December 2007

December 29, 2007

さてさて、今年もあと残すところ2日となりました。
早いもんですね。
しかし、アメリカにいると、どうも「年末」という感じがしませんね。

つい先日までは、どこもかしこもクリスマスに向けて、家のイルミネーションを飾ったり、商店街の通りも綺麗に飾られたりして、「ああ、クリスマスが近づいてるんだな」と期待が自然に高まる日々でしたが、25日にクリスマスが終わったとたん、もう何か大きいものは通り過ぎて、クリスマスの名残が街中にちょっと残ってる、そんな感じです。


さて、今年のクリスマスは彼女と過ごしました。
考えてみたら、僕が今までアメリカでクリスマスを過ごしたことがあったのは、留学2年目の冬だけでした。
しかも、その年の冬は、ウィードからサンノゼに移ってまだ数ヶ月目。友達もほとんどいなく、マジで寂しい日々を送っていたころだったので(当時、学校に行って帰ってきても、一日中誰とも口を聞いていないなんて日々も多々ありました)、そのクリスマスも、学校のプログラムで知り合った台湾人の人たちと集まって過ごしていた、
そんな気がします。

ちなみに、台湾人も中国人も、クリスマスは特にそれらしくは過ごしません。
みんなで集まって、おでんを食べたり、中華料理を食べたり、
そんな感じだった気がします。

ですから、僕は実際、「アメリカらしいクリスマス」は、過ごしたことがなかったわけです。今まで。


***

しかし、今年になり遂に、「アメリカのクリスマス」を味わうことができました。

サンクスギヴィングが終わってすぐに、どこの店も家も、クリスマスに向けてのイルミネーションを飾り始めます。

僕らのアパートの近くでは、"The Naples"(ネイプルズ)という地域の高級住宅街の飾り付けが凄いことで有名です。(僕は今年になって知りました)

この住宅地は、ものすごい金持ちたちが住んでいます。
ここは小さな島になっていて、各家の前には水路があり、川が流れています。
そこには各家が持つボートが停まっているわけです。
なんでも、イタリアのベネツィアをイメージして作られているとか。
よって、通りの名前もイタリアの地域の名前が多々あります。

d

こんな感じ





24日はここの地域のイルミネーションを彼女と見に行きました。

c






e






a






普段は人通りがまったくないこの地域ですが、この季節は、この場所は観光名所となっているのか、家族連れやカップルやらですごい人です。
中にはアップルサイダーやホットチョコレートを用意して、「一杯どうですか?」と商売している人たちもいます。すごい商売根性です。


****

6時頃から2時間ほど通りを散策した後は、家に帰り、ディナーです。

この日は彼女が、クリスマス用に前から作ってくれると言っていた料理を作ってくれました。昼間に僕が昼寝をしている間に仕込みをしてくれていたのです。もう感激です。

テーブルをセットし、そこに運ばれた料理を見て僕はとても感激しました。

b


鶏肉のトマト煮



食べ終わり、「The Simpsons Movie」をDVDで見ました。
ホーマーのバカさ加減に関心しました。
アメリカ人のバカさを見事に表しています。

****

夜中。12時の30分ほど前になり、彼女がもう待ちきれないとなり、プレゼント交換をしました。プレゼントは、あらかじめお互いが作ったクリスマスツリーの下に数日前からセットしておき、それを開けるという約束でした。カードも一緒に用意しました。

彼女がプレゼントをとても喜んでくれていたので、とても嬉しかったです。

****

次の日は、朝から映画を劇場に見に行った後("National Treasure 2"。12時前に入ったので5ドルで見れました。ラッキーラッキー)、夕方からは、レディングに住むノア一家が、ノアの兄貴のセスの家があるオレンジカウンティに集まっていたので、僕と彼女も会いに行きました。

ノア一家と
あ






初めて、アメリカらしいクリスマスを満喫した二日間でした。

12・29・07



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日常 

December 22, 2007

今日、ロングビーチの街中で、彼女と車に乗っていたとき。


赤信号で停まり、ぼうっとしているとき、
彼女が急に言った。


「え?フルート?」


何かと思い、彼女のいた左側を見ると、
俺たちの車の横には、同じく信号待ちをして停まっている車が一台。


その車の運転席には、ヒッピーのようないでたちのヒゲもじゃのおっさんが、
なんと横笛を持って吹いている。



「ピー ピー ピーヒャララー♪」



一瞬何が起こっているか分からず、
俺も彼女も、とっさに顔を見合わせた。


その時、信号が青に変わった。


またその車の方を見ると、
そのヒゲもじゃのおっさんは、笛をさっとしまい、
何気ない顔で車を走らせ出した。



「いやあ。。。ついに妖精に会ったね。。。。」

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やっぱりクリスマスだから、エルフも、
今日の発表会のための笛の練習で、一瞬でも惜しいのかねと、
感心しながら家に帰った。



12.22.07

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December 20, 2007

“12 20 2007 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean”

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (1)


2007年12月20日。
この日は、今のところ、
彼女が人生で一番幸せだった、と言ってくれる日です。


今日は、2011年11月16日で、
それから4年近くが経ちましたが、
この日のことを日記に書いていなかったので、
今日、書きます。

これを読み返してくれたら、
彼女が幸せになるといいなと思います。

(ちなみに今日は付き合い出した日の記念日で、
今日で、4年と6ヶ月が終わりました。
遂に4年と7ヶ月目です。すごいです。)

******

この日は、彼女の学校が最後の日でした。
俺は彼女より半年早く卒業しましたが、
彼女は、もう1学期残っていて、
この日が全ての終わりの日でした。
(俺たちはその代わり、卒業式は一緒に出ました。
式は2007年の5月でした。この記事を参照


彼女を車でいつも通り迎えに行き、
教科書を売ります。
“Buy Back”と言って、
その学期に使ったテキストを、学校に再度売る事ができます。
この日は駐車場でバイバックをやっていて、
そのままドライブスルー的に車で待ち、
彼女のテキストを売りました。
何でもドライブスルーにするアメリカ。
「さすがだね」と話していた気がします。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (5)


12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (6)


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*****

その後は、どうしようか、となりましたが、
彼女が前から行きたがっていた、
Orange County(O.C.)にある、
ファッションアイランドの巨大なクリスマスツリーを見に行こう、
となりました。

元々行こう、と話をしていたのではなく、
その場で、「じゃあこのまま行ってみようか」
となりました。


当時、俺は目が凄く疲れやすく、
運転もしょっちゅう疲れていたので、
余り運転をしたがらない傾向がありました。

それで彼女は、
俺に運転をさせることを気を遣って「いいよ」と言っていたのですが、
この日は俺が、
「いいよ、このまま行ってみよう」となったので、
それがすごく嬉しかったみたいです。

それから、俺は余りサプライズをしないので、
それも、嬉しかったみたいです。

ごめんね。余り色々してあげていない彼氏で。
もっと頑張るからね。

******

で、その後は、
いざ、ファッションアイランドへ向けて、
レッツゴー!!!

ここは、夏にも何度も来たりしていました。
夏にノアがOCに住む兄貴夫婦を訪ねに来た時には、
ノアと一緒にここに来たりもしました。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (9)


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まずは、お腹がすいていたので、
下のフードコートにある、
お気に入りの「FATBURGER」にて、
昼食をゲット!!
(直訳すると、『デブのバーガー』か、『脂肪だらけのバーガー』。
その名の通り、凄まじいヴォリュームです。)

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (15)



当時は普通に食べていましたが、
恐らく今は食えないんだろうな・・・・

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (14)



****


その後は、
お目当てのツリーを見に行きました。


これが、本当に大きかった!!!!

