September 24, 2006 03:13

「今を生きる」

どっかの映画にあったようなこのタイトル。
別にパクッたわけではありません。
ただ、今夜の自分の考えていたことを書こうと思ったら、この言葉がすっと頭に浮かんで来たわけです。


今読んでいる本、「アルケミスト」。
パウロ・コエーリョというブラジル人によって書かれたこの本は、自分が今年の夏、旅の間に考えていたこと、そして、なんとなく気付き始めたことが、そのまま書いてあり、ページをめくればめくるほど、驚きと嬉しさの連続という本だ。
あと半分くらいで終わってしまうのが、何となくもったいないが、しかし、早く最後まで読みたい。そんな心境。

この本に書いてある、様々な人生の知恵。
共感することばかりだが、そんな中でも、今の俺が特に大事と思ったこと、一つ。


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主人公のサンチャゴが、砂漠を超えるシーンにて。
そのとき砂漠では、部族同士の戦争が起きだして、夜は敵から身を隠すために、火も焚くことができない。人々は先の見えない日々に疲れ、落ち込み、喋らなくなる。自分たちと共に行動しているラクダのうなり声は、以前は全く気にならなかったのだが、今は人々はそれを恐れてしょうがない。なぜなら、それは敵の襲撃を意味するかもしれないから。
そうやって、皆がみんな、無事にこの砂漠を超えられるのかどうか、そして、オアシスにたどり着く事ができるのかどうか、また、部族同士の戦争に鉢合わせしないかどうか毎日心配しているところで、あるラクダ使いは、あまり戦争のことを心配していないことにサンチャゴは気づく。

そのラクダ使いは、ある晩彼に言う。
自分は、今を生きている。過去にも未来にも生きていないと。
だから、その時、目の前にあることにいつも集中する。
彼は言う。
人生とは、私たちが生きている、今この瞬間だと。

そして次の日、みんなが待ち焦がれたオアシスを、地平線の向こうに発見する。
みんなが浮かれて騒ぐ中、サンチャゴは一人静かにたたずむ。
彼は、この後も、さらに先にあるピラミッドまで行くために、進んでいかなければならない。
今は目の前にオアシスがあるが、この瞬間も、いづれは思い出となり、また、苦しい日々が続くことを、彼は知っている。
しかし彼は思う。
大切なのは、今という時間であること。
そして、過去の教訓と、未来の夢と共に生きたいと。
今目の前に広がるナツメヤシの風景は、いつかはただの思い出となってしまうが、今は、それは実際に目の前に広がる、日陰であり、水であり、そして戦争からの避難場所であること。

このパートを読んで思った。
「今」を生きることが、「今」に集中することが、いかに大事か。
過去のことにいつまでも捉われて、それを引きずりながら生きることは良くない。
それは、過去に生きていることであり、心は、過去へ飛んでいる。
また、未来のことばかり心配し過ぎるのも良くない。
実際に起きるかも分からないことを心配しすぎる余り、心は未来へ飛んでいて、今目の前にあるものを、心から楽しむこと、感じること、感謝することができないからだ。

やっと気付いた。なぜ、旅の思い出は、こうまでも鮮明に、いつまでも自分の頭の中に残っているのか。
それは、旅の中では、瞬間瞬間が、新しい「今」の連続であり、
その瞬間は、もう二度と帰ってこないことを、体が知っているから。
だから、その時見る景色、感じる匂い、耳に入る音、
その時に会える人、話している内容、感じている気持ち、
全てが、“その時だけ”と知っているから、全てを楽しもうとする。
そして、常に、「今」に集中しているのだ。
その瞬間瞬間を忘れまいと思うが故に。
だからこそ、その時の思い出というのは、一生残る。
心をそこに集中させ、その瞬間を楽しんでいるからこそ、その時の印象は鮮明に頭に残り、後で思い返しても、それをまた思い出すことができる。

同じことが、日常生活でも言える。
誰か自分の好きな人と一緒に時を過ごしているとき。その瞬間を、すごく楽しんでいるとき。
そんなとき、その時の思い出というのは、いつまでも覚えている。
「あの時は楽しかったなあ」と。

逆に、後で思い返しても、特に何も思い出せないとき。
そんなときは、その時、心がどこかへ飛んでいたことが多い。
過去を思い返して、懐かしんでいたり、後悔していたり、
または、これから先に起こる未来のことを想像して、ワクワクしていたり、もしくは、不安になっていたりと。
そうやっている時、自分の心は、「今」を楽しんでおらず、どこかへ飛んでいる。
だからこそ、その時を精一杯味わっているとは言えないのだ。
そして、その時を後で思い返して見ると、「あれ、俺あのとき何やってたっけ?」となる。

