October 30, 2006 00:00

旅三日目〜Monument Valley 編〜(前半)

10/15/2006 (Sun)

さて、三日目!
朝起きてみると、あれ?外が明るい!!
・・またやっちまったよ!!(涙)
ドジですね、はい。
時計を見ると、7時半ごろ。
日の出は完璧に逃したな。
4時半起きは無理だったか・・

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車の外を見ると、明るいことは明るいのだが、何か白いぞ!?


よく見てみると、あたり一面には霧が。
10メートル先を見るのも、大変くらい。
マジかよ。。。折角来た唯一の日が、霧とは。。。

でも、これもきっと、そうなるべくしてなってるんだろうと、
気持ちがすぐ切り変わる。
不思議だな。なぜか旅に出ているときは、何が起ころうと、そのものを、そのまま受け入れようと自然に思えるし、それが自然にできるんだよね。
多分、旅に出ているときというのは、全てのものが新しくて、自分の未知の世界で、思い通りには行かないと分かっているから、
その物事を、素直にそのまま受けいれた方が賢いというのが、
経験上身についたのかもしれない。


とりあえず、クソ寒い中車を動かし、
近くのマクドナルドに行く。
理由?そりゃあもちろん、トイレを借りる事ですよ、お客さん・・・

*****

マックに着いて、メニューを見ると、けっこう美味しそうだね。
何か頼もう。
オーダーしながらレジのおばちゃんに、「いつもこんなに霧がかかるの?」って聞いたら、「いや今日は珍しいわよ」って。
「これ一日中続くのかな?」と聞くと、
「いや、すぐに晴れるでしょう」と。
よかったよかった。

朝食を済ませ、いざ出発。

******

日記から。

☆過去のことを良く思い出して、“これでよかったんだ”と自分に何度も言い聞かせてるときは、“今”を一生懸命生きてない場合が多い。

☆こうして今まで来たことのないアメリカに来て旅をすること、人と話すこと、景色を見ることは、“このアメリカのデカさ”に気付かせてくれる。

******

車を運転していく。
その町からは、モニュメントバレーまで、あとたった20マイルほどだったことに気付く。
霧がかかっていて、遠くはほとんど見えない。
しかし、うっすらと、その霧の下に、徐々に見え出す、そびえ立つ岩山!!

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とても幻想的な光景だ。
何か、自然の力を感じる。
何か凄い事が始まる前の、「序章」みたいだ。

******

もう少し走って、遂に出た!
真っ直ぐと続く、一本道。
そして、遠くの方に見える、そびえ立つ岩山。
これが、よく写真に出ている、光景か。
霧で遠くまで見渡せなかったのは残念だが、
これも一つの、綺麗な光景だろう。

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冷たい空気の中、
誰もいないその空間で、
立ち尽くす。
遠くから、車が走ってくる。
不思議だ。
あんなに遠くの方に車はまだいるのに、
こんなに「うるさい」。
これだけ、何もない、自然だけの空間だから、
人工のうるささは、一つもない。
そんなところに、たった一台車が走ってくるだけで、
これだけ、騒音となるのか。

俺の横を通り過ぎていく車は、
もの凄い耳障りな音で、通り過ぎていった。
俺も、この「クルマ」に乗って、ここまで来たんだな。
人間って、自分たちが作りだした物質を使って、
この地球の中で、便利に生きようとしているんだな。

そんなことを感じる。

******

もう少し走ると、左手にでかい岩がそびえ立つ。

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車から降りて、これも少し眺める。
でかい。
写真じゃ伝わらないな、やっぱり。

******

またちょっと走ると、
左手に、ナバホ族の人たちがジュエリーを売っている店が出てきた。
そして右側には、「Monument Valley」と書かれた看板が、
右の道を指して立っている。
え?こっちなのか?
とりあえず、行ってみる。


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少し走りだして、その道の目の前に広がる光景に圧倒された。
目の前には、地平線から現れだした、バカでかい雲。
太陽がまぶしい。

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右手、左手には、大きな岩山。

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そして後ろを振り返ると、やはり雲と、その後ろにそびえ立つ、岩山。

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何て幻想的な空間なんだろう。
360度見回し、その「偉大な空間」に、ただ、地球のでかさ、自然のでかさを感じる。

*******

もう少し走ると、「Monument Valley Park」と書かれた場所が出てきた。
あ、一応、国立公園なんだ。
5ドル払って、中に入る。
車を停めて、そこにあった建物の階段を登り、展望台らしきところに行く。

そこに立った。


・・・・Wow!!
 
