January 23, 2012 23:26

"Kill Bill: Vol.1"

Kill_bill_vol_one_ver

2003年の映画です。
2004年の元日に、当時のルームメイトのフィルと、
その弟のチャーリーと、
3人で、フィルの部屋で観ました。
(その後に公開されたVol.2の方は、
フィルと一緒に劇場に行って観た。
その後、確かアップルの横のBJ'sでピザを初めて食べた。)


記憶に残っていたのは、
ユマ・サーマンが寝ている病院に口笛を吹きながら乗り込んで来る女性のシーンと、
栗山千明の演じるゴーゴー夕張と、
後はルーシー・リューの死に方が凄かったよな、
ということくらいでした。
(後は、ユマ・サーマンとルーシー・リューの日本語がめっちゃヘタだったよな、ということ。)

今回観てみたら、かなり面白かったです。
途中で、ルーシー・リューの過去が明かされるシーンは、
アニメーションを使っていましたが、
そのタッチが非常にカッコ良く、
何でそれを覚えていなかったのか、不思議でした。


それにしてもクエンティン・タランティーノは、
昔ながらの映画の撮り方をこよなく愛しているんだな、
というのが伝わって来る監督です。

一つ一つのカメラアングルとか、
音楽の使い方とか、
観ていて、とても安心できます。
(彼の『パルプ・フィクション』とかは名作ですね)

それから、彼は日本の文化が本当に好きなんだなあと感じました。
ユマ・サーマンの殺陣のシーンは、
かなり長く、しっかりと撮られていて、
相当撮影に苦労したんだろうな、と思いました。


2012/1/23 23:15


追記:

ちなみに、映画とは全然関係ないけれど、
当時住んでいた台湾系の家族のフィルのうちのことを考えると、
とても懐かしい。

いつも日曜日の朝になると、
別の場所に住んでいる母親が、
「チャーレー!!チャーレー!!」
(チャーリーと呼んでいるのだが、中国語訛りなのでそう聞こえる)
と大きな声で彼を起こしにくる声で、
隣の部屋に寝ていた俺は、目を覚ましていた。

(この家は、兄貴がフィル、弟がチャーリー。
両親は二人とも台湾人だが、
子供たちは二人ともアメリカ生まれ。
お父さんはモールなどに商品を出して売る商売をしていて、
母親はシステムエンジニアだった。
弟のチャーリーを、彼らの家の学区ではない学校へ
通わせたい、という理由で、
母親と弟のチャーリーだけは、
別の家に住んでいたのだが、
金曜日になると、いつもチャーリーが兄貴のいるフィルの家
(つまり俺がステイしていた家)に泊まりに来て、
日曜の朝に、母親が、「チャーレー!」と叫んで、
迎えに来る、という図だった。)


この家には、他にも90歳近い細くてヒョロヒョロのおばあちゃんが住んでいたのだが、
彼女がかなり元気で、
いつも今にあるバカでかいテレビを観ながら、
(もちろん全て台湾のケーブルテレビ)
その場でほっほとジョギングをしていた。
すごい元気なおばあちゃんだった。


そのおばあちゃんの部屋の横に、
洗濯機があったのだが、
ある日俺が、洗濯機に制限以上の量の服を入れて洗濯をしたとき、
余りの多さに服が中で引っかかり、
洗濯機が「ぐううううん」と言いながら動き出した時には、
おばあちゃんがヒステリックに、
「シューーーン!!シューーーン!!」と言いながら、
俺の部屋に押し掛けて来たことがあった。

(おばあちゃんは英語が一切話せず、
俺にも、必ず中国語で話しかけて来た。
あの時に中国語を勉強しとけばよかったぜ)

*****

フィルとは、毎回居間のテーブルに座って、
色々と話しながら飯を食った。
基本は料理は別々に作っていたが、
たまにフィルの母親が作った料理を俺にも分けてくれて、
二人でカレーやおでんを食べながら、
そのテーブルに座って語った。

フィルは、必ず反応が、
"Hum, that's interesting"と言うヤツで、
その言い回しは彼ゆずりで俺も使う様になった。

典型的なアメリカ生まれの台湾人で、
本当に良いヤツだったな。

ああいうときのことを考えると、
何だか凄く遠い世界のことに思える。

2012/1/23 23:26



トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Archives
記事検索