April 2013

April 30, 2013

2013/04/30 15:20-

今、ルフトハンザの飛行機の中。
ビジネスクラス。
会社のお金で。

このパーテーションの中には、全部で乗客が15人しかいない。
とても余裕があり、良い。

席は、完全フラットになる。さっき、それで13時から14時半まで、1時間半寝た。


************


完全に静かな個室なので、
そして、時間があるので、
自分のことを、見つめてみようと思う。



最近の悩みは、特にない。

先日妻とも話したが、
ほんの少し前までの俺は、
仕事のこと、
進路のこと、
それらで、ずっと悩んでいたが、
今は、新しい会社に入り、
仕事も、やりたい海外営業部、
こうして、数ヶ月に一回は海外出張もでき、
また、英語も使えるので、
毎日のように、英語力を必要とされて、
とても、満足している。

自分が、「求められている」と感じるし、
自分が今まで得てきた力=
「留学によって培った、英語力、コミュニケーション能力」
が、きちんと生かされる、または必要とされる力なので、
その状態に、満足している、と言える。


一社目の時は、
英語力は求められたが、
コミュニケーション能力、人と話す力、
人と接する力、
それを、使い機会がまったくないと感じたため、
毎日やりがいがなく、心は死んだも同然だった。

(今、その会社の同じ仕事についたら、
おそらく、文句はあまり言わずに働いたと思う。
給料も良いし、残業代も15分おきに出るし、
日立の福利厚生だし、
今考えると、今まで経験した3社の中で、
一番良い条件だったと思う。
金銭的にも、外資=英語を使える、または、社内に外国人(しかもアメリカ人、シリコンバレー)がたくさんいる、というのは。
でも、当時は、それは、自分が欲していたものではなかった。)

*****

二社目(前職)では、
自分が欲していた、
または、一社目の反動によって、
「コミュニケーション能力」を使うこと、鍛えることを、
非常に欲していた。

その力は、俺が伸ばしたかった力であり、
「俺はこれがあるんだ。または、伸ばせるんだ」
と証明したかった力だった。

また、一社目の後なので、
「お金なんて関係ない、
大事なのは、やる仕事の内容であって、
お金は、最低限の生活ができれば、それでいい」
と考えていた。


最初の半年間は良かった。
むしろ、入社して、最初の2ヶ月(2009年2月〜3月、横浜支店勤務の時代)は良かったけれど、
2009年4月から新宿に行き、
そこから、体力的にも(通勤の遠さ)
精神的にも(周りで無条件で応援してくれる人がいなくなったこと)
きつい時期が、7月まで続いた。
4ヶ月間。


そしてその後、
7月にT.S.さんが新宿に移ってきて、
8月には、彼の家に泊まったりして、
面倒を見てもらい、
おれ自身の力も伸びてきて、
のびのびと仕事ができるようになった。

8月、9月、
この2ヶ月は、本当に楽しかった。

8月、9月は、
この時期が、
ずっと続けばいい、
毎日、夜、JRから京急に乗り換えるところで、
いつも、
Maroon5を聴きながら、
「これがずっと続けばいい」
と思っていた。


その後、
10月にK.O.さんが辞め、
11月にもう一度、100万ポイントを超えたものの、
12月ごろから、なんとなく、メリハリがなくなり、
1月、2月、3月と、勢いでいっていたものが、
5月のクレームの連続勃発により、
営業部長に、社内メールでひどいことを言われ、
自分のプライドは傷つき、
自尊心が落ちて、
6月、7月と、落ちていった。

確か、7月は、
自転車での事故もあり、
さらに、自分の気持ちは、落ちて行ったと思う。
正直、そのころのことを、
あまり覚えていない。


妻は、4月から留学に行き、
帰ってきたのは、8月だった。
つまり、ちょうど彼女がいなくなっていたときに、
俺の仕事面は、だんだんと下がって行き、
精神的に、頼れるところがなくなっていた。

5月ごろ、(既に退職されて、たまに面倒を見て下さっていた)Jさんに相談すれば、
助けてくれるんじゃないか、

クレームの担当でお世話になった、
あの方(食事に連れて行ってくださった。俺に対してクレームを下さった会員さんの祖父様)
に、会うことで、
救われるんじゃないか、


そう、成田の駅のエスカレーターのところを歩きながら、
思っていたことを、思い出す。

*****

その後、2010年の9月以降、
2011年の頭くらいまでは、あまり記憶がない。
年齢はちょうど、27歳になった。

9月から、K.T.さんが移ってきた。

2010年の年末にオフィスが移り、
2011年の新年から、
新しいオフィスでの仕事が始まった。

そのころはちょうど、2010年末にCHさんが入ってきたり、
2010年の4月には、
Nちゃんや、Kなども入ってきた年だった。
Kとは、一緒に、
セミナーの準備もやったりした。
セミナーの隊長、副隊長とか。

ずいぶんと、それに力を使ったと思う。

******

2011年の2月に、
部長に、札幌オフィスでの支店長の仕事を持ちかけられた。
震災の一ヶ月前。


つまり、二社目に入社して、
2年がちょうど終わったところ。

それを断り、
そのときには、転職の話を部長にしていて、
4月からは、より、居場所が狭くなったと思う。

俺のアテンションは、完全に転職のほうへと移っていた。

オフィスでは、一部の人間の攻撃が、
俺としては、精神的に辛かった。
彼女たちは、好き勝手にやっていたと思う。
ある意味、いじめに近いと思う。(笑)

とても、先輩ではあるが、
「上司」とは呼べない。

2011年の夏には、
彼女と出かけている際に、
電話がかかってきて、
酷いことを言われ、
その後、俺はだいぶ落ち込み、
彼女を悲しませてしまった。

あのころは、
転職と、二社目の仕事と、
両方を両立させて行くことが、
体力的にも本当に辛く(唯一の休みの日を、面接に当てなければならなかった)
きつかったと思う。

*****

これでは踏ん切りがつかないというのもあり、
また、会社側の要請もあり、
10月頭付けで、そこでの仕事を辞めた。

俺の、二社目に対する思いは、
2009年時の入社時のそれと、
2011年時、俺が去るときのそれとは、
まったく違うものだったと思う。


今思うと、
S.I.さん、
T.S.さん、
W.A.さん、
そういった人たちの存在が、
俺がそこで仕事をして行く上では、
大きかったと思う。

先輩として、かわいがってくれる存在。
あきらめずに、目をかけてくれる存在。
見放さずに、見てくれている存在。
そして、俺のことを、
「お前はできる」と無条件で、疑わずに、
信じてくれている存在。



しかし、部長、他数名、
そういった存在は、違った。

俺のことを、最初から疑いの目で見ていた。

だから、俺は、
自信をなくし、自尊心をなくし、
びくびくし、
毎日、おびえて仕事をしていた。

2011年時、
俺があそこを去ったとき、
そういう意味で、
俺にとっての「味方」はいなかったんだと思う。

だから、俺の心は、荒んでいた。

だから、今でも、
二社目のことを、
2009年時はよくても、
2011年時のことは、思い出したくないんだと思う。


俺が思っていた以上に、
あのときのことは、本当に辛かったんだと思う。
2010年の5月から、
2011年の10月まで、
1年半の間は、
本当に、辛かったんだと思う。
俺が、26歳から、
28歳になる直前まで。

******

その後、2011年10月から、
2012年の2月まで、
転職活動という、自分との闘いが始まった。

責める人間は、俺自身しかいない。
なぜなら、毎日、自分との対面であり、
俺が、選んだ道だったから。


果たして、このまま、
自分が本当に行きたいと思える会社が見つからないのではないかと、
どうしようもない絶望感と、
無力感に襲われそうになることもあった。

でも、それを認めてしまうと、
恐怖で動けなくなってしまうので、
その意識を、無意識のまま、
言葉にせず、
頭で認めない、
そんな日々だった。

*****

10月から11月は、
まったく動きもなく、
かなり辛かった。

2007年の9月から2008年の2月まで、
自分の進路がわからないまま、
彼女とロングビーチのアパートで
暮らしていたころの焦燥感に近い。


12月に、一度、
初めて行きたいと思えた会社、
MLに受かるかに思えたが、
そこで落ち、
どん底の気分を味わった。

もう、どうしようと、思った。

そのとき辛かったのは、
・お金が日々日々なくなって行くことの恐怖
・親からのプレッシャーに対する焦り
・28歳で何やってんだ、俺に未来はあるのか、という、自分の道を間違ったんじゃないか、という、自信の消失

だった。

3つ目に関しては、
面接で、または、書類選考で落とされる理由は、
俺が取ってきたまさにその道を、
否定されることだったから。

一社目を、5ヶ月で辞め、
二社目を、2年と10ヶ月で辞めていることが。

日本の有名な大学を出て、
大手企業、または、普通の企業に就職して、
そこで、少なくとも3年勤めたヤツのほうが、
俺よりも、「価値がある」
そう、思わせられることが、
とても、いやだった。


