February 20, 2011 23:29

"The Taking of Pelham 123"

The_Taking_of_Pelham_123


邦題は『サブウェイ123 激突』

ダッサイ邦題ですが、
これはアメリカの作家ジョン・ゴーディ (John Godey)の
『サブウェイ・パニック』(The Taking of Pelham One Two Three)
のオリジナルフィルムと、1998年に作られたTV用フィルムに加えて、
3作目のリメイク版だそうな。


非常にテンポもよく、
デンゼルワシントンは相変わらず交渉人が似合っていて、
普通のキャリアを積んできた一般市民でありながら、
人間くささが残る、素直で信頼のおける市民を演じていました。

そして、たまに俺が似ていると言われるジョントラボルタ。
彼はよく悪役で映画に出ていますが、
(『フェイス・オフ』など)
また、いい味を出していました。

彼もまた、本当の極悪人ではないというか、
まあ、悪人なんですが、
ちょっと人間味溢れるクレイジーな役を演じていました。

光の感じとか、
途中にスローモーションの画像を入れ込む所とか、
時刻の感じとか、
編集の仕方がうまく、
また、撮影の仕方も本格的で、
突っ込みどころが無く、
最後の方まで見られましたが、

唯一最後に気に入らなかったのは、
エンディングがあっさりと終わったこと。

ジョントラボルタは最後、
警察とデンゼルワシントンに掴まりそうになった状態で、
デンゼルさんに、「俺を撃て」と命じ、
仕方なくデンゼルさんは撃ってしまいます。

要するに、
たまたま地下鉄の司令官として働いていた中で、
その日に地下鉄ジャックをしたトラボルタさんの指令を受けてしまった彼ですが、
皆の前で、無実の罪に対して、
ウソをつく様に言われるは、
直接地下鉄まで出向く様に言われるは、
死にそうな目に遭うわで、
散々なわけだったのですが、

最後は、自らがトラボルタさんを撃ったにも関わらず、
そのまま市長と握手を交わして、
そこで動揺したままかと思いきや、
市長に「NYヤンキースのファンですか?」
なんてジョークも交えつつ、
奥さんに約束したハーフガロンのミルクを持って家に着く、
そしてそのシーンで終わる、という、
何とも、それまで散々盛り上げた割りには、
最後が「すっきりしすぎじゃねえ?」という感じで
終わりました。

あれだけ多くの人が、地下鉄の中で人質になって死んで、
身代金を運ぶ車も、
途中で橋から落っこちて、警官たちも大重傷を負ったり、
パトカーの護衛の為にバイクに乗っていた警官も、
車に激突して思いっきり吹っ飛んだりしていて、

おそらく本来のデンゼルさんとしては、
「私が今まで大事に育ててきた
地下鉄に関わる多くの方達が、
今回の件で、自分に責任は無いとは言えども、
たくさんの方が命を亡くした。
いくら、トラボルタさんとNY市長にも、
『君は私のヒーローだ』と言われようとも、
一体、これで良かったのか・・・?」
と、一人しかめっ面で自問自答をしながら、
帰路につく、

そんなシーンがあってこそ、
この映画のキャラクター性や、
リアリティ差が最後まで貫き通された気がするのですが、
そうでは無く、あっさりと終わってしまったため、
何だか、クライマックス直前で、
「あれ?」という感じで終わった感がありました。


*******


しかし、英語版のウィキペディアのこの映画の部分を読んで思いましたが、
もしかしたら、この映画は、
今まで作られたオリジナルの原作ノベルと、
オリジナルの映画に対して、
トラボルタ演じたRyderのキャラクター性を変えたり、
または、今の2000年代に設定を変えることにより、
その「オリジナルとの違いを楽しんで」、
的に作られたのかな?と、
そう僕の中で完結しました。

*******

しかし、なんかしっくりこないエンディングでした。

要するに、「この映画のメッセージはなんだったのか?」と。
自分のキャリアを、
NYの地下鉄に関わる仕事でコツコツと積んできた
善良な市民が、
ある日、人質事件に関わり、
それで、ヒーローとなる、
という事を描きたかったのがオリジナルの原作のアイディアで、
それに対して、
今回のリメイクを作った理由は、
上に書いた様に、「オリジナルとの違いに着目して」
なのかもしれませんが、
しかし、この映画の伝えたいことが良くわからんかった。

他に観た方がいらっしゃったら、
ぜひ話し合いたいですね。

2011/02/20 23:29





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