働き、お金を溜め、家族のために仕送りする。
そんな状態の彼。2000ドルとはいえ、メキシコじゃその10倍の額の車を盗まれたわけだ。それでも、次の日には、すでにその事を悔やむのではなく、次の道を考え、完璧に頭の切り替えをして、楽しく明るく仕事をしている。
この、超プラス思考。色々な辛い状況を乗り越えてきたからこその、その前向きさと、そしてもともと持つ、ラテンの明るさか。
メキシコ人からは、いつも学ばされる。

そんな彼ら。上に書いたように、その家族への愛情も素晴らしい。
お父さんは、本当に、子供と一緒に、まるで自分が子供のように、一緒にはしゃいで、その場を楽しむ。
見ているこっちも、嬉しくなるし、ほんわかする。


帰り、駐車場へのエレベーターに乗ったときに、一緒に乗り合わせていた家族は、なんと行きのエレベーターで同じく乗っていた家族連れだった。
最後の人が降りるまで、ドアを手で丁寧に抑えてくれている紳士的な男の子。
ありがとうと言い、朝も一緒だったよねと言うと、その子もそのお父さんも、本当だね!と。
偶然だねなんていいながら、そこで一旦別れて、歩いて自分の車へ戻ると、またしても彼らに遭遇。
なんと彼らは、車まで俺たちの隣だった。^−^
お互い笑いながら、気をつけてねといい、手を振る。
いい出会いだった。


常に前向きで、明るくて、楽しそうな彼ら。
その家族に生まれた子供たちも、さぞかし幸せなことだろう。
あんな家族を将来持ちたい、そう思わせてくれる彼らを目にして、
今日もまた、暖かい気持ちにさせてもらった。


9.17.06


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July 24, 2006

今日は嬉しいことがあった。
淳(あつし)に会いに行った。龍のシェフがMIXIで知り合い、
俺に会うことを勧めていたやつだ。
淳は、シェフの卵。
今、東京にある料理学校に行きつつ、バイトをする日々。
休みは、ほとんどない。
朝6時半には家を出て、毎日帰ってくるのは、夜の12時ごろ。
最近はテストも近いため、睡眠時間は3時間半ほどで毎日やっているそうだ。
大阪にいる龍のシェフは、東京にいる敦と、もちろん会ったことがない。
なぜ、会ったこともない彼を、俺に会うことを勧めたか?
それだけ、彼の日記から発するパワーがでかかったからだ。
彼の日記からは、毎日の苦悩の日々が見れる。
毎日、自分の心と向かい合い、自分の目指す自分にすぐ追いつけないもどかしさに、
のたうち回り、自問自答する。
そんな彼に、俺も共感を得ていた。

今日、横浜の会社を訪問した後、
東京代々木に彼に会いに行った。
彼も、バイトと学校の合間の1時間弱を見つけ出して、俺もそれに合わせて行った。
スタバで、話せる限り話した。

彼の瞳は、輝いていた。
強い。だが同時に、きれいな目をしていた。
そして、好奇心いっぱいで、興味津々の目。
今目の前で話している人の言葉を、一つも聞き逃すまいとする、
真剣なまなざし。
俺の話に聞き入ってくれる彼が、すごく嬉しかった。
彼は、海外にも興味があるらしい。
俺の今までの経験とか、少ししか話せなかったけど、
それでも楽しんでくれたようだ。
それから、彼が興味を持っている、龍のシェフ。
同じシェフ同士、彼も、伊吹さんから学びたいのだ。
できる限り、伊吹さんのことを、彼に話してあげた。
大阪にいる彼にすぐに会えない彼が、少しでも伊吹さんのことを知れるように。

時間ギリギリまで話を聞いてくれた彼は、
「もう時間がないので」と、走って学校に向かった。
そんな彼の後姿を見て、すごく清清しかった。
まだ、18歳。
もの凄い可能性を秘めている。
人は、魅力のある人ほど、その人の目は、生きているが、
彼の目は、言うまでもなく、
その辺の誰よりも輝いていた。
同時に、強さも持っていた。

自分しだいで、いくらでも伸びるだろう。
そんな彼に、少しでも、俺の経験話や、アドバイスが、
彼の魅力を最大限まで発揮する糧となればいい。
俺は、今まで、沢山の先輩に、お世話になってきた。
それは、彼らが、沢山の時間を、俺のために割いてくれ、
話を聞かせてくれ、希望を持たせてくれたからだ。
「自分の未来は、無限の可能性がある。」
「自分の想像もできないほどの、大きな自分が、未来にいるかもしれない。」
それらの希望を持たせてくれたのが、辛いときや、ここぞという時に励ましてくれた、先輩たちだった。
彼らが、俺にしてくれたこと。
それを、少しでも、次の子たちにつなげたい。
まだまだな俺だけど、彼は、今日の俺の話から、
少しでも、刺激を受け、また、がんばろうと思ってくれたようだ。
それが、凄く嬉しかった。

18歳。可能性は、無限にある。
自分の個性を、最大限まで、伸ばしてほしい。
そして、魅力の満ち溢れた人間となってほしい。
彼の未来が、楽しみだ。

7.24.06


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横浜にある会社。
「社長と話す」でも書いた会社の中身を見に、
インターンと称して、行ってきた。
朝の9時半から、午後2時まで。
目いっぱい、見てきた。

まずは、素晴らしかったところ。
普通は、会社の人が俺に常に付きっ切りで会社の中を回るだけなのだが、
この会社は、やっぱり正々堂々としてるな、
社長は、「じゃあ好きなだけみてよ」と、
俺に好きなように動かせてくれた。
そんな中でも、やはり、営業担当の方が、一人ついてくれた。
その人は、この会社営業No.1の方。
自分の仕事もあって忙しいだろうに、何も分かってない俺に、
丁寧に、分かりやすく、説明してくれた。
分からないことがあったら、聞く。
彼女は、自分の手を止めて、俺に分かり易いように、オフィス内を歩き回り、
その部品を持ってきたり、書類を持ってきたりしてくれて、
本当に分かりやすく説明してくれる。
しかし、自分の仕事もしっかりこなしている。
一度、彼女は、自分の書類に目を通しつつ、俺に何かを説明しながら、
横で社員3人が話し合っていた会話の内容に耳を向け、
「それってあれじゃありませんか?」と的確なアドバイスを飛ばしていた。
聖徳大使か?
「この人3つ頭があるんじゃねえ?」
凄いと思ったよ。

やっぱり、バリバリ働いているだけあって、
彼女は輝いていたし、顔も生き生きとしていた。
この前俺に面接をしてくれた時とは、その仕事中の輝きのあまり、
別人かと思った。

そして、いい会社は、社員もいいな。
みんな、まず、挨拶がしっかりできる。
礼儀も正しい。
今日の朝訪問して、まず、海外営業担当の方が、わざわざ出てきてくれ、
椅子に座りながら、少しお話をしてくれた。
「ドライな頭で、しかし熱い心を持って、会社を判断してください」と。
あくまでも、その会社にこびいらず、
自分に本当に合ったところを見てね、と。

社長も、やっぱりよくできた人やった。
潔いな。誰もが、自分の仕事に誇りを持って、
正々堂々と働いている会社は。
非常に、気持ちよかった。

しかし、彼らが「素晴らしい人」というのと、
実際にその会社でやる仕事の内容が、自分に合っているかどうかと言えば、
それは別物だ。
今回、初めて「会社の中で実際に働かせてもらう」というのをやったが、
やってみて、初めてわかった事も沢山あった。
まずは、俺は、一つの作業を、誰とも関わらず一人でコツコツとやっていくのは、
あまり向いていないかなということ。
自分の興味のある分野なら、それは没頭できるが、
自分の興味のない分野は、何せ、眠くなってしまう。笑
今日、インターン中にも関わらず、眠くなってしまった。
気づいた。その瞬間。
5月の終わりに夏休みに入って、今日のこの瞬間まで、
俺は、何かをしていて、興味が薄れ、「眠くなった」ことが無かったこと。
どうりで、毎日楽しいはずだ。自分の好きなことをやっていたんだから。
好きな友達に会う。就職活動をする。
会社訪問をする。人に会いに行く。
話す。刺激される。感動する。何か感じる。
書く。本を読む。
それらは全て、俺が好き好んでやっていたことだった。
だから、今日のあの瞬間まで、「眠く」なったことが無かったのだ。
それは、学校の授業で、教授のどうでもいい話を、
つまらな〜く聞かされているときの、
あのどうしようも無い眠気と一緒だった。
そんな状態に陥っている自分が嫌だったが、
同時に、それが自分なんだと気づいた。
「自分の興味のあることは、率先してやる。
自分が興味がないことは、やる気もおきないし、すぐに眠くなる。」
なんて自分勝手やねん?笑
でも、それが結局、俺なんだな、と。

その代わり、その作業を黙々とやっていて、今にも目をつぶりそうだった俺に、
横にいた彼女が話しかけたとき、
俺の眠気は一気に覚め、頭はフル回転しだした。
彼女の話を理解しようと、脳が働きはじめたからだ。
俺っていうのは、本当に、人に会って、その人に話を聞いて、
何か自分が「学んでいる」と感じる瞬間に、一番脳が働くらしい。
だから、やっぱり、常に人と会える環境、
周りに、人が沢山いて、刺激を受ける環境、
そんな環境が、一番自分にも合っているのかなと、感覚ながら気づいた。


別の社員の方二人と昼食を終え、
会社に戻り、少しして、社長と話をした。
「どう思いましたか?」
答えた。
「もう少し、じっくり考えさせていただきたい」と。
正直、体は、NOと言っている。
しかし、頭は、「自分を鍛えるには、いい環境だ」と言っている。
どっちを取るか。
もう大体決まっているが、
納得の行くまで、自分の心と対話してみる。

社員の方全員に、お礼の挨拶をして、
社内を後にした。
海外営業担当のTさんは、
「またアメリカから帰ってきた際には、ぜひ連絡を下さるととても嬉しいです。
がんばってね」
お客様との取引の最中だったにも関わらず、
そうやって、自分の気持ちを笑顔でいってくれる彼女は、素敵な人だなと思った。