俺が今まで取ってきた選択、
歩んできた道の選択は、間違っていたのかと、

そう、思わせられることが、
本当にいやだった。


俺は、誰よりも芯が強いと思うが、
なのに、
俺が取ってきた道の表面的な見た目のせいで、
「S.S.という人間には、芯がない」
と思われることが、
一番、耐えられなかったんだと思う。

一度、日本の「進路コース」を踏み外すと、
もう、そこには戻れない、という、事実。

それを受け入れること、
俺は、もう、
日本の「できるやつら」のコースで、
一緒に戦うことはできないのか?
そして、その理由は、
一社目を5ヶ月で辞めている。
一社目で3年間勤めなかった。
たとえ、有名海外大学を出ていようと、
たとえ、大学時代に、
どんな日本のやつらよりも、
俺自身を磨いたと自負しても、

たとえ、一社目も、日本社会では負けず劣らずの有名企業であっても。



ただ、一社目を、
「5ヶ月で辞めた」だけで、
もう、日本のそのコースに戻れないことが、
本当に、辛かった。

俺よりも、大学時代にサボっていて、
俺よりも、社会人になってからも、
適当に仕事をしているであろう人間よりも、
俺の方が、たとえ今まで真剣に生きてきていても、

「一社目を、5ヶ月で辞めた」

その事実だけで、
そいつらと同じ土俵に立つこともできず、
かつ、そいつらに、生涯年収が、
一生、追いつけないであろうことに。


******


結局は、男であり、
ステータスと、
お金、
それがある方が、
自尊心も高まるし、
自分が、己の能力を最大限まで使っている、と、
思える。


なのに、それができないこと。

そして、学生時代は、どんな失敗をしようが、
結局は、その学校の中でしか事は影響していないから、
自分の人生の進路に絶対的な過ちはもたらさないものの、
社会人になってからとった行動は、
すべて、社会の目に、
すべて、跳ね返ってくる、ということ。


******

それを知らずに、一社目を辞めるといったときに、
親父と、母親は、
反対したんだと思う。

そして、俺が、彼らにそれを相談せずに決断してしまったことに、
驚きと、悲しみと、
絶望を感じたのだと思う。

*******

思えば、
俺が自分で選んだ道にもかかわらず、
そこでの仕事が辛い、
そこでの毎日がきついと、
親の前で嘆いていたことは、
親にとって、本当に辛かったと思う。
前職の時代。


きっと、彼らは、
俺が今の会社に入った、2012年の2月、
つまり、ほんの1年前までは、
ほとんど、安心することができなかったんじゃないのか。


そう思うと、親不孝ものであると思う。

親孝行をせねば。

******

また、妻という存在は、
本当に大きいと思う。

一社目に入ったころ、
二社目に入ったころ、
二社目できつかったころ、
転職時期に入ったころ、

最後に、今の会社での仕事が決まるまで、

俺を支えてくれたのは、
彼女だった。

彼女が、俺のことを、無条件で信じてくれ、

「あなたなら絶対に大丈夫」
と言い続けて、励まし続けてくれた。


彼女の支えなしでは、
俺は、あの時期を、
乗り切れなかったと思う。

*****


さっき、これを書きながらふと思った。

妻と、親父が、
病気になったのは、
彼女たち二人が、

それまでは、俺のことを心配して、
彼女たちが俺のことを支える必要があったから、
彼女たちは、常に丈夫で、健康でいなければいけなかったのに対して、

今では、俺もすっかり落ち着き、
悩み事が一切なくなったことで、
やっと、肩の荷を降ろした二人が、
病気に、かかったのではないか、と。


だから、今では、
俺自身が、自分に対する悩みがないからこそ、
他人のことを、気にかけられるのであって、
まず、自分にとって一番大事なその二人とは、
家族である、妻と、父親なのだ、と。



******


すべては、結果論かもしれない。

しかし、人生は、

最後に、”All was well.”と言えなければならない。



人生で、過去は、変えられない。

歳は、確実に取っていく。

体は、確実に衰えて行く。

若さは、一生じゃない。

だから、常に、
「後悔」をしないために、
毎日、精一杯、
胸を張って、生きて行かなければ、ならない。



人生は、そうあるべき。


2013/04/30 16:27




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My Work-仕事 | My Life-人生

April 25, 2013

今、新木場で電車待ち。

乗り継ぎの電車まで時間があるので、
駅の外に出て、緑の葉っぱが生い茂る木の下で待つ。

この木か、
ひのきの香りがする。

さっき気づいた。
最近、自然をみてなかったなと。

駅の上から、この木を見下ろして、その緑に、目を奪われた。
心がホッとした。

外気温は17度ほど。
吹いてくる風と、空気の感じがちょうどいい。

これくらいの気候を感じると、
ロングビーチの初夏、
五月ごろの夕方を思い出す。

あの気候が、本当に好きだった。
なんだか、何もなくても、
幸せで、
「人生は良いものだな」と、自然と思えた。

今も、いっしょ。

2013/4/25. 17:47


PS,
おそらく、こうして、留学時代(2006年の初夏)を思い出すのも、
今日は国際展示場で、一日仕事をして、
ちょうどここで、その昔就職活動のフォーラムに参加してた頃が、その時期だったから、
余計その頃の記憶が蘇る、
というのも大きいと思う。





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My Work-仕事 

April 21, 2013

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村上さんの新作、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。

さっき、ほんの10分前程に読み終わって、
まだ頭の中が整理できていないけれど、
この感覚というのは、「今」を逃すと、確実になくなってしまうので、
とりあえず、今感じたことを簡単に記しておこう。

*****

ちなみに、こういう感覚、
つまり、子供の頃に何か壮大な映画を観て、
映画館を出た後も、まだその世界観に浸っていて、
頭がぼーっとしているような、

まるで、どこかに旅をしてきたかのような、

そんな感覚は、
やはり、村上さんのように、
彼の作る物語の世界観が確立していて、
自分がその世界の中に確実に入り込んで、
頭は完全にそっちにトリップしているからこそ、
その話が、終わってしまう
=「そこまで完全に入り込んでいたその”世界”が、
その小説の終わりとともに、ぶちっと切られてしまうので、
気づくと、今自分が普段暮らしている現実の世界に戻って来て、
そのビックリさに、しばらくぼーっとしている」
という状態に陥る。

*****

さて、今回の物語は、
かつて、自分が心を完全に一つにしたと感じたグループから、
あるとき、ばたっと切られてしまい、
そこで、死ぬ程の苦しみを覚え、
自らの命を落とすことまで考え、
悩み、苦しんだ20歳前後の日々から、
今の36歳に至り、
そこで、ある女性との出会いをきっかけに、
自分がなぜそのグループから切られたのか、
その意味を追求することで、
自分がかつて感じた、その深い傷に
蓋をしていたものを、次第に剥がし取って行き、
自分が、一度は死ぬまでに傷ついたその心を、
無感動な境地にまで持って行ってしまい、
その状態に慣れきってしまった「今」から、
かつての友人たちに会い、その過去に起きたことの事実を知ることにより、
次第と、自分の心に閉ざしていた蓋を開け、
自分の心を、「無感動」から、「感じる」までに持って行く、

という、一人の男の、心の移り変わりを記す物語だった。





この小説を読み始めて、
最初に感じたのは、
彼が、20歳のときに感じた、
その、グループによって阻害されたことにより、
感じたそのときの絶望感は、
俺(自分)自身も、かつて、
確実に感じた、ということ。




俺はここにも書いたことがあるが、
中学生の頃に、やはり同じ様な経験をして、
その時に感じた心情は、
この物語の中にあったように、
「それまで見えていた景色が見えなくなり、
それまで聞こえていた音が聞こえなくなり、
目の前にあった物事が、歪んで見え出す」
というものだった。

そして、同じ様に、
俺も、彼と同じ様に、
心を麻痺させ、無感動にさせた。

なぜなら、そうすることでしか、
その時に感じていた「悲しさ」を回避する術は無く、
その「悲しさ」「心の痛み」をもろに感じていては、
日々、行きて行くこと、
学校に行くことが、
出来なかったからだ。

そうして、次第に、自分の心は、
「無感動」となり、
顔から表情は奪われ、
それまで持っていた、自分の中の柔らかさは、
確実に、なくなって行く。


*****

俺の場合は、幸いにも、
芯が強かったのか、
高校では立ち直り、
その後、留学をして、
何とかやって行ったが、
しかし、俺が、その経験によって
「傷ついた」
「自分の心に傷を受け、その傷に、蓋をしていた」
「蓋の下では、まだ、血は、その傷から流れていた」
「そして、その傷の血を止めるには、
その蓋を一度剥がし、その傷に真正面から向かい合わなければいけない」

という真実に気づいたのは、
22歳の夏であり、
実に、俺が実際のその経験をした13歳の終わりから14歳の頭にかけての時期から、
9年以上経ってからのことだった。


なので、この物語の主人公が、
20歳のときにそれを経験し、
その後、36歳の今まで、そのまま生きて来た、
または、自分ではその経験から回復したと思っていても、
実際には、実は、その傷をまだ心の中心に負っていた、
と気づくのが、そこまでかかったということは、
不思議ではなかった。

