Special People-特別な人たち

September 16, 2012

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このハンサムなイケメンはザックです。
ザックももう18歳になったと思ったら、
こんなに成長していてビックリした。

たまに彼の写真をFacebookで見ると、
その変わりようにビックリする。

それにしても、いい男だと思います。
お姉ちゃんのメーガンも美人ですが、
ザックもやはり、美青年になりました。
姉弟そろって、美男次女だったんですね。


俺がザックに最後に会ったのは、4年前の4月で、
そのときもザックは、最初に俺が彼にあった8歳の頃に比べたら、
既に14歳になっていたから、その当時でも驚いていたけど、
今この姿を見ると、
はるか遠くに行ってしまった気がします。
親の気持ちというのは、こんなもんなのでしょうか。

****

それにしても、こうして勝手に異国の地、
日本という国の誰かの日記に写真を載せられているザックとメーガンですが、
まあいいでしょう。

この写真を見て、もしかしたらアバクロなどからモデルの依頼の声がかかるかもしれないし。



2012/9/16 21:54




PS,
俺が次回、ザックとメーガンに会うのは、
早くても2年後くらいなのかなあ、と思う。
その時には、彼らはどうなっているんだろう。

日本に帰って来て、4年経つけれど、
一度もアメリカに帰っていない。

結構周りのアメリカに留学していた仲間は、
何回もアメリカに帰ったりしているけれど、
俺は一回もしてねえなあ。

でも、アメリカに帰ると、
余りにも会いたい人が沢山いて、
(しかもみんな、北カリフォルニア、ベイエリア、南カリフォルニアと、
カリフォルニアの北から南までまたがって点在しているから、)
一度カリフォルニアに行って会いたい人に全員会うとすると、
最低2週間くらいかかる気がする。


いつかそれだけの長い休みを取って、
彼女と一緒に帰ろう。
俺たちの第二の故郷、
Californiaへ。

(と、ちょっとカッコつけて書いてみる。)











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July 15, 2012

メーガンとザックの写真。6月10日のもの。
二人とも本当に大きくなりました。
ザックがお姉ちゃんよりこんなに大きくなって、姉貴を抱きしめているのが何だか信じられません。
ザックは本当に良い男になったな。

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俺が彼らに初めて会ったのは、丁度10年前、
メーガンが13歳で、ザックが8歳だったので、
まるで自分の子供の成長を見るようです。

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こっちはメーガンのフォトシュート。
やっぱりメーガンは凄い美人です。
アメリカの友達も、みんな美人だと言っています。

勝手にここに載せて怒られるかな。
まあいいや、綺麗だから。


2012/7/15 9:24


これは9年前、2003年の写真。
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May 21, 2012

2012/5/19 (土)

この日、遂に彼女と入籍しました。

朝は、ゆっくり起きて、
朝ご飯兼昼ご飯を食べ、
ここから歩いて20分ほどの所にある、
市役所に、籍を入れに行きました。

籍を入れたのは、丁度2時50分頃。
土曜日なので、市役所の表玄関は閉まっていましたが、
脇にある非常用玄関から入り、書類を提出しました。



まだ式を挙げていないので、
そして、式は来年を予定していることもあり、

また、彼女とは今はまだ一緒に住めないことから、
正直、
「結婚をした」という実感が、
あまり湧かない、というのが本音です。

彼女と一緒に住み出したら、
きっと、ああ、俺たちは結婚したんだな、
と、しみじみと感じることと思います。


でも、籍を入れた一昨日と、昨日一日は、
彼女と本当にゆっくりと過ごせました。

彼女は俺の住むこの場所まで、
はるばる片道8時間くらいかけて、
電車と長距離バスと飛行機を乗り継いで来てくれましたが、
結局、近くの観光は一切せず、
二人で、いろいろと話をしながら、
料理を作ったり、スーパーに買い物に行くくらいで、
後は、ずっと家にいました。


でも、こういう時間が、とても貴重で、
とても幸せでした。

ロングビーチに一緒に住んでいた、
5年前を思い出しました。



*****


今回、結婚をして、
家族も喜んでくれたり、
友達も喜んでくれたりして、
とても嬉しいですが、
何より一番嬉しいのは、
彼女が、本当に幸せそうにしていることです。



彼女と出会ったのは、約5年と半年前。
それから、5年前の、2007年5月16日から、
ずーっと、付き合って来ました。



前の日記にも書きましたが、
彼女が俺と別れた方がいいのかな、
と思ったことも、沢山あったみたいです。


しかし、それでも、
俺が進路的に不安定な時期でも、
俺が非常に未熟で、ひどい事を言って、
彼女を泣かせたりしていた時期も、
彼女は、ずっと一緒にいてくれました。


今俺は、一人で仕事の関係で、
遠いところに一人で来ていて、
ここで仕事をしているから、まだ気は楽ですが、
辛いのは彼女だと思います。

結婚をしたのに、
それでも、一年近くも、
遠くに住んでいて、
しかも、交通の便が悪いので、
3ヶ月に一回くらいしか会えないというのも、
彼女にとっては、本当に辛いと思います。



今回も、色々と話をしましたが、
やっぱり、彼女も凄く寂しいみたいです。

だからこそ、俺も、
今はしっかりと働いて、
来年、関東に戻れる様になったら、
彼女と一緒に住み出した時に、
しっかりと、良い生活が出来る様に、
今を、頑張らなければ、と思います。

*****


俺は、彼女が嬉しそうにしているとき、
彼女が、幸せそうにしているとき、
俺も、すごく嬉しくなります。

彼女が、これからも嬉しそうに、
幸せそうに暮らして行ける様に、
俺が、努力して行きたいと思います。


*****

今の思い。

2012/5/21 21:28








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May 19, 2012

5/19(土) 7:27am-


昨日の夕方から彼女が来てくれています。
はるばる遠い関東から、
わざわざここまで来てくれました。


昨日は、俺が彼女にいつか作るねと言って、
一度も作っていなかった親子丼を作りました。

「すごくおいしい」ととても喜んでくれました。


昨日は、俺は会社の先輩から、
入籍祝いにサプライズのプレゼントを頂き、
彼女も、やはり俺たちの共通の友達であり、
彼女の親友の子から、
プレゼントをもらいました。



二人で夜、それを開けました。

とてもかわいいプレゼントたちで、
とても幸せになりました。

*****

昨日は、夜寝る前に、
色々と二人で話をしました。

付き合い出したのが丁度5年前。
それから、本当にいろいろな事がありました。


彼女は、俺ともう別れようと思うことも、
多々あったみたいです。



二人が出会ったのはアメリカでしたが、
その後しばらくしてから、
彼女は日本へ。俺はアメリカで。


その後、俺も日本に帰って来て、
お互い別々の会社で働いたり、
また、住む場所も近くなったり、遠くになったり。



一時期は、彼女が留学でカナダへ行き、
俺は日本。


帰って来てからも、今度は俺が関東の西の方。
彼女は最東端の方。


そんなわけで、今も遠距離です。
今はヘタすると、その辺の海外よりも遠いところにいます。
交通の便が悪いため。



*****


話がちょっとずれましたが、

そんなわけで、
二人が一緒に過ごして来た日々は、
本当に長く、
今まで、本当にいろいろな場所に一緒に行き、
同じものを食べて、
同じ景色を見て、
感動したりして来た。



今まで、自分の人生の、
過去5年間という長い時間を、
彼女という人と、一緒にシェアして来たんだなあ、
と思います。



*****


今日、これから市役所に入籍をしに行きます。

遂に、夫婦となります。

まだ本当には実感が湧きませんが、
新しい気持ちです。




*****


彼女へ。

この5年間、俺につき合ってくれて、
本当にありがとう。

そして、これからもよろしくね。



2012/5/19 7:36





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May 16, 2012



2012/5/16 21:27


昨日で、彼女と付き合い出して、
丁度5年が経ちました。

今日から、6年目です。

今から3日後、
5月19日には、入籍予定です。




5年。

長い年月です。

自分の年齢の、約5分の1を占めます。

18歳で高校を出てからは、
その10年の期間の内、
半分を、彼女と過ごした事になります。


長い年月です。


*****


彼女には、今まで、本当に助けてもらって来ました。

自分の人生の、数多くの、
深い部分を、一緒に過ごした女性です。





明後日の夜、ここに来てくれて、
次の日に、市役所に婚姻届を届けに行きます。




*****



今は、そわそわしています。



うまい言葉が出て来ませんが、
とにかく、

彼女を幸せにしようと思います。



2012/5/16 21:30




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February 29, 2012

昨日はGood Old Friendsとの再会の日だった。

*****

朝は、6時半に起きて、7時半に家を出る。
母親と一緒に駅まで30分かけて歩き、
俺は8時過ぎの電車に乗る。母はそのまま空港へ仕事に。

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上野駅へ着き、国立西洋美術館で常設展を見る。
ここの常設展はじっくりと見た事がなかったけれど、
中々良い作品が沢山あった。
平日の午前なので、中はガランとしていて、
ゆっくりと見る事ができた。

普段、日本の美術館は、
モネとかルノワールとか、有名どころが来ると、
いつも本当に込んでいて、マジで辟易する訳だけれど、
今回は、別に特別展でも無く、
かつ、平日の午前中なので、
他の人を気にする事なく、好きなだけ、気に入った絵の前で時間を過ごせる。

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*****

ちなみに、俺は中学から大学の一年目くらいにかけては、
ルネサンス美術に惹かれていて、
ボッティチェリやミケランジェロなど、
いわゆる、「実写的にいかに上手いか」という絵に惹かれていたわけだけれど、
年齢を重ねるに連れて、確実に嗜好は変わって来たようだ。

今は、どちらかというと、
その絵の持つ幸せそうな雰囲気に惹かれるので、
上に挙げたルネサンス時代の巨匠の作品よりも、
モネとか、ゴッホとか、
もっと最近の時代の絵に惹かれる。
(ルネサンス時代の宗教画をヨーロッパで見すぎて、飽きた、というのもあるけれど。)

なので、今は、
「如何にその絵が写実的にうまいか」
よりも、
「如何にその絵の持つ雰囲気に惹かれるか」
で見てしまいますね。
なので、シャガールとかやけに心に響きます。

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*****

ちなみに昨日は、どこかの小学校から、
子供たちが団体で見学に来ていた。
一つのグループは大体8名弱で、
そのグループに、恐らく美術館の人たちが付いてくれて、
色々な絵の前に立ったり、または下に座って、
ゆっくりとその絵に関して話し合う。

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俺はそういうのが好きなので、
後ろにこっそり立って、それを聞き耳を立てて聞いていた。
(明らかに怪しい28歳のオッサン)

面白かったのは、
ジャン・デュビュッフェの「美しい尾の牝牛」という牛の絵の前で、
その大人の方が、
「じゃあ、みんなにストレートな質問を聞きます。
この絵は、うまいか、へたかで言ったら、
どっちだと思う?」


ジャン・デュビュッフェ「美しい尾の牝牛」
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俺は、「そりゃあ、ヘタなんじゃない」と思っていたけど、
子供たちの意見を聞いていると、これが面白い。

「上手いと思います」
「どうして?」
「牛の周りの色は白とか緑とか、色んな色が混じっているけれど、
牛は茶色の色が強いから、
牛が引き立って見えているから」

そんな風に、色んな意見が飛び出す。

そういうのを聞いていて、
「ああ、やっぱり大人っていうのは、
年齢を重ねていくにつれて、
必ずや、子供のころに持っていた、
柔軟な考えをなくしていくんだろうな」と思った。

その子たちの発表する姿を聞いていて、
自分の小学生の頃を思い返すと、
今よりも、もっと色んな発想をしていた気がする。

で、その発想を聞くと、
大抵、親などは、
「俊輔は面白い見方をするね」と言われたものだけど、
当時は、それが当たり前だと思っていた。
むしろ、何でその考えが、面白いのか分からなかった。


きっとその当時の考えは、
大人の既成概念にとらわれず、
ありのままを、感じていたんだと思う。

(『靴』という字を、「かわ、か」と読んだり。それはちょっと違うか。)

とまあ、そんな風に、ちょっとノスタルジックに陥っていたわけです。
28歳のオッサンが。
(まあ、今もあんまり当時と変わらないと思いますが)

******

で、そこで2時間近く絵を堪能した後は、
12時過ぎに、わざわざ群馬の前橋から来てくれた、
ギャレットと会う。


彼とは、俺が最初に行った学校、
College of the Siskiyousで、
留学一年目に会った友達。

彼は、当時仲のよかった先輩の一人と付き合っていて、
その先輩たちの家に俺は良く遊びに行っていたので、
結果、ギャレットとも、良く会う様になった。

*****

彼は、オレゴンの田舎出身の好青年で、
アメリカ人の白人の割には、かなり人に気を遣うタイプ。
そんなわけで、俺も彼とは、非常に仲良くなり易かった。

俺がずっと愛用していたVansの靴も、
彼にもらったのです。

******

彼と最後に会ったのは、
彼らがオレゴンのThe University of Oregon(“Go Ducks!”がその学校の合い言葉。マスコットはその名の通り、ドナルドみたいなアヒル)に行っていたときに、
彼らを訪ねたとき。

俺はその時、アメリカ一周の旅をしているときで、
2005年の夏だった。
ハリケーン・カトリーナがニューオーリーンズに直撃した直後の話です。

*****

その時は、ギャレットの兄貴の一人の結婚式があって、
俺たちはそれに参加した。

ギャレットの家は、みんな「巨人」と言えるほど背が高くて、
ギャレット本人も、恐らく190センチ以上あって、
かなり背が高いんだけれど、
他の兄貴たちは、もっとデカかった。

そしてイメージでは、
彼らの母親も、かなりデカかった気がする。
(確かお母さんは180センチ以上あったような。和田アキ子なんか小さい方ですよ)

よって、彼らが住む家の間取りはかなり大きく、
家のキッチンは、異様に高さが高かった。
まるで、自分が小人になった気がしたものだった。

*****

その結婚式では、式の後に、なぜか出席をした俺たちが片付けまでやらされて、
深夜まで働いていた記憶がある。

でも、ああいうメチャクチャな記憶が、一番面白いんだけどね。

*****

その後ギャレットとは、会っていなかった。
手紙とかメールでたまにやり取りはしていたけれど、
いつの間にか、特に連絡も取らなくなっていた。



一回、俺が日本に帰って来た2008年に、
彼にメールをすると、
今は前橋で英語の先生をしていると言う。
その時に写真を送ってもらって、
それっきり、会うとかはしていなかった。



昨年の暮れ、ギャレットの事が気になって、
フェイスブックで探して、メールをした。

それで、今回会う事になった。

*****


久しぶりに会ったギャレットは、
相変らず大きくて、元気そうだった。

正直、「歳を取ったな」と思ったけれど、
そりゃあ、こっちも同じことだよね。
7年ぶりですからね。当時俺は21歳、彼は20歳で、
今じゃもう、俺は28歳、彼は27歳です。
オッサン二人だぜ。

そんなわけで、初めて友達になってから10年たった二人が、
上野で再会したわけでした。

*****

予め調べておいて店の中で、どこに行きたいか聞くと、
ギョウザの店が良いと言う。
ということで、「昇龍」という名前の、
小さな店へ。

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ここの接客は、本当にひどかった。
小さなカウンターに腰掛けるが、
自分の目の前のカウンターに、できた料理が出されて、
それを後ろからおばちゃんが手を伸ばして、
人の顔の真横で、料理をいつも運んで行く。

で、俺たちが食ってると、
「はい、もっと詰めて」と、
イスを後ろからずらされる。

「俺は日本にずっといるけど、
これは、初めてだよ。まるで中国みたいだな」と冗談を言いながら、
ギャレットと、餃子とビールで乾杯。

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(ちなみに、らーめんも頼んだが、あり得ないほどマズかったので、
絶対にらーめんは頼まない方が良いです。
ここはバカでかい餃子が売りの店なので、
餃子だけさっと食って、一皿食べたら出てくるのが鉄則らしい。
実際は、ぎょうざもそんなに美味しくなかったけどな。
ただデカイだけじゃん、という。
しかしこんなサービスでも、ファンは多いらしく、
1時前になると、客が外に一気に並び出した。)

*****

ギャレットと今回話していて驚いたのは、
何とギャレットは2年半前に結婚していたということ。
Damn, I didn’t know that man!!

奥さんはいい人らしく、彼も結婚生活は幸せみたいです。

「I want to get retired soon」と、
いかにもアメリカ人らしいような発想で今後の希望を言っていました。

*****

それにしても、ギャレットが日本に来たのは2006年の9月らしく、
それから約5年半、
もうずっと日本にいるそうな。
それって凄いよね。俺もアメリカの6年はあっという間だったけど、
でも、海外での6年って長いからね。

とにかく、今回久々に会えて良かった。
今度は俺と彼女で、前橋に行くから、と伝えた。

ギャレットは手みやげに、オレゴンのワインをくれた。
嬉しいですね。ありがとうギャレット。

******

ギャレットと会った後は、
先日二日前にも会った、トシさんと再度会うことに。
De Anzaの先輩でもある、ワコさんも一緒に。
(ワコさんは、トシさんとDe Anzaで一緒だった。
トシさんはワコさんを非常に尊敬しており、俺は、ワコさんとは全く時期が被らなかったので、一緒に学校には通わなかったが、トシさんを通して、何度もワコさんに会う機会があった。)

ワコさんとも、考えてみたら、
2005年の夏以来だった。
要するに、7年ぶり。

当時ワコさんは、UCLAを卒業して、
その後、ペッパーダインの大学院に行っていた。
(トシさんが、「あの、古賀元議員が経歴詐称をして、本当は卒業していなかったペッパーダインね。面接のとき、そういえばプラスになるで」と。笑)

ワコさんは非常に優秀な方で、
そこの大学院を卒業した後は、
アメリカで四年間以上、親子関係専門のカウンセラーとして、
働いていた。

*****

そんなワコさんだが、
10年以上のアメリカ生活を終え、
先月に日本へ帰って来たとの事。

で、昨日はトシさんに会う為に、
わざわざ実家から新幹線でいらっしゃっていた。
やりますな。

ワコさんは、地元の方でカウンセラーの就職をしようと試みたが、
ある理由で、落とされたとの事。
その理由を聞いて、俺もトシさんも、頭に来たわけですが、
まあ、優秀な人なので、就職に心配は一切ないでしょう。
それよりも、彼女は自分でやりたいことがあるとのこと。
昨日お話を伺って、ワコさんなら、きっとその道の第一人者になれるのではないかと、強く思いました。

*****

トシさんとワコさんと、3人で、
銀座の喫茶店などで、話す。

まあ、基本的には、
ワコさんの今後のキャリアプランの話とか、
としさんに最近起きたこととか、
そんなことを主に話しました。

この二人は、頭が良いので、
話をしていて楽しいですね。
”インテレクチュアル”という言葉がピッタリな気がします。
(当時彼らに初めて会った19歳前後の俺は、基本的に二人の会話の内容がよく分からなかった。笑)

*****

夜は、ワコさんのご両親が、トシさんを非常に気に入っていて、
「今日も、トシ君に沢山ご馳走をしてあげなさい」と告げられて来たということで、
そこに金魚のフンの様に丁度良くくっ付いていた俺も、
その恩恵に肖ることに。

ということで、トシさんが選んだお寿司の店に行きました。
ここは、当時トシさんが日本で働いていた頃に、
良く通った店だそうです。

とても美味しいお寿司をごちそうになりました。
ワコさん、どうもありがとうございました。

(トシさんには、「シュンちゃん、これを最初から狙って、私に会いに来たんやろう。シュンちゃんもうまいなあ」と散々言われる。笑 その通りですトシさん)

*****

その後は、
店を出たのがちょっと遅かったので、
俺は家へ帰る電車が無くなり、
トシさんと一緒に、『VIPホテル』へ泊まる事に。
ワコさんは、新幹線で、実家へ帰られました。


その後トシさんと、東京駅から新橋まで地下道を使って歩く。
夜の東京の町を駆け抜ける。

新橋のマクドナルドで小一時間話をした後は、
一晩1500円前後で、なんとネットし放題、マンガが読み放題という、驚きの超豪華VIPホテルへ。

そこで俺たちはそれぞれの空間に収まり、朝を迎えました。

*****

今朝は、トシさんは朝から面接があったので、
その前に朝マックを一緒に。
VIPホテルは何と驚きの「8時間パック」というシフト制だったので、時間が来る前にそこを後にする。

外は、凄まじい雪。
「ジョークですか?」と言うくらい、雪がバンバンと降っておりました。

トシさんとは、面接会場の前で別れて、自分は家へ帰って来ました。

*****


さて、前置きが長くなりましたが、
今回書きたかった事は、
久しぶりに、大学時代の仲間と出会えて、時間を気にせずに色々と話し合えて、
それがすごく楽しかたっということです。

特にトシさんとは、
De Anzaにいた頃や、
俺が彼に会いにイギリスに行った時など、
本当に、色々と話し合いました。
それこそ、夜中まで。


トシさんは俺と似ているところもありますが、
同時に、全然違うところも沢山あります。

思うにトシさんの凄いところは、
経済や政治、金融など、本人が興味を持った特定の分野のことを、
誰よりも詳しく、専門的な知識や知恵を確実に積み重ねて、
その道のプロになって行く人だ、ということです。

俺が彼と初めて会った頃は、当時から彼は凄く優秀な方で、
色々な知識を身につけていたとは言え、
やはり、同じ20歳前後の若者たちだった、という感じがします。
(偉そうですみませんね)


しかし、今の彼は、
その日々の積み重ねの結果、
様々な分野において、
人には負けない様な知識や、経験、
そしてそれ以上に、広い視野を見に付けている人間になっていると思います。

「継続は力なり」の言葉を実際に実践している人間の、代表的な一人だと思います。

*****

そして、トシさんと話をすることを俺が好きな理由は、
「モノゴトの考え方」に関して、深く掘り下げて話をして行くことができるからです。

そういう話ができる人は、以外とそんなに多くなかったりします。
(これは、恐らく人の興味の対象がそれぞれ違う事にあると思いますが。)

そして、恐らく自分は、トシさんという人間と、ウマが合うのだと思います。
なので、色々と話をしていて、「楽しい」と感じるのではないでしょうか。

*****

自分の話になりますが、
昨日、マックで夜に話をしている時に、
トシさんが思う、俺に対する考えを聞かせてもらった。

それによると、
俺の場合、二つのアドバイスをしたい、と。

一つは、プライオリティ。

人生の中で物事を行っていく上で、
何を一番最初にするのか。
その、物事の順番付けを、もっと意識して生きた方が良いんじゃないか、ということ。

そして二つ目は、
「体験」するために、まず足を一歩突っ込む事を、多く行うこと。

俺の場合、
例えば、一つの国に関して調べようと思った場合、
それに関して、最初に本を読んで、データを調べて、、、
というやり方では、その国に対する「実感が湧かない」ので、
正直、興味を持てずに、力が入らない、というタイプだと。

しかし、いざ足をそこにいきなり運んでしまって、
その国で数日間でも良いから、様々な体験をすることで、
「うおお!この国おもしれえ!!」となって、
その国の言葉を一生懸命勉強したり、
その国の歴史を本で読んで、詳しくなったり、、、、
となって行くタイプではないか、と。
まさにその通りです。


それとは逆に、トシさんの場合には、
その国へ行く事よりも、
まずは、本を読んだり、データを集める中で、
その国に関しての全体的な知識を身につけて、
それから、最後にその国に行く、と。
だって、その国に行った時に、
その国の背景を知らなかったら、もったいないじゃん?と。
または、その国には実際には行かなくてもいい、と。
何故なら、自分で本を読んで、その国に対する情報を調べているから。
どちらかというと、自分が身につけたその国に対する情報を、
実際に確かめるために、行く、という方が近いかもしれません。

しかし、俺はトシさんと同じ様にしたのでは、
そもそもその国に対する興味すら持てない、と。

なので、トシさん曰く、
「シュンちゃんは、とにかく、
それに一歩足を突っ込んで、実際に『体験』する機会を沢山作って、
そこから、それに対して調べて行く順序を取った方が良い」と。


俺というのは、今年29歳になるわけですが、
未だにどこか、「人生は一生続く」的な考えが、
どこかに有るんだと思います。

それに対して、トシさんは、
自らの死を意識して、逆算をして今を生きるタイプ。

よって、トシさんは言います。
「私が一番恐いのは、老眼。老眼って、40歳から始まるんやで。40歳って、あと10年しかないわ。自分が本が読めなくなってしまうと思うと、これほど恐ろしい事はない!」と。

俺たちも、あと30年生きたら、60歳。
人生は、一生有る訳ではなく、
確実に、終わりがやってくる。


俺がテスト勉強前に良くやってしまうのは、
教科書が100ページ有るのに、
最初から一文字ずつ丸暗記して行って、
テスト前の1時間前に、「やべえ!10ページは完全に暗記したけど、残り90ページ、全然目を通してねえ!」と焦り、一気に残り90ページを、がーっと読むタイプ。
その時に、「何で最初から、こうやって、『どこがポイントなのか』を意識して、全体像を最初に把握しようとしなかったんだ!!」と後悔するわけですが、(←バカですね)
それを、自分の人生でもやってしまったら、恐い。
「やべえ!もう50歳だ!!残り10年しか現役でいられねえ!」みたいな。


