March 2011

March 30, 2011



音楽というのは、不思議だなと思う。

それを聴いていた時の感覚、気持ち、見ていた景色、匂い、
そういったことを、鮮明に思い出せる。

「音楽」=「記憶の、日記」。


2011/3/30 21:44




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音楽 Review 
BonJoviCrossRoad

久しぶりに聴いたら、
めっちゃ良かった。

****

俺がこのアルバムを初めて聴いたのは、
中学校2年生の頃。
初めて触れた”洋楽”が、Bon JoviとThe Beatlesだった。

幼稚園から通っていた水泳館の先輩が、
Bon Joviの"These Days"を貸してくれた。
これで、Bon Joviにハマった。

"These Days"
Bon_Jovi_These_Days

(このアルバムは、当時聴いていたカセットテープが擦り切れる程聴いた。)

中学2年から高校までは、
Bon Joviばかり聴いていた。
同じ時期に、AerosmithやLenny Kravitzも聴き出したわけだけど、
やっぱり中心というか、ニュートラルな所には
Bon Joviがあった。
(中学当時の俺には、
Aerosmithはちょっとロックし過ぎていて、
自分が彼らの曲に合わせるには背伸びをしている感じがしたし、
Lenny Kravitzは、高校に入るまで聴いた事が無かった。)

今日聴いていて思ったが、
Bon Joviの音楽は、
日本人向というか、歌謡曲っぽさがあるんだと思う。
しっかりとメロディがあるというか、
歌いやすく、キャッチィな曲の作り。
だから、結構アメリカ人に「俺Bon Joviが好き」っていうと、
思いっきりバカにされるんだけど、笑
日本人には、これだけ好かれてるんだろうね。

*****

上記の様に、
"These Days"から始まり、
"Cross Road"でレパートリーを覚え、
"Keep the Faith", "New Jersey",
などを聴いて行った。

"Keep the Faith"
KeepTheFaith


"New Jersey"
Bon_Jovi_New_Jersey


しかし、俺が好きになった中2の頃、
つまり1997年頃は、
95年にBon Joviが"These Days"を出してから、
解散をした後だった。

で、Jon Bon Joviの"Destination Anywhere"や、
その他、彼らの昔の音源ばかり集めて、
いつ結成されるんだろうと、
首を長くして、本当に待っていた。

"Destination Anywhere"
Destination_Anywhere

(このアルバムもかなり好き。高2の頃に初めてアメリカHSに行った際に、
"Staring at Your Window with a Suitcase in My Hand" を何度も聴いていた。
高校の入学の頃には、"Janie, Don't Take Your Love to Town" を良く聴いていた。)

当時、俺に取って、
中学時代は非常に辛い時期だったから、
Bon Joviが生き甲斐だった、と言っても過言ではない。
Bon Joviのライブに行くまでは、
とりあえず死ねないな、と思っていた。
そん位好きだった。

*****

で、2000年、
俺が高校2年生の5月に、
忘れもしない、"Crush"が出ました。

"Crush"
BonJoviCrushalbumcover



ラジオで"It's My Life"を聴いたり、
"One Wild NIght"を聴いた時は、
本当に涙が出るくらい嬉しかった。
だって、中2で好きになって、
高2まで、3年とちょっと、
自分の一番好きなバンドがNEWアルバムを出す、
というのを経験したことが無かったわけだからね。

"Crush"が発売されたのは、
確か5月17日とかだったと思うけど、
マジで前の晩は眠れなかった、気がする。

本当に嬉しかったな。

*****

"Crush"は、まあまあ良かった。
一つ思ったのは、
テクノロジーを使い、
「完成されすぎている」というか、
綺麗に纏まりすぎて、ロック感がなかった。
それまでのBon Joviにあった、汗臭さがなかった。
なんか、綺麗にかっこ良く纏まってしまったような。

それまでは破れたジージャンだけだったのが、
急に黒いスーツを着て、かっこつけてしまった様な。
まあ、イメチェンもあったんだろうね。

で、その後出た"Bounce"は、
これはかなり好きだった。
ちょっと荒削りな感じもしたけど、
何かBon Jovi臭くて、何度も聴いた。

"Bounce"
Bon_Jovi_Bounce


これを聴いていたのは、それが出た2002年。
アメリカ留学1年目のWeedの土地で、
MDで何回も聴いていた。
(アメリカよりも日本の方が先行発売で、
家族に日本で買ってもらって、それをMDに取ってもらったものと
送ってもらい、それでを聴いていた。
このアルバムを聴くと、Weed時代が鮮明に蘇る。)

で、その後は、なんだっけ?

・・・・今Wikipediaで調べたら、
"Have a Nice Day"だった。
これは、2005年にロングビーチに移った時に、
曲を聴かずに買ったんだけど、
いやあ、ひどかった。
"Welcome to Wherever You Are" とかはメッセージが良かったけれど、
何だか、俺は好きになれなくて、
5曲目以降は、実は聴いた事がない。

"Have a Nice Day"
Have_a_Nice_Day_Bon_Jovi_album



で、その後は、2枚くらい出していますが、
全く聴いていません。

何か、"Have a Nice Day"でショックを受けたんだろうね。
そこから、聴かず嫌いになっちゃったのかもしれないけど、
カントリーに走ってしまったからか、
そういうBon Joviが嫌いになってしまった。
非常に商業的になってしまったというか、
音が、安くなってしまった。
(もしかしたら違うのかもしれないけど、
俺は、新しいアルバムのファーストシングルカットを聴いても、
そう感じないから、
きっと、そうなのだろう)

なので、今はBon Joviを全く聴かなくなってしまった。
むしろ、「Bon joviだせえ」と思う様になってしまった。

*****

でも、以前いつだか日記に書いたけど、
自分の過去を否定するのは、自分自身を否定するのと一緒で、
自分が昔好きだったものを否定するのは、
当時の自分のBelief(信条、信念)を否定するようなもの。

で、別にそんな堅い意味じゃないんだけど、
さっき、ふと、"Livin' on a Prayer" が聴きたくなって、
この"Cross Road"をかけてみたら、
メッチャ良かった。

何か、グルーヴがあるというか、
情熱、魂が入っているよね。

一曲目の"Livin' on a Prayer" から、
七曲目の"You Give Love a Bad Name" まで盛り上がって、
その後の"Bed of Roses" で熱が一旦冷めるくらいまでが、
超良かった。

"Livin' on a Prayer"なんかは、
何度聴いても、なんか涙が出そうになるよね。
この熱い歌詞にさ。
(完全にBruce Springsteenのパクリですが)

"Keep the Faith" や、
"Wanted Dead or Alive" 、
"Lay Your Hands on Me"、
で、お決まりの"You Give Love a Bad Name" なんかも、
本当にいいですね。

*****

大ファンだった中学生、高校生の頃は、
彼らのアルバムを中古で見つけると、
殆ど買いあさっていた。
彼らの特集が載っている雑誌を見つけたり、
本を読んだり、
とにかく、何か"Bon Jovi"と名のつくものには、
いつも興奮していた。

当時はネットなんて無かったから、
映像なんて、手に入らなかったから、
(そう考えると、今の時代は凄いよね。YouTubeもあるし、音楽だってシェアファイルで何でも落とせるし)中古のビデオ屋で、必死になって彼らのビデオを探していた。

それ位ハマったBon Joviに、
今は全く興味が無い。

人の興味とは、変わるんだなと、
自分の事ながら、当時の中学生時代の自分を思い出して、
ふと、不思議になった。

2011/3/30 0:46am






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音楽 Review |  Bon Jovi

March 29, 2011

今日は帰り道、後輩四人とスタバにお茶をしに行った。

今日のメンバーは、一つ下のメンバー1人と、二つ下のメンバー3人。

普段は全然こんな機会が無いから(仕事が終わるのが遅すぎて、物理的に飲みに行く時間が無いから)、
こうしていつも一緒に働いているメンバーと、たった30分、一緒にお茶を飲むだけて、お互いのことを如何に知らなかったのかを実感する。

同時に、こういう時間が本当に大事だなと思う。

せっかくいいメンバーが働いているのに、仕事量が多過ぎて、お互いに一緒に過ごす時間が無いのは勿体無い。
恐らくどの会社でも、仕事量はハンパないだろうから、工夫して意識して、こういう時間を作るのが大事だろうが。


俺たちの仕事は、人を知る仕事なんだから、一緒に働いている仲間を知らないことほど、勿体無いことはない。

、、、、、

同時に、うちの会社は、殆ど九割以上が女性だから、
後輩なんかは、みんな年下の女の子。
俺は日本で社会人になったのが遅く、しかもここへは中途で入ったから、もう今年28歳だけど、今日お茶をした四人なんかは、みんな23、24歳だもんね。

なんか、そういう子たちが、真面目に、必死に働いているんだよな。


会社というものは、そういう、真面目に働いている子たちのことを、当たり前と捉えず、真剣に考えなければいけない。


2011/03/29. 22:13




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Thoughts-思ったこと | My Work-仕事
不安になるのは、
自分の人生にフォーカスしてないから。

明日死ぬかもしれない。
『いつか〜』なんて考えている場合じゃない。
他人の考えで人生をコントロールされるべきじゃない。


紙に書くこと。
自分の人生プランを書きだし、
自分の今の不安を書きだし、
自分がどうなりたいか、
どうしていたいかを書き出し、
全てが明確化して、
心の中のモヤモヤが消えたら、
あとは、実行するだけ。


不安になるのは、
自分の人生にフォーカスしてないから。

2011/3/29. 8:50am




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Thoughts-思ったこと 
c0184141_2565680

すごく疲れて眠いですが、
今日の気持ちを書きたい。

****

上の写真は、エアロスミスの「Just Push Play」.
2001年春の発表。
今から10年前になるんだな、と、
さっき帰り道に聴きながら、
ちょっとその数字にビックリした。
高校3年生の春、水泳の練習に打ち込んでいた頃に
超良く聴いていた。
あっさりしてるので、
何回か繰り返し聞くと飽きるけど、
たまに聞きたくなるアルバム。
エアロにしては珍しく、
機械を駆使して作られた。
彼らが初めて、制作にダイレクトに関わった作品でもある。
(それまではプロデューサーのブルースフェアバーンとかに
めっちゃ口を挟まれて、自分たちの好きな様に音楽を作れないジレンマがあった)

****

上のアルバムを聴きたくなったのは、
今日の夜集まったメンバーで話していた時、
ある一曲の中にある「Information Overload」という言葉が
浮かんで来たから。

****

今日は、会社の先輩と、後輩2人と
4人で、焼き肉屋に飲みにいった。

2時間弱、
色々話しながら楽しんだ。

後輩2人は、今月末で退職。
まだ2人とも入って間もないけれど、
辞めてしまうのは寂しくもある。

今は地震の影響で、
終了時間が19時なので、
20時にはオフィスを出られる。
だからそこから飲みに行っても、
3時間飲んでも、23時。
いつも働いている時間まで、飲めて、遊べる。

俺は日本の社会に出て、
「仕事帰りに一杯やっていくか!」
なんていう生活を送った事がなかったから、
(前の会社は、飲みに行く人がいなかったし、
今の会社は、飲みに行く時間が物理的に無い)
こういうのが、楽しい。

そして思うのは、
うちの会社は、本当に人はいいな、ということ。

こうして一緒に飲みに出かけて、
2時間でも1時間でもいいから、
仕事以外の場所で一緒に時間を共有するだけで、
普段は見えない、「その人自身」が見えてくる。

こういう、素敵な人があつまってるのに、
忙しすぎて、1年一緒にいても、
こうして飲みに行くのは、実は初めて、なんて、
で、その子たちも、もうあと3日で辞めちゃう、なんて、
もったいないな、悲しいな、と思った。

****

まあでも、今日はこうして4人で飲みに行けて
楽しかった。

****

2011/3/29 1:27am



おまけ:
先輩の彼女が雑誌の広告に載った。
かなりでかく。

彼女はプロのバドミントンプレイヤー。


IMG_0798



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音楽 Review |  Aerosmith

March 28, 2011

B0000ALSDR

今日は12時から来店があって、
13時半までカウンセリング1件。

その後、14時から15時半までセミナーをやって、
(お客さんが12人も来た)
その後は15時半から17時まで1件、
17時から18時まで1件、
で、18時から19時半まで1件。

計4件のカウンセリングと、
1時間半のセミナー。
めっちゃ疲れた。昼も食えねえし。

*****

話変わって、
今日は、同僚のKちゃんが最後の日だった。
彼女とは、彼女が去年の3月に入社してから、
中々一緒にゆっくり話せなかったが、
今日は、最後ということで、
会社の帰りに近くのロイヤルホストでコーヒーを飲んだ。

まあ色々話したけど、
彼女の、彼氏に対する見方とかを聞いて、
非常に感じるものがあった。

Kちゃんは、
自分の彼氏に、ポテンシャルを見いだしているらしい。
自分が彼氏に対して、何かを言う事で、
よく喧嘩をしたりもするけれど、
最終的には、彼氏も、Kちゃんの言った事を理解して、
そこから何かを学んでいくらしい。

帰り道、新宿駅まで歩きながら、
「まあ結局は、男はガキだし、
女性はそういう男を育ててくれるんだよね」
という話をした。

その話をしながら、John Mayerの"Dughters"を思い出して、
そういう話を俺の彼女としていた頃の事を思い出し、
日記を探してみたら、
下のような事が書いてあった。
http://blog.livedoor.jp/shunsukesekine/archives/51055430.html

ほほお、と、感心した。

読みながら、当時の俺は、今から4年前の23歳だったけど、
今よりも大人だった所も多々あったんじゃないか、と思った。


今日Kちゃんは、
自分が彼氏に対してポテンシャルを見て、
彼氏を育てているのと同じ様に、
Kちゃん自身も、
彼氏と話す事で、
自分の軸を保っている、という様な事を言っていた。

俺も、自分の彼女が、指針である。
彼女は良き伴侶だし、(いつも間違えて”僧侶”といいそうになる)
彼女のおかげで、随分色々学ばせられてると思う。

*****

そんな訳で、Kちゃんと話し、
そういう類いの事を話せて、
嬉しかったさっき。

帰りは、John Mayerの"Heavier Things"を聴いて帰って来た。
23歳、2007年、卒業したばかりの頃を思い出す。
ロングビーチのあの夏の感じ。

当時は不安だらけだった日々も、
今となっては、いい思い出。
懐かしい、もう帰れない日々の思い出。

2011/3/28


"Daughters" by John Mayer



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音楽 Review |  John Mayer

March 27, 2011

今日は、震災後に会社が自宅待機になった後、
それが解けて22日より働きだしてから、5日ぶりの休みだった。

まず、今までずっと行きたかった、髪を切りに行く。
昨日の夜に本当は行くはずだったが、行けず。

10時半の予約で、いつも切ってもらっているKさんがいなかったが、
その代わり今日カットをして頂いた方は、とても上手かった。
この美容院ができて約3年立つが、
ほぼ創業当時からいるらしい。
話しやすい女性で、非常に話が弾んだ。