*****

そして彼は、高校時代のそのグループの一人一人に会って行くことで、
確実に、自分が感じていたことと、
彼らに対して自分が思っていたこと、
及び、実際の16年という時の流れに中に起こったこと、
そして、彼らが実際に「何を」感じているか、考えているかを
知ることで、
その全ての間に起こったことのギャップを知り、
次第に、自分と、それらの距離を埋めて行く。



そして、物語の最後には、
それまで、言わば「無感動」で生きて来たからこそ、
彼の人生では、誰にも本気で「愛する」「恋をする」
という経験がなかったにも関わらず、
今では、一人の女性に対して、
夜中の4時に、電話をかけてしまうほど、
自分の「気持ち」というものの存在に気づき、
その「気持ち」をダイレクトに感じ、
それをもろに出して行くことを、
覚えて行く。


それは、一人の男の成長の過程であり、
かつて、そこにあった「こころ」を、
一度は、一つの経験により、
その「こころ」に蓋をしてしまった男が、
再度、その蓋を勇気を出して開け、
また、その「こころ」を感じていく、
ということを覚える、という成長のものがたりである。


*****


ちなみに、村上さんの小説では、
毎回、心の「闇」について描かれるが、
今回もやはり、主人公である多崎つくるが、
自分の中に持っているであろう、
そして、自分でも気づいていないかもしれない、
その「闇」について、語られるシーンが多々ある。


それは、村上さんも、
「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」
の中のインタビューで話をしているが、
彼の小説が、世界的にここまで読まれる理由の一つとして、
人間、誰しもがもつ、
その、心の中の「闇」を、
彼は、うまく言葉に置き換え、
「ものがたり」という手法で、その存在を描き出すことに成功している。

そして、その「存在」は、
実際には確実にあろうとも、
目には見えないし、完全に、「感覚」の世界であることから、
もしかしたら、「無い」かもしれない。
でもやっぱり、世界中の誰もが、それに共感するというのは、
やはり、それは人々の心の中に存在し、
それを、彼は、ものがたりを通して、
うまく、その存在の「輪郭」を縁取ることで、
中身の存在を、丁寧に、描き出して行く。


*****


なぜ、その「闇」の部分を読んで、「恐い」と感じるか?

それは、人間の(おそらく)一番の恐さ、恐怖というのは、
自分がコントロールを利かせられない範囲で、
または、
自分が全く意識のない状態で、
自分が、何らかの行動を取り、
それを、自分が、知らないこと、
という状態であるだろうから。


そして、多崎つくるは、夢の中で、
何度も、そのグループにいた二人の女の子の夢を見て、
そこで、ある種の経験をしているからこそ、
実際に、彼が、現実に起きた「それ」を、
自分が「していない」と言いきることは、
できない。

なぜなら、彼には、例えそれが夢の中であろうとも、
「夢」は、もしかしたら、自分がその「闇」の世界で実際に行動している
ことを、見ているだけかもしれないし、
その心の闇の世界は、人々の心の中に存在していて、
そこで行われた行為は、
同じ様に、夢の中に出て来ている人の心の中でも、
同時期に、共有されているかもしれないから。

*****

おー、書いていてなんか恐くなって来ましたね。

夜に、こういうことを書くもんじゃないぜ。




ちなみに、小説の最後では、
新宿駅の様子も細かく描写され、
また、人々が通勤電車で味わうその苦痛や、
また、毎日、2時間から3時間を、その「人生の最高に幸福とは呼べない時間」に、
確実に費やして行くことに関する疑問や、
また、その中での時間の過ごし方(「スペイン語を勉強することもできるだろう」などの表記もある)
に関しても書かれていて、
全てが、実際の俺自身も感じていることなので、
(恐らくは、首都圏に勤務をする人間の全員が感じているだろう)
そんな意味でも、共感するところがたくさんあった。


また、水泳をしているときは、
「自動操縦」の状態になり、
ある一定の状態に入れば、
あとは、思考がどんどんと頭の中でくり返され、
考え事に集中出来る、ということ、

また、泳いでいる間は、
心の中の悩みなども、全て忘れられる、というところも、
まさに俺自身も感じることなので、
そんな意味でも、色々と共感出来て嬉しかった。

(村上さんの小説では、
彼自身の考察や体験、生活習慣が、
主人公に反映されるが、
俺自身も、村上さんの生活スタイルに共感する部分が多いので、
必然的に、彼の描く主人公に、共感する面も多くなってくるんだと思う。)


*****

ちなみに、この小説を読み出して、
最初に感じたことは、
この感想文の上にも書いた様に、
主人公が、そのグループから阻害されたことにより感じた、
その心の状態の描写の、生々しさの、
的確さだった。

それは、自分は荒れ果てた世界に置き去りにされ、
どこからか飛んで来た鳥に、自分の体を啄ばまれ、
そして、それはまた、別の何かで埋められるが、
自分は、その自分の新しい体さえ、知らない、
という描写。


俺も、今思ってみれば、
当時感じたそのときの心情(それは、それを感じることは余りにも辛すぎる為、それを感じない様に心に蓋をしたのではあるが、しかしながら、その時に感じた心情)を、今振り返ってみると、確かにそれは、そういったものだった、
ということに、その箇所を読みながら、ある意味でとても感動した。

そして、村上さんも、同じ様な経験をしたことが、
前にあったのか、

それとも、彼がいつもしているように、
そのものがたりの主人公たちを描く時には、
その人物に完全になりきっているので、
例え自分が生身に経験していなくとも、
その人物の心情が、ありありと描ける、ということから、
そうやって描き出したものなのか、


いずれにしても、
そういった心情を描けることは、
そして、60歳を超えた今でも、
20歳の青年、
そして、36歳の大人の男、
また、その他、様々な登場人物の心情を、
男女関係なく、ここまで見事に、細かく描き分けられることに、
読みながら、驚嘆しないわけには行かなかった。


******

以上。

2013/4/21 0:52am








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 村上春樹 | 本 Review

April 19, 2013

今、毎朝、
NHKの語学ラジオ講座の内容を聴いている。

主に、英語関係は、

実践ビジネス英語、
入門ビジネス英語、
ABCニュースシャワー、
攻略!英語リスニング、
英語で読む村上春樹、

の5つ。
たまに基礎英語3とかを聴くと、
アメリカでの家族の中で話される子供たちの英語をやっているので、
アメリカの情景が頭に蘇る。

それ以外に、
ポルトガル語入門、
まいにちスペイン語
を聴いている。

ポルトガル語は、まだ耳がその音に慣れないけれど、
ずっと聴いていると、
次第に慣れそう。
スペイン語は、10年前に少しやったので、
結構入り易い。
この言語は二つセットで、
今年のうちに覚えてしまいたい。


英語の番組は、
ABCニュースシャワーが結構好き。
アメリカでのニュースを短く纏めたものを、
全部で4回流す。
その間に、「今日のフレイズ」の単語を一つ挙げ、
それ以外にも、肝心となるキーフレイズを幾つか挙げてくれるので、
何度も同じセンテンスを聴くことで、
自分が普段、いかにニュースを聴いていても、
知らない単語が多かったか、
また、知っているつもりでも、
その単語の本当に意味を知らなかったり、
または、自分が全然興味の無いニュースは、
何回聴いても聴き取れないところを、
この番組では、何度も細かく分解してくれるので、
それが聴き取れる様になると、
同じ様な内容の他のニュースも聴ける様になってきて、
それが、嬉しい。

この番組は5分構成だし、
全然飽きないので、
何回もリピートして聴いていると、
新しいフレイズがあった場合には、それを暗記出来るので、
それが良いと思う。

*****

以上、
最近の言語状況。

2013/4/19 23:55




PS. ちなみに、全然関係ないけれど写真は少女時代。
今週の頭に、彼女たちの日本向けアルバム2枚目を借りました。
最高に可愛いですね。


news_1352780421_gallery_1 のコピー





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Thoughts-思ったこと 
2013/4/19 Fri 22:53-

最近、日記を書いていない。

*****

さっきふと思ったけど、
大人になって、日々が早く過ぎると思うのは、
多分、
毎日が、「同じ様に流れて行く」と思っているか、
または、
毎日違うことを経験していても、
それを、日記を書くなりして、しみじみと味わう、
ということを、
子供のころに比べてしなくなるから、

子供の頃は、
毎日、何か経験すると、
それを、じっくりと、
良くも悪くも噛み締めて味わうけれど、
大人になると、全てに「慣れて」しまって、
流れるままに、日々を過ごして行くから、

だから、ふと気づいた時に、
「え?もうあれから10年経ったの?」
「え?もう俺って40手前?」
みたいになってしまうんだと思う。


俺は、留学時代は、
ほぼ毎日、日記を書いていた。
しかも、紙のノートに手描きで書いていたので、
一日分書くのに、大体20分はかかっていた。

多い日や、何かに悩んでいるころは、
1時間以上書いていた日も多い。

だから、その時の気持ちは、
今でも自分の心に強く残っているし、
その当時の日記を読み返すと、
その時に感じていた気持ちを、
瞬時に思い出すことができる。

(それでも、数年前に比べると、
その時のことを思い出す「鮮明さ」が、
大分薄れて来たことに、
かなり悲しみを感じるが。)

