October 14, 2012 15:16

「ノルウェイの森」by 村上春樹

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また読みました。
今回で恐らく3回目です。

一回目は、2007年の秋。
二回目は、2010年の秋。
で、今回。

*****

一回目に読んだときは、
ものすごい衝撃を受けて、
かなり、劇的な経験をしましたが、

二回目に読んだときには、
余り感動はしませんでした。

多分、電車の中で、
音楽を聴きながら、
毎日仕事に追われながらの中で、
読んでいたからだと思う。


で、今回は、
2週間くらい前の週末から、
毎日、うちにいるときの隙間時間だけを使って、
読んでみた。


上巻の方は、中々するすると読めるけれども、
下巻の前半から終わりに入るまでは、
なかなか(主人公のワタナベにとっては)精神的にも辛い状況が続くので、
読んでいるこっちも滅入ってしまって、
何かとページを捲るのが億劫になってしまった。

途中で、村上さんの他の小説に移りたい欲にかられた。

(しかし、そうしてしまうと、
今度はそっちの小説の世界に入ってしまって、
こっちの方をそのまま途中で放り投げたまま帰って来なくなってしまうので、
そこは何とかこらえた。
今までに何度かそういう経験あり。

村上さんの小説というのは、
ある特定のシーンや、その情景を無性に読みたくなるときがあって、
そんなときは、その小説に飛びつきたくなる。

そんなとき、その小説のそのパートだけを読むというよりは、
彼のその作品を頭からまた読み出したくなる。

なぜかというと、
彼の作品は、その作品ひとつで、
一つの「流れ」があるから。

だから、ある特定のパートだけを拾い読みしても、
全体の流れに浸かってないので、
彼の小説の持つ、本当の良さに浸れていない気がする。)


*****


さて、今回は、
やはり、最後のシーン、
ワタナベ君が、緑に公衆電話から電話をかけ、

「僕は今どこにいるのだ?」

というシーンでは、
なかなか心を動かされました。



ついつい、先を読みたくて目が先に飛んで行っちゃうけれど、
それを堪えるために、
文章の1行先以外は隠して読む。


それが必要となる、
吸引力のある文章です。


*****


最後に。


この小説は、
「死」を題材にしているところから、
やはり、泥沼というか、
一度入り込むと、ドップリとその世界に引きずり込まれてしまう
力を持っています。



なので、一度読み通すのに、
すごく力がいるし、
(実際、文章自体はすらすらと流れを持って読めるから、
「読み易い」のだが、
同時に、その作品全体が持つ雰囲気が、
自分を完全に、その泥沼へと引きずりこんでいくので、
気づくと、どっぷり浸かって、
精神的に「内に籠っている」自分に気づき出す。)


よって、読み終わった後の感想は、
何か、すごく辛い体験を乗り越えたあとの、
清々しさが残るのだけれど、
当分の間は、もうこの物語は読まなくていいや、

という気になる。




しかし、こうして、
2年に一度くらい、
彼の小説から大分離れたころに、
また読みたくなってしまうんだな、これが。



*****


村上さんの小説は、
主人公は基本は一人が好きなタイプで、
その主人公の内省的なシーンと傾向が多いことから、
その小説を読む読者自身も、
彼らの経験を自分の中に取り込んで、
同時に体験をして行きます。

その傾向が、強くあります。


よって、彼の小説を読んでいる時は、
やはり、自分自身もとても内省的になっているし、
言ってみれば、
「精神的引きこもり」になりがちです。


なので、今朝、
外をジョギングして、
久々に太陽の光を浴びながら、
体を動かして、気持ちよくなった時点で、
初めて、
「あ、俺、
ここ数週間は、
けっこう、この小説の影響を受けていたな」
と気づいた。



*****


村上さんは、数々のインタビューで、

「読者は、自分の作品を通して、
同じ様に物語の登場人物と同じ体験をして、
その中で、自分もその物語の中をくぐり抜けて行く。

そして、その過程を通して、
読者も同じ様に癒され、
また、人間誰もが抱える、
心の奥底の暗闇、
そこの部分で、繋がる」

というようなことを言っていますが、
まさに、この小説は、
それを引き起こす力が強いと思います。



*****


3回目とはいえ、
そして、最初に読んでから5年が経ったとはいえ、
やはり、
一回目とは別の”感動”を引き起こしてくれました。

それは、ただ単に、
心がピュアに”感動”するんじゃなくて、
色々な意味で、心が揺さぶり動かされる、
という意味で。



2012/10/14 15:16








追記:

ちなみに、前回読んだ後は、
すぐに公開された映画版の「ノルウェイの森」を観ましたが、
個人的感想は、「やっぱり映像かは難しいよね」というのと、
あとは、
「直子の役は菊地凛子じゃダメでしょう」
というものだった。

まあ、俺が個人的に、
菊地凛子さんを嫌いなのもありますので、
ファンの皆さんには申し訳ありませんが、
しかし、俺が個人的に描いていた直子のイメージとは、
全然違った。

(ちなみに、レイコ先生も全然違ったし。


ただ、ワタナベ君や、緑、
そして、キズキや永沢さん、そしてハツミさんのイメージや、
それらのシーンは、
小説に忠実に、とても良く描かれていた。
よって、だからこそ、
直子のイメージと役者のそれが大分離れていたことには
ショックを隠せなかった。)



しかし、今回また自分でこの作品を読んで、
映画を観たことで、
この作品に対して持ったイヤな感情が、
また新しく綺麗に上塗りされたので、
そこは良かった。


また、今日ジョギングをしながら考えたけど、
多分、俺が個人的に、この小説を読んで思い浮かべたイメージや情景があるように、
読者が100万人いたら、
100万通りのイメージや捉え方があるんだろうな、と。


だからきっと、
あの映画の監督をやったトラン・アン・ユンさんも、
彼なりに、彼の持った純粋なイメージに基づき、
作ったんだろうな、と。


だから、そうやって冷酷に、
「あの作品はまったくダメだ」と評価を下すのも、
かわいそうかな、と。

上に書いた様に、
直子とレイコ先生を抜かしては、
完璧に近く描かれていたから。



*****


でもやっぱり、
まったくもって、菊地凛子じゃないんだよね。

菊池さんには失礼ですが。







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