エレベーターまで送ってくれた社長。
これで3回目だが、いつも帰り際、印象に残ることを言ってくれる。
今日の言葉。
「完璧な“正解”は、ないんだよね」
まさに。そう思ったよ。
自分の経験を積んで確実に一歩ずつ上ってきたであろう彼だからこそ、
その言葉には、重みがある。
たとえ、よく言われている言葉であろうが。


今日学んだこと。

“もしも自分の気に入った会社があったのなら、
実際にその会社に入って、働かせてもらうことだ。
そして、納得が行くまで、社員と話せばいい
そうしたら、自分の肌が、分かる。
そこは合っているのか、どうなのか。”


7.24.06



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July 22, 2006

その時のそのときだけの思いというのは、
後で必ず消える。
それと同じ思いは、絶対に、よみがえらない。

だからこそ、
その瞬間の思いを、その瞬間に記す。
何かを持ってるのなら、そこに書く。
PCが使えるなら、そこに打つ。
だから俺は、メモ帳、ペンは、絶対に持って歩く。
その瞬間、出た思い、ひらめき、アイディアは、
その瞬間しか、覚えてないから。

そして、そのときの興奮した感覚、
アドレナリンがほとばしる感覚は、
覚えていたい。
そのために、自分の好きな曲を聞く。
その感覚があるときに、その曲を聞く。
そうして、その曲に、自分の熱い感情を入れ込む。
そうすれば、その曲をまた聴いたとき、自然とその感情はよみがえる。
また、自分のやる気をあげたいとき、でもどうしても上がらない時も、
それを聞けば、段々と上がってくる。
様は、いかに自分のやる気をあげる方法を、多く持つか。
音楽でもいい。何か読むのでもいい。
本でもいい。人と話すのでもいい。
自分の「可能性」を、最大限に使える状態に、
いつも持って行くことだ。


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昨日、この前の「社長と"話す"。」の内容に書いた社長に、また会ってきた。
今回は、海外マーケティング部門担当のリーダーと話すのが目的。
実際にその会社で働く場合、彼らが一番大事とするのは、
「その人と働きたいかどうか」。
それは、俺も同じ思い。
お互いに、「この人と時間を使って、働きたい!」
そう思える時間の、人生の使い方をしたい。

担当の方二人は、二人とも、女性。
国内マーケティング部門の方と、海外担当の方。
二人とも、切れる。
特に、海外担当の方は、前回フェアでお会いした際、30分ほど話したから、
俺ももう一度会いたいと思っていた。
彼女は、フェアで俺に言った。
「もし海外に残れる道があるなら、
それを使って、向こうでしか得られない経験を得てくるのも賢いと思いますよ。
自分の「肌」でしか感じられないこと。
それを得られるのは、自分で経験してのみですから。」

彼女は、その30分の間、
一度も、「私の会社に入って下さい」というスタンスを見せなかった。
彼女はあくまで、「俺」という人間の今の状況、環境を考え、
俺にとって一番いい人生の使い方は何かを、
一緒になって本気で考えてくれた。
普通の会社なら、自分の会社のことしか話さないし、
少なからずは、自分の会社もアピールする。
しかし彼女は違った。
俺はそれが嬉しかった。
「この人にまた会いたい」
そう思って、そこを後にした。

それから多分3週間ほど。
また彼女に会う機会ができた。
まずは、二人が、「何か質問は?」と聞いてくれたので、
「何でも聞いていいですか?」と返し、
自分の知りたいことを全て聞いた。

一通り質問が終わった後、彼女達に聞かれた。
「どうして、技術営業を希望ですか?」
俺は言った。
「正直、それが絶対やりたいというわけではありません。
ただ、御社の中で、自分ができる仕事はそれだけだと思ったからです。
僕がこの会社まで足を運んだ理由は、
社長と、Tさん二人に惹かれたからです。
フェアでお二人とお会いして、お話して、
全て本音で話してくれる。そして潔い。
筋が通っている。
そんな魅力的な二人が働いている会社ですから、
他の社員の方たちも魅力的な人がいるだろう。
それを見たくて、もう一度お会いしたく、会社訪問しました」
(ちなみにTさんとは、海外担当の方)

聞いてみた。Tさんが認める、魅力あると思える社員の人はいるかと。
彼女は、横に座っている、Mさんだと答えた。

彼女達、切れる女性。
今までとは違う視点で、物事を言ってくれる。
今までの役員面接は、全てが男性だった。
京都の会社の社長を抜かしては。
女性は、男性よりも鋭い。
男の見えないところを見抜く。
直感で感じ取り、そこを突いてくれる。
前から面接はお見合いだと言っていたが、
昨日の二人との面接は、まさに「お見合い」だった。

Mさん。
「今のところ○○さんと話した感じでは、
あなたは、やる気があります。
話もとてもお上手です。
勢いもあるし、自分で何かを無から起こす行動力も凄い。
ただ、感情の勢いで走ってしまって、
その準備に緻密さがないということです。

うちの会社にもし入っていただけたら、
最初は、うちの会社の製品をよく勉強してもらいます。
そこのところで、もしかしたら、他の人よりも、時間がもっとかかってしまうかも知れません。
○○さんは、外に出て行く、人と話すなどが合っているでしょうから、
営業は全く問題はありません。
しかし、その最初の、準備段階の部分で、
もしかしたらあなたのやる気がそがれてしまうかもしれない。」

「ですから、今度は会社の中をよく見てもらって、
そこで、自分が合っていそうかどうか、見てみて下さい。
そのとき、ただ "うちの会社を見る"というだけではなく、
"自分にはどんな仕事が合っているんだろう"と、
全ての動きを見る感じで見るといいですよ。」

ここまで親身になってアドバイスをくれる人は、そういない。
普通は、その面接者の立場になってはものごとを言ってくれないし、
考えてもくれないから。

Tさん。
「先ほど、魅力ある人たちと一緒に働きたいということで、
うちの会社に来てくれたと言っていましたけど、
もっと広い視野で考えることもありですよ。
ただ「魅力ある人がいる"会社"に入る」というのではなくて、
別の会社に入って、そこでまた○○さんと取引をすることになるかもしれない。
そのとき、私達は、本当に、「仕事を一緒にした」となるかもしれませんね。」
俺。
「つまり、そこの"会社"で働いているという狭い考えではなく、
この"世界"で働いているという広い視野ですよね?」
「そうですね」

面白いと思った。
こんなことを言ってくれた人も、始めてだった。

Mさん。
「別に私達は、あなたがうちの会社に合わないといってるのではないですよ。
むしろ、ぜひ一緒に働きたいと思っています。
ですが、あなたとお話して、今すごくやる気があって、輝いているからこそ、
その○○さんの魅力を最大限に行かせる環境に行ってもらって、
そこでご自身も納得されて、バリバリ働いてほしいのです。
もしうちに来て、
"ああやっぱりここは合ってなかったな"と思われて、
途中で辞めることになっては、
○○さんにとっても残念だし、
私達も残念なんです。
やっぱり、いい関係をいつまでも続けたいじゃないですか。
ですから、入る前に、よく見極めてほしいのです」

お見合いそのものやん!
そう思った。
結婚する前に、お互いが本当にあっているいるかどうか、
よく確かめる。

普通の会社の、男性の役員の方々は、
俺が使える歯車と見るか、
そして、もし使えると判断した際には、
すぐに、圧力を使う。
「お前が欲しい。うちに来い。
うちはいいよ。他の会社どっか見てるの?
名前教えてよ。
ああ、あそこね?
うちにも、あそこから移ってきたのいるよ。
いや〜、あそこはやめといたほうがいいよ。
うちにしなよ。
うちに来たら、間違いはないよ」

そういう会社を、沢山見てきた。
どこも、結局は、他の悪口をいい、自分の会社を押す。
はっきりとは言わないが、そういう態度だ。
なぜ、そうするか?
自分の会社に入って欲しいからだ。
他のやつの悪口を言う。
俺が最高だという。
俺のとこへ来いという。

しかし、ここの会社は、とことん違った。
むしろ、正直すぎて、いいんですか?くらいだった。
俺はその二人が、本音で全て、
自分達が感じたフィーリングまでも話してくれたのに感謝し、
何度も頭を下げた。


その後、社長とまた話した。
「何話したの?」と聞かれ、
彼女達と話したこと、大まかに説明した。
「う〜ん、彼女達も鋭いね。
そうやって言ったのは、きっと、
○○君が入ったら、キミを育てるのが、よっぽど大変だと見たんだろうね。
二人から相当厳しくきたえられるよ。
でも、それだけ自分を伸ばすにはいい環境だと思うよ」

社長は言った。
「僕が今のところキミと何回も会って感じる感覚では、
きみは、"技術営業"という風に何かワクを決めるのではなくて、
何でもできる、ジェネラリストになった方が、伸びると思うんだよね。」

「キミは将来、大物になるか、ざるで終わるかの、
どっちかだと思うよ」

「ざるって何ですか?」

「ざるっていうのはね、穴があること。
キミと話してて思うのは、君は器量がでかくなる素質を沢山持ってるけど、
同時に、穴がたくさんあるってことよ。
欠点があるってこと。
でも、ざるでも、その全ての問題を抱えちゃうだけの大きさがあれば、
それより強いものはないんだよ。
キミがもし、自分の器量を最大限まで伸ばして、
全ての問題を抱えられる器をもったら、
それは誰よりも強いよ。」

「いわば、技術職ってのは、その器に穴はないんだけど、
その器の大きさは、ちっちゃいんだよ。
結局は、それだけのウツワだってこと。
でも、ざるは、強いぜ。
ざるをどんどん大きくしたら、何でも受け入れられちゃうんだ。
しかも、そのざる、今はタコ糸の太さかもしれないよね。一本一本の竹がさ。
でもね、その竹、自分の努力次第では、金属のワイヤーの太さにだってできるんだ。
そこまでしちゃえば、もう、ザルだろうが、穴はほとんどない。
それは強いよ。
何でも受け入れて、それで全部抱える大きさがあるんだからね。」

