October 2007

October 30, 2007

村上春樹の「ノルウェイの森」を読み終わった。
この小説、読み始めて、すっすっと、あっという間に読んでしまった。

考えたら、こんなに早く、しかも楽しんで読み終わった「小説」は、始めてかもしれない。
実際、「楽しんで」というのは、ワクワクとか、そういう「楽しさ」じゃなくて、
人間の心理の奥底に潜んでいる何かを、突っつかれたような、
ちょっと、恐いもの見たさのような、
そんな、「面白さ、興味深さ」だった。


***

ちょっと前に読み終わったばかりだから、まだちょっと頭の整理がついていないが、
村上春樹は、人が持ちえる考えや、空気、感覚、
そんな、「目に見えない、人しか”感じる”ことのできない、”何か”」
を、文章に表すのがとても上手だと思う。

一見、ただ、淡々と文章が続いていくように見える。
しかし、その文章は、風景や物事、人物の描写意外に、
その登場人物たちの、繊細な感情までもが、
事細かに、ありありと綴られている。

それを読んでいる内に、まるで、
自分が、その小説の主人公の人生を歩んでいるような感覚に陥ってしまう。


***

誰もが、簡単に、その様子を思い描ける文章。

そこに行ったことはなくとも、その情景を、
まるで目の前で見ているかのように、思い描くことのできる、文章。


そんな文章を書ける人こそが、本当に文章のうまい人なのかもしれない。


***


村上春樹のこの作品のテーマは、色々あると思うが、
その中でも、メインであろう、「生」と「死」。

主人公は、自分の中の一部が、完全に「死んでしまう」ことを、
自分の心の中で一番大事にしていた人が死んでしまうことによって、
体験する。

そして、それから、初めて、
主人公は、「生」を知る。


「死」を知って、「生」を知る。


それまで、まるで無感覚であるかのように、
淡々と日々を送っていた、自分からは、
抜け出して。


***

人の「痛み」も、同じかもしれない。

自分が、その「痛み」を知ってこそ、
誰か他人の痛みに共感することができ、
その人を思いやれる、優しさが出る。

その痛みを、自ら「体感」するまでは、
いくら頭で、その「痛み」を分かろうとしようが、
本当の意味では、分からない。



自分は、中学の頃に、その「痛み」を知った。
その痛みを知ったからこそ、他人の痛みに敏感になり、
「人の気持ちが分かる人になりたい」

そう思い、他人に優しくなることができるようになった。


***

この小説を読んでいる間、今までの人生での、色々なことを思い出した。
ある意味、それは、自分の心の中の、もう治ってほとんど無くなりかけていたと思っていた傷の、跡を、確かめていたようなものかもしれない。

その傷は、もう、ないのかもしれない。
いや、まだ少しはあった。
しかし、その傷は、もうほとんど癒えてきた。
ただ、自分で、何故その傷がついたのか、
どれだけ深くついたのか、
どういうプロセスをおって、その傷を、自分は自分なりに癒してきたのか、
そして、その傷を受けたことによって、
自分の思春期時代の考え、性格、
そういったものが、形成され、変わっていったのか。


そこを、今までとは全くちがう角度から、
見直すことができた、
そんな感じだった。


***


人によって、この小説を読んで感じることは、様々だろうが、
自分は、こんなことを、この小説と供に、した。

自分の思春期時代の心を、見なおすことを。


10・29・07

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本 Review |  村上春樹

October 29, 2007

昨日は久しぶりにGetty Museumに行ってきた。
ここには、もう6,7回行ってると思う。
入場料は、無料。払うお金は、車のパーキングの8ドルのみ。

これだけ沢山の、しかも、素晴らしいアートの数々が見れて、
それで、無料とは、
素晴らしいですなあ。

LAに住む者の特権です。

お気に入りfavorite












Van Goughの「Iris」
iris

本物は、色の鮮やかさ、油絵の具の質感、
全てがまったく違う。
こういう絵を見ると、特に、
写真では、本物の良さは伝わらないってことを、
実感する。


getty1

中はこんな感じ。数多くのビルディングが隣接し、
中には、時代、種類別の作品が並ぶ。




inside







garden

中庭。こんな形に緑が整えられている。
その周りにあるのは、数々の花たち。
芝生の上では、人々が日向ぼっこをする。



a kid

芝生で走り回る子供。
かわいかったなあ




rde







white







yellow



これらの花は、全てその庭にて。
彼女が撮った写真。






双子か!?
herme

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行ったところReview | Art Review

October 28, 2007

今日は彼女とよく話した。
と言っても、毎日いろいろ話しているが。

彼女とは、色々なことが話せるので、すごく楽しい。
教養的なことから、くだらないこと、バカなことまで・・・。

同時に、彼女は、どんな考えでも受け入れ、それについて、広い視野から物事をみて、考え、話し合えるという、「アタマのやわらかい状態」で話ができるから、
すごく楽しいんだろうと思う。


今日ふと思ったけど、自分が普段話していて、つまらないなと感じるのは、
「固定観念」にハマッた人と話すとき。

「〜こうあらなければいけない」---そういう考えが頭の中にあるとき、
その人は、相手が言ったことを、自分のその「ワク」の中で「判断」し、
そこから、「良い」か「悪い」かを決めようとする。

しかし、この世の中に、「絶対」なんてものはないように、
「良い」も「悪い」も、その人次第であるわけで、
(もちろん、道徳的に間違ったこととかは、良い悪いの区別が必要だけど)