髪を切ってさっぱりした後は、
CROCSへ。
ずっと気になっていたbowenがやっと発売になっていた。
聞くと、昨日入荷したらしい。
26センチが一つだけありラッキー。購入。



めっちゃ軽くて、しかも中のぼつぼつが健康サンダルみたいになっていて、歩いていて気持ちいい。ぜひオススメです。
IMG_0775



実際は購入する前に、
その店舗ではない、もう一つの店舗へも見に行った。
その時、最近気になっていたNIKEのiPodのシューズを見に行く。
同じマルイの上階に、NIKEの店舗があったので見に行った。


たまたま店頭にいたNIKEのスタッフは、
とても良い方だった。
後で俺と同い年ということが分かったけど、
辻堂に住んでいるらしく、よくプライベートでも走っているらしい。
iPodを使っての走り方と、
それからシューズを詳しく教えてくれた。

俺も中学までは陸上部で走ってたけど、
もっぱら最近は、運動と言えば水泳だけだった。
それも、水泳でさえも月に一回行くくらいで、
この2年間は、全く運動をしなかった、
と言っても等しい。

筋トレもせず、飯もロクに食わず、
という生活を2年続けてしまった。

先日、母親を含めた別々の3人に、
一目会うなり、「痩せ過ぎなんじゃない?」
と言われた。
特に、上半身がガリガリになって、
厚みが全く無くなってしまったと、
3人ともに言われた。

最初に一人目に言われた時は、
「まあそんなもんか」と思ってたけど、
流石に全く別の3人に、同じ反応をされ、
「こりゃマズい」と思い出し、
急遽、運動をすることと、食に気をつけることに決めた。

で、今は関東大震災の影響もあり、
普段言っている横浜のプールも予定無しの休みに入っていることから、
走ることにした。
(と言っても、先日実家に帰った際に、
久しぶりに走ったのが、凄く気持ちよかったから、
というのもあるけど。
後は、先日発売されてた
Number Doの村上さんの記事を読んで、
走りたくなった、というのもある。)

そのNIKEのスタッフの方に超色々聞いて、
一番自分に合った靴を選んだ。
それからiPodに入れるセットも購入。


思ったのは、
今朝行った美容師の方も、
NIKEの方も、
2人とも接客がとても良くて、
純粋に楽しかったし、話していて気持ちがよかった。

俺もいつも接客をする側だけど、
休みの日に、こうして自分が接客されるのも
勉強になるし、大事だよね。

そういう出会いも楽しいしね。

*****

で、その後上に書いたCROCSのBowenをゲットして、
家に帰ってくる。

早速NIKEで自分のページを作り、
下に走りに出る。



(この右側のNIKEのロゴが入った小さなチップを、
シューズのインナーソールの下に埋め込み、
iPodとシンクロさせる仕組み。かっこいい。)
IMG_0781




よく準備体操をして、
家の近くの川の横のコースを、
約30分、6キロ走った。


そのコースの風景
IMG_0790




感心したのは、
走りながら、iPodから、ナレーションで、
「現在、○○キロを走りました。
速度は何分/キロペース。
目標の○キロまで残り○○です。」
などと声が入るところ。

それから、好きな曲を聴きながら
気持ちよく走れるし、
終わった後、自分が何キロ走って、
どれぐらいのカロリーを消費して・・・
というのが、全て正確に出るところ。

そしてそのデータは、オンラインで
上に書いたNIKEの自分のHP上で、
管理を出来る。

自分用に、
「今月は何キロ走る」「今月は最低何回のペースで走る」などの目標設定もできるし、
全てのデータが、ビジュアル化され、
走るのが楽しくなってくる。

やるね、NIKE。
こういう仕事をしているのは、素晴らしいよね。

*****

それから、走りながら、
音楽の世界に入り込めることは本当に良いなと思った。
こうして体を動かしていたり、
もしくは、絵を描いているときなどは、
音楽を、文字通り「感覚」で、
「体ごと」聴く、というか、
何か、無意識の隅の部分に、
音楽がしみ込んでくる様な感じになる。

だから、普段気づかないベースの音に気づいたり、
そのリズムが心地よかったり、
とにかく、楽しい。



それと思ったのは、
話は全然変わるが、
色んな犬がいるなということ。

走りながら、
犬を散歩させている人々+犬々に、
少なくとも15ペア位はすれ違ったわけですが、
色々な人がこの世界にいるように、
犬も、色んな犬がいた。

むっくりした足の短い犬から、
えりあしの刈り上げが綺麗なシバケン、
めっちゃ足の長いドーベルマンみたいなやつ
(犬の名前は全然分かんない)など、
本当に、全ての犬が
見た目も顔も体の作りも、全部違った。

それが何だか面白かったし、
「ああ、色んな犬がいるんだな」と感心した。

*****

走り終わって、帰って来て、
自分の走ったデータを見た。
31分53秒で、6.02キロ。

次の休みはかなり大分先だけど、
その時にまた走っちゃおう。

*****

夜は、映画を観たり、
今の自分の人生を見直したり。

紙に書き出して、
自分の今の不安な点や、やるべきこと、
心の奥にある、不安な要素ときちんと対峙して、
自分の心と対話する時間は、
やっぱり非常に大事だなと、感じる。

こうすることにより、
自分の頭の中、心の中を綺麗に掃除できるし、
精神面の衛生が保たれる。

****

てなわけで、
久しぶりの休みを、とても有意義に過ごせました。
もう寝ます。

2011/3/27 0:32






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Thoughts-思ったこと | 日常

March 26, 2011

Kick-Ass_film_poster

遂に、ニコラスケイジさんがやってくれました。
あなたの出る映画には、毎回裏切られて来ましたが、
遂に、やってくれました。
キックアス
とても良かったです。

TSUTAYAが全面的に売り出していましたが、
それも納得。
ニコラスケイジ始め、
クリストファー・ミンツ=プラッセ("SuperbadのMcLovin役")など、
いい味を出している俳優が集まっていました。

制作にはブラッドピッドが入っているみたいですが、
典型的な良い映画と言うか、
スピルバーグの作るアクションもののように、
テンポよく、
しかし、先は読めない展開で、
最後まで全く飽きずに観れました。

批判する点が全く無いくらい良い映画です。

****

そしてやはり、何よりも良かったのは、
ニコラス刑事さんの演技でしょう。

彼は今回、自分の一人娘に、
銃の撃たれ方を教えるシーンから登場しますが、
その後、2人でレストランで食事をしながら、
娘に誕生日プレゼントは何が良いかを聞いているところなんかは、
僕の留学時代の友達の、
サンディの元奥さんのダンにそっくりでした。
元々ダンはニコラスケイジに見た目も似ていましたが、
彼の方が年上、且つ、優しい喋り方をするので、
まだニコラスケイジの方が若いぜ、という感じでした。

しかし今回、ニコラスケイジもかなり年を取って来て、
遂にダンにそっくりになって来た、という感じです。
(ちなみにダンは、銃のコレクションがあり、
何十丁もの銃やライフルを持っていて、俺に自慢げに見せてくれていたので、
今回のニコラスケイジの役と、ますますそっくりでした。)

*****

この映画が、どうしてこんなに良かったのか、
ニコラスケイジは、なぜこの映画で期待に応えてくれたのか、
さっき30秒くらい真剣に考えてみた結果、
以下のことが分かりました。

つまり、
やはりニコラスケイジは
情けない役が何よりも似合うという事です。

「フェイスオフ」も、
「リービングラスベガス」も、
「マッチスティックメン」も、
彼が最後に死んだり、又は非常に哀れみを誘う様な
役の時には、
とても良い映画なんだよね。
彼のあの顔を生かして、彼の持ち味を最大に発揮しているわけです。

でも、彼が無い髪をちょっと増やしちゃったりして、
背伸びをして、カッコつけようとすると、
「ゴーストライダー」「ノウイング」「ネクスト」、
そして一番最悪な「バンコクデンジャラス」のように、
とんでもない駄作になるわけです。

ようするに、
「人は背伸びをせずに、自分のありのままで勝負して、
自然体で常にいろよ」っていうことを、
彼は何本もの映画で、世界中の僕らに示してくれているわけです。


流石です、ニコラスケイジ。
ますますファンになりました。

これからもあなたの映画を観るたびに、
何度も裏切られて行く事でしょうが、
それでもボクはあなたの映画を観続けます。

2011/03/26 21:43









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映画 Review |  ニコラス刑事

March 25, 2011


帰り、先輩と帰る。
飯を川崎で食う。
色々話す。


『知層』。

人の中身、重さを測る際に、必要とされるものが何か、話し合った。

その時、出てきたキーワード。

人は、
”左脳”ー論理的に考える部分と、
”右脳”ー直感的に感じる部分との、二面を持つ。

左脳だけでは、アタマの堅い奴。
右脳だけでは、感情に支配され、物事を系統立てて分析できない、いわゆるアタマの悪い奴。


人の上に立つには、
両方が必要とされる。

後者は、それを意識すれば、身につく。
前者は、その人の努力次第で身につけられる。

どちらも怠ってはダメだし、どちらかに偏っては、いけない。

特に、前者は、努力をしないと身につかないものだから、尚更怠ってはいけない。



その人の『中身』を作るのは、
人の『重さ』を作るのは、後者の努力が必要。

だから、本を読め。
感覚、知恵だけに走るな。
それは、人の重みをつくらない。
イメージ像が、スカスカの人間になってしまう。


*****


それを、話した。

人の上に立つ以上、バランスを保て。
自分の中身を作り上げる、努力を怠らないこと。

2011/03/24. 22:29






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My Work-仕事 | Thoughts-思ったこと

March 24, 2011

2011/3/23 23:50頃〜

今帰り道。
自宅待機が解けて、出社2日目。
今月は地震の影響で、
営業時間を朝の10時から、夜の19時にしている。
(通常は朝の11時から夜の9時まで)

朝は早くなるが、夜は7時きっかりに営業を追えて、
7時半にはオフィスを出るようにしているから、
非常に頭が冴えているし、効率が良い。

普段夜の9時まで営業して、
そこから事務作業をやっても、
正直疲れているし、頭はまわらないし、
ぶっちゃけ効率めっちゃわるいからね。

それに比べて、今の時間制度はいい。やっぱり朝早い方が絶対に良いよ。

****

今日は、夜7時半にオフィスを出て、普通に帰るつもりだったけど、F部長がたまたま帰りが一緒で、『何か食ってく?』と誘ってくださり、そのまま一緒にいたMとAも一緒に、四人で住友ビルの上のワインバーに行った。
そこで、ピザとかを食べながら、主にF部長の話を聞いて、色々考えた。

****

Fさんの話は、凄く面白かった。
彼はモノゴトの全体像を見て、それを分析し、モノゴトの位置づけをするのが非常にうまい。

だから、自分の事も、客観的に見ているし、相手と自分の関係も冷静に見て分析できているので、自分がどういう場でどう出たら、どうなるのかを、把握した状態でモノゴトに携わっている。

それは、仕事に置いても、仕事上の人間関係においても、全てにおいてそう。

自分が他人に取ってどう映るか。
自分がどうアクトしたら、相手にはどう映るか。相手はそれからどう感じるか。
それを自分で良く分かっていると、ある程度はその場をコントロールできるし、純粋に楽しい。
それが出来てこそ、俺のカウンセリングの場にもそのまま使えるし、それは仕事をする上で、どんな状況でも使える。

他にも、俺自身で言えば、もっと自分を出した方が良い話とか、
自分をうまくコントロールして、どんなお客さんの前でも、自分を出せる様にするにはどうしたら良いかを分析することとか、

例えば、カウンセリングにホワイトボードを使って、ビジュアルでどんどん書く話とか、
俺の旅の体験を、色々なツールを使ってお客さんとシェアすることとか、
色々アドバイスをもらった。


俺は良く言われるけど、
自分がこうと思う型に勝手にはまって、それゆえ自分を出せずに、つまらない奴になってる事が多々ある、と言われる。
(主に組織内で。)

そこには、人にどう思われるかとか、そういうのを気にする自分の昔ながらの性格もあるのかもしれないし、
中学時代に経験した事で、人前(数名以上のなかの空間)で、自分を出す事を怖がっている自分がいるのかもしれない。

まあでも、1人のお客さんの前でも自分を最初から出せないのは、
やっぱり、バリヤーを他人に対して張っているんだろうね。

明日は、蝶ネクタイをしめて、
メガネをかけて、
カラコンを付けて、
「ボク、アメリカで目の色も変わっちゃったんですよ〜」
って言って、胸から色付きのハンケチーフを出して、
登場してみるか。

*****

上のところまで書いてて、
さっき帰って来て、シャワーを浴びて今、
日付が変わって1:25amです。
もうフラフラです。寝なきゃ。


頭が回っていないのでクリアに書けないけど、
とにかく今日は楽しかったな。

普段は夜の11時過ぎまでオフィスで働いてたけど、
夜の8時前に出ると、
今日見たいに3時間飲んでも、
まだ11時前。

人は、朝の時間が勝負っていうけど、
本当だよね。
一日を効率よく使うには、
朝早い方がいいよ。
12時前ギリギリの出社なんて、マジで効率悪いかんね。


****

とにかく今日は楽しかった。
Fさんに感謝です。
彼のおかげで、色々触発されて、学んでいます。

どんどん自分から、話しかけて、
学んで行こう。

2011/3/24 1:27am



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My Work-仕事 | Thoughts-思ったこと

March 21, 2011

_SL500_

3月18日から読み出して、
毎日ちょこちょこ読んで、
今日読み終わった。

「アルケミスト」を書いたブラジル人作家、
パウロ・コエーリョの作品。

先日本屋で、彼の新作、
「マクトゥーブ」を見つけて、
その巻末のところで、
彼の他の作品の名前を目にして、
「ブリーダ」という作品が気になっていた。

先日成田図書館に行った際に、
ブリーダを探している時、
この本も同じ棚に目にした。

この本自体も、
初めてアルケミストを読み終えた
2006年くらいから気になっていたので、
ブリーダと両方借りて来たが、
先にこれを読み始めたので、そのままの流れで完読した。

*****

前置きはこれくらいにしておいて、
肝心の本の感想に関して。

まず、
パウロコエーリョ独自の、
その物語特有の世界観が描かれていた。

彼の作品では、
その登場人物が数人いる中で、
必ず全ての人物の主観から、考えや物事を
書き進めることが多いので、
その作品に登場する人物の数だけ、
より多くの人の見方、考え方を学ぶ事が出来る。


この作品は、世界のどこかにある、
ヴィスコスという小さな村にて、
ある異邦人がやって来て、
その男が持ちかけるある話により、
題名にも名前の入っている、シャンタール・プリンという名前の女性が、
自分の中に眠る善と悪の葛藤に苛まれながらも、
村をどう救うか、
という葛藤を中心に置きながら、
登場する多くの人の心の葛藤に焦点を当てた作品である。


この作品のテーマは、「悪」。
彼も最初の前書きで語っているが、
1994年の「ピエトラ川のほとりで私は泣いた」、
1998年の「ベロニカは死ぬことにした」
に続き、3部作目となる。

