July 28, 2007 04:51

2007年7月28日、朝3時45分の思い


今、朝の3時45分。
今日は、久しぶりに、つーか、初めて、
2週間ぐらい前に彼女が日本から帰ってきてから、彼女と離れて夜を過ごしている。
クローゼットには窓も無く、新鮮な空気も入らず、
二人で寝ていては、俺が夜しっかり眠れていないという理由で、
あの子は、自分の家に帰ってしまった。

つーわけで、一人で寝ようとしたが、一人でもこの部屋は暑すぎて、結局眠れるはずも無く、
数日前に友達に借りた、高橋歩の「LOVE&FREE」と「夢を追い続けた堕天使たちの「旅」の記録」という本を読み始めて、一気に心が熱くなってしまい、余計眠れなくなってしまった。

明日は朝から動き出し、夜も友達の劇をハリウッドに見に行くってのに、
またまた、起こられるんだろうな、彼女に。
「なんで寝なかったの」と。
ま、今の気持ちを、ここに書いてから寝るよ。

***

さてさて、俺もこのブログを初めて、もう1年と5ヶ月くらいが経つはず。
最初は、自分の考えや思い、またはその日に起きた、心に残ることを、
ここに記すため、始めた。

それまでは、ずっと、ノートに日記を書いてきていた。
高校の頃から、日記は付けていたが、
今のように、ほぼ毎日付けるようになったのは、アメリカに来た初日から。
毎日、日本では考えられないようなことが起きたり、素晴らしい経験をしたり、
または、悩みがあったり、自分の心の中の葛藤があったりと、
自分の気持ちを整理するためにも、自らの日々を忘れないためにも、
自分の生きてきた足跡を残すためにも、
書き始めたのが、きっかけ。


そんな風にしてきたから、こうしてパソコンに打って、
それを、誰か他人が読むのを知った上で書くのは、
最初、何か変な気がした。

でも、自分の考えが誰かに読まれるってのも、
正直楽しくて、
だんだん、それにはまって行った自分がいた。


しかし、それを続けていくうち、
自分が誰かに「見られてる」ってのを気にして、
いつの間にか、どっかで、ここに何かを書くとき、
「かっこつけたい」「よく見られたい」「面白い人と思われたい」
「がんばってるって思われたい」
そんな風に、「思われたい」と思って書いている自分が出てきたんだな。
あ〜くだらないな、そういうの。
そんなの、こんなとこに何書こうが、自分の好き勝手に書けんだから、
そんな、こんなとこで自分フェイクしたって、何の意味もないじゃんね。

でも、それでも、自分をどうにか「よく見られたい」ってのが、
心の奥底にあるから、
ついつい、誰かを意識して、自分の本心を、ここに心から、
吐き出すことが出来なくなってたわけよ。

ま、チキンなわけですね。
他人に自分をどう見られるかを、気にしているわけですから。

でも、最近、そういう自分に飽き飽きしてさ。
このブログで、いつの間にか出来上がっちまったと自ら「思い込んでいた」、
「俊輔像」を、自ら意識して、
その「俊輔像」に、必ず当てはまるように、何かを書こうとしている自分がいてさ。

そんなことを気にしてたら、「面白いこと」「楽しかったこと」
そんなことしか、ここに書けなくなってたわけよ。
要するに、自分が自ら作り上げた、「自分のイメージ」から、抜け出せなくなってたわけだ。

しかし、そんな「イメージ」なんてのは、自らが作り上げたもので、
しかも、そんな「イメージ」すら、本当は存在しないもので、
結局は、他人を気にしている、自分のせいだという・・・・


さて、前置きが長くなってしまったが、
そんな訳で、今日はここに、何のフィルターも無しに、
自らの心を吐き出して見ようと思う。

*****

この、「LOVE&FREE」。
読んでて、俺が今まで旅をしていた時を思い出した。
彼女が言ってた。「みんな旅をすると、こういう風に思うんじゃないの?」って。
そうかもしれない。
この本に書かれていること、つまり、
この高橋歩っていう人が、旅の最中に記した言葉は、
俺が、去年の夏のアジアの旅の途中や、アメリカ一週してて際に、
感じてた心の状態と、ほとんど一緒だった。