トシさんが俺に、
「物事の優先順位を考えて、まずは足を突っ込んで、自ら体験し、興味を持って、その勢いで、誰にも負けない勢いでガーッとそれをマスターしてしまえ」というのも、
俺がいつまでも、「やれやれ、まだテストまで何日あるし」と能天気に思っているからなんでしょう。

そして同時に、俺を横で見ていて、
「彼は、一つ一つに素直に感動するのは良いが、
一々、道に落ちている全ての石に感動して、
『トシさん、これすごいっすね!!うおお!!』とか言ってるから、
おいおい、元々のお前のゴールは何だったんだい?となってしまう」と。

だから彼は、俺に、弁当の海老フライから食う事を薦めるわけです。

*****

それともう一つ、これも俺の話なんですが、
基本、俺という人間は、「他人に興味がない」よね、と。

これは、俺の彼女にも昔から言われていますが、
基本、俺という人間は、周りの人に、殆ど興味がないのだと思います。

自分が興味があるのは、
ずばり、「自分を人間としてレベルアップさせること」だけ。

なので、たまに人には、
「コミュニケーション能力が高い」とか言われますが、
実際は、対大勢の場合は非常に苦手で、
一対一の対話でないと、居辛く感じてしまいます。

それに、一対一の会話でも、
気の合う人としか話したくないし、
その人と「何か」について話をする中で、
物事の「本質」を突き止めようとすること自体に、
興味があるだけだ、と。

なので、俺は完全に、
職人気質なわけです。

小さい頃から、人と話さずに、
ジグソーパズルや、工作や、絵ばっかり描いていたわけで。

なので、基本的には、人と話をしているよりも、
何か、モノをいじったりして、
何かを「磨き上げて行く」「作り上げて行く」という行為が好き。

それが今は、その磨き上げる対象のモノが、
「自分自身」になっただけ、みたいな。

*****

俺が今、自分のキャリアという意味で、興味があるのは、
「常に、自分が何か新しい事を学んで、成長をするための努力をしている状態にいつもあること」と、
「この広い世界に、常に接することで、広い世界を感じていられる状態にありたい」
ということだけ。

トシさんにも、「今後の希望、目的は?」と聞かれましたが、
やはり、今自分が分かるのは、それだけなのです。

なので、後は、来月から始まる仕事の分野でまずは知識と経験を付けて、
その道のプロになり、
そこから、自分の強みを付けて行くしかない。

でないと、現役時代は、あと30年で終わるわけで。

*****

とまあ、そんな話などをしました。

それから、ワコさんを交えて話をしていた際に、
トシさんが、「日本人は、海外に出ると、本当にKYやで」と言っていたのだが、
それが気になっていたので、その真意を、聞いてみた。

トシさん曰く、要するに、
「その国に行った際に、
そこの文化や背景を全て吸収した上で、
その国の”常識”に合わせ、
その場に流れる”空気” ”流れ”を読んで、
きちんと話し合いや交渉をできる日本人海外営業マンは、
優秀な人(日本の有名大学を出た人や、海外に長くいる留学生)でも、
本当に出来ている人は少ない」と。

逆にそれが出来ている人というのは、
その国の文化を、自らの中で「内部化」して、
その場に合わせた発言、返しができている、ということ。

(要は、その国のコメディアンが発するジョークを聞いて、
心の底から笑えるか?そして、彼らの前でジョークを言って、
笑わせられるか?ということです)

それは、俺の今後の仕事をやって行く上でも、
非常に大事になって来る要素である。

*****


何かダラダラと長くなりましたが、
そんなことを、トシさんとの対話を交えながら、
掘り下げてもらったわけです。

俺は基本、自分について、「お前はこういう人間なんじゃないか」というテーマで、話ができたとき、凄く喜ぶんだろうね。
何しろ、一番の趣味が、「自分伸ばし」なので。


ということで、よく彼女には言われます。

「あなたに一番合った職業は、坊主だよ」と。

いずれ、本気で出家をする日がくるのでしょうか。

*****

さて、本当に長くなりましたが、この辺で。

ということで、昨日は、
大学時代の旧友と会い、
色々な話をして、
自分についても掘り下げて考え、
そんな時を過ごせて、すごく楽しかったのだと思います。



*****




人が、「自分」というものに関して考えるとき、
自分一人で考えているよりも、
自分を良く知る、誰か他の人の意見を交えながら、
語った方が、
より、そのことについて、深く知れるもので。




大学時代は、恐らく、
そういうことをする時間がたくさんあり、
そういうことを話せる友達が、
周りにいたから、
きっと、「楽しかった」と感じるのだと思う。



俺が、「会話が楽しい」「この人と話をしていて楽しい」
と思うのは、
結局、「本質とは何か」の話をしているとき。



そんな友達がいることを、幸せだと思うし、
そういう人たちと、そういう話ができることを、
心から楽しいと思う。



俺にとって、それができるのは、
彼女を始め、トシさんや、そういう人たちなわけで。



*****


人は、社会に出ると、
仕事に毎日忙しくなって、
つい、「自分とは何か」という対話をすることを、
自分とも辞めてしまうし、他人とする事も辞めてしまうのですが、

そうすると、日々、
「自分」の立ち位置が、見えなくなってきてしまうのだと思う。




物事は変わりゆく様に、
自分という人間も、日々、変わって行く。


だから、「自分とは」という考えが、
どこかの時点で、終結することは、
多分、生きている限り、一生ないはず。



なのに、
それを、人生の途中で止めてしまうことは、
自分を見失う様なもの。




「自分とは誰か」が分かっているときほど、
自分が地上に作り出す陰は、濃くなると思うし、
自分が踏みしめている大地を、
より強い力で、踏みしめることができるようになると思う。


******



大事なのは、
その自分の「掘り下げ」を辞めない事だし、
それは、自分次第で、
いつでもできる。


仕事が平日忙しかったら、
週末でできるし、
一日に、30分、
自分と対話をする時間を作れば良い。




しかし、何よりそれが、もっと気持ちよく出来て、
かつ、楽しいのは、
そうやって、自分の近しい人と、
時間を気にすることなく、
語り合えたときなんだなあ。


*****


いつのまにかあいだみつお調に変わってしまいましたが、
ということです。

長過ぎて書くのに疲れました。


2012/2/29 16:01





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February 27, 2012

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昨日は彼女と一緒に婚約指輪を買いに行った。

*****

彼女は、婚約指輪をティファニーで買うというのが、
幼稚園の時からの夢だったので、
婚約指輪はティファニーで買おうねと、
付き合って少ししてから、ずっと話をしていた。


彼女とは付き合って、今年の5月で丁度、5年となる。

彼女は、俺と一緒にいることを不安に思うことも、
随分とあったと思うけれど、
今まで我慢して、待っていてくれました。
今回、俺の仕事も正式に決まり、
これで、晴れて婚約をすることができます。


*****


昨日は、お互いに東京駅で待ち合わせをした。

彼女は朝から横浜の美容院に行くということで、
先に横浜に行っていて、
それから2時頃に東京駅で落ち合った。


今まで付き合って来た中で、
毎回横浜や東京、銀座などに行く際に、
機会があれば、ティファニーに行って、
指輪を見学してきた。

彼女はモノを見る目があるので、
色々と見て行く中で、
自分の中で、「これぐらいのレベルの指輪が欲しい」
というアイディアは大分固まっていた。


昨日も、俺と東京で会う前に、
横浜のティファニーでも、
既に話を聞いて、下見をして来たそうな。
手際がいいですね。

*****

その後、まずは東京駅から少し歩いた、
日本橋三越のティファニーへ。

そこで指輪を見せてもらう。

その後は、歩いて丸の内へ。



丸の内の店舗は、今回行くのが初めてだったが、
前回(去年の夏頃)、この店舗の前を一緒に歩いて通ったときに、
ここの店のオーラが凄く良かったので、
「ここで買いたいな」と彼女は言っていた。

なので、今回も、
昨日の15時に、この店でのコンサルティングを予約しておいた。


この日に、この店舗でベストのものが見つかれば、
いいねと、話をしていた。

*****


ちなみに丸の内の店舗の周りは、
道路と歩道の素材が同じもので作られ、
とても落ち着いた雰囲気。

彼女曰く、
ティファニーの本家があるNYの町並みに
とても似ているそうな。



約束の15時に2分遅れて、
店に入る。

親切そうな女性が、
エレベーターを使って、
二階にある奥の部屋まで通してくれる。

(ちなみに、横浜で彼女が指輪を見た際に、
話を丁寧にして下さった年配の女性は、
とても親切だったそうな。
雰囲気は、今回丸の内の店で、
俺たちを上に通して下さったこの女性と、
似ていたそう。)

*****

上の部屋で、数分待つ。

ああいう、閉じられた空間に入ると、
人は緊張するものですね。

(その後、もう一度外の広い空間に出た時に、
「ああ、人って言うのは、
天井が高かったり、広い空間にいる時の方が、
狭い空間よりも、リラックスできるんだな」
と気づいた。)



暫くすると、予約をしていた担当の女性が出て来る。

彼女に、色々と紹介をしてもらう。

*****

今回彼女は、大分色んな店で指輪を見て来たので、
今回も、希望の指輪の特徴を伝えて、
それに近いものを出してもらう。


そうやって見て行く中で、
一番最初に出してもらったものが、
彼女は一番気に入っていた。


担当の女性がコンピューターを使って他の店の在庫なども調べてくれる中で、
その指輪以外にも、
同じ様な特徴で、もう少し良さそうなものも、
別の店舗にあることが発覚。
しかし、取り寄せとなると、数日かかるらしい。

彼女もそこで見た中では、
決め切る要素も揃っておらず、
しかし、できればその日の内に、
良い指輪を見つけて購入したいと思っていたので、
ちょっと微妙な状態だった。



俺たちはちなみに、
そこの丸の内で見た後に、
銀座の本店にも行く予定だった。

しかし、銀座の本店は、
以前訪れた際に、
あまり対応が良く無かったので、
また、店のオーラがそこまで良く無かったので、
正直な話、
銀座の本店で買いたい、という気持ちはなかった。


彼女も、
「ここの雰囲気は良いね。ここで買いたいな」と、
丸の内のその店舗にいる間に、
ずっと言っていた。

*****

さっきの状態に戻り、
彼女と、その女性との話し合いの中で、
彼女的には、今日中に決めたいが、
他に見てみたい指輪を取り寄せると、
数日かかってしまうということから、
「じゃあ、今日はこの辺で・・・」的な雰囲気になりそうだった。

そのまま、一旦は部屋に戻る。

その時に見ていた指輪は、あるカラット数を上に、
幾つか見ていたのだが、彼女が気にかかっていた指輪は、
自分の指に合うサイズ、という意味でも重視をしていた。
でも、担当の女性はその点を気づいていなかったので、彼女に聞く。
「**では大きすぎますか?」

彼女が答える。
「いえ、**が大きすぎるというわけではなくて、
ただ、今日は元々、今日購入するつもりで来ているので、
指に合うサイズがあった方が嬉しいんです。
他のお店から取り寄せたりすると、数日かかってしまうので・・・
今朝、横浜や日本橋の店舗でも、他にも見て来たんですが」
と言って、それぞれのサイズや特徴を書いた紙を見せると、
その女性も、
「なるほど、それでしたら・・・」と、
更に色々なアイディアを出してくれ、
「それでしたら、お客様の指のサイズに合う条件で、
上限は幾らくらいで、もう一度検索をしてみますね」と、
コンピューターを使って、再検索をして下さった。


どうやら、俺たちが、ただの一見客ではなく、
本気で購入しようとしていることが伝わったらしい。

その後、再度部屋で待つ事、数分。




しばらくすると現れた女性。

そこで彼女が、
「別の店舗で、これらのものがありまして、
実は銀座にあるのですが、
ご希望でしたら、今からその店まで取りに行って来ます」と。

そこで俺たちも、
「実はこれから銀座に行こうと思ってたのですが、
お店の雰囲気はこちらの方が良いので、
できればこちらで購入したいのです」とお伝えして、
向こうも安心。


二つチョイスがあった内、
選んで、より良い条件の方を持って来てもらうように、
お願いをする。


それから、待つ事30分弱。

銀座から、もう一つの指輪が到着。




見比べてみて、結果、
銀座から来た、その指輪がベストととの判断になり、
その指輪を選ぶ事になりました。


窓際の太陽の光にさらして見た指輪は、
彼女の指の上で、
とても綺麗にきらきらと輝いていました。



*****


結果的には、
昨日一日で、足で回れる範囲にある全ての店を見ることができて、
(しかも、基本的には、銀座の本店が、一番品揃えも多い中で、)

最終的に、一番気に入った店舗で、
ゆっくりと時間を取って、
指輪を見る事ができ、
選んだ指輪は、銀座本店から来た、
一番いいもの、という選択をすることができた。


本当に、良かったと思う。


その後は、指輪の中に掘る文字を決めて、
約3週間後に出来上がるとのことで、
完了。
(指輪の文字は、俺たちが付き合い出した記念日にすることにした。)


*****


その後、店の外に出て、
記念にと、店の写真を外から撮っていると、
入り口に立っていた別の女性が出て来て下さって、
わざわざ俺と彼女の写真を撮って下さった。

その後、さきほど対応をして下さった方も出て来て、
また二人で見送ってくれた。

本当に良い時間でした。
彼女もとても嬉しそうでした。


*****


その後は、昨日たまたま東京に出て来ていたトシさんと、
彼の先輩と、
4人で集まる。


彼女の話は、
トシさんには3年前からしていたので、
今回、彼女もやっと、一緒に会えてよかった。

銀座の交差点で待ち合わせをし、
その後近くの喫茶店で、小一時間ほど談笑した。

今回は余り時間が取れなかったけれど、
トシさんとはまたゆっくりと集まり、
彼女より、村上春樹に関して熱く語っていただきたいと思います。

*****

ということで、
昨日は、幸せな一日だった。

何よりも、彼女が本当に幸せそうで、
それを見ていて、俺もすごく幸せだった。




人生の幸せって、色々とあると思うけれど、
自分の大事な人が、幸せそうにしていることほど、
幸せなことは、ないんじゃないかな、と思う。

*****

2012/2/27 17:44






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January 30, 2012


今は引っ越しの準備中。
このアパートとも、明日でお別れ。
ここには、丁度3年住んだ。
2009年の2月から。
大変お世話になりました。

丁度角部屋で、
窓が大きくあって、
夏は、冷房を付けずとも、
窓を開け放しておけば、涼しかった。

近くには100円ローソンやコンビニなどもあり、
非常に便利なところだった。

*****

さっき、彼女と話をしながら、
壁に貼った人生プラン表を剥がしていた。

彼女とはそのとき、
パスカルのパンセとか、
トルストイの人生論とか、
菜根譚の話をしていた。

俺は彼女にトルストイの人生論を
2年ほど前に薦められ、
購入はしたが、
まだ読んでいない。
毎回読もうと思うが、
言葉が難し過ぎて、読めない。

しかし彼女に解説してもらうと、

他人の幸せを願いながら人々が生きる様になったら、
この世の中はもっと良くなる、ということや、

世の中の偉い教授や、
サイエンティストが言う事の方が、
聖書や、仏陀の教えや、コーランよりも、
確証があると思われがちで、
「宗教」という括りがあるだけで、
人々はそれを怪しげに見てしまう傾向があるけれど、
実際には、それらの物が伝えるメッセージは、
非常に重要である、とか、

そう言った事が書いてあるそうだ。

俺もまた今度、
読んでみよう。

*****

彼女ともその時話をしたが、

こういう話ができることは、
非常に素晴らしいと思う。

こういう話をした時に、
「でさ、パスカルのパンセに寄るとさ、
こういう事が書いてあるんだけど、
凄いよね」
と言うと、
「そうそう・・・」となる前に、
「へえ、そんなの読んでるなんて凄いね」
などの反応で終わってしまう事ほど、
会話をしていて虚しいことは無いと思う。


俺はこのブログにも何度も書いているけれど、
中学時代から高校時代は落合信彦にはまったわけで、
彼の著作にはよく、
キルケゴールのこととか、
アリストテレスとか、
そういった、
哲学の話、古典文学の話、
そういうものが出て来る。

で、そういうモノを若いうちから読んでおくことが当たり前だと、
そんな考えで思春期を過ごしたわけだが、
(実際には、キルケゴールを読んだ事はないのですが)

そういう風にしていると、
実際、中学時代は当たり前の事、
高校時代、
大学、となっても、
余りそういう話が出来る人とは会わない。

大体は、
「そんな難しい本読んでるんだ」とか、
ちょっと変わった目で見られてしまう。

だからこそ、そういう話が同年代で出来る人というのは、
貴重なわけだ。

そんな中、彼女と会った頃、
俺は23歳で、彼女は22歳だったけれど、
お互いにそういう話もできたし、
下らない映画を観て笑う事もできれば、
その後に、戦争の話をしたり、
アメリカで起きた銃殺の話をしたりとか、
人種問題の話や、
そういう話も自然にできて、
そういう事が、凄く嬉しかった。


*****


落合信彦の「命の使い方」という本には、
「世の中には必ず、
価値観がぴったり合う女性がいる。
そういう女性というのは、
お互いに下らない映画を観てゲラゲラ笑ったり、
何かについて語り合って、お互いに感動したり、
そうやって”価値観の共有”ができるんだ。
素晴らしいぜ、それは。
ただ、そういう女性を、10人の中から見つけようとするから、
ダメなんだ。
1万人の中から探そうとすれば、
きっと見つかる・・・」

みたいなことが書いてあった。

俺がそれを読んだのは中学3年生で、
実感が湧かなかったけれど、
彼女と付き合い出して、
一番幸せなことは、
やっぱりそこだと思う。


価値観が合う事。
何でも話し合える事。

それが、一番でかいんじゃないか。


*****

一個前の日記にも書いたけれど、
俺にとって彼女は、
俺の人生を客観的に見てくれる存在で、
常に、自分のことを、誰よりも一番分かってくれている存在なわけで。

そういう人が彼女であることを、
本当に幸せだと思う。

*****

もう少し踏ん張れば、
無事に仕事も決まりそうです。

頑張ろうと思います。

そして、彼女を早く幸せにしてあげたいと思います。

2012/1/30 20:58


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引っ越してすぐの頃に壁に貼った言葉。
これだけは、剥がさずに3年貼ってあった。

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January 26, 2012

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さて、このイケメンは誰でしょう?

僕が10年前に留学した頃は、
まだ9歳で、
身長が僕の半分くらいしかなかった、
ザックです。

これが、2003年当時の写真。
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これが、2005年。
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でかくなりました。
僕はあんまりFacebookで他の人の写真とか見ないのですが、
先日ログインしたら、
彼の写真が一番上に来ていて、
「え?これ誰???」となりました。

聞くと、今は身長が5'10"(177.8cm)あるそうです。
俺よりもデカくなりやがって・・・・

*****

俺の中では、いつまでもザックは、
「あのザック」(会った頃の、小さなザック)なわけですが、
日に日に大きくなって、
今ではこんなにたくましい、
カッコいい奴になりました。


親の気持ちというのは、きっとこんなもんなんでしょう。

あんなに小さかった自分の子供が、
気づいたら大きくなっていて、
「くそ親父!」とか言って来る。
考えただけで泣いちゃいますね。


しかし、上に載せた2003年当時の写真を見たら、
やっぱりビックリしました。その変貌ぶりに。

たった10年で、こんなに子供って変わるんだなあ、と。

*****

当時ザックは、本当に小さくて、
しかも、殆ど喋らない子で、
みんなに、「大丈夫かしら」と心配されていました。

そんなザックは、なぜか俺になついてくれて、
彼らの家に遊びに行くと、
よく俺についてきてくれて、
(というか、俺がザックの後ろを付いていたのかな?)
「シュン、シュン」と、
よく遊んでくれました。

きっと、俺も留学生で、
元々あんまり喋らない方だから、
仲間ができたと思ったんでしょう。




今でも覚えているのは、
彼らの住んでいるフォーとジョーンズの小さな家で、
そこに空満点に広がる星空を見ながら、
ザックが俺の横で、
"You are the best friend I've ever had."と言ってくれたこと。

本当に嬉しかったな。


なんか、ああいうときのことを考えると、
涙が出て来ますね。

******

さて、彼も今は19歳。
そして、当時18歳だった俺は、
既に28歳。

今度会った時に、
上から見下ろされると思うと、嫌だな。

次に会うのがすごく楽しみなヤツです。


2012/1/26 16:24


ちなみに下の写真はお姉ちゃんのメーガン。
当時13歳だったメーガンは、もう23歳ですね。
当時からすごく綺麗だったけれど、
ますます綺麗になりました。
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美男美女の兄弟です。




2006年の思い出その1

2006年の思い出その2

2008年の思い出













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January 16, 2012


2012年1月16日 23:34〜

今日で彼女と付き合い出してから4年と8ヶ月が経った。
この週末は、彼女が俺のところへ会いに来てくれて、
去年の12月のクリスマス以来、3週間ぶりくらいに会えて凄く嬉しかった。

彼女が帰ってしまうと、
毎回感じるけれど、
すごく寂しくなる。

心の中にぽっかり穴が空くというか、
一人の時には、特に感じなかったその”感情”を、
二人になって、初めて気づき、
その後、また一人になると、
その存在の”不在”により、そのありがたさ、
その存在の大きさに、改めて、気づく、
という感じ。

だから、彼女と普段は、いつも離れているので、
たまに会えた時は、すごく嬉しいし、
一緒にいられる時間が、とても貴重で、
そうして、その後別れた後は、
もの凄く寂しくなる。

*****

彼女とは、もう2010年の春以来、
ずっと遠距離恋愛である。
もう、約2年が経っちゃうね。遠距離になってからは。

俺も今年は、彼女と早く一緒に住める様になれるように、
仕事を頑張りたいと思うし、
早く彼女を幸せにしてあげたい。
彼女に不安な思いをさせたくない。

*****

今回も約3日間だけ一緒にいられたけれど、
その3日間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

お互いに、色んな話もできたし、
凄く楽しかった。

俺にとって、彼女の存在は、本当に大きくて、
今回もLOSTを観ながら、色んな話をしたけれど、
彼女がもしいなくなってしまったら、
俺は、相当、生きる意義を見失ってしまう気がする。

それくらい、彼女は大事な存在なわけです。

*****

とにかく今は、不安になることもあるけれど、
自分が心から納得するまで、
絶対に諦めずに、やり続ければ、
必ず人生は良い方向に行くはずだから、
だから、頑張ろうと思う。


人生は全て、
自分の思いと、
自分の努力次第で、
如何様にも、良くして行けるものだから。


頑張ろう。

2012/1/16 23:44




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December 16, 2011



俺は彼女に、ずいぶんと救われている。

落ち込んだ時には、
励ましてもらって、
何かに頭に来た時には、
なだめてもらって、
道に迷った時には、
どの道を進んだら良いか、灯火をかざしてくれて。


嬉しい時には、
一緒に喜んで、喜びを倍にしてくれるし、
悲しい時には、
一緒に悲しみをシェアして、半分にしてくれる。

俺が今日の様に、
疲れて、ちょっと後ろ向きになっても、
「今は、『今日』という日しか見えていないから、
焦るかもしれないけれど、
2012年の4月1日には、
今日の焦りや不安は、全て忘れて、
何も関係無い日を過ごしているよ。
だから、
『2011年12月16日』というピンポイントの状態に
自分を翻弄されてしまうのは、勿体ないよ」と。

「自分の可能性を信じて、
気楽に、ゆるりゆるり、さらりさらりとやって行けば、
必ず、運気が上がって、いい結果が出てくるよ」と。


******


俺は、よく、紺詰めて考えてしまうクセがある。
要するに、気を抜くと、
自分の目の前しか見えなくなって、
頑固になって、
視野が、すごく狭くなっちゃう、ということ。
余裕が無くなっちゃう、ということ。


そんなとき彼女は、
俺の狭い視野を、
ジョークや物語を交えて、
俺の視野の狭さを気づかせてくれ、
笑わせてくれ、
(大概は、俺は視野が狭すぎて、
その時に、自分自身を笑えないのですが。)
「もっと肩の力を抜きなさい。」
と諭してくれる。


*****


誰よりも、
自分の事を応援してくれる彼女を、
誰よりも、幸せにしてあげなきゃいけないなあ。

今日で、付き合いだしてから、
4年と8ヶ月目です。

いつもありがとうございます。


2011/12/16 20:54


PS.
ちなみに、彼女は俺をよく励ましてくれていますが、
俺たち的には、
「禿げ増して」くれています、と言います。

このままだと、あっという間に、
俺もじっちゃんのようにピッカピカだぜ!!