写真を見てもお分かりの通り、
本当に大きい。
(下に立っているのは彼女)

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (30)



アメリカは、何でもやる事がちがいますね。
当時は感動はしたものの、
そこまで、「・・・す、すげえ!!!
みたいにはならなかった。
(何故なら、大概のアメリカのものは、
デカイから。
こういうのも、しょっちゅうあるので、
もう、目が肥えてしまう。)

しかし、今、日本に帰って来て3年半経つ中で、
日本のサイズやスケールの小ささになれた上で考えると、
やっぱりあれはすごいよね。


何でも、大きく行きたいですね。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (23)



12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (19)


******


その後は、恐らく、
モールの中を、ぐるっと回ったと思います。
余りよく覚えていなくて、すみません。



でも、その夜は、
俺の元ルームメイトのロイのお母さんのジーンから、
俺とまりこ用に、クリスマスプレゼントが届いていました。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (35)



これは嬉しかったですね。

俺には、ジャケット。

まりこには、イヤリングと、ペンダント。

二人で、「やったー」と言いながら、
プレゼントを開けていた気がします。

12 20 07 Last School, Fashion Island Tree, Gifts from Jean (44)


*****


今思うと、
当時は、ああやって、二人でアパートに住んで、
暮らしている事が、当たり前だったのですが、
今は、こうして離れて暮らしているので、
その有り難さが、身にしみて分かります。



また、当時は俺も進路に迷い、
大分、ストレスを溜めて、不満の状態で生きていて、
それを、たくさん彼女にブツけてしまいました。
彼女にはたくさん、悲しい思いをさせてしまいました。
本当に申し訳ないと思っています。
ガキだったなあ、と思います。

本当にごめんね。


あれから、4年が経ち、
俺は、大分人間として、鍛えられたと思います。

当時は、すぐに怒っていましたが、
(すぐにプンプンするので、
ある日から、『パンプン』と言われていました。)

今では、すぐに気性を荒げたり、
意味も無く怒ったり、というのが無くなったと思います。


当時は、本当にガキだったんですね。

でも、それを、根気づよく、
見守って、耐えて、我慢して、
俺を育ててくれた、彼女のおかげだと思います。


本当に、この4年半、ありがとう。


これからは、いい彼氏として、
そして、いい旦那として、がんばりたいと思います。


これからもよろしくね。


*****


ということで、4年前の日記でした。

俺にとっての幸せは、
彼女が、幸せでいてくれることです。


いくら自分一人でお金持ちになろうが、
世界中を回る事ができようが、
愛する彼女が隣にいなかったら、
それは、何の意味も成しません。


まりこのおかげで、俺の人生は、
とても幸せなものになっています。


いつも本当にありがとう。


これからも、一生よろしくね。


俊輔より  2011/11/16 20:14




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Special People-特別な人たち 
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見に行ってきました。

ひと言。

いやあ〜つまらなかったですね!!!!!

最初の出だしはいいんですが、もう後半なんか最悪ですね。
一体テーマは何だっつうの。
結局、「神のお告げを聞け」とか、「心を澄まして声を聞け」とか、
宗教関係になってくるんですかね。

しかもね、映画の途中でも、見ている観客を驚かす手段が、
話の内容でとか、映像でとかじゃなくて、
ただ単に、静かなシーンで大きな音を急に出すとか、
静止しているように見せてる物体をいきなり動かすとか、
真っ暗闇で、まるで観客も、お化け屋敷にいるかのように感じさせるとか、
そんな手段ばかりですからね。

ほんと、がっかりでしたね。

ウィルスミスは俳優としてすごく好きだから、今回この映画の名前を聞いて、
「あ、ウィルスミスだから見に行こう」と決めてしまったのが一番の間違いでしたね。
普段は予告のトレイラーを見たり、映画の一部の映像をヤフーで見たりしてから行くんですが、今回はまったく何も調べずに行っちゃいましたからね。

ただ、ウィル様を信じて。

それが間違いでしたね。


映画を見る前に、彼女が「この映画は面白くない気がする」とぼそっと言いましたが、やはり彼女の直感は当たっていましたね。
その後ヤフーのレヴューを見て、B+とかB-とかだったので、「まあまあいいじゃん」と彼女も心を変えてしまいましたが、最初の直感を信用すべきでした。


大体ね、ニューヨークのブルックリン・ブリッジでの撮影に5百万ドルをかけて、しかもその費用が今までの映画史の中のニューヨークで撮られたシーンの中では、一番金がかかってるとかホザいていますけど、金をかけたからって、映画がよくなるわけじゃあないってんだよね。
金をかけずに、もっといい映画はたくさんあるっちゅーの。



まあ、ボロクソ言いましたが、この映画をいいと思う人もたくさんいると思うので、この辺にしておきます。

しかしですね、まだ見ていない方。
DVDが出てから1ドルで借りて見るぐらいでいいと思いますよ。
うん、アメリカで9ドル、日本で1800円払って見る価値は全くないね。

それにしても、アメリカも映画を見る値段が上がったもんだ。
今は学生割引でも9ドルとかですが、つい2年前くらいまでは、学生割引で7,5ドルとかだったもんね。(AMCシアターの場合ね)

いい映画が減っていってるのに、映画の料金はちゃっかしと上がっていくんですね。

12・17・08



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映画 Review 

December 19, 2007

2007年11月26日 月曜日

さて、遂に旅日記も最終日です。

朝、本当は10時には出発しようと彼女と話していたのですが、
それに合わせて彼女は8時頃には起きていたにも関わらず、
当の本人である俺が起きたのは、10時過ぎ。

彼女に呆れた顔で起こされました。

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中々起きない自分




やっと眠い目をこすり起き上がった後は、シャワーを浴びます。
着替えて居間へ出て行くと、恭介が元気に走り回っていました。

彼女も一緒になって、恭介とまた3人で遊びました。

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お絵かき



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飛行機対パトカー



5


恭介がくれたチョコボール




いやあ、恭介は本当にかわいかったです。
ボールで遊んだり、絵を描いたり、飛行機や戦車のおもちゃで遊んだり。

恭介の部屋にも連れて行ってくれて、そこで色んなおもちゃを見せてくれました。
なんか、3歳くらいの頃の気持ちに戻ったなあ。

途中でスティーブも一緒に加わって、恭介は、ハロウィーンでもらった自分のお菓子を、俺たちにも分けてくれました。

本当にやさしくて、いい子だったなあ。

****

時計はもう12時を過ぎ、そろそろ出発しないと、ロングビーチに着くのが遅くなってしまうというのもあり、僕らはついに、この家を出発することにしました。

チサコとサイモンは学校に入っていて、あとほんの数十分で帰って来るところでしたが、すれ違いで出発。

スティーブと相変わらずのガッチリ握手をして、さよならです。

帰り際、俺たちが「じゃあそろそろ行かないとね」と話し出すと、恭介は様子を察知したのか、さっきまですごくはしゃいでいたのに、急に元気がなくなってしまいました。

なんとか俺たちが帰らないようにと、いろいろとおもちゃを出してきたりします。

「ごめんね、もう行かないと」と言い、スティーブと一緒に外に出る頃には、かなり元気がなくなっていました。

外に出て、車の前で。

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すっかり元気がなくなって、いじけてしまった恭介。
体はダランと伸び切っていました。

ちょっと名残惜しいけど、スティーブと恭介にグッバイして、
車を走らせて、彼女と話していました。

俺「恭介、最後のほうはずいぶん元気がなくなっちゃったね。大丈夫かな?」

彼女「子供はね、ああいう雰囲気はすぐに察知するんだよ。だから、子供と遊んで帰らなきゃいけない時は、おもちゃに夢中になっている時とかに、気づかない間にそっと帰るほうがいいんだよ」

なるほど、知りませんでした。
彼女は子供の相手をするのがすごく上手で、しかも親戚の子とかとよく遊んでいるらしいので、赤ちゃんや子供のあやし方はよく知っています。
俺は全然そういうの知りませんでした。

そうか、恭介には悪いことしちゃったなと、でも、また会いに来てあげようと、誓いました。

****

昼は、旅の一日目に約束した、例の中華料理屋へカムバック。

あの時頼んで「超」おいしかった、豚を煮込んだ鍋を頼みます。
それから、あの晩に他の客のほとんどが頼んでいた餃子と、何かのスープも。
スープの名前はどれか分かりませんでしたが、見事彼女の直感で命中しました。