自分はどちらかというと、未来に心を飛ばしすぎる傾向がある。
未来を先に読もうとする余り、常に先のことを考え、そのシュミレーションをしている。
それ自体はいい。しかし、無駄なのは、未来のことを心配すること。
心配は、所詮、心配。それが実際にその心配通り起こるかどうかは、その時になってみないと分からない。
実際にそれがそこで起こったならば、そのとき、いざそれを打破する行動を起こせばいいだけ。もし、それが起こらなければ、それはそれでいい。そして、その時、心配をしていた自分の労力は、無駄だったことに気付く。
だからこそ、未来を読むことはするが、それを心配することは意味がないこと。
それよりも、今をしっかり生きること。

例えば小さな例で、飛行機に乗り遅れそうだとしよう。
遅れたらどうしよう。車の渋滞があったらどうしよう。バスが時間通りに来なかったらどうしよう。
しかし、その時の心配は、全て心を不安にさせる以外は、何もいい効果をもたらさない。逆に、焦らせて、余計に無駄な事故や、災害を呼び起こすだけだ。
それよりも、まずは今できることを考える。車を確実に、そして安全に運転する。バスが来るまで、今の時間を有効活用する。
そして、実際に飛行機に乗り遅れなかったら、それはそれで一軒落着。
もし遅れても、まあ、そこで初めて、その状況を乗り切る頭に切り替えればいいわけだ。
ま、最初から、後れないように、早めに出るのが一番なんだけどね。笑
それが、“先を読み、あらかじめ賢く行動を起こすこと”。

しかし、自分の力ではどうにも先が読めないこともある。
それは、旅の途中、または、見知らぬ土地を歩いているとき、そして、新しい環境に入ったときなど、先が予測できないとき。
そんな時はやはり、「今に集中する」ということが大事になってくる。

試しに今晩、遅れそうだった友達のライブ会場まで車を運転する間、
いつもなら少し焦って車を急がせるところ、今回は、「今を生きよう」と思ってみた。

すると、今まで焦っていた気持ちはどこかへ消え、今、目の前にある景色に集中するようになってきた。
すると、今まで気付かなかったことに気付きだす。ロングビーチの、夜の景色。自分の周りを走る、他の車。
そういうものが、クリアに見え出し、余計集中力が高まる。事故を起こす確立は、確実に減っていく。
同時に、今この瞬間に、こうしてアメリカで運転できること。毎日生活できていること。友達のライブを見にいけるという、この幸せ度。
全てに気付き、改めて感謝し出した。
ニュースを聞きながら、タイのクーデターの状況や、日本の新しい首相のことを考える。
色々なことに思いを巡らす。
もしライブに遅れる事を心配していたら、その事しか頭に無かっただろう。

そして、気付くと、無事にライブ会場に着いている。
ライブは、今始まったところ。丁度いいタイミングじゃねえか。
心配しなくてよかったし、心配していたところで、その労力は無駄に終わっていただろう。そして、もし心配していても、心が焦っていて、事故を引き起こしたりして、余計遅れていたかもしれない。

そんな、小さなこと。
今現在に集中し、今を生きるということ。
それをするだけで、いかに一日が濃くなり、人生が濃くなり、
鮮明な思い出が増え、その時を楽しむことができるようになるか。

心の持ちようで、全ては変わってくる。
そんなことを、この本は教えてくれる。

9.19.06











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コメント一覧

2. Posted by Shun   September 25, 2006 04:03
寿美さん、コメントありがとうございます。
僕も寿美さんの送ってくれるメッセージに、いつも励まされているんですよ。寿美さんの言ってくれる言葉っていうのは、別に全然気取ってるとか、そんなのないし、ただその場で、綺麗な心で感じた事を、そのまま、すっと言ってくれるから、本当にそう思ってくれてるんなだあって、それを聞いて僕はめっちゃ嬉しいんです。

「今」にいつも集中するって、中々難しいですよね。僕も最近は、しょっちゅう心がどっかに飛んでます。心が安定していない証拠でしょうね。自分自身を鍛えるのは、いつも自分です。もう少し、自分の内面を鍛える事に、集中してみますよ。^−^
 俊輔
1. Posted by sumi   September 24, 2006 18:04
俊君、この文章とっても感動した!
すこく心に沁みました。
涙も出てきてる。まったく同感。
私も、今を生きることに集中してみるよ。

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