相手の言っていることを、すぐに自分の考えの中からジャッジして、それで評価を下す人と話しているときというのは、非常に疲れる。というか、面白みがない。
その人は、自分のワクの中からしか、物事を考えられないわけだから。


逆に、俺が普段話していて、すごく楽しいなと感じるのは、
そういう、「固定観念」がない人。
というか、どんな考えにも、すごく自由な人。
そういう人は、どんな考えや発想を聞いても、
「なるほど」と聞き入れ、それをまず、「判断」しようとはしない。
そして、それについて、自分たちの思うことを、色々と話し合える。

しかし、そこに、「良い」「悪い」とか、「合ってる」「間違ってる」などの、
「ジャッジ=決め付け」は生まれない。

あくまでも、それはただの、「考え」だから。


***

そんなわけで、物事を何でも二極化して見ることと、
自分の固定観念を持ち、それを基準にしてしか、物事を見れなくなっちゃうってことは、
ある意味、キケンなわけですな。

何故なら、その時点で、「何が正しい」「何が間違っている」でしか物事を見れなくなり、柔軟な考え方が出来なくなっているわけだから。


これは、日常生活の中での、二人の人間の間での、
「俺の意見が正しい」「いやアナタの意見が間違ってる」などの、
何気ない意見の対立とか、

はたまた、「白人がどの人種よりも有利だ」「黒人は劣っている」みたいな、人種差別的なことにも言えるわけで・・・



問題なのは、後者のような、社会的に大きな問題に関しては、
人々の固定観念や、考え方について、ずいぶんと問題視されるんだけど、
人間一人ひとりが持つ、"個人の意見"レベルである「固定観念」に関しては、
あんまり、みんな、気づかないんだよね。

ま、みんな気づいているのかもしれないけど、それを特に問題視しないというか。
だって、一人ひとりの考えが、「正しく」もあり、「間違って」もいるんだからね。
というより、「正しい」「間違ってる」の問題ではなくて、
どの考えも、ただその人が持つ、「考え」であるわけですからね。

そこに、「正しい・間違い」の判断自体が付けられないわけで・・・。
(何度も言うけど、道徳的なことに関しては、もちろん違いますがね)

***

何か、自分の言いたいことが言えたのか、よくわからんね。
スッキリしないぜ。
夜中に書くと、やっぱりダメだね、こういうことは。

10・28・07

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Thoughts-思ったこと 

October 27, 2007

ワラビ

今は村上春樹の「ノルウェイの森」を読んでいる。
彼女が村上さんを大好きなので、その影響で、最近彼の作品を読み始めたが、
いやあ、彼の文章は、非常に面白いですねえ。

完全なツクリモノの世界から、
人間の深い深層心理、
自分の中にも確実にあるが、普段は意識していない、その「ヤワい」部分、

そういうのを、彼はうまく表現していますねえ。

読んでいると、完全に引き込まれてしまいます。

ノルウェイの森の上巻の最後の方に来て、かなり興奮して、
ここに何か書こうとしましたが、
今は考えがまとまってないので、変な文章になると思うので、
やめます。
その代わり、今の仕事から一つ。

****

今働いている職場では、
輸入、輸出物を扱っているとあって、
色々なものを取り扱っている。
靴や、バッグ、洋服、などから、
鍋などの雑貨まで。
社長に聞くと、
「売れるもので、倫理的に間違っていないものなら、
 何でも売る」そうです。

そんなわけで、つい先日入荷した品は、
Clarksという会社の作っている靴。

それぞれの品は、デカい段ボール箱に入れられて、
これまたバカでかいトラックに載せられて、
一度に何十箱も届くわけです。
これを、汗水流しながら、全て一つ一つ手でおろします。
最近運動不足の自分には、いい運動となっているわけであります。

全ての段ボール箱を下ろした後は、今度は検品です。
きちんと数どおり届けられているかどうか、
中身は大丈夫か、
全てチェックしていくわけですな。

実際、一度に何百足の靴が届くわけで、
その全ての箱を開けているわけではありません。
適当に選んだ箱を空け、
中の靴、材料、製造国を調べるわけですが、
ここで、実際にその商品とご対面できるわけです。


もともと僕は「モノ」が好きなんで、
これは楽しいですね。
アディダスとか、コンバースとか、そういう有名ブランドの靴を、
実際に手にとってみれるわけです。

今回扱った靴は、上に書いたように、Clarksという会社の靴。
その、「Desert Trek」という種類の靴でした。

靴をチェックしながら、「これ、ずいぶんいい作りだな」と思ってみると、
どうやら、日本で以前大ブレイクした、ワラビーの靴らしいっすね。
仕入れ値も、かなり高いもので、
今ネットで、その最終的な価格を調べて見たら、23,100円でした。
おおすげえ。

これを僕らは、4分の1ぐらいの値段で仕入れるわけですよ。
でも、これをまた、日本の卸売り業者に売り、
それを、最終的にお客さんに売る会社が、買うわけです。

その靴は、ヴェトナムで人々の手によって、一つずつ作られ、
それを、ニューヨークにあるアメリカの会社がまず輸入し、
それをアメリカのうちの会社が買い入れ、
それを日本の卸売業者が買い、
最後に、靴屋がそれを買い、
それを、消費者が買う、と。

