March 2013

March 19, 2013


3/19/2013. 23:09-

手短に。

今の仕事は、英語をバリバリ使う。
かつて、日本に帰って来た頃なんかは、
「英語はあくまでもツールであり、実際にやる仕事の内容が大事であり、英語を使う、使わないは、関係ない」
と思った頃もあったが、
やはり、英語をせっかく使えるようになったのに、
または、その習得に、かなりの時間を費やしたのに、それを仕事で全く使わないというのは、かなりもったいないことである、と今は思う。

前職は、英語を殆ど使わなかったが、今は毎日のメール、お客様とのやり取り、貿易業務、
また、昨日と今日の2日間であったように、海外からのお客様のアテンダンス、監査の際の通訳など、様々な場面で英語を使う。
英語に浸りまくりの日々、という感じ。

しかも、俺が学生時代には全く関係のなかった、製薬関係の英語なので、新しく学ぶことも沢山ある。

俺は、留学する前も、必死に毎日、NHKのラジオ英会話で勉強したり、当時通っていた英語塾で購入したテキスト(SAT用のハイレベルのもの)を読み込んだりと、随分と、「勉学的」な英語の勉強をしていた。

留学してからも、最初の三年間は、とにかく、ひたすら英語を毎日夜遅くまで読み、ガリ勉する、という形をとっていた。

なので、正直言って、適当に留学していた日本人には負けたくないし、そういう遊学生と、自分を、同じ「留学経験のある人間」というように一括りにしないでくれよ、という、プライドもある。

そんな自分が、英語を全く使わない日常を日本で送り、ドンドンと英語が錆び付いて行くのは、(または、学生時代から英語力が、伸びない、というのは、)なんとももったい無い気分であった。

それは、転職中に相談した親父も、同じことを言っていた。

・・・・・・

そんなわけで今は、英語を毎日使うばかりか、ハイレベル、かつ、自分が知らない化学や薬学の分野の英語力、及びその知識を身につけて行かなければいけないので、毎日が楽しい。

電車の中では、書類を沢山読んで、分からない単語は辞書をひいて、ブツブツ言うという、怪しい感じではあるが、そういう状態、
頭を酷使している状態にいることが、また楽しい。
感覚的に、留学する前、18際の頃に戻ったような感じがある。

、、、、、


ちなみに上にも書いたけど、昨日は本社のある町に泊まり、ポーランドから来た2人のお客さんと食事をして、
今朝は、朝から昼過ぎまで、会社で監査を行い、その際の通訳になり、
帰りは、お客さんに、駅前の古い街並みや神社などを案内してあげて、新幹線で、名古屋まで一緒に帰って来た。

で、その後は一人新幹線に乗り換え、さっきやっと、今の自宅に帰ってきた。


やっぱり自分は、英語を使って、海外の人と接したり、または、自分が海外に行ったり、
そうやって、世界の広さ、diversityを感じているときが、一番楽しい。

それは、もしかしたら、英語じゃなくてもいいのかもしれないし、

もしかしたら、思春期に憧れた文化が、アメリカ文化だから、英語を使って、海外の人と接するときに、自分がアメリカナイズしている、と感じることに、快感を覚えているのかもしれないし、

または、日本語じゃなく、別の言語を使うことで、別の人格を演じられることに、心地よさを感じるのかもしれないし、

俺が、「何を好きなのか」は、はっきり言って、よく分からない。

転職をする際は、「英語はただのツールであり、
『英語を使う仕事をしたい』
『海外にいく仕事をしたい』
そういった理由は、仕事の本質をついていない」と言われたこともあったけれど、

やはりおれは、その二つが好きなんだと思う。
で、それらを使って、毎日新しいことを学び、自分が昨日よりも成長した、力を付けた、伸びた、と感じることに快感を覚え、

それを使って、周りの人に、「おー、すごい」と言われることが、ただ単純に、好きなんだと思う。

、、、、、


結局は、カッコ付けていたいし、
他の人に、「すごいね」って言われたい、

そんな動機が、俺の根源にあるんだと思う。

、、、、、


「英語を話せる人なんて、今は五万といるから、英語が使えるだけじゃ、食っていけないよ」なんて、十年以上前から言われていますが、
実際、まだまだ日本には、英語を問題なくフルーエント(流暢)に使える人間は足りていないし、
英語力がずば抜けてあるだけで、仕事を選べる選択肢は、格段に増えるということ。

そして、一度それを極めたなら、究極的に極めた方が、より良いし、収入もあがるし、自分の自尊心も上がるし、仕事のやりがいも上がるし、良いこと尽くしってこと。

だから、「英語なんて、ただの道具だから、それを使うか否かは、全く関係無い」と言って、全く使わないのって、すごくもったいないな、と、そう、最近またひしひしと感じるな、と、


そのことを書こうとしたら、自己分析になりました。相変わらず。

2013/3/19. 23:35



PS.ちなみに、うちの会社では、英語を使える人が少ないので、おれはそれだけで、自動的に、「頭が良い。すごい。」とみられているが、(頭がよくなくてもそう見られるのでお得)
「いや、僕の妻の方が、何十倍も頭が良いし、さらに、英語力は僕よりももっともっと上で、全然かないません」と言うと、
みんな、ビックリして、
最近は、
「◯◯◯◯(妻の名前)を何とかして雇う方法はないか?アメリカのワシントンDCに行って、FDAと交渉してもらおうぜ」と、完全にそっちに話が言っている。

でも、思うけど、やっぱりTOEICのスコアというのは、日本では英語力を示す一つのデータとなるから、英語力を伸ばした人は、必ずTOEICでも高得点をとっておいた方が良いですね。
満点に近い点数を持つだけで、必然的に、「アイツは英語ができる」との絶対的な認証となる。

