May 2009

May 10, 2009

2009年5月9日(日)

去年おばあちゃんが亡くなってから、一年。
8日の朝に東京を出て、岩手に着き、
9日、今日の朝11時から、おばあちゃんの一周忌として
お寺に親戚一同で集まった。

去年、あの時から一年。
あっという間に、時が経った気がする。

おばあちゃんには、去年の9月に就職が決まって、
次の転職先が見つかるまでも、
よく、見守っていて、応援していてもらった。

今回、去年の7月の終わりの、納骨の時以来の
再会となった。

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昨日の昼は、岩手に着いてからすぐに、
近くの温泉へ家族で浸かりに行った。
山の上にある温泉で、ほぼ貸し切り。
客は、俺たちと、あと2組ぐらいしかいなかった。
かなり大きいリゾート地だが、大型休暇や週末以外は、
大抵あんな感じで空いているらしい。
久しぶりに温泉に浸かり、一人で色々と考え、
頭の中の整理ができた。

夜は、おじちゃんちに集まり、
皆で豪華なご馳走を食べながら、
夜の12時まで、ゆっくり話した。
おばあちゃんはずうっと、
北上水産で働いていたから、
高級な魚介類をいつもお祝いの時には食べていた。

昨夜は、おじちゃんの、教育についての
熱き思いと、その教員としての人生観、仕事観について
話を聞き、熱いものを覚える。
(おじちゃん、おばちゃんともに学校の先生であり、
今はおばちゃんは去年の3月で校長を終え、
今は教育委員会で働いている。
おじちゃんは、今も校長で、
今年度で退職。)

おじちゃんの話で、
彼の教員としての仕事ぶりは、とても感心するものがあった。
彼は、体力と気力が持つまで現場に立ちたいと考え、
53歳まで担任を受け持った。
そして、その教員時代、
6年生のクラスを受け持っているとき、
切り絵のプロジェクトをクラス全体で行い、
それが発展して、終いには市の劇場で
公演するまでになった。

彼は、今度の14日、
自分の今までの教員として得たものを、
他の教員の方々にも何か伝えたいと思い、
1時間半の講演をするらしい。

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おじちゃんというのは、やはり教育に心から携わって来た
人のせいか、
話をしていて、とても素晴らしい方だなと思うところが
本当に沢山ある。

例えば、今回の講演の話にしても、
「自分が話をして、全員の人に伝わらなくてもいいのさ。
 その中で、一人でも若い先生に何かが響いて、
 その先生が岩手の教育を担ってくれれば、
 それで、私が今度話す意義が十分にあるのさ。」

他にも、例えば、誰か一人の先生が、
思うように仕事をしてくれていないとき。

そんな時は、その人に、
「もっとこうしてもらわないと」
と頭ごなしに言うのではなく、
その先生を呼んで、
「いやあ、いつも本当に頑張ってくれていて、
 本当にどうもありがとう。
 ところでさ、今度こんな事を考えているんだけど、
 それを先生の力で、何とかまとめてみることは出来ないかな?」
と、その人の今の努力、頑張りをまず褒め、認め、
その後に、彼がやる気を起こすような話の持って行き方をする。


おじちゃんの話を聞いていると、
全てに「常識」があるというか、
とにかく、「ああ、やっぱり人間って素晴らしいものだよな」
と、感じさせてくれるものがある。

それは、おばちゃんと話していても然り。

やっぱり、教育に、真に携わっている人っていうのは、
「人」を教えるわけだから、
その「人」自身も、素晴らしい人格を兼ね備えている
ケースが、多い。
そういう先生ばかりではないと思うし、
むしろ、そんな先生は少ないのかもしれないが、
うちのおじちゃんとおばちゃんは、そんな先生たちだから、
非常に誇りに思う。

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また、おじちゃんが、常に教育に関して
真剣に取り組み、
教育委員会のマニュアルなどには一切ないようなことでも、
自分で色々と考え、工夫して、
それを現場に生かして来たこと。

彼は冗談ぽく言っていた。
「俺は、常にその時にできることを全力でやり、
その結果を残すようにして来たから、
定年退職した後も、また教育に携わることはないよ。
もう、今年度で、
私は燃え尽きますよ」と。

彼の、目標を持って、
それに全力で投球して、
その目標、壁を打ち破っていく生き方。
それが俺も好きだから、その生き方に凄く共感した。
おじちゃんにそれを言うと、
「結局、それが「仕事」ってもんじゃない?」と。