長いプロセスですねえ。


今までは、こんな内部事情を知らなかったので、
靴を店で見ても、そのデザインとか、値段とか、
そんなものしか気にしませんでしたが、
今は、こうして、その品物が、どう出来て、どういう道をたどって、
どうやって、消費者の手に移るかを考えると、
凄く面白いです。

その、「過程」を知るってのは、
本当に楽しいですねえ。


うちの社長が、
「パナマ運河とかで、何千個のコンテナーを運んだ、何十トンクラスのタンカーが通っていくのを見ると、身震いする」と言ってたけど、
その気持ちが、何となく分かりますねえ。

***


自分は、物事の「本質」を見るのが好きです。

「なぜ」、それはそこにあるのか。
「何のため」に、それをするのか。
それをやって、「何の」意味があるのか。
それは、「どう」できたのか。
その人は、「どうして」、そう考えるのか。
これが起きるのは、「なぜ」なのか。


そういうことを、自分の体験と、経験と、考えなどから、
考え、見極めようとする、そのプロセスが、
すごく好きなわけですよ。


だから、こんな風に、
その商品が、「どうやって」出来て、
「どういう」道をたどって、
「どうやって」売られるかを知ることは、
すごく楽しいですね。

今まで気づかなかったところに、気づけるようになって行くっていうかね。

***


それと、こういうの見てるとおもうけど、
モノの値段の基準なんてのは、あるようなもので、ないよね。

だって、最終的に、2万円で売られるモノが、
実際の最初の価格は、たったの200円だったりするんだからね。


10・27・07


*写真は、今回扱ってた商品。
この皮がスウェードバージョンのやつだったわ。
いやあ、いい靴だったねえ。



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My Work-仕事 |  村上春樹

October 25, 2007

g2

今の職場は、非常に働きやすい。
人がいい。
働いている間も、人間関係のストレスが溜まらないから、
仕事に行くのが、楽しい。
終わった後も、いい充実感に満たされている。

***

この会社の社長は、今、水泳にはまっている。
元々、野球少年だったという彼。
小さい頃は、星飛勇馬(ひゅうま)を、本気で目指していたらしい。
何かにはまると、それに思いっきり没頭してしまうという彼。

歳は46歳だが、とてもその歳には見えない。
今も、4年前には完全なカナヅチだったのに、独学で水泳を始めて、
今は週に3日、朝の6時から、仕事の前に泳いでいるらしい。

俺が、幼稚園から高校まで水泳をやっていたと言うと、
嬉しそうに話に飛びついてきて、もうそれ以来、水泳の話ばかり。
昼を一緒に食べに行っても、
「で、クロールのストロークがさ、こうなんだよね」と、
かなり熱くなって語っている。
他にも、マラソンなど、様々な運動をしている。

以前、友達のSさんに、
「社会的に成功している人は、どの人も、健康に非常に気を使っている」と聞いたが、
この社長もしかり。
毎日、水泳か、ジョギング、自転車での犬の散歩と、
1年365日、体を動かさない日はないらしい。
仕事中も、はきはきしていて、
一緒にいると、こっちも元気になる感じ。

今まで会ってきた、楽しそうに働いている社長さんとかって、
みんな、「若い」んだよね。
体も、心も、本当に若い。
まるで、高校生のまま、大きくなったみたい。
そういう人は、自分が興味が出たことには、
心から没頭して、それを達成してしまうんだと思う。
そういう感じで、ビジネスもやっているんだろうなと思う。

こういう人と同じ環境で働けることは、非常に嬉しい。

***

同時に、今、同じ職場で働いている、Yさん。
彼は、食と健康に、非常に詳しい。
この地域のレストランを非常によく知っていて、
どこのレストランが美味しいとか、
そこの味付け、
果てや、そこのレストランで働く人の名前や、誰がマネージャで誰がオーナーかなどの、社員の構成まで、かなり詳しい。

この前皆で昼休みに食べにいったインディアン・カレーのレストランでも、
「あの人がオーナーでね、一ヵ月半前に変わったんですよ。
あの人になってから、カレーの味は、かなりアップしたけど、
デザートがちょっと落ちてね」と、
やたらと詳しい。

どうしてそんなに詳しいのか聞くと、
店に来るたび、店員さんと話して、色々聞くそう。
昨日、またそのカレー屋に行ったときも、
新しいウェイターの名前を聞き、
店を出る際も、「Okay, thank you ____!!」と、
その人の名前を読んで挨拶していく。


それは、レストランに限ったことではない。
職場でも、荷物を届けに来たり、運んで言ってくれるトラックの運転手など、
その場限りの出会いの人でも、必ず名前を聞き、
「Thank you, drive safe!!」と、必ず声をかける。

普通はそんなに皆、トラックの運転手に対しても丁寧に接しないから、
そうされた運転手たちは、嬉しそうな顔で帰っていく。

このYさん。人との「会話」が非常にうまい。
隣の職場の人たちが、こっちにちょっと顔を出しにきても、
相手の言葉に対し、的確な言葉を返し、
会話をポンポン成立させていく。

日本人では、いくら英語の発音がうまくても、
その話す「内容」がないと、結局は、「会話」にはなりえない。
どんなに発音が下手でも、語彙数が少なくても、
相手が発した内容に対して、うまい「内容」を返せば、
会話は続くもの。

このYさんは、もちろん日本人らしい英語を話すが、
その言葉選びがうまく、聞いていて、非常に「会話」がうまいなあと思う。
それでいて、日本人らしく、相手を気遣うことも、会話に入れる。