これが、「モニュメント・バレー」か!



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そう、そこにあった光景は、あの、よく教科書などで見る、
三つの有名な岩山たちであった。

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雲の下から顔を出す、そびえ立つ山々。
すごい。デカい。どっしりとかまえている。
三つの岩の後ろを、大きな雲が、
ゆっくりと、ゆっくりと、右へ流れている。

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その岩たちが、
徐々に、徐々に、
雲の下から、その顔を覗かせる。

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その下の細い曲がり道を、小さな車たちが、ゆっくりとゆっくりと、
どこかへ向かう道へ向けて走っていく。
その、岩のとてつもない大きさと、車のもの凄い小ささ、
そのコントラストを見て、“自然のでかさ”に、これまた気付かされる。

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ここはかつて、海の中だったのか?
すげえ・・・・

地球のデカさを、感じる。


********

教科書の地理の写真なんかで見るそれとは、全く違った。
こればっかりは、実際の目で見ないと分からないよ。
その大きさも、その偉大さも、その迫力も。
そして、その「空間」は、自然の神秘さを感じさせる。

まるで、「モナリザ」の絵の後ろの背景みたいな光景だ。
こんなところが、本当にあるんだな。

想像の世界から抜け出したようなその光景を目の前にして、
ただ、立ち尽くした。

モナリザ








そん時の日記から。

********

ぐいふいふい








俺たちは、この何十億年も歴史がある地球に、ほんの数十年だけ、
運がよくて、生かされていること。
ほんの数十年なんだ。運がよくて。
なのに、
その時代だけ、その土地だけ、
その国だけ、その地域だけの、
狭い“常識”に捉われすぎたまま、
毎日を送る。

そして死ぬ直前まで、気付かないのかも知れない。
この世に、“今”、生を授かっていることの、偉大さを。
この人生で、無限の可能性があることを。

そして、普段、その無限に広がる可能性の、
“ほんの”一部しか、使っていないことを。

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その狭い土地の考えに、固執し、
縛られ、そのワクの中でしか考えが思いつかない事が、
いかに視野が狭いか。
“こうあるべきだ”
そんなものはない。
自分が、心から信じた方法で、
自分の人生を、思いっきり生き切れれば、
それでいい。

**********

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毎日、日々の“雑務”に追われて、
大事なことを忘れてしまう。
その“雑務”は、後々になって思い返してみると、
大した内容ではなかったことに気付く。
そう、心に残っていないという事は、
大したことではないのだ。
なのにそれに一日の大半を費やし、
本当に大事なこと、
“己のSoulのに従うこと。
己の魂の声を聴くこと“に時間を割くのを、
忘れてしまうのだ。

その日々の雑務に取りかかる上で唯一大事なのは、
それが何であれ、
それに取り掛かる「姿勢」、「生き様」だろう。

72









旅に出て、広大な自然の中や、
名も無い土地、
今まで行ったこともないところに行き、
そこで一人じっくりと考えるとき、
何故、色々と良いアイディアが浮かぶのか、
そして、人生で一番大事なことに
気付くのか。


それは、日々の雑務や、人々の声から離れ、
自分の心を頭を支配していたものが全てふっ飛び、
心と頭が空っぽになった中で、
初めて、今まで見えていなかったCoreの部分、大事な部分に気付くからだ。