去年、俺が旅の間に記してた日記帳に書いたのと、
ほぼ全く同じ言葉や考え、感覚などが、
この本にも、ほとんど書いてあった。

だから正直、この本を最初に日本の本屋でいつか見かけたとき、
「こんなの何でもないやん」とバカにして読まなかった。

でも、今のように、旅にもいかず、
一つの国に、スタックしている状況で、この本を読むと、
「いいなあ」という思いとともに、
素直に、この人の言葉を、今は読めた。

もしかしたら、この人と、俺の感性が、似ているのかもね。
だって、まるで俺自身の日記帳を読んでいるようだったから。


*****

この人の言葉の中に、今回、特に心に残ったものがあった。

「たくさん食べることは無い。
一匹の魚を骨まで味わってごらん。
そのほうが、本当の「おいしさ」がわかるから。

たくさん読む必要はない。
一冊の本を文字が溶けるまで味わってごらん。
そのほうが、本当の「おもしろさ」がわかるから。

たくさん愛する必要はない。
ひとりの人を心ゆくまで愛してごらん。
そのほうが、本当の「愛」がわかるから。」

ってやつ。


これを読んで、「まさにそうだよな」と共感した。

物があふれる時代。
人があふれる時代。
食べ物があふれる時代。

常に、「選択できる」という、幸福さを持ちえた俺たちの世代。

先進国にいるからこそ、そして、
その中で、「毎日生活に困らずに生きていける」という、
最低限の生活レベルが保てるという、裕福さの中でこそ、
この幸福さは生まれる。


が、しかし同時に、
常に選択肢があるからこそ、
一つのことに引っ付いて、それをじっと深く掘り下げることを、
中々しなくなって来ているんじゃないかと。人々は。


例えば、小さいころ、漫画を買ってもらった。
それ一冊しかないから、何度も何度も読み返した。
そのおかげで、全ての台詞、絵、コマ割りまでをも覚え、
その漫画から、多くのことを学んだ。

CDを買った。
それ一枚しか持ってないから、何度も何度も聞き、
そのアルバムから、多くのことを学んだ。


しかし、大きくなるにつれ、
読む本も増え、一冊を、じっくりと、何度も読み返すことも無くなった。

CDも、何枚も増え、
一枚のアルバムを、何度も何度も聞くこともなくなった。


しかし、どこか旅に行ったりして、自分が何も持っていないとき、
そんな時、
そこで、人生経験として役立つのは、
昔、何度も読み返した本から。
何度も繰り返し見た、映画から。
頭に浮かぶのは、
何度も聞いた、アルバムの曲。

そして、たとえ多くの本や漫画を知らなかろうが、
たとえ多くの音楽を知らなかろうが、
その一枚に精通していれば、
その漫画の持つ、「全体像」、
音楽の持つ、「全体像」、

それが、分かっている自分に気づく。



人を愛するということも、同じことで、
たとえ、何人もの女性と出会い、付き合おうが、
一人の女性を、心から愛することなくしては、
一生、「人を愛する」ということが、どんなことなのかは、
わからないだろう。




******


俺は、今の彼女に会って、
自分の考えが変わったと思う。

前は、一人でいても良かったが、
何か、心に満たされない部分があった。

そして、その「欠けていた部分」が、
彼女と出会い、時を一緒に過ごすことにより、
どんどん満たされ、そして、いつの間にか、
その「欠けていた何か」を、気にすることすらなくなった。

