August 2007

August 30, 2007

いやあ、俺は、
仕事に行って、
休みの日はサーフィンして、
夜は絵を描いて、
好きな曲を聴けたら、
それで幸せだなあ。


それで、それを幸せと感じられるのも、
彼女という、心から分かり合える人がいて、
自分の心の底の部分が、満たされているからなんだろうな。

そんなことを、今日絵を描きながら思った。

8・30・07

g1

今日、絵を描き始めるとき










g2

描き終ったとき


段々とゴクウに、命が注ぎ込まれていくぜ!!

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日常 |  My Drawing-絵
「米国民は地球上で最悪の汚染者だ。
 世界の人口の4%でしかないのに、
 世界の温室効果ガスの25%を排出している。
 米国は変わらなくてはならない」

---by エドワーズ元上院議員


その通りだぜベイベー。
やっと気づいたか。

8・29.07


「米国民はSUVと決別せよ」 エドワーズ候補が主張
2007.08.30 Web posted at: 13:39 JST- AP


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News Review 

August 29, 2007


人間ってのは、自分が育ってきた環境に近いものの中にいると、
安心するらしい。

***

自分は、日本人として、規則正しい生活の中、育ってきた。

時間厳守。
5分前行動。
整理整頓。
規律正しく。
礼儀正しく。
他人に迷惑をかけず。
努力。

そんなものの中で育ってきたから、
そういう状態にいることを、「心地よい」と思う。

規則が大嫌いな自分だが、
その規則の中に入って、その中で自らうまく動き回ることに、
そして、その規則を守った上で、
うまく、自分の才能を発揮することに、
喜びを感じるらしい。

***

仕事が始まり、毎日、シフトが組まれた中、その中できっちりと働いて、
「やる事やってる」って感じるところに、
とてつもない心地よさを感じたりして。

8.29.07

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Thoughts-思ったこと 

August 28, 2007

人間は、幸せなときっていうのは、感情を吐き出さなくてもいいから、
それを後に残しておこうとはしない。

その感情が、「本当に幸せで、もう書いておかなきゃもったいない!!」という位に達しているときは、それを書き残したり、手紙に書いて相手に送ったりするけど、

普段の生活の中で、「幸せだなあ」と普通に思うくらいなら、
特に、その「幸せ」という感情を、書き残すことは、ほとんど無いと思う。

自分で、自らにそれを課しているとき以外は。

****

この夏。俺は、彼女とずっと一緒にいた。
初めてだった。どこかに旅にも行かず、毎日、同じ場所で、生活を送る夏は。

同時に、彼女と、毎日ずっと一緒にいるってのも、初めてだった。
誰か、自分以外の人と、ずっと一緒にいるってのは。


彼女が7月10日に日本から帰ってきて、ほとんど一緒にいたけど、
それで、ほぼ毎日、夕飯を一緒に作ったりして、クローゼットの中で、
プリンターの空き箱をテーブルにして、二人で食べてた。
「勝新太郎と中村玉緒の若い頃を思い出すね」なんて言いながら。

そんな、超質素で、しかし、愛がある楽しい生活を、二人で送ってるってことが、
本当に、俺の人生では初めてで、楽しかった。

彼女と話していると、自分が子供に帰っているのが分かる。
よく、小さなときの、家にいた頃の感情を思い出すから。

小さい頃、親父と遊んだこととか、
お母さんとよく話したこととか、
そういうことを、よく思い出す。
彼女と会うまでは、そんなに今みたく、小学校時代の小さな頃の記憶を思い出すことも、ほとんどなかった。

つまり、そんだけ、彼女といると、安心しているんだと思う。

***

一度、彼女と夕飯を食べた後、親父の話をしていて、
涙が出てきてしまったことがあった。

その時、確か、親父の癖とか、よく取る行動とかを話していて、
仕事から家に帰ってくると、急に幼児化する父親。
それでも、外では気を張っていて、仕事からのケイタイ電話が入ると、
急に声がビシッとする。
「はい!○○です」
でも、いったん電話を切ると、また、声が小さい子みたくなってる。