頭が雑念で支配されていては、
入るものも、入らない。
本当に大事なことに気付くには、
一度、全てをFreeにして、捨て去る必要がある。

73








どこかへ手ぶらで出かけること。
今まで見えていなかったことが、色々と見え出すのも、
普段、自分を取り囲んでいるものに、
気を捉われすぎて、
周りが見えなくなっているせいだ。

アルケミストの“スプーン”の話が良い例だ。
スプーンの中身ばかり見ていても、
本当の世界は楽しめていない。

(注:アルケミストの中からのある話より。
 また後で説明します)


***********

話は変わるが、

例え写真やビデオカメラの技術がどれだけ上がっても、
「その場所」を、そのまま伝えられるものというのは、
絶対に作られないだろう。
カメラでは、絶対に伝えられない。
その場所の凄さというのは。
何故なら、その場所の感動というものは、
そこにある空気、温度、風の流れ、周りの音、
そして、実際に自分の視界に入る全ての情景、
それを体全体で味わって、やっと、
本当に感じられるものだから。

よく色々なところにいくと、観光客が、写真だけ撮っては、満足したように帰って行く。
彼らは、カメラのレンズを通してそれを見はするものの、
実際の自分の「目」では、それをじっくりとは見ていない。
そんなことをしても、自分の心には、その場所は残らないだろう。
後で家に帰って、写真を見ても、不思議な感覚に捉えられるものだ。
「あれ?俺こんなところ行ったけ?」なんてね。
それは、写真を撮ることに満足して、本当に自分自身は、その場を「感じて」ないから。
本当に感じるには、その場で、五感全部を使って、その場を、感じなきゃいけない。

俺もヨーロッパを周ったとき、これをしてしまった。
写真だけ撮って、満足してしまっていたのだ。
だけど、「写真を撮ること」をし出すと、
「あれもとらなきゃ、これもとらなきゃ」と、
新しい景色やものが出てくる度に、「写真を撮ること」だけに気を取られ、
自分の目で見ることは忘れてしまうのだ。
写真だけとって、満足する自分がいるから。

だから俺は基本的に、旅の時は、カメラは持ち歩かない。
全部、自分の中に埋め込もうとする。
そのときの情景、空気、感情など。

でも写真のいいところは、その場に行っていない人にも、そこがどんな感じだったのかを、少しだけでもシェアできるところですね。
こんな風にね。^−^

**********

さて、話はずれたが、
しばらくそこに立って、その光景を堪能した後は、
中で絵葉書を買って、少し書く。

中に張ってあった地図などを見ると、どうやらあの車たちが通っていた道は、
奥へと広がる、更に続くモニュメントバレーの岩岩へと続くらしい。
そうか・・・行ってみようかな。

さっき入り口のところで、ガイドツアーがあったが、
2時間半で50ドルだと言う。
バカに高いな。それは無理やし。。。
よし!こうなったら、自分で運転してっちゃおう!!

そんな訳で、自らの車で運転していくことに決めました。
俺の小さなセントラ君で。
ま、ゆっくり行きゃ大丈夫っしょ!

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(ちなみにこの真ん中に停まってる、小さい黒の車が、
 俺の愛車セントラです。
 周りの車の大きさに比べると、余りにも小さくてビックリ!!
 今思うと、よくこれで行って帰って来れたなと思います。
 よくやったセントラ!!)

(続く)

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コメント一覧

2. Posted by Shun   October 31, 2006 07:12
タツロー、

コメントありがとう! 俺も遂に行って来たよ、モニュメントバレー!!めちゃくちゃ良かったよ!!
いいね!次はオーロラか!俺もまだ見たことないからな〜 なんかWeedの更に北に行くと、そこは冬になったら見れるらしいよ!今回のサンクスギビングで機会があったら見てくるわ!
俊輔
1. Posted by Z-ton   October 31, 2006 05:47
いやぁ いい写真イッパイ撮れたね!なんかマスターのblog読んでたら俺も旅したくなってきたよ。忙しない日々で疲れた心、オレも癒したいです。ちなみに次のオレのターゲットはオーロラです。

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