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November 28, 2011

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今日は彼女と会った。
前から、うちの姉貴の赤ちゃんが産まれたら、
産婦人科を訪れ、赤ちゃんに会いに行きたいと言っていたので、
それが叶ってよかった。
彼女もお姉ちゃんも嬉しそうだった。

彼女は小さな頃から、
親戚の子を7人くらい(自分の妹も含め)、
小さな頃から観て来たので、非常に子供の扱いがうまい。
今日も、赤ちゃんを抱いて、嬉しそうだった。
俺が今までは子供嫌いで、赤ちゃんを見たりしても、
はっきり言って全く興味がなかったけれど、
最近は姉の赤ちゃんが産まれてからは、
もう「親ばか」ならぬ「オジばか」みたいになっているので、
彼女もほっとしたみたい。
今日も、赤ちゃんのほっぺたにちゅっちゅと3回くらいしちゃった。

*****

その後は、彼女と近くのモールに行って、
その後は俺たちのお気に入りのくら寿司で寿司をつまむ。
(彼女も家が水産関係なので、
そしてうちも両親とも水産関係地方の出身なので、
全員刺身や寿司が好きでよかった。)

そこで彼女と色々と話して、
今日は改めて彼女の存在に感謝をした。

*****

ここにも何回も書いているけれど、
彼女は俺にとって本当に大きな存在。
尊敬しているし、
人間として素晴らしいと思う。
教養的な話もできるし、
くだらない話もできるし、
映画の話も、ドラマの話も、
本の話も、家族関係のことも、
仕事のことも、アートのことも、
政治のことも(これは俺があんまり興味がないので話さないけれど)、
ニュースのことも、
将来のことも、村上春樹に関しても、
もう、何でも話します。
レニークラヴィッツの作るグルーヴに関しても。

******

そんな中で今日は、
俺の転職活動に関しても話をしたし、
色々と現状を気づかせてもらい、話をして、
勇気ももらったし、自信も付けさせてもらった。

人間は、自分が売るものを、まずは誰よりも、信じていなければならない。
そして、自分の価値を客観的に認め、
自分自身のことを誰よりも、信じていなければならない。

今の俺の課題は、
自分が本当にやりたいと思える仕事を見つけて、
それに没頭するだけ。
それだけであることを、再認識。

******

その後は、またまた「LOST」の良さに関して、
彼女が語る。
語る語る。

帰り、俺んちの前まで送ってもらうところまで、
ひたすらLOST。
前もここにちらっと書いたが、
彼女にとって、俺と彼女の間で、
唯一共有できていないことが、
LOSTについてだと言う。

それは、クリスチャンにとってのバイブルであり、
彼女曰く、
LOSTは、無料で全世界の人に配信され、
全ての人が見るべきだ、と。笑

むしろ、
教育テレビが毎日、LOSTだけを放映するような感じで、
「LOSTチャンネル」みたいな感じで、
毎日、第一話を放映していて、
いつから見始めても、すぐに入って行ける様にするべきだ、とのこと。

CNNの様に、ひたすら、
LOSTだけが、延々と流される。
まさに、LOSTの第二話で、彼らが見つけた、
無線でキャッチしたメッセージが、16年間ノンストップで流されていた、みたいに。
(俺はまだ5話までしか見ていないから、これが果たして最後にどう続くか分からないから、見た人は何も言わないでください)

*****

彼女曰く、
LOSTは、「己に向かい、己に克つこと」がテーマだと。

そして、LOSTは、
「世界を表している」と。

世界各国、色んな国があるように、
色々な人種がいる。
そして、全員がトラウマを持っている。
その中で、色々なダイバーシティの中で、
各自が衝突しあい、絡み合い、
その中で、今まで逃げて来た自分の過去に向き合うことで、
本当の意味で、自分に打ち勝ち、
新しく生まれ変わる。
New meですな。
ニュウミー。
(John Mayerで言うと、"New Deep" 的な。アルバム”Heavier Things”より。Now on sale.)

まあジョン君は置いておいて、
LOSTは本当に、
118話、全てを観ることで、
最後のその瞬間、全てのピースが繋がり、
今、俺が考えられる結末を、遥かに超えたものが待っている、と。

その時そのテーブルの上に置いてあった抹茶の入っているお茶の缶をたとえにすると、
俺はLOSTの世界が、その缶に着いているフタの一部だと考えると、
実際は、その缶を飛び越えて、もっともっと、
目の前の空間全部くらいだと。

それくらい、すごいみたいです。

マジで、LOSTの制作者、
及び、LOST関係の方々は、
彼女に宣伝費を払った方がいいですよ。
これで完全に、俺は118話を気合いを入れてみる予定ですからね。

*****

俺がLOSTを観ることによって、
より、俺の人間性が磨かれるらしい。
そして、本当の意味で、
俺たちはもっと分かり合える、と。

深いですね。宗教ですね。
彼女が言ってました。
「もし私が今浮気をするならば、収入が良い人とか、定職の人とか、
そういうのじゃなくて、
条件はただ一つ。LOSTを解っている人だね」と。

まずいね。LOST見なきゃね。

*****

とまあ、そんな話をいつもしていますが、
マジで、彼女には感謝です。
I don’t know how much I appreciate her. I just wanted to leave my feelings here, just for a record.
That’s it for today.

2011/11/26 23:26


PS.
書き忘れましたが、
俺は、恐らくLOSTを、
誰よりも愛するらしい。
彼女と俺のものの見方が似ている様に、
ただ、「LOSTいいよね〜」で終わるんじゃなく、
LOSTの奥の奥の深いところまで、俺は分かるだろう、と。

俺は基本的に、頑固な人間だし、
人に薦められると、逆にそれをやらないという天の邪鬼なタイプだから、
余り俺にLOSTを薦めると、俺がそれをタスクと思って観たがらないんじゃないかという不安があったみたいだけれど、
それを通り越して、LOSTを薦めないことには、
本当に人生を損しているから、本当に観てほしい、と。

スターウォーズより、彼女のこよなく愛する村上春樹より、
LOSTは俺の人生に影響を与えるらしい。

そして、俺はLOSTを見終わるまでに、
少なくともブログに10回は感想を書くだろう、と。
すごいですね、予言が出ましたね。

LOSTを観ない人生は、
留学に行かなかった人生と同じくらい、
全然違うらしい。

俺にとって、
俺「Lenny Kravitzいいよね」
彼女「え?Lenny Kravitz?誰それ?」
ぐらい、俺がLOSTを観ないことには、
彼女の大事なパートをシェアできていないらしい。

そして、彼女の周りには、
LOSTを観た人で、話し合える人がいないらしいから、
(LOSTを観た人は殆どの人が、海外に住んでいる。)
俺がLOSTを観ることで、
マジで語り合えるらしい。

でも、それよりも、
彼女がLOSTを薦める本当の理由は、
俺にとって、何よりも有益だかららしい。
人間性が、より磨かれる、と。

マジで観るしかないですね。

23:41

たまに彼に似ていると言われます。顔の濃さだけね。
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November 24, 2011

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2011/11/24 15:32〜

さっき、お姉ちゃんの泊まっている産婦人科に行って来た。

今日は、赤ちゃんの対面に会えた。

産まれてからの、初めてのきちんとした対面。

お姉ちゃんも、昨日はちゃんと赤ちゃんに会えなかったから、
今日はすごく嬉しそうだった。


ほっぺたがすごくやわらかかった。

足や手はすごく小さかった。


すやすやと眠っている。


すごいな、
お腹の中で、
髪の毛が生えて、目も口も、
足も手も、
きちんとできあがって、
ああやって出てくるんだね。


手は、ミニチュアみたいだった。

きちんと指が五本あって、
爪もしっかり生えていた。



俺は、生まれてから、
生まれたての赤ちゃんを間近で見たり、
さわったりしたことがないから、
すごく嬉しい。


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******


お姉ちゃんは、やっぱりすごく幸せそうだった。


明日は、30分に面会時間が延びるみたい。

で、明後日から、
もっと長い時間会える様になる。



楽しみですね。


2011/11/24 15:38


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November 23, 2011

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赤ちゃんって、
夢を見るのかな?

昨日までお母さんのお腹の中にいて、
その中で、髪の毛とかが生えてきて、
ああやって、健康な身体が生まれてくるって、すごいな。


夢って、何かを経験したから、
見るものだと思うんだけど、
だから、赤ちゃんは、
昨日産まれた子は、
夢を見ないで寝てるのかな。

ああやって、
眠ってるけど、
何を考えてるんだろう。

何も考えてないのかな。

でも、昨日まで、
お腹の中の羊水の中にいたのに、
急に、空気の中に出されて、
嫌じゃないのかな。

きっと、
すごく眩しいんじゃないのかな。



「ものごころ」って、
いつつくんだろう。


というか、
「意識」とか、
「感情」とか、
そういう、「感じる」っていう感覚は、
いつから始まったんだろう。



今はきっと、色々感じているわけで、
ということは、
昨日、お姉ちゃんのお腹の中にいたときも、
色々と感じていたわけであって、

ということは、
いつから、
その赤ちゃんに、
「意識」は宿るんだろう?



その意識が宿る瞬間が、
「いのち」が授かる瞬間なんだろうか。



すごいな、いのちって、


神様は、やっぱりいるよね。

お腹の中で生まれた体に、
「命」を吹き込むわけだから。





考え出すと、
宇宙の仕組みを考えることみたく、
一生謎はつきない。






いやあ、
すごいな。

2011/11/23. 13:48





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13:12〜

今、お姉ちゃんの病室にて。

今朝、10時すぎに一度、
お姉ちゃんの体調を見に来た。
体調は良いみたい。
今日は、氷を四つまでしか口にできない。

赤ちゃんとは、今のところは一日に一回、十五分しか会えないので、
本当は、旦那さんの家族が来てから、みんなで赤ちゃんに
会う約束だったが、
連絡がうまく取れず、
一旦俺たちが産婦人科を離れたところで彼らがくる。
なので、彼らが赤ちゃんに会い、
俺たちは今日は会えなかった。
残念。

でも、明日は会える。


、、、、、


ガラス越しに見える赤ちゃんはすごく小さい。

朝は、赤ちゃんが看護師さんに洗ってもらっていた。
すごくかわいかった。

その後は、
カゴに入ってスヤスヤと眠っている。

まつげが生えていない。
まゆげもまだ薄い。

歯は生えていない。
目がすごく大きい。

ほっぺたがやわらかそう。
さわってみたいな。


、、、、、


思ったけど、
人間は、色んな機械を作ってきたけど(このiPhone含め)、

やっぱり、
人間が生み出す一番すごいものは、
赤ちゃんですね。


だって、
「命」を生み出すんだもの。
お腹から。

お母さんの、お腹の中から、
赤ちゃんが産まれてくるって、
すごいな。

、、、、


何人もの赤ちゃんが並んで眠る看護室の中から、
さっき、二人のお母さんが、
自分たちの赤ちゃんをカートに乗せて、
嬉しそうに、歩いて出てきた。


二人とも、
すごく幸せそうだった。

自分が生みだした、作品。
命を持つ、作品。


相当、かわいいはずだよね。


、、、、


いやあ、すごいですな。

2011/11/23. 13:23




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November 22, 2011

2011年11月22日 午後3時59分

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本日、無事に姉の赤ちゃんが産まれました。
女の子です。
感動しました。

予定日を3日過ぎての誕生。
昨日の段階で、姉が産婦人科に行った段階で、
赤ちゃんの頭の大きさに対して、
お姉ちゃんの骨盤の大きさがギリギリ、ということで、
急遽、帝王切開に決まりました。
その為、お姉ちゃんは昨晩から
産婦人科に入院しました。


昨日は、俺も緊張しました。
夢で、お姉ちゃんに陣痛が起きている夢を見ました。

*****

今朝、起きて、
昼過ぎから、両親と3人で、
成田の産婦人科に向かいました。

旦那さんは、かなり緊張していました。

お姉ちゃんの個室の病室(と言っても、
中はホテルみたいな作りで、
ちっとも病院臭さがなく、
とても落ち着ける。とてもいい雰囲気のところ)
で、5人でテレビを横目に、
話しながら待ちました。

お姉ちゃんが、予定の時間の3時を30分過ぎた、
3時25分頃に、看護婦さんに呼ばれ、
そのまま、点滴を打ちながら、
歩いて病室へ向かいました。




外のソファで、4人で待つこと40分。

当初の予定では、手術室に入って、
15分程で赤ちゃんに会える、と聞いていたので、
40分もかかって、さすがに両親も不安そうでした。

母親は、「大丈夫かね」と珍しくそわそわしていました。

俺と旦那さんは、彼の仕事の話をしながら、
待っていました。

*****

そして16時過ぎ。

病室の前にある体重計を指して、
母親が、「せっかくだからあんた体重測ってみたら」
と言うので、「そうだね」と言いながら、
靴を脱いで、その体重計に乗った瞬間に、
奥のドアが開き、
看護婦さんが、赤ちゃんを抱きかかえて、
「お待たせしました〜、元気な赤ちゃんですよ〜」
と出てきた。

俺はあわてて靴を履き、
カメラを取りに走り、
(既に旦那だんが持ってきてくれていた)
そのまま、4人で、
看護婦さんの抱える赤ちゃんを、囲んで覗き込んだ。




いやあ、感動しました。


さっきまで、お姉ちゃんのおなかの中にいて、
お腹を中から蹴っていた赤ちゃんが、
今、こうして、
この世界に生まれてきて、
外気を吸って、
涙を流して、
額をしわくちゃにして、
目の前にいるなんて。


正直な所、
さっき、赤ちゃんを見る瞬間まで、
あまり、実感が湧きませんでした。


お姉ちゃんのお腹は、確実に毎日大きくなっていくし、
その中に、赤ちゃんがいるんだと思うと、
変な感じがしたけど、
やっぱり、今日、こうして、
目の前に、赤ちゃんを見ると、
もう本当に、心臓がバクバクしました。

今まで感じたことのない、緊張感と、
興奮と、
感動でした。










そのあと、旦那さんとうちの母親が
赤ちゃんを交互に抱いて、
そのあとは、赤ちゃんとの今日の面会はおしまい。


そのあとは、すぐ横にあるガラス張りの部屋に赤ちゃんは持って行かれ、
そこで、看護婦さんによって、
ガラス張りの保育器に入れられ、
そこで、今まで閉じていた手を、
むにゃ〜んと広げて、
本当に、”今”産まれたんだな、という、
ゆっくりな動きをして、
手を動かして、
足をタオルの下でバタバタさせていました。

で、しばらくすると、
大きな声で、ガラス張りのこっちの部屋まで聞こえる
大きな声で、
泣き出しました。


そのまま、15分くらい、
ずっと泣いていました。
元気な赤ちゃんです。

本当によかった。






******

五体満足な女の子が産まれてよかった。

旦那さんとは、
「やりましたね!」と、
ガッツリ握手をしました。

彼も、嬉しそうでした。

彼は、「このまま何時間でも見ていられそうだな」と、
嬉しそうにしていました。

そりゃあ、嬉しいよね。

俺も、自分の子供だったら、
相当、嬉しいんだろうな。
多分、赤ちゃんを見た瞬間に、
泣いちゃうだろうな。


*****

そのことをあとで彼女に話したら、
彼女も嬉しそうにしていました。

彼女も、お姉ちゃんと旦那さんの結婚式には、
今年の1月に参加してくれたので、
きっと、嬉しいと思います。


******



でも、本当に、
こうして、お姉ちゃんのお腹がある日から大きくなって、
その中に、いつの間にか生命が宿って、
その赤ちゃんに、髪の毛が生えて、
指が5本ずつ生えて、
爪が生えて、
目ができて、鼻ができて、口ができて、
その赤ちゃんが、こうして産まれてきて、
今までお母さんのお腹の中の水の中にいたのに、
それが、こうして、空気の中で呼吸をするようになって、
この瞬間に、今日、
この世の中に、産まれて、
その命が、生命を持ち、
感情を持ち、育って行く、
というのは、すさまじいことです。



もう、本当に、感動です。


*****


いやはや、
無事に元気な赤ちゃんが産まれてよかった。

本当によかった。



この子が二十歳になるとき、
俺は48歳ですね。
すごいですね。

俺とちょうど一ヶ月違いの誕生日の赤ちゃんです。


お姉ちゃん、旦那さん、
おめでとう。


2011/11/22 20:54





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October 16, 2011


2011年10月16日(日)

今日は彼女と付き合いだしてから、
4年と6ヶ月目の記念日でした。

朝の11時に待ち合わせをしてから、
夜の9時近くまで、一緒に過ごしました。

朝は、成田にある房総の村に行きました。
そこで、自然の中で森林浴をして、
風土記の丘記念館にある、
マンモス像の骨や、古墳の歴史、
はにわ等を見ました。


その後は、イオンモールに行き、
昼ご飯にタイ料理を食べたり、
色々とぶらついたりして、
夕方から、「モテキ」を観ました。

その後は、映画について深く話し合った後、
近くの回転寿しに入り、
ゆっくりと食べました。


久しぶりに二人で過ごしましたが、
とても幸せな一日でした。

*****

彼女を早く幸せにしてあげたいと思います。
そのためにも、がんばります。

彼女がいて幸せです。

いつもありがとう。


2011/10/16 21:35



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September 22, 2011

2011年9月20日(火)

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この日は、彼女の誕生日だった。
付き合いだしてから一緒に過ごす、5回目の誕生日。
最初に祝った時は、まだ俺たちはロングビーチにいた。
その時の日記はこれ。


今回は、彼女がわざわざ実家から会いに来てくれた。
俺もたまたまこの日が休みで、
一緒に過ごせて嬉しかった。


前の晩は、俺がいつも通り、
夜中の1時頃帰ってきた。

その時点で既に、誕生日を回っていたので、
彼女にバースデイカードを渡す。
喜んでくれて嬉しかった。

その後、俺は簡単にご飯を食べる。
彼女は途中まで起きてくれていたけど、
余りにも眠くて、先に寝てしまった。
俺は3時頃寝て、
次の日は、8時過ぎに起きた。

****

朝はゆっくりして、
昼過ぎに、家を出る。

今回、行こうねと約束をしていたのは、
七里ケ浜にある、「アマルフィイ デラセーラ」

CIMG1996


彼女が数ヶ月前から、
行きたいとずっと言っていた。

3時までがランチという事で、
それに間に合う様に出る。
途中、藤沢から江の電に乗る際に、
電車を乗り間違えそうになったり、
七里ケ浜の駅に着いた後も、
どの道を登って行くのかが分からず、
かなり焦ってしまう。

予め電話をしておいて、3時には到着が過ぎるけど、
ランチに間に合う様にしておいてもらった。

*****

江の電の走っている線路をまたぎ、
ふもとにある、アマルフィイの別の店舗の丁度上に、
デラセーラはそびえ立つ。

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緑に覆われた、狭い道を、
ひたすら登って行く。
まるで、ジブリの世界みたい。

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上に付くと、お客さんが数名待っていた。


テラス席は、この日はクローズしていた。
テラスの位置は、かなり上にあり、
下に広がる町の様子、
そして、海が、見渡せる。


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向こうでサーフィンをしているサーファーたちが、
良く見える。

右手には、江ノ島が見える。





上から見ていて思った。

普段サーフィンをするときは、
ビーチの目線からしか、海を見れないので、
波がどこに来ているかは分かっても、
その波のどこが、ブレイクするか、
又は、どこが一番高いのかは、
中々分からない。


しかし、上から見下ろすと、
波が全て、一直線に見えて、
どの辺りで一番ブレイクするのかが、
良く分かる。


そして、上手いサーファーは、
その波の壊れる部分に、
うまく自分の位置を持って行く。


波がどこに来るのかを観察することと、
自分が、その場所にきちんといる為には、
どうしたら良いのかを、きちんと把握すること。


人生において、大事だなあと、
思いました。

*****

さて、話がサーフィンにいってしまいましたが、
話を元に戻して。

レストランは、最初は15分ほど待っていたが、
暫くすると、既に食べていたお客さんたちが帰り、
待っていた、俺たちを含む3組が、
全員中に入れた。


中は小さめの、一つのお部屋。

人の家、という感じ。


微妙に、小さな音響で、
ハカセタロウの曲が流れていた。


一番奥のテーブルに座る。


そこで、ランチメニューを頼む。

前菜から、メインディッシュ(パスタかピッザを選べる)、
それから、デザートとドリンクも付いて来る。


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俺と彼女は、
ピザを2種類頼み、
2人で半分こにした。


ウェイターは、体がガッチリして、
しかし、何故か声が小さい、
若い男性だった。


食べながら、色々と話す。

最近彼女のお父さんは、
書道にハマっているらしい。

彼女のお父さんは、ある会社の社長であるが、
本当は、新聞記者になりたかったらしい。

得意なものは、絵や、書道。
アート関係が好き。
その点は、俺とそっくり。


最近、書道にハマりまくっていて、
一家で食事が終わると、
すぐに2階の自分の部屋に走って行って、
書道を何枚も書くそうな。
(1日に90枚くらい書くらしい。)



本人は本当は書道をずっとしたかったのだけれど、
特に手をつけず、
しかし、ある日、知り合いの方が書道をやっているのを聞き、
彼は賞も取っている、というのも聞き、
彼の作品を見せてもらうと、
「自分の方がうまいんじゃないか」と気づいたとの事。

で、彼女のお父さんは、
一切書道を習った事がないのだけれど、
持ち前の天性を生かし、
書道に一気にはまり、この前初めて出した作品が、
いきなり大きな賞を取ってしまって、
作品集の冊子に、ドンと載ったとか。
すごいですね。


彼女のお母さんも、やはりアート系才能があって、
三味線とか、お琴とか、
色々と凄まじい勢いでマスターしているらしい。


彼女は彼女で、言語の天才であるので、
話をしていて凄く楽しいし、
賢いから、非常に話が楽しい。

下らない話から、
教育などの話まで、

最近読んだ本の話から、
ハマっている音楽の感覚の世界まで、

仕事で学んだことの話から、
人間観察の話まで、

本当に色んな話題が、
何でも話せるから、
彼女といられる事は、俺に取って凄く大きい。
彼女は俺の、コンフォートゾーンであり、
マイホーム。


****

と、今度は彼女の家族自慢になりましたが、
また話を元に戻して。


料理はとても美味しかった。
この日は俺が、アレルギーか何かで、
急に鼻水が止まらなくなり、
味が、ちょっとだけ分からなくなったことが残念。

毎回風邪をひいたりする度、
一番の恐怖は、
食べ物の味が分からなくなることですな。

食べ物の味が分からなくなってしまった状態で
一生を行きていけ、と言われたら、
かなり、この世の中で生きる醍醐味の大きな部分を無くしてしまうと思う。


*****

ピザは、やたらと大きかった。
奥で一枚一枚丁寧に焼いているので、
出てくるのには、結構時間がかかる。



最後のデザートまで、ゆっくりと食べて、
温かい紅茶を飲み、
満足満足。



丁度、食事を中で始めたら、
外は凄まじい雨。


このレストランではちなみに、
店に行った際に、雨天候だったり、暴風雨だったり、
天気が荒れていると、20%オフとなるんですが、
丁度、俺たちが食べている最中に、外は一気に天気が悪くなり、
食べ終わると、また雨は止んだ。

一応、お会計の際に、
そのクーポンの話をすると、
きちんと適用してくれた。
ラッキーラッキー。


来る時も、雨に濡れなかったし、
帰る時も、一切傘を使わなくてよかった。

天気予報は午後は全て雨になっていたけど、
こんな感じで、神様が見方をしてくれました。


彼女と話をしていたけど、
「いやあ、自分は本当についているねえ」
と思い、口に出して、
「やっぱりついているなあ。神様、守って下さってありがとう」
と口に出していると、
どんどんついて来る。

この日も、「ついているね」「ラッキーだね」
と口に出していると、
どんどんツキが回って来て、
とても良く過ごせた。

*****


レストランを後にして、
面白い写真を撮り、

CIMG2053




その後は、江の電に再び乗り、
JRに乗り換えて、
横浜のルミネへ。

そこで、彼女が欲しがっていた
ネックレスを、誕生日プレゼントに買ってあげる。

凄く喜んでくれて、俺もとても嬉しかった。


*****

夜は、家に帰って来て、
近くのFUJIスーパーで、食料を買う。

ハーゲンダッツが、何と160円位で売っていた。
これも、ラッキーラッキーと。

2人で食べながら、「天才だね」と言いながら、
「ビバリとルイ」を見る。



(最初は、俺が先日ブログに載っけた
レニークラヴィッツのビデオが、本当にダサイよねの話から始まり、
そこから、Avril Lavigneのプロモを見たり、
そこから、和製ビヨンセの映像を見て、
ここに落ち着く。
彼女は、良くお笑いが好きで、詳しい。
俺は殆どテレビを観ないので、彼女からこうして
色々と教えてもらって、観ている。)


この、ビバリとルイは最高ですね。
2人で爆笑しながら観ました。

このシャツを毎回脱がすシーンがウケるよね。

*****

そんなこんなで、
色々と語ったり、こんなお笑いを観たりしながら、
いつの間にか、2人とも寝ていました。

朝、起きて、俺は仕事。
彼女は、今日も休みで、実家に高速バスで帰る。

横浜駅まで、一緒に出て来て、さよなら。

毎回、こうして別れが来るたびに、
非常に悲しくなりますが、
もう少しで、一緒に過ごせる様になります。

それまでの辛抱です。


*****

そんなわけで、大して特別なこともしてあげられなかった
誕生日ではありましたが、
とても楽しい一日でした。

彼女には本当に感謝です。
早く幸せにしてあげたいです。

2011/9/22 19:38







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September 05, 2011



彼女とこの2日間、過ごした。

三日前の夜に会いに来てくれて、昨日と今日を一緒に過ごした。

昨日は、「クマのプーさん」をみなとみらいに観に行って、夜はうちで「セレンディピティ」を観た。

今日は、東京駅のオアゾで過ごした。


彼女とは今回も、
色んな話をした。

感覚の話、
音楽の話、
言語の話、
人類学の話、

彼女のこの前の韓国出張の話、
俺の仕事の話、

恋愛の話、
家庭の話、

などなど。

彼女とは、なんでも話せるから楽しい。嬉しい。
話しながら、気づくこともたくさんあるし、
学ぶことも、たくさんある。
触発されることも、
たくさんある。



毎回、会うたびに、
お互いの関係は、強くなるし、深くなる。

、、、、、

思う。
俺の人生に、
彼女がいなくなったら、
それは、ずいぶんと、
味気ないものになってしまうんだろうな、と。

、、、、、、

Again, thanking for my girlfriend.



