March 2008

March 28, 2008

3月28日金曜日

今日は、ディアンザ・カレッジに行って来た。
ディアンザは、俺が留学2,3年目の2年間を過ごしたところ。
自分が19歳から、21歳までを過ごしたところ。

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いつも北の方に旅に来る際は、
サンノゼでは一泊だけして、後は、更に北のレディングや、マウントシャスタ、マッカーサーなどに行ってたから、
サンノゼでゆっくりするってことは余りなかった。
そのせいで、ディアンザ・カレッジに戻って、学校をゆっくり見て周るなんてこともなかった。

今日、久しぶりに学校に行き、
本当に久しぶりに、ゆっくりと中を見て周った。

俺の中で、ディアンザでの思い出は、その場に戻らなかったせいもあるのか、
中々思い出すことが余りなかったけど、
今日、足を踏み入れてみて、実際に歩いてみて、
当時の鮮明な感情を思い出した。

サンノゼに移って、最初に住んだ家がある場所に車で行き、
そこから、当時自転車に乗って通っていたルートを、車でその通り、走ってみた。
当時、自転車に乗っていた間、よく聞いていた音楽を聴きながら。
エアロスミスとか、レニークラヴィッツとか。

それらの曲を聴きながら、当時バイクで通っていた情景を目にすると、
今はすっかり忘れていた、しかし、
当時、その頃、俺が感じていた感情、
そういったものが、色々と溢れてきた。


学校に着き、車を停め、
中を歩いてみた。
一つ一つの光景を目にするたび、
もう思い出しもしていなかった、様々な思い出が、
一つひとつ、蘇ってきた。


自分が19歳のとき、感じていたこと。
20歳のとき、感じていたこと。
21歳のとき、感じていたこと。


今では、自分は24歳となり、
自分が19歳から21歳のときのことを考えると、
「まだまだ若くて、何でもできたな」と、
その歳の持つ、数字が、「若さ」=「アドバンテッジ」としか頭に入ってこなかったけど、
今日、キャンパスを歩いてみて、
その頃の俺は、やはり、毎日将来のことが心配で、
色々悩みながら、毎日生きてたんだな、と。

しかし、今となっては、当時の心配などは、もう関係ない。
その当時を思い出すとき、
蘇ってくるのは、
当時の、楽しい思い出ばかり。

そして、その「時」しか、経験できなかったことばかり。


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*****


過去を思い返す度に気付くこと。

それは、その当時を、思いっきり味わったか。
その「時」を、最大まで楽しんだのか。

肝心なのは、それだけだということ。


その時を、最大まで味わい、楽しんでいたのなら、
悔いは残らない。

その時に頭に抱えていた不安や心配などは、
数年後になってみれば、思い出すことすらない。

思い出すのは、当時の楽しかった記憶ばかり。

そして、気づくのは、
その時には、もう、戻れないということ。



*****



どの瞬間にいようが、
その瞬間を、最大まで楽しむこと。
味わうこと。

いずれ、その「時」は終わり、過去となる日が、必ず来るのだから。
そして、その「時」には、もう戻れないのだから。

その「時」は、今しかないのだから。



3.28.08


ディアンザのカフェテリアの下の場所。
ここで良く、フレンチフライを食べながら、
ジョエルと話をしていた。
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アニメーションや映画のクラスを取っていたATCビルディングの中。
AppleのMacの初期バージョンが置いてある。
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PS.ディアンザの帰り道、聞いていた曲。
Lenny Kravitzの、"This Moment Is All There Is".

まさに、この時感じていたことは、
この曲の通りだった。


Will there be tomorrow
Tell me, how can you be sure
There ain't always next season
There ain't always an open door

Life is dear, don't you waste it
The future no one can see
So step aside and let it be
Tomorrow may wash away
Don't put off what you do today
Take advantage while you are here
`Cause this moment is all there is

Do you smell the flowers
While they are still here in bloom
Does there have to be a reason
If you don't think we'll be gone real soon

Life is here can you taste it
The future no one can see
So step aside and let it be
Tomorrow may wash away
Don't put off what you do today
Take advantage while you are here
‘Cause this moment is all there is

Don't live in fear and weakness
Don't live and hide it all, does your
Your ability to taste the sweetness...sweetness
And that is what we are here for

Life is real, don't you fake it....oh
The future no one can see
So step aside and let it be
Tomorrow may wash away
Don't put off what you do today
Take advantage while you are here
Cause this moment is all there is...there is

This moment...the future no one can see
So step aside and just let it be
Don't wait for tomorrow







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2008 Last Trip in CA | College Life-大学

March 27, 2008

3月27日木曜日11時40分

Steve, Susan, Simon, Chisako, Kyosukeと
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今、スーザンの家。
今日ここには、午後の3時過ぎに着いた。
着いてすぐ、スティーブと恭介が迎えてくれた。
恭介は、俺の姿を見るなり、「一緒に遊ぼうよ」てな感じで、ずっと跳ねまくり。
前よりも足の筋肉がついたっぽい。

すぐに恭介と庭やら家の中で遊びだした。
ちさことも再会して、3人で一緒に、近くの公園まで歩いて遊びに行った。
恭介はずっと走り回り、動き周っている。

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6時ごろ、スーザンが仕事から帰ってきて、俺とちさこと恭介とスーザンの4人で、
近くの「Super Burrito」へ。
ブリトーを食う。

帰ってきて、色々話した後、
3人で「What Woman Want」の映画を見る。

それで、今のこの時間。

昨日は日記を書く時間がなかったので、今書く。

*****

昨日の朝は、ロイの家族とのお別れ。
朝7時半に起きて、支度をした。
次の目的地、レディングで、ノアの両親に会いに行く予定だったが、
ノアのお母さんのパッツィが、仕事のため11時半には家を出なければいけないというので、
その時間までに彼らの家に着く約束をしていた。
そのため、ロイの家を、9時半ごろには出なければならなかった。

****

俺とロイ、真ん中の絵は、ドラゴンボール
ドラゴンボールがきっかけで、俺とロイは友達になった
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****

みんな起き出して、リビングのカウチに座って、お茶を飲んだり。
俺はベッドを片付けて、シャワーを浴びて、荷物を整理したり。
9時ごろ。ジーンが急いで、朝ごはんを作ってくれた。
スクランブルエッグと、ソーセージ。
今日は、ロイとランディも、クラマス・レイクへ、釣りに行くらしい。
泊りがけで行くので、帰りは土曜日になるとか。
この日が水曜日だったから、3泊することになる。
今日は俺も出るし、ロイとランディも一気に出ちゃうから、
ジーンはきっと寂しくなるだろうなと思った。

ジーンの作ってくれた朝ごはんを食べ。
すごく美味しかった。

9時半ごろ。みんなが食べ終わった頃、
家に電話がかかってきた。
ランディが取ると、どうやらセールスの電話。
ランディの持った受話器から、少しだけ声がこぼれて聞こえたので、
俺もなんとなくゲスできたが、
その声は、一瞬も止まることなく、ずうっと喋り続けていたので、
俺はまるで、テープか何かのように思った。

中々話し終わらない声を相手に、
「やれやれ」という感じで、変な顔をしているランディ。
その光景が面白かった。

やっとこさ電話を切り終わった後、
ランディいわく、
「ちきしょう!シュンに電話に出させて、日本語で話してもらえばよかったな。そしたら電話越しの相手も、面食らっただろうに。せっかくのチャンスを逃したぜ!!」と笑っているランディ。


最後に歯を磨こうと思ったら、ロイがトイレに入っていた。
ちょっと待つと、ロイが出てきた。
「やれやれ」と言いながら、長い戦いの末、トイレから出てきたロイ。
俺が、「I’m gonna go in there(今度は俺が使うよ)」と言うと、
「Wow, it’s gonna be challenging!!(相当の覚悟が必要だと思うよ!)」と。

つまり、ロイがウンコした後で、トイレが臭いってこと。
この家では、いつも誰かがウンコした後は、「今入っていったら相当ヤバいぜ」と、お互いにジョークを言い合っている。

今回もどうやらロイは、俺が本当にバスルームを使うとは思わなかったらしい。
しかし、俺が本当に入っていこうとすると、
ランディもロイも声をそろえて、「Are you really gonna use the bathroom now!? You should at least wait 1 or 2 minutes to let the air out!(本当に使うのか!?せめて後1,2分は待って、臭い空気が出るのを待ったほうがいいぞ!)」と。

どうやら中はマジでやばいらしい。俺は笑いながら「OK」と言って、少し待つことにした。
しかし、俺もウンコがしたくてもう待てない。

約1分後に、「もう待てねえから入るわ、ロイ」と言うと、
「ターラ、ターラ、ターラターラターラターラ・・・・!!」と、
ジョーズのテーマを歌うロイ。
ランディはおかしそうに、ケラケラ笑っている。
この家族はいつもこんな調子だ。
誰かがトイレから出てきた後、その後にすぐ誰かが入ろうとすると、
入るのに合わせ、ランディが「タラララ〜ン」とか言っている。

トイレに入りながら、この家族はこんな気取らないところがいいなあと、
すごくおかしく思ってた。

*****

俺がトイレから出てくると、ランディとジーン、ロイは、
キッチンで3人、何かをひそひそ話していた。
俺が全ての荷物を持って近づくと、ランディは、「じゃあ俺は先に外に行っている」と、
一人先に出て行った。

ジーンが俺の顔を見ると、俺に手を回してきて、大きなハグをしてくれた。
「また必ず帰ってくるのよ」と。
ジーンの目は涙で濡れていた。

ロイも、「So, you are really leaving now(本当に行っちゃうんだな)」と。
ジーンは、「You’ve been a good brother to Roy(あんたは本当にロイのいい兄弟となってくれたわよ)」と。

外に出て行って、車に荷物を詰めた。
車のエンジンをかけた。

また外に出て、最後のお別れの挨拶をする。

いつも、この瞬間が一番いやだ。
しかも、今回は、本当に最後のお別れだったから、本当に嫌だった。


この朝は風が強かったので、ランディが向こうでしているマキ割りを中断して、
こっちに歩いてくるまで、
ジーンと二人で、風除けのために、家の隣のボイラールームの影に立った。

ロイはランディを呼びに行った。

ランディとロイがこっちに来た。
「Well」と言って、ロイにまず、「今まで本当にありがとう」と言って、
握手とハグをした。
ロイは、悲しそうな目をしていた。
ロイはいつも、別れのとき、悲しそうな目をする。
そういう目を見ると、こっちも悲しくなってしまう。

次に、ランディ。
ランディはただ、ガシっと硬く握手をしてくれて、
ぎゅっと抱きしめてくれた。
「今まで本当にどうもありがとうございました」と言うと、
ランディはただ、うなずいていた。
下のほうを見て、帽子のつばで、目が見えない。

最後に、ジーン。
ジーンの目を見ると、もう泣いていた。
「今まで本当に色々とありがとうございました」と言うと、
「You come back again」と。
ぎゅっとハグをしてくれた。
またジーンの目を見ると、泣いている。
「It was so fun having you here」と言いながら泣いているので、
俺も「It was so fun being here with all of you」と言いながら、
泣けてきた。
言葉がうまく言えない。
泣けて、前がよく見えない。
見ると、ランディとロイも目をうるわせている。

今まで俺は、彼らに本当にお世話になってきて、
本当は、もっと色々気の利いたことを言うべきなんだろうけど、
もっと、言葉にすることはたくさんあるんだろうけど、
実際、彼らに言える言葉は、「Thank you」
心からの「Thank you」、その一言しか言えない。

今まで色々、自分の気持ちをいい表す言葉を身につけて来たはずなのに、
最後の最後で言う言葉は、「Thank you so much」、
それしかなかった。



ジーンが、「サンクスギヴィングにいつも来てくれて、本当に嬉しかったわ」と言ってくれたので、
「また、いつの日かサンクスギヴィングの日にひょっこり現れますよ」と言ったら、
みんな笑った。
それで、ちょっと悲しい緊張がほどけた。


