February 2012

February 29, 2012

前の日記にもう一個付け加えると、
トシさんていう人は、本当に面白い。

よく、アメリカ人のこととか、イタリア人とか、
色んな人のことをテーマにして話をしたり、
または、自分の体験談を、面白おかしく話する時に、
目を見開いて、面白い顔をして、話をするんですが、
その様子が、本当に面白い。

彼は、アメリカにいるときには、
黒人なんかにやけに好かれていたんだけれど、
どうやら、インド人やイタリア人にも大分好かれるらしい。

面白い人ですね。


昨日電車で、ワコさんとトシさんと3人で乗っていたとき。

電車に乗る前に、壁に貼ってある広告に、
"Great Britain. You're invited."って書いてあって、
「"You're invited"って言い方って、カッコいいっすよね。
何か、カチっとしてますよね。
アメリカじゃ、"Welcome!!"とかですよね」みたいな話から、

イギリス英語とアメリカ英語の違いにちょっと話が及んだ。

そこで、イギリスでは、
日本の教科書に載っている様な、"How are you?"をマジで使う、
ということになり、
「マジっすか?」と。

アメリカじゃ、"How are you?"なんて絶対言わないから。
(言っても、"How are you doing?" "What's up?" "How's it going?"当りが口語的には恐らくポピュラー)

そこで、そのバリエーションでイギリス人は、
"Are you alright?"も使うとの事。
(発音の仕方は、下に下げて言う。)

それって、「何か言っちゃいけない事でもあったんですか??」
的なニュアンスが、アメリカ英語では派生するので、
それも、最初トシさんは、イギリスに移った時にビビったそうな。

で、その返しに対して、
"Okay."の一言の返しもポピュラーだとか。

「そ、それも、何か言えない様なことが実はあって、本当は全然オーケーじゃないんじゃ・・・!?」的なニュアンスが、アメリカ英語ではなってしまう。もしもそう言うと。



そこでトシさんが、

「むしろそんな時にアメリカ人は、
"グレイト!!" "オーサム!!"とか、
やたら大げさに返すやんか」と。


その時のトシさんの”オーサム!”と言っている顔と、
(目を見開いて言う)
電車の中で周りはシーンとしているのに、
結構デカい声で、何回も言う、みたいな。

そういうところが、面白いんですよね。

*****

以上、トシPのファンでした。

2012/2/29 21:55





shunsukesekine at 21:59コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 
昨日はGood Old Friendsとの再会の日だった。

*****

朝は、6時半に起きて、7時半に家を出る。
母親と一緒に駅まで30分かけて歩き、
俺は8時過ぎの電車に乗る。母はそのまま空港へ仕事に。

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上野駅へ着き、国立西洋美術館で常設展を見る。
ここの常設展はじっくりと見た事がなかったけれど、
中々良い作品が沢山あった。
平日の午前なので、中はガランとしていて、
ゆっくりと見る事ができた。

普段、日本の美術館は、
モネとかルノワールとか、有名どころが来ると、
いつも本当に込んでいて、マジで辟易する訳だけれど、
今回は、別に特別展でも無く、
かつ、平日の午前中なので、
他の人を気にする事なく、好きなだけ、気に入った絵の前で時間を過ごせる。

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*****

ちなみに、俺は中学から大学の一年目くらいにかけては、
ルネサンス美術に惹かれていて、
ボッティチェリやミケランジェロなど、
いわゆる、「実写的にいかに上手いか」という絵に惹かれていたわけだけれど、
年齢を重ねるに連れて、確実に嗜好は変わって来たようだ。

今は、どちらかというと、
その絵の持つ幸せそうな雰囲気に惹かれるので、
上に挙げたルネサンス時代の巨匠の作品よりも、
モネとか、ゴッホとか、
もっと最近の時代の絵に惹かれる。
(ルネサンス時代の宗教画をヨーロッパで見すぎて、飽きた、というのもあるけれど。)

なので、今は、
「如何にその絵が写実的にうまいか」
よりも、
「如何にその絵の持つ雰囲気に惹かれるか」
で見てしまいますね。
なので、シャガールとかやけに心に響きます。

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*****

ちなみに昨日は、どこかの小学校から、
子供たちが団体で見学に来ていた。
一つのグループは大体8名弱で、
そのグループに、恐らく美術館の人たちが付いてくれて、
色々な絵の前に立ったり、または下に座って、
ゆっくりとその絵に関して話し合う。

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俺はそういうのが好きなので、
後ろにこっそり立って、それを聞き耳を立てて聞いていた。
(明らかに怪しい28歳のオッサン)

面白かったのは、
ジャン・デュビュッフェの「美しい尾の牝牛」という牛の絵の前で、
その大人の方が、
「じゃあ、みんなにストレートな質問を聞きます。
この絵は、うまいか、へたかで言ったら、
どっちだと思う?」


ジャン・デュビュッフェ「美しい尾の牝牛」
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俺は、「そりゃあ、ヘタなんじゃない」と思っていたけど、
子供たちの意見を聞いていると、これが面白い。

「上手いと思います」
「どうして?」
「牛の周りの色は白とか緑とか、色んな色が混じっているけれど、
牛は茶色の色が強いから、
牛が引き立って見えているから」

そんな風に、色んな意見が飛び出す。

そういうのを聞いていて、
「ああ、やっぱり大人っていうのは、
年齢を重ねていくにつれて、
必ずや、子供のころに持っていた、
柔軟な考えをなくしていくんだろうな」と思った。

その子たちの発表する姿を聞いていて、
自分の小学生の頃を思い返すと、
今よりも、もっと色んな発想をしていた気がする。

で、その発想を聞くと、
大抵、親などは、
「俊輔は面白い見方をするね」と言われたものだけど、
当時は、それが当たり前だと思っていた。
むしろ、何でその考えが、面白いのか分からなかった。


きっとその当時の考えは、
大人の既成概念にとらわれず、
ありのままを、感じていたんだと思う。

(『靴』という字を、「かわ、か」と読んだり。それはちょっと違うか。)

とまあ、そんな風に、ちょっとノスタルジックに陥っていたわけです。
28歳のオッサンが。
(まあ、今もあんまり当時と変わらないと思いますが)

******

で、そこで2時間近く絵を堪能した後は、
12時過ぎに、わざわざ群馬の前橋から来てくれた、
ギャレットと会う。


彼とは、俺が最初に行った学校、
College of the Siskiyousで、
留学一年目に会った友達。

彼は、当時仲のよかった先輩の一人と付き合っていて、
その先輩たちの家に俺は良く遊びに行っていたので、
結果、ギャレットとも、良く会う様になった。

*****

彼は、オレゴンの田舎出身の好青年で、
アメリカ人の白人の割には、かなり人に気を遣うタイプ。
そんなわけで、俺も彼とは、非常に仲良くなり易かった。

俺がずっと愛用していたVansの靴も、
彼にもらったのです。

******

彼と最後に会ったのは、
彼らがオレゴンのThe University of Oregon(“Go Ducks!”がその学校の合い言葉。マスコットはその名の通り、ドナルドみたいなアヒル)に行っていたときに、
彼らを訪ねたとき。

俺はその時、アメリカ一周の旅をしているときで、
2005年の夏だった。
ハリケーン・カトリーナがニューオーリーンズに直撃した直後の話です。

*****

その時は、ギャレットの兄貴の一人の結婚式があって、
俺たちはそれに参加した。

ギャレットの家は、みんな「巨人」と言えるほど背が高くて、
ギャレット本人も、恐らく190センチ以上あって、
かなり背が高いんだけれど、
他の兄貴たちは、もっとデカかった。

そしてイメージでは、
彼らの母親も、かなりデカかった気がする。
(確かお母さんは180センチ以上あったような。和田アキ子なんか小さい方ですよ)

よって、彼らが住む家の間取りはかなり大きく、
家のキッチンは、異様に高さが高かった。
まるで、自分が小人になった気がしたものだった。

*****

その結婚式では、式の後に、なぜか出席をした俺たちが片付けまでやらされて、
深夜まで働いていた記憶がある。

でも、ああいうメチャクチャな記憶が、一番面白いんだけどね。

*****

その後ギャレットとは、会っていなかった。
手紙とかメールでたまにやり取りはしていたけれど、
いつの間にか、特に連絡も取らなくなっていた。



一回、俺が日本に帰って来た2008年に、
彼にメールをすると、
今は前橋で英語の先生をしていると言う。
その時に写真を送ってもらって、
それっきり、会うとかはしていなかった。



昨年の暮れ、ギャレットの事が気になって、
フェイスブックで探して、メールをした。

それで、今回会う事になった。

*****


久しぶりに会ったギャレットは、
相変らず大きくて、元気そうだった。

正直、「歳を取ったな」と思ったけれど、
そりゃあ、こっちも同じことだよね。
7年ぶりですからね。当時俺は21歳、彼は20歳で、
今じゃもう、俺は28歳、彼は27歳です。
オッサン二人だぜ。

そんなわけで、初めて友達になってから10年たった二人が、
上野で再会したわけでした。

*****

予め調べておいて店の中で、どこに行きたいか聞くと、
ギョウザの店が良いと言う。
ということで、「昇龍」という名前の、
小さな店へ。

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ここの接客は、本当にひどかった。
小さなカウンターに腰掛けるが、
自分の目の前のカウンターに、できた料理が出されて、
それを後ろからおばちゃんが手を伸ばして、
人の顔の真横で、料理をいつも運んで行く。

で、俺たちが食ってると、
「はい、もっと詰めて」と、
イスを後ろからずらされる。

「俺は日本にずっといるけど、
これは、初めてだよ。まるで中国みたいだな」と冗談を言いながら、
ギャレットと、餃子とビールで乾杯。

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(ちなみに、らーめんも頼んだが、あり得ないほどマズかったので、
絶対にらーめんは頼まない方が良いです。
ここはバカでかい餃子が売りの店なので、
餃子だけさっと食って、一皿食べたら出てくるのが鉄則らしい。
実際は、ぎょうざもそんなに美味しくなかったけどな。
ただデカイだけじゃん、という。
しかしこんなサービスでも、ファンは多いらしく、
1時前になると、客が外に一気に並び出した。)

*****

ギャレットと今回話していて驚いたのは、
何とギャレットは2年半前に結婚していたということ。
Damn, I didn’t know that man!!

奥さんはいい人らしく、彼も結婚生活は幸せみたいです。

「I want to get retired soon」と、
いかにもアメリカ人らしいような発想で今後の希望を言っていました。

*****

それにしても、ギャレットが日本に来たのは2006年の9月らしく、
それから約5年半、
もうずっと日本にいるそうな。
それって凄いよね。俺もアメリカの6年はあっという間だったけど、
でも、海外での6年って長いからね。

とにかく、今回久々に会えて良かった。
今度は俺と彼女で、前橋に行くから、と伝えた。

ギャレットは手みやげに、オレゴンのワインをくれた。
嬉しいですね。ありがとうギャレット。

******

ギャレットと会った後は、
先日二日前にも会った、トシさんと再度会うことに。
De Anzaの先輩でもある、ワコさんも一緒に。
(ワコさんは、トシさんとDe Anzaで一緒だった。
トシさんはワコさんを非常に尊敬しており、俺は、ワコさんとは全く時期が被らなかったので、一緒に学校には通わなかったが、トシさんを通して、何度もワコさんに会う機会があった。)

ワコさんとも、考えてみたら、
2005年の夏以来だった。
要するに、7年ぶり。

当時ワコさんは、UCLAを卒業して、
その後、ペッパーダインの大学院に行っていた。
(トシさんが、「あの、古賀元議員が経歴詐称をして、本当は卒業していなかったペッパーダインね。面接のとき、そういえばプラスになるで」と。笑)

ワコさんは非常に優秀な方で、
そこの大学院を卒業した後は、
アメリカで四年間以上、親子関係専門のカウンセラーとして、
働いていた。

*****

そんなワコさんだが、
10年以上のアメリカ生活を終え、
先月に日本へ帰って来たとの事。

で、昨日はトシさんに会う為に、
わざわざ実家から新幹線でいらっしゃっていた。
やりますな。

ワコさんは、地元の方でカウンセラーの就職をしようと試みたが、
ある理由で、落とされたとの事。
その理由を聞いて、俺もトシさんも、頭に来たわけですが、
まあ、優秀な人なので、就職に心配は一切ないでしょう。
それよりも、彼女は自分でやりたいことがあるとのこと。
昨日お話を伺って、ワコさんなら、きっとその道の第一人者になれるのではないかと、強く思いました。

*****

トシさんとワコさんと、3人で、
銀座の喫茶店などで、話す。

まあ、基本的には、
ワコさんの今後のキャリアプランの話とか、
としさんに最近起きたこととか、
そんなことを主に話しました。

この二人は、頭が良いので、
話をしていて楽しいですね。
”インテレクチュアル”という言葉がピッタリな気がします。
(当時彼らに初めて会った19歳前後の俺は、基本的に二人の会話の内容がよく分からなかった。笑)

*****

夜は、ワコさんのご両親が、トシさんを非常に気に入っていて、
「今日も、トシ君に沢山ご馳走をしてあげなさい」と告げられて来たということで、
そこに金魚のフンの様に丁度良くくっ付いていた俺も、
その恩恵に肖ることに。

ということで、トシさんが選んだお寿司の店に行きました。
ここは、当時トシさんが日本で働いていた頃に、
良く通った店だそうです。

とても美味しいお寿司をごちそうになりました。
ワコさん、どうもありがとうございました。

(トシさんには、「シュンちゃん、これを最初から狙って、私に会いに来たんやろう。シュンちゃんもうまいなあ」と散々言われる。笑 その通りですトシさん)

*****

その後は、
店を出たのがちょっと遅かったので、
俺は家へ帰る電車が無くなり、
トシさんと一緒に、『VIPホテル』へ泊まる事に。
ワコさんは、新幹線で、実家へ帰られました。


その後トシさんと、東京駅から新橋まで地下道を使って歩く。
夜の東京の町を駆け抜ける。

新橋のマクドナルドで小一時間話をした後は、
一晩1500円前後で、なんとネットし放題、マンガが読み放題という、驚きの超豪華VIPホテルへ。

そこで俺たちはそれぞれの空間に収まり、朝を迎えました。

*****

今朝は、トシさんは朝から面接があったので、
その前に朝マックを一緒に。
VIPホテルは何と驚きの「8時間パック」というシフト制だったので、時間が来る前にそこを後にする。

外は、凄まじい雪。
「ジョークですか?」と言うくらい、雪がバンバンと降っておりました。

トシさんとは、面接会場の前で別れて、自分は家へ帰って来ました。

*****


さて、前置きが長くなりましたが、
今回書きたかった事は、
久しぶりに、大学時代の仲間と出会えて、時間を気にせずに色々と話し合えて、
それがすごく楽しかたっということです。

特にトシさんとは、
De Anzaにいた頃や、
俺が彼に会いにイギリスに行った時など、
本当に、色々と話し合いました。
それこそ、夜中まで。


トシさんは俺と似ているところもありますが、
同時に、全然違うところも沢山あります。

思うにトシさんの凄いところは、
経済や政治、金融など、本人が興味を持った特定の分野のことを、
誰よりも詳しく、専門的な知識や知恵を確実に積み重ねて、
その道のプロになって行く人だ、ということです。

俺が彼と初めて会った頃は、当時から彼は凄く優秀な方で、
色々な知識を身につけていたとは言え、
やはり、同じ20歳前後の若者たちだった、という感じがします。
(偉そうですみませんね)


しかし、今の彼は、
その日々の積み重ねの結果、
様々な分野において、
人には負けない様な知識や、経験、
そしてそれ以上に、広い視野を見に付けている人間になっていると思います。

「継続は力なり」の言葉を実際に実践している人間の、代表的な一人だと思います。

*****

そして、トシさんと話をすることを俺が好きな理由は、
「モノゴトの考え方」に関して、深く掘り下げて話をして行くことができるからです。

そういう話ができる人は、以外とそんなに多くなかったりします。
(これは、恐らく人の興味の対象がそれぞれ違う事にあると思いますが。)

そして、恐らく自分は、トシさんという人間と、ウマが合うのだと思います。
なので、色々と話をしていて、「楽しい」と感じるのではないでしょうか。

*****

自分の話になりますが、
昨日、マックで夜に話をしている時に、
トシさんが思う、俺に対する考えを聞かせてもらった。

それによると、
俺の場合、二つのアドバイスをしたい、と。

一つは、プライオリティ。

人生の中で物事を行っていく上で、
何を一番最初にするのか。
その、物事の順番付けを、もっと意識して生きた方が良いんじゃないか、ということ。

そして二つ目は、
「体験」するために、まず足を一歩突っ込む事を、多く行うこと。

俺の場合、
例えば、一つの国に関して調べようと思った場合、
それに関して、最初に本を読んで、データを調べて、、、
というやり方では、その国に対する「実感が湧かない」ので、
正直、興味を持てずに、力が入らない、というタイプだと。

しかし、いざ足をそこにいきなり運んでしまって、
その国で数日間でも良いから、様々な体験をすることで、
「うおお!この国おもしれえ!!」となって、
その国の言葉を一生懸命勉強したり、
その国の歴史を本で読んで、詳しくなったり、、、、
となって行くタイプではないか、と。
まさにその通りです。


それとは逆に、トシさんの場合には、
その国へ行く事よりも、
まずは、本を読んだり、データを集める中で、
その国に関しての全体的な知識を身につけて、
それから、最後にその国に行く、と。
だって、その国に行った時に、
その国の背景を知らなかったら、もったいないじゃん?と。
または、その国には実際には行かなくてもいい、と。
何故なら、自分で本を読んで、その国に対する情報を調べているから。
どちらかというと、自分が身につけたその国に対する情報を、
実際に確かめるために、行く、という方が近いかもしれません。

しかし、俺はトシさんと同じ様にしたのでは、
そもそもその国に対する興味すら持てない、と。

なので、トシさん曰く、
「シュンちゃんは、とにかく、
それに一歩足を突っ込んで、実際に『体験』する機会を沢山作って、
そこから、それに対して調べて行く順序を取った方が良い」と。


俺というのは、今年29歳になるわけですが、
未だにどこか、「人生は一生続く」的な考えが、
どこかに有るんだと思います。

それに対して、トシさんは、
自らの死を意識して、逆算をして今を生きるタイプ。

よって、トシさんは言います。
「私が一番恐いのは、老眼。老眼って、40歳から始まるんやで。40歳って、あと10年しかないわ。自分が本が読めなくなってしまうと思うと、これほど恐ろしい事はない!」と。

俺たちも、あと30年生きたら、60歳。
人生は、一生有る訳ではなく、
確実に、終わりがやってくる。


俺がテスト勉強前に良くやってしまうのは、
教科書が100ページ有るのに、
最初から一文字ずつ丸暗記して行って、
テスト前の1時間前に、「やべえ!10ページは完全に暗記したけど、残り90ページ、全然目を通してねえ!」と焦り、一気に残り90ページを、がーっと読むタイプ。
その時に、「何で最初から、こうやって、『どこがポイントなのか』を意識して、全体像を最初に把握しようとしなかったんだ!!」と後悔するわけですが、(←バカですね)
それを、自分の人生でもやってしまったら、恐い。
「やべえ!もう50歳だ!!残り10年しか現役でいられねえ!」みたいな。


トシさんが俺に、
「物事の優先順位を考えて、まずは足を突っ込んで、自ら体験し、興味を持って、その勢いで、誰にも負けない勢いでガーッとそれをマスターしてしまえ」というのも、
俺がいつまでも、「やれやれ、まだテストまで何日あるし」と能天気に思っているからなんでしょう。

そして同時に、俺を横で見ていて、
「彼は、一つ一つに素直に感動するのは良いが、
一々、道に落ちている全ての石に感動して、
『トシさん、これすごいっすね!!うおお!!』とか言ってるから、
おいおい、元々のお前のゴールは何だったんだい?となってしまう」と。

だから彼は、俺に、弁当の海老フライから食う事を薦めるわけです。

*****

それともう一つ、これも俺の話なんですが、
基本、俺という人間は、「他人に興味がない」よね、と。

これは、俺の彼女にも昔から言われていますが、
基本、俺という人間は、周りの人に、殆ど興味がないのだと思います。

自分が興味があるのは、
ずばり、「自分を人間としてレベルアップさせること」だけ。

なので、たまに人には、
「コミュニケーション能力が高い」とか言われますが、
実際は、対大勢の場合は非常に苦手で、
一対一の対話でないと、居辛く感じてしまいます。

それに、一対一の会話でも、
気の合う人としか話したくないし、
その人と「何か」について話をする中で、
物事の「本質」を突き止めようとすること自体に、
興味があるだけだ、と。

なので、俺は完全に、
職人気質なわけです。

小さい頃から、人と話さずに、
ジグソーパズルや、工作や、絵ばっかり描いていたわけで。

なので、基本的には、人と話をしているよりも、
何か、モノをいじったりして、
何かを「磨き上げて行く」「作り上げて行く」という行為が好き。

それが今は、その磨き上げる対象のモノが、
「自分自身」になっただけ、みたいな。

*****

俺が今、自分のキャリアという意味で、興味があるのは、
「常に、自分が何か新しい事を学んで、成長をするための努力をしている状態にいつもあること」と、
「この広い世界に、常に接することで、広い世界を感じていられる状態にありたい」
ということだけ。

トシさんにも、「今後の希望、目的は?」と聞かれましたが、
やはり、今自分が分かるのは、それだけなのです。

なので、後は、来月から始まる仕事の分野でまずは知識と経験を付けて、
その道のプロになり、
そこから、自分の強みを付けて行くしかない。

でないと、現役時代は、あと30年で終わるわけで。

*****

とまあ、そんな話などをしました。

それから、ワコさんを交えて話をしていた際に、
トシさんが、「日本人は、海外に出ると、本当にKYやで」と言っていたのだが、
それが気になっていたので、その真意を、聞いてみた。

トシさん曰く、要するに、
「その国に行った際に、
そこの文化や背景を全て吸収した上で、
その国の”常識”に合わせ、
その場に流れる”空気” ”流れ”を読んで、
きちんと話し合いや交渉をできる日本人海外営業マンは、
優秀な人(日本の有名大学を出た人や、海外に長くいる留学生)でも、
本当に出来ている人は少ない」と。

逆にそれが出来ている人というのは、
その国の文化を、自らの中で「内部化」して、
その場に合わせた発言、返しができている、ということ。

(要は、その国のコメディアンが発するジョークを聞いて、
心の底から笑えるか?そして、彼らの前でジョークを言って、
笑わせられるか?ということです)

それは、俺の今後の仕事をやって行く上でも、
非常に大事になって来る要素である。

*****


何かダラダラと長くなりましたが、
そんなことを、トシさんとの対話を交えながら、
掘り下げてもらったわけです。

俺は基本、自分について、「お前はこういう人間なんじゃないか」というテーマで、話ができたとき、凄く喜ぶんだろうね。
何しろ、一番の趣味が、「自分伸ばし」なので。


ということで、よく彼女には言われます。

「あなたに一番合った職業は、坊主だよ」と。

いずれ、本気で出家をする日がくるのでしょうか。

*****

さて、本当に長くなりましたが、この辺で。

ということで、昨日は、
大学時代の旧友と会い、
色々な話をして、
自分についても掘り下げて考え、
そんな時を過ごせて、すごく楽しかったのだと思います。



*****




人が、「自分」というものに関して考えるとき、
自分一人で考えているよりも、
自分を良く知る、誰か他の人の意見を交えながら、
語った方が、
より、そのことについて、深く知れるもので。




大学時代は、恐らく、
そういうことをする時間がたくさんあり、
そういうことを話せる友達が、
周りにいたから、
きっと、「楽しかった」と感じるのだと思う。



俺が、「会話が楽しい」「この人と話をしていて楽しい」
と思うのは、
結局、「本質とは何か」の話をしているとき。



そんな友達がいることを、幸せだと思うし、
そういう人たちと、そういう話ができることを、
心から楽しいと思う。



俺にとって、それができるのは、
彼女を始め、トシさんや、そういう人たちなわけで。



*****


人は、社会に出ると、
仕事に毎日忙しくなって、
つい、「自分とは何か」という対話をすることを、
自分とも辞めてしまうし、他人とする事も辞めてしまうのですが、

そうすると、日々、
「自分」の立ち位置が、見えなくなってきてしまうのだと思う。




物事は変わりゆく様に、
自分という人間も、日々、変わって行く。


だから、「自分とは」という考えが、
どこかの時点で、終結することは、
多分、生きている限り、一生ないはず。



なのに、
それを、人生の途中で止めてしまうことは、
自分を見失う様なもの。




「自分とは誰か」が分かっているときほど、
自分が地上に作り出す陰は、濃くなると思うし、
自分が踏みしめている大地を、
より強い力で、踏みしめることができるようになると思う。