こういう会話が出来るってのは、素晴らしいなと思った。

***

それから、Yさんは食に関しての知識も豊富。
何が体に良いかとか、何を食べると、疲れが取れるかとか、
その体の仕組みから、栄養素の解説まで、やけに詳しい。
これまた何でそんなに詳しいのかと聞くと、
友人で、そういうのに詳しい人がいると言う。

それにしても、彼もずい分物知りだ。
疲れには、海の塩がいいとか、
梅干は、何にも勝るスーパー食品だとか、
そういう話を、休憩中に、色々聞かせてくれる。

同時に、俺も、今までの自分の旅の話とか、
他の職場の話とか、
そういうのを話すと、色々興味深そうに聞いてくれる。
お互い、色々な情報を交換し合って、
非常に楽しい。

***


今日思ったのは、
今まで自分の人生の中で体験してきたことって言うのは、
何一つ、ムダにはなってないんだなってこと。

高校の頃、バカみたいに水泳に打ち込んだのも、
今では、そのおかげで、
会社の社長と、水泳トークで盛り上がれる。
手のかきはこうですとか、
社長に、自分が何かを教えることが出来る。

旅をして来たのも、
その話をしただけで、今の職場の人たちに、初日で打ち解けることが出来た。
アメリカを野宿で一周したとか、
カンボジアでは、ハエがたかる一杯5円の屋台のラーメンを食べたとか、
グアテマラには、10日間で、220ドルしか持って行かなかったとか、
そういう話をすると、凄く面白がられて、
一気に打ち解けた。

自分がスターバックスで働いて、その会社の教育方法や、衛生面の管理方法、
店の管理方法などを学んだおかげで、
今の職場の人と、その話ができ、色々と相手の参考になることを言うことができる。


そういう、今までしてきた、何らかのこと。
その時は、「これは本当に意味があるのかな」なんて思っても、
その時、そのことに、しっかり打ち込んだおかげで、
そこで学んだ「何か」が、いつの間にか、自分の身についていて、
その体験が、他の場所で、生かされることが何度もある。

そういうのを繰り返していると、自分の人生で体験してきたことは、
何一つ、ムダはないんだな、
全て、必ずどこかで、役に立つんだなと、
実感する。

****

ちょっと前までは、いい仕事が見つかるかとか、
自分の力だけで食っていけるのかとか、
この道でいいのかとか、
色々不安があって、足を踏み出すのにビビッてた時期もあったけど、
今は、どんな一歩だろうが、
その一歩は、必ず成長へ向かっていることを実感する。

その道で正しいのか、不安になって、一歩も踏み出さないより、
思い切って、一歩踏み出してみた方が、
ずっといいこと。
自分の人生に、正しい「方向」はないこと。
どんな方向への一歩でさえ、
少しでも今の時点から進んでいれば、かならず、それは自分の成長に繋がること。

それを、何となく実感している。


***

いい職場に巡り会えたせいで、色々といい刺激をもらっている。

そして結局は、人の性格がものを言うんだなと。

短いスパンで見たら、一見、損をしていたり、効率が悪く見えても、
長い目で見たとき、結局、正直な人、性格がいい人、
人に優しくする人、人に敬意をもって接する人、
嘘をつかない人、正直な人、
ずるをしない人、真正面から、正々堂々と勝負する人。

そういう人は、必ずいい方向に行くんだなと。

それを、今感じてる。


10・25・07

g1

*写真は、全然関係ないけど、
今描いているゴクウの絵ね。
キャンバスが前のに比べてちっちゃいから、
中々描きにくいね。
ま、これからどんな風に色がのっていくか、
どうぞお楽しみあれ。

(これは一番最初の下書き)

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My Work-仕事 

October 23, 2007

皆さんこんばんは、俊輔です。

昨日でついに僕も、24歳となりました。
こうして文字にすると、凄く大人な歳に見えますが、
実際はまだまだ子供です。
5才くらいの頃から、あまり変わってないように思えます。

こうして24年間生きて来られたのも、
自分を取り囲む皆さんの支えがあってこそのことです。

自分を生んでくれたお母さん、一生懸命育ててくれた両親。
面倒を見てくれた親戚の方、友達のお母さん、その他多くの方々・・・

日本を出てからは、また、多くの人に出会い、
多くの人に支えられました。
本当にたくさんの助けを得て、今の状態まで成長することが出来ました。

これからまだまだ、色々なことが人生にあると思いますが、
いつも、自分らしさを出して、自分のベストで、臨みたいと思います。


こうして生きてこれたのも、自分の周りの皆さんのおかげです。
本当に、ありがとうございます。

それから、お祝いの言葉を送ってくれた皆さんも、どうもありがとうございました。

俊輔
10・23・2007


****

日常からの追記:

今の職場は、人がとてもよい。
彼らと話していて、色々なことを学ぶ。
仕事場の人間関係がいいと、仕事も本当に楽しくなるものですね。

今は、日本人が社長の、貿易関係の会社で働いています。
仕事を通して、色々なことを感じ、学んでいます。
毎日、新しいことを感じ、学べるということは、
本当に幸せなことです。

****

昨日から、サンディエゴとマリブで、大火事が起きている。
サンディエゴでの避難民は、50万人に上ったとか。
みんな、野球場や、学校、YMCAなどで、寝袋で避難生活を送っている。

