August 05, 2012 00:21

「ホーム」



なぜ人は、
ぞれぞれ、「違う性格」に育つのか?



大きい要因は、
やはり、その人間の育った環境だと思う。


親の影響は大きいだろう。

その親が、その子供に、
しっかりとした愛情を与えてやったか。

「私は、お前のことをちゃんと見てるよ」と、
「自分は愛されているんだ」と思えるような、
安心感を、与えてやったか。



親は、子供に、
「わたしは、お前のことをちゃんと見てるよ」
と、思わせるだけでいい。

子供が、いざとなったときに、
必ず安心して帰れる、
「ホーム」を、
いつも、用意してあげてればいい。

両手を大きく広げて。



それを親がしてあげないと、
子供は、
「親に自分は見られていない」
=「自分の一番大事な人、好きな人に、みられていない」
=「自分の存在を、一番、無条件に受け入れてほしい人に、愛されていない」
と感じてしまう。


そして、その子供は、
それからの人生を、
結局は、
「親に認められようとして」
生きて行こうとしてしまう。



そういう子供は、
無理が生じる。



やけに、強がったり、
やけに、素直になれなかったり、
やけに、カッコ付けたり、
やけに、怯えたりと、


ようするに、
不自然なやつ、
変わったやつに、なってしまう。








*****





人間は、素直な状態が、一番だと思う。


素直というのは、
「その人らしさを、
無理なく、
自分らしさを出して、
自然に、生きている」
ということ。


(日本でよく言う、
「上から言われたことを、何も考えずに、
ただやる、という”素直”」とは違う。)



しかし、
上に書いた様な、
何かしら、
自分に、コンプレックスを持つやつというのは、


結局は、
「自然」じゃない。

「素直」じゃない。



だから、
変わったやつになるし、
それを、「個性的」と呼ぶかもしれないが、


ようするに、
「変わったヤツ」になる。



*****



「自分を出す」

「ありのままの自分を出す」

ということは、

自分は、
「ありのままの自分でいいんだ」
という、安心感がないと、
出せないと思う。



そしてその安心感とは、
結局、
「自分が一番愛して欲しい人に、
愛されているかどうか」

だと思う。


*****


俺の場合は、
このことを、
妻と付き合い出した、
5年前、
2007年の9月前後に気づいたと思う。



俺は、彼女が、
自分のことを、全部受け入れてくれるから、

「あ、俺は、
素直なままでいいんだ。
”自分”のままでいいんだ」

と、自らを、
受け入れることができた。


それから、
素直になること、
自然でいることが、
できるようになってきたんだと思う。


*****



たまに、
「変わったヤツ」、
「素直じゃないヤツ」、
「自然じゃないヤツ」

と付き合うと、
こういうことに、ふと、気づく。



そのときは、
「なんでコイツは、こんなに素直じゃねえんだ」
と、頭に来るが、

ふと、
そういうヤツが、
大人しく寝ているのを横目で見たりすると、

「きっとコイツも、
色々と、あったんだろうな」と、

親の視点になって、
見てしまう。


すると、上のようなことを、思う。



*****


以上。


2012/8/5 0:21am






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