***

俺は、自分が中学校とか高校の頃、
そんな、家ではシャキッとしていない親父が、
かっこ悪いと思い、反抗していた。

なんで、もっとかっこよく振舞ってくれないんだろう。
そんな風に思っていた。

しかし、今となっては、親父の気持ちがよく分かる。
外で気を張る親父は、家に帰ってくると、安心して、
子供のようになってしまうのだ。

なんで今、親父の気持ちが分かるようになったか。
それは、今の彼女といる時の俺が、まさにそんなんだから。

***

そんな風にして、親父の気持ちが分かったとき、
外では頑張っているそんな親父を、俺は避けてしまって、
強く当たってしまって、
可愛そうなことをしたなと、なんだか親父の気持ちを考えたら、
悲しくなってしまった。

それで、泣けてきた。

***


そんな風に、子供時代のことを思い出したり、
決して贅沢ではないけど、そうやって狭い空間で、
一緒に作った料理を食べたりして、
そうやって、楽しくて幸せな時間を過ごしていた。

そして、その幸せな気持ちは、特に日記に付けたりはしていなかった。


***

今、夏が終わりに近づいて、
「この夏は、俺は何をしてきたんだろう」と振り返った時、
今までの様に、どこか遠くの国を旅したり、
どこかに行ったりと、
距離的に余り行動していなかった自分の行動を振り返り、
「仕事もせず、旅もせず、
 俺は何をしていたんだろう」と思った時があった。

まるで、この夏は、何もしていなかったみたいな、
そんな感覚に捉われた。

****

でも、彼女と話していて、
そういえば、今回の夏は、毎日料理を作ったり、
色々な話をしたり、
たくさんのことをしたじゃないかと。

そういう日々の小さなことは、
余りにも日々の習慣になりすぎて、特に特別視はしなかったけど、
考えて見たら、すごく幸せな時間をたくさん過ごしたってこと。

そして、それを特別視しなかったから、日記にも特に書かなかったし、
毎日日々の行動を見返すことも余りなかったから、
「何をしたか」を、頭に刻み込んでこなかったってこと。

それで、後で思い返したとき、
「あれ?あの日は何をしたんだっけ?」
「この週って、何してたんだっけ?」
と、過去の日々に何をしたかを、性格に思い出せない自分がいた。

アメリカに来た日以来、いつも、日記を毎日付けてきたから、
んで、よく、過去の日記を読み返しては、
「ああ、この日はこんなことしたんだよな」と思い返してたから、
そうやって、今回みたく、
「その日に何をしたか」をすぐに思い返せない、
そんな日々が続いてしまったことを、
何となく、後悔した。

しかし、それは、毎日が幸せで、日記に書かなくてもいいくらい幸せだったから、
ただ、日記を付けなかっただけ。
それで、毎日その日の行動を見返さなかったから、
その日の記憶が、強く刻み込まれなかっただけ。

きっと、記憶は確実に残ってるんだろうけど、
「その日に何をしたか」ってのを、瞬時に思い返せないだけ。


そしてそれは全て、
日記を毎日付けていなかったからだってこと。

***

それに気づいた俺は、
先週くらいから、毎日日記をまた付けるようにした。
その日何をして、何を話して、
何を、考えたか。
何を感じたか。

それを記すようにしたら、その日の記憶が、更に濃くなり、
後で思い返しても、「ああ、この日は何をしたな」とすぐに思い出せ、
同時に、
その日に何を感じていたか、何を考えていたかが分かるから、
今の自分と比べて、どれだけ今の自分がその時の自分に比べて、
成長したかを確かめられるようになった。

***


それから俺はこの夏、仕事探しと、汚いアパートにストレスドアウトし、
中々仕事も決まらず、新しい場所も見つからず、
何故か毎日疲れていて、どこかへ行く気も起きず、
ずいぶん、イライラして、日々を過ごしてしまっていた。

そして、そうやって、
旅もせず、かといって仕事をしているわけでもなく、
一つところで、何もかもうまく行かないような状況にはまっている自分に、
焦ってばかりいた。

しかし、今、仕事も決まり、
新しい場所も見つかって移り、
全てがまた、やっとうまい方向に動き出し始めて、
その時のイライラしていた自分が見えてきた。

物事が思い通りにうまく行かず、
焦りばかりが積もるのみ。

そんな、一つところしか見えなくなって、
壁にガンガン頭をぶつけている様な、
アリンコの様な状態で、この夏を過ごしてしまった事を、
後悔した自分もいた。


しかし、彼女いわく、
この夏は、そうやって悩んで、
内面を鍛える夏だったんじゃないかと。

今までは、どこか他の国に行ったり、
旅をしたりと、
外側に動いて、内面を成長させてきたけど、
今回は、一つところにじっとスタックして、
そこで、物事が自分の思い通りに行かないという状況の中で、
じっと耐えて、物事がよくなるまで諦めずにやり続けるという、
そんな中での生活で、自分の内面を鍛えるいい機会だったんじゃない?と。