自分の家からほんの1,2時間の距離で、そんなことが起こっているとは。


今日も、外を歩くと、火事による灰が空を舞っていた。
空気は煙っぽく、目がシパシパする。

今は自分の家が燃えているわけじゃないから、そんなに危機感迫らないけど、
もしも自分の家が燃えていたら・・・

家なんて、所詮燃えたら、何も残らないんだなと、
そう感じた。

非難をしている皆さんにはお気の毒です。
無事であることを祈ります。






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Thoughts-思ったこと 

October 19, 2007

今日は、LACMA(Los Angeles County Museum of Art)に行ってきた。
LAに移り住んで2年が経つけど、ここに行ったのは初めてだった。

今回ここに行ったきっかけは、ダリ。

ダリ







スペインの画家である。超現実主義を描いた。
彼の解説はコチラ


この人の絵は、下の曲がりくねった時計など、
どこかで目にした人も多いと思う。


tokei


記憶の固執(柔らかい時計)
(Persistance de la memoire)1931年




自分も、水泳のコーチの影響で、中2の頃からダリの事を知り、
図書館などで、彼の作品や、バイオグラフィーなどを読んでいた。

なので今回、ダリの作品が、実際にこの目で見られることとなり、
とても嬉しかった。

***

今回ここLACMAでは、10月の14日から、来年1月18日まで、
ダリの作品が特別展示されている。
先週立ち読みした雑誌の広告を見て、
それを知った。

***

実際に彼の作品をたくさん見てみて。

いやあ、彼は、ヘンタイ中のヘンタイですな。

あれだけの世界観を、あれだけの数の作品に表したことは、
凄いと思う。


ナルシズ


ナルシスの変貌 (Metamorphpse de Narcisse) 1937年



彼の作品を見ていると、何か、
子供の頃に見たような、遠い、懐かしい記憶。

熱があって寝込んだときに、決まって見た、
複雑で、ちょっと恐い、
でも、何か惹かれる、
そんな、昔どこかで見たような世界。



それを目の前で見ている。

そんな感覚に陥る。

***

今回、彼の数々の作品とともに、
彼がウォルト・ディズニーと共同で始めたプロジェクト、
映画「Destino」用の、
絵コンテやデッサン、ペインティングの展示と、
その映画が実際に上映されていた。


Destinoに使われたデッサン
destino dessan











この作品は、当時ディズニーに惹かれていたダリが、
ディズニーと実際に映画を作ることになったが、
ダリのイメージがまとまらないこと、
また、ダリが頭の中で作り出す世界観を、
実際に映像として現実のものにする予算と、その技術がなかったため、
1945年にそのプロジェクトを始めて、数年後、
断念せざるを得なかったらしい。


しかし、2003年、今のコンピューター技術により、
その、ダリの求めていた世界観を実際に作り上げることが可能となった。

そして、いざ、人々の前に現れた作品。
それが、「Destino」である。



映画からのほんの1シーン


***

このフィルム。多分5分ぐらいの内容だったが、
余りにもその世界観が素晴らしく、引き込まれて、
5,6回見てしまった。

次から次へと現れるイメージ。
「何でそれが・・?」というような、物体の変形。動き。
位置関係。

それが、綺麗な音楽にのって、繰り広げられる。



別の1シーン


いやあ、本当に凄かったね。
かなり気に入りました。
これだけの世界観を、見事映像に表した、このプロジェクトに携わった人たちは、
本当に凄いと思います。

ああいう、完全な「無」から作り出した、
どこにもない「世界」を、
まとまった一つの作品に仕上げること。

その行程を全て完了させたことに、
何よりの敬服を感じます。

***


皆さん、中々ダリの作品を間近で見ることはないと思いますが、
もしも機会があったのなら、ぜひ、見てみてください。
彼の世界に引き込まれること間違いなしです。

それから、言うまでもありませんが、
実際に見る作品は、写真で見るそれよりも、
数百倍いいものです。

3

聖アントワーヌの誘惑 1946年
(La tentation de Saint Antoine)






何十年前から、何百年前に生きていた、その自分の憧れる画家が、
実際に描いた作品。
それが、目の前にあり、
その人のタッチが間近で見られることは、
素晴らしいことです。

その人が、どんな思いで、その作品を仕上げたのか。
その絵を描いていた当時、その人の周りは、どんな世界で、
その人は、どんな生活を送っていたのか。
何を思い、何を考えて、その作品を作ったのか。


そんなことを想像していると、
もう、たまらないですね。

***

変態中のヘンタイ、ダリ。

どうぞ、ご覧あれ。

10・19・07



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Art Review | 行ったところReview

October 18, 2007

今日、仕事が終わって彼女に電話すると、
「馬場先生から本が届いてたよ」と。

「誕生日プレゼントの本かな?」と、
ワクワクして車を運転して帰った。

***

家について、その日本から届いた封筒を開けると、
中には、クリーム色のさらなる封筒が。

その中には、小さな本と、
馬場先生と、ルミ先生からの、手書きのカードが入っていた。

誕











なんと、その本は、K作という人が作ったオリジナルの本。
彼の筆と、鮮やかな色を使って描かれた文章が書かれている。

そして、何より嬉しかったのは、その本の中に、
自分の名前と、誕生日が記されていたこと。
その人が、自分のためだけに、描いてくれた本だった。

shunsuke







ganba







馬場先生とルミ先生、お二人からのメッセージも、心に染みた。
本当に嬉しかった。

ずっと、「やったーやったー!」って言ってた。
彼女に、「いいでしょ〜」って、子供みたいに言ってた。


***

あ〜あ、本当に嬉しかったなあ。

今回のプレゼントは、一生ものです。
馬場先生、ルミ先生、
本当にどうもありがとうございました。

10・18・07

card

お二人からのカード。
この裏に、メッセージが書かれておりました。
嬉しいです。



seishindou

馬場聖鍼堂






追記:それから、この本にあったように、
誕生日は、自分を生んでくれたお母さんに、
感謝の電話をしたいと思います。


さらなる追記:
それともう一つ面白かったのが、
この、自分の名前を書いてあった色。

なんと、彼女が普段、俺のオーラの色だと言っている色ばかりだった。

彼女曰く、俺のオーラは、普段は柔らかい黄色、
そして、たまに青や緑、最近はピンクも出ているらしい。
この本に描いてあった自分の名前の色は、
まさにこれらの色だった。

