January 17, 2008 23:39

Lenny Kravitz in Santa Monica, LA

1月17日 木曜日

行ってきました!!レニー・クラヴィッツのライブ。

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今日、LAのサンタモニカでのショウを封切りに、今回のツアーでは全米7ヶ所を回るそうです。最後はNYで終わるらしい。

今日はそのツアーの晴れ晴れしき初日。
ロングビーチから車を1時間半ほど飛ばして行ってきました。


******

いやあもうマジでよかった!!最高によかった!!
しかも今回は、なんとレニーを超まじかで見れました。

今回ライブが行われた、Santa Monica Civic Auditoriumという場所は、非常に規模が小さく、中はまるでただの体育館でした。

会場の近くに着いて、車を停めて外から見たとき、「何かずいぶん小さそうだね」という印象でしたが、中に入ってみると、思ったよりも更に小さい。

印象的には、「どこどこ県なになに市、なんとか町の市民体育館に来ています」てな感じでした。


しかし! そのおかげで、レニー様を超至近距離で見ることができました。
本当は座席が決められたチケットだったのですが、席のシートは後ろの方にあり、舞台の前は大きな空間が広がっていました。そこには客が立って集まっています。

「どうぜわかんねえべ」と、そのままステージの前の群集に加わり、そこでずっとライブを見ることになりました。

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ちなみに、僕はレニー・クラヴィッツとエアロスミスの大ファンです。
この2組のバンドは、もう中学・高校時代から飽きるほど聞いています。
彼らを聞いて育ったようなものです。

エアロスミスとレニークラヴィッツどちらを取るかと言われたら困りますが、
もうどっちもとにかく心から愛しているわけです。

今日は、そんな僕の愛するアーティストの一人、レニークラヴィッツ様を生で見に行けた訳でした。もう感無量です。

*****

レニーは小さなコンサートホールでライブをやるのが好きなのか、初めてレニーを見に行った2005年のサンフランシスコのライブの時も、サンフランシスコの街中にある、ちっちゃーい所でライブをやっていました。

今回も、それに負けないような更に小さなホール。

やはり小さいところで、音楽をじっくりと聴いてほしいのか、
それとも、小さいところだからこそ、ファンの顔を間近で見れて、体温が感じられるのか。

いずれにしろ、彼は金儲けでツアーをやらないわけです。

(ちなみに今回のライブチケットは、一人35ドル。他の有名なバンドが、大抵最低でも70ドルくらいからの料金設定に対し、彼はかなり良心的です。今日のライブも、会場自体がかなり小さいため、客数がそんなに入らないわけですが、それで儲けが出るのかな?とそんな感じです)

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今日の選曲も、その彼の性格がよく出ていました。
ライブの幕を切った一曲目は、2月の頭に発売されるニューアルバムからのノリのいい一曲、"Bring it on"でしたが、その後に続けて演奏した2曲は、どっちも初期の頃のアルバムからの、超マイナーな曲。
ファンじゃないと絶対知らないような曲です。

僕も彼のファンで、全てのアルバムと曲は知っていたので、逆にそれをやってくれて嬉しくもありましたが、会場の客の反応は、「聞いたことないねこの曲」ってな感じでした。(しかし、僕らの前にいた50歳近いおじさんだけは、それらの曲がかかるとかなり嬉しそうでした。ちなみに今回のライブの客層は、ほとんどが30代から50代の人たちでした。20代の客なんかはほとんど見かけませんでした。)


ライブの帰り道に彼女が言ってましたが、エアロスミスやブリトニースピアーズなどのエンターテイメント的なバンドが、大きな会場で数万人のファンを一度に盛り上がらせる、つまり、「客を盛り上がらせよう」というスタンスでやっているのに対し、
レニークラヴィッツの場合は、
「今日は俺はこの曲を歌いたいから歌う。それで楽しんでくれるんだったら、どうぞ」みたいな感じです。

いわば、自分勝手。しかし逆を言ってみれば、本当に音楽が好きで、その一曲一曲を、自分の心のままに楽しんで演奏している、そんな感じでした。


今日のライブの2曲目、3曲目に持ってきた曲は、上にも書いたように、それぞれ初期のアルバムからのマイナーなものたちでしたが、その頃の若くてもやもやした様な思いをつづった曲たちを、今回のライブでレニーは、そのアルバムを収録した当時の若い頃の感情そのままで、心から魂を込めて歌っていたので、僕はそれを見てかなり感動していました。

最近のレニーはなんだか、やはり商業的になってきたというか、ちょっと若い頃に持っていた「苦悩」みたいな、心の中のヘンタイゾーン的なものを出している曲が無くなってきていたので、「レニーも変わっちまったのかなあ」なんて思ってたのですが、今日の彼の選曲と心のこもった歌い方、そして、その声を聞いて、
「ああ、このおっさんは昔から変わってないんだ」と、ほっとしたわけです。

(例えば、他のバンドなんかには、後になって、「あの当時の俺たちのアルバムは終わっていた。今はこんなに良くなったよ。あの時期は最悪だったね」なんて堂々と公言するやつらがいるわけです。そういうバンドのファンにとっては、もう最悪です。その頃のアルバムが好きかもしれないのに、当人のアーティストは、「あの曲はひどかった」なんて言う訳ですから。逆にレニーはそういうことがありません。全ての曲を自分の納得するまで時間をかけて書いていますから、いつになっても、どのアルバムからの曲でも、しっかり歌えるわけです)

