August 23, 2007 23:10

「変化」



環境の変化。
生活習慣の変化。

人は、「変化」を嫌う。
その変化が例えいいものであろうと、
その「変化」に慣れるまでには、時間がかかる。

***

新しい場所に移った。
新しい仕事も始まった。

今まで、クローゼットに一年間住み続け、
バスルームは5人でシェア。
キッチンにはゴキブリが出て、
トイレや風呂場はほとんどの人が掃除をしなく、誰かに任せっきりで、
そんな環境に、ストレスを感じていた自分がいた。

窓のたくさんある家。
風が吹き抜ける家。
海に近い家。
綺麗なキッチンと、トイレと、風呂場がある家。

そんな家に住みたいと紙に書いたら、本当にそんな家が見つかった。

今は、そこに住み始めた。

***

早く仕事を見つけねばと、焦って、色々なところにアプライした。
全然仕事が決まらず、俺は4年制大学を出てまで、何してんだろうと、
今の自分の生き方が正しいのか不安になりながら、
とにかく待ってみた。

結局、初めから働いて見たいと思っていた、スターバックスでの仕事が決まった。
しかも、凄く感じのいい店で。

***

自分が望んだもの。
自分が、「絶対に手に入れたい」と思ったものが手に入った途端、
その自分の人生の「変化」に、心が追いついていない状態がある。

その時。
その新しい状況が、自らが望んだものであるのに、
そして、その状況は、前の自分の生活に比べ、絶対にいいものになっているのに、
それを、うまく受け入れられない自分がいる。

そして、前の生活を少し、懐かしく思う自分がいる。

しかし、よく考えて見ると、気づく。
今の状況は、自分がまさに望んだものじゃないか、と。


****

ある本に書いてあった。

「その人のもとに入ってくるお金には、
 その人の器量にあった分だけが入ってくる」と。

また、

「その人の人生は、その人が望んだものになる」と。


今回、生活の変化を迎え入れ、
その意味が、感覚的にちょっとだけ分かった気がする。


****

自らが望んでいる人生。
自らが欲しいと思う、お金の量。
自らが欲しいと思う、生活。


果たして、それが入ったとき、それを素直に受け入れられるのか。
それを、素直に受け入れ、
それを、「幸せだ」と感じられるだけの、「器量」・・・「心の器の大きさ」があるのか。

その器量なくしては、
結局、いくら自分が望んだものが手に入ろうと、
幸せにはなれない。


何を、「幸せ」と感じるのか。


そこを、よく確かめるべきだ。


****

そんなわけで、今、
自分の「心の器の大きさ」を再確認し、
徐々に広げている最中。


8・24・07




PS.
いや、それにしても、自分の「空間」があるってのは、いいもんっすね。
クローゼットに一年間住んでみて、本当に多くのことを学びました。

もう、本当に最小限のスペースでも、うまく生きていけるようになったし、
「モノ」を必要以上に持たなくなったし、
一体、何が自分の生活に本当に必要で、そうじゃないのか、
よく分かるようになった。

狭い空間でも、工夫次第で、どうにでもなることも覚えた。

そもそも、世界全体で見れば、こうして、毎日雨風や危険な目に会うことを気にせずに、
温かいシャワーが浴びられて、キッチンで料理が出来て、夜寝られるだけで、
もう本当に幸せなんですがね。


ほんと、人ってのは、他の人と比べて、
何が自分にとって「幸せ」なのかじゃなく、
「あの人よりいい生活をしてるから・・・」って、そういう物差しで物事を決めがちだからね。

そうしている以上、本当の心の平穏はないよね。


「取るに足る」を知ることですね。

でも、向上心を無くさないこと。
これが俺にとっては大事ですね。




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