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いやあ、大満足でしたな。


お腹も一杯になった我々は、いざロングビーチに向けて出発。
ここから365マイル。6時間のドライブが始まります。

****

道のりの途中は、いろいろな話をしました。


もうロングビーチに着くちょっと手前のところにて。

確か村上春樹の話から、日本の文学に話が及び、そこから、夏目漱石などの話まで行ったところで、彼女が「『潮騒』を書いた人誰だっけ?」と言い出し、「ああ、『金閣寺』の著者だよね」と言いながらも、中々名前が出てきませんでした。

日本人の皆さんなら、簡単な問題でしょうが、アメリカにもう五年も住みだすと、日本に関する話題をあまりしないため、日本に関する単語が中々出なくなってきてしまうのですよ。(いいわけですが、本当のことです)

そこで、彼女が言いました。
「たしか、『キミジマ』なんとかだった気がするんだよねえ・・・ キミジマアキオ・・・・ そんな感じじゃなかったっけ・・・」

二人とも、「キミジマ・アキオ」の正体が分からず、うんうんと頭をひねっておりました。

そして、ロングビーチにもうそろそろ着くほんのちょっと前。
710の高速を下り始める直前で、遂に俺が思い出しました。

「ああ!三島由紀夫!!」


そう、「キミジマ・アキオ」は、「ミシマ・ユキオ」でした。


国語の天才である彼女がこんな問題が分からないはずはなかったのですが、ちょっと二人でターキーを食べ過ぎたんでしょう、きっと。

さっきまで分からなかった答えが見つかり、何か頭がスッキリした状態で、二人とも家に着きました。

「ああ〜、やっぱり家が一番だね!!」

There's nothing like a home....


      おしまい




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2007 Thanks Giving Trip 

December 12, 2007

2007年11月25日 日曜日

さて、旅五日目。
朝モーテルで起きて、チェックアウト。
モーテルの中に製氷機があったので、そこで氷を袋一杯ゲット。
ロイの家族にもらったシカの肉が溶けていないか確かめ、氷を足します。

@parking






ヘザーたちとは昼の12時に、近くのスターバックスにて待ち合わせしました。

店内はクリスマスのデコレーションで綺麗でした。

starbucks






僕たちが店に着いてしばらくすると、リチャードがモーガンを連れて来ました。
ヘザーとメアリーはもう少しで来るとのこと。
少し話をしていると、その二人もすぐに来ました。

暖炉の横のカウチにみんなで移りました。

***

プレイボーイのリチャードはさっそく気を利かせて、僕らの分の飲み物まで買ってきてくれると言います。

「I need girls' help」(キミたちは手伝ってくれるかな?)
モーガンとメアリーを連れて、彼は飲み物をオーダーしに行きました。

3人が飲み物を持って帰ってくると、リチャードはヘザーを膝に乗せて、ニコニコ笑っています。ものすごいスマイルです。

しばらくすると、リチャードが僕たち二人と、モーガンとメアリーの二人に向かって、

「モーガンとメアリーの二人にはちょっと早いかも知れないけど、僕とヘザーがどうやって出会ったかを、これから話させてくれないか?」
(It might be kind corny for two girls, but let me tell you guys how we met.)


それを聞き、「この場でその話は場違いでは?」と思った僕は、横に座っていた女の子二人を見ました。
やはり二人はちょっと困惑した顔をしています。

ヘザーも、この状況でその話は・・・という感じで、ちょっと困った顔をしていました。
どうやら盛り上がっていたのは、当の本人のリチャードおじさんだけの様です。

僕ら「Yeah, sure...」(ええ、どうぞ・・・)

するとリチャードおじ様は、その素敵な目を輝かせて、ヘザーとの素晴らしい出会いのエピソードを話してくれました。

リチャード「・・・・僕とヘザーは、出会ったその瞬間から、お互いに惹かれあっていたんだ。僕は初めから知っていた。彼女は特別な女性だってことを・・・・」


16歳のモーガンと10歳のメアリーが困った顔しているのもお構いなしに、リチャードおじ様は、その素敵なストーリーの全てを語ってくれました。

どうも、ごちそう様でした。

***

さて、そろそろ行く時間です。
彼女と僕は、ヘザーたち全員にお別れの挨拶をし、また近いうちに会えるといいねと言いながら、最後のひと時を楽しみました。

集合写真
everyone at starbucks

左からヘザー、モーガン、メアリー
一番右がコーナー




みんなとの別れ際。
遂に、リチャードのエロ親父ぶり、モロ発揮の瞬間がやって来ました。

リチャードは、俺にさよならを言った後、
僕の彼女にハグをしました。

その時、彼が彼女の耳元で発した言葉を、俺は聞き逃しませんでした。

「Bye, cutie」

*注:cutie【名】かわいこちゃん


(英辞郎 on the WEBより)



彼らと別れて、車に乗ったとき。
俺が彼女に言いました。

「さっきさあ、リチャード、"Bye Cutie"って言ってたよね? いやあ、キューティーなんて言葉使う人、初めて見たわ。やっぱりあの人、相当エロだよね」

すると彼女。

「いや、あれなんかまだマシだったよ。だってあの人、さっき俊輔が席をいったん離れたとき、なんて言ったと思う?」


どうやら話を聞くと、俺が飲み物を取りに行くだかなんだかで、彼女の横を離れた時、リチャード・エロおじ様の視線を感じ、彼の方を見ると、目が合ったとか。

すると、エロおじ様は、彼女に顔を近づけて、彼女の目をじっと覗き込んだ後に、

「Mariko, you are so pretty」
(君はとっても綺麗だ)


と、目を輝かせながら、真剣な顔で言ったそうです。

その瞬間、彼の目と歯はギラギラ輝いていたとか。

おー、恐ろしい。



彼女いわく、何がイヤらしいかって、彼氏である俺が席を立ったときに、彼女に対してそういう言葉を吐いたことです。
俺が横にいるときに言うならまだしも、なぜ俺が席を立った瞬間に、そんなことを言うのかという。

しかも、リチャードエロおじ様はああ見えても結構なお歳なわけで(恐らく50代前半)、言って見ればロイやノアのお父さんたちとほぼ同じ年齢なわけですな。

ランディやデイヴィットが、彼女にそんな事を言うところが想像がつかないところを考えると、このおじ様はかなり歳に似合わないことをしているわけです。


彼女は、その言葉を聞いて、最初何を言われていたのか分からず、ぽかーんとしたとか。こんな言葉を、あんな真顔で言われるとは想像もしていなかったわけです。

彼女はその後仕方なく、「oh, thank you」と応えたものの、後で言っていました。
「いやあ〜、"Pretty"と言われてあんなに気持ち悪かったことはないね〜」

彼女は、「昨日リチャードの顔を見た瞬間に、『エロス』って書いてあったからね。あんなエロ親父は初めて見たよ」と言っておりました。


まあ、彼ほどアクの強いキャラは、アメリカに長年住みつつも中々会えるものではないので、かなり印象的な体験でした。

彼が、この旅で会った人の中で一番印象的だったことは、言うまでもありません。

***

さて、エロおじ様との遭遇後、気を取り直し、
僕らは昨日から楽しみにしていた、タイ料理屋へ直行です。

このレストランを紹介してくれたKさんは、もともと彼女と同じ短大に通っていましたが、そのKさんの元ルームメイトである、タイ人の男の子が、この店で働いていました。

料理はとても美味しかったです。

1







nasu

ナスと牛肉の炒め物




curry

レッド・カレー(チキン)




タイ人の彼は、僕らがKさんの話をすると、「よく来てくれました」と歓迎してくれ、チャイティーまでサービスしてくれました。

***

お腹一杯食べて満足した後は、いざサンノゼへ向かって出発。
ここから約140マイル。2時間半の距離です。

***

夕方5時ごろ。

サンノゼに入り、もう少しでスーザンとスティーブの家に到着です。

d






彼らを訪ねるのは、今年の4月以来です。
しかし、チサコに会うのは、恐らく約一年ぶりくらいです。

チサコは、僕が一年目に通っていた短大、College of the Siskiyousで同時期に学生だった友達です。

当時、僕らが入学した2002年の夏に、僕と同期の学生は、男の子が3人、女の子が4人でした。
その中でもチサコは、今でも一番仲のいい友達です。

チサコが結婚したサイモンの両親が、この家の主であるスティーブとスーザンというわけです。

僕がサンノゼに住んでいた、アメリカ2,3年目の頃は、彼らに本当にお世話になりました。
サンクスギヴィングやセイント・パトリックス・デイなどの祝日のときや、普通の週末でも、よく家に招いてくれました。