また、みんなに一人ずつ、ハグをした。
ロイ。
ランディ。
そしてジーン。


車に乗って、シートベルトをし、
運転席側の窓を下げた。
みんなこっちを見ている。

みんなに「Bye」と言い、
車をバックさせ、
もう一回、アクセルを踏む前に、みんなの方を見て、「さようなら」と言った。
3人の顔を見ながら。
3人の、手を振って見送ってくれる姿を見ながら。

またいつか、この家に、遊びに来れることを、願いながら。




本当、別れの瞬間ってのは、いやなもんだ。


*****

この後、途中、雪や霧や雨で、先が真っ白になって、ほとんど前が見えない中、
気をつけて車を走らせながら、
何とか無事にノアの両親の家に着いた。

続きは、また明日で。

3・27・08


ジーン、ランディ、ロイ(2005年11月の写真)
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2008 Last Trip in CA | Special People-特別な人たち
この、意味もなくやたらカッコつけてる男の名前は、
Noah Stark (ノア・スターク)

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しかし、彼は自分の名前を、巣鷹 乃和(スタカ ノワ)と名乗る。
今では、「スタカ」と、多くの人が呼ぶようになった。
アメリカ人でも。


ノアと俺は、今から6年前、2002年の8月に、Kathi Williamasの家で行われた、留学生歓迎パーティーで出会った。

やつは、当時は既に、シャスタ・カレッジに通い、彼が一年前に通っていたこの学校、College of the Siskiyous(COS)には在学していなかった。

しかし、日本の文化と、日本という国に非常に興味があった彼。

一年前にCOSに自分がいた際に仲良くなった、日本人の友達を訪ね、
この日も、キャシーの催すパーティーに出席するために、Weedの地に足を運んでいた。

当時、アメリカに来て、ハリウッドで映画の勉強をしたいと志していた俺と、
黒澤明の映画に魅せられ、日本で映画の勉強をしたいと志していたノア。
そんな僕たちは、お互いに惹かれあった・・・・


***

という、クサイ出だしは置いておいて、
とにかく、ノアとは、6年前に会った訳です。

それ以来、彼とはずいぶん、色々遊んできました。
一度も同じ学校に通う時期がなかったものの、
ずいぶん、一緒に遊んだもんだぜ。


普段はこんなキャラのやつ
「ホンマやな、シュンちゃん!!」

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そんな彼とも、今回(3月27日)、お別れをして来ました。
まあ、彼となら、すぐに日本で会えるでしょうが。

彼はこの日に、日本政府が行っていた、「日本での留学プログラム」のための試験を受けに、サンフランシスコに行ってきました。

この試験に合格すれば、見事、日本の大学で半年間、徹底的に日本語の勉強をする機会を、全てタダで与えられるとか。(授業料、住居費、生活費、お小遣いなども含め)


この試験を受けるという前日、
彼は、相変わらずの余裕さなのか、それともただのバカなのか、
夜の9時ごろに彼のアパートに着いた俺に、
「シュンちゃん!一緒に飲みに行こうね!」と、
近くのアイリッシュ・パブに、いきなり足を運ぶことになった。

*****

ノアが週に一回は、足を運ぶという、このアイリッシュ・パブ。
オーナーはもちろん、アイルランドから。
そして、その客も、アイルランド人が多いとか。


店に入り、早速ノアは、いつもの銘柄のビールを、二人分頼んだ。
俺はよく分からないので、ノアに任せる。

ビールの入ったグラスを受け取り、バーテンダーにチップを渡しながら、
ノアが俺に言った。

「アイルランドでは、こうやってアメリカの様に、バーテンダーにチップを直接渡すことは、礼儀に反するとされているらしい。代わりに彼らは、自分が飲み物をオーダーした際、バーテンダーに向かって、『何かおごりましょうか?』と聞くんだってさ。それが、アイルランド流の、チップの渡し方なんだって」と。

へええと言いながら、店の裏側に出た。
そこでは、タバコを吸う客が何人か、たむろっていた。
少し肌寒いが、ノアもタバコを吸うため、
俺はパーカーのフードを被り、何とか寒さに耐えながら
そこでノアの顔見知りの客たちと一緒に、話に加わっていた。

******

俺とノアは、最初のビールを飲み終わった頃だった。
今から2年前のスプリング・ブレイクのとき、
俺とノアが、「Anchor man」の映画を見終わった後、その映画の中のセリフが気に入り、
その後に会いに行った、ノアの高校時代からの友達のヘザーに、
俺が英語を全く喋らないふりをした後、
「I like your hinny, I wanna be friends with it.」
(君のオシリが大好きだ。僕はそのオシリと友達になりたい)
と真顔で言った話を思い出しながら話していた。

ヘザーは、俺が日本から来たばかりで、英語が全く喋れないものだと勘違いしていたので、
急に俺が、そんなセリフを言い出し、一瞬、呆気にとられた顔をしていた。

(ノアは、ヘザーに俺のことを紹介するとき、『こいつは日本から来たばかりで、英語がほとんど分からないんだ』と嘘をついていた。俺も、ひどい日本語訛りで、『ハーイ、ナイス・トゥー・ミート・ユー』とか言っていた)

そこで俺たちが、「Sorry, we just fooled you」(ごめんね、ちょっとからかったんだよ)と言うと、ヘザーは顔を真っ赤にして、「何が起こってるのか全く分からなかったわよ!!」と。

その話を思い出して、二人で笑っていると、店の中から出てきた一人の男が、俺たちに近づいてきた。

彼は言った。
「Can I join you guys’ conversation?(君らの会話に加わってもいいかい?)」

俺たちは「どうぞ」と言うと、
ノアはもう一度、今俺たちで話していた話を、彼に説明した。

その話を聞いた彼は、「yeah, that was very funny(確かに面白いな)」と、余り面白くなさそうに言った後、
「俺の知っている面白い話をしてやろうか」と。


俺とノアが、「yeah, sure」と答えると、
彼は、以下の内容を話し始めた。

******

「俺がよく行くバーがあるんだよな。そこでさ、バーテンダーの女の一人が、俺に前から気があったらしくて、俺がその店に行くたびに、俺の方に向かってサインを出して来るんだよ。
まあ、俺には、結婚前提で付き合っていた彼女がいて、俺はこの彼女にプロポーズするほんの前だったんだけどさ。

だけど今回、俺がこのバーに足を運んだとき、またこのバーテンの女が、俺にちょっかいを出してきてな。遂に俺も今回、堪えきれなくなって、この女に手を出してさ、店の後ろに彼女を呼び出して、その女とやり始めたんだよな。

ちょうど、その女の服を脱がせて、胸を舐めているときだった。

急に、後ろから俺の肩を誰かが、トントンって叩くんだよな。でも、その手の感触が、何か身に覚えがあるんだよ。   
一瞬ギクッと思って、そのまま振り返らずに、「Yes…?」って言ったら、「Hello」ってさ。何と、俺の彼女だったんだよ!
俺は凍りついたよ。彼女は、「後で家で会いましょう」って静かに言って、そのまま去って行っちまったんだよな。

俺は、もうその女の相手をする気力なんか無く、そのままその女を置いて、またバーに戻ったよ。そしたら、数十分後にその女が、他の客の腕を取りながら、「あたしのシフトはもう今日は終わりなの」っつって、その男と嬉しそうにどっかへ行くんだよな!全く、一体何人の男と寝てんのか、何て女だと思ったよ。

それで、俺が家に帰ったら、俺の荷物が全部庭に放り出されててさ。彼女のメモがあったんだよ。『明日以内に、自分の荷物を持って出て行きなさい』ってさ!

もう、婚約する予定だった彼女も無くすし、しかも、それがあんな尻軽女のためだったなんて、本当に後悔したぜ!!」


その男は、ビールを飲みながら、あたかも凄く可笑しい話の様に、延々と喋り続ける。

俺とノアが聞いた。

「ところで、それはいつの話で・・・・?」

その男は言った。

「今から2時間前の話だよ!」


俺とノア「・・・・・・・」


*******


その後その男は、「ビールのお代わりをもらいに行ってくるぜ」と言って、俺たちの前から、姿を消した。

やつが店の中に入って行った後、俺とノアは、お互いの顔を見合わせて、吹き出した。

「何だったんだ、今の奴は!?」

ほんの2時間前に、婚約予定の彼女を無くしておいて、今、全く見ず知らずの俺たちに、あんなに詳しく話すなんて!? どうかしてるんじゃないか!?と、二人で笑いながら驚いていた。

その後、このバーの常連で、ノアの顔見知りの友達が何人か来たので、さっきの男の話をしていた。
すると、またそいつが外に出てきて、「今さっき俺に起きた、面白い話をしてやろうか?」と、彼らに向かって聞いてきた。

彼らが、「yeah sure」と言うと、またさっきと同じ話をしている。

その男は話し終わると、また、「ビールのお代わりをしてくるぜ」と言って、店の中に消えていった・・・・。

みんな、その男がいなくなった後、顔を見合わせて、
「ありえねえな、あの男・・・」と口をそろえた。


*******


まあ、バーでの、そんな男との出会いもありまして、
次の日の朝、ノアちゃんとスタバでお茶を飲んだ後、彼はサンフランシスコに向けて旅立って行きました。
後で電話で話した感じでは、試験もずいぶんうまくいったようです。
運よく受かれば、今年の10月からは、日本にいるとか・・・・

彼とまた会う日も近いでしょう。


*************


おまけ:
この前、ノアのアパートを訪ねた際(3月7日)、
俺がフッカバーに行ったことがないと言うと、
ノアと彼のルームメイトのダニエラが、俺を近くのフッカバーに連れて行ってくれた。

ダニエラ
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「フッカ」とは、味つきタバコ。
ピーチ味や、マンゴスチン味など、色々な種類がある。
普段タバコを吸わない俺は、数回吸った後、すぐに気持ち悪くなった・・・

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こんなので吸う
上に乗っているのは炭
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2008 Last Trip in CA 

March 26, 2008

3月26日 水曜日

この日の朝、ランディ、ジーン、ロイと最後のお別れをした。
この後、霧と雨で、前が全然見えない状態に陥りながらも、
何とか、午前11時半ごろ、ノアの両親、
デイヴィットとパッツィの家に着いた。

この日パッツィは、本当は仕事がなかったはずだけど、
別の先生が急用が出来たということで、
代わりに仕事に行かなければならなかった。
(パッツィは、保育園で先生をしている)


俺が家の前に着いて、車から出ると、
すぐにパッツィが家から出てきて、「Hi Shun〜!!」と、
いつものように、両手を広げて出てきてくれた。
パッツィは、ディズニー映画に出てくる、魔法使いのおばあさんみたい。
本当に動きがかわいい。

パッツィとハグをすると、デイヴィットも家から出てきた。
パッツィは、「悪いけどもう行かなきゃいけないの。最後の別れだって言うのに本当にごめんね」と。

パッツィが行く前に、皆で写真を撮った。

with Patsy
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with David
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パッツィが出かけていってから、家の中に入った。
デイヴィットが、「どれぐらいいられるんだい?」と聞いてくれたので、
「昼の1時頃には出ようと思います。今晩サクラメントのノアのところにも行かなきゃいけないので」と。

するとデイヴィットは、「これをノアに渡してくれるかな?」と。

見ると、封筒と、聖書。
デイヴィットは、「明日ノアはサンフランシスコに行って、日本の政府の試験を受けるんだ。それようにいくらかお金を渡してあげなきゃいけなくてね。試験が明日だと急に決まったもので、どうやってお金を届けようか考えていたんだが、ちょうどシュンが今晩ノアのところに行くと聞いたもんだから、ちょうどいいと思ってね」と。

それから、小さな聖書に関しては、「これを肌身離さずいつも持ち歩くように、ノアに言ってくれ」と。


それと他に、デイヴィットは、「This is for you」と、俺にも本をプレゼントしてくれた。
「この本が君の役に立つといいんだが」と。

デイヴィットは、いつも行く度に、本をプレゼントしてくれる。

それから、デイヴィットが、「何か飲むかね?」と聞いてくれたので、お茶をもらうことにした。

彼がお茶を入れている間に、キッチンのテーブルの上に置いてあった、ある木の板が目に入った。

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よく見ると、何かのゲームみたいである。
しかし、手作りっぽい。
見ると、小さな文字で、「Copyright reserved 2003 David Th. Stark」と書いてある。