そして、その人間が、「自分よりも◯◯の方が、何十倍も英語ができる」と言うと、
「◯◯って人は、神様じゃね?」となる。


そんなわけで、私は、尊敬できる妻を持って、幸せです。
自分の妻から、色々と教えてもらえるというのは、生涯のティーチャーが付いているみたいで、とてもお得な気分です。







shunsukesekine at 23:30コメント(0)トラックバック(0) 
My Work-仕事 

March 07, 2013


今、帰り道。
先週の金曜日(三月一日)から、東京営業所での勤務が始まった。

まだ新しい家にネットを入れてないので、日記もずいぶん書いていなかった。

毎日、8時ごろまで働いて疲れるが、充実感も大きい。
いかに本社での約一年間の研修が楽だったかに気づく。

やはり営業所は、電話もたくさんかかってくるし、やる事もたくさんあるので、朝から夜まであっという間だし、本社での時間の流れ方とは全然違う。

ただ、電話に出るにしても、前職と違って、電話のかかって来る率が低いので、すべてのコールに出ても、余裕ではある。
前職で鍛えられたタフさは、随分と大きいと思う。

・・・

今は、貿易業務を先輩に習いながら、同時に、英訳をしたり、お客様への対応をしたりしている。

英訳にしても、試験方法など、品質管理部(試験課)、研究開発部などの内容が絡んで来るものを、瞬時に訳さなきゃいけないので、
スピードと正確さが要求される。

入社したての一年前は、そういった専門用語もチンプンカンプンだったけど、やっぱり、日々接していると、段々と慣れて来るもので。

俺の会社には、英語を話せる人間が余りいないので、通訳や翻訳、海外とのやり取りや海外営業はバンバン任されるので、自分の英語力がどんどん上がって行く事を実感できることはとても楽しい。


・・・

ここからは最近感じることになるが、

仕事というのは、やはり、
ガンガン突っ込んで行った方が楽しいもので。
何事もそうだけど、受け身で行くのと、自分からのめり込んで、get involve して行くのとでは、その楽しさが全然違う。

話し変わるが、最近は、ここ一ヶ月ほど、ギターにハマっている。
これも、毎日ひかないと落ち着かないくらいになっているが、やはり、かなりのめり込んで行くと、とても楽しい。
ギターを買ったのは三年前の2010年の夏で、その時は、ジャックジョンソンの曲を一曲覚えただけで、すぐにひかなくなってしまったけれど、
今は、三週間たらずで、一気に五曲くらい弾けるようになった。

これも、指が痛いとか、マメができるとか、そういう事ばかり気にしていると全然楽しくないが、
とにかく、うまく弾こうとせずに、ただ楽しむ事にだけ集中すると、あっという間にうまくなっている。ただ、楽しんで、感じれば良いだけ。


仕事も同じ。
うまくやろうとせずに、楽しんで、のめり込んで、やって行くと、楽しくなる。

そして、自分からのめり込んで行って、それに応えてくれる人たちと、会社の体勢があるということ、
そして、自分がやっている、または、これからやっていく仕事の内容が、自分の興味のあることであれば、
もう、文句はない。

おれの場合は、それが、
・英語力を伸ばすこと
・海外とのやり取りを行い、自ら海外へ行くこと

なので、それらができる条件に今あるというのは、良いと思う。

・・・

そして、のめり込みつつも、
心のどこかでは、
「究極的には、仕事なんてただの暇つぶし」的な感覚を持ち合わせておけば、
仕事で精神的に病んで、取り返しのつかない事になる、なんてことはないでしょう。

そこは人の価値観だろうけれど、仕事を人生の全てにしてしまうと、
それで少しでもポシャると、もう、自分の心の余裕がなくなってしまうから。

人生においても、そうだと思う。
「人生の究極的な目的は、楽しむこと」

それを忘れなければ、
きっと、全てに対して、
心の奥底では楽しめる余裕ができる。

・・・

(今はスニーカーを履いて通勤している。以前はカッコ付けて、普通にビシネスシューズを履いてたけど、片道一時間も立ったり歩いたりしているし、はっきりいってビジネスシューズはクッションもなくて疲れるし、そもそも、誰がそれを決めたんだ、という。
こんなのも、スニーカーで通勤するだけで、足や腰の疲れ方も全然違うし、第一、「仕事に行ってるぜ」から、「今日も遊びに会社にいってくるぜ」に心の感じが変わるから、不思議。
オフィスだけと、外回りのみで履いた方が、ビジネスシューズも痛まないし。)


そう、大きい目で見ると、
日本というのは、

「楽しもう」
「自分のスタイルでやろう(人目を気にしない)」

というのが、アメリカなどの海外に比べると少ないと思う。

それよりも、
「カタにハマれ」
「全体からはみ出すな。(自分がどう感じるかよりも、他人からどう見られるか、を気にする)」

というのが、強いと思う。

おれも、アメリカから帰ってきて、もう五年になってしまうけど、つい最近までは、結局、
「他人にどう見られるか」
「はやく、日本の文化に馴染まなきゃ」
とばかり、やっていたんだろうな。

でも、もう三十歳を手前にして、
もう、そういうのに、疲れたんだろうね。
それよりも、「自分がどう感じるかを大事にしようぜ」と。

・・・

と、色々と書いたけれど、
結局は、俺がどう感じるか、どういう風になったか、だけであり、
もしかしたら、同じ日本に住む周りの人たちは、
最初から、それぞれが、
人生を楽しんできているのかもしれませんが。

本当、人生というのは、
同じ世界に生きていても、
その人の考え方と、モノの見方次第で、
全く異なるものになってしまうんだな、と、
強く思います。以上。

2013/3/7. 21:28








shunsukesekine at 21:30コメント(0)トラックバック(0) 
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