August 2014

August 23, 2014

Dark_Shadows_2012_Poster

邦題『ダーク・シャドウ』。
全米公開2012年5月11日。
ティム・バートンとジョニー・デップのいつものコンビです。

*****

この映画はテレビでも結構放映されていたみたいだけど、
何故か今まで観る機会が無かった。
先日飛行機の中で、唯一観た映画がこれです。

*****

中々面白かった。
この前テレビでやっている際に日本語で少し観たら全然面白くなかったけど、
英語だと、みんなでヒッピーが草を吸いながら話をしているシーンとか、
その他もろもろ、ジョニー・デップのシュールな演技が生かされていました。

また、先日"300"の続編でも出ていたエヴァ・グリーンは、中々いい味を出していました。
魔性の女、という感じです。

*****

映画の中では、西洋の屋敷の中で幽霊が出るシーンなどがあり、
ディズニーランドのホーンテッドマンションを子供の頃から愛する僕にとっては、
観ていてとても心躍る作品でした。

ちなみに、最近全然ディズニーランドに行っていないので、
この日曜日に行こうかと、昨日妻と話をしていたのですが、
ネットで調べると、あいにく絶対外せないホーンテッドマンションが今日からお休みでした。
どうやら、ハロウィーン仕様に改造される模様です。

毎年、僕はハロウィーン仕様バージョンが大嫌いで、
オリジナルのあの雰囲気を味わいたいのに、
大抵ディズニーランドに行く時は、大体秋か冬なので、あのバージョンになっていて、
オリジナルの雰囲気を長年味わっていない気がします。
何とも残念。

*****

と、全然違う話になりましたが、
中々楽しめる映画でした。

2014/8/23 14:35





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映画 Review 
Night_at_the_Museum_poster

邦題『ナイト ミュージアム』。
全米公開2006年12月22日。
日本公開 2007年3月17日。

公開されてから実に8年経ってやっと観ました。

*****

先日亡くなったロビン・ウィリアムズも出ています。
彼が、「自分はルーズベルト大統領じゃない。ただの蝋人形なんだ。自分が好きな女性に声もかけられないただの不甲斐ない男だ。でも君は違う。君は生身の人間だ。君ならきっと出来る」とベン・スティラーに話しかけるシーンでは、彼のあの悲しそうな独特の表情を見て、何だか泣きそうになってしまいました。

ロビン・ウィリアムズの事はここでは特に書きませんが、
彼が亡くなって本当にショックだった。
(奇遇にも、彼が亡くなったニュースを聞いた時点で、
一番最近に自分が観ていた映画は"The Angriest Man in Brooklyn"だった。)

彼の映画は自分が小さな頃から沢山見てきて、
彼の様々な映画に影響を受けてきました。
『パッチアダムス』や『グッド・ウィル・ハンティング』、『奇蹟の輝き』(What Dreams May Come)などです。

そんな彼が、亡くなってしまったことは本当にショックです。
ご冥福をお祈り致します。

*****

この映画自体は、子供向けと思って全然観ようとしなかったんだけど、
先日NYに行った際に、このアメリカ自然史博物館の入り口までたまたま歩いて行って、
「ああ、これがあの映画の舞台かあ」と思い、
それから観たいなと思っていました。

*****

続編の三作目は今年の12月に公開されるようですね。
ロビン・ウィリアムズさんは、そこにも出ています。

*****

中々オススメの映画です。
ベン・スティラーの良さは、
自分のキャラを出しすぎず、
他の登場人物を引き立てることが自然に出来るところだと思います。

2014/8/23 14:22




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映画 Review 

August 11, 2014

2014/8/11 19:46-(トルコ時間)

今はトルコ航空にて、イスタンブールから成田までの飛行機の中。
17時過ぎにフライトは始まった。

*****

今回の二週間の出張は、本当に楽しかった。
初めて、一人で回れた、というのもあっただろうし(自由だった)、
それになんと言っても、
アメリカ、カリフォルニアに行けたのが大きかったと思う。
実に、6年ぶりのカリフォルニア訪問だった。
2008年4月末に去ってから、6年と3ヶ月ぶりくらいだった。

色んな人に会えて、本当に幸せだったなあ。
俺は本当に、人に恵まれているなあ、と思った。

もしくは、親切な人とたまたま運良く会えて、
その人たちが、みんな親切にしてくれたのかもしれない。

どちらにしても、本当にありがたいことだなあ、と思った。

本当に。

*****

北カリフォルニアでは、
ロイの家族(ロイ、ジーン、ランディ)、
リエンの家族(リエン、ザック。メーガンは仕事があって会えなかった)
サンディの家族(サンディ、ハナ、マイカ。そして子供たちのお父さんもちらっと見かけた。ゲイヴやルーカスは遠くにいるので会えなかった)

サンフランシスコでは、デイビッド、

そしてロングビーチでは、
さやかさん、スティーブ、
リーの家族(リー、ジェニファー、二人の息子のイーサン(初めて会った)、リーの両親)

みんなに会えた。

本当に、みんな良くしてくれて、
笑顔で迎えてくれて、
本当に嬉しかったなあ。


今は、エアロスミスの『Nine Lives』を聴いているんだけど、
このアルバムは、2002年〜2003年のCOS時代に、
ドームのスタディルームでよく聴いて勉強してたから、
当時の事をよく思い出す。


俺は、やっぱり、18歳で日本を離れて、
あの土地をたまたま選び、
あそこで、1年だけ過ごしたわけだけれど、

その1年間では、当時は、それが当たり前かと思っていたけど、
後から考えると、本当に素晴らしい人たちに恵まれて、
彼らに親切にしてもらって、
人の温かさを知って、
「自分のままでいいこと」を気づかされた1年だった。

そのあとは、サンノゼ等のベイエリアでの2年や、
ロングビーチの南カリフォルニアでの3年など、
色々な経験をしてきたけど、
やっぱり、俺のアメリカ留学のベースは、
あそこになっているんだなあと、そう感じた。

*****

この感覚。
当時聴いていた音楽を聴き、
当時のことを、感覚で思い出し、
当時の色々な情景が頭の中に浮かび上がり、
それを、有難い、幸せだと思うこと。

こういう感覚は、たくさんありそうで、
実は、普段の生活ではあまりなかったりする。

それは、ストレスの多い日々に追われるからか、
仕事に毎日追われるからか、
通勤電車のストレスに心がやられるからか、
それは知らないけれど、
でも、
いままで、まるで遠くのもので、遥か昔の、本当は夢だったのかと思うような記憶が、
実際、6年ぶりに本当になって、
それは本当に、嬉しいことだった。

*****

人生って、素晴らしいものだなあ、と思った。

*****

ちなみに、ブラジルでは、前職で一緒だったOさんと2年半ぶりに再会し、
これまた、色々と面倒を見ていただいた。

行きつけのレストランに連れて行って頂いて、
本場のカイピリーニャを教えてもらった。

ブラジルの現地のことも色々と教えてもらって、
色々な話を聞かせてくれて、楽しませてもらって、
本当に有難いなと思った。

*****

トルコはそんなわけで、今回は二泊したけど、
ある意味、出張中に本当に初めて一人になったようなもので、
昨日と今日は二日とも、一人で数時間ずつ外に出て観光をしたけれど、
やっぱりそれは、あまり楽しくなかった。

やっぱり、何事も、
何処へ行くのも、
誰かと行って、その人とその場を共有して、
そこで、感情を共有できるから、楽しいのであって、
一人では、誰とも、その場の感情をシェアできないから、
はっきり言ってつまらない。

******

俺は普段、妻という、人生の最高の伴侶がいる。

今回サンフランシスコで会ったデイヴィッドに、
「M(妻)とはどう?」と聞かれて、(彼の家には、2007年の夏に一度妻と一緒に泊めてもらったので、彼と妻は面識がある)
「凄くいいよ。妻は俺の一番の人生のベストフレンドであり、伴侶であり、
何でも相談できて、何でもシェアできる仲なんだ」と言ったら、
そりゃあ、それは一番いいよね、最高の関係だよね。と羨ましそうに言っていた。

デイビッドは、今回会ってみて初めて知ったけど、
子供の頃、親に虐待をされたりと、色々と複雑な環境だったらしい。
だから、今でも、インセキュアというか、
やっぱり、愛情を求めて、それでも、純粋すぎるが故に、中では傷ついたり、
そんな感じで、自分の心を癒すことを、この6年間、アートを通して、
ずっとしてきたようだった。
そうは俺には言わなかったけれど、
彼が、パートナーと一時期交換日記のようにシェアしたという日記帳を、
凄く個人的なところまで見せてくれて、そこに書いてある文章を読んだら、
結構そういう内容が多かった。