デイヴィットに、「これ、もしかしてあなたが作ったんですか?」と聞くと、
彼は振り向いて、
「おお、それかね。それは私が30年ほど前から開発してきたボードゲームなんだ!」とニコニコしながら答えた。

この、物知りで頭のいいお父さんには、いつも感心させられて来たけど、
まさか、ボードゲームまで開発してるとは。

へええと思い、「どんなゲームなんですか?」と聞いてみた。

するとデイヴィットは、嬉しそうに、そのゲームについて話し始めてくれた。

きちんと、説明書のようなものもあり、全て手書きで書かれている。


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その、「Fortress」という、デイヴィットが作り上げたゲーム。
説明を聞くと、非常に面白そうである。

一見、チェスや日本の将棋に似ているが、
更に中身は少し複雑。
モチーフは、「戦争」であるとか。

どうしてこのゲームを作ったのかと聞くと、その昔、
ノアとセス(ノアの兄貴)がまだ小さい頃に、
みんなで一緒に遊べるゲームが欲しかったから、とか。
しかも、ただの簡単なゲームではなく、
頭を使わなければいけないゲームにしたかったらしい。

「へええ、すごいですねえ」と言いながら聞いていると、時間はもう1時近くになっていた。

するとデイヴィットは、「もし少し時間があるのなら、ちょっと一緒にプレイしてみるかい?」と俺に聞いてきた。

その時デイヴィットは、「If you can spare 2 minutes, do you want to try playing the game?」、直訳すると、「もしもあと2分ぐらい時間があるなら、一緒にプレイしてみるかい?」と聞いて来た。

そのとき俺は、朝の運転の後で疲れていて、この後もまた3時間運転しなきゃいけないので、ちょっと乗り気はしなかったけど、彼の言った文字通り、「あと2分ならOKだな」と思い、「はい、やってみたいです」と答えた。

するとデイヴィットは、「今はこのゲーム専用の駒が見つからないので、ボタンとコーヒー豆でやろう」と。

そしてデイヴィットは、奥の部屋から、ボタンがたくさん入った箱と、コーヒー豆がたっぷり入った缶を持って、戻ってきた。

俺はコーヒー豆、デイヴィットはボタンを選び、
「茶色のコーヒー豆のアジア人対、白ボタンの白人の対決だな」とジョークを言いながら、ゲームが始まった。

俺はてっきり、そのゲームが「2分」で終わると思いながら、、、、。


******


2時間後。


午後1時に始めたゲームは、3時を回っても、まだ終わっていなかった。笑

しかし、俺は完全に、ゲームにはまっていた。
このゲームは、サイコロを回して、その数で自分の駒を動かして行くんだけど、
そのルールは、非常にひねられていて、
自分がやっと敵を相手に、攻撃を仕掛けられるときに限って、
欲しいサイコロの目が出ないと、攻撃できないまま終わってしまうこともある。

それはまるで、実際の戦争で、
目の前に敵がいて、どう考えても、攻撃すべき状況なのに、
本部からの指令は、「待機せよ」。

そんな、実際の戦場で起こりうる、理解が出来ないようなもどかしい状況を表しているのだと、
このゲームを作ったデイヴィットは、自慢げに語る。


結局、ゲームが始まり、最初は負けていた俺だったが、
ビギナーズラックか、最終的には彼を打ち負かした。
かなり燃え上がって、二人で大声を上げながら、プレイしていた。

途中、腹が減り、
二人ともスナックを食べながらゲームを続け、
全てが終わったとき、時間は4時半だった。


ゲームの途中、パッツィが家に電話してきて、俺はもう出たのかデイヴィットに聞いた。

彼が、「シュンはまだ家にいて、私と一緒にゲームをしているよ」と言うと、
「帰らなきゃいけないお客さんを、いつまでも引き伸ばしているんじゃありません!」と、また小言を言われていた。

この前のサンクスギヴィングの時にも、
夜、俺と彼女が、デイヴィットと話をしていると、
すでにベッドルームに行ったパッツィが、奥から、
「デイヴィット!もう寝たがっているお客さんをいつまでも起こしているんじゃありませんよ!」と。

いつも二人はそんなやり取りをしている。
そんな光景がすごく好きだな。


David & Patsy
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****

ゲームが終わり、デイヴィットは、

「来週、私のある知人と、このゲームをプレイする予定なんだが、もしかしたら、この知人が、このゲームをマーケティングしてくれるかもしれないんだ」と。

「もしもこのゲームが世の中に出回ることになったら、その時は連絡するよ」と。

俺が、「じゃあ、このゲームの写真とかは表に出さないほうがいいですね」と言うと、
「いや、何ならシュンが日本でのマーケティング部門に携わってくれ。それで、日本からも売れ出したら、その時はコミットメント料として売り上げの何パーセントかをあげよう」と。


本当にうまく行って、このゲームが売れるようになったら、すごいなと思う。
でも、それだけの面白さは十分あると思う。
それにしても、こんなゲームを作り上げてしまう彼は、たいしたものである。
さすが、デイヴィット。
あなたには適いません。

*****

結局、午後1時に出る予定だった家を、5時に出て、
そこから、車で走って3時間先にあるサクラメントに住む、ノアに会いに。。。


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2008 Last Trip in CA 

March 25, 2008

今、夜の9時。
本当は今日ここを出る予定だったけど、
朝の11時から、ロイたちの新しい家の横に建てている、二つのガレージのペインティングを手伝いだして、気付いたら、3時近くだった。


前日までの間に、ランディに教えてドリルの打ち方やチェンソーの使い方を教えてもらい、ガレージを組み立てた
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完成したガレージ
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「今晩も泊まって行きなよ」と、ロイとランディに押され、
確かに疲れてて、これから運転するのも嫌だったので、
もう一泊することにした。


俺とロイ&リサ

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ロイとリサ

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家への帰り道
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家に帰ってきて、4人ともペンキが跳ねた体を、シャワーで洗う。
みんながシャワーを浴び終わってから、走って20分ほどのところにある町、
Burney(バーニー)のピザ屋に食べに行った。


行きの車の中で寝るロイ
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疲れてるのに運転してくれるランディ
r










中に入って、予めオーダーしてあったピザ2枚が、
テーブルに運ばれてきた。

一枚目のハワイアンを食べて、
二枚目のソーセージピザを食べるとき、
俺が、ピザの中に髪の毛が入っていたのに気付いた。
「これ、髪の毛じゃない?」

それを見て、ロイもジーンも、「Oh」と。
ジーンはすかざす、「カウンターに持ってて言いなさい」

俺とロイが、ピザを持ってカウンターに文句を言いに行くと、
店主は、入ってる髪の毛を見て、「OK, we’re gonna make it again(分かりました、作り直します)」と。

テーブルに戻ってきてしばらくすると、さっきの店主がテーブルまでやって来て、
「先ほどはすみませんでした。これは、VIPカードです。次回の来店時に、ピザを無料で提供致します」と。

みんな、そこまでしてくれるとは思っていなかったので、「あら、言ってみるものね」と驚いていた。

するとロイは、ジーンに向かって、

「ヘイママ、何でさっき、自分から言いに行かなかったんだい? この前なんか、半分近く食べたパイを、『味が悪い』って言って、スーパーに返しに言った後、新しいパイをもらった上に、更に代金まで取り替えてして来たのは誰だっけ?」と。

それを聞いて、ランディは嬉しそうにニヤニヤ笑ってる。
ジーンは赤くなって、「誰がパイを返しに行ったって?」と聞き返している。

するとランディは、

「いや、それだけじゃないぞ。2年前、俺が半年間履いて、穴が空いたブーツを、『It was warm enough(暖かさが足りなかった)』と言って、Walmartに返しに入ったのは誰だっけ?」と。

このエピソードは、俺も何度も聞いていた。
ジーンは、『keeps it warm(あなたの足を暖かく守ります)』と書かれたブーツを買い、「暖かくなかった」という理由で、半年前に買ったウォールマートに返しに行ったら、何と返品できて、新しいのと交換してくれた、と。

それらの攻撃に、ジーンは、「Oh, common!!」と。

やはり、どこの世界でも、女性が一番強いらしい。

*****

その後、新しいピザがしばらくして運ばれてきた。
ロイは、一切れ皿に取る前に、「また髪の毛は入ってないかな」と探している。
「hey Roy, common!!」と、爆笑するランディとジーン。

ロイは、「Hey Shun, find a hair with Eagle Eye!!(シュン、そのよく見える目で、新しい髪の毛を探してくれよ)」と。

*****

ピザも食べ終わり、俺は自分の飲んでいた水が入っていたグラスの底に、「made in Huntington Beach, CA」と書いてあったのを見つけて、「懐かしいなあ」と思って、そのグラスを持ち上げて、裏側から見ていた。

すると、その様子を見たランディがすかさず、
「Did you find another hair, Shun?(また髪の毛を見つけたのかい?)」と。

そのジョークに、自ら笑い転げて、涙しているランディ。

いつもランディは、自分で言ったジョークに自らウケて、そのジョークを言い終わる頃には、もう自分で笑い転げている。

その後、ロイは、「hey buddy」と言いながら、横に座っていたランディの耳に、ソーセージのかけらをいれた。

それに気付いて、そのソーセージを取り出したランディ。
まさか、自分の耳に、ソーセージのかけらが入ってるとは思わず、またまた大爆笑。

「今夜、覚えてろよ」と、ランディはロイに言っている。


相変わらず、友達みたいな親子だ。

そんな二人のやり取りを、ジーンは笑いながら見ている。

仲良し3人組の親子。

*****

さて、明日が本当の別れとなります。


03・25・08




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2008 Last Trip in CA 

March 24, 2008

今、夜の10時半。
そろそろみんな寝る仕度をしている。
ロイは30分ほど前に、もうベッドに行った。

今、ランディが、白のブリーフ一丁姿で家を歩き回って、
犬のリサのチェックをした後、
キッチンから帰ってきて、ロイの部屋の方に向かって、
でかい声で、
「Good night, Roy!!」

その後、ロイの小さな声で、「good night」
ロイが寝てるのを知ってるにもかかわらず、ちょっかいを出すランディ。
ロイの声を聞いたランディは、「へっへっへ」と言いながら、
パンツ一丁姿で、ベッドルームへと消えていった。


ロイとランディは、すごく仲がいい。
親子だけど、兄弟のような感じ。
ランディは、すごくロイのことがかわいいみたいだ。
それは、お母さんのジーンにとっても同じ。
ジーンとランディは、本当にロイのことを、
大事にしている。
大事な大事な、一人息子のように。


昨日、ランディとロイと、3人で、
近くのピット・リバーに、釣りに行ったとき。
「釣りに行く」と言っても、それはあくまでも口実で、
本当は、昼寝をしに行くようなもの。

釣竿を仕掛けた後、
「本当は何もかかって欲しくないんだよ。昼寝の邪魔をされたくないからね」と言い、
川岸に折りたたみのイスをセットし、
そこに横になって、寝る2人。

j










途中、風が吹き出して、少し肌寒くなったが、
ロイはまだ寝ていた。

俺は本を読んでいたが、気付くと、
ランディが、大きな長い枝を持って、
そろりそろりと、ロイのイスに近づいている。
俺と目が合うと、「黙っていろよ」というサイン。
ランディは、ロイに十分近づくと、
その枝を使って、ロイの被っていた帽子を引っ掛けて取ろうとした。

しかし、ランディの持った枝が、ロイの帽子の先に触れたとたん。

ロイはがばっと起き出し、すぐさまランディの姿を見ると、
ものすごい勢いで起き上がり、ランディを追いかけだした。

ランディの逃げる様もすごかったが、ロイの走りも速かった。
ランディは、「あれでも56歳か?」という走りをしてたけど、
それでもロイにはかなわなかった。

結局、向こうの方で、ロイに捕まったランディ。
二人とも地面に転がりまくって、服に土と葉っぱがつきまくっている。

二人が大笑いしながら帰ってくるのを見て、俺が、
「ロイに捕まっちゃったね」とランディに言うと、
ランディは、「本当は逃げ切れたけど、笑いすぎてうまく走れなかったぜ」と、
まだ負け惜しみを言っている。