「欠点っていうのは、結局は、絶対直らないもんだよ。
欠点を直して、全部穴を無くすよりは、
今あるいいところをガンガン伸ばしていった方が、絶対にいいの。
きみのよさは、その器量のでかささだよ。
今はちっちゃいザルかもね。でも、それは、自分の努力次第で、
いくらでもでかくなっていくんだ。」

前の日も言ったように、彼は言った。
「ぼくが今取ろうと思ってる人材は、
ぼくに刺激をくれる人です。
社長が成長しなくなった瞬間に、その会社の成長は止まると思ってるからね。
だから、僕は、僕に刺激をくれる人を入れて、
それを抱える器をどんどん大きくしていく必要があるんです。」

「では、僕が社長さんに与えられる刺激って何ですか?」

「今のところはないよ。
でも、キミが何でも受け入れる覚悟で、自分のザルを強く、でかくしていったら、
そのザルの成長が、何よりもの刺激だろう」

面白い。


「キミに内定をあげる条件を二つあげます。
一つは、言われた仕事は、何でもやること。
絶対に、逃げないこと。
二つ目は、今までもらってきた他の会社の内定を全て切ってから、
アメリカにこの夏帰ること。
会社というものは、社会に利益を生み出してこそ、価値があります。
キミが内定を抱えているということは、
その枠の人一人分、他に入れなくなる人がいるということ。
キミがアメリカに帰ってからも、アメリカの企業を相手に就職活動をしたいのはよく分かっています。
ならば、うちに来たいと考えるのであれば、
他の会社の内定を全て切って、それでアメリカの会社と比べてくるという覚悟が欲しい。
それができないと、僕は内定はあげられません。」

「人間、自分のことばっかり考えてると、
自分の器っていうのは、ドンドン小さくなってくもんなんだよ。
他の人のことも常に考えてあげなきゃね。
自分で自分の器を小さくすることをしてちゃダメよ」

「どんな仕事にも、逃げずに向かってきて欲しい。
きっとキミには、他の人とは違ったプログラムを与えるかもね。
工場の管理を任せたりとかね。
でも、そんな中でも、逃げずに一つずつ、こなして行くやつが、
後々でかくなるんだよ。
僕も最初の頃は、色んな仕事をやったよ。
「何でこれなんだよ??」ってのもやった。
でも、全てを、「後で必ず役に立つ。必要なんだ」という考えで、
本気で取り組むと、
必ず後でそれは糧になるんだよ」

「僕も若い頃、営業がどうしてもできなくてね。
会社にも帰ってくるなって言われて、
山手線の切符一枚買って、一日中ずっと本読んで過ごしてた。
でも、3日目で、「俺何やってんだろう」ってなってね。
悔しいじゃん?その仕事ができませんでした、って理由で辞めるのって。
だから、進まなくなたら、
1ミリでも、1センチでもいいから進む努力をするんだよ。
そうすると、必ず道は開けるから。」

「逃げないこと。
全て任せて下さい!という器量だな。
その精神で行けば、必ず伸びる。」



全て本音で話してくれる、その社長。そして、社員の方たち。
俺は言った。
「いやあ、こうしてここまで腹をわって話してくれて、とても気持ちいいですね。
清清しいって感じですね」

「清清しいんじゃない。話が、"濃い"んだよ。
普通ここまで話さないからね。
中にはいるよ。その子が辞める時になって、
「お前、面接で言ってたことと結局違ったじゃないか」と言ったら、
「いや、面接は別ですから」って。
あれにはびっくりしたね。」

「僕、"面接の受かり方"みたいな本って、本当に意味ないと思うんですよ。
結局は自分を偽って、その場だけパスすればいいみたいな考えじゃないですか」

「そうそう、ああいうのは本当に意味ないよ。
だって、いざそこで同じ時間を使って働くのに、お互いが腹を見せずに騙しあっても、
何も意味ないでしょう?
結局は入ってから、全て見えてくるんだから。
自分を偽っても、気持ち悪いじゃない。
だから、全部本気で、潔く、本音で話すよ。
最初から全て見せる。
それで合うかどうかは、相性の問題。」

ホンマに、結婚やな。


最後に社長は言った。
「キミは、本当に、大物になるか、
ザルで終わるか、どっちかだな」

「僕は、自分が大物になると信じきって進んでいく以外にないですけどね」

「大丈夫だよ、キミは。
目が死んでない。
生きてるから大丈夫。
あとは、逃げないことだな。
絶対に逃げないこと。
結果を出す。
あきらめない。
それだけだよ」


「僕はアナタと仕事がしてみたい。
10年後を期待します。
どこまで大きくなるか。
ザルが大きくなるのか。
自分より、でかくなるかもね。」

彼はきっと、"今"の自分ではなく、
これから伸びるであろう、俺の可能性を期待して、
欲しいと言ってるのだろう。

今回この会社を訪れようと思ったきっかけは、
最初の社長からのメールだった。
「キミの履歴書を読んで、ぜひ一緒に仕事がしてみたいと思いました。」
今回、別れ際に聞いた。そう思った理由は何だったのかと。

「キミの履歴書に、「結果が出ない場合は、すぐに切ってもらって結構です」って書いてあったでしょ?あれを読んで、こいつは潔いな!と思ったよ。」

「でも、あの書き方、日本の会社の8割には嫌われるんですよ。
この前は、役員の方直々に、「この書き方は嫌われるから辞めた方がいいよ」って言われましたからね」

「それは、その人間が、本気で仕事やってないからだよ。
人間、"売る気のない"マーケティングほど、強いものはないんです。
"欲しかったらいいよ、買ってみなよ"ってね。
その余裕が大事よ。」

俺は嬉しかった。
ここまで、本気で話し合える、人。
考えも合う人。


己の、大事な人生の時間を使って、働くんだ。
20代、30代、40代。
それらの時間は、一生返ってこない。
人生、一回きりだから。
その時間を、使うのだから、
"本気"で働く。
何をするよりも、その時間が一番有益だった。
その時間の使い方が、一番濃かった。
そういう生き方をする。
それには、同じように、"本気"で生きている人たちと、一緒に仕事をする。
そして、何が"大事"かを、分かっている人たちと、働く。
時を、共にする。

その、二度と帰ってこない、この瞬間。
何に変えるのか。
金なのか?金と、自分の、人生を変えるのか?
金を手に入れて、モノが欲しいのか?
いい車?いい家?
そんなものは、必要ないよ。
俺の人生、モノと変えるのか?
違う。
俺の大事なものは、そんなものではない。


見れば見るほど、
動けば動くほど、
自分が大事とするもの、
そして、自分が20,30、40代をどう使いたいのか、
徐々にハッキリしてきた。
後は、自分が心から納得いく環境を見つけ、
本気で働きたいと思える人を見つけ、
そこで自分を鍛えるのみ。
死ぬ気でな。


社長の言葉。
「人間、死ぬ気で働いてる時は、その人の力の40〜60%しか出してないんです。
"もうダメだ!!!"と思ったとき、100%の力がやっと出る。
100を目指すなら、
常に130出す勢いで行かなきゃね」

水泳も同じ。コンマ0.001秒で勝つには、
壁の向こう側を突き破る勢いで、タッチする。

空手も、強い蹴りは、
蹴る相手の体の向こう側を蹴りぬく勢いで蹴る。


月曜、この会社でインターンしてきます。

7.22.06


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July 18, 2006

昨日久しぶりに成田に帰って来て、
今日は横浜にある会社に、面接と試験を受けに行った。

この会社、東京で行われたキャリアフェアでは、社長自らが講演+面接もしてくれ、俺としては、もう一回会って、話をしたいと思える会社だった。

今回も、社長が自ら出てきてくれ、
適性検査、そして、実際にその会社で働けるのかどうかの素質を見抜く、
"テスト"が用意された。

その"テスト"とは、
「工作」。

テーブルに並べられた、
わら半紙、厚紙、ワリバシ、竹の箸、タコ糸、種類別の輪ゴム。
そして、使っていい道具は、カッターナイフと、シャーペン。
それだけで、1時間半以内に、「遊べるもの」を作る。

工作か。小学校以来か?無から、自由に、
誰にも指示されず、自分の空想で、何かを作るのは。
その道具を見せられ、「じゃあ1時間半以内で作ってね」
と言われた自分は、無性にワクワクしていた。

作り始めて、思い出した。
小学校の夏休み。
毎年、夏休みの自由宿題が楽しみだった。
工作、からくり、そういったものが大好きな自分。
毎年、夏休みが来る前から、「今年は何を作ろうか」とワクワクしていた。

「ネクタイも外していいよ」と言われたので、
MDプレイヤーで音楽聴きながら、ノリノリで作ってやった。
一時間半は、あっという間に過ぎた。

結局、俺が作ったのは、クルマ。
竹串を車軸にして、よく走る車を作った。
動力は、輪ゴム。
結構よくできたかな?なんて満足していた。

そのクルマを見て、社長。
「うん、いいでしょう。
こんなもんかなという感じです。
そこに発射台もあったら、最高だったけどね」

今回、こんなテストをさせた裏には、それなりの理由があった。
それは、その人の、行動パターン、
そして、企画力、実行力、問題が起きた時の、修正能力等を見るということ。

「キミが作ってくれた作品を見ると、
出だしの勢いはいいんだけど、それをする前の計画段階で、
まだ弱いかなという感じがします。
でも、物事を進めながら、それを修正していく力もあるようですね」

「キミの履歴書を見たり、面接をしたり、
メールのやり取りを見ていった上で今のところ感じるのは、
"勢い"は凄くあると言うことです。
でも、それを行動に移す前の、プラニング力。
それがまだ弱いかな、という感じです。
まだ若いのだから、今はそれで良い。
でも、これが30、40代になってもこのままだと、正直困ります。
それは、今の段階では、それなりの仕事しかできないから、
もし勢いだけで失敗しても、そんなに大きな失敗とはならない。
でも、いずれ部下を持ったり、責任ある仕事を任されたときに、
そのままだと、
大きな問題を抱えることとなる」
「確かにそうですね」
「これは、行動パターンの問題だと思います。
素質はある。後は、この行動パターンをいいものに変えれば、本当の力は付くでしょう。
ですから、うちで働いてもらうとなった場合は、
そこを直す必要があるので、
かなり手厳しく指導していくことになるかと思いますが、それは結構ですか?」
「はい、大丈夫です。変える必要があることですし、変えないといけませんから」