そう言われてみて、確かにそうかもねと思った。

***

ちょっと余りに長くなっちゃって、今回書きたいことと別のことまで書いちゃったけど、
今回言いたかったことは、

「幸せなときは、進んでそれを書き残そうとしないから、
 特に思い出に残らないけど、
 本当は、幸せな時ほど、時はあっと言う間に過ぎて、
 後で思い返すと、何もなかった様に感じるもの」ってこと。

それと、
「物事は、その時はうまく行ってなくて、
 その状況を、全然ポジティブに捉えられないかもしれないけど、
 後に全てがうまく行ったときに、その辛い時期も、
 その結果に結びつくために必要な過程だったんだと思えれば、
 結果オーライで、全てよしと思えること。

 そして、全ての物事は、
 自分がいいようになると信じて、諦めなければ、
 必ずいい方向に回る」ということ。

***

長くなりすぎたぜ。ふう。

8・29・07



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Thoughts-思ったこと 

August 27, 2007

あともう一個思うのは、白人はチップがいいってことね。
ベルモントショアーという土地柄もあるのかもしれないけど、
(ここは金持ちの白人が多い)
チップを気前よくボンと置いていく人が多い。

逆に、アジア人の客は、本当にチップを置かないね。

それはアジア人はケチだからかね?と彼女に言うと、
「文化の違いじゃない?」と。

確かに、アジアの国には、「チップを払う」っていう習慣がないからね。
結構、人々の行動って、
その人が気前がいいかとか、その人がよく気が利くかとかよりも、
「その人の文化なのか」ってのが、原因のことが多いからね。

例えば、アメリカでは、歩いていて人にぶつかりそうな時、
「Excuse me」つって、あらかじめぶつかる事のない様に、スペースを作ってもらうか、
こっちが通ることを知らせる。
もしもぶつかってしまったら、かならず謝る。
アメリカの文化では、他人と接触したりぶつかる事は、本当に失礼なことだから。
もしもNYみたいな人が本当に多い大都会でも、
もしも誰かにぶつかったら、必ず謝る。
「Excuse me」と。


しかし、日本とか中国では、こんな文化はない。
日本だったらまだ、ぶつかったら「すみません」と言って謝るけど、
東京とか人ごみの多いところに言ったら、いくらぶつかっても、何も言わない人も多いもんね。
しかも、ぶつかりそうだから、「すみません」と言ってスペースを予め作ってもらっておいて、人の後ろとか横を通る習慣もないもんね。
アメリカから日本に帰る度に嫌になるのが、このポイント。
人が誰かにぶつかっても、中々謝らない。

そして中国なんか、去年行ったけど、ほんと凄かった。
道行く人が、みんな自分にぶつかっていく感じ。
まるで必ず人に当たっていくのが習慣なのかと思った。

ま、これは、アメリカは土地がたくさんあって、
日本や中国は、土地が狭い+人が多いってのもあるんだろうけどね。

***

こんな風に、この点だけを世界的に見ると、
アメリカの人々は礼儀があって、日本や中国では礼儀がないみたいだけど、
逆に、このアジアの国々の方が「礼儀正しい」とされる点はたくさんある。

例えば、日本や中国だったら、年上を敬うし、相手を「尊敬する」という観念が、
小さい頃からの教えで、必ずあるでしょ?
でも、アメリカでは、年上を敬うって考えが、あまりない。
歳が上だから、敬語を使うって観念もないしね。

それに、挨拶の仕方とかね。
日本だったら、お辞儀するけど、
こっちは、握手か、ただ笑顔を作るだけだしね。
日本だったら、相手がお辞儀しなかったら、「失礼」に値するけど、
アメリカの文化では、「お辞儀」自体がないから、相手がいかに重役の社長だろうが、
するのは礼ではなく、握手だしね。

