September 2007

September 29, 2007

おっす、オラ悟空!
やっとオイラが完成したぞ!

goku

























このキャンバスを買ったのは、3月。
やっと描き出したのは、5月。
そして、終わったのが、9月。

長い道のりでした。
しかし、小さい頃からずっとやりたかった、スーパーサイヤ人悟空のキャンバス画。
いいですねえ。じっくりやった甲斐があるってもんです。


これが最初の下書き。

1

























そして、これが最後の出来上がり。

2

























上から順に、下書きの状態から、完成までです。

5-19-07
5-19 no.1

























5-19no.2

























5-19 no.3
























8-26-07
8-26
























8-30-07
8-30 1

























8-30 2
























9-03-07
9-03
























9-04-07
09-04
























9-05-07
9-05
























9-10-07
9-10
























9-16-07
9-16
























9-17-07
9-17
























9-19-07
9-19
























9-27-07
9-27

























絵を描いているときの様子

2















1















絵を描いている時間は、最高です。
また新しい絵を載せていきます。

3

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 My Drawing-絵 | Art Review
遅かれ早かれ、
自らが望むものは、必ず手に入るのかもしれない。

もしも何かが手に入らなかったら、
それは、本当は心からそれを望んでいないか、
もしくは、それが手に入ることは、
自分の人生にとってよくないのかも。

***

何が欲しいか。
自分の人生に何が必要か。
自分の人生をどうしたいか。


まずは、それらをハッキリとさせることが、大事。


9・29・07


PS.
今は色々な店に行く度に、
その店のつくりや、店員の動き、
誰がマネージャで、どう動いているかなど、
その店の内部に目が行く。

働き出す前は、働いている人からの目で見ることができなかったが、
今は、店を、「客からの目」だけじゃなく、
「店員からの目」で見ようとしている自分がいる。

そんな風に、今まで気が付かなかったところが見えるようになって来て楽しい。



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Thoughts-思ったこと 

September 27, 2007

んで、もう一個言いたいのは、
「自分を表現する方法」が人生にないと、
結局、閉塞感を感じて生きていくんだろうなと。

ま、これは彼女が俺に言ったんですが、
「人間は自分を表現する方法や場所があってこそ、輝く」と。

人間、誰もが違うんだから、
誰しもが、自分を表現するのに一番である方法を持っている。

例えば、俺は、絵を描いたり、
文章を書いたりすることが、そうなんだろね。

その中でもとくに「絵を描く」、
つまり、「ものを作る」ってことが、一番好きなんだと思う。
小さい頃、暇があれば、何か工作をしてたり、
絵を描いてたからね。


自分を一番表現できる方法を見つけること。
そして、それを自分の仕事、ライフワークにすること。

今の俺の一番の課題は、そこですね。

9・27・07

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Thoughts-思ったこと |  My Drawing-絵
今日は、仕事がなく、朝から一日中休みだった。
朝7時半に起きて、2時間くらい絵を描いた。
その後、歩いてアパートの前に広がる海を見に、散歩に行った。

この海、夕方に彼女と歩いて来たり、一人で来たりということはあったが、
朝の時間帯に一人で来るのは、初めてだった。

そこにはピアがあり、海の上に突き出したその道を、
沖の方まで歩くことが出来る。
朝早くから釣りをしている人たちが、沢山いた。
みんな、自分の釣竿をかけて、
ただじっと海を見て、座っている人もいれば、
仲間と楽しそうに話している人もいる。


この朝の時間帯に、こうして海に来て、
海をじっと眺めて、
自分はこんなにいい所に住んでいたのかと、今頃気づいた。
いつも朝、仕事に行くために急いで車に乗り込んで、
帰ってきたら、もう疲れてあんまり動く気力もなくて、
全然海に来てなかったけど、
歩いてほんの数分の距離に、こんなにいいところがあったのかと。

今頃気づいた。

***

海を見ながら、色々考えていた。
俺の人生、何を望んでいるんだろうと。

海の近くの家。
サーフィン。
好きな絵を描く。
大切な彼女がいる。


自分が望むもの。
自分が人生で望むものの一部は、今すでに、持っていた。

しかし、それらに気づかず、毎日の仕事だけに目が行っていた自分がいた事に気づいた。

毎日生きていくために、お金が必要となる。
そのお金を手に入れるために、働く。
しかし、働くことだけに頭が行っていて、それにほとんどのパワーを使い、
帰って来て、自分の人生の他の要素を余り感謝せずに、毎日を過ごす。

他のことを、「あって当たり前」と思い、
仕事だけに、気が行く。
そして、お金が残る。

気づいたとき、
仕事以外の、自分の人生にとって大事な要素が、
もう無いことに気づき、唖然とする。
俺は今まで何のために働いてきたのかと。


そうなっては遅い。

今日、一人でじっくり時間を過ごしてみて、
こうして絵が描けること。
本が読めること。
好きな音楽が聴け、
好きな映画が見れること。
好きなものを食べられること。

それが全て出来ても、それを一緒に楽しむ人がいなければ、
一緒に、自分の「楽しいね」「幸せだね」という感情をシェアできる人がいなければ、
人生はずい分、寂しいだろうことに気づいた。

****

毎日を生きていくのは、よりよい生活を送るため。

よりよい生活を送るために必要なのは、自分にとって大切なライフパートナー。
友情。
ライフワーク。

それらを楽しむため、日々を過ごす。
そして、それらを手に入れるため、仕事をする。

そこのところを忘れて、仕事だけに頭が行って、
自分の人生の中の他の大事な要素である、
パートナーとの愛情、
友達との友情、
それらを忘れてはいけない。

****


結局、今日、一日をゆっくりと過ごして見て気づいたのは、
「自分が人生で求めているものは何か」を、常にはっきりクリアにし、
それが自分の人生の、常に真ん中に来るように生きること。

「自分が何を望んでいるのか」を忘れ、
日々の”習慣”だけに流されて生きていては、
次第に、もともと何かを得るために始めたそれが、自分の人生の「目的」となってしまって、
それによって何かを得ようとしていたことを、忘れてしまう。


そして、元々自分が得ようとしていた、その「何か」が、
すでに自分の手に入っていたことにも気づかず、
日々を、今までの習慣に合わせて生きる。

そして、気づいたとき、その、自分が求めていた「何か」は、
もう無くなっている。

そうなっては、遅い。

****

要は、自分が今いる状況を、常に客観的に判断すること。
自分が今持っているものに、気づき、それを感謝すること。

自分が求めている「何か」とは、
実はすでに自分が持っていて、
ただ、それに気づき、感謝する心さえあれば、
いいだけのものなのかもしれない。


「自由」を求めるのであれば、
「自由な心」さえ手にいれれば、
世界中どこにいようが、どんな状況にいようが、
その人は「自由」だ。

「幸せ」を求めるのであれば、
「幸せだと感じる心」さえもっていれば、
自分が今持っているものに気づき、感謝し、それを「幸せ」だと思えるだろう。


逆に、「自由な心」がなければ、
いくら経済的、社会的、精神的に自由になろうが、
その人は、一生、「自由」にはなれない。


「幸せだと感じる心」がなければ、
いくら大金をもっていようが、
自分にとって最高のパートナーがいようが、
素晴らしい家庭があろうが、
恵まれた友情があろうが、
自分が望むものが全て手に入ろうが、
その人は一生、その自分の人生を、「幸せだ」と感じられないだろう。


そして、幸せに関しては一つ。
自分がどんな状態にいるとき、
何をしているとき、
「幸せ」だと思うのか。

それを、自らはっきりさせないと、
自分の周りの人や、社会、世間一般が俗に認めるものを手にいれれば、自分もきっと「幸せ」になれると、
それを手に入れることを求めて、さまよい歩くことになってしまう。


***

何か、簡単に書くつもりが、超長くなっちまった。
ややこしいね。もっとスッキリ書きたかったんだけど。

俺が今日言いたかったのは、

「自分がすでに持っているものを、今一度よく見直して、
 それに感謝する心を持つこと。
 
 自分が求めているものは何なのかを、自分に常に問いかけて、
 それをハッキリさせておくこと。

 自分の心を、常に自由にしておくこと。
 何かに心を囚われた状態にしておかないこと。
 つまり、全ては、心のあり方だってこと。

 そして、自分の人生において一番大事なのは、
 自分と一緒に生きていくパートナー、家族、友人であり、
 その人たちとの愛情、友情を常に一番に持ってくること。
 そして、その人たちが、自分の人生の中にいてくれることに、
 感謝する心を忘れないこと。」


それが言いたかったんです。
ふう。

9・27・07
 
 





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Thoughts-思ったこと 
昨日ここに、文句ばかり言ってる人のことを書いたけど、
結局、人っていうのは、
どんな状況にいようが、「心のありかた」なんだろうね。

どんな状況だって、感謝の気持ちを持って生きてれば、
その中で感謝して生きていけるし、
笑いを忘れずに生きていれば、
必ず、笑えるところはあるし、
幸せを感じて生きてれば、
幸せだと思えるところは、たくさんあるだろうしね。

どんな状況にいようと。


文句ばかり言ってる人とか、何かに対して不満だらけの人、
幸せじゃないと思う人は、
まずは、自分の心のありかたを変えることから始めないと、
一生何も変わんないよね。


9・27・07

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Thoughts-思ったこと 

September 26, 2007

今日は朝7時45分から仕事。
仕事に行くと、職場にいたのは、
俺に対して口うるさい、ケイティ。


今日思ったが、
常に文句を言っている人間は、
どんな環境にいようと、どんな状況にいようと、
常に誰かしらの文句を言っているんだよね。

人の文句。自分の環境の文句。学校の宿題の文句。社会の文句。自分のボスの文句。

文句文句文句。

文句ばかり言っている人間は、その人がどんな環境にいても、
一生文句言ってるんだろうね。そこに「感謝」することもせずに。

***

逆に、いつも笑っている人間は、
どんな状況にいても、大抵、笑ってるんだよね。
客が多くてストレスな状況にいようが、
大きなスマイルを顔に浮かべて、「It's alright」って言ってる。
ダレルっていう、スタバの仲間は、こういう奴。

結局、その人が、自分の人生の中の周りのものを、
どう捉えて、どう反応するかなんだろうね。


***


誰もが、自分の思う「感情」で動いてんだから、
その人の感情に左右されて、自分も嫌な気持ちになったら、
それは凄くもったいないんだよね。

ケイティみたいな女の子は、自分がいつもストレスドアウトしてるから、
俺に対しても文句。
俺が横にいる時は、自分のボスの文句。
自分の学校の文句。
自分の仕事のスケジュールの文句。

そんなに文句言ってんなら、仕事も学校も辞めちまえば?って感じだよな。

誰のために生きてるのかって?
みんな、自分のために生きてんだよ。
自分の人生に文句言ってんなら、
その状況から抜け出すか、自分の人生を変えることをしろっつーの。
それをやる勇気と行動力がないもんだから、
結局、いつまでも自分の周りの人やモノ、環境のせいにして、
文句を言い続けて、
その中で、生き続けるんだよね。

マジで小さい人生だぜ。
一生、その小さな世界で生きてろっつーの。

****

こんなところにそいつの文句を言ってる俺も小さいかもしんないけどね。
どうもイライラが収まんないから、書いちまった。

これを読んで嫌な気持ちになった人には、
ごめんなさい。

9・26・07

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My Work-仕事 

September 25, 2007

今日は、反面教師的なことについて。

*****


今、スタバと掛け持ちして働いていたレストラン。
来週の日曜日で辞めることは、2週間前に当たる頃から知らせておいた。

今日は、先週の水曜以来、一週間ぶりの仕事。
朝10時から仕事が始まるため、8時に起きて、支度して行った。

***

10時ちょっと前にマネージャーが来たため、
店の中に挨拶しながら入って行ったが、
彼女は俺の顔を見ると、ちょっと奥に来てと。

すでに奥に入った彼女の方へ行くと、
彼女は、自分のロッカーから、俺の今まで働いた分の給料が入った封筒を取り出して、「これ、今までの給料です」と。

で、
「もう今日から新しい子が入ることになったから、
 今日はもう働かなくていいです」と。

つまり、今週分入っていたシフト2日分、今日と土曜日の分は、もう来なくていいという事だった。


それはいいんだが、今日も働かなくていいという事を、何故俺が今日仕事場に来る前に伝えてくれなかったのか?

その質問に答えるように、彼女は言った。

「3日ぐらい前に今の子が新しく入るって決まってさ。
 俊君にも電話して知らせようと思ったんだけどね。
 今日からもう仕事はいいですって。

 ま、でも、早めに給料取りに来て欲しかったから、丁度いいかなって」

・・・・・。

そういう問題じゃないだろうって感じだよね。
もう既に、今日俺が働かないことが数日前に決まってたなら、
どうして電話の一本を俺にくれて、それを知らせてくれなかったのか?

今日、仕事がある事を想定して、昨晩から支度して、早めに寝て今日の朝仕事場に来るのと、
仕事がなく、給料だけを取りに店に来るのは、全然話が違うわけで。
俺の今日の一日の予定だって変わってくるんだが、
それを、自分が連絡をしなかったことを、
「まあ、どうせ店に来てもらわなきゃいけなかったから、丁度いいだろうしさ」
という一言で終わらせるのは、ホント戴けないっすね。


ということで、もう仕事はないという事で、そのまま帰ってきた。

****

今回のことで学んだのは、仕事だろうが、友情だろうが、
どんな状況におけ、「人間関係の基本」は守って欲しいってこと。

まるで今回の対応は、「金の切れ目が縁の切れ目」的な対応なわけで、
そういう事をしている限りは、自分とその相手との間に、
仕事が終わった後も、いい関係は生まれないわけで。

まあ、この店も働く人が少なく、
そのマネージャーさんも忙しくて一杯いっぱいだってのは分かるんだけど、
それでも、電話一本はして欲しいですね。


結局、余裕のない店はダメなんだよね。
お客だけじゃなく、従業員に対しても、ある程度の「ルール」を守って対応していない店は、基本的に、従業員がすぐに辞めていく。

どうしてすぐに人がやめるのか、
そこを一度じっくり考えないと、こういう店は、一生変わらないんだけどね。


例えばこの前ここに書いた様に、リッツ・カールトンなどは、
お客様を大切にする前に、まず第一に、自分たちの仲間である従業員を、
本当に大事にする。

自分たちが「大切にされている」という実感があってこそ、働く人たちのモチベーションも上がり、言われなくとも、その店や会社への親しみや尊敬の念は上がり、
お客様へのサービスも、自然とよくなっていく。


しかし、従業員を適当に扱っている店で働いている人は、
自分が適当に扱われていると感じる以上、
そこから不満がたまり、
心から気持ちよく、その店のために働こうとは思えない場合が多い。

*****

自分が店や会社を持つ場合、
その店や会社のために働いてくれる人は、
いわば、「自分のため」に働いてくれているわけで。

その、「自分のため」に働いている人たちを、蔑ろに扱う店や会社は、
まず、「人の扱い方」を考えた方がいいと思う。


それが、「お客様」であろうが、「従業員」であろうが。ね。


9・25・07



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My Work-仕事 

September 24, 2007

hot2


働いてて学ぶこと、発見すること、
驚くこと、楽しいこと、
色々ある。

ちっちゃいことだけど、
時が経つと忘れそうだから、
ここに記しておこう。

*****

今日はスタバ。朝の6時半から。
昨日も朝の7時から。
最近は朝の時間帯にアサインされている。

6時半から働き出すと、8時間働いてもまだ午後の2時。
4時間働いて、休み時間になって、時計を見るとまだ10時ってのは、
変な気がする。


自分の働いているスタバは、朝の7時から9時の間が一番込む。
その時間帯で、この店は一番の売り上げを上げる。

今日のように、朝の6時半から仕事が始まる日は、正直きつい。
店に入って、ソッコウ、ものすごい数の客を相手にする。
ほとんどの客が、仕事に行く前に飲み物をゲットする客なので、
彼らは1分たりとも待ちたくない。
一気に列に人が出来て、
少しでもペースを落とすと、客はどんどん溜まって行くばかり。

