January 22, 2007 04:00

岩手・北上のおばあちゃんを訪ねて

2007年1月7日、8日

7日の朝に家を出て、家族で、岩手へと向かった。
岩手には、俺のただ一人のおばあちゃんがいる。
そのおばあちゃん以外には、おじいちゃんも、もう一人のおばあちゃんもいない。
俺にとっては、大事なおばあちゃんだ。

今回日本に帰ってきた理由として、
日本の会社との面接っていうのもあったが、
それ以上に、おばあちゃんに会いに来たというのが大きかった。
俺がアメリカに行くまでは、おばあちゃんは夏の度に、わざわざ遠いところを、
新幹線を乗って、岩手から成田まで来てくれていたが、
1年前に体を壊し、去年、入院することになってしまった。
去年の夏は、岩手の病院にお見舞いに行った時には、そんなに元気ではなかったが、
今回は、無事退院もし、おばあちゃんは、徐々に元気になっていっているみたいだ。

今回も、おばあちゃんを訪ねに行くのが、楽しみだった。
行って、この前の夏もやってあげた、手と足のマッサージをしてあげる。
アロマのセラピーオイルを使って。
前回は、病院の病室の中ということもあり、最初は遠慮していたが、
いざやってみると、気持ちよかったらしく、
「おばあちゃん幸せだ〜」と言ってくれた。
今回も、それをするために、岩手に向かう。


岩手は、今年は雪も降らず、暖かった。
毎年、確実に、暖かくなっている。
地球の気候は、確実におかしくなってきている。

岩手に着き、おばあちゃんの家へ向かった。
おじちゃん、おばちゃん、そしておばあちゃんが迎えてくれた。
おじちゃんとおばちゃんは、地元の小学校の、校長先生をやっている。
二人とも教育関係の道で進んできて、
担任を受け持つ先生から、教頭になり、
数年前、二人とも校長になった。
自分のおじさんおばさんとは言え、
やはり、なんか緊張するな 笑
でも、話し始めると、やっぱり俺のおじさんとおばさんだった。^−^
色々な話を、お茶を飲みながら、していく。

今回、12月の26日から、30日の朝まで、
俺は、ある会社に拘束されていた。
ま、「拘束」というのも変だが、
その会社からの圧しが強く、4日間の飲み会と忘年会に付き合わされた。
その話は、また別の機会に。
かなり強烈的だったので、聴きたい人は、個人的に聞いて下さいな。

そんなこともあって、年末の俺は、自分の進路を一体どうしたらいいのか、
迷いや、他の人の意見や、
いろいろなものが混じって、
頭は整理されていなかった。

しかし、この日、おじちゃんとおばちゃん、そして俺の父親も混じり、
4人で、徹底的に話し合った。
今の自分の進路の状況。
この会社の、スタイル。やっていること。
今のところ内定をもらっている会社。
アメリカでの道。

色々なことを話あった結果、
一つの結論が出た。
俺は、その“道”に行くことにした。
アメリカに残る。
今までの4年半のアメリカ生活で得たものを使い、
自分の力を試す。
アメリカの企業を相手に自分のことを売っていくのは、
日本の企業に自分を売り込むよりも困難だが、
自分の力を更に上げるためにも、試し甲斐がある。

4年半前、日本を発つときの、先が見えない不安。
同時に、先が見えないからこそ、自分の未来を期待する、ワクワク感。
そんなものが、また生まれてきた。
1月末、日本に戻ってからは、またアメリカ企業を相手に、動き出す。

******

話はずれたが、そんな風に、自分の納得いくまで、
自分のことについて、3人が真剣に話し合ってくれたこと。
時間を取ってくれたこと。
凄く有難かった。

その後は、夜になり、夕食。
岩手・北上の名物。
魚介類を、ふんだんに食べる。
普段アメリカじゃ、刺身なんて中々食べられないから、
嬉しかったな。^−^

刺身








そして、ひと段落してから、おばあちゃんのマッサージを始めた。
始める前に、おばあちゃんが自ら言ってくれた。
「俊輔、マッサージやってけろ」
嬉しかったな、そう言ってくれて。