ここまで深く、
自分の行動パターンとか、考え方の傾向を見抜いて話をもってきた会社は、
今まではにはない。
大体の会社が、その人が、その会社の「歯車」として動いてくれるかどうか、
そこだけを見る。
そのために、彼らは、応募者の、「人間性」などは見ない。
彼らは、そこまで気にしない。
要は、「言うことを素直に聞いて、真っ直ぐに育ってくれそうで、
それで、行ったことはキチンとやってくれる」、
そんな、「良い子ちゃん」が欲しいだけだ。
大概のいわゆる"大企業"は、そこを見るために、
SPIなどの「適正検査」を受けさせ、
後は、面接でも、その子が、いかに「良い子ちゃん」かを見る。
「こいつは、うちの会社で、素直にはいはいと言って、
働いてくれるのか」
そこを、見る。
それに通ったやつは、合格する。
個人の、「人間性」は、見られない。

その人の「人間性」を見るという点に置いて、
少しましな会社でも、
やはり、大抵の会社が、面接での、「勢い」しか見ていないところが多い。
面接でいい顔してれば、
また、面接で、さわやかで、快活で、はいはい答えて、
「こいつは働けそうだな」と思わせるやつがいたら、
そいつは採用。
しかし、彼らは、その人間の、本質までは見抜いていない。
いや、時間をかければ、見ぬけるだろう。
しかし、その時間は取らないし、彼らも、取ろうとしない。
俺は今年の夏、いくつかの会社を周り、
面接も色々な人としたが、
そんなときに、俺の「勢い」とか、「面接の時の顔」だけ見て、
「キミいいね〜! ぜひ一緒に働きたい!!」
なんて言ってくれる会社には、正直、不安を覚える。
あなたは、"僕自身"を見たんですか?
面接の顔だけを信用していいんですか?
実際に働きだして、そこで出る俺の本当の顔を、
見たのですか?
そう言いたくなる。


しかし、今回面接を受けた社長は、俺の内部まで見た。
俺が、「誰なのか」を見た。
そして、「どんな行動を取るのか」、も見た。
俺は、それが嬉しかった。
だから、彼に言った。今上に書いたことを。
彼は言った。
「どうして他の会社が、キミが"誰なのか"を見ようとしないか教えてあげようか?
一番の理由は、時間がないからだよ。
一人一人こんな風に時間をかけて見てたら、
とてもじゃないけど、いつまで経っても終わらないよね。
うちは、別に人数を増やそうとしているわけじゃない。
"人手"として採ろうとしていない。
今採用しようとしている人たちは、
いずれ、3〜5年後には、
うちの核となってもらう必要がある。
そんな人を取るんだから、
その人の人間性をしっかり見ずに取ることは、
うちもできないよね。」

その通りだろう。
だからこそ、ここまで、時間をかけて、一人一人、じっくりと見るのだろう。
お互いに納得が行くまで、話し合って。

俺が言った。
「今年の夏から就職活動を始めましたが、やればやるほど思うことは、
面接は、ただの"お見合い"でしかないってことですね」

「その通りだよ!実際にその人がその会社で働いてみるまでは、
会社も、その人も、本当にそこが合っているのか、
または、お互いが、思ったとおりの人たちだったのか、
分からない。
だからこそ、僕らは、なるべく時間を取って、
"結婚"する前に、お互いの本質を、見抜くところまで見ようとするんです。
そうじゃないと、どっちも不幸になるからね。
本来、会社と応募者は、対等な立場です。
会社は、その人が活躍する"舞台"を与えるだけ。
後は、その人がそこに入ってから、どれれだけ頑張るか、伸びるかは、
その人次第です。
だけど、それでも、会社の方が、やはり強い存在になっちゃうんです。
何故かと言うと、会社は、その人が途中で辞めたからって、
"〜さんが辞めました"って役所とかに言わなくていいでしょ?
でも、辞めた人の履歴書には、確実に、残るからね。
応募する人の方が、リスクが大きいんです。
だから、強い立場である会社が、相手の立場まで降りていって、
そこで一緒に同じ目線で話すべきなんです。
少なくとも、僕らはそうしています。

それに、大体の会社が、"採ってやる"って態度でしょ?
でも、採って"やる"んじゃない。
その会社は、その人に、舞台を与える代わりに、働いてもらうんですから。」

「そうですよね。その人は、自分の人生の"時間"を、その会社のために使うわけですからね」


久しぶりに、というか、初めて、ここまで深く話せる社長と会った。
大体の会社は、彼が言ったように、一人一人の人間性や、その人が「誰か」を、
見る時間はないし、見ようとも思わないだろう。
彼らが欲しいのは、会社のために働いてくれる、"戦力"だからだ。
そんな人間が、社長に、"刺激"を与えるようでは困る。
まだ延び時期の、小企業、または、ヴェンチャー企業などは、その"刺激"は欲しいかもしれない。
でも、それでも、社長に直接、"刺激"を与える人材は、欲しいかどうかは分からない。
しかし、この社長は、その"刺激"が欲しいと言った。

「今回僕が採用しようと思っている人材は、
まず、その人を見て、一緒にチームとして働ける人。"働きたい!"と、お互いに思えるかどうか。
そして、僕の持っていない考えや見聞を持っていて、
僕に"刺激"をくれる人。
会社は、結局、そこの社長以上の人間はその会社にはいませんから、
その社長が、それだけ器の大きい人間である必要がある。
逆に言うと、僕がそういう刺激を受け入れていく器がないと、
この会社はもうそこで成長しませんからね」

面白いなと思った。
まだ、小さくて、成長段階だから言える事かもしれない。
もしくは、俗に言う"大企業"でも、
その刺激を未だに貪欲に求め続けている会社も、中にはあるだろう。
でも、そこまではっきりと、正直に話してくれた社長は、
今回が初めてだった。

結局社長との話は、1時間以上にも及んだが、
俺の満足度は、高かった。
その会社の内容がじゃない。
彼と、「人と人として」、お互いの本心を出し合って、話ができたからだ。
いつも東京に面接に行くたびに思ってたこと。
どの会社も、いい顔をする。
"お見合い"だから。
そして、それに答える、俺自身も、"いい顔"をしていた。
そんな自分に、抵抗を感じていた。
俺は、"お見合い"でいい顔して、そこの会社に入るために、
自分の時間使ってんじゃねえ。
例え、いい顔して入っても、相手のことを、本当に見たのか?
その人たちの、働き様を見たのか?
自分が、納得して、心から燃えて働ける仕事場なのか?
そういう人たちが集まる会社なのか?

そこを見極めきれず、
また、そこまで深く見させてくれない会社が続出。
人と会っているのに、
「本心で語り合えてない」。
その矛盾に、段々とやる気を無くしていた。

だが、今回の面接は、違った。
社長が、全て、正直に話してくれた。
俺も、正直に、全て、話した。
俺は、いつも、どの会社に対しても、正直になれる。
でも、会社側は、向こうが心を開いてくれるまでは、相手の本心は分からない。
大抵の会社は、本心は見せないよな?
見せたら、痛いところつかれるからな。
でも、今日の社長は、
俺と、「会話」してくれた。
だから、嬉しかったんだろう。
「今日もいい出会いをした」。
そう感じている俺がいた。


俺は、「面接の仕方、攻略法〜」などという本ほど、
意味のないものはないと思う。
そんな本、"お見合い"で、いかに自分をよく見せるかを教えてるようなもんだろう?
それより、ありのままの自分を見せることだ。
実際にその会社と"結婚"する前に、
自分の全てをさらけ出し、相手の全てを見抜く意気込みが必要だ。
そうでないと、必ず、"離婚"は生じる。
3年以内の転職者が、全体の3割以上というのも、
ここから来るのだろうか。


最後に、社長が面白いことを言っていた。
「話は全然変わるんだけど、
僕は誰かが結婚する前に、必ず一週間、海外旅行へ行けよと言うんです。
人は、普段と違う環境で、初めてその人の本質が現れますからね。」

成田離婚って、だから起こるのか。
そう思った。
俺も結婚する前は、その人と海外旅行行こうっと。


やべえ、またこんなに書いちまった。

7.18.06


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July 10, 2006

今日もめっちゃ魅力的なやつに会った。
彼の名前は、健太。
大阪の商店街の一角で、自分で自ら仕入れてきた野菜を、売っている。
18歳から八百屋の道に進み、今では4年目。
朝の3時には家を出て、ヴァンで京都、大阪の農家を直接周り、
その日に取れた、一番いい野菜だけを、
自分の目で、そして舌で確かめて、持って来る。
それを、今度は朝の8時から商店街の片隅に自分の場所を出し、
夕方まで、そこで立ち続け、売り続ける。


龍のシェフに連れられて、彼に会ってきた。
彼を見た瞬間の第一印象。
オーラが出ていた。
それも、明るくて、元気で、人を惹きつけるオーラ。
彼の目は、とても綺麗で、輝いていた。
そして、堂々としている。
自ら決めた道を突き進む。その強さ。
月から土曜まで、朝3時に出て夜まで働く日を続け、
日曜日は、また新たな農家の新規開拓のため、外へ出る。
それを続ける。

初めて京都を周った頃は、大阪の人と言うだけで、
農家の全ての人に断られたそうだ。
それでも、彼は続け、今では、
300件以上の農家を相手に、商売をしている。

例えその日に、そこの農家の野菜がダメでも、
他に同じ野菜が仕入れられるよう、
それぞれの野菜専門の農家を決めている。
そんなわけで、仕入先は300件以上。
そんな中から彼が選んできた野菜。
美味しくないわけがない。
野菜のことが全然分からない自分でも、
その野菜の見た目から、いい野菜を扱っているということは良く分かった。


そして、何に俺が一番惹かれたかって。
それは、彼の真っ直ぐさ。正直さ。
来てくれたお客さんに、全て正直に話す。
「嘘ついて、悪いものを売っても、
僕もお客さんも良くなりませんからね」
商店街を歩くお客さんに声を元気にかける彼の姿は、輝いていた。

俺のMIXIの「龍のシェフ」のところに行けば、
彼のブログの中に、「季節のお届け人”健太”」という項目がある。
そこを読めば、もっと彼のことが分かると思う。


今日も、また刺激されるやつに会った。
俺ももっと頑張ろうと思う。
旅の、醍醐味。
魅力的なやつに、会う。刺激される。

7.10.06



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June 09, 2006

何にも捉われることはない。
“こうしなきゃダメ”、“こうあるべき”なんてない。
今俺はアメリカにいる。
それこそ“こうしなきゃ〜”が取り除かれるところ。
自分が思ったように動けばいい。
今、この瞬間、生きてることを最大限まで活用するために、
自分の心が感じたままに、動けばいい。



出会いを大切にしろ!
縁を大切にしろ。
その出会いを生かすも殺すも、自分次第。



俺はすげえやつに出会った時に、めっちゃ興奮する。
光る。輝く。
それの為に旅をし、
新しい場所に行き、
人に会う。



最高の喜びは、
すげえ奴に会うこと。
刺激されること。
そして、自分も、“もっと伸びよう”と思えること。




既成概念にとらわれるな!
フリーになれ!
動きまくれ!!