客にも色々な人がいて、
(この地域は金持ちが住むエリアのため、ほとんどが金持ちなんだが)

・お金は持ってて、心にも余裕がある人。
・お金はあるけど、心に余裕がない人。

いや、この分類もどうかと思うけど、
というのは、朝は皆急いでるから、いくら普段心に余裕がある人でも、
朝の急いでる時間帯なら、ちょっとは焦って、心に余裕がなくなってるだろうからね。

ま、俺が言いたいのは、
そんな急いでる中でも、
列で待つことを気にせず、自分の番が来ても、凄い笑顔の人もいれば、
待ってることをイライラして、キャッシャーの俺にぶつけてくる人とか、
色々いるわけよ。

同じ人でも、日によって表情も違うし、
気分も違うから、
ほんと、一言では言えないだろうけど。

****

俺は店では、なるべく笑顔を作るようにしてる。
キャッシャーの時は、「Hi, how are you doing?」「Good morning!」
で迎え、
お金を受け取っておつりを渡すときとか、
飲み物を作って渡すときは、
「Have a nice day!」で送り出す。

いちいち全員の客を相手に笑ってると、
疲れてくるかと思いきや、
意外と、全員に対して笑顔で元気に迎えた方が、
自分も元気が出るんだな。

その人が今日をいい一日で送れるように、心でちょっと祈って、
「have a nice day!」って言うと、
自分も気持ちがいいんだよね。

「ありがとう」とか、「おはよう」とか、
「いってらっしゃい」とか、「元気でね」「ありがとう」など、
そういう、ポジティブな言葉は、相手にかけるために、
一日に何度も発していると、
自分にもプラスのパワーが来る気がする。

店でも俺みたいに、常に笑顔の人も居たり居なかったりだけど、
笑顔でやってる方が、そういうプラスのパワーはもらえる。

****

後は、客で面白いのは、
クレジットカードを投げる客とかね。

この人は毎日店に来るんだけど、
俺が彼に始めてあった日、
彼はいきなり、「Ready?」と聞いてきた。
俺が彼からクレジットカードを受け取るときに。

俺が「Yap」と言うと、
彼はいきなり、カードをフリップさせて投げてきた。
いきなり投げてきたから、ビックリして落とすと、
「You said you are ready」と。笑

その後彼の聞いてたら、
俺は通りの向こうまでこのカードを飛ばせるとか、
そこのコーヒーのカップに命中させてみせられるとか、
色々言って面白いんだな。
本当かよと、そのコーヒーカップに命中させてと言ったら、
外してた。笑

今では彼の投げるカードも、いつでもキャッチできるようになってきた。

****

後は、同じ働いている仲間だけど、
みんなホント、働き方が性格によって違うね。

あいさつの仕方から、人によって違うし、
働くときも、
常にマイペースなやつ、
込んでくると、テンパるやつ、
込んでも、冷静で着々と仕事をこなすやつ、

まあ、色々いるわけですよ。
俺はもちろん、最後の部類だけどね。

働いているメンバーも15人ぐらいいるから、
人によってもドリンクの作り方もバラバラで、
ラテとかモカようのミルクのフォームを、
超綺麗に作る人もいれば、
空気が入りまくって、ヘタな人、
分量をしっかり量って作る人もいれば、
かなり適当な人、

まあ色々いるわけです。

ケイティっていう、26歳くらいの女の子がいるんだけどね。
彼女は店に長いから、変なプライドが高いわけよ。

昨日も俺がホイップクリームの予備を作っていたら、
ミルクを入れてるのを見て、
「それは多すぎよ!本当にちょっとでいいのよ!
それだと、全然いいホイップができないのよ!See?」と、
俺に丁寧に、ミルクがどうなるかを見せてくれた。

俺が、「でもマシューがこれだけ入れろっつったんだけど」と言うと、
「I'll talk to him later」と。
「I'm sorry」って言って謝っといたけど、
今朝、俺がまたホイップを作ってると、
今度はストアマネージャーのリモーンが、「そのミルクは少なすぎる」と言う。
どれだけ入れるんだというと、今度は、俺が最初にマシューに聞いた量が正しいと言う。
でも昨日ケイティが、これだけにしろっつったんだけどと言うと、
「いや、俺が正しい」と。

まったく、どっちが正しいんだよと、
後でケイティに、リモーンがこれだけ入れろと言ってたよと言うと、
「Oh, OK」とだけ。

結局は、俺が正しかったみたいだけど、
こういうところで、「Sorry」の一言もないのよね。
まあ、ちゃんと謝る人は謝るし、
謝らない人は謝らないんだよね。
まあ、心の余裕の違いってやつですか。

****

後は、何書こうとしたんだっけか。
まあいいや。

ま、とにかく、
こうしてその店でずっと働いていると、
お客の観察から、自分の店で働く人の観察まで出来て、
人間観察が、とにかく楽しいんですな。

アメリカ人は、誰もが自分に正直だから、
見ていて、「人間らしい」んだよね。
バカだし、むかつくことも多々あるけど、
ま、何故か憎めないんだよね。
逆に、何かされて、それに真面目に怒ってると、
そういう自分がアホらしくなってくるんだよね。
そんだけ、彼らも適当なのよ。
ほんと、感情で動くからね。

だから、アメリカのカルチャーの中で働くときは、
日本人気質バリバリ出して、超真面目に働くよりは、
自分もちょっと方の力抜いて、ジョークを連発して働くくらいの方が、
お互いにストレスもたまらないし、丁度いいんだよね。

俺も最初はこんな風に考えることもできなかったけど、
(仕事を覚えるので一杯一杯だったから)
今はこうやって色々見えてきたってことは、
おれ自身にも余裕ができたんだろうね。


ま、結局は、
どんな仕事でも、手抜きせず、本気で当たることですな。
そうすると、最初は全然出来なくて悔しい思いしてても、
気づくと、全て簡単にこなしてる自分がいるわけで。

俺はこの姿勢、
いつも保っていこうと思いマウス。

9・24・07


PS.
後は、店で常に周りを綺麗にする癖がついたので、
家でも、今までは掃除もしなかったようなところに目が行くところね。

今は、仕事で疲れたとかで、家の掃除まではしてないから、ダメなんだけど、
ずい分、「物を綺麗にする」「常に清潔に、綺麗に掃除しておく」という癖が付いたことは、俺の人生にとっても、凄くいい影響になったと思う。

例えば、コーヒーを作る機械はこうやって洗うのかとか、
毎日使うシロップのポンプは、どう洗うべきかとか、
人が口に入れるものを扱う店で、いかに事故を起こさず、清潔に保ち続けるかとか。

スタバは全国どころか、全世界に広まっているだけあって、
その清潔度、衛生面のクオリティの高さをキープし続けるには、
それだけしっかりしたマニュアルが出来てるわけなんだよね。

使う洗剤一つにとっても、15種類くらいの洗剤が、
全て使い方用途と共に書いてあって、壁に貼ってある。
もちろんそれは、スタバの会社が作ったもので、スタバのロゴも入っている。

店の衛生面の管理の仕方も、全て細かく、マニュアルに書いてある。
トレイはきちんと消毒したかとか、床は全て掃いて、消毒したかとか、
ほんと、「全て」を、こまかーく、マニュアルで書いてあるわけよ。

後は、店のマネージャーが、そのリストに、店員の一人ずつの名前を記入して行って、
各店員は、自分の名前が記入されたところを朝仕事に入ったときに確かめ、
自分のタスクのリストをしっかりと終わらすだけ。

マネージャーは、その仕事がきちんと成されたかどうか、それをチェックする。
各店員は、自分の与えられたタスクをきっちりこなす。

その関係が常にしっかりと保たれていて、それさえ守っていれば、
ある程度の自由はある。

しかし、少しでも決まったルールに「反する」動きが出てくると、
上のものが、すぐに注意する。


全員が決まったルールをしっかり守っているからこそ、
全てがうまく回るわけで。

そういう、「社会を混乱なく回すために、ルールを決めること」の重要さと、その効果の偉大さを、スタバという一つの「社会」から、学んでいるわけです。


ドリンクマニュアルも、全て一つ一つ丁寧に書いてあるし、
マネージャーの使っている予定表も、全てスタバの総本部によって作成されたやるだしね。

そういうものを、休み時間の度に盗み見ては、
後で自分がビジネスを起こすときにどう使えるのかなと考えながらアイディアを盗んでいると、
「ただのバイト」では終わらないわけで。

そう、結局、人生全ての要素から、いくらでも学べるわけです!!
どんな仕事だって、くだらない仕事はないいんですよ!!

世の中には、仕事を、「レベル」で測る人がいるからね。

大きな会社に勤める仕事も、
小さなコーヒー屋の仕事も、
どっちも、
「どっちが偉い」とか、そんなのはないんです。

その中で自分がこなす仕事と、
人に与えるサービスの内容が、
ただ違うだけなんです。


どんな仕事も、「何か学べるはず」という真っ直ぐな気持ちで取り組むと、
色々学べるものです。

俺は、これからの人生、
どんな仕事が来ても、
全て、この姿勢で取り組もうと思いますよ。
(また更なる決意)



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My Work-仕事 

September 23, 2007

ヘンタイ

9月21、22日の二日を使って、ラスヴェガスに「O」を見に行ってきた。

「O」とは、カナダのサーカス団、シルク・ド・ソレイユ(Cirque du Soleil)により、毎晩ヴェガスのホテル、ベラッジオで公開されているショー。

この劇、彼女が、アメリカに来る前(4年以上前)から見たかったらしく、今回、彼女の誕生日に合わせて、見に行くことになった。
実際のところ、俺は正直、あまり興味がなかった。

***

行って見て、驚いた。
まず、舞台設定がすごい。
ステージ上に天井から垂れている、大きな濃い赤のカーテン。
それが、劇が始まったとともに、ものすごい勢いで、
真ん中の方から天井へと、引っ張られ、幕が開いた。

そのカーテンの動き方は、
今まで見たことがなく、
「何だこれ!!??」と、まるで夢の中にいるみたいだった。
そう、何か恐い夢が始まる前兆みたい。

そこから、数々のアクターが現れ、色々な技を披露する。

要は、かなり高度な技術を持ったサーカス団が、
ストーリー仕立てで劇を行う、というのがシルクドソレイユの根本だが、
その技術はもとより、
舞台装置、コスチューム、
それらの全てが、かなりのレベルで作ってあり、
さすが、ただのサーカス団じゃないな、という感じだった。

***

さっきウィキペディアでこの劇について調べて見たら、
どうやらこの舞台装置、相当の仕掛けがしてあるらしい。

http://en.wikipedia.org/wiki/O_(Cirque_du_Soleil)

まず、観客席と舞台の間には、空気のジェットによる、「見えない壁」があるらしく、舞台上の温度は常に高く、そして、観客席の温度は、常に心地よい寒さの温度にしてあるらしい。観客席には、数席おきに温度計が設置してあって、それで温度をいつもチェックしてあるとか。


また、この劇、
舞台上の大きな床が、下に降りて巨大なプールになったり、
(深さは相当ある)
その床が一番上まで上がってきて、完全な舞台になったりと、自由自在に変わるのだが、
毎回床が水中から上がってくるたび、その水が観客席に溢れ出ないよう、
床には、いくつもの数え切れないほどの小さな穴があいていて、
そこから水が下に落ちる仕組みになっているらしい。

また、水中に入っていったアクターには、
水の中にある"underwater communication system"により、常に水中で、息が出来る仕組みになっているそう。


そして、各アクター用のコスチュームも凄い。
それぞれのコスチュームは、肌にピッタリ付く仕組みで、その体の動きがよく見えるようになっているのだが、
これらのコスチューム、20回公演分で、もうダメになるらしい。
そして、 一人のアクター用に数枚のコスチュームを作る費用だけで、$10,000(約120万円)かかるとか。

また、アクターは何度も、水に入ったり出たりするのだが、
その見た目を常にフレッシュに保つため、
何回か水に入った後に、また新しいコスチュームに着替えるとか。


今回自分たちが買ったチケットは、一番安いやつで100ドルぐらいだったが、
一番高いチケットは、200ドル以上する。

何でただのサーカスでこんなに高いの?と疑問だったが、
その劇を見て、まずその完成度の高さに納得。
そして、家に帰って来て、
劇にかかるその費用と、舞台の技術の高さに、
確かにこの値段は妥当だわと、納得した。



同時に、それぞれのアクターの皆さんも、かなり命がけなわけで、
めちゃくちゃ高い(60フィート上の)ところから、小さな3角形のスペースにダイブしたり、
横にグングン動く船のような模型で、アクロバットしたり、
ロシアン・スイングと呼ばれるブランコみたいな装置から、
アクターがボンボン飛んだり、
もう本当に、目を覆いたくなる様なヤバい演技ばかりだった。


でも、劇を見に行く前に、すでに見に言った友達が言っていた様に、
その人間離れした動きも、最初は物凄く驚くものの、
ずっと見ていると、段々それが”フツウ”になってくるもので、
目が驚かなくなってくるんだよね。
だから、「もっともっと」と、更なる刺激を求めてしまう。


それにしても、何か、夢の中にいるような90分間でしたな。



劇の一部はこんな感じ。
実際に行ってみて見たい人は、これを見ない方がいいかも。

***

劇の終わった帰り道、ベラッジオのカジノを外に出ようと歩いていると、
前を、一組のカップルが歩いていた。
その男性の方をさして、彼女が言った。

「あの人、ヴィンセント・ギャロに似てない?」と。

俺は、ヴィンセント・ギャロが誰か分からなかったから、
「さあ」と言って歩いてたけど、
その内、横から二人の女性が出てきて、その男性に話しかけた。
男性は歩きながら、その女性の話をうんうんと頷いて聞いては、
笑顔を向けている。

その女性の話を聞くと、
なんだか、あなたの作った映画のファンですとか、そんなことを興奮して言っていた。

その女性が去るとき、「It was nice meeting you」と言うと、
彼も、「It was nice meeting you, too」と言い、丁寧にお辞儀をした。

そして、そのままその男性は、俺たちの前を、隣の綺麗な女性と歩き続けた。
やっぱり、本人だったみたいね。

gallo


彼女いわく、最初に劇場を出たとき、後ろを振り返って周りを見渡したとき、
その男性だけが、パッと目に入ったらしい。
なんか、スポットライトが、その男性だけに当たっていたみたいだったとか。
何か、彼の周りには、オーラが見えたって。

で、どっかで見たことある顔だなと思い、最初は、友達の友達かなとか、他のアクターかなとか、色々考えていたらしいけど、その俳優かなと思ったらしい。

で、またカジノ内を歩いているとき、またその男性と女性のカップルが俺たちの前に現れて、前を歩き出したら、その一般人の女性が話しかけて、本人だと分かった。

なんか俺の彼女は、成田空港でも毎回誰か有名人とあったり、
こっちでも、歌手にあったり、日本でも誰かにあったりと、
ずいぶん芸能人にあう確率が高いんだよね。

フシギですね。


9・23・07



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行ったところReview | Art Review

September 21, 2007

今日は彼女の誕生日だった。
朝は、昨日買っておいたプレゼントに細工をするために、
彼女が起き出さない内に、下に下りていって、
車の中で、色々作った。

上に上がってきてからも、少し手を加えて、
途中で彼女が起きてしまったので、「もうちょっと寝てて」と言って、
何とかぎりぎりセーフ。
プレゼントを渡したら、すごく喜んでくれた。
嬉しかった。