******



大事なのは、
その自分の「掘り下げ」を辞めない事だし、
それは、自分次第で、
いつでもできる。


仕事が平日忙しかったら、
週末でできるし、
一日に、30分、
自分と対話をする時間を作れば良い。




しかし、何よりそれが、もっと気持ちよく出来て、
かつ、楽しいのは、
そうやって、自分の近しい人と、
時間を気にすることなく、
語り合えたときなんだなあ。


*****


いつのまにかあいだみつお調に変わってしまいましたが、
ということです。

長過ぎて書くのに疲れました。


2012/2/29 16:01





shunsukesekine at 19:12コメント(0)トラックバック(0) 
Special People-特別な人たち 

February 27, 2012


今回、彼女と婚約したことを、Facebook上のステータスで変えると、たくさんの人から、「おめでとう!」って言葉を頂いたり、likeを押してもらったりする。

その数を見ると、「あれ?俺って、50人以上も友達いたの!?」みたいに思うんだけど、
実際にlikeを押してくれたり、メッセージをくれた人の顔を見て行くと、確かに、みんな自分の友達なわけで。

そうやって、いろんな人に、一緒に喜んでもらえるっていうのは、すごくありがたいことだなと思った。


で、更には、
自分のFacebookの友達の数を見ると、190人近くもいる。
「俺、本当にこんなに多くの人と知り合いなの!?」って思うんだけど、
で、さっき実際に一人ずつの顔を見て行ったら、確かにみんな知っていた。


もちろん、Facebook上にはいないけど、すごく中の良い友達とか、今は連絡が取れなくなっているけど、かつてすごく親しかったり、
近かった人、
ましてや、今までの人生で、少しでも会話をしたりして、巡り会った人を数えて行くと、
きっと、とんでもない数になるわけで。


そう考えると、
人生ってすごいな、と思う。


多くの人に出会って、
その人たちと、少なからず沢山の時間を共にして、
彼らと話し、考え、何かしら影響されて、
今の俺という人間ができあがってきたわけであって。



*****


明日は、留学時代に仲の良かったギャレットと会う。
彼ともずっと音信不通だったが、先日俺が彼をFacebookで見つけて、連絡が取れて、
結果、明日会うことになった。


こう考えると、
Facebookに感謝。

Facebookは元より、
Eメールとか、
今から二十年前には無かった技術のおかげて、こうして、
一度音信不通になって、今はどこに住んでいて、何をしているかわからない人と、また会えるわけで。

それを考えると、
今の時代って、素晴らしいと思う。



先日の新聞でも、
Facebookの悪用に注意とか、
mixiに私的なものを投稿した芸能人が問題になったりとかして、
「やっぱりインターネットは怖いですね」なんて言う人もいるわけだけど、
俺は、それはその人が使い方を間違っているだけで、
うまく使えば、
こんなに便利なモノはないと思う。


*****


昔から人類は、
今よりももっと、
「こんなのがあったらいいな」と思うモノを、開発して、生きてきたと思うし、


「今よりも、昔の方が良かった」というのは、
まるで、今までずっと馬しか無かった社会に、車が登場して、その車で引き起こされるネガティブサイドばかりを見て、
「やはり、車なんてモノがでて来るよりも、
馬だけの時代の方が幸せだった」と嘆いているようなものだと思う。

車があれば、馬だけでは行けなかった様な場所に、一瞬で行くことができるわけであって。


*****


今の世の中は、
昔に比べて、オプションが増えているだけ。

それは、「選べる」という、
幸福があること。
(それはあくまでも、「現代の日本」という、囲まれた国にいる自分の場合だが)

その恩恵を最大まで生かして、
より良く生きたい。


*****


友達のありがたさの話から、
何か話題がズレましたね。

2012/2/27. 23:54




shunsukesekine at 23:54コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 
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昨日は彼女と一緒に婚約指輪を買いに行った。

*****

彼女は、婚約指輪をティファニーで買うというのが、
幼稚園の時からの夢だったので、
婚約指輪はティファニーで買おうねと、
付き合って少ししてから、ずっと話をしていた。


彼女とは付き合って、今年の5月で丁度、5年となる。

彼女は、俺と一緒にいることを不安に思うことも、
随分とあったと思うけれど、
今まで我慢して、待っていてくれました。
今回、俺の仕事も正式に決まり、
これで、晴れて婚約をすることができます。


*****


昨日は、お互いに東京駅で待ち合わせをした。

彼女は朝から横浜の美容院に行くということで、
先に横浜に行っていて、
それから2時頃に東京駅で落ち合った。


今まで付き合って来た中で、
毎回横浜や東京、銀座などに行く際に、
機会があれば、ティファニーに行って、
指輪を見学してきた。

彼女はモノを見る目があるので、
色々と見て行く中で、
自分の中で、「これぐらいのレベルの指輪が欲しい」
というアイディアは大分固まっていた。


昨日も、俺と東京で会う前に、
横浜のティファニーでも、
既に話を聞いて、下見をして来たそうな。
手際がいいですね。

*****

その後、まずは東京駅から少し歩いた、
日本橋三越のティファニーへ。

そこで指輪を見せてもらう。

その後は、歩いて丸の内へ。



丸の内の店舗は、今回行くのが初めてだったが、
前回(去年の夏頃)、この店舗の前を一緒に歩いて通ったときに、
ここの店のオーラが凄く良かったので、
「ここで買いたいな」と彼女は言っていた。

なので、今回も、
昨日の15時に、この店でのコンサルティングを予約しておいた。


この日に、この店舗でベストのものが見つかれば、
いいねと、話をしていた。

*****


ちなみに丸の内の店舗の周りは、
道路と歩道の素材が同じもので作られ、
とても落ち着いた雰囲気。

彼女曰く、
ティファニーの本家があるNYの町並みに
とても似ているそうな。



約束の15時に2分遅れて、
店に入る。

親切そうな女性が、
エレベーターを使って、
二階にある奥の部屋まで通してくれる。

(ちなみに、横浜で彼女が指輪を見た際に、
話を丁寧にして下さった年配の女性は、
とても親切だったそうな。
雰囲気は、今回丸の内の店で、
俺たちを上に通して下さったこの女性と、
似ていたそう。)

*****

上の部屋で、数分待つ。

ああいう、閉じられた空間に入ると、
人は緊張するものですね。

(その後、もう一度外の広い空間に出た時に、
「ああ、人って言うのは、
天井が高かったり、広い空間にいる時の方が、
狭い空間よりも、リラックスできるんだな」
と気づいた。)



暫くすると、予約をしていた担当の女性が出て来る。

彼女に、色々と紹介をしてもらう。

*****

今回彼女は、大分色んな店で指輪を見て来たので、
今回も、希望の指輪の特徴を伝えて、
それに近いものを出してもらう。


そうやって見て行く中で、
一番最初に出してもらったものが、
彼女は一番気に入っていた。


担当の女性がコンピューターを使って他の店の在庫なども調べてくれる中で、
その指輪以外にも、
同じ様な特徴で、もう少し良さそうなものも、
別の店舗にあることが発覚。
しかし、取り寄せとなると、数日かかるらしい。

彼女もそこで見た中では、
決め切る要素も揃っておらず、
しかし、できればその日の内に、
良い指輪を見つけて購入したいと思っていたので、
ちょっと微妙な状態だった。



俺たちはちなみに、
そこの丸の内で見た後に、
銀座の本店にも行く予定だった。

しかし、銀座の本店は、
以前訪れた際に、
あまり対応が良く無かったので、
また、店のオーラがそこまで良く無かったので、
正直な話、
銀座の本店で買いたい、という気持ちはなかった。


彼女も、
「ここの雰囲気は良いね。ここで買いたいな」と、
丸の内のその店舗にいる間に、
ずっと言っていた。

*****

さっきの状態に戻り、
彼女と、その女性との話し合いの中で、
彼女的には、今日中に決めたいが、
他に見てみたい指輪を取り寄せると、
数日かかってしまうということから、
「じゃあ、今日はこの辺で・・・」的な雰囲気になりそうだった。

そのまま、一旦は部屋に戻る。

その時に見ていた指輪は、あるカラット数を上に、
幾つか見ていたのだが、彼女が気にかかっていた指輪は、
自分の指に合うサイズ、という意味でも重視をしていた。
でも、担当の女性はその点を気づいていなかったので、彼女に聞く。
「**では大きすぎますか?」

彼女が答える。
「いえ、**が大きすぎるというわけではなくて、
ただ、今日は元々、今日購入するつもりで来ているので、
指に合うサイズがあった方が嬉しいんです。
他のお店から取り寄せたりすると、数日かかってしまうので・・・
今朝、横浜や日本橋の店舗でも、他にも見て来たんですが」
と言って、それぞれのサイズや特徴を書いた紙を見せると、
その女性も、
「なるほど、それでしたら・・・」と、
更に色々なアイディアを出してくれ、
「それでしたら、お客様の指のサイズに合う条件で、
上限は幾らくらいで、もう一度検索をしてみますね」と、
コンピューターを使って、再検索をして下さった。


どうやら、俺たちが、ただの一見客ではなく、
本気で購入しようとしていることが伝わったらしい。

その後、再度部屋で待つ事、数分。




しばらくすると現れた女性。

そこで彼女が、
「別の店舗で、これらのものがありまして、
実は銀座にあるのですが、
ご希望でしたら、今からその店まで取りに行って来ます」と。

そこで俺たちも、
「実はこれから銀座に行こうと思ってたのですが、
お店の雰囲気はこちらの方が良いので、
できればこちらで購入したいのです」とお伝えして、
向こうも安心。


二つチョイスがあった内、
選んで、より良い条件の方を持って来てもらうように、
お願いをする。


それから、待つ事30分弱。

銀座から、もう一つの指輪が到着。




見比べてみて、結果、
銀座から来た、その指輪がベストととの判断になり、
その指輪を選ぶ事になりました。


窓際の太陽の光にさらして見た指輪は、
彼女の指の上で、
とても綺麗にきらきらと輝いていました。



*****


結果的には、
昨日一日で、足で回れる範囲にある全ての店を見ることができて、
(しかも、基本的には、銀座の本店が、一番品揃えも多い中で、)

最終的に、一番気に入った店舗で、
ゆっくりと時間を取って、
指輪を見る事ができ、
選んだ指輪は、銀座本店から来た、
一番いいもの、という選択をすることができた。


本当に、良かったと思う。


その後は、指輪の中に掘る文字を決めて、
約3週間後に出来上がるとのことで、
完了。
(指輪の文字は、俺たちが付き合い出した記念日にすることにした。)


*****


その後、店の外に出て、
記念にと、店の写真を外から撮っていると、
入り口に立っていた別の女性が出て来て下さって、
わざわざ俺と彼女の写真を撮って下さった。

その後、さきほど対応をして下さった方も出て来て、
また二人で見送ってくれた。

本当に良い時間でした。
彼女もとても嬉しそうでした。


*****


その後は、昨日たまたま東京に出て来ていたトシさんと、
彼の先輩と、
4人で集まる。


彼女の話は、
トシさんには3年前からしていたので、
今回、彼女もやっと、一緒に会えてよかった。

銀座の交差点で待ち合わせをし、
その後近くの喫茶店で、小一時間ほど談笑した。

今回は余り時間が取れなかったけれど、
トシさんとはまたゆっくりと集まり、
彼女より、村上春樹に関して熱く語っていただきたいと思います。

*****

ということで、
昨日は、幸せな一日だった。

何よりも、彼女が本当に幸せそうで、
それを見ていて、俺もすごく幸せだった。




人生の幸せって、色々とあると思うけれど、
自分の大事な人が、幸せそうにしていることほど、
幸せなことは、ないんじゃないかな、と思う。

*****

2012/2/27 17:44






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My Life-人生 | Special People-特別な人たち
ファッションがカッコいいですね。
雰囲気が何とも渋い。

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 村上春樹 

February 25, 2012

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昨日ビートたけしの『悪口の技術』を読んで面白かったので、
今日は北野武の本を手に取ってみました。
北野武とビートたけしって、双子の兄弟だったんですね。知りませんでした。
(って本気で思っている人がいたら面白いよね。
ちなみに全然関係ありませんが、僕は去年の暮れまで、
マツコ・デラックスが女だと本気で思っていました。
その事を彼女に言ったら、相当ショックを受けていたみたいでした。
普段どんだけテレビ見ないんだよ、って?)

*****

たけしの毒舌を期待して読んだので、
正直、この本はそんなに面白くありませんでした。
まだたけしの本は余り読んだ事がないので、良く分かりませんが、
恐らく、僕が好きなエッセイは、「ビートたけし」の方なんでしょう。

今回の「北野武」の方は、
恐らく本が、監督業としての彼にフォーカスされていたのもあるかと思いますが、
毒舌は殆どなく、
彼のアーティストとしての考え、素質が描かれていたので、
「北野武」の人間としての中身を知りたい人にはお勧めですが、
「ビートたけし」の毒舌を期待しいる人にはモノ足りません。
(読む前に気づけよ、って?)

*****

それにしても北野武という人間は、
きっと、凄く器用で、かつ、頭も良いんでしょうね。

そして、何でもできてしまう。

彼はこう言っていました。
「芸人も、映画監督も、
『俺はこれになりたい』って思ってなったんじゃなく、
たまたまその位置に立っちゃって、それができちゃったから、
自分としては余り嬉しく無い」と。

「イチローとかを見ると、
『俺がちょっと本気で野球やってたら、あれくらいになれた』って本気で思っちゃうし、
誰か数学者が賞を取ったりしたら、
『俺がその道に進めば、それぐらいできてた』って、
本気で思っちゃってるんだよね」と。

彼にとって、
「何がしたいか分からない『不幸』と、
それなりに何でもできちゃう『不幸』」らしいです。

*****

彼の映画は余り見た事がありませんが、
今回のこのエッセイを読んで、
(エッセイというか、インタビュー集)
彼の映画も観てみたくなりました。

彼は結局、感覚で撮っているんでしょう。
そこが、天才肌というか、
アーティストの気質なんだろうね。

*****

それと、彼にとって、
「女性」とは、「母親か姉」らしい。

基本的に、甘えてしまう存在で、
そういう風に、女性を見ているんだろうね、と。

*****

いつまでも子供のようですが、
それは、彼が頭が良いからこそできる面も沢山あるんだと思います。
そして、人間としてとても面白い人だと思います。

2012/2/25 23:23




追記:これは昨日読んだ『悪口の技術』の方の感想になっちゃうんだけど、
その中に、
「ギリギリのラインの事を言って笑いを取れるのは、
実際のところの、『ここまで言っちゃうとダメだ』っていう常識があるからこそ、
できるものだ」っていう件があった。

これは読んでいて、「まさにそうだよなあ」と思った。


それから、
「人間、本当に凄いのは、
かなり凄いところまで極めた人が、
全く何でもない人のように振る舞って、
自分を全く凄く見せないこと。
それでも、周りの人は彼の凄さを腹から認めてて、
彼がいなくなった後に、『あの人、あんなに腰が低いけど、
実際は、こんなに凄い人でさあ』となってしまうのが分かっているからこそ、
普段人の前では、絶対に自分を凄いヤツだと見せない人の事」ってあったけど、
本当にそうだよなあ、と思った。

その例えとして、
「ものすごく厚化粧のナチュラルメイクアップとかさ」
とあったのが面白かった。


というわけで、次は『ビートたけし』の本を読みたいと思います。

*****

それと、この本の題名は「女たち」ですが、
実際に女性たちに関して語られている章は、
本の2〜3割しかない。

あとは、彼の映画や絵に対するモノの考え方に関して。



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本 Review |  文学・評論
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面白い本でした。
彼のエッセイを初めて読んだのは、確か高校生の時だったと思います。
その時に、彼の毒舌に笑ったことを覚えています。

今回、また久しぶりに読みたくなって借りて来ました。
かなり面白かったです。

この本のテーマは、このエッセイが書かれた2001年〜2002年頃に起こった事件を基礎に、
それらに対して、たけしが悪口をいいまくる、という趣旨になっています。

まあ、悪口というよりも、
彼の前書きにある様に、
「日本人は、ただ黙っているから、他の国にいつも美味しいところを持って行かれて、
損してばっかりじゃないか。
本当の悪口っていうのは、頭も使うもんだし、頭の回転も速く無いと言えねえんだよ。
外交でも、国内の政治でも、
保守的にばっかりなってねえで、
皮肉を込めた悪口で返す事で、
本当の議論が生まれるんだ」ってことを、
彼の視点から、言っているものです。

なので、読んでいて非常に面白い。

内容は、
日韓ワールドカップを始めとして、
裁判官、先生の問題、
更には、
マキアヴェッリの『君主論』、
アダムスミスの『国富論』、
スタンダールの『恋愛論』、
アインシュタインの『相対性理論』と、
全てに切り口を見つけて、突っ込んで行きます。

(結局は、ほとんど下ネタで終わっているのがウケます。
ここには書けませんが、ある裁判官に対する章のある箇所では、
余りにもツボにハマってしまって、
笑いが数分止まらなかった。)

*****

最近は村上さんの小説にドッブリ浸かりまくっていたり、
ビジネス本ばかり読んで頭がカチコチになっていたので、
彼の本でうまく中和されて助かっています。

2012/2/25 14:06






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本 Review |  文学・評論
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きのう、としょかんでこのほんをみつけました。

しょうがっこういちねんせいのときいらい、
ひさしぶりによみました。

とてもだいじなことがかかれていました。
こころがあたたまるほんでした。

じぶんのこどもがうまれたら、
よんであげたいとおもいます。

*****

おはなし

おじさんは、とってもりっぱな傘をもっていました。
でかけるときはいつも傘をもって出かけましたが、
雨が降っても傘をさしませんでした。
なぜって、傘が濡れるからです。
ある日おじさんが公園で休んでいると、雨が降ってきました。ちいさな男の子が雨宿りに来て、友達の小さな女の子の傘に入り、二人で歌を歌いながら帰ります。
「あめがふったら ポンポロロン
あめがふったら ピッチャンチャン」
おじさんもつられて歌いだしてしまいます。


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本 Review |  文学・評論

February 24, 2012

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こんばんは、日本短髪協会のラマです。

僕のこの名前の由来である、
ダライ・ラマ氏による本です。
原題は、"The Leader's Way: Business, Buddhism and Happiness in an Interconnected World".

内容は、ラマ氏とムイゼンバーグ氏の二人によるものですが、
主には、
ラマ氏が一つのアイディアに関して語り、
それをムイゼンバーグ氏が、西洋のビジネスマンの観点から、
(恐らくこの本の本来の対象である)西洋のビジネスマンに向けて、
解説をしているものです。

*****

基本的に、ラマさんは、
仏教の教えに基づき、
日本人には馴染みの深い教えを説いているので、
これを読んでいる自分も、それには、
「うんうん、そうだよね」と、すっと馴染めます。

しかし、その後のムイゼンバーグさんの解説は、
如何にも、
「そういえば、西洋文化の人には、
まずは、仏教の教え、東洋の教えとはどんなものかを、
根本的に解説していかないと、理解が難しいんだよな」
という感じが丸出しです。

そのムイゼンバーグさんによる解説を読んでいて思ったのは、
「やっぱり、儒教や仏教を元にして育った東洋の人間と、
キリスト教やユダヤ教などを元にして育った西洋の人間とでは、
根本的な価値観、またはモノの見方が、
根底から違うんだろうな」ということでした。


これは、個人の体験談となりますが、
自分が留学中、良く感じた事は、
アメリカ人やヨーロッパ人と話す時よりも、
台湾人や韓国人など、アジアの人たちと話す時の方が、
「そうそう、そうだよね」という、
考えの根本の部分が同じ事によって生じる、
「共感」たるものを、より多く感じることが多い、
ということでした。

それは、言語の問題ではありません。
なぜなら、留学中に話す人たちとは、
みんな、英語を使って話すから。

使う言語が例え同じでも、
根本の部分の価値観、考え方が違えば、
やはり、一番奥底の部分では、「違う」と感じるし、
使う言語が違っても、
根本の部分が似通ったものがあれば、
「似ている」と感じるものです。

(別に、アメリカ人やヨーロッパ人でも、
アジア人以上に分かり合える人もいるし、
その逆も然りですが。)

*****

そんなわけで、
この本を読んでいて感じたのは、
そんな、「違和感」でした。

例えていうなら、
ダライ・ラマが、仏教に基づく根本的な教えを、
シンプルに分かり易く、一つ語るのに対して、
その後にムイゼンバーグ氏が、
「ラマさんはこう言っているが、
これを分かり易い例えで表すと・・・」と言いながら、
ぶっちゃけ、その例え、
ちょっとずれてるよね?、
仏教の価値観が、根本から分かっていらっしゃらないよね、あなた?
的な感じが、否めませんでした。


よって、この本には、二つの世界、
「東洋」と「西洋」の価値観が、
相成れないまま存在することになり、
それが、「読み物」としての流れを断ち切り、
結果、
全く流れのない、読みにくい読み物にしか、
自分には映りませんでした。

*****

批判はともかく。

内容に至っては、
繰り返しとなりますが、
基本的に、ラマさんは、仏教の教えを語り、
それを西洋文化のビジネスリーダーに当てはめることも、
もちろん可能ですと、という話をしています。



それにしても、ムイゼンバーグさんの発言を読んでいると、
まるで、西洋のビジネスマンたちは、
みんながみんな、
自分の私欲しか考えていないんじゃないか、
という印象をもたらしました。

欧米(といっても主にアメリカ)の典型的なビジネスリーダーたち(要するに、大企業の社長たち)は、
自分の会社の社員たちの目から、
「決断力があるように見えること」
「自信があるように見えること」
しか考えていなく、社員の前でも、
一緒に悩んだり、話し合ったりして、
社員の声を引き上げて、一緒に会社作りをして行こう、
という考えは、「負け犬のすること」と捉え、
いかに傲慢で、偏屈で、
自分勝手になるかを、競っているかのようにしか見えません。

そして、自分の給与が、
他の企業のCEOよりも高いかどうかをチェックすることに、
心血を注ぐことも忘れずに。



そんな中で、ラマさんが、
「本来、企業の存在する意義とは、
世の中を幸せにすること(顧客、社員、株主、社会を幸せにすること)であり、
企業の存在意義が、
『同業他社の中で、一番の利益を獲得する存在となること』
などというのは、
人間が生きる意義を、
『呼吸をして、食事をすること』
と言っている様なもので、全く意味がありません。
企業が存在する理由は、
利益を追求する事は当たり前であり、
その行動を通して、企業は何を社会にもたらすかが、
重要なのです」

と説くのに対して、

ムイゼンバーグさんは、
「ラマさんが仰る様に、
社員の意見をきちんと聞くことで、
『この社長は判断力がない』と思われるのを恐れていはいけない」
などのように解説をしているので、
「欧米の社長たちって、そんな自分勝手な考えでいるんですか?」
と思ってしまう様な箇所が幾つかあった。

(これは、部分的な問題であって、
そう捉えるのは短絡的すぎると思いますが。)

*****

ちなみに、ラマさんが言っていました。

「仏教において、人間が持ち得る一番のものは、『自信』だ」と。

人間は、自信を持つ事で、
自分の存在意義をきちんと確かめる事ができ、
結果、より良い生活を送る事ができるのです。


そして、人間が生きる目的は、
「幸せになること」。


そんな、一番大事なことが、
語られています。

*****

ラマさんは言います。

「資本主義ビジネスの世界というと、
人々は、『資本主義=上の人間だけが良い思いをする』、
という発想になり、
『得をすればするほど勝ちで、他人は蹴落としてでも上に這い上がれ』
という考えで毎日を生きるのが大事、
という考えに陥り易いものですが、
本来は、『自由主義』とは、
自分たちが、自分たちの好きな方法で、
世の中をより良くしている、という考えに基づくものであり、
素晴らしいものなのです。

通常、仏教とビジネスの世界は、
相反すると取られがちですが、
そんなことはありません。

ビジネスの世界でも、
お互いがお互いの幸福を追求し、
本当に良い世界を作っていくことが、できるのです。
個人の考え方次第で。」

という事を言っています。

*****

願わくば、
この世の中の企業の上に立つ者が、
全員、そのような考えになることを祈って。

2012/2/24 19:28



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本 Review |  ビジネス書
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読んでいてとても気分の良くなる本でした。

この本は去年、電車の中で広告を良く見かけて、
常に気になっていました。
本屋でちらっと読んだ事もありますが、
全部を読んだ事はなく、
やっと今回読む事ができました。

まず、気になる題名の理由。

著者曰く、「長財布」である理由としては、

・長財布であれば、新札を入れた時に、お札を折り曲げなくて済む。
→お札が気持ちよく財布の中にいる事ができる。

ということ。
しかし、これは著者も言っていますが、
長財布を持つから良いとか、折り曲げ財布はだめ、とかじゃなくて、
要するに、
「お金に常に気をかけて、お金の出入りを自らコントロールするマインドが高くなることが、
結果、お金の支出に気をかけることになり、お金をきちんと貯めることができる」
という考えに基づくものです。