2011/9/5. 22:54






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September 02, 2011

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ハナ(Hannah)からメールがきた。

ハナは、マウントシャスタに住む、サンディ一家の娘。
サンディ一家は、お母さんのサンディに、子供が四人。
上から、ルーカス、ゲイヴ、マイカ、そしてハナ。

ニコラスケイジにそっくりなお父さんのダンと、
サンディは、
俺がまだマウントシャスタにいた頃、2003年の五月ごろに、
お互いが別居することになって、そのまま、離婚となってしまった。

今、ダンは、別の女性と結婚した。


、、、、、


当時、2003年の六月ごろ、
俺の留学一年目がCOSで終わった時、
俺はサンディの家に、確か数日、泊まらせてもらっていた。

その時、
ある夜、ダンが、
「これからお父さんは、遠いところに、
釣りに行かなきゃいけないんだ。
帰ってくるのは、いつになるか分からない」と言って、
息子のゲイブたちと抱き合っていたのを覚えている。

その時、俺はなぜか、その場面に出くわしていた。

ゲイブは、自分の父親が、
ただの釣りに行くのではないことを、
感づいていたが、
ただ、寂しそうな顔をしながら、
ダンと抱き合っていた。


ハナは多分、
そこにはいなかったと思う。
彼女はまだ、六歳だった。

、、、、、、


その夜だったか、
次の夜だったか、
サンディと一緒に、
彼女の家の周りを
一緒に、散歩した。


サンディは歩きながら言っていた。

「あなたがここにいてくれて、すごく助かってるわ。
今は精神的にすごく辛い時だから、
本当に、こうして話を聞いてくれて、
一緒にいてくれているだけで、
心強いのよ。」



その夏、
マウントシャスタを去って、
サンノゼに向かう時、
車で送ってくれた、サンディの目は、
涙で光っていた。


、、、、、



それから、
次の年を抜かして、
毎年、車で、
マウントシャスタに
帰った。

サンクスギビングのときと、
スプリングブレイクのときに。


毎年、
子供達は、大きくなって行った。

もともと家族で一番小さく、
気が弱かったマイカは、
2007年には、俺を抜かし、
身長は、お父さんと同じく、
180センチ以上になっていた。


ハナは、
初めて会った六歳の頃から、
俺が最後に会った、
2008年には、十二歳になっていた。


それから、日本に帰ってきて三年。

今日、ハナからFacebookでメールが届いた。

彼女は、今高校一年生。
計算すると、
十五歳だった。



初めて会ったとき、
英語も結構つたなくて、
俺がむしろ、
ハナに教科書を使って、
読み方を教えていた。

算数とかも、教えてあげていた。

トランポリンで無邪気にはねていたハナが、
もう、大人になってしまった。



ハナのメールには、
「あなたが、私に影響をくれて、いつか、他の世界に行ってみたいと思う様になったのよ。

今まで辛いこともあったけど、
あなたの存在は、私に大きな影響を与えたのよ。

もう、マリコのことも、
ずっと前から知っている様な気がするわ。
(マリコとハナは、実際に会った事がないが、
Facebookを通して、彼女たちはずいぶんメールをしてるみたい。)

あなたたちが結婚して、
またいつか会える日がきたらいいわ。」





毎日、新宿で夜中まで働いて、
疲れ果てたおっさんたちの中で、
新宿から、横浜まで、
電車に二回乗り継いで、
一時間以上、
電車の中で立って移動する。


そんな、
疲れたとき、

ハナのメールを読んで、
心が、すごく洗われた気がした。



、、、、、



この、日本の中で、
毎日遅くまで働いて、
日本の「常識」が、
まるで、この世界、全てのような錯覚がする中で、

全然違う国の、
遠い場所から、
こうしてメッセージが届くと、

ふと、
「ああ、世界って広かったんだ」
と、気づく。



俺は、あの町に、確かにいた。
あの町の通り、
サンディんちの周りの風景、
マウントシャスタのダウンタウンの様子、

全部、手に取る様に分かる。


それは、ここから遠い、
アメリカの、カリフォルニアの、
ど田舎にあるわけで、

そこに、自分がいたってこと。
で、そこで出会った、六歳の女の子負が、
十二歳になるまで、
毎年、変な日本人の青年が、
なまった英語で、母親のサンディを訪ねに来ていた事。

そこで、彼女は、
毎年、一定の時期に訪ねにくる、Asian guyに、
少なからず影響を受けて、

今、彼女のいるマウントシャスタを出て、
世界を見に行きたいと言っている。



そういうことが、
すげえなあ、と思う。


、、、、、、


彼らが恋しいなあ。
会いに行きたいなあ。

2011/9/2 1:28am

(写真は、2005年の8月、
アメリカ一周旅行をした後に寄ったマウントシャスタのサンディ一家。
当時ハナは9歳。)

******


ハナからのメール。

Hey Shun How are you? What have you been up to? I have been thinking about you a lot, and I talk about different cultures with friends a lot. You know you have inspired me to want to go out into the world someday. There are a lot of bad people but the good people like you are what makes it easier to go through life. I just started learning spanish 1 today, it's easy. I think because you have helped to open my mind to new languages when I was younger. Thank you for that. I hope to maybe see you soon. It's been a long while, and I feel already like I know Mariko. Hope to see you happily married someday, if that's what you want. So I am in my Tenth grade in High School. It's interesting. I joined Advanced Drama (theatre) and It's loads of fun. I went through a lot of hard things with friends relatives or parents deaths, because I tend to load other peoples problems onto myself. I love you guys and miss you, did I say that? So Also I have to travel someday. I feel really led to go to Turkey, or Africa, or India someday, maybe soon for a mission trip. I think if I could learn enough to parts of different languages that I would be able to possible go there someday. I'm so happy right now. We sang songs in choir that reminded me of you. Lots of love sent your way from Mt.Shasta California,
Yours truly, Hannah Joy Groom






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August 08, 2011

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昨日から彼女と二日間、遊んできた。
楽しかった。

今回は、
昨日は昭和記念公園にひまわりを見に行って、
今日は、東京でランチを食べて、ハリーポッターを見た。

さっき、東京駅で、神栖に向けて出発した彼女を見送ったところ。

今回も本当に楽しかった。
前回会ったのが二週間前で、
中々会えても月に二回だから、
今は寂しいですが、
もう少し頑張るしかないですな。

、、、、、

昨日行った昭和記念公園は、
本当は座間にひまわりを見に行く予定で、去年から言ってたんだけど、
今回の休みのタイミングに、どうしてもひまわりの開花タイミングが合わなかった。

一昨日の夜、
うちに着いた彼女が、
「座間のひまわりはもう終わっちゃったし、
他のところはまだ咲いてなくて、どうしよう」と悲しそうな顔をしてたので、
きっとどこかにあるよ、と、
昨日の朝、いくつかに電話をしたりして確かめた。
そうしたら、昭和記念公園のひまわりが咲いていることを発見。

前回彼女は、別の用事で、
昭和記念公園に行ったことがあって、
それで、いつか俺を連れて来たいと思っていたから、
今回丁度良かった。

てなわけで、昨日は横浜から一時間半ほどかけて、昭和記念公園までいって来ました。

入り口にひまわりが少しだけ咲いていて、「もしかしてこれだけ?」とちょっと焦りましたが、
奥に行き、
無事にひまわり畑を発見。

彼女も本当に満足そうで、
良かったです。

、、、、、

ひまわりを見た後は、
近くにある、超広い空間の横にあるベンチに座って、
色々話した。

その広い空間には、
日立のCMに出てくるような、
めっちゃデカい木が一本、
立っていた。


IMG_1349



昨晩、「今日はひまわりも見れてよかったね」と話していると、
あのベンチに座って話していた時のように、
ああいう何気ない瞬間が幸せなんだよ、と。


今は中々、一緒に過ごせませんが、
彼女のお母さんが言うように、
一度結婚してしまえば、
いつも一緒にいるようになるわけで、
今は逆に、1人でいる時間が長いからこそ、
こうして会えることが、特別になるわけで。

だからこそ、今の時間も、
大事に味わっておかなきゃならない。

、、、、、、

昨日は、早めに寝て、
今日は、朝早くから東京に行って活動した。

ランチで入ったレストランも、凄く美味しかった。

、、、、、


昨日彼女が言ってたけど、
俺と一緒にいる時は、
視野が広くなって、
ラテラルシンキングができる、と。(普段とは違う視野で、物事が見られるようになること。)

で、それと同時に、
2人でシャボン玉の中に入っているようで、
周りのことがよく見えるようになるけど、
周りのことは良い意味で、聞こえなくなる、と。


俺も、
その感覚になるから、
彼女もそう感じていることが凄く嬉しかったし、
彼女も同じように感じているんだ、と、ビックリした。

、、、、、、

今は彼女と付き合い出して、
四年と三ヶ月だけど、
ずっと仲良しだし、
いつも、スムースジャズなわけです。(スムースジャズとは、アメリカで流れているラジオのJAZZの局のことで、彼女と出会ったころから、全てが最初から知り合いだったようにスムースだったので、
スムースジャズ、と呼んでいる。)

彼女がいること、
この出会いに、
本当に感謝です。

2011/8/8. 19:35




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July 26, 2011



彼女といると、
本当に自然でいられる。

今は、普段は離れているから、
一人でいる事に、段々と慣れて来ちゃうけど、
昨日みたく、彼女と会うと、
会った瞬間は、「あ、彼女だ」という様に、「別の人」がいる、という認識なんだけど、
すぐにそれは、「二人で一緒」の心地よい状態になってしまい、
その後、また別れる時に、
「二人で一人」だったのが、
別れてしまい、それが欠けてしまう、という感覚になる。

だから、彼女と別れる時は、
すごく悲しくなるし、
なんか失恋をした後のような、
自分の一部が欠けてしまったような感覚になる。


でもその状態がずっと続いてはやって行けないから、また一人の状態に戻るんだけど、
また久しぶりに彼女と会うと、
いかに自分が、大事な何かをMissingしていたかに気づく、みたいな。

、、、、、、


昔、俺が彼女と付き合いだした頃、
ちょうど、仲の良かったジンさんも、ウォルターと付き合いだしたばかりで、
お互いに、自分のパートナーといることが、いかに素晴らしいかを話した。



俺はそれまでは、
自分一人の方が、この世の中は自由に動けるし、
一人の方が良いと思ってたから、
「彼女」という存在を作ることに興味が無かったんだけど、
今の彼女と会ってから、
その考えが変わった。


それまでは、一人で「1」だったものが、
彼女と会うことで、
それが「1+1=2」になった。

だから、1よりも、2の方が、
人生はずっと楽しい。


それをジンさんも、ウォルターに会って、同じように感じていて、
ジンさんも、一人でガンガン動く女性で、一人の方が良いじゃん、というタイプだった。

でも、ウォルターに会って変わった。



その時は、サンディエゴの方にサーフィントリップに行った帰り道だったんだけど、
二人で熱くなりながら、車の後ろでそれに付いて語った。

、、、、、

良く、自分一人では足りない何かがあり、
それを埋めるために、パートナーを持とうとする人がいるけど、
それでは、自分一人で「1」になっていない、
つまり、コンプリートしていないから、
その状態で相手を求めても、自分自身で解決できていない部分を、
相手で埋め合わせようとするから、その関係はうまく行かない。


でも、自分一人で「1」の場合は、
で、相手も「1」の場合は、
その二人が出会うと、「2」どころか、2以上になる。




俺が彼女と出会って感じる感覚はそれであり、
二人でいると、日々が、
五十にも、百にもなる。


、、、、、、


そんなわけで、普段は一人でいる時、
1の状態で頑張っているわけだが、
たまにこうして彼女と会えると、
それが一気に、50や100になり、
だからこそ、別れた後、自分の心にポッカリ穴が空いたように感じるのは、
100 だったものが、また1に戻るから。



そんな感じ。


、、、、、、


That's what I feel when I'm with Mariko.


2011/7/26. 10:28am




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July 19, 2011


利田くんと会って来た。
彼は、うちの会員さんで、
去年、ニュージーランドに、ワーキングホリデーで行った人。

元々受かっていた、広告の会社に、
新卒の合同挨拶会みたいな時に、会社の業績が芳しく無いために、新卒二十人と、社員数十人が切られたという経歴を持つ。

その後、一ヶ月ほどは荒れながらなも、元々海外に行きたかった夢を、今叶えるしかないと、決断して旅立ったのが、去年の六月。

彼に初めて会ったのは、フェアで三月だった。


、、、、、

久しぶりに会った彼は、
黒く焼けていて、ガタイも一回りデカくなり、たくましくなっていた。

相変わらず、人懐っこい性格で、人柄の良さが出ていた。


蒲田駅で会い、近くのジョナサンで、1時から4時前まで、
三時間近く話した。

楽しかった。


ニュージーランドで、色々経験したみたいだけど、
本当に楽しかったみたい。

しかも、その例の広告会社だが、再度、少し景気が回復したらしく、新たなオファーを会社側からもらい、今年の九月から、結局働き出すことが決まったそうな。


結局は、
行きたかった会社で働けることになり、行きたかった海外にも行け、色んな経験をしてたくましくなってこれて、万々歳じゃんと。

しかも今回の海外生活で、
将来は、マルタに行ったり、
どこがでホステルを夫婦で開いてみたい、などの夢が見えて来たみたい。

本当に、よかったな、と思った。

、、、、、、

すごくパワーをもらった、
嬉しい出会いだった。

こういう、本当に良い子と出会えるって、本当に嬉しいことだよね。

2011/7/19. 16:08

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July 04, 2011

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先週の日曜日は休みだったので、土曜の夜、仕事が終わった後に成田に帰り、日曜は彼女と成田で会った。

彼女が茨城から車で運転して来てくれて、朝の10:30位から、一緒に過ごした。



実家から近くのボンベルタまで歩く道のり。
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、、、、、

最初に、宗吾霊堂っていう、成田の近くのお寺の横に行って、
そこでアジサイを見てきた。

朝、朝食を食べてる時、
母親が勧めてくれて、この前父親と一週間前に見に行った時、凄く綺麗だったとのこと。
それで、俺と彼女も見に行った。

、、、、、

色んなアジサイがあって、
ちょっと霧っぽい小雨が微妙に降る中、二十分ほど過ごした。

朝から、家族連れや高齢の夫婦などが、同じようにアジサイを楽しんでいた。

途中、若い家族連れが写真を撮っていて、
小さな男の子や女の子が、交互に一生懸命、家族の写真を撮っていたから、
「撮ってあげようよ」って彼女と話して、声をかけて家族連れ四人で撮ってあげた。

とてもいい家族で、お父さんも代わりに撮ってくれた。
お互いに御礼を言って別れたあと彼女が、「あのお父さんは営業職だね」と。
なんで?と聞いたら、
喋りなれてるから、と。
確かに、俺とか彼女は営業職で、他人に話しかけることに余り躊躇しないけど、その家族のお母さんなんかは、俺が声をかけた瞬間、「……ああ、ええ、…」みたいな感じで声が出てこなかったから、以外とそんなもんなのかな、と思った。

彼女といると、こういう人間観察がちょこちょこ入るから面白い。

「きっと、車のセールスかもね」なんてね。

、、、、、、

その後は、俺んちの近くのボンベルタに行って、元会社の同僚のKさんの出産祝いに、プレゼントを買いに行く。

彼女は去年の11月に初のお子さんを産んで、一度、生後3日目に会いに行ったきり、一度も会いに行けていなかった。
それで、俺と彼女と元同僚のM子と三人で、プレゼントを買おうということになった。



久しぶりに入るボンベルタは、日曜だけどガラガラとしていた。
殆ど、イオンに客を取られている感じ。
まだボンベルタが出来たばかりの、俺が小学校低学年から高学年までは(つまり、今から15年前ほどは)、
凄く混んでいて、凄く活気があったのに、
成田は次から次へと、
オリンピック、イトーヨーカドー、イオンなど、
大型スーパー、デパートなどができては、競争して、他の店は潰れていく。

しかし成田は、まだまだ人口もそこまで多くないし、まず、静かで住みやすい。

成田のレビューになってしまったが、そんなわけでちょっと活気の無いボンベルタの四階で、
子供用のプレゼントを見る。

彼女いわくKさんの子供のオーラは黄色らしい。
よって、黄色の色がメインカラーになった子供服を購入。
彼女が色々な商品をくまなく見てくれて、定員とも相談しまくり、とても良いプレゼントを探してくれた。

彼女は目利きが素晴らしく良いので(彼女の親戚のおじさんは、魚の買い付けの仕事。
彼女のお父さんも社長だし、お母さんもカンがするどかったり、後は彼女はオーラで全てを見るので、本当に良い商品しか買わないし、それを見極めるスピードが凄まじく速い。)、
何を買うかもあっという間に決まった。

(昨日は実際にKさんちに集まってそのプレゼントをあげたんだけど、驚いたことに、Hくんは、黄色が一番似合うんだって。さすが!)

、、、

プレゼントを買った後は、ちょっと疲れたので、
近くの成田図書館の駐車場で少し休む。

その後、図書館で少し時間をすごす。
俺が高校の頃に通いまくった図書館で、
「この棚がこういう本たちで、
こっちのセクションはこういう本たちだよ」と、
まるで子供がお母さんに一生懸命説明するように、俺も彼女に色々と説明する。


子供のコーナーでも、色々とお互いに小さい頃読んだ本を思い出しながら、色々と見て回る。
彼女は小学生の頃、
図書委員会に入って、
この図書室にある本は、全て卒業するまでに読もう、と決めて、本当に全部読んだらしい。
さすがですな。

俺も図書委員会だったので、
こういう共通点がたくさんあって、彼女とは価値観が本当に会うから、一緒にいてすごく楽しいし、嬉しい。

、、、、、

図書館を出た後は、
近くのうどん屋で軽く食べて、
その後はイオンモールに行く。

うどん屋では、教育が人間の人生をいかに作るかについて、語った。

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イオンはボンベルタとは違って、凄い人だった。

俺は普段日曜日にイオンに行かなくて、
いつもがらがらしているから、この混みようにびっくりした。



色々とブラブラして回る。

、、、、、


夕方ごろ、一旦俺は自分ちに戻り、荷物を纏めて、
彼女と一緒に車で、彼女の実家の方へ向かった。

この日は、普段彼女が地元から、横浜の俺んちまで来るルートで俺も帰ってみよう、ということになった。
そうしたら彼女とももっと長くいられるし。

、、、、

成田から彼女の実家の茨城までは、車で一時間半ほど。

俺が通っていた、佐原高校の方角となる。
ちなみに俺の父親も、銚子出身なので、すごく近い。


道中、色々と話す。
アメリカにいた頃を思い出した。

あの頃はよく、ドライブしながら、色々と話した。
2人で国立公園の旅に行った時は、とにかく一日何時間も、車の中で話していた。
その時を思い出す。

、、、、、

茨城の神栖に着いて、
K'sデンキに行く。
そこのK'sデンキは、全国で一番大きいとか。
2人で、結婚したら何を買おうかとか、色々話しながら見る。
IKEAでデートとか、アメリカで良くしてたけど、
ニトリに行ったりとか、2人の将来を考えながらの買い物って、楽しいよね。

その後はTSUTAYAをブラブラして、
彼女が予約を取ってくれた、その地域では有名なレストランに行く。


彼女がそっくりなくまの学校
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店の名前は、
クッチーナ イタリアーナ・ペスカッぺ cucina italiana Pescappe


彼女が、「こういう一軒家のレストランって、都会に中々ないよね」って言ってたけど、
確かに、そうだなと思った。

そこのレストランは、中が木でできていて、証明も柔らかい光でできていて、とても居心地が良かった。


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ピザと、パスタ二種類、
モッツァレラチーズとトマトのサラダを食べる。
とても美味しかった。

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美味しかったタバスコ。
ベリーズ出身。

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俺はレストランやお店に行くと、必ずトイレをチェックするけど、ここのトイレは本当に綺麗で居心地が良かった。

あんなレストランのような雰囲気の家を持ちたい。

、、、、、、


食べ終わった後は、俺のバスが出るので、バス停まで送ってもらった。

そこで、彼女にさよならをする。

、、、、、、

帰りのバスは、東京駅まで爆睡だった。

東京駅で降りて、横浜まで東海道線に乗り、そこから京急に乗り換える。

彼女も、いつも俺んちまできてくれる時は、ずいぶんと遠いところを来てくれているんだな、と、彼女の大変さが分かった。

、、、、、


そんな日曜日。

彼女という存在がいて、幸せです。


2011/7/4. 0:07am





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June 21, 2011



彼女といると、全てが色鮮やかになる。

時間が濃くなって、
食べ物が美味しくなって、
観る映画が面白くなって、
一緒に行くところがすごく楽しくなって、
幸せになる。


普段は、離れているから、
自分が一人で過ごすことが当たり前になっているから、
その違いに、気がつかなくなるけど、

たまにこうして、久しぶりに会って、一緒に時を過ごした後は、
別れた後、その時間の質の違いに、強く気づく。

また、久しぶりに会ったときに、
いかにこうして一緒にいられることが、幸せで恵まれていて、特別かを、強く感じる。



俺と彼女は、四年と一ヶ月前に付き合い出してから、
最初の八ヶ月位は、ほぼ毎日一緒にいた。

いっしょに暮らすことが、当たり前だった。

それから、お互いに進路ぎめの時期が来て、先に彼女が日本に帰ったり、俺たちの住む場所が変わったり、
仕事の関係で、なかなか会えなくなったりと。


だけど、最初にいた期間が長いし、二人とも本当にお互いに合っているから、いつでも同じ様に好きな気持ちは変わりないし、いつまでも、仲よくしていられる。



昨日みたいに、久しぶりに会って、別れた後は、本当に心に穴が空いた様になるけど、
一緒に住める様になる日を早く迎えられるように、がんばるしかない。



、、、、、、


彼女といると、本当に幸せになる。
人は、何かを失ったとき、
その大事さに初めて気づき、
何かを初めて手に入れたとき、
それを自分がいかに必要としていたかに気づくけど、
俺にとってそれは、彼女と過ごす時間であり、
彼女と一緒に人生を歩むことである。


、、、、、


今、心から思うこと。

2011/6/21. 9:18am









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June 20, 2011


今、彼女とイクスピアリに向かってる。

昨日はディズニーランドに一緒に行って、夜は海浜幕張にあるホテルに泊まった。

彼女とは一ヶ月ぶりに会えた。
彼女は日月休みで、俺はシフト制だから、一月に一回だけ俺が休み希望を出して、その日に彼女が茨城から来てくれて、会える。

普段は凄く寂しいけど、
こうして久しぶりに会えると、すごく嬉しい。

幸せだなあ、と思う。


これからイクスピアリで映画を見ます。楽しみです。

こういう幸せな時間を大切にしたいと思います。

2011/6/20. 12:51




追伸:

彼女と久しぶりに会えて、本当に幸せだった。


さっき、彼女を見送った。


早く、2人で住みたいな。
そうすれば、ずっと一緒にいられるようになる。

2011/6/20. 20:05

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May 16, 2011

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今日で、彼女と付き合い出して丁度四年になる。


彼女とは、アメリカの大学時代から一緒で、日本に帰って来てからも、色々な環境で共に過ごして来た。


これまで四年間、
色々なことがあったけど、
彼女のおかげでやって来られた、と言っても過言ではありません。


いつも見守ってくれて、応援してくれて、
俺がとんでもない子供の頃から、根気強く、付き合って来てくれました。


彼女と会えて、初めて、

誰かとずっと、一生一緒にいたいと思いました。


これからも、良い関係のまま、一生一緒にいたいと思います。


いつもどうもありがとう。

2011/5/16. 19:02


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May 04, 2011



彼女といると、全てが楽しい。

一緒に買い物に行ったり、
街をぶらついたり、
公園を歩いたり、
一緒に料理をしたり、
(俺は米を炊くくらいで、後は全部彼女がやってくれますが)
一緒に映画を観たり、
本の感想を話し合ったり、、、、。