何でも試せ!
その結果がどうなるか考える前に、
とにかく試してみろ!





上に書いたことは、今日人に会ってきて、感じたこと。
その人と俺は、3月のUCLAのセミナーで少しだけ話した。
彼女が就職活動の体験談を前で話していて、その人の言葉の中身に惹かれ、
終わったあと、真っ先に話しに行った。
そこで、彼女の今までの経歴とか、俺の将来プランとか、色々話した。
ほんのちょっとの時間だったが。
その後、E−mailだけ交換し、そこを去った。

その何日後か彼女からEmailが来て、いつかまた会って話をしましょうと言いつつ、自分も学校の忙しさとかを理由に、会いに行かなかった。
そして、そのセミナーがあった3月頭から3ヶ月。
6月8日の今日、今日を逃すと、もう本当に最後のチャンスだったので、彼女に会いに行った。
忙しい中、時間を割いてくれた。
お茶だけのはずだったが、たまたま彼女の都合が開き、一緒に食事をすることになった。
そこで、色々話した。

久しぶりに、こんなに興奮したよ。
人と話してな。
彼女と話してると、とにかくめちゃくちゃ刺激される。
その人の今までしてきた事とかも凄いが、
なんと言うか、その人の持つオーラみたいなの、
それに、こっちも刺激される。
話しながら、久しぶりに思い出した。
この感じ。人と会い、刺激され、触発され、感激し、
自分ももっと伸びたい、もっと伸びて、
今目の前にいる人と対等に話したい。
その気持ち。

人に会うこと。俺はめちゃくちゃ好きなようだ。
そして、旅をすること。
昨日、一週間ほどの旅行から帰ってきた。
アメリカの3年間を過ごした、Weedと、San Jose。
そこで、また人に会い、綺麗な自然を見て感じ、
心をニュートラルにして来た。
今まで毎日追われていたことから一旦離れ、
自分が何を本当に必要としているのかを、
何を本当にしたがっているのかを、
ゆっくり考える時間ができた。

離れてみて、見えたこと、沢山ある。
まずは、常に、自分の心が感じるまま、思うまま、
自分の心に正直に、動くこと。
そうしないと、必ずどこかで、無理が出る。
逆に、自分が心からやりたがっていることには、
凄まじいモチベーションが溢れ出る。


そして、人を大切にすること。
人に、感謝すること。
その、今目の前にいる人のことを、大事にすること。

そして、「ありがとう」という、感謝の気持ち、
思っていることは、その人に、直接言葉で伝えること。
言わないと、いくら思っていても、通じない。
「ありがたい」と感じたなら、「ありがとう」と言う。
その人が大事だと思うなら、それを伝える。


そして、最終的には、何か人のためになることをすることだ。
もともと、今この地球上に存在してるもの、
人も、動物も、木も、水も、土も、
みんな、一つのものから生まれた。
なら、全ては、ひとつのはず。
「これは俺のもの」「自分だけの利益が出ればいい」
そう考えて何かをしていると、必ず破滅の道に走る。
逆に、みんながよくなるためには、
全てがよくなるためには、
そういった大きい心でものごとを見て考えていると、
必ず最終的にうまく行く。


人にも感謝。
モノにも感謝。
動物にも感謝。
自然にも感謝。
そして、今自分がこうしてこの瞬間生きてることに感謝。





俺は今日その人と会ってきて、
本当に久しぶりに興奮していた。
心から。
アドレナリンが出ていた。
俺の人生、もっと濃く生きなきゃ。
もっと動いて、もっと工夫して、もっと自分の可能性をガッツリ使わなきゃ。
そう思った。


人に会うこと、すごいと思える人に会うこと。
それが、本当に好きなんだなと思った。
すごい人に会うと、本当に興奮する。
自分も、もっと成長したい。もっと伸びたい。
そして、そんな人たちとドンドン触れ合って、もっと人生をエキサイティングなものにしたい。
そう思う。


今年の2月、AerosmithとLenny Kravitzのコンサートに行った。
俺の大好きな2バンド。そのバンドが、同時にライブ・コンサート。
同時に二人とも見れる。
そんな贅沢、もう絶対にない。
やり過ぎかとも思ったが、3回も行ってきた。
金は少し飛んだ。でも、その機会と比べたら、
今借金してでも、絶対に行っとくべきだと思った。
案の定行ってよかった。奴らが、また、一人の人間たちとして、
自分に近づいた。
凄まじいパワーをもらった。
たった一人で、観客何万人を、一度にとりこにする、そのパワー。
それは、同じ人間が作り出す、凄まじいプラスのパワーだった。
その一人の人間が持つ、パワー。
何万人もの観客全員分よりも上回ったパワーを、一人で作り出す。
その、人間としての、でかさ。
コンサートが終わって、あいつらを絶対に将来、自分の店に呼ぶ。
そう決めた。
やつらにいつか、会う。
自分の店に呼び、食事を出し、
「ずっと昔からファンで、コンサート会場から見ていた」と言う。
最初は一番近くても、舞台の遠くから見る距離。
それを、実際に目の前に呼び、直接話す。

それは、ひとつの夢。
ほかにも、色々夢はある。
でも、それだけでも、自分を奮い立たせる。

「なぜ、やりたいのか?」
「どうして、やるのか?」
「何のためにやるのか?」
「本当に自分はやりたいのか?」

それがはっきりしないと、俺は、動かない人間。
動くことはあっても、途中で、必ず、ムリが出る。
途中で、何回も、「今それをやる理由」を自分に思い出させ、
言い聞かせないと、絶対やっていけない。
でも、自分が本当に好きなこと、
やりたいこと、
心から欲が出ること、
アドレナリンが出ること、
それらは、理由なんていらねーんだ。
とにかく、体が、素直に動くんだ。
理由なんて、いらねーんだ。
なぜやるか?
好きだから。



今日、またそれを思い出したよ。
その人に会って。刺激されて。
もし俺がこの人との縁、無駄にしていたら、
そのまま一生、また会わずに終わっただろう。
でも、俺は今日会いに行った。
そして、何かを感じ、触発され、
自分ももっと伸びたいと思い、
その人に感謝できた。
だから、思った、
「人との縁は、大切にしろ」と。
一期一会なんだ。
今、こうして会えること、会えたこと、素晴らしいんだ。
どこへ行っても、人だと思う。
全てを決めるのは。
俺は、どこの会社に入るか、
「そこにどんな人がいるか」で決めるだろう。

一番最後に大事なのは、
人なんだ。



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May 07, 2006

bb763899.JPGRyotaro






今回の内容は、
俺がそいつの頑張り様を、最も尊敬する男の話。


その男の名前は、早川 良太郎。


その彼の目は、鷹の様に鋭い。
だが、それと同時に、ものすごく透き通った目をしている。
素直で、真っ直ぐに目標に向かう、強い心を持ち、
毎日、努力し続ける男。


この男、4年前に、日本からアメリカへ、留学した。
目的は、アメリカで、メジャーリーガーになるため。

地元が成田の彼は、高校時代、
成田高校の野球チームのピッチャーで、エースだった。
フツウに日本の大学に入学して、
そこから日本のプロ野球界に入る道も選べたが、
やっぱやるなら、本場アメリカでやりたいと、
アメリカ留学を志し、アメリカの4年制大学でまずはチームに入る事を選んだ。

高校が別々だった俺らは、たまたま当時行っていた、
英語塾のようなもので、知り合った。
初めて会ったときの彼の印象は、何かに向けて、
ひたすら素直に、頑張るやつという感じ。
当時は俺も、彼の凄さとか、野球の大変さとか、全然分かっていなかったけど、
二人とも、アメリカに行って、自分の夢を追いかけたいというのは一緒だったので、
自然と意気も統合し、よく二人で勉強とかをするようになった。

そして、二人とも、いざアメリカに留学。

彼は、カンザスの4年制大学へ。
俺は、カリフォルニアのど田舎の2年制大学へ。
二人とも行った土地も、目指す目的も違ったけど、
そこからはたまに、電話やメールで連絡を取り合うようになった。


俺らが留学してから、ほぼ4年。
この前、2月の半ばに、彼がカリフォルニアまで、試合の遠征に来た。
その時、同じ英語塾で知り合った同胞も集まり、彼を応援しに行った。
その時以来会っていなかった彼から、今日久しぶりに電話が来た。

彼に、調子はどうかと聞く。
あまり良くないらしい。
今シーズンが2月の頭に始まってから、もう3ヶ月経つ。
シーズンは2月に始まり、6月まで続く。
つまり、4ヶ月以上、シーズン中は、休む暇もない。
今の彼のスケジュールは、月、火、水、木は学校。
その内火曜、水曜は試合があって、月、木も、もちろん学校の後は練習がある。
そして、木曜の夕方、クラスが終わったあとに、各試合の遠征場所へ、飛行機で向かう。
カンザスから、全米中の土地へ飛ぶ。
そして、木曜の夜に着き、金曜から試合。
土曜、日曜と、三日連続で試合をし、
日曜日、試合後、速攻カンザスへ帰る。
ひどいときには、カンザスに着くのは、朝の3時とか。
そして、月曜の早朝から、また学校。