そんな二人は、本当に兄弟みたいに仲良くしている。

ランディは、本当にロイが可愛いんだと思う。

*****

今日で、この家に泊まらせてもらうのも、最後となる。
次にここにお邪魔することができるのは、いつになるんだろう。
この家にも、本当にたくさん、泊めてもらったな。

初めて来たのは、5年前、ロイと一緒に、
サンクスギヴィングの休みのときに、COSから一緒に来たとき。
その時、学校のドーム(寮)は、完全に閉まってしまうから、
ルームメイトであるロイが、俺を両親の住むこの家に連れてきてくれた。

初めて着いたとき、俺はすごく疲れてて、
ディナーを食べ終わった後、疲れすぎて、ロイの部屋で、バタンキュウした。

真夜中、起き出して、
コンタクトレンズをつけたままだったことに気付き、
真っ暗な中、手探りで、トイレを探した。
その時、
壁から突き出してあった、何かに頭をぶつけた。

何だろうと思って、それを手探りで触ると、
なぜか毛が生えている。
恐ろしくなって、トイレに行き、
朝目を覚まして、その物体の正体を確認すると、
それは鹿の頭のくん製だった。


そのエピソードを言うと、今でも3人は大笑いする。

この家族とも、本当に仲良くなった。
本当の家族のように、接してくれる。
俺の卒業式のときの写真を飾ってくれたり。
俺のことを、「Our other son」と言ってくれたり。

本当にありがたいな。


*****

この前、先週の日曜日、
この家に来た。

本当は、今回の旅を最後にして、
日本へ帰るつもりで来たんだけど、
日曜日の夜、ランディとジーンが、ディナーの席で、俺の顔を見ながら、
「We don’t want you go back to Japan」と。

俺は、2月の半ばにも、この家に来ていて、
その時は、日本に帰るべきなのか、それとも、アメリカに残るべきなのか、
決めかねていた。
迷った挙句、この家に来て、
少しゆっくりして、考えたいという決断で、
ランディとジーンに頼んで、2日間泊めさせてもらった。

そのときは、おれ自身も、心の整理が付いていなくて、
ランディとジーンも、俺の心理を察してはいたけど、俺がどうして欲しいのかを、
はっきりと言わなかったから、
どうしたらいいものか、分からなかったらしい。


今回、また彼らを訪れに来て。

ランディとジーンは、
「2週間前、ここに来たとき、あなたは助けが欲しかったんでしょ?
 あなたがハッキリと言わなかったから、私たちも、どうしていいものか、
 分からなかったのよ。

 アメリカに残りたいなら、残りなさい。
 仕事探しが大変なら、手伝ってあげるから」

ランディは、俺の目を見て、

「We are even thinking about sponsoring you(お前のことをスポンサーする覚悟もできてるんだぞ)」と。
ランディは、
「How bad you want to stay in here(どれだけアメリカに残りたいのか。それが全てだよ)」と、俺に言ってくれた。

二人とも、目が潤んでいた。


俺は、何と言っていいか、分からなかった。


*****

それから、ジーンが、レディングの町でジョブフェアがあると言い、
「行きたい?」と聞かれ、
一応、どんな会社が来るのか興味があった俺は、
「はい、行きたいです」と答えた。

それで、そのジョブフェアの日時を調べてくれたジーンは、
次の日の朝になって、「明日がジョブフェアよ」と教えてくれ、
ランディとジーンが、俺のために、ここから1時間半もかかるレディングまで、
山道を運転して、連れて行ってくれることになった。

俺は、ジョブフェアだけで終わるかと思いきや、
ランディとジーンは、ジョブフェアの後、
このカウンティのオフィスや、
仕事探しのジョブエージェントの会社など、
午後5時に全てのオフィスが閉まるまで、
ずうっと付き合ってくれた。

そして、その2日後の木曜日も、
また、今度は朝の5時半に起きて、6時半に家を出発し、
朝からテストが入った俺のために、また長い距離を運転して、連れて行ってくれた。


正直、日本に帰る決意がほとんど決まっていた自分は、
ランディとジーンにそれを中々言いづらく、
レディングに連れて行ってもらった一日目、中々それを言えなかった。

また次の日にレディングに行く、前の晩。
俺のレジュメを直す手伝いをしてくれながら、
ランディとジーンが、俺の今の気持ちはどうなんだと聞いてきて、
俺は、「この地域での仕事がどんなものか知ってみたかったけど、まさかここまでして、この地域で仕事を探そうとは思ってもいなかった」と言うと、
ジーンは、
「I got a feeling that you just don’t want to disappoint us(もしかして、私たちをがっかりさせないようにしようとしてるんじゃない?)」と。

ジーンは、「あなたがどんな決断を出しても、私たちはがっかりなんかする事はないのよ。
ここまで仕事探しを手伝ってもらったんだから、もっとしなきゃとか、そんな風に考えなくていいのよ。あくまでも、私たちは、私たちが出来るだけのことをしたんだから」と。


ランディも、「You never disappoint us, Shun. You never disappoint us. You can’t disappoint us(お前が俺たちをがっかりさせることなんて、絶対にないんだからな)」と。

ランディは、「We proud of you as much as we proud of Roy(俺たちは、ロイを誇りに思うのと同じくらい、お前のことも誇りに思っているんだからな)」と。


そんな言葉を言ってもらえて、本当に嬉しかった。
同時に、すごく申し訳なかった。

ジーンは、
「もしも私たちがあなたに何もしないで、あなたが日本に帰ることになったんだったら、それこそ私たちはずっと後悔するわよ。何であのとき、もっとシュンのことを助けてあげなかったんだろうって。
 2週間前にあなたがここに来たとき、あなたが助けを欲していたのは、私たちは分かっていたのよ。ただ、あなたが何もはっきりと言わなかったから、私たちもどうしていいものか困ってたのよ。何かあるときは、ハッキリ言わなきゃだめよ。助けが欲しかったら、求めなさい。私たちはいつでも、出来る限りのことはするんだから。
 今回も、私たちが出来ることをしたまでよ。少なくとも、これで少しはスッキリしたわ」と。

相手の好意に遠慮していて、自分の気持ちを、はっきり伝えなかったことを、悪く思った。

そして、そうやって言ってくれるランディとジーンを、本当にありがたく思った。


*****

そんな素晴らしい二人と会えたのも、
その二人の息子であるロイと、ルームメイトになれたからだ。

ロイは、本当にいいやつで、親切で、気が利く。
非常に、相手に気を使う。


この前、ランディとジーンに、レディングに2回目に連れて行ってもらった日。

4時ごろ、早めのディナーで、オリーブ・ガーデンというレストランに入った。

そこで、スープとサラダ、パンを食べながら、
ジーンが、「We were very glad that you were the roommate of Roy(あなたがロイのルームメイトで、本当に私たちは嬉しかったのよ)」と。

ジーンはいつもそう言ってくれるので、
俺は、「俺の方こそ、ロイがルームメイトで、本当によかったんですよ。ロイは本当に、優しくて、気が利いて、親切で、今まで会って来たアメリカ人の中でも、一番親切なやつなんですから」と言うと、
ランディとジーンは、真剣な顔をして、うんうんと頷いていた。

俺は、ロイがいかに親切か。
そして、多くの若者が、18歳から22,23歳という時期で、
最初は親切で優しい子でも、大学時代に、色々な経験をして、
性格がすれてしまう子供もいること。

または、最初は礼儀が正しかった子も、
次第に、礼儀作法を忘れてしまうこと。

そんな中でも、ロイは、
いつまで経っても、俺が会った頃と変わらず、
ずうっと、優しく、親切で、心の温かい人間でいること。

また、ロイは、誰に対しても、絶対に同じ態度で接すること。
言い換えてみれば、相手によって、自分の取る態度を変えないこと。

そんなロイが、いかに心が強くて、優しくて、素晴らしいかを、
話した。

それらのことは、本当に俺が思うことだから、
そして、ロイに会うたびに、感心することだから。


ランディとジーンは、黙って、ただ、俺の話を聞いていた。

ランディは、いつもジョークを言っているが、
彼が真剣になるとき、唯一、真剣で恐い顔をする。

ランディは、真剣な眼差しで、恐い顔をしながら、
しかし、目を潤わせて、目を赤くして、
頷きながら、俺の話を聞いていた。


ランディは、
「誰かが何か自分に嫌なことをしたとき、そういう人間にナイスにすることは普通できない。それでも、ロイはそれができるんだ」と。

ジーンも、
「未だに、ロイの高校の頃の先生に会うたび、みんな聞くのよ。
 『ロイはどうしてる?』って。
 普通、高校の先生なんて、その生徒が卒業したら、その子のことなんて聞かないものよ。
 それでも、どの先生も未だに聞くのよ。『ロイはどうしてる?元気にしてるか?』ってね。」

ランディは、
「シュンも知っての通り、ロイは先生にゴマをする様なやつじゃない。それでも、それらの先生がそうやってロイのことを未だに気にかけてるってことは、それだけロイが、心に残る生徒だったってことなんだよな」と。


二人は、俺がロイの話をする間、
本当に嬉しそうに、そして、誇らしげに、
俺の話を聞いていた。

その二人の表情と、眼差しは、
二人がロイをどれだけ大事に思っているかを、
十分に物語っていた。



*****

今回、ロイの学校が春休みに入り、そんなロイもクリスマス以来、3ヶ月ぶりに家に帰ってきているので、
また、俺も最後の挨拶として、この家に遊びに来た。

一昨日ここに来て、もう2日半が経った。
明日、出発する。

この家には、本当に今までお世話になった。
自分の家みたい。
明日去るというのが、信じられない。


この家では、時間がすごくゆったり流れる。
夕方の5時ごろには夕食を食べだすから、
食べ終わっても、まだ6時前。
その後、今のカウチに座って、本を読んだり、テレビを見たり、ネットをしたりしても、
時間は有り余っているように感じる。

この家ほど、俺が今まで暮らしてきた中で、
「時間がたっぷりとある」と感じる家はないかも。


ランディとジーンは、今、38年間住んできたこの家を後にし、
新しい家に移ろうという計画を実行している。
この家から車で走ってちょっとのところにある、別の土地に、
新しい家を建てようとしているのだ。

今は、その家の土台を建てるのに、業者と話がうまく付かなかったり、
政府との交渉が続いているので、
中々家を建てられ始めないが、
近いうちに、家が完成することを望んでいる。

俺が今度彼らに会いに来るときには、
ランディとジーンは、今度はその新しい家に移り住んでいるかも。

でも、俺はこの家が好きだな。
小さいけど、すごく温かみがある。
愛情が溢れてる。

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今日の夕食の、Deer Meet(鹿の肉)のフライもうまかった。
ランディがじゃがいもを切って作ってくれた、フライドポテトも超うまかった。
毎日肉ばかりの料理で、
しかも凄まじい量で、
3人は、俺を見て、
「そんなに痩せて。もっと食わなきゃダメだ!!!」と、
もっと食え食えと薦めてくるけど、
そんなに食えない。
「もう本当にお腹いっぱいだから」と言って、さえぎらないと、
本当に俺のお腹ははちきれてしまう。

そして、夜の8時ごろには、
必ずデザートが待っている。
それだけ食ったら、さすがに脂肪も溜まりますよと言いたくなるけど、
それが、田舎のアメリカ流の食事だもんね。


そんなこの家族は、
本当にあったかい。


*****

明日、去るときまで、
実感がわかないんだろうけど、
この家族にお別れをするのは、本当にやだな。

でも、必ずいつか、また会えるからな。


03・24・08



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2008 Last Trip in CA 

March 22, 2008

左から、マイカ、ハナ、サンディ、ゲイブ
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今日はサンディの家族にさよならを言ってきた。

今は、ロイの家にいる。
ロイの両親の、ランディとジーンと、ロイ、そして自分の4人で、ディナーを食べた。
いつも通り、ばかでかいステーキ。
食べ過ぎないように注意しながら、しかし美味しく味わって食べた。

外の炭火焼グリルで豪快に肉を焼く
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食べ終わって、食べ物の残りを、居間のストーブ(鉄でできた、薪を使う暖炉)の中に入れに行ったランディ。(ごみや、燃えるものは全て、このストーブに入れて、燃やす)

「Oh Shit! I put the folk too!!」
(おっと!フォークも一緒に入れちまった!!)

