June 09, 2012 15:08

「カエルめっちゃおったでー」

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さっき、スーパーに買い物に行った帰り、
家の下でチャリをとめていたら、
子供たち3人の声が向こうから聴こえた。

その子たちが丁度俺の事を見えるところ辺りまで来て、
3人は、そこでそれぞれの方向に別れたらしかった。


俺は特に気にもせず、そのままチャリのカギをかけていたら、
子供たちから、
「こんにちはー」と声をかけてくれた。


それで、俺も慌てて、
「こんにちはー」と返したら、
その内の一人の女の子(男の子二人と女の子一人だった)が、
俺の方に歩いて来て、
「カエル捕まえたんだよー、めっちゃ大きかったよー」と。

それで、「マジで?」と返すと、
「うん、そこの田んぼに、めっちゃおったよ」と。

それで、俺が「見せて」と言って、
その子の持っていた虫かごに入ったカエルを見ようとしていたら、
さっき別の方向にそこで別れて帰って行った男のがこっちに来て、
「それ、俺がとったんやでー。めっちゃカエルおったでー!」と。

その女の子も、「うん、めっちゃおったでー」と。


それで、「さよならー」と言って、
二人とも別の方向に帰って行った。

****

こっちの子は、みんな、
自転車に乗っていても、
「こんにちはー」と挨拶をしてくれる。


例えば、俺がチャリに乗っていて、
彼らがチャリに乗っているときでも、
俺が歩いていて、
彼らがチャリに乗っている時でも、
必ず、小学生から、中学生まで、
「こんにちはー」と。



最初は、俺もこの土地に来たばかりの時は、
それにビックリしたが、
次第に、それにも慣れて行った。


でも、今日のように、
まさか、全然知らない子供たちが、
「カエルめっちゃおったでー」と、
近くに寄って来て話をしてくれるとは、
思いもよらなかった。





こっちの地域は、
山に周りを囲まれているのもあり、
非常に町も小さく、
まるで、昔から時が止まった様で、

その分、閉ざされたところもあると思うけれど、
その代わり、「町全体」が繋がっているというか、
「他人だから」とか関係なく、
むしろ、「他人」という概念がない、という感覚に陥る。




みんな、親切だし、
声を掛け合って、生きている気がする。


****


俺はずっと、日本に帰って来てから、
4年近くは、東京や横浜で時を過ごして、
いわゆる「大都会」で、
他人とは一切関わらない、という雰囲気の町で時を過ごして来たから、
こちらから他人に声をかけることもなく、
むしろ、新宿などでは、
肩が思いっきりぶつかっても、謝らないどころか、
すれ違い様に、わざとぶつかって行く様な人もいたりして、

そういう人たちとの関係の中で、
次第に、「他人とは一切関わらない。存在も無視する」
的な感覚が身に付いていたけれど、

この土地に来て、それが覆されて、
なんだか、とても嬉しい。

そして同時に、
今日のように、そうやって、
素直に話しかけてくれる子供たちを前にして、
いかに俺が、周りに対して閉ざしていたのかを、
気づかされた。

(普通、大人になると、
俺が挨拶をしなかったら、向こうからも挨拶はしないだろうし、
ましてや、「カエルとったよー」なんて、
話しかけてくれることはほぼないだろうから。)


*****


そんなわけで、
良い意味でのカルチャーショックを受けている、
今日このごろ。



この後、来年東京に戻ったら、
また、カルチャーショックを受けるんだろうな。

「都会の人は、冷てえなあ」なんて。

2012/6/9 15:08





*写真は、その子たちがカエルをとったという、
俺んちの前の田んぼ。

段々と稲が伸びて来た。







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