May 06, 2011 06:50

「ポイント」



人は、「何か」に属していないとき、不安を感じる。

俺の場合、
四年前、卒業した頃、
一年間は、何もステータスが無く、不安だった。
(大学を卒業して、OPTというビザでアメリカに残っている、
ただのバイトをしている人間だった。アメリカの、一般常識の、流れには、合っていなかったから)

三年前、日本に帰って来た時、
不安だった。
先の予定も見えなかったし、
日本で、正社員として就職することも、考えていなかった。
集中的に働いて、世界一周の旅に出ようと思って居たから、その考えに対して、家族からの反発があったし、そのまま、日本で、どこかの企業で、「就職する」という頭が無い状態から、就職活動をすることに決めることとなった。

その時も、「アメリカで、アメリカ人の常識に合わせようと思っていた、アメリカの常識で自分をジャッジしようとしていた自分」から、
急に、「日本での常識に自分を入れ、その中で自分を評価しようとし始めた自分。しかし、その枠や考え自体に、まだ馴染めていない、要するに、六年ぶりに戻った日本で、全く知らない日本の常識に、居心地の悪さを感じる自分」でしかなかった。



人は、環境に適用するようにできている。

俺も、色々な環境に自分を置いてきたから、「新しい環境に身と考えを慣らす」スピードは、速いし柔軟だと思う。


ただ一つ感じるのは、

「人は、自分が『今』いる環境に、大きく影響をされる、ということ」だ。

そして、それには通常気づかず、
ふと、その環境を抜け出すきっかけがあった時に、それまでの自分の人生を振り返り、
自分が『その』環境に身を置いていた期間を振り返り、
『それ』が、果たしてどういうものだったのかを、客観的に見ることができる。

その時に、それまで自分が信じ込んで、または、盲目的に生きてきた日々を振り返り、
果たして、それが正しかったのかを、
ふと、客観的に疑問に思う。


なぜなら、その世界がどんな世界であれ、
『その』世界で通用している常識、
その世界で『当たり前』と思われている物事の流れは、
『その世界』でしか、
『当たり前』では無いから。


、、、、、


だから、震災後、
俺のところに来るお客さんも、
自分の仕事が休みになったことをきっかけに、
それまで日々、盲目的に働いてきた日々からふと離れ、自分のそれまでの日々を
振り返った時、
『これが、俺が(私が)やりたかった人生なのか?
本当にやりたかったことは?』
と自分の心に、封印していた自らのこころの本音に気づき、
行動を起こす人が多い。



、、、、、


今、実家に来ている。

丁度三年前、俺は日本に帰って来た。

あれから、三年が経ち、
毎日、自分の送っている日々を、
客観的に見ようとは思いつつ、実際にはそれができていない日々を送っているが、

ふと、こうして、
何かのきっかけで、普段自分がいる場所を遠く離れ、
全く違う人生の『流れ』に身を包んだ時、
今まで、自らが身を任せていた、
その『流れ』を、客観視する。


そして、その『流れ』が、果たして絶対的であったのか、

または、世界から見たら、ただの一つの流れでしか無いのに、それをあたかもこの世の中での絶対的な流れかのように、自らの頭を思わせて、日々を生きている、

そんな状態にいることに、ふと気付く。

たとえ、自分がそれを望んでいなくとも。


、、、、、、

サーフィンと同じ。

一度海に入る前に、
まずは、どこのポイントに入るか、
どの波に乗るかを、吟味しなきゃいけない。

そのポイントには、そこに集まるサーファーたちの性格、特徴があるし、
そこに来る波の特徴がある。

一度海に入ってしまったら、そこのポイントが他のポイントに比べてどうだったかなどは、余り関係ない。
むしろ、目の前に来る波との格闘に、全集中を費やす。

そして、最初の見極めが悪いと、どうでも良い波にやっきになり、
または、入る位置を間違えると、ひたすら来る波に飲まれ、一向に沖に出られなかったりする。


そして、そのポイントである程度遊んだら、

たまに、自分がいる場所を一度出て、どこにいるのかを、確かめなきゃいけない。

その為に、自分が海のどこにいるのかを客観的に把握する目印(ライフセーバーの監視塔とか)があるし、
それを持たずには、自分が十キロも流されていても、
それにすら気づかない。

海の流れは、自分が思うよりも、強いものだから。



、、、、、、



自分が今いる『ポイント』を、
常に、世界の『海』から見たら、
『どうなのか』を、客観的に見極めなきゃいけない。

そうする為に、定期的にその『ポイント』を出たり、
そのポイントを出る時間が無くても、自分がいる場所を沖からでも把握できる目印を持っておくべき。

そして、自分が入っている海に集まるサーファーは、
あくまでもその海の流れの『常識』の中で闘っていることを、知っておくべき。

その海を出た時、
他のポイントに行けば、
そこにはそこの、やり方があるということを。


、、、、、

要は、自分がどこの海に入りたいか。

どこのポイントで勝負したいか。

で、そのポイントを見極めたら、そこでのやり方を、徹底研究しろ、ということ。

一度その海に入ることを決めたからには、後で後悔はするな。

しかし、その海に入ることを決める前に、自分がどこの海に入りたいのかを、きちんと観察して、自ら、そのポイントを、決めろ、ということ。


一番たちが悪いのは、
『僕はこのポイントでやりたかったんじゃないです』
『気付いたらこのポイントにいました』
『自分が乗りたかった波は、これじゃない』という発言。

自分が入った海は、自らが責任を取る。

しかし、その海を客観的に捉え、
その海で遊ぶことを、自分が欲しているのかどうかを、
定期的に、チェックすることは、すごく大事だということ。


、、、、、、



さっき、朝の5時半ごろ目が覚め、
ふと、
三年前に俺が帰って来た時っていうのは、
それまで入っていたアメリカのハンティントンビーチっていう海から、
急に、日本の東京っていう海に移動して、
その波に乗ることを決め、
それから三年間、そのポイントで、ストラグルしてきたんだな、と。


それを、また、別の監視塔に戻り、ふと感じた、

ということ。



、、、、、

また長くなってしまった。

2011/5/7. 6:49am




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