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3曲目の初めのところで、レニーが歌い出す前に語っていました。

「今、ここにこうして立っていることが変な気がする。
 自分が11歳の頃、俺はNYから、ここLAのサンタモニカに移った。自分の家は、この会場からほんのちょっと走ったところにある、4thストリートの角だった。
当時、すぐそこにある高校に通い、サーフショップとかでたむろってたよ。
それから、この会場にもよく来て、サーフィンの映画を見ながら、トリップしてたんだよ。(笑)

今、ここにこうして、今度は歌う者として立っていることを、本当に不思議に思う。」と。


そう、彼が若い頃にLAに移ったことは知っていましたが、まさか今日の会場からすぐ側のところに住んでいたとはね。

この人は、今から約30年前に遊んでいた地域で、今は何千人もの観客の前でライブをしているんだなあと思うと、人生ってすごいなあと思いました。


彼はその後に、「今日はリハーサルをする時間がなかったから、声の調子がちょっとおかしいけど、ベストを尽くすよ」なんて言ってましたが、約2時間のライブ中、彼の声はしっかりと出ていました。

彼の素晴らしいところは、声量がかなりあって、声の質が昔から変わらないところです。

ライブでもしっかりといつも声が出るし、逆にライブの方が声がもっと出ていて、その後アルバムを聞くと、CDの方がヘタに聞こえるという、数少ないアーティストの一人です。


ライブの最後に、「Thank you for bearing me. I gave you all what I have.(今日は俺に付き合ってくれてありがとう。自分が持っているものは全て出したつもりだよ)」と言っていましたが、まさにそうだなあと思いました。

この世の中は、全てが、人の生み出す「何か」で出来ているわけで、その何かに、価値が生まれるわけです。

レニークラヴィッツという人は、自分が持っている音楽の才能を生かして、曲を作り、それを公表し、その曲が好きな人が、今日のようにライブに来て、レニー本人は、その人たちの前で、自分の持っている才能をシェアする。

今日のライブの時間は、彼が持っているものを使い、彼が生み出したものが出され、その「何か」に価値があったんだなあと思うと、物事の一番の基本を、すごくシンプルに言われたような気がしました。

*****


それから今日のライブでは、彼のアコースティックでの弾き語りや、ドラムの演奏、ピアノでの弾き語りも披露されました。

彼がピアノを弾いたり、ドラムを叩いたり、アコースティックだけで弾き語りをするシーンを生で見るのは初めてでしたが、やっぱり感動しました。

彼はアルバムを出すときも、作詞作曲から、編曲、プロデュース、そしてボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードなど、ほとんど全ての楽器を全部自分で演奏して、録音しているわけです。

いつもはライブでは、彼の姿をボーカルとギターでしか見れないので、今日はその他のピアノやドラムも見れて、嬉しかったです。

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いやあ、とにかく、いいライブでした。
最後の「Are you Gonna Go my way」では、ギターのソロの時、ちょうど目の前でそれが見れたし、もうホント最高でした。

自分が高校生の頃に毎日のように聞いていて、かなり憧れていた人が、今日、目の前で、しかもメッチャ近くで見れたなんて、本当に凄いことだなあと、しみじみ思いました。自分は幸せ物だと思います。


レニー・クラヴィッツ。最高なり。


01・17・08

(ライブの模様は次の回で書きます)

追記:

ライブの帰り道、彼女とレニーの話をしていた。彼のオーラが凄まじかったねという話から、「どうして人はレニークラヴィッツに惹かれるのか」という話題になった。

彼女いわく、レニーの中には、対極なる二面性が存在するからじゃないかと。

「あの人、外から見た感じではこんな風に見えるけど、本当は一体どういう人なんだろう」という、ミステリアスな面があると、そこに惹かれるという。


例えばレニーの場合、その人間性の深さもあるだろうが、動と静のような二つの異なる面が、同時に現われる、そんな面が今回のライブでも垣間見れた。


彼が登場した最初の曲では、後ろのバックライトは黄色と赤で、まさに華やかで、ガンガンのロックの世界。「動」という感じの雰囲気だった。

それを彼女は見て、「レニーは黄色と赤がすごく似合う人だな」と思ったらしいが、その後、ギターやピアノで弾き語りをする時の彼を見て、青や紫の薄暗い光の中で歌う中で、「あれ?こういう色もすごく合っているな」と。


つまり、レニーには、「動」の世界も、「静」の世界も、同時に存在する。
ガンガンのロックと、ピアノだけのバラードが、両方同時に歌える。
そして、どっちの世界も、合っている。


また、彼女いわく、舞台で見る彼は、まるで完璧なロボットのようらしい。
しかし、実際に実生活で見る彼は、人間くさいいい人なのだろうか。

完璧なロボットと、人間くささ。
それを併せ持つような存在。


そんなところに、彼の「深さ」が見えるんじゃないかと。

*****


二つの対局する二面性。
その二つを併せ持つ人間。
そこには、人を惹きつける何かが生まれるのだろうか。

そんなことを彼女と話しながら考えておりました。


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