***

久しぶりに、学校へ彼女と行く。
バスに乗っていった。
バスに乗るのは、ロングビーチに来てからは、初めて。
何か、観光客になった気分だった。

バスの入り口でお金を払って、
席に既に座った彼女の横の席をふと見ると、
なんとスタバで一緒に働いていたディアナが座っていた。
昨日ちょうど、仕事から帰って来てから、
ディアナのことを彼女に話していたので、
なんかその偶然に、驚いた。

こういう風に、その人の話をしていたら、
その人とばったり会ったり、
ある曲の話をしていたら、
その曲が、行った店で流れていたりと。
そんなことが、彼女といると、しょっちゅうある。

偶然そうで、偶然じゃない。
でも、偶然じゃなさそうで、やっぱり偶然。

そんなことがよくあると、人生って、面白いなあと思う。


ディアナは今、2年間一緒に住んでいた彼氏と3週間前に別れたばかりで、
失恋に心が痛い時期らしい。
昨日も仕事で、「How do you fix broken heart?」と聞かれた。
結局時間しかないんじゃないか、
後は、誰か別の人が見つかると、次第に忘れることもあると思うと言ったけど、
「But it's got to be right person, right?」と。
適当な人を見つけて、その人で埋め合わせしようとしてると、
その人にも失礼だし、必ず自分の傷ついた心が戻ってくると。

今は、辛くてどうしようもないらしい。

今日もバスの中で、そのことを少しの間、ディアナは彼女と話していて、
「これが起こったのも、自分の人生の中で、必要なことなんだと思う」、
と言っていた。

その後ディアナは、途中で降りて行った。
少し悲しげな彼女の醸し出す空気に、
ちょっと切なくなった。

****

久しぶりの学校は、新鮮だった。
卒業してから初めて行ったけど、「学生」というものが、
全く新しい視点で見れた。
学生の間って、ほんと自由だったんだなあと、
心から思った。

学校のアートストアで、新しい絵用のキャンバスを買って、
いつも昼寝してた芝生の上で、彼女のクラスが終わるまで、昼寝した。
久しぶりに芝生の上に寝っ転がって、空に浮かぶ雲を見上げて、
こうして、昼間に、リラックスして空を見上げるなんて、
最近ほんと、してなかったなあと、ふと思った。

昼寝をしてた間も、仕事の夢ばかり見て、ちょっとうなされていた。
学校の芝生で昼寝してんのにね。
最近、毎晩寝るたびに、仕事の夢ばかり見ている。
夜も、結構うなされているらしい。
ストレスがずい分溜まってるみたいね。

****

彼女のクラスが終わって、学校を少し散策した。
今まで工事していた、図書館の横の建物が綺麗になり、
2階に上がると、
そこには、コミュニケーション・ディパートメントの新しいオフィスが移されていた。
もう、最新のつくり。
建物内は本当に綺麗で、しかもめちゃくちゃ広い。
「俺が卒業してから、こんなものができやがって」と、
ちょっと悔しかった。

途中、最初の学期に同じクラスだったナターシャと会った。
彼女は今大学院プログラムを取っているらしい。
「教授との話し合いばかりだし、結構大変だけど、
 遣り甲斐があって楽しいわ」と、
相変わらず素敵な笑顔で話してくれた。
こうして、たまに学校に行って、友達と会うと、嬉しいね。
あ、俺のことを覚えてくれた人もいるんだなってね。
ナターシャも、
「卒業式であなたのこと見たわよ。スーパーマンのコスチューム着てたわね」と。
なんか皆結構、見てなかったようで見てんのね。

****

学校から帰って来て、ちょっと昼寝して、
7時ごろ家を出て、Sさんを学校でピックアップして、
そこから、ロミータにある、日本人オーナーのイタリアン・レストランへ。
そこで、UCLAでH君をピックアップしてきたKさんとH君も加わり、
5人で、彼女の小さな誕生日会。
なかなかお洒落なレストランでしたな。
色々皿を頼んで、皆で仲良く分けて食べました。
色々話して、楽しかったな。
最後に取った写真とかも、色々あって、かなり笑えた。

****

そして、ロングビーチに帰って来て、Sさんはこれから劇のリハーサルがあるとの事で、また学校へ。
そこからKさんとHくんともう一度会い、近くのコーヒー屋へ。
11時で閉まるということで、入って5分で閉まっちゃいました。
店の外で少し話し、彼らともグッバイ。
Kさんは、4日後の月曜日に、日本へ帰ってしまいます。
寂しいですな。

そこで、H君が、同じUCLAのタツローと友達なのを発見。
世の中は狭いもんですな。

****

帰って来て、夜の11時半過ぎです。
今日はいい一日でしたな。
彼女も喜んでくれて、本当によかったです。

9・20・07

トータス松本

そのレストランで、彼女と。
Kさんがこの写真を取り終わった後に、
俺の頭の後ろにあったシャンデリアののロウソクが、まるで王冠のように載っているのを見て、爆笑。
んで、みんな爆笑。
しかもT−シャツは、「NO MORE WAR」だし。
どこの王様だよ。
みんな、「どっちが今日の主役かわかんないね〜」と。
ちゃっかりおいしいところを持って行っちゃったみたいですね。

しっかり俺、顔が濃いね〜
トータス松本みたいだね

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日常 

September 20, 2007

昨日スタバに来たお客さんで、日本に4年間、三重県にALTとしていたという女性が来た。
ALTとは、Assistant Language Teacherの略で、小学校とか中学校、高校などに、英語や中国語、フランス語など、その国の言葉を教えるために、その国から直接日本に来て、学校で教えている先生のこと。

俺も、中学校の頃に自分の学校に来た、ダネットっていう女性の先生のおかげで、「英語」というものに興味が出て、「外国」、「アメリカ」に興味が出てきた。

その女性は、俺のしぐさや英語の発音が日本人だと気づいたのか、
「Can I ask you where you are from?」と丁寧に聞いてきて、
「I'm from Japan」と答えると、
「日本に4年間いました」と、日本語で答えてくれた。

そこから、彼女がALTだった事を知り、「自分もALTの人たちのおかげで、アメリカに興味が出たんですよ。あなたのしていた仕事には本当に感謝しているんです」と言うと、凄く嬉しそうだった。

その後彼女の名前を聞き、握手した。「Have a nice day」と。

***

少しすると、リモーンが後ろで、「Shun, you got a gang, man」と。
ディアナとかにも、「Shun's got a gang」とか言ってる。
それどういう意味と聞くと、
「Got a gang」で、「異性を引っ掛けるのがうまい、口がうまい」って意味なんだって。

普段ほとんど喋らず、せっせと真面目に働いている俺が、急に客の女性と親しげに話してるから、なんか可笑しかったみたいね。笑

9・19・07



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My Work-仕事 

September 19, 2007

こんな刑務所があってもいいわけだよね。
というか、こういう風にした方が、受刑者たちを社会に戻すには、
絶対にいいんだろうけどね。

世界中色々なニュースを見ると、
色んな発想があって、ほんと目を開かされますね。

********

受刑者に環境教育 ノルウェーの「エコ刑務所」
2007.09.16
Web posted at: 19:51 JST
- AP

http://cnn.co.jp/science/CNN200709160022.html

オスロ(AP) 鉄格子のドアも、厳重に施錠された門もない。ノルウェーが誇る「世界初のエコ刑務所」にあるのは、豊かな緑と太陽光発電パネル、そしてまきストーブ。家畜の世話をして有機農業に精を出すのが、受刑者たちの日課だ。


首都オスロの南方約70キロ、海岸から約2・5キロ離れた小島に、バストイ刑務所はある。収容されている受刑者は115人。中には殺人やレイプの罪を犯した者もいる。「環境を守り、他者を尊重する」という合言葉の下、徹底した省エネやリサイクルを実施している。


受刑者たちが飼育する家畜は、鶏200羽、馬8頭、羊40匹、牛20頭。畑では殺虫剤や化学肥料を使わずに作物を育て、時にはボートを漕ぎ出して魚も釣る。


同刑務所の責任者、アルナエス氏は「一人ひとりがやりがいと責任のある仕事を持てば、受刑者の行動も変わる」と説明する。今月初めにここを訪れたストールベルゲ法務・警察相も、「刑務所は変えられる、発想を転換することができるということを象徴する施設だ」と絶賛した。


ここの受刑者たちは独房でなく、それぞれの家に住む。勉強をしたり、テニスや水泳を楽しんだり、自室のテレビを見たりするのも自由。カウンセリングの体制も整っている。逃亡者は重警備の刑務所に戻されることが分かっているから、抜け出そうとする者はほとんどいない。


麻薬取引の罪で収監されているある受刑者(41)は、ノルウェー紙アフテンポステンのインタビューに、「前にいた刑務所は警備が厳重で、精神的に参ってしまい、うつ状態に陥っていた。でもここへ来てからは、まるで生き返ったような気分だよ」と、穏やかな表情で語った。


shunsukesekine at 21:33コメント(0)トラックバック(0) 
News Review 
凄いニュースだな。

********

3日連続オンラインゲームで30歳男性死亡 中国2007.09.18
Web posted at: 12:48 JST
- CNN/AP

http://cnn.co.jp/science/CNN200709180005.html

北京──中国南部・広東省広州市内で15日午後、3日連続オンラインゲームに興じていた30歳の男性が、極度の疲労のため死亡した。新京報が伝えた。


男性はゲームをしていたインターネットカフェで突然倒れた。医療関係者は蘇生を試みたが、男性は現場で死亡した。男性の氏名や、どのようなゲームに熱中していたかは公表されていない。


当時店内にいた約100人の客は男性の死を目の当たりにして、恐怖のあまり店を出たという。


中国のネットユーザーは米国に次ぐ1億4000万人。オンラインゲームの市場規模は世界一で、ゲーム人口は数千万人にものぼり、何時間もパソコンの前に座ったり、インターネットカフェで過ごす愛好者が多い。一部都市には、「ネット中毒」の子どもや10代の若者を治療するクリニックが開業している。


shunsukesekine at 21:33コメント(0)トラックバック(0) 
News Review 
いやあこのニュース、
「もっとも渋滞がひどかったのはカリフォルニア州ロサンゼルスで、
ドライバー1人当たり年間72時間を無駄にしている」ってあるけど、
LAの民は、絶対にもっと多くの時間を無駄にしているよね。
だって、405の渋滞なんか、ほんと凄いからね。

たまに思うよね、通勤時間や渋滞時間にかかる時間で、
どれだけ皆ストレスが溜まってるんだろうかってね。
だからLAには、もっと公共の移動手段を作ればいいんだけど、
無理だろうね。

*********

交通渋滞で年間38時間を無駄に 米国通勤事情
2007.09.19
Web posted at: 19:23 JST
- CNN/AP

http://cnn.co.jp/business/CNN200709190028.html

ワシントン──車で通勤する米国人は、交通渋滞のためにひとり当たり年間38時間を無駄にしていることがわかった。米交通関連調査会社大手のテキサス運輸研究所(TTI)が、18日に調査報告を発表した。損失額は、782億ドル(約9兆円)に達するという。


TTIは米国の大都市85の交通状況について調査を実施した。


その結果、2005年の米国人は、交通渋滞で42億時間の遅れを経験し、前年の40億時間から大幅に遅れているという。


これをドライバー1人当たりに換算すると年間38時間となり、ほぼ1週間の労働時間に匹敵するという。


また、渋滞により29億ガロンの燃料が無駄に使われており、遅れた時間や無駄になった燃料による損失額は、およそ782億ドルと試算している。


都市別に見ると、もっとも渋滞がひどかったのはカリフォルニア州ロサンゼルスで、ドライバー1人当たり年間72時間を無駄にしている。


続いて、カリフォルニア州サンフランシスコ、首都ワシントン、ジョージア州アトランタが、1人あたり年間60時間を無駄にしていた。テキサス州ダラスでは58時間、同ヒューストンでは56時間だった。


このうち、ジョージア州アトランタは、前年の70時間から60時間へ、大幅に改善された。


一方、渋滞にあまり影響されていないのは、ワシントン州スポケーンとテキサス州ブラウンズビルで、ともにドライバー1人あたり年間8時間だった。


続いてテキサス州コーパス・クリスティとアーカンソー州アンカレッジの10時間、テキサス州ボーモントの11時間だった。



TTIは報告で、現状分析を述べると同時に、無駄をなくすためにも、道路の増設や拡幅、詳しい渋滞情報の提供など、渋滞解消についての提案を打ち出している。


shunsukesekine at 20:29コメント(0)トラックバック(0) 
News Review 

September 18, 2007

ごく

今日は3時から11時までスタバで仕事。

スタバで働いてると、普段使わない英語を学ぶばかりか、
コーヒー用語も学ぶ。
俺はコーヒーを飲まないどころか、大嫌いだったから、
何故スタバで働くの?とか聞かれたけど、
カスタマーサービスを学びたかったから。
実際、毎日店でコーヒーを口にするようになって、
もうコーヒーが飲めないわけではなくなった。
今日は同僚のディアナとリモーンと、エスプレッソのショットを2回やった。
前の俺だったら信じられないけど、
今は出来るようになっちまった。
でも、その後、更にカフェモカを飲んだとき、
カフェインの取りすぎでか、気持ち悪くなってきたけどね。

コーヒー用語に関しては、
"Red Eye"とか"Black Eye"とか。
"Red Eye"は、普通のコーヒー+エスプレッソ1ショット。
"Black Eye"は、コーヒー+2ショット。
後は、毎回コーヒーをたのんだ客に、
"Room for cream?"と聞く。
それは、「ミルクを入れるためにスペースを空けときますか?」ってこと。
こんなの、コーヒーを飲まない俺が、知るわけないもんね。
こういう言い回しを知れて、本当楽しい。

後は、「コーヒーを飲む人のカルチャー(文化)を知れた」ってことね。
どういう人が見せに来て、
どういう時間帯に、どういった人が来るのか。
みんな、どんな飲み物をたのむのか。

俺はコーヒー飲まないから、カフェラテとカフェモカの違いまで分からなかったけど、その作り方も知り、今は今まで知らなかった、「コーヒーの世界」が分かるようになった。

こういう雑学は、知っていれば知っているほど楽しいもので、
これからは俺も、コーヒー好きの人と話ができるようになった。
雑学は増えれば増えるほど楽しい。

***

後は、今日は11時までってことで、10時に店を閉めてから、残りの1時間は、
店の片づけをしたんだけど、
基本的にやるのは、全ての備品の掃除と、明日の朝に備えての、整理。
さすがコーヒー屋だけあって、飲み物に関しての機械の掃除は、
もう本当に丁寧にやる。
毎回掃除用のタブレットを入れて、中を掃除したり、
どの容器や部品も、一度使うごとに、徹底的に高温のサニタライザーで消毒したりと。
あれだけやるから、この店の衛生管理もしっかりして、
この店もどんどん世界に進出するんだろうね。

後は、ワーキングロウ(仕事に関しての法律)に違反しないように、
徹底的に休みを取らせるようにする。
4時間以上の仕事には、最低10分の休憩。
5時間以上には、30分の休憩。
それを取らないと、コンピューターが作動して、
クロックアウト出来なくなる。
そして、その情報は、その店のマネージャーまで行き、
果ては、彼がスタバの上部から怒られることとなる。

今日店に朝行ったら、
この店のマネージャーのランから、
「ちゃんと休憩を取らなきゃだめよ! 
休憩を取るのは、法律で定められてるんだからね!
しっかり休憩を取るようにするのは、あなたの責任よ!」と、
昨日俺が30分の休みを取り忘れたことでちょっと怒られた。
(女言葉なのは、彼がゲイで、そんな風に話すから)


ま、こうしてスタバで働くことは、
1、アメリカ社会
2、コーヒー文化
3、アメリカの法律に関しての厳しさ

の3つがリアルタイムで学べて、とても面白いですな。
だって、こっちの日系の会社とかに入ると、仕事に関しての法律なんて、ほとんど無視だからね。

***

11時半ごろ帰ってくると、彼女が肉団子スープを作って待っててくれた。
もう本当に幸せですなあ。
一緒に食べて、色々話す。

俺の足や体がこっているので、彼女が少し体を圧してくれた。
すると、凄いことを発見!
なんと彼女は、昔から、
人の体の「つぼ」が、言われなくとも、すぐに分かるらしい。
なんか、手を当てると、そのつぼに、すっと指が吸い込まれていくんだって。
いや、ほんとうまかったですね。マジですごかった。
俺は馬場先生とか、鍼灸師の人のおかげで、
その世界の凄さに尊敬の念を持ってるから、
そんな彼女に、「鍼灸師になれば?」と聞いた。
どうやら彼女も、そのつぼを見つける生まれつきの才能より、
彼女の両親や、アスレチック系に詳しい友達からも、
その道に行ったら?と、何度も薦められたそう。

彼女とは、毎回話すたびに、
何かしらすごい特技を見つけますね。
ほんと、この子は、頭もいいし、そういう「才能系」も凄いし、
驚きの連続っすね。
仕事からもたくさん学ぶけど、
彼女からも、ほんと沢山学びますね。

そんな、毎日学べる環境にいられて、幸せです。

***

さて、じゃ明日も早いんで、もう寝ます。
明日も朝から晩まで、一日中仕事だぜ!