お金は、「収入」と「支出」の二つに大きく分けられます。

そして、この本では、
特に、「収入」の増やし方を説いている箇所はありません。

要するに、「支出」を如何にコントロールできるか、ということ。

お金の出入りをコントロールできるということは、
自分の人生をコントロールできていることであり、
自分の感情をコントロールできていることに繋がります。

結論として、
「自らの人生を、コントロールできるようになろう」
という趣旨の本です。

*****

彼はこの本の中で、面白い推測を披露しています。

多くの経営者の財布を見て来た結果、
「その人の持っている財布の値段×200倍」の数字が、
その人の年収とほぼ一致する、ということ。

これは彼の理論なので、
絶対とは言いきれないと思いますが、
これも、やはり高い財布を持つほど、
それを綺麗に使おうと思い、
その結果、中に入れるお金にも自然と気をかけるようになる、
という根拠に基づくのだと思います。

*****

また、彼は自分の父親の破産のおかげで、
かなり貧乏な生活を送る事になったそうですが、
その時に培った、毎日を前向きに生きる方法の一つで、
「妄想する」ことを例に挙げています。


例えば、一日にたった5分で良いから、
自分が心から「こうなったら良いなあ」と思える様な情景を思い浮かべ、
それに浸ること。「へへへ」と涎を垂らしながら。
(涎を垂らす部分は僕が勝手に付け加えました。)


人は、絶望的な境地に陥ったり、
お金がないが故に、自分の取れる選択肢が減ったりと、
そんな状況のとき、気分が塞がる傾向にあります。

しかし、そんなときだからこそ、
自分がこうなったら良いな、と思う情景を想像、妄想し、
それに浸ること。

すると、「思考は現実化する」「引き寄せの法則」
が働き、
結果、その妄想した内容が、
きちんと叶う訳なのです。

*****

彼はまた、
「お金がない時ほど、
お金を気にかけてあげ、
支出をきちんとチェックしたり、
今持っているお金を大事にしよう」と説きます。

お金がないときほど、
通帳の残高額をチェックしたりするのが億劫になります。
それは、自分の手持ちの金額が少ない、
というのを認めるのが嫌だから。

しかし、辛い時に手を差し伸べてくれる人を、
私たちがありがたがる様に、
お金に対しても、「人格がある」と信じて、
お金がないときほど、
そのお金に気をかけてあげると、
必ずお金は、そのことを覚えていてくれて、
また戻って来てくれる、と彼は説きます。

*****

上に挙げた、「お金には人格がある」というのも、
元々彼が、そう妄想をしたのがきっかけだそうです。

そんな風に、
自分が、信じられる範囲で、
「これはきっとこうなんだ」と心から信じられるものを持ち、
それを自分の心の中で思い続ける事で、
いつか、それが現実となることの重要性を、
彼は丁寧に説いています。

*****

そんなわけで、
正直、この本を読み終わるまでは、
「そんな、長財布でも折りたたみ財布でも変わんないんじゃないの」
と、題名だけを文字通り受け取り、
内心この本を疑って読み始めましたが、
(著者の方、ごめんなさい)
読んでみたら、
「なーるほど、そういうことを言いたかったのね」
と、納得できました。


"Never judge a book by its cover"ですね。

2012/2/24 12:31


追記:
それと、この本の中で挙げられていることで、
とても心に残っているのは、
例えば、

・お金を銀行からおろす日は、月に2回と決める。
(そうすれば、自分の財布の中身をチェックすることで、
2週間の間の自分のお金の使い方を常にチェックできるから。)

・お金をおろす時には、
「7万7000円」など、自分が記憶に残る数字でおろす。
(1万、3万、5万などの単位でおろすと、いつ自分がおろしたのか、覚えていられなくなるから。)

・小銭は、小銭入れに分けて入れ、お札入れとは必ず分ける。
(理由は二つ。一つは、小銭を財布に入れる事で、お財布がメタボになってしまうから。その結果、財布の形も崩れてしまう。
二つ目は、お札には新渡戸さんなどの顔が書かれているため、小銭に比べてより「人格」が宿っているので、お札と小銭の部屋を分ける事は、お札にとってより居心地の良い空間を作ることに繋がる、ということ。)

・ポイントカードなどは一切持たない。
(それらを持つ事は、それにお金の使い方を左右されることに繋がるからとのこと。彼はそんなわけで、ビデオレンタル屋のカードも、毎回新しく作って、その後は折り曲げて破棄し、またビデオを借りるたびに、作り直す、とのこと。すごい徹底振りですね。)

などなど。
これらのことは、去年にこの本を読んだ頃(去年の夏辺り)から、
ずーっと頭に残っていました。
それほどインパクトが強かったんですね。

*****

ちなみに「人格」に関して言えば、
自分は個人的に、モノには人格が宿ると思います。

例えば、アメリカ時代に乗っていたNISSANのセントラ君ですが、
彼にも人格があり、
「今日も頑張ってくれてありがとうね」
と声をかけて、オイルチェンジなどをしてあげると、
車も喜ぶものです。

要は、「モノを含め、すべてのものには人格がある」と信じて行動すると、
結果、
それに対する自分の姿勢にもけじめがつき、
手厚く扱う様になり、
結果、それが長持ちしたり、または幸運が廻って来る、
というものです。





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本 Review |  金融・会計・投資

February 23, 2012

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幻冬舎代表取締役社長の見城徹氏と、
サイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏の本。

読み終えての正直な感想。

言葉が悪いですが、
読んでいて、非常に胸くそ悪かった。

本としては、読み易いし、
「読みにくさ」というものは無いので、
1時間半くらいで読み終えることが出来る。

しかし、殆ど、
見城徹氏の自慢話。

俺は彼を知らないので、
ただの自慢話が好きなオッサンの話にしか聞こえない。

そして、藤田晋氏も、彼を敬愛しているらしいからか、
彼の言っている事に、賛成しかしていない。
(唯一自分の場合は意見が違う、と言っていたのは、
名刺に対する考えだった。)

俺は見城徹という人を、余り良く知らないので、
だから、こんなに読んでいて腹が立ったのかもしれないが、
何とも、読んでいて疲れる本だった。

*****

この人は、今まで自分流を通して、
仕事の結果を出して来たのだと思うし、
結果を出して来たという意味では、相当凄い人なのかもしれないが、
自分の考えを、相手にも、そして周りの全員にも強要するのは、良く無い。

オラオラ感があり過ぎで、
あなたがMBOにより上場廃止になったのも、
その人間性に何かしら原因があったのでは無いか?とまで思ってしまった。
(恐らくそれは無いと思いますが)

*****

と、批判ばかり書いても申し訳ないので、
本の内容に関して。

余り印象に残ることは無かったけれど、
唯一あるとすれば、
「名刺を切らしていた時には、
速達で手紙を添えて送る」とか、
「相手に何か約束をしたら、
それがどんなに小さな事でも、または相手が誰であろうと、
必ず守る」とか、
そういうところだと思う。

彼は、「そういう小さなところにも、ビジネスチャンスが隠れているから」
という理由で締めくくり、
どちらかというと、
「人間は誠実さが一番だ」という理由で上のことをするのでは無く、
「誠実さが故に、最終的にビジネスチャンスが回って来るから」
という理由で、上のことをやっているように書いてあったので、
それが本当の理由だとしたら、ちょっと引いてしまうが、
それでも、仕事をする上での、
そうした「徹底振り」は、見事だなと思った。

他には、「貸し借り」のことなど。
仕事をする上で、相手に対して「貸し」「借り」のバロメーターを持ち、
相手への「貸し」が100になったところで、
やっと、自分が1の「借り」を作れること、など。

(その話は良かったが、
その例として、郷ひろみの『ダディ』出版の話が出て来て、
結局、郷ひろみとの当時10年来の友情も、
あなたは最終的にはビジネスチャンスを狙っていたのかよ、
といった感が否めなかった。
そういう訳ではないかもしれないけれど。)


諄くなるが、
俺は彼のことを良く知らないので、
このたった一冊の薄い本でどうこう言うのは良く無いと思うが、
それにしても、
この本を文字通り表面的に読んでしまうと、
結局、彼は自分のビジネスチャンスにしか興味が無く、
結局は、「自分のことしか可愛く無いんかなあ」と思ってしまう。

もしくは、本当はそういう人ではなくて、
敢えてこの本では、
読者に、例えそれがネガティブな印象であろうが、
この、「見城徹」という人間の強烈な印象を残す事で、
その後、読者が更に、
「こんな人間が社長をしている幻冬舎の本、
もうちょっとチェックしたろか」みたいに、
ビジネスチャンスに結びつけてはくれまいか、
と、
「天使の様にしたたかに、悪魔のように繊細に」計算して、
「良薬ではなく、劇薬を投じて」、最終的に良い結果を自分にもたらそうとしているだけなのかもしれませんが。
(皮肉ですみません。)

*****

それと、もう一つ言わせてもらえば、
本のカバーが悪い。

二人の写真が、暗い背景の中、
下から光がたかれて撮影されているので、
まるでホラー映画のような映りになっている。

藤田氏の顔色が悪すぎる。

見城氏の私服の趣味が悪すぎる。(あのベルトのバックルは何なんですか。)

そして、題名の「憂鬱でなければ、仕事じゃない」だが、
どちらかというと、
その言葉の意味を読む限りは、
「憂鬱」よりは、「不安」という文字の方が、
本来の意味が通る気がする。

この言葉を、藤田氏が見城氏に聞いて、
ツイッターに載っけたところ、
多くの人が、それにリスポンスしたらしいが、
その人たちは、
恐らく、違う意味で捉えて乗って来た人も多いんじゃないだろうか。

見城氏本人は、
この本の後書きで、
「自分の言葉ながら、中々上手い事を言っている」
と自画自賛していたが、
この言葉に引き付けられる人がいるとしたら、
それは、今の世の中、
仕事が辛くて、ストレスが溜まり、
心が相当病んでいる人が、
「おお、”憂鬱”という文字、
そうだよね、そうだよね」と賛同してこの本を手に取り、
中を開けてみた途端、
見城氏が、
「お前ら、仕事ってものは、
憂鬱な中、自分の血が最後まで流されるまで、
突き進むものなんだ」と、
自分の自慢をひたすらして、
それを次のページで、藤田氏が、
「僕もそう思います」的に賛同しているだけ。

そんな現実に、
面食らう人が多いんじゃないだろうか、
と思ってしまった。

*****

という、
非常に読んでいて、
胸くそ悪くなる本でした。

会った事もない方々の批判ばかりですみませんが、
これが正直な感想です。

2012/2/23 23:11



追記:
しつこいですが、
この本の前書きで、藤田氏は、
「この本は、僕にとってバイブル的な存在になるのは間違いない」
と言っていましたが、
本当だろうか。

この本のデザインが個人的に嫌いなだけかも知れないが、
毎回毎回、見城氏と藤田氏の顔が、
彼らのコラム毎に出てくるのが、ウザくて仕方がない。

見城氏を尊敬している藤田氏には良いのかもしれないが、
自分の顔が、切り抜きで毎回ページに出て来る本を、
本当にバイブルとして、手元に一生置いておけるのだろうか。

*****

はい、口が悪くて失礼致しました。








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本 Review |  ビジネス書
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池上さんによるシリーズの二作目です。
2011年の3月に刊行されました。
一作目は去年の終わり頃に読みましたが、
タイミングを逃して、レビューを書いていませんでした。

*****

以下は、アマゾンからのこの本の内容紹介より抜粋:

●「2012年問題」とは何か? 大国の指導者が総入れ替えも!
●超大国アメリカの憂鬱
●2010年代のキープレイヤーたち
 中国、インド、ブラジル、ロシア
●ボーダーレスな世界が抱える問題点
●「民族」「宗教」「資源」が世界の火種を生む
●政権交代はしたものの〜日本の抱える問題点〜
 日本の財政は大丈夫か?/TPP/領土問題/
●日本はどう進めばいいのか?


*****

「2時間で分かる」と銘打っていますが、
僕は大分無知識のところが大きかったので、
一々新しい言葉や気になる言葉が出て来ては、
「ほうほう」と調べながら読んでいたので、
2時間以上かかりました。

しかし、彼の解説は分かり易いですね。
今まで良く分かっていなかった、
オバマ政権に変わってからのアメリカでの問題や、
北朝鮮、中国、ロシアが抱える問題、
日本の政権が抱える問題、
そして、2012年問題など、
「俺って今まで全然分かっていなかったんだなあ」
と思うと同時に、
世の中の動きがスッキリと分かり、
何か、頭の中が整理された感じでした。
「なるほど、こういうことだったのか!!」と。

*****

彼が言う様に、
世の中の動きというものは、複雑そうに見えても、
実は凄くシンプルで、
要はそれを知ろうとするかどうか、ですね。

そして、一度自分で勉強をしたり、
調べて詳しくなったら、
それをこうして何処かに書いてみたり、
または、誰かに説明しようとしてみることで、
如何に自分が、まだまだ理解出来ていないかを、
客観的に知る事が出来ます。

*****

まだまだ自分は、
世の中の問題、経済、歴史などに疎いので、
日々勉強して行こうと思います。

2012/2/23 19:01



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本 Review |  社会・政治

February 22, 2012

ref=dp_image_0

この人の本は面白いですね。
発想が一般の人の考えからブッ飛んでいて、
「そこ」の考えを当たり前の様に、
分かり易く説いてくれるので、
読んでいて非常に目を見開かされます。


今回のこの本は、
題名の通り、
自分の中に眠る”本当の力”を呼び起こす為に、
彼が書き起こした10個のメッセージについて、
解説が詳しく書かれている、というものです。

*****

読んでいて面白かったのは、
まずは、彼が「この世の中」=「資本主義」の社会を、
徹底的に批判している、ということ。

まず最初に、上に挙げた”本当の力”ですが、
この世の中に生きる私たちは、
その”本当の力”を、
”バイオパワー”たるものに抑制されて生きている、と。

(”バイオパワー”とは、
現在の資本主義を永遠に維持し、
その中での利益を最大限に獲得したい為に、
人々を資本主義に順応させ、
何疑う事なく、資本主義の為に奉仕する奴隷集団を作り出したい、
という勢力が存在する中で、
その勢力に仕掛けられた権力のこと。)


そして、よくある成功本の中などで書かれている、
「出世街道をひた走って、社長になりたい」
「マネーゲームの達人になって、大金持ちになりたい」
「ビジネスで成功して”勝ち組”と呼ばれたい」
などの目標は、
全て、資本主義社会を牛耳る人間たちにより与えられた、
「競争は素晴らしいもの」
という観念によって、思考を固められた上での考えの中でしか派生しない、
思い切り洗脳された「奴隷の夢」であるとスパッと言いきっています。
そういうところが、心地いいですね。


彼は、そんな「奴隷の夢」でも良いから、
まずは何かしら、自分が今持てる「目標」を取りあえず持つ事を薦めます。
それにより、その目標に辿り着こうと脳が動く中で、
「この目標は究極的なものじゃない」
「自分が求めるものはもっと違うことだ」
と、どんどんと脳が、本来の自分の真の目的に近づいて行くから、
良いのです、と説明します。

*****

また、もう一つ面白かったのは、
「現在の結果が、過去である」様に、
「未来の結果が、現在である」為に、
時間は、
「未来」→「現在」→「過去」へと流れて行くものだ、と。

最初は読んでいて、「へ?」となったのですが、
要するに、「現在」の結果が、人間の「過去」となることから、
同じ様に、「未来」の結果が、人間の「現在」となる、と。

よって、今、何をすれば、未来にどうなる、
とかでは無くて、
未来から流れてくるものは、決まっていて、
現在でその流れてきたボールをキャッチするかどうか、だと。

過去が現在の原因にはなり得ない様に、
現在が未来の原因にはなり得ない、と。

よって、自分が掲げた状態に近づく為には、
まず、「未来」でそうなっている自分を思い描き、
その結果、「現在」の自分が、その幸せな状態にいることを、
リアルに感じろ、と。

「思い通りの未来は実現している」
という意識状態がつくれたときに初めて、
自分がいま現在なすべきことが明確に分かる、と。

*****

これは、「幸せになりたい」と願うのでは無くて、
「自分は今幸せだ」と思い、本当に幸せに感じることと同じ原理です。

(「幸せになりたい」と願うのは、つまり、
「今は幸せじゃない」と言っているのと同じ事になる。
よって、
「今の自分は十分幸せだ」と思うことで、
今の自分が、幸せになる、ということ。)

これで、人間のホメオスタシス(サーモスタット機能)が動いて、
「自分が心から理想として、心地よいと思う自分」と、
「今の現在の自分」の間のギャップを脳が感じ、
すぐに、その溝を埋めようとする、と。

(この辺は、彼も他の本でもよく話していますね。)

*****

後は、「仮想の自分」を捨てろ、ということ。

「もしも一流大学を出ていたら」
「もしも大企業に就職していたら」
「もしも別の道を歩んでいたら」
などの考え。

人間は、全ての瞬間に置いて、
自分がベストと思える選択をしているものであり、
その人間にとって、今がベストであることから、
まず、そもそも「失敗」というものは存在しない、と。

そして同時に、
上の考えに基づき、今の人生がベストの状態であるのだから、
その上で、
「もしもこうしていたら」と考えるのは、
それで既に、バカだと。

一流大学に行かなかったのは、その時に行きたくなかったからであり、
大企業に就職しなかったのは、その時点でそこに就職したくなかったからであり、
別の道を歩まなかったのは、その時点で今の道を歩みたかったからだ、と。

そこに余計なパワーを使うのは、愚の骨頂なので、
一刻も早く辞めなさい、と。

それも、確かにそうだよなと感心した。

*****

それと最後に、すごく大事だなと思ったのは、
「普段から、『思考の抽象度』を上げることを心がける」
ということ。

「抽象度」とは簡単に現すと、
「物事をどのくらい高く広い視野で見るか」
ということ。


普段、視野を狭く生きて、
自分の生活の目の前にしか起きないことばかりしか見ていないと、
抽象度が低いばかりに、
自分の興味のあるものしか見れず、
大事な他の点に、気がつかない、と。

こうして、自分が興味のあることしか見えない、
脳の「盲点」を、スコトーマと呼びます。

しかし、抽象度を上げて行く事で、
例えば、会社の中を例えで出すなら、
平社員であろうと、社長、または取締役の抽象度を持つ事で、
その位置にいる人間しか見えないものが見えて来る。

そのように、自分の生活の中で、
常に抽象度を上げるように心がけ、
物事を高く広い視点から見る様に心がける事で、
「世界が立体的に見えてくる」と。



例えば、周囲にある物を見て、
それらが過去に向かってどんな”縁起”を形成してきたのか、
その歴史ーーーつまり、その物がどういう経緯でここにやってきたかを、
想像してみる。

あるいは、過去に経験した出来事を思い出し、
その時に自分が抱いた感情を引っ張り出してみる。


そうすることで、
「自分の周囲の物や過去の出来事をすべて、
”縁起”が張り巡らされた情報宇宙として感知できる」
ようになる、と。

その結果、「情報の断片から全体を見晴らす」ことが出来る様になります。

つまり、
「点から球を見る」ってやつです。

(ちなみに上に2回出て来た”縁起”とは、
釈迦の言うところの、
「宇宙空間に広げた座標軸に描かれた、いくつのも点によるネットワーク」のことです。)

*****


ちなみにここで話はずれますが、
その昔、俺がCOSで勉強していた頃、
一緒の時期に留学していたジョージさん。
彼は、俺の4つ上で、
俺に取っては当時貴重な日本人の先輩だった。

ある日彼が、俺に言っていた。

「最近良く思うのは、
この世の中で会う人間っていうのは、
必ず、何かの縁があって出会っているんだろうな、ってことなんだよね。

イメージで言うと、
自分が宇宙の中に浮かぶ一つの星で、
その周りを、多くの惑星が、回っている様な。

その中で、凄く親しくなる人は、
その星が、自分に凄く近いところを回る様になっているからであるし、
例えば、
このWeedの小さな町で出会う、ただのおばちゃんも、
その”おばちゃん”っていう星が、
俺の星に急接近して、軌道が一時的に近くなったってことなのかも、とさ。

そのおばちゃんも、俺にとっては全く関係ないように見えるけど、
俺の人生の中では、
そのおばちゃんの星が、俺という星に、
人生のこの時期に、急接近するって、
決まってたのかも、って思うんだよね」と。

そんなことを言っていました。

*****

話を元に戻します。

そんなわけで、
苫米地氏の本は、
いつも、「それはちょっと言い過ぎじゃん」と思いつつも、
中々ズバッと、
この世の中の「常識」とやらを切り捨てて、
ちょっとブッ飛んだ視点から、
物事を説いてくれるので、
非常に面白いのです。

2012/2/22 22:18




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本 Review |  苫米地英人
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さっきNHKのクローズアップ現代で、スピルバーグの特集をやっていた。

いつもの解説者の女性(国谷 裕子氏)が、
スピルバーグに会いにLAまで行き、
そこでインタビューをしたものだった。

彼は現在65歳だが、目を輝かせて語っていた。
「今でも私は、『未知との遭遇』の少年の様に、
目を輝かせて、毎朝起きるのです」と。


そんな中で、彼が言っていたことが印象的だった。

「世の中のアーティストやミュージシャンなど、
多くの方が経験していることだと思いますが、
何かモノを作るとき、
それを制作者が、頭から全て理解をしていると、
大抵作品は、つまらないものになってしまうのです。

制作者は、自分の体験した不安や、恐怖、
自分の心の中の迷いなどを、
そのまま正直になって作品に出す事で、
結果として、観客の胸を打つものができあがるのです。

制作者が頭で理解をしようと思ったり、
自分に正直にならずに、頭で物事を作ってしまうと、
結果として、その作品を観ている方も、
『これは、つまらないな』
『きっと制作者自身が、これを頭から信じていないんだろう』
と感じてしまうのです。

よって、モノを作る人は、
自分の心に正直になって、
自分のそういった思いを、正直に出す事が、
モノを作るにおいては大事なのです」と。

(注意:細かい表現や意味はちょっと変わっているかもしれません)

******

これに関しては、
以前村上春樹さんと河合隼雄さんの対談を読んだ際に、
河合さんが、
「アートというのは、
制作者がそれを全て理解できていなくて当たり前。
むしろ、制作者がアタマで理解をしようとすると、
逆にその作品は勢いを失ってしまい、
本物じゃなくなってしまう」と言っていたのを思い出しました。

正に、最近、
村上さんの本を読んだり、河合さんとの対談を読んだりして、
考えていたことを、
スピルバーグ氏も言っていたので、
「ほおお〜」と身を乗り出してしまいました。

******

いつまでも若々しいスピルバーグ。

上の、「自分の心に正直になる」に対して、
国谷氏が、
「正直になるということに対して、作品を作る上でどのように考えられますか」
との問いに対して、
彼はこう言っていました。

「自分は小さい頃、シャイな人間でした。
周りの人にどう思われているかとか、
そう言った事を気にし出した頃、
自分のことを客観的に考える様になったのです。
女性にもモテませんでしたしね。
日本語で、何でしたっけ?
・・・・そうそう、『オタク』です。
I was very "Otaku".
でも、だからといって、
自分のようなシャイな人間の映画を作る訳ではありません。
その頃に考えていた、自分の中のスーパーヒーロー像があったのです。
例えば、インディアナジョーンズの様な。
自分では決してなれないけれども、
でも、こんな風になれたら良いな、と思える様なスーパーヒーロー。
それを、私は作品を通して、
自分の作品に正直に現して行ったのです」と。

*****

とても良いインタビューでした。
元気をもらいました。

2012/2/22 20:11


追記:
ちなみに全く関係ないけれど、
スピルバーグ氏は、僕の先輩に当たります。
CSU Long Beach卒業です。

先日受けた面接の際に、
たまたま面接官だった方が、
「私の娘もアナタと同じ学校を卒業していまして、
娘の卒業式に参加をした際に、
丁度スピルバーグも、卒業式に参加をしていたんですよ」
と仰っていました。
(その卒業式の時の写真が、一番上のものです。)


それから、
この番組のメインキャスターの、
国谷 裕子(くにや ひろこ)氏は凄いですね。
流暢な英語でインタビューをこなして、
スピルバーグ氏にも英語できちんとインタビューをして、
それを自分で後で吹き替えています。
(英語がアメリカ発音なので、調べてみたら、幼少期を日本以外に、アメリカ(ニューヨーク、サンフランシスコ)及び香港で過ごされていたようですね。)

頭も良いし、綺麗だし、
あんな女性は、カッコいいですね。
俺もあの人を見るたびに、
もっと頑張ろうと思います。

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TV Review | News Review
Extremely_loud_and_incredibly_close_film_poster

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』。
先日2月19日に彼女と観て来ました。

この映画を観た映画館は、俺たちにとってかなりの穴場で、
前回は“New Year's Eve”をここで観ました。
日曜日の午後3時の回にも関わらず、
広い劇場には、俺たちを含めて6人しかお客さんがいませんでした。
(俺たちと同じ、一番後ろの列の、一番左側の席に一人で来ていたおじいさんは、
丁寧に靴を脱いで、正座をしながらこの映画を観ていました。)

*****

何とも悲しい映画でした。
今回も、この映画に関して、全く調べずに観に行きました。
主演はトム・ハンクスとサンドラ・ブロック、そして無名の少年、トーマス・ホーン。

(僕はサンドラブロックの大ファンです。
前回、彼女主演の"The Blind Side"を観た際には、
彼女とそのトレイラーを何回も観て、
モノマネをしていました。
ちなみにブロックの発音は、
正式にはブルロックみたいな感じです。
Bull+LockでBullock.)