そこを、「アメリカ人は頭を下げなくて失礼だ」と日本人が怒っても、
お門違いだよね。

****

そんな風に、俺は端的に、
「白人はチップが多いからナイス」
「アジア人はチップがないからケチ」みたいに見てたけど、
彼女に言って、「文化にないだけでは?」と言われ、
なるほどと思った。

俺みたいに物事の一部分だけを見て、端的に決め付けるやつがいるから、
そこで衝突が起こって、
後には、戦争になるんだよ。
おっと、意見が吹っ飛びすぎた。

***

後は、アメリカ人がチップが多いもう一つの理由として、
彼らの文化には、「お金を貯蓄する」というアイディアが無いことね。

彼らは、「金は天下の回り物」とでも言わんばかりに、
入ってきた金もどんどん出す。
それに、「いかにチップを多く払えるか」で、
自分の裕福さをアピールしている人も多い。


日本人だったら、
「結婚するまでに何百万貯めて、それから結婚する」とかあるけど、
アメリカ人は、
「好きだったら何で今すぐ結婚しないの?」と、
預金通帳に千円しか入ってなくても、すぐに結婚しちゃう。
住むところなんて、ボロアパートでいいじゃん。
お金なんて、二人で貯めていけばいいじゃん。と。


また、日本人は「老後のために」という理由でしっかり貯蓄して行くけど、
アメリカ人は、「若い内に人生を楽しまなくていつ楽しむ」と、
若いうちから入ってきた金はガンガン使う。

それに、アメリカ人の大半が、日本人みたく長生きせずに、
すぐに死んでいくしね。
そして、アメリカでは、歳を取れば取るほど、
「老いていく」というネガティブなイメージを持たれる。
「若いことが美」とされる国。

18歳で子供は家を出て、親の元を去っていく。
日本のように、子供が親の面倒を見ることも、習慣にはない。
そして親も、それを期待していない。
日本のように、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住むことはなく、
18歳で子供が巣立っていく様子を見た夫婦は、
二人で静かに、老後を過ごす。

お年寄りや家族をとても大事にする日本やメキシコなどの文化とは対照的な、
アメリカの考え方。
そこも、親の面倒を見ない子供が「無礼」なわけではなく、
ただ、そういう文化なだけ。

そう、「文化」「習慣」「常識」の違いなわけ。


そんな事を彼女から聞いて、
なるほど、だから、
ロイの両親に、俺が会いに行ったりすると、
凄く喜ばれるのかなと思った。

アメリカにいる年上の友達やその両親などを訪ねると、
本当に歓迎してくれるから。


****


「金は使うため」と考えているのがアメリカ人で、
「金は貯めるため」と考えているのが日本人。

「休みを取るために働く」のがアメリカ人で、
「働くために生きる」のが、日本人。


「いかに多く休みを取るか」に神経を研ぎ澄ましているアメリカ人に対して、
仕事をして、「ああ今日もやるべき事を終えて気持ちがいいぜ」と思っている俺は、典型的な真面目な日本人だねと、彼女に言われた。

この夏は、「働いてないと怠けているみたいだ」という自分の既成概念のせいで、
折角の夏も、いさぎよく楽しめなかったからね。
やっと仕事が決まって、ほっとしている状況。
仕事も決まらず、住む場所も決まらず、
ストレスだけが溜まってイライラしていた俺に付き合ってくれた彼女には、
ほんと失礼なことをしました。
ごめんなさい。

***

そんなわけで、「入ってきたお金は使うため」と、
金をドンドン回すアメリカ人。

「お金は老後の安心のため」と、
しっかりと貯蓄していく日本人。

そんなところにも、国民性の違いが見えるわけですなあ。

8・27・07


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My Work-仕事 

今日はスタバでの仕事三日目。
バーに立って、ドリンクを作ったり、キャッシャーをやったりと。
慣れればシンプルな仕事です。

***

今日思ったけど、スタバとか、寿司屋とか、
お客さんから調理場がすぐに見えるところで働くことの利点は、
いかに小さな場所を、効率よく、しかも綺麗に使うかを学べるところですね。

お客さんから見えるから、調理場は、常に綺麗にしておかなきゃいけない。
それと同時に、調理場ってのは案外狭いから、
ないスペースを、どうにか駆使して、
全ての品や道具を効率よく、配置しなけりゃならない。