9・17・07

PS.後は、どんな仕事も、初めて2週間から3週間経つと、
大分慣れてきて、仕事がずい分と早くなってくるもんですね。
それと、今まで見えてなかったことが、ずい分と見えてくるね。
店内の、今まで見えてなかったとこが見えたり、
仕事に関しても、他の人の動きが見えたり、
お客さんのことをよく見れたりと。
お客さんと言えば、昨日店に、シュレックの主題歌を歌ってるバンドのボーカル(名前忘れた)が来たらしい。
俺が働き出す1時間前に帰ったって。
ベルモントショアーってだけあって、結構そういう有名人も来るらしいね。

ああそうそう、別の有名人といえば、
先週、今働いているレストランに、野球の桑田選手が来たよ。
俺はテーブルに行くまで気づかなかったけど、
彼が頼んだカレーをサーブしたとき、気づいた。
「あれ?この顔どっかで見たことあるな?」なんてね笑
カレーをテーブルに置いたとき、「ありがとうございます」と、
とても丁寧で感じのよい人でした。


**上の絵はゴクウ。
俺のゴクウも、ここまで来たか。
あとちょっとなり。
楽しいね〜

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My Work-仕事 

September 17, 2007

今日は仕事。3時から9時まで。
昨日まで二日間休みがあったせいで、
今日は非常に楽だった。
仕事に入ったときも、終わるまでも、
体が軽かった。

最初はきついと思ってても、
自然と体は慣れちゃうんだね。
人間の「慣れる」力にビックリした。

****

俺は今まで、疲れてないと思うときは、休みなしでガンガン動いたり、
何かを極端にやりすぎたりと、
いつもエクストリームだったけど、
最近は、適度に休みを入れる方が、
効率がよくなることに気づき出した。
まだ疲れてないと感じても、
そこであえて、少し休む。
すると、そこまでの疲れが溜まらず、また快調に動き出せる。

「休み」を適度に取ることの大切さを、学んでいる。

毎日、学ぶことがたくさんあるなあ。

9・16・07

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My Work-仕事 

September 16, 2007

お金は、友にもなるし、敵にもなる。

お金は、それ以上のものを引き寄せ、引き離していく力がある。


自分がどれだけのお金を持つのか。
それをどう使うのか。

「お金」との付き合い方を、健全にするために、
よく考える必要がある。


***********

高額宝くじで不幸に? 当せん男性が語る「悪夢の5年間」
2007.09.15
Web posted at: 19:26 JST
- AP

cん

米ウェストバージニア州マウントホープ(AP) 「当せん後の5年間で何もかも失ってしまった。賞金と引き換えに取り返せるものなら、すぐにでも返金したい」――当地在住のジャック・ウィテカーさん(59)は02年12月、米宝くじ「パワーボール」で大金を獲得した。だが幸運の女神は、まもなく悪魔に変貌する。当せんがもたらした騒ぎのなかで、妻は去り、最愛の孫娘が亡くなり、友人も背を向けていったという。

ウィテカーさんが当てた賞金は、3億1490万ドル(約363億円)。当時の史上最高額だった。一括払いによる減額分と税金を差し引いて、手元には9300万ドル(約107億円)が入った。

ウィテカーさんはそれまでに建設業などのビジネスでかなりの財産を築き、一家はもともと裕福な暮らしをしていた。だが、大当たりの賞金はけたが違う。一躍有名人となった一家は報道陣に追われ、泥棒に狙われ、友人たちは一斉に借金を頼んできた。

「だがいったん金を貸したら、友情は終わり。それが世の常だよ」――人間不信に陥ったウィテカーさんは酒びたりの日々を送るようになり、それをまた地元紙が書き立てる。飲酒運転でつかまったことや、カジノの女性従業員たちに暴行罪で訴えられたことも、格好の話題となった。すっかり悪者に仕立て上げられたウィテカーさんに愛想を尽かし、幼なじみだった妻は家を出た。

孫娘のブランディさんは、当時14歳。ウィテカーさんとよく似た実業家肌の性格だった。「ブランディが21歳になったら、すべての財産を譲り渡す手はずにしていたんだ」と、ウィテカーさんは振り返る。しかし、一家の金に目をつけた誘拐騒ぎなどで通学が困難になったブランディさんは、次第に年上の遊び仲間とつきあうようになり、ついには麻薬中毒に。3年後、遺体で発見されたブランディさんの体内からは、コカインが検出された。死因は確定されないままだという。

ウィテカーさんは今も朝5時に起きて、事業に打ち込む日々を送っている。「昔どおりなのは仕事だけ。ほかはすべて狂ってしまった」と、うつろな表情で語る。教会や学校にも気前良く寄付してきたが、賞金はそれほど減っていない。「私はただ、宝くじに当たった愚か者として語り継がれることだろう。できることなら、人助けに務めた人物として記憶に残りたかったのに」――ウィテカー氏はそう言って、深いため息をついた。

http://cnn.co.jp/usa/CNN200709150018.html



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News Review 

September 15, 2007

今日は本当にいい一日だった。

久しぶりの、休日。
一日中仕事がない日は、ほんと、2週間ぶりだった。
朝起きて、総長とサーフィン行こうかと、彼の家にいったん行くが、
トリュッセルでサーフ大会がやってると。
それを見に行こうとなり、俺はいったん家に帰ったが、
あまりにも疲れてたのと、そこまでは片道1時間近くかかるってのと、
後は、家の掃除をしなきゃいけないので、
今日はゆっくり家で過ごすかと、
また寝なおした。

11時ごろまでゆっくり寝て、
その後は、彼女とゆっくりご飯を食べて、家の片付け。
先月に終わりに今のところに引っこしたけど、俺は自分の荷物を全部こっちに移したのが、
今から2週間前ぐらいだった。
しかも、その辺から仕事も毎日入ってたのと、どっちの仕事も慣れないので、
家に帰ってくると、動く気力ゼロ。
何もせずに、ただ寝る日々が続いていた。

今日は、そんなわけで、家の片付け。
物置用の簡単な家具を組み立て、そこに物を置いていく。
彼女と二人で、一緒に終わらせていった。

途中疲れて、休憩したり、そばを食べたり、
昼寝したりと。
昼過ぎまで寝てたのと、また更に昼寝したので、
ここ最近溜まってた疲れ(なんか、頭が疲労でガンガンする感じ)
が全部抜けて、久しぶりに頭がスッキリした。
俺が寝ている間にも、彼女が大分片付けてくれた。
感謝感謝。

その後、アパートの前の海までちょっと足を運び、
その横のスーパーで、買い物。
今日の食料を買った。
また、夜はステーキ。
肉を安く見つけ、一人3ドル以下で、
かなりでかくて美味しいステーキを食べた。
いやあ、本当に美味しかったわ。

で、その後は彼女はDVD見て、
俺は絵を描いた。
途中二人でYoutube見たりしながら、
俺はドラゴンボールのゴクウの絵を描いてた。
昨日マイケルズに買いに行った新しい絵の具と筆を使い、
ゴクウの肌に色を入れた。
2時間くらいやってたのかな?
大分、よくなってきた。

ああそうそう、後、彼女に髪も切ってもらった。
大分サッパリして、気分も入れ替わる。

ゴクウも、ここのところ2週間くらいほっぽいてあったから、
久しぶりに色を入れられて嬉しかったな。

****

今日は、色んな話もした。
アメリカ人が元々ヨーロッパからの移民でありながら、
今は世界を牛耳ってるつもりで、アメリカの「白人」がスタンダードになってて、
そこから、人種の話をしたり、
人間のオーラの話になって、
自分たちの周りの人のオーラは、どんな色で、どんな光り方で、
どんな色の強さかを話したり、

(彼女は、結構そういう”感覚的”なものを、言い当てる力があって、
 今日はふと、オーラの話になった。
 俺の後ろに、後光が差してるのが、一瞬見えたらしい。
 俺のオーラは、優しいオレンジ。でも、グラデーションになってて、
 黄色、オレンジと、3色ぐらいになってるって。
 他にも、俺たちの周りの人のオーラはどんなんか、
 彼女にいちいち聞いていった。
 すごく面白かった。)

そんな話をしたりと。

そうやって、彼女とゆっくり、話をして、
食事をして、
何か一緒にして、
時間を気にせず、
ゆっくりすることが、どんなに幸せか。
今日は、本当に実感した。


多分、俺は仕事を週に5日間しても、
週に休みが2日あれば、で、その2日をこうしてリラックスの時間に使えれば、
十分、やって行けるんだと思う。

最近の俺はストレスが溜まってて、
俺の日記にも、不満とか、鬱憤ばかり書いてたけど、
あれは、休みが2週間も、丸々無かったってので、
ストレスが大きかったのがあるんだと思う。
息抜きが出来てなかったし、疲れが取れてなかった。
どっちの仕事も始めたばかりで、何もわからない状態だったしね。

でも今は大分慣れてきて、
更に、今日はゆっくり寝て、疲れも取れ、リラックスも出来たから、
今まで見えてなかったことが見えてきた。
やっぱり、バランスは大事だなと思った。
仕事ばかりでもしょうがないし、
休みもバランスよく入れなきゃいけない。
こうして、よい休みを取ったから、
また、仕事に精が出るわけだし。

***

俺は7月と8月の途中まで、
自分が「働いていない」ってことに焦りや後ろめたさを感じてたけど、
今は仕事を始めて、
今度は、休みもなく働いて、
「仕事だらけ」の日々になった。

その、エクストリームなチェンジに、
最初は、仕事に対して、必要以上にしんどいものとして見てしまった時期もあったけど、
今は仕事にも慣れ、
更に、今日休みも取れ、ゆっくりと息抜きして見て、
やっと、結局は、バランスの問題だったことに気づいた。

俺は仕事も好きだし、休みも好きだ。
休みだけでも不安になるし、仕事だけでも、ストレスが溜まるばかり。
仕事は、自分が何か社会のためになることをやって、
それでお金が入ってくるわけで、
何も文句の付け所はない。
毎日しっかり働いているからこそ、
こうして、たまにある休みも、非常に有意義に過ごせるわけで。

「仕事をしていない事への罪悪感」で一杯いっぱいだった数週間前までの俺の中の、
その「罪悪感」は今は跡形もなく消え去り、
今は、仕事を初めて、しっかり働いて、
その息抜きとして、休みがあり、
そのメリハリの利いた生活に、充実感を覚えている。

****

数日前のメールで、父親と姉からのメール。
俺にアドバイスするように、
「仕事は大事だよ」とメールしてくれ、
「一人で生きていくために仕事をするんだ」とメールしてくれた。
俺は最初からそれは分かってたつもりだったし、
今回の日記は、自分の中に、「こうしなきゃいけない」という、
自分が無意識に心の中に持つ、「あるべき姿」。
それが、自分の心の中にあることに気づき、
その「あるべき姿」に反している限り、
自分は、一生幸せにはなれない、
たとえ、自分にあった仕事が見つかり、
金銭的にも、社会的にも、どの面においても、
全ての面で、自立していようと、
自分が、心の中にあるその「あるべき姿」にそぐわない時は、
必ず、罪悪感を感じている。

そのことに、気づいたと書いたのだが、
それに関して、父親と姉が、丁寧にメールをくれて、
まるで俺が、「仕事をするのが嫌だ」と言っているように取られたように思われたぽくて、それが本当に嫌だった。
俺は、仕事は大事だと思ってるし、働くことも好きだし、
お金の大事さも、十分、かみ締めているから。

その時自分は、その内容どうのこうのよりも、
「自分の考えが、誤解されて取られた」ということに、
ストレスを感じていた。

その時も、仕事が朝から晩までのときで、
まともにメールも返せなかったし、その怒りで、
自分を証明するように、ブログに書いたが、
結局、そうやって書いても、
何も解決しないわけで。

***

「怒り」が少しでも出てるとき、
人間は、いかに理性的に落ち着いて話そうとしても、
絶対に、感情的になってると思うし、
そういう時に、その問題を、無理に解決しようとしても、
うまく行かずに、誤解だらけや、ストレスだらか、
果ては、喧嘩、
そうやって終わってしまうことも多いと思う。


今は、休みもとって、
自分も、仕事や、休みがないことへのストレスも無く、
心と頭がスッキリした時点で、
また、今回のことを考えてみた。
親父と姉からのメールは、それを最初に受け取ったとき、
「自分が誤解されて捉えられた」ってことにだけ頭が行って、
どうもポジティブには捉えられなかったが、
今は、二人とも、俺のことを思って、
親切心でそのことを言ってくれたことがよくわかる。
それに、そうやって、心配して、何か声をかけてくれるだけで、
それだけ、自分は、幸せだってことで。

****

そして、馬場先生のコメントからもあったように、
これからは、俺は、いかに自分の才能が発揮できる「環境」を見つけていくかが、
俺の今の持つ、課題なんだと思う。

OPTという期間は、いわば何でもできるわけであって、
この一年間、アメリカで、どんな仕事にも就けるし、
どんな仕事だって起こせる。
俺は、この一年を使って、
色々な種類の仕事を経験して、自分には本当に何があっているのか、
それを見つけるための一年にしてもいいと思う。

もう、スタバは辞めようと思う。
これ以上、学ぶことは、余り無いだろうと思うから。
最初はドリンクの作り方や、レジの扱い、
お客の対応に慣れず、ドギマギしていたが、
今はどれにも慣れ、同じ仕事仲間たちとも、
うまくやっていけるようになった。
ここから先に得られるのは、
もっとコーヒーに詳しくなるとか、それぐらいなもんであって。

それよりも、更に新しい分野に挑戦して見ようと思う。
彼女が前に、俺には花屋が向いているんじゃないかと言った。
俺は花も好きだし、何かを作るのも好きだから、
綺麗な花を毎日触って、その手入れをする仕事なんか、向いているんじゃないかと。
花屋で働いてみることは、昔一度考えたことがあったが、
まさか本当にまたやってみようとは思わなかった。

