September 24, 2006 01:49

「読書」


本を読むことは、頭を鍛えさせ、心を豊かにさせてくれる。
読書は、自分に新しい知識をくれる。
新しい、ものの見方を教えてくれる。
そして、何より嬉しいのは、
自分が今までの人生で、なんとなく「こうなんじゃないかな」
もしくは、「こんな事に気付いたな」
と思っているとき、それを、読んでいる本の中で見つけたとき。
そのとき、「そうそう!」と頷き、
自分以外の人も、同じようなことを考えていたことに気付き、
もしくは更にそれよりも先の考え方が書いてあったりすると、
それはもう楽しい。

今読んでいる本で非常に面白いのが、
宮本武蔵の「五輪書」と、
パウロ・コエーリョの「アルケミスト」。
どちらも、心の持ち方や、考え方、
そして、この人生の法則、宇宙の法則などについて書いてある。

最近、自分はよく、
「心」について考える。
何よりも一番「心」が大事だと思うし、
心なくしては、人はありえないからだ。
心が死んでいては、生きていても、「生きている!」とは感じられない。
心の状態は、常に変わる。決まって、一定に抑えておくこと(平常心でいること)は難しい。
だからこそ、心のあり方、こころの持ちよう、
そして、心の鍛え方について書いてある本を読むと、
思わず共感してしまうのかもしれない。



高校ぐらいまでの俺は、
本を読んで、分かった“つもり”になっているやつだった。
自分で経験するよりも、本を読んで、それで、そこに書いてあることを鵜呑みにしたり、あたかも自分が経験したかのようになって、人に話したりしていた。
しかし、自分の実体験なくしては、本当にそれを、「わかった」とは言えないと思う。
自分の肌が、心が、その「真実」とやらに気付いていないからだ。

アメリカに来て、日本語の本が中々手に入らない環境におかれ、
本を読みまくることを一時期中断する羽目になった。
というか、毎日、新しい国での学校や、生活、友達づきあい等で、本をじっくり読むことをしなくなった。
そして、段々と、今度は自分の「実体験」が増えていき、
今まで本からの知識ばかりで、知ったつもりの頭でっかち野郎だった自分が、今度はバランスよくなっていくのを感じた。
そして、旅を重ねたりして、本から得られる知識を読むよりも、自分で経験して何かを感じ取った方が、よっぽど人間として学べると思い、本を読むのが億劫になった時期もあった。
本を読んでいる時間があったら、外に出て自分で色々と試してみろ!てな時期もあった。

しかし、そうやって自分の実体験から得られる情報の速さ、そして情報の量には限界がある。それに、自分の生活内で、自分に与えられる刺激や、チャンスの量にも、限界というものがある。
そこで、また本を読み出す様になるわけだ。
そうしてまた、自分では到底得られないような体験、環境の本を読み、
自分の知識がまた増えていく。

しかし最近の俺は、ただ知識を得ることには、余り興味を覚えない。
それはただ単に“事実”であって、ただの「情報」。
使えなければ知っていても意味があまりないし、第一、自分で見聞きしたものでないから、自分も本当に「わかった」とは言えない。
しかし、自分が、今までの人生経験で気付き始めた事を、本を読んで確かめる事、また、その分野をもっと詳しく知るために、本を読んで自分を強化する事、それは本当に楽しい。
また、旅を通したりして、自分の目で見て、肌で感じて、心で感じたこと、それで分かる、「人生の知恵」みたいのを知ることには、今はすごく興味がある。
そして今、そうやって自分で体験して、何となく分かってきたようなことが、本に書いてあったりすると、それはもう嬉しくて仕方ない。
「やっぱりね!」みたいな感じになる。
多分、周りに誰もそれを理解してくれる人がいなかったりして、
自分の思い始めたこと、気付き出したことは果たして本当なのか、
それとも、ただ単に自分の思い込みなのか、自信がなくなってくるときに、
そうして本で読むことによって、自分以外の人でも、同じような経験をしたり、同じようなことに気付いていたりすることを知ることが、自分を安心させるんだと思う。
人は、自分に一人でも、賛成してくれる人がいると知った瞬間に、
自分の決心は強くなるものだ。