これの、繰り返し。

日本人留学生として、まずは、4年制大学の授業に付いていくだけでも、
勉強に時間を費やさないといけないのに、
彼はそれ以上に、野球の練習、そして試合が、毎日、毎週末入ってくる。
そして、週末はアメリカ各地へ飛ぶ。

こんな無茶なスケジュールを、彼は、2月の頭から送っている。
毎週末試合。休みは、なし。

調子はどうかとの質問に、最近あまり良くないと答えた彼は、
今の状況を語ってくれた。

去年の2月に、肘を故障し、その後手術をして、
半年ほど、全くボールを投げられなかった彼。
その後、奇跡的な速さで回復し、今はまた、マウンド上に立っている。
そして、今年の頭から、また遠征チームに選ばれ、試合で投げ始めたが、
やはり、どうも調子が出ないらしい。
それだけの間ブランクができた体で、
やはり、元々の感覚は完璧には戻ってきていないらしく、
色々と大変な思いをしているらしい。

「復帰はしたけど、復活はしてない」

自分の思うように投げられないコンディションで、投げる彼。

「やっぱり、自分に負けるのが、一番嫌だ」
「試合に負けるのはもちろん嫌だけど、それ以上に、
自分に負けるのが、一番耐えられない」と。

一年生の時は、フレッシュマンということもあり、
チームからの期待もそんなに高くはなく、
上手くやったら、「よくやった!!」と褒められる状況。
だが今は、彼も3年生。上手く行って当然と見なされ、
もし失敗したら、「何で打たれてんだ」と言われる厳しさ。

前は、監督やチームメイトからの眼差しも、期待されているというものを感じ取っていたが、
今は、肘の故障の後もあり、「こいつが投げたら、打たれるんじゃねえか」という、厳しい目に変わって来ているらしい。
野球は、勝ちか負けかの厳しい世界。
いかに昔好かれていようが、今結果を出せなかったら、自然と監督やチームメイトからの目も変わってしまう。

そんな厳しい状況で、毎日戦う彼。
「もの凄く厳しい世界だな」との俺の言葉に、
「ここ最近、本当に頭の切り替えが早くなったよ」と。
「その切り替えの早さがないと、一日中ムダになっちまう」
「とにかく、悪いことがあっても、一球打たれても、
その後すぐに心を切り替えないと、そのままズルズルいってしまう」と。

そして、「今シーズンでずいぶん、強くなったと思う」と。
元々驚くくらいに強靭な精神力を持つ彼。
その彼が言うくらいだ。相当、精神的に強くなったんだろう。

そんな中で、絶対にあきらめず頑張り続ける彼。

「今まで頑張って来た、意地、気力、根性。
ここまで来たら、後に引くわけにはいかねえ」

「今は、毎日本当に、死ぬか生きるかくらいの覚悟で、毎日やっている」と。

「それくらい気合入れていかねえと、本当にダメになっちまう」と。


彼の、その言葉。
めちゃくちゃ、心に響いた。
そんなに厳しい世界で頑張っている彼が言う言葉。
言葉の一つひとつに、重みがある。
そんな彼が、「生きるか死ぬか」の覚悟で、毎日生きていると言う。

いかに、辛い状況なのか。
身に沁みた。


そんな彼を、俺は本当に尊敬する。
4年間、彼は、本当に毎日、頑張ってきた。
毎日、どんなに状況が辛かろうが、
周りの人間に信じてもらえなかろうが、
自分ひとりは、己を信じ、
一人、戦ってきた。

そして、その努力の積み重ねがあるからこそ、
今、こうして、試合に出られ、ボールを投げられる彼がいる。

「今は、監督も、勝つか負けるかがハッキリしている様な試合でしか、
俺の事を出してくれない」と。
「前は、ここが勝負時だってときに、監督が俺の事を信頼して、出してくれた。
でも今は、監督の俺に期待する目も、大分変わってきた」と。
「でも、試合に出させてもらえるだけでも、有難いと思っていかなきゃいけない」と。


ちなみに、日本人留学生で彼のように、
4年制大学のレベルの野球リーグで、
遠征チームに入って、実際にマウンドで投げているやつは、
恐らく彼一人だけだろう。
そのレベルで、あの小さい体で、バカでかい体のアメリカ人を相手に戦うやつは、
本当に凄い事をしている。

この前も、試合を見に行ったが、
175センチくらいある彼も、マウンドに立つと、
本当に小さい子供のように見えた。
そんな中で、あいつは毎日戦っている。

肘を壊した後も、キツいリハビリを乗り越えて、
今はまた、試合に復帰している。
でも、チームや監督からの厳しい目。
毎年、若いフレッシュマンもどんどん入ってくる中で、
そろそろ23歳になる彼は、毎日、自分が生き残れるために、努力するしかない。

「たまに辛い状況になると、
こうして誰かに愚痴りたくなるんだよな」
「でも、こうして話を聞いて、分かってもらえるだけで、
本当に助かる。やる気が出てくる」と。

今書いてて、目頭が熱くなった。
俺は、あいつの頑張りが、よく分かる。
英語もロクに喋れないまま、アメリカに渡り、
ESL学生の頃は、チームには入れないから、チームの記録係のようなものをやって、チームにとけ込もうと必死だった彼。
そこから始まり、一年生で試合で投げられるようになれ、
その年が終わった夏は、中西部の州が集まる、夏の野球リーグで選手に選ばれ、
今までにない快記録も作った彼。
ラジオや新聞にも出て、ネットで彼の名前を検索すると、ヒット件数も多い。
そんな彼が、次の2年目の中盤で、肘を壊し、試合に出れなくなる。
そして、半年のブランク。
自分の一番の武器の、肘が壊れ、
ものすごい不安と恐怖の中で、必死に戦ったことだろう。
医者も、半年はかかると言った肘の回復を、
それ以下の短期間で見事治し、
そして今は、またマウンドに立っている。
しかし、自分の思うような結果も出せない。
監督やチームメイトからの目も厳しい。
そして、毎日、鬼のようなスケジュール。
休む暇すらない。
食べたい日本食だって食べられない。
学校の勉強だってきつい。
遊びたくても、遊べない。
日本語が話したくても、話すやつすらいない。
そんな中、毎日、
生きるか死ぬか、それほどの覚悟で、
毎日己を励まし、努力し続けるしかない。
もう後には引けない。

そんな状況で、
必死に頑張る彼が、
「こうして話を聞いてもらえるだけで助かる」と。

嬉しかった。でも、それと同時に、
俺も、なんとかして、
彼のためになってやりたい。
そう強く思った。
俺ができるのは、エールを送る事と、
こうして、彼の話を聞いてやることだけ。
俺に、あいつの本当の辛さは、絶対に解らない。
精神的にも、肉体的にも、ギリギリのところで頑張る彼。
「野球をこのまま一生続けたら、俺若いうちに死ぬと思う」と。
それぐらい、きついわけだ。

そんな彼が、こうして弱音を吐く。
それを、俺は弱音とは思わない。
ただ、それを言わないと、誰かに解ってもらえないと、
それ以上やっていくのが、厳しい。
それだけだ。
だから、俺はやつのためになりたい。
道は違うが、俺も自分の道で頑張り、
「お互い、自分の道で頑張ろうな」と。
そして、あいつを常に心から応援すること。
それぐらいしか俺にはできないけど、
あいつには、それでパワーが少しでも届くんなら、
俺はそれで、嬉しい。


「お前と話してると、俺もパワーをもらうよ」と。
「道は違うけど、お前も自分に何が一番あってるかを探すために、
色々挑戦してるのはよく解ってるから、
そういうお前と話すだけで、俺もパワーをもらえるよ」と。

「二人とも、目指す目標は違うけど、
熱いところは一緒だからな」と。

そんなことを言ってくれるヤツ。
早川良太郎。


「話、聞いてくれてありがとう」との彼に、
「俺の方こそ、励ましてくれてありがとう」と。
彼の今の状況の話を聞き、
どんなに励まされたか。
どんなに、今の自分の環境を見つめ直したか。
今の俺の、毎日の、「頑張り」とやらが、
どれほどのものなのか。
毎日、生きるか死ぬかの覚悟で生きている彼に比べたら。



俺は、あいつが絶対に、結果を出すと信じている。
その日々の辛さは、尋常を超えているが、
そんな中であいつは、毎日戦っている。


怪我だけはしないように、頑張ってもらいたい。
いつも、応援しているから。
頑張れよ、良太郎。


5.6.06



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May 05, 2006

21ad4d6d.JPGnatsuki's bike #1






帰ってきました、ロングビーチ!!

そう、先週の土曜から、日本から親父がアメリカ初の観光に来ていました。
彼と一緒に、グランドキャニオンへ行ってきましたよ。
土曜に出て、ヴェガスを通り、
月曜をグランドキャニオンに費やし、
そして火曜日の夜に帰ってきました。
親父も、時差ぼけ等もある中、
長時間の運転に付き合ってくれて、
グランドキャニオンも見れて、良かったようです。
折角の初アメリカだからね。
人生で最初の。
楽しんでくれたらいいな、と思います。

そう、そこで、その旅の途中、
すごいヤツに出会ってしまったのです!!!

そいつは、お題の通り。

チャリでアメリカ横断!!!!!



彼は、俺が日曜の時点で、ヴェガスを通り、
グランドキャニオンの途中までの道のり、
ちょうどルート66を通っているときに初めて目撃した。

その道のり。
フツウはみんな、その下のI−40を使って、一気にウィリアムズまで一直線で行く。
そっちの方が、道が楽だし、早いからね。
でも、折角ここまで来たんだからってんで、
親父と俺は、そこのルート66を通って、ウィリアムズまで行く事にしたのでした。
それも、中々着かない、曲がり道。
そして、坂道。
車でも大変だった。
ジープをレンタルして行った俺らだったが、
それでも運転に疲れてきた。


そんな時、前を、一人、
自転車に乗って走っている奴がいる。
え?競輪?
何でこんなところを?
しかも一人で?
こいつ、何やってるんだ?
どこまで行くんだ?
確かこの前の町は、結構前だったはず。
次の町までも、結構あるぞ?
この人、どこへ行くんだろう?