僕は何度もこの家に泊まらせてもらっています。いつも本当にお世話になっております。

y







家のチャイムを押すと、スーザンがドアを開けてくれました。
久しぶりの再会です。大きなハグをくれました。
スティーブも下から上がってきました。
(この家は、玄関が、一階と二階の間にあるという面白い造りになっています)

スティーブのアメリカ式の握手(肘を張って、満面の笑みと供にガッチリと握手をする)は、相変わらず健在です。

チサコも相変わらず元気でした。サイモンも元気です。
そして、一番変わっていたのは、チサコの子供の恭介(キョウスケ)でした。

今、恭介は3歳半。一年前に会った時よりも、ずいぶんと大きくなっていました。

c






恭介は、俺と彼女が家に遊びに来たと分かると、嬉しそうに一緒に遊んでくれました。
絵を描いたり、粘土で遊んだり。
本当に楽しそうでした。
シュンおじさんのことも覚えていてくれたようです。

g

右から、チサコ、スーザン、スティーブ





食事をみんなと一緒にいただいた後は、スーザンやスティーブ、チサコと話をしました。
チサコとは夜の11時近くまで話をしました。
昔の短大時代の話などで盛り上がりました。
「あれからもう5年が経ったんだね」と、昔を思い出しました。
ビックリです。僕らがアメリカに来てから、もう5年半目です。

***

その夜は、旅の疲れもあり、体調が優れていなかったのもあり、早めに寝ました。

ZZZ・・・

(続く)

n

ダイニングルームにて

クリスマスツリーが綺麗でした



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2007 Thanks Giving Trip 

December 11, 2007

今晩9時30分ごろ。
俺と彼女はアパートのリビングルームにいて、
彼女はパソコン、俺は総長と電話で話をしていた。

すると、前の大通りの方から大きな音で、

「キュウゥゥーッッッ!! ドンッ!!!」

あの音は明らかに事故だべと、ちょっとしてから家のドアを開けて外を見たら、
家のちょうど前に消防車が停まっている。

外へ出て見ると、何と家の前の通り、
ちょうどその目の前で、グレーのスポーツカーが、前がペシャンコになった状態で停まっている。
車は道路の進行方向と逆を向いている。

その横には、白のフォードのフォーカスが、右側の後ろの車輪を道路に乗り上げた状態で停まっている。

何が起こったのか。

パトカーも2台停まっていて、警官が3人くらい話している。
その白のフォーカスの前の小さいスペースの道端には、
アジア人のカップルが小さくなっておびえて座っている。

グレーのペシャンコの車の運転席には、(暗かったのでよく見えなかったが、恐らく)黒人の若い男が座って、下を向いていた。

***

事故がどう起こったのかは、色々考えてみたが、
何が恐ろしかったかって、その事故に合った白のフォードの、
ちょうど2台後ろには、彼女の車、
そして2台前には俺の車が停まっていたこと。

もしも俺たちの車が、もう少し位置が違っていたら、
俺たちの車も被害に合っていた。


事故は恐らく、白のフォードが、駐車してあった場所から出ようとして、
後ろからすごい勢いで走ってきたグレーのスポーツカーが、それに気づかず突っ込んだか、
もしくは、白のフォードが開いたスペースに停めようとして、
やはりグレーのスポーツカーが後ろから突っ込んだか。

もしくは、グレーが反対車線から来て、ちょうど目の前のところでU−ターンしようとして、白のフォードに突っ込んだか。


理由は分からないが、とにかく、危なかった。

***

うちのアパートは駐車場がなく、車はいつも、ストリートパーキングにするしかない。
この辺のアパートはどこも駐車場が無い所が多くて、誰もがストリートパーキングなため、道路の横の道沿いに停めることとなる。

しかし、色々なところに停めるところがあり、俺も彼女も、この目の前の大通りに停めることは、半々。
ましてや、二人とも目の前の大通り沿いに停めることは、滅多にない。

なのに、今日の事故は、その二人の車のちょうど2台ずつ間で起こった。

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これは日中に撮った家の前の通り。
今日の事故は、この写真でいうと、左側に並んで停まっている車たちの一つが、道路に乗り上げた白のフォードで、
その横、道路の真ん中に、グレーのスポーツカーが、反対方向を向いて、ペシャンコになって停まっていた。




***

とにかく、アメリカ人は車のスピードを出しすぎる。
いつも車を運転するたびに思う。交通マナーが悪い運転手が多すぎると。

誰もが、一度その鉄のカタマリが事故に合えば、それはペチャンコになり、
中にいる自分も、大怪我に合うか、もしくは命を落とすことさえあることを忘れている気がする。

この国はSUVや、大型トラックを運転する人が多い。
明らかに、街中での日常生活には不必要な大きさの車が、街中の狭い道や高速道路を、凄いスピードで走る。

ウインカーを出さないのは当たり前だし、自分は高い位置から周りを見渡しているから気にしないのか、自分勝手な運転も多い。

俺自身はニッサンのセントラで、かなり小さい車で、目線も低いので、
そういう乱暴で大きな車が周りにいると、恐くてしょうがない。

自分だけがいくら注意していても、他のドライバーのせいや、もしくは何かの原因で、事故に遭う可能性はたくさんある。

このアメリカで、車がないと不自由な生活を送っている以上、
事故に合わないよう、気をつけて運転するようにして行くしかない。

事故に合ってしまえば、
それが誰の責任だろうが、
関係ない。

自分の体、命は、
一つしかない。

12・11・07


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December 07, 2007

ag


11月2日公開のこの映画。ちょっと遅れて見に行って来ました。

映画情報はこちら








映画の予告


いやあ、長かったですね。2時間38分!
もう少し短くまとめてくれれば、途中で緊張の糸が切れずに、テンポよく見れたんですけどね。

デンゼル・ワシントンは、相変わらず根性の入った演技をしていました。
彼がスクリーンに映ると、他のどの役者よりも光っているのが分かります。
彼には、見るものの目を虜にするオーラがありますね。
特に彼の目がいい。
遠くから獲物を見定めるときの眼差しは、ぐっと来ます。

恐らく、ラッセル・クロウ演じる警官のエピソードをもっと少なくして、
焦点をデンゼル一人だけに当てれば、
まさに「アメリカン・ギャングスター」がテーマだということに焦点を置け、なお映画もスッキリとまとまったのではないでしょうか。

しかし、本当の悪玉が警察だったりするところを考えると、
ラッセルのような純粋に頑張ってる警官がいるってことも描かないと、
話の釣り合いがとれないのかもしれませんね。


しかし、やはりちょっと長すぎましたね。
もう少しうまくまとめてれば、100点。

*****

最後に、デンゼルが刑務所から出てきて、ストリートに立つとき。

町にはヒップホップが流れ、町の雰囲気は彼が町を占めていた頃からは、明らかに変わっている。

その中で、少しあっけにとられた感じで、ただ一人、デンゼルはたたずむ・・・。

*****

このシーンでは、すでに、当時いた「本物」のギャングが町を支配しつつも、うまく人々のために人々の生活をコントロールしていた時代は終わり、
「ギャング」=「スタイル」になってしまったという、品のないギャングが町に溢れるようになってしまった変化を目の当たりにしたデンゼルの虚しさを、うまく表現していたのではないだろうか。

