February 12, 2012 15:48

本の大きさ、及び文字のスタイルが小説に与える影響に関して



これは小説の内容そのものとは関係ないんだけれど、
その本の大きさ、
文字のかたち、
カバーの色、
そういったものは、
その小説そのものに、少なからず影響を与える気がする。


例えば、
俺は村上さんの本は、
『1Q84』だけはハードカバーで読んで、
後は全て、文庫本で読んだんだけれど、
その二つのサイズの大きさは、
確実に、その小説に違った雰囲気をもたらす。



まず、文庫本というのは、
サイズが小さい分、
手の中にすっぽりと収まるので、
まるで、その小説の世界全体を、
自分が大きな目で、上から手中に収めている様な感じになる。

それに対して、
ハードカバーの場合には、
文字も大きく、
本のサイズも大きいので、
その分、小説の細部まで拡大されているような気がして、
ディーテイルまですごく細かに分かるんだけれど、
その『大きな世界』を、手中に収める、という感じにはならない。



イメージで言うと、
文庫本は、自分が大きな巨人になって、
その小説の世界を、ミニチュアとして、
上から全て眺めている様な。


それに対してハードカバーの場合には、
拡大鏡で大きくした世界の中に、
自分が小人として、入って行く様な。



文庫本に出て来るマグカップは、
実物大か、またはそれ以下に小さく、
あまり重要なものというわけではなく、
ただの「置物」として捉えられるのに対して、

ハードカバーの場合には、
そのマグカップさえも、重要な登場人物の一人として、
自分はそのマグカップの半分くらいの背丈になって、
そこについた水滴やしみ一つひとつまで、
はっきりと見ている様な。

******


それから、文字の形も影響を及ぼして来る。

例えば村上さんの小説は、
主に新潮社か、講談社な訳ですけれど、

新潮社の場合は、
はっきり言って、文字が「冷たい」というか、
なんか、ツンツンしたイメージがある。

よって、その小説の醸し出す雰囲気も、
何か、良い意味で言うと、大人っぽいというか、
Snobbyというか、
何となく、取っ付きにくい感じがある。



それに対して講談社の方は、
カバーが黄色で統一され、
まず、温かいイメージがある。

また、文字も、
俺の好きな形だからか知らないけれど、
丸みを帯びていて、
非常に読み易い。

よって、何だか、より「親切」というか、
「暖かみを帯びた」雰囲気を醸し出している様な気がする。

*****

と、そんなことを、
よく感じます。

できれば、全ての小説を、
講談社のスタイルで出して頂きたい。

2012/2/12 15:39



追記:ちなみに、
お互いの異なる出版社が、
別の出版社の本の宣伝をすることは無く、
講談社の方には、
後ろの見開きの部分には、
村上さんの、講談社からの作品しかリストアップしない。

それは、新潮社も然り。



しかし、先日図書館で借りた新潮社のハードカバー、
『ねじまき鳥クロニクル』の後ろには、
新潮社、講談社関係なく、
「村上春樹の長編作品」と銘打って、
彼の作品が、年代順に記してあった。

あれ、親切ですよね。
とても良かった。

****

こういうことは、本だけじゃなく、
音楽のアルバムなんかでもそうなんですけれど、
例えばエアロスミスの場合、
ゲフィンとコロムビア時代があるので、
お互いのリストアップを見ると、
そのレコード会社を通したアルバム名しか記載されないわけですね。


まあ、会社同士の問題だから仕方ないですが、
ファンとしては、
「村上春樹作品 リストアップ」
「エアロスミス作品 リストアップ」
と、どこに対しても、全部の作品を載せてほしいですね。





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