(そういう意味で、彼は、俺にそれらを見せてくれて、すごくありがたかったと思う)

そんなデイビッドは、この数年間で、
色々な女性と付き合ってきたみたいだけれど、
どうも、彼と本当に会う人とは、
彼を包み込むことができる女性とは、まだ会っていないんじゃないかと、
そんな気がした。

*****

話が逸れてしまったが、
そんなわけで、俺は、そんな女性を妻として迎えられて、
恵まれていると思う。

******

日本に帰ったら、また日常が始まるけれど、
こうして、定期的に海外を回れる環境に今はいること。

いつまでこれが続くか分からないけれど、
少なくとも今は、俺はこれを楽しめているし、
とても恵まれていると、心から思う。

だから、この機会に感謝して、
このチャンスをくれた神様に感謝をして、
周りの人に感謝をして、
感謝の気持ちを忘れず、
自分自身をしっかり磨いて、
確実に、上へ登って行きたいと思う。

*****

今回の出張で、また、前の自分よりは一皮むけた気がする。

少しだけれど。

2014/8/11 20:29

じゃ、眠いのでもう寝ます。




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海外出張 

August 09, 2014

2014/8/9 15:12(ブラジル時間) 21:12(トルコ時間)

あと数分で飛行機はイスタンブールに着きます。
トルコは、一度行ってみたいと、COS時代にアートクラスで仲良くなったLauraから話を聞いてからずっと思っていたけど、それから11年、
やっと、トルコへ足を踏み入れます。

会社のお金でビジネスクラスに乗せてもらって、
トルコ航空の良いビジネスクラスに乗って(機内はかなり広いし、ANAよりも良いかも。まあ、ANAに勝るサービスはないですが)、
こうして世界中に行けて、
本当に、恵まれていると思います。
感謝の限りです。

日本にいると、毎日朝から晩まで次から次へと仕事が降ってきて、
しかも、この出張中も前回と同様台湾やインド、ヨルダン等の中東や、
アメリカ、カナダからもガンガンメールが入ってくるもんで、
もう、ホテルで毎日メールと何時間も格闘しながら、
何回も発狂していますが、

それでも、これだけの見返りを受けているから、やっぱり頑張ろうと思う。
自分の力だけで、いきなりビジネスクラスで世界中を回るのは許されないし、できないからね。

とにかく今は、与えられたミッション(北米、インド、台湾、中東、南アフリカ等の既存顧客対応に加えて、南米と北米の新規開拓)をガンガンやって、結果を残し、
社内で認められて、もっと責任と同時に自由を勝ち取ることですな。

*****

落合信彦の小説に影響されまくった中学時代。
それから15年ほど。
こうして、世界中を回れる状態になれて、ありがたいと思う。
でも同時に、こういうステータス(周りから見ると、かっこいいな、良いなと思われる状態)にいる自分に一番酔いしれていて、
しかし、その酔いも去年一年目で覚め、今は、そこから新しいやる気、モチベーションを見つけているところ。

それは、本当の力を持つ国際ビジネスマンになること。
世界中どこの会社、誰が相手でも、入り込んで行き、話を引き出し。
ビジネスチャンスを生み、「あいつはぜひ欲しい」と他の会社から思われる状態に一刻も早くなることだと思う。

俺が本当にビジネスを好きかどうかは知らないが、
少なくとも、こうして新しいところに行き、自分で開拓をしていくのは、楽しいと思う。
また、やっぱり、色々な世界のことを知るのは、面白い、
世界の広さを感じられるから。

*****

今回はブラジルで、前職が同じだった先輩(現在は、俺が一社目に入社したHグループで働いている)と、彼の上司2名にお世話になった。

では着くのでまた後で。

15:21



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海外出張 

August 05, 2014

2014/8/5 8:15am-

今はサンパウロに向かう飛行機の中。
あと1時間弱で着く。

*****

日曜日の夜は、夜の8:46発の飛行機で、レディングからSFOへ飛んだ。
サンディとハナに見送ってもらいながら。

レディングを去る時、すごく寂しかった。
色々と感慨深かった。
今日のこの一日で、ロイの家族と、リエンの家族と、サンディの家族の3家族に一度に会ったんだなあ、と。
一年しかいなかったこのSiskiyou Countyで、俺はすごく人に恵まれた生活をしたんだなあ、と。

*****

飛行機は1時間ほど飛んで、
10時過ぎにSFOへ到着。
荷物をピックアップして、
そこから、デイヴィッドの住むサンフランシスコの街中へ向かった。

事前にメールで、どうやっていくかを教えてもらっていた。
タクシーで行けば多分30分もかからなかったんだけど、
結構距離がありそうだったので、
パブリックトランスポーテーションを使った。

エアポートシャトルと、電車と、地下鉄及び路面電車に乗った。
路面電車に乗る時は、どれに乗ればいいかわからなかったけど、
同じく待っていた女の子の一人に聞いたら、すごく親切に教えてくれた。
こういうのを体験すると、やっぱりアメリカ人って親切だなあと思う。

結局、10時半過ぎに空港を出て、
デイヴィッドの住む最寄り駅を降りたのは、12時半すぎだった。
途中、「こりゃあ、ちょっと失敗したな」と思ったけど、
でも、無事に彼に会ったら、その思いも吹っ飛びました。

久々に会う彼は、とても元気そうだった。
フェイスブックで見る彼は、たまに髪を伸ばしたり、なんだか随分変わってしまった感じがしていたけど、
実際に会うと、余り変わってなかった。
彼からは、「I see youth in your face」と。
若く見えたらしい。
ちなみに今回は、会う人みんなに、
元気そうだねと言われてよかった。
とても30歳には見えないわよと。
「まあ、アジア人は実年齢より若く見えるんだよ」というと、みんな「いいなあ」と言っていた。笑

デイビッドは、路面電車(MUNI)を降りて、
Judahと46th streetの7-11のコンビニがあるところから、
少しだけ歩いたところのArt Studioの上に住んでいた。

中に入ると、NYを旅していた頃に、
泊めてもらったサムのルームメイトたちの家を思いだした。
つまり、汚いということ。
俺の嫌いな虫が出るんじゃないかと心配したが、大丈夫だった。

彼の部屋に通されると、ガールフレンドがベッドで寝ているのに気づいた。
あれ?と。まさか一緒に住んでいるとは思わなかったから、
邪魔しちゃった?と聞くと、いや、彼女は今日たまたま泊まりに来ていて、
元々シュンが来るのは話していたから大丈夫だよと。

その後、彼女はすぐに寝てたけど、
俺とデイビッドは、1時過ぎから、3時過ぎまで、
2時間ほど話をした。

主に、彼のこの6年間でのアートワークを見せてもらった。

彼は、俺がDe Anzaを2005年の夏に卒業して、ロングビーチに移ったあとも、
しばらくの間はDe Anzaに通っていた。
その後、CSU Monterey Bayに移り、
そこでアートのクラスを取っていたそうな。

彼の部屋には、一面にかかるペインティングや、
壁一面に描かれた砂漠の絵。
全て、彼がやったそうな。
素晴らしかった。

ほかにも、Life Drawingのクラスでやったスケッチや、
(俺もこのクラスは、COSとDe Anzaの両方で取った)
彼が授業中や、仕事の合間、
または、かつてのガールフレンドとお互いにしていた交換日記のアートバージョン(お互いにダイアリーの一枚や二枚を使って、
絵を書いたり、詩を書いたり、していく)
を見せてくれたりした。
すごくパーソナルなものだったけど、
“I want to share it with you”と、色々と見せてくれた。

*****

今回彼と会って最初に思ったのは、
随分とアートの世界に行ってしまったな、というか、
ヒッピーというか、完全に感覚の世界に住んでいるな、という感じだった。
なので、De Anza時代の彼とはちょっと違って見えて、
少し、違う人の様な気がした。

でも、話をするうちに、色々、お互いの価値観とか、
人生に対する考えや、
そういったものを、深いところまで話ができて、
彼と話すことは、すごくInspiringで、毎回、色々と、
自分の中のDeep withinのことを気付かされること。
それをまた感じた。
ある意味、彼と話すことは、一種のメディテーションでもある。

*****

彼は今、自分のアートの才能を、引き出そうとしている。
人物(Figure)を描くのが、今までは怖かったらしいけど、
今は、Life Drawingをやって、随分と変わったそうな。
Confidentになってきたって。

