March 2017

March 05, 2017

体が一番大事。

食費をケチったり、
健康を気にせずに体を壊すような形で働きすぎたりするのは、
修復が効かないほどに、そのモノをこき使って、寿命を縮めているようなもの。

なぜ、自分のお気に入りのモノは大切に扱うのに、
自分の体にはそこまで気をかけないのか?

どんなモノだって、使っていれば、やがて古くなる。
そして、修理をしても直らなくなったら、買い換えるとき。
普通のモノなら、お金を出せば新しいのが手に入るけど、
自分の体の場合は、お金を出しても全く新しいものは手に入らない。

だから、
食べるもの(栄養素)
メンテナンス(適度な運動)
心の整理(ストレスを減らす)
を定期的に心がけてしていかなきゃ。

頭、心、体。全てバランスよく。

今年34歳になる自分は、
特に体をこき使う海外出張中は、
こういうことをよく思う。

普段のオフィスで、腰が痛くなったり、目が痛くなっても、ムリしてパソコンを打ち続けるのも、同じこと。自分の体を、消耗していること。もっと気をつけなきゃ。

2017/3/5 6:37am




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March 04, 2017

「羽田→自宅」

2017/03/04 19:54-

毎回の出張で恒例の、「ルフトハンザ機内にて」の反省会は、今回の帰りの便ではほとんど寝てしまったので出来なかったが、羽田空港から自宅までの残りあと30分ちょっとで、サラッとしてみたいと思う。

******

さて、今回の出張の感想。
・今まで丸4年、今回のも併せて合計14回も海外出張に行き、短いのは1週間弱、長いのは4週間にも及んだ中で、今回の13日間というのはかなり短い方だったが、今までで一番長く感じた。理由は、妻と娘が恋しかったから。
娘は今15ヶ月。明日で16ヶ月になる。毎日成長が著しい娘から2週間も離れるのは、拷問に等しい。自分がいない間に、娘が力強く歩けるようになったり、階段を登れるようになったり、蓋を開けられるようになったりというのを、今はネットや便利なアプリがたくさんあるから映像では見られるものの、その場に自分がいないと言う事実、そして、恐らく娘は自分がいないことすら気づいていないその事実が、何とも出張中に、悲しい思いにさせる。

俺は海外営業がしたくてこの仕事に就いたわけだが、もう4年やってきて、十分味わったし、且つ、娘が生まれた今は、娘の成長を横で見ていたい、ミスしたくないという思いから、たった2週間(今までの感覚からすると“たった”)の出張が、“2週間も”に感じた。本当に長かった。週末を一回しか向こうで迎えず、仕事も今まで一番ラクくらいに大した内容じゃなかったのに。

今回、出張先のNYで、妻の大学時代の友人の方とお会いする機会があった。
俺は彼女に一度だけ、2008年、妻が日本に帰国する前に妻の友人たちが開いてくれたFarewell Partyに彼女がいらしたときにお会いしてるんだけど、正直余り話さなかったし、実際に一対一でお話する事は初めてに等しかった。

でも、今回、妻が元々、新しく自分の家を買ったときには、その方に絵を描いて欲しい(その方はアーティスト)という希望が昔からあり、昨年末に家を購入し、早速彼女に依頼して、仕上げていただいた絵を、今回受取に行くというのが俺の役目だった。

NYで2/28の日曜日、朝10:00に、フェリー乗り場から歩いて10分ほどのカフェ/レストランで待ち合わせした。そこはたまたま、彼女の働く仕事場のすぐ近くでもあった。

俺は9:30くらいには着いたので、かつ外は凍えるように寒かったので、中に入って、バーで温かいアップルサイダーを飲みながら、彼女を待った。

10分ほどすると彼女が現れて、「覚えてます?」との挨拶から、奥のテーブルに移動して、そこで朝食をお互いに取りながら、色々な話をし始めた。

その方は、その日は翻訳の仕事が入ったとのことで、午後には上がらなきゃ行けない予定だったので、俺としては恐らく長くても昼までかな、という頭でいたんだけど、結局、最終的には夕方18時過ぎまで一緒に付き合っていただくことになった。

細かい話等は割愛しますが、とにかく、俺は今回その方に会えて、随分と色々な刺激を受けた。

書き出すと長くなるので、要点だけ言おうとすると、
彼女に会って心を動かされたのは、
・自分の人生に、真の意味で向き合っていること。
・自分を“生かす”為に、毎日の生き方、生きる場所、やること、時間を使う内容、仕事の時間までをも考えてコントロールしていること。
・自分の考えをしっかり持っていること。
・知識が豊富であること。
・”True to herself”であるのに、そして自分の意思をしっかり持っているのに、同時に、礼儀がしっかりしていること。