1作目の扱ったテーマは、「愛」について。
2作目は、「生と死」について。
で、この作品は、「善と悪」について。


彼の作品は、
毎回、「善と悪」なり、
カトリックの教えなり、
「神」や「天使、悪魔」なり、
そういったものが主要のテーマに成ってくるわけですが、
今回も、多くのエピソードが盛り込まれ、
読んでいて、その世界にのめり込む事ができれば、
非常に面白い作品だった。

*****

彼は、「信仰」というものに、
信じる心と、それ以外にも、
それを疑う心の、二つを持ち合わせて、
常に作品を描いていく。

彼の生まれたブラジルは、
カトリックが多い訳だけれど、
だからと言って、キリスト教の教えを盲目的に描くのではなく、
それを逆サイドから疑うことも持ってくるし、
世界中の他の宗教を持ってくることもしばしばある。

彼の作品は、扱っているテーマが重い事から、
一件、重苦しく、宗教じみた作品になってしまい易いこともあると思うが、
それでも、そうならずにバランスを保つ事ができているのは、
彼の中に、
「一つの宗教は、この広い世界の中にある、
一つの考え、またはものの見方であるに過ぎない」
ということを分かった上で、そういった作品を書いているからだと思う。


(例えば良い例として、
「アルケミスト」の中で、
主人公を含めた一行が、砂漠を何日もかけて
横断するシーンがある。

そこで、その一行をまとめるリーダーが、
全員に対して声をかける。
「それぞれが、
自分の信じる神に、お祈りをしてください」と。

この文章を読んだ時、
俺は、アメリカにいて、少なからず、
周りにはクリスチャンが多く、
ジーザスだけが絶対なんだ、
という考えに辟易して、そういう一方的な押し付けがましさに
反発をしていた頃だったから、
彼が、作中にて、このように
「それぞれの人には、それぞれの信仰や宗教があり、
お互いの信じるものを敬う(今風に言えばリスペクトする)」
という態度に、非常に感銘を受けたのでした。)

*****

日本にいると、そういった世界に触れる事は少ないし、
(一般的な日本人の生活に、
宗教を通した”信仰”というものは、根強くついていないから。
それは、他の国に比べて、という意味で)
また、彼が作中に良く持ち出す、
スピリチュアルなメッセージにも、
日本では、そういった感覚に触れる事が、
余り無いと思う。

だが逆に、世界を旅したりしていると、
そういうシンクロナイズ的なメッセージや
機会に触れる事は多くなり、
そんな時に、彼の作品を読むと、
よりすんなりと、彼の作品の世界観が
体にすっと、染み込んでくることが多い。
少なくとも自分の場合は。

****

今回の作品も、
「善と悪とは何か」
「天使と悪魔とは何か」
「人生においてのメッセージとは何か」
「人は、どのように心が弱くなったり、強くなったりするのか」
ということを、深く掘り下げていて、
非常に面白かった。

次は、ブリーダを読んでみたい。

*****

一つ文句を言うならば、
この本を訳した旦啓介(だんけいすけ)氏の文体について。

殆どの外国の作品の翻訳というのは、
直訳に拘っているのか、
どうも、「文章の流れ」というものが欠けていることが多い。

要するに、読んでいて「読みにくい」。

最近村上春樹の本ばかり読んでいるからか、
そして、俺が村上さんの本が好きな理由は、
その作品の世界観よりも、
その文章の「読み易さ」に重点を置いているからか、

他の作家の作品を読んだり、
特に、こういう、外国作品の翻訳作品を読むと、
その文章の流れの無さに、
読んでいてガッカリしてしまうことが多い。

イメージで言うと、
村上氏の文章は、
「一つの綺麗な球体」というか、
表面がすべすべした、
流れる水のようなイメージなんだけれど、
こういう翻訳本だったり、
本の中身は良くても、
「文章」自体がヘタクソな作家の文章は、
文がトゲトゲしているというか、
その文体に自らを慣らさないと、
中々読み進めるのが難しい。

イメージ的には、
ささくれ立った、所々にある岩を、
タンクローリーで、一つ一つ押しつぶしながら読んでいる感じ。

もしくは、その作品の世界観に、
完全に没頭するしかない。
そうでもしないと、すぐにそのトゲに気が行ってしまう。

*****

今回、パウロコエーリョさん自体には
それは関係無い問題なので、
この作品のレビューには関係ないのですが、
ただ、訳と、その文章の文体が余り上手くないという理由だけで、
一つの良質の作品が、
ベストセラーにも、
または、駄作にもなってしまうというのは、
一人の作家が、自分の作品を、
自分の母国語以外の国で売るに当たり、
毎回直面する問題だと思う。


または、読者自身が、
その作品のオリジナルの言葉をマスターして、
その母国語のままで、その作品を読めるのが一番なんだけどね。
(俺はポルトガル語を読めませんが。)

*****

とにかく、
読むのにちょっと時間はかかりましたが、
とても面白い作品でした。

パウロ・コエーリョの持つ、この独特の世界観が好きです。


2011/3/21 22:49



追記;
彼の作品で、今まで読んだ作品。
年代順に。

『星の巡礼』(O Diario de um Mago、1987年)
『アルケミスト - 夢を旅した少年』(O Alquimista、1988年)
『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』(Na margem do rio Piedra eu sentei e chorei、1994年)
『第五の山』(O Monte Cinco、1996年)
『ベロニカは死ぬことにした』(Veronika decide morrer、1998年)
『悪魔とプリン嬢』(O Demonio e a srta Prym、2000年)








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本 Review |  文学・評論
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本当につまらなかった。

最後までは飽きずに見られたから、
良かったけれど、
オチが、納得行きません。

余りにも納得しない点が多々あるので、
ネットで色々と調べてみましたが、
原作の方はまだいいみたいですね。

しかし、
シナリオが、矛盾だらけだよね。

感想を書くのもしゃくに障りますが、
これを観た2時間弱が勿体ないので、
その証拠として残しておきます。

こういう作品を好きな方もいるのかもしれませんが。

2011/3/21 17:06

PS.タイトルの「インシテミル」は、

 ̄儻譴"The Incite Mill"(殺し合いの場)
館に"イン"してみる
F本語で「淫してみる」=「度をこして熱中する」

の3つの意味をかけているそうです。
タイトルだけは面白いですね。




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映画 Review 

March 20, 2011

_SL500_

村上さんが、スコットランドのアイラ島(Islay)と、
アイルランドで、
ウィスキーを巡りながら、
奥さんと2週間の旅をしたときのエッセイ。



非常にゆるいノリで、
何とも、適当である。



例えば、
彼がロスクレアという、
アイルランドの中の町の、あるバーで、
70歳くらいの老人が、隣に座って、
タラモア・デューというウィスキーを飲んでいるのを、
横目でちらりと見ているとき。

その老人についての考察が書かれているわけだけれど、
その老人が、何をそのとき考えていたのか、
色々な例えが出るんだけれど、
その例えが適当で、面白い。



それから、彼が、
ラフロイグという場所のウィスキーを飲んで、
その10年ものと、15年ものの違いを述べるときも、
「音楽でいうならば、(10年ものは)ジョニー・グリフィンの入ったセロニアス・モンクのカルテット。15年ものは、ジョン・コルトレーンの入ったセロニアス・モンクのカルテットに近いかもしれない。」なんて、全然分かんないよね。笑

その適当さが面白いし、
そのマニアックな例えが、
彼のなんと言うか、人間味を出しているよね。

*****

とにかく、力が抜けて、適当で、
ゆるりと読める、作品でした。

丁度、ウィスキーを飲みながら、読みたいような。
(俺はウィスキー飲まないけど)

*****

村上さん、適当だなあ。


2011/3/20 23:43






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 村上春樹 | 本 Review
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去年の9月頃、ハードカバーで
書店に売り出していた。
その時ちらっと見たが、
挿絵の感じから、海外の小説を
村上さんが訳したものかと思っていた。

実際には、1989年に彼の作品として出版されたもので、
当時は「眠り」という題名だったが、
今回、ドイツ版で挿絵がついて発売されたものを
村上さんが日本で出したい、と思っていたのが
現実化されたのに加えて、
彼がもう一度推敲をしたことで、
元のバージョンと区別化するために、「ねむり」、としたとのこと。

****

今日、成田図書館に行って、
この本があったので、読み出した。
1時間かからず、あっという間に読んでしまった。

****

この本の言わんとすることは、


というか、その前に、どんな話かなんだけど、
(ネタバレありますので、これから読みたい方はこの先読まないで下さい)

30歳になろうとしている女性が、
ある日、急に眠れなくなって、
「今日は眠れなくなってから17日目である」、
という出だしから始まる。

彼女には、そんなにハンサムではないけれど
好感を誰からも持たれる顔立ちの夫がいて、
彼は、歯科医をやっていて、
まずまず儲かっている。

そして、小学生の子供が一人いる。

普段は、何気なく、
その夫の妻として、
また、その小学生の母親として、
難なく過ごしているのだけれど、
ある日、ある夢を見てから、
急に眠れなくなり、
それから、彼女の生活が、
徐々にだんだんと、変わっていく、
というもの。

そんな彼女の心境の変化を、
淡々と語った物語である。

*****

読み終わるまでは、
相変わらず村上春樹特有の、
読みやすい文章で、
あっという間に、先へ先へと
ページが進んでしまう。

彼の文体は、本当に良くできていて、
イメージで言うと、よく磨かれた球体か、
何か、水の流れのような、
「流れ」が非常に良く出来た、
一つの作品になっている。

彼も自分自身で、
「僕の文章は、読者が早くページをめくりたくなるように
面白く書いている」
というような事を言っているけれど、
そんな風に、洗練された流れで、
一つの作品を仕上げる事ができるのは、
素晴らしいと思う。

そう、音楽で例えると、
文章にグルーヴがあるよね。

*****

まあ、それは置いといて、
この作品は、最後まであっという間に読みえてしまう。
余りにも集中して、目が痛くなるのを
途中で何度か休ませる以外には。

イメージで言うと、
どんどんとギヤが上に入って、
加速していって、
トップのギヤまで入って、
長い直線を高速で走っている時に、
急に、次のページをめくったら、
文章がもう無くて、「ええ?もう終わり??」
ってな感じの作品だった。

つまり、
「この後どうなんの?」っていうところで、
ズバッと作品が切られた、
そんな感じ。


最初は、「・・・・で、一体何を言いたかったんだ?」
と呆然としてしまった。

その後、よく考えても分からないので、
図書館を出て、一旦家に帰り、
そこからジョギングに出た。

久しぶりに30分くらい走って、
成田の町を久々に見て、
超汗をかいて、
シャワーを浴びながら、
改めて、この作品の言わんとしている事を考えてみた。


*****


おそらく、
この女性は、
ある日を境に、眠れなくなってしまったわけだけれど、
それはある意味、
彼女がそれまで「幸せ」だと思っていた、
何気ない日々の生活は、
実は、彼女に取っては全然退屈なもので、
それは、他人(ひと)から言われたり、
与えられたりして、
他人からは、「それは幸せだよ」
という価値観を押し付けられて、
当人は、それを押し付けられたとは感じていなかったけど、
ある日、眠れなくなった事を境に、
今までずっと好きだった、「読書」というものに没頭してみたり、
今まで大好きだったけど、夫が嫌いという理由で
食べる事を辞めていたチョコレートを食べだしてみたり、
水泳に没頭することで、
自分が唯一自分の体で好きである、
体のラインをまた保てる様になったりで、

「自分」というものを今まで捨てて、
「誰か=他人」の付随品として、
「自分=自己」というものを捨てて来た生活を、

ふと、客観的に見てみる事で、

「あれ?これは、私が心から求めていたものじゃない」
と、気づいたような。

上に挙げた、読書の例や、
チョコレートの例以外にも、
自分の息子の寝顔が、
自分の夫の寝顔にそっくりな事を発見した時、
自分の夫に対して感じる、
嫌悪感を、
自分の息子にも、感じ取ってしまう。

そしていつか、
自分は、この息子には何も分かってもらえず、
自分も、この息子を、嫌いになってしまう日が来る、
そう感じ取ってしまうところにも出て来ている。

それまでは、その息子を愛していると思っていたけれど、
それは、ただそう、「思っていた」だけかもしれないのだから。
他人や、外的要因による価値観により。

****

彼女は、物語の終わりの方で、
上に書いた、自分の息子に対する愛情の欠陥を
自分の中に発見してしまい、
それが恐くなって、車を深夜に走らせ、
公園の方に行く。

そこで、ふと休んでいる時、
車の外には、二人組の”何か”の陰が寄って来て、
彼女が乗っている車を、
左右から、グラグラと激しく揺さぶる。

彼女はパニックに陥り、
泣くしか、ない。


*****

とまあ、そこで作品は終わる訳ですが、
それも、
彼女が、自らの中に、
「自我」(=それまで自分が、今の生活に入る事により、
眠らせていた、自分の欲求)
に気づき、それを出した事により、
ある意味、自分がそれまで送っていた単調な生活に、
「こころ」を入れるのを辞めて、
自分は、大好きな読書や、
水泳、
それらのことに、没頭していくわけだけど、
(文字通り、”没頭”=心をそれらのことだけに、集中させていく)

それをするってことは、
同時に、
今自分の周りで起きている、リアルな生活に、
蓋をして、自分を、
自分だけの世界に落とし込んでいくことであって、

それは、自分を、外の世界からシャットダウンさせていることと
同じになる。

そうしたとき、
それまで眠らせていた、自分の”自我”を発見したことにより、
出て来た喜びと同時に、
自分がそれまで抑えて来た、
自分の本当の感情=自分の醜い部分
も出て来てしまって、
それを垣間みた自分は、
その自分の心の醜さ=闇の部分
に、直面した瞬間、
そのショックに、耐えられなかった。

だから、その”何か”は、
自分の車の周りによってきて、
彼女の乗っている”車”=”世界”
を、揺さぶった。


ということなのかもしれない。

*****

この後、彼女は、
元の世界(=自分が今までいた退屈だけど、”幸せ”な世界)
に戻るのかもしれないし、
または、自分の闇の部分も受け入れて、
自分の本当の自我を出した世界に、
入っていくのかもしれない。

自分を出すということは、
自分が何かから独立するということであり、
それは同時に、華やかな日の光の部分と同時に、
人には見えない、闇の部分をも
自ら、受け入れる覚悟と強さが必要なのだから。

彼女は丁度、
この作品の最後では、
その選択肢のまっただ中にいる・・・・。


という作品なのかもしれない。

*****


または、
そんな意味は全くなく、
「え?いつものように、
何も考えずに、
ただ、書いただけなんですけど」
という作品かもしれない。

(多分後者の方が正解。笑)