おばあちゃんの部屋に入り、そこでゆっくりと、
手を片方ずつ、アロマのオイルをたらし、
指の先から、ゆっくりと、確実に、揉んでいく。
手が終わったら、今度は足。
足も同じように。
血行が良くなるように、しっかりと、揉みほぐす。

最初は、血行が悪く、そして肌もガサガサしていたおばあちゃんの手と足だったが、
40分ほどマッサージをした後は、肌の色も、
綺麗なピンクになり、
血行がよくなって、温かくなっていた。

見ると、おばあちゃんは寝ていた。
相当気持ちよかったようだ。
起こすと、「気持ちよくて寝ちゃったよ」と。
そうか。
よかった。


その後は、いとこのアキラ君が帰ってくるまで、皆で待っていた。

彼は今、岩手の北上にある、
BOULE DE NEIGE(ブール ドゥ ネージュ)というフランス菓子店で、
修行を含め、働いている。

「BOULE DE NEIGE」
ナプキン











彼は、地元の大学に進み、卒業したものの、
フランス菓子職人になりたいとの夢を通し、
東京に修行に出て、
そこで下積みをして、
今は、彼の地元にできた、この店で働いているというわけだ。
この店、この前、「料理王国」という雑誌でも、大々的に報道されたらしく、
その以前も人気だったのに、
今は青森や秋田など、他の県からもわざわざ人が買いに来るほどになってしまったらしい。

料理王国





「料理王国」







雑誌全部雑誌全体












雑誌上雑誌下









「フード・パッケージ・デザイン特集」
(いかにその商品をうまく表現しているか、という特集で、
 サントリーの”伊右衛門”と共に選ばれた)

雑誌11雑誌12













雑誌13雑誌14












2年前の冬、岩手を役10年ぶりに訪ねたとき、
まだアキラ君は下積み時代で、
毎朝家を出るのは6時前。
そして帰ってくるのは夜中の1時ごろという生活を送っていた。
休みは、年始に2日取れたらいい方。
あとは、一切なし。
睡眠時間もなく、
自分の時間も一切取れず、
しかし、自分の夢のために、ただひたすら、その道を走っていた。

その彼も、今では大分経験を積み、
今では、夜の10時ごろには帰ってこれるようになった。
朝も、7時ごろまでに行けばいいらしい。
この日も、10時前に帰ってきてくれた。
いつものように、お土産のケーキを、10個ほど持って。^−^

俺がおばあちゃんのマッサージを終えたとき、
すでにみんなでアミダくじでどのケーキを食べるか決めていたらしく、
俺のは、2種類からのチョイスしかなかったが、泣
でもおいしかったぜ!!

ケーキ1ケーキ2







彼ともみんなで話し、
色々な話に話題は飛んだ。
これからのそれぞれの人生の生き方。
結論は、やはり、「自分のやりたいことをやった方がいい」という結論に達した。
そしてそのためには、絶対に途中であきらめないこと。
やり遂げること。
結果を出すこと。
おじちゃんもおばちゃんも、教育関係でずっと進んできたから、
筋が通っている。
そんな有意義な話ができて、
いい時間だったぜ。


その日は、夜の12時前に、彼らの家を後にし、ホテルへと戻った。

******

次の日、朝起きて、また彼らの家へ向かう。
用意してもらった朝食を頂いた後、
みんなで、アキラ君の働く、ブール・ドゥ・ネージュへ。
その詳細は、次の内容で。

******

店から帰り、新幹線の時間までの最後、
おばあちゃんにもう一回、マッサージをしてあげた。
また、気持ちいいと言ってくれた。
おばあちゃんが言ってくれた。

「またこうして、年に一回、
 みんなで会えるといいな。
 おばあちゃんも楽しみにしてるからよ」

その言葉が聞けて、本当に嬉しかった。
必ず、また会いにくるよ。
それまで、元気でいてね。


また、必ず会いに来ることを誓って、
北上の家を去った。




写真・みんなと
みんなと




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