他にも、ダンスにはまっているらしく、
ハウスミュージックに合わせて踊ることを追求しているとか。

先日も電車を待ちながら、
音楽に身を任せて、踊っていたと。

そんな彼の話を聞いていて、
「大体、俺の6年間はこんな感じかな。
アートの世界を追求してきたよ。How about you?」と。
そこで俺は、考えたけど、
俺の場合は、結婚をしたり、人生に変化はいくつかあったけど、
自分自身という意味では、
とにかく、仕事に一生懸命になってきた6年間だったかな、と。
ある意味、仕事しかしてこなかったようなもので、
まあ、それが日本人としては普通なんだろうけど、
余りにも彼と、追求してきた道が違ったので、
うまく、最初は話せなかった。

でも、彼は、人の目をじっくりと見て、
透き通った目で、じっくり話を聞いてくれるので、
ある意味、嘘が付けなくなる。

俺は。自分は日本にすぐに帰国した2008年夏は、
最初は世界一周の旅に出ようと思っていて、日本で定職に着く予定はなくて、
でも、両親の意見と反発して、
まずはとりあえず、「正社員」になる、という名目で、2008年の夏のジョブフェアで面接を受け出して、
そのまま、自分の気持ち的には整理ができていないまま、
2008年9月から働き出して、
そのまま、その仕事に馴染めず、
5ヶ月で辞めて、
そのまま、インターバルなくして、
2009年2月から、次の仕事について、
そこで2011年10月一杯まで、約3年働き、
そのまま転職をして、
2012年3月から、今の会社に移ったこと。

今は、「海外を回る」という自分の、ある意味唯一の夢を叶えて、
よって、今の自分の仕事には満足をしているけれど、
俺のどこかには、アートの世界を追求したい、という欲もやはりどこかにあり、
よって、そうやってアートの世界を追求している彼のような人間に会うと、
どこか、羨ましく感じること。

そんなことを話した。

すると彼も、実は自分も、
こうしてアートの世界を追求しているけれど、
実際は、お金もほとんど入らないし、
自分のルームメイトは、ITエンジニアで、
毎年800万、更に少しプロジェクトをすれば、追加で200万、
年に1000万近くすぐに稼げてしまって、
そんな彼の収入と自分のそれを比べると、俺のこの小さな稼ぎで、
金銭的自由もほぼない状態で、こうしてアートの追求をしていることは、
正しいことなんだろうかと、
そう、自信がなくなることがよくあると。

Unsecureになると。

そんな彼は、よく、Asking for a sign,
啓示を求めるそうな。

先日もそんなわけで、駅で電車を待っているとき、
ダンスをしながら、
「何か、自分の人生を導いてくれるサインがほしい」と祈っていたら、
それから30秒以内に、
隣にいた女性が話しかけてきて、
「あなたダンスするの?」
「うん、まあね」
「I can tell you are really into it, and I like it. 私以前はダンスのインストラクターをしていたのよ。そのまま頑張ってね」と声をかけてくれたそうな。

ある意味それは、自分がそれを求めたすぐ後に、
見ず知らずの人が、そうやって声をかけてくれて、すごくびっくりしたと。


そんな風に、やっぱり、自分自身の道を追求したい、と思う反面、
世間一般がいう、「定職に付き、お金を稼ぎ、結婚して、子供を持ち・・」という意見に逆らっていることを、不安に思うことも多い、と。

*****

人生には、正解、不正解はないと思う。

その自分が住む文化での、「こうするべき」という考えはある。
でも、それに反対して進むとき、人は、不安になる。
なぜなら、マジョリティーではないから。

そして同時に、やはりお金というのは、
絶対的に必要になってくる。生きる上で。

なので、お金を稼ぐか。
稼ぐには、自分の嫌いな仕事を耐えてやるか。
自分の好きなことを仕事にするには、それで満足できるお金を稼ぐには、どうしたら良いのか。
そんなことに、人は悩む。

*****

別れ際彼が俺に言った。
「You can always start drawing. When you are waiting for your airplane, trains.」
絵を描くのに、別に、どこか決まった場所にいる必要なないよ、と。
飛行機待ちのときでも、いつでも、
スケッチブック一つさえあれば、できるよ。と。
そうだな、俺も、この6年間は絵を一回も描かなかったけど、
ちょっとやってみようかな、と。

それは、ハナにも、サンディにも、
みんな、俺の絵を見ていた人たちには、みんなに言われた。
せっかく絵が上手なのに、それをやらないのはもったいないよと。

*****

その夜は、他には、彼と一緒にかつてDe Anzaで遊んだこと、
一緒に彼がロングビーチに来て、
Huntington Beachでサーフィンをやって、彼がほぼピアのポールにぶつかりそうになって、
死ぬかと思って、”Oh no! Shun!!”みたいになっていたこと。
その時の彼の顔がマジで恐怖に満ち溢れていて、
でも、後で海から上がったあとに、それを思い返して、爆笑したこと。

デイヴィッドが、
「そういえば、俺もこの前、
友達と一緒に海に行ったら、
気づかぬ間に、急に下に足がつかないところまで来ちゃっててさ」と。

最初はその友達と二人で、あはははなんて言いながら
下を蹴って、何度もジャンプをしてはしゃいでいたらしい。

でも、気づくと急に足がつかないところに来て、
え?と思って後ろを振り返ると、
思ったより流されていて、
「こりゃやばくないか?」と二人で顔を見合わせて、
一気に浅瀬に向かってパドルしだしたと。

しかし、そこでデイヴィッドが俺に、
「You know “INSANITY” training, right?」と。
つまり、デイヴィッドの友達は、INSANITYプログラムっていうアメリカのビデオトレーニングPGMがあるんだけど(俺はたまたま前回の出張でプエルトリコに行った時にテレビでやっていて見入っていたので知っていた)、
それをその友達はやっていたので、めちゃくちゃIn Shapeで、
一気に浅瀬に向かって泳ぎ出して、あっという間に見えなくなってしまったと。
自分を置いて。

なのに自分は、ワークアウトをその頃全然していなくて、
筋肉も落ちきっていて、
全然こげなかったと。

それで、波に飲まれるは、
一向に浅瀬に近づくばかりか、むしろ遠ざかってばかりいて、
その時命の危険を感じたと。

波を避けるために、何回の周期で大きい波が来るか数えたけど、
3回で来る時もあれば5回の時もあるし、
全部不定期で、それもうまくいかず。

結局、そこで彼は、
あるだけの知識を振り絞って、
「川の中に入ったら、川の流れに身を任せろ」という言葉を思いついたらしい。
で、そのまま体の力を抜いたら、

さらに流されて、ますます死にそうになったと。笑
(その時のデイヴィッドの話し方が面白すぎた)

で、最後、「本当に俺はこれで人生終わりかも」と思って諦めかけていたら、
向こうの方から、ライフセーバーがサーフボードに乗ってパドルをして近づいてきたと。

「Hey! You alright?」と。
で彼は、「NO!!! I’m not alight!」と、
必死に訴えたそうな。
で、そのライフセーバーのボードに必死に捕まって、
何とか砂浜まで戻ってこられて、
そのまま、砂浜に倒れ込んだと。
で、そのまま、海に入る前に食べたばかりだったデルタコを全部吐き出したと。

で、もう顔を上げる気力もなくて、
その時視界に何とか入ったライフセーバーの足首を見るなり、
それをガッと掴んで、
「Hey man!! You saved me! You, save me, man! Thank you! THANK YOU!!!」と何回も必死に叫んだそうな。ぜえぜえ言いながら。

ライフセーバーは、「It’s alright man.」と言いながら去って言ったそうな。
(結局その彼の顔は一度も見れなかったらしい)

そこで俺が、「ところでデイヴィッドの友達はどうしたの?結局彼はデイヴィッドのことを置いて先に行っちゃったの?」と聞くと、
「うん、そいつは一人で浅瀬に上がって、俺のことは知りもしないで、
俺がライフセーバーに助けられてしばらくしてからフラフラになってそいつのところへ行ったら、“おい、どこにいってたんだよ?”ってさ」と。

とにかく、そのデイヴィッドの話し方がすごく面白かった。

彼は昔からそうだけど、素晴らしいストーリーテラーというか、
その時の様子を表情を交えて色々と話すので、
本当に面白い。
久しぶりにそんな楽しい経験ができてよかった。

*****

結局その日は3時過ぎに二人ともPassed outして、
翌朝俺は本当は8時半に起きて支度をして、9時半には出て
また列車とかで帰ろうと思っていたんだけど、
全然起きれなくて、気づいたら10時前で、
こりゃあやべえなと思っていたら、
デイヴィッドの彼女のシンディが、「私の小さな車でよければ送ってあげるわよ」と言ってくれて、ありがたくもそのまま空港まで送ってくれた。
トヨタの赤いコンバーチブルに、俺のスーツケースを後ろに載せてくれて、
その横にはデイヴィッドが小さくなって入って、
俺を助手席に乗せてくれて。

