May 05, 2013 07:00

The importance of being absorbed in the “world”

2013/05/05 7:07am-

今は、ルフトハンザAIRの飛行機の中。
飛行時間は11時間。あと40分足らずで東京(NRT)に着く。


今回、4日間のスイス/フランス出張を通して感じたことは、
「英語/その文化 に浸ることの重要さ」。

英語に関しては、とにかく、英語に「触れる」のではなく、
浸ること。

英語力を日本で勉強してもなかなか伸びないのは、
日本ではメインの言語が日本語であり、
英語を使うことがほぼないのに加え、
英語を“感じる”ことがほぼないから。
しかし、一度海外に出て、英語を使う環境に自分をおいてしまえば、
英語の中に“浸る”ので、水が体にしみこんでくるように、
あっという間に自分の中に、“英語”を使うこと、英語の環境が、
しみこんで来る。


それは、二つ目のポイント、
“文化に浸ること”でも同じ。

日本にいれば、知らずの内に英語

******

上のところまで書いて、着陸態勢に入ったのでPCを閉じましたが、
その後、何を書くか忘れました。
(今は成田駅から電車に乗ったところ @8:45am)

とにかく、二つ目のポイントは、
文化に浸ることの大事さ。

その文化に身を完全に浸して、
初めて、その国の“空気”がわかる。

その感覚は、やはり、物理的に自分の身を海外において、
その国にabsorbしないと分からない。

ただ、日本で海外の本を読んだり、テレビを見たりするだけでは、
完全には分からない。
だから、定期的に海外に身をもっていくことは大事。

そして、俺はさっき思ったけど、
自分はやっぱり、そういう状態、
つまり、海外、他の国、他の文化に身を沈めて、
それを体全体で感じ、
その状態にいることが、大好きだって事。

そうすると、この世界にある国の数ほど、
様々な種類の世界が広がっていることを感じるし、
そうやって、“この世界の広さ”“Diversity”を感じることが大好き。
だって、この地球には、それだけ広い世界があるのだから、
それを知らずに、そのまま死んで行くのは、
本当にもったいないことだと思う。

*****

それと、最後に。

英語だけ話せるっていうのは、
ぜんぜん武器にはならないこと。
日本国内の日本の会社で働くのであれば、
「英語をただ話せる」ことは、
武器にはなるかもしれない。

しかし、海外に出ると、
特にヨーロッパなんかは、
3ヶ国語を話せるのは当たり前で、
7,8ヶ国語、
中には、11ヶ国語話す人も普通にいる。

そして、そういう環境に入ったとき、
ただ英語が話せるのは、「私は息ができますよ、文字が読めますよ」
といっているのとほとんど変わりない。

それよりも、英語を使って、「何が話せるか」。
何の専門知識を持っているのか。
他の人にはない、何の特別な能力を持っているのか。

ビジネスの交渉に長けていて、
商談では絶対に負けない頭の回転の速さでもいい。
でも、それは対外、中身がないと、長くは続かないし、
半永久的なビジネスパートナーシップを相手の会社とは築けないから、
それよりも、Genuineな、
「専門知識」を持ったほうがいい。

サイエンスの知識、
ケミストリーの知識、
政治、人、何でもいい。

自分が仕事をしていくその分野で、
完全に他の人よりも有利にたつ、「知識」。
それが、必要。

その上で、英語以外に、自分の母国語と、
あと、その相手の母国語もしゃべれたら、
結構強いと思う。

(今回のように、スイスでの会議なら、
英語、日本語、そして、相手の言語のフランス語かドイツ語。)

******

以上を、今回の滞在で感じました。

不思議と、こういう感覚は、
つい1時間前まで感じていても、
いざ日本についてしまうと、体がそれを感じなくなってしまうので、
書きたい!という気持ちもなえてしまうし、
結構、さっき書きたかったことが、
体から書けていない気がする。

以上。



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