いつも俺は、一人でいると、
ついつい、何でも真面目にやってしまって、
根詰めてやってしまい、
「笑い」の要素とか、「余裕」を持つこととか、
つい、忘れがちになってしまうけど、
彼女といると、それが柔和されて、
丁度、バランス良くなる。




彼女という存在は、俺にとってすごく大きい。



今日も、一緒に江ノ島に行って、
その後は、帰りに本屋で、将来新婚旅行では、
エーゲ海に行こうね、とか、
本を見ながら色々と語った。


将来、いつ頃に子供を持って、とか、
子供に何を教えて、とか、
キッチンは広いところにしよう、とか、
窓の多い家にしよう、とか、
音響効果の良いキッチンにしよう、とか(この辺は全部俺の趣味ですが)

そんな風に、将来、
2人で住む時のことを想像すると、
すごく楽しいし、これから頑張ろうと思える。



今は、お互いに一緒に住めなかったり、
仕事のこととか、色々とやるべきことはあるけど、
将来、必ずお互いが望む人生を送れる様に、

好きなものは買える様に、
自分の好きな人を、幸せにしてあげられるように、
子供の教育には、十分なお金をかけられるように、
彼女にも、また、大学院に通わせてあげられるように、

俺も、海の近くに住んで、
サーフィンが出来る環境に住んで、
大きな書斎があって、
好きな絵を描ける空間があるように、

そんな風に、お互いが、望むものを手に入れて、
それで、幸せな家庭を築きたい。

そう思う。


******

彼女と付き合いだして、今年の5月16日で、
四周年となる。


今回の休みを通して、
また彼女と時間を共にして、
彼女といられて、すごく幸せだなあ、と思う。

こういう幸せな気持ちは、残しておきたいし、
後で読み返した時、頑張れる様に、
ここに残しておきたい。


******


今、感じていること。

2011/5/4 20:50




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彼女と一緒に、江ノ島に来た。

彼女は今回のゴールデンウィークを使って、1日の夜から会いに来てくれている。

俺は仕事が2日の夜まであったから、実質2日半しか一緒にいられないけど、それでも普段は全く会えないから、凄く嬉しい。

*****

昨日は天気が悪かったから、家で夕方までゆっくりして、4時頃から外に出た。
横浜をブラブラして、7時頃帰って来た。

家でゆっくりして、夜は、朝の3時くらいまで、留学時代みたく、色々と語った。


彼女とは何でも話せるし、
真面目な話から、くだらない話まで、何でも話せるから、凄く楽しい。

*****

今日は、江ノ島で神社などを周った。
横浜に住んで約三年が経つけど、初めて来た。


彼女と一緒に過ごせること、
同じ時間を、一緒に過ごせること、
どこかへ一緒にいられること、
それ自体が、貴重で、
嬉しい。


また明日には一旦のお別れで、
次に会えるのは一ヶ月後かもしれないけど、一緒に住めるようになるまでもう少し。
今は、この貴重な時間を楽しもう。

いつも会えないから、
お互いの有難さも、
良く分かるわけだし。

2011/5/4. 16:41


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April 04, 2011

今日は、元同僚の結婚式だった。

俺は、その子と3ヶ月くらいしか
一緒じゃなかったから、二次会にだけ参加をしたけど、
他の皆は、その子の同期の子が9人、
式に参加した。
俺は二次会から参加して、
皆で考えた催し物をした。
新婦は、本当に喜んでくれていた。

*****

二次会が終わった後は、
皆で近くの居酒屋へ。
そこで18時近くから、
23時近くまで、カラオケ付きの部屋で、
皆で飲んだり食べたりしながら、
時間を過ごした。

俺にとっては、彼らは先輩に当るんだけど、
いつも仲良くさせてもらって、
まるで同期の様に仲間に入れてもらって、嬉しい。
今日も、本当に楽しかった。

帰り道も、帰り道が同じメンバーで、
色々話した。
本当に、「仲間」というのは、
大事だな、と思った。

お互いの気持ちを話したり、
感情をシェアしたり、
悩みをシェアしたり、励まし合ったり。

こういう、「仲間がいる」っていう感覚って、
行きて行く上で、凄く大きい部分を占めると思う。

*****

良い一日だった。

2011/4/4 1:43am




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March 11, 2011



今、彼女が会いに来てくれている。
彼女は、去年の夏に日本に帰って来て、
ずっと仕事探しをしていたが、最終的に地元で働くことになり、
今月の半ばから仕事がスタートする。

俺の住んでいる所からはかなり遠いので、
また、休みが殆ど合わなくなるので、
中々会えなくなりとても悲しいが、
一緒に住める様になるまで、頑張るしかない。

*****

仕事が始まる前の最後の休みという事で、
彼女が一昨日の夜から会いに来てくれている。
昨日は俺も休みだったので、
一緒に横浜や川崎をブラブラして回った。
今は俺の給料面もかなり厳しいので、
彼女には中々良い思いをさせてあげられないから申し訳ないけど、
必ず近い内に、好きなものは買ってあげて、安心させてあげたいと思う。

*****

彼女は、本当に良い子だと思う。
俺たちは付き合い出してから、
今年の五月で四年が終わるけど、
今だに、付き合い出した頃の様な感じで、ずっと仲良し。
「俺たち仲がいいよね」と、良く言っている。

*****

彼女の好きな所は、
一緒にいて落ち着くとか、楽しいとか、
幸せになるとか、色々あるけど、
色々な事を話し合えるというところも、本当にデカいと思う。

良く、成功者には、素晴らしい伴侶がいるというが、
(例えはエジソンとその奥さんの関係とか)、
俺に取っての伴侶は、彼女である。
何でも話し合えるし、表面では物事を決して判断しないし、
賢い。そんな子が、一番近くにいてくれて、本当に幸せだと思う。

*****

今は距離が遠くて、中々会えず、
寂しくもあるけれど、
こうして距離が離れているからこそ、
分かる有り難さもある。

自分に、こうして大事な人がいる事を、
当たり前と思わず、
常に、彼女の存在に感謝していたいと思う。

2011/3/11 08:30am




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March 09, 2011




やばい時に、助けてくれる友達。仲間。先輩。

そういう人たちに、俺は助けられて生きている。
心から感謝。

2011/03/09. 0:32

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March 03, 2011



高校時代の友達と会ってきた。
彼に会うのは、約二年ぶり。
高三の頃は、ほぼ毎日一緒にいたヤツだけど、
社会人になってからは、ほとんど会っていなかった。
俺がアメリカから帰ってきた2008年の夏に二回ぐらい会って、(その時は、俺の就職祝いで色々時計とかをくれた。そんな太っ腹なヤツです)
後は、2009年の初夏に、一回会った以来は、一度も会っていなかった。
たまに、彼が俺を飲みなどに誘ってくれていたが、それも仕事のせいで行けてなかった。

今日は俺が休みで、かつ彼も今は転職活動中で、会社から有休を取っていて時間があったので、昼に連絡して急遽会うことにした。


いやあ、本当に楽しかったな。
お互い、高校時代から互いのことを良く知っているから、
お互いの変わった部分、
成長した部分、
変わらない部分、
今までのお互いの軌跡、
そういうものを確かめられて、
楽しかったし、頼もしかったよな。

俺は今、会社は周りが九割は女性で、周りに同年代の男がいないから、
自分の社会での市場価値(27才の男性の市場価値)を、他の男性と比べて測れる基準が殆ど無い。
だから、こうして同じ歳のヤツと、上とか下とか関係なく、お互いの今までを振り返りながら、自分の今の立ち位置を確かめられる事は、凄く嬉しいんだよな。


彼は、話を聞くと、去年一年半は相当大変だったらしいし、かなりしんどい時期もあったみたいだけど、今は次の仕事も決まり、確実に彼の二十代の夢である、コンサルタントになる、という夢の道のりに立っている。

これまでがしんどく、苦労した分、酬われて良かったよな。


今日は2時半から6時半まで、4時間話したけど、本当に楽しかった。

気づく事、学ぶ事も沢山あったしな。

やっぱり、友達は大事だよな。

2011/03/03. 19:23



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February 17, 2011

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先週の9日から、彼女が来てくれていた。
今は彼女は実家に住んでいるから、中々会えないけど、
こうしてたまに会えると、すごく嬉しい。
会える事の有り難さを身にしみて感じる。

9日は一緒に映画を観に行って(The Town)、
10日から13日までは俺が仕事だったけど、
毎日夜は食事を作ってくれて待っててくれていた。
感動です。

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14日、15日は俺が休みだったので、
一緒に14日は横浜八景島シーパラダイスに行った。
その日は超寒い日で、
夜は雪が降った。
本当に寒く、久々に夜、体調が悪くなりかけた。

俺は余り調べずに行ったんだけど、
てっきり夜の20時位まで開いてるかと思いきや、
閉館時間は17時半だと。
しかし、それを知らずに16時に入場した。
入る時にそれを知って、ちょっとショックだったが、
30分間ショーも観れたし、
(しかしクソ寒かった)
その後は、2つの水族館をジックリ見れた。



水族館の中には、
彼女の好きなホッキョクグマがいた。

CIMG1870



しかし、その目はとても悲しそうで、
何か、こんなに大きな体の熊が、
北極から連れてこられて、
こんな狭いオリの中にいるのかと思うと、
とても悲しくなってしまった。


セイウチも、大きな体を持ちながら、
小さな水槽にいて、
何回も泳ぎながら、ターンをしていた。

みんな、彼らは
きっと、広い北極に帰りたいんだろうな、と、
何だか悲しくなってしまった。

****

しかし、水族館は本当に綺麗で、
天井まで広がる水槽には、
沢山の魚と、サメがいた。

他にも、たこやイカとか、
くらげとか、リトルマーメイドに出てくる
恐い顔の魚とか、
なんか色々いた。

久しぶりに、水族館に行って、
何だかすごく、リラックスできた。

****

帰りは、バレンタインだったけど、
上大岡駅のタンタンを食べる。
このタンタンはマジでうまい。
タンタン麺と餃子と炒飯を彼女と半分こ。

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帰って来て、「遠距離恋愛」(原題:"Going the Distance")を観る。

Going_the_distance_2010_poster


主人公は2人とも、
見た目が決してハンサムで綺麗ではないので、
その代わり、映画の作りが
非常にポップで、良く出来ていた。

色使いや、雰囲気、
光の感じも良く出来ていた。
音楽の感じや、脇役のキャラクターも良く出来ていた。
主演の2人は、自分たちで足りない部分は
周りで埋める事を良く知っていますね。

****

その後、夜は眠れず、
明け方まで、彼女と話す。
5時くらいまで、まるで留学時代みたいに、
色々と語った。

基本は、人の種類や、
考え方、
そんな事に関して。

彼女とは、「感覚」の世界の事、
普段無意識に思っているけど、
言葉にはしないこと、
そういうことを、話し込めるから好き。

こんな風に、「対話」が出来る人は、
実際なかなかいない。

俺が留学時代も、
としさんやひろぽんなど、
そんな人たちと話をしていたけど、
あと、アルハンブラに住むクリスとか、

実際そんな話が出来たのは数える位の人で、
なので、そんな「対話」が出来るとき、
本当に脳が喜ぶ。

「I'm having a really good "conversation"」
という感じ。

それは、気が合う、ということなのかもしれない。

*****

てなわけで、15日は昼まで寝て、
その後横浜に出る。

スカイビルディングの中の、
天山という焼き肉屋に行く。
その前の晩、彼女が焼き肉のイメージを見て、
それで食べに行く事にした。

これが、かなり美味しく、
もう大満足!
1300円くらいのランチで、
ハラミの肉は2人前。
肉も、赤すぎず、白すぎず、
最高でした。

IMG_0573


最近は殆ど食っていなくて、
家族にも家族にも、
久しぶりに会った会員さんにまで、
「大丈夫????」と聞かれる始末だから、
よく食うことの重要性を感じる。
(どんだけ普段食ってねーんだよ)

その後は、横浜をぶらぶら。
クロックスのコンバースみたいな靴を見つけ、
とても履き安かった。
今度買いに行こう。


横浜駅で食べたこのアイスも美味しかった
IMG_0579


******

夜は、彼女が食事を作ってくれる。
ナスとチーズを、
肉で巻いて、トマトソースをかけたもの。
本当に美味しかった。

それと、春巻きの皮で作った
デザートを作ってくれた。
これもまた、本当に美味しかった。

IMG_0583


彼女に感謝です。

******

今回約1週間、彼女と一緒にいて、
彼女という存在は、本当に大きくて、
大事だなと感じたということです。

俺にとって、彼女はホームだし、
彼女がいるから、アウェイで頑張ることができます。

彼女がいるから、もっと頑張って働こうと思うし、
自分にはモノを買わなくても、
彼女には買ってあげたいと思う。

将来幸せな家庭を築く為に、
今は仕事をがんばんねーとな。

さて、寝ます。

2011/2/17 2:31am




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January 17, 2011

2011年1月16日 日曜日

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*******

昨日は、お姉ちゃんの結婚式だった。

もう、本当に、
感動した。

お姉ちゃんは、本当に綺麗だった。



弟ですが、
自慢していいですか。


お姉ちゃんは、
本当に、本当に、綺麗でした。

とても、とても、
感動しました。



式も、とても感動的で、
お姉ちゃんが、ステージの上で、
海の見える教会で、神父さんの話を聞いているとき。

お姉ちゃんの、後ろ姿を見ながら。

「自分は、いつもこうして、
お姉ちゃんの後ろ姿を見て、育っていたんだなあ」と、
昔を思い出した。








******

俺とお姉ちゃんは、3つ違い。

お姉ちゃんが小学校1年生の時、
俺は、幼稚園の年少だった。

お姉ちゃんは、決まって、
小学校や中学校では、
全校代表のスピーチなどをしていた。

俺も負けじと、お姉ちゃんに習って、
スピーチをしていた。

・・・・・というのは、
多分違う。

お姉ちゃんが出来る子だったので、
その弟である俺は、
「○○さんの弟さん?なら、大丈夫でしょう」
という感じで、いつも先生に見られていた。

俺は、基本真面目だから、
お姉ちゃんの評判もあり、
それで、俺も学校代表で答辞とかをしていた。





*****

お姉ちゃんは、小学校の頃は、
いつも学校で、ピアノの代表として
演奏をしていた。

いつも、俺が学校から帰って来ると、
お姉ちゃんは、家でピアノの練習をしていた。

俺がでかい声で、「ただいまーー!!」と叫んだら、
「ああああーーーー!!!ちゅんの声が入ったーーー!!」
と、お姉ちゃんに叫ばれ怒られたこともある。
(その時お姉ちゃんは、ピアノの演奏をしていて、
テープに録音していた。
で、俺は小さい頃、
『しゅんすけ』が言えないから、
『ちゅんすけ』となって、
『ちゅん』と家では呼ばれていた。)




******

お姉ちゃんは、とにかくモテた。

中学校の頃、
既にお姉ちゃんは、10人以上に告白されていた。

水泳を俺と姉ちゃんはやっていたけど、
その水泳スクールで会う大人の人とか、
学校の同級生とか、
みんな、お姉ちゃんを好きになっていた。


(俺は、メガネをかけていて、
中学校の頃、全然モテなかった。)


******

お姉ちゃんは、長いストレートの黒髪が特徴的で、
めちゃめちゃ綺麗な髪の毛で、
よく、「シャンプーの宣伝に出ればいいのに」
と言われていた。

道行く人が、
必ず、お姉ちゃんのことを後ろから通り過ぎた後、
一度振り返って、お姉ちゃんの顔を見て行ったらしい。

(本人はこれを非常に嫌がっていた。)






******

お姉ちゃんはその後、
高校を出て、薬剤師の資格を取る為に、
薬学部へ進んだ。

高校を出た後、
一年、浪人をした。

薬学部の試験は、そりゃ大変で、
(俺はそういうのは、全然無理)
お姉ちゃんは、凄く苦労をした。

俺が中学3年の時、
お姉ちゃんは、大学受験で、
凄く苦労をしていた。




******

1年、予備校に通い、
凄く頑張って、
薬学部へ合格した。


新しい大学は、
学部にはイケてる男子がいなく、
お姉ちゃんは、出会いの場に困っていた。

「お姉ちゃんは綺麗なんだから、
ちょっとそういう場に行けば、出会いがあるのに、
勿体無いな」といつも思っていた。


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******

大学を出て、今度は、
薬剤師の国家試験が待っていた。

俺は、留学中だったから、
その場に居合わせなかったけど、
1年目のその試験は落ちてしまって、
お姉ちゃんも、相当落ち込んだらしかった。

本当に大変だったようで、
一回、俺が2005年の正月に戻って来た時、
お姉ちゃんと、車の中で話をしながら、
その事を、知った。

******

その後、2005年の3月。
お姉ちゃんの国家試験が受かり、
無事に、薬剤師の免許を手に入れた。

一度、その3月に、
アメリカのサンノゼに、1週間程遊びに来てくれた。

その時、俺は21歳で、
お姉ちゃんは、24歳だった。


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******

一度社会に出てからは、
薬局で働く日々。

小さなその空間では、
ストレスや、大変な事も多かったらしい。

お姉ちゃんは、よく、文句をこぼしながらも、
一生懸命、働いていた。



(披露宴の最後、両親へのスピーチをお姉ちゃんが行った後、花束を母親に渡した。
お母さんは、何かを一生懸命、お姉ちゃんに言っていた。
その姿を見たら、感動した。)



******

俺がアメリカから帰って来た2008年の夏。

お姉ちゃんが、今の旦那さんと知り合った。

それまで、出会いが無いと、言っていたお姉ちゃん。

俺は、凄く勿体無いなあ、と思っていたが、
今の旦那さんに出会って、
お姉ちゃんが、幸せそうになった。

良く笑う様になったし、
あまり怒らない様になった。


今の旦那さんに出会えて、
本当に変わったんだと思う。


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******


そんな、お姉ちゃん。

俺は、小学校までは、
身長差が30センチくらいあって、
いつも見上げていたお姉ちゃん。

俺が高校に入ってからは、
俺も生意気になって、
余り口も聞かなくなって、

何度も、俺がヒドい事を言って、
大げんかをして、

正直、俺が留学に行くまでは、
余り、打ち解けられなかった。

でも、俺が留学に行って、
日本とアメリカ、ということで、
距離が離れてからは、
手紙をくれたりして、
それまで俺が勝手に持っていた、
その距離も、
いつの間にか、無くなって行った。





******


俺が、アメリカから帰って来て。
彼氏のいない、お姉ちゃんを見て、
「綺麗なのに、本当に勿体無いなあ」と
少し心配していた。


そうしたら、良い出会いがあった。





******

昨日のお姉ちゃんは、
本当に、綺麗だった。

輝いていた。

俺は、いつしか、
自分の方が、背がデカくなって、
「お姉ちゃん」という存在を、
見上げることが無くなっていたけど、

やはり、お姉ちゃんは、「お姉ちゃん」だった。


昨日、その、神父さんの説教を聞きながら、
輝く光の中で、
旦那さんと一緒に、きりっと立っていた
お姉ちゃんの後ろ姿。

その姿を見て、
俺が、小さい頃、
いつも、先に人生の段階を経験して、
いつも俺より3年前にいた、お姉ちゃん。

その後ろ姿を、思い出した。



そうしたら、涙が出て来そうになった。




(バージンロードを歩くお姉ちゃんと親父。
お母さんは、その光景を見て、微笑んでいた。
そのお母さんの顔を見たら、非常に感慨深くなった。)


******



昨日のお姉ちゃんは、本当に綺麗だった。

本当に、幸せそうだった。


本当に、本当に、
幸せそうだった。



俺は、本当に嬉しかった。


本当に、ほんとうに、
本当に嬉しかった。







******


家族は、家族なんだなあ、と思った。

兄弟は、兄弟なんだなあ、と思った。


社会に出て、
大人になって、

段々と、家族と過ごす時間も
減って行くけれど、

自分の原点は、家族にあって、

自分が生まれた0歳から、
家を出た、18歳まで、

そこで過ごした時間と、
その、関係は、
強く、自分の根本にあるんだなあ、と、

しみじみと、感じた。






******


お姉ちゃんが、幸せそうで、
本当に良かった。

本当に、本当によかった。

昨日は、本当にいい日だった。

世界で、一番幸せな日だった。



******


お姉ちゃんには、いい家庭を築いてほしい。

素敵な旦那さんと、
必ず、幸せな家庭を築いてくれると思う。



いつまでも、誇れる「お姉ちゃん」で
いてくれると思う。


******


お姉ちゃん、本当におめでとう。





2011/01/18 1:17am









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December 14, 2010


思いというのは、書き留めておかないと、忘れてしまう。

その感情は、その時にしか感じないものだから。

だから、その思いを感じたときに、書き留めておくことが大事。


******


彼女がいて幸せだなと思う。
彼女とは、何でも話せる。
俺の仕事のことも分かってくれるし、俺の今の状況、感情、
どうしてそれを感じるか、
どうしてそう思うか、

そういったことを、すべて分かってくれる。
だから、安心するし、
俺のホーム。

彼女は今、地元でしごとを探している。
簡単には見つからないけど、必ず見つかるときに見つかるべきものが、
見つかると思う。

仕事も、パートナーも、
そんなもの。
焦って見つけても、自分に合わないものが見つかるだけ。


******


二日前の日曜日、
良太郎とまた会った。
前回、10月に会って以来だったが、
今回は俺の彼女と、同期のM子も交えて、
新大久保のとんちゃんに行った。
韓国料理屋の店。
サムギョプソルがうまい。
店員が肉を焼いてくれて、
ハサミでカットし、焼けたら、
サンチュに、ネギとか、コチジャンとか、
いろいろ入れて巻いて食べる。


今回良太郎に会って、
俺たち以外の他の人が入ることで、
お互いの紹介みたいのを簡単にしたが、
その際に良太郎は、
俺は高校時代からまったく変わってないと言っていた。


俺は、目が同じだって。
素直で、目が輝いていると言っていた。

俺にとって良太郎は、やはり目が特徴的で、
真っ直ぐで、鷹のように意思が強いけど、
同時に視野の広い目をしている、という印象。

だから、良太郎も、
おなじように目のことを言っていて、面白かった。

俺は彼女に会った三年半前から、
しょっちゅう良太郎のことを話しているし、
こんないい奴は本当にいないよ、と良く話していたから、
彼女もやっと良太郎に会えてよかった。

18歳からお互いのことを知っていて、かつ、
今もお互いに励まし合え、刺激を受け続けられる存在がいることは、
本当にありがたいことだと思う。


今彼がしている仕事の話を聞く。
前回会ったときは、水のプロジェクトをしていると聞いていたが、
今はヴェトナムにインフラを作る話が出ているらしく、
その資料などを作っているらしい。
あとは、お客さんに出す資料を作ったりとか。

土日休みだが、最近は休みも家で仕事をしているとか。

俺の仕事と彼の仕事は全くタイプが違うから、
その仕事のスタイルとか、話を聞いて、凄くいろいろ学ばせられる。

ちなみに、留学仲間のタツローは、いまはKで働いている。
今は日本でサプライチェーンマネジメントをやっているけど、
(ちなみに俺の前の仕事と同じ)
近い内に確実に中国に行くだろうって。

あと、良太郎やタツローと同じ成田高校野球部の仲間は、
今パナマにいるとか。

良太郎が言っていた。
「将来さ、俺たち絶対いっしょに仕事すると思うんだよな。
せっきーも貿易とかしたいしさ。
みんながその道のエキスパートになって、
『他の奴はいらないから、俺たちだけで仕事をやろうぜ』
みたいになったら面白いな。」

以外と、良太郎のそういうことは当たるから、
今ここに残しておこう。


******


人って、自分のホームがあるから、外に行ける。

帰って、落ち着いて、
外で起こったことを話して、
温かいスープを飲んで、
温かい布団で寝られて、
疲れを癒せる。

そんな、『家』があるから、
がんばれる。


俺にとって、
彼女や、良太郎みたいな昔からの友だちは、
そんな存在。


2010/12/14 17:26



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October 29, 2010

少し前になるが、
先日、10月19日(火)に、
総長とむつみさんに会って来た。

総長は俺がロングビーチにいた頃、
よくサーフィンに行っていた友達。
アメリカで宣教師をしていたが、
今は日本に移って、日本で宣教活動をしている。

むつみさんは、彼女の友達。
彼女がカリフォルニアのシエラカレッジにいる頃の先輩で、
UCLAに編入して、
卒業後は、トーランスの日系人材会社で働いていた。
今は日本に戻り、総長と結婚して、
神奈川に住んでいる。