行きの車の中で、シンディの話も聞いた。
彼女とデイヴィッドは今、同じデイケアセンターで働いていて、
そこで知り合ったのは2年前くらいになるんだけど、
最近ここ数ヶ月前に付き合いだしたらしい。

子供も色々な子がいて、
中には病気の子もいるんだけど、
色んな子と接しながら。自分も色々と教わるよと。

ちなみに、デイヴィッドとは、サンノゼを俺が出たあとも、
よくこうして、俺が運転する車で一緒にロングビーチに行ったり、
ロングビーチからサンディエゴまで行ったりと、
色々とその車の中で話を良くしたなあ、と。
LAのゲティミュージアムにも彼と一緒に行ったな。
いろいろ話したのを覚えている。

*****

そんなわけで、また人に助けられながら、
空港まで時間通りに着き、
二人にガソリン代と称してお礼を渡して、
そのまま、また近いうちに会おうぜと言ってさよならをした。

*****

そうやって、また色々な人に助けられて(はっきり言って俺がみんなに甘えているだけかもしれないけど)、本当に感謝だなあ、としみじみと感じた。

*****

その後、SFOから4時間ほど飛行機に乗って、テキサスのヒューストンにつき、
そのまま1時間ちょっとだけ待って、すぐに乗り換えて、
また10時間以上飛んで、やっと着いたのが。ブラジルのサンパウロでした。
時間は朝の9時すぎでした。
サンパウロの空港は、なんだか随分と簡易なつくりで(グアルーリョス空港)、
でも、入国審査のお姉ちゃんなんかはとてもフレンドリーで、
お堅い日本とも違うし、無愛想なアメリカとも全然違うなあと思った。

ヨーロッパの諸国のように、適当なところもあるが、
でも、もっとフレンドリー。

そんなわけで、その日は朝に着き、
そのままほぼ休まず、フェアの一日目に行ったのでした。

*****

続く。


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海外出張 | 2014 Back in California after 6 years

August 04, 2014

2014/8/4 17:07-

今回、この数日間で、LA、Siskiyou County, Bay Areaの3ヶ所を訪れて思ったことは、

俺は、6年間で、意外と、ずいぶんといろんな経験をしていたんだなあ、ということ。

今回、たったの数日間で、LA, Long Beachの南カリフォルニアの生活と、
Siskiyou Countyの北カリフォルニアと、
San Francisco, San Joseのベイエリアの人々に会った。

3箇所とも、みんな生活スタイルは違った。

Long Beachでは、南カリフォルニア特有で、
移動には405を使って、都会の生活だったし、

Siskiyou Countyでは、ロイの家も、リエンの家も、サンディの家も、
みんな、時間がゆっくり流れていた。
大自然の中で。

ベイエリアでは、久々に会うDavidは完全にヒッピーの生活で、
アートの世界に自らをどっぷり漬けていた。

そして、それぞれの土地に行くたびに、
そこで起きたいろいろなことを思い出した。

それらの土地で会った色々な人たち。

6年間の留学生活で、本当に色んな人にあったと思う。

この日本での6年間は、ある意味、日本で、3つの会社で毎日みっちり働いて、
住む場所が大きく変わるわけでもなかったし(実際は大きく分けて3箇所に住んだけど)、
「日本」という文化は変わらなかった。

でも、学生生活の6年間は、同じ州でも、カリフォルニアという大きな州を、
北から南まで縦断して、
それぞれの場所で、色々な、本当に様々な体験をしてきたんだな、と。

白人だけの世界。
大自然の中での生活。
ベイエリアでの、中国人や台湾人などのアジア人も少々混ざった世界。
南カリフォルニアでの、ほぼ全ての国の文化が混ざった世界。

町を歩けば、知っている人に必ず会うようなど田舎から、
ミドルサイズの街、
そして、大都会まで。

すでにアメリカから離れて、忘れていた、それらの記憶が、
それぞれの場所に行くたびに蘇り、
それはまるで、本当はこれくらいと思っていたものが、
実は、ものすごく濃かった。
それを、すっかり忘れていた。

そんな感覚だった。

*****

日本で大学生活を過ごした人は、
その自分の思い出の土地や場所へ、すぐに行けるので、
そこまで、大学時代の思い出を、遥か昔の、いつかの、遠い土地の思い出、
という風には感じないのかもしれない。

でも俺や妻の場合は、
それぞれ、カリフォルニアのそれこそど田舎から大都会まで経験したので、
そして、それらの場所は、
今では太平洋を超えないと行けない土地にあるので、
その頃の友達にもなかなか会えないし、
それこそ、本当に、普段は妻としか、
お互いの経験をシェアをして話せる人がいない。

そして俺の場合は、妻と一緒に過ごしていない、北カリフォルニアとベイエリアに関しては、
当時を一緒に過ごした人は、周りには誰もいないので、
また、今回会った北カリフォルニアやベイエリアの友達は、
俺以外に、同じようにシェアした日本人はほぼ誰もいないので、
こうして自分が会いに行かないと、
本当に、彼らは存在したのかもわからなくなってしまう。

なので、そんな意味でも、
今回のVisitは、本当に意味のあるものだった。


本当に。

*****

全てを含めて、
感謝、です。
全ての人に、
こうして、今回来れた事に。
今の会社に。
妻に。
自分の人生に。
両親に。
神様に。

全てに、感謝、です。

2014/8/4 17:20


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海外出張 | 2014 Back in California after 6 years

ロイの運転する車で、1時前にMt. ShastaのBlack Bear Dinerに着いて、
そこで、Fort Jonesから来るZakとLeannを待った。

ザックはもう20歳。
俺が最初に彼に会った2003年は、彼はまだ9歳だった。
そして、当時13歳だったMeganは、今は25歳になった。
(今回はMeganは仕事で来られなかった。
ここ数日、Siskiyou Countyを含め西海岸の多くが、連日の日照りと稲妻による火事で、いたるところで消防車が走っている。
常に灰が振り続けていて、車のボンネットには灰が積もる始末。
外にいると、口の中が炭の味がして、服も、BBQをしてるわけじゃないのに、煙臭かった。)

*****

Leannは、今何歳か知らないけど、相変わらず元気そうだった。

Zakは、見違える程大きくなった。
前回会ったのは6年前、14歳の頃だったけど、
当時も既に俺より少し大きかったけど、
今では、あっという間に大人になってしまった。
アバクロのモデルとしても通用するくらいかっこいいと思う。

*****

当時は殆ど話をしなかったザックが、
今ではかなりおしゃべりになった。

今はCOSの2年目で、
このあとは、Sac Stateに編入を考えているらしい。

高校時代は、サッカーに夢中になったり、
高校から一人しか選ばれないプロジェクトに選ばれたり
(サクラメントに行って、郡や州の知事になってその町を回す、という体験プロジェクトをやったそうな。彼のオーディションの日は、そのことを知らされてなくて、電話に残されたメッセージも聞かず、ただ私服で高校に行ったら、
「はい、これから試験です」と言われて、急いで音楽室にあったドラマーの服に着替えて、そのまま試験を受けたそうな。
急いで自分の私服をそこで脱いで、更衣室で服を着替えていたので、
その様子を外から見た音楽担当の教師が、
奥の更衣室でいけないことをしていると勘違いして、ドアを開けたら、
そこで裸で必死に着替えているザックがいて、
そのことを、後でリエンに謝ったそうな。
「私はそういうことだと思って開けたんですけど、実際はそうじゃなくて、
別に私はお宅の息子さんの裸を見ようとしたのではないですよ」と。

その試験は口頭試験だったんだけど、
その内容をザックは事前に良く調べていたので、
結局、テストに受かったらしい。
他の高校から来る生徒は、みんなGPAが5.8 (out of 4.0. どういうこと?と聞いたら、普通の授業以外に大学のクラスも飛び級でとっていると、そうなるらしい。)だったとか。
で、みんな生徒会長とかで、
そんな中で、ザックはみんなに、「で、お前は生徒会長?」「違うよ。サッカーチームにいるだけ」「じゃあサッカーチームのキャプテン?」「いや、ただのディフェンダーだけど」「へえ・・・」てな感じで、みんな超優秀なおぼっちゃまだったけど、自分だけただナチュラルに勉強と運動をしてきた人間だったそうな。

やっぱり、あの環境で、常に自然や動物とふれあいながら、
タフな環境で育ってきたから、本当にスマートで愛情にあふれた素晴らしい人間に育ったんだと思う。ザックも、メーガンも。

