January 21, 2012 23:13

「20歳→28歳」

Picture 291


2012/1/21 22:58〜

さっき、テレビで「美の巨人たち」を観た。
その中で、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の、
「最後の審判」が取り上げられていた。

あれを観ながら、「俺も昔観に行ったなあ」と、
20歳の頃を思い出していた。

番組が終わって、当時の日記帳を出してみた。

2004年の夏。俺が20歳のとき。
あれから、7年半が経った。

*****

日記帳を読んでいて思ったのは、
当時の記憶が、大分薄くなっている、ということ。

これは、ここ1、2年で感じ始めたことだが、
当時(23歳くらいまで)は、
昔のことを思い出しても、それがまるで昨日のことかのように、
すぐに思い出せていた。
その時に感じていた思いや、
感情、
雰囲気、
その時の感覚まで。


それが最近、
そうやって、日記帳を見ても、
「あれ?こんなことあったっけ?」とか、
「これ、全然思い出せない」という風に、
そこに書いてあることが、微妙に何となく思い出せるだけで、
そこに書いていないことは、全く思い出せない、
という状態になっている。



俺にとっては、それが凄く勿体無い。

特に、旅の経験なんかは、
初めての旅のヨーロッパ、
次の年のアメリカ、
その次のアジア、
そして最後の中米と、
本当に毎日、色んな経験をして、
色んな人にあったり、色んな面白いことが起きていたから、
それらをビビッドに思い出せなくなる、ということは、
まるで、
自分がせっかく力を込めて描いてきた力作が、
薄れて行くような感じがして、
本当に勿体無いと思う。


だからこそ、今みたく、時間のある時に、
なるべく文字にして残しておかないと、
きっと、これから更に5年とか10年経った頃には、
「え?マジで殆ど思い出せねえ」という風になっちゃうんだろうな、と。

それを考えると、凄く怖い。

*****

でも、俺もあの当時から、
8年近く歳を取ったのか、と思うと、
そりゃあ、忘れて当たり前かもしれないな、とも思う。






とにかく、当時の日記を読み返すと、
何だか、また当時にバックスリップするっていうか、
ある意味、もう一度自分の人生を生きているようで、
凄く不思議な感覚になる。



人間というのものは、ついつい、
『今』だけにフォーカスをしがちで、
自分が普段考えることは、
よくてここ1〜2年の自分の状況を元に作り出した、
「現実」だけに、心も考え方もフォーカスされて生きてしまうから、
ふと、こうして、昔の日記を読んだり、
当時考えていたことを振り返ると、
いかに、今の自分が、視野が狭くなっているのかに気づく。



当時の俺の「常識」は、
大学のクラスで何を取るか、とか、
専攻は何にするか、とか、
後は、クラスで知り合ったあの子がかわいいな、とか、
そんなことばかりだったわけで、

そして今は、
主に、仕事のこととか、
今後の人生プランとか、
そういったことのみを、考えているな、と。



恐らく、自分の年齢、時期に合わせて、
こうして、自分の考えること、
フォーカスすることは変わって行くものなんだろうけれど、
たまに、こうして、
8年前の自分を振り返り、
その当時の自分と話をしてみることで、
今の自分を、別の視点から見ることができる。

その時に、気づくことも、
結構大きい。

*****


いつまでも、20歳の頃の様な、
「俺には何でもできるぜ」という感じの覇気を持ちつつ、
同時に、今の自分の年齢で積み重ねて来た知恵を使い、
賢く、強く生きて行きたい。


2012/1/21 23:12


(写真は、システィーナ礼拝堂があるヴァチカン市国の中の、美術館の中の螺旋階段の写真)

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