*****

映画の途中、彼女は横でボロボロ泣いていました。
僕に至っては、
少年の悲しい気持ちは分かりますが、
どうも自分の身に置き換えて強く共感することができず、
涙を流すには至りませんでした。

映画が終わった後、
「泣いた?」と聞かれたので、
「泣かなかったよ」と言ったら、思いっきり驚かれました。

*****

題名の『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』ですが、
少年がNYの町で会ったブラックさんたちの事を記したノートの題名に、
こう記してあったものです。


恐らく、彼ら(ブラックさんたち)が、
色々と話すことを持っているので、『うるさく』、
かつ、自分と境遇や心境が似ている、ということから、
『ありえないほど近い』、という事なのかも知れませんが、

同時に、
この主人公の少年自体のことをさしているのかもね、と。
これは彼女の意見です。
(彼は一気にまくしたてて話す傾向があり、
かつ、この話を観ている観客である私たちにも、
同じ様に近いものが必ずある、と。)

*****

何とも、繊細で、
複雑な少年の心境を描いた映画です。

感想を書こうと思いつつも、
うまく書けずに、観終わってから3日が経ちました。
今の時点でも、うまく感想を書けません。

興味のある方は、直接映画を観て、
自ら、その「何か」を感じることをお勧め致します。

2012/2/22 16:55




ちなみに主人公のおじいちゃんがカッコいい人でした。

マックス・フォン・シドー(Max von Sydow)、
スウェーデンの俳優らしいです。

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若かりし頃の彼
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それと、映画の途中で、
トム・ハンクスと息子が、
二人で、「二つの意味が正反対の言葉を連ねた言い回し」
をお互いに一生懸命言い合っているシーンが、面白く、泣けました。
(涙は流してないけど)

*****

さっき、うちの母親と姉が外に散歩に行った際に、
俺は留守番をしながら、姪の世話をしていたのですが、
姪がおぎゃーと泣くので、「大丈夫だよ」と言いながらあやして、
抱っこをして、音楽に合わせて縦に揺すってあげていました。

姪は一生懸命窓の外の景色を見ていて、
少ししたら落ち着いたので、
そのままベッドに寝かせて、頭を撫でてあげていたら、
そのまますっと寝てしまいました。

その様子を見ながら、
こんなに可愛い子を、
小さな頃から、一生懸命大事に育てていて、
その子供が10歳に行くか行かないかの頃に、
自分が何かの大事故でいなくなってしまったら、

そして、その子供は、
自分にすごくなついていたら、
相当、その子は、
ショックを受けて、悲しむんだろうなと、

そう思ったら、とても悲しくなってしまいました。







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映画 Review 
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遂に読み終わりました。第3部。

この部は、読むのにちょっと時間がかかりました。

まずは、
『1Q84』で登場していた牛河が、
ここで既に登場していたことにビックリ。

ここに出て来る牛河は、
『1Q84』に出て来る牛河とは同一人物じゃないのかもしれませんが、
既にこんな前に、この人物は存在していたんですね。
オラちっとも知らなんだ。

*****

そして、この部では、
赤坂ナツメグや赤坂シナモンが登場したり、
綿谷ノボルが酷い目に会ったり、
「僕」は、クミコを取り返す為に、
井戸の中から、あの怪しい部屋へと再度飛んで行ったりと、
中々、色々な要素が絡み合った部でした。

「僕」が部屋の中、及びホテルのロビーまでの間で経験する物語は、
どこまでも超現実主義であり、

間宮中尉が手紙で語る過去のシベリアでの世界は、
どこまでも血なまぐさく、

赤坂ナツメグ、及び赤坂シナモンがそれぞれ「僕」に語る、
動物園の話、及び獣医の話は、
どこまでも遠い日の様で、

そして、笠原メイが手紙から「僕」に語るカツラ工場の日々は、
どこまでも純粋で、しかし何か痛々しいものを含んでいて、


何とも、読んでいて、
パワーを使う部でした。

******

四年前に一部だけを読んだこの物語ですが、
まさか、二部、三部と続くに従って、
こんな風に展開されて行くとは思いもしませんでした。


最後の方は、その流れに完全にハマって、
あっという間に読み進めてしまいました。
特に、「僕」が、井戸の中から、
再度あの部屋の中へと移動して、
そこで進んで行く物語の描写は、
「見事」としか言いようがありません。




村上さんは、これらの物語を、
頭の中で体験して、文字に起こしているのだと思いますが、
とにかく、凄い人ですね。
彼の頭の中は、一体どうなっているんでしょうか。

*****

というわけで、最近村上春樹ワールドにドップリ浸かりすぎて、
かなり心の奥深くの井戸を掘り下げてしまった感があるので、
しばらくの間は外の光を浴びに、
彼の世界からは離れようと思います。

2012/2/22 15:57




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本 Review |  村上春樹

February 21, 2012

20100903_275213

かなり面白い本でした。
苫米地氏が2010年9月に出したものです。

彼は毎回、私たちは世の中の「常識」に洗脳されている、
と説いていますが、
今回も、読んでいて、
「ええ??」と思う様なことが沢山書いてありました。

手始めは、携帯電話の電磁波の脳に対する影響から始まり、
学校教育内の差別、儒教に対する考え、
日本のマスコミの存在、大手四新聞社の存在意義の無さ、
二酸化炭素減出の動きの事実、地球温暖化の問題の真相、
既に騒がれなくなったフロンガスの実態、
運動をすると健康になるという考えに対する事実、
「有機野菜」の危険性、
日本のデフレの実態、
そして最後は、国際法上、日本は独立をしておらず、
アメリカの属国である、という事実など・・・


彼は毎回、事実をストレートに言うので、
最初は、自分が知っている範囲内、
または、自分が素直に頷ける範囲内であれば、
「そうそう」と笑いながら読んで行けますが、
段々と内容が深くなって行くと、
もう、ただその内容のブッ飛びさに笑いながら、
読み進めるしかありません。

*****

恐らく彼がここに書いてあることは、全て事実であると思います。
ただ、その内容が余りにも婉曲されずにストレートに語られているので、
この本の内容、または、彼の著作に、
嫌悪感を示す人も、少なからずいるとは思います。
(自分は好きですが。)


ちなみに上に挙げた、「日本はアメリカ合衆国の属国である」という根拠は、
サンフランシスコ講和条約に基づくものとのことです。
日本語訳の内容が、実際の内容とは異なっており、
正文であるのは、英語、フランス語、スペイン語だけであるので、
世界の外交官にとって、「日本は独立をしていない」と捉えられているのは常識だとのこと。

よって、日本の外交はアメリカを通さないといけないし、
元々日本には、戦争を起こす権利さえも無い、と。
(よって、憲法第九条の書き換えに対する論争自体、意味を成さないと。)

そして極端に言うと、
日本はアメリカ人の為に働き、
アメリカ人は、一部のヨーロッパ人の為に働いている、と。

(アメリカ人は、ドルを刷ってもらう為の金利を払う為に働いている、とのこと。
主要株主がヨーロッパ人である連邦準備銀行(モルガン銀行やシティ銀行など)に、ドルを刷る権利が与えられる様になった1913年のクリスマスがそもそもの始まりだ、と説明がされている。)

(一度、アメリカ政府が連邦準備銀行に逆らい、財務省ドルを刷ったことが一度だけある。
それが、ジョン・F・ケネディの時だが、彼はその後、一撃で暗殺されてしまった、と。)

*****

他にも、今日本で騒がれている二酸化炭素排出問題に関しても、
実際には、二酸化炭素が増えていることには全く問題はなく、
(また、二酸化炭素自体も、そこまで増えてはいない)
酸素が減っていること自体が問題なので、
酸素を増やす為の活動を行った方が良い、と。

政府を始めとして、マスコミ、企業が二酸化炭素減出のことをしきりに騒いでいるのも、
全てはビジネスに繋がるだけだからとのこと。
例えばフロンガス問題に関しては、確実にオゾン層を破壊していくものの、既にそれを止める術が無いし、それはビジネスには結びつかないから、騒がれなくなっただけ、とのこと。

*****

また、人々の生活が、「物理空間」から「情報空間」へと、よりシフトチェンジしていることに関しては、
今後、人類は遺伝子の情報を書き換える技術を伸ばし、
人間の寿命が延びていくことに付随し、
いずれは脳の神経細胞をも、人口細胞に少しづつ移し替える技術が発達することで、
脳の寿命が200歳の状態から、寿命が無い状態まで変わって行くと。
その結果、最終的には人間は不老不死になって行く、とまで言っています。

ここの章では、いずれは全ての人類が不老不死になった場合、
必ずや食料不足が起こるので、
特権を与えられた人間のみが、物理的な身体を持て、
他の人間は、情報的な身体しか持てなくなるということまで言っています。
(情報的な脳だけ生かしておくには、電気エネルギーだけで済むので、それならば一兆人くらいの存続まで可能、という考えにより、一部の人間のみが、物理的な身体を持つ権限を与えられる、と。)


そして最後の結びとして、
「今生きている皆さんは、(自分の身体がある=物理的な身体を持って生きていられているので、)何とも恵まれた時代に生まれたことでしょうか。」と閉じている。
ここは読んでいて、余りにもブッ飛んでいるので、思わず笑ってしまった。

*****

彼は要するに、この本を通して、
「世の中に溢れている情報は、大概が嘘ですから、
きちんと自分の頭で考えて、しっかりと確かめてから、納得する様にしなさい。
自分のアタマで考えなさい

ということを言いたいのです。


俺も、この本の中に書かれていることが、本当に事実なのかどうかも、
逆の視点からきちんと検証する必要がありますが、
それにしても、面白い本でした。

2012/2/21 22:02




追記:
この本の中には、
世の中では「常識」として流されてはいるけれど、
実際に良く考えてみると、理にかなっていない「常識」が、
多々挙げられます。

例えば、少子化が、年金問題に関わる、
という論点。
まず、「少子化」という点だけを見てみると、
これから世界の人口は増えて行く一方で、
確実に食料が不足になってくるのだから、
むしろ少子化は喜ぶべきだ、ということ。

そして、少子化することで、年金を払う若者が減るから、
年金をもらえない人が出て来てしまう、
よって、少子化は問題だし、税金もその為に挙げなければならない、
と政府は説くが、
そもそも元々の問題は、
年金として集めていた税金を、国の役人が勝手に懐に入れたり、
または投資に失敗して無くしただけであり、
それを国民のせいにして、国民から更にお金を引き出そうとしているだけだ、と。

「少子化」という問題は、
元々は「日本の人口が減って来ている」という問題だけなのに、
それがいつの間にか、「お金」の問題にすり替わっている、と。
その時点で、国が自分の都合の良い様に情報を操り、
それに踊らされたマスコミが、
国に都合の良い様にニュースを報道して、
国民の意識を、
「少子化」=「悪いもの」=「年金がもらえなくなる」
と、変に曲がった状態で考える、「常識」が、
いつの間にか出来ているだけだ、と。

*****

上のことも踏まえて、彼は言っています。

「基本的に、国から改めて流される『統計』などの情報は、
全て疑ってかかりなさい」と。
何故なら、もしも本当の真実であるのならば、
一々統計として発表せずとも、
自然と世の中には広まるものであり、
それを敢えて、そういう形を取って情報を流すこと自体、
国が、自分たちの都合の良い様に、
国民のマインドを操作しようとしているだけに過ぎない、と。


確かに、マスコミは本来、
国の動きをきちんと批判して、
意識を正す為の存在でありながら、
そのマスコミが結局は、国に踊らされていることからも、
問題は非常に大きいなと思います。

*****

また、税金の引き上げに関して、
国は、「国の借金が余りにも多いために、
税金を引き上げて、それを返す」と言っていますが、
日本国が抱えている借金の殆どは、
国民に対しての借金であり、ギリシャなどの様に
他の国に対して作った借金とは全く違う、と。

よって、今税金を上げて、借金を返そうということは、
「国民に対して借りているお金を返せないので」、
「税金を上げて、国民から徴収するお金の量を増やし」、
「それによって得たお金で、国民にお金を返す」
と言っているのと同じです、と。
それは何かおかしくありませんか?と。

*****

とにかく、国の報道するニュース、
新聞、テレビの報道内容、
全ては、きちんとそれが事実なのかどうか、
きちんと自分の頭で考えてることが重要です、
ということです。

2012/2/22 14:41





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本 Review |  苫米地英人
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開成中学・高等学校の社会科教諭が編集したものです。
中身は分かり易く、見開き二ページで一つのテーマが分かる様になっています。
また、たまに小さなマンガも入るので、中々分かり易いです。

世界史の大きな流れを理解するには、良い本であると思います。
(全部で三部ありますが、自分は2部と3部しか見ていません。)

*****

ちなみにこれは余談ですが、
俺が高校一年の頃に世界史を勉強した時は、
全くと言っていいほど、頭に入らなかった。
その理由は今でも、教師の教え方が悪かったからであると思っている。
(ちなみに彼は俺の担任で、性格はとてもいい人だった。俺が英語を好きだったので、ホームステイのプログラムを薦めてくれたのも確か彼である。感謝。)

・・・と上には書きましたが、
多分、俺は学生時代は、歴史に本当に興味が無かったんでしょう。
中学の時の日本史の授業も、
どう頑張っても、絶対に寝ちゃったし、
高校の世界史も、どう頑張っても、
やっぱり寝てしまった。
授業を一時間通して起きていたことは殆どなかったと思う。

それくらい、歴史を勉強して来なかったので、
一般常識と言われる歴史を知らないで今まで来てしまった。
それを早く取り返さないと、肝心な場で、話が通じなくなってしまうので、きちんと勉強する必要があります。

2012/2/21 22:27



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本 Review |  歴史・地理

February 18, 2012

*以下、番組HPより*

番組内容:
社会にはお金で買えないものがあると考えられてきた。しかし今や、お金という物差しが幅を利かせている。サンデル教授が、著名人、若者たちとお金という価値観を議論する。

詳細:
「世の中にはお金で買えないものがある」。今まではそう考えられてきたが、今やお金さえ出せば、ほとんどのものが手に入る時代だ。例えば、インド人女性による妊娠代行サービス。7000ドル払えば、依頼人夫婦の子どもを産んでくれる。アメリカでは、成績優秀の子どもや先生には賞金を与えるという試みが始まっている。ハーバード大学マイケル・サンデル教授が、著名人・若者たちとお金という価値観について白熱の議論を行う。



**********


面白かったです。
大学の授業を受けているみたいでした。


1時間15分の中で、色々な事が話し合われましたが、
最終的なサンデル教授からのメッセージは、

『「資本主義」=「お金が多いほど、幸せの度合いも上がる」という基準で発展して来た世界だが、
それを見直す時が来ている』

というものでした。

ある程度の段階や、範囲までは、
物事をお金によって手に入れることができ、
それが、人々の「幸せ」に繋がりますが、

ある段階から、
また、ある範囲以上の物事に関しては、
お金では得られないものが存在します。


お金の本来の目的は、「信頼」であり、
それを持っていることによって、
自分の必要とするものと、いつでも換える事ができる、
というのが、お金の存在意義です。


しかし、それを忘れ、
「お金」=「全て」、
「お金」=「幸せ」、
「お金」=「何でも望むものは手に入る」、
「お金」=「手に入れられないものはない」

と考えがエスカレートして行くと、
次第に、人々は、
「人間として何が正しいか」というものを無視し、
どんな問題でも、お金で解決ができる、
という前提のもと、
物事を考え、行う様になって来ます。


それが、行き過ぎた資本主義の先に待つものであり、
今日番組で紹介されたような、
目の前で家が燃えているのに、
年会費を払い忘れたという理由で、
それを平気で消防士が見過ごす様なケースが出て来るのです。

*****

この番組を見ていて、
先日読んだ「サブプライム後の新世界経済~10年先を読む「経済予測力」の磨き方」を思い出しました。

この本の中でも、
「サブプライムローン破綻の後のリーマンショック等で、
資本主義の根底を見直す必要が出て来た。
今後は、その国の人間がどれだけ幸せなのか、
という基準で物事を測って行く必要があるのかもしれない」
と言っていましたが、

今日のサンデル教授も、
「2008年のリーマンショック、
及び、2011年の東日本大震災の影響で、
私たちは今、
資本主義が絶対、という価値観を考え直すところに来ているのかもしれない」
と言っていました。


*****


自分にとっての幸せとは、何なのか。

自分を取り巻くお金とは、何で、
そのお金を用いて、自分はどのような人生を送りたいのか。

そこを常にきちんと考えることが大事、ということです。

2012/2/18 22:45



追記:
番組を見ていて一つ疑問だったのは、
何故か、東大の学生たちが英語で話す時には、
日本語字幕がついて、声はそのままなのに、
中国やアメリカの学生が話す時には、
吹き替えになっているということ。

あれは、どうしてなのでしょうか。

最初は、
「日本の東大の学生たちも、
こうして英語で発言ができるんですよ」
ということを、無言で主張をしているのかと思いましたが、
実際、東大の学生たちの英語を聞いてみると、
メガネをかけた一人の学生を除いては、
皆、帰国子女みたいな感じでしたね。
(メガネの彼の発音は、バリバリ日本語訛りだったので、
きっと彼は、すごく勉強したのでしょう。)

あそこが謎です。
もしも字幕にするなら、
サンデル教授の発言も、
中国、アメリカの学生の発言も、
全て字幕にした方が良いと思うし、
そうでなければ、
日本の学生の発言も、
吹き替えにして良いと思うのですが。

*****

それと、全然関係ないけれど、
東大の女の子の一人がとても可愛かった。

以上、エロ親父の感想でした。

(サンデル教授の後退した額を見ながら、
「俺もいずれ、ああなって行くんだな」と、
自分の生え際を必死に触りながら見ていたという悲しき事実。)




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TV Review 
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タイトルからして胡散臭いですが、
先日、行きつけの横浜の美容師の方が、
「この人の本は面白いですよ」と言っていたので、
それからずっと気になっていて、
やっと読んでみました。


この本は、元々出版された頃から、
本屋でも目について、
「何か気になるな」的な感はありましたが、
どうも俺は、こういう感じのエッセイが嫌いなので、
(と言ってもお前、落合信彦のは読みまくっているじゃないかと突っ込まれそうですが、
落合は良いんです。自ら突っ込みながら読んでいるから)
また、面倒くさそうだなと思い、
手に取っていませんでした。

ちなみに、今年77歳のおじいちゃんの本です。

*****

先日、近所の図書館で発見。
いざ読んでみました。

文字が大きいので、1時間ちょっとでさらっと読めます。


感想としては、
それを読んでいるときには、まあまあ面白いのですが、
読み終わって、
「さあ、あの本の感想について何を書こうか」と思うと、
はっきり言って、書く事が浮かんで来ません。

唯一印象が強かったのは、
本の最初の部分で、
「ただ仕事を真面目一本でやって、
無駄無く、さぼりの時間さえも取ってしまうと、
逆に効率は悪くなり、個性が飛び出たでこぼこの人間が居なくなってしまう。
本来人間というのものは、
無駄が多いほど学ぶ事も多く、
仕事で集中した後は、ちょっとサボって喫茶店に行ったり、
考えるふりをしながら、ぼーっとすることで、
良いアイディアが浮かんでくるもんなんだ」
というところ。

よって、最初の出だしに関しては、
良いことを書いてあります。

しかし、読んで行くうちに、
「あれ?これって、著者の遊び方が書いてあるだけじゃない?」
と気づいて行ってしまうのです。

*****

要するにこの本は、
「遊びがない人生はつまんねえぜ」
「仕事をするにおいても、遊びが大事だぜ」
ということを、最初にさらっと述べて、
読んでいるこっちは、
「そうだそうだ」と思う訳ですが、
その後は、ひたすら彼の遊び方の解説。

または、自分の周りの人の遊び方の説明。


タイトルには、
「遊びの品格」なんて言葉を付けていますが、
余り、内容と合っていなかったような。

(もちろん中には、
寿司屋ではこうするべきとか、
お金の使い方はこうするべきとか、
女性に対してのコミュニケーションはこうするべきとか、
そういった作法は書いてはあります。
そういった遊びの中のルールを守ることを、
「品格」と呼んでいるのでしょう。)

*****

まあ、この本が売れたかどうかは知りませんが、
恐らく、そのタイトルと、
黒塗りで固めたこのデザインのおかげで、
売れた、という感じが否めません。

彼の作品は他にも沢山ありますが、
(「男の品格」「大人の「男と女」のつきあい方」など)
全く手に取る気がしません。今では。

*****

ちなみに、一年以上前に、
彼の著作である、
「「20代」でやっておきたいこと」という本を購入して、
読んでみましたが、
正直言って、全く印象に残りませんでした。

「それ、当たり前でしょ」と言う事の羅列で、
もしかしたら、社会の「常識」というものを、
書いているだけなのかもしれませんが、
または、
こういう本を、ただ単に自分が好きじゃないからなのかもしれませんが、
この本に関しては、
「買って後悔した」系の本の上位でした。


そんな彼の、今回の本。

きっと俺も、歳を取ったりして、
またいつか読んだら、
「そうそう」と面白く感じるのかもしれませんが、
少なくとも今は、
「お説教は良いですから、私は私の道を歩みます」
と言い返したくなってしまう感がありました。

*****

と、偉そうに文句を述べましたが、
中には、教養を付ける為に、
絵画や映画、落語や劇などを生で見ることの醍醐味など、
「そうだよね」と思えることも書いてありました。


また、自らを賢そうに見せかけるよりは、
如何に馬鹿に見せられるかが大事、
という件は、頷けるところがありました。

*****

結論として、
きっと俺は、
自分の気に入る考えを書いてある人のエッセイは、
「そうそう」と面白く読めるのですが、
ちょっと気に入らないことが書いてあったり、
または、
「それ、当たり前だろう」ということを、
偉そうに書いている人たちのことを、
嫌うんでしょうね。


結局、いつも通り自己内省で完結。

2012/2/18 14:32



追記:でも、
今年77歳なのに、
これだけしっかりと今でもカッコつけて、
物事を書けるということは、
実際に会ったら、相当粋でカッコいい人なのかもしれませんね。





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本 Review |  思想・哲学・心理学
Robert_L_Shook_Miracle_Medicines


原題は「Miracle Medicines: Seven Lifesaving Drugs and the People Who Created Them」.
翻訳は小林 力氏。

リサーチを兼ねて読みました。

アマゾンのレビューを見ると、
どうやらこの小林氏の訳は素晴らしいそうです。

自分は全部を通して読んだ訳ではなく、
さらっと後書きを含めて読んだだけなので、
まだ判断できませんが、
実際の原書の良さを失わずに、訳が素晴らしいというのは、
良いことですね。

*****

最近はジェネリック医薬品がどんどん出て来たり、
製薬会社が出す薬の値段が高すぎるとの批判があったりと、
製薬会社は色々と大変ですが、
元々、それらの薬を開発するまでにかかった膨大な時間、
費用、努力、
それらを踏まえた上で、薬の価値を、決めるべきである、と、
この本は説いています。

だから、薬の原価がいくらだから、
その薬が高すぎると声高にただ批判をするのは、
ナンセンスであると。

*****

普段自分は健康でいるようになるべく努めて、
(と言っても、元々身体がそんなに丈夫じゃないので、
気を抜くとすぐ体調を崩しますが)
薬はなるべく飲まない様にしているので、
自分の人生からは、薬をなるべく遠ざける様にしていますが、

しかしながら、
この世の中には、
その薬が無いと、命を落としてしまったり、
生活もままなら無くなってしまうような、
そんな病気が存在するのです。

そして、この本では、
それらの致死的な病気に対して、
真っ向から闘ってくれる薬を開発した人たちの物語が描かれています。

*****

2012/2/18 9:11




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本 Review |  医学・薬学・スポーツ
4894513102


先日読んだ『サブプライム後の新世界経済~10年先を読む「経済予測力」の磨き方』の一冊前の本です。

主に、資産運用の方法が詳しく書かれています。

*****

自分はまだいずれもした事が無いので、
この本の内容の有効性や実感が湧きませんが、
勉強になりました。

*****

この本の最後に、こんな章がありました。


ーーーーーーーーーー

今までお金の資産運用の事ばかりを話してきましたが、
ここでお尋ねします。

以下の中で、大事なもの順に順位を付けるとしたら、
どうなるでしょうか?