このK作さんは、自分の名前を描いてくれたとき、
俺がどんな人間か、想像して描いてくれたのかなあ?
もしそうだとしたら、すごいなあ。




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Special People-特別な人たち 

October 17, 2007

久しぶりのブログ。

***

仕事は、人間関係だというけれど、
本当にそうだなと思う。

気の合う人たち、いい人たちと働いていれば、
仕事が例えそんなに楽しくなくても、楽しい仕事となる。


***

彼女と付き合いだして、5ヶ月が経った。

毎日一緒にいるけど、飽きるどころか、毎日楽しい。

彼女と話していると、色々学ぶ。気づく。

本当にいい出会いをしたなと思う。
この関係を、いつまでも続けていきたい。


10・17・07



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October 09, 2007

今日は歯医者に行ってきた。

7月の終わりに、奥歯の詰め物が取れた。
そのまま、約2ヶ月放置していた。
アメリカは歯に保険が効かないからと、べらぼうな金額になるのが恐くて、
まあいいやと、先送りにしていた。

先日、どうも他の歯まで痛くなってきたので、
とうとう先週予約して、行って来た。

***

場所は、ウェストLA。
家から約1時間かかった。
Jさんに紹介してもらった。
そこのお医者さんは親切で、料金もお手ごろと。
先生は、日本人のお医者さん。


場所に着き、建物の中に入った。
ウェストLAということもあり、その一帯は、
建物と道路で覆いつくされている。
一体どこにその歯医者があるのかと思いきや、
道路沿いにあった大きな建物の中は、
まるでアパートメント・コンプレックスのような作り。

中には中庭があり、
全ての部屋は、外に面している。
見た目は、単なる普通のアパート。
しかし、一個一個の部屋の中は、
れっきとした、会社が入っている。

スペースのない場所では、こうやって会社や店を入れていくのかと、
ちょっと感心した。

***

先生はとてもいい人だった。
丁寧に、歯の説明。これからどういう治療をやるかの説明等をしてくれた。
最初に歯をチェックしてもらったとき、
「歯が丈夫ですね」と言われた。

「私でも直してある場所が3つあるのに、
 ○○さんは2つしかありませんね。
 参りました」と。

考えて見れば、自分の歯は、
今回外れた詰め物の場所と、
もう一個、左下の奥歯、一箇所にしか、
詰め物がない。

歯が丈夫だと言われて嬉しかったけど、
こんな歯が育つ様に産んでくれて、
今まで歯医者に通わせてくれたり、歯の矯正をしてくれるお金を出してくれたりと、
一生懸命面倒を見てくれた両親のおかげだなと、
両親に感謝した。

***

治療は、すぐに終わった。
詰め物が取れたところは、少しだけ虫歯になってたから、
麻酔なしで削った。
初めて、歯医者中に痛いと思いましたねえ。
冷や汗をかきました。

その後は、白いものを詰めて、
完了。
日本では対外、銀歯か金歯を入れるけど、
こっちでは、普通の歯と見た目が変わらないように、
白い詰め物をするらしいです。
おかげで、何もない歯のようになりました。

お値段は、まあ保険がない身に取っては、普通かと思われましたが、
やはり高いですねえ。
保険がないと、痛いです。

****

今回思いましたが、
やっぱり、健康が一番ですね。
いくらお金があっても、
健康な体は手に入らないし、
体に不自由があると、
本当に不自由しますからね。


卒業して、一人立ちして、
金銭的にも親から補助をうけない身となりましたが、
やはり、自分で全て払い出すと、
こういう、思いもかけない出費に、
痛い思いをしますね。

考えて見れば、今までバカ高い学費を全て払ってもらって、
健康のための保険代や、入院費、
車代や、住居費、
本当に、全て面倒見てもらっていたわけです。

実際に、自分でそれをするようになって、
やっと、いかに両親に世話になっていたか、
そして、自分が生まれてから、この歳になるまで、
ずうっと、面倒を見てもらっていたか。

本当に、身に染みます。


***

今までの人生の中では、お金で困るということがなかったので、
特に真剣に、お金のことを考えることもありませんでしたが、
今は、簡単に切羽詰る状況に陥ることもできますので、
仕事、お金、
二つのことを、真剣に考えております。