そして、一度調理したら、次のオーダーが来る前に、
さっと場所を綺麗にしておく。
そう、「常に整理整頓、綺麗にしておく」クセが付くわけです。
これは、とてもいいことです。

***

今は新しいところに移ったから、キッチンはとても綺麗で全然問題ないけど、
今まで住んでいたアパートのキッチンは、そりゃもう、最悪でしたね。

汚すぎて、ゴキブリ、うじ虫、蛾、変な虫類が出る始末。
人が沢山住んでいるってのもあるけど、キッチンを使った後綺麗にしない人がいるから、
そこに虫がたかる始末。

ルシアーノなんかは全然掃除しなくて、もうブチ切れもんだったね。
「生ゴミはその日の内に外のゴミ箱に捨てに行きましょう」
「使った後は、自分で洗うように」
と書いた張り紙を張っておいても、まったく聞かない調子。

こんなところから、アメリカ人とは一緒に住みたくなくなるんだよね。
基本的に、アメリカ人は、掃除ができない。特に男どもね。
マジで、汚い。
食べ終わって、食べ物が残った皿を、そのままテーブルの上や、キッチンに置いておく始末。
そこに虫がたかろうと、気にしない。
たまたま俺が一緒に住んできたヤツが、そういうヤツが多かったのかもしれないけど、
ほんと、アメリカ人のだらしなさには、開いた口が塞がらなかった。

****

そんなわけで、毎回料理をする度に、どこからともなくゴキブリが出て、
「ひいっ!!」と言って飛び上がりながら寿命を縮めていた日々ともおさらばしました。
あれで僕はどれだけストレスドアウトして、イライラしていたんでしょうか。
しかも、口にするものを置き、調理する場所にゴキブリがたかるというのは、
もう問題外ですよね。

今は新しい場所で、料理をした後は毎回必ず綺麗にし、
常にピカピカ、なんて感じです。
小学校とかの家庭科の調理実習の教室に張ってあった言葉。

「来る前よりも、美しく」

アメリカ人に、まさに見せてやりたい一文です。

****

ま、話がちょっとずれましたが、
そんなわけで、スタバみたいなところでバイトするのは、
スペースをいかに効率よく使うか、
いかに綺麗にいつも保つか、
いかに素早く掃除するか、
それらを実践を持って学べて、とても人生に役に立つのです。

現に、シェフの人は、綺麗好きの人が多いからね。
キッチンとか、色々な引き出しのスペースなんかも、うまく使うからね。
やっぱり、そうやって、効率よく、ムダなく、生きて行きたいですね。


8・27・07

shunsukesekine at 23:09コメント(0)トラックバック(0) 
My Work-仕事 
goku pen

小さいころは、常に絵を描いてた。
もしくは、厚紙とか紙粘土とかで、工作をしてた。

いつも、何かしら写したり、描いたり、作ったりしてた。

小学校では、いつも学年代表の絵などは、
自分の作品が選ばれたり、
または、学年用のしおりの表紙用に頼まれて、
絵を描いたりしてた。

工作の時間が一番の楽しみで、
しょっちゅう何か作ってた。

***

中学に入ってくらいから、いつの間にかそういう時間を取らなくなった。

部活。塾。
そういったものに放課後の時間を割かれ、
また、絵を描くなんてことが、あまり意味の無いようなことに思えてきた。

それよりもっと、男の子としてカッコよくなりたい。
そればかりだった。気が行ってたのは。

それでも、年に一度の合唱コンクールの時のクラス代表の版画などは、
やっぱり代表として作ってた。
でも、それぐらいだった。そういう事に時間を使うのは。
誰かに頼まれないと、やらなくなってた。

***

高校。もう、絵を描くなんて時間は、本当に取らなかった。
美術の時間で、自画像を描いたくらい。
美術部に入ろうかと最初の内は思ってたけど、
水泳部の練習と、後は勉強で一杯いっぱいだった。

そして、高校2年で、3週間のホームステイ。
アメリカという国を始めて知って、もうそこからは、
英語の勉強と、留学をする事しか頭になかった。


***

アメリカに来て5年。
毎日学校の宿題とか勉強に追われ、
後は、友達と遊ぶか。
女の子と遊ぶか。

もう、家に一人こもって、
「絵を描く」なんて時間は、取りすらしなかった。

でも、最初の一年目の学校で取った、美術の授業。
久しぶりに絵を描くことが、本当に楽しかった。
ライフ・ドロウイングのクラスで、ヌードのモデルの人を前に、
10秒、30秒、1分、3分、5分、10分とかの単位で、
人物デッサンをする。