自分で工夫して、好きな仕事を全力でやっていたら、
一日はあっという間に過ぎるし、
逆に、嫌いなことを嫌々やっていたら、
一日は中々時間が過ぎないよね、と。

やっぱり、仕事っていうのは、人生だと思うし、
自分が何の分野で一番秀でているか、
それを知り、それを作り、
全力で打ち込むこと。
その生き方こそ、俺は、好きだなと思う。


この夜は、最近おじちゃんが気に入っている言葉、
「惻隠の心」
の話しなどについて熱く語り、
夜の11時ごろにいとこのあきら君が帰ってきた後は、
彼の最近の仕事に関して話をし、
次の日を迎える。

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今日。
朝からお寺に皆で集まり、
その後は、お寺の上のお座敷で、食事を取る。

自分の隣には、親戚のおばあちゃんに当たる人が
座っていた。
桃子お姉さんという方だが、その人と良く話をした。
彼女は今80歳近いが、
彼女の生まれ育った時代からすれば、
今の日本は何でも揃っていて、
非常に恵まれていること。

若者は甘やかされ、
ものが「ない」ことを味わったことがないから、
そのものが「ある」ことの本当の有難さを知らない。

仕事に対する態度も、
昔は、上に立つ者が、仕事を「与えてやり」、
働くものは、仕事を「与えてもらい」、
だからこそ、誰もが必死に働いたが、
今は、仕事に行って、ただお金をもらう、
そんな考えで仕事に当たっている人が増えてきた、と。

他にも、色々な話を聞き、
今の時代で、いくら「辛い」と言っても、
昔の時代に比べれば、その「辛さ」は、
「辛い」にも及ばないんじゃないか、
そんなことを感じる。

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今回、おばあちゃんの一周忌を通して、
また多くの方々と会い、
色々な話を聞いたり、色々な人生を
垣間見てきた。

おばあちゃんは、俺の母親の家系に当たるが、
母親方の親戚は、
自営業をやっている人が多い。
仕出し屋だったり、花屋だったり、
職人だったり、パティシエだったり、
または、教育者だったり。

普段、そういう人たちと話をする機会が中々ないから、
そういう方々の考え、ものの見方、
そういう事を聞けることは、非常に有難いし、
自分の勉強になる。


昨日も、おじちゃんと教育関係の話をしている時、
こんな話ができて、凄く嬉しいと言ったら、
おじちゃんが言った。

「これも、ハルおばあちゃんの縁なのさ。
 おばあちゃんの一周忌じゃなかったら、
 今こうして、俺と俊輔が話をしていることも無かったわけだよ。
 やっぱり、おばあちゃんは色々考えていてくれたんだな。」
と。


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おばあちゃんの一周忌。
多くのことを、また、感じさせられ、
学ばされた。

おばあちゃん、いつもどうもありがとう。

2009/5/09


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おばあちゃん 

May 04, 2009

with Myra and Stan
DSCF2341

2009年4月26日〜5月2日

この一週間、会社の研修で、
オーストラリアのゴールドコーストへ行って来た。
青い空、広い海、
もう最高だった。

そしてその中で、一番よかったのは、
高校の時以来の、俺の親友に会えた事。

MyraとStanとは、俺が18歳のとき、
高校3年で、英語の塾に通ってる頃、
そこの他の生徒さんを通して出会った。

それ以来、マイラとスタンとは、時間を見つけては、
ちょくちょく会っていた。
彼らの家にも何度もお邪魔させてもらって、
食事を一緒に食べたり、ペットの猫と遊んだりしていた。

そして、俺が19歳、アメリカに行った頃、
彼らも、故郷のオーストラリアへ帰っていった。

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それから約6、7年。
2人も既に結婚して、今では、
地元で幸せな生活を送っている。
マイラは大学で働き、
スタンは自営業で魚の水槽をデザインしたり、売ったりする
仕事をしている。

今回、俺が出張で、ちょっとしかオーストラリアにいられなくて、
会えることは出来ないと思っていたけど、
唯一あった木曜日の午後の自由時間に合わせて、
わざわざ車を走らせて会いに来てくれた。

2人とも、全然変わっていなかった。

一緒に、ご飯を食べたり、夜のサーファーズパラダイスを
走って、ココアを飲んだり、ビーチを歩いたりした。
凄く楽しかった。

DSCF2272

マイラは、今回俺のために、
彼女手づくりの、鏡の周りにゴールドコースト周辺の
地図を貼り、その上にマイラが砂浜で拾ったという
沢山の貝殻をつけた素敵なプレゼントをくれた。
世界に一個しかないプレゼント。
凄く、すごーく嬉しかった。

今回、2人に本当に会えてよかったなあ。
本当に、よかった。

また今度は、ゆっくり休暇を使って、
会いに行きたい。

5/4/2009



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