それを聞いたジーンが、
「That’s not the first time to me!」
(私は前にもやったことあるわよ!)

そのやり取りを聞いて、ロイは笑ってる。

そんなこの家族が、大好きだ。


****


上の写真のサンディとは、COSで出会った。

俺が英語のクラス用にチューターを頼み、その担当になったのが、サンディだった。
本当は、その教科のリーディングの内容を、教えてもらうはずだったけど、
その代わり、サンディに会話の英語を教えてもらっていた。

その後、なぜかサンディとは仲良くなり、
彼女は、俺を彼女の家に招いてくれた。
彼女の旦那さんの、ダンと、
その子供たちの、ルーカス、ゲイブ、マイカ、そしてハナの4人兄弟。

当時、ルーカスは15歳、ゲイブは12歳、マイカは10歳、そしてハナは、7歳だった。
それから5年経った今、
ルーカスは20歳、ゲイブは17歳、マイカは15歳、そしてハナは12歳となった。

ルーカスは当時から大人びていたが、今ではフィアンセもでき、婚約して、今年の7月12日に結婚式を挙げる。

ゲイブは、この兄弟の仲で、1番何にでも興味を持つタイプ。
俺が5年前に、この家族の家にステイしていた際、洗い物をしていた俺の横に立ちながら、
「日本ではこれはどうなの?あれはどうなの?」と、色々質問してきたのをよく覚えている。

そんなゲイブも、当時はかなり小さかったのに、
今はかなりでかくなり、ませてしまった。
典型的な17歳という感じ。
それでも、ひとなつっこい笑顔をいまだに持っている。

マイカは、5年前はすごくおとなしくて、背もすごく小さく、シャイで、
誰もが、「この子は男の子として大丈夫かしら?」と心配していた。
妹のハナよりもおとなしく、口数もすごく少なかった。

そんなマイカも、去年あたりから背がグングン伸びだし、
今では、上の兄貴二人よりも背がでかくなってしまった。
6フィート以上は確実にある。

今回マイカに会って、びっくりした。
去年もかなり大きくなってたけど、
まさかここまで大きくなるとは。
声も低くなり、今はモーターバイクにはまっている。
母親のサンディは、「事故だけには合うんじゃないわよ」と、いつも心配している。


兄弟で一番下のハナは、唯一の女の子。
5年前は、まだまだ小さな甘やかされた女の子、という感じだったけど、
今では、大分落ち着いてきた。
5年前、トランポリンの上ではしゃぐハナを見ながら、
「この子は一番下だからずいぶん甘やかされてるな」と感じたのを覚えている。
当時のハナは、自分ばかりが喋って、人の話を聞かない子だった。

それが今では、自分だけに注意を向けさせようとすることも全くなくなり、
落ち着いて、すごく女の子らしいお嬢さんとなった。

5年前、ハナはまだ文字があまり読めず、
俺が、ハナの絵本を見て、「これはこう読むんだよ」と教えていたのに、
今では、ハナが俺に、分厚い本を読んでくれるようにまでなった。
ハナの成長に、感動。


ハナとサンディ
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****

5年前、俺がサンディと出会った頃、サンディは旦那さんのダンと、
子供たち4人と、幸せに暮らしていたように見えたが、
俺がちょうどCOSを去る、2003年の5月。
サンディとダンの仲が悪化し、ダンは、家族から離れて暮らすこととなった。

裁判所が出した結果だったらしい。

ある日、ダンが朝家に来て、子供たちに、「お父さんはこれから釣りに行ってくるから」と言いながら、一人ひとりにぎゅっとハグをして、目が涙で滲んでいたのを覚えている。

俺はそのとき、何が起こってるか分かっていなかったけど、
ダンが、釣りに行くのではなく、どこか遠くへ行ってしまうことは、
その時のダンの様子で、察することができた。

ハナは、「パパ、いつ帰ってくるの?」と聞くと、
ダンは、「もしかしたら、1週間後かも。2週間後かもしれない。
パパにもよく分からないんだ。すごく遠いところにいくからね」と話しながら、
ハナを抱きしめていた。


その後、俺はサンディの家族とさよならをし、
この土地を去った。

そして次に彼らに会ったのは、2年後の2005年4月。

2005年8月
左からゲイブ、ルーカス、自分、サンディ、ハナ、そしてマイカ
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この時、一番上の兄貴のルーカスは、
ダンと一緒に暮らしていた。

そして、今回彼らを訪れに来たら、
ルーカスは家を出て、婚約者のローレンと二人でアパートに住みだし、
その代わりに、ゲイブが、ダンと住むようになっていた。

そして、ダンはめでたく、新しい奥さんを見つけて、結婚していた。
今では、サンディの家には、マイカとハナだけが住むが、
ゲイブも、学校が終わり、お父さんの迎えが来るまで、
サンディの家で時間を潰している。

子供たちは、ダンの新しい奥さん、
つまり、自分たちのステップマザー(継母)となる女性とも、
仲良くしているみたいだ。

****

これ以上詳しいことは、サンディたち本人に聞いていないので、よく分からないが、
とにかく、この家族と知り合って、5年となる。

サンディとは、2005年に再会して以来、
チャンスがあれば、1年に一回から二回、訪れるようにしていた。


この家に来ると、とても落ち着く。
いつもは、一晩だけ泊まらせてもらって、後は次の日の朝にさよなら、という感じだったけど、
今回は、長い間泊めさせてもらった。

サンディたちとも、やっと、ゆっくり時間を過ごすことが出来た。


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ルーカスと、ペットのアビー。
凄まじくハイパーな犬で、
一度フリズビーを加えると、なかなか離さない。
実際、何度も空中に振り回して、
やっと離れる状態。
今まで見た中で、一番気性が荒い犬だった


****

サンディは今、フルタイムで働き、子供たちの面倒も見ながら、
同時に、CSU Chico (Chico State、カリフォルニア州立チコ大学)のマスターズ・プログラム(大学院)に通いながら、ディグリーを取ろうとしている。

朝の7時に家を出て、仕事から帰ってくるのは、毎日6時ごろ。
遅い日は、8時近くとなる。

彼女の仕事は、ソーシャルワーカー。
家族に虐待されている子供、または、孤児の子供たちを引き受け、
その子達の面倒を見て、その家族と話し合いをし、最終的には裁判までしたりするという、
非常にシリアスな内容の仕事をしている。

サンディは毎日、違った子供たちの住む家や施設に運転していかなければならないため、
帰りがそれだけ遅くなる。

そして、月に一回、週末、チコまで3時間かけて運転していき、
金、土、日の3日間、朝の8時から夜の6時まで、授業を詰め込みで受ける。

(通常マスターズプログラムは二年制だが、サンディの取っているプログラムは、3年かけて行うもの。月に一回だけ、週末の3日間を利用して、学校に行く。後は、自宅でオンラインを使いながら、勉強を独自でする。)

そして、毎日仕事から帰ってくると、ディナーを作り、眠い目をこすりながら、
学校の宿題のテキストを読んだり、ペーパーを書くという生活。

普段、彼女に、彼女自身の時間は、全くないらしい。

一体どうやったら、そんな生活が出来るのかわからないが、
彼女はそんな中でも、何とかやり遂げている。

そんな彼女も、今年の1月で、50歳となった。
とても50歳には見えない。
すごく若々しい人だから。


****

サンディは、俺が行く度に、「It’s so great having you」と言って、心から迎えてくれる。
なぜか、俺にはすごく親切にしてくれる。

昨日も、本当は昨日の朝に発つ予定だったんだけど、
朝、俺の体調がよくなかったから、サンディに、
「今日も一日泊まらせてもらっていいですか?」と聞くと、
「Yes!!」と言いながら、ガッツポーズをしているサンディ。

そんな彼女は、「私は自分が38歳ぐらいになるまで、自分が大人だって、気づかなかったわ」と、今でもすごく若いマインドでいる。
そのせいもあってか、彼女は、すごく若く見える。

そんな彼女は、俺が今まで会って来た人々の中でも、一番と言えるくらい親切な人である。

****

今回、毎日、学校から帰ってきたハナやマイカと遊んだりして、
夜は、サンディと話をしたりしていた。

彼らの生活に入り込めて、すごく楽しかったし、嬉しかった。

サンディは、「ヴィザが切れるまで、3ヶ月でも4ヶ月でも、好きなだけいて欲しいわ」と言ってくれたりしていた。
すごく嬉しかった。
さすがにそこまではお世話になれなかったけど、今回約1週間ほどお世話になり、
今までずっと、彼らの家族に加わって生活してみたいな、という想いが、叶った。

ハナは、毎日学校から帰ってくると、その日に学校でやったこととか、
習ったことを、楽しそうに教えてくれた。
数学の宿題は、俺も手伝ってあげられた。
ハナは毎回、円の面積を求める公式を忘れて、いつも俺に聞いていた。

(前にも書いたが、ハナは、俺が5年前に教えた、日本語での数字の数え方を、今だに覚えている。当時7歳だったハナに取って、記憶力は凄まじかったらしい)


マイカは、自分の好きなバンドや、モーターバイクを、ウェブサイトで見せてくれた。
後は、ギターを教えてくれたり。


ルーカスとも約3年ぶりに今回会え、フィアンセのローレンとも知り合えた。
ローレンもすごくいい感じの女性で、二人はいいカップルだと思う。


ゲイブは、今は思春期のせいか、つんつんした雰囲気が漂っていて、
あまり話す機会がなかったけど、ミント味の爪楊枝をいつも加えていて、分けてくれたりした。
今日も、別れ際、「来てくれて本当にありがとう」と、思いっきりハグしてくれた。
相変わらず、人懐っこい笑顔と目は変わっていなかった。


そして、彼らのお父さんのダンとも、
今回、3度ほど会って、話をすることが出来た。
今ダンはサンディと離れて暮らしているため、俺が彼に会う機会は中々なかったが、
今回は、5年前と同じユーモアのセンスで、色々と笑わせてくれた。
彼は、いつも会う度に、ジョークを言っている。
俺の中では、「ニコラス・ケイジ似の優しいお父さん」として通っている。

そんなダンとも、色々話せてよかった。


そして、サンディ。
毎日忙しい中、色々仕事の話とかしてくれて、
毎回、「あなたのために時間を取ってあげられてなくてごめんなさい」と言ってくれながら、
何かしらしようとしてくれていた。
俺は、「俺はあなたの子供のようなものだから、何も気にしなくていいんですよ」と言って、
彼女は、「That’s good」と、安心して笑っていた。
今回彼女の家で、洗い物もずいぶんした。

サンディの近くにいると、なぜか落ち着く。
「I’m home」という感じである。
それをサンディに言うと、彼女は毎回、すごく喜んでくれる。

****

今は、この旅が終わってないせいか、
または、まだアメリカを離れていないせいか、
彼らとお別れをして来たというのが、あまり実感が湧かないけど、
後になって、気付くんだろうな。

今日、さよならをする前に、サンディが、「この一週間、ずっと考えていたことがあるの」と言って、俺をマウントシャスタのダウンタウンの本屋に連れて行ってくれて、
マウントシャスタの写真がたくさん載っている、フォトブックを、俺のために買ってくれた。
最初は、「そんなことしなくていいですから」と言ってたけど、
「No, I got to do this, so that you can remember Mt. Shasta and you have to come back here again」
(いいえ、絶対にその本を買わなきゃだめよ。そうすれば、マウントシャスタのことを忘れないから、ここにまた戻ってくることになるでしょ?)と。

この本は、ずっと大切にしようと思う。


ハナが通う小学校から見える、マウントシャスタ
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****

今日、みんなにお別れを言って、家を出る間際。
ハナがサンディに、「Mom, I want to be in a exchange student program and want to go to Japan」(ママ、私も交換留学生プログラムに参加して、日本に行きたいなあ)と。