・お金
・仕事
・健康


ーーーーーーーーーーー

と。


彼の答えは、

1、健康  2、仕事  3、お金

でした。


まずは、健康あってこその人生。
何よりもまず、健康を管理していないといけない。
健康でないと、人は何もできない。


次に、仕事。
仕事の内容で、日々の充実度、人生の充実度は決まる。
よって、今仕事がある人は、
その仕事に感謝をして、
精一杯取り組むべきだ、と。


そして最後に、お金。


この本では、「お金の増やし方」を説明しているわけですが、
「より幸せな生活を送るため」に増やしているお金に対して、
それにばかり気が行って、健康に影響が出たり、
仕事に影響が出ては、
元も子もありません、と。


よって、まずは健康と自分の仕事を第一に考えて、
最後にお金がくるものですよ、と。

*****

その章を読んで、
ああ、そうだよな、と、
この本を読みながら、お金に目がくらんでいた自分に気づかされました。
同時に、そういう言葉があって、
この本のバランスが取れていて、安心しました。

2012/2/18 8:50





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本 Review |  金融・会計・投資

February 17, 2012

本日、遂に、仕事が決まりました。

去年の10月に本格的に転職活動を始めてから、
約4ヶ月半。
それ以前に動いていたのも加えると、
約8ヶ月以上になります。

長い闘いでしたが、
最終的には、自分が納得の行く仕事に決まって、良かったです。

*****

今回、自分は10月の頭に仕事を辞め、
それから無職、ニートとして、
活動をして来た訳ですが、
精神的に辛い部分も多々ありました。

やはり一番辛いのは、
「先が見えない事」。

今自分が行っている活動の方法は、
これで合っているのか、

自分が本当に望む会社、仕事に、
巡り会えるのか、

そんな事が、不安な時期もありました。

*****

内定を会社からもらう事は出来ますが、
果たして、それが、自分が働きたいと、
心から思える会社である確率は、低いものです。

去年の終わりまでは、
そういった出会いが無く、
唯一、「ここならば行っても良い」と思った会社には、
最後の最後で見送りとなり、
凄まじいショックを受けました。

その時には、久しぶりに、
生きている希望を無くしそうになった瞬間もちらっとありましたが、
それも、「また次への歩みを始めるしか無い」
と開き直り、やって行くのみでした。

*****

今回は、エージェントを使いましたが、
基本的に、エージェントの方は、
一度決まった内定を、自分が蹴って次に行く事の無い様に、
あらゆる手を使って、色々な事を言います。

「ここよりも良い条件は、他にもう出て来ませんよ」とか、
「離職期間が長くなると、不利ですから、今が決め時ですよ」とか、
「年が明けると、求人数は今よりもぐっと減りますから、
今決めておくべきですよ」とか、
まあ、色々な事をおっしゃいます。

しかし、そんなものは、
全く当てになりません。

最初に一番上の台詞を言われたのは去年の9月ですが、
それよりも数倍自分にとっては合っていると思われる案件に巡り会えたし、
二つ目の台詞も、そう思って自分が自分のことを後ろめたく思ったら、
確かにそれは事実になりますが、
「そんなものは関係ない」と自ら信じて、
「自分が納得するまで行動する」と決めれば、
全くそれは関係なくなります。

また、最後の意見も、
それは全くの正反対で、
年が明けると、今までの数倍に至る求人数が
手元に入って来ました。

*****

上の様な意見を言われたり、
また、周りの人から、
無言のプレッシャーを受けると、
どうしても、弱気になってしまうのが人間というものです。

自分も、28歳にもなって、自分は無職で何してるんだろうとか、
貯金も無くなって来て、かなり金銭的に厳しいとか、
色々とありましたが、
そんな時に、励ましてくれたのは、
彼女の存在です。

*****

彼女はいつでも、一番近くで見守ってくれて、
いつも、応援してくれました。

彼女に励まされ、
彼女に温かい言葉をもらい、
色々と的確なアドバイスをくれて、
そのおかげで、何とかやりきってこれました。

本当に彼女には、心から感謝です。

*****

また、同時に、
彼女を始めとして、
自分の周りの方に、本当に助けてもらいました。

前職の時からの付き合いの方々、
いつも気にかけて下さる方々、

彼らのおかげで、とても良い案件を頂いた事も多々ありました。

本当に、人のご縁を感じます。

人間は、自分が困っている時に、
助け船を出してくれる人のことを、
決して、忘れる事はできません。

今回お世話になった方々には、
これからも、ずっと人生を通して、
恩返しをして行きたいと思います。

*****

今回自分は、恐らく300件近くの案件を見て、
その内200件近くに応募をしたと思います。
(正式な数字は分かりませんが)

その内、書類を通る確率は、
恐らく、日本の王道である、
「有名大学→有名大手企業」の道を歩んで来た人に比べれば、
大分低かったと思います。

しかし、その中でも、
書類が通過できた企業に関しては、
面接をする限りでは、
基本的に、最後まで行く事は可能でした。

しかし、そこで、自分が、
本当にここで働きたい、
と思える企業は、決して多くありませんでした。

正直な話、
最後の三件のみが、
唯一、働きたいと思える会社でした。

その内、一社に関しては、
最後にはやはり、違うと思うところがあったので、
最終的に、
二社のみが、仕事をしたい、と思えた会社となります。

その中で、選ぶ事ができて、
自分は非常に恵まれていたと思います。

今回の活動を通して、
本当に多くの企業の方にお会いし、
多くの方とお話をして、
貴重なお時間を頂きましたが、
その事にも、心から感謝をしています。

*****

長くなりましたが、
今回、いつ終わるのか分からなかったこの転職活動に、
遂に自分が納得の行く形で、終わりが来た事に、
まずは感謝です。

そして、
精神的に辛かった自分を、
支えてくれた彼女、
そして、周りの方々に、心から感謝です。

そして、面接を通してお会いした、
多くの方々にも、感謝をしています。


そして、今回学んだ大事な事は、

「先が見えなくて、
本当に辛くなっても、
必ず自分が心から望む結果が出る、と、
自分を心から信じて、
一歩ずつ、歩んで行けば、
必ず、ゴールに辿り着ける」

ということです。


*****


自分がまだ仕事が決まっていない、
去年の終わり、12月の最後の週。

面接に向かう電車の中で、
ネットで見た転職活動者の言葉。

「自分は活動を初めて、数ヶ月間結果が出ずに、
本当に辛かったですが、
そこで耐えて続けた結果、
最後には自分が納得する結果になりました。
ですので、自分を信じて頑張って下さい」と。


その言葉を読んだとき、
正直、
「俺も、そうやって言える日がくるんだろうか」
と、不安に思えたと同時に、
そんな不安な気持ちを認めるのが嫌で、
その心に蓋をしたことを覚えていますが、

その時から更に2ヶ月経ち、
今は、そう言える自分が居て良かったです。


*****

これでやっと、スタートラインに立ったようなものです。

これからが勝負ですが、
しっかりと地に足をつけて、
前へ進んで行こうと思います。

*****

以上、今の心境でした。

ありがとうございました。

2012/2/17 21:35




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My Life-人生 

February 16, 2012

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第二部です。

四日間くらいで読み終わりました。

この部は、非常に面白かったです。

基本的には、妻のクミコが消えて、
「僕」は、井戸の底に入ります。
そこで、三日間ちかく一人になって、
色々と考えます。

そして、井戸から出て来た後、
加納クレタと交わり、
一緒にクレタ島へ行こうと誘われますが、
結局断ります。

顔にはあざが出来て、
笠原メイは、学校へ戻る事を決意します。


そして本の終わりの方では、
僕は、区民プールで泳ぎながら、
井戸の底に浮かんでいる幻想を見て、
そこで、あの顔の無い女が、
クミコであったことに気づきます。

*****

この本は、とにかく、
意識の奥へ奥へ、と入って行く様が見事でした。


村上さんは、
本当に、深い井戸の底で、
三日間、飲まず食わずで、
真っ暗な完全な闇の中で、
過ごした事があるんじゃないでしょうか。


それくらい、そこの描写がリアルでした。


主人公がそこで見る生々しい夢の様子とか、
(まるでダリの絵の様です。超現実主義で、その光景が絵に描けそうなくらいリアルです。)

本の最後に、区民プールで見る幻想の様子とか、
その描写が本当にリアルで、
それはただの本に記された文字の固まりなのに、
まるで、その映像を見て来たかのように、
頭にそのシーンがこびりついています。

*****

途中、本を読みながら思いました。

本当に面白い作家の文章というのは、
先が気になって気になって、
まだ文字は、ページの最初の方を読んでいるにも関わらず、
先が気になってしまうので、
左側(文章の先の方)に、目が行ってしまうのを防ぐ為に、
手でそっちを隠しながら読まないと、
目が勝手に、先に文章をすっ飛ばして読んで行ってしまうものだ、と。



中々そうなる作家はいませんが、
村上さんの場合には、
それが良く起こります。

特に、物語の確信に触れる様な、
夢のシーンとか、
幻想のシーンとか、
または、それまで感情が無いように見える主人公が、
怒りなどを露にするシーンなどでは。

*****

この本の途中で出て来ますが、
主人公が昔出張で行った北海道で寄ったバーにて、
あるミュージシャンが、ろうそくの火で手をジリジリと焼き、
それを手品として見せる話も、不思議です。

あの話はちなみに、
どこかで読んだ様な気がします。
何かの短編にあったんだっけ?
(何の短編だったか思い出せません)

*****

また、本の最後に主人公が見る、
井戸の底に浮かんでいるシーンも、
やはり圧巻ですね。

本当に、その興奮が今でも残っています。

*****

この後、第三部では、
果たして主人公は、奥さんのクミコを取り戻すことが出来るのでしょうか。



それにしても、村上さんの物語では、
『世界の終わり〜』でも出て来たけれど、
完全な真っ暗闇で、
自分の身体が全く見えなくなることで、
自分の精神と、身体は、
全く別の、離れたものである、という描写が、
出て来ますね。


彼(村上さん)は、
そういう思いを、
良くするんでしょうか。


彼は、実際に、本当に、そんな真っ暗闇の中に自分を置くというよりは、
毎回、小説を書きながら、
頭が完全にそっちにトリップして、
そこで自分が感じて、経験をしたことを、
そのまま、目の前の文章に移している、という感じが伝わって来ます。

*****

彼は、本当に、
夢を見る為に毎朝目覚めているんですね。


すごい人です。


2012/2/16 21:54



追記:
ちなみに、本の中で、
主人公のおじが、
家まで会いに来てくれて、
そこで彼に、
複雑に絡み合った様に見える問題について、
どのように解決をしたら良いか、
を話すシーンがあります。


そこで彼は言います。

「誰しもが、複雑に絡み合った様に見える問題を、
上から順に解いて行こうとするからいけないんだ」と。

「物事がAからZまであったら、
誰もがAから解決しようとするわけだけれど、
そんな時に、もっと簡単なZから解決して行けばいいんだ。

みんな、一番肝心な、簡単な問題はすっ飛ばして、
そうやって、難しいところに目を向けがちだけれど、
実際のところは、
誰もが分かる様な、一番簡単な問題から取りかかって、
そこをしっかりと時間をかけてやることで、
結果、うまく行くんだ」ということを言います。


「世の中には、
何とか主義とか、
何とか理論とか、
方法論とか、
色々とあるけれど、
結局、そういったものは、
自分の目で物事を見る事ができない人の為のものであって、
本当に大事な事は、
誰にも分かる様にシンプルで、
それをただ、しっかりと時間をかけて、
観察すればいいだけなんだ」と。



おじが出す例えでは、
彼が新しい店を出す場合に、
候補となる土地が幾つかあったら、
その土地の費用対効果とか、
損益分岐点とか、そういうのを計算するよりも、

そこの土地に行って、
何日も、そこを歩いて行く人の顔を、
ただ、じーっと見ているだけでいいんだ、と。

そうして行くうちに、
あるとき、霧がパッと晴れる、と。

*****

この話は、非常に心に残りました。




自分が抱える問題に対して、
一見複雑そうに見えたとしても、
「本当に大事なことは何なのか」。

それさえ自分が掴んでしまえば、
あとは、そこを考えるだけです。








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本 Review |  村上春樹

February 14, 2012



人間は誰しもが、自分の「価値観」を持って生きている。


時に、親は自分の子供に、
それが良かれと思い、
その価値観に基づいて、「進路」に関するアドバイスを与える。


親が与える、その「進路」。
それに、子供が必ずしも、合意するとは限らない。

そして、その進路とは別の道を取り、
子供が自らの経験を通して、色々と学んだ上で、
元々親が示唆していた、その「進路」に、
戻ろうとするかもしれない。


しかし、その際に、
子供が自らの口で、
「自分はこういう経験をした結果、
やはりこの道に戻ろうと思った」と言う際に、
親は、
「だから私たちは最初からそう言っていたんだ。
しかし、お前はそれを分かっていなかった。
そもそも、あの時点で、お前があの道を取った時点で、
お前は間違いを犯したんだ」
と伝えるのは、いけない。


何故なら、その子供は、
自らのその経験無くしては、
その道が、本当に自分の進みたい道なのかどうかも、
分からなかったのだから。

*****


親は、自らの血を分け与えた子供を、
何よりも可愛がる。

その子供に対して、
自らが「良く無い」と思う道を、
子供に薦めるわけがない。


しかし、子供としては、
親のそういった言葉が、
時として、煩わしく聞こえてしまう時もある。

特に、新春期に至っては。

*****

重要なのは、
その子供が、
「自ら」その道を選んだのかどうかだ。

何故なら、自ら決断を下した選択に関しては、
後に何が起きようが、
その人間は、自らを責めるしか無いから。

しかし、他の人間にその決断をしてもらったり、
他の人間の理由により、
その道を選んだ場合、
その道が困難である場合、
その人間は、その辛さに耐えられない場合が多い。

または、辛い事が起きるたびに、
その決断をした、別の人間を責めることとなってしまう。

よって、如何なる決断をする際にも、
自らがきちんと考え、
自らの意思で、決断を下す事。

******


お金は、幸せの度合いを計るものではない。

給与の高さが、
その人間の幸せ度を計る絶対的な基準となったり、
その人間の、自分の人生に対する満足度を測る絶対的な基準になる訳ではない。



本当に恵まれた仕事とは何か?

それは、その人間が、
心からやりたいと思う仕事。

そこには、色々な要素が含まれる。

それを、親が判断するべきでは無い。

*****

最後に、
その人間の人生が、「間違っていた」という事は、決して無い。

その人間が、その道を歩んで来たのは、
「今」に至る為。



例え、今立っている位置と、
別の道をたどって来て、結果、辿り着いた位置が同じであろうが、
そこまでに通ずる道のりを、
自らの意思で歩んで来た者と、
誰かに言われるがままに、歩んで来た者とでは、
その「位置」に対する、感謝の度合い、
満足の度合いが違うはず。

******


俺は、ある人から見たら、
「失敗」の人生を送って来たと見なされる。

しかし、
別の方向から見たら、
「色々な経験を積んだ、面白い」人生を歩んで来たと見なされる。



自分の人生をどう判断するかは、
自分次第だ。

人に何と言われようが、
自らが、それまでの道のりを、
自分の意思で決めて来たのなら、
その道のりに、悔いはないはず。



*****


俺自身は、
俺の人生に悔いは無い。

もっと上手くやってこれたと思うところ、
もしこうしていたら、
より、良かったかもしれない、
と思える点は、沢山ある。

しかし、全ての点に置いて、
全力で取り組んで来たため、
自分が選んだ選択肢に対する、
「後悔」の念は、一切ない。





人は、俺の今の、
「今現在」の状態だけを見て、
俺がどうだとか、
俺の人生はどうだったとか、
判断するかもしれない。

それを、成功か、失敗かで、
分ける人もいるだろう。

しかし、そんな事は、
俺にとっては、どうでも良い。

自分が、自らの意思で、
それぞれの決断を下して来たのか、

そして、
今自分が立つ位置に、
満足をしているのか。

もしも満足をしていなかったら、
より、更に先へ進もうとすれば良いだけの話。


人生のフェアなところは、
より先へ、
より高い位置へ進もうと思い、
行動を重ねれば、
必ず、その結果は出るということ。

すぐに結果は出ないかもしれない。
しかし、必ず、
一ミリは、
昨日の自分より、進んでいるはず。


*****


全ての人に、
自らの価値観を、分かってもらう必要はない。

むしろ、
この世界にいる人口の数だけ、
別の価値観があると思った方が良い。


家族だから、
親子だからと言って、
その価値観が、同じであるはずはない。


自らが、下した決断に、
自らが、満足出来る様に、
生きて行くだけ。

*****

2012/2/14 20:40





shunsukesekine at 20:40コメント(0)トラックバック(0) 
My Life-人生 

February 12, 2012



これは小説の内容そのものとは関係ないんだけれど、
その本の大きさ、
文字のかたち、
カバーの色、
そういったものは、
その小説そのものに、少なからず影響を与える気がする。


例えば、
俺は村上さんの本は、
『1Q84』だけはハードカバーで読んで、
後は全て、文庫本で読んだんだけれど、
その二つのサイズの大きさは、
確実に、その小説に違った雰囲気をもたらす。



まず、文庫本というのは、
サイズが小さい分、
手の中にすっぽりと収まるので、
まるで、その小説の世界全体を、
自分が大きな目で、上から手中に収めている様な感じになる。

それに対して、
ハードカバーの場合には、
文字も大きく、
本のサイズも大きいので、
その分、小説の細部まで拡大されているような気がして、
ディーテイルまですごく細かに分かるんだけれど、
その『大きな世界』を、手中に収める、という感じにはならない。



イメージで言うと、
文庫本は、自分が大きな巨人になって、
その小説の世界を、ミニチュアとして、
上から全て眺めている様な。


それに対してハードカバーの場合には、
拡大鏡で大きくした世界の中に、
自分が小人として、入って行く様な。



文庫本に出て来るマグカップは、
実物大か、またはそれ以下に小さく、
あまり重要なものというわけではなく、
ただの「置物」として捉えられるのに対して、

ハードカバーの場合には、
そのマグカップさえも、重要な登場人物の一人として、
自分はそのマグカップの半分くらいの背丈になって、
そこについた水滴やしみ一つひとつまで、
はっきりと見ている様な。

******


それから、文字の形も影響を及ぼして来る。

例えば村上さんの小説は、
主に新潮社か、講談社な訳ですけれど、

新潮社の場合は、
はっきり言って、文字が「冷たい」というか、
なんか、ツンツンしたイメージがある。

よって、その小説の醸し出す雰囲気も、
何か、良い意味で言うと、大人っぽいというか、
Snobbyというか、
何となく、取っ付きにくい感じがある。



それに対して講談社の方は、
カバーが黄色で統一され、
まず、温かいイメージがある。

また、文字も、
俺の好きな形だからか知らないけれど、
丸みを帯びていて、
非常に読み易い。

よって、何だか、より「親切」というか、
「暖かみを帯びた」雰囲気を醸し出している様な気がする。

*****

と、そんなことを、
よく感じます。

できれば、全ての小説を、
講談社のスタイルで出して頂きたい。

2012/2/12 15:39



追記:ちなみに、
お互いの異なる出版社が、
別の出版社の本の宣伝をすることは無く、
講談社の方には、
後ろの見開きの部分には、
村上さんの、講談社からの作品しかリストアップしない。

それは、新潮社も然り。



しかし、先日図書館で借りた新潮社のハードカバー、
『ねじまき鳥クロニクル』の後ろには、
新潮社、講談社関係なく、
「村上春樹の長編作品」と銘打って、
彼の作品が、年代順に記してあった。

あれ、親切ですよね。
とても良かった。

****

こういうことは、本だけじゃなく、
音楽のアルバムなんかでもそうなんですけれど、
例えばエアロスミスの場合、
ゲフィンとコロムビア時代があるので、
お互いのリストアップを見ると、
そのレコード会社を通したアルバム名しか記載されないわけですね。


まあ、会社同士の問題だから仕方ないですが、
ファンとしては、
「村上春樹作品 リストアップ」
「エアロスミス作品 リストアップ」
と、どこに対しても、全部の作品を載せてほしいですね。





shunsukesekine at 15:48コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと |  村上春樹

February 11, 2012

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昨日読みだして、今日読み終わりました。
残り二部作あります。

このクロニクルの一部目は、三年半前の夏(2008年)に、一度読んでいます。
しかし、最後のノモンハンでの皮剥ぎのシーンが余りにも残酷で、その後、二部目を読む気がしなくなって、そのまま放置して、今に至りました。

よって、このシリーズに関しては、どうしても読み始めるのに気が乗りませんでした。

でも、先日、河合さんとの対談の『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』を読み、そこでこの作品について沢山語られていたので、
「また読んでみよう」と興味が湧いてきて、読んだ、という次第です。


、、、、、


この後、二部、三部でどう話が進行し、最後は終わるのかが気になります。


この長編作品は、
他の長編作品のどれとも、雰囲気が違う気がします。

村上さんは、上に挙げた河合さんとの対談で、
この作品ではコミットメントに関して書かれていると言っていましたが、
そう言った意味でも、この作品は、主人公の「僕」が、
より、自分を取り巻く他の世界、人々に、
何か繋がりを持とう、という傾向が観られる気がします。

(これより前の他の作品では、
主人公の醸し出す雰囲気は、
『俺は自分の周りのこと、モノ、人には、余り興味を示さない』
という傾向がより強かったのに対して。)

、、、、、


まだ一部しか読んでいないので何とも言えませんが、この後どうなって行くかが楽しみです。

2012/2/11 21:49



追記:
それにしても、村上さんは本当に、まるでその出来事が目の前で起きているかの様に、その登場人物の取った行動、見た景色、感じた心情、そう言ったものをリアルに書きますね。

なので、彼の作品を一度読むと、まるで生の映像を見たかの様に、その小説の細部のシーンまでが、ありありと頭に残るのが特徴的です。










shunsukesekine at 21:57コメント(0)トラックバック(0) 
本 Review |  村上春樹
Aerosmith_-_Honkin%27_On_Bobo

現段階では、エアロスミスのスタジオ最新アルバムです。
2004年の発表なので、
出てから既に8年が経ってしまいました。

彼らは今年、8年ぶりのスタジオアルバム発表予定なので、
とても楽しみです。

*****

このアルバムは、自分がDe Anza Collegeに通っていた一年目に発表されました。
このアルバムを聴くと、当時、サラトガの自宅からクパティーノの学校まで、
自転車で片道30分かけて走っていたころを思い出します。
ちょうどこのアルバムが出たのが5月頃だったので、
当時の熱い日差しと、ライフガードのクラス用に塗った日焼け止めの匂いを思い出します。

*****

このアルバムについて誰かと話し合ったことは、
今まで一人としかありません。
そして、その人はこのアルバムを良くないと評価していたのですが、
恐らく俺は、一番くらいに好きです。

なんといっても、彼らが年齢と経験を重ねて、
一番脂がのっている、という感じが、
彼らの演奏から感じられます。


スティーブンタイラーの声とリズムは、
もう最高潮くらいにノッているし、
ジョーペリーとブラッドウィットフォードのギター、
トムハミルトンのベース、
そしてジョーイクレイマーのドラムも最高です。



このアルバムは、基本的に既に発表されていた
他のアーティストの曲をカバーしたものになっていますが、
唯一一曲だけ、8番目の"The Grind"だけは、
彼らのオリジナル曲となっています。


この曲も非常にグルーブがあって、
まさに、「脂がのっている」という感じです。

サビの、
"you made me trip, into the grind"
の、"you-made-me-trip"の4つのリズムと、
そのあとちょっと一呼吸おいて、
"in-to-the-grind"の4リズム、
そして、最後の"grind"の伸ばし方とか、
スティーブンの声のかすれ方が、
非常に好きです。

あとは、最後の
"get you×7回

off of my mind..."
のところで、
曲の最後まで続けていく歌い方とか、
その脱力感の感じとか、
もう最高ですね。

*****

他にも、
"Never Loved a Girl" とか、
"You Gotta Move"
"I'm Ready"
"Stop Messin' Around"など、
いい曲ばかりです。

基本的に、6曲目のジョーペリーのソロの"Back Back Train"と、
最後の"Jesus Is on the Main Line" 以外は全部好きです。

"Back Back Train"は、正直暗すぎです。
このメイキングの映像では、
レコーディングの場でスティーブンが、
「Good, good!」とジョーに向かって言っていましたが、
あれは嘘だと思います。
完全にいいと思った顔をしていませんでした。


この二人は、いつも確執があり、
かつ、ジョーは歌が下手なのに、
自分が目立ちたい気持ちもあるらしく、
必ずアルバムに一曲は入れてきますが、
いいと思える曲はほとんどありません。

("Just Push Play"の"Drop Dead Gorgeous"はかなり良いですが、
あれはサビの部分はほとんどスティーブンの声です。)


