January 2009

January 15, 2009

今、会社の寮に住んでいる。
そこには、3人の寮長のおじさん達がいて、3人が毎日泊まりこみで寮を見張っている。

その内の一人で、内藤さんって人がいるんだけど、
彼は背が高くて、びしっとしていて、
しかし、とても優しい目をした、魅力的なおじさん。
おじさんって言っても、3人とも、65歳くらいだけどね。

その内藤さんは、俺が寮に帰ってきて、
「こんばんは。お元気ですか?」って聞くと、
「絶好調です!」って、笑顔で言ってくれる。
そうすると、その言葉を聞いた俺も、何か元気が出てくる。

内藤さんは、俺が寮に入った8月の終わりの最初の日に、
この寮のルール等について説明してくれた人。
たまに時間があると、色々話を聞かせてくれて、すごくいい人だ。

もう一人、大久保さんっていう人も、いい人。
最初は俺は苦手だったけど、ある日洗濯機の前で立ち話して、
俺が彼の話を40分近く、ただ辛抱強く聞いていたら、
それ以来なんか俺のことを気に入ってくれたらしく、
毎回会うたびに、笑顔で声をかけてくれる。
うちの会社の裏事情なんかも教えてくれてね。


ま、とにかく、何を書こうとしたかと言うと、
俺はいつも、その内藤さんの、「絶好調です!」っていう言葉に元気をもらっているわけです。

俺も、誰にいつ、「どう調子は?」って聞かれても、
「絶好調です!」って笑顔で答えられるようにしていたいね。

2009/1/15


PS.あと、うちの寮のいいところは、
お風呂がデカいところね。
街の小さな銭湯くらいあってさ、
湯船にゆったり浸かれるわけよ。
体の疲れが、ほんと吹っ飛ぶね。
普段、水泳とか、サーフィンとか、なかなか出来ないから、
こうやって、お湯にゆっくり疲れるっていうのは、
すごく体が喜ぶし、心も軽くなります。




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日常 

January 14, 2009

さっき、ひろぽんと総長と久しぶりに話した。
総長が日本に帰ってきてて、電話したら、
ひろぽんとスカイプで話してるって言うんで、
俺もスカイプに繋がって、3人で1時間半ぐらい話した。

すげえ久しぶりだったなあ。
ひろぽんは1年半ぶり以上だし、
総長も、9ヶ月ぶりぐらいだなあ。

何か、ロングビーチを思い出した。
3人で、
「おお〜!いいなあ〜!ロングビーチを思い出すなあ〜!」って、
笑ってた。

いいなあ。すぐに、あの頃に戻れるってのは。

話し終わってしばらく経った今も、気分がすごくいい。
心が軽くなった。

友達って、何でも話せるし、心を軽くさせてくれるなあ。

やっぱり、友達って、いいなあ。

2009.1.14

ロングビーチにて
12-8

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Thoughts-思ったこと 

January 13, 2009

03

「セザンヌ主義―父と呼ばれる画家への礼讃」
(横浜美術館にて開催中)
に行って来ました。

今回は、セザンヌの人生と絵画、
そして、彼に影響を受けた画家たちの作品をテーマに、
100点近く集めた作品展。

なかなか、よかったです。


場所が横浜のせいもあってか、
前回の「フェルメール展」や、「大琳派展」のように、
人ごみの中を掻き分けて・・・
という風にはせずにすみました。

ですが、入った午後3時半頃は、やはり人が最初は多かったのですが、
閉館1時間前にもなると、次第に人が減っていって、
セザンヌの肖像画や、
僕の好きなモディリアーニの絵と、じっくり向き合うことが出来ました。

*****

04

セザンヌという画家は、今までよく知らず、あまり興味もありませんでしたが、
ピカソなどを始め、本当に多くの画家に影響を及ぼしたのです。
全然知りませんでした。

セザンヌは、目の前にある人物やもの、自然などを、
そのままリアルに描くのではなく、
それが実際に目に入ってきたときに映る「感じ」、
それを、どうにかしてキャンバスの上に再現しようと試みた人物です。

彼の作品は、彼が43歳の時に初めて入選し、
人々に少しずつ注目され出したのは、彼が死ぬ11年前である、
56歳のときです。

つまり、今では、「近代絵画の父」と言われていますが、
実際に彼の作品が世に本当に評価されだしたのは、
彼が死んだ後だったわけでしょう。

しかし、生前中にも、彼は自分の作品が評価されずとも、
自らの表現方法を捨てず、それを極めようと、
筆を持ち続けました。

そんな彼の作品には、
やはり、見るものの心を動かす、何かがあります。


彼の描いた風景画一つを見ても、
その風景を見ながら、彼は何を思っていたのか。
その風景を、どのように、そのキャンバスに残そうとしていたのか。

そんなことを考えながら、その人物の心情などを考えると、
心に迫ってくるものがあります。

そして同時に、自分が、その人物の生きていた時代に、
タイムスリップすることも可能なわけです。


毎回、一つの作品に入り込む時間をじっくりと取った後は、
まるで、どこか別の時代に、タイムスリップして来た様な、
そして、「今」のこの現代に、
どこからか、帰ってきて、
今、目の前にあるこの「現実」を、新鮮な目で見れる。