*****

と、書きながら興奮して
ちょっと長くなったレビューでした。

他の人の意見を聞きたいわ。

2011/3/20 19:33




shunsukesekine at 19:34コメント(0)トラックバック(0) 
本 Review |  村上春樹

文字に落とす事。
それは、自分が経験した事を、
客観的に振り返ることで、
自らの体験を、学びに変える事が出来るし、
自らの立ち位置を、客観的に見るには、
とても重要な事。

俺は、留学した19歳から、
毎日日記を欠かさず書いていた。
たまに書かない日もあったけど、
留学していた6年間は、
ほぼ毎日、日記帳に思いを書き留めた。
だから、その日記帳は、20冊近くなる。

*****

日記を書いたり、ブログを書いたり、
自分の経験を言葉にしないと、
気持ち悪くなる。
同時に、最近は年齢を重ねたせいもあるのか、
以前経験した事を、二十歳の頃の様に、
鮮明に思い出せないことがある。
最初はショックだったが、
それも、年齢を重ねた事を思えば、しょうがない。
しかし、こうして文字に残しておくと、
後で何度も読み返す事により、
その経験が、何度もリプレイされるので、
その記憶は、強くなり、忘れなくなる。

だから、見た映画、読んだ本、
会った人の事、
そして、それらを通して感じた「思い」「感情」「考え」、
そういったものは、残しておきたいと思う。
それらの「感情」は、一過性であり、
後で何かしらのきっかけで、その感情を
思い出す事はあっても、
その時の「感覚」は、ずっと長続きするものではないから。

そして、その時の「ポイント」を残しておく事で、
後で数年後に読み返した時、
自分の成長が見れる。

俺が日記を書くのは、
上記の2点にある。
1、自分の経験を客観的に見る事で、そこから学ぶ事。
2、自分の成長記録として、「今」のポイントを残す事。

******

出だしが長くなったが、
今日書きたかった事は、先日地震が起きた11日に
いらっしゃっていたお客様との出会い。

******

彼は、D&Gで働いている26歳。
非常に落ち着いた方で、見た雰囲気はイチローの様な感じ。
とても小奇麗にされていて、
お会いしてすぐに好感を持てる方だった。

彼とは、地震が来る前、1時間半近くは、
いつも通りブースで話をしていたが、
地震が来てからは、一緒に非常階段を使って下まで降りて、
そのまま、帰宅命令が出る17時頃まで、
2時間近くも、立ちながら話をしていた。

*****

彼とは、ブースにいる時には、
中々深い所まで話が出来なかったけど、
いざ下に降りて、外の景色を見ながら、
(実際には、慌てながら下に降りてくる住友ビルのスタッフを横目で見ながら、)
色々な事を話した。

*****

まず俺が気づいたのは、
いかに俺が、彼の話を”聞いて”いなかったか、ということ。

彼がどうして留学をしたいのか。
その理由となる”要”を、ご来店されて最初に行うヒアリングの時点で、
彼は幾つも言っていたのに、
(元々野球が好きだったこと、
今の会社にどうして入ったのか、
どうして、留学をしたいのか、
今後、どうして行きたいのか、等)
それらの大事な彼の言葉を、
俺は結局、聞き流していた。

それに気づいたのは、
彼と下に降りて、
彼の事を”お客さん”として見るのは止めて、
一人の”男性”として見始めてからの事。

いつもブースにいる時には、
いくらお客様の事だけを考えようと思ったって、
結局は、自分の数字の事を頭の端っこで考えている自分がいる。
それは、完全に自分のエゴであり、
やっぱりどこかで、その人が如何にしたら、
申し込んでくれるかを、計算しているわけ。

そういう時の自分は、
本当に100%、純粋にその方の人生を考えているかと言ったら、
少なくとも俺サイドで物事を考えているわけだから、
そうでは無いし、
そういう状態で、お客様の話を聞いていても、
聞いているようで、実は、”聞いていない”。

そんな失礼な事をしている、ってことを、
下に降りて、彼と再度「語り合って」から、
気づいた訳です。

******

彼は元々、野球部に所属していて、
将来も野球をやろうかと思った時期もあったらしいんだけど、
ずっとアパレルが好きで、今は上に書いた、
D&Gで働いている。

店に実際にどんな人が来るのか、
彼らのステイタス、金銭面の羽振りの良さ、
そんな事を聞くのも面白かったが、


彼と話していて、本当に”面白いな”と思った瞬間は、
彼と俺との、『価値観の違い』に”気づいた”時。

*****

彼は、アパレルが好きで、
アートも好き。
彼は、休みの日には、映画を立て続けで5本観る事もあるそうな。
何の為に観るかというと、
それらの映画を通して、色々な事を感じたり、
新しい刺激を受けたり、アイディアを思いついたりするのが
好きだから、ということ。

彼の夢は、広告に携わる事。

働く業界は、今いるアパレルの業界、というイメージが
今は一番強いが、
それはあくまでも、今自分がアパレル業界に現在いるので、
そのイメージが強いだけであり、
自分が軸を置くメインは、
あくまでも「広告」だということ。

ではなぜ、広告か?

彼曰く、
例えば一つの広告用の看板やポスターを作った際に、
それをみた100人の人が、
それを同じ様にどう感じるか、
どこまで、同じような印象を持たせるか、
そこを考える事に、凄い面白さを感じるという。

実際に人が100人いたら、
例えば同じポスターを見ても、
感じ方は人ぞれぞれ。
しかし、メーカーやブランド、
それらの会社は、
一つの広告を作って、
如何に、同じようなイメージを、
世の中にいる数億の人々に与え付けるかに、
力を注いでいる。


上に書いた事を彼が話していたとき、
最初俺は、その”面白さ”が余り理解できていなかった。
ただ、「なるほど」という程度だった。

しかし、彼とその後、
色々なアートの話とか、
建築の話とか、
映画の話とか、
色々な事を話すにつれて、

彼は、
「自分が一つのモノを見た時、
自分が感じるその感覚と、
同時に、他の人がその同じモノを見た時、
その人が感じる感覚は、
必ず違うものであって、
その『両者の”感じ方の違い”』を、
考える事が、
本当に楽しい」、ということだった。

それに対して俺は、
人がそれを見て、どう感じるかには、
余り興味が無く、
「自分がそれを見て、
どう感じるか、
どう”感じた”か、
そこに、一番興味がある」、ということだった。

簡単に言ってみれば、
この世の中を、大きな宇宙のイメージで捉えて、
その中に、例えば100個の星(100人の人)
がいた時、
そして、全員が、真ん中にある一つの太陽(対象)
を見ている時、

俺は、
自分という星が、その太陽を見て、
「どう感じるか」、「どう感じたか」、
にしか興味が無いんだけど、
(だから、自分がどう感じたかを日記に書く事が好き)、

彼の場合は、
自分がその太陽を見て、どう感じたかももちろん大事だけれど、
それ以上に、他の99個の星の人たちが、
その太陽を見て、
感じている感覚、感想の『違い』、
それにフォーカスする事が、楽しい、ということ。

そして彼は、
出来ることなら、
皆の感じ方が違うことを前提に置いた上で、
一つの星を作り出し、
その星を見た時、みんなが大体、
同じ様に感じてくれるには、
どうしたら良いか、
それを考えることが、何よりも楽しい、ということ。

******

上の例は、別に彼が言っていたのでは無いが、
俺は、彼の話す話を聞きながら、
自分の感じ方も脇に置きつつ話を聞き、
ふと、上のイメージが湧いた訳。

なので、彼に言った。
「僕は、自分がどう感じるかにしか
余り興味がないんですけれど、
○○さんは、他の人と自分の感じた方の”違い”を
考えることに、何よりも興味を覚える方なんですね」と。

******

俺は、その方と話をしていて、
そんな風に、今まで自分が気がつかなかった
自分の価値観、及び他の人の価値観との違いを
感じるのが楽しかったし、
たわいもない話をしながら、
ふと、そんな「感覚的」な発見が出来たことが、
凄く嬉しかった。

俺が、人との出会いで、
本当に嬉しいな、と思えるときは、
こんな風に、それまで自分が気づかなかった
感覚、
それらを、その対話を通して、
”掘り起こす”とき。

脳の中の、全然使っていない場所を使って、
今まで無意識に気づいていたか、
または、全然気づいていなかった領域の分野を、
掘り起こした感じがするとき。

一言で言うと、”気づき”。
それを知る時、
自分は、もう一つ、自分の心の深さを深くした気がするし、
自分の成長の土台を、一歩だけ上に固めた気がする。

*****

そんな風に勝手に俺が意気投合してからは、
彼にはありったけの俺の知識で、
彼の人生にとって、これからどうしたらいいであろうかを
アドバイスした。
英語の勉強の仕方しかり、
海外に行くときの方法しかり、
とにかく、自分の親友の様に、
俺の持っている知識は、全て惜しみなく伝えた。

*****

それから彼も、
今自分がハマっている本の話とか、
(仏陀の教えの話)
最近見て触発された映画の話とか、
(ジュリアロバーツの「食べて、祈って、恋をして」を見て、
彼がどう感じたか。
この映画は、会社の後輩が見て、
「いやあ、最高に面白くなかったです!」
と強調して言っていたので、見ていなかったが、
やはり彼の意見を聞くと、
話が長過ぎたとはいえ、自分の今の状況に照らし合わせて
見て、何か感じるモノがあったので、
とても良かった、というのを聞いて、
やっぱり、人が100人いたら、
100通りの感じ方があるんだから、
自分がそれを経験するまでは、
それを人の意見でジャッジしてしまうのは、
良くないなあ、と感じた。)

後は、トヨタのトップセールスマンの話とか、
そんな話をして、17時過ぎまで時間を忘れて語り合ったのでした。

*****

彼とはお会い出来て本当に良かったと思う。
こうして、色々な貴重な出会いが、
俺には、今の仕事を通して与えられる機会が多々あるんだな、
しかし、俺が自分の売り上げを頭の隅に少しでも考えている以上、
そういう貴重な『機会=チャンス』が目の前に転がっていても、
それに気づかずに、スルーしてしまうことが、
多々あったんだろうな、
と、感じた。

それは、俺の人生にも言えることであると思う。
先日読んだ、「人生逆戻りツアー」にもあったが、
天使は、自分の人生で、要所となるところで必ず、
何かきっかけやメッセージを与えてくれている。
そのきっかけに気づくのは、
自分の心次第。
目の前にあるものを、見ようとするか、
それとも、自分の頭の中にあるディストラクションに、
気をそらされてしまい、
それに気づかなくなってしまうか。

******

長くなりましたが、
その方との出会いを通して、感じたこと。

2011/3/20 10:26am



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My Work-仕事 | People who ispired me-触発された出会い

March 19, 2011

2011年3月19日(土) 21:35 〜

今日は俺の高校時代の先輩のO先輩と会って来た。
彼と最後に会ったのは、去年の4月だった。
彼が台湾に帰る日の前日に、彼の家に泊まりにいって、
次の日は成田空港まで送りに行った。
(この日記を参照)

彼は3年ほど、台湾で先生をやっていた訳ですが、
今年の1月頭に日本に帰って来て、
今日、久しぶりに会いました。

彼と俺が住んでいる中間距離の津田沼で会って、
そこから千葉寺駅の近くにある「笑がおの湯」っていう
スーパー銭湯的なものに行って来た。
彼のご両親が京成の株主という事で、
ここも安く入れました。
(ここはOさんにおごって頂いた。有難うございます。)

朝の11時前から銭湯に入り、
13時くらいまで、2時間以上風呂に浸かった。
久しぶりに銭湯に行けて、嬉しかった。

*****

彼と文字通り裸の付き合いで語りながら、
この1年でお互いに起きたことを色々と語り合った。

彼も、今年の1月に日本に帰国してからは、
色々と考える所もあったみたいだけど、
今は、自分の次のステップを決め、
前進しています。

彼とは、俺が高校3年の頃、
トフルゼミナールを通して知り合った訳だけど、
それから、随分仲良くして来た。

今日、帰りに成田駅から
姉に車で迎えに来てもらった時、
姉に、Oさんとの出会いの経緯を聞かれて、
それを話しながら、
「そういやあ、彼とは特に学校が同じだった訳でも無いし、
塾でクラスが同じだった訳でも無かったのに、
どうしてここまで仲良くなったのかな」と考えていた。


今日もOさんと話していたが、
「俺たちって、落ち着かないよね」と。
それは、お互い、自分の目標に向かって、
絶対に落ち着かないというか、
それを叶えるまでは、絶対に満足しないタイプだということ。
なので、お互い、いつも悩んでいるし、
且つ、お互いに会った時には、
そこまでに乗り越えたお互いの軌跡を、
色々と報告し合うたびに、
「色々あったんだな」という感じになるけど、
同時に、いつもこうして、
お互いの存在が、鼓舞し合える仲というか、
お互いに触発され、次に会う時には、
「またこれだけ成長したぜ」と言い合える仲でいよう、
という感じでいられて、非常に嬉しい。

今日も、Oさんが、
今年の1月に日本に帰国してから、
色々悩んだ末、今に至るまでの経緯を話してくれた後、
「俊輔にまたこうして、良い報告が出来る状態で良かったよ」
と言っていた。

思うけど、男友達って言うのは、
お互いに、ヤバい時に助け合う存在でもあるけれど、
どちらかというと、お互いライバル、
そんな存在のヤツには、
自分のかっこ悪い所は見せたくないから、
そういう状態でない様に、頑張り、
もしも、ヤバい状況に陥ってしまったら、
そこを早く抜け出して、早く、
「俺、またここまで来たぜ」
そんな風に、胸を張って、相手に会う。
そんな関係であると思う。

Oさんも、俺に取ってはそんな人なので、
今日も、お互いに、それぞれの状況を報告して、
「常に、数ヶ月に一回はお互いの状況を報告して、
もしも相手が自分の目指す目標に対して、
進んでいいなかったら、
『それってヤバいじゃん?』と言い合えるような、
そんな関係でいたいっすね」と、
約束をして来た。

お互い、根が正直なタイプだから、
自分の誇れる様に生きていないと、
誰かに今の自分の状況を説明する時にも、
心の奥底から胸を張って堂々と言えないし、
何しろ、心がスッキリしないタイプ。
よって、お互いにいつも、
自分の人生の目標に向かい、
正々堂々と生きていたい。

*****

とまあ、そんな熱い語りを、
熱い風呂に浸かりながらした後は、
その銭湯の食堂で飯を食い、
俺はしっかりと昼寝をして、
その後は、俺たちのお決まりの場所、
サイゼリヤを近くに見つけて、
そこでワインを飲みながら、
色々とどうでもいい事ばかりを語っていた。

彼と会うと、最初は真面目な人生の話をするんですが、
最後はどうでも良い話で終わりますな。笑
そんな、何でも話し合える仲がいい訳です。

*****

それと、彼は去年、
自分の本が出版されたらしい。
彼が大学院時代に書いた論文のアウトラインを、
アメリカ、ペンシルヴェニア州の
とある大学の教授が、
オンラインで見つけ、
彼に、「全文を送ってほしい」と依頼したそうな。
その後、もしかしたら、
そのまま、彼の論文が、
出発されるかもしれない、
というのは、去年の4月に会った際に、
言っていたんだけど、
その月、本当に、
出版がされたらしい。

基本は海外で売っているので、
日本では、輸入したものを売っているらしいんだけれど、
値段が6000円ほどするそうな。
一番高い値段は、4万円代が付いていたらしい!