それをしてるとき、もう本当に楽しくて、
「俺はやっぱり、絵を描くことに最高の喜びを感じるんだ」なんて、
直感的に思っていたことを覚えている。
冬学期。2月ごろ。
寒い夜のキャンパスを、一人で絵の道具を持って、
寮に向かって歩いているときだった。

同じクラスの中の人にも、
「キミは人の動きを瞬時に捉えて描く才能がある。
 漫画やアニメの道に向いてるかもね」なんても言われた。


そう、自分が進みたかった道は、
ディズニーやPIXARのような、CGアニメーションを作る会社で、
アニメーターとして働くことだった。

でも、2年目から写ったDe Anza Collegeで、
アニメのクラスを取り巻くった、半年。
いつも宿題の絵に追われ、
だんだん、「絵を描くこと」が、”楽しみ”から、”義務”へと変わり、
それを純粋に楽しめなくなっていた自分がいた。

同時に、その道で食べていくには、
相当の技と、運と、人のコネと、
後は、相当の「絵を好きな心」が無いとだめだった。

ハリウッドの道で、自分の絵を売り込むには、
相当きつい。
自分は模写は好きだが、
オリジナルのアイディアは、全然出てこない。
コピーができる人なら五万といる。
そして、自分よりその技術が優れている人も、
五万といる。

自分の技術の少なさだけで、その道をあきらめるのは絶対にやだったが、
それ以上に、自分の、「その道を行きたい」というパッション(情熱)が、
そこまで無かったのに気づいた。
自分の一生を、その道だけに捧げるまでに。


****

それ以来、ほとんどもう、絵は描かなくなっていた。
それまで、「楽しかったもの」が、
一度打ちのめされて、「もう触りたくないもの」みたくなっていた。

同時に、中学校くらいから、自分にとってお金になったり、
自分の人間性を直接伸ばすようなこと意外(本を読んだりとか)は、
やっても「意味がない」なんて思っていた自分がいたから、
絵を、ただの楽しみで描くなんてことは、
もう本当に意味がないと、なぜか勝手に思い込んでいた。

小学校のころは、
あんなに、毎日描いていたのに。

目が悪くなったのも、絵を描きすぎたから。


***


今日、久しぶりに、絵を描いた。
超、楽しかった。

今は、ドラゴンボールのスーパーサイヤ人悟空の絵を、
キャンバスに、鉛筆で下書きして、
ペンで輪郭を引いて、
アクリルで、色を付けている。

キャンバスを買ってきて下書きを始めたのは、
5月くらいだったが、
ペン入れと初の色付けを始めたのは、
今日。
新しい家にも移り、
今までスペースがなかったのと違い、今は絵を描くスペースもでき、
さっそく、やってみた。

もう、マジで楽しかった!!
最高に、楽しかった。
好きな音楽を聴いて、絵を描く。
その時間は、なんか、ある意味、
自分の心が、宇宙に浮いている感じ。
自分の心は、ここには無い。
どっか、天国の、気持ちいいとこにいる。
で、手が自然に動き、
聞いている音楽が、脳に普段以上にすんなりと入ってくる。

なんか、ハイになってる感じ。
そんな感じ。

***

絵を描いていると、自分がムリなく、「自分」でいられる。
「本当の自分」に戻ってる感じ。
脳が活発になって、すごく楽しくなって、
考えずとも、次の動きが頭に出てくる。

音楽を聴きながら、歌いながら、絵を描く。
こんな楽しい時間があったなんて。
こんな楽しい時間を、俺は、中学に入ってから、
取っていなかったなんて。

ずいぶん、大事なことを、見失っていたんだなと思う。

***

絵を描くことは、自分にとって、メディテーションみたいなものなのかもしれない。
社会に出てって、ある程度は、自分を強制して、働かせたり、
周りの人に合わせたり、元気を出したり、
とにかく、「自分を社会の中でやっていけるように」動かす。