そんな感じに陥ります。

11


本を読んで、色々な世界に行ったり、
映画を見て、色々な世界へ行ったり、
音楽を聴いて、色々な世界へ行ったりするのと同じで、
美術館で、絵を見て、それに入り込むことも、
自分を、色々な世界へ連れて行ってくれます。

体は移動せずとも、
自分の頭は、そして、想像力は、
どこかへ、移動しているのです。

だからこそ、美術館を出てきた後は、
まるで、どこか別の国や時代へいって来たような、
そう、旅をしてきたかのような、
そんな感覚に陥れます。

****

セザンヌ展の感想になっていませんが、
美術館へ行くこと全体として、
僕が思う、感想です。

2009.1.12

ps,
それとやっぱり、毎回思うのは、
美術作品というのは、本物を見ないと、その凄さは分かりません。
色合いとか、その絵の具の載り具合の感じとか、
その作品全体がかもし出す、オーラや迫力とか・・・・

07


その作品を生で見たことがなくて、何かの印刷物や写真を見ても、
何とも思いませんが、
一度、その作品を生で見て、
その後に、その作品の写真を見ると、
「全然違うじゃん!!」と叫びたくなります。

ゴッホなんかは、特に、写真では良さが1000分の1も伝わらない画家の一人ですが、
セザンヌもしかり。モディリアーニもしかり。

「色」を大事にしてきた画家たちの作品は、
写真では、絶対に伝わりません。
写真には写せない、その「色」があるからです。

(例えば、肉眼で見ると、確実に見えるその深い紫色が、
 写真では、ただの黒にしか見えない、とか)

皆さん、本物の絵を間近で見れる機会があったら、
ぜひ、足を運びましょう。



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行ったところReview | Art Review

January 12, 2009

wall-e-poster3


























やっと見てきました、この映画。

アメリカでは、劇場で確か2年近く前から、
この映画の宣伝をやっていたような・・・

このロボットの模型みたいなものが劇場に飾られていて、
「何だこりゃ?」
みたいに思っていたのが、2007年くらいのことだと思います。

で、今回やっと、日本でもアメリカより半年遅れで、
公開されました!

土曜日に見に行ってきましたが、
感想は・・・

もう最高!!


映像も凄いし、何より、話がいいです。
やっぱり、PIXARの作るアニメは、いつも話がしっかりしています。
キャラクターもそれぞれしっかり設定されているし、
何しろ、「感情」というものを、非常にうまく描き出しています。

それは、「トイ・ストーリー」から始まり、
「モンスターズ・インク」「ファインディング・ニモ」など、
毎回、素晴らしいストーリーとキャラクターを描き出しています。

僕が元々、アメリカで映画を勉強した理由は、
将来トイ・ストーリーのようなCGアニメを作りたい、
つまり、PIXARに入りたかったからであって、
De Anza College時代にも、アニメの基礎から、
キャラクター作り、ストーリーラインの設定、
コマ割り等、色んなことを勉強しました。

だから、このPIXARのしていることの凄さが、
とてもよく分かります。


前回PIXARの映画を劇場で見たのは、「Mr. Incredible」
が最後だと思いますが、
あれ以来、数々の作品が登場して来ても、実は見ていませんでした。

なので、今回、その映像を見て、まずはとにかく、
その技術にビビりました。

もう、実写なのか、CGなのか、
ほんとに区別がつきません。

宇宙の様子とか、
砂嵐の様子とか、
ウォーリーのロボットの汚い感じとか、
ビルを上のほうから移した様子とか、
イヴァのツルツルな感じとか、
もう本当に、全ての材質、大気など、
この映画で表されている全てのものの「質感」が、
もう本当に完璧でした。

毎回、CGというのは、技術が上がっていて、
その当時に見たときは、
「もうこれ以上技術は上がらないんじゃない?」
なんて思うくらい、凄いものですが、
2,3年経って、もっと凄いものが出て、
それで、前の作品を見ると、
「やっぱり、ちょっとまだ甘いな」なんて思ってしまうものです。
(つまり目はすぐ肥える)

しかし、今回のPIXARの技術に関しては、
もうこれ以上は、上がらないくらいまで来ているんじゃないでしょうか。

****

それから、何より凄いのは、
今回の映画の主人公は、2人とも、「ロボット」ってこと。
2人とも、「顔」がない。
つまり、「表情」がない。

「表情」というものは、顔の形で作られるものであって、
アニメを作るにおいては、顔の表情というものは、
一番重要視されるポイントです。
その人物の、リアルさを出すにあたっては。