2006年から2008年まで、
俺は総長とずっと一緒にいたし、
彼女は彼女で、留学時代から、
むつみさんと一緒にいた。

で、俺と彼女が付き合いだして、
彼女も、総長に会う様になったが、
むつみさんは、俺にとっては「彼女の友達」であり、
総長とむつみさん同士の面識も、
当時はほとんど無かった。

それが、2008年に俺も彼女も日本に帰り、
総長とは会わなくなった後、
アメリカにいた彼は、むつみさんと付き合いだし、
今では結婚して、一緒に住む様になってしまった。

俺に取っては、総長は仲のいい友達。
彼女に取っては、むつみさんは仲のいい友達。
で、俺と彼女の知っている、お互い別々の2人が、
俺たちのいない間に付き合いだして、結婚をした。

だから、不思議な感じ。

特に、俺はむつみさんに一度しか会った事が無かったから、
(彼女がアメリカを去る際に、お別れ会で
むつみさんが来てくれた時に、一度会っていた)
俺はそこまで驚かなかったけど、
彼女にしてみれば、
総長とも大分一緒に遊んだし、
かつ、むつみさんも、留学が始まってから
ずっと親友だったわけだから、
その二人が結婚した事は、
相当ビックリすることだったみたい。

(ちなみに総長の本当の名はみつなさんだが、
俺に取っては”総長”なので、
総長と呼び続けている。
むつみさんは、”総長?”とビックリしていた。)

*******

今回そんなわけで、
2人が日本に帰って来てから、
ほとんど会っていなかったが、
折角近くに住んでいるんだし、
会おうよ、ということで、
彼女がセットアップをしてくれた。

2人は月曜と火曜がいつも都合がいいということで、
俺のたまたま休みだった先日の火曜日に、
彼らの家に遊びに行った。

*******

久しぶりに会う総長は本当に元気で、
しかも、幸せそうだった。

俺と総長がよくロングビーチで遊んでいたころ、
恐らく彼の唯一の悩みは、
「パートナー」だった。

彼はよく言っていた。

「やっぱりさあ、
文化の違いもあるし、
結婚する人は、
日本人がいいよね。
日本人で、クリスチャンで、
アウトドアとかも好きで、
性格が良い子いないかなあ・・・」

「そんな人いないっすよ!!」と、
よくひろぽんと一緒に突っ込んでいたが、
総長は俺たち男連中と遊びながらも、
何かを一緒にシェアできるパートナーがいないことに、
どこかしらEmptiinessを感じていたと思います。

やっぱり、彼の仕事は、宣教師だし、
彼の仕事であり、人生であり、
信念である部分を、一緒に心からシェアできる人が近くにいないと、
人生は相当孤独だし、辛いんじゃないかなと思います。

で、だからこそ、
彼が本当に求めていたような人との出会いがあり、
(この日に総長は言っていたが、
彼が書いていた神様への手紙リストに、
むつみさんはほぼ全てが合っていたそうな)
無事、今彼は、
「心から」本当に幸せそうだった。

本当によかったなあ、と、
横で見ていて思った。

********

この日は、総長が朝スーパーで買ってきてくれた
サーモンやまぐろの刺身と共に、
みんなで手巻き寿司を作って食べた。

あとは、今年の6月に行われた、
彼らの結婚式の話とか、
総長がむつみさんに、どうプロポーズをしたかとか、
(この話は書くと相当長くなるので割愛するが、
かなりロマンティックでした。
やるね総長)
とにかく、凄く幸せな2人の話を聞いて、
俺たちも、相当幸せな気分になりました。


********

後は、俺は総長と今の仕事や、今後の人生に関して話し合ったりとか、
むつみさんと彼女も、お互いに色々と話し合ったりとか、
お互い、4人がみんな、思っている事をぶちまけて
シェアできたみたいで、
とても有意義な時間になりました。


********

やっぱりさ、
俺も彼女も、
自分たちが一番人間的に形成される、
18歳から24歳ぐらいまでを過ごしたアメリカで、
そこから思いっきり遠ざかった日本で毎日生活をしていて、
普段、アメリカのことや、
その当時のことは、余り考えないけど、
こうして、その時に友達だった人たちと会い、
色々な気持ちをシェアするだけで、
当時のことも思い出すし、
なんか、「feels like home」に感じるんだよね。

俺は今は日本にいるし、
今の俺の状況を、思いっきり味わって楽しむべきだし、
現にそうしていると思うけど、
やっぱりこうして、たまに昔の仲間と会って、
当時の話はほとんどせずとも、
その空間をシェアするだけで、
お互いに、すごーく楽な気分になれるよね。


だからこそ、この一日は、
凄く楽しかったな。

******

帰り道、総長とむつみさんの
結婚式の際に作ったという、
彼らの新聞を見ながら、
「本当に2人はお似合いだよね。
2人が出会って一緒になれてよかったね」と、
しみじみ思いながら、帰って来たのでした。

******

また近いうちに4人で集まりたいと思います。
で俺は、総長とまたサーフィンに行って、
ばか騒ぎをしよう。


4人で
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2010/10/29 22:07


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May 04, 2009

with Myra and Stan
DSCF2341

2009年4月26日〜5月2日

この一週間、会社の研修で、
オーストラリアのゴールドコーストへ行って来た。
青い空、広い海、
もう最高だった。

そしてその中で、一番よかったのは、
高校の時以来の、俺の親友に会えた事。

MyraとStanとは、俺が18歳のとき、
高校3年で、英語の塾に通ってる頃、
そこの他の生徒さんを通して出会った。

それ以来、マイラとスタンとは、時間を見つけては、
ちょくちょく会っていた。
彼らの家にも何度もお邪魔させてもらって、
食事を一緒に食べたり、ペットの猫と遊んだりしていた。

そして、俺が19歳、アメリカに行った頃、
彼らも、故郷のオーストラリアへ帰っていった。

DSCF2284

それから約6、7年。
2人も既に結婚して、今では、
地元で幸せな生活を送っている。
マイラは大学で働き、
スタンは自営業で魚の水槽をデザインしたり、売ったりする
仕事をしている。

今回、俺が出張で、ちょっとしかオーストラリアにいられなくて、
会えることは出来ないと思っていたけど、
唯一あった木曜日の午後の自由時間に合わせて、
わざわざ車を走らせて会いに来てくれた。

2人とも、全然変わっていなかった。

一緒に、ご飯を食べたり、夜のサーファーズパラダイスを
走って、ココアを飲んだり、ビーチを歩いたりした。
凄く楽しかった。

DSCF2272

マイラは、今回俺のために、
彼女手づくりの、鏡の周りにゴールドコースト周辺の
地図を貼り、その上にマイラが砂浜で拾ったという
沢山の貝殻をつけた素敵なプレゼントをくれた。
世界に一個しかないプレゼント。
凄く、すごーく嬉しかった。

今回、2人に本当に会えてよかったなあ。
本当に、よかった。

また今度は、ゆっくり休暇を使って、
会いに行きたい。

5/4/2009



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June 18, 2008

2008年5月15日 日曜日


今日の朝9時半から11時半まで、成田空港で、寿美さんと会ってきた。

寿美さんは、俺がアメリカ留学生活一年目のウィード時代、
学校の集まりで出会った女性。

そのとき寿美さんは、ウィードから車で30分ほど北に走ったところにある、
ガゼールという小さな町の小学校で、完全なボランティアで、
日本の文化を紹介する授業を行っていた。

彼女は、アメリカに来る前は、日本の会社で働いていたが、
アメリカに来て、子供たちに日本の文化を教えたいという思い一つで、
自分で貯めたお金を持って、アメリカでホームステイをし、
その小さな田舎町の学校で、先生をやっていた。

学校からも、何も給料も出ないし、
ただお金が減っていく状況で、
そんなことをしていた寿美さんは、本当に凄いなあと思って尊敬していた。

*****

俺が初め、寿美さんと出会ったとき(俺がウィードの町にいたころ)、
彼女と実際に会う機会は、本当に数えるくらいしかなかったと思う。

その、最初の集まりで顔を合わせて一回。
後は、たまに学校で、バス停の近くで顔を合わせたとか。
(寿美さんも、俺の通っていたCOSで、授業を取っていた)
多分、それくらいしか、寿美さんと顔を合わせる機会はなかったと思う。
なのに、なぜかこんなに親しくなった。

一度、寿美さんが、
俺と、シゲさんというもう一人の日本人の学生を、
彼女のホームステイ先の家に招いてくれて、
その家族と一緒に、みんなで食事をした。

寿美さんがカレーライスを作ってくれて、
久しぶりに食べる日本の食事で、本当に嬉しかった。
それは日曜日の夕方で、俺はいつものように、
次の日の学校の宿題やらテスト勉強やらをしていたときだった。

シゲさんは、当時30歳。
やはり彼も、日本で元営業マンだったが、
「物理博士になりたい」という思いを胸に、
仕事を辞めて、一人アメリカに乗り込んだ。

一年目はユタ州の短大に通い、
二年目を、カリフォルニア州一番の田舎であるウィードの学校に選んだわけである。

そんなシゲさんとは、よく二人で、寮のスタディルームで一緒に勉強していた。
その寮は、住んでいる学生はゴリラのようにうるさく、
野獣のように乱暴で、
マジでうるさいやつしかいなかった。

俺の住んでいた部屋で勉強していても、
バスケ部のやつらと野球部のやつらがうるさく、
とても勉強できたもんではなかった。

それで、一階の入り口付近にある、ただ一つのスタディルームでしか、
勉強する場所がなかったというわけ。

そこで、毎晩シゲさんと一緒に勉強していた。

*****

その日、寿美さんに、シゲさんと俺の二人が招待され、
俺とシゲさんは、お互い残った勉強が心配ながらも、
シゲさんの運転してくれる車で、
寿美さんの住むガゼールへと向かった。

そこで、寿美さんと、寿美さんのホームステイ先の家族に会い、
とても楽しいひと時を過ごした。
今でも、そのときの楽しかった雰囲気を思い出せる。

*****

その後、俺はウィードの町を離れ、
寿美さんも、ネブラスカの別の学校へと、移っていった。

そこで寿美さんは、小学校で教え、
とてもいい経験を積んだ後、
日本へ一度帰国した。

そして半年ほど経った後、
寿美さんの恋人であるコリンが住むオランダへ、
移った。

寿美さんとコリンは、
寿美さんがサンディエゴを旅している時に、
コリンも丁度、旅をしていて、ユースホステルで出会ったらしい。
そして、意気投合したそうだ。

俺も、コリンに会ったのは、
二十歳の夏にオランダに寿美さんを尋ねに行った時が初めてだったけど、
そして、その時の3日か4日くらいしか会わなかったけど、
今でも、「とても優しくて、温かくて、本当にいい人」という印象が強い。
とても、4日しか会っていない仲とは思えない。
それだけ、素敵な人だった。

その後、コリンと寿美さんは、晴れてオランダで挙式した。


俺が二十歳の夏に寿美さんとコリンを尋ねた際は、
二人は俺のことを彼らのアパートに泊めてくれて、
居間に大きなベッドを用意してくれ、
そこで寝かせてくれた。

休みの日は、3人で自転車をレンタルして、
海まで走った
楽しかったなあ。
こうして書いていると、そのときの情景とか雰囲気を思い出す。

寿美さんが当時言っていた。
「こうしてコリンのことを見ているとね、
彼は前世はお坊さんか何かだったんじゃないかって思うの」

そう言う寿美さんの横で、お茶碗を持って、
箸で器用にご飯を食べるコリンは、
どう見てもお坊さんにしか見えなかった。

*****

ちなみにそんなコリンは、俺とヒロポンの「日本短髪教会」を
ひどく気に入ってくれているらしい。
寿美さんがあのビデオをコリンに見せると、
一生懸命練習していたとか。
いやあ嬉しいっすねえ。
ぜひコリンにも入ってもらいたいっす。

******

二人の住むオランダを後にするときには、
寿美さんは俺にお弁当を作ってくれた。
手づくりソーセージとかと一緒に、おにぎりも入っていた。
それを、僕はベルギーの広場で食べたわけですよ。

******

そんな心優しい寿美さん。
今回、久しぶりに日本に長い間滞在し、
今日、長崎からオランダへ帰る途中だった。

朝の9時ごろに成田に飛行機が着き、
12時頃にまた飛行機が飛び立つまでの2時間ほど、
彼女と4年ぶりに再会することができた。

******

寿美さんと久しぶりに会えて、本当に嬉しかった。
喫茶店に入って、そこで2時間ほど話した。
もう4年も会ってなかったので、話すことは山ほどあったけど、
寿美さんの近況とか、色々聞くことができた。

寿美さんは今回、お父さんを訪ねに帰ってきたが、
その際に受けた健康診断で、寿美さん自身の体の仲に、病気を見つけたらしい。
そして、その治療に時間がかかり、
今回、本来はもっと短かった滞在期間を、約半年に延長した。

これからもオランダで治療を続けるらしいけど、
全てうまく行くといいなと思う。
必ず、健康になるように、いつも健康であるように、祈っています。

******

今回寿美さんと話をしていて、
俺の成長ぶりが見えると言われた。
確かに、前回会ったときは4年前、二十歳のときだったから、
4年間での変わりようは結構あったのかもしれないけど、
俺は自分のことだから、正直よくわからない。

でも、俺もアメリカにいる子供たちを訪ねる際に、
彼らが短期間の内に、グングン成長していくのを見て、
人の成長は、特に、若い子供の成長は、
会っていない期間が長ければ長いほど、
次に会ったときの驚きが大きいもんですよねと、
そんなことを話した。

その例で、メーガンとザックの話を出したけど、
「メーガンとザックの家に行ったほうがいいわよ!」と薦めてくれたのも、
寿美さんだった。

彼女が、まだガゼールの小学校で教えているころ、
当時13歳だったメーガンの学校でも寿美さんが教える機会があり、
その時、寿美さんはメーガンとザックの家にいったのだ。

そこで、大草原の小さな家みたいな素晴らしい環境に感動した寿美さんは、
「俊君、絶対に行ったほうがいいわよ」と、教えてくれた。
そんなわけで、メーガンとザックの家族とも、もっと仲良くなれた。
これも寿美さんのおかげです。

******

今回話していて、不思議なことに、
俺と寿美さんが最近、人から聞いたり、本で読んだりしたことで、
同じような内容のことがあったことを発見した。

この話が始まったのは、寿美さんが、俺がブログで以前に取り上げた、
「The law of attraction」(引き寄せの法則)の内容が面白かった、っていうのがきっかけで始まったんだけど、
その話をブログに俺が書いたのは、その時その話を聞いた、
Walterという友達が話をしてくれたからだった。

その時、Walterは、Rhonda Byrneの「The Secret」という本を読んでいて、
その本からの内容を取り上げて、俺に話してくれたわけだ。

話の内容は簡単に説明すると、
「この宇宙にあるもの全ては原子で出来ていて、
原子のかたまりである人間が発する思考も、やはり原子である。
人間の体を、電磁波をキャッチする電波塔と例えると、
人間がある考えを持ったとき、その考え(電波)が宇宙に飛ばされ、
その電波を受け取った宇宙は、
その考えと同じような電波を持ったものを、その人間に引き寄せる」というもの。

そのときのブログはこちらを参照。)

その話を読んで、寿美さんが、「あれは面白かったわ」と言うので、
「あれ、実は『The Secret』っていう本の内容からで、Walterもそこから引用して教えてくれたんですよ」と。

そして、俺はその本を、
つい2週間ほど前に本屋で買って、読んだばかりだったんだけど、
(その本を買うきっかけは、俺の彼女がその本について触れて、本屋で見てみたら面白そうだったから)

何が驚きかと言えば、そこに書いてあることと同じような内容のことが、
俺がその後に読んだ何冊かの本で、繰り返し述べられていたこと。

しかも、それらの本が、同じ系統の内容だったら話は分かるけど、
それが、全部違う系統の内容だったってこと。

「The Secret」に書いてあることの大事なポイントは、

「この宇宙にあるものは全てエネルギーで、人の思考も、エネルギーである。宇宙はその波長をキャッチし、同類の波長のものを引き寄せる」
「自分が考えたことと同じものが、自分の人生に起きる(思考は現実化する)」
「人間と宇宙は繋がっていて、宇宙に頼めば、全て引き寄せてくれる」
「日常の生活の中で一番大事なのは、感謝すべきことを見つけ、今の自分の状況を、心から感謝することだ」
など。

これらのことが、俺が最近読んだ本でも、やはり同じような言葉で書かれていた。

ハーブ・エッカーという人が書いた「ミリオネア・マインド」という本は、
大金持ちになるにはどうしたらいいかという内容なんだけど、
その中でも、「この世の中の全てのものはエネルギーであり、自分の言葉にもエネルギーが宿っている。宣言する際は、宇宙と自分の潜在意識に向けて、強力なメッセージを送ることだ」と。

それから、「今あるものに、心から感謝しろ」と。

野口嘉則さんの「3つの真実」という本でも、やはり同じことを言っているし、
俺が好きなパウロ・コエーリョの「アルケミスト」でも、
やはり、「心から何かを強く望むとき、全宇宙のすべてが協力して、実現するように手助けしてくれる」と。
それから、馬場先生に以前頂いた本である、
五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」でも、
同じことが書いてある。

「ありがとう」「感謝します」「ついている」、
この3つの言葉が大事だと。

それから、これもやはり馬場先生に以前紹介してもらった、
ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」でも、
「脳は思考の振動の送受信局である」と、
まったく同じことが書かれていた。



どの本でも、最終的には、「感謝」ということが一番大事だよ、と言っているんだけど、
寿美さんも、今回治療を受けていた際、ある方に、
「愛、感謝」という言葉を言うと、自分が守られるという話を聞いたらしい。

治療の際には、電磁波を浴びるが、
電磁波は、体に悪い影響も与える。
しかし、寿美さんは、毎回治療を受ける前に、
「愛、感謝」と口に出していたそうだ。

すると、体に悪い影響は、ほとんど起こらなかったとか。


それから、それらの「愛、感謝」という言葉を、
コップに入った水に貼ると、
何も貼っていない水よりも、水の結晶が綺麗になると。

それは俺も、馬場先生や、和人、また早さんなど、
何人かの人に以前聞いたことがあった。

その、「愛、感謝」の言葉は、何語でもいいらしい。
「Thank you, Love」でもいいから、
水の出るシンクに貼るだけで、出てくる水の結晶が綺麗になり、
美味しくなるとか。


「ありがとう」「おいしい水」「愛」「感謝」など、
ポジティブな言葉を貼った水は、
結晶が綺麗になる。

そして逆に、「まずい」「クソ」「バカヤロウ」など、
ネガティブな言葉を貼った水の結晶は、逆に汚い結晶になると。


別の話では、寿美さんいわく、
ある知り合いの人が、水がめを持っているらしい。
そして、その水がめに水を入れておくと、味が美味しくなるとか。

ある日、ワインを買ってきて、その水がめに一方を置き、
残りは、別のところに置いておいたらしい。
すると、次の日飲み比べてみると、
水がめの上に置いたほうが、まろやかだったと。

それから、ネコも、その水がめの方の水しか飲まないらしい。
獣は、本能で美味しいほうしか飲まないんじゃないかと。


それから、体の「エネルギー」=「波」のはなし。
寿美さんの知り合いのお医者さんで、体の波動を調べている人がいるそうだが、
その人に治療前に体を調べてもらったところ、
体の臓器の悪い部分は、波の出方が、弱かったらしい。
波が健康な体で、「10」出るとすれば、
その弱っていた部分は、「2」や「3」など。
しかし、治療を受けた後、もう一度測ってみると、
今度は、「4」や「5」に数値が上がったらしい。

これも以前、馬場先生に聞いた、「気」の話と似ているな、と。
体には「気」が流れていて、
体の悪いところというのは、気が滞っている。

はり治療は、その滞った気を、通常通り流れるようにしてあげることを助けるものだ、と。

その時の馬場先生の話は、このブログの一番最後の部分の、馬場先生からのコメントを参照して下さい


「気」=「エネルギー」=「波」か、と。
そして、それらは原子ででき、
この宇宙にあるもの全ては、原子で出来ている。

そんな風に考えていくと、今回寿美さんと話した内容も、
俺が最近読んだ本の内容も、
全て繋がってきて、「不思議だね」となる。

今は、そういう情報が自分のところに集まるようになっているのかもしれない。
「引き寄せの法則」でね。

*******

話は長くなりましたが、
寿美さんとは色々と話し、最後、「今度は僕がオランダに会いに行きます」ということで、話が終わった。

今頃は、飛行機の中のはず。
それか、もう着いたころかな?

寿美さんに、言われました。
「いつもブログ読んでいるわよ。アメリカの旅のブログも続きを待っているけど、全然更新されないから、どうしたのかなー?と思ってね」と。

少しずつ書いていきます。^_^

06-15-2008




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March 27, 2008

3月27日木曜日11時40分

Steve, Susan, Simon, Chisako, Kyosukeと
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今、スーザンの家。
今日ここには、午後の3時過ぎに着いた。
着いてすぐ、スティーブと恭介が迎えてくれた。
恭介は、俺の姿を見るなり、「一緒に遊ぼうよ」てな感じで、ずっと跳ねまくり。
前よりも足の筋肉がついたっぽい。

すぐに恭介と庭やら家の中で遊びだした。
ちさことも再会して、3人で一緒に、近くの公園まで歩いて遊びに行った。
恭介はずっと走り回り、動き周っている。

DSCF0390




6時ごろ、スーザンが仕事から帰ってきて、俺とちさこと恭介とスーザンの4人で、
近くの「Super Burrito」へ。
ブリトーを食う。

帰ってきて、色々話した後、
3人で「What Woman Want」の映画を見る。

それで、今のこの時間。

昨日は日記を書く時間がなかったので、今書く。

*****

昨日の朝は、ロイの家族とのお別れ。
朝7時半に起きて、支度をした。
次の目的地、レディングで、ノアの両親に会いに行く予定だったが、
ノアのお母さんのパッツィが、仕事のため11時半には家を出なければいけないというので、
その時間までに彼らの家に着く約束をしていた。
そのため、ロイの家を、9時半ごろには出なければならなかった。

****

俺とロイ、真ん中の絵は、ドラゴンボール
ドラゴンボールがきっかけで、俺とロイは友達になった
7











****

みんな起き出して、リビングのカウチに座って、お茶を飲んだり。
俺はベッドを片付けて、シャワーを浴びて、荷物を整理したり。
9時ごろ。ジーンが急いで、朝ごはんを作ってくれた。
スクランブルエッグと、ソーセージ。
今日は、ロイとランディも、クラマス・レイクへ、釣りに行くらしい。
泊りがけで行くので、帰りは土曜日になるとか。
この日が水曜日だったから、3泊することになる。
今日は俺も出るし、ロイとランディも一気に出ちゃうから、
ジーンはきっと寂しくなるだろうなと思った。

ジーンの作ってくれた朝ごはんを食べ。
すごく美味しかった。

9時半ごろ。みんなが食べ終わった頃、
家に電話がかかってきた。
ランディが取ると、どうやらセールスの電話。
ランディの持った受話器から、少しだけ声がこぼれて聞こえたので、
俺もなんとなくゲスできたが、
その声は、一瞬も止まることなく、ずうっと喋り続けていたので、
俺はまるで、テープか何かのように思った。

中々話し終わらない声を相手に、
「やれやれ」という感じで、変な顔をしているランディ。
その光景が面白かった。

やっとこさ電話を切り終わった後、
ランディいわく、
「ちきしょう!シュンに電話に出させて、日本語で話してもらえばよかったな。そしたら電話越しの相手も、面食らっただろうに。せっかくのチャンスを逃したぜ!!」と笑っているランディ。


最後に歯を磨こうと思ったら、ロイがトイレに入っていた。
ちょっと待つと、ロイが出てきた。
「やれやれ」と言いながら、長い戦いの末、トイレから出てきたロイ。
俺が、「I’m gonna go in there(今度は俺が使うよ)」と言うと、
「Wow, it’s gonna be challenging!!(相当の覚悟が必要だと思うよ!)」と。

つまり、ロイがウンコした後で、トイレが臭いってこと。
この家では、いつも誰かがウンコした後は、「今入っていったら相当ヤバいぜ」と、お互いにジョークを言い合っている。

今回もどうやらロイは、俺が本当にバスルームを使うとは思わなかったらしい。
しかし、俺が本当に入っていこうとすると、
ランディもロイも声をそろえて、「Are you really gonna use the bathroom now!? You should at least wait 1 or 2 minutes to let the air out!(本当に使うのか!?せめて後1,2分は待って、臭い空気が出るのを待ったほうがいいぞ!)」と。