しかし、このアルバムの"Stop Messin' Around"に関しては、
かなりグルーヴがあり、ノリノリです。
珍しく、ジョーペリーの歌声もさえています。

そして、いつもは、
「全部のソロをジョーに任せると、
結局曲の質が落ちるぜ」
と内心思い、ハモリなどで必要以上に自分の存在を際立たせるスティーブンも、
この曲に限っては、
ハーモニカと、それを通したマイクの笑い声と掛け声だけで、
あとは完全に引っ込んでいます。

その辺のバランスが、この曲は最高です。

(しかし、ここまで完成した曲でも、
実際のライブでは、
ジョーのこの曲になった瞬間に、
ビールを片手にもったアメリカ人の観客は、
みんなトイレ休憩に立ったという、
悲しい現実。
2006年のサンディエゴのライブにて。)

*****


前置きが長くなりましたが、
このアルバムが非常に「ノッている」理由は、
やはり、ほとんどライブ的に、
一発で録られているためです。


彼らは自分たちのルーツに戻り、
初期のアルバムの頃のような、
一発録りのスタジオ録音を志しました。


メイキングでも言っていますが、
ヴォーカルマイクが、ドラムの音を拾い、
ドラムのマイクが、ギターの音を拾い、
ギターのマイクが、ベースの音を拾い、
ベースのマイクが、ヴォーカルの音を拾い、・・・・
となっているため、
基本的にミスは許されず、すべて一発録りでした。


そのため、何度もリハーサルが行われ、
本番は、完全に全員のマインドが通じ合った状態で行われた録音。

よって、このアルバム全体には、
非常に空気の良い、
「流れ」が感じられます。


それが、このアルバムを聴いていて、
毎回、完全にどっぷり浸かってしまう理由ではないでしょうか。

*****


このアルバムのことは、何回か日記にも書いてきましたが、
今回じっくりと聴いていて、
また、このアルバムの良さにはまってしまったので、
再度、書きたくなった次第でした。


今年発売のニューアルバムも本当に楽しみです。

2012/2/11 11:40


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shunsukesekine at 11:20コメント(0)トラックバック(0) 
音楽 Review |  Aerosmith

February 09, 2012

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お前は落合信彦と村上春樹の本しか読んでないんじゃないか?
とツッコミが入りそうですが、
その通りです。

昔から、
一つのことにハマると、そればかりに固執するタイプなので、
「新しい何か」を試すのが嫌いなタチです。
よって、読書は、「この人のものばかり読む」、
音楽は、「この人のものばかり聴く」、
というように、偏ってしまいます。


そういうわけで、
常に、自分とは違う誰かから、
「こんな作家がめっちゃ良くてさ、今度読んでみなよ」
「この人たちの音楽、最高にいいよ。今度聞いてみてよ」
と力説されない限り、
同じ作家の本を読み続け、
同じアーティストの音楽を聴き続けるという性格です。

******

自分のことはどうでも良いんですが、

落合信彦の人生相談本です。

「ついにアナタも人生相談にまで手を出したか」
と密かに笑いながら手に取ると、
どうやら、いつも通り『ビッグ・トゥモロウ』に連載した内容を集めたものだったようですね。

何となく手に取り、
そのまま1時間ちょっとで読み終わりました。

******

内容は、至って普通です。
読者と称する何十名かの人々から、
彼宛に「悩み」が寄せられ、
それに対して彼が、いつもの口調で、
「オレだったら・・・」と語ります。



まず読んでいて凄いなと思ったのは、
その悩み相談に対して、真剣に答えているかと思ったら、
いつの間にか、自分の過去の話題に話がすり替わっているということ。

「オレがオイルマンだった頃」
「オレが大学のとき」と、
ひたすら、以前にも他の本で10回は書いている内容が、
繰り返し出て来ます。

そして、その悩みに対しての答えは、
「結局なんだったの?」と、
またページを数枚捲り返すことが続く始末。

*****

また、他にも凄いなと思ったのは、
彼は今年の1月で70歳になりましたが、
それでもまだ、「オレ」と自分を称し、
若々しく、熱く、熱苦しく生きているところ。

「暑苦しく」ではなく、
「熱苦しく」と打った理由は、
俺は、彼のその熱さが好きだからです。

だって、70歳になっても、
周りにどう思われようが関係ねえ、という意気込みで、
これだけ堂々と、何回も同じ話をする人もいないと思います。

*****

また、ここは本気で凄いなと思ったところは、
「オレは今、毎日夜の1時間を使って、
大辞林を丸暗記しようとしている」という件です。

そこを読んだとき、思わず吹き出してしまいましたが、
70歳になっても、そこまでするかい、と。
他にも、
「オレは今、中国語も勉強していて、
死ぬまでにフランス語とイタリア語(確か)も喋れるようになりたいと思っている」
というところ。

そういうのを読むと、
「やっぱりこのオッサンはすげえな」と思うと同時に、
こっちも熱くなって来ます。

*****

彼は、余りにも同じことを、
何冊もの本で繰り返し書いているので、
そこに辟易している人もいると思います。
僕もその一人でした。

しかし、彼の持つ熱さは本物だし、
そのパワーは、41歳も年齢が下の自分に、
確実に熱さをくれます。

彼は何度も言いますが、
「孤独を愛せ」と。
「孤独な時間は、貴重だ。本を読んで勉強し、誰よりも教養を付けろ」と。
中学の頃に彼の本に出会った事もありますが、
中学時代辛い時には、よく彼の言葉に励まされたものです。


正直自分は、友達が多く無いと思うし、
常に誰かと会っている訳でもありません。
基本的に一人が好きだし、
(かといって、完全に一人だと直ぐに寂しくなるのですが)
一人で何かをコツコツやっている事が、生まれつき好きな質です。

なので、普段の生活でも、
彼女と家族を除いては、
殆ど人と会いません。
たまに、本当に仲のよい友達数人と会うくらいで。

なので、彼がよく、
「孤独を恥ずかしい、虚しいというヤツもいるが、
そんな事は無い。むしろ貴重な時間だ」と言いますが、
その通りで、一人の時間を「虚しい」と思う事は一切ありません。

むしろ、そうやって彼がこの本の中で、
「孤独とは・・・」と語っているのを読む中で、
「そういえば、俺ってどっちかって言うと孤独な部類だな」
と客観的に思ったわけです。

*****

話題が完全にずれたので、元に戻します。

とにかく、彼の著作を読んで毎回思うのは、
「コイツ、また同じ事を言っている。しつこいな」
と半分笑いながら、同時に、
「でも、やっぱりこのパワーは凄いな。俺ももっと頑張んねえと」と、
やる気が湧いてくるのは事実です。



言わば彼は、
俺が13歳の頃から知っている、「父親」みたいなもんで、
自分の父親を半分ウザく思うように、
彼に対しても、そういう気持ちはありますが、
それほど、かつては彼の作品を愛し、
彼の精神論を自分に入れまくっていた、という証拠です。

*****

長くなりましたが、結論として、
彼の最近の著作は、余りにもクドいので、
やはり大好きとは言えませんが、
が、しかし、
彼の作品に触れる事は、
自分に、やる気をくれます。

また、彼の小説に出て来る日本人の主人公は、
大抵凄まじい奴らが多いのですが、
(大体が英語以外の言語を数カ国後話せて、
かつ、世界中を舞台に、どんな人種にも引けを取らずに活躍している。
そして、設定が20代とかなり若い。)
その人物たちの一部を、
自分の理想像のイメージに組み込むと、
自然と、今騒がれている「グローバル人材」というものを
簡単に超えたところに、設定が置かれるので、
それは自分に良い影響を与えてくれています。

*****

最後に、
この本に出て来る質問の内容は、
女性からのものは良かったのですが、
男性からの質問の内容が、余りにもレベルが低いものが多かった気がします。

基本的に、
「それ、自分で悩んで解決しろよ」的な。

(例えば、
「仕事でアポが取れません」(29歳)
「どうしても熱くなれません」(28歳)
「営業の最後の一押しができません」(31歳)
「私はもう35歳ですが、この年齢で人生をやり直すのは遅いでしょうか」(もちろん35歳)
みたいな。)


あれは、ハッキリ言って、
編集者と落合氏が、
自分たちでこしらえたものなのでしょうか。

それとも、本当にあんな質問しか来なかったんでしょうか。

どっちにしても、
質問の内容が幼稚過ぎて、
結果、落合氏がいつものように、
「まず、キミの文章には全く根性が見えない」的な発言を下し、
その後、
「男ってもんは・・・」
「オレがオイルビジネスをしていた頃は・・・」
と繋げ、
最後は、全然違う方向に話が言って、
彼が気持ちよく語り終わって、
よく分からないまとめで結ばれる、という印象でした。

******

落合氏は好きですが、この本は、
きっと若者向けに分かり易く書いたのかもしれませんが、
ちょっと物足りなく感じました。

2012/2/9 18:32




shunsukesekine at 18:32コメント(0)トラックバック(0) 
本 Review |  落合信彦
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(ハードカバー版)


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(文庫版)


この本を始めに読んだのは、今から3年半前です。
2008年の夏頃に、彼女の家で読みました。

その頃は、たまにパラパラと捲るくらいで、
余り深く読み込んだり、
または、最初から通して読んだ事がなかったので、
この本の言わんとするメッセージは余り良く分かりませんでした。

*****

今回、頭から終わりまで、
一貫して読んでみました。

昨日は遠い場所で面接もあり、
朝の6時から夜の11時過ぎまで
ずっと移動をしていた様なものなので、
電車の中で、飽きるほど本を読む時間がありました。

きっと一冊では足りないと思い、
4冊も持って行ってしまいましたが、
結局、この本をじっくりと読み解くのに時間がかかって、
この本しか読みませんでした。
(まあ、半分くらいは寝たり、音楽を聴いたりしていたんだけれど)

*****

いやあ、本当に面白かったです。

深い、深い。


僕が最初にこの本に手をつけた時は、
村上さんの小説は、
『ノルウェイの森』と『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
位しか読み終わっていませんでした。

なので、この本の中で話がされている、
村上さんの作品が辿って来た、


.妊織奪船瓮鵐
   ↓
∧語を語る(ストーリー・テリング)
   ↓
コミットメント(イメージとの関係回復、「井戸掘り」)


の流れに沿っている、
他の作品(『風の歌をきけ』『羊めぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』『ねじまき鳥クロニクル』)
は、読んでいませんでした。

(実際、『ダンス・ダンス・ダンス』『ねじまき鳥クロニクル』はまだ読んでいませんが)


*****


村上さんの長編小説は、
「謎」な部分が多く、

「あれは何だったんだろう」

「あれは、きっと、『これ』なんだろうけれど、
その『何となく』分かった感覚を、言葉にしてしまうと、
それが崩れる様な気がしてしまうので、
『何となく』分かった感じで、そっと置いておこう」

という感じで、読み終わった後に、
気持ちが落ち着くことが多いです。

前回、『羊めぐる冒険』を読んだ時も、まさに上の様に感じました。

*****

そして、今回、この本を読んで、
村上さんは、ある意味、
「箱庭療法」をやっているようなものだ、と、

河合さんが言うように、
患者が、自分の中に溜まったストレスなり、
世の中の問題を自分で抱えてしまった結果、溜まったストレスを、
箱庭で物語を再現することで、
自らを癒している、と。


また、その「問題」を、
西洋的に、言語化するのではなく、
あくまでも物体や何か別のものを使って、
イメージで、「言語化」せずに、
それを表していくことで、
それを再現する自分も癒されて行くし、
見ているこちらも、癒されるところがある、と。

*****


村上さんは、この本のある箇所で、
この様なことを言っていました。

「読者が僕の作品を読むことによって、
ある意味、その読者も、
読みながら一緒にものがたりを経験して、
自分の体験を振り返り、
癒されて行く」と。

これは、まさに、
僕が初めて『ノルウェイの森』を読んだ時に感じた事でした。

その時は、初めて、こういう「小説」を読んだのですが、
自分がその主人公になったような感じで読み進め、
同時に、自分が今までの人生で一番辛かった中学時代のことを思い返し、
それを一緒に目の前のものがたりと同時進行で振り返ることで、
読み終わったあとには、
何か、癒しのようなものがあったのです。


その時は、「俺の読み方って、どうなのかなあ? でも俺はこう感じたな」
という旨をブログに書いたのですが、
昨日、上の村上さんのコメントを読んで、
「ああ、そういうことだったのか!」と、
腑に落ちました。

******

また、村上さんは、
ものがたりを書く際に、
自分でもその結末が分からないまま、
言わば起きながら夢を見る事で、
そのものがたりを書いて行く、と言っています。
(これは、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』でも触れていました。)


今回、この本を読んで、
ある意味、村上さんにとって、
長編小説を書く事は、
彼が、中に抱える、「問題」(これは、「問題」という言葉で表現するのは語弊があるかもしれませんが、人間誰しもが抱える、胸の中の色々な気持ちや、それまで自分が経験して来て学んで来たもの、社会が現在持っている問題を、自分が請け負う事により生じているストレス、そういったもの)
を、彼は、
自分のものがたりを通して、
表現しているのだ、と。

上に書いた、「箱庭療法」のようなものだ、と。



それをする中で、
彼も実際に癒され、
かつ、その本を読む、
読者たちも、何かを感じるところがある、と。

*****

河合さんは言っています、

「問題を抱えた人ほど、
箱庭でつくりあげる物語には迫力があるし、
胸に迫るものがある」と。

「何も問題を抱えていない人、
健康な人が、箱庭を「あたま」を使って作っても、
何も感動しない」と。

「逆に、自分自身を込めて作り上げた”もの”には、
必ず、心を動かされるところがある」と。

******

村上さんは、『ねじまき鳥』の中で、
壁抜けのシーンのときには、
本当に壁抜けをするくらいの体力を使い、
実際に、それをするために必要な体力が無い時にそれをすることは不可能で、
実際にそれをして、体調を崩してしまうこともある、と言います。

*****

村上さんが、毎回作り上げている、
長編作品。

彼はその中で、
自分がそれまでに経験してきた様々なことをまとめ、
「言葉」というものを使い、
大きなものがたりをこしらえることで、
それを、表現しているのです。

*****

前回俺が、『1Q84』を読み終わった際に、正直言って、よく分からなかった、と書きました。

アマゾンのレビューを先日読んでみましたが、
彼のこの作品を、けなす人もいます。

しかし、それは間違っていると思います。

先日、アメトークの「読書芸人」で又吉さんが言っていた言葉で、
「どんな本も、必ず意味があり、
その本を理解出来ないということは、
まだ自分が、その本を理解できる地点に到達できていないだけ」
という旨を言っていましたが、
(これは彼女に教えてもらって、その後調べました)

まさに、
又吉さんの言う通りだと思います。

俺が当時、『1Q84』を読んだ時に、
それを理解できなかったのは、
村上さんがその作品を通して表そうとした、
オウム真理教の問題など、
そういったものを、
「自分自身に起きた、社会的問題の一つ」として、
きちんと消化していなくて、
その結果、
その作品を通して彼が表そうとした、
「ものがたり」を、
自分が共感できなかった、



それだけじゃないかな、と思います。

******

河合さんはこの本の中で言っていますが、

「作り手がすべてを分かっている芸術作品は、
芸術作品じゃない」と。

芸術作品とは、
それを作る人間を超えるものがないと、
人の心を動かせないし、
それを作った人が、
それが一体なんなのか、分からないのは、
当たり前だ、と。



逆に、「これはこうで、こうなんです」と、
全てが分かって、
作者の頭の中で全てが簡潔に解決されているものは、
推理小説でしかない、と。



今の時代は、科学が第一に考えられた社会であり、
世の中の偶然、
説明のつかない、不思議な話、
そういったものは、
「根拠のない怪しい話」として、
蔑まれてしまう傾向があります。



その流れにより、
全てのものに、明確な、
科学的な『答え』を求める流れが当たり前なので、
村上さんの本にも、
当然、
「あの登場人物はこうで、
あれはこれを意味するのか?」
と、明確な『答え』を求める傾向が出て来ると思います。



しかし、彼はこの本の中でも述べていますが、
「自分の作品は、人に寄って捉え方が変わるものだから、
読者一人一人に答えがあっていい」と。
「僕は、その作品の作者であると同時に、
その作品を別の視点から見て、
こう感じる。
でも、あなたが、違うように感じるのは当然で、
明確な答えはない」と。



これをアメリカ人の学生に言うと、
みんな、
「そんなバカな話があるか。あなたはこの作品を作った張本人なんだから、
答えを知っていて当然だろう」
と言われるらしいですが、
実際には、そうではない、と。


*****

だから、世の中にある、
「村上春樹の本を読み解く」系の本とか、
色々とありますが、
村上さんは、そういうものは余り意味が無いと言っているし、
俺も、そういう本には全く興味が持てないのです。

*****

また、彼の作品を、
端的に捉えて、
ネガティブに感想を下してしまう人もいますが、
それも、勿体無いな、と、感じます。

*****

恐らく、一人一人に答えが違うように、
彼の作品を読んで、
「これはつまらなかった。もう読まない」
となってしまうのも、一つの答えであると思います。

*****


この本のあとがきで、
河合さんは言っていました。

「村上さんとは、『ウマが合う』のです」と。


要するに、
村上さんのスタイルが、好きかどうか、
それだけなんだと思います。

俺は、個人的に、
こういう、精神的なこと、
心の中の、深いこと、
脳の中に、確実にあるけれど、
普段は言葉にできないから、表現はできないけれど、
でも、確実にある、「それ」、

(要するに、感覚の世界ですね)

そういったことに関して、
話をすることが、とても好きです。

彼女とは、そういう話をしょっちゅうするし、
「それ」について語れる人は、
少なくはありますが、
「それ」について語るとき、
非常に喜びを感じます。

(要するに、オタクなんですね)


で、きっと、
村上さんは、
そういう、「感覚」の世界のことを、
書いているから、
好きなんだと思います。

*****

いやあ、長くなっちまったぜ。

ということで、まとめ。

「村上さんは、感覚の世界のことを書いているから、
それに対して、明確な答えはない。
そして、俺はそれが好き。」


はあ、疲れた。

2012/2/9 10:46





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本 Review |  村上春樹

February 08, 2012




普段と全く違う場所へ足を運ぶことは、自分に新しいことを気づかせてくれる。

それは、新しい土地には、
自分がそれまでに体験した「記憶」が、そこに存在しないから。


自分がある程度暮らした土地では、少なからずその土地に基づく「記憶」が存在するため、
その土地で新しい日々を送っていても、
少しは、昔の「記憶」にとらわれている自分がいる。



しかし、完全に新しい土地には、
今までそこに自分がいなかったため、
全てが、新しい。

そこで、「過去の自分」が存在しない状態で、全く新しい「自分」と向き合うことになる。


、、、


だから、新しい土地へ足を運ぶことは、自分の心を新しくしてくれるのかもしれない。


、、、


新しい土地に足を運ぶことは、
まるで、
心の洗濯のよう。


それまで自分に溜まっていた垢をこそぎ落とし、
心の大掃除をしてくれる。


2012/2/8.   9:55







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Thoughts-思ったこと 

February 07, 2012

538280

ファイナンシャルプランナー兼エコノミストの中原氏の本です。

内容は、
1、サブプライムが何故起こったかと、その後の世界経済の流れ
2、なぜエコノミストの予測が当たらないのか
3、経済予測力の磨き方
4、資産運用の際の金融機関の磨き方

などが書かれています。

*****

これは彼のモットーの様ですが、
心理学、哲学、歴史学を学び、
幅広く物ごとを見られる視野を付ける事で、
経済や金融に対しても、的確な予想ができるようになると説いています。

上に挙げた、「なぜエコノミストの予測が当たらないのか」ですが、
要するに、世の中にいるエコノミストは、
実際には使えない経済学ばかりに詳しく、
その分野の専門性ばかりが高過ぎて、
他の視点から物ごとを見られていない、と。

よって、心理学、哲学、歴史学のような学問を学び、
それらの「モノゴトの見方」を適用する事で、
本当にモノゴトを見られる様になりますよ、
ということを説いています。

*****

また、サブプライムローンをきっかけに破綻した世界経済ですが、
「アメリカ人が世界中のモノを買い求める様になり、
それが振興国と世界経済の成長と原動力であった」ということ、
及び、
「今の経済不況を治すには、
再度、アメリカが世界の需要の中心となれるように、
各国がアメリカの国債のスポンサーとなって、断固として買い支えることで、
アメリカ中心の世界的なお金の循環システムを復活させられる」と言っています。


各国でバラバラに経済政策を打つと、保護貿易が加速し、
世界経済が縮小する。
それよりも各国で協調して、
世界経済のエンジンである「アメリカ」を支える方が、
得策である、と。

*****

しかし、上の経済対策には、
各国の国民感情が賛成しないでしょうと、筆者自身も書いています。

「どうして、俺たちの税金でアメリカを救わなきゃいけないんだ?」と。

しかしながら、歴史的に見ると、
世界はアメリカの恩恵を受けて来たと。
ヨーロッパはアメリカから援助を受けて第二次世界大戦に復興し、
日本や中国、アジア諸国も、アメリカがモノを惜しみなく買ってくれたおかげで、
高度成長を達成できた、と。

だからこそ、
ザブプライム問題を引き起こしたアメリカを非難するだけではなく、
「アメリカ経済を助けてやる=世界経済を助ける」ということを理解した上で、
世界中の人々が、「今回だけは助けてやるか」と寛容の心を持って、
合理的な選択ができないか、と言っています。



彼は、この意見に対して、重大な欠点があると説明しています。
アメリカが永遠に財政赤字と貿易赤字を増やし続けるのは、不可能である、と。
それでも、アメリカへの資金環流のシステムにより、
現状ではこの矛先は先へと回避できると説きます。

*****

また、上の意見とは別に、
アメリカだけに頼らずに、
世界各国で消費を伸ばして、経済を回復させるべきだという意見に関して、
彼はこう述べます。

結論として、この考えは、世界経済を悪い方向へもって行く可能性をはらんでいると。

それは以下の通り。


経済が極度に悪化する
  ↓
国家は国内企業を保護する為に、輸入障壁を設ける動きを強める
  ↓
輸入関税の引き上げに寄る輸入制限や、政府による国内企業への補助金投入が起こる
  ↓
国内企業を助ける一方で、輸出入の低迷化を招く
  ↓
国際貿易の縮小に拍車がかかる
  ↓
世界経済の縮小が進み、更に経済が悪化する
  ↓
人々が生活の不安から右傾化して、大きな戦争に向かう下地が出来上がって行く


*****

また、世界が大きく誤った方行に行かない様に、
各国の首脳、財務省、経財相、中央銀行総裁などは、
定期的にネットで会議を開くべきであると説きます。

開催国に招待国を招く従来のやり方では、
お金も手間も時間もかかるし、
結果、話し合いたい内容に結論が出る前に、
時間切れになってしまう、と。

それよりも、
ネット環境が発達した今、
それを十二分に生かし、
何度も頻繁に話し合う必要がある、と。


これには僕も賛成です。
よく、アニメや映画で、世界各国の首脳同士が
ホログラムなどで話し合うシーンがありますが、
あんな風に出来たら、いいなと思います。
(もしかして一部では既にそうやっているのかもしれませんが)

*****

この本が書かれたのは2009年の3月であり、
今から3年前になります。

今は、日本国内の企業を見ると、
マーケットが拡大している東アジアに焦点を絞って、
需要を拡大させ、ビジネス展開をして行く展望の企業が多いと思いますが、
果たして、上に挙げた様な、
「アメリカを再びマーケットの中心へ」という動きが起こることはあるのでしょうか。

そして、アメリカが再度、
世界経済の中心に戻る日は来るのでしょうか。

*****

2012/2/7 14:56



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本 Review |  経済学

February 06, 2012

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先日、東京工業大学の教授に就任された、
池上さんの本です。

2010年6月に出版されたものですが、
その当時の日本で話題になったニュース、
アメリカのサブプライムローン破綻後のリーマンショック、
ドバイショック、EUの問題、
中国の問題等、
大きく分けて書かれています。

この本を書こうと思った理由は、
普段ニュースを読む力を、より読者に付けて欲しい、との気持ちからとの事です。



「前書き」の部分で彼はこう言っています。

*****

「毎日くまなくニュースを見ていますが、池上さんが解説するように、深く読み解けません。
どうしたら池上さんの様に深くニュースを読み解ける様になりますか?」との質問を良くもらいますが、
比喩として、ジュースをストローを使って飲むところを考えて下さい、と。