ハナが、そんな風に思っていてくれてて、本当に嬉しかった。

俺は、自分個人としては、ただ、アメリカで出会ったナイスな家族たちと友達になって、その人たちをたまに訪れている、という感覚になりがちだったけど、

その子供たちにしてみれば、自分が小さな頃から、たまに変な日本人の学生がやってきて、
アクセントのある英語で、何か喋ったり、寿司を作ったり、一緒に食事をしたり、
遊んだりしていたんだな、と。

そんな、ただの日本人が、
実際、自分も日本に行きたい、という風に、ハナを思わせていたなんて。

と思うと、自分も少しはいい影響になってたのかなと、嬉しかった。

子供時代は、少しの経験でも、色々な刺激となると思う。

俺も、1年に1回とか2回の割合で、この地域の子供たちを訪れていたけど、
そんな子供たちに、いい影響を与えられていたら、
それは、すごく素晴らしいことだなと、
そのハナの言葉を聞いて思った。

*****


また、サンディたちに、近いうちに会えることを祈って。

03・22・2008






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2008 Last Trip in CA 

March 20, 2008

左からケン、アラーナ、リンダ
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今日は、リンダ、ケン、アラーナの家族に会ってきた。

リンダとは、5年前にCOSで出会った。
リンダは、コンピューターラボで働いていた先生。(彼女は今でも働いている)

留学生カウンセラーのキャシーとリンダは仲がよく、
俺が「フレンドシップ・ファミリープログラム」みたいのに申し込んだら、
その担当役の家族が、リンダの家族となったというもの。

それ以来、リンダは、週末の度に俺を誘って、家族3人と俺1人の4人で、
毎回どこかへ連れて行ってくれた。

一度目のお出かけで行ったのは、クラマス・フォールズ(Klamath Falls)。
このブログにも前に載せたけど、すごく綺麗な滝。
とにかくその迫力に圧倒された。

その日、リンダはデジカメを持ってきていて、
俺の写真をたくさん撮ってくれた。
そして、それを全てCDに焼いてくれて、
次の日、学校に行くと、「はい、これ昨日のよ」と、渡してくれた。
そんな、とても気が利くナイスな人。

他にも、ヘイ・スタック(Hay Stuck)と言われる山にハイキングに行ったり。
「ヘイ・スタック」とはその名の通り、ヘイ(わら)が敷き詰めてあるような形をした、
てっぺんが平らな山だから、その名が付いたらしい。

後は、彼らの家に直接招いてくれて、食事をご馳走してもらったりと。

リンダの家は、COSから少し走った山奥にあり、
彼らの敷地は以上に広い。
32エーカー分の土地を持ってるとか。
要するに、山をひとつ持っているようなもの。
一度アラーナに、その敷地を見せてもらったが、
ものすごい広さに圧倒されたのを覚えている。


リンダの家に行く途中
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料理はいつも、リンダが材料を切って、
それを旦那さんのケンが、調理する。

彼らの家は、非常に小奇麗で、
いつ行っても綺麗に片付いていて気持ちいい。

食事を食べ終わった後は、ケンもリンダも、何かしら本や資料などを読んでいる。
家の中には、図書館とも言えるほどの量の本がある。

ケンは、COSでちょっと前まで、アンソロポロジー(人類文化学)を教えていた先生。
俺がCOSに通っていた2002年から2003年には、ケンはもう教えていなかったけど、
ケン曰く、「君は絶対にアンソロポロジーを取った方がいいよ。絶対興味があると思うから」との一言で、次に移ったDe Anza Collegeで、Cultural Antholopologyを取ることとなった。
確かに、すごく面白かった。

そんなわけで、ケンは世界中の文化やアートなどに詳しい。
その道の先生なわけだから。

リンダとは、俺がCOSを出た後も、たまにちょくちょくと学校に遊びに帰る度に、コンピューター・ラボで会ったりしていた。
でも、ケンとは、今日再会するまで、一度も会っていなかった。
2003年の5月以来。

今日食事中に、ケンと色んな話をした。
キッチンの壁に、マヤと思われる木彫りの像が飾ってあったので、
「これマヤのですか?」と聞くと、そうだと言う。
「僕、去年の1月にグアテマラに行って、マヤの遺跡のティカールを見てきましたよ」と言うと、
「僕はまだそこに行ったことがないな」と、ケンが色々聞いてきた。

そこから、カンボジアのアンコールワットの話しや、
ペルーのマチュピチュの話となった。

ケンは、マチュピチュは実際に訪れて見てきているらしい。

人類文化学の先生なら、そういう世界中の遺跡の話ができて当然なのかもしれないが、
普段自分の周りに、そういう世界中の遺跡とか文化について、詳しいところまで話せる人が余りいなかったので、今日はケンとそういう話ができて楽しかった。
同時に、ケンとそういう話をしながら、やっぱり自分はそういう方向に興味があるんだなと、自覚した。

***

話変わって、リンダは、日本の文化について非常に興味が深く、
今まで数回、日本、特に京都を訪れている。
彼女は、行くたびに毎回写真をたくさん撮って、それをナイスな本に仕立てたりしている。
また彼女の素晴らしいところは、日本の文化を、Outsider’s view(外側の人間からの視点)から見て、しかし尚且つ、日本の文化をフルに理解しようと努めて、それをうまく表現して、それを本にしていること。

今回も、彼女が作ったという、2冊の本を見せてもらった。

1冊目は、日本の「絵馬」について。

京都や奈良で撮った、たくさんの絵馬の写真。
それを、絵馬の歴史から、その意味まで、
日本の文化に全く触れたことがない人でも、一度その本を読めば、それについて理解できるよう、非常に分かりやすく書かれていた。

2冊目は、彼女が初めて京都に行ったときに経験したことと、
その時の感情を、
日本文化をうまく伝えるのも含めて、
自分の旅行記として、一冊の本にしたもの。

話の中には、旅の途中で、自分の家族や友達へ書いたポストカードが入っていて、
その内容を読むと、当時、初めて日本を訪れたリンダが、
どのようなことに気づき、どのようなことを感じ、
どのようなことに感動していたのか。
それらのことを、その時の感情のままに、垣間見ることができる。

それを読んでいて、俺も今まで色々旅をして来たけど、
その時の感情こそは、自分の日記帳には書いてきたけど、
実際に、そうやって、一つの本にしたことはないなと。

そうして、誰かが読むのを意識して書くことで、
その国に行った事がない人でも、
まるでその国を訪れているかのような経験が出来る。

俺は、それをするべきだなと思った。

***

アラーナは、今21歳(今年の10月で22歳になる)。
彼女は、ずっと元気で過ごしていたが、
去年の1月の終わり、急に病気にかかった。
脳の血管が破裂して、血が脳内に行き渡ってしまうもの。
今回、アラーナが病院にいた頃の写真を見せてもらったが、
本当にひどかった。

彼女は、髪を全部剃って、
左目の上の方の頭の部分を、丸く切って、
そこから手術をしなければならなかった。
傷をふさぐ為に、ホチキスを32箇所打ったらしい。

写真は痛々しいものだったが、
彼女は3月には病院を退院し、
しかし、しばらくは家で休養していなければならなかった。

本当に体調が回復してきたのは、つい最近のことだという。
症状が起きてから、ほぼ1年かかった。

彼女は今は元気にしていて、前と変わらずによく喋っていた。

その経験が一番つらかったのは、本人のはずなのに、
リンダもケンも見たくないという、その手術後の写真を見せてくれて、
俺に詳しく解説してくれた。

ケンが、”That was a bad year”(去年は散々たったよ)と言うのに対し、
アラーナは、“No, actually that was a good year”(いいえ、実際すごくいい年だったわ)と。

「この経験をしたおかげで、
 自分が今まで気づかなかったことに気づいたわ」と、
「自分がいかに家族や友達に大切にされているかに気づいたわ。
 それから、今までだったら、学校なんか行きたくなかったけど、
 今は、行けることに感謝できるもの」

写真の中には、「私の3人のママと」(With my 3 Moms!!)という題名の写真があった。
ベッドに寝ているアラーナと、リンダ、そして、もう2人の女性が写っている。

聞くと、一人の女性は、自分の産みの親で、
もう一人の女性は、ステップ・マザー(継母)という。
そして、今のお母さんのリンダ。

俺は今まで、アラーナが養子だったとは知らなかった。
てっきり、リンダとケンの実の娘だと思っていた。
どういう状況で、リンダとケンのところで育てられることになったのかは聞かなかったが、
彼女は、色々な苦労をしてきていると思う。

そんなアラーナは、余り思い出したくないであろう経験を、
俺に詳しく語ってくれた。

****
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アラーナがデコレートしたという、バスルームに飾ってある花













食事後、アラーナは「お茶飲む?」と聞いてきて、
自分のコレクションのティー・カップたちを見せてくれて、
「どれでも好きなの使っていいわよ」と、選ばせてくれた。

俺は、アラーナが高校の卒業祝いにもらったという、富士山の絵が描いてある、
背景が黄色の北斎のような絵の湯呑みを選んだ。
「壊さないように気をつけて飲みます」と言いながら。

緑茶にピーチ味を付け足したという、変わったお茶を飲みながら、
アラーナとずっと喋っていた。

アラーナがいかに日本が恋しいか。
2003年の夏に日本に行ってから、
ずっと日本の文化が恋しいらしい。
日本での様々な経験とか、
色々なことを、機関銃のように喋ってくれた。
その間、ケンとリンダは、何か読み物をしていた。

****

9時半ごろ。もうリンダもケンも眠い顔をして、「そろそろベッドに行くよ」というので、
3人とお別れの挨拶をした。
ここに帰ってきたのは、実に5年ぶりだったけど、
また訪れに来ることができてよかった。

こうしてまた、彼らに会いにくることが出来るっていうのは、
素晴らしいことなんだなと、改めて気づいた。


俺は、COSを出て、留学2年目からサンノゼに移って、
実に留学3年目が終わるまで、こうしてまたこの土地に帰ってくることをしなかったけど、
(それは車を持っていなかったから)

留学3年目の終わり、もうサンノゼでのDe Anza Collegeも終わりに近づき、
あと数ヶ月でロングビーチに移るという頃(2005年4月)に、
初めて自分の車で、この土地をまた訪れて、
いかにこの土地の人々が、親切で、心が温かくて、素晴らしかったかを実感して、
こうしてこの土地に戻ってくるのことの大事さを痛感した。

その時、出来る限りの友達の家を訪ねた。
その時に通ったルートが、それ以来、サンクスギビングやスプリング・ブレイクの度に、またこっちへ来るときに、訪れる家族や友達たちとなった。

リンダとキャシーとは、俺がCOSにいた頃、あんなに良くしてもらっていたのに、
なぜか会える機会が少なく、彼女たちを毎回訪ねに来ることはしなくなっていた。
だから、どこかしら彼女たちに対して、後ろめたさがあった。

今回、リンダとケン、アラーナの家族を訪れに来て。
彼らの家を、自分の車を使って訪れるのが、今回初めてだったのもあって、
こうして、昔からの古い友達に会いに、またこうして戻って来られることが、
いかに特別なことなのかを、改めて思い出させられた。


今、サンディの家に自分は泊まっている。
サンディや、ロイの家族、
リエンの家族、ノアの家族、クリスティーナの家族、
スーザンの家族、
そしてサンノゼのデイビットなど、個人の友達たち。
みんなには、結構しょっちゅう会いに来てるから、
何かこれが当たり前のことのような気になってたけど、
実は、これはすごく貴重なことなんだな、と。

そして、もうこれが最後なんだな、と。

なんか、実感させられた。

*****

帰り道、ウィードからマウントシャスタまでの高速を走りながら、
自分がCOSにいた頃を思い出していた。
考えてみれば、毎週末のように、誰かしらの家に招かれて、何か一緒にしていたなと。
何で人々は、あんなに親切だったのかな、と。
当時の俺は、1年目にこの土地に来て、このマウントシャスタっていう土地でのことが、
アメリカで体験する生活としては、当たり前のことなんだろうと思ってたけど、
実際は、この土地“だけ”のものなんだったんだなってこと。