どうやら中はマジでやばいらしい。俺は笑いながら「OK」と言って、少し待つことにした。
しかし、俺もウンコがしたくてもう待てない。

約1分後に、「もう待てねえから入るわ、ロイ」と言うと、
「ターラ、ターラ、ターラターラターラターラ・・・・!!」と、
ジョーズのテーマを歌うロイ。
ランディはおかしそうに、ケラケラ笑っている。
この家族はいつもこんな調子だ。
誰かがトイレから出てきた後、その後にすぐ誰かが入ろうとすると、
入るのに合わせ、ランディが「タラララ〜ン」とか言っている。

トイレに入りながら、この家族はこんな気取らないところがいいなあと、
すごくおかしく思ってた。

*****

俺がトイレから出てくると、ランディとジーン、ロイは、
キッチンで3人、何かをひそひそ話していた。
俺が全ての荷物を持って近づくと、ランディは、「じゃあ俺は先に外に行っている」と、
一人先に出て行った。

ジーンが俺の顔を見ると、俺に手を回してきて、大きなハグをしてくれた。
「また必ず帰ってくるのよ」と。
ジーンの目は涙で濡れていた。

ロイも、「So, you are really leaving now(本当に行っちゃうんだな)」と。
ジーンは、「You’ve been a good brother to Roy(あんたは本当にロイのいい兄弟となってくれたわよ)」と。

外に出て行って、車に荷物を詰めた。
車のエンジンをかけた。

また外に出て、最後のお別れの挨拶をする。

いつも、この瞬間が一番いやだ。
しかも、今回は、本当に最後のお別れだったから、本当に嫌だった。


この朝は風が強かったので、ランディが向こうでしているマキ割りを中断して、
こっちに歩いてくるまで、
ジーンと二人で、風除けのために、家の隣のボイラールームの影に立った。

ロイはランディを呼びに行った。

ランディとロイがこっちに来た。
「Well」と言って、ロイにまず、「今まで本当にありがとう」と言って、
握手とハグをした。
ロイは、悲しそうな目をしていた。
ロイはいつも、別れのとき、悲しそうな目をする。
そういう目を見ると、こっちも悲しくなってしまう。

次に、ランディ。
ランディはただ、ガシっと硬く握手をしてくれて、
ぎゅっと抱きしめてくれた。
「今まで本当にどうもありがとうございました」と言うと、
ランディはただ、うなずいていた。
下のほうを見て、帽子のつばで、目が見えない。

最後に、ジーン。
ジーンの目を見ると、もう泣いていた。
「今まで本当に色々とありがとうございました」と言うと、
「You come back again」と。
ぎゅっとハグをしてくれた。
またジーンの目を見ると、泣いている。
「It was so fun having you here」と言いながら泣いているので、
俺も「It was so fun being here with all of you」と言いながら、
泣けてきた。
言葉がうまく言えない。
泣けて、前がよく見えない。
見ると、ランディとロイも目をうるわせている。

今まで俺は、彼らに本当にお世話になってきて、
本当は、もっと色々気の利いたことを言うべきなんだろうけど、
もっと、言葉にすることはたくさんあるんだろうけど、
実際、彼らに言える言葉は、「Thank you」
心からの「Thank you」、その一言しか言えない。

今まで色々、自分の気持ちをいい表す言葉を身につけて来たはずなのに、
最後の最後で言う言葉は、「Thank you so much」、
それしかなかった。



ジーンが、「サンクスギヴィングにいつも来てくれて、本当に嬉しかったわ」と言ってくれたので、
「また、いつの日かサンクスギヴィングの日にひょっこり現れますよ」と言ったら、
みんな笑った。
それで、ちょっと悲しい緊張がほどけた。


また、みんなに一人ずつ、ハグをした。
ロイ。
ランディ。
そしてジーン。


車に乗って、シートベルトをし、
運転席側の窓を下げた。
みんなこっちを見ている。

みんなに「Bye」と言い、
車をバックさせ、
もう一回、アクセルを踏む前に、みんなの方を見て、「さようなら」と言った。
3人の顔を見ながら。
3人の、手を振って見送ってくれる姿を見ながら。

またいつか、この家に、遊びに来れることを、願いながら。




本当、別れの瞬間ってのは、いやなもんだ。


*****

この後、途中、雪や霧や雨で、先が真っ白になって、ほとんど前が見えない中、
気をつけて車を走らせながら、
何とか無事にノアの両親の家に着いた。

続きは、また明日で。

3・27・08


ジーン、ランディ、ロイ(2005年11月の写真)
5



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January 28, 2008

今日、彼女が日本へ帰りました。

彼女は、4月から日本で働きだします。
それに合わせての、帰国です。


この8ヶ月間、彼女とほぼ毎日一緒にいました。
今までの人生で、ここまで誰かと一緒にいたことは、
家族を抜かしては、初めてでした。

彼女と過ごして、8ヶ月。
月日はあっという間に経ちました。


人間は、大事なものを失くして初めて、その有り難さに気づくといいます。
僕は、この8ヶ月間、彼女といられることを感謝して、その有り難さに十分気づいているつもりでしたが、今日、彼女を空港で送って、家に帰ってきて、そうではなかったことに気づきました。


彼女とは、毎日色んな話をして、
考え、語ることができました。
また、自分の素を出して、
自分がどんな人間なのかも、今まで生きてきた中で一番、自分が気がつけた時期でもありました。


僕は、彼女に、愛情をもって、
本当にたくさんのことを教えられたと思います。



正直、ここに何を書いたらいいのか分かりませんが、
今、感じていることです。

1.28.08

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December 20, 2007

“12 20 2007 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean”

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (1)


2007年12月20日。
この日は、今のところ、
彼女が人生で一番幸せだった、と言ってくれる日です。


今日は、2011年11月16日で、
それから4年近くが経ちましたが、
この日のことを日記に書いていなかったので、
今日、書きます。

これを読み返してくれたら、
彼女が幸せになるといいなと思います。

(ちなみに今日は付き合い出した日の記念日で、
今日で、4年と6ヶ月が終わりました。
遂に4年と7ヶ月目です。すごいです。)

******

この日は、彼女の学校が最後の日でした。
俺は彼女より半年早く卒業しましたが、
彼女は、もう1学期残っていて、
この日が全ての終わりの日でした。
(俺たちはその代わり、卒業式は一緒に出ました。
式は2007年の5月でした。この記事を参照


彼女を車でいつも通り迎えに行き、
教科書を売ります。
“Buy Back”と言って、
その学期に使ったテキストを、学校に再度売る事ができます。
この日は駐車場でバイバックをやっていて、
そのままドライブスルー的に車で待ち、
彼女のテキストを売りました。
何でもドライブスルーにするアメリカ。
「さすがだね」と話していた気がします。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (5)


12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (6)


12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (8)




*****

その後は、どうしようか、となりましたが、
彼女が前から行きたがっていた、
Orange County(O.C.)にある、
ファッションアイランドの巨大なクリスマスツリーを見に行こう、
となりました。

元々行こう、と話をしていたのではなく、
その場で、「じゃあこのまま行ってみようか」
となりました。


当時、俺は目が凄く疲れやすく、
運転もしょっちゅう疲れていたので、
余り運転をしたがらない傾向がありました。

それで彼女は、
俺に運転をさせることを気を遣って「いいよ」と言っていたのですが、
この日は俺が、
「いいよ、このまま行ってみよう」となったので、
それがすごく嬉しかったみたいです。

それから、俺は余りサプライズをしないので、
それも、嬉しかったみたいです。

ごめんね。余り色々してあげていない彼氏で。
もっと頑張るからね。

******

で、その後は、
いざ、ファッションアイランドへ向けて、
レッツゴー!!!

ここは、夏にも何度も来たりしていました。
夏にノアがOCに住む兄貴夫婦を訪ねに来た時には、
ノアと一緒にここに来たりもしました。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (9)


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12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (11)




まずは、お腹がすいていたので、
下のフードコートにある、
お気に入りの「FATBURGER」にて、
昼食をゲット!!
(直訳すると、『デブのバーガー』か、『脂肪だらけのバーガー』。
その名の通り、凄まじいヴォリュームです。)

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (15)



当時は普通に食べていましたが、
恐らく今は食えないんだろうな・・・・

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (14)



****


その後は、
お目当てのツリーを見に行きました。


これが、本当に大きかった!!!!

写真を見てもお分かりの通り、
本当に大きい。
(下に立っているのは彼女)

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アメリカは、何でもやる事がちがいますね。
当時は感動はしたものの、
そこまで、「・・・す、すげえ!!!
みたいにはならなかった。
(何故なら、大概のアメリカのものは、
デカイから。
こういうのも、しょっちゅうあるので、
もう、目が肥えてしまう。)

しかし、今、日本に帰って来て3年半経つ中で、
日本のサイズやスケールの小ささになれた上で考えると、
やっぱりあれはすごいよね。


何でも、大きく行きたいですね。

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******


その後は、恐らく、
モールの中を、ぐるっと回ったと思います。
余りよく覚えていなくて、すみません。



でも、その夜は、
俺の元ルームメイトのロイのお母さんのジーンから、
俺とまりこ用に、クリスマスプレゼントが届いていました。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (35)



これは嬉しかったですね。

俺には、ジャケット。

まりこには、イヤリングと、ペンダント。

二人で、「やったー」と言いながら、
プレゼントを開けていた気がします。

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*****


今思うと、
当時は、ああやって、二人でアパートに住んで、
暮らしている事が、当たり前だったのですが、
今は、こうして離れて暮らしているので、
その有り難さが、身にしみて分かります。



また、当時は俺も進路に迷い、
大分、ストレスを溜めて、不満の状態で生きていて、
それを、たくさん彼女にブツけてしまいました。
彼女にはたくさん、悲しい思いをさせてしまいました。
本当に申し訳ないと思っています。
ガキだったなあ、と思います。

本当にごめんね。


あれから、4年が経ち、
俺は、大分人間として、鍛えられたと思います。

当時は、すぐに怒っていましたが、
(すぐにプンプンするので、
ある日から、『パンプン』と言われていました。)

今では、すぐに気性を荒げたり、
意味も無く怒ったり、というのが無くなったと思います。


当時は、本当にガキだったんですね。

でも、それを、根気づよく、
見守って、耐えて、我慢して、
俺を育ててくれた、彼女のおかげだと思います。


本当に、この4年半、ありがとう。


これからは、いい彼氏として、
そして、いい旦那として、がんばりたいと思います。


これからもよろしくね。


*****


ということで、4年前の日記でした。

俺にとっての幸せは、
彼女が、幸せでいてくれることです。


いくら自分一人でお金持ちになろうが、
世界中を回る事ができようが、
愛する彼女が隣にいなかったら、
それは、何の意味も成しません。


まりこのおかげで、俺の人生は、
とても幸せなものになっています。


いつも本当にありがとう。


これからも、一生よろしくね。


俊輔より  2011/11/16 20:14




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November 09, 2007

た

写真は、キューピーちゃんのたらこです。
彼女にそっくりです。
特におでこの部分がそっくりです。


文章と言うのは、言いたいことがあると、ついつい長くなりすぎてしまいますが、実際のメッセージは、すごく短いものです。

率直に書きます。

***

僕は今の彼女と出会えて、人生が変わりました。
今まで知らなかった、女性からの「愛情」というものを初めて知りました。
今まで自分は、「家族愛」や「友情愛」には恵まれていましたが、
パートナーからの愛情というものは、知らずに来ました。

恐らく、その愛情をくれようとした人もいたでしょう。
しかし、その愛情を受け取る勇気を、自分が持ち合わせていなかったのかもしれません。

彼女と出会って、自分の人生の充実感が、本当に大きくなりました。
普段していた小さなことでも、それが大きな意味を持つようになりました。

今は仕事に行って、帰って来て、ご飯を食べ、本を読んだり、絵を描いたりする日々ですが、そんな日常が幸せだと感じられるのも、彼女がいるからです。
仕事から遅く帰って来て疲れていても、彼女が家で待っていてくれるだけで、元気が出ます。
仕事中も、家に帰ると彼女がいると思うと、本当に幸せに感じます。

僕にまだ子供はいませんが、お父さんが、自分の奥さんや家族のために、大変な仕事でも頑張れるという気持ちが、最近やっと分かるようになりました。

食事をしても、彼女と一緒に食べるので、とても楽しいです。
本を読んでも、その感想を彼女と話し合えるので、とても面白いです。
絵を描いても、彼女に見せて意見を聞けるので、やりがいが更に出ます。


つまり、自分の人生の全ての要素が、
彼女と一緒にシェアできるというだけで、本当に意義のある深いものとなっているのです。


僕が今まで生きてきた中で、誰かとずっと一緒に過ごしたいなと思ったのは、
今の彼女が初めてです。
以前は、「彼女をつくる」=「自由に動けない」みたいに思ってましたが、
今は違います。
彼女は、「つくる」ものでもなく、自分の付属品でもありません。
彼女がいるからって、自分の人生に自由がなくなるわけではありません。

彼女とは、自分の人生の一部なのです。
そして、彼女がいるからこそ、自分の人生が、一人でいる時よりも、
もっといいものになっています。

その人を本気で愛しているからこそ、相手からも愛されるし、
その人を全て受け入れようとするからこそ、相手にも全て受け入れてもらえます。

愛情があるだけで、自分の人生はこんなにも変わること。
逆に言うと、愛情がない人生は、いくら何をしても、どこかに虚しさを感じること。


それを、今までの自分の人生と、今の自分の人生を比べて、実感しています。

***

彼女と出会えて幸せです。いつまでも一緒にいたいと思います。
のろけでも何でもありません。素直な気持ちです。

11・08・07



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October 18, 2007

今日、仕事が終わって彼女に電話すると、
「馬場先生から本が届いてたよ」と。

「誕生日プレゼントの本かな?」と、
ワクワクして車を運転して帰った。

***

家について、その日本から届いた封筒を開けると、
中には、クリーム色のさらなる封筒が。

その中には、小さな本と、
馬場先生と、ルミ先生からの、手書きのカードが入っていた。

誕











なんと、その本は、K作という人が作ったオリジナルの本。
彼の筆と、鮮やかな色を使って描かれた文章が書かれている。

そして、何より嬉しかったのは、その本の中に、
自分の名前と、誕生日が記されていたこと。
その人が、自分のためだけに、描いてくれた本だった。

shunsuke







ganba







馬場先生とルミ先生、お二人からのメッセージも、心に染みた。
本当に嬉しかった。

ずっと、「やったーやったー!」って言ってた。
彼女に、「いいでしょ〜」って、子供みたいに言ってた。


***

あ〜あ、本当に嬉しかったなあ。

今回のプレゼントは、一生ものです。
馬場先生、ルミ先生、
本当にどうもありがとうございました。

10・18・07

card

お二人からのカード。
この裏に、メッセージが書かれておりました。
嬉しいです。



seishindou

馬場聖鍼堂






追記:それから、この本にあったように、
誕生日は、自分を生んでくれたお母さんに、
感謝の電話をしたいと思います。


さらなる追記:
それともう一つ面白かったのが、
この、自分の名前を書いてあった色。

なんと、彼女が普段、俺のオーラの色だと言っている色ばかりだった。

彼女曰く、俺のオーラは、普段は柔らかい黄色、
そして、たまに青や緑、最近はピンクも出ているらしい。
この本に描いてあった自分の名前の色は、
まさにこれらの色だった。

このK作さんは、自分の名前を描いてくれたとき、
俺がどんな人間か、想像して描いてくれたのかなあ?
もしそうだとしたら、すごいなあ。




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July 14, 2007

中学のとき。
俺は、前にも書いたように、友達が全然いない時期があった。
中学2年の夏以降から、中3の終わりまで。
同じ学年の男子ほぼ全員と、同じ部活の仲間たちからも、仲間はずれにされていた。

毎日学校へ行っても、誰も喋る友達はおらず、
男子からは後ろ指を指され、女子からは目が合ったら、すぐに目をそらされる始末。
一日中、誰とも会話を交わさないような日々が続いていた。


そんな中、同じクラスで、唯一、
俺のことを差別しない人がいた。
ナベちゃんという。同じクラスの友達だった。

ナベちゃんは、かっこよく、リーダーシップもあり、
体育祭などでは必ず応援団の団長となったり、
クラスの学級院長になったりと、
誰からも人気者のクラスメートだった。

彼は、女子からももて、
男子からも、いつも上に見られ、慕われていた。


俺が皆から避けられ始めた最初の理由は、
同学年の不良グループの二人組みと、中二の二学期の頭に喧嘩をしたことからだった。

その二人ともみ合い、
そいつらが、他のメンバーにも陰口を言い出し、
気がつくと、同学年を占める不良グループの全員が、
俺を避けるようになっていた。

同じ部活のメンバーから避けられるようになったのも、
同学年のキャプテンと、途中から入ってきた新入部員がつるむ様になり、
その新入部員は、俺と喧嘩したやつらが属する不良グループの仲間だったため、
そいつがキャプテンに俺の悪口を言い出したのがきっかけだった。

キャプテンは、次第に部員全員と、俺の陰口をたたき出し、
気づいたときには、それまでずっと仲良くやってきた部員全員が、
俺のことを避けるようにまでなった。


クラスへ行っても、誰も話す人はおらず。
部活に行っても、同学年のやつら全員はおろか、
後輩たちにまでからかわれる始末。

それまで、一度もそういう経験をしたことがなかった自分は、
それが今、自分に起きているという真実を受け入れがたく、
心をひたすら麻痺させ、何も感じなくさせていた。

そうしないと、余りに毎日ショックすぎて、
生きていけなかったのだ。

家へ帰っても、食べ物の味もよくわからない。
心が麻痺しているので、何が“楽しく”て、何が“つまらない”のかさえも、分からなくなっていた。

親にも、恥ずかしくて言えない。
自分の心の苦しみを話す人もいない。
そして、そんな状況にいつの間にか陥ってしまった自分が、
情けなくて、
いつも自分の顔を鏡で見るたびに、自己嫌悪に陥っていた。

******

そんなとき、
そんな状況でも、
俺のことを、絶対に差別しなかったのが、ナベちゃんだった。

彼は、その不良グループの、仲間だった。
小学校時代、彼は、そいつらと同じ小学校で、
地元同士だったからだ。

休み時間は、いつもナベちゃんは、そいつらのいるクラスまで遊びに行っていた。
だから、そんな風に、そいつらと一番近いはずのナベちゃんが、
俺のことを真っ先に避けるようになっても、
不思議ではなかった。


しかし、彼は絶対に、俺のことを避けなかった。
一度も、彼に、差別された目で見られた記憶がない。
クラスの全員が、俺のことをなんとなく避けていようと、
彼は、一度たりと、決して俺のことそういう風には扱わなかった。


******

ある日、あれは、中学3年の、夏休みが始まる前の頃。
学校のプールの裏の、壁が、誰かによってボコボコに壊されていた時があった。
それを誰がやったかは、誰も見当がつかなかった。

犯人を突き止めるべく、俺の学年の担任たちは、
一番それをした確立が“高い”であろう、その不良グループのリーダーたちを呼んだ。

その中には、もちろんナベちゃんも含まれていた。


******

その頃俺は、誰も友達がいなかったので、
休み時間はよく一人で過ごしていた。
意味もなく学校の裏を歩いたり、
体育館の裏に行ったりして、
ひたすら休み時間が早く終わることを祈っていた。
俺にとって、中学時代の休み時間ほど、長く、嫌な時間はなかった。

*****

その担任たちに、ナベちゃんたちが呼ばれ、
彼らが帰ってきた。
結局、犯人は分からなかったらしい。
もちろん、それをやったのは、ナベちゃんたちでもなかった。

担任たちから帰された後、
教室に戻ってきたナベちゃんに、俺が聞いた。

「何があったの?」

彼は言った。

「あいつらさ、俺たちのこと疑りやがって。
 あの壁壊したの、俺たちじゃねーのにな」

そこでナベちゃんが言った。

「俺たち、担任たちに問い詰められてさ。
 そこで、Yが言ったんだよ。

“○○じゃねーの?あいつ、いっつも一人で学校の裏とか歩いてるじゃん”って。

でも、そこで俺が言っといた。
“いや、○○は絶対にそんなことやるヤツじゃねえ。
 あいつは絶対に違う“って。」



俺はそれを聞いたとき、ものすごく嬉しかった。
そんな状況でも、俺のことを守ってくれたこと。
その時ナベちゃんは、Yに、
「お前そんなこと言い切れる確信あんのかよ?あいつがやったかもしんねーだろ?」
と言われたらしい。
それでも、ナベちゃんは、俺はやっていないと、言い張った。
それさえも不確かな中。


そのナベちゃんの取ってくれた行動は、俺に、
彼の誠実さと、男としての、真の男らしさを見せられたときだった。


*****

卒業式当日。
式が始まる前。

教室の一番後ろの席で、浮かない顔をして俺が座っていたとき。

ナベちゃんが俺に言った。

「俊輔、いろいろあったと思うけど、
高校では、今までの自分の過去、全部白紙にして、
思いっきり羽伸ばして来い。」


その時、どんなに、自分の暗かった未来に、希望が見えたか。

俺が中学時代、なんとかやって来れたのは、
俺を励ましてくれていた水泳の白井コーチ、
そして、同じクラスのナベちゃん、
この二人がいたからこそであった。


******


ナベちゃんは、俺が18歳のとき、成田からアメリカへ向かう飛行機を見送りに、
中学のときの仲間、6人を引き連れてやって来てくれた。

一年目が終わり、夏に日本に帰ったときも、
俺がアメリカへ旅立つ数日前、これまた、中学時代の仲間、
今度は20人以上を集めてくれて、俺を見送る会を開いてくれた。

そして、この時、空港にもやはり友達みんなと見送りに来てくれ、
俺が留学2年目、新しい土地San Joseに移り、
友達もまた誰もいなくなって、進路で悩んでいたとき、
メールで心から励ましてくれたのも、ナベちゃんだった。



彼が俺にしてくれたことは、ここに書いていったらキリがない。
そして、俺がいつも、彼にそのことを言うたびに、
彼は、「俺は何もしたことがないよ」という。

しかし、彼の真の優しさと、懐のでかさは、
俺の心にいつも残っている。

そして、彼が俺に、自らの行動と身を持って教えてくれた二文字。

「信頼」。


それは、いつまでも、
俺の心の中に、残り続けている。



******

ふと、彼のことを思い出し、
ここに書いてみた。

07・14・07






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June 07, 2007

m
2007年5月24日。

家に帰ってくると、一つの小包と、手紙の入った封筒が、
部屋の前に置いてあった。

見ると、「SLOVENIJA」と書いてある。
スロヴェニア・・・? 
・・・もしや!!