ストローで吸い上げることによって、
ストロー内の空気が口に移動し、
気圧が下がって、ジュースが上がって来る、と。

ここでいう、空気を吸い上げる事が、
「ニュースを知った後に、誰か他の人に、話をしたり、書いたりすること」であると。

そうすることによって、
自分が分かったつもりでいたニュースを以外と知らない事に気づいたり、思っていたよりも理解をしていなかった事に気づく、と。

そうすることで、どこが分からないかに気づき、
その知らない部分をより知る為に、
更なる参考文献を読んだり、新しく自分で調べたりする、と。

そうすることが、より自分へ情報を引き寄せる力となり、
結果、一つの事に対して、詳しくなることができるのです、と。

*****

俺はこの例えを読んで、
とてもうまい例えだなと思いました。

確かに、自分では分かったつもりの事でも、
誰かにいざ説明をしてみようとすると、
以外とうまく話せないものです。


最近は本を読んだ後に、ここにレビューを書く様にしていますが、
それも、理由としては、

1、自分が読んだ本のリストを知りたい
2、自分がその本を通して何を学んだのかを客観的に知りたい
3、「俺はこんなに本を読んでいるんだぜ」というのを、周りの人に知らしめていい気分になりたい

という理由が挙げられますが、
(3の理由が一番強かったりして。)

実際、本を読み終わって、その本に関して書こうとしてみると、
以外と、「あれ?俺、分かったつもりで全然分かってないじゃん」
と気づきます。

または、自分では、
「俺、こんなことをこの本を読んで思ったけど、もしかしてかなり冴えてる?」
なんて思う訳ですが、
いざ文字にして、客観的に読んでみると、
「大した事言ってねえなあ」と気づいたり、
または、毎回同じ様な、自分の主観が入りまくった感想で終わったり、
「これってただの自己満じゃん?」という内容だったりと、
まあ、自分を客観的に見れるわけです。


そして同時に、色んな人の目にさらされるので、
いざ感想を書き終わった後でも、
「そういえば、本の中のあの箇所について触れてなかったな」とか、
「ああやって書いたけれど、本当はこういう見方もあるんじゃないだろうか」とか、
色々と考えることになるわけです。


その結果、
本を読み終わった後よりも、
感想を書いた後の方が、もちろん、
その本に対しての理解力は深まるし、
更には、その感想を書いてから、
しばらくして色々と考えた後の方が、
益々、その本に対して、理解が深まる気がします。



これは、音楽や、映画に関しても同じ。

ここに、自分の観た映画や、自分の好きな音楽の感想を書く事で、
より、その事物に対して、
愛着がわいたり、より、記憶が深まったりするのです。

*****

というわけで、
池上さんの言っていることは、
いかにニュースをより深く読むか、の例えなので、
俺がここに書く、本や映画、音楽の感想のこととは、
ちょっと異なるのですが、
それでも、彼の言わんとしていることには、
とても共感ができます。

*****

ということで、
これからも、「こいつの感想は幼稚だなあ」と影で笑われる事も沢山あるとは思いますが、
コツコツと、自分の感想をここに書いて行こうと思います。



相変らず、この本自体の感想に全然なっていないし。

2012/2/6 22:51





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本 Review |  社会・政治
20120213


・年代別「10年後も食える働き方、ヤバイ働き方」
・発表!「20・30・40代を後悔しない」リスト51
・有名社長の本音「採用、昇進、ポスト防衛の新・条件」
・有力人事の告白「今や8割の社員は用済みだ!」
・コラム▼中国、韓国、欧米……「外国人ボス」へのゴマのすり方、教えます
・「会社にしがみつかない」ワークスタイル3.0図鑑


などの記事がある。

自分としては、
『「会社にしがみつかない」ワークスタイル3.0図鑑』
のコラムが面白かった。
この中では、実際に会社に勤めながらも、
自分の得意分野は何かを研究して、
それを収入の場に結びつけ、
最終的に、会社を辞め、独立をした人の体験談がある。

会社での給与が上がらなくなったり、
または、いつ会社にリストラをされるかが不安な人は、
「お金をもらう」(雇われる)方法ばかりに頼るのではなく、
「お金を自ら稼ぐ」(自ら仕事を作る)方法を、考え、実践して、身につける方が良いと。

要するに、今の時代は、「自分への投資」が、一番確実なものだ、と。

*****

表紙の文字が気になって手に取り、
中には、大企業の社長が直接語っているので、
実際に読み込んでみた。

基本的に、これからの時代で求められる人は、
「どんな世界でもやって行けるタフさを持った人間」
「社内、社外関係なく、相手の言いたい事を的確につかむコミュニケーション能力」
「国籍、文化を問わずにコミュニケーションが出来る為の言語力」
「何ごとにも挑むチャレンジ精神」
などが求められる。

しかしそれと共に大事なのが、
「真摯さ」
「真面目さ」
「素直さ」
と言ったもの。

中にある、サイバーエージェントの藤田社長は、
これから管理職になる人間を選ぶ場合に、

A 人格がよくて、実績のある人
B 人格が悪くて、実績のある人
C 人格がよくて、実績のない人

がいたら、
迷わず、A→C→Bの順番にすると言う。
つまり、実績があろうと無かろうと、
その前に大事なのは、「人格だ」ということ。

*****

昨日、このプレジデントのバックナンバーで、
「7つの習慣」のスティーブン・コヴィー博士と稲盛和夫氏の対談を読んでいた。

20110815


この中で、稲森氏が言っていた。

『「人格」とは、
その人の中に、「思いやり」があるかどうかなんです』と。


稲森氏も、必ず上に立つ人間には、
「人格」が大事であると説く。

そしてその人格とは、
その人間の行動、考え方の背骨に、
「思いやり」があるかどうか、ということだ、と。

*****

今週号のプレジデントを読んでいても思ったが、
色々な社長や役員が、
難しい言葉を使って、
「今、求められる人材」を説明しているように一見は見えるが、
どの人も、すごくシンプルなことを言っている。


要するに、
「人間として、気持ちよい人間なのかどうか」ということ。


真面目である事。
素直である事。
より努力して、今よりも上に上がろうと思い、それを実行する事。
相手の話を、きちんと聞く事。
これからの時代の流れを読み、その流れに載って行ける様に、求められる必要なもの(語学力や知識)をきちんと付けて、仕事に生かそうとする事。

そういった事が出来る人が、どの企業でも求められる。

そして、そう言った人間というのは、
「一人の人間」として見た場合でも、
十分にビジネスをやって行けるスキル、経験を兼ね備える事になる。


*****


これからの時代では、
大企業に勤めて、高い給与をもらって、
一生涯安定・・・というのは、
もう存在しない。

しかしながら、多くの人々が、
その幻想にしがみつこうとする。

それは、私たちの親の世代が、
そういった「常識」の中で育ち、
そうやって聞かされて育った私たちは、
その道を選び、
その子供もまた、
親の「常識」を聞いて育つから。

*****

自分と歳が10歳違う人と話すと、
考えている事、常識、聴いて育った曲、
そういったものが、全く違う事に気づく。

それが、20歳離れればその違いは尚更。

つまり、それだけ時代の流れは早いということだし、
10年前に通用したものが、
今から10年後にはもう通用しなくなる、ということ。

よって、きちんと自分が、
時代の流れを読み、
その中で、自分をきちんと表現し、
自分にとっての「幸せ」をきちんと掴む方法を考える必要がある。

*****

テレビというのは、基本的に何も考えずに見れる様に出来ているし、
視聴者を引き付ける様に作られているから、
見ていると、ネガティブなニュースや考え方ばかりを流している。

まるでテレビばかり見ていると、
この世の中は暗くて、先行きは見通しが付かず、
将来は不安定なものにしか見えなくなる様な傾向がある。

しかし、実際のところは、
「自分の頭を使って、自分で考えて、
自分の感覚で感じて、自分の経験を通して情報を集めて、
そこから何かを学び取り、次に生かす様にすれば」、
モノゴトの「軸」というものは見えて来て、
「何が大事なのか」が、シンプルに見えて来るものだと思う。


*****

上に書いた事と重複してしまうが、
人間、大事なのは、
「より成長しよう」と思う気持ちである。
「より、今の自分よりも成長したい」という気持ちを持ち続けていれば、
他人の言う意見も素直に聞く様になるし、
より今よりも勉強して、視野を広げようと思うし、
もっと広い世界を知ろうと思う。

逆に、その気持ちを持たない場合、
誰か任せの人間になり、
結果、「お払い箱社員」になってしまう。

*****

今の時代は、
ただ単純に、
「自分はどう生きるのか」を、強く考える必要があるだけなんだと思う。

恐らくその「必要」とは、
人類が生きて来た何万年の歴史の中で、
常に人類の重要課題の一番上に挙げられていたと思う。

ただ、その「どう生きるのか」の答えは、
時代に寄って、毎回変わって来ているだけ、ということ。

そして、どんな時代にあろうと、
根本的な部分は、変わらないだろう、ということ。

*****

大分脱線してしまったが、
そういう事を、最近よく感じる。

2012/2/6 18:58



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本 Review |  ビジネス書
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今回で読んだのは二回目です。

一回目は、今から三年半前、
2008年の夏に、アメリカから帰って来て間もない頃、
免許の更新をしながら、免許センターで読みました。


当時読んだ時には、
余り良く意味が分からなくて、
印象も殆ど残っていませんでした。

ただ、デニーズで主人公のマリと高橋が話をするシーンと、
会社員の男が、夜中のオフィスで仕事の後に筋トレをするシーンだけは、
なぜか鮮明に覚えていました。

*****

今回読んでみて、
正直なところ、後半に差し掛かるまでは、
余り面白いと思えませんでしたが、
後半の部分で、
コオロギとマリが、
二人で会話をするシーンを読んで、
「中々深いな」と感じました。

むしろ、あのシーンがあるからこそ、
この小説は、そこまで暗い中をじっと堪えて、
読み進める価値があると思います。

*****

コオロギが、マリに伝えるシーンがあります。

「人間は、記憶を燃料にして、
生きているのではないか」と。

その記憶は、華々しいものだろうが、
日常のちょっとしたことだろうが、
特には関係ない。

火に燃料の紙を入れる時に、
それが哲学書だろうと、
一万円札の束だろうと、
エッチなグラビアだろうと、
火は特に気にしない。

それと同じだよ、と。

*****

コオロギが言います。

「人間の記憶というものは、
不思議なもので、
一生懸命、昔の事を思い返そうとすると、
以外と、色々な事を細かく思い出せるものなんだよね。
人間の記憶というものは、
必ず、脳のどこかにきちんとしまわれているもので。」
と。


その話を聞いて、マリは一生懸命、
姉エリとの近かった頃の思い出を探ります。

そして、エレベーターの中で、
小さい頃に、姉と二人で閉じ込められてしまった時に、
姉が、救助をされるまで、
しっかりと抱きしめていてくれた時の事を思い出すのです。

*****


その後マリは、
それまで姉との間に距離を感じ、
自ら姉との距離を置く様にしていたわけですが、
高橋から聞いた姉の話も併せて、
恐らく姉は、自分が思うほど、
自分に距離を置こうとしていなかったのではないか、

むしろ、
距離を取っていたのは自分ではなかったのか、
と、そんな事を感じるのでしょう。


そして、いつまでも眠り続ける姉のベッドに入り、
姉の横で安心して眠ります。


そして最後、姉が起き出す様な気配が、
少しだけ、読者にほのめかされます。

*****

この小説は、時刻が深夜に差し掛かる夜中の11時50分頃から始まり、
明け方の7時前まで位までに設定されています。

その間に、
主人公であるマリ、
そしてその姉のエリ、
エリの同級生の高橋、
ラブホテルで中国人の女性を殴った白川、
そしてそのホテルで働くカオル、
コオロギ、コムギなどによって、
話は進められます。


また、眠り続けるエリの部屋に置いてあるテレビには、
白川のいたオフィスに似た空間が映し出され、
そこには、薄いマスクを顔にかけられた男性も登場します。

*****

あくまでも話は、第三者の視点から語られ、
その視点は、読者である「私たち」に、
語りかける様に物語は進んで行きます。



この作品は、村上さんに取っては実験的なものであり、
かつ、昔からの村上さんファンからの評価は、二つに別れるみたいですが、
僕は、一つの作品としては、結構好きかな、
と思いました。


まるで、この読者たちと一緒に、
徹夜をして、日が昇るまで、
夜を起き続けた様な感覚にとらわれます。


*****

あの部屋にいた、
顔にマスクをかけられた男性が、
一体誰なのか。

それは、何を意味するのか。

そういったことは、
最後まで明かされませんが、
読者それぞれが、自分自身の答えを持っていいのだと思います。

*****

昨日、彼女とも話をしましたが、
村上さんの長編作品は、
非常にダークな部分を描いているので、
読み終わった後、正直、疲れます。

その『ダークな部分』とは、
人間が必ず誰しも持つもので、
それは、人間が夢の中で見る悪夢のようなもので、
居心地は良いけれど、同時に、
そこにずっといると、出られなくなってしまうような、
そんなところを描いています。


だからこそ、彼の作品を読むと、
また、別の作品を読みたくなると同時に、
余り彼の作品ばかりを読んでいると、
精神的にこもってしまうというか、
外に出るのが、億劫になってしまうのです。
精神的に。

*****

だから、彼の長編作品を読んだ後は、
彼のエッセイを読むなり、
または、全く別のジャンルの小説や、
ノンフィクション、ビジネス本などを読まないと、
バランスが取れなくなってしまいます。

*****


村上さんの本を俺が彼女に紹介されてから、
約5年近くが経ちますが、
彼の文章を俺が読むのが好きなのは、
純粋に、彼の文体が、流れるように、
磨かれた球体の様に、
とても読み易いからです。

ある意味、「村上春樹の文体依存症」みたいなもんです。
それが無いと、生きられない、という。


なので、彼の本を読む訳ですが、
同時に、彼の長編小説は、
ほとんどがそういう風に、暗い部分を描いているので、
読み終わった後、
ずーんと、暗くなっている自分がいるわけです。



まるで、気持ちよさと引き換えに、
自分の身体が、侵される、みたいな。


彼の文体を読む気持ちよさの代償が、
その、ダークさなわけです。

******

ということで、俺の彼女は、
彼の長編小説は余り読みません。

それよりも、彼のエッセイを読みます。
長編小説を読むと、
恐くなってしまうけれど、
エッセイを読むと、
「ああなんだ、ただの性格の良いおじさんだったんだ」
と安心するからです。

*****

というわけで、彼の長編小説は、
最近は立て続けに二本読んでしまったので、
そろそろエッセイにシフトチェンジしようと思います。

2012/2/6 17:02




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本 Review |  村上春樹

February 05, 2012

IMG_2957


いやあ、子供の成長は早いですね。


前回に僕の姪に会ったのは1月の頭でしたが、
今回約一ヶ月ぶりに会いました。

随分と大きくなっていました。

前回よりも一回りは大きくなっていたと思います。

ほっぺのまわりが、一気に大きくなりました。
前回は肌も柔らかくて、「生まれたての赤ちゃん」という感じで、
肌もフカフカだったのに、
今は、少し固くなって、パーンとしています。



また、前回までは目がきちんと見えていなかったらしく、
声をかけても、あまり反応せず、
こっちも見なかったのが、
今では、しっかりと目が見えるらしく、
目できょろきょろと追いかけます。


子供の成長は、本当に早いですね。


******


さっき、ふと思ったけれど、
やっぱり、「いのち」が生まれるっていうのは、
すごいことだなあ、と思った。

お母さんのお腹の中で、最初はただの細胞だったものから、
生命がつくり始められ、
そこから、数ヶ月後に、きちんとお腹の中から、
赤ちゃんが生まれて来る。


で、その赤ちゃんは、
最初は、目も見えず、
言葉も喋れず、
本当に小さな、ただの生命なのに、
日に日にそれが大きくなっていって、
数年もすると、普通の子供になって、
それが30年近くすると、今の俺みたくなって、
更に30年近くすると、高齢者になるわけですから。



すごいですねえ。


*****

お腹の中でできた、
細胞からできた物体が、
そこまで大きく成長して行く。

そして、意思を持ち、
学び、
仕事をする様になり、
考え、お金を稼ぎ、
後世に何かを残す様な人間になるかもしれない。



いや、マジですごいよね。

*****

赤ちゃんをしみじみと見て、
そうして、ゼロの気持ちになって、
物ごとを考えるということは、
自分を、忘れていたけれど、
大事な「何か」に、戻してくれる気がします。

2012/2/5 23:18



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Thoughts-思ったこと 

February 03, 2012


先ほど、テレビのニュースで、
「グローバル化する企業の採用方法」という形で、
幾つかの企業が取り上げられていました。


まず、ユニクロのファーストリテイリング。
来年度より、
「新卒、中途、国籍」、一切関係なく、
通年採用を開始するそうです。
そして、社内では英語を公用語に。

また、味の素は、
国籍関係なく、
誰もが管理職に就ける仕組みを。

ローソンは、
海外の現地拠点で成績を上げた人は、
国籍関係なく、
日本のトップに立つ事ができる、と。


この動きは、
日本に来ている他の国からの留学生にとっては、
非常に良いことだと思います。

******

インタビューの中で、ある人物が言っていました。
「日本の中で、日本人と話をして、
日本で生きて行く事は、ある意味ラクなんです。
日本人よ、安住を抜け出せ」と。

ユニクロの柳井社長も、
「”日本の体たらく”とよく言われますが、
それは、日本国内だけを基準として考えて来たから、
”日本の体たらく”たるものが生まれたのであって、
まずは、そういう考えや習慣自体を壊していかなきゃいけない。」と。

*****


よく思います。

日本が島国ではなかったら、
どうだったのだろう、と。


日本という国は、世界から見ると、非常に特殊な国です。

国民のほぼ全てが日本人。
(最近は外国人の割合も徐々に増えてはいますが。)

日本語で全てが通じ、
”日本の常識”が日本国内を占める。

他の国と陸地で繋がっていないから、
他の国の人々や、文化、言語、考え方の違いと、
日々の生活で、触れる機会も殆どない。

そんな中で、日本国内にずっといると、
これが当たり前、となり、
このある意味『閉じられた世界』が、
心地よくなって行くのです。


しかし、ここで「心地よい」と感じる理由は、
同時に、(誤解を招く訳ではないですが、)
自分が、日本国内では、
優位に立つ存在に、『たまたま』あるからかもしれません。

その条件は、
・日本人
・男性
・大学卒
であるということ。

上の条件が欠けている場合、
恐らく自分は、日本国内での居心地の悪さを、
今より感じる事でしょう。
(あくまでも、ビジネスの世界で、出世をして行く、という場合に置いてですが。)



しかし、それが例えば自分が留学した国であるアメリカの場合。

やはり、男女の差別は存在しますが、
日本ほど顕著ではない。
性別関係なく、
上にどんどん登って行ける土台がしっかりと用意されています。

人種問題に対する取り組みも、日本のそれとは天と地の差があります。
日本国内では、「外国人」というだけで、
そもそも採用されず、
「日本人」であることが、当たり前という感覚がありますが、
もしもアメリカで、人種の問題なんかで採用を見合わせたりしたら、
その企業は訴えられます。

学歴に関しても、実力さえあればOK、
という土壌がより多くアメリカにはあると思います。



つまり、日本は、
社会的弱者に対しては、
非常に住みづらい国であると言えると思います。



*****

それが、今後は、「グローバル化」すると言う。
ある意味、それは、
「今まで閉じられて来たガラパゴス化した日本国内の仕組みを、
やっと、世界の基準に合わせる」
という事だと思います。



しかしながら、恐らく今日のニュースを見て、
その「変化」に対して、
居心地の悪さを感じる人の方が多いと思います。


キャスター本人も言っていました。

「先日発表された、東大の9月への入学時期変更のニュース然り、
日本国内は、海外への遅れを取らない様に、
必死に変化をしようとしています。

ええ、”大変”だとは思いますが、
ある意味、これを飛躍のチャンスにして欲しいですね。」


ここで”大変”という言葉を使う時点で、
今までの日本の常識である、

 「レベルの高い、名前の有名な大学を出る」
→「”新卒”で有名企業に入る」
→「出世の道を歩む」

というカタチが、”普通”であり、
それが、ある意味”ラク”である、と言っているわけです。

そして、”新卒”や、”国籍”や、”言語”の差が無い状態で、
日本以外の国から留学をしてくる優秀な人材と競争することを、
”大変”だと感じているのだと思います。


*****


上に挙げたカタチが、
有利に働くのは、
日本に住む、日本生まれの日本人である必要がある。

そこに、日本という島国を、
更にメンタルの部分でも島国化する、
”常識”が潜んでいる。


(簡単に言うと、
日本の中で闘うには、
”日本人である事”が大前提なので、
外国人が入って来る余地が今まで無かった。
だから、日本人も、日本国内で働いている限り、
外国人を相手に競争する必要が無かった。
しかし、今後はグローバル化が進み、
日本国内で働く外国人も増えてくる事から、
日本国内に居ながらも、外国人と競争をしたり、
日本語以外を職場で使わなければいけない機会が増えて来る。
それは、日本人にとって、大きな環境の変化であり、
その『変化』に適応することが、大変である、ということ。

その流れは、日本が今後生き残って行く為には、
必然的であるにも関わらず、
日本は余りにも、
日本人が、日本国内で暮らし易い環境を作り上げて来たので、
その”心地よい家”の中に、
他の人たちがごそごそと入って来る事に、
拒否反応を示している、ということ。)


*****


長くなりましたが、
「日本国民のメンタリティを、島国からグローバルへ変える」
必要があるわけですが、

逆に言うと、
日本国民のメンタリティが、島国化している理由は、
ただ単純に、
日本が、周りを海に囲まれた”島国である”という物理的な理由が、
一番強いのだと思います。



だって、根本的に、
日本人は世界と比べても、
真面目で、勤勉で、
誇り高く、
独自の文化を築き上げて来たから。

そうじゃないと、戦後の焼け野原から、
一気に、世界第二位の位置まで、
上り詰められたはずがありません。



*****


今は、『グローバル化していない日本』を責める余り、
『日本人そのもの』、『日本人のありかた』を短絡的に責める傾向もあるかと思いますが、
元々、『日本人』というものは、
優秀な人材であると思います。



もしも日本が、他の大陸のど真ん中に位置していたら、
どうなっていたのか。

周りを、他の国と隣接していて、
他の国から、違う言語、文化を持った人々が、
頻繁に入って来る環境にあったら、
どうなっていたのか。


それを考えると、面白い。



日本人は、必ず今後も飛躍して行きます。

そして、その一人として、
俺は、頑張ります。

2012/2/3 21:51



補足:
今日、この内容について彼女と語った。

彼女曰く、「アメリカの格差社会に関して、モノ申す」と。

俺はここで、
「アメリカは、人種や、学歴関係なく、
自分の努力次第で、上に上がって行ける」
と書いたけれど、
実際には、アメリカはそんなシンプルでも無い、と。

恐らく、日本に「上、中、下」の格差があるとした場合、
アメリカには、その更に三倍以上の格差がある、と。

で、その格差の下の方で闘う場合には、
確かに、人種や学歴はある程度までは関係ないかもしれないけれど、
アメリカでも、本当に上の方のレベルで闘う場合には、
人種、学歴、親の仕事、
全てがモノを言って来る、と。




また、アメリカでは、
人種や性別によって、
何か差別が起きた場合、
それに対して、声を上げて反対をする人が沢山いるから、
それだけ、「アメリカは問題が改善されているんだ」と、
一見、外見的にはそう感じ易いけれど、
実際のところは、
そうやって昔から叫ばれているけれども、
一向に改善されないで残り続けている問題も多々あるし、
また、
そのように、多くの人が声をわざわざ上げなければいけないほど、
アメリカには、多数の問題が存在している、と。




逆に、日本では、
ある程度のレベルの中で人々が生きて行ける様に、
社会的にも保証されている。
だから、ホームレスの数も、そこまで多く無いし、
(アメリカはやたらとホームレスが多い。しかも皆、物乞いをしてくる)
貧困で餓死する人なんかも、いない、と。


だからこそ、日本の場合には、
アメリカほど、声を上げなければいけないくらいに、
問題自体が元々多くはない、と。

*****

確かにな、と思いました。

まあ、今回の俺のこの日記の論点は、

「日本が島国であるが故に、
この国が日本人にとってだけの居心地の良い『家』になっていて、
そこに、最近は外から寒い風が入ってくる様になってきた。
本当にこれからの時代で生き残って行くには、
寒い外に出て行き、そこに適応できるようになることであり、
同時に、日本という家の窓も、一度大きく開け放し、
外の寒い空気を一気に家の中にいれて、
換気をしなければいけないけれど、
その気温の変化に、人々が抵抗を感じている」
ということだったので、
そこは彼女も分かった上で、
しかし敢えて言うと、アメリカはね・・・
という感じで教えてくれました。

確かに、そうだよね。
実際、アメリカに住んでいて、
「白人優越主義」的なものも、
沢山感じることはあったしね。
それは、白人は感じることが無いものなんですが。
「見えないバイアス(差別)」ってヤツです。

*****

俺は、日本にいる以上は、
日本人で、男で、大学卒なので、
社会的に、差別をされる様なことは滅多に無い。

しかし、俺がもしも上の条件を満たしていない場合には、
今の俺が感じていない「差別」を、
感じることがあると思う。

それが、「見えない差別」であり、
その差別を受けた事の無い者は、
その差別が存在していることすら、
気づかない、というものである。

*****

こういうことを、僕はコミュニケーション・スタディーズ専攻にて、
勉強してきました。

よく、ビジネス専攻の学生とかには、
"What's your major?"
"Communication studies."
"Oh, really? What are you gonna do with that?"
(『お前の専攻なに?』
 『コミュニケーションだけど』
 『マジで?それ勉強して何になんの??』)
とバカにされましたけれど、
(コミュニケーションスタディーズ専攻というのは、
言わば、目に見えない、『教養』的な勉強であり、
ビジネスや、会計など、
物理的に実践的な専攻ではないので、
ビジネス専攻の輩からは、良くバカにされる対象にされる)

俺はある意味、
そういう、目に見えないものを勉強することで、
自分の内面的な人格、深みをつけていたんだな、
と勝手に感じました。

2012/2/5 23:41



shunsukesekine at 22:00コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと | News Review
CIMG2252

今日は節分。
成田山では毎年恒例の、大河ドラマの主演俳優たちと、
大相撲力士による豆まきが開催されました。

昨日家族がそれを口にして、
誰が来るのかなと調べてみると、
松山ケンイチさんが来るじゃないですか。

これは行こうぜと、
11時の豆まきに合わせ、
10時半前に着く様にして行って来ました。

*****

現場に付くと、既に凄い人です。
でも、思ったよりそこまで多い訳じゃないな、というのが正直な感想。
考えてみたら、今日は平日です。
普通、20代の社会人が堂々と来れる時間帯じゃないよね。
無職の特権です。

*****

ということで、俺と同い年の男性は一人もいなく、
周りは年配のお姉様方だけだったので、
171cm位しかない僕ですが、
周りの人よりも頭一つ高い位置に。
おかげで、遠くの方までよく見えました。


CIMG2249



肝心の松山ケンイチさんは、とても素敵でした。
僕は彼のファンです。
彼の演技はとても上手い。
『デトロイト・メタル・シティ』を見て、すっかりファンになりました。

彼は、豆をまく準備の間でも、
隣にいるおじさま方(市長などでしょうか)
と、笑顔でよく話をしていました。
素晴らしい笑顔でした。素敵です。


そして、深田恭子さん。
彼女もとても綺麗でした。
顔が小さい!!