だから、ヘタクソな絵ほど、
人物の顔の表情が、乏しいわけです。

なのに、今回のアニメは、
主人公が、「顔」のないロボット。

なのにも関わらず、そのキャラクターたちは、素晴らしい演技をしていました。

映画を見ていて、何度も泣きそうになってしまいました。

表情がないロボットに、表情があるかのように、
演技をさせる。

これは、そのロボットの仕草とか、
体のほんの微妙な動きとか、
「間」とか、
そんなもので、うまく、その「ロボット」の「感情」を、
描き出しているわけです。

これをしてしまったPIXARは、本当に素晴らしいと思います。
つまり、PIXARのアニメーターが、素晴らしい仕事をしているわけです。
もう、神様レベルだと思います。

wall-e_3

















*****

褒めるところはこれでもかという位ありますが、
次は、話の中に出てきた比喩について。

この映画の中では、人類は、
皆が動く機械に乗って、歩かなくてもいいので、
みんなブクブクに太って、一度その機械から落ちてしまうと、
もう起き上がれなくなってしまっています。
つまり、もう歩くことも出来ないくらい、弱っているわけです。

これなんかは、今のアメリカの人々を、うまく皮肉っぽく
現していると思います。
皆車に乗って、全然歩かない。
食ってばかりで、どんどん太っていく・・・

映画の最後のほうで、
船長が、自らの足で踏ん張って、
一歩一歩悪役ロボットに近づいていくシーンがありましたが、
ここでは、その一歩一歩足を踏み出す様子を、
凄いBGMとアップで写していました。
これなんか、もう最高の皮肉です。
めっちゃ笑ってしまいました。

****

後は、人々が乗っている機械には、
目の前にテレビが取り付けられていて、
みんなそのテレビで誰かと話したり、何かを見たりするので
一杯で、
目の前に例えばプールがあることにも、全然気付いていないこと。

これなんかは、今の現代の人々が、
テレビ、パソコン、ケータイ、音楽プレーヤーなど、
いつも目の前の機械に頭を占領されていて、
自らの目で、この世界を「見る」ということをしていない、
そして、そうしているうちに、
目の前の機械のことでしか、
物事を判断できなくなってきている・・・

そんなことを、皮肉っぽく描いていた気がします。

****

それから、この映画の中には、
数々のロボットの中で、誤作動を起こしたりして、
いわゆる、「きちがい」として、
牢屋に閉じ込められているロボットたちがいます。

しかし、こいつらは、
いざオリの外に出ると、
主人公であるウォーリーと、イヴァを助けに回るわけです。

これなんか、プログラミングされた通りに「正しく」
動いているロボットが、「普通」であって、
そのプログラミングに逆らわない「ロボット」は、「異常」
とみなされている。

でも、その「異常」なはずのロボットが、
実は、一番人間らしく、
困った人助けをして、最終的に、人類を救うということ。

ここにも、ロボットを通しながら、
この社会の「秩序」「人間らしさとは」
そんなものを、皮肉っぽく描いている、
アニメーターたちの心意気が見えた気がします。

*****

とにかく、話的にも、映像の技術的にも、
全てにおいて、最高の映画でした。

ここまで来たか、PIXAR。
やっぱりPIXARは、凄い!!

2009/1/12



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映画 Review 
「安定」というぬるま湯。

それに一度浸かると、それから抜け出すのは、億劫になる。
水風呂にまた飛び込むのが、億劫となる。

しかし、自分の求めるものが、水の中にあるなら、
一度ぬるま湯から出て、また水の中に飛び込むだけ。


ぬるま湯から出るときが一番寒いが、
一度水に飛び込んでしまえば、
後は、次第に体は、そこに慣れていく。


そして、ぬるま湯の中では眠っていた、
数々の細胞が、
一気に覚醒し出す。

その感覚は、水の中に飛び込まないと、
一生分からない。


寒いのは、ぬるま湯から出るときだけ。
必要なのは、ぬるま湯から抜け出して、水に飛び込む、
「覚悟」だけ。


2009.1.12



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モノゴトは、一度始めるまでが、一番恐いだけ。

一度、そこに飛び込んでしまえば、
後は、なるようになって行く。

飛び込む前に、ビビる自分を奮い立たせて、
後は飛び込むだけ。


2009/1/12

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January 08, 2009

何だって、やってみせる。
どんなに辛かろうが、
何でも、やる。
そのためなら。


その「覚悟」がつくまでは、
心は、グラつく。

しかし、一度その覚悟がついてしまえば、
もう、グラつかない。

後は、やるだけ。


2009・1・8





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