スタバで働く前は、どうしてもスタバで働きたいってのがあったけど、
それはブランドネームとか、ベネフィットがいいからってのがあって、
それも、今となっては、ブランドも関係ないし、
ベネフィットも、6ヶ月働かないと、付き始めないし。(社会保険のこと)

そして、その頃は、花屋で働くことがいいと彼女に薦められてても、
そっちには魅力を感じなかった。
自分には、スタバが一番だと思ってたから。

いざこうして、実際に雇われ、
働いて見て、
スタバの中も見れて、
スタバの利点も見れ、
そこから学べることがどんなことだったかも、よく分かった。
ここで、スタバにステイするより、
次の新しい分野を試した方が、
自分には、いい経験になるというのは、
何となく分かる。

こうやって、次に興味が出来た分野に、ポジティブに移っていくことも、
今のOPTの期間がなせる技だと思う。

もしも花屋で、本当にその仕事が自分に合っていると分かったのなら、
それはそれで、凄いことだし、
もしまたそこで、何か新しいことを発見すれば、
それも、自分にとって、プラスになるわけで。

***

今の仕事に不満があるからというネガティブな理由でそこを去るのではなく、
次に進むべき道が見えたから、そっちに移る。
よりよい方向へと、移っていく。
こうして自分を移動させていくことが、
今の俺には、一番合っていると思う。

同時に、もっと絵も描こうと思う。
時間を見つけては、絵も描いていく。
自分はもともと、小さい頃から絵が好きだし、
将来は、イラストレーターになりたいと、中学に入るまで、
何となく思っていた。
将来も、映画の道に進みたく、
アニメーションの勉強をしていたわけで。

で、今回のスタバの仕事や、レストランの仕事を通して、
自分はやはり、「何かを作ること」に一番喜びを感じるってことに気づいたし、
その「要素」が大きいことを、仕事にしていくことが、
自分が一番幸せになる道だと思う。

自分が絵が好きで、
心から好きなんだから、
その絵を、もっと描いて、
これを、何かにつなげて行けばいい。

この絵が、すぐに仕事になるとは思わないし、
この「絵」で食っていけるとも、ほとんど思いがたい。

しかし、絵を描いている時間は、自分は何より幸せだし、
絵を描いているときの自分は、頭が非常にリラックスしていて、
色々ないいアイディアが浮かんでくるし、
(頭が柔らかくなっているだと思う)
その時間を取ることに、
利点こそあれ、不利点はないと思う。

ま、こんな理由を述べなくても、
絵は勝手に描いてくけどね。

きっと俺は、ここにこうして、
今の心情とか、自分のしようと思っていること、
それらを書き綴って、
どこかで、「安心」を得たいんだろうね。
「俺の考え、これでいいだろう?」みたいな。笑

自分の進んでいく道に不安があるから、
その不安をかき消すために、こうして、
ここに自分の気持ちを書いて、誰かの「承諾」をもらい、
それで、安心しようとしているんだろうな。
そういう、心理がここに出ている。

***

昨日、彼女が言った。
「そんなに悩んでいても、答えが出ないものは出ないし、
 やってみるしかない。
 それに、俊輔の人生がどうなろうと、 
 正直、ほとんどの人が気にしない。
 アフリカのある村の人々は、俊輔の人生なんか気にしないよ」と。

彼女はその真意を俺に分からせるために、ちょっと大げさに言ったけど、
まさにその通りだよなと、ふと気づいた。
そしたら、バイトごときの仕事で、次の道をどうしようかと、
云々うなっている俺が、滑稽に見えてきてね。

もしこれが、どっかの会社の正社員になったりしてたなら、
そりゃあ話は違うけど、
ただのバイトだしな。
もっと心を軽くして、
自分の中の「常識」とか、「クサリ」を外して、
どんどん人生挑戦するつもりで、試してみようと思うよ。

「自分で金が稼げるのか」という、
お金に対しての不安も、この一ヶ月の仕事で、
無くなったわけだし。

自分が喜べる仕事を探し、
自分が幸せになればいい。

それだけだってことに、気づいた。

人の言うことに従っていたり、
人の批判を気にしたり、
その人たちがいう道に行ったとしても、
自分がそれで、「幸せ」だと感じないのなら、
それは結局、自らを不幸にして、
その人たちをも不幸にしてるのと一緒だし、

人の批判を恐がったり、
人の承諾を得ようとしたり、
そうしよとする心理の裏には、
「自分ひとりでその決断をすることに自信がない」っていう心理があるわけで。

****

結局、自分の人生、自分で生きていくしかないんだから、
自分で全て決断して、自分で全て責任とって、
自分で、自らを幸せにするしかないんだな。
で、それが、自分に託せられた、義務だと思うよ。
大人として、生きてくってことはね。

という、もうそろそろ24歳になるのを迎える一人の少年の、
心のつぶやきでした。

結局、何事も自分でやってみなきゃ、
納得いかないし、分からないんだよ。
で、自分で色々試して、
それから学び、
そうやって、人間的に、一つずつ成長していくことが、
俺の人生の意義なんだと思う。

さ、それじゃ、また一歩を踏み出しますか。

9・15・07

shunsukesekine at 04:46コメント(2)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

September 13, 2007

明日から2週間ぶりの休日。
二日間。

仕事が始まってからというもの、
時間がぶっ飛んでいる。

***

今朝は、朝6時半からスタバの仕事。
朝は一番込むらしく、客が3時間、
一度も切れなかった。
凄まじきスタバ。

***

「仕事」が人生の全てになってはいけない。
働いたなら、休みも取らなきゃあかん。
じゃないと、体も心も持たない。

ゴムは、引っ張ってばかりだと、
いつかは切れるもので。

***

考えてばかりでも、分からないものは分からないし、
たまには、頭を休ませる時間も必要。

車を運転しているとき、
何かに気を取られながら運転してると、前に集中できないように、
自分の人生も、常に何かに囚われて、そればっかり考え込んでいると、
見えるものも見えなくなってくるわけで。

今の俺は、考えすぎて、頭がフリーズしてるみたいだな。
ちょっと、考えんの、止めるわ。

9・13・07

shunsukesekine at 23:55コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 
"Belief"---自分が、信じること。

それが、「そうであるべき」と、信じること。
「自分は、こうであるべき」と、信じること。

誰もが、自分の"Belief"を持っている。



そして、人々は、自分の「信念」に基づき、
この世の中のことを見て、感じ、考え、反応する。



同じことを言っても、
それに過激に反応する人もいれば、何も感じない人もいるし、
共感する人もいる。

それは皆、一人ひとりの持つ、「信念」が違うから。

***

俺がブログに自分の考えを書くたびに、
それに対して、色々な反応がある。

俺が書いたことと、その人の考えが似ていれば、
賛同されるだろうし、
俺の考えと、その人の考えが違えば、
批判を受けるだろう。


結局、人は、その人に「よくなってほしい」と思うから、
その、自分が信じる「考え」を薦めるのであって、
誰も、自分の大事に思う人に、
自分が「悪い」と思う考えを、薦めはしない。

誰しもが、自分が、「良い」「正しい」と、"信じる"考えを、
相手に言うのだ。

善意を持って。


***

一番嫌なのは、
自分が書いたことが、自分の意味したことと違うように捉えられ、
そして、まるで、
「キミは、まだ何も分かってないね」の様に、
諭されるように、何かを言われたとき。

自分が本当に何かを分かっていなくて、
それで、その人に諭されたのなら、
それを受け入れないのは、ただの頭の固いバカだが、

自分がすでにそれは分かっていて、
それとは違うことを言っているのに、
その人には、全然違うように捉えられて、
そこで、何かを言われたとき。

その時、納得がいかない。

「誤解された」と思うからだ。

***

その、「誤解された」ことに対しての鬱憤をここに書いてもしょうがないんだけど、
どうも、気分がスッキリしないからね。

自分の考えを吐き出して、整理するためにも、
このブログはあるんだが、
自分の意図したことと違うように捉えられて、
それについて何か言われたとき、
ほんと、「はああ」と思っちまう。

こういうことがあると、
ここに、心のありのままを書くことに、抵抗が出ちゃうんだよな。

だって、誰が読んでるかわかんないからね。
じゃあ、ブログやめればって?

それでも、ここは、
俺の気持ちを吐き出す場所なんだよ。
そうじゃないと、
いつも自分に嘘ついて、生きることになっちゃうんだよ。



shunsukesekine at 15:41コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 
仕事っていうのは、何でも、
2週間ぐらいすると、慣れてくる。

今のスタバの仕事も、レストランも、
大分慣れてきた。
最初は、どこに何があるかも分からないものの、
今では、自然と体が動く。
最初はとろくても、
正確に、間違いなく、仕事を終わらすようにしていれば、
自然とスピードは付いてくる。

初めは覚えが悪くてバカにされようが、呆れられようが、
それでも根気強く質問を続けて、根気強くやっていれば、
いずれ、気づいたときに、それが様になっている自分に気づくものである。

今日、スタバで色々な質問をある女の子にしていたとき、
その子が俺の後ろで、ストアマネージャーのRamonに、
"He's like a spy. He wants to know everything so perferct"と言っているのが聞こえた。
"So, I'm like a spy, huh?"ってその子に後で言ったら、
俺に聞こえてたのが恥ずかしかったのか"yeah"と照れて笑ってたけど、
それぐらい質問攻めにしないと、
全ては完璧にならないわけで。


今朝、姉と親父からのメールに関しての自分の答えを書いたが、
その後仕事に行って、スタバも、レストランも、全身全霊を込めて働いた。
どっちの仕事も、「嫌」なわけではない。
その仕事をしながら、「やだなあ」と思っているわけでもない。
ただ、全ての仕事を、完璧に、素早く、綺麗に仕上げようと、
真剣にやっている。
それだけだ。

どんな仕事だって、必ずそこに意義があるわけで、
その「意義」とは、自分が、目の前の仕事に、
全力で取り組まないと、中々見えてこない。

俺の場合、何かを作ることが好きと書いたが、
それが見えてくるのは、全ての仕事を真剣にやっているからこそ、
何か、「作る」機会を与えられたときに、それを自然に心から楽しんでいる自分がいるということに、「気づく」ということ。

俺は、スタバでは、ドリンクを作ったり、
絵を描いたり。
レストランでは、テイクアウト用のフォークとスプーンを、
紙ナプキンに包んで、テープを張るというような作業をするとき。

そんな時、俺はやっぱり、「楽しんで」いる。
接客をしているときも、楽しいことは楽しいが、
やはり俺は、誰とも話さず、黙々と、目の前の作業に、没頭しているとき。
何かを、「作って」いるとき。
いかにその仕事に慣れて、素早く、手早く、
間違いなく、
いかに「美しく」作るかにこだわっている時。

そんなときに、幸せを感じる。

****

スタバのドリンクは、人によって作り方が違う。
素早く雑に作るやつもいれば、
素早く、丁寧に作るやつもいる。

フラプチーノの上にのっけるホイップクリームを、いかに綺麗に作るかとか、
モカやラテに使うミルクを温めて、Form(ミルクの泡)を作るとき、
いかに、「綺麗に」作るかに集中して、
そのマシーンを操っているとき。
そんな時、幸せを感じる。
楽しいからだ。

****

多分俺は、「何かを作ること」が好き。
そして、その作品を、誰かに「見られる」ことが好きなんだと思う。

以前寿司レストランで、寿司シェフをやっていた時は、
いかにノリの上にご飯を素早く、綺麗に載せるかとか、
いかに素早く仕上げるか、
そして、その単調な作業を延々と続けることに、
幸せを感じるのだ。

そして、そうやって作っている自分の姿を「見られる」ことが、
好きなんだと思う。


多分、本当に好きなのは、絵を描くこと。
何故なら、絵を描くときは、誰にも見られていたくないし、
見られててもいいけど、別に、一人でも、十分幸せだから。
絵を描いてるときは。

でも、紙ナプキンにスプーンとフォークを巻いているときとか、
そういう時は、
誰かに見られていないと、すぐに飽きてしまう。
なぜか?
その作業自体は、好きじゃないから。

でも、「人に見られている」=「意識している」=「そこでいかに素早く、うまく、綺麗に仕上げるか」に、やりがいを感じるのは、
結局、人から見られる自分を、かっこつけたい、ってのがあるんだろうな。

でも、そこで感じる充足感は、
「テキパキ動いている”かっこいい”自分を見られていて、その自分に酔っている」っていう心理が、心の奥底にあるわけで。

しかし、スタバで、ミルクを機械で温めて、
凄く綺麗なフォームが出来たときなんかは、
人に見られているとか、そんなの関係なく、
ただ、その自分の「作品」がうまく出来たことに、
嬉しさを感じているわけであって。

***

結局、絵もそうなんだよ。
じっくり、自分の納得行くまで仕上げていく。
そのプロセスに、喜びを感じる。

スタバで働くことも、
レストランで働くことも、
その仕事の中で、ミルクのフォームを作ったり、
ドリンクを綺麗に作ったりっていう、
「何かを作る」という作業に、喜びを感じるけど、
俺がスタバとかレストランとかの仕事に、
「やりがい」を感じる要素ってのは、

「自分が、その店でいかに”完璧”に近く働くか」、

そういう、最初はヘナチョコの状態から、
段々慣れていって、
そこでの仕事が完璧になっていくっていう、
その、「完璧への道」を歩んでいるっていう実感に、
満足するんだろうな。

結局俺は、Perfectionist=完璧主義者なんだと思うよ。
何事にも、「完璧」なんてのはないんだけど、
やはり、自分が理想とする、その「理想像」。
そこにいかに近づくかに、自分のやりがいと、生きがいを見出すんだろうね。

自分の人生もそう。
「完璧な人生」なんてのはないんだけど、
やはり、自分が理想とする、「人生」ってのがあって、
その人生に近づけること自体に、最大のやりがいを感じているんだと思うよ。

言い方は単純だけど、RPGと一緒なのよ。
自分が主人公で、自分っていうキャラが、
いかに経験地を踏んで、戦って、やられて、
死んで、強くなって、
で、どんどん先に進んで、そのゲームをクリアーするという。

自分が主人公。
そんな感覚なんだろうね。

****

楽しいよ。今の人生。
アメリカに来て、大学卒業して、
自分のしたかったことも勉強できて、今度は、
「アメリカ社会」っていうところで働いているんだから。

今までは、俺は社会経験がないから、
「俺には働く能力はあるのか?」と不安なところがあった。
「自分には金が稼げるのか?」と、
そこが、正直、最大の不安だった。
今までは、親のお金で、全て支払ってもらってたからね。

でも今は、自分で働き出して、自分で稼いでいるわけだ。
その仕事がどんなであれ、その給料がいくらであれ、
自分が死なない程度に生活できるだけのお金は稼げる。
それは、いつでも出来る。
その、最低限の能力はあるってことに、
ここ数週間、働き出して、
やっと気づいて、安心した。

ここから先は、いかに、
「自分により合った仕事は何か」を探していくところ。
「今目の前にある仕事があってない」って言ってんじゃないよ。
今目の前の仕事に全力投球できない人間は、
どんな仕事を与えられようが、いつも、「これは俺向きじゃない」と愚痴ってるからね。

本当に大事なのは、全ての仕事に全力投球して、
そこから、自分が、何をしていると、より喜べるのか、
より、楽しめるのか、
より、頑張って働けるのかの、「要素」を見つけて、
その「要素」が大きい仕事に、チャンスを見つけては、
徐々に徐々に、ステップアップしていくってこと。