なんか、自分の論文が、
出版されるなんて、
すげえなあ、と、感心しました。

こちらをチェック
The Effects of Practical English Self-Study
by Nariaki Onda

_SS500_



*****

そんな訳で、今日はOさんと19時頃まで会い、
また、楽しいひと時を過ごせました。

お互い、30歳には、
自分が目指す所に行き着いている様に、
頑張ろう。


2011/3/19 21:55


PS. 俺が22歳の頃、日本に帰って来て、 彼と会った頃の日記。
懐かしいな。


shunsukesekine at 21:59コメント(0)トラックバック(0) 
People who ispired me-触発された出会い 

March 18, 2011

3月18日(金)

朝8時頃目が覚めて、(ランに顔を踏まれて)
その後10時半から、サラさんと会って来た。

サラさんは、俺の高校時代の友達。
俺は佐原校に行っていたが、
彼女は佐原にある女子校に通っていた。
俺とサラさんは、英語のスピーチコンテストで出会った。
彼女は俺の一個上の学年で、
俺が高校1年の時、
彼女は高校2年生で、
確か、彼女のスピーチが終わった後に、
「英語うまいっすね」みたいな感じで話しかけたんだっけ?笑
という感じで、今日も二人で当時の事を思い出しながら話していた。

9年ぶりに会うサラさんには、子供がいた。
生後11ヶ月の赤ちゃん。
名前はノア。
とてもかわいい女の子だった。

俺が前回彼女に会ったのは、
2002年の7月、
俺がアメリカに旅立つ前だった。
確かイオンモールの中のスタバで会ったと思う。
今日も、停電の影響で電力消費の為、
店内が非常に暗いボンベルタの中のスタバで
3時間位話した後は、
上の階のサイゼリヤで食事を取って、
帰りは成田市立図書館でお互い時間を過ごして、
また近いうちに会おうと約束をして別れた。

*****

前回会ってから、9年。
9年の間に、人はお互い変わるなあ、と思った。
多分中身は殆ど変わっていないけど、
お互いの状況が、変わる。
方や一方は結婚をして、子供を持つ。
一方は、まだ結婚はしていないが、
来年には結婚を考えている。

お互い、前回会った時には、
高校を卒業したばかりの、18歳、19歳だった。

約10年という歳月は、
人の状況を、変えるもんだなあ、と、
しみじみと感じた。

****

サラさんの赤ちゃんは、とても可愛かった。
目がとても大きくて、ほっぺはふっくらしていて、
何か見ていて、とても和やかになった。

全然人見知りをしない子で、
スタバにいる時も、まだ11ヶ月なのに、
どんどん歩いて、店内にいる人に、近づいていく。
みんな、「こんにちは〜」とか、
「あら、かわいいねえ〜」とか言って、
笑顔で声をかけてくれる。

ここ数日は、姉貴の飼っている犬のランと一緒に
散歩に出かける事も多いが、
これもまた同じで、
犬と一緒にいるだけで、皆声をかけてくれる。
「あら、かわいいね〜」とか、
「ほら、ワンちゃんだよ」とか。

子供を持つと、皆、町の人が優しくなるって、
前に別の方も言っていたけど、
こうして見てみると、人って、
繋がっているもんだな、というか、
人の温かみみたいのを、感じる。

特に俺は、毎日横浜から新宿まで通って、
「他人は他人」という構造の中で
日々を過ごしているから、
こういう、町の人との触れ合いというのが、
物珍しいというか、こういうのに飢えているんだろうね。

*****

そんなわけで、相変わらず俺の自己回想で終わりましたが、
久しぶりに高校時代の友達と9年ぶりに出会えて、
昔を思い出し、かつ、お互いの成長を垣間みて、
楽しいひと時を過ごしました。

2011/3/18 18:10


追伸:
それと、さっき成田図書館で色んな本を見ながら、
自分がまだこの町に住んでいた頃の事を思い返していた。

思えば、俺は高校までは、
しょっちゅうこの図書館に通って、
基本、ここにある英語の勉強法の本は、
殆ど目を通していたなあ、と。

よくお客さんとかに、
「どんな英語の本を使って勉強したらいいですか?」とか、
友達にも、「どうしたら英語を短期間で伸ばせるか?」
と聞かれる。

そんな時には、俺も今では、
「一番ベストの方法は、好きな洋楽の歌詞を覚えて、
何回も聞きまくって、
好きな映画のワンシーンを覚えて、
それを何度も見て、
後は、六本木とかのバーで、
酔った状態で外国人に話しかけるのが一番だよ」
という回答しかしていないけど、
よく考えたら、
俺も高校までは、
こうして、図書館の英語の本を片っ端から読んだり、
英語の辞書を持ち歩いて暇なときは読んでいたりと、
相当の英語マニアだったんだなと、
当時の自分の努力を思い出した。

やっぱり人は、
ある程度の覚悟と、根気と、
”興味”を持って、
長い時間それに取り組んでいれば、
後に残る何かを残せるもんだな、と、
自分の過去を振り返って、そう思った。

図書館にある、無数の本を見ながら。

*****

あと、この図書館でお世話になったのは、
美術系の本と、
もっぱら自己啓発系の本、
それとエッセイだよね。

美術系の本も、結構片っ端から見ていて、
ボッティチェリとか、ダヴィンチとか、
アントニオガウディとか、
そういう人たちの作品を見ていた。

後は、当時ハマりにハマりまくっていた
落合信彦の本を始め、
自己啓発系の本ばかり読んでいたな。
北野武とかのエッセイも、
極端で好きだった。

*****

まあ、この図書館は、
僕を育ててくれたわけですよ。
やっぱり本は、いいもんです。


18:17






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People who ispired me-触発された出会い | 本 Review

March 17, 2011

51SsmFGYlNL

久しぶりに、もの凄い勢いで読み終えた本だった。
彼女に紹介され、読み始めた。

先日彼女と川崎の本屋に行った際に、
彼女がずっと探していたというこの本を店員さんに探してもらい、
彼女は先日、地震が起きた日に読み終えた。

この本が余りにも面白くて、もう少ししたらシャワーを浴びようと
思っていた所で、
地震が来て、そのまま外へ逃げ出せたので、
この本が、助けてくれた、とう要素も少しはあるのかもしれない・・・・

*****

この本がどんな本かは、
ぜひ皆さんに買って読んで頂いて欲しいが、
一番大事なメッセージは、

「神は、あなたの一部であって、
あなたの中にあり、
あなたは神であり、
かつ、神はあなたであるということ。

人は、この世に生を授かるとき、
この世の中で解決、そしてそれを通して成長するべき課題を自分に課せて、
自ら、この世の中に生まれ落ちていく。

人生の中で、一番の目的は、
自分が生まれ落ちた理由を感じ取り、
それに気づき、
神の力を借りて、
自らの可能性を、最大限まで発揮すること。
(元々自分は神の一部であるのだから、
神の力を”借りる”というよりは、
元々持っていた”自分”(=神)の力を
発揮できる様にする、という方が相応しい。)

自分の人生で、数々の災難、困難、理解不能な事など、
色々な事が起きるが、
それは全て、意味があって起こる。
自分に、本来の人生に軌道修正をする為に、
それらが起こる場合もあるし、
または、周りの人に、
その人にとって重要な意味を持つことを起こさせる為に、
自分に災難が降り掛かる場合も、ある。

しかし、基本的には、
自らと対話する時間(それが、神の声を聴く時間)
をしっかりと取り、
自らの魂が求める方向へ、
自分の歩みを進ませて行くこと。
それが、自分がするべき
一番重要な事。
この世界に置いて。」

という内容。

******

俺は、こういうスピリチュアル的な本が好き。
こういうのを、スピリチュアルというのは、
まるで、”目に見えないもの”を信じるのは、
怪しい、というような、
近代の世界の常識に捕われた既成概念があるから、
そういう言葉で一まとまりにするのかもしれないし、

または、宗教にこういうものを利用して、
人々を操る為に、それらの”目に見えない世界”
が悪用されるから、というのもあると思うけど、

そして、俺は基本的に、
”宗教”は一切信じないけど、

しかし、こういった、
宇宙の本質というか、
”物事の本質”に迫る内容のものは、
基本、信じる。

この本のイントロダクションに書いてあるけれど、
この本を出した編集部の方が、
この本を知ったのは、
なんと、パウロコエーリョの「アルケミスト」
を訳している、山川夫妻だったそうな。

この山川夫妻は、
「聖なる予言」も翻訳している。
(俺が23歳の冬に、中米を旅した時に読んでいた本。)

2008年に日本でもめっちゃ流行った、
ロンダ・バーンの「ザ・シークレット」も、
彼ら夫妻が訳している。

何度も何度も読み返した、
本田健の、「ユダヤ人大富豪の教え」にも、
これと同じメッセージが隠されていると思う。


*****

俺は基本、宗教は信じないと言ったのは、
どうしても、そこには、
人をコントロールしようとする、
人間のエゴが隠されているから。

しかし、そんな”宗教”だが、
元々各宗教を開いた人々は、
何か重要なメッセージを伝えたくて、
それらを人々に伝え始めたに違いない。

そして、世界至る所にある、
何種類もの宗教。
そこには、必ず、共通したメッセージがある。

それが、上に書いた内容のこと。

*****

ここで宗教について語るつもりは無いが、
とにかく、この本を読んで、
非常に高揚した。

この本で凄く気になったのは、
人間の人生において、
女性と男性の違いや、
成長する年齢が、具体的な数字で書かれていた事。
(人は、20代までは、若い子供の精神でいて、
30代から、本格的に大人の精神になるということ。
そして、28歳から30歳で、大きく変わるという事。
俺は今年28歳になるので、
何か嬉しかった。
他にも、30歳で神様が与えてくれる力と、
42歳で神様が与えてくれる力もある、とのことだった。
(その力の例えが可笑しすぎて爆笑。))


また、この本の本当に良い所は、
凄く大事なメッセージが凄く沢山入っているんだけど、
基本は、「ギャクコメディ」になっている事。

出てくる神様はおかまだし、
神様が主人公のクロードに、
人生の真実の一部を教えるシーンでは、
全ての例えがおかまだし、
読みながら、
「おお、おお、次はどうなるんだ!?」と読み進めてしまう真面目さと、
同時に、至る所でギャクが出て来て、
吹き出してしまうその微妙なバランス。

それが何とも読んでいて心地よかった。

****

本格的に、涙あり、笑いあり。
そして、感心させられる要素多々あり。

ブログにこういう事を書くと、
表面的な文章だけすくって、
「考えが浅い」とか言われることがあるので、
余りこういう事を書くのは嫌な時期もあったけど
(俺が20代前半の頃かな)
今は、純粋に、
俺はこういう事を信じたいと思うし、
純粋に、「良い本」でした。

おすすめです。

2011/3/17 17:56





shunsukesekine at 17:58コメント(9)トラックバック(0) 
本 Review |  文学・評論
日本は原発から20キロまでを避難指示、
30キロまでを屋内待機と言っているが、
アメリカ側の警戒では、
80キロ(50マイル)までは避難をする様に
勧告を出している。

イギリス政府は16日(昨日)時点で、
東京にいるイギリス国民に対して、
”地域を出る事を考慮する様に”
警告を出している。

以下、WSJより抜粋;

ASIA NEWSMARCH 16, 2011, 9:57 P.M. ET
U.S. Sounds Alarm on Radiation

TOKYO—Fear about radiation dangers posed by Japan's nuclear crisis spiked as the U.S. instructed its troops and citizens to stay at least 50 miles away from the crippled reactors.

The U.S. "no-go" zone is far wider than the buffer established by the Japanese government itself. The top U.S. nuclear regulator, Gregory Jaczko, on Wednesday called radiation levels at one of the units at the plant "extremely high," adding that, "for a comparable situation in the United States we would recommend an evacuation for a much larger radius than is currently being provided in Japan."

Until its abrupt reversal, the U.S. had agreed with Japanese officials that a 12-mile evacuation zone was adequate. The change came after the NRC ran computer-modeling exercises using "the best available information we have" about the damaged reactors along with accumulated knowledge about how systems inside nuclear plants perform under "severe accident conditions," a spokesman with the Nuclear Regulatory Commission said.

Separately on Wednesday, the U.K. government told its citizens in Tokyo, a full 150 miles from the disaster, to "consider leaving the area" due to increasing infrastructure problems. And the European Union's energy chief, Guenther Oettinger, declared the Fukushima Daiichi site "effectively out of control." A spokeswoman for Mr. Oettinger later said the commissioner's remarks reflected his own personal views, and weren't based on privileged information.


Japan's nuclear crisis deepened as a fresh fire broke out in a quake-ravaged nuclear complex and expats fled Tokyo over warnings of radiation leaks. WSJ's Mariko Sanchanta and Yumiko Ono discuss.

Stock markets staged large swings amid the warnings and uncertainty, reflecting the depth of anxiety world-wide. "Japan trumps everything for everyone right now," said Phil Orlando, chief equity strategist at Federated Investors. "Every investment decision is made through the prism of what is going on in Japan." The Dow Jones Industrial Average fell a bit more than 2% to 11613.

Japan's government tried to move decisively to seize control of the deepening nuclear crisis by ordering a risky new effort to douse radioactive material with cooling water. Economics Minister Banri Kaieda ordered the plant's operator, Tokyo Electric Power Co., or Tepco, to drench with water a pool containing nuclear-waste material. At one point that pool saw its water level drop to zero.

"The minister considered the situation to be dangerous and judged there was an imminent necessity to issue the order," said a spokesman for the Nuclear and Industrial Safety Agency, which is part of Mr. Kaieda's purview. "After learning that Tepco was not injecting cooling water, he judged it to be very dangerous."

On Wednesday, 20 government officials moved into Tepco's Tokyo offices, according to a company official.

Meanwhile, Tepco itself raced to complete construction of an emergency power supply for the crippled plant in a last-ditch effort to resume pumping of coolant onto dangerously overheated radioactive material throughout the site. Those efforts, along with details from the early moments of the crisis, at the Fukushima Daiichi nuclear power complex, highlight new questions about the design and safety record of the plant, which is Japan's oldest.

Common to all nuclear plants is this fundamental design problem: Engineers try to make the equipment impervious to one threat, but that may make it vulnerable to another.

In this case, the Fukushima Daiichi nuclear complex's back-up diesel-powered generators, were built below ground level. This bunker-like positioning would protect the generators from an air strike, cyclone or typhoon—but made them more vulnerable to an earthquake-driven tsunami.

When last week's giant waves struck, they immobilized the generators despite being designed to protect against water. The tsunami also apparently washed away the generators' fuel tanks, which were above ground, as well as important electrical switching equipment for the complex.

