December 24, 2005 02:39

日本の常識??

ワタミの社長、渡邉美樹の本、「思いをカタチに変えよ!」を読んだ。
この男、分かっている。それが、読んでて思ったこと。
「一年後に死ぬとしたら、君はいま何をするか」
「夢に日付を入れること」
「自分の夢と、今の自分の状況を照らし合わせ、何が足りないかを書き出し、それをひたすら埋めていくこと」

全ては、当たり前のこと。
つまり、核となることだ。
自分の人生を、生き抜くために、毎日を、ただひたすら濃く生きていくこと。

今の日本は、バカである。
4日前に日本に帰ってきたが、テレビを見ても、マスコミが流す報道は、バカなことばかり。
昼間から、「〜が離婚!その理由は!!」なんてやってる。
そんなのどーでもいいじゃねーか。
まあ、マスコミのバカさに限っては、日本だろうがアメリカだろうが、
世界どこへ行っても同じだと思うけど。

それにしても、日本の人々の生活は、日本という島国が流すマスコミの、
すごく狭い視野の中で作られた「常識」に、
誰もが考えを支配されていると思う。
支配はされずとも、少なからず少しは、それに影響されている。
そして、その影響は、毒としか言いようがない。

日本のテレビは、何でこんなにくだらないんだ?
どの番組をつけても、流すのはHGばかり。
まあいいよ、やつは面白いから。
非難してるのは、彼のことじゃない。人気があるからと言って、
視聴率取らんとばかりに、彼をどこの局も使おうとすること。
全ては、「流行り」。
その流行りが過ぎたら、人々は新しいものへと移っていく。

毎年恒例の、紅白歌合戦。
国の顔であろうNHKが、真昼間から、紅白出場者の顔ぶれと、順番を流している??
そんなの、どうでもいいっつ〜の。それよりも、世界のニュース報道をしろよ。
NHKも、流すニュースは、地域コミュニティーのニュースばかり。
どこの町のおイモが採れました、って、
そんなの、衛星放送のチャンネルで流してくれよ。
大衆が見る1チャンネルでは、もっと、グローバルな情報を流すべきだろうが。
だから、NHKを見る人は減ってくんだよ。
しかも、若者の意識を引こうと、手法も、民営放送に似たり寄ったり。
NHKは、NHKならではの、確固たるもの、彼らにしかできない、
「売り」たるものがあるはず。
それを伸ばさずに、アホな民営の猿真似をするとは、
軸が通っていないとしか言いようがない。

NHKの批判はどうでもいいが、
アメリカから帰ってきて、目に付くのは、
日本の、今まで「常識」と思っていたことが、やたらと目に付くこと。
「それはおかしいだろ?」と言いたくなることばかり。

俺は、日本を批判だけする存在にはなりたくない。
日本には、いいところが、たくさんあるから。
そして、他の国のほうがいい、なんて言ってるわけでもない。
他の国から学ぶこと、取り入れるべきことは、沢山ある。
日本は日本だけの、いいところがある。
各国が、その国のいいところを持っている。
そうして、色々な国を見てきた後に、
こうして帰ってきて、日本に足を踏み入れた時、
日本を、客観視できる自分がいた。
そして、客観的に見れるからこそ、
日本に住んでいては気付かないこと、
それらが、手に取るように見えてきた。

今日で日本に着き4日目だが、
その感覚は、徐々に薄れていく。
なぜなら、自分が、この日本の「常識」に慣れていっているから。
でも、この感覚は失いたくない。
だから、それを忘れる前に、ここに記す。
(本当は2日前の朝に書いてたんだけど、1時間くらい書いた後に、
家中の電気がショートして、全部消えちゃったから、
また書いてるんだけどね。そういう時って、また書く気無くすよな)


まず、日本は、人々の生き方が小さい。
生意気だって?そう思うだろう。
俺も、日々を一生懸命生きている中で、突然日本に帰ってきた若造にこう言われたら、
「何をこのクソガキ!!」となると思う。
でも、これは、事実。
どう小さいって?それは、人々の生き方が、
「今の現実を見て」から考えられる域のことしか、夢見ていないし、
それに収まる生き方をしていること。
逆に言えば、今の日本は、この日本社会が作り出す、「常識」の中に納まっていないと、うまく生きていけない・・・
そんな雰囲気が漂っている。

年上の人に、「ぼくの夢はこうです」と言う。
「そんなの夢物語じゃない。所詮ムリよ」と言われる。
そんな受け答えをしてしまう人の、不幸さ。
今の現実と、その夢を比べて、余りにも離れていても、当然だろう?
今の「現実」は、その夢にたどり着くまでの、「道の途中」でしかないんだから。
悟空が、蛇の道が長すぎるからって、
界王星があるわけないって、あきらめたら、
一生そこにはたどり着けないだろう?

人は、それを今、この目で見れないから、
「それはムリ、信じられない」と言う。
そして、もし失敗したら、
「ほーらね、いった通りじゃない」なんて言う。
でもって、本当に作り上げたときだけ、
「本当にやったのね。偉いわ!!」なんて言う。
都合のいいのも、いい加減にしろってんだよな。
だから、自分の夢に対して、ネガティブなことを言う人の意見は、聞かないに限る。


話はズレたが、今の日本に流れる、「常識」。
そして、その「常識」を当たり前と思う人々。
その「常識」を、おかしいと指摘しても、
「そう言うお前の方がおかしい」となる。
逆に、「なぜそれが普通なの?」と聞くと、
「それが決まりだからさ。そういうものなの。当たり前だろ?」となる。