人生のほぼ全てを仕事に費やすんだから、
楽しめない仕事をやるのは、拷問でもなんでもないからね。


俺は、今の仕事(スタバとレストラン)でも、十分、楽しんでいるわけよ。
どんな仕事にだって、楽しみは見つけられるんだよ。
しかし、「今の仕事に慣れてきたから」とか、
「給料がいいから」とか、
そういう、他の要素を理由に、
その仕事でいいんだと自分に言い聞かせながら、
日々を送るのは嫌だってこと。

俺は、やはりものを作るのが好きなんだと、
今の仕事たちを通して気づいたのだから、
そういう、寿司シェフなり、何かを作る仕事なり、
そういう要素が、もっと多い「仕事」に、
俺はいずれ移っていこうと思っている。
仮に寿司シェフなら、
世界中どこに行っても、食っていけるしね。
今は寿司が世界中でブームだからね。

寿司シェフはあくまでも一つの例だけどね。
「何かを作る仕事」だっていう。

そして、その仕事にだって、
表には見えない、きつい部分がたくさんあるわけで。
そこを見ていないわけじゃないっすよ。
ただ、俺は、「何かを作ることが好き」、んで、
「何かを作る、ということをメインにしている仕事に付いた方が、
 自分が、より、幸せを感じるだろう」と言っているわけであって。

***

なんか、長くなったな。
しかも、誰かに言い訳しているみたいだな。笑
文章がクドイもんな。笑
誰もここまで読んでないと思うけどね。
俺は、あくまでも、自分の心の中を整理するために書いてるんであってね。
そして、これはあくまで、
「2007年、9月13日、深夜12時45分の俺」の考えであってね。

この考えは、明日にはもう進化しているかもしれないし、
明日には、「俺はこんなこと言っていたのか」と、省みているかもしれないしね。
あくまでも、俺の、「成長の段階の記録」なわけよ。
俺のブログってのは。
しかも、あくまでも、俺の「考え」なわけよ。

この考えは、正しくもないし、間違ってもいない。
世の中、全ての人の考えは、
「間違って」もいないし、
「正解」でもない。


この世の中の、全ての国の、全ての人の「考え」「信条」は、
全て、「正しくもなく、間違ってなくもない」わけで、
全て、その人の「考え」なのよ。
で、全て、その人にとっては、「正しい」わけよ。

その人が、「正しい」と、信じているんだからね。

***

だから、皆さん、俺のこのブログを読んでも、
「ああ、俊輔は、今はこうやって思ってるのか。ふ〜ん」ぐらいに軽く思って欲しいね。
そこで、「あのねえ、物事っていうのはね・・・・」と諭す様に言われても、
困るんだよね。

俺はここで、「正しい」考えを書いているのでもなく、
「間違った」考えを書いているのでもないんだから。

俺はあくまで、「俺が思う考え」を書いているんだから。

で、これは、ただの日記なんだからね。

***

あ〜、マジでくどい日記だぜ。
明日も朝6時半からスタバで仕事だぜい。
もう寝ないとやばいね。

9・13・07
12:50AM


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My Work-仕事 

September 12, 2007

今朝メールをチェックしたら、父親と姉からメールが来てた。
昨日自分が書いた、日記の内容に関して。

姉は、「仕事とは嫌でも続けるもの」と言い、
父親は、「好きなことを仕事にしている人は、世の中にはほとんどいない」と言う。

そして二人とも、「一人でやっていくために、お金を得るために、働いていく」と言う。

二人の言っている事はその通り。
俺も初めからそう思っている。

しかし、昨日俺が書いた日記の内容を読んで、
二人は、どうも俺が、
「自由=仕事をしないこと」のように思っている、と思われた感がある。

誰もそんなことは書いていない。
俺は日記に書いた。
「自分にとっての”檻”とは、”仕事”ではなく、 
 自らが持った、”常識”に入り続けることだ」と。

だから、自分にどれだけあった仕事を見つけようが、
どれだけその仕事を愛していようが、
自分が、心の中の”常識”に縛られていては、
一生、本当の意味で心は”自由”になれない、と書いたのだ。

これは、俺の場合、
自分が持つ”常識”とは、

「自分が嫌な環境の中で、嫌々生きていく」ということ。

そうするのが、「すべきこと」「して当たり前」と思い、
「自分が好きな環境で、伸び伸びと生きていくこと」は、
「ずるい」「怠けている」「”頑張って”いない」
という風に思う、自分がいるってことだ。


しかしこれは、世界万人の”常識”ではなくて、
あくまでも、俺が持ち、育った”常識”だってこと。


だから、俺がもし、本当に自分に合った仕事を見つけ、
金銭的にも何一つ不自由なく自立して、
もう、「仕事もある、お金も入る、そして、自分は自分の仕事を心から愛している」という状態になったとしても、
もしも俺が、上に書いたように、
「自分が嫌な環境の中で、嫌々生きていく」ことを、
「自分がすべきこと」と思う”常識”を、ずっと持ち続けるのであれば、
そんな俺は、そこまで恵まれた状況に自分がなっても、
心のどこかで、”罪悪感”を感じながら、生きていく、
潔く、生きていけない、と思うだろうってこと。

つまりそれは、いかに社会的に何一つ不自由なくなろうが、
心は、一生、罪悪感、「これでいいのかな」と思う心を持ち続けるだろうってこと。

それは、そんな風に、「嫌々な環境で”頑張って”いない」って思う自分に、
”絶えられない”からだ。

そんな、幸せな環境で生きている自分を、
「怠けている、いけない」と思うからだ。


結局、「心は自由になっていないだろう」ってこと。

それを言いたかった。


俺が昨日の題名にした、
「自分の心の中の檻」とは、
自分が持ちうる、「自分はこうすべき〜」と、
無意識的に信じ込んでいる、自分が気づかない”常識”に気づき、
そこを、直していくということ。

その”常識”に気づくのに、
俺は、この夏の経験を持って気づいた、と書いた。

つまり、この”常識”ってのは、
自分がいつの間にか持っている、「信念」ってやつだってこと。


***

だからこそ俺は、今の自分の状況である、
「自分の信じ込む”常識”の中にいる事に、安心感を覚える自分」
でいつまでもいることは、
「”本当の”甘え」だと言っているわけであって。

だって、今の自分の状況に不満を持ち、
毎日文句を言って、仕事に行くより、
自らの状況を変えるために、今の仕事を変え、
新しい環境へと自分を移していく「作業」の方が、
「大変」だからだ。


一度、自分がその環境に慣れた時、
そこからまた抜け出して、新しい環境を見つけ、
またそこに馴染む努力をすることっていうのは、
しんどいってこと。

しかし、それをする事が面倒だからといって、
今の環境に文句を言いつつも、そこにステイすることは、
甘えだってこと。

自分に、今の環境にいることの利点を言い聞かせながら。

***

今の仕事よりも自分にあった仕事がある。
そして、その仕事が何なのかは見えてきた。

昨日書いたように、自分は、「何かを作ること」が好きだと、
今回の二つの仕事をして、分かったわけで。

だからこそ、今の仕事に安定せず、
次の仕事に移ると言っているだけのこと。

何も、仕事を全て辞めて、
何もしない状態になると言っているのではない。

そして、親父が言うように、
バイトと正社員の仕事は全然違う。

今の、「バイトで何とか食っていける」状態に甘んじるのではなくて、
次の段階の仕事に移ることをする、と言っているだけ。

****

俺が言ってるのは、
「今、自分が作り出した環境から、また抜け出して、また新たに一から新しい環境を作ることは面倒だから、今の環境にステイする」ことこそ、”甘え”であって、
常に、自分をよりよい方向へと向けていく、
常に、成長することを忘れない、
そういう状態でいるために、それを実際に行動に移す、
その「勇気」と「腰を上げる力」を、
いつまでも忘れちゃいけない、ってこと。



誰も、「仕事をしないことが自由」だなんて言ってませんよ。

昨日の日記は、自分の心の中の、その「無意識の常識」
に囚われていた俺がいたってことに気づいたよ、
っていう日記であって、
「仕事とは何か」
「働くとは何か」
を書いた日記ではなかったんだけどね。

9・12・07



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Thoughts-思ったこと | My Work-仕事

September 11, 2007


自らを、檻の中に入れ。

檻があると、そこにいる事に窮屈さを感じながらも、
その「檻の中にいる」という事に、心地よさを覚え。

そして、その「檻」から少し出て、
そのつかの間の自由を味わい。

そしてまた、「檻」へと帰って行く。

***

その「檻」に、入る必要はない。
檻に入ることは、義務付けられてもいないし、
檻などとは無縁の、「自由」の人生を送ってもいい。

どう自分の人生を生きるかは、「自由」だ。

***

小さい頃から、檻に入れられ。
自ら、檻の中で、一生懸命もがき、
その中で馬鹿にされ、悔しい思いをし、
そこで、「うまくやって行くようになる」ことに、
人生の意義を見出す生活が、
「当たり前」となっていた。

この常識は、今世界で生きている全員に当てはまるものではない。
あくまで、俺自身の、「常識」だ。

世間一般の「常識」には、反抗しているくせに、
自らが持つ、「常識」からは、抜け出せない。


俺のこの常識とは、
「自らは、檻の中に入っていなければならない。
 そして、その檻の中でもがく事が、
 そこでもがく事を一生続けることが、
 自分のすべき事なんだ」と、
心の底で信じていることだ。

***

この事に気づくのに、この夏を費やした。
卒業して、OPTが6月の頭から始まった。
アメリカには、あと一年しか残れない。
合法で働けるビザも、あと一年だ。

このビザを所有している今、
「働かなければいけない」
それが頭にこびりつき、
仕事を見つけることに躍起になっていた。

折角の夏休みも、ほとんど遊ばず、
仕事探しばかりしていた。

そして今。仕事が二つ見つかり、
休みもなく、毎日仕事に行っている。

***

自らが望んだ「檻」。
この「檻」とは、「仕事」ということではない。
俺が言っている「檻」とは、
「自分が中にいると安心する状態」のことだ。

「学生」=「勉強」
「大人」=「仕事」

この方程式が頭の中にあり、
「学生が終わった今、仕事をしていない俺は、
 怠け者だ、ダメだ」と思い、
「早く仕事を探し、とにかく働き出すこと」に焦っていた。

そして、「仕事」はとりあえず見つかったが、
この「仕事」、自分には、合っていないようだ。

何故なら、毎日楽しくない。
嫌々仕事に行っているからだ。

それでも、そうやって思っている自分が負け犬だと思い、
「そう思うのは弱さだ」と、
今の仕事を好きになるように、やって来た。
最初は、仕事に慣れないためかと思ったが、
いざ仕事に慣れてきても、やはり心は嫌がっている。
でも、その「心の嫌がり」さえ、
感じないように、生活してきた。
この数週間。

***

今日、晩飯を食べた後、
寝っ転がって、天井を見ていた。
子供のころを思い出した。
小学校の頃は、時間なんて気にせず、
ただぼーっと、天井についている蛍光灯を見ていたなあと。
そして、何で今は、
こうして、いつも時計を気にして、
「焦って」いるのかなあと。

仕事から帰ってくれば、
あと何時間しか自由な時間がないと思い、
朝になれば、仕事まであと何時間と焦り、
仕事中は、時間を気にし、
仕事から帰ってきたら、また、残りの時間を気にしている・・・

「何で俺、いつも焦ってんだろう」と、
彼女につぶやいた。

彼女が言った。

「それは、Normを知ったからだよ」と。

大人になり、自分がもう、自分の親に守られなくなったとき、
自ら、幸せの定義を見つけなければならない。
ただ親の下で暮らしていれば、お金の問題も気にせずに生きられる訳ではなくなり、
「大人」として、独立した以上、
自らが、責任を持って、自分の人生を、「設計」して行かなけりゃならない。

誰も、自分に、「こうしなさい」と言う人はいない。
完璧な自由だ。
しかし同時に、全てを自分で決めなければいけない、「責任」もある。


自由と責任。
自由が大きくなった分、
責任も大きくなる。

自らを全て自分で決められる「自由」の代わりに、
全てを自分で決めなければならないという、「責任」に耐えられるのか?

その「責任」を取るのが嫌な上に、
誰かに決めてもらうことを、まだ望んでいる。

全てを、自分で決める。
その責任を取るのが嫌が故、
世間一般のNorm=「常識」に自らをゆだね、
それを基準に、自分の生活、価値観、幸せ度を測り、
そこで、もがいている。

***

俺は、「早く働き出さなければならない」という自らが持つ「常識」に焦らされ、
仕事をとりあえず見つけた。
しかし、その仕事が自分にあっていない事には、心で薄々気づいていた。
しかし、そこで仕事をすぐに辞めることを拒み、
今、その「檻」の中で、もがいている。

その「檻」。誰も中に入れとは言っていない。
そして、そこに入り続けていなければならない義務もない。
ならばなぜ、俺はそこに入り続ける?

それは、俺が、そこからまた抜け出し、
再び、「檻」がない状態、
「自由」の状態に戻るのが、恐いからだ。

その「自由」の状態に伴う、
「責任」に、
俺は耐えることになれていないからだ。

***

今回気づいたことは、
俺は今まで、「仕事をすること」を「檻」と思っていて、
そして、その「檻」に入らなきゃいけないと思っていたけど、
そうではないってこと。

自分が本当に好きな仕事、
自分に合った仕事=ライフワークを見つければ、
それは檻にはならないし、
心の状態は、常に自由だ。

俺が今している二つの仕事も、「檻」ではない。
ただ、自分に合っていないだけ。
そして、今回の仕事を通して、
自分は、「何かを作ることが好き」ということに気づいた。

自分が、職人肌だということに、気づいた。



そして、今回最大の気づきは、

俺が自らに課している「檻」とは、

「誰かに何かを決められ、その中に入り、
 そこで奮闘して、もがき、うまくやって行けるようになること」であり、

その状態に、”いつも入っていなければならない”と、
心の底で信じていること。

そういう、「常識」が、俺の中にあるってこと。
そして、その「考え」に、自分は囚われているってこと。

***

どんな仕事を探そうが、
どれだけお金が入ろうが、
どれだけ自分にあった仕事が見つかろうが、
己の心の中の「檻」を判断し、それに「気づき」、
その檻から、精神的に脱出することをしなければ、
自分は一生、「檻」からは出られない。

俺は、自らが、
「常に何かをしていなければならない、
 その”何か”とは、自分が不得意な分野で、
 その中でもがき苦しむことを続けることが、
 自分が”しなければ”ならないことだ」
という「心の檻」に捉えられていることに気づき、
そこから抜け出すことを、最初にせねば、
今、どれだけ動こうと、
心が安心することはない。

俺は、常に不安で、
「この仕事も自分にあっていないんじゃないか」と、
毎日迷いながら、動き続けることだろう。

***

心を、まずはフリーにすること。
自らの心の中の檻をぶっ壊し、その外に出て、
そこで、何にも囚われず、自由気ままな状態でいること。

それをすることが、先決みたいだ。

手短な檻に自分を入れて、
その中で奮闘している自分の姿に安心し、
その「心の状態」に、安易に自らをゆだねることは、
もう終わらせないといけない。


本当の意味で、「自由」になる「責任」を取らないといけない。


9・11・07




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Thoughts-思ったこと | My Work-仕事
人生は結局、自分が望んだものが手に入る。
自分がそれを望まなければ、手には入らない。
自分が、それを受け取るに値すると、
心から思わなければ、
その人生は、手には入らない。


自分を過小評価しないこと。
今いる場所が、自分に合わないと思うのであれば、
そこを去り、新しい場所を見つける勇気が必要。
いったんそこを見つけたからといって、
そこに居座ることは、
必要ない。
自分に合っていないのであれば。