そんな事を一瞬の間で考え、
彼の横を、車で追い抜かして行った。

追い抜く瞬間、横目に彼を見ると、
その競輪用の自転車に体を託して、
必死に坂を駆け上る姿の男は、
アメリカ人。それも、30歳台に見えた。
きっと、仕事を休んで、
自分の人生の新たな定義づけのためにやっているんだろう。
こんな人生を選ぶ人もいるんだな。
きっと、今のこの俺とは、同じ人生でも、
全然ちがう視点で、「人生」、「この世での命」を見て、
使っているんだな。
そう思った。



そして、彼のことも忘れ、
しばらく走り、俺も疲れたので、
そこにあった、小さな休憩所にとまった。
小さなレストランがある。
そこのトイレを借りて、親父は横で寝ているので、
俺も、車の中で、少し休憩することにした。

シートを倒し、いざ横になろうとすると、
車の前を、さっきのチャリに乗ったやつが、通っていく。

あ!? さっきの人だ!!

しかも、アジア人?
あれ?日本人っぽい??
っていうか、こんなのやるヤツは、アジア人なら、日本人しかいないな!

そう、彼を見た瞬間に思って、
これは逃しちゃいけないと、
車から急いで降りて、彼の方に走っていった。

彼の後ろから、声をかける。
自分: “Excuse me? Are you biking to somewhere?”
彼:  “Yeah!”
その彼の答え方を見た俺は、とっさに彼が日本人だと気づいた。

自分: “Where are you from?”
彼: “Japan!”
自分: 「日本人の方ですか?僕もそうなんですよ!!」
彼:  「ああ!本当ですか!?」

そうして、彼との会話は始まった。

少し小柄な体。
でも、体はがっちりしている。
手袋を外したその手は、日にさらされている所は真っ黒だが、
その下の部分は、俺と同じくらいの肌の色。
なのに、その肌が、真っ白に見えた。
それくらい、肌が真っ黒に焼けていた。
左腕の肘の部分なんかは、もう、火傷になっている。
赤くなっている。
「それ、痛そうですね・・・」
「そう、痛くてしょうがないんですよ」

そう言う彼は、まるで仏の様な笑顔をしている。
その男。
名前は、高山 夏樹(たかやま なつき)。
名前は人を表すというが、
まさにその通りだと思った。
高い山にそびえる、夏の樹木。
そんな、大きな心を持ったやつだというのは、
話して、たった少しで、
すぐに分かった。
というか、彼のその、自転車でこいでいる姿を見れば、
誰でも一目瞭然だけどね。 ^−^
「どこから来られたんですか?」
「LAからです」
「いつそこを出たんですか?」
「4月の12日に日本からLAXに着き、
そこからここまで着ました。」

その時は、4月の30日。ということは、もう18日も経っている?

「え?じゃあ、もう18日間もこいでるんですか?」
「そうですね、
ヴェガスには2日観光で泊まりましたけどね。」

そう言って話す彼の顔は、まさに、
晴天の太陽。
本当にいい笑顔をしていた。
こいつ、今の人生を、
この瞬間を、めっちゃ精一杯生きてる。
そう感じた。

「ちなみにどこまで行くんですか?」
「ええまあ、NYまで」

え???ニューヨーク????
ウソでしょ???
でも、彼は本気らしい。

「どれくらいかけていく予定なんですか?」
「大体3ヶ月くらいを見てますけどね」

ここからニューヨーク。
ありえん。そう思った。

その彼、見ると自転車には、車で走る際の、
その州用の、地図が取り付けてある。
いやいや、これは車用でしょ。 ^−^
これを見ながら、ひたすら走る彼。

なんでこれをやりだしたのかを聞くと、
彼は、日本にいた時、大学は、サイクリング部に入っていたらしい。
それで、まずは日本縦断を制覇したとか。
その後、次にやるのは、アメリカ横断しかねえと思い立ち、
今回、観光ビザを、最大分の6ヶ月まで伸ばしてもらって、
パナソニック製の特性マイチャリを日本から持ち寄せ、
LAXから、ただひたすら、
ここまで来たらしい。

そのチャリ。見ると、前にも、後ろにも、
両サイドに、重そうな荷物が、くくり付けられている。
「これ、全部荷物ですか?」
「そうですね、テントや寝袋、食料や水などですね」
「食料はどうしてるんですか?」
「必ず一日分の缶詰は持ち合わせて、走るようにしてます」

夜は、もちろん、毎回モーテルに泊まれるわけじゃない。
もちろん、お金もないだろう。
それに、泊まる以前に、次の町が、どこかも分からない。
あるのは、車用の、大雑把な地図のみ。
これを頼りに、
取り付けたMDプレイヤー、
それだけで、ただひたすら走る。

朝は、8時に走り出し、
夜の7時まで走るそうだ。
そして、日が落ちてから、
テントをはり、寝袋で寝る。
シャワーが浴びたくても、浴びられない。
あったかい食べ物が食べたくても、食べられない。
あったかい布団で寝られない。
家族にも、友達にも会えない。
しかも、日本語も通じない。
その前に、車さえも、夜はあまり通らない。
雨だって降るだろう。
雷もなるだろう。
昼間は、恐ろしいまでに暑くなり、
夜は、ひどいほどに冷え込む。

そんな中で、彼は、ただひたすら、
次の町を目指す。
そして最終目的地は。
ニューヨーク。
次の町じゃない。
NY。
車でもきついのに、それをチャリで行く??

なんてヤツだ。


聞いてみた。
「たまに、やる気が出ないときとか、
嫌になる時はないんですか?」
「いや、もう毎日ですよ。」
彼は、その素晴らしい笑顔で答える。

ブッダだ、こいつ。
仏の境地だ。

「そんな時は、どうやって気合を入れるんですか?」
「もうそんな時はふて寝しますね。
でも意外と、起きると、
もう直ってるんですよ。
それでまた走り出します」

こいつ、かなわねえ。
仏陀だ。


こいつはすごいヤツに出会ったと、
車に走り、親父を呼びに行く。
「親父!すごい人に出会ったよ!!」

親父も着て、また、質問攻め。
親父が聞く。
「失礼ですが、今おいくつですか?」
「今年の8月で23歳です」
え!?俺と同い年じゃん!!

「マジっすか!? 俺と同い年ですね!!」
「本当ですか?」

それで、お互いの簡単なプロフィール紹介をした。
彼は、日本の横浜出身。
もう内定は決まっているが、一年学校を休学して、
このアメリカ大陸横断の旅に費やす事に決めたらしい。
もう、働き出したら、こんなことをやる時間は一生取れないと。
こいつ、賢い。
先を見ている。
先を見て、自分が人生にとって、
何が本当に大事なのか。
何を本当に成し遂げたいのか。
何を、己の命を使って、証明したいのか。

それを見据え、
誰も知らない土地に、一人で来た。
なめし皮でできた座席がついた、
パナソニック製の自転車と共に。


俺は何か彼にしてあげたい、
何か、助けになれないかと考え、
その時親父が日本から持ってきてくれていた、
カントリーマアムをあげた。
「これで良かったら、ガツガツ持って行っちゃってください!!
あと、水もいりますか?
ペットボトルで沢山ありますよ!」

彼いわく、
水が一番、問題どころ。
沢山持って生きたいが、持ちすぎると、重くなる。
逆に、少なすぎると、すぐに無くなる。
その境を見極め、持ってく水の量を決める。

ペットボトルを3本だけ彼は受け取ってくれた。

「この後はどうするんですか?」
「とりあえずここで2時間くらい休憩して、そしてまた出ます。」
その時は、午後3時過ぎ。
また今日も、最後に何時間か走るのか。

その重そうなチャリ。
親父が聞いた。
「それ、ちょっと持たせてもらってもいい?」
「どうぞどうぞ」
それを持った親父。
「うわ!なんだこの重さは!!」

その親父に連れられ、俺も彼に頼み、
チャリを触らせてもらう。
その自転車。
持ってびびった。
その、重いこと重いこと。
重すぎて、普通に支えているだけで、
すでに力がいる。
この自転車で、真っ直ぐ走るだけでも大変なのに、
これで、あの急な坂を登っていた!?

驚いた。
脱帽。
感服。

彼いわく、
「その自転車、多分40〜50キロはありますよ。
原チャリより普通に重いですからね」
そのチャリをこぎ、
彼はNYへ行こうとしている。


最後に、写真を撮らせてもらい、
そして、もし助けが必要なときは、と、
俺の連絡先を渡した。
一応アメリカ中に友達がいるから、
もし助けが必要だったら、連絡してくれ、と。
彼は、嬉しそうに、名刺を受け取ってくれた。


彼にさよならをし、
また、車で走り出した。
走りながら、思った。
俺、車で、全然着かないなんて思って、
疲れたなんて言ってたけど、
あの夏樹くんに比べたら、何でもないじゃん。
恵まれすぎじゃん。
俺、めっちゃ甘い環境にいねえ?