"The earthquake and tsunami we had last week both exceeded our engineering assumptions by a long shot," said Tetsuo Ito, head of Kinki University's Atomic Energy Research Institute, near Osaka. "The nuclear industry around the world probably will have to review how we set those assumptions in designing a nuclear power plant."

Another area of scrutiny is the proximity of the plant's six reactors to one another. Damage to one reactor contributed to damage to another, and their proximity hindered a recovery.

This arrangement can be found at other plants, because it can make it easier to move equipment around and helps to keep a smaller work force, said Mr. Ito. But now it looks like a "bad idea," he said. "We need to strike a better balance of operational efficiency and safety."

Terry Pickens, director of nuclear regulatory policy at Xcel Energy Inc. of the U.S., said there is no cookie-cutter reactor of the vintage of the Fukushima units because utilities in those days hired their own engineering firms and architects, and customized the designs of the plants. At Xcel's Monticello plant in Minnesota, diesel generators are kept as far apart as possible so that "a natural phenomenon isn't likely to take both of them out," Mr. Pickens said.

The Japanese plant lost power during Friday's earthquake. The three active reactors shut off automatically as designed, but a lack of electricity left workers unable to operate their cooling systems, leading to overheating. Tepco says the tsunami paralyzed all but one backup generator.

Journal CommunityDISCUSS
“I wouldn't bet against the Japanese, folks. They are human and flawed like the rest of us but if I had to pick a group to tackle a knotty problem like this one, it would be them. They will stabilize that plant. ”
—Stephen Fitzgerald
In a weekend briefing, Tepco Managing Director Akio Komori cited the elevation of the backup generators as one potential issue. A Tepco spokesman confirmed the remarks, adding that a full probe will have to wait while workers try to bring the reactors under control.

A spokesman for Japan's Nuclear and Industrial Safety Agency, the nation's nuclear-power regulator, said Fukushima Daiichi's emergency-generator design is "fairly prevalent" at other Japanese plants. The spokesman, Shigekatsu Ohmukai, disputed that the elevation of the generators was a problem. The agency, he said, had had concluded that the plant could withstand a certain size of tsunami but "obviously the tsunami caused by Friday's earthquake exceeded our assumptions. That's the problem."

In the U.S., where there are 23 similar reactors operated by 11 different companies, backup generators typically are housed in bunker-like buildings at ground level. They are designed with watertight fittings that are intended to keep out water from floods or hurricanes.

General Electric Co. designed three of the six reactors for Tepco at the Daiichi complex but it didn't determine the layout of every piece of equipment, a company spokesman said. Some of that was done by architects and engineers hired by Tepco. He added that the main problem was the larger-then-expected tsunami, not the generator placement.

The Daiichi plant was central to a falsified-records scandal a decade ago that led Tepco to briefly shut down all its plants and led to the departure of a number of senior executives. Nuclear experts say that led to a number of disclosures of previously unreported problems at the plant.

—Miho Inada, Andrew Morse, Mitsuru Obe Tennille Tracy, Jared Favole and Nathan Hodge contributed to this article.


下記はCNN日本サイトより抜粋;

米政府、福島原発80キロ圏内からの避難を米国民に勧告 2011.03.17 Thu posted at: 09:52 JST

ワシントン(CNN) 米政府は16日午後、福島原子力発電所の50マイル(約80キロ)圏内にいる米国民に対し、避難を勧告した。

日本政府は福島第一原発から半径20キロ圏内を避難、30キロ圏内を屋内退避の対象としている。米国もこれまでは自国民に対して同じ指示を出していたが、11日の地震発生以来、日本政府と異なる判断を示した。

これについてジェイ・カーニー米大統領報道官はワシントンで記者団に対し、「日本政府が同国の情報をもとに出している勧告は、同じ事態が米国で起きた場合にわれわれが出すであろう勧告とは異なる」「どの圏内まで避難させるかについての基準が日本とわが国とでは違う」と説明した。

米国務省のマーク・トナー報道官も、米国は日本の当局を信頼しているとしながらも、米国の専門家の見解に基づいて新たな情報を出すことにしたと説明。「日本の当局が国民に説明していることについて、一切の判断をさしはさむものではない」としたうえで、「もしわが国で同様の事態が起きた場合、国民に出すであろう勧告を根拠とした。その推定と判断に基づき、やむを得ず日本にいる米国民に対して勧告を出した」としている。

米国防総省報道官によれば、米軍はこれより数日前に、事故が起きた原発から50マイル圏外に兵士らを退避させている。国務省はその理由について説明していないが、日本時間の17日早朝までは、米国民に新たな勧告を出す必要性を感じなかったと述べた。

ジョン・ルース駐日米大使も直前まで、米国と日本の判断は完全に一致していると述べていた。




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News Review 
朝からテレビを見ても、
震災7日目で、既に報道内容は、
被災地の様子などを映すものばかり。
被災地の方の状況も重要だが、
まだ収まっていない原発の問題が殆ど報道されないというのは
どういう事か。

海外のニュースのWebサイト
(CNN,ABC News, WSJなど)
を見ると、普通にトップ記事が
原発の放射能漏れの事で、
それぞれの詳細が詳しく書いてあったり、
映像で説明があるけど、
それに比べると、日本の報道って、
凄く偏っているし、まず、説明が曖昧だよね。
放射能の仕組みとか、その単位の意味する所とか、
何も説明無し。
自ら調べるしかない。

どうも日本の報道機関というのは、
その瞬間に”旬”である情報しか流さず、
しかも、どの報道機関も、
よってたかって、同じ事しか同時に流さない。

日本国民がパニックに陥る事を
防ぐ為の手段か。
日本の偏った報道方法は、
それが理由としか考えられない。

2011/3/17 8:46am



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Thoughts-思ったこと 

March 16, 2011

現在、2011年3月16日(水)、
3月11日(金)に地震が起きてから、
6日目となる。

この6日間に何が起こったかを書いておく。

****

2011年3月11日(金)

午後2時45分頃、地震が起きる。
俺は、お客様のカウンセリング中で、一旦席を外して、バックオフィスに居て、
他のお客様と電話で話をし終わる所だった。
最終は少し揺れ出した程度だったが、
急に揺れが強くなったので、急いでお客様のいるブースに戻った。

その後、揺れはかなり強くなり、俺の接客していたお客様以外にも、英会話に来ていた別のお客様にも、声をかけて周る。
揺れが激しく、スライド式のドアがバタンバタンと音を立てて、つがいが外れて動いていた。
イスを用いてドアを急いで止めたが、19階の揺れは余りにも凄まじく、まともに立って居られなかった。
本当に『メリーゴーラウンド』の上で立っているようなもので、その後、目が回り、非常に気持ち悪かった。

*****

その後、お客様を非常階段から下まで誘導して、
住友ビルの外で待機する。
夕方17時頃、上司より、
帰宅命令が出る。
しかし、列車が全てストップしているので、
帰るにも帰れない。
ここから横浜の自宅まで仮にTAXIで帰ると、
軽く5〜6万は超えるというので、
それは止めて、先輩と後輩の3人で、
一度新宿駅を見に行く。

新宿駅に着くと、
凄まじい人の数。
TAXI乗り場には、もの凄い数の人が並んでいるが、
TAXI自体が無い。

凄い列なので何かを見てみると、
公衆電話の前に、何列もの列。
そう、電話回線が壊れたかパンクしたかで、
一切電話は繋がらなかった。
俺はiPhoneを持っていたので、
ViberやPingchat!などのアプリのおかげで、
彼女とも連絡が取れた。

彼女は、地震が起きてから一人で近くの公園に避難していたとの事。
今も、公園に居るらしいが、
暗くなって来て寒くなって来たので、
一旦家に帰ると言う。

*****

新宿駅JRの前まで来ると、
「本日は前線運行中止の予定」との張り紙。
これは取り敢えず場所を見つけねばと、
どこか入れる店を探しに行く。

新宿駅東口に出て、
橋の下を潜り、
ヤマダ電機の上の大きな画面のテレビを見たとき、
その事の重大さに気づき、唖然とする。

そこに映っていたのは、
燃え盛るコンビナートだった。
千葉県市原市の石油コンビナートが爆破したらしい。

そして、数々の東北地方の津波の映像。
行方不明者の数。
単位は、数百人だった。
その事の重大さに、ビックリした。
俺は、ずっと会社にいて、
その瞬間までテレビを見ていなかったから、
その事実を知るすべが無かった。

IMG_9749


*****

後輩の携帯の充電が切れだしたので、
近くのコンビニを幾つか周り、
やっとAUのチャージャーを発見。

その後、近くの居酒屋に取り敢えず入る。

そこで、酒はもちろん飲まず、
取り敢えず、今後の状況がどうなるかを
見守る。
途中で後輩は、お姉さんが車で迎えに来てくれたとの事で、
帰る。

21時頃、一旦外に出て、
JRの様子を見に行く。

相変わらずJRは動き出す様子なし。
残された選択肢は二つ。
一、漫画喫茶に泊まる。
二、駅のホームで寝る。

一を試そうと、新宿駅周辺の漫画喫茶を回るが、
どこも一杯。
「15人待ちで...」
「何時頃空きますか?」
「明け方になるかと...」

どこもそんな感じなので、
取り敢えずプラン二を決行。
コンビニで軽く食事を買って、
新宿駅の地下街に、ホームレスと一緒に座り、
夜を明かす決意をする。

IMG_2868


しかし一時間後。
まだ時間は朝の1時だったが、
既に寒いし、何しろ気分が重い。
完全に寝きった人のバッグを漁ろうと、
ホームレスのおっちゃんが集ってくる様子を見て、
「こりゃまずい」とそこを離れる。

そこで、大学が避難場所としてOPENしている事をもう一度考え、
一番近い大学は?と考え、
工学院大学に直ぐに向かう。

俺の親父がかつて通っていた工学院大学。
そこに行くと、噂通り、
避難場所として、多くの方がマットレスの上に寝ている!
神のご加護と思い、
中に入る。
温かい。
それだけで、嬉しい。
既に切れかけたiPhoneの充電をする。
20分で100円。
20分後見ると、20%が36%に。
それだけかよと突っ込み、
今後は如何なる時も、
メガネとiPhoneの充電器は持ち歩く事を固く決意。

IMG_1454


その後、6階は男性用に
4階は女性用に、
教室が公開しているというので、
階段を上がって上に行くが、
教室の中を見ると、ただの教室で、
科学質の実験器具のような変な匂いがしたので、
辞めて、下に降りる。

できれば横になって寝たかったが、
既に一回の大広間の
雑魚寝スペースは埋まっていた。
よって、地下一階の、
テーブルと椅子のあるスペースで、
学生時代の様に、突っ伏して寝た。
こうして最後に寝たのはDe Aanza Collegeの図書館以来だなと
思い出し、
その頃の事を思い出しながら、眠りに入る。
途中、何度も目が覚める。
寒いし、アナウンスは入るが、
とにかく、寝た。

*****

2011年3月12日(土)

朝、工学院大学の地下一階の避難所で目を覚ます。
机に突っぷせて寝たので、首がマジで痛い。
こんな風に寝たのは、上にも書いた様に大学以来だった。

朝の8時に山手線が動き出すというので、
それに合わせて新宿駅の山手線品川行きに乗り込むが、
20分経っても、一向に動く気配が無い。
このまま乗っていても拉致があかないので、
一度電車を出て、漫画喫茶に向かう。
そこで電車が動き出すまで、時間を潰す事にする。
8時半頃に漫画喫茶の一室に入る。
そこで、一つ前の日記を書く。
(俺たちは二人だったので、カップルシートで宜しければと
直ぐに入れる。
普通だったら、やはり10人待ちほどだった。)

アメリカの友達から、
大丈夫か?とのメールが沢山入っていた。
Facebookやメールで返信をして、
ニュースをチェックする。

1時間ほどした後は、
漫画を読もうと何冊か持ってくるが、
そんな気も起きず、
寝る事にする。
久しぶりに横になり、
30分ほど寝る。
非常にスッキリする。

*****

11:30頃、漫画喫茶を出て、山手線に乗り込む。
昨夜を共に明かした先輩と川崎で別れ、
俺は横浜に帰る。
電車を乗り継ぎ、午後二時前に家に着く。

駅前のスーパーで、彼女と待ち合わせる。
彼女は昨日、地震が起きてから、俺に会うこの時間まで約24時間、
1人で怖い思いをしながら、ずっと怯えたまま、待っていた。

スーパーの前で、後ろにバックパックを背負いながら、
不安そうな顔で待っていた彼女の顔を見たら、とても悪い事をしたなと思った。
凄く気の毒でかわいそうだった。
彼女はかなり疲れた顔をしていた。
聞くと、昨日は1時間も寝ていないらしい。

スーパーで買い物を簡単にして、一旦家に戻り、
そのまま近くのすき家に、昼ご飯を食べに行く。
お腹が落ち着いたら、そこから家に戻って、簡単に昼寝をした。
彼女は、昨日は30分を二回位しか寝ていなく、かなり疲れていた。
俺が戻ったら、安心したのか、落ち着いて寝ていた。
その寝顔を見たら、本当に昨日は恐い思いをさせてかわいそうになった。

その後、少ししてから俺も寝る。

*****

夕方18時過ぎに、
S先輩からの電話で目が覚める。
電話を取るなり、
「原発が爆発した」と言われる。
正直寝ぼけていて、最初は事態が分からなかったが、
良く聞くと、原発が爆発して、
放射能が漏れだして、
やばいので、逃げる必要があるかも知れないという。
彼は、両親の薦めで、
実家のある静岡に急遽避難をした。
(結局この日は、
テレビの報道で東電は、
原発の1号機が、爆発したかどうかは
まだ分からない、と伏せていた。
しかし、それから数日後には、
3号機も爆発、
4号機も炎上した。)

その後俺と彼女は起きて、
近くの薬局でマスクと水を買い、近くのスーパーで食料を買う。

夜は、彼女が余りにも怖がっているので、
Youtubeで音楽アーティストの映像を観たりしていたら、
彼女もやっと気が紛れて元気が出たみたいだった。


******


2011年3月13日(日)

朝は仕事だったので、朝の7時頃起きる。
ニュースをチェックする。
朝、姉貴から連絡が入る。

このタイミングで、何と福島の温泉に旅行に行っていた両親が、
成田まで帰ってこれなくなっているという。
しかも、親父が唯一持っていた携帯の充電が切れているとのこと。
福島からの新幹線は全て止まり、交通手段が無い。
福島の原発は一号機が爆発し、放射線が漏れ出していた。
かつ、直径20キロ以内は危ないと言われていたが、両親達が居たところは50キロ程のところだった。

両親の安否が一番大事なので、俺と彼女であらゆる手段を使って、
どうにかして両親が帰れる方法は無いかどうか調べまくる。

会社には事情を説明して、午前休をもらうか、又は最悪の場合、
お休みを頂く必要があると、相談をする。

*****

昼前に姉貴からの連絡で、福島の旅館の方が、
マイクロバスで、栃木県宇都宮市まで両親を車で届けてくれるとの事。
途中で親父が、公衆電話から姉貴に連絡をして来たらしい。