という意見を、映画の後に彼女から聞き、なるほどと思いました。


もう、品のある、本物のギャングは、デンゼル演じたフランク・ルーカスの時代で終わってしまったという・・・


12・07・07

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映画 Review 

December 06, 2007

kimi

2000年シドニーオリンピックで金メダルを取った、
高橋尚子選手の監督、小出義雄監督が書いた本、
「君ならできる」を読んだ。

久しぶりにスポーツ関連の本を読んで、清清しい気分になった。

この本を読んでいてふと思ったが、
こうして一人の選手が、誰かしらの監督やコーチに認められて、
徹底的な指導を受けることは、ありがたいことなんだなと。


自分も高校時代、水泳部だったとき、
自分の高校の顧問ではない、別のスイミングスクールのコーチに、
「君はもっと練習を積んだらタイムが伸びるから、私のところで特別練習をしてみないか」と声をかけられ、彼の元で練習を積むこととなった。
彼が、俺の高校時代の恩師、星野コーチである。

当時は、自分がそうやって彼の練習を受けることに対して、そんなに特別な意識はなかったけど、今回この小出監督の本を読んだとき、誰か一人の選手が監督に特訓してもらうには、その選手にも光る可能性がないとダメなんだなと分かり、そうやって星野コーチに声をかけてもらった自分はラッキーだったんだなと、改めて気づいた。


この本の中に、「世界的ランナーを目指すならしばらく恋はおあずけ」という題名の回があったが、自分も星野コーチに、

「君は今高校生だから、水泳の練習ばかりじゃなくて、もっと女の子と遊んだりとかしたいと思う。でも、そういうことは後になってからもいつでもできるけど、今やっている水泳は、今しかできない。今の高校生という時期だからこそ、没頭できるものなんだ。 今まで開けてみなかった扉の向こうを見てみないか。この練習を乗り越えたら、きっとその向こう側が見えると思うよ」

と言われたことがあった。

当時は、「いや、水泳こそいつでもできるけど、高校時代の恋愛は今しかできないじゃないか」と内心思っていたけど、実際今になってみると、ああ確かにコーチの言っていたことは本当だったなと気づく。
恋愛はいつでもできるけど、水泳の選手になり、高校選手権に出ることは、当時しかできなかった。

***

高校時代の水泳の練習に明け暮れた時期の思い出は、今でも常に鮮明に心に残っている。
あの当時を思い出すだけで、自分を誇らしく思える。そんな時期を、星野コーチという人に見つけてもらったおかげで過ごすことが出来て、本当によかったなと心から思う。


12.06.07

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本 Review |  ノンフィクション

December 05, 2007

2007年11月24日 土曜日

home






朝、8時ごろ。
ベラとパッツィはもう早くに起きだし、パッツィがベラをあやす声で目が覚めた。
昨夜は毛布をかけすぎぐらいにかけて寝たので、重かったけど、ぐっすり寝れた。
しかし、重すぎて悪夢を見た。

起きだして、二人に挨拶。
ベラはキッチンにある小さなテレビで、子供向けの恐竜のパペットが話しているやつを見ていた。

パッツィが次期にみんなを起こしだし、朝食を取った。
昨日の夜遅かったため、セスとジョッスリンはまだ寝ていた。
朝食の前に、ベラがお絵かきセットをもっていたので、
それで絵を描いてあげた。
「何を描いて欲しい?」と聞くと、「Bear(クマさん)」と言う。
「クマはどう描くんだっけ?」と思いながら描くと、こんなんになってしまった。

bear











ベラは「これはクマじゃないわよ」みたいなちょっと不満そうな顔をしつつも、
一応「Thank you」と言っていた。

俺たちが朝食が終わるころ、セスとジョッスリンも起きだして来て、彼らも朝食を終えた。
彼らは10時には家を出なければいけないと言う。
俺たちも、次の目的地であるローズビルに向かうため、それぐらいに家を出ようと思っていた。

bella

自分の赤ちゃんを一生懸命ベッドに寝かせていたベラ





セスとジョッスリンは、ベラを連れて先に家を出る準備をしていた。
俺たちが出る前に、またデイヴィットと話すこととなった。

彼とスワヒリ語の話をしていて、俺の彼女の名前は、スワヒリ語ではいい響きだと人に言われるという話になり、それじゃあどういう意味なんだろうと、デイヴィットが辞書を持ってきて調べ始めた。

彼女の名前は「MARIKO」だが、「MARIKA」で、
「Contemporary in age」(時代的に最新な)という意味らしい。

「おおー、かっこいいー」と言いながら、じゃあ俺はどうかなと調べると、
「SHUN」というのはなかったが、「SHUNA」というのがあった。
「どれどれ意味は?」と期待して見ると、
「Mouth and foot disease」(口と足の病気)とあった。

デイヴィットがそれを見て、セスに教えている。

デイヴィット「Shunの名前はスワヒリ語で、”口と足の病気”という意味らしい」
セス「それじゃあ、アフリカに行くときには、自己紹介のときに気をつけろよ、シュン」

***

セスとジョッスリン、ベラに別れを言い、彼らは家を出た。
パッツィも一緒に出た。
俺たちも家を出る際に、デイヴィットにお礼の梅酒とカードを渡した。
カードの内容に、声を上げて笑いながら喜んでくれた。
外に出ると、「クルミはいるかね?」と言いながら、スーパーのビニール袋にくるみを沢山くれた。

David






デイヴィットにお礼を言い、10時半ごろ、彼の家を後にした。

me and daviv






デイビットが別れ際に、

「I think the name of the new Japanese restaurant in Sacramento owned by Jews is "So-Sue-Me"」
(サクラメントにこの前できた、ユダヤ人経営の日本料理屋の名前は確か、「ソスーミ」だったと思うよ)

俺「・・・・」


意味が分からなくてポカーンとしていると、デイヴィットがそのジョークの意味を教えてくれた。

「So-Sue-Me(「いいよ、訴えろよ」=「俺たちはユダヤ人だけど、日本レストランを経営して何が悪いかって?訴えたいなら訴えろよ)」という意味と、
アメリカ人が発音する「刺身(サシーミ」)」と「ソスーミ」の発音が似ているというのを、引っ掛けたもの。

「Ha-ha-ha, I had to explain that!(おっと、ジョークの意味を説明しなければならなかったね)」と笑いながら言っているデイヴィット。

最後までユーモアを忘れないお父さんでした。

***

ここから車を走らせて、約3時間後。
無事に我々はサクラメントより少し北にある町、ローズビルに着いた。
ここは、彼女がアメリカ1,2年目に通った、短期大学がある場所。

ここに、カリフォルニアでも一番に美味しいといわれる、タイ料理屋があるという。
タイ料理に関してはグルメでお目がかなり高い、Kさんが教えてくれたこと。
この街に彼女は2年半も住んでいたのに、そこの場所を知らずに、行ったことが一度もなかった。
前回夏にこの街を訪れた際も、時間がなくて来ることができなかった。

そのため、今回の旅では必ず来ようと、約束していた。

***

2時ごろ。ローズビルにある、このタイ料理屋の前に着いたが、
なんと閉まっている!!ガーン!!
今日は土曜日。土曜は、ディナーしかやっていないらしい。
しかし今夜は、彼女の元ホームステイ先の家族と一緒に、食事をする。
「じゃあ明日来ようか」と、違う場所へ食事に行くことにした。

彼女のお勧めの「モンゴリアンBBQ」のレストランがあると言う。
そこへ向かった。

***

レストランに着き、テーブルに案内され、レストランの奥の方にあるBBQ用の場所へ向かう。

奥にはシェフがいて、その横には大きな円形の鉄板がある。
手前には肉や野菜、麺などがケースに入って、並べられている。
そこでボウルを取り、給食のように列に並び、
自分の好きな分だけの麺や肉、野菜などを自分のボウルに入れていく。
そして、そのボウルをシェフに渡すと、彼らがその大きな鉄板で炒めてくれる。

初めに彼女が列に並び、俺はその後についた。
俺は前にもサンノゼでこれを食べたことがあったため、いかにボウルに材料を詰めるか、ということを必死に彼女に教えていた。

「先に肉を入れて、こうやって押しつぶすんだよ。先に野菜や麺を入れると、量がかさばっちゃうからさ」
てっきりそこの場所は、おかわりは出来ないと思っていたので、一度きりの勝負だと思い込んでいた。