*****

俺は最近、
3月から東京に戻って来たせいもあり、
仕事の量が多くて、それに慣れなくて、
毎日疲れて遅く帰って来たり、
通勤電車に疲れたり、
色々とあったりして、
中々、腰を据えて、
静かな中で、
じっくりと、自分の心と向かい合う、
という時間を取っていなかったけれど、

そして同時に、
今では、そうやって、
自分の心と向き合う必要性が、
若い頃に比べて、なくなってきたから、
敢えて、その行為を取らなくても、
自分の心が叫ばないので、
それをする必要がない、ということもあるけれど、
(それだけ、若い頃の俺は、
悩みが多かった。
だから、日記帳に自分の想いを記し、
それを客観的に見て、自分の心の中を整理したり、
または、自分を励ます必要性があった。)

今では、たとえ、当時に比べて、
日記を書く=自分の心を内省する
必要性がなくなったとはいえ、
やはり、たまにこうして、筆をとらないと、
まるで、自分の心の中に、
何かがつっかえているような、
掃除を長い間していなかったような、
そんな、ちょっと、「つっかえた」感じになる。


きっとそれは、
自分の心の中に溜まった、
「気持ち」「経験したことに対して自分が感じた思い」
「日々の気づき」「日々の考え」
そういったことを、少しずつ吐き出さないと、
自分の心の中が、ほこりが溜まる様に、
段々と散らかって行くんだと思う。


それを、こうして、文字にして、
感じるままに、流れるままに、
こうして文字に書き起こることで、
一度、自分の心と言う部屋の中に散らかっているモノを外に出し、
それを、終わった後に、読み返すことで、
客観的に自分の心という部屋を見返し、
「ああ、俺の最近の部屋の中には、
こんなものが落ちていたのか。
こんなものが、転がっていたのか」
と、気づくことが出来るんだと思う。


そして、そうやって、自分の部屋=心を客観的に見ることで、
自分のこの「最近の日々」、というスパンの生き方を見直し、
それを、自分の頭の中に、
客観的に、まるで映画の1フレームを観るように
落し入れることで、
やっと、俺という存在は、
ほっと出来るんだと思う。


*****


と、こういうことを書く為に、
今日は日記を書き出したんじゃないけれど、
いつも、こうして何か、
ふと気づいたことを少しだけ書こうとすると、
ついつい筆が止まらなくなり、
書き終えた後に、
「ああ、俺はこんなことを無意識的に考えていたのか」
と気づくことになる。

結構、その気づきが、
楽しかったりする。

*****


さて、本題に入るが、
最近は、色んなことがあった。



やはり大きかったのは、
妻と、自分の父親が、
4月の頭に、手術を受けたことだと思う。



今は二人とも、病院から退院し、
無事に回復段階に入っているが、
やはり、二人の症状が分かった1月頃は、
とても心配で、
夢では、無意識的に、
妻のことを誰かに泣きながら話している夢とか、
親父のことを心配に思う夢などを、
何回か見た。


*****

今は、妻とはまだ一緒に暮らせていないけれど、
5月の頭には、うまくいけば、一緒に住める。

彼女とは付き合いだして、もう既に6年が終わり、
5月で7年目に入るけれど、
今まで一緒に住んだことがあるのは、
付き合いだした直後の半年くらいで、
後は、ずーっと、
別々だった。

やっぱり、これからは、一緒に住むことで、
今まであった、
どこかに遊びに行った後、
別れを惜しまなきゃいけない、
というのがなくなるので、
それが嬉しいな、と思う。

*****

親父に至っては、
色々とあるが、
今週の水曜日に退院し、
今では家にいるので、
良かったと思う。



今日俺は、ポルトガル語の体験レッスンを上智大学のある町で受けた後、
(帰り道に、そこの駅を信号待ちをしながら見て、
「あれ?どっかで見た風景だな?今回が初めてじゃないな」
と考えていたら、その昔、多分2003年頃に、
親友のSがここの大学に通っているときに、
この駅で奴と待ち合わせをした時のことを思い出した。
「ああ、ここか」と。
この町は、とても「上品」という感じがする。
エリート、いいとこのぼっちゃん、お嬢ちゃんの町、
という感じの雰囲気が漂っている気がする。勝手な意見)

一度自分の勤務地の町に帰って来て、
そこで、余りにも腹が減っていたので、
すき屋でご飯を食べたんだけど、
そこに、一人の年配の女性が入って来た。

とても上品で丁寧な方で、
席について、
中国人の店員のおねえさんが、
「何にしますか」と訛った日本語で話しかけても、
普通の人はみんな、ぶっきらぼうに
「並と、たまごにお新香」
みたいな感じで、愛想悪く返すオッサンばかりなんだけど、
その女性は、
「そうね、◯◯をお願いします」
の様に頼んで、
すぐに料理が運ばれて来たら、
「あら、もう来たの?ありがとうね」
と返していたので、
丁度反対側に座っていた俺はそれを見て、
何だか、心が洗われる思いとともに、
何だか、物悲しくなってしまった。

何かというと、
そういう女性が、一人ですき屋で食べるという行為が、
俺にとっては、何だかとてもその女性には
勿体無いことのように思えて、
昔から、
すき屋に、老夫婦が一緒に入って来たりするのを観ると、
何だか、いたたまれなくなってしまう。
(勝手に)


そして、丁度そのとき、
そういえば、俺の両親も、
俺たち(俺と姉貴)が家を出てからは、
料理を殆ど作らなくなって、
昼は結構外で食べる、ということで、
すき屋にもよく行くと聞いていたので、
なんだか、自分の両親が、
すき屋で昼に食べているのを思い浮かべると、
何だか、悲しくなってしまう。

そして、今、親父は、
体が弱っているんだな、と思ったら、
とても悲しくなってしまった。

(すき屋をけなしているようで悪いけれど、
俺にとっては、すき屋はファーストフードでしかなく、
かつ、カウンター席は特に、
キッチンや、反対側のカウンターの中側の壁など、
汚い部分、掃除をされていない部分が必ず見えてしまうので、
とても、「落ち着いて食べられる」環境ではないと思う。
近い横に人が座るし、
まるで、満員電車の中で、急ぎながら飯を食っているみたいで、
そんな環境には、
俺の様な男が、一人で行くか、
または、若いカップルがテーブル席に座るか、
男同士で行くかで、
とても、年配の夫婦だけ、とか、
年配の女性だけで、
そこに入って欲しくない、という勝手な考えが
いつの間にか、ある。)

******

何を書いているのか良く分からなくなって来たけれど、
とにかく、
自分が歳を取って行くのと同じ様に、
その分だけ、両親も確実に歳を取って行く。

自分だけが、歳を取るわけではない。

自分が30歳近くなったときには、
両親も、
同じ30歳分歳を取り、
60歳を超える。

そして、自分の生活だけに忙しく没頭し、
忙しさに身をゆだねて、
両親の元に殆ど帰らず、
親孝行をしないでいると、
あるとき、ふと気づくと、
両親はかなり老けてしまって、
自分の記憶の中の彼らのイメージとは
かけ離れて来てしまい、
そこで、親が病気になったり、
倒れたりしてしまうと、
もう、親孝行を、彼らの若い元気なうちにして、
喜んでもらえる、
ということは、なくなってしまう。


そして、そうなったときに、
きっと、自分は、一番後悔をする。

「なんで、俺は、
自分の生活だけに没頭していて、
あんなに大事に自分を育ててくれた両親を、
もっと、労ってあげなかったのだろう」と。


******

結局人生は、
後悔しても何も意味ないし、
過去は変えられない。

よって、今から未来をどう生きるかであり、
自分の未来に後悔しないためには、
とにかく、常に、
今ベストだと思える行動を常に取り、
後で昔を振り返ったとき、
「あのときの俺は、なぜあの行動を取らなかったのだろう?
でも、常に俺は、その時のベストを尽くして来たのだから、
自分の歩んでいた道に後悔はしない。
その時に気づかなかったのだから、
しょうがない」
と思える境地まで達せられる様に、
生きること。


一番嫌なのは、
何かに気づきつつも、
それを行動に起こさず、
そして、実際にそれがもう出来なくなった時に、
「なぜ、あのとき気づいていながら、
やらなかったのだろう」
と自らを責めることだから。


******


Man, I guess I wrote too much. My fingers hurt now.
Got to go to sleep now.