サンノゼも、また全く違うライフスタイルが待っていたし、友達の内容もガラッと変わった。
ロングビーチは、更に変わった。
俺はアメリカに6年いたけど、3箇所の全然違う場所を経験した。
どこも「アメリカ」だったけど、どこもそれぞれ個性があって、全然違う場所だった。

サンノゼやロングビーチが、大きな都市で、なかなかアメリカ人の友達が出来にくい中で、
一年目に過ごしたマウントシャスタでは、多くのアメリカ人の家族と仲良くなれて、
彼らの生活にぐんぐん入り込むことが出来て、
幸せだったんだなと。

もし俺がマウントシャスタにずっとステイしてたら、
このことの有難さに気づかなかっただろうし、
逆に、もし最初からサンノゼやロングビーチに行っていたら、
マウントシャスタでした様な経験は、していなかったかもしれない。


考えてみると、この6年間は、色々な経験をしてきたんだな、と。

そんなことを感じた。

*****

帰り道、真っ暗な中、リンダの家の敷地から道路に出る前、
リンダの家の方を振り返りながら、
またここにいつか戻ってくることが出来るといいなと、思った。

今度は2010年の秋に、
リンダたちは3人で、日本、京都を訪れるらしい。
その時は、今度は日本で再会できればいいなと思う。


03・21・08




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2008 Last Trip in CA 

March 18, 2008

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Kathi Williams. 自分がCOSに通っていた頃に、留学生のカウンセラーとして、面倒を見てくれた人。

今日、彼女とランチを一緒にして来た。最後のお別れ。

昨日電話すると、今日の昼にマウントシャスタにあるチャイニーズレストランで会おうと。

12時に待ち合わせすると、キャシーは時間ピッタリに来てくれた。

車から降りてきた彼女とハグをして、店の中に入った。
彼女に会うのは、実に2年ぶりとなる。

****

キャシーに前に会ったのは、2006年の4月。俺がノアと一緒に、スプリングブレイクを利用して、北に上がって来たとき。
その時キャシーは、25年間働いてきたCOSを、既に辞めた後だった。

キャシーがCOSでの仕事を辞めたのは、2005年の5月。
原因は、当時のプレジデントや上の者との対立だったらしい。

前に彼女と会った2年前は、まだキャシーも、旦那さんのマイケルも元気だったが、
その後彼女は体調を崩し、病気になった。
マイケルも同じく、体調を崩した。

今は大分回復したらしく、今日はキャシーと実際に会えることが出来たが、
マイケルは、腰の手術を何度か繰り返し、喉の調子も良くないらしい。
今日は、マイケルは来ることが出来なかった。


キャシーとマイケル(2006年4月当時)
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****

キャシーと2年ぶりに会い、色んな話をした。

学校のこと。これからの人生プランのこと。
俺とキャシーがまだCOSにいた頃の話。

ほとんどの生徒は、もうキャシーと連絡を取ってないらしい。
今でもひょっこりと会いに来るのは、俺ぐらいなもんだとか。

「みんな、新しい人生が始まると、そっちに一杯になっちゃって、
昔の古い友達と連絡をたまに取り合うことを忘れがちになるのよね」

キャシーはかなり寂しそうだった。

俺がCOSにいた頃に同期だった、他の日本人の友達の近況を、
知っている限り、キャシーに伝えた。
彼女は嬉しそうに聞いていた。

他にも、メーガンやザックの状況とか。
今はオレゴン州に移った、クリスティーナの近況とか。
(クリスティーナは、キャシーのオフィスで、昔働いていた)

それから、俺が日本に帰ることの話となった。

「アメリカに長い間いて、今は日本に帰ることに、何か戸惑いを感じるんじゃない?」
との問いに、確かにそうだねと答えた。

そこから話が広がった。

*****

キャシーは、スタンフォード大学を、English majorで大学(Bachelor)、
Education majorで大学院(Master)を卒業している。

その後、教職に付くためには、何かSpecificな分野の学問が必要だということで、
更にSouthern Oregon Universityで、English & education & communicationの3つの分野で、大学院をまた出た。

そんな彼女は、非常に賢い。
彼女の語彙の数は半端じゃなく、
何か分からない単語を聞くと、その単語の派生とか、
別の意味とか、
色々と細かく詳しく教えてくれる。

前にノアは、「Kathi Williamsは、自分が知る限り、COSで働いている先生の中で、一番語彙数が多く賢い人だった」と話していた。

そんなキャシーは、異文化交流への理解も非常に深い。

俺の彼女もコミュニケーション学専攻なことを話し、
彼女がクラスで習ったという、
「4つのステージ」の話をした。

一人の人間が異文化にが入った場合、
そこには4つのステージがある、と。

1つ目のステージは、その文化に慣れないこと。
2つ目は、それに慣れて、居心地が良くなる。
3つ目は、今まで自分がいた元の文化に、逆に拒絶反応を示す。
そして4つ目、自分の元の文化にも、また戻り慣れる。

「多分、今自分は、3つ目と4つ目の間にいると思う」と言ったら、
「誰もがそのステージを経験するのよ」と。

*****

(このステージの解説は間違いでした。コメント欄に訂正を戴いたので、ここに載せておきます。

-------------------------------------

1つ目のステージは、その文化に慣れないこと。(何をやっても良くも悪くも新鮮)

2つ目は、新しい文化に慣れて(新しい文化のすぺてがよく感じて)、自分の文化を拒絶する。

3つ目は、新しい文化の悪い点にばかり目が行き、新しい文化を拒絶し。元の文化といつも比べてしまい、元の文化のほうが良く見える。(第二ステージの間逆)

そして4つ目、どっちの文化も理解し、いいところと悪いところのバランスをとれるようになる。

(そして、この4つが、新しい文化に入るたび、永遠に繰り返される)

---------------------------------------

以上が正しいステージの解説でした。)

*****

キャシーが、
“But you should proud of yourself because you put yourself into different cultures as far as you could go. You didn’t just stay and flirt around the culture. You actually wnet deep inside of the cultures. Now you have a different view to see Japanese culture, and you can fully appreciate the Japanese culture.”

「でもあなたは、アメリカに来て、一人の人間が行ける最大のところまで、異文化に入っていくことをしたんだから、自分のことを誇りに思うべきよ。 
ただこの国に来て、この国の文化に入り込まずに時を過ごしたんじゃなく、この国の文化に深く入り込んだんだから。
今のあなたは、日本を去る前のあなたと、違った目で“日本”という文化を見れるはずよ。日本以外の文化を見てきて、それで、今度は日本という文化を、外側から見れるんだから、ずっと日本だけで過ごしてきた人よりも、更に多くの視点から、日本という文化を感謝するとことが出来るようになったのよ。」と。

俺はそれを聞いて、”Kathi, that is exactly what I have learned through these 6 years in the States.”「キャシー、それこそ俺がこの6年間のアメリカ生活で学んできた一番重要なことだよ」と答えた。

キャシーは、
”Not many people would have the experience traveling this country by train and visit most of the states in here. Nor, they've never been to other countries to see what other cultures are like. You have experienced so many things that not many people could do.”
「誰もがアメリカに来て、この国を旅して一周したり、他の色んな国々を周ってきたわけじゃないわ。あなたは他の人がしていないような多くの素晴らしい経験をしてきているのよ」と。

“You should really put them on your resume”
「そのことも、あなたの履歴書に入れるべきよ」と、キャシーは言ってくれた。
アメリカで仕事を将来探す場合も、日本で探す場合も、推薦書を書いてあげるからと。

****

その後話は、
「一度異文化で長い時間を過ごした人は、今度は自分の国に戻ったとき、同じコンセプトで、何かについて話をすることが出来なくなることがある」というようなテーマに移った。

同じことを話していても、見ているところが違うため、
会話が噛み合わなくなる時がある。

それこそ、俺がアメリカで長い間過ごせば過ごすほど、
つまり、日本という文化から遠ざかれば遠ざかるほど、
今度は日本に帰ったとき、日本にいる人たちと、話が噛み合わないことが多くなることだなと、それをキャシーに伝えた。

キャシーは、
“When people’s life has changed and move to the new level, people usually get confused and it takes a lot of time to get used to it,”
「人間は、何か新しいステージに、自分の人生が変化したとき、
 それに対して戸惑いを覚え、それに慣れることに、時間を要するものよ」と。

「それは、アメリカという文化から日本という文化に移る場合にも言えるし、大学を出て、社会に出る場合にも言えるし、今まで働いてきた仕事を辞め、60歳でリタイヤすることにも言えるのよ」と。

「私の場合、2年半前にリタイヤしてから、今の生活に慣れるまで、かなりの時間がかかったわ。今まで何十年もして来た仕事を辞め、急に毎日することがなくなってしまったんですものね。 今は、COSでドロウイングや陶芸のクラスを取って、楽しんだりしているけど、この新しいライフスタイルに慣れるのには、中々つらいものがあったわよ」と。


*****


キャシーと話していて、非常に居心地が良かった。
今の自分の状況を、フルに理解してくれているというか、
何か、”It’s alright” (今のあなたの心境は、それでいて当然のものよ)
と言われているような感じだった。

話しながら、自分がCOSにいた頃、たまにキャシーのオフィスを訪れて、
話を聞いてもらっていた頃を思い出した。


ある日キャシーは、学校のクラスやテストや宿題やらで、ストレスドアウトしていた俺に向かって、

「外に行って、芝生に寝っ転がって、空を眺めてごらんなさい。
 そうすると、気分がよくなるわよ。
 あたしもたまにそうするのよ」と。

その時は、「何て適当なアドバイスを」と内心おかしく思っていたが、
実際にやってみたら、本当だった。

キャシーにそのことを話すと、
「学校のアドミニストレーションの人たちは忘れがちだけど、
 生徒にとって、本当に大事なのは、
 テストでも、よい点数を取ることでもなく、
 そういう息抜きだったりするのよ」と。

キャシーは、オフィスに行くたびに、
“Here”と言って、リンゴをくれたりした。

そんな頃が懐かしい。


*****

キャシーと1時間半近く話した後、そろそろキャシーは家に帰る時間となった。
マイケルの世話をしなければという。

マイケルはよく、家に行くたびに手品を見せてくれた。
誰も期待していないのに、どこからか手品道具を持ってきて、
自慢げに手品を披露していた。
俺が感心して、もっとやってよと言うと、
更に色々と見せてくれたりしていた。


また、元気になって、手品を見せてほしい。

*****

キャシーの住所を受け取って、キャシーのEメールアドレスをみんなに渡すことを約束した。
「またいつか、あの頃のメンバーで、みんなで集まりたいわね」と。

「みんな自分の人生で忙しいかもしれないけど、たまにふと立ち止まって、“あの頃は楽しかったな”って思い出してくれたら、何よりの幸せだわ」と。

「そんなわけでも、あなたは皆のアンバサダーよ。
 こうして私にまた会いに来てくれて、みんなとのコンタクトの中簡約になってくれて。」
 
見ると、キャシーの目は涙で溢れていた。

“I’ll never forget you, and please come back. I’ll never forget you.”と。

俺も、
“I’ll never forget you. I promise, I’ll come back soon.”と。

キャシーは、ぎゅっと抱きしめてくれた後、俺の頬にキスしてくれて、車に乗り込んだ。


「また会いに来るからね!」と俺が叫ぶと、

「Drive safe and take care of yourself!!」と叫び、
キャシーは手を振って、消えていった。


******


また必ずキャシーに会いに来よう。

そう誓った。


03・18.08




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2008 Last Trip in CA 

March 17, 2008

メーガン、ザック、ドミニクと一緒に
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アメリカに来て、6年間。
6年が、終わろうとしている。

2002年の7月の終わりに来て。
今年の7月で丸6年間。

この6年の間に、
この土地で出会った子供たちは、本当に大きくなった。

*****


今、アメリカを去る前の最後のお別れとして、
カリフォルニアの友達の家を周っている。

ほとんどの友達は、1年目に行った学校のある、マウント・シャスタの周りに住んでいる。

昨日は、リエン、メーガン、ザックの家族にお別れを言ってきた。


*****

メーガンもザックも、俺が初めて彼らに会ったときは、本当に小さかった。
メーガンは13歳で、ザックは8歳。
メーガンは凄く細くて、ザックは本当に小さな男の子だった。

