November 05, 2007 22:58

モノの持つ「オーラ」と、何かを生み出すこと

ゴクウ

写真は、今ワーキング中のゴクウ。
段々と色が載ってきました。







今日彼女と色々話していて、色々な「モノ」の持つ「オーラ」の話になった。
それぞれの人に、その人特有のオーラがある様に、
それぞれのモノにも、そのオーラがある。

実際、そのオーラが目に見えるわけじゃないけど、
その「モノ」が放つ、雰囲気みたいなもの。
彼女は、それを感覚で、色々と感じるんだってさ。
面白いから、色々なものを指して聞いてみた。

例えば、俺がアメリカやアジア、中米等を周ったときに履いていたクツは、
すごくタフなやつだとか、
俺の赤いサーフボードは、いい雰囲気が出てるとか、
逆に、白いサーフボードは、疲れてるとかね。


そもそも何でモノの持つオーラの話になったかと言うと、
彼女が食事中に、梅干の入った容器をじっと見つめてたから、
「何見てんの?」と聞いたら、
「いいオーラを持つ梅干を選んでる」と。笑

「え?梅干にもオーラがあんの?」
「どの梅干も違うオーラを持ってるの?」と聞くと、
そうだと言う。

そんな風に、例えば24本入りの500MLのペットボトルの水も、
全部オーラが違うんだって。
だから、いつもいいオーラの水から選んでるんだって。

こう書くと、何かすごくおかしいね。
でも、色々と話を聞いてると、なるほどなと思った。

彼女は、例えば自分が洋服や靴を買うときでも、
いいオーラを持ったものを、(自分の体に合うものを)買うらしい。
逆に、いくら高くても、いい素材でも、
自分に合わないオーラのものは買わないって。

その後他にも聞いていったら、この茶碗はやんちゃ坊主だとか、
この御碗は渋いやつだとか、
このシャツは賢いとか、
この本は疲れてるとか、
とにかく全ての「モノ」の性格やら性別やらオーラをバンバンと答えていってくれたので、ビックリした。かなり面白かった。

***


人によって、その「オーラ」とか「性格」とかの解釈は違うだろうけど、
要するに、そのモノが持つ魂みたいなもんだと思う。

モノは、可愛がって使えば使うほど、愛着がわくし、
それにモノも応えてくれると思う。


もうアメリカにはいないけど、以前お世話になっていた、オレンジカウンティの車屋さんで働いていたKさん。
彼は、「車に話しかけてやると、必ず応えてくれる」と言っていた。

俺の彼女も同じで、自分の車に「バズ君」という名前をつけて、
いつも大事に可愛がってる。
一人で乗ってるときも、ずーっと話かけてるんだって。
彼女の車に対する愛着はすごいね。

俺も、愛車のセントラ君に、
「今日は元気か?」と声をかけたり、
「今日も無理してゴメンね」「大変だけど頑張ってね」
そんな風に言葉をかけてやると、車もそれに応えてくれる。


実際、モノに魂は宿ってないかもしれないけど、
もしかしたら宿ってるかもしれない。
モノにも、心があるかもしれない。

小さい頃は、気に入って遊んでいたおもちゃは、
自分と会話をしていた。
その頃の感覚を、忘れるか、忘れずにいつまでも持ってるか。

そんなもんじゃない?と、彼女は言っていた。


彼女曰く、
モノは、大事に扱えば、それだけ長持ちするし、
愛着もわく。
そして、もっと好きになり、もっと大事にしようと思う。

それが、結局、いい循環を生むんだと。


科学的に見て、「モノに魂なんてあるわけねーし」なんて寂しいこと言ってないで、
「よしよし、今日も俺のセントラ君は頑張ってくれてるね、ありがとう」と声をかけている方が、気持ちもいいし、自分のモノと会話しているみたいで楽しい。

ちなみに、彼女いわく、俺が見につけている多くのものは、
賢さと、強さがあるって。やったやったー♪

***


それと同じで、俺の描く、絵にも、やはりオーラや性格があるらしい。
この前に完成させたスーパーサイヤ人のゴクウは、かなり神経質で、厳しそうって。
逆に、今描いているゴクウは、いい意味でバカというか、はっちゃけてるって。

俺がその時にその絵を描いていた感情とか、雰囲気も、その絵に入り込むんだと思う。
スーパーサイヤ人のゴクウを描いていた時は、初めてのキャンバスに描くドラゴンボールの絵で、かなり緊張していたし、「間違いは許されない」みたいな感じで描いてた。当時、仕事でストレスも多かった。

今のゴクウは、二枚目だし、小さいキャンバスだし、ポップな絵だし、
失敗しても、まあ後で直せるしいいじゃん、
逆にそれがいい味になるじゃん、みたいな感じで描いてるから、
きっと、その気楽さが絵にも現れてるんだと思う。


そんな風に、自分の描く絵にも、自分が、「魂」を吹き込んでいるようなもんで。


それを、彼女は、「自分が生み出す子供なんだよ」と。

「女性は、子供を出産できるけど、男性は、子供を産めない。
 だけど、アーティストは唯一、自分の作品を通して、
 命あるものを、この世に作り出せるんだよ」と。

なるほどと思った。


***

一日の終わりに、絵を描くか、こうして文章を書いていないと、
何かをこの世に「生み出していない」様な気がして、何かふんぎりが付かない気分になる。

仕事場で何かをすることも、「仕事」という何かを生み出しているが、
それは、「おれ自身」ではない。

読書や映画を見ることなどは、自分の中に蓄えができるが、
それは、自分の中から、何かを「生み出して」いるとは言えない。

やはり、自分にしかできないもの、自分だけの、「何か」を、
この世に生み出すことに、生きがいと喜びを覚える。


きっと、この世に、カタチある何かを生み出したい、
自分だけしか作れないものを生み出したい、

そういう思いがあるのかなと、
さっきトイレの中で思った。


汚いオチだぜ。


11・05・07


PS.今ふと思ったけど、いつも俺が彼女のことを書くときは、こういう変な内容ばかり書いてるね。
もしかしたら変な人たちと思われてるかもしれないけど、まさにその通りです。

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コメント一覧

2. Posted by Shun   November 07, 2007 04:45
早さん、

コメントありがとう!!最近は誰もコメントをくれないので、誰も読んでいないんじゃないかと思ってました。よくぞコメントをくれた!!

そうですね、僕も彼女からは色々と学ばされています。最近よく話すのがさ、「感覚」の世界のことでね。アーティストってのはさ、絵にしろ、音楽にしろ、「感覚」が大事でしょ?目に見えないものを、自分の感性を使って、作品にあらわすわけだからさ。

俺は、中学校くらいから、「理論」ばかりを重んじて来たんだけど、最近彼女に、「俊輔はもともと感覚の方が人一倍鋭いはず」って言われて、最近は自分の感覚の部分を、また引き出せるようにしようと試みてるよ。
その第一歩が、心で感じ取ることですね。早さんがいつもやってるみたいにね。

早さんの作る家具たちも、きっといい魂を吹き込んでもらえるだろうね。応援してます。

俊輔
1. Posted by 早   November 06, 2007 18:30
毎日の生活の中でつい忘れがちな、でも、大事な事を、俊輔が書く、ブログの彼女からいつも思いださせてもらってます。
最近の私は買ってから、{あ〜、これやっぱりいらない!}って事ばっかりでさ。

今、ふっと私の周りの物達みてみると、なんとなく全部疲れてたよ〜。ショック〜〜〜。
私が作った家具たちもそういう視点でいうと疲れ気味かも。

明日からは、いい魂吹きこんでいけるようがんばろっと!

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