普通は最初に麺を入れるところ、俺はそう言いながら、肉や野菜を先に入れていた。
彼女は「でも後から人が来るとまた並ぶことになるから」と言いながら、麺を先に入れていた。

俺はその彼女の言葉は耳に入らず、必死に麺以外の全てを入れ終わり、さあ麺を入れようと列の後ろを見ると、なんとすごい数の客が一気に後ろに並び始め、麺を入れるために俺は、また列の一番後ろに並ぶことになってしまった。

なぜかさっきまで空いていたクセに、一度に6人ほどが俺の前に並ぶ・・・


しかも、赤ちゃん連れのお母さんもいて、なかなか進まない。

彼女はとっくのとうに料理し終わっていて、テーブルについていた。
仕方なく、彼女に叫んだ。
「先に食べてていいよ!!」

やっと俺の番が来て、全てが終わったとき、
恐らく彼女がテーブルに着いて7,8分は経っていた。

お腹が空いているのと、なんでこんなに並ばなきゃいけないのかというので、
俺は機嫌が悪くなり、テーブルに着いた。
彼女が写真を撮ったとき、「そんなにヒドい顔して」というので、少しは笑ったつもりだったが、
撮り直した写真にさえ、俺はこんな顔で写っていた。

me











いやあ、これはひどいですよね。
この顔で俺は食事をずっとしていたため、彼女は気まずくなって、食事を楽しめないことに。
この顔じゃあ、無理はないですよね。

食事の最中の空気が気まずくなるといけないと思い、俺は途中に「おいしいね」と言葉を何回か発しましたが、こんな顔で言われたら、おいしいどころか、余計重苦しい空気になりますよね。

レストランを後にし、車を走らせ、モーテルを予約してあったアーバンという町まで30分ほど車を走らせている間も、彼女は元気がありませんでした。

モーテルに着き、荷物を全て降ろすと、彼女が泣いています。
聞くと、さっきのレストランでの俺の醜態のために、頭にきて、悲しくなって、もう嫌になってしまったと言います。車の中でもなんと彼女はサングラスの下で泣いていたそうです。

今回の旅こそは、彼女を悲しませることのないようにと誓っていたのに、また自分のせいで彼女を泣かせてしまいました。

その天罰のためか、俺がトイレを使った後、なぜかトイレが詰まることに・・・

下のロビーからスッポンを借りてきて、必死に詰まりを直す。


toilet


神様「彼女を泣かせた罰じゃ!!」

俺「すみませんでした・・・」








その後少し昼寝して、6時からの待ち合わせの時刻に合わせて、待ち合わせ場所である近くのスーパーの駐車場に車を走らせた。

駐車場に着くと、偶然目の前に停まっていた車は、彼女のホームステイ先の家族だった。
モーガンとコーナー、そして彼らのいとこにあたるメアリー。
お母さんのヘザーは、横のスーパーで買い物をしているとか。

彼らと挨拶をしていると、ヘザーもすぐに歩いて来た。
彼女も俺も、今年の夏以来の彼らとの再会。
挨拶をして、すぐにヘザーのボーイフレンドであるリチャードの住むアパートへ、車を走らせた。

***

暗い中、狭い道をくねくねと走り、
しばらくすると、彼のアパートメントがあるコンプレックスに着いた。

駐車場に車を停め、彼のアパートの前まで歩く。
その時、俺と彼女は、ヘザーと歩きながら話していた。

ヘザーは、彼女がアメリカに留学して最初にホームステイした家の母親。
ヘザーにとって、彼女は実の娘のようなものだと思う。


そんなヘザー。
彼女と少し話していた後、急に俺の方に向かって、


「So, SON, how are you?」
(ところで息子よ、元気かい?)


その「Son(息子)」という単語の発音が余りにも大きな声で断定的だったので、一瞬戸惑うと同時に、少し吹き出しそうになってしまった。

俺はてっきり、俺の名前を間違えて、「シュン」の代わりに「サン」と言ったものかと思ったが、

(ヘザーはさっきスーパーの駐車場で再会した際、俺の名前を「ショーン」と呼んでいたところを、「シュン」と正しく発音できるように練習していたところだった)

そうではなく、本当に「それで、私の可愛い娘とはちゃんとやっているのかね?息子よ?」と母親に聞かれたようで、余りにもその唐突さがおかしかった。

その時横にいた彼女も、ちょっとプッと笑っていたが、俺は普通に答えた。

「ええ、ちゃんと彼女とも楽しくやっていますよ・・・」


(その後アパートに入った後、ヘザーは俺の名前を呼ぶたび、「スン」とか「ション」とか言っていた。本当に俺の名前を間違えて読んだだけだったのかも)


***

アパートの中に入ると、リチャードの娘である女の子が、俺たちを迎えてくれた。
中はすっきりとして、シンプルでいい作りだった。
リチャードは、今はピザを買いに行っているという。
俺たちが着いてまもなくすぐに、リチャードも登場。
俺と彼女は、彼と初めて会う。

ヘザーは緊急病院の看護婦をやっている人だが、
リチャードはその病院用のヘリコプターを運転している人。
彼は他にも、ヨセミテやレッドウッド国立公園などのヘリコプターも操縦してきたとか。
仕事のために、外国を転々として来たらしい。
最近までは、シリアやレバノンに住んでいたそう。

ピザを食べながら、彼から色々話を聞いた。
歳のわりには、若くて笑顔がやけにチャーミングな、プレイボーイ的なおじさんだった。

食事を済ませると、ヘザーが俺と彼女に、最近の写真を見せてくれた。
その後はみんなでDVDを見ることに。

リチャードが、子供たちに向かって、「何の映画が見たい?僕のお奨めはね・・・」と3本のDVDを紹介し出した。

その内の一本である、「Riding Ginants」(サーフィンの歴史のドキュメンタリー映画)をやけにゴリ押しするリチャード。

波











子供たちはみんな10代前半なため、もっとアクションとかコメディとか、面白そうなのを見たがっていたが、子供たちが数あるDVDが入った箱を前に、さんざん意見を言い合った後、リチャードが最終的に発した言葉は、


「じゃあ、みんなで、「Riding Ginants」を見よう!」


子供たちは、「え?」という顔をしていた。

リチャードのやけにチャーミングなスマイルは、今でも鮮明に頭の中に残っている。

***

子供たちがちょっとつまらなそうに、しかし黙ってDVDを見ている中、その映画を選んだ当の本人であるリチャードは、今日LAの方から運転してきたばかりらしく、疲れていたため、床にバタンキュウ。

サンクスギヴィングで家族に会いに、そっちの方の実家まで帰っていたらしい。

映画も見終わり、ヘザーたちと一緒に、俺と彼女も帰ることに。
明日も、俺たちがここを出発する前に、ヘザーたちがチャーチに行った後に会いに来てくれるそう。

皆にさよならをして、俺たちはモーテルへ帰った。

***

モーテルに着くと、トイレはまだ詰まったまま。
仕方なくロビーのあんちゃんに頼んで、違う部屋にしてもらった。

まもなく、就寝・・・

(続く)


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2007 Thanks Giving Trip 

December 04, 2007

2007年11月23日 金曜日 夕方

***

俺たちの車のトランクには、発布スチロールの大きな箱が載っていた。

ジーンが今朝詰めてくれた、昨日のディナーからの、ターキーやクランベリーソースなどの残りを、ジップロックに真空パックしてくれて、それを朝ジーンが近くのスーパーで帰ってきてくれたこの箱に、氷と一緒に入れてくれたものだ。

それと一緒に、帰りの山道をレディングへ向かう。

ここからレディングまでは1時間半。

彼女と、「ロイの家族はみんないい人たちだったね」と話しながら、くねくねで暗い山道を気をつけながら運転した。超安全運転でゆっくり走る俺の後ろには、かなりの車が詰まっていて、背中に汗をかきながらヒヤヒヤして運転した。