*****

1時から3時までKFCで話をしたあと、
Reddingから車で迎えに来てくれる予定のHannahに連絡をして、
彼女がBlack Bear Dinerに着いたというのでそっちへ向かった

入口に入ると、中にハナがいた。
すごく大きくなっていた。
前回会ったのは、2008年、彼女が12歳のとき。

いまでは、18歳になった。
丁度、俺がアメリカに来て、彼らに会った時の年齢。

大きくなったハナを見て、すごく不思議な感じがした。

*****

ザックとリエンは、このあと映画を見に行くということだった。
隣にあるシアターで。
Guardian of the galaxyを見るということで、
聞くと、ブラッドリー・クーパーは、なんとリエンの姪の友達らしい。
「本当に?彼、今ではすごく有名じゃないっすか」というと、
「そうみたいね、でも私は彼の映画を見たことないし、どんな人かも知らないのよ」と。
(ちなみに今回彼は、変な狐の声だけやっています。笑)

ちなみにリエンは生まれはイギリス。
2008年の夏、イギリスにみんなで、リエンの家族を訪ねに行った際に、
色々とビザの問題で大変だったそうな。
イギリス生まれなのに、市民ではない。なんちゃらかんちゃら、、、と。

*****

ちなみに、今回不思議だったのは、
まずは、俺を送ってくれたロイが、リエンとザックに会って、話をして、
そのあとは、リエンとザックが、ハナに会ってそれぞれ自己紹介をしていたこと。
俺にとっては、ロイの家族も、リエンの家族も、サンディ(ハナ)の家族も、
みんな2002年から親しくしてもらってきた家族だから、
逆にそれぞれの家族はお互いを知らなかったというのは、
変な感じであり、それぞれが”Hi, I’m Zak” “Hi, I’m Hannah, nice to meet you”とやっているのは不思議だった。

*****

また、もう一つびっくりしたのは、
丁度ハナとリエン、ザックが自己紹介をしているときに、
同じく隣の映画館に映画をたまたま見に来た、ハナのお父さんが車で通りかかったこと。

彼はずいぶんと俺に良くしてくれてたので、びっくりしたけど、
向こうは急いでいたらしくて、ちょっとリエンに俺が引き止められている間に行ってしまった。でも、少しでも遭遇できただけで嬉しかった。

*****

その後、ハナと再び久しぶりだねと言葉を交わす。
本当に大きくなって、しかも、綺麗になったなあと思った。
お母さんと同じで、金髪と綺麗な瞳の色をしていた。
ちなみに、ザックも青の綺麗な目をしていたな。

ハナとRey’s(スーパーマーケット)に入って、
ジュースを買った。

その後、ハナの車で、Mt. ShastaからReddingへ向かった。

*****

本当は1時間ちょっとで着く道のりなんだけど、
初めての渋滞に遭遇して、
結局、3時半前に出て、ハナの家に着いたのは6時前だった。
俺が空港に行かなきゃいけないのが7時半だったので、
本当は4時過ぎから3時間半くらいいられる予定だったけど、
1時間半ほどしかいられなかった。
でも、その代わりレディング空港にハナとサンディが見送りに来てくれたあと、
レディング空港の人たちはいい人たちばかりで、
「友達がいるならギリギリまで会ってていいわよ」と、実際の時間より更に30分くらい一緒にいさせてくれた。

*****

ハナたちは、俺が彼らにあった頃から、家を2回変えた。
今は、3つ目の家で、Reddingの静かな住宅地にあった。

ドアを開けると、まずは、大きくなったマイカが目に入った。
そして、サンディ。

サンディは殆ど変わってなかった。
“You haven’t changed at all”というと、”Really?”とすごく嬉しそうにしていた。

マイカは、これはもう、めちゃくちゃでかくなっていた。
自ら、”I’m giant, right?”と言っていた。

マイカは、俺が会ったのは彼が8歳の時だったけど、
当時は兄弟の中でも一番小さくて、サンディが良く心配していた。
とてもシャイな子で、「あの子は大きくなるかしら。みんなと仲良くやっていけるかしら」と。
すごく小さかったマイカ。

そんなマイカが、今ではもう、ものすごく大きくなってしまった。

今は、プロとして、ビデオの編集をしたり、
カメラマンとして、自然を写して編集したりしているそうな。
実際の作品を見せてもらったけど、ものすごかった。
しかも、日本の太鼓を演奏する日本人3人のミュージックビデオもやったりしているんだって。
日本では結構有名とか言ってたから、後で調べてみよう。

*****

簡単にみんなと話をして、
サンディが作ってくれた串焼き(チキン、野菜)と、茹でトウモロコシ、
サラダを食べた。
デザートは、「少しでいいよ」と言ったけど、ハナがめちゃくちゃよそってくれたアイスクリームとクッキー。

お腹いっぱいになったところで、もう行く時間。
最後に、マイカと少し話をして、
彼のプロの仕事用カメラで、写真を撮ってもらった。

マイカにさよならを言って、ハナとサンディに空港まで送ってもらった。

*****

ちなみに、家を出る間際、
ハナが、「これ、シュンにもらったものよ」と。
見ると、まりのキーホルダー。
それを見てなんとなく思い出したけど、
いつか、確か俺のお母さんか、おやじか、おばあちゃんが用意してくれたキーホルダーだった気がする。
それを、まだ大事に、綺麗に取って持っておいてくれた。
嬉しかった。

ザックも、「まだ、シュンにもらったCSLUBのキャップと、トレーナー、
それと、ドラゴンボールZのフィギュアも持ってるよ」と。
ドラゴンボールのフィギュアなんて、俺がたまたま日本で買ったのを持ってきてて、
200円くらいのしかもラディッツのやつだったと思うから、
「え!あれまだ持ってるの!?」とびっくりした。

メーガンも、妻がメーガンにと譲ってくれた着物をまだ大事に持ってくれているらしく、
そういうのを聞くと、本当に嬉しい。

子供たちは、彼らがまだ幼稚園や小学生のころから俺は知っているけど、
今では、みんな二十歳以上かそれくらいになってしまって、
みんな、見違える程大きく、大人になってしまった。

俺からすると、6年もの間、彼らから離れていて、
彼らは小さかった子供から、一気に大人になってしまって、
見た目が変わってしまった彼らに会うことは、正直少し怖くもあった。

俺は、彼らからもう忘れられていないかと。
もう、彼らの記憶からなくなってしまっていないかど。

でも、今回みんなに会ってみて、
みんな俺のことを覚えていてくれて、
「もう俺のことを覚えてないかと思ってたよ」というと、
“No way! You were the big part of our lives and we remember you so much!”と。
そうみんなが言ってくれたのが嬉しかった。

*****

サンディは、俺があった頃は、まだCOSにパートタイムで通いながらTutorの仕事をして(彼女とはそこで初めて知り合った)、
少しすると、Chico stateに通いだしたりして、
マスターを取って、カウンセラーになりたいと言ってたんだけど、
遂に彼女はその夢を叶え、
今では、自分のクリニックを開けるほんの手前にいる。

12年間で、ずっと頑張ってきたサンディを見て、
俺も嬉しかった。

*****

二人が空港まで送りに来てくれて、
本当に最後のLast minuteまで話をして、
その後、二人にさよならを言い、レディングを去った。
別れ際、彼らがどれだけ俺にとって重要だったか、
12年たった今でも、どれだけ俺の人生にとって重要だったかを伝えた。
ハナには、「いつもM(妻)と話をしているんだけど、
ハナの写真をフェイスブックで見るたびに、大きくなったね、すごく綺麗になったねと話をしているんだよ」とサンディに伝えると、
横で聞いていたハナは、真っ赤になっていた。

*****

レディング空港を去る時、思った。

なんて、幸せな瞬間だったんだろうと。

金曜日にここに帰ってきて、金、土、日と、
3家族と過ごして。

ジーンとロイに迎えに来てもらって。

笑顔で手を振って、涙を目に溜めているジーンを見て。

今でも元気なジーンとランディ、ロイに会って。

大きくなったザックと、リエンに会えて。

成長したハナと、マイカ、
元気なサンディに会えて。

みんなに、Welcomeをしてもらって。


俺は、2002年の夏から、2003年の夏まで、
経った一年しか、この土地で過ごさなかったけど、
そして、それから12年が経ったけど。

そして、彼らに、俺がUSにいた2003年から2008年までは、
ちょくちょく会いに行っていたけど、
それ以降は、2008年から2014年の今回までは、
一度も会いにいけなくて。