本当の意味で自立するということを目の前にして、
今やっと、両親の偉大さが分かる次第です。

10・09・07

shunsukesekine at 17:58コメント(0)トラックバック(0) 
日常 

October 07, 2007

md

写真は、自分の机。
これは、去年にIKEAで買ってきた、お気に入りの白くて大きな机。


これを使ってたのはほんの数ヶ月で、
その後はクローゼットに住み始めたため、
「机」や「イス」というもので生活することから大分離れていた。

今のアパートに移り、この前、この机を久しぶりに組み立てた。

やはりいい。デカい。

この真っ白で、大きな空間が、
何でも作り出せるって感じで、いいんだよね。

今はこの机の上で、絵を描いている。
前は、床に座って描いたり、もっと低い机に置いて描いたりしてたけど、
イスの高さが合わなかったり、床に座って描くときは、背筋を伸ばしすぎていたりなど、
どうも腰痛が激しかった。

今は、その腰痛も全くない。
いいですねえ。机とイスがあることは。

****

自分にとって、絵を描く時間は、
メディテーションのようなもの。

好きな音楽を聴いて、絵を描いている最中は、
脳の中が柔らかくなって、いろいろな考えやアイディアが脳内を飛び回る。

その時間は、非常に、脳がリラックスしている。
多分、「幸せ成分」が抽出されているんだろうね。


小さい頃は、暇があれば、絵を描いていた。
当分の間、それをしていなかったけど、
やっぱり、絵を描くことが好きなんだね。

人間って、面白いね。
一人ひとり、好きなことは違うだろうけど、
どの人も、自分が好きなことに、やっぱり帰って来るんだろうね。


10・07・07

shunsukesekine at 21:11コメント(0)トラックバック(0) 
日常 

October 06, 2007

今日はLi(リー)と彼女と3人で夕食を食べに行った。

リーは、俺がロングビーチに移ってからの、ずっとの友達。
俺と彼女の卒業式には、花のブーケをハワイからわざわざ取り寄せて持ってきてくれた、凄くいいヤツ。

実は、この前の卒業式、つまり5月の30日からずっと連絡が付かなくて、
つい数日前の火曜日に、やっと彼から電話があり、
水曜の夜に会ったという感じ。

その時は、彼は、自分の彼女と一緒で、
俺とその二人の3人で、食事をした。


約4ヶ月ぶりに会った彼に、「何でこんなに長い間連絡が付かなかったの?」と聞くと、「色々と彼女とあってさ・・・」と言う。
ちょっと冗談交じりかとも思ったが、どうやら本当だった様だ。
昨日の夜彼からあった電話で、その詳細が明らかにされた。

***

昨晩の電話で、リーは自分の彼女に、顔を思いっきり叩かれたと。
何でそうなったのかと聞くと、二人の間での口論の際のものらしい。

聞けば、リーと彼女は、この半年間、ほぼ毎日、会うたびに、同じトピックでもめているとか。

それは、リーの時間の過ごし方について。

彼女は、リーと、常に一緒にいたいらしい。
週末はいつも、3日とも一緒にいてと。

しかし、リーにも自分の生活がある。
彼はフルタイムで働いていて、月曜日から金曜日。
月曜の夜は、学校へ通ってクラスも取っている。
そして、週末は、自分の両親に会いに、彼らの家を訪ねる。

リーは、今年で30歳。
一人息子なため、自分が親をサポートせねばという、責任感もある。
しかし、リーは自分が、自分の両親を二人ともサポートできるだけの収入をまだ得ていないため、自分の両親はこの歳でも働かなければいけないと。
そのせめてもの見返りとして、両親が何か助けが必要な時は、すぐに助けに行くようにしている。

また、今リーのお母さんは、サンフランシスコで働いている。
彼女はいつも週末に飛行機に乗って、ここロサンゼルスまで帰ってくるため、
せめて、リーが飛行場に迎えに行って、どこかへ買い物に連れて行ってあげることは、リーにとっても、お母さんへのためを思ってとか。
そして、彼もやはり、そうするのが好きだし、
両親によく親孝行している。


しかしリーの彼女は、そんなリーが、「自分の両親にばかり時間を使って、自分には十分な時間を割いていない」と言う、と言う。

週に一回しか両親に会いにいかないリーに対して、
「そんなに家族にばかり時間を使っていないで、自分だけに週末の時間を使って」と言うとか。

そして、
「自分が助けが必要なときは、いつもそばに居て。
 いつも自分が寂しいときは、すぐに自分に会いに来て」と言うらしい。

そして、週末の時間を全て彼女に「費やせて」いないリーに対して、
「それは全てあなたの時間管理の問題のせいだ」と。

***

俺はその話を昨日聞いていて、
ただ単に、リーとその彼女は合っていないと思った。

ただ単に、二人の価値観が違う。 

リーは、自分の両親を大切にする。
週末の時間を少しでも、両親と過ごしたい。
それのどこが悪いんだか。

リーの彼女は、自分が必要なときには、
いつも自分の傍に、ボーイフレンドを置いておきたい。
じゃあ、そういう彼氏を他に見つけろっつうの。


今日、リーと、俺の彼女と、3人で、コリアンの豆腐スープを突きながら話したが、
リーも結局、答えは見えているんだと思う。
その彼女と自分は、根本的な部分で、合わないと。

しかし、彼も、また彼女と別れて、独りになって、失恋の悲しみに浸るのが嫌だからとか、そういう事を理由に、今の彼女といる理由を探してる。

でもね、そうやって、「失恋の悲しみを味わうのが嫌だから、今のパートナーといよう」と思うほうが、よっぽど悪いんだけどね。


彼氏とか彼女っていうのは、自分ひとりで生きていくより、二人になった方が、もっといい、もっと幸せになれるから、一緒にいるもんであって、
二人でいて、ちっとも幸せになれなかったり、いつも喧嘩していたり、不満ばかり、ストレスばかり、悲しみばかり・・・
そんな関係は、さっさと別れたほうがいいと思うんだけどね。