しかし、絵を描いているときは、
そんな、「自分への強制」が一切なしで、
とにかく、「自分」でいる。


俺はもともと凄くシャイだし、
人とも、あまり関わりたくないタイプ。
小さいころは、自分の母親と、
すごく仲のいい親友ほんの数人としか、話さなかったし、
女子と話すなんて、ほんとできなかった。

自分が知らない人に、自ら話しかけるなんて、
ほんと、ムリだった。
できれば、いつも家にいたかった。

***

もしかしたら、本当の素の自分は、
そんなヤツなのかもしれない。
でも、そんな自分がイヤで、
そんな家に引きこもりで、恥ずかしがり屋な自分じゃ女の子にモテないから、
無理やり自分を変えていったと思う。
中学校くらいから。

んで、そんな自分が、「フツウ」になってしまった。
そうやって、他人に自分から話しかけて、
アウトゴーイングで、どこにでも足を運ぶような自分が、
「ふつう」になってしまった。


でも、どっかで、
昔の、ほんの小っちゃい頃の、
「超恥ずかしがりやで人見知りの自分」はまだいるのかもね。
で、「家で一人で絵を描いているのが一番好きな自分」は、
俺の核の部分に、残っているのかもね。


そんなわけで、そんな、元来の自分が現れるのが、
俺が絵を描いているとき。
で、もう誰にも気兼ねなしで、天国をフラフラしているような気分になってるのが、
絵を描いているとき。

らしい。


それを今日、絵を描いていて思った。


長くなっちゃった。


8・26・07

goku shitagaki

これが鉛筆だけでの下書きのとき。










m
こんな風にして描いてます

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Thoughts-思ったこと |  My Drawing-絵

August 26, 2007

yuji&kuro






8月26日 日曜日

今日は、クロちゃんと彼のルームメイトであるユウジ君率いるバンドのライブを見に行ってきた。トーランスにある、新撰組というレストランの15周年記念の祭りイベントでの一環。

12時から始まったそのライブは、ギターバリバリの、超ロックだった。

クロちゃんの演奏は前からジャズバーなどで聞いていたが、ユウジ君の生の演奏は始めてだった。
サラサラの髪を思いっきりなびかせて、めちゃくちゃカッコよく弾いていました。
ヴォーカルも彼です。

クロちゃんのロックの演奏も、生で見るのは初めてだった。
元々ロックから入った彼。今はジャズを専門にしているが、やはりロックがベースなだけあり、その姿は決まっていましたな。

ユウジ君のガッシリした弾き方もかっこよかったね。
足を思いっきり開いて、髪をなびかせてワイルドに弾く弾き方は、いかにもロックですな。

ベースとドラムの二人も、かなりうまかったね。

***

色々ライブを見て思うのは、バンドの仲間の波長があっているグループといないグループがあること。
今日の4人は、やはり舞台の上で演奏してきただけあって、その4人の波長はピッタリでしたな。4人ともかなりうまくて、それぞれの人が技術があるんだけど、やはり4人で一つの音にまとまっていた。いいね、ああいうのは。

ホント、いいっすな。ああやって、自分の選んだ道で突き進んでいる人は。
かっこいいね。
彼らの演奏姿が、見終わって大分経つ今も、ずいぶん心に残っている。


色々大変だろうけど、ぜひ頑張って欲しいです。

8・26・07



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行ったところReview | 音楽 Review

August 25, 2007

s

























いやあ、めちゃくちゃ面白かった。
アメリカ、特にカリフォルニアにいる人には、面白いんじゃないでしょうか。

いかにも!という感じの、高校生3人のお話。
登場人物の一番太っているヤツが、ノアにそっくりでマジ面白かった。
話し方も、声の調子も、本当は気が弱いのに、ちょっと強がっている感じも、
(悪いねノア君)
本当にノア本人を見ているみたいだった。

残りの二人も、いかにもいそうなヤツら。
こういう、「ああいるいる!!」みたいな人たちと会話を、映画にするってのは、かなり才能があると思う。
「ナポレオン・ダイナマイト」以来、面白い映画が来ましたよ、皆さん。

8・25・07

オフィシャルサイト



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映画 Review 

August 24, 2007


己の心と、対話すること。

何が、不安で、何が、不確かなのか。

心のモヤモヤは、なんなのか。

しっかり、確かめること。



自分の心と、じっくり対話するってことは、
かなりしんどいし、疲れる。

しかし、その時間を、定期的に取っておかないと、
気づいたとき、心に引っかかる「何か」が、いつの間にか生まれていたことに気づき、
その「何か」に、心は、落ち着かなくなり始める。

