September 12, 2012 22:32

"The Office"

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スティーヴ・カレル (Steve Carell) 主演のアメリカ版。
本来はBBCの2001年〜2002年に放送された方がオリジナルらしい。
こっちのアメリカ版は、2005年3月から放映された。



スティーヴ・カレルの演技が面白い。
見ていると、友達のノアのノリを思い出す。
「いるよね、こういうバカなアメリカ人」という感じ。


第二話の"Diversity Day"では、
自分のオフィスに来たセミナー講師に、
色々と言われるのが面白くなくて、
自ら午後の時間を使って"Diversity Day Part 2"を開くスティーヴ・カレル。

様々な人種のタイトルを書いたカードを配り、
カードに何が書いてあるかを見ずに、
それを自分のオデコに貼る様に社員に伝えて、
相手のRaceを強調しながら、
コミュニケーションを取れと、無理な命令を出す。

結局うまく行くはずもないのだが、
その中で出てきたシーンで、
"Asian"と書かれたカードを貼る男に向かい、
受付の女の子が、
"Uh, this is totally based on the bias and I don't personally believe it,
but I don't think you are not the best driver"
みたいなことを言う。

最初の前置きを聞いていて、
そのことを言うかなと思ったら、
やっぱりそうだった。

アメリカにいる際には、
なぜか、
「アジア人は運転がヘタクソ」
というバイアスがある。
それと、
「アジア人は数学が得意」
というバイアスもある。

俺のコミュニケーションのクラスでも、
やっぱりこのネタは何回も出て来たので、
そのネタが出る際に、
なんかちょっと居心地の悪い感じがしたもので。


*****


そんなことを、
数年ぶりに思い出した。
そういえば、そんなことがあったよな、と。

CSULBのコミュニケーションのクラスがあった
あの大きなクラスルームを思い出す。


*****


オススメ。


2012/9/12 22:32









追記:

ちなみに、上の"Diversity Day Part 2"の中で、
最初にオフィスのみんなに
"Come on in!"と言いながら、
その内の一人が席の並べ方に関してジョークを言ったら、
彼に対して、
"You, leave now"とスティーヴ・カレルが言う。
そこで彼が、
"This is friendly welcoming environment, and you leave now"
と、
全く矛盾したことを言っていることが面白い。

ああいう、アメリカのノリが懐かしい。
留学したばかりとかは、
ああいうノリが分からないんだけど、
段々テレビを見たり、友達と接していると、
そのノリに慣れて来て、
それが凄く面白くなってくるんだよね。

国によってジョークのネタや
つぼは変わりますが、
アメリカのあの手のジョークは、
日本にいると中々会えないから、
こうして向こうのドラマとかを見ると、
それに浸れて嬉しい。


*****


それと、これは全然関係ないけど、
ふと今日、
「俺が人の感情なり、
空気を読むことの力を付けたのは、
アメリカに行って、言葉や文化が分からない中で、
必死に人の表情を見て、その場で何が起こっているかを
理解しようとするクセを身につけたからなのかな。」
と思った。

アメリカにいると、
言葉がわからないが故に、
最初の頃は、そこにいる何人もの人間が、
一体何を話しているのか、
分からない時が何度もあった。

そのときは、とにかく、
そこにいる人たちの表情をじっくりみて、
「一体この場で何が起きているのか」
を話の流れ、空気の流れを読もうと、
必死に人々の顔を見ながら、
じっくり話を聴く、というか、
「空気を感じる」クセを身につけたと思う。


まあ、おれは逆に、
天然と呼ばれたりもするけれど、
でも、会社などでは、
「人とのバランスを取りながら、
人間関係でちょうど良い調和を保ち、
その上で、自分の意見をしっかりと主張することができる。」
と褒められることが何度かある。


俺個人としては、
そうかな、という感じだけれど、
でも、それをどうやってやってるのか、
どうしたらそういう風になるのか、というと、
やっぱり、
その場にいる人たちの「空気」を読むことに、
慣れているんだと思う。

それは、どこで身につけたのかというと、
結局、アメリカでの、上に書いたようなシチュエーションがたくさんあった中での、
自分が生き抜く上で必要なことだったんだろうな、
ということを、
今日、ふと仕事中に思った。


そのときは、
俺が今新しく研修に行っているQCの部署にて、
試験の方法など、
全く分からない会話を俺以外の3人がする中で、
その会話を理解しようと、
必死にその3人の顔を見ながら、
話を聴いていたとき、
ふと、「あ、この感じ、
アメリカでよく経験したわ」と思い出した。


今日の場合は、
同じ日本語を話しているから、
一つ一つの単語は分かるんだけれど、
所々、分からない専門用語が入ったり、
または、その分野の知識が自分に全くないため、
結局、
自分が理解をする「日本語」でその3人は会話をしているにも関わらず、
結局、
俺は、その3人の会話を、
全く理解できない。



それと同じことが、
アメリカでも沢山起きたわけで。


一つ一つの単語は聴き取れるし、
もう「日常会話の英語」には全く問題はなくても、
そこで話がされている「話題」に関するバックグラウンドの知識や、
その話題の内容が理解できていないがゆえに、
結局、何を話しているか分からない。

そういうときは、
必死に、その会話について行こうとすると、
その場にいる人たちの表情を
食い入る様に見つめながら、
とにかく、話を聴くしかない。




そういうことを、
思い出したわけ。







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