途中タチションのために止まったとき、空気がやけに綺麗だった。
山奥の空気は違いますな。

***

7時ごろ。
やっと、レディングのノアの家に着いた。
ノアは今、友達の家に遊びに行っていた帰りらしく、家にはいなかった。

家の前に車を停め、外に出ると、家のドアが開いて、ノアのお母さん、パッツィが出てきた。

「Hello Shun!!」

パッツィとハグをする。彼女も。

家の中に入ると、ノアのお父さん、デイビット、
そして、ノアの兄貴のセス、彼の奥さんのジョッスリン、そして彼らの赤ちゃん、「ベラ」ことイザベラも家にいた。

みんなにハグをする。

ベラは、この前7月ごろにちょっと会ったけど、また更に大きくなっていた。
髪がずいぶん伸びて、可愛くなっていた。
相変わらず目が大きい。

m and b

ベラと。
(写真は次の日に撮ったもの)




俺の彼女は、ノアが日本から今年の夏に帰ってきた際、ノアの家族たちと一度ニューポートビーチ(ロングビーチの近く、セスとジョッスリンが今年の夏に越してきたところ)で会っていたので、これで彼らに会うのが二回目。

前回にノアやデイヴィットと話した際、すっかり意気投合した彼女は、今回の旅でも、ノアとノアの家族に会うのを楽しみにしていたそう。

彼らに再会してすぐに、彼女はデイヴィットとすぐに話し込み、イタリア語の本をプレゼントされていた。

彼らが聞く。
「お腹は空いてる?」
これからディナーが始まるそう。
俺たちはさっきロイの家でターキーサンドイッチを戴いていたけど、
またご飯を戴くことにした。

俺たちが着いて10分ほどした頃、ノアと彼のルームメイトのリッキーも家に着いた。
リッキーとは、今年の4月の春休みに会った以来。
またの再会。

彼らとも握手をして、さっそくディナーへ。

***

ディナーは、昨日の残り物の、ターキー。
アメリカではどの家族も、サンクスギヴィングの次の日には、前日の残り物のターキーを食べる。

デイヴィットの横に座り、食事をしながら、この家でのターキーは何パウンドだったのか聞いた。
なんと、28パウンドだったらしい!
その理由も、今年は10人がディナーに集まったそうだから。

パッツィの作ってくれた美味しいヤム芋を、去年と同じように喜んで戴いた。

***

食べ終わり、ノアが、「近くの川まで歩きに行こう」と。
いつもノアの家に来た際には、近くに流れる川の上に架かっている橋まで、必ず歩きにいく。
そこまでは片道15分くらいだが、色々話しながら、歩く。
(ノアにとっては、小さな家で、両親も近くにいて、親の前では話せないことも、この道のりの間では話せるのかもしれない。)

いつものように色々話しながら歩いた。

***

帰ってきて、ノアとリッキーは、すぐにサクラメントまで車で帰った。
この日はサクラメントまで彼らは帰ることを決めていたが、
俺が早めにロイの家を切り上げなかったため、結局1時間くらいしか会えないこととなってしまった。

実は今回、サンクスギヴィングのディナーにも、ノアに誘われていたのだが、
ロイの家も22日にディナーをして、しかもロイはその次の日にはお父さんと釣りに行く予定だったので、22日にロイに会いに行かないとロイには会えないということで、仕方なくノアの家のディナーはキャンセルすることとなってしまった。

サンクスギヴィングは、アメリカでも一番大きなお祭りなため、
そして、同時に家族が集まる大事な時でもあるため、
この祭日がアメリカに家族にとって意味するものは大きい。

同時に、ノアの家では、特にこの日を特別に扱っているので、
この日にどこかの家族から招かれることとは、とても光栄なことで、
この招待を一度受けた後に、それを後で断ることは、大分非常識なわけです。
特に、ノアの家にとっては。


今回、そんな理由で、ノアの招待を断ることになり、
ノアちゃんは大分、不快に思ったようでした。
しかも、その次の日も、俺がかなり遅く彼の家に着いたため、
彼は大分機嫌を悪くしていました。

まあ、俺も断りたくて断ったわけではないのですが、
それが結果的に、ノアの機嫌を損ねてしまったので、
ちょっと今年は申し訳ない気持ちでした。


まあ、ノア君もずいぶんと機嫌がコロコロ変わるヤツなので、
次回会ったときには、機嫌よくなってるといいんですけどね。

***

ノアとリッキーが去る際に、記念撮影。

1n and me






俺を持ち上げたせいで、腰がおかしくなったノアは、
お父さんに背中を伸ばしてもらっていた。

n b 1






その時のノアは、まるでブタみたいだった(おっと失敬)。

n b2











親父に腰を伸ばされるノアと、それを一生懸命するデイヴィットを、兄貴のセスは、横で腕を組んで見守っていた。


ノアの腰を伸ばした後、自分の胸ポケットに入っていた眼鏡がつぶれたデイヴィット。
「Oh, my glasses!!」とか言って必死に形を戻していた。


***

彼らが去った後、夜の山道の運転で疲れきった俺は、
早めに寝たかったが、
俺の寝場所は居間だったため、まずはパッツィがソファベッドを延ばしてくれて、それにかけるシーツと毛布をくれた。

そこに座って、パッツィと少し話していた。
今年は10月辺りから、この11月末のサンクスギヴィングまで、
全ての週末に何かしらの予定が入っていたらしく、もう疲れきってるとか。

「I was happy to have a Thanksgiving, but I am happy that it's over too(サンクスギヴィングを今年も迎えられて幸せだったけど、同時にそれが終わって、とても嬉しくもあるわ)」

と、ほっとした顔で話していた。

隣では、デイヴィットと彼女が、話に花を咲かせていた。

途中でパッツィがベラの様子を見に行ったため(ベラの両親のセスとジョッスリンは、10時からの映画「Enchanted」を見に、隣町のアンダーソンまで行っていた。ベラの子守はパッツィが引き受けていた)、俺はデイヴィットと彼女の話に加わった。

***

デイヴィットと彼女は、確かそのときは、英語の単語の中で、フランス語から派生した言葉(洗練されたように聞こえ、普段の一般会話ではあまり使われない---"Prohibited","Abandon"など)と、ゲルマン系から発生した言葉(普段の会話で使われる、簡単な単語---"Make","Get", "Take"など)の違いの話をしていた。


このブログでも何度も触れているが、デイビットは非常に賢く、頭がよく、知識が半端じゃない人である。
彼は常に本を読み、そうして得た知識は、ほとんど頭の中に入っている。
彼と話すと、すごく触発される。
まさに、「生きる辞書・百科事典」。


その後話は、「F**K」の語源の話に変わった。
彼女は前から、この言葉がどう出来たのか不思議だったらしい。
デイヴィットはこの歴史もしっかり知っていて、俺たちにわかりやすく教えてくれた。

(その昔、中世の時代、兵士たちは弓矢を持っていた。一度敵に捕まると、もう二度と弓を放てないように、右手の中指を落とされる習慣があった。

 そんな中、兵士たちが戦闘の舞台で、敵側の兵士にに挑戦をふっかける場合、相手に向かって、中指を立てて見せながら、"pluck yew"(俺はまだ弓を引けるぞ=俺はお前を倒すことができるぞ)と言って罵り合ったのが起源となり、それが次第に、今で言う「F**K」に変わったというもの。ちなみにこれは数多くある内の一つの説である)

そこから、色々なことに話が及び、歴史、常識、価値観、その他色々なトピックに渡り、話は広がっていった・・・。

***

俺は久しぶりに、普段使っていない脳の部分を刺激されたようで、本当に楽しかった。
デイヴィットは、非常に頭がよく、相手に分かりやすいように話をしてくれる。
そして同時に、いつでもユーモアを忘れない。
必ず話の終わりや途中には、ジョークが入る。

そして、彼のすごい所は、自分のことや、自分の考えを、客観的にいつも見れるところ。

彼はクリスチャンの牧師さんだが、決してクリスチャンがこの世の中で「唯一の正しい存在」ではないことを知っている。
だから、彼の意見も、この世の中の一人の人間が持つ、「一意見」でしかないことを心得ている。

