January 09, 2012 21:49

「魂」by 落合信彦

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この本は、2000年の5月に刊行された。
俺が実際に読んでいたのは、
2001年の5月頃、
高校3年生の一学期目だった。

地元の図書館で借りて、何度も何度も読み返していた。


当時の俺に取っては、
落合信彦は尊敬する人であり、
憧れの人であった。

彼の本は、二十歳を超えた頃からは読まなくなって来たが、
それでも、今こうして、
彼の著作を読むと、
当時、彼の本を読んでいた中学から高校にかけての自分の思いが、
記憶の中に蘇ってくるのを感じられる。

*****

この本では、彼が経験した日本での義務教育
(小学時代から中学まで)と、
その後、夜間高校で自分で勉強した後、
アメリカの大学に行って、四年間勉強した中での、
数々の思い出が書かれている。

また、始まりの第一章では、
今の日本の文部省が作り上げた『教育』が、
いかに間違ったものであるかを、
説いている。

当時、この本を読んでいた高校三年の頃の自分に取っては、
彼が第一章で説く、日本の教育に関しての意見は、
それがどう間違っているのかの実感も湧かない為、
共感できず、余り本腰を入れて読めなかった。

しかし、彼の経験談が書かれている、
小学から中学、
特にアメリカの大学での経験は、
何度も何度も読み返した。
だから、今でもそれらのページは、
鮮明に記憶に残っている。

*****

俺は、アメリカの大学に行った際に、
周りからは、「真面目すぎないか」と言われるくらい、
勉強ばかりしている時期が、
一年目から三年目まであったけれど、
その基盤というか、
「アメリカでの勉強はこの様にするもの」
のアイディアみたいなものは、
完全に彼から来ていた。


その考えも、次第に、
そればかりが絶対では無いことに気付いて行くのだが、
最初の内は、それが絶対と信じ込み、
ひたすら、自分の理想に近づける様にやっていた。


今思い返すと、
やや極端過ぎた所もあると思うが、
逆に言うと、
当時、その様な『極端さ』を、
若い純粋な内に、自分の中に入れ込む事が出来た事も、
一つの財産であると思う。

今、自分という人間を見直した時に、
自分の中で長所と思える部分は、
「真面目さ」「集中力」「理想に近づく為にとことん追求する力」
そう言ったものだと思うが、
それらが付いたのも、彼の影響も大分大きいと思う。

*****

この本の中で、非常に印象に残って、
この本を読み終わった高校三年生以降も、
何度も思い返す箇所があった。

それは、
「何事にも時がある」
ということ。

中には、
落合信彦が、大学一年生の頃、
夜中の図書館で同じ様に勉強をする、
30歳の大学生との出会いが書かれている。

彼は、元々高校を出た後はアーミーに入り、
その後、働き出すわけだが、
大学に入る1年前に、仕事の成績を褒められて、
セールスサイドに昇進させてもらう。

しかしそこで、
全国からセールスマンが集まるコンベンションにて、
周りの人が話している話に、
全く付いて行けないことに、ショックを受ける。

その会話の内容は、
世界の歴史であったり、
経済の話であったり、
というものだった。

その後彼は、上司に、
「大学に入るため辞める」と伝え、
落合のいる、オルブライト大学に、
入学をした、という経緯。



そんな彼が、落合に向かって言う。

「今では、勉強をしていないと、勿体無いと思うよ。
当時、直ぐに大学に行かずに、
一度社会を経験して、そして今、
こうして大学に来れて、良かったんだ。
もしもそうでは無かったならば、
この有り難さに気づく事もなかったからね」


この話は、
非常に心に残っている。

*****

また、この本の言葉の中で、
何度も読み返して、自分にハッパをかけていた件がある。

「日本で通用しない人間が本物の実力社会のアメリカで通用するはずがないのだ。
逆に体力とスタミナ、対人力、そして英語はもちろんのことがっちりとした基礎知識を持ってる者にとってはアメリカの大学ほど理想的な舞台はないと断言できる。」

この箇所を何度も読み返して、
水泳の練習と、英語の勉強に打ち込んでいたあの頃。

*****

時に、昔読んでいた本を再度読み返す事は、
自分の基礎に帰ることであり、
自分という人間の『基本』を見直す事に繋がる。

今でもこの本は、
自分に、『何くそ根性』を蘇らせてくれる。

2012/1/9 18:41



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