それから、松雪泰子さん。
彼女は反対側に立ってしまったので、
ハッキリとは見えませんでしたが、
醸し出すオーラはとても綺麗でした。
「知的で綺麗な女性」という感じでした。


他にも、玉木宏さんや、
藤木直人さんも来ていました。

(玉木さんはこちら側を見ていたのでよく見えましたが、
藤木さんは全く見えなかった。残念)

それから、力士は本当に大きいですね。
みんな、2メートル近くあるんじゃないでしょうか。
あの巨体にひと張りされたら、
多分俺は一瞬で吹っ飛ぶんだろうなと思うと、
プロの力士は凄いなと、
感激せざるを得ませんでした。

今度は生の相撲をいつか観に行ってみたいです。

*****

ということで、
前回豆まきを観に行ったのは、
小学生の頃、
豊臣秀吉を演じていた竹中直人さんだったと思いますが、
その時は俺が小さいせいで、
全く見えなかった思い出があります。

今回も、俺の隣にいたお姉様たちが、
「全くもう、人の頭しか見えないわ!
これじゃしょうがないわね」と、
ぶつぶつと呟いていらっしゃいました。

*****

肝心の豆まきのシーンでは、
マイクを使って、
「震災に、勝あああーーーつつ!!」
という言葉が、大音量で境内に響く中、
皆さんが必死に飛んで来る豆を掴もうという有様に。
中々恐いです。
(成田山のお守りは新勝寺の『勝』という文字が入ったお守りなので、
今年は、震災に勝つというテーマで、一貫して行われていた。)


しかし、豆をまき出して直ぐに、
前の方の観客が、押し合ったり、または下に落ちた豆を拾おうとしたか何かで、
マイクですぐに、
「豆まきを中止してくださーい!!中止です!!」
との声がかかりました。

豆まきが始まる前にも、
何度もマイクで、
「肩車をする、または下に落ちた豆を拾うなど、
危険とみなされる行為を発見した場合には、
すぐに豆まきを中止致します。
その後の再開は一切ありません。
よって、2分間の豆まきが、最後まで行われる様に、
皆様のご協力をお願い致します」
としつこいくらいにアナウンスしていましたが、
結局、始まってすぐに中止の声。

「なんだよ、終わりかよ」とみんなざわつくと、
少ししてから、
「それでは、豆まきを再開しまーす!!」と。

「なんだ、また始まんのかい」と周りのお姉様たちは
ブツブツ文句と嬉しい声の混じった感想を漏らしていらっしゃいました。


結局、それが3回繰り返される羽目に。

豆まきスタート→中止→再開→中止→再開→中止

という感じで、トータル時間は一分半でした。

*****

日本の伝統は興味深いですね。


2012/2/3 16:11


【大相撲力士】   
横綱:白鵬 大関:把瑠都  大関:稀勢の里  前頭:隠岐の海

【NHK大河ドラマ「平 清 盛」】出演者
松山ケンイチ ・・・・・ 平清盛 役
玉 木  宏  ・・・・・ 源義朝 役
藤 木 直 人 ・・・・・ 西行/佐藤義清 役
深 田 恭 子 ・・・・・ 時子 役
松 雪 泰 子 ・・・・・ 得子/美福門院 役

shunsukesekine at 16:12コメント(0)トラックバック(0) 
行ったところReview 

February 02, 2012

sputnik

また読みました。
一回目に読んだのは、
2010年の夏、今から一年半ほど前です。

その時は、
丁度家族と温泉旅行へ行った時に読み出したのですが、
二日間くらいで一気に読み終えてしまいました。

この本の最後の方には、
「僕」が担任をしている「にんじん」という生徒が、
スーパーで万引きをして、
その事で呼ばれるシーンがあります。

そこでは、夏の気怠い感じがうまく表されていますが、
丁度この小説を初めて読んだ時にも、
その気怠い夏の感じが実際にあったので、
そのシーンがうまくリンクして、
記憶に強く残っていました。

(当時は横浜に住んでいたので、
家の近くにあった駅前のあるスーパーの地下を、
そのにんじんのシーンは思い起こさせる。
まるで、そこで起こった事かの様に。)

*****

この小説は、不思議な小説です。

イメージとしては、非常に「爽やか」というか、
「すっきり、あっさり」というか、
彼の他の長編小説にあるような、
ダークさ、口の中のできものを噛んでしまうような感じが、
そこまでありません。

だからこそ、「爽やか」という感じがするのでしょうか。


*****

この小説に出て来るミュウは、どこまでもカッコ良く、
すみれは、どこまでも不思議なクセのある存在で、
そして、「僕」は、その二人からちょっと距離を置いたところに、
存在しています。

*****

この小説を今回読んでいて思った事は、
村上さんが他の短編小説などで試した内容が、
もう一度、この小説の中で、
書き起こされているんだな、ということでした。

例えば、人食い猫の話とか。

これも、彼の短編小説「人食い猫」で出てくるものとそっくりです。


先日読んだ「雑文集」の中で読んだかと思いますが、
彼はまず、短編を書いてみる事で、
言わば、長編小説の予行練習をして、
その後、短編で一度書いた内容を、
さらに書き換えたり、
または、もう少し磨きをかけたりして、
最終的に、長編小説に持って行くパターンが多いそうです。



また、彼にとって、
日々の生活で感じることや、
日々の出来事が、
言わば、小説を書くネタとなって行くそうですが、
(ということで、
今は、余りエッセイを書かない様にしているとか。
ネタを守るため)

この小説の中でも、
彼が、カキフライに関して書いたエッセイ(雑文集の中に収められているもの)
と同じ様な部分がありました。

*****

言わば、一人の人間が、
「自分」に関して語るとき、
自分が考える「自分」とは、
余りにも自分勝手な思い込みによるものであることが多く、
「私はバカ正直な人です」と言う様な人が、
簡単に人を騙していたりと、
そういうことが起こる、と。

だからこそ、
逆に、何か特定の別のモノに対して、
自分の考えを語る事で、
結果、「自分」というものが見えてくるのではないか、と。




これは、自分と何か「別のモノ」の距離を測る事によって、
自分自身の位置関係を確かめる、
ということですね。


*****


また、もう一つ感じた事は、
これは確か村上さんの「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」
にあった気がしますが、
彼は、小説を書くことによって、
人が通常見る、寝ている時に見る夢を、
起きながら、小説を書きながら見ていて、
その為に、普段は一切、夢を眠りの中で見ないのではないか、と。


そして、実際、
こうして起きながら夢を見ている彼は、
かなり危ないところを渡っているのではないか、と。



彼は「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」で言っていた気がします。

「僕は、家の地下にある普段は存在しない扉を開けることによって、
人々と繋がるその物語を紡ぎ出しているのです」と。

それは、かなり危険な行為であり、
体力も使うし、
精神的気力も使う、と。



彼の小説は、
上に、「口の中に出来たできものを噛んでしまう感じ」と書きましたが、
何だか、人間のダークサイドの部分を描いていて、
非常に引き付けられるものがあります。


それは、普段、自分が夢の中(無意識の状態)
でしか見れない「夢」のイメージであり、
その時に感じている事は、
一度目覚めてしまうと、
その感覚は覚えているものの、
何が起きていたのかは、殆ど思い出せない、という感覚に似ています。

まるで、小さい頃、
熱を出すと必ず見た、
悪夢の、生々しい記憶の様に。



小さい頃に見る夢は、
非常にリアルで、
かつ、悪夢に限っては、
その感触が、目覚めた後も、如実に残っています。



僕個人の話になりますが、
その昔、自分が何かに追われていて、
どこかのシークレットサービスのような所へ逃げ込み、
自分の前と後ろに、大人のボディガードが守ってくれて、
そのまま逃げようとしたものの、
後ろのボディガードの背後から、
その何者かは銃を発射し、
後ろのボディガードの体を突き抜けて、
自分の背中に弾が貫通した、

その瞬間に、目が覚めた、
ということがありました。
恐らく、小学校低学年の頃です。

その時に、自分の体に、弾が入って来た感触を、
生々しく覚えています。

*****

また、これは熱があった時に見た悪夢。

もの凄く難解なパズル(数字の組み合わせ。恐らく何万通りの数字の組み合わせ)
があり、
それを解くまでは、そこから抜け出せない、というような、
そんな夢でした。

そのパスルを解ける確率は、
恐らく、自分の人生が何百万年あっても不可能で、
その、パズルの複雑さに、
恐くなった記憶があります。

それも確か、小学生の頃でした。

******


村上さんの書く小説は、
言わば、そういう時の恐さというか、
恐いけれども、見たくなってしまう奇妙な物語というか、
そういう、ダークな部分が、
確実に、存在しています。



そして、その言葉にはできないけれども、
確実に存在する「不安さ」を、
彼は、一つの小説を通して、
再現しているのです。

*****

この小説の中で、
すみれが、
「夢の様子を、文字にして文章に落とす事が出来る人は、
限られている。ある特定の才能を持った人しかできない」
と、自らの文章の中で述べる部分がありますが、
村上さんも、その一人なのだと思います。




僕は、村上さん以外のフィクションの「小説」というものを、
正直好んで読んだ事がありません。

読書の習慣も、
基本は、エッセイやノンフィクションしか読まずに入ったので、
小説は、時間の無駄使い、みたいな勝手なイメージを
自分の中で持っていました。


そして、それから、彼女の影響で、
村上さんの本を読み出しました。

その後、他の日本人の小説家の文章を読んだことも殆どないので、
果たして、村上さんの小説が、
他の人のそれと比べてどうなのか、
余り比べる事ができません。


しかし、彼の小説は、
世界的にも人気があることから、
やはりきっと、
人々の心をつかむ、「何か」が、
確実に存在しているのでしょう。

*****

最後に。

この小説の中で出て来るミュウの観覧車のシーンは、
非常に奇妙で、
かつ、どこか、心を惹かれるところがあります。

「世にも奇妙な物語」のような、
恐いんだけれども、
どこか、綺麗な印象があり、
心の奥底に確実に印象として残っていて、
またその詳細を忘れた頃に、
読み返したくなってしまうような、



そんな印象を与えます。

*****

彼の小説を読み終わって時間が経つと、
大まかな流れや、ある特定の細部は覚えているものの、
結末や、小説の中の幾つかの部分を思い出せない、
という状態にいつも陥るのは、

もしかしたら、僕の記憶力が低下しているせいでは無く、
「彼の小説を読むこと」=「夢を見ていること」
と同じなので、
読み終わった後は、
その夢を見たことは覚えているけれども、
その夢の詳細は、どうしても思い出せない、


そうなってしまうことと、
関係があるのではないでしょうか。


(それとも、ただ単に本当に俺の記憶力が低下しているせいか。)


2012/2/2 23:46





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本 Review |  村上春樹
J

『J・エドガー』.
観て来ました。

監督はクリント・イーストウッド。
主演はレオナルド・ディカプリオ。
観に行かない訳がありませんね。

*****

予告編など一切観ず、
何にも調べずに、
この映画の一枚のポスターだけを頼りに、
観に行きました。
こんな映画は余りありません。
(Will Smithの"I am Legend"位じゃないでしょうか。)


ちなみに両親と三人で観に行きましたが、
二人とも映画中は寝ていました。
つまらなかったみたいです。
俺は面白いと思ったけれど。

*****

この映画は、俗にいう、
「こりゃあ面白かった!!壮快だぜ!!」というノリの映画ではなく、
イーストウッドらしく、
「・・・・、やっぱり、考えるところがあるよね。
うん、感慨深い。」
という感じの面白さです。


この映画の主演であるジョン・エドガー・フーヴァーですが、
僕はその存在を一切知りませんでした。
映画を見終わって、
「へえ、こんな人がいたんだ」という感じでした。

帰って来てWikipediaで調べると、
中々凄い人物だったようですね。

各代の大統領の極秘情報を握って、
ニクソン以外の誰も、彼に歯向かえなかったとか。

また、キング牧師のスキャンダル問題を掴み、
彼に、ノーベル賞を辞退する旨を申し付けたなど、
中々やっている事が凄いですね。

一つの映画の主役とするには、
かなりブラックなサイドの大きな人物です。

*****

そして、映画に話を戻しますが、
ディカプリオの演技がうまい!!

彼の演技には毎回脱帽させられますが、
今回も、迫真の演技でした。

20代から70代までを、しっかり演じきるのが凄いですよね。

彼の映画は、ほぼ全て観ています。
一人だけ好きな俳優を挙げろと言われたら、
恐らく彼の名前を挙げるでしょう。

そんな彼ですが、
今までアカデミー賞を取っていません。
ぜひ次回は取って頂きたいですね。

先日彼女とも話をしていましたが、
彼の出る作品は、
ほぼ毎回、彼は最後で死ぬか、
または、変な終わり方が多いですね。

純粋なハッピーエンディングがありません。

そして、今回も観ていて思いましたが、
非常に役作りに凝っていますね。

"The Aviator"も彼の主演で大好きな映画ですが、
これで演じたハワード・ヒューズと同じ様に、
今回もかなりクセのある役でした。

焦ると、口が滑ってしまうところとか、
極端に潔癖性であり、かつ人種差別が酷いところとか、
そういう役を演じさせると、彼は本当にぴか一です。
『ギルバート・グレイプ』の頃の彼が遥か昔に思えます。
(あの映画での演技はかなり上手く、彼は本当にちょっとおかしいんじゃないか、と疑われた位らしいです。)

*****

また、もう一人の相棒、
クライド・トルソン役のアーミー・ハマーも印象深かったです。

ちなみに彼は、『ソーシャル・ネットワーク』でウィンクルボス兄弟を演じていましたが、
あれ、一人で二役だったんですね。
昨日知りました。笑

どうみても、合成のように見えないから、
「よく、こんなガタイの良い二人の俳優が居たもんだな」
と感心してみていましたが、
完全に一人二役だったんですね。

いやあ、今の技術はすごいもんです。
CG映像の専攻を昔していた自分にとっては、
特撮技術を見抜く目に関しては自信がありましたが、
遂に、CGを使っているのかいないのか、
分からないところまで撮影技術は来てしまいました。


そんなアーミー・ハマーさんでしたが、
今回はディカプリオさんとお熱い関係にありました。
ちょっと二人の迫真の演技は、
迫真すぎて困ってしまいました。

*****

それから、エドガーの秘書役のヘレン・ギャンディこと、
ナオミ・ワッツがとても綺麗でした。
彼女は43歳なんですね。
全然見えませんね。


それにしても、
ディカプリオ、ハマー、そしてワッツ、
三人の歳を取った頃の特殊メイクには、
本当に感心しました。

肉の付き方、
喉の周りの肉、シワの付き方、喋る時に出る骨の様子、
手のシミ、
目の濁り方など、
本当に年齢を重ねた70代の人たちの様でした。

今は、特殊メイクの技術も、
一目では分からないところまで来たもんです。

(唯一、ハマーの歳を取った頃の外見が、
老人にしては目がやけに綺麗過ぎて、
ちょっと違和感があった。
あれは、どちらかと言うと、
ハマーの演技力の問題でしょうか。
ディカプリオやワッツに関しては、
ちっとも気にならなかったので。)

*****

と、長くなりましたが、
ぜひ機会があったら観てみて下さい。

意見は二つに別れると思いますが、
ディカプリオの「The Aviator」が好きだった人は、
きっと好きだと思います。


そして、御歳81歳になるにも関わらず、
相変らず元気でいらっしゃるイーストウッド氏。

彼は毎年一本は映画を撮る様にしているみたいですね。
凄いパワーです。
ちなみに身長は188センチ。

こんな風に、
80歳を超えても、
ガンガン元気に仕事をしている人がいると思うと、
非常に元気が湧いて来ます。

がんばれ、クリント・イーストウッド!!


2012/2/2 22:20




PS.
ちなみに、ロバード・ケネディ役をやっていたのが、
ジェフリー・ドノヴァンだった。
彼は、"Hitch"での嫌な役でしか見た事がなく、
その印象が強かったので、
何だか嫌でした。

ロバード・ケネディはとても好きなので、
もっと爽やかな人にやって欲しかったです。


shunsukesekine at 21:26コメント(0)トラックバック(0) 
映画 Review 

February 01, 2012

5101GKrUhcL

菅下氏の著作です。
2009年の11月に出版されたこの本。
今から約2年前の本となります。

テーマは、
「今後は東アジアが重要な舞台となる」ということ。

最近はニュースを見ても、
または企業の方と話をしても、
「今後の事業戦略はアジアでの拡大」
ということが頻繁に取り上げられます。

中国、インド、タイ。
インドネシアに、シンガポールなど。

アジアはこれから、
人口も増えて来て、
各分野に対する需要が高まります。

そこへ、
日本を初めとした発展国が、
医療、資源、食料、サービスなどと共に進出すれば、
アジアは大きなマーケットとなる、ということです。

*****

この本の中では同時に、
2008年のリーマンショック以降のアメリカの動き、
ロシアの今後の動き、
また、日本政権の動き、
が説明されています。

(丁度この本が出た頃は2009年の8月、鳩山政権への自民党から民主党への交替後だった為、著者は鳩山政権への変化へ大きな期待を寄せていた。まさか一年以内で管政権へ以降するとは予想をしていなかったとは思いますが。)


また、今後日本で伸びてくるであろう各分野(太陽光発電、アジア地域での資源開発、エコ技術など)
で、注目すべき企業名にも具体的に触れています。

*****

まずは、アメリカの「グリーディーマネー」の考え方は、
今後は益々世界から嫌われて行くし、
世の中で繁栄する考え方にもならないでしょう、と。

"Greedy Money"とは文字通り、
「自分だけ利益を出してなんぼ」
「今後の世界への貢献度よりも今日の稼ぎが重要」
という考え方です。

今後は逆に、
"May I help you?"(人助け、おもてなし、他者を思う気持ち)の精神が、
世界中でも必要になってくると言います。

*****

また、ロシアに関しては、
今後はプーチンがもっと力を持ってくるだろう、と。

*****

読んでいて思ったのは、
やはりアジアに目を向けて、今後を生きて行くのは、
非常に面白い、ということです。

同時に、自分がアジアでビジネスをして行ける力を付けなければいけません。

その為には、アジアの各国の言語を話せる様になるのも大事ですが、
それ以上に、各国の文化を良く理解して、
その国の人と、本当の意味で「コミュニケーション」できる力が大事、
ということです。



一括りに「アジア」と言っても、
日本、中国、インド、タイ、韓国、北朝鮮、インドネシア、シンガポール、ヴェトナム、
全て、文化が違います。

よく留学中に、「Asian」という括りで一纏めにされると、
非常に頭に来ましたが、
それと一緒です。

「同じアジアでも、全然違うんだぜ。全部一緒にすんなよ」とその時思った分、
それだけ、アジア各国の常識、文化、生活習慣、モノの考え方は違うということです。

*****

今後、多くの企業が、
「アジアでの事業拡大を検討し、アジア諸国へ工場や支店を作り、アジアでの需要をターゲットにして行く」と言います。

しかし、アジアと言っても様々な国があります。
その中で、その企業が専門とする「モノ」(サービスなども含め、その企業の事業内容ということ)
が、どの国で一番求められるのか、
そして、それをその国で浸透させるには、
何が必要なのか。

それをしっかりと掴める力が大事になります。

*****

僕は現在転職活動中ですので、
よく企業からの質問で、
「アジアへの進出をどう思いますか」
「アジアへ海外出張することをどう思いますか」
「『海外=欧米』ではなく、『海外=アジア』との認識を、どう思いますか」
との質問をもらいますが、
正直に、アジアで今後仕事をして行けることは、
非常に面白い、と思います。

自分が学生時代に旅をしたときも、
ヨーロッパやアメリカの旅よりも、
中国、タイ、カンボジアなどのアジア諸国の旅の方が、
断然面白かった。

それは、それらの国が発するパワーであり、
人々の持つパワーであり、
それらが、充満していたからです。

*****

著者はこの本の中で、
今後30年以上は、アジアが力を付けて来て、
「United States of Asia」(第二のU.S.A)
ができるだろう、と予測をしています。

現在自分は28歳。
自分が現役で働けるであろう65歳まで、
残り37年程です。

その間を、うまく波に乗れる一つの方法として、
まずはアジアの国々をしっかり知ることから始まるでしょう。

2012/2/1 13:52



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本 Review |  経済学
41zIGGkvszL

メイヤのセカンドアルバムです。

このアルバムは、
1998年に発売されました。
俺は、中学3年の春頃に買った気がします。

*****

当時の自分のお小遣いは月1500円で、
かつ、当時は今の様にYoutubeなどで音楽を視聴することはもちろん、
CD屋でも中々視聴はできなかったので、
一枚2500円前後のアルバムを買うということは、
お小遣い約2ヶ月分を費やすわけで、
かなりの出費でした。


しかしこのアルバムは、
ある音楽屋に行ったら視聴が出来る様になっていて、
とても気に入ったので、
買った訳です。

そう考えると、当時洋楽のアルバムを買うことって、
賭けに近かったよな。

*****

というわけで、このアルバムを聴くと、
中学3年生の頃の感覚を思い出します。

朝の7時頃の、
まだ、日差しがそこまで強くなっていないような、

そんな中で、太陽の光によって、
自分の姿とともに、その頃の記憶も、
白く、見えにくくなっているような、


そんなイメージです。

*****

このアルバムは非常に聴きやすいですが、
さらっとしているというか、
クセが無い分、
最初に洋楽を聴き出す人にはいいのだと思いますが、
何回かこのアルバムを聴いて行くと、
一回さらっと通して、
「はい、終わり」という感じで、
次に行きたくなってしまうようなアルバムです。


つまり、爽やかで害はないけれど、
かといって、かめばかむ程味が出るするめの様な
「しつこさ=おもしろさ」もないという。


と、偉そうに書いていますが、
発音が非常に綺麗で、
かつ、メイヤの声はとても綺麗なので、
聴いていて気持ちよくなれます。

"Pop & Television"とかも好きですが、
"Seven Sisters Road"や、
"Do the Angels Have a Home"も好きです。


その中でも、今回引っ越しをしながら聴いていた時に、
いいなと思ったのが、
13曲目の"Don't Push the River".



歌詞がいいです。

「あなたは人生で、
色々と欲しくなって、
早くそれを得たいと思うかもしれないけれど、
焦っちゃだめよ。

まずは、人生という名の川の流れに身を任せなくちゃ。
その流れと戦おうとしたりしてはダメ。
流れに乗って、自然に行くことが大事よ。

あなたが欲しいと思うものは、
何でも手に入るんだから、
ただ一つ重要なことは、
その川に飛び込むことだけよ」



てなことを歌っています。


「いいこと歌ってんじゃん、メイヤ!!」と、
引っ越しをしながら、一人でぶつぶつ言っていました。

2012/2/1 7:49





shunsukesekine at 07:49コメント(0)トラックバック(0) 
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