今読んでいる「アルケミスト」の中で、共感した場面からの話を一つ。
砂漠の中を進む、主人公の少年と、彼と一緒の旅の集団の中にいる、錬金術師を目指す、イギリス人。
少年は、砂漠や、海、火など、自然を見たり、人々や動物の動きを観察して、ものごとを学ぶ事が多い。
逆に、イギリス人は、多くの書物を読み、その中から、ものごとを学びだす。
イギリス人は、少年に、自分が持っている本を読む事を薦め、
少年は、イギリス人に、砂漠をもっと観察することを薦める。

結果、少年は、その本たちからは、特に多くのことは学べなかったことに気付く。
これはイギリス人にとっても同じであり、彼は、砂漠からは、特に大したことは学べなかった。
しかしこれを、イギリス人は、少年が自分の持つ難しい本から学べなかったのはこういう理由だと取る。
「彼の魂はあまりに初歩的で、こうしたことが理解できないに違いない」と。
しかし少年は、こう取った。
「人は誰でも、その人その人の学び方がある」と。
「彼のやり方は、僕と同じではなく、
僕のやり方は、彼と同じではない」と。

自分はどちらかというと、この少年に近いと思う。
昔は、教科書から学ぼうとする方だったが、最近は、自然から学ぶ事がいかに多いか、去年辺りから気付き始めたのだ。
これは、今の自分には、自然から学ぶ、ということが、一番合っているんだと思う。もちろん本からも、いまだに沢山学ぶが。
しかし、こういった事を言うと、特に本を通して学ぶ人から(つまり勤勉な人たち)からは、「何変なことを言ってるんだ」と取られる事が多かった。
彼らにとっては、自分の学ぶ方法こそが、“優れた”学び方であると思っており、だからこそ、こうやって、“自然から学ぶ”という自分のような人間を、下に見る傾向にあるのだろうと。
実はついちょっと前まで、俺もこういう人間の一部だったのである。だから彼らの言い分もよく分かる。

しかし、この本にもあるように、人によってその人に合った学び方は違うのである。本から学ぶ人もいれば、人と話して学ぶ人、行動を通して学ぶ人、自然を観察して学ぶ人、
感覚を使って、直感で学ぶ人、頭で考えて学ぶ人、理論的に考えて学ぶ人、
いろいろなケースがあるだろう。
ただ単に、人はみんな違って、どの人の方法が優れているとか、
どの人の心が優れているとかは、ないということ。
それは、比べられないからだ。
なぜなら、人はみんな“違う”のだから。
そして、年月や経験を重ねるに従って、
その人の合った「学び方」が段々と変わっていくのも、また事実だろう。

この真実を、この本は小さな例で、軽く付いていた。
そこを読んだ時、とても嬉しかった。

ほかにも、た〜くさんある、この話のいいところ。
徐々に取り上げて行きます。


9.19.06


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コメント一覧

2. Posted by Shun   September 25, 2006 19:02
おうサキさん!コメントありがとう。
アルケミスト、ぜひ読んでみてね。
7つの習慣、俺も読んだよ。凄くいい本だよね。特に、自分の行動を、4つのチャートに分けて見る方法には感心したよ。
葉隠書はまだ読んでいません。今度見つけて読んでみるね。ありがとう。
1. Posted by さき   September 25, 2006 18:55
アルケミスト良さそうだね。
今度絶対読もうっていう気になりました!
”人はみんな違う:比べられない”
分かってるのに比べちゃうんだよね〜。
私は最近”7つの習慣”という本をかれこれ1ヶ月かけてまだ読み終えてません。
機会があったら読んでみてね。
葉隠書も結構よかったです。

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