それも、この国の中で生きているために、段々それに慣れて来ちゃうのからなのかもな。
どんなコミュニティに入っても、最初はそれがおかしいと思っていても、
段々それに慣れて来てしまうというのが、人というもの。
それは、そのコミュニティが持つ「常識」を、
客観的に見ていたところから、主観的な見方へと変えてしまうから。
人は、自分が属する場所の常識に、慣れてきてしまう。
そして、それが「普通」となってしまう。
「普通」=「何とも思わない」だから。
だが、「慣れる」=「頭を使わない」=「おかしな点に気付かない」
でもある。

高校の頃の水泳のコーチに、昔言われた。
「アメリカで見る夢は、アメリカンドリーム、
日本で見る夢は、現実から見た夢。
せっかくアメリカへ行くのだから、アメリカンドリームを見続けろ。
それとも、日本へ帰ってきて、現実的な夢で、一生を終わってしまうか?
そこは、お前の覚悟次第だ」と。

そのときは、意味がよく分からなかった。
アメリカンドリームってなに?
現実から見た夢?
意味わかんないっすよ。コーチ。

でも、今は、やっとその言葉の意味が分かった。
彼が云わんとしていたのは、
アメリカでは、もの凄いバカでかい規模の夢も見られるが、
(映画監督になろう。世界一の会社を作ってやろう、など)
日本では、今の現実を考えての夢
(安定した会社に入って、マイホームを持って・・・)
しか、見られないということ。
そして、日本社会は、そういう夢しか許さないということ。
それ以上の夢、いわゆる、アメリカンドリームを見たら、
「あんたバカじゃないの、夢見るのもやめて、現実を見なさい」となる。
逆に、アメリカは、そんなバカでかい夢でも、
みんなが応援してくれる。
「いいじゃねーか!!やってみろよ!!」ってな。
折角の一度きりの人生なんだ、
挑戦せずにあきらめるのは、もったいないってな。

どこの国に生まれようが、人間は人間。
どの時代に生まれようが、同じ人間は人間。
なのに、2000年代の、日本という国に暮らしているからって、
その国が、その時代に持つ、狭い「常識」の中でしか物事が考えられなかったら、
それは何て、もったいないことなんだろうと思う。
せっかく、この世に一度きりしかない、
「命」を授かったのに。


この前テレビで見かけたCM。
体操のお兄さんが子供たちに夢を聞いてるから、
「お、いいCMじゃん」と思ったら、
子供たちが夢を言うたびに、お兄さん、
「それはお金がかかるね〜」の連呼。
挙句の果ては、生意気な顔したガキが、
「安定が一番、一番」なんてほざいている。
そんなCMを流してしまうこの国の貧しさ。
その、精神の貧しさ。
そのCMは、ただのジョークだろうが、そんな些細なCMでも、
少なからずとも、子供に影響を与え、
人々が、「ああ、夢を見るのはバカなんだ。
安定が一番なんだ」なんて思う理由に少しはなるはず。
3年半前に日本を出る時は、それを見てもなんとも思わなかっただろうけど、
今回は、無性に腹が立ったよ。
というか、がっかりした。そんなCMを流していることに。


アメリカのTVもくだらないが、
日本のテレビは、もっとくだらない。
見ていても、Distraction、気を散らすものとしか思えない。
次から次へと流れるくだらない情報。
自分の家族が、常にテレビをつけているせいもあると思うが、
ふと冷静になって、物事を真剣に考える余地も与えない。テレビというものは。
こんなの見てたら、本当にボケるばかりか、
バカになるぞ。
アメリカにいる頃から、テレビは人をバカにするものじゃねーか、
マスコミとは、一般市民を、バカにして、何も考えさせなくして、
真実に気付かせようとしないための手段、
上の、ほんの少しの甘い蜜を吸うもののたくらみじゃねーかと思い続けてきたが、
今回帰ってきて、日本のテレビを見て、納得。
俺の考えは正しかった。
みなさん、テレビを見る時間を減らしましょう。
もしくは、見ていても、頭を使うようにしましょう。
じゃないと、日本人はバカになっていくのみです。


日本には、昔からこの国に流れる歴史で培ったものが、立派に存在している。
なのに、日本人は、それに気付かず、外にばかり目を向け、
それも、本当の意味で外に目を向けるのではなく、
外見、格好、上辺だけの「かっこよさ」に目を引かれ、
それを流行として取り入れていっている。
取り入れるのはいい。
だが、日本のいいところ、日本独自の、「個性」を残さずに、
上辺だけマネしていくもんだから、
中身のない、スカスカの文化が出来上がってしまう。
日本人よ。
大和魂はどこへ行った?
侍魂はどこへ行った?
日本が残す、素晴らしい文化、芸術、
沢山あるじゃないか。
なのに、なぜ、それに気付かず、それを磨こうとせず、
「上辺だけ」の「カッコよさ」に、身を上塗りしていく?
そして、いつまでたっても、
「島国根性」は健在している。
本当の意味で、「国際的」になるのは、
日本人には難しいのか?
まあ、一番の理由は、この国の環境(周りを海に囲まれた島国という)の故、
他の国の人間と接する機会が少ないというのが大きいだろうが。

だが、例え島国でも、
「自分は日本人だ」というプライドを持てば、
その時点で、立派な国際人となるはず。
己の中に、プライドを持てればな。


テーマがいくつにもなってしまったが、
今感じているこの思いを、忘れる前にここに残したかった。
あと1週間もすれば、きっと今の自分の、日本を違った視点から見る感覚は大分薄れているはず。
そして、またアメリカに帰り、アメリカに慣れ、
いつかまた帰ってくるとき、「日本の常識は・・・」となるはず。
俺は、せっかく日本以外の国に行ってるんだから、
日本に帰ってきても、常に日本を、「客観的」に見られて、
日本をよい方向に変えていける、そんな影響力になりたい。


12.24.05


トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Archives
記事検索