2013/4/19 23:23





shunsukesekine at 23:28コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

April 13, 2013

Justin-Timberlake-The-2020-Experience


さあ、Sir. Justin Timberlakeの最新アルバムです。

このアルバムは、2週間前の3/30に買いました。
日本での発売は、3/20。


日本版ジャケット
jiji



このアルバム。

かなり、良いです。
とても、良いです。

この2週間ほどは、このアルバムを毎日の様に聴いていますが、
全然飽きません。

アッサリとしているようで、
しかし、奥がかなり深い。

最初に聴いた時には、
「あれ?随分あっさりしてるのね」
なんて思いましたが、
聴けば聴く程、スルメの様に、旨味成分が抽出されてきます。

これだけ、さわやかな印象を残しながら、
しかし、中身はものすごく濃いというのは、
中々出来る技じゃありません。

*****

先週号くらいのNewsweekに、
ジャスティンさんのこのアルバムのレビューが出ていました。

アメリカ人記者のその記事によると、
ジャスティンさんの実力というのは、
もう既に、エルヴィス・プレズリーや、マイケル・ジャクソン並だとか。

しかし、実力は凄まじくあるのに、
まだ社会は、彼の実力を、
面と向かって認めようとしていない、と。

ビックさでは、ビヨンセやテイラー・スウィフトに負けるが、
しかし、「男性アーティスト」とうカテゴリーで観ると、
最近のアッシャーは冴えないし、
同じジャスティンでも、ビーバーさんは、
アイドルの粋を超えないでいる、と。


そんな中、ジャスティン・”ティンバーレイク”さんは、
凄まじい存在感を発揮している、と。

*****

今回のアルバムの日本語解説にありました。

彼が、音楽的にもこんなに才能があるにも関わらず、
前回のアルバム「FutureSex/LoveSounds」
から7年もアルバムを出さなかったのは、
音楽に興味を失っていたからじゃなく、
むしろその反対で、
音楽は彼にとっては、余りにも大事なものだからこそ、
適当な状態で音は作れないし、
その「タイミング」が来る瞬間を、待っていた、と。



その間に彼は、
ハリウッド映画に7本以上出て、
主役も何本もはり、
アパレル会社やレストランの経営なども行ったり、
投資家として、マイスペースに資金を投じるなど、
ビジネスマンとしても、業績をしっかりと残しています。

*****

そんな彼の、一番の魅力は、
80〜90年代生まれの、
「ミレニアル世代の生き方」を実践しているところ、だといいます。

プレズリーも、同じ様に黒人音楽を踏襲したものの、
彼の場合は、世間への反抗的立場で行った、と。

しかし今の時代、黒人カルチャーはむしろ、
世界がカッコいいと認め、それを欲しがる時代であり、
そんな時代に、ジャスティンさんは、
それを行い、「白人も安心して聴ける」黒人音楽を伝導している、と。


また、ミレニアル時代の今の若者の世代というのは、
「音楽だけ」などではなく、
何でも多義に渡ってやるのが特徴である。と。
彼は実際に、上に書いた様にも、
俳優や、経営者も行っている。


また、ミレニアル世代のもう一つの特徴として、
「社会に反抗する」のではなく、
「社会の流れにうまく乗り、その中で、自分の居場所を確保する
(既存の社会システムを受け入れ、それを利用する姿勢との)」
ことだと。

まさにジャスティンは、それを実践しており、
彼のスタイルはまさに、時代が求めているのもだと、解説しています。



そして、最後、一番大事なところ。

それは、ジャスティンさんは、上に書いた様に、
今の「ミレニアル世代」をもろに反映、実践しており、
だからこそ、聴いている自分も、その瞬間だけは、
ジャスティン・ティンバーレイクになれることだ、と。


******

まあ、そんな能書きはどうでも良いんですが、
とにかく、「音楽」として、このアルバムを聴くと、
本当によく出来ています。

今回もProducerには前回と同様、ティンバランドのオッサンが関わっています。
このオッサンも、いつもいい仕事してますね。


一曲目の"Pusher Love Girl" から始まって、
十曲目の"Blue Ocean Floor" までは、
本当に流れる様に行きます。

余りにも流れがいいので、
今、調べてみて、
「あれ?"Blue Ocean Floor" って、十曲目なの?
7曲目くらいかと思ってた!」という感じでした。
それくらい、アルバム全体の流れ、構成が素晴らしいのです。

村上さんの文体の様です。
流れに、とげが無い。
でこぼこがない。
全てが、スムース。


*****

個人的には、
4曲目の"Strawberry Bubblegum" から、
5曲目 "Tunnel Vision" 、
そして6曲目の "Spaceship Coupe" までの、
三曲編成が好きです。


最初は、"Tunnel Vision" なんかは、
何だか雰囲気が怖い感じで好きじゃなかったけれど、
ある瞬間を機に、
一気に好きになってしまいました。


また、"Strawberry Bubblegum" もかなり良いです。
雰囲気と歌詞が良い。


"Spaceship Coupe" も、最初は良く分からなかったけれど、
聴いているうちに、かなりハマってしまいました。

一番最初の歌詞、

"Everybody's looking for the fliest thing to say (fliest thing to say)
But I just want to fly (fly away with you, you, you, you)"

が、とても良い。

こんな歌詞と曲をかけるなんて、
自分とは次元が違うな、と本気で思います。


*****

とにかく、本当に良いアルバムです。

前回の"FutureSex/LoveSounds"が余りにもよく、
このアルバム=「Justin Timberlake」という図式を
勝手に持っていたので、
正直、最初のこの最新アルバムを聴いたときには、

「あれ?前回とかなり違うな。
好きになれるかな・・・」

と不安でしたが、
そんな不安はなんのその。

彼は、またさらに一歩、
上の次元に行った様です。


******

かなりオススメ。

ぜひ、聴いて下さい。


2013/4/13 10:14am


18270eb5








shunsukesekine at 09:39コメント(0)トラックバック(0) 
音楽 Review |  Justin Timberlake

April 12, 2013

2013/4/12 0:38-

眠いですが、少しだけ。

*****

今月に入り、NHKの英会話講座など、
幾つかを聞き出した。

今のところは、
ビジネス英語の実践編と入門編、
及び、英会話タイムトライアル、攻略英語リスニング、
を英語関係では聞いている。
ビジネス英語の実践編と入門編は、テキストを買って見ている。

それと、まいにちスペイン語と、ポルトガル語も、
テキストを買って始めた。

ポルトガル語は、会社の命令で、
今年から学ぶことになった。
会社のお金で、
一年間の語学学校に通うこともできる。何と有り難きことか。
しかし、週一回、1時間半だけの授業では、
絶対に喋れる様になれないので、
自分でなるべく沢山の音を聴く様に心がける。
語学は、何と言っても
「耳から浴びる程聴いて、その音に慣れること」
が一番大事なことだから。


*****

ポルトガル語は、今回初めて習いだしたが、
スペイン語と似ている。
スペイン語は、今から10年程前、
2003年の1月から5月のSpring semester中に、
COSで取った。
ロドリゲス先生?のクラス。名前はちょっと忘れた。
その時は、コロンビア出身のSusanaという可愛い女の子が
同じ留学生にいて、
その子と母国語で話したい一心でスペイン語を取ったけれど、
その1学期だけで、後はもう勉強しなくなってしまった。

それから丁度10年経ったが、
今でも、当時習ったことは、「ああそうそう、これ習ったね」
と覚えているので、
やっぱり、若いうちに語学を学んでおくことは凄く良いことだと思う。

個人的な話をすると、
ここ最近、2年くらいは、
25、26歳より前に比べて、
物事の記憶力が落ちて来ていることを感じる。

また、音楽にしても、
23、24歳くらいまでに聴いていた音楽は、
Heartで覚えているというか、
いつ聴いても、歌詞が歌えるのに、
ここ数年で聴いて来た曲は、
あんなに何百回も聴いたのに、
久しぶりに聴くと、ちょっと歌詞が歌えなかったりする。
これが、昔親が言っていたことかと、
ちょっと焦りだした今日この頃。


なので、言語にしても、
30歳を手前にした今、
果たして今からゼロの状態で覚えられるのかしらと、
ちょっと不安が残るのも否めない。
まあ、体にしみ込ませるしかないね。
後は、
「◯◯さんって、
日本語に、英語に、スペイン語に、ポルトガル語も話せるらしいのよ。
すごいわね」
と言われることによって得られる優越感を目標に、
頑張ることが、多分一番の励みでしょう。


*****


それにしても、NHKの語学の教材は、
本当によく出来ていると思う。

スペイン語やポルトガル語のそれは、
俺はまだ全くの初心者なので、
どうか分からないが、
少なくとも英語に関しては、
授業もたくさんあるし、
そして、その内容が濃く、
かつ、先生が良心的。

テキストの値段は一ヶ月分で450円だし、
(10年前は360円くらいだった気がする。100円近く値上がりしたのね)
かつ、今の時代、
ラジオは、その日に聴けなくても、
ネットでいつでもストリーミングで聴ける。
ラジオのときは、それをテープに録ったりして、
雑音が入って、凄く聴き取りにくかったけど、
今では、ネットを通してなので、
音声もクリアで、すごく素晴らしい。
(俺は10年前、余りにもNHKの実践ビジネス英語にはまり、
CDをお金を出して買っていた。)

そして肝心の内容だが、
まず、どの講師も、解説、及び発音が、とても上手。
実践ビジネス英語の杉田敏(すぎた さとし)さんは、
10年前から変わらず、今でも健在。

この方の発音は素晴らしく、かつ、説明も上手。
聴いていて落ち着く。
そして、このテキストの内容は、
とても濃いので、
今聴いても、知らない単語が幾つか出て来て、
それを新しく勉強したり、
または、既に知っていたものを、
改めて再度、漆塗りをするような感じで、
自分の語学のスキルを磨きながら
学んでいけるので、とても良い。