そして、俺が心を動かされたのは、
彼女は、アーティストであり、絵(鉛筆、水彩画、アクリル、フォトショップ、イラストレーター等何でも)を作る人だということ。

彼女は、その道を真剣に歩んでいる人だから、絵の道を歩んでいない俺が、自分と彼女を比べるのは失礼に当たると思うが、
彼女が元々どうして今までの道を歩んできたか(子供の頃から絵が好き、映画でも自分のアート、“世界”を現せることに気づき映画の道も進んだこと、等)を聞くと、
自分が過去に感じたこととすごく似ていたので、
そして、そもそも「絵が好き」「絵を描くことが好き」という人は、考えてみたら俺の周りには殆どいなかったので(大学時代にアートクラスで一緒になった人々を除いては)、
そんな人が、今は、「絵」をやるために、一人NYに2年前から単身で渡り、毎日その地で奮闘されているというのを垣間見て、ハッキリ言ってショックを受けた。
「これって、俺が、きっと本当は一番子供の頃から好きで、でも、その道で食べていく方法もわからないし、それで失敗したら怖いから、恐らく無意識的に、“俺は絵が好きだけど、やらない”と決めて今までやってきたものじゃないか?」と。

俺は何が好き?
そう聞かれたら、こう答える。
「好きな音楽を聴きながら、絵を描いたり、文章を描いたり(自分の思うことをExpress―表現する)すること」と。

子供の頃から手先を使うのが好きだった。
まだ本当に小さい頃に、ジグソーパズルを根気強く一人で黙々とやり、
絵を書き始め、
工作にハマり、
紙粘土、厚紙で何かを作るのが大好きだった。
欲しいものは、描き、作った。

その頃は、何か模写をするのが好きだったが、
今は、ハッキリ言って、自分をExpressしたい。
その気持が強い。
自分の中にある“何か”を、
絵なり、言葉なり、何らかの媒体を使って、発散させたい。
出したい。

それが、俺が今心につっかえる、何かだと思う。

音楽アーティストは、それを、自分の作る音楽で表すんだと思う。
絵画アーティストは、絵画で。

俺は、ハッキリ言って、自分がやりたいと思っていた「ディズニーで働く(絵を描き、映画を作るサイド)」という夢を、実際に二十歳の頃に勉強して、
この道では、自分のオリジナリティが無いと、上に行けないから、そして俺は、模写ばかりしてきて、自分のオリジナリティ、アイディアを出す事が苦手だから、
その道では生きていけないかも。
そう思い、かつ、その時期にそれらの「アート」を宿題として、課題として、タスクとして「To Do」としてやる中で、ちょっと嫌になっちゃったんだと思う。
それで、本当にそれがしたいかよく分からなくなり、
その後、次にやりたいことは、ということで、イタリアルネサンスの絵画修復師があったから、それを見極める思いで、6週間、一人で初めてイタリアをメインにヨーロッパをバックパックで回ってみたけど、
実際に回る中で、そのときもルネサンス時代の宗教画ばかり見すぎて、
「何か、疲れてきた・・・」「飽きた」となった俺がいた。

で、結局そのときに、「こうして世界を回ることは、自分の見聞が広がっていくようで、自分が人間としてどんどん大きく成長していくようで、楽しい!」となり、
それだけを軸に、俺は、今までの人生をというか、仕事選びをしてきた。


そして今。冒頭に戻るが、子供が生まれ、妻と娘3人で過ごす時間の方が、海外に一人で身を置くよりもずっと大事になった今。
今、俺がやっていることは、今俺がやりたいことではない。
次の俺の道は?となったときに、
今回NYで、その方とお会いして、「絵」というものをやっている、その方に会って、
何だかガツンと、衝撃を受けた。

*******

いきなり、絵で食べられるかは知らない。
今まで絵でやってきた人に、失礼だろう。
でも、俺が出来ることは、絵をまず描くことじゃないか?
そこから、全てが始まるだろう。

グダグダ言ってねえで、とりあえず行動しろよ!と。
今の仕事がとか言ってないで、それもやりつつ、
絵をまず描けよ!と。

行動からしか、何も生まれない。

以上、電車が着くのでここまで。

20:26





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