2003年6月当時
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今年は、メーガンは19歳。ザックも14歳。
メーガンはレスリングで、ワシントン州の大会で1位、
オレゴン州の大会で2位になったばかり。
3月7日の週末の大会でそれらを獲得した。
そう、州で1位。
色々な大学から、フルスカラシップの誘いも沢山来るらしい。
スタンフォードからも来たけど、
本人は興味ないとか言って、蹴ったとか。

そんなメーガンは、かなりたくましい体となった。


ザックも、5年前は全然しゃべらない、静かな子だったのに、
今では、家で一番しゃべる存在となり、
背も一番高くなった。
身長は5’7”.
俺とほぼ全く同じ身長になった。
これからもどんどん大きくなると思う。
腕の筋肉も、かなりついた。


2006年4月当時
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*****

3月15日の土曜日に彼らの家に泊まりに行き、
夜はメーガンが友達を12,3人呼んで、暗闇の中でハイド&シーク(かくれんぼ鬼ごっこ)をした。
メーガンたちの家の庭は、ものすごく広いから、
ものすごいスケールのかくれんぼ。

真っ暗な中、みんな隠れて、
しばらくしたら、鬼の二人が、
“Ready or not, we’re gonna come!!”
と叫んで、フラッシュライトを持って、探しに来る。
照らされて見つかったら、捕まらないようにして全速力で逃げ、
なんとか家にたどり着く。
その間に鬼にタックルされたら終わり。

みんな、遠くの方の木の下に隠れたり、
小屋の屋根に登ったり、
車の下に隠れたりと。

あんだけデカいスケールのかくれんぼ&鬼ごっこは、
中々できるもんじゃないなと。

家の前に広がる庭
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冬は雪が降るとこんな感じ
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*****

2006年06月当時
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話はそれたけど、キッズは本当に大きくなった。
自分が高校を卒業して、18歳でこっちに来てから、
この6年間、あっという間に過ぎ去った気がするけど、
その「6年」という時の長さをしみじみと感じさせてくれるのは、
子供たちの成長を目の当たりにしたとき。

それほど、6年という時の長さを感じさせるものはない。

*****

2006年11月当時
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自分は余り変わっていないように感じても、
子供たちは、確実に育っていく。
そして、あっという間に大きくなり、
自分の元を、巣立っていく。

この前、ロイの両親のランディとジーンが言っていた。

「When you build your life around your kids,
this is what’s gonna happen」
(自分たちの人生を、子供を中心にして生活して行くと、
気づいたときには、子供はいなくなって、自分たちだけ取り残されるんだよ)

ランディとジーンの一人息子のような存在のロイが、もうほとんど家に帰って来ないことを嘆きながら、
ランディはしみじみと言っていた。

*****


二十歳くらいから、自分が精神的に、余り変わっていないと感じていても、
周りは確実に、時を刻んでいく。

子供たちは、
ぐんぐん成長していく。


メーガンとザックに次に会うのはいつだろうか。
彼らは、次に会うとき、どんな風になっているのだろうか。


03.17.2008


2008年3月
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PS.メーガンの優しい性格を語るエピソード。

******

土曜日、メーガンと一緒に夕方、動物たちにエサをやりに行った。

この家の人たちは今町を出ていて、その代わりにメーガンが朝と夕方、
一日に2回、エサをやりに来ているということだった。

着くと、大きな家。

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大きな馬2頭、
猟犬2匹、
牛5頭。

その家の中に入って、エサを用意する。
犬のエサは、まず水で濡らしてから。
濡らすと、体積が大きくなって、腹にたまる。
そうやって、実際にあげるエサの量を少なくするらしい。
と言っても、その猟犬2匹は、バケツ半杯分のエサを、
バリバリと食っていた。

馬には、俺とメーガンがそれぞれ草の束を手にして、
「せーの、それ!」で、別々の離れたところからエサを投げる。
そうしないと、一つのエサに2頭が同時に歩み寄ってきて、
エサの取り合いでケンカになるとか。

エサをあげた馬
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掘っ立て小屋の中にいる牛には、
上から草を落とす。


*****


帰り道。
メーガンの家に戻る途中の、
フォート・ジョーンズの町に一本しかない、主要道路を走っているとき。

反対側から来た車に、メーガンが手を振っている。

「さっきの車、友達だったの?」と聞くと、
「そうよ」と。

こんな小さな町では、誰もが顔見知りである。


聞くと、メーガンが高校まで車で通う際にも、
毎日すれ違いの車の運転手全員に、
手を振るとか。

"First week, everyone's like "huh?", but after week or two, everyone started to smile at me"
(最初の一週間は、みんな私の顔を見て、「何アイツ?」って感じだったわ。でも、2週間もする頃には、みんな私に笑顔で答えてくれるようになったのよ)と。

"It makes me feel good when I'm having a bad day and if somebody waves at me."
(もし私の気分がよくない時でも、誰かが私に向かって手を振ってくれたら、気分がよくなるもの)と。


本当に、すごくいい子だなと思った。


********


話し変わって、今回彼らの家に行くと、ドミニクという小さな男の子がいた。

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リエンに聞くと、ドミニクのベビーシッターをしているとか。

どうやってこの子と知り合ったのと聞くと、
ある日、町でリエンが買い物をしていたら、
この小さな男の子を連れた若い母親が、
この子を放っぽりぱなしで、自分は買い物にふけっていたらしい。

母親に、「アンタ、ちゃんと子供の面倒見てあげないとダメよ」とリエンが言うと、
その母親、何と薬物依存中だったとか。

その現状を見て、この母親にこの子の面倒はできないと確信したリエンは、
その日以来、その男の子を預かり、自分の家に連れてきて、
週の内5日間は、この子の面倒を見ているという。

その男の子が、ドミニクである。

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かつて、まだリエンが南カリフォルニアにいた頃、
旦那と別れ、手には小さな子供が残った。

この子供たちをここで育てていては、
いずれ、子供たちはギャングに入ってしまう。

そう感じたリエンは、ここフォート・ジョーンズまで、
誰も知らない中、一人、子供たちを抱えて移動してきた。

そして、この小さな家を買って、
ここで子供たちを育てたわけだ。



そんなリエンは、想像ができないほど、心優しい。
ドミニクの母親を見て、放っておけなかったのも、
リエンらしいなと思った。

そして、実際にドミニクを家に連れてきて、
全くの無償で、世話をしてあげている。

普通の人ではできないことだと思う。


*****

ドミニクと庭で遊んだ
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サッカーボールを蹴って追いかける
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めちゃくちゃ広い庭
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庭にある機械に興味津々のドミニク
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あまりにうるさいから、乗せてやった
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めちゃくちゃ嬉しそうなドミニク
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お昼は、リエンのいつも作ってくれるランチ
庭のグリルで焼いたバーベキュー・リブと、
ポテト、コーン、ガーリックブレッド。
リエンの作る料理は本当に美味しい。
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馬に乗りたがるドミニクを、メーガンとザックが乗せてあげた
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リエンがおみやげにくれた、自家製ジャムと、バナナ・ブレッド
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ジャムの名前は
「"Sorta" Blackberry」(ブルーベリーっぽいの)
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メーガンとザック、
こんなに大きくなった
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2008 Last Trip in CA 

March 03, 2008

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喜多川 泰(やすし)さんによる、「君と会えたから・・・」という本を読んだ。
この本は、今ステイさせてもらっている家のY君から薦められた。

この本の中に、
「自分が必ず成し遂げたいと思うことは全て叶う。それが必ず叶うと信じ、情熱さえ持ってトライし続ければ、必ず叶う」という様なくだりがあった。

そこのところをY君は薦めてくれたのだけれど、目次をめくるととても興味深かったので、結局数時間で読み終えてしまった。

***

この本に、ずいぶんと元気付けられた。
最近、やたらと自分に自信を失くして、勇気を失っていた中、
ずいぶんと勇気付けられた。

そこに、こう書いてあった。


「手段を、目的とするな」


例えば、北海道に行きたい人がいる。
その人は、北海道まで飛行機で行こうと決める。
しかし、飛行機のチケットが取れなかった。

そんな時、多くの人が、「飛行機に乗れなくなった」という理由だけで、
「北海道に行く」ということまで、諦めてしまう、と。

いつの間にか、北海道に着くまでの手段でしかなかったことが、
目的と変わってしまっていた例の話。


俺はいつの間にか、これをしていたかなと思った。
自分の理想とする人生像を描きあげて、
それぞれのステップに達する手段を書き、
その手段がうまく行かなくなってしまったから、その後に繋がるステップたちは、
全て、ダメになってしまっていた気がした。

気づいてなかったけど、そんな風に考えていたと思う。無意識的に。

金がないとか、
仕事がないとか、
自分の本当にやりたいことが分からないとか、
そんなことを理由に、自分の将来に希望を失くしてしまっていた。勝手に。

***

それから、もう一つ。
この本の中に、まず、自分が人生で必ず成し遂げておきたいことを書き出す、
「一つ目のライフリストを書き出す」
というステップがあるのと同時に、
その後に、
「自分が何を他の人にしてあげたいか」という、
「二つ目のライフリストを書き出す」
ということが書いてあった。

俺は、ずうっと、最近は、
「自分が人生で何をしたいか」
ばかりは考えていたけど、
「自分が他の人に何をしてあげたいか」
は、全く考えていなかったことに気づいた。

やれ、金がない、貧乏だ、家がない、
仕事がない、目標がない、これからどうしよう、
そんなことに気を取られ、
自分のことしか考えてなかった。
誰か、他の人に、何をしてあげよう、
そんなことは、微塵も考える余裕もなかったな、と、
気づかされた。


自分が、他の人に、何が出来るか。
自分は、誰に、何をしてあげたいか。
今出来ることは何か。

それらを考えたら、なんか、自分の頭の中を引っ繰り返されたというか、
思考を180度変えられた。
大事なことに、気づかされた。

*****


そしてもう一つは、
「人生において、唯一決まっていることは、
 人はいつか死ぬということ。
 それ以外は、何も決まっていない。
 自分次第で、何でもできる」ということ。

いつからか、自分に制限をかけていたこと。
自分の可能性を信じることをやめて、
勝手に作り上げたよく分からない恐怖と不安ばかりに苛まされる日々を送っていたこと。

それに気づかされた。

*****

そして最後。
「自分のコンプレックスや、心の傷、全てが、
 輝く魅力となるような、人間的魅力を持つこと」。

イメージとして、自分の中に、輝く灯りが入っているようなイメージをする。
そして、それが明るく輝き、自分の傷やコンプレックスなど、
欠点と思える「穴」から、その光が輝きだすイメージを持つと。

傷や穴が大きいほど、その光は外に漏れ、自分は魅力的なものとなる。


そのイメージを持ってみたら、ずいぶんと自信が出てきた。(←単純ですな)


***

とにかく、最近自分を信じることを失っていた自分に、
この本は勇気をくれたわけです。
多分、この本の主人公が18歳(高校3年)で、
ちょうど進路を悩んでいたのが、
今の自分の状況に当てはまったからかもしれないね。

自分は留学して、6年経ち、
また振り出しに戻るようで、俺はこれから何をやってけばいいんだろうと、全く分からなくなってましたが、
それは言ってみれば、これからいくらでもチャンスはあるってことですね。
何でも出来る未来が待ってるってことですね。

6年前も、ただアメリカに行きたいという思いだけでこの土地に来たわけで、
結局、この6年間、色々な経験をさせてもらって来たわけで、
これからの人生も、先は全く分からないけど、とにかく踏み出して、目の前のことに真剣に取り組めば、気づいたときに、必ず何か成果が出来てるんだろうなと。

そう、思わせてくれたわけです。

いい時期にいい本を読みました。

終わり。

03.03.08 12:10AM





shunsukesekine at 00:10コメント(2)トラックバック(0) 
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