そして、今回新しく聴き始めた、
入門ビジネス英語。これも素晴らしい。
講師の関谷英里子(せきや えりこ)さんは、
今回初めて知ったけど、
同時通訳などで有名なそうな。

この人の発音は、イギリス英語の発音で、
俺は女性のBritishアクセントが色っぽくて好きなので、
聴いていて聞き惚れてしまう。

そして、解説がこれまた上手い。
ちょっと少しダルそうに話す感じが、何とも言えない。
(完全にコメントがヘンタイの粋に入っていますね)

これは、実際のビジネス現場で
ちょっと一言、使えそうなフレーズをピックアップし、
それについて、
一つの単語を掘り下げて行くので、
ここで取り上げた単語は、頭にがつんと残るので、
次から実際に使えることになる。


また、今日その良さに気づいた、
攻略!英語リスニング。
この講師の、柴原智幸(しばはらともゆき)さんも、
とても落ち着いた喋りをしていて、上品でとても良い。

そして、この内容に関しては、
同じスキットを、何度も何度も聴きながら、
典型的なネイティブの発音の仕方、
その抑揚などに関して掘り下げて行くので、
普段自分が聴き取れていると思っていた英語でも、
その更に細かい部分までは、感覚で流していたであろうところまで、
まるで、重箱の隅をつつくように攻めて行くので、
今まで以上に、自分のリスニング力が上がるのを感じる。

(これに関しては、
去年の一番最後の授業を聴いてみた時に、
一番難しい内容の文章でも、今ではほぼ全部分かっていたので、
リスニング力は、やっぱり10年前に比べると、
随分ついたんだなと思う。
つかなきゃ逆におかしいけれど)

*****

ということで、
今までは、「英語」というのは、
自分の中では、もう既にマスターした言語で、
その粋から超えようとすることは無かったんだけれど、
今では、仕事で毎日使うし、
かつ、話したり、通訳をしたり、
書記になったりする機会も多いので、
本格的なビジネス英語を知らないと、
こりゃまずいぞ、と思い、こうして勉強を再開してみて、
今まで感覚で適当に乗っていた自転車の乗り方を、
再度、基礎からプロに習って教わり、
今では、本当に「正しい」自転車の乗り方を教わり、
更には、今までほったらかしにしていた
自転車自体のメンテナンスも、自分で出来る様になっている、
という感じがして、
自分の「語学レベル」というものを、
更に磨いて行く感じがして、
それが、嬉しい。

俺は基本的に、何かを磨いたり、
光らせたり、
少しずつ、「昨日までよりもさらにベターな状態へ」
持って行くのが好きだから、
それを、実際に「感じられる」ということは、
手応えがあり、やりがいがある。


*****


さて、もう長くなって来たので寝ますが、
そんなわけで、
新しく色んなことを始めて、
すごく楽しい。

最終的には、英語はもう完全に、問題なく、
どんなレベルでも話せ、どんな状況でも
問題なく会話が運べること。
(これは、ビジネスレベルで。
今の俺は、日常会話や、
アメリカ人の若者のノリはOKだが、
形式張った『ビジネス英語』や『ソーシャルの場でのフォーマルな英語』
は、まだまだ全然だから。)

そして、同時に、
スペイン語と、ポルトガル語も、
日常会話には不自由無く、
「私は、スペイン語とポルトガル語ができます」
と言えるレベルまでになること。

それが、今の目標と、これらを勉強するモチベーションです。

2013/4/12 1:07am





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My Work-仕事 | Thoughts-思ったこと

April 08, 2013

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日本橋タカシマヤでやっている、「鳥山明 The World of DRAGON BALL」
にいって来た。最高だった!
ちょうど俺が今働いているところが近くなので、
歩いて十五分くらいで着いて、仕事帰りに一時間半ほど、じっくり見られました。

鳥山明の原画は、
今までにも多分二回くらい見ています。
でも、その二回とも、
俺が小学生の頃。

「鳥山明の世界」と銘打たれた展覧会に、
母親と姉貴と、三人で当時は見に行きました、
もう、二十年近く前のことです。

*****

それから時は経ち。

当時、11歳前後だった少年は、今では30歳手前の、オジサンになりした。
でも、心は子供のままです。

二週間ほど前、たまたまこの催し物のことを、
電車の中のつり革広告で知り、
「いま、鳥山明の原画展がやってるんだって!」と妻に報告しました。
妻は、「ぜひいって来なよ」と。

で、そのまま月日が流れ、気づいたら、来週の月曜日が最終日に。

ということで、今日は仕事が6時ごろに終わったので、そのままテクテク歩いていって来ました。


*****


本当によかった!

いままでは、「鳥山明の世界」と銘打って、
アラレちゃん(Dr.スランプ)や、クロノトリガー、ドラクエなどの原画など、
彼の作品の多義に渡っての展示でしたが、
今回は、ドラゴンボールだけにしぼって、
今まで見たことのなかった、白黒での原稿や、子供の頃の悟空から、
第一話目のフルカラーの設置から始まり、
天下一武道会、
ピッコロとの闘い、
ラディッツ、
ベジータ、
フリーザ、
セル、
魔人ブウまで、
本当にすべてのシーンの、重要なシーンの原画が、まさに目の前で見られました!

もう、本当に、泣きそうでした。

小さな子供のように、はしゃいで、「うおお、すげえ!」とブツブツいいながら、
スーツを着たおっさんおにいさんがはしゃいでしまった。

きっと、こんなに喜ぶファンをみて、鳥山明も喜んでくれているはずです。

*****

僕はちなみに、このブログにはあまり書いたことがありませんが、
大のドラゴンボール好きです。

小学生の頃は、ドラゴンボールで育ちました。

小さい頃から絵は良くかきましたが、ドラゴンボールのキャラクター(特にベジータ)ほどたくさん描いた漫画はありません。

そう、鳥山明は、
僕にとって、永遠の先生であり、
神様のような存在です。

ですから、そんな人の原画が、目の前で見られるというのは、
世界中のどんなに有名な絵をみに行くよりも、価値があるのです。


そんな、心から尊敬する人の絵が、
なんと、同じ国の日本の、
しかも、自分が働いている職場の徒歩15分の距離で、
たったの800円で、思う存分見られたなんて、
なんて神様は優しいんでしょうと、しみじみと思いました。

*****


結局、僕の個人的な感想で終わりましたが、
これは、もう見るしかありません。

彼の初期の頃の絵のタッチ(細い線をうまく使う)から、
後半の、絵がシンプルになって行く様も、見ものです。

(個人的には、コミック18巻、ピッコロと一緒にベジータたちを迎えるところから、フリーザ篇の最後あたりまでの絵のタッチが一番好きだが、
今回見てみると、本当に初期の頃(連載開始当時、悟空とブルマが会った頃)の絵の方が、味があることに気づいた。
本当に、彼の絵の技術と、
その絵の醸し出す雰囲気というのは、
素晴らしいの一言では表せないものだと思います。

彼の絵は、まるで当たり前のように捉えられるところがあるけれど、
本当に、「職人」だと思います。)


*****


来週、15日までです。

ぜひ、見に行ってください。
絶対に、感動します。


2013/4/8. 20:55




PS.
この展覧会の代表的な絵となっている下記の絵ですが、
原画を見たのは多分今回が初めて。
ものすごかったです。
bg01



やはりプリントでは見えない、細かな線、
筆の使い方が見えます。

悟空の手から出て来るカメハメ波の感じを、
白、黄色、肌色などの色を自在に使い、
そこには存在しない気功波の様子を、
見事表しています。

余りにも細かく、素晴らしい技術なので、
思わす息を呑んで、ずーっと見てしまいました。






shunsukesekine at 21:47コメント(0)トラックバック(0) 
Art Review 

April 06, 2013

flight-movie-poster-denzel-washington__span

観ました。
やっと観ました。

素晴らしい映画でした。
感動しました。
とても良かった。

****

俺は、他人の映画の評論を見るのが嫌いで、
特に、その映画を観に行く前に
それらを見てしまうのは、本当に嫌うけど、
今回、この映画の劇場情報を調べる際に、
Googleレビューが下に出て来てしまって、
星が5つ中、3つとかしか付いていないレビューを、
ちらっと見ていたので、
「あれ?評判は悪いのか?」
と思っていましたが、
何のその。

最高の映画じゃないですか。

恐らく、この映画の評価が低かった人は、
もっと、サスペンスとか、アクションとか、
別のジャンルのものを求めて観に行ったんじゃないかな、
と思います。

この映画は、「自分との対峙」がテーマです。

*****

アルコール、及び薬物依存症のWhip(デンゼルワシントン)。
その彼が操縦する飛行機が、
飛行中に壊れ、
飛行機は真っ逆さまに急降下して行く。

そのどうしようもない状況で、
彼は見事、一度逆さまになって水平に飛び、
下へ落ちるスピードを逃した上で、
不時着できる場所を見つけて、
そこへ、
また機体を元に戻し、
不時着する。


しかしながら彼は、フライトの朝も、
ベッドから出る直前に鼻からコカインを吸い、
機内でも、機内アナウンスを乗客にしつつ、
片手でオレンジジュースのボトルにウォッカの小瓶を2本入れ、
それを飲んで操縦する。


*****

機体が墜落し、
その後、彼はヒーローともてはやされるのもつかの間、
彼の体からアルコールとコカインの反応が出て、
それに対して、弁護士チームが必死に証拠隠滅に走る。

そこで、彼は、
最後の証人喚問を迎える。

そこで彼の取った行動とは・・・?