また同時に、彼はアメリカ人、そして、北カリフォルニアのレディングという田舎の町に住む人間だということも心得ている。
だから、彼の意見は、やはり一つの考えでしかない、ということを知っているため、
彼は常に、他の人の意見を参考に聞こうとする。

今回も、俺たち日本人から見た意見を聞かせてくれと、アメリカについての意見、この国の文化、いいところ悪いところについての意見など、色々話し合った。


結局、夜中の12時まで話していたが、
非常に楽しく、教養的な3時間ほどだった。

途中、何度もベッドルームから、
「David!! Don't make them bored!! They are our guest!!(デイヴィーッド!!お客さんを退屈させるんじゃないですよ!!)」と、パッツィが叫んでいた。

その度にデイヴィットは、「Okay, I know. They are too polite to say that they are getting bored(分かってるよ。この二人は、礼儀正しすぎて、私の話がつまらないと言えないからね)」と返していた。


デイヴィットは、きっとヘタな教師よりも、ずっと知識もあるし、話もうまいと思う。何か久しぶりに、教授と話したようだった。

***

12時ごろ、頭も体もフラフラになった俺は、ベッドでぐっすりと寝ましたとさ。

(続く)
 


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2007 Thanks Giving Trip 

December 01, 2007

2007年11月23日 金曜日

3 of us

ロイ、彼女と




朝ロイのベッドで寝ていると、ドアがノックされた。
ランディが叫ぶ。
「Breakfast is getting ready!!」

眠い目をこすり、起きて顔を洗いに行った。

***

ロイは居間のカウチに座ってお茶を飲んでいた。
何が飲みたいかと聞かれ、お茶を頼み、ロイはすぐに用意してくれた。
彼女もすぐに起きてきた。
キッチンでは、ジーンとランディが朝食の用意をしていた。
ダイニングにある窓から入ってくる朝の木漏れ日が、とても綺麗だった。
それが、ダイニングをやわらかい空気で包んでいた。

***

ランディとジーンにあいさつをして、イスに座る。
ランディはいつもの様に、ベーコンとパンケーキ、チーズとターキー入りのオムレツを作っている。

しばらくすると、すぐに自分の目の前に、それらをよそった皿を置いてくれた。
みんなの分の朝食がそろい、いただく。


ロイの家での食事は、本当に落ち着く。
小さなテーブルの上で、家族がそろって、ご飯を食べる。
この家では朝8時ごろに朝食、そして、夕方4時ごろに、夕食を食べる。
昼ごはんは取らない。

朝食をいつものように、ゆっくりと時間をかけていただく。

***

食べ終わった後は、テーブルについたまま皆でゆっくり話す。
たしか11時くらいまでそこに座っていた。
色々な話をした。
俺はただ、みんなの話をゆっくりと聞いていた。

後で、彼女から言われた。
「俊輔、みんなの話聞いてるとき、顔が安心しきった子羊のようになってたよ」と。
どうやら、余りにも落ち着きすぎて、安心しきって、小動物のような顔をしているらしい。

***

途中でシャワーを浴びさせてもらい、今で少し話した後は、
今度はランディが外に自分の車を洗車しに行った。
俺とロイは、それを見学しに行った。

ビールを片手に、ロイ。
「This is pretty good, watching my dad washing his car and I have a beer in my hand!(父さんが車を洗うのを見ながら、ビールを飲むのは最高だね!)」と。

randy wash car

洗車するランディ




みんなで何枚か写真を撮った後、外の気候が余りにも暖かくて気持ちよかったため、イスを出してきて、今度はみんなで外に座って日向ぼっこ。
みんなで時々言葉を発しながら、後は静か〜に、ただリラックスして、時間がゆっくり流れるのを感じる。

やることはそれだけ。

べあ











この家に来ると、なぜか時間がゆったり流れる。
一日にすることは、朝起きて、朝食を食べ、みんなでゆっくり話をし、
夜になると、またご飯をゆっくり食べ、ゆっくり話をし、テレビを見たり、談笑するだけ。

それだけなのに、なぜか、非常に贅沢な時間を過ごしたような気分になる。

きっと、この家には、温かい空気、そして愛が流れているからか。

それを、いつも思う。

sky






本当はこの日、昼過ぎの2時くらいにはロイの家を出ようと思っていたが、
余りにも居心地がよく、しかもなかなか帰りたくなかったので、
結局、夕食のターキーサンドイッチもいただいて、夕方の5時半までいてしまった。

randy

ターキーを切りながら、つまみ食いするランディ




roy eating

ロイもつまみ食い




me and roy

マヨネーズを取ってくれるロイ




roy and hean

ロイとジーン





***

外は暗くなってきた。
ノアの家に、暗くなる前にいかないと。
山道なので、危なくなる。


この家にはなかなか会いに来れないから、帰るのが惜しかったけど、
仕方ないので、出発する。

最後、ダイニングのテーブルに座っていて、俺が「じゃあそろそろ行かないと・・・」と言うと、俺の横に座っていたランディが、
「So do you want me to move?(ということは、俺にどけと言ってるんだな!?)」と冗談を言いながらどいてくれた。

2 guys






ランディはいつも、自分でジョークを言いながら、そのいい終わりの頃には、自分で噴き出している。
ロイや俺が何か面白いことをした話をすると、「Did you!?(本当かい!?)」と言いながら楽しそうに笑っている。
優しいし、すごくいいお父さん。


俺の彼女に後で話を聞くと、ランディは彼女のおじいちゃんにそっくりだとか。
彼女のおじいちゃんと笑い方や、話し方がそっくりらしい。
後は、自分で冗談を言って、自分で笑っているところとか。

***

余談だが、彼女のおじいちゃんの家は、近くにある銚子駅と家の電話番号が似ているらしく、よく間違えて電話をかけてくる人がいるとか。

すると、彼女のおじいちゃんは、電話に出て、
「はい、東京行き、特急の時刻ですね、少々、お待ちください」と言って、本当に駅員のふりをするらしい。

俺はてっきり、適当な時刻を言うのかと思ったら、おじいちゃんの電話がおいてある机の横には時刻表が張ってあるらしく、それを見て、正確な時間をしっかりと答えてあげるとか。

それで、「はい、東京行き特急は、7時15分発になります。気をつけて行ってきてくださいね!」と言って、電話を切った後、
「いひひひ〜!!面白いね!騙されちゃってるよ!!」と笑っているらしい。


電話をかけてきた人を騙していると言う割には、時刻をしっかりと正確に答え、銚子駅員と同じ仕事をしている、彼女のおじいちゃん。
面白いおじいちゃんだなと思った。

***

ま、そんなこんなで、俺の彼女も、ロイの一家とすごく仲良くなってくれて、本当によかった。
ロイの家族は、俺のアメリカでの一番仲のいい家族だから、そんな本当の家族のような彼らに、彼女を気に入ってもらえて、すごく嬉しかった。


名残惜しいが、さよならを言って、彼らの家を後にする。
3人としっかりハグをして、また会いに来ますと約束する。
ロイもランディもジーンも、いつもさよならの時には、悲しそうな顔をする。
そんな彼らの顔を見ると、なんか泣きたくなってしまう。

家から出て、自分の車のガソリンがもう残り少ないことに気づき、
「この辺でガソリンを入れるところはある?」と聞くと、
「残りほとんどないの?」とジーンに聞かれたので、
ほとんどないと言うと、
そのままジーンとロイは、彼らの車に乗って、近くのガスステーションまで一緒に来てくれた。

そこは、予め払っておいたプリペイドカードじゃないと、払えないらしい。
隣町のガスステーションまで行けるだけの量のガスでいいと言っているのに、ロイは、なんと俺の車を満タンまでガソリンを入れてくれた。

今時、ガソリンも安くないのに。
ロイの家は、そんなにお金があるわけじゃないのに、まるで本当の子供のように扱ってくれる。
ちょっと申し訳なかったが、どうもありがとうと言って、最後に本当のさよならをした。

ガスステーションで、まだ自分たちの車のガスを入れる途中のジーンとロイに手を振って、その場を後にした。

(続く)



shunsukesekine at 13:55コメント(0)トラックバック(0) 
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