***

自分にあった場所を、最初からパーフェクトに見つける必要はない。
手短なところから、初めて見ればいい。
やってみて、自分に合ってなかったということが分かれば、
その道も、役に立ったということだ。

人生の全ての出来事に、意味はなくはない。
全て、役に立っている。


9・10・07


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Thoughts-思ったこと 

September 10, 2007

poster






2007年9月9日 日曜日

今日はベルモントショアーで、年に一回恒例の、
クラシック・カー・ショウがあった。
5時からの仕事の前に、
彼女と見に行った。

street






ここは、俺が住んでいるところから歩いてほんの数分の距離。
俺のスタバも、ここにある。
今日の朝9時から3時まで、
何十年物のクラシックカーが、所狭しと並べられていた。

いやあ〜、超カッコよかったね!
車好きの人には、たまんないでしょう。
そんな一人の総長も、電話したら今日はサンフランシスコにいたとか。
いやあ〜、残念でしたね〜
でもその代わりに、ここに写真を載せます。
面倒くさいので、今は何枚かね。
また後で気が向いたら載せます。


1






2






3






4






6






7






みんな子供のようになって、一生懸命見てたね。

ちなみに、これが俺がこの前描いた、スタバの中の絵。
アニバーサリーを祝う時期限定のコーヒー豆様です。
どう?うまいっしょ??

sb drawing











前から、スタバとか、トレイダージョーズとか、
こういう黒板みたいなボードを使って絵を描いているところのヤツを見て、
「いいなあ〜、俺も描きたいな〜」と思ってたんだよね。
そしたら、今回本当に描ける様になっちゃった。
ラッキーラッキー。
絵を描いて、お金がもらえるんだから、ラッキーなもんです。
俺は絵が描きたいなあ。

***

帰って来て、仕事まであとちょっと。
疲れていたので少し寝ようと目覚ましをセットしたら、あと25分眠れることが判明。
「30分近くも眠れるぜ♪」とちょっと安心しながら、
ションベンがしたくなって、ちょっとトイレに入った。
すると、急に便意をもよおし、
そのまま大をすることに。

しかしですな、最初から大をするつもりでトイレに入ったときと、
小をする予定でトイレに入り、そのまま
「あ、やっぱり大も出るかも」と思って大をする時、
そこには大きな差があるんです。

そのままのノリで大をする時は、
ウンコの切れが悪いんです。

そんなわけで、ちょっとキバッて数分。
やっと全てが終わり、トイレを出て、ベッドに戻り、
時計を見ると、
なんともう4時やんけ!!
俺は10分もウンコしてたのか!!

そんなわけで、寝る時間が10分も減り、
あ〜あとか思いながら、ソッコウ寝て、
仕事に行きました。

****

みんなこんなことブログに書かないけど、
本当はこんなことしてんでしょ?
それともやはり俺はトイレットキングなのか!?

カー・ショウの話から、トイレの話で終わりました。
チャンちゃん。

9・09・07


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行ったところReview | Art Review

September 09, 2007

仕事がない時は、その状態に不安になり、仕事探しに駆け回り。
いざ、仕事が見つかれば、仕事を入れすぎて、
2週間も休みの日がない状態に自分を落としいれ。

俺はいつもエクストリーム過ぎる。
仕事が始まり9日目。体と心が悲鳴を上げてきた。

***

今働いている日本のレストラン。
典型的な、アメリカにある日系レストラン。
休憩時間を全くくれない。
8時間、立ちっぱなし。1分の休憩もない。

日本人レストランの悪いところは、従業員を、こき使いすぎる。
一番大事なのは、その場所で働く「人」なのに、
その「人」を、大事にしない。
いつも効率と、収益だけを気にし、
雇う人数は最小限。
その数人の従業員に、多くのタスクをこなす。
法律違反の、休みなしで働かす。
そして、一度働き出せば、
日本人特有の、変な「義理」が生まれる。

「あたし達もこんなに働いているんだから、
 あなたも働いてよ」
「俺だって休みないんだから、
 お前も働けよ」

そういう問題じゃないだろう?

で、一度その空間にはまったが最後、
もう、抜け出せない。
その、変な「義理」の故。
それでも抜けると、嫌がられる。

****

俺が働くもう一つの空間。
スターバックス。
完璧なアメリカの世界。

4時間以上のシフトには、必ず最低10分の休みが。
そして、8時間以上のシフトには、最低10分が一つと、
30分休憩が入る。
これは、マスト。「休憩を取らなければ」ならない。
そうしないと、マネージャーが訴えられるからだ。

仕事の時間は、自分のアサインされた時間ピッタリに始まり、
シフトの時間が終われば、1分たりとも多くは働かされない。
従業時間の間の、仕事の質への要求も大きいが、
従業時間が終われば、一分たりとも働かせない。

非常にメリハリがついて、ドライな環境。

****

なぜ、日本人レストランには、いつも人が足りていないのか?
不思議だった。
給料は最低賃金$7.50の場所が多いとはいえ、
チップが入る。
そのチップの多さから見れば、
条件は、いい「はず」だ。
しかし、人がすぐに辞めていく。
なぜか?

働いて見て分かった。
日本人レストランは、従業員を奴隷のように扱う。
時間外でも、働かせる。
休みをくれない。
時間を拘束するだけ拘束し、
ベネフィットも、ない。

これじゃ、本当の奴隷だ。
なぜ人が辞めていくか、分からないのか?

もっと、従業員を増やして、
みんなでシフトを、余裕のあるように回していけばいい。
もう一人雇ったって、一時間に$7.50減るだけだろうが。
なのに、それをケチって、
残っている人に、負担をかける。

「余裕」がない。

****

人は、まず自分が満たされてこそ、最高のサービスが出来る。
自分に余裕がないとき、他人のことは、かまえない。
自分が幸せではない人間は、相手を幸せにすることはできない。
自分が楽しんでない人間は、
相手を楽しませられない。


従業員を奴隷のように扱い、お客だけを満足させることが、
本当に出来ると思うか?

****

スタバと、日本系のレストランで、同時に働くことは、
二つの環境を比べることが出来る、非常に有意義な時間となった。

それぞれの世界。
利点も不利点も、それぞれある。
どっちも、その「文化」ってやつだ。

結局、スタバはアメリカ社会を現し、
日本系レストランは、日本社会を現す。

日本人は真面目だ。真面目だから、とにかく働く。
しかし、「休む」ことを知らない。
働くために生きているのか?
それが、日本人の生き方。

毎日、遅くまで働き、疲れすぎて、
家に帰ってきたときには、疲れで動けない。
自分の趣味に費やす時間もなく、ただ疲れて寝て、また朝は仕事に行く。
平日の疲れが溜まり、週末は、「疲れすぎて」、遊びにも行けない。

で、まだ月曜から仕事が始まる。

これが日本の「文化」だ。

****

働いてるから、「偉い」わけじゃんないんだよ。
働いていないから、「怠けている」わけじゃないんだよ。

休むことは、「悪い」ことじゃないんだよ。
働くことだけが、全てじゃないんだよ。

人間は、何のために生きてるのか?
そこを、忘れちゃいけないよ。

****

本気で遊べないやつに、
本気で働くことはできない。

仕事で疲れすぎて、本気で遊ぶことが出来ない人間に、
本気で、仕事を楽しむことはできない。

日本独特の、変な「常識」なんて、
ふっ飛ばしちまえ。


9・09・07

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Thoughts-思ったこと 
仕事から疲れて帰って来て、
そのまま、何も考えずに寝るのは、
自分の人生を台無しにしているのと同じだ。

明日また、仕事があるから、
早く寝なきゃ、きついんだけど、
それでも、今の状況でいいのか、
今の「生き方」でいいのか。
それをじっくり、己に問いただす時間を取らなくちゃ、
今の状況からは抜け出せない。

もしも、今自分が通っている道に対して、
少しでも、「不満」があるのなら。

***

自分が進んでいる道のことを考えたとき、
最初に不満や文句が出てきて、
それをカバーするために、その道の良さを考えているとき、
要注意。

自分が、その道を進むことは、
自分には合っていないと、心は初めから知っている。
だからこそ、「不満」が出る。
そして、その道を進んでいる、
今、進まなきゃいけない自分に対して、
その道の不満だけを言っていたら、意義がなくなっちゃうから、
あえて、その道の「良いところ」を言う。

「でも、この道にはこんないいところもあるし〜」
「この道を行けば、これが手に入って、こんな人たちにも会えるし〜」
「この道を行けば、これだけお金が手に入るし〜」

そう言っている時点で、自分に対して、言い訳してるんだよ。
自分の「人生」の手抜きだ。

自分は本当にどう生きたいのか。
それを、じっくりと模索しないことは、
自分の人生の、手抜きだ。
自分の人生に対して、失礼だ。

***

何で人は生きているんだ?
何のために、働くのか?
お金を手に入れるためか?
生活していくためか?
生活するために、働くけど、
働きすぎて、自分の大切な人と過ごす時間がない?
一週間、休みがまったくない?

俺は何のためにアメリカにいる?
旅をするために、お金を貯めている?

金を貯めるためなら、日本だっていいだろう?
アメリカでしか出来ないことをするべきだろう?

***

今は、自分に何があっているのか、
それを確かめるために、
仕事をボンボン変えていってもいいんじゃないか?


仕事に、自分の生活をロックされては、
何のための人生か、分からない。

朝疲れて起きて、ゆっくりする間もなく仕事に行き、
帰ってきて、飯食ったらもう深夜で、寝なきゃ、
明日、また疲れてる。

朝、疲れすぎてて起きれず、
サーフィンも行けない?

何のために働いている?

***

金のためだけに働いていては、
いずれ必ず後悔する。
金は、いつでも作れるが、
過ぎた時間は、もう戻ってこない。
その、大事な人と過ごせたはずなのに、
過ごせないで、過ぎ去ってしまった時間は、
もう、戻ってこない。

***

俺は、何のために働いている?
この質問ばかり、自分の頭に浮かぶようなら、
今の仕事を、もう一度考えて見るべきだな。

それをせずに、今の道でいいんだと自分に言い聞かせて進み続けたとき、
いずれ、必ず後悔する日が来る。

その後悔は、過去に十分味わったはずだ。

***

何のために生きている?
その質問を、自分に問い続けろ。

自分の心の中の不満を、
無視するな。

自分の人生に、
嘘つくな。


9・09・07


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Thoughts-思ったこと 
のび太は何もできないわけじゃなくて、
彼にだって得意なことはある。

あやとりをやらせたら、世界で一番。


勉強ができなくてもいいんだよ。
あやとりで、世界一のチャンピオンになっちゃえばいいんだ。

***

自分の「得意なこと」と、「好きなこと」。

俺は、接客が向いてそうと言われる。
でも、その俺の顔は、周りに対して気を遣っている顔であって、
本当は、一人で作業をしている方が好きなのかもしれない。

常にお客さんに笑顔を振りまいて、愛想を振りまくよりも、
作り笑いなんか作らずに、一人で、一つのことに根気強く集中している方が、
合っているみたいだ。

***

レストランでウェイターをやるよりも、
寿司シェフになって、寿司という作品を作る方が、
合っているのかもしれない。

***

俺は、一つの事をじっくりと、時間をかけてやるのが好きなのであって、
早いペースで、物事を進めるのは好きじゃない。

70パーセントの出来のものを、素早く100個作るより、
100パーセントの出来のものを、ゆっくりじっくり、
自分の納得いくまで、時間をかけて作りたい。

だから、絵も、自分がじっくり好きなように、
納得行くまで描けるから、好きなんだと思う。

***

自分は、「美」を意識する。

そのものが、いかに「美しく」写るか。

テーブルの上のフォークとナイフが、いかに綺麗に並べられているか。
自分の立ち振る舞いが、いかに優雅に見えるか。

レストランでホールの仕事をしている時も、
そういったことを無意識的に、気にしている。

モルタイタスクは好きじゃない。

***

自分が納得の行くまで、
綺麗な花を、美しく見えるように活けている方が。

納得行くまで、
好きな絵を、何時間もかけて描いている方が。

納得行くまで、
自分の心と話し合って、自分の生き方を確かめている方が。

好きなんだ。


早いペースは、好きじゃない。


9・08・07

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日常 

September 08, 2007

surf

今のアパートの目の前の通り




今日、彼女がスタバでの仕事終了間際に、
俺の店まで来てくれた。
エクストラホット&ノンファットミルク・ノンウォーター・チャイラテを頼み(超なげえ)、
それを俺が作ることになった。
初めて彼女が店に来てくれて嬉しかった。
二人でその後近くのスーパーに、昨日借りたDVDを返しに行った。

***

その時、車の中とスーパーの中で話してたことが、
”異文化コミュニケーション”について。

俺が最初に話し出したのは、
今日スタバで働いていたとき、
ストアマネージャーのリモーンがロレンゾに、
一番上のボスのランについての不満を言っていたことに関して、
「どの国のレストランや店に行こうが、
 内部の人間は、やっぱり同じように、
 その店の人間関係のことを話したりしてるんだな」ってこと。

俺が今働いているもう一個のレストランは、
日本人社会。
キッチンのスタッフは、グアテマラ人ばかりだけど、
ホールのウェイトレスやウェイターは、日本人のみ。
だから基本的に、店員同士で交わす会話は、日本語となる。
逆に、スタバでは、完璧にアメリカ人しかいないから、
全て英語。(当たり前だけど)

レストランでは、日本人の会話。
スタバでは、アメリカ人の会話。

それでも、どちらの場所でも、結局話しているのは、
ボスへの愚痴とか、同じ従業員の噂話とか、
最近見た映画の話とか、
そんな話題ばかり。

人種が変わろうが、言葉が変わろうが、
話しているのは、同じってこと。

「結局は人種とか言葉とか関係なくて、
 みんな同じ人間なんだよね」と彼女に言ったら、
そこから、日本で教えてる”異文化コミュニケーション”の定義の話になった。

****

彼女曰く、日本で教えるとき、
日本以外の国の文化のことを、”異文化”と捉えすぎて、
”違うもの”と、カタク取りすぎているという。

人間、元来は、みんな「同じもの」なのに、
その「違い」ばかりに焦点を置きすぎて、
「ガイコクは違うもの」と、
変にその違いばかりに気を行かせてしまう。

そして、その精神で、子供たちに教えている。


”アメリカ合衆国では、肌の色の違う白人と黒人がいて、
彼らは、こんな生活を送っている”

”ヨーロッパでは・・・”

”アフリカでは・・・”


あまりにも、その国々と、日本との「違い」ばかりに焦点を置いて、
逆に、「同じところ」にフォーカスしないから、
日本以外の、「外国」に住む人は、
日本人とは、「違う」------そういう定義が、
知らず知らずの内に、アタマの中に出来上がってしまう。

***

俺も実際、つい最近まで、
やはり、そういうアタマがあった。

白人だから。
黒人だから。
アジア人だから。

そういう視線で、人を見て、判断している自分がいた。

しかし、そうやって見ているとき、
自分は、その人”自身”を見ているのではなくて、
その人を、「白人」とか「黒人」とか「アジア人」とかのステレオタイプで判断してるのだ。


しかし、彼女に会って、彼女と色んな話をし出して、
例えば、ハンバーガー屋に行って、オーダーが来るのを待ってるとき、
「あの人はどんな人だと思う?」の俺の質問に、
彼女が、
「あの人はね、すごく気難しくて、自分に厳しい人」とか、
「あの人は、相当神経質で、常に周りに気を使っている人」とか、
「あの人は、頭がかなり良くて、とても優しい人」とか、
その人の「人柄」や「性格」を見ているのを聞いていて、