Sky in R-66







そして、運転しながら、気づいた。
この距離を、ただひたすら、
あの重さのチャリで行くのは、
到底不可能だ、と。
俺にはね。
でも、彼はやるだろう。
これを書いてる、今も、彼は、
その道のどこかにいるに違いない。
毎日、少しずつだけど、
コツコツ進んで、
目的地に近づいているに違いない。

その車の道中、
俺はずっと、
「すげえな、すげえな、
すげえやつに会ったな、
あいつすげえな」
そればっかり繰り返していた。


その夜、モーテルに泊まり、
シャワーを浴びる前に、彼のことを思い出した。
彼は、今頃、テントの中で、寝る準備をしているんだろうか。
誰もいない、砂漠の真ん中で。
寒い中、
温かいものも飲めず、
温かいものも食べられず、
誰とも話せない中で。

強いやつだ。
めちゃくちゃタフなやつだ。

もし彼が、本当にNYまで自転車で着いたなら、
相当の大物になるだろう。
あの、仏陀並の笑顔で。


今日も彼は走っているに違いない。
事故と、怪我だけはしない様に願い、
健闘を祈りたい。

そして、今の俺は、
自分がどんなに辛い状況に陥りようが、
彼の精神的+肉体的辛さに比べたら、
こんなの何でもない。
そう思えるようになった。



高山夏樹。

この男。みなさん、覚えていてください。
彼は必ずや、大物になります。


5.4.06


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January 01, 2006


昨日から久しぶりに、日本での友達と会ってきた。
風邪で体調を崩し、ずっと家にいたのもあったが、やはり久々の友達との再会。
楽しかった。
人に会って、刺激を受けることの大事さを実感した。

それぞれ皆が、別々の道を歩んでいるが、
その中でも今日の夕方から会った彼は、俺の大親友。
高校時代の先輩でもある。
彼は、将来、国際幼稚園を作ることを目的とし、今は、教職の道を歩んでいる。
彼の夢を実現させるためには、教師の経験が必要となるからだ。

彼は、俺の持つ中でも稀有な存在である、夢をはっきり持った仲間の一人。
彼は、自分のやりたいことが見えていて、その目標を成し遂げるために、日々頑張っている。
そんな彼とは、いつも会うたびに、お互い刺激しあって、鼓舞し合い、いい感じで、
「また会おうな」と言える。
そんな仲間を持つことを、本当に幸せだと思う。

彼は、今、日本の大学院に行っているが、やはり毎日やることが多いらしい。
自分の学校のタスク意外に、家庭教師のバイト。
でも、そんな中で、いかに自分の夢に近づくための道を歩むか。

彼が言った。
「俊輔と今日話して、自分が本当に目指していた、‘核’である夢が、また強く意識された」と。
つまり、毎日色々とやることがある中で、どれもが大事なんだけど、
でもそのどれもが必ずしも、自分の夢の実現に直接つながっている訳ではない中で、
今日、話をしている中で、自分の核となる夢、「国際幼稚園を作る」という夢の大事さが、
色濃くされた、と。

俺の個人的な感想だが、
日本は、アメリカでの生活と違って、テレビやマスコミからの情報なり、
また、日々会う人々、学校、バイト、仕事先での人間関係、
日々の生活に関することなど、
全てのことから得る情報の数が、多すぎるというくらい溢れかえっている。
つまり、チョイスが多いということ。
自分が、一日の中で、自分の時間をどう使うか。
何に、焦点を絞って、自分の興味を向け、それに時間を使うか。
その、チョイスの多さが、日本はすごい。
そして、そのどれもが、興味深く、面白く、
全てが、無駄ではない。
だから、つい、自分の究極的な希望ではないが、その時に興味のあるもの、
自分の興味を真っ先に引くもので、自分の生活を占領させてしまうことがあると思う。
俺も、日本に一週間前に帰ってきて、ついそれをやってしまった。

逆にアメリカでの生活は、(個人的な意見だけど)
全てが拡散している。
・・・分かりにくいか。
つまり、一日に得られる情報量と、
一日にやること、その密度が、
日本での生活ほどは濃くない。
自分の努力次第ではどうにでも濃くなるけど、
逆に、日本みたいに、ただ待っていても、情報がガンガン入ってくる、
やることのチョイスの幅が、どれをやろうか選ぶくらい多い、
そういう訳ではない。
だから、自分から意識的に濃くしていかないと、日々の生活は、簡単に内容の薄いものとなる。
今日は、ただ学校に行って、友達と遊んだ、以上!みたいな・・。
ま、その分、人との付き合いが、日本にいるときより、すごく深くなる、
そんな良さもあるけどね。

だから、そんなアメリカでの生活で、信念とか、自分の夢とかを毎日意識して日々生きていくことは大事だし、
逆にそうしないと、あっという間に日々が過ぎていく。大して何もしなくても。
これは、どこの国にいようが、その人の生活ぶり、または、その人のいる環境、
そして、その人の考え方によって違うと思う。
あくまでも、ここに書いたことは、今の自分の日本での状況と、
アメリカでの状況と、そして、自分の思ったこと。
全ての人の状況が、違うはず。
でも、俺は、今日彼と話していて、彼がそう言ったとき、
きっと、日本が、こんなに情報なり面白いことに溢れた国だからこそ、
ついつい日々の小さなことや、そのときに興味を引くことに惹かれてしまって、
それらのことで、日々を一杯にしてしまって、
本当に大事なこと、自分の夢なり、それに近づくためのことをするには、
相当の覚悟と、信念と、強い意志、
それが必要なんだろうな、と思った。

なんか、たった一つのことを言うのに、こんなに時間がかかってしまった。
しかもめちゃくちゃ回りくどい言い回しになったし。
果たして何人の人が、自分の言いたかったことを理解してくれるか。
やっぱり、疲れているときに、しかも頭のよく回らない時に、こんなことは書くもんじゃねえ。
そう思う。

また次回、頭のすっきりしている時に書きます。


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December 18, 2005

Inoe

I’m just back from Ione, my friend’s farewell party. She is from Basque, and she is going back to her country. After she visits her country and Europe, she will come to Japan to study. I met her through Take, my friend from old school in Weed, and today was the last time get-together for her. There were so many people from everywhere, because her friends were all international. I don’t know how many nationalities of people were there, but it was so international anyway…

Every one was having good time, and it was such a nice atmosphere. I really felt that I was in “US”, where all kinds of people from all over the world get together.
It’s kind of funny, because even I’m in this area, Long Beach, for like three and a half months so far, I really didn’t put myself into international place like tonight. I mean, I have friends from my classes and organizations that I am in, but most of the time, they tend to be one nationality, like only Whites, Hispanics, Blacks, Japanese, Chinese, etc… It’s kind of hard to find a place, where “all” kinds of people get together, and everyone knows each other well, and everyone feels like they are family. Yeah, they feel at home when they get together. It’s such a nice atmosphere.

I only know Ione through Take, and we met, what? like 4 times only at most? And we just met on campus, just saying “hi” and stuff. But she treated me like a best friend from the beginning, and I was invited to today’s farewell party for her.
I went there, and of course I didn’t know anybody, but everyone was so nice, introducing themselves from them to me, and at the end of party, I got bunch of new friends, nice friends, hahaha.

I realized, that I was missing something very important, something which you can get only when you are in US. It’s so easy to hang out with people from same nationality where you are from. For example, because I am Japanese, it’s easy to hang out with Japanese people. Yeah, it’s easy, and it’s easy to make Japanese friends, because we are from same culture and we don’t have to talk about our customs when we meet at first time, because we are from same culture! But, when you meet someone from other cultures, you have to know their cultures too, because there are lots of differences between your culture and their cultures. One of the reasons why it’s so easy to get along with Asian people is because their cultures are so similar to ours, so that we don’t talk about it that much, in another words, we can get along without any further ado because we are almost from the same culture. But it’s a totally different story when you talk to someone from totally different countries, like from Middle East. Well, actually they have lots of similarities and it was easy to get along with them though, haha. I guess maybe it more depends on their background and personalities.

Anyway, what I’m trying to say is, that it is so easy to stay in one same community, where you feel comfortable to be with, because you don’t have to explore yourself in there. You don’t need to challenge yourself, trying to talk to them from you, try to find a same topic that you can talk with them, and trying to break a boundary between you and them.
Now, I got used to do this, because I’ve been putting myself in this kind of situation a lot, where you have to explore yourself otherwise you get no one to talk to. This is kind of off the topic, but most important thing when you try to get along with somebody is, not to “talk”, but to “feel”
it. Hahaha, like some kind of movie, huh? But actually it is true. Because we try to “talk”, we don’t realize the same “atmosphere” that we have between us and them, so that we tend to talk something stupid or something doesn’t make sense, and we lose the flow in our conversation. But if we try to “feel” something between us and them, there are always something between us which is similar or common to both of us, and you realize it and you can get along with them. In extreme, you don’t have to say a word. You just look into their eyes, and you can tell them what you want to say, and they feel it.

Wait a minute! I just came up with one idea! Probably, the reason why Japanese people are not good at communicating with people from other cultures is because we don’t look at their eyes, maybe? We are taught to not gaze at person’s eyes you are talking to, because doing so means disrespectful to them, but actually it is against the common sense in universe. Without looking into their eyes, we cannot fully understand what they are really feeling. Maybe because of our culture, we are not good at reading someone’s mind, and that’s why we are not good at getting along with people from other cultures. Well, there are always exceptions, and I basically tend to look into their eyes, so I don’t have any problem with that though.

Anyway, the most important thing is, to “feel” the person, and that’s the best way to become good friends with anybody. Ione, she is so good at these. Like I said, even though we have met only few times, she just exposes herself so open, and because of her self disclosure, I feel it’s easy to disclose myself too. That’s why we become good friend already, and now she is going to stay at my place in Japan because I found out that she is coming to Narita on January 20 and I will be there, so she can stay one night at my place with my family! Great!

Anyway, she was such a nice person, and that was such a great time that I had, and what I was missing was to put myself into more dynamic, international place everyday as much as possible, because I am staying in US only for 1 and a half more year, and then I have to go back to Japan. Once I go back to Japan, it’s so hard to find a place like this, where everybody from all over the world gets together and they get along with. I’
m sure I’ll miss this environment a lot.
That’s why I try to give myself more opportunities to meet more people, from all kinds of nationalities, to explore myself more. I want to broaden my perspective as much as possible, and I want to use my life to the fullest, feeling that I am using my life in this planet to the fullest, using every opportunities.

I’m going to have my own sushi and Japanese calligraphy school from next semester, and I’ll teach them how to make sushi and how to write their name in Kanji. I’m sure I’ll get to see more people each week, and that's one of the way that I can do now to explore myself more. I’m doing this to practice how to make company in my future, because making organization and managing that stuff is the basic work of managing company, so it will be a good practice for me. But above all, it’s going to be a great place to “meet” more people, which I need right now, while I am in US.

Anyway, that was a good night.


12/18/2005


shunsukesekine at 02:47コメント(0)トラックバック(0) 
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