急いで中を開けると、やはりそれは、去年の夏にアジア旅行をした際に、
タイのトレッキング・ツアーで会った女性、
Mateja(マテヤ)からのものだった。

mateja












今年の頭に、会ってから半年ぶりに彼女がメールをくれて、
当時撮っていた写真を、CD−ROMに入れて送ってくれると言っていたのだ。

当時旅をしていたとき、俺は使い捨てカメラさえ持ってなかった。
記憶の方法は唯一、日記帳だけだった。
しょっちゅう日記を書いている自分の姿を見て、
マテヤは機会があれば、俺の写真を撮っていてくれた。
そして、「後でこの写真、送ってあげるわね」と。
なんていい人なんだろう。

すると、約束どおり、半年後(今年の頭)にメールが来て、
「写真を送ってあげるから、アメリカの住所を教えて」と。
教えてから、返事が来なかったから、
てっきり忘れてるのか、もしくは忙しいのかなと思っていたら、
そろそろ忘れそうだった5月の終わりに、本当に彼女から小包が届いた。

小包の中身は、CD−ROMと、手紙だった。
彼女は自分の国で、自閉症の子供たちのための、学校の先生をやっているのだが、
その仕事で、本当に毎日忙しいと。
凄く大変で、チャレンジングな仕事だけど、
やりがいがあって、毎日充実していると。
そのせいで、こんなに遅くなってごめんなさいと書いてあった。

・・・何ていい女性なんだろう・・・

もちろん、速攻返事を書きましたよ。
その感謝の気持ちがなくならない内にね。

それから、もう一つの手紙は、
2年前の夏にアメリカ一周の際に出会った女性、
エスターからのものだった。
卒業祝いにと、小切手と、とても綺麗なポストカードとお祝いの言葉が一緒だった。
もうメチャクチャ嬉しくて、その返事も速攻書いた。

もう俺はこの日、嬉しさで顔がニヤニヤしていました。

*****

旅で知り合った人との交流は、
自分の世界を本当に広げてくれる。

世界中から、自分に手紙が届く。
毎回、その手書きの字と、国の名前を見るたびに、
「・・おお!今度は○○からだ!!」と、
興奮する。

俺は、これからも、
旅で知り合った人々との交流を、大事にして行きます。

6・07・07

PS,
写真は本当にいいね、
その時のことを、まるで昨日のことのように、
一瞬にして思い出せるから。


***一番上の写真は、そのトレッキングツアーの時の集合写真。
ヨーロッパ、オーストラリアなどの国々から、
若者が集まった。
一番左のハゲ頭が俺。

noodle

二日目の昼間に、山の頂上で食べた、
先住民の方が作ってくれたヌードル。
今までで食べたヌードルの中で、
一番美味しかった。
今でもその味は忘れてない。


in da water

トレッキングの途中では、
こんな川で泳ぎもしました。
気持ちよかったな〜







guides

この二人が、トレッキングツアーのガイドをしてくれた、
地元出身の二人。
めちゃくちゃいいやつらだったな。
俺は唯一の日本人&アジア人だから親しくしてくれてね。
「ナカタ、ナカタ」ってうるさかったな 笑





他にもたくさん写真があるので、
自分のアジア旅行記に後で載っけときます。



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June 02, 2007

family
皆さんこんにちは、俊輔です。

まずは、卒業を祝ってくださった皆さんへのお礼を言わせて下さい。。
温かい言葉、本当にどうもありがとうございました。
本当に嬉しかったです。
本当に感謝しています。
後で、卒業式の日に関しても、詳しく書きますね。

*****

今日、家族が帰国しました。
今回、たった3日間の短い滞在。
一日目は昼に飛行機がLAについて、大して動けず。
ホテルに着いた後は、近くのモールに母親と姉貴と買い物に行った後、
韓国料理を食べに。

二日目は朝から卒業式。
式が終った後は、友達も含め、中華の食事に行き、
その足でLAのゲティ・ミュージアムに向かいました。
ハリウッドなどをちらっと見た後は、
帰ってきて食事。
ハンバーガーなら、とIN N OUTへ。
結構気に入ってくれていました。

三日目は、朝から近くのイタリア屋でピザを食べ、
母親と姉貴がネイルや顔のフェイシャル・マッサージなどを受けた後は、
この日は地元観光です。
普段僕がサーフィンに行っている、シール・ビーチ、
ボルサ・チカ・ビーチ、
そしてお気に入りのハンティントン・ビーチのダウンタウンやピアなどを回った後、
ベルモントショアーやネイプルズへも。
最後の日はステーキだべと、
ステーキ屋へ。
その肉の大きさにビックリしていました。
そして最後は、シグナル・ヒルの夜景。

そして今日。
朝起きて、近くのヴェトナミーズ屋で食べた後は、
3人を空港へ。
着いて、チェックインして、あっという間にお別れの時間です。



いやあ、寂しいもんですね。
空港にいつも誰かを送りに行くたびに、
帰りは寂しい思いをしますが、
今回はまた、一段と寂しいものがありましたね。
考えたら、こうして家族3人が集まって僕に会いに来てくれた事は、
初めてであり、
非常に貴重なことでした。

特に母親に関しては、初のアメリカ。
そして、僕が英語を話しているところを見た事がないため、
何と今回こっちに来る直前まで、
「あの子本当に英語を話せるようになったのかしら」と疑っていたようです。
ちょっと悲しいですけどね。笑
しかし今回、色々なところへ足を運び、
それぞれの店や場所で人と話している自分の姿を見て、
やっと、信じられるようになったらしいです。

*****

考えてみたら、留学して5年。
今から5年前は、今とは全然違う人間だったわけで、
右も左も分からない状態でした。
今でこそ、ここでの生活に慣れきってしまったからこそ、
この国で生きていくことに対して、何とも感じなくなりましたが、
やはり普段この国に住んでいない人にとって、
特に言葉ができないと、
ここでの生活はきついものがあるようです。

今回一緒に家族と回って、
ずいぶんと心強いと安心されました。
スーパーでの買い物から、
空港でのやり取り、
レストランでのオーダーなど。

本当に小さなことですが、
それでも、両親や姉貴にとっては、
自分がいたせいで、随分と安心できたそうです。

*****

例えば、英語の発音。
様々な人種が集まるこの南カリフォルニアでは、
特に人々の訛りがひどく、
CNNなどで話される、典型的白人の話すスタンダードな英語から、
黒人英語、
メキシカン英語、
アジアでも、中国系、韓国系、日系、ヴェトナム系、
フィリピン、タイ、カンボジアなど、
それからインド訛りの英語、
中東諸国の英語、
ヨーロッパから来た人も、イギリスやイタリアなど、全員国によって違うわけで、
それらの英語が入り混じるここで、英語を聞き取るというのは、
普段英語になれていない人にとっては、相当きつかったらしいです。

考えたら、僕もアメリカに来て最初の頃は、
黒人英語を初め、
アジア系の英語や、
インド系の英語などは、全く聞き取れませんでした。

*****

それから今日久しぶりに思い出したのが、
スーパーでの支払い。
アメリカではよく、デビットカードを使って払いますが、
その際に、自分の銀行口座から、キャッシュ・バックができます。
支払いの際に、現金をいくらか引きだしてその場でもらうというものです。

アメリカに来て一年目。
初めてスーパーで、今までの現金での支払いから、
カードを使ったとき。
レジのおばさんに聞かれました。

「You wanna cash back?」

きゃっしゅばっく??
何それ?

言葉どおり取り、本当にただで現金がもらえるのかと思い、
聞き返しました。

「...Can I get a cash?」(・・え?お金がもらえるの?)
「Yes you can!!」(もちろんよ!!)

そしてそのキャッシャーのおばさんは、僕に聞きました。

「How much?」(いくら?)

普通は、キャッシュバックは20ドル単位で、
40ドル、60ドル、80ドルと選べます。
そんな中、小心者の俺がそのおばさんに言った額。




「...uh....20 cents??」

(・・・・ええと・・・じゃあ、20セントもらえますか?)





そのおばさんは、爆笑していました。
そして、「何がおかしいんだ!」とちょっと混乱してムキになっていた俺。笑

いやあ、なつかしいっすね。

*****

ま、そんなこともあったわけですが、
そんな小さなドジや恥を沢山かいて、
ここまで来たわけで、
そういう時期が自分にもあったんだなと、
今日久しぶりに思い出しました。

*****

5年というものは長いもので、
いわば僕の家族にとって、この5年間分の自分の成長は見えていなかったわけです。
考え方も変わり、生活スタイルも変わってしまった。
その自分の変化にさえも気付かず、その過程を随時報告することもできなかった。

そして、今回家族が来て、いきなり今の自分と対面した。


ある意味、うらしま太郎になった気分でした。

*****

とにかく、今回家族が来てくれて、本当に恵まれていたと思います。
たった1日半の観光だったため、
大して多くの場所には案内できませんでしたが、
今の自分の生活が、どんなものなのかの雰囲気は掴んでもらえたようです。

そしてまた、ツアー旅行では見れない、
地元の人の生活を、地元を回ることにより、
体感してもらえたようです。

今度はぜひ、もっと多くの休みを取って来てもらいたいですね。
今回の休みでも、随分と会社側には、言われたようですから。

せひ、今度は、10日ほど休みを取って、
このアメリカの広さを感じてもらいたい。

そして、1年目を過ごした、ウィードのある、シスキューカウンティ、
2年目、3年目を過ごした、サンノゼのある、北カリフォルニア、
それからグランドキャニオンやモニュメントバレーなどの、
砂漠地帯も見てもらいたいですね。

今回家族に見せられたのは、この5年間で見てきたアメリカの、
ほーーーーーーんの一部な訳で、
しかも、ここは“アメリカ”というよりは、
“南カリフォルニア”という国ですから。
もっと、“アメリカ”らしいアメリカを見てもらいたいですね。


*****

最後、空港で3人とハグをして、握手をしながら見送ったとき。
父親、母親、姉貴の3人の寂しそうな顔に、
自分ももちょっと悲しくなってしまいましたね。
帰り道は、寂しいので、大声で歌いながら帰ってきました。


またいつか、家族と会える日を、楽しみにしながら。

6・02・07

AJs Art

(3日目のHuntington Beachに行ったとき。
また2月の時と同じように、露店が出ていて、
例の自分がモデルになった写真がまた売られていました。
約4ヶ月ぶりの、その「AJ's Art」のおばさん,Annとも再会。
また自分のポストカードを大量買いしてきました。
欲しい人は、一声かけてください。
送りますよ。^−^

一番上の写真は、その店の前で撮ってもらったもの。
姉貴の頭の上に写ってるのが、そうです。
ちなみに姉貴は、写真を見せるためにしゃがんでるだけです。
もっと背は高いです。)

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May 01, 2007

Here is the article about Ryotaro Hayakawa.
Please check it out.

アメリカ、カンザス大学で、野球人生を送る、早川良太郎の記事です。
ぜひ、読んでください。

http://www.kansan.com/stories/2007/apr/26/profile/?sports

Article:続きを読む

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April 19, 2007

dave
4月19日。
今日、嬉しい事があった。

2年前に俺がアメリカ一周をしていた際に会った、
NYのブロードウェイの役者さん、
Daveとまた再会できたのだ。

彼と会うことは、俺がまたNYに行くまで、
絶対にないと思っていた。
でも、彼が何週間か前に、メールをくれた。

「カリフォルニアに行くから、
ぜひ会おう」と。

今年に入ってから送った手紙にすぐに返信してくれ、
そこに、「また必ず会おう」と書いてくれていた。
そしたら、本当に約束を守って、連絡して来てくれた。
そして、今日、本当に会う事ができた。

嬉しかった。
当たり前に見えるけど、
俺にとっては、奇跡に近いようなことだ。


Daveとは面白いいきさつで会った。
その話は、ここを読んでほしい。


とにかく、今回2年ぶりに会って、
感動の再会。
彼は10年ほど前まで、ここカリフォルニアに12年間住んでいたので、
友達が沢山いる。
今日も、その人たちに沢山会わせてもらった。
サンタモニカに住む人。
LAダウンタウンの近くに住む人。

面白いのは、皆がみんな、
アクターなり、建築家なり、
作家なり、脚本家なり、
何かしらの「アート」の道を進んでいる人たちだったってこと。

今日、LAにあるオフィスも訪ねた、
建築家の夫婦二人は、
今、”MySpace” 創立者の家族のために、
LAにリフォームする新たな住居の設計をしているところだった。
予算は3百万ドルどか。

そして興味深かったのは、
普通の会社員の人は、一人もいなかった。
そしてその子供たちも、
やはり同じように、役者になるためや、
アーティストになるためと、
それぞれの道を進んでいた。

なぜ、こうも普通の家庭と違うように育っているのか不思議に思い、
彼らの言動や行動、考え方を観察していた。
すると、あることに気付いた。

彼らは、まず、「自分が大好きなこと」を、自分の人生の生き方にし、
それを楽しんでやってる。
だから、彼らの人生そのものが、つまり全ての瞬間が、
「楽しい事」のような雰囲気で過ごしていた。

今日会った、作家だっていう人。
もう60歳は越えてるはずなのに、
話す話す。みんな家にいるのに、
一人だけ立ち上がって、大きなジェスチャーをつけながら、
とにかく情熱的に話す。
しかも、感情を込めて話すから、
話がめっちゃ面白い。
みんな寒がってんのに、
一人だけ、
「ちょっと暑いからドアを開けていい?」なんて聞いて、
上着を脱ぎながら話続けてた。
おもしろいオッちゃんだった。

「今の俺の人生は最高だ!」
「I write, and I hike. This is great!!」
(書いて、山登りに行く。これができる人生は最高だ!)
「コンピュータが出来て、どんなに私の人生が変わったか・・・ 
今はこんなに早く物事が書ける。タイプライターの時代とは大違いだ。
マックは俺の人生の大半を変えた!」などと、
ずっと情熱的に語っていた。


こんなオッちゃんしかり、
デイヴしかり、
とにかく、楽しそうに生きてるし、
しかも、人のことを、よく褒める。

例えば、ある女の子がいい性格の子だった場合、
「She is nice」
と言って、簡単に済ませることも出来るのだが、
そして普通の人は、これくらいしか言わないのだが、
彼らは、特にデイヴは、
「She is GREAT!!! She is such a great person」
と、大げさすぎるくらいの言葉を使って、しかも何回も強調する。
そして、肝心なのは、彼らが“ただ”言ってんじゃなくて、
心から気持ちを込めて言ってる事。
そう、言葉に力がある。
上に書いたオッちゃんも、何か彼が感じた事があると、
必ず3回、同じ言葉を繰り返して言っていた。
「That’s great. That is so great. That is great」
みたいな感じで。

そして、子供たちが、なぜこういう家庭で育つと、
同じように、アートの道を進んだり、自分の本当にやりたい夢に向かって進んでいるのか。
それは、彼らの両親の発する言葉に理由がある。

例えば、デイヴの息子、サムは、
NY・ブルックリンのアートスクールに通うアーティスト希望の学生だが、
彼のポートフォリオの作品は、彼のホームページにのっけてある。

Samのホームページ:SAMWOHL.COM

これを、デイヴがその作家のおっちゃんに見せて、
「これが息子サムの作品の数々だ」と。
すると、このおっちゃんも、
「彼は絶対に、コミックブックの作家になった方がいい。
彼の文才と、絵のセンスを生かして、
いますぐその道に進むんだ。
そうすれば、必ず大物になれる」と、真剣な顔をして何回も言っていた。

そしてデイブ本人も、
「そうなんだ、彼は素晴らしいアーティストなんだ」と、
サムの事を心から褒めている。

この二人の姿を見て、
こうやって自分の子供の才能を、
親バカと言えるほど、心から褒める両親が、
どれだけいるだろうか。
子供がまだ小さい内は、「うちの子は天童かも」なんて言う家も多いだろう。
でも、子供が大きくなるに連れて、
そうやって言うことは少なくなり、
逆に、子供が実際にアーティストになりたいなんて言い出したら、
「あんたになれっこないでしょう」とか、
「そんなので食べていけるわけないでしょう」とか、
「そんなこと言ってないで、勉強しなさい。
 いい会社に入りなさい」

そう言う家族が多いんじゃないだろうか。
特に、日本は。

さっき家に帰って来たとき、ルームメイトのルシアーノとも話したが、
アーティストになるっていうのは、すごくリスキーな道なわけだ。
売れるかどうか分からないし、自分の才能が、
社会に認められるかどうかも分からない。
昔のアーティストのように、自分が死んでからやっと、
世間に名が出回るようになるかも知れないし。
自分が生きている間は、一生コジキのような生活を送らなきゃいけないかもしれない。

そう、「アーティストになる」ってのは、
自分との闘いなのである。
自分を心から信じ込まなきゃいけない。
誰にも褒めてもらえなくても、
自分で、自分の才能を信じ込んで、とにかく挑戦し続けなきゃいけない。
自分の才能を疑ったら、そこで終わりとなってしまう。

そんな、厳しい道を進む事が、アーティストになるってことだが、
その道を行くには、やはり、誰か他の人のサポートがあるのと無いのとでは、
大きな差がある。
そして、自分の両親が、それを心から応援していてくれたら、
どんなに心強いだろうか。

きっとデイブも、この作家のおっちゃんも、
建築士の夫婦も、
みんな、自分の進みたい道、“夢”をあきらめずに追い求めて生きてきたから、
その大切さを心から分かっているんだと思う。
そして、それがその人たちの生き様となり、「人生」となっているから、
自分の子供の夢を応援するのは、当たり前のことなんだろう。


彼らを見ていて思った。
一人の人間が、将来アーティストになれるかどうかは、
その子の才能もモノを言うけど、
それ以上に、環境自体も、大きな要因となるんじゃないだろうか、と。

例えば、ここに二人の男の子がいて、
一人は、デイブの息子のサム。
もう一人は、サムよりも、更にアートの才能がある子。
しかし、彼のお父さんは、息子の進路に、不満を持っている。

同じところからスタートした場合、
毎日父親に褒められ、励まされて、自分の作品を仕上げていくサムと、
父親に、「お前には無理だ。勉強しなさい」と言われて育つこの子では、
いずれ将来の姿を見たとき、
アーティストになっているのは、サムでこそあれ、
この男の子ではないんじゃないだろうか、と。

つまり、自分の夢をあきらめずに、
最後までやり続けた者のみが、
最終的には、その人の夢を成し遂げるんじゃないか、と。


自分の実力だけが勝負で、何の保障もなく、
食っていけないかもしれないという、自分の力一本の道を選ぶ。
その道を進むには、自らの将来と、自分の才能を、
心から信じきって毎日やっていくしかない。
この道を行くには、少しくらい、“非”現実的な方が、
その子の才能は伸び続け、いずれ、
その子の本当に望んだ道に行けるのかもしれない。

*****

話は長くなってしまったが、
そんな訳で、今回またデイブと会えて、
そして、彼の多くの素晴らしい友人の方々にも会わせてもらえて、
本当によかった。
今まで触れる機会がなかった、「アメリカのアーティストたち」と
会って、話す機会が取れて、
彼らの生活を垣間見れたのは、本当に大きかった。


*****


人間は、自分を取り巻く人間の生活習慣を、
「当たり前」と思う。

自分の夢を追いかけて、その道で成功した友達ばかりがいたら、
そうやって生きていくのが、「当たり前」と思うだろう。

夢なんてくだらないと決め付けて、
「現実的になりなさいよ」と、嫌いな仕事をやる人たちばかりが周りにいたら、
そうやって生きるのが、「当たり前」となるだろう。

人の事を心から褒め、
人を本当に大切にする人たちに囲まれて生きていたら、
そうやって人に接するのが、「当たり前」となるだろう。

他人の悪口やウワサばかりして、
文句ばっかり言っている友達ばかりがいたら、
そうやって生きるのが、「当たり前」となるだろう。


自分の生き方を決めるのは、自分である。
そして、その生き方を貫き通したいなら、
自分を取り囲む人たちも、選ばなければいけない。

自分が、一番望む生き方を、同じようにする人たちと、
一緒に生きていくことだ。


4・19・07

**写真
左から、建築家のオジさん、
上着を脱ぎながら情熱的に喋る作家のおっちゃん、
そしてデイブと俺。



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February 22, 2007

こんなに嬉しいものがあるだろうか。
今日、三つの手紙が届いた。
ルームメイトが郵便ポストに手紙を取りに行ってくれて、
そこに俺宛のを三つ見つけたと。
いつも俺宛の手紙は中々こないから、自分の部屋の前に、
その子が置いてくれた手紙を目にしたとき、
かなり嬉しくて、ワクワクした。
「誰からだろう?」
見ると、なんと嬉しい名前が三つも!
一つ目は、この前アメリカに帰って来てから、
一年ぶり以上に出した、
二年前の夏にアメリカ一周旅行をしていた際に出会った、
あのNYのDave。
まだブロードウェイのミュージカルはやっているのか、
元気ですかと、
俺の最近の写真も封入して、ポストカードと一緒に送った。
その彼から、返事が来ていた。

二つ目は、俺の大好きな家族、
ロイの家族から。
何だろう?
かなりワクワクしていた。

そして三つ目は、俺の日本の大事な兄貴、
馬場先生の馬場聖鍼堂から。
これまた、中身は何だろう?と、
もう空ける前に、ワクワクしまくっていた。


封をはさみで丁寧に開け、
中身をそっと取り出す。
一つ目のDaveからは、
大学の講義用のルーズリーフに書かれた、
一枚の手紙。
その手紙の出だしは、こう始まっていた。

「Dear SHUN,

 I will always remember you,
 My friend. ALWAYS!!」

そしてその後は、こうだった。
「It was my pleasure to have you as a guest in our home.
 Spending time with you was a highlight of my summer as well.」

そしてその後は、彼のE-mailアドレスと共に、

「キミのは何だい?去年の夏、CAに行ったんだが、
また行く機会があったら、必ず、キミに電話をして、また会いに行きたいから、
電話番号を教えてくれ。約束する。」と。

その手紙を見て、どんなに嬉しかったか。
俺のことを覚えていてくれたと同時に、また必ず会いに行くよ、と。
もう、本当に嬉しかった。

俺は彼とまた、必ず会う。



そして次の手紙。ロイの家族から。
開けると、緑のカエルがバカでかい手紙を抱えた絵のポストカード。
その手紙には、
「For a Really SPECIAL BOY on Valentine’s Day」
とあった。
はははと笑いながら、中を開けると・・・

なんと!!
その中には、20ドル札と共に、
「Love from all,
 Randy, Jean, and Roy.
 Have a nice day」
とのメッセージが。

「マジで!?」と声を出して、俺はニヤニヤしていた。
ヴァレンタインの日に、わざわざ俺に、こんな手紙を送ってくれるなんて。
しかも、20ドル札と共に。
俺にとって、この20ドルが、どんなに嬉しいか、
お分かりだろうか。
その気持ちが、もう本当に嬉しいのだ。
この前の誕生日も、その前も、
ロイの家族は、いつも俺の誕生日に、こうして手紙を贈ってくれて、
いつも20ドル札を挟んでくれる。
彼らは、決して裕福な家ではない。
数少ないお金を、一生懸命やりくりしながら、
毎日の生活をしているのだ。
お金を少しでもセーブするために、
1時間かけて、遠くのレディングまで、買い物に行く。
そんな家の家族が、俺に、手紙とともに、
お金を挟んでくれる。

このお金の価値は、俺にとっては、
何百万円、何千万円の価値だ。
その気持ちが、どんなに嬉しいか。
言葉では言い表せない。

「ありがとう」と言って、
将来、必ず彼らを、自分の店にVIPとして招待することを、
また新たに強く誓った。



そして最後の手紙。
馬場先生からの手紙。
中を開けると、小さな名刺サイズのカードに書かれたメッセージが。

「俊輔君へ、

 先日の写真です。
 みんなが明日に向かっていく感じが良く出ていますので、
 ぜひ手元に置いて下さい。

       Your bro,
         乾竹」
と。

そして、その中に一緒に入っていた白い紙で包まれた、
“写真”。
ドキドキしながら開けると、
そこには、この前の「幻のレストラン“龍宮”」からの写真が!!
そう、それは、5人のスタッフが。
みんな集合して、記念撮影をしている時に、
少し下のアングルから撮られたものだった。
それは、デジカメで真正面から撮った写真とはまた全然違って、
5人が上の方を見て、遠くに視点を合わせている中で、
後ろのキッチンのライトが、見事に綺麗に輝いていて、
まるでその瞬間のためにセットアップされたかの様だった。
しかもみんな、いいオーラを出している!!
こんな写真は、正に最高だった。

これまたニヤニヤしながら、「嬉しいな〜、うれしいな〜」と
一人で部屋の中で何回も繰り返していた。


*****


手紙。
このハイテクが進んだ時代、
電話やメールとは違い、
その人の直筆の温かみが、直に伝わる手紙。
その人が、ほんの一時の時間を自分のためだけに割いてくれ、
その人の気持ちも一緒に、その封に閉じ込められ、
自分の手元で開けた瞬間、
その人の温もりが、直接伝わってくる。
そう、手紙は、ただの文字ではない。
その人の体温まで、そしてその人の空気まで、
伝えてくれるのだ。

メールを何時間かけて、どんなに長いメールを送ろうが、
ほんの少しの時間を割いて、
自分の字で書いてくれた手紙の方が、
受け取った側は、嬉しいことの方が多い。

いつくるか分からない手紙。
また、いつ届くのか、
ましてや、無事に届いただろうか分からない手紙。
そんなあやふやなものだからこそ、
それが届いたとき、
そして、それが届いたよ!と、
連絡をもらった時の瞬間は、
何よりも嬉しい。
そう、正に、「スペシャルな瞬間」なのだ。
手紙を受け取り、開ける瞬間ってのは。

*****

手紙。
これからも、この習慣を、大事にして行きたい。


俊輔
2・20・07


PS.
これを書いたのは昨日の夜だが、
今朝、昨日受け取り損ねた、小包みを受け取りに、
郵便局へ行った。
誰からかは知らずに行ったが、
でかい包みを受け取ると、「Bell」から。
そう、Roy一家の名前。
「What's this!?」と思いながら、包みを開けた。
中には、大きな、
暖かそうなウールのジャケット。
きっと寒くないようにと、
送ってくれたんだろう。
超うれしくて、その場でそっこう着た。
ロングビーチの町にはちょっと合わなさそうな、
カントリー風のジャケットだが、^−^
俺はこれを何度も着るぜ!
何よりも嬉しいプレゼントだったからな。

*****

さっきお礼の電話をかけた。
ロイは大学に行ってるため、家にいないが、
JeanとRandyと話せた。

"When did you come back to the States?
 Are you fine now?
 We were wondering how you've been doing."と。
俺が日本に12月終わりに帰ってから、
全然連絡してなかったから、心配していたらしい。
SHUNはどこへ行った?と。笑

これから卒業した後どうするのか聞かれた後、
Randyが聞いた。

"So, did you move?
Are you still in "there"?"

今、”どこ”に住んでいるのか?と。
そんなの決まってんじゃん。^−^
俺が聞いた。

"Do you mean, closet?"
"Yeah"
"YAP, I'm still in a closet!!"
"hahahaha!!"

二人で大爆笑。
Randyが、
"I was just talking to Jean,
"That guy really can sleep anywhere".
Seems like you'be veen surviving!"
と。

久しぶりに話せて嬉しかった。
本当、いい家族だ。
俺のアメリカの、家族だな。
一年目、こんな家族と友達になれて、
Weedに行って本当によかったと思う。

2・21・07

shunsukesekine at 10:35コメント(5)トラックバック(0) 
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