****

という感じのあらすじ。


予告編では、余り触れられませんが、
この映画は完全に、
アルコール依存と、薬物依存、
そして、その中で、
人は、自分とどう向き合って行くのか、
ウソをつき続ける人生が、如何なるものか、
自分の事を守る為に、
相手に、ウソを付いてくれ、という事が、どのようなものなのか、
妻と息子に愛想を尽かされ、
一人さみしく、アルコールに浸っていきて行く事が、
どのようなものなのか−−−−−

そのようなことを描いています。

*****

アメリカ人が良くハマる現状を描いています。

よって、アメリカの現状を余り知らない人は、
映画が淡々と進んで行く感じがして、
つまらないのかもしれません。

また、デンゼルワシントンのファンでない人にも、
やはり、つまらないかもしれません。

しかし、彼は本当に演技がうまい。

上に書いた様な、
自分の保身のために、
相手に、少しの嘘をついてくれ、と、
頼むときの、
その、後ろめたさと、微妙な心情。

そういったものを、些細な表情で演じ切ります。


*****


【ここからはネタバレあり】




























最後、彼の入っている刑務所に、
自分の息子が訪れる時。


それまで、息子が登場したシーンでは、
"Who are you?"
(あんたは一体誰なんだ!?)
と罵倒され、自分の買った家を、
今では自分の事を憎む妻と息子に追い出される始末。


しかし、最後のそのシーンでは、
青空の下、
息子が、
「父さん、大学受験のレポート用に、
エッセイを書かなきゃいけないんだ。
手伝ってくれよ」
との言葉とともに、
デンゼルワシントン演じるWhipが、
「どれ?どんな題名なんだ?」
と聞くと、
「今まで自分が会った中で、一番尊敬できる人物」
という題名であることを知り、驚く彼。


その後、息子が、
自分の携帯の録音機能をONにした後、
こう聞く。

"Dad, Who are you?"
(父さん、父さんは一体、”誰”なんだい?)



そこで、デンゼルワシントンは、
虚をつかれたような顔をして、
瞬きしたあと、
少しだけニヤッと笑って、
こう返す。

"That's a good question."
(良い質問だな。)


*****


本当に、良い映画でした。
心にジンと来ます。

ぜひ、見てみて下さい。

2013/4/6 22:55




PS.ちなみに、
弁護士役でドンチードルさんが出ていますが、
彼の出る映画は、結構感動するヒューマンドラマ系の
良い映画が多いですね。

アダムサンドラーとの"Reign Over Me"とか、
"Hotel Rwanda"とか。


それと、デンゼルワシントンさんが
思いっきり薬を吸うシーンがありますが、
そこの描写も、かなりリアルに、かつ面白く描かれていて、
良かった。

ヤクの売人、かつ友達みたいなやつが出て来て、
そいつの演技も面白かった。

最後、デンゼルワシントンが、
公聴会の朝に酒を飲んでしまって、
べろべろになっているのを、
コカインでシャキッとさせよう、という時に、
部屋に来る。

その時に、弁護士を含む二人が、
彼のバッグに手を触れようとすると、
"Get off your f&%k'n hands, you mother f$%kers!!"
みたいな。


思いっきり、"The America"
という感じの映画でした。


*****

PS.あともう一つ。
この映画の中には、「信仰」「宗教」というものも、
テーマとして出て来ます。

Whipが事故後に入院する病院。
そこで、ガン患者に会います。

頭を丸く剃って、顔色も悪い彼は、
WhipとNichole(もう一人の主人公)が、二人で非常階段で
タバコを吸っていると、
下から歩いてくるのですが、
そこで、彼らに話しかけます。


「俺は、神様に選ばれたんだ。
このガンも、特殊なものだってよ。
俺が、神様に、『このガンを俺に下さい』って頼んだら、
神様はくれたと思うか?
答えはNOだ。
つまり、I'm chosen.(俺は選ばれたんだ。)
同時に、俺は神様に、
『この病気を治して下さい』と頼んだけど、
これもダメだったよ。

結局、人生の全ては、
神様がそうなるようにできているんだよ。
そして、そうやって思うことで、
同時に、一番楽になるんだ。」





また、Whipの隣で飛行機を操縦していた
副パイロットの白人の男性。

彼は、信仰深く(キリスト教)、
事故後にベッドで寝ている姿の際にも、
彼の横には、同じく信仰深い妻が付き添っています。

そして彼らは、Whipが酒を飲んでいた事をしっているからこそ、
この飛行機墜落事故は、
機械のせいでもあると同時に、
Whipにも、同じく責任を問いただしたいのですが、
見舞いに初めて来た彼に対して、
最初は、
「あなたはあの日、ベストコンディションじゃなかった。
(事故の原因が)機械のせいだろうと、
あなたが酒を飲んでいた事に変わりはない。」
と冷たく言い放ちます。


しかしその後、
「だが、この事故はそもそも、
神様が仕組んでくれたものだったんだ。
We're the chosen.(私たちは神に選ばれたんだ。)
Amen. Oh Lord, Jesus.」
と言って、妻と3人で、手をつないで、祈るシーンが出て来ます。


その時、Whipは、
複雑な表情をしているわけです。
恐らく彼は、キリスト教信者じゃないかもしれないし、
例えそうであっても、信仰深くない。
決して、今回の事故を、
「神様がしむけた事だから」という風に、
片付ける、というよりは、
自分の中の葛藤と、自分のことだけで忙しい。




そしてまた、
Whip自身も、酒に浸りながら、
Nicholeに、
"I chose to drink!
My wife left me and my son hates me, because I chose to drink!!
NOT drink chose me!
I chose to drink!"
(俺が、酒を飲む事を選んだんだ。
酒を飲む事が俺を選んだわけじゃない。
俺の妻が去ったのも、息子が俺を憎んでいるのも、
俺が酒を飲む事を自分で選んで、
そうするように自分の意思でしているからなんだ!)

と、叫ぶシーンがあります。


つまり彼は、
「誰かに(自分の意思や行動を)選んでもらう」
ということではなく、
「自分で、どうするか選択して行く」
ということに、拘りを持ち、
また同時に、そう思いたい、
という意思があるのでしょう。


だからこそ、
それが、公聴会での、最後の『選択』にかかってくるのです。



*****

2013/4/7 8:22am













shunsukesekine at 22:56コメント(2)トラックバック(0) 
映画 Review 
2013/4/5 11:42am-

今、結婚式に使う、自分の子供の頃の写真を見ていた。

そこには、若い頃の父親や母親、
姉貴の写真ももちろんあった。


*****

今年の一月、親父に、ある病気が見つかった。

手術を、先日4月2日に行った。

今は、無事に回復している。


*****


妻にも、病気ではないが、
あるものが体の中に見つかり、
その手術を、先日、4月4日に行った。

4月4日と5日は、会社の休みをもらい、
4日は、朝から妻の看病をした。

午後2時30分に手術室に入って、
その後、手術室から、夜の6時5分に出て来た彼女は、
次第に、麻酔が切れてきたせいで、
寒さで体がガタガタ震え、可哀想だった。

普段、体調がおかしくなったり、
または、辛そうにふるまう彼女を、
この6年間、見た事が余りない。

だから、そうやって、衰弱仕切っている彼女を見ると、
可哀想で、いたたまれなかった。


*****

昨日は、彼女の熱も段々下がって来て、
俺は、午後3時半頃にさよならをして、
そのまま実家のある町へ電車で移動し、
そこから、父親の入院する別の病院へ、
向かった。

手術前にも、会いにいけなく、
手術が終わって、初めて顔を合わせたのが、昨日だった。

2日に手術をして、
5日の夜の昨日の時点では、体にはパイプが1つだけ繋がっている状態だったが、
その日の日中までは、
他に、パイプが前に2本、
それと、背中に、麻酔のパイプが1本、
そして、両手に、血液のパイプが2本と、
合計、6本のパイプが繋がっていたそうな。