自分の心との対話が必要ない人もいるのかもしれない。
もしくは、俺みたいに、定期的にこういう時間を取らなきゃいけない人も、
少ないのかもしれない。

でも、自分は、そんな時間が、必ず必要みたいだ。

*****

彼女と付き合いだして、四六時中、一緒にいるようになった。
今まで、ずっと一人の時間が多い生活を送ってきたから、
こんなことは、初めてだった。

しかし、その、「誰かといる」ということに関して、
抵抗はなかった。
彼女とは、本当に気が合うからだ。

それでも、「自分一人で考える時間」を取らなくてもいいというわけじゃなかったみたいだ。


いつからだろう。俺の心は、ソワソワし始めた。
心の中の「不安」が、大きくなり始め、それが次第に、
「早く解決してくれ」と騒ぎ始めた。
それでも俺は、その不安と対峙することを先伸ばしにし、
一人きりになる時間を、取ろうとしなかった。


そして、その不安はデカくなり、
終に、自分自身もが、その不安に、蝕まわれるようにまでなった。

そのイライラを、俺は彼女にぶつけ、
冷たい態度を取ったり、常に不機嫌でいるようになってしまった。

彼女には、本当に申し訳ないことをした。

*****

さっき、海に行って、何が不安なのか、書き出してみた。
その、「不安」の要素。
俺がいつも彼女に聞かれて、答える不安の内容と一緒だった。

彼女はいつも、その不安さえも、
俺なら大丈夫だと言ってくれる。
必ず、よくなると。

それでも、自分は、その彼女の答えに、安心しなかったらしい。

彼女の言う「答え」と、俺が自分ひとりで数時間かかって考えて出る「答え」が例え同じだろうと、俺は、自分ひとりで、じっくりと考えて答えを出さないと、納得しないようだ。

その、「プロセス」を自ら踏まないと、いくら同じ答えを人に言ってもらおうが、
結局、納得できずに、同じ問題で、悩み続ける自分がいる。


*****

その「不安」。そして、その「答え」。

その答えとは、結局、自らが出すもの。
この世の中に、正しい答えを出せる人はいない。

なぜなら、その答えとは、俺の「生き方」に関してだから。



自分は、「ちゃんと」生きてるのか?
自分は、この「生き方」でいいのか?

この「生き方」で、間違っていないか?
今、この歳で、こんな事をしていていいのか?



それらの疑問は、社会の「常識」と比べて、”外れた”道を歩んでいると思う自分への、不安から来るもの。


じゃあ、何が「外れて」いるんだ?
「正しい」道って、なんだ?
その「常識」って、日本の人たちと比べてのものか?
日本に帰って、会社に就職したら、正しい道なのか?
それとも、アメリカの人たちと比べてなのか?
もしくは、世界的に見た上での、道なのか?

そもそも、「正しい」道なんて、あるのか?


****

結局、答えは、そこに来る。

正しい道。それは、ない。
正しいかどうかは、自分が決めるもの。
自分で、納得するもの。

そして、「じゃあ、俺は何がしたいのか?」と突き詰めると、
そこに来るのは、「旅をしたい」ってこと。

世界中を、周りたい。
この足で、周りたい。
この目で、見て、
この肌で、感じたい。

自分が行っていないところに行き、
自分が会ったこともない人に、会いたい。

それを、今、若いうちに、やりたい。

それだけ。


*****

24歳で、OPT。アメリカで一年働き、金を貯める。
25歳、世界を周る。
そして26歳、日本に帰る。もしくは、他の国で、いい仕事があったなら、そこで働く。

結局、何度考えても、出る答えは、そこ。
去年の夏から始めた就職活動で、もらった内定も全て断って、
今、アメリカでバイトしてるのは、そのため。
世界に出たいから。

25歳の歳で、世界を一周して、その後、何が待っているかは、分からない。
その後、どうなるかも、分からない。

果たして、その道が「正しい」のかも、分からない。
でも、その道に行かないと、一生後悔するであろうことは、分かっている。
そして、その道に行かずに、今就職したら、
絶対に、それが心に引っかかったまま毎日を送るであろうことも、分かっている