August 27, 2007 01:03

「絵を描く時間」

goku pen

小さいころは、常に絵を描いてた。
もしくは、厚紙とか紙粘土とかで、工作をしてた。

いつも、何かしら写したり、描いたり、作ったりしてた。

小学校では、いつも学年代表の絵などは、
自分の作品が選ばれたり、
または、学年用のしおりの表紙用に頼まれて、
絵を描いたりしてた。

工作の時間が一番の楽しみで、
しょっちゅう何か作ってた。

***

中学に入ってくらいから、いつの間にかそういう時間を取らなくなった。

部活。塾。
そういったものに放課後の時間を割かれ、
また、絵を描くなんてことが、あまり意味の無いようなことに思えてきた。

それよりもっと、男の子としてカッコよくなりたい。
そればかりだった。気が行ってたのは。

それでも、年に一度の合唱コンクールの時のクラス代表の版画などは、
やっぱり代表として作ってた。
でも、それぐらいだった。そういう事に時間を使うのは。
誰かに頼まれないと、やらなくなってた。

***

高校。もう、絵を描くなんて時間は、本当に取らなかった。
美術の時間で、自画像を描いたくらい。
美術部に入ろうかと最初の内は思ってたけど、
水泳部の練習と、後は勉強で一杯いっぱいだった。

そして、高校2年で、3週間のホームステイ。
アメリカという国を始めて知って、もうそこからは、
英語の勉強と、留学をする事しか頭になかった。


***

アメリカに来て5年。
毎日学校の宿題とか勉強に追われ、
後は、友達と遊ぶか。
女の子と遊ぶか。

もう、家に一人こもって、
「絵を描く」なんて時間は、取りすらしなかった。

でも、最初の一年目の学校で取った、美術の授業。
久しぶりに絵を描くことが、本当に楽しかった。
ライフ・ドロウイングのクラスで、ヌードのモデルの人を前に、
10秒、30秒、1分、3分、5分、10分とかの単位で、
人物デッサンをする。

それをしてるとき、もう本当に楽しくて、
「俺はやっぱり、絵を描くことに最高の喜びを感じるんだ」なんて、
直感的に思っていたことを覚えている。
冬学期。2月ごろ。
寒い夜のキャンパスを、一人で絵の道具を持って、
寮に向かって歩いているときだった。

同じクラスの中の人にも、
「キミは人の動きを瞬時に捉えて描く才能がある。
 漫画やアニメの道に向いてるかもね」なんても言われた。


そう、自分が進みたかった道は、
ディズニーやPIXARのような、CGアニメーションを作る会社で、
アニメーターとして働くことだった。

でも、2年目から写ったDe Anza Collegeで、
アニメのクラスを取り巻くった、半年。
いつも宿題の絵に追われ、
だんだん、「絵を描くこと」が、”楽しみ”から、”義務”へと変わり、
それを純粋に楽しめなくなっていた自分がいた。

同時に、その道で食べていくには、
相当の技と、運と、人のコネと、
後は、相当の「絵を好きな心」が無いとだめだった。

ハリウッドの道で、自分の絵を売り込むには、
相当きつい。
自分は模写は好きだが、
オリジナルのアイディアは、全然出てこない。
コピーができる人なら五万といる。
そして、自分よりその技術が優れている人も、
五万といる。

自分の技術の少なさだけで、その道をあきらめるのは絶対にやだったが、
それ以上に、自分の、「その道を行きたい」というパッション(情熱)が、
そこまで無かったのに気づいた。
自分の一生を、その道だけに捧げるまでに。


****

それ以来、ほとんどもう、絵は描かなくなっていた。
それまで、「楽しかったもの」が、
一度打ちのめされて、「もう触りたくないもの」みたくなっていた。

同時に、中学校くらいから、自分にとってお金になったり、
自分の人間性を直接伸ばすようなこと意外(本を読んだりとか)は、
やっても「意味がない」なんて思っていた自分がいたから、
絵を、ただの楽しみで描くなんてことは、
もう本当に意味がないと、なぜか勝手に思い込んでいた。

小学校のころは、
あんなに、毎日描いていたのに。

目が悪くなったのも、絵を描きすぎたから。


***


今日、久しぶりに、絵を描いた。
超、楽しかった。

今は、ドラゴンボールのスーパーサイヤ人悟空の絵を、
キャンバスに、鉛筆で下書きして、
ペンで輪郭を引いて、
アクリルで、色を付けている。

キャンバスを買ってきて下書きを始めたのは、
5月くらいだったが、
ペン入れと初の色付けを始めたのは、
今日。
新しい家にも移り、
今までスペースがなかったのと違い、今は絵を描くスペースもでき、
さっそく、やってみた。

もう、マジで楽しかった!!
最高に、楽しかった。
好きな音楽を聴いて、絵を描く。
その時間は、なんか、ある意味、
自分の心が、宇宙に浮いている感じ。
自分の心は、ここには無い。
どっか、天国の、気持ちいいとこにいる。
で、手が自然に動き、
聞いている音楽が、脳に普段以上にすんなりと入ってくる。

なんか、ハイになってる感じ。
そんな感じ。

***

絵を描いていると、自分がムリなく、「自分」でいられる。
「本当の自分」に戻ってる感じ。
脳が活発になって、すごく楽しくなって、
考えずとも、次の動きが頭に出てくる。

音楽を聴きながら、歌いながら、絵を描く。
こんな楽しい時間があったなんて。
こんな楽しい時間を、俺は、中学に入ってから、
取っていなかったなんて。

ずいぶん、大事なことを、見失っていたんだなと思う。

***

絵を描くことは、自分にとって、メディテーションみたいなものなのかもしれない。
社会に出てって、ある程度は、自分を強制して、働かせたり、
周りの人に合わせたり、元気を出したり、
とにかく、「自分を社会の中でやっていけるように」動かす。

しかし、絵を描いているときは、
そんな、「自分への強制」が一切なしで、
とにかく、「自分」でいる。


俺はもともと凄くシャイだし、
人とも、あまり関わりたくないタイプ。
小さいころは、自分の母親と、
すごく仲のいい親友ほんの数人としか、話さなかったし、
女子と話すなんて、ほんとできなかった。

自分が知らない人に、自ら話しかけるなんて、
ほんと、ムリだった。
できれば、いつも家にいたかった。

***

もしかしたら、本当の素の自分は、
そんなヤツなのかもしれない。
でも、そんな自分がイヤで、
そんな家に引きこもりで、恥ずかしがり屋な自分じゃ女の子にモテないから、
無理やり自分を変えていったと思う。
中学校くらいから。

んで、そんな自分が、「フツウ」になってしまった。
そうやって、他人に自分から話しかけて、
アウトゴーイングで、どこにでも足を運ぶような自分が、
「ふつう」になってしまった。


でも、どっかで、
昔の、ほんの小っちゃい頃の、
「超恥ずかしがりやで人見知りの自分」はまだいるのかもね。
で、「家で一人で絵を描いているのが一番好きな自分」は、
俺の核の部分に、残っているのかもね。


そんなわけで、そんな、元来の自分が現れるのが、
俺が絵を描いているとき。
で、もう誰にも気兼ねなしで、天国をフラフラしているような気分になってるのが、
絵を描いているとき。

らしい。


それを今日、絵を描いていて思った。


長くなっちゃった。


8・26・07

goku shitagaki

これが鉛筆だけでの下書きのとき。










m
こんな風にして描いてます

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