April 04, 2010 02:44

彼女という存在

昨日は彼女と最後の休みだった。

彼女は、今月の26日にカナダへ旅立ってしまう。
約半年間のお別れ。

今日、夜帰ってきて、
彼女がいないのが、
不思議な感じだった。


*****

昨日は、二人で横浜をブラブラした。

欲しかった靴も買い、
彼女と、ずっと一緒に行きたいと言っていた、
抹茶の店に行き、色んな話もした。

その時、
俺たちが出会ってから、約3年経つけど、
その出会いの頃とか、
当時の様子とか、
色々なことを思い返して話していく中で、
何だか、この3年間を、
振り返って、頭の中を、
整理したような、
そんな感じになった。


俺が彼女といて好きなのは、
彼女とは、何でも話せるから。

しかも、自分が思ったことを、
それを言い表すのに適当な言葉を
探しながら、
自然のままに、素直に、
全て、話せるから。


だから、彼女と話していると、
すごく落ち着くし、
自分が、そういう会話で、
すごく、リラックスできているのが分かる。


思えば、俺は、
彼女に会うまでは、
やっぱり、1人でいることを、
内心、恐がっていたし、

どこか、いつも、
突っぱねていたと思う。

しかし、彼女に会って、
本当の自分自身でいられるようになったというか、

要するに、「自然体」で、
ありのままの自分で、いられるようになった。


コミュニケーションメジャーでも勉強したし、
茂木さんの本にもよく出てくるけど、
「セキュアー・ベイス=安全地帯」
が、人はあって、
それがあるから、安心して外で頑張れるし、
自分を試せる、という風に言われている。

俺にとってのそれは、
彼女である。


昔、自分にとってのそれは、
母親だったんだと思う。

でも、やがて親離れして、
そして、思春期が来て、
そういうものを、常に持てなくなったんだと思う。


彼女に会うまでは、
それが、例えば、先輩だったり、
仲のよい友達だったりとか、
色々とあったんだろけど、
全ては、テンポラリー(一時的)なものであって、
ずっとある、安心できる関係、人、
そういうものは、
彼女に会うまでは、本当の意味で、
なかったんだろうなあ、と思う。




昨日の抹茶のカフェ屋で、
約1時間半話した後。

まるで、「心のスパ」にでも行った様な気分になった。

Eye Openerというか、何と言うか、
自分が、今までと違うことを考え、感じ、
その後、世界が違って見える。

そんな感じに、陥った。


人は、自分がそれを欲していたと、
それを初めて持ったときに、気づく。


同時に、人は、
それを失ったとき、
初めて、
それが自分にとって、いかに大切なものだったのかに、
気づく。



俺にとっての前者は、
彼女と話して、自分の気持ちを全て確かめ、
「自分」の今の立ち居地を確かめることであり、



俺にとっての後者は、
彼女の存在である。






今まで、彼女に会うまでは、
付き合った女性とかも、
やっぱり、不安定な関係でしかなかったけど、

彼女は、違う。


一緒にいて、
初めて自分が、一つになる。


そんな感じ。



*****

昨日、そして今日、
感じたこと。

思ったこと。


2010/4/4 2:44am


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