次は、宇都宮から成田までの交通手段で有効なものを調べまくる。
JRは電話が一向に繋がらないので、湘南新宿ラインが動いているのかを、東京にいる友達に聞いたり、
または、両親が栃木出身の友達に電話をしたりして、調べる。
友達の有り難さを身に染みて感じる。

結局、
16時頃には、再度父親から姉に連絡が入り、
何とか宇都宮まで車で着き、
そこから、浅草を経由して、成田に着けそうとの連絡が来る。
ほっと胸を撫で下ろして一安心。
(結果、夜の21時前には、成田に両親が着いたとの連絡が来る。
後で両親から聞いたが、二人は丁度、
温泉から出て、ほっと一息していた所だったそうな。
その後、もの凄い揺れが来て、
建物から避難し、
夜は全て停電。
外の薪でご飯やみそ汁を作ってもらい、
その翌々日に帰って来た。)

*****

俺は、昼の13時過ぎに会社からの連絡があり、
今日は休みを取って良い事となる。
よって、俺と彼女で、蒲田にいる友達(M子)に会いにいく事にする。
この子も、昨日から一人で地震に怯えていた。

15時頃、蒲田駅に着き、
その子と、その子の隣の家のIさん(70代の女性)
が二人で駅ビルのカフェで避難している所に遭遇。
Iさんを交え、1時間ほど話をして、
その後は、その日の夜の食事の為に買い物をして、
M子の家に彼女と3人で行く。

夜は鱈の鍋と、豆乳の鶏肉鍋を作って、
3人で久々に落ち着きながら、食事を一緒にする。
(俺は二人が食事を作ってくれている間、
隣の部屋で寝ていた。
ここ数日、きちんと寝ていなかったので、
かなり疲れていた。)

夜は、23時頃まで話をして、
明日は仕事なので、帰る。

*****


2011年3月14日(月)

仕事の日。
地震が起きてから初の週明けとなる。
俺の会社は、土日休日関係無いが、
殆どの会社は月曜日からなので、
混雑が予想される。
且つ、計画停電の予定だったので、
朝の6時半に起きて、ニュースを見る。

この日、彼女を家に置いていくと危ないので、
彼女は、元々浅草にいる親戚の方の家に行く予定になっていたが、
急遽この日の朝に連絡が入り、
M子の大学がキャンセルになったので、
浅草の親戚の方には連絡を取り、
昨日会っていた、M子の家に行く事になる。

8時前には俺と彼女で家を出て、
電車に乗ろうと、最寄りの京急の南太田駅に着く。
しかし、もの凄い人の数。

IMG_1696


全然電車に乗れない。
来る電車が既に満員。
そこで、電車に乗ったのが、なんと8時40分頃。
そこから、まずは横浜まで行き、
そのままの電車で、品川まで行く事にする。

しかし、列車が全然進まないし、
途中で何度も止まる。
(ダイヤが大幅に乱れていたり、
または、信号のせいで、
ホームに前の列車がまだ停まっていて、
それを待つ為に自分の列車停まったりと、
列車は一向に進まない。)

結局、途中の蒲田駅に着くまでに、
2時間以上かかる。
蒲田駅で彼女はM子と合流する。
俺はそのまま、列車に乗る。

列車は全く進まず、
11時半頃、やっと品川に着き、
そこから山手線に乗り換える。

最終的に、新宿駅に山手線が着いたのは、
12時過ぎ。
南太田駅を8時過ぎに出て、
新宿駅に着いたのが12時。
通常40分から50分でかかる道程を、
4時間。
あり得ない。

そのまま歩いて、住友ビルへ。

オフィスに着き、節電の為にオフィス内の電気を全て消して
スタッフが忙しなく動いている。

自分のお客様に連絡を取り、と、
仕事をしている最中、
14時半頃彼女より携帯に連絡が入る。
見ると、「京急が15時半に止まる」との事。

逆算しても、今すぐにオフィスを出ないと、
帰れない。

上司に報告して、すぐにオフィスを出る。

新宿駅まで猛ダッシュ。
同じ方向のS先輩と列車に乗り込む。
電車に乗り込む前に、
原発がもう一台爆発した(3号機の事)
との連絡が入る。
山手線で品川まで着き、
そこから京急の横浜方面に乗る。

アナウンスを聞くと、そっち方面のその日最後の電車だった。
本当にギリギリセーフ。

俺は、彼女が待っている蒲田で降りる。
その日、彼女がくれた連絡にたまたま気づいたから良かったものの、
もしもそれに気づいていなかったら、
新宿にスタックだった。

京急、1時間前に「本日の運行は1時間後にストップする事に決めました」
なんて、いい加減にしろよと思う。

*****

その日は、また昨日と同じ様に、
駅前のビルのスーパーで、M子と彼女と3人で買い物をして、
夜に備える。

夜は、カレーを作って食べる。
(再度俺は、疲れて別の部屋で寝ていた。)

*****

夜は、3人で、
久しぶりに大学時代を思い出しながら、
朝の1時頃に、近くのスーパーに詮索をしに行ったりしたが、
スーパーの商品は、殆ど売り切れていた。
(文字通り、”売り切れて”いる。)

帰ってきて、少し話をして、
夜は3時頃寝る。

*****

2011年3月15日(火)

上の朝3時に寝てから、
明け方の5時頃、大きな揺れがあり、
M子の声と戸棚のガシャンという音で目が覚める。
テレビを付けると、結構大きな地震があった模様。
2時間ほどだったがグッスリ寝ていたが、
また30分ほどテレビを見て、状況が落ち着いてから、
再度眠りに入る。

10時頃、目が覚める。
電車が止まる前に、一度横浜に帰る。
朝ご飯をM子が作ってくれる。
パンを食べて、彼女と11時過ぎに蒲田の家を出る。

12時頃、横浜の南太田に着く。
彼女が茨城の家族と話をした結果、
まだ茨城側も状況が危ないとの事から、
今日は横浜にステイする事にする。
俺も、今日は成田に帰るのを止める。

二人で横浜のアパートに戻り、
昨夜は余り寝れなかったので、
ちょっと昼寝する。

しかし、今は会社より自宅待機命令。
直ぐに会社より電話がかかってくるので、
寝ている訳にもいかない。
この日も連絡が入り、
結局、夜までずっと起きていた。

*****

夜は、22時半頃、
静岡にM6.0以上の地震が起こる。
俺はその時トイレに居たが、
急に大きく揺れだした。

彼女が、「早く外に逃げよう!」と叫ぶ。
11日、地震が来たとき、
彼女は何度も、地震警報が来るたびに、
大きなバックパックを背負って、
アパートの8階から下の公園までを、
一人で行き来していた。
昼夜関係なく。

その時の恐怖が激しく、
トラウマになってしまったらしい。
この時も、本当に怖そうにしていて、
本当に可哀想だった。

一緒に下の公園まで避難するが、
公園には3、4人が避難をしていただけで、
殆どの人は、家の中に籠っていた。

どうやら、俺の住んでいるアパートは、
8階にあるという事もあり、
かなり揺れる様に出来ているらしい。
一番端の部屋にあるという事も関係あるのか。

この日は、12時頃には彼女も落ち着いてきていたが、
俺も色々と重なり、一杯いっぱいになって、
不機嫌になってしまった。
彼女は一人で恐い思いをしていたのに、
更に俺も不機嫌になり、
悪い思いをさせてしまった。申し訳ない。

*****

2011年3月16日(水)

今日。

朝9時半頃に起きる。
朝も何度か、大きな地震があったらしい。
彼女はその度に飛び起きていたらしいが、
俺は殆ど気づいていなかった。
悪い事をした。

ちょっとゆっくりして、
11時過ぎには家を出る。
これから、一緒に東京駅まで行って、
そこから彼女は高速バスで地元の茨城まで戻り、
俺はJRで成田まで戻る。

南太田駅のスーパーで昼ご飯を買って、
電車に乗る。

東京駅に着いたら、彼女をバスに乗り込む彼女を見送る。

俺は、そこから総武線に乗り、
成田へ向かうが、
電車に乗る10分前に、本八幡で人身事故が派生したとの事で、
電車が45分送れて発車する。

結局、13時半に電車に乗り込み、
成田に着いたのは、16時15分頃。
2時間半以上かかった。

成田駅まで、姉と母親に車で迎えに来てもらう。
家に着き、すぐに姉は、
明日仕事があるとの事で、家に帰る。

俺は、仕事の件で何本か電話とメールを会社にして、
その後は、18時過ぎから、両親と過ごす。

成田は今日、計画停電が18時20分から
22時までの間に3時間あると言われていて、
警報も2回流れたが、
結局、停電にはならなかった。
良くわからない。

*****

両親と、久々に話し込む。
俺の今の状況とか、
今後の事とか、
色々と話した。

で、今の時間。(22:47)

****

さっき、これを書いている時にも、
大きな地震が起きた。
今速報で調べたら、
茨城県沖で派生した地震で、
震度3らしい。
めっちゃ揺れたけどな。

もう、毎日地震が来る事が日常茶飯事になっている。
マグニチュード9.0を体験してからは、
全てが小さく感じる。
しかし、そんな”慣れ”は良くない。
明日にでも、もしかしたら
今日の夜にでも、大きな地震が来るかもしれない。

*****

今、横にあるテレビでも、
日本全国の被災地の状況、
及び、被災者の方の報道をしている。

被災地で、食料も無く、
避難場所にも、暖房すら無く、
雪の降る氷点下の中、
寝たきりの老人が、介護をされている姿が映っている。

福島の方々は、原発の状況に脅かされ、
行く所が無い。
給与物資も、原発から30キロ以内は給与車が
入れなくなり、
食べ物が届かなくなっている。

都心では、
朝から電車が止まり、会社に行けない人が続発。
スーパーに行くと、
水を始め、米、カップ麺、パン、
全てのものが売り切れている。

駅や店の中は、
普段の半分以下の電灯しかついておらず、
暗い。(実は普段からこれくらいの電気量で良いのではないかと思った。)

町中の人通りも少ない。

今日、横浜駅を通った時も、
普段はもの凄い人が行き交うこの場所に、
殆ど人が歩いていなかった。

列車の中も、空いている。

計画停電が実施され、
普段は夜中の22時まで空いている本屋も、
17時で閉まる。

人々は、テレビを見ながら、
今後の動きに怯えているが、
何となく、慣れて来ている。
この状況に。

しかし、いつ何が起こるか分からない。
そして、日本の政府は、のらりくらりと
事を見守っているが、
果たして、この程度のリスクマネジメントで良いのか。
本当に、原発問題は、危険性がこれ以上大きくならないのか?
大きな余震が、この後東京や大阪に直撃したら?
この後、計画停電は何ヶ月続くのか?
企業は今後、どうやって行き残っていくのか?
被災地の方の生活は、いつ回復するのか?

一度は去ったが、
再度来る、嵐の前の静けさ。


そんな、状態。
2011年3月16日(水)、
地震発生より、5日目の夜。


2011/3/16 23:47



shunsukesekine at 23:47コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 
3/16 14:42

私たちの生活は、自然の災害ひとつで、こんなにも脅かされ、
壊れてしまう。

普段何気なく使っている電気、水道、ガス、水、

全てのものが、あっという間に無くなっただけで、
日々の快適な生活は、あっという間に無くなってしまう。
普段私たちが、どれだけこれらのハイテク機器に頼っているかを実感する。

、、、、、


今回の地震で、本当に多くの方が無くなったが、
その救助の前に、国は原発の爆発問題と放射能の問題に追われ、
何もできていない。

政府と東京電力は、何故、計画停電なるものを行わなければならないかを、
国民に一切説明せずに、急に行う方針だけを発表する。

今回の福島原発が使えなくなり、
今まで何とか回っていた東日本の生活が、全て回らなくなってしまった。
国が必要とする電力が一気に足りなくなり、
今は小さな電力で、何とか回そうとしている。

このまま、今までと同じように、
都市部の人々が生活を続けたら、間違いなく東京のブレーカーは落ちる。
すると、関東全ての電力が落ち、停電となり、
テレビも、携帯電話も、ネットも、電話も、もう何も使えなくなる。
人々は連絡手段が無くなり、次にいつ地震が来るのかも、
原発の状況がどうなっているのかも分からなくなる。

店は営業できず、食べ物は無くなり、
トイレは流れず、生活自体が出来なくなる。
人々は仕事に行けなくなり、営業が出来なくなり、
企業は赤字になり、給料が払えなくなる。

まずは、関東のブレーカーが落ちて、
日本中がパニックに陥るのを防ぐ為に、
無理やり、計画停電なるものを発表する。

しかし、何故それをするのかをきちんと説明しないし、
逆に説明したら、人々はパニックに陥る。
冷静に考えたら分かる事だが、今の心理状況では、
今日の自分の安否だけが心配で、そこまで考えられる人が少ない。

だからこそ、二日前の月曜日の様に、
朝は電車が走らず、通勤に片道四時間かかり(通常は一時間の道のりを)、
会社には疲弊した状態で12時半に着いたかと思いきや、
今度は14:30に、『今から一時間後に、本日の電車の運行を、前線停めます』
との発表が、京浜急行よりされる。

俺はその連絡を、彼女から携帯にもらって、
それにたまたま気付いたおかげで、そのまま上司に報告をして、
住友ビルから新宿駅の山手線に乗り込み、
ギリギリ、品川駅から、京急の横浜行きの最終便に乗り込めたから良かったけど、
それが少しでも遅れていたら、完全にこの日も新宿駅にスタックになっていた。

列車を完全に止めるたったの一時間前に発表するのもどうかと思うが、
これも、もしかしたら、全て国の計画かもしれない。

要するに、
「電力を一番消費する企業の営業を停止させる為に、
唯一、人々に必要な病院と電車だけ営業していいですよ、
とは言えないから、こうして無理矢理、交通機関を操作して、
『お前ら、こうやって仕事に行ったら、朝は時間をかけて会社に行けなくさせて、
夜は帰れなくしてやるぞ、だから営業中止にしろ』と。」

まあ、この考えはエクストリームかもしれないが、
現に国がやっている事は、これに近いことである。

福島原発が無くなった今、これと同じ電力を元通りにするには、
あと何年かかる?
西日本からは、電気のヘルツがが違うから、
そのまま持って来られないし、
少なくともあと一、二年はかかるだろう。


とにかく、この後の地震の状況や、原発の状況も踏まえ、
一人一人がどう生きていくのかを考え直さなければならない。

2011/3/16. 15:28



shunsukesekine at 15:30コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

March 12, 2011

今新宿のネットカフェにいる。

昨日、地震が起きた。
俺はオフィスでカウンセリング中だったが、
急に揺れ出した。
ビルの19階に入っているので、
建物は物凄く揺れた。
最初はちょっと興奮したが、
すぐに、これはまずいと思い出した。