俺は、その自分にとって特別だった日々が、
もう、前々違う環境の日本で過ごすことで、
あれは、遠い記憶であり、もう、戻れないんじゃないかと、

余りにも毎日、仕事に忙殺されていて、自分は、どんどん嫌なやつになっていって、
笑うことを殆どしなくなって、気難しい、いつも怒っている嫌なやつになって、

余りにも、彼らとの生活が違いすぎて、

そんな意味で、彼らとの距離はもうこのまま縮まらないんじゃないかと勝手に思っていたけど、
今回会ってみて、一気にそれが縮まって、
みんな、ウェルカムしてくれて、
本当に、嬉しかった。

感謝。その言葉しかなかった。

*****


このあと、レディングからSFOに飛び、
10時過ぎに着いたあとは、
エアポートシャトル、電車、地下鉄を乗り継いで、
サンノゼのDe Anza College時代に良く遊んだ、Davidの住むサンフランシスコの家を訪ねた。

続きはまた後で・・・。

2014/8/4 16:06


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海外出張 | 2014 Back in California after 6 years
2014/8/4(Mon) 14:10-

この4日間くらいは、本当に濃かった。
本当に、来てよかった。

*****

簡単に下記に日程を記す。
水曜日の夕方にLAXに着いて、
その夜はLiの家族と食事をして、
木曜日の昼にLiのオフィスを訪ねて、その夜もLiの家族と食事をした。
夜の11時前にモーテルに戻り、11時過ぎにNorth Hollywoodでアクティングクラスを終えたさやかさんと、彼女を迎えに行ったスティーブの二人が車で迎えに来てくれて、
Long beach downtownのバーと、深夜のデニーズへ行った。

朝の3時過ぎにモーテルに戻り、4時から1時間だけ寝て、
5時から支度をして、6時にLiのお父さんに迎えに来てもらった。
(Liのお父さんは空港からのピックアップをしている会社で働いている。今回Liの家に行って、そういえばLiのお父さんに頼めばいいじゃないかということで、この日は来ていただいた。)

モーテルを出てからちょっと無理を言って、以前妻と一緒に半年ほど住んでいたOcean blvd沿いの海が見えるPCHを走ってもらった。
感激。
PCHから710に乗り、そこから405に乗り換えて、
LAXへ着いた。

*****

空港で時間を潰して、LAXからSFOへ飛び、
また2時間ほど待って、
SFOからReddingへ向かった。

昨日は1時間しか寝ていなかったので、
LAX→SFOも、SFO→Redidngも、爆睡。

Redding空港へ1時半につくと、
その小さな空港で、
少人数乗りの小さなプロペラ機を降りるなり、
フェンスの外で手を振っているジーンとロイが見えた。

ジーンは、俺に会うなり、ハグをしてくれて、
ちょっと涙で目が潤んでいた。
ロイも、かなり禿げ上がったけど(笑)、
元気そうだった。

その後、荷物を車に入れて、
途中で水を買って、McArthurの家に向かった。

2002年の夏も同じように降り立ったReddingは、
当時も日差しが本当に強かったけど、
今回も同じように強かった。

******

金曜の夜と土曜の夜、二日間をゆっくりジーンとランディの家で過ごした。

この二日間は、本当にゆっくりできた。
今までにないくらい。

*****

Reddingからは、1時間半ほどジーンが車を運転してくれて、
途中では、山火事が3つほど起きていた。
ここ最近は、山火事ばかりらしい。

いつもの山道を超えて行き、
途中で煙がもくもくと上がる山を見下ろした。

Burneyを超えて、
やっとMcArthurに着く。

かつて彼らが5年ほど住んでいた家をがある通りをとおり過ぎて、
新し家のある方に行く。

大きなゲートの前に着くと、
ポーチに座っているランディが見えた。
いつものちょっと気難しい顔をしている。
実際は、別にただそういう顔をしているだけなんだけど。

*****

初めて入る家は、すごく大きかった。

1階には、リビングと、ロイの部屋。
2階には、ジーンとランディの部屋。

天井は2階まで吹き抜けになっていて、
天井が本当に高い。
俺がかつて夜中にぶつかった鹿の剥製の顔3体と、
猪の剥製1体は、
それぞれ、かなり高い位置に取り付けられていたので、
「もう俺が夜中にぶつかる心配はないね」と言ったら笑っていた。

昼ごはん、というか、いつもどおりの早い夜ご飯は、
ものすごくパテが熱いハンバーガー。
肉は、外のBBGグリルで、スモークにして焼いたので、
ものすごく美味しかった。
でも、でかすぎて、流石に残した。

残したのは、全てリサ(2006年くらいから飼いだした犬。ラブラドール)が食べる。
流石に、朝食に出るパンケーキや、ベーコンまで、
シロップをめちゃくちゃかけたのを、リサに食べさせていて、
いいの?と聞いたけど、
「いいのよ」と。

その夜は、食べ終わったあと、
外のポーチに4人で座って、
やることは、道行く車を眺めるだけ。

本当に、何もしない。

テレビも見ない。

音楽も聞かない。

ただ、ポーチに座って、ぼーっと、道を見るだけ。

でも、それが、贅沢なんだなあ。

*****

その日は、流石に俺も疲れていたらしく、
ポーチに座るやいなや、6時から8時半くらいまで、
知らぬ間に寝込んでいた。

汗をかいて起きると、もうジーンだけしかいなくて、
「ランディもロイももう寝たわよ」と。
俺もシャワーを浴びて、10時前には寝た。

*****

翌朝、6時過ぎに自然と目が覚めた。

7時過ぎまでベッドで、色々ものを書いたり、メールチェックをしていた。

7時過ぎにリビングへ行くと、みんな揃って、TVを見ていた。

お茶を飲んで、少しすると、
朝食の始まり。
その朝は、大きなパンケーキと(シュンは何枚食べるんだ?と聞かれて、
1枚でいいよというと、
そんなに痩せてちゃダメだ。と、大きなのを2枚もよそってくれる。
それと、カリカリに焼いたベーコン。
うまかった。でも、絶対体に悪い。)

朝食を終えて、
そこからは、みんなそれぞれ好きに過ごす。

俺は、レポートを書いてなかったので、それだけ速攻終わらせた。

1時間半くらいかけて終わらせ、11時半くらいには終わった。
その後、ポーチにランディとロイと座って、
ウトウトと昼寝をした。

また、4時過ぎに夕食の支度をして、
今度は、1時過ぎからBBQで燻していたというビーフと、
馬鹿でかいナス。これは、庭で育てたやつらしい。
ナスは、ランディがスライスしたのを、
ジーンが衣につけて、揚げる。
小麦粉と、天ぷら粉を使った。
ミックスには、水じゃなくてビール。バドライト。

あとは、バナナを揚げたやつ。

5時頃には食べだして、みんなすぐにお腹いっぱい。

ロイとランディは、その日5杯目くらいのバドライトを飲む。

俺は、金曜も土曜も、1,2缶だけ飲んで、
あとは、ロイの持ってきた緑茶を5杯くらい飲んだ。
美味しかった。

夜は、また8時半過ぎまで、ポーチに座って、
ボーっと、何もしなかった。

ここ最近、出張中も、普段の平日も、
朝から晩まで、汗をかきながら、各国の担当を死にそうになりながらやっていたので、
そして、家では、妻にいつも愚痴を聞いてもらって、なんとかやっていたので、

普段の生活と余りにも違う、アメリカの、しかもど田舎の、
誰も知る人のいないところで、幸せな3人に囲まれて、
俺は、ほとんど何も喋らずに、ぼーっとしていて、
本当に、ゆっくりできた。

*****

その日の夜は、ランディもロイも寝たあと、
ジーンと今で少し話をした。

色々と写真を見せてくれた。

ジーンには、
「この6年間で、俺の両親ももちろん年を取ったし、
俺も年をとって、
ランディは、2年前に肝臓に石が見つかったし、
みんな、大丈夫かなと心配していたけど、
みんな、全く変わってなくて、元気そうで本当に良かったよ。

ロイは、やっぱりどんな人間よりも親切でいい人だし、
こうして、ロイと、ジーンと、ランディに迎えてもらって、
本当に幸せです」と伝えた。

その夜は、11時前に寝た。

*****

日曜日の朝は6時過ぎに起きて、
ご飯を9時ごろ食べ、
11時過ぎに、ロイの車でランディとジーンにさよならを言った。

その後、ロイの運転する車で、Mt. Shastaへ向かった。

*****

ジーンたちの家を出る前、
朝から、ジーンが寂しそうにしているのがわかった。
ロイも支度をするし、
俺もロイと一緒に去るので、
息子が二人一気にいなくなるようなもんで、
彼らにとっては、すごく嫌なんだと思う。
特にジーンにとっては。