それは、「愛情」というものだった。


******


前までの俺は、
一人の女性を、本気で愛するということを知らなかった。

一人の女性を選び、
その人を愛するということ。

一人の女性を愛するとは、
その人を愛すると、決めるということ。



高橋歩の言葉の中にあった。

「誰かを愛するということは、
 誰かを愛さないということ。
 
 何かを選ぶということは、
 何かを捨てるということ。

 俺は、捨てる勇気が、まだ足りないみたいだ。」



前の俺は、その勇気がなかった。
一人の女性を愛する、ということを決めるということは、
他の女性を、愛さない、と決めるということ。

いつも、みんなにいい顔をしようとしてしまう自分は、
いつも、どの女の子にもいい顔をしようと、
誰にでもかっこつけていた。

一人に決めるのを恐がり、
いつも皆から好かれようとしていた。


しかし、そんなのは、最低であって、
男らしさのかけらもない。


今の彼女に会い、この子を好きになり、
彼女と付き合うと決めた瞬間、
俺の中で、何かが変わった。

今まで、中途半端だったものに、踏ん切りがつき、
この女性を愛そうと決めた瞬間、
今まで知らなかった感情、
「愛情」が、心からどんどん、溢れ出てきた。



その感情、
前の俺のように、一人の女性に決めることを嫌がり、
みんなにナイスにしようとしていた俺のままだったら、
この、「愛情」という感情は、一生理解できずに、
人生を生きていただろう。

誰かを、ここまで愛おしく思い、
ここまで、大切に思う感情。

そして、その人を愛せば愛すほど、
自分の心の幅も、どんどん大きくなっていくように感じる。


誰かを本気で愛さないということは、
誰かを本気で愛するだけの心の幅がないことであり、

同時に、

誰かを本気で愛するということを知ると同時に、
自分の心も、どんどん深くなっていく。



このことには、5月の終わりに気づいたのだが、
どうも、ここにそれを書くことが、恥ずかしくて、
書いていない俺がいた。

それは、「愛情」とか、「愛する」ってことを書くことが、
「恥ずかしい」と思ってる、俺がいたからだ。

しかし、それも、やはり、それを「恥ずかしい」と思うだけの、心の小ささだったわけで、
それを「恥ずかしい」と思うほうが、もっと恥ずかしいじゃんね。

俺は、毎日、彼女と過ごす時間から、
多くのことを学んでる。

毎日が、連続の発見。
毎日、多くのことを、学んでいる。


そして、その、毎日の感動を、
今しかない、この思いを、
ここに記したい。

ただ、それだけ。


******

自分の素直な思いをここに記そうとしたら、
もうこんな時間になってしまった。

もういい加減寝るか。

4:47AM 



トラックバックURL

コメント一覧

4. Posted by Shun   July 31, 2007 01:10
馬場先生、

こんにちは、コメントありがとうございます。

本当ですね。馬場先生の仰る通りです。
彼女に会って、毎日を一緒に過ごすようになってから、今まで、自分一人では気づけなかった多くのことに気づき、自分自身が、人間として成長していることを感じます。

またここにも、自分の気づきや成長を、書いていきたいと思います。

馬場先生も、体に気をつけて、がんばって下さいね。
俊輔
3. Posted by 乾竹   July 30, 2007 12:29
素晴らしいですね。


誰かを愛するということは、
誰かを愛さないということ。
 
何かを選ぶということは、
何かを捨てるということ。

俺は、捨てる勇気が、まだ足りないみたいだ。


この言葉、とても心に響きました。


愛。

とても大切です。


それは、お互いの成長を引き出すことが出来ると思います。

そして、一人では気づけなかったことに気づかせてくれると思います。



これからも大切に育んでいってください。

応援しています。

2. Posted by Shun   July 30, 2007 03:20
うぶさん、

そうですね、彼女は素晴らしい子ですね。
毎日実感してます。
1. Posted by うぶ。   July 29, 2007 20:06
いやー。
ごちそうさまです。

じゃなくて。(笑)
彼女は私の中でもだいぶ大きな存在で
前から彼女のすばらしさっぷりを誰かとシェアしたいと思っていたので
なんか嬉しいです、この日記。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Archives
記事検索