カウンセリング中のお客様、
英会話レッスンに参加中の会員様、
そして、うちのオフィスのスタッフと一緒に非常階段で下に降りて、
住友ビルの前で1時間以上待機した。

結局その後は、そこで解散となり、
自宅に帰れる人は帰ったが、
列車はすべてストップ。
TAXIも全て長蛇の列で、
一先ず会社の先輩たちと居酒屋に入る。
そこで数時間過ごし、
状況を見るが、
昨日一杯は、全線運転見合わせという事で、
新宿の工学院大学で一夜を明かす。

今は朝の9時45分頃。
やっと山手線が再開したので、
様子を見計らって、横浜の自宅に帰るところ。

心配なのは、横浜の自宅で、
彼女が一人、待っていること。
昨日から凄く不安そうな声で、
一人で怯えている。
俺の自宅はマンションの8階にあるから、
数十分おきに、かなり揺れるらしい。
下に直ぐに下りたところに公園があるので、
そこで数時間待機してたみたいだが、
何回も上と下を往復して、
一人で怖がりながら一夜を過ごして、
本当に申し訳ない。



今はこうしてネットが使えて、
Emailやfacebookなどで、
家族、日本中の友達同士で、安否確認ができるし、
Iphoneを使って、昨日は電話回線がシャットダウンしてたけど、
Viberを使って、電話もできたし、
Pingcahtとかで彼女とチャットも出来たし、
これらの機器のおかげで本当に助かっている。

*****

今回の地震を体験して。

この社会は、一つの地盤の揺らぎで、
いとも簡単に崩壊してしまうということ。
多くの死者が出たし、
負傷者の数も計り知れない。
こんな事を言うのは非常識かも知れないが、
自分の人生は、いつ終わるか分からない。
だからこそ、常に何が起きても
大丈夫な様に、備えていなければならないし、
且つ、今日を精一杯生きなければいけない。

明日が来る保障はどこにも無いのだから。

*****

とりあえず、地震後一日目の心境、状況を
記しておきたかった。
これから電車を使って、横浜の自宅に帰る。

この後、日本中が、世界中が、
無事でありますように。

2011/3/12 9:53am






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Thoughts-思ったこと 

March 11, 2011



今、彼女が会いに来てくれている。
彼女は、去年の夏に日本に帰って来て、
ずっと仕事探しをしていたが、最終的に地元で働くことになり、
今月の半ばから仕事がスタートする。

俺の住んでいる所からはかなり遠いので、
また、休みが殆ど合わなくなるので、
中々会えなくなりとても悲しいが、
一緒に住める様になるまで、頑張るしかない。

*****

仕事が始まる前の最後の休みという事で、
彼女が一昨日の夜から会いに来てくれている。
昨日は俺も休みだったので、
一緒に横浜や川崎をブラブラして回った。
今は俺の給料面もかなり厳しいので、
彼女には中々良い思いをさせてあげられないから申し訳ないけど、
必ず近い内に、好きなものは買ってあげて、安心させてあげたいと思う。

*****

彼女は、本当に良い子だと思う。
俺たちは付き合い出してから、
今年の五月で四年が終わるけど、
今だに、付き合い出した頃の様な感じで、ずっと仲良し。
「俺たち仲がいいよね」と、良く言っている。

*****

彼女の好きな所は、
一緒にいて落ち着くとか、楽しいとか、
幸せになるとか、色々あるけど、
色々な事を話し合えるというところも、本当にデカいと思う。

良く、成功者には、素晴らしい伴侶がいるというが、
(例えはエジソンとその奥さんの関係とか)、
俺に取っての伴侶は、彼女である。
何でも話し合えるし、表面では物事を決して判断しないし、
賢い。そんな子が、一番近くにいてくれて、本当に幸せだと思う。

*****

今は距離が遠くて、中々会えず、
寂しくもあるけれど、
こうして距離が離れているからこそ、
分かる有り難さもある。

自分に、こうして大事な人がいる事を、
当たり前と思わず、
常に、彼女の存在に感謝していたいと思う。

2011/3/11 08:30am




shunsukesekine at 10:30コメント(0)トラックバック(0) 
Special People-特別な人たち 


友達と行って来た。
この展覧会は、去年の早い時期から広告を出していたので、「ああ、今やってたんだ」、という感じだった。

日曜の夕方に行ったけど、
そこまでは混んでいなかった。

色々な作品があったけど、一番気に入ったのは、ダリの絵だった。



サルバドール・ダリ「部分的幻影:ピアノに出現したレーニンの六つの幻影」
Dali_Lenin_art


この作品が一体何を表そうとしているのかは、よく分からないけど、夢の中のような感じで、ずうっと見入ってしまう雰囲気があった。


画面の大半を占める空白。
熱がある時に見るような、悪夢の様な感覚。
でも、扉の向こうに光が見えるところからも、
完全な『悪夢=暗闇』ではない。

この男性の背中に付いている白いナプキンと、ピンは何なのか。
なぜ、チェリーが椅子の上に置いてあるのか。
外の景色は、ダリの絵にありがちな荒野の中の岩の様な絵。
こんな暗い部屋の中から、そんな外に繋がる。
だから余計、非現実感(=夢の中の様な感じ)が出てくる。

そしてこの絵が好きだったのは、空白が多いこと。
色々想像できる。
そんな、想像力が働くスペースがある部分がいい。


******


今回、この美術館を回りながら思ったのは、やっぱり本物の絵は違うな、ということ。
そして、絵の『大きさ』はものを言う。

この絵も、かなり大きかったんだけど、お土産コーナーで買った絵葉書は、すごく小さくて、この絵の良さが全然出ていなかった。
この絵の持つ『空白』の良さと、この絵の持つ恐ろしさ、怖さが、
画面が小さくなることにより、全く再現されていなかった。

ちょうど、ホラー映画をパソコン上で小さな画面で見ると、怖さも半減されることに似ていますな。

絵の持つ良さっていうのは、それが、自分の視界を全て被って、それに圧倒されてしまうところにもあると思う。
それにより、見る者は、その世界に物理的に入り込むしか無くなってしまう。

そこに、映画を映画館で見た方が良いことにも繋がるものがあると思う。


******


他にも、ダリの「不可視のライオン、馬、眠る女」も良かった。



サルバドール・ダリ「不可視のライオン、馬、眠る女」
20110228_1640993


ダリの絵は、見れば見るほど、色々想像できるし、しかけもあって、面白い。


******


この二つの絵と同じ壁に掛かっていたもう一枚の絵。

マグリットの、「赤いモデル」。



ルネ・マグリット「赤いモデル」
images



最初にこの絵だけを見て、「、、、、う〜ん、、、」と思っていたところに、
その題名が来て、友達と、
「、、、これはレベル高えな」と。


(色々と時代的背景があり、笑っちゃいけない内容なのかも知りませんが、僕は知識人では無いので、ここはこれで終わりにしておきます。)


******

もう二つ。

ポール・デルヴォーの「アクロポリス」と、
マグリットの「秘密の分身」も良かったです、



ポール・デルヴォー「アクロポリス」
ART187634



この絵は、やはりダリの一枚目の様な感覚で、夢の中の様な感じ、ずうっと見入ってしまう世界がありました。

こういう、夜の感じというか、何か、秘密の世界的な、こもった感じというか、そういうものに出会うと、つい惹かれてしまいます。
まあ、もともと僕は内に籠るタイプなので、そこを刺激されてしまうのかもしれませんが。
まあ、僕が村上春樹の作品に惹かれてしまうところもあるでしょう。
(何でも村上春樹につなげてすみませんね)

ずっと籠っていると病んで来るんだけど、でも、ずっと外に出ていると、たまに誰もいない所に籠もりたくなるというか、ちょっと落ち着きたい、
そんな感覚を刺激されるんだと思います。


******



ルネ・マグリット「秘密の分身」
20110224_1929938



また、マグリットの「秘密の分身」も、やはり、その絵の意味するところは知りませんが、その絵の持つ迫力と、大きさと、その独特の世界観に、圧倒されました。
(意味はあとでじっくり調べます。)



******


とにかく、シュルレアリスム展。

ただのヘンタイゾーンの人たちの集まりですが、これが立派に一つの世界として評価されていて、楽しかったです。

アートは心で感じるもんです。
アタマで理解するもんじゃありません。
と、僕は思います。


2011/03/09. 11:33am


追記:
今回、美術館に久しぶりに行って。

普段使わない部分の脳を使っている感覚が、すごく楽しかった。

毎日、ロジカルに考えて、結論から話す様に心掛けて、頭がパンパンに張る様な毎日が多いですが、
こうして、『絵』という感覚の世界の中に自分を置くことは、非常に心地よかった。

『答えがない』、
『自分の感じたいままに感じて、そのセカイに漂えばいい』、
という世界が、気持ち良かったのかもしれない。

それは、俺が、好きな曲を聴きながら、絵を書く時に一番派生する感覚。
文章を書いている時は、
自分の頭の中で感じていることを、文字に落として、自ら客観的に自分の心を確かめる、
そんな作業で、大好きだけど、

絵を描く時は、
全く答えがないから、
文字という形のあるものに落とさなくても、色や感覚だけで、自分の感じていることを表せる、そんな世界。

やっぱり、アートっていいよね。
絵も、
文章も、
音楽も。

目に見えない、
『感覚の世界』を、
表せるわけだからさ。





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Art Review | 行ったところReview

March 09, 2011




やばい時に、助けてくれる友達。仲間。先輩。

そういう人たちに、俺は助けられて生きている。
心から感謝。

2011/03/09. 0:32

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Special People-特別な人たち 

March 08, 2011


先日会った高校の頃の友達と、
この二日間会って来た。

彼と色々話した。

昨日の夜は、明け方の4時半まで、
人生について話した。

紙に書き出す事。

俺は、21歳から23歳ぐらいまで日常的にやっていたけど、
24歳くらいから、余りしなくなった。
24歳、25歳、26歳、27歳と、
3年と半年くらい、その状態で来た。

その友達は、
昔はそれをやるようなやつじゃ無かったけど、
社会人になって、随分変わった。

彼に、アドバイスを色々もらった。
今日は、午後の2時から俺の人生を紙に書き出して、
今の不安とか、
今後どうなりたいかとか、
3時間位集中して書き出した。

まずは、俺の今抱える「不安」が、
どこから来るかを全て知って、
心の負担が軽くなった。

次に、今後どうしたいのか、
どう生きて行くのかを、
書き出す事によって、
見えるところまで見えて来て、
今の立ち位置と、今後のやるべき事が明確になっていった。

*****

人は、「日々の積み重ね」から出来上がる。

今の状態が、余り変わらずとも、
それをコツコツと、数年やっていれば、
確実に、その人間は変わる。
良くも悪くも。


過去に”それをやっていた”というのは意味が無い。
今、それをやっていなければいけない。

過去に、”どうであったか”は関係ない。
今、どうあるべきかが重要である。

同時に、今どうであっても、
これから如何ようにも、自分の人生は変えられる。

人生のターニングポイントは、
自分の決意次第で、”今日”にもなる。
その人との出会いを、決定的な瞬間にするか、
ただのひと時で終わらせるかは、全て自分次第である。

*****

22歳の頃、俺が留学から一時帰国した頃、
そいつは、自分の持てる能力の30%しか使えておらず、
且つ、残りの70%を使う場所を知らずに、
毎日ダルそうに生きていた。

俺が、そんなヤツを勿体無いと思い、
「もっと燃えて生きろよ!」なんて、
暑苦しく言っていた。

それが今では、
そいつは社会に出て、
自分の能力以上のモノを使うフィールドを見つけ、
それまでは麻雀が一番世界で面白いものと思っていた状態から、
仕事が一番世界で面白いもの、という状態になっていた。

社会人になってからのこの5年間、
何百冊もの本を読み、
社内では手を上げ、
リスクをなるべく最大まで取り、
多くのスクールに通い、
社会人として、力を付け、立派なヤツになっていた。

そんな彼に会って、嬉しくもあり、多くの事を学んだ。

「昔はお前の方が俺に”熱くなれよ!”なんて言っていたのに、
今じゃ逆だな」
そんな状態になっていた。笑

******

人は、すげえ変わるもんだなと思った。
昨日会った、もう一人の高校時代の友達も、
つい数年前までは、結構知ったかぶりが多い様な所もあったけど、
今では立派な知識人になっていた。

人は、本当に、日々の生き方で、
変わるもんだな、と思った。

******

とにかく、その友達と、
この二日間、話し合って、カフェで人生プランを練り、
アドバイスをもらって、色々考えて、
まず、初めの一歩を進んだ気がした。


自分の生き方は、
自分で変えられる。

2011/3/8 1:13am



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Thoughts-思ったこと | My Work-仕事

March 03, 2011



高校時代の友達と会ってきた。
彼に会うのは、約二年ぶり。
高三の頃は、ほぼ毎日一緒にいたヤツだけど、
社会人になってからは、ほとんど会っていなかった。
俺がアメリカから帰ってきた2008年の夏に二回ぐらい会って、(その時は、俺の就職祝いで色々時計とかをくれた。そんな太っ腹なヤツです)
後は、2009年の初夏に、一回会った以来は、一度も会っていなかった。
たまに、彼が俺を飲みなどに誘ってくれていたが、それも仕事のせいで行けてなかった。

今日は俺が休みで、かつ彼も今は転職活動中で、会社から有休を取っていて時間があったので、昼に連絡して急遽会うことにした。


いやあ、本当に楽しかったな。
お互い、高校時代から互いのことを良く知っているから、
お互いの変わった部分、
成長した部分、
変わらない部分、
今までのお互いの軌跡、
そういうものを確かめられて、
楽しかったし、頼もしかったよな。

俺は今、会社は周りが九割は女性で、周りに同年代の男がいないから、
自分の社会での市場価値(27才の男性の市場価値)を、他の男性と比べて測れる基準が殆ど無い。
だから、こうして同じ歳のヤツと、上とか下とか関係なく、お互いの今までを振り返りながら、自分の今の立ち位置を確かめられる事は、凄く嬉しいんだよな。


彼は、話を聞くと、去年一年半は相当大変だったらしいし、かなりしんどい時期もあったみたいだけど、今は次の仕事も決まり、確実に彼の二十代の夢である、コンサルタントになる、という夢の道のりに立っている。

これまでがしんどく、苦労した分、酬われて良かったよな。


今日は2時半から6時半まで、4時間話したけど、本当に楽しかった。

気づく事、学ぶ事も沢山あったしな。

やっぱり、友達は大事だよな。

2011/03/03. 19:23



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Thoughts-思ったこと | Special People-特別な人たち

March 02, 2011



「俺はマラソンランナーになるんじゃないか」・・・という題名で、一月に日記を書いていたけど、
今日、オフィスから駅のホームまで、7分間ノンストップで走る快挙を成し遂げた。
しかも、息も切れずに。


いやあ、慣れは恐ろしいねえ。

本当にマラソンランナーになるんじゃないかしら。


2011/03/02 23:46



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My Work-仕事 | Thoughts-思ったこと

March 01, 2011

前回の達成は、
1年と3ヶ月前でした。

この15ヶ月間、長かった。

きちんと、結果が出て良かった。



2011/3/1 1:45am


前回達成したときの日記

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