家を出る前、
庭をジーンに見せてもらって、
色々話を聞かせてもらって、
みんなで、写真を撮った。

ロイの車に荷物を積む前に、
ジーンがロイに、”Are you angry with me?”と。
なんかあったらしい。
ロイの態度がそっけなかったのか。

それに対してロイは、
“No. Annoyed. But not angry.”と。
それを聞いて面白かったので。
あとで車の中でロイにいうと、
ロイも笑っていた。
“At least I’m being honest.”と。
ロイの、ああいうユーモアのセンスが好きだな。
というか、この家は、いつも全て笑いに変えている。
俺はいつも真面目なので、よくからかわれるけど、
そんな、この家族が好き。

ジーンにキスをしたあと、
ロイは、車に荷物をつめ、
そして、俺も車に荷物を詰めた。

その後、少しして、出発の時間。
今度は、M(妻)も一緒に連れてくるのよ。と。

必ずすぐ帰ってくるのよ、と。

二人に手を振って、ロイと一緒に、彼の赤いカローラで出た。

*****

道の途中でガスを入れ、
その後、灰が雪のように振り続ける道を走った。
俺の服は、今朝下ろしたにも関わらず、もうすでに、炭臭かった。

途中、COSにいた頃にヘザーやロイたちと、雪すべりに来た、Snow Hillでロイが用を足すというころで止まった。
まさかここにまた来るとは思いもしなかった。
あの記憶を探ると、遥か昔で、本当にあったっけ?といつも思うから。

*****

道の途中、すでにジーンとランディが恋しかった。
ロイに言った。

「いつも、ロイの家を訪ねて、
そこにいる時間はもちろん楽しいんだけど、
それよりも、そこを出たあと、例えば、前々違うときに、
ロイの家でのことを思い出すと、それをもっとエンジョイできるんだよ。
あとで考えると、いかにそこでの時間が特別だったかに気づくんだ」と伝えた。

ロイは、”Huh”と言っていた。
余り伝わってないかもしれない。

COS時代を思い出しながら、Mt.Shastaへ向かった。

(続く)


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海外出張 | 2014 Back in California after 6 years

August 03, 2014

2014/8/3 6:46am-


昨日の続き。
さやかさんとスティーブに、モーテルまで迎えに来てもらった。
部屋を出ると、すぐ下にスティーブの運転するキューブが停まっていて、手を振ってくれた。
俺と同じNISSANキューブ。スティーブたちの方がだいぶ新しい型だけど。

6年ぶりの再会を祝って、車に乗り込み、
さやかさんが聞いてくれた。
行く場所を色々と考えてくれていたという。
超ロングビーチ感バリバリのバーか、
二ヶ月ほど前にできた新しいちょっとクールなバーか、
または、24時間空いているダイナー。

バーが良いと伝えて、
新しくできたロングビーチダウンタウンにあるバーに連れて行ってもらった。

*****

車を停めて、中に入る。
写真付きIDは、既に期限がとうの昔に切れたカリフォルニアドライバーズライセンスしか無かったけど、セキュリティのお兄ちゃんも余り見てなくて、普通に入れた。

中はかなりかっこいい作りだった。
そこで、ウィスキーを二杯、スティーブとさやかさんに奢ってもらった。
かなり高級なものだったのに、すみませんでした。ありがとうございました。
次回おふたりが日本に来た時には、必ず全部僕もちということで。

*****

音楽がガンガンかかるそのバーで、お酒を飲みながら、
色々な話をした。

さやかさんが今ノースハリウッドで取っているアクティングのクラスのこと。
その先生は、さやかさんの持っている良さを引き出してくれるアドバイスをくれる人で、
かつ、自分で色々と考えてやらないといけなくて、
毎週3分間のショートフィルムを撮らなきゃいけなかったりと、
すごく大変なんだけど、
その中で、さやかさんに対して、
「あなたは僕が今まで会った中で一番面白い人たちの一人だよ」と言われて、
そんな先生に認めてもらったコメディという路線で、
今はそれを突き進む事を決めたこと。

ちなみにその先生は、ビヨンセのお母さんと長い間付き合っているらしくて、
ビヨンセのお母さんの個人ジェットで、東海外に飛んだり、
ビヨンセやオバマ大統領にも色々とアドバイスをしたりしているらしい。
すごいですね。そのときは余りにもロングビーチという雰囲気だけで、普段の日本と違うので話を聞いていたけど、
こうしてよく考えると、かなりすごいですね。

そして、そんな演劇のクラスを取るには、
やっぱりその前のオーディションというか、テストをパスする必要があって、
それ自体も、かなり大変だったそうです。
それをきちんとパスして、今はそのクラスを取っているさやかさんですが、
この日は、俺と会うために、わざわざ大事なクラスを1時間早めて終わらせてくれて、
10時に切り上げて、そのまま会いに来てくれました。
「6年ぶりに大事な友達と会うから、これは絶対に帰らなきゃいけないの」と先生たちに言ってく、切り上げてくれたそうです。
ありがたい限りです。

*****

今回さやかさんに会って、話を聞いていて思ったのは、
すごくパッショネイトだったということ。
俺は、学生時代の最初の頃は多分、自分が何かに向かってすごく情熱的になって、その夢を突き詰める、というのがあったと思うけど、
(恐らくそれは、自分にとっては、映画の道を目指す、ということだった)
その道を諦めてからは、そのあとは進路に迷った感じになり、
そのあとは、ずっと、自分が何をしたいのかが分からずに、とりあえず、いろいろな国を、回るのが好き、というのを基に、海外営業に付く、というのだけを目標にやってきたけど、
今は特に、「これをしたい!」という夢があるわけではない。

だけど、さやかさんは、今でも自分の夢を明確に描いていて、
それに対して毎日精一杯頑張っている、というのが伝わってきて、
その、情熱的であることに、すごく刺激を受けた。

もしかしたらそれは、日本にいると、人は30歳近くになると、
夢に向かってかけ続ける、という熱さを持つ人は少なくなり、
「人生、こんなもんさ」「この辺でうまく妥協をしよう」という状態になる人が増えてくると思う。
それはもしかしたら、俺は会社で働いていて、周りには会社員がいることが当たり前の環境だから、そうなるのかもしれない。
ただ、どっちにしても、さやかさんのその、情熱的な姿勢に、すごく刺激をされた。

*****

ちなみにスティーブは、いつの間にかものすごい潔癖症になっていたらしく、
この日も、何かパブリックなところを触るたびに、サニタライザーを手につけて、
その後、ハンドクリームを毎回つけるという始末。
いつから?と聞いたら、数年前だという。
今では、飛行機の乗ると、
トイレに入ったあと、まずは綺麗に掃除して、
使ったあとも、また綺麗に掃除して出てくるので、
次に入る人は、「Wow!!」とびっくりするという。
その話がすごく面白かった。

ちなみにスティーブは、飛行機が好きらしい。
なぜかと聞くと、ただ自分は座って、
Some ladyがdrinkやらfoodやらsome shitsを持ってきてくれて、
映画を見てればいいなんて、なんて最高なんだと。
だから、12時間フライトなんて、短過ぎるという。
できれば、40時間くらい欲しいというから、笑ってしまった。

*****

ちなみにスティーブは俺が知る限りかなりナイスな人の一人だと思うけど、
今回も会ってみて、やっぱりそれを実感した。
こういう、スイートな人というのは、
日本人ではなかなかいないと思う。
基本日本人がスティーブくらいスイートになると、それは多分ゲイの人だし、
あとは、やっぱり日本人は、日本人独特のおっさんくささなり、
あれだけスイートで、しかし、男性、という人間は、なかなかいないと思う。
そんなわけで、特別な人だと思います。

*****

そこのバーで、ビリヤードをやり(俺は人生二回目だったけど、結構この日はビギナーズラックか楽しく出来た)、
そのあとは、カラテカみたいな変なゲームをやったけど、それが超サックスで、
酔っ払ってたのもあり、爆笑しながらプレイした。
ああいうの、楽しいなあ。

そこは2時に閉まってしまったので、そのあとは街で一番綺麗なデニーズに連れて行ってもらった。
そこで、客が俺たち以外にはもうひと組ぐらいしかいないところで、
俺はフレンチトーストを食べた。
はっきり言って美味しいとは言えないけど、
でも、真夜中にこうして友達と言ってデニーズで食べるフレンチトーストは、
うまいんだな、これが。