「ああ、みんな人種とか肌の色とか、年齢とか違うけど、
 みんな、同じ”人間”なんだよな」って気づいた自分がいた。
それはこの前、6月の頃のこと。

それ以来、俺は前よりも、「白人」とか「黒人」とか、
その人の外見的要因で判断しないようにして来た。

それでも、まだその癖は、
俺の根本的なところに根付いている。
でも、それを段々と、無くす練習を今しているのかなと思う。
スタバなどの、全ての人種が混ざる場所で働くことによって。

***

結局、本当の意味での国際人っていうのは、
どこの国に行っても、その人を、
その「人種」とか、「国籍」とか、「性別」とか、
そういう外的要因でジャッジせずに、
「その人」自身を見て、「どんな性格の人かな」と思いながら、
付き合える人だと思う。

人と付き合うときに、言葉や人種の違いなど気にしない。
見るのは、その人が「どんな人か」だけ。
それが自然に、誰に対しても出来る人が、
本当の「地球人」なのかなと。

***

もう一つ。彼女と話していて出たのが、
いかに皆さん、人を「人種」で判断するかについて。

例えば、日本にいる人に、「アメリカ人と付き合っている」というと、
大抵、「白人・金髪」と想像される。
で、「黒人」だと言うと、
なぜか、「黒人の彼女」と言われる。

俺が3年前に付き合っていた彼女は、
黒人だった。
その子の両親は、カリブ海の方から来た人たち。

そのことを例えば俺の両親に言ったとき、
「俊輔は黒人の彼女と付き合っている」と、親戚の人たちに言っていた。
まるで、俺が大それたことをしているかのように。

もしも、白人の子と付き合っていたら、
「アメリカ人と付き合っている」と表現していたんだろうけど、
なぜか、その子もアメリカ人なのに、
肌の色が少し黒いってだけで、
「黒人の彼女」と現される。


そこには、「アメリカ人=白人」がスタンダードっていう深層心理が働いているわけで。

***

こういう、「みんな口にはしないけど、暗黙的に”そうだ”と誰もが無意識的に認識している”常識”」ってやつを、
「無意識の偏見」と言う。

これは、俺がコミュニケーションの異文化コミュニケーションのクラスで習ったこと。
誰もが、持っているバイアス=偏見。
これは、誰もが生まれたときから、マスメディアや、いわゆる世間一般の”常識”、
そういったものからの情報で、自然と無意識に認識してしまうもので、
この「無意識的な偏見」に一度気づくまでは、
人々は、自分が偏見を持っているとは気づかないままに、
周りの人を偏見で判断してしまっているのだ。


そしてこれはやはり、一度自らが、自分の属する国やコミュニティー、
文化、「常識」から抜け出して、
他の「常識」に入り込み、
そこで、自分が「マイノリティー=少数派」となり、
差別を受けるまでは、
肌で感じることは出来ない。

そう、それが存在すること自体、
自らが経験するまでは、気づかない。

***

そんなわけでも、ゲイの人は、自らが少数派で、常に偏見の目で見られているため、
いかに「差別」されることが辛いかを自ら知っているため、
俺らのようなアメリカでいう「外国人」を、差別することは、絶対にない。

同時に、一度他の国を旅したことのあるアメリカ人は、
やはり自分がマイノリティに属した経験があるため、
こっちのことを差別することもない。

それよりも、マイノリティに属する人間の、
その大変さや、辛さを共感してくれ、
そこを、「理解」してくれる。

***

結局、視野が広い人ってのは、
人を、自分のステレオタイプに当てはめて、ジャッジしない人。
相手の境遇を「理解」し、
その人と自分との「違い」を理解できる人。

そして同時に、
そんな違いがありつつも、
結局は、「同じ人間なんだ」と、
同じ目線でいつも見てくれる人。

そんな人でいつもありたいと、
思うな。

****

ま、そんなことを彼女と話していましたとさ。
もっと色々話したけど、長くなっちゃったから、
また次の機会に。

9・07・08



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Thoughts-思ったこと 

September 07, 2007

starbucks






スターバックスは、衛生面の管理が本当にしっかりしている。

今日は夕方からのシフトだったため、Preclosingということで、
店の道具を全て綺麗に掃除し始める。

毎日使っている、ドリンクに入れるシロップのポンプ。
ポンプのノズルの部分を全て取り出して、熱湯で全て綺麗に洗う。

ショットを抽出する機械。
全て取り外して、掃除機で全てのゴミを吸い出し、
綺麗にふき取る。
機械の中は、タブレットの薬を入れて、リンスする。

氷をすくうスプーンも、全て洗浄機の中に入れて消毒し、
棚の上も、床も、
全ての部分を、徹底的に綺麗にする。

***

今まで働いてきたレストランでは、意外と奥の見えないところでは、
「これでいいのか?」という様な状態の、衛生的管理がきちんとしていない所もあったりして、
そんなのを見て来た中、スタバのこの徹底的な衛生面の管理では、
「ここまでやるのか!?」と言いたくなるくらい。

しかし、この徹底的な教育と衛生管理が、
スタバがここまで世界中に進出している理由なのかもしれない。

掃除が苦手なアメリカ人でも、
スタバで働く皆さんは、本当によく働く。
みんな、誰に言われたわけでもないのに、
常にテキパキ、キビキビと動き、
自ら仕事を見つけては、本当に隅々まで綺麗に掃除する。
今まで、手を抜いている人を見たことがない。
本当に凄いなと思う。

***

フラプチーノに入れる、チョコチップや抹茶パウダーなどが入っている入れ物までも、全て一度中身を取り出し、その容器を完璧に洗浄して消毒して拭き終わってから、また中身を戻す。
正直、この入れ物なんかは2,3日に一度掃除すればいいぐらいだと思うが、
それでも、毎日、徹底的に掃除する。
この精神、本当に見習いたいと思う。


前の日記にも書いたが、こうしてスタバやレストランなどの飲食店で働くことは、
常にその場を綺麗にする習慣がつくことである。

使ったら、すぐに洗う。
汚したら、すぐに拭き取る。

この習慣をつけることで、
毎日使う場所が、常に綺麗に保たれる。

この習慣、そして癖は、
自らの日常にも大いに役立つ。

シェフの人が、自分の家のキッチンや冷蔵庫の中も、
常に整理整頓され、綺麗に保たれているのは、
このせいもあるだろう。

****

今、スタバと、もう一つのレストランからは、
非常にいい習慣を見に付けさせてもらっている。

9・07・08



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My Work-仕事 

September 05, 2007

g今日から別のレストランでの仕事が始まった。
朝の10時から夜の10時まで。
休憩は途中に3時間あったけど、
ずっと立ちっぱなしはきついですねえ。
しかし、レストランのオーナーの方や、キッチンの人たち、
そしてこの店のマネージャーさんは、
毎日この仕事の繰り返しです。
すごいですねえ。

小さな店なので、お客さんとゆっくり話ができたりして楽しいです。
色々なお客さんがいるけど、やっぱりみんな、
楽しいひと時を過ごして、満足そうな顔をして帰っていくと、
こちらも嬉しくなります。

***

途中、2人組みのお客さんが、二人ともスープを多く残して、
その食器の片づけを僕がしたとき、それをオーナーシェフが見ていました。

彼は、常に店全体が見渡せる位置に立ち、
そこで料理をして、まな板を常に綺麗にし、
店の雰囲気を感じ取っています。

その二人が残したスープを見たとき、
彼は無言で、スープを少しよそり、口にしました。

そして、ぶつぶつ言いながら、塩を少し足していました。

相当、悔しかったのでしょう。
二人がスープを残したことが。

この店はかなり味がいいことで知られています。
実際、全ての料理がかなり美味しいです。

全ての作品にこだわっている彼だからこそ、
そのスープを残されたのを見たとき、
自らすぐに確かめたのでしょう。

その彼の行動に、職人肌を感じました。

ずっと、一日中、
朝から晩まで、店の様子をチェックし、
何一つ妥協せず、口数の少ない彼の姿は、
まさに職人だなと、
働きながら思いました。

***

頑張ります。

9・05・07

***ゴクウはここまで進みました。
あとちょっとです。

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My Work-仕事 

September 04, 2007

仕事で疲れると、帰って来て、ご飯食べて、
絵描いて、で、そのまま寝たくなる。

しかし、そうしてしまうと、
何のために生きてるのか分からなくなる。

OPT。あと9ヶ月間。
このままスタバの仕事で終わらせるか?

明日から別のレストランで仕事が始まる。
Let's see how it goes.


絵は、毎日成果が目に取れて分かるので嬉しい。
やっぱり俺は絵が好きみたいね。

9・05・07

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September 03, 2007

steak
題名の通り、今日の夕食もうまいステーキ。
VONSで買ってきた肉を調理して食べた。
彼女が作ってくれたけど、また味がよかったなあ。
一人予算は約3,5ドル!安いもんです。

そして僕のゴクウはここまで来ました。
段々色が載っていくのが楽しみです。

9.02.07

goku

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September 02, 2007

昨晩一個前の日記を書いたけど、言いたかったのは、これ以外にもあった。

2年前ぐらい、というか、つい最近までは、「ガンガン動き続ける」=「強い」と思ってたけど、
実際、止まったら恐いというのがあった。
一度止まってしまったら、また動き出せるかどうか分からなかった。

サキさんは、俺の彼女と同じで、
人をよく見て、その人がどうしたらいいだろうかをサラっと言う力がある。
サキさんは、2年前の俺を見て、
俺は、ガンガン動いてるから、強くなった気でいたけど、
きっと彼女には、「ちょっと危なっかしいな」と写っていたんだろうなと、
そんなことを昨日思った。

2年前の俺を思い返すと、
確かに動きまくっていたが、ある意味、
一歩止まって、もう少しよく考えて見たら、
もっと効率よく行けたんじゃないかと、
もっと肩の力を抜いても良かったんじゃないかと。

そんな風に思った。

でも、2年前は、それがベストだったわけで、
当時、がむしゃらになりながらも、壁に頭を何度もぶつけては進もうとしてたから、それだけ進めたわけで、
その当時はそれが一番良かったんだろうなと、
そんな風にも感じた。


結局人の成長っていうのは、
自分が気づかないときにくるものだと思う。
いつも、人生では、その時のベストを尽くしているはずだし、
その時の自分にとっては、その行動や考えが一番だと思ってるんだけど、
やっぱり後になって見返してみたら、
その当時、もっとこうしておけばよかったんだろうなとか、
ああ、あの頃はあれでもまだ全部見えてなかったなとか、
そういう風に思えるんだなって。

それを繰り返して、
人って、成長していくんだと思う。

***

きっと、人生を通して、
常に、発見の連続なんだろうな。

高校の頃は、もう大人になりきったつもりだったし、
でも、こっちに来て、自分が言葉もまともに喋れない子供に戻って、
で、またアメリカに慣れて、大学も卒業したけど、
今度は、社会に出て、仕事と言う面で、また半人前に戻って、
結局、学ぶことの繰り返しなんだろうなと。

そして、これを自分が死ぬまで繰り返して、
80歳ぐらいまで繰り返すのかなって。
もしも80歳まで生きたら。

****

あともう一個思ったのは、
自分に対しての変なプライドがなくなって、
初めて、心の余裕が出来るんだろうなと思った。

俺は英語がネイティブじゃないし、職場でも言葉にハンデがあるようなものだから、
そういう点で、「みんなよりハンデがあるから頑張らなきゃ」と、
自分を最初から一歩下に置いた点で物事を見れる。
だから、他の人が俺のことを助けてくれるだけで、
対等に扱ってくれるだけで嬉しい。

そうやって、自分の弱さを笑えるっていうか、
それをジョークにできるっていうか、
自分は、弱い存在、人に助けてもらってやっと一人前になれるって認めた瞬間に、
周りの人にもっと感謝できるようになって、
もっと人生がよくなるなあと。


ついちょっと前までの俺は、
そういう、「自分は半人前」とか、
「自分は弱い」とかって言ったり、思ったりすることが弱いと思ってたけど、
今はそう思えるようになって、やっと、心の余裕ができたなと、
そう感じる。

9・02・07 朝




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Thoughts-思ったこと 
え






夜、絵を描いていた。
2年前の夏にサキさんからもらったケツメイシのCDを聞いていた。
2年前、アメリカ一周の旅から帰ってきた後に、彼女に会った。

CDを聞いていたら、当時の記憶と感情が鮮明に蘇ってきた。
あれからもう2年かと。
ついこの間のことに感じるのに、
もう、2年も経つのか。

あの頃は、若かったなあと。
今は大分落ち着いてきた気がする。
「あふれる感情は・・・」って曲を聴いていたけど、
さっき、初めて、この曲の良さに気づいた。
2年前は、この曲も、あまり分からなかった。
当時は、「未来の俺への手紙・・・」とか、
「人は悩んで生きている意味を知る」とかの曲によく共感してたけど、
今は、「自分の弱さに気づく」とか、
「泣きたいだけ泣けばいい」とか、
そういう気持ちが分かるようになった。

当時は、弱さを見せることが、「弱い」と思ってたけど、
そうじゃないんだなって。
自分の弱さを認められない人は、
他人の弱いところも受け入れられないし、
その懐の深さがない。
心の余裕がない。

人生で、色々な体験をして、
辛い思いして、
自分の小ささを認めて、
で、
やっと、人の弱さも受け入れられるようになるんだなって。

***

2年前くらいは、
ガンガン動くことだけが、いいと思ってたけど、
止まるときに、ゆっくりと立ち止まって、
落ちついいて周りを見る姿勢。

そういうのが、俺にもついてきたのかなと。
この曲を聴いていて思った。

9・01・07


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Thoughts-思ったこと |  My Drawing-絵

September 01, 2007

spagetthi

今日の夕食
最近パスタをほぼ毎日食べているぜ




今日は土曜日だが、昨日まで二日間休みで、今日から仕事だったので、
月曜日の様な気がする。

****

この新しいアパートには、2週間前から住み始めた。
海辺の家。
家の前の通りを渡って、海まで歩いて1分。
夢のような場所。

6時くらいには夕食を取って、
その後夕日を見に、海まで歩いて行くと、
なんだか、別荘地にでもいるような気分になる。

家の前には、スーパーがあり、
歩いて行ける。
海の前には、
イタリアンレストランがある。
海を見ながら、食事をする人たち。
お洒落な風景だ。

***

夕食を早めに終わらせると、
その後の夜が長くて、
気分がゆったりする。

シンプルで、贅沢な生活。
そんな感じがする。


元ルームメイトのロイの家に行くたびに、
それを味わっていた。
6時には夕食が終わり、
みんなでゆっくり話して、映画でも見る。
映画を2本見終わっても、まだ10時。
で、みんなあくびをしながら、寝る。
そんな生活。

そんな生活なのに、なぜか贅沢な気分になるのはなぜだろうと、
いつも思ってた。

すごくシンプルな生活なのに、と。

***

今、そんな生活になり、
とても心が落ち着いている。

仕事と、家。
仕事して、家では、ご飯をゆっくり作って食べたり、
絵を描いたりと。

そんな生活が、すごく贅沢に感じる。

9・01・07

pizza

昨日総長と彼女と3人で食べたピザ
いつも行くお馴染みの店
かなり安くてオイシイ
一枚5ドルから


innout

そしてお決まりのIn n Out Burger
この夏、「Extra Tomato, Extra Lettuce, Extra Spread」をタダで出来ることを発見
そう頼むと、レタスとトマトとドレッシングが、
ほぼ倍になる
この量で一個1ドル90だぜ


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Mi Casa-俺んち 
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