大体、この世の中、
「自分ひとりじゃ寂しいから、誰かと一緒にいたい」とか、
「誰かに甘えたいから、彼氏・彼女が欲しい」とか、
そうやって、「自分のニーズ=エゴ」のために、
パートナーを欲しいと思う人が、多すぎるんだよね。

だから、自分がそんな風に、一人の状態で満たされないがために、
相手を求めると、
相手に自分の足りない部分を求めてしまって、
結局、うまくいかないんだよね。


それよりも、自分ひとりでも十分生きていける、
自分だけでも、十分楽しんで生きていける、
そういう二人が出会って、
その二人が一緒に居ると、自分一人のときより、
ずっともっと、いい人生になる。

そんな関係こそ、二人の人間が一緒になる、ってことだと思うんだけどね。

****

俺も今の彼女に会うまでは、そんな女性はいないと思っていた。

今まで付き合ってきた女性たちは、みんな何かしら、
いつも、俺に、「俺」という人間じゃなくて、他の何かを求めていた気がする。

寂しいから、一緒にいられる人、とか。

で、そういう人たちは、いつも、「前の彼氏はこうだった」とか、
「あの子の彼氏はこうよ」とか、
他の人と比べたり、
他の「何か」と比べているんだよね。

そういう関係の中では、二人はお互いに、
その「相手」を見ずに、
その人の持つ「条件」を、付き合う理由にしているんだよね。

収入がいいからとか、
ルックスがいいからとか、
近くに住んでいるからとか、
今自分に彼氏・彼女がいないからとか、
もうこんな歳で、結婚考えなきゃいけないから、とか・・・・


でもそうやって、その「人」本人を見ずに、
自分の求める「条件」と、
その相手の持つ「条件」だけを照らし合わせてできた関係は、
長続きしないんだろうね。

だって、お互いが、お互いのことを、
「好き」なのか?っつう、

そこが、二人が付き合う、元々の理由では?

***

そんな訳で、俺は基本的に、いつも一人でいた。
でも、今の彼女に会って、こんな素晴らしい関係があるんだなって、
初めて知った。

彼女とは、価値観も合うし、お互いに話し合って、お互いの関係を、もっといいものにして行けるし、
二人でいつも一緒にいて、毎日、さらによくなっていく。

一人でいるよりも、二人でいた方が、
更に充実した人生を過ごせる。

そんな健康的な関係だから、いつも一緒にいる。

***

リーも、今の彼女とこのまま一緒にいるのか、別れるのかは分からないけど、
どっちにしろ、「価値観」が合わない人といるのは、
辛いものがあるでしょうね。

物理的なものは変えられても、
人の考えや、信条、価値観までもは、
変えられないからね。

そして、お互いに、依存せずに生きていくこと。
健康的な付き合いを持つこと。
相手を常に尊重すること。

そういう、健康的な付き合い方ができないと、
関係はうまく行かないよね。

***

ちょっと長くなりましたが、
リーも、いい関係が出来るといいなと思います。

彼はすごくいい人間なんだから、
絶対、もっといい人が見つかると思うんだけどね。

10・06・07






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日常 

October 02, 2007

今日、本田健の「幸せな小金持ちへの8つのステップ」を読み返していた。
そこに、「大切だな」と思うことが書かれていた。

***

「金持ちの家は、どの部屋も綺麗に整理整頓されている。
 それは、彼らの家に限ったことではない。
 彼らの「人生」そのものが、整理整頓されている。
 
 彼らは、何を自分の人生で望み、何を不必要としているかを、
 はっきりさせている。
 だから、身の回りに、自分に不必要なものを置かない」と。


逆に、お金に縁のない人は、まったく逆らしい。 
もう明らかに必要ないのに捨てられないものを、たくさん抱えていると。


「普通の人は、人生の優先順位を、ほとんど考えずに生活している。
 幸せな小金持ちは、人生の優先順位を定期的にチェックしている。」と。


「忙しい日常の中で、私たちは、「なぜ人生を生きているのか」ということを忘れがちになります。人生の大切なものの多くは、目に見えないものです。
 
 心の平安、パートナーや家族との絆、友情、健康、ライフワークなどは、目に見えません。ところが、現代の生活では、何よりも、仕事や社会的なことが優先されがちです。よほど自分の人生をチェックしないと、気がつかないうちに、人生で大切なものを見過ごしてしまうでしょう。」と。

***

自分の人生の整理整頓。
何が必要で、何が必要じゃないか。

そこをはっきりさせることの、大切さ。
自分の人生に、混乱しないこと。

10・02・07


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本 Review |  ビジネス書

October 01, 2007

朝起きて、ご飯を食べ、自分がするべき活動をし、
夜、寝る。

元々、人間の生活は、シンプルなものだったのかもしれない。

そして、今もその基本は変わらないのかも。


テクノロジーが発達したおかげで、
夜中も人間は起きるようになり、
パソコンやテレビ、それらのものに時間を割き、
一日の中で、「たくさん」物事をこなすことを求められる。

しかし、人間の本来の「一日」の過ごし方は、
凄くシンプルなのかも。

一日に成せることの数は、
少なくていいのかも。

成すことの「数」、「効率性」などは、
関係ないのかも。


人生って、自分が思ってたより、
もっとシンプルでいいものなのかも。


そんなことを感じる。


10・01・07


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