*****

その後、二人にモーテルまで送ってもらった。
また今度は、M(妻)も一緒に会いましょう、と。
今度は、早めに知らせてくれれば、一緒にディズニーランドも行こうねと。

二人とは、妻が元々さやかさんと友達で、
その関係で、俺も一緒に遊ぶことになったけど、
すごく良くしてくれて、本当に嬉しかった。

ちなみに、さやかさんの英語はすごいですね。
そりゃあ、ネイティブの中で、バリバリ言語のバリアなんか関係なく、昔からやっているわけですから、
英語がうまいヘタのレベルではないわけですが、
でもやっぱり、今回もさやかさんがスティーブに話をしたり、
または、俺がさやかさんに話をしたのを、スティーブに説明してくれるのを聞いて、
言い回しとか、イントネーションとか、速さとか、
こりゃあすげえなあと思った。

さやかさんが日本に来たら、まず英語の先生は絶対OKですね。
こんなに喋れる日本人(しかもノンネイティブ)って、中々いないと思う。

あとは何よりも、やっぱり、さやかさんは、ネイティブのアメリカ人の世界に一人でガンガン入って、
そこで誰よりも情熱的に活動していることだよね。
俺は、決してそういうタイプではないし、やりたくてもそこまで入り込めないので
(俺は黙って、とりあえず分からなければニコニコしているタイプ)
そんなさやかさんを見ると、「この人は本物だぜ!」とやっぱり感心してしまう。

****

そんなお二人と会えて、本当に楽しかったです。

また近いうちに会えることを楽しみにしています。

2014/08/04 23:51 (サンパウロ行きの飛行機の中で。今は地図によるとグアテマラの上あたり)



PS.
ちなみに、さやかさんが言ってくれたんだけど、
いつも俺のブログに刺激を受けると。
さやかさんがアクティングのプロジェクトなどで、
今日はどうしても寝ていたい!という日でも、
俺のブログを見て、その仕事のスケジュールとかを見ると、
「私もやらなくちゃ!」と思ってくれるそうで。
これは嬉しいと同時に、俺としては、全然そんなことはないですよ、という感じだった。
むしろ、さやかさんとスティーブにも話したけど、
俺のやっている仕事はどちらかというと、上司や会社にあれをしなさいこれをしなさいと指示を受けて、
それを、決まった時間内で黙々とやるものなので、
とても日本人的というか、何かを自分で生み出す、というわけではない。
決して、クリエイティブではない。
そして俺は、水泳や陸上で鍛えたように、
黙々と黙って、一人で何かを今詰めてやるのに昔から慣れているだけで。

逆にさやかさんの話をきいて、
さやかさんの場合は、答えがない世界で、
先生に少しアドバイスをもらい、あとは自分の中から生み出すことをやっているので、
これは本当にすごいなと思った。
恐らく俺が一番苦手な分野。
なので、俺の方こそ、さやかさんの話を聞いてすごいなと感心していたので、
俺のブログが刺激になるという話を伺って、照れると同時に、いや、さやかさんの方がすごいっすよ、という感じだった。

*****

とにかく、今回は色々な刺激をいただきました。



shunsukesekine at 06:30コメント(0)トラックバック(0) 
海外出張 | 2014 Back in California after 6 years

August 02, 2014

2014/08/02 22:38-

今はロイの両親の家。
もう寝たいけど、今しか書けないこの気持ちをここに書いとこう。

*****

今週の水曜日の夕方に出て、
LAXへ飛んだ。
6年ぶりのカリフォルニア。
もう、LAXについて、少しリモデルされて変わったLAXの到着ゲートを出て、
外に出た瞬間から、
「これがカリフォルニアの空気だよ!」と興奮した。
6年ぶり。
俺が、留学時代を過ごした期間と全く同じだけ、ここに帰ってきてなかった。
色々と忙しいとかあったけど、やっぱり、今回ここにこうして来られることは、
本当に幸せだと思った。

****

タクシーに乗って、ホテルのクイーンメアリーに向かう。
ここは、近くに1年ほど住んでいたけど、
学生時代にここを借り切ってのパーティーみたいのがあって、
その時一度来ただけだった。
チェックインまで少し時間があったので、幽霊が出るという噂の部屋や場所を回るツアーに参加した。
かなり気持ち悪くて、ツアーに参加したことを後悔。
その後部屋に通されるが、かなりここも気味が悪くて、しかも床が濡れてたりしたので、
フロントに行って、部屋を交換してもらった。
翌日もここに泊まる予定だったけど、翌日はやめますと言って、結局ロングビーチのCSULBの近くのモーテルに翌日は泊まった。
部屋は、翌日をキャンセルしたために、その分当日の分を無料でアップグレードしてくれた。
窓付きの一番上のランクにしてもらった。

*****

夕方6時すぎに、Huntington Beachに住むリーに迎えに来てもらった。
彼とは2011年の頭に行われた、彼の台湾での結婚式以来。
実に、3年半振り以上経ってるけど、たまに電話で話をしていたせいか、余りそんな風に感じなかった。

彼の家に行き、彼の奥さんのジェニファー、
それから、彼のお母さんに会う。
ここには、俺は1年近く住んでいた。2005年の8月から、2006年の3月まで。
お母さんは余り変わってなくて、ジェニファーも相変わらず綺麗だった。
彼らには子供が産まれ、Ethanという名の男の子は、それは可愛かった!!
最初はシャイになっていて俺になつかなかったけど、
その後すぐになついてくれて、
色々とおもちゃを持ってきたり、ちょこちょこと歩いてきて、
すごく可愛かった。
俺もこの子を見て、子供を持つっていいなあ、と思った。

その日は、ジェニファーやお母さんが外で買ってきてくれた中華料理と、
作ってくれたスープなどを一緒に食べた。
9時近くに、リーのお父さんのMr.Loも帰ってきて、挨拶をした。
彼も、6年前と変わらないどころか、なんだか少し若く見えた。

夜は、10時過ぎまで話をして、その後ホテルに帰った。
(ホテルにつくと、部屋がものすごく寒くて、もう風邪をひきそうだった。冷房しか聞かなくて、窓も空かないので、結構きつかったな。雰囲気はあるけど、ちょっと不便なホテルではあります。)

*****

翌日は朝の10時過ぎに出て、(それまでは簡単に船の中を15分ほど散歩して、)
タクシーでリーの働くオフィスへ向かった。La Miradaに位置する。
今回LAに来た理由は、彼の働く会社に行くため。新規訪問の目的。

30分ほど簡単なミーティングと倉庫見学を行ったあとは、
またタクシーでロングビーチに戻り、
帰りにIn N Outに寄り、6年ぶりのIn N Outバーガーを食べた。
もちろん、Animal Style, Extra Everythingで。 (Tomato, Lettuce, Onionの量が2倍以上になる。で、値段は変わらず)
感激しました。日本に来ればいいのに。

*****

そのあとは、かなり疲れていたので、1時間半ほど昼寝した。

5時過ぎに起きて、歩いてCSULBまで行った。
15分くらい。
ラルフズとかの横の、メディカルセンターの道を歩いて。
ここは、妻と付き合い出した頃、
ファイナルを受ける時とかに、ここの道を一緒に歩いたのを思い出した。

6年ぶりのCSULBは、これまた感激だった。
図書館に行き、
かつて勉強を少しだけした部屋を見たり、
よく行ったトイレに行ったり、
外の、よく寝た芝生に行ったり、
色々と見て回った。

その後、そこまでまたリーに迎えに来てもらって、
そこからHuntington Beachのショッピングコンプレックスに行って、California Pizza Kitchenで、
テイクアウトを買った。
ピザができるまでの15分は、近くのアウドドアショップを見て回った。
こういう雰囲気の店も、意外と日本ってないから、懐かしかった。

その後は、またリーの家に行って、
ご飯を食べ、夜中の10時過ぎまで話し、みんなにさよならを言って、
一度モーテルに戻った。

その後、23時過ぎに、ロングビーチに住むさやかさんとスティーブに迎えに来てもらった。

*****

ちょっとここまで書いたけど、
とにかく、今の気持ち。

6年ぶりに、ロイとジーンとランディに会いに来られて良かった。

6年。長かった。
俺は、24歳から、30歳になってしまった。
次にいつ来られるかは、やっぱりわからないけれど、
なるべくたくさん、来たいと思う。

やっぱり、ここは俺の第二のホームで、
なんだか、この6年間、日本で、毎日仕事に、目の前のことに一生懸命になって、
なんとか生き抜いてきた日々を、
ここに来ると、なんというか、それは、6年ではあったけれど、
同時にほんの一瞬であり、
そして、それは、全て、ここから始まったということ。

そんなことを、感じた。
なんとも言葉にできないけれど。

*****

続きはまた明日書きます。

2014/8/2 23:02


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