昨日は、俺が着いたら、
気分転換にと、一緒に少し病室の外をぐるっと歩き、
普通に歩けていたので、安心した。


*****

この数日の間に、
自分の大事な人に、
二人も、手術がおきて、
気分的にも、大変だった。

だが、二人とも手術がうまく行き、
今は順調に回復に向かっているので、
良かったと思う。


*****


俺は、今29歳。
今年の10月で、30歳になる。

さっき、写真を見ていた。

自分が、生まれて間もない頃の写真から、
小学生や、中学生、
高校の頃まで。


中学位からは、反抗期が始まり、
親に反発し、
特に、父親には、反発していた。

その頃は、父親がムカついて、
父親みたいにだけは、将来なりたくない、と思っていた。


妻と付き合いだして、
自分が、父親にそっくりだと、何度も言われる様になった。

最初は、それが嫌だった。

でも、最近は、嫌だとも思わない。

むしろ、俺の原点と言うか、
ルーツに戻った感じで、
それで、全部がOKになる、
落ち着く、という感じがする。



*****


自分が、今いる、この家で生まれて。

写真を見ると、同じ家の中の、部屋の片隅で、
タオルケットの上で、昼寝をしている写真などがあった。


その小さなこどもが、
次第に大きくなって、
反抗して、生意気になって、
高校を出たら、アメリカに行くと言い出して、
そのまま本当に行ってしまって、
6年間帰って来ず、
その後は、今度は日本にいるにも関わらず、
ほとんど家に帰って来ず、
むしろ、アメリカのときよりも帰って来ず、
そのまま、結婚をすると言って、
去年の5月に、入籍をして、
そして、アメリカから帰って来て、5年が経とうとしていて、
今、30歳を手前にしている。



その息子が、自分には、いつからか反抗的で、
いつも機嫌が悪く、
刺々しく、
ほとんど、目も合わせてくれない、
という状態は、親父にとって、苦しいものだったと思う。


その息子は、今、
親父が、病気にかかり、
体も、若い頃に比べると、老いて、
元気のない状態を見ると、
いたたまれなくなり、
悲しくなっている。




今は元気に回復に向かうと思うが、
いつか、この後、
父親が亡くなる瞬間が来たとき、
俺は、相当後悔すると思う。

思春期に入ってから、
親父に、辛く当たって来たからだ。


その、償いというか、
自分が、後悔しないためにも、
親父に、親孝行をしなければいけない、と思う。


*****

人間は、自分の生きてきた道を、
変える事はできない。

自分が選んだ道のりは、
それが、過去になった瞬間に、
もう、変える事はできない。

例えそれが、一分前であろうと、
十年前であろうと。


過去は、変えられない。
いくら悔やんでも、変えられない。

ならば、過去は、「既に起こったもの」として、受け入れ、
後は、これからどうして行くか、
を、自分の意志で、変えて行くしか無い。



今までの人生で、過去の選択を、悔やむ事は、
何度とあった。

俺の人生を、間違えたと、
失敗したと、
悔やむ事は、何度もあった。


しかし、過去を悔やんでもしょうがない、
過去は変えられない、
変えられるのは、過去に対して、自分がどう考えるか、
過去に起こった事を、自分が、どう捉え、
どう、それを生かすか、であること、


それだけであることに、
この、過去一年当たりから、強く、
納得することになった。


*****

時は、過ぎて行く。

時間は、止められない。

歳を、取って行く。

体は、衰えて行く。


だから、今を、感謝して生き、
目の前のことを、味わい、
自分の大事な人を、大切にして、
心を広く、大きくもって、
生きて行かなければ、ならない。


*****

人は、自分の精神面も、肉体面も、
健康な時には、
物事を、プラスの方向に考えられる。

しかし、自分が、肉体的や、精神的に、
病んだ時、

その時に、同じものごとを、
プラスの方向に考えるには、
ものすごい労力がいるし、
かつ、それをするのが、どうしても出来ないときがある。



だからこそ、
このような思いを、記しておかなければならない。

そして、必ず覚えておきたい事は、
人生というのは、全てが、そうなるように動いていて、
全て、ベストの方向に、向かっている、ということ。

過去に起こった、どんなことも、
「それがあったからこそ、今のこの状態になれた」
と思える瞬間が、必ず来る、ということ。


そして、それをするには、
過去を、悔やまず、
過去を、Acceptし(受け入れ)、
過去を、Let it go(解き放つ)こと。



*****


人間は、健康な時には、
目の前のお金、
見栄、
肩書き、
そういうものに、魅力を覚えて、
それらの獲得に、躍起になるが、

健康、体を、壊しては、
それらの何ものも、意味を成さない。



*****

2013/4/6 12:07pm







shunsukesekine at 12:14コメント(0)トラックバック(0) 
My Life-人生 

April 05, 2013

さっき、本屋で、
『読むだけで思わず二度見される 美人になれる』
(著者:神崎 恵)
という本を読んだ。

yomudakede


(なんでこんな本読んでんだよ、とツッコミの声が聞こえてきますね)


その中のコラムに、
「ハーフ顔になるには、
語学を勉強する」
というのがあった。

人間の使う言語は、顔の下半分の筋肉を作り上げる。
もちろん、日本語とフランス語、英語では、
使う筋肉の違いにより、顔の下半分の形も変わってくる、というもの。

日本人と韓国人、顔がソックリと言われながら、
どこか微妙に違うのは、
顔の下半分の作りの違いだという。

著者の友人で、フランス人のハーフに見られたがっていた女性は、
フランス語を学び始めて半年、
今では、顔が完全に変わってきたという。

また、語学を喋ることにより、
その国の人間が持つオーラも持ち合わせて来るという。


*****


これは、一理あると思った。
最初にこのコラムの題名を見たときは、

「(メイクでハーフ顔を作るよりも、語学を学ぶ方が近道なんて、)なにを?」

と一瞬疑ったが、読み進めて行くうちに、「そうだよな」と納得した。
なぜなら、俺自身も、同じことを思ったり、または、言われたことがあるから。
留学に行く前よりは、行った後の方が、確実に、西洋人ぽい顔になってきた。
よく、「お前はハーフか?」とも言われる。
(ま、ただ眉毛が濃いだけですけれど)


俺の妻も、よく、
「あなたはどこの出身?」と、
ネイティブスピーカーに聞かれるらしいし、
(まあ、これは偏に、
彼女の語学力の高さが大きな理由だと思う。
後は、彼女の振る舞いや、表情など。
彼女が英語を話す時には、
『日本人らしさ』は完全に消え、
完全なる『アメリカ人』になるので、
よく、大学の授業でも、
学期が後半にさしかかった頃(つまり、そのクラスを取り始めて4ヶ月後など)に、
その教授に、
"So, which city are you from? LA? Long Beach?"
「ところで、きみはどこの出身なの?LA? LB?」
と聴かれた事も多かったという。

それで、"No, I'm from Japan"というと、
"Oh, I thought you were American. You are not Japanese American?"
みたいな。)


それと、俺の同期で留学した奴らも、
よく考えたら、みんな、結構、
ハーフっぽい顔というか、
濃い顔をしたやつが多いなあと、
このコラムを読みながら考えていた。

(まあ、これも最初っから、
みんなそういう顔の人間が集まって留学に行っただけかもしれないけれど)

*****

それと、先日、
今の会社の課長に、
「○○はさあ、
やっぱり、英語を話す口の形をしているよね」と言われた。

どういうことですか?と聞き返すと、
英語を話す人間は、口を横に大きく伸ばす発音をするから、
(例えば、”Steve”のティーのときの発音など)
日本語で話す時にも、よく、口を横に大きく動かすなあと、
そうやって見ていて気づいた、と言われた。

逆に、日本語では、
そういう口の動きは余りしないから、
俺の口の動きをみて、
その違いに、気づいたらしい。


あとは、英語をしゃべると、
あまり口を開けずに話す事ができる言語だから、
段々と、口を大きく縦にあけずに話すというか、
べらべらべらっと、言葉を続けてモゴモゴとはなすようになってくる。

なので、留学して一年後、
当時高校時代に通っていた英語塾に挨拶に行った際には、
そこで習っていた英語の文法の先生(B as a boston, D as a DenmarkのAbe先生)に、

「あ、完全に口が英語をしゃべれる口になってきたね。
その口の動きで、英語が上達したことが分かるよ」

と言われて、へええと驚いたことを覚えている。


*****

ちなみに、今度から、会社でポルトガル語を覚えるように言われたので、
これから私は、アメリカ人とポルトガル人と日本人のクオーター顔に変貌すると思われます。

でも、よく、
タイ人だの、台湾人だの、
メキシコ人だのと、留学中は間違われたんですけれど。
このままだと、色んな血が混じって、
ジェシカアルバみたいになっちゃって困っちゃうね。


2013/4/5 22:05






shunsukesekine at 22:05コメント(0)トラックバック(0) 
本 Review 

今日、妻の手術が、無事に終わった。

今は病室で、一人でいると思うと、可哀想で仕方がない。


今日は、三時間半の手術を終えて部屋に戻ってきた彼女は、全身麻酔が切れた状態で寒さでガタガタ可哀想な位に震えており、見ていて余りにも居た堪れなかった。

普段は、例え苦しかろうと、苦しい表情を表に出すことは一切ない。

機嫌が悪くて、とげとげしい態度を取ったり、
不安だからと、不安な表情を表に出すことは、ほぼ一切ない彼女。

そんな彼女が、今日は、ずっと苦しそうな顔をして、
眉間に皺を寄せていた。

相当苦しいんだと思う。


本当に、よく頑張ったと思う。

早く、よくなって、回復して欲しい。

来月に控えた結婚式には、万全の状態で挑めるように、
辛い思いを彼女がしないように、

早く、良くなるように、
神様に祈るしかない。

2013/4/5. 1:23am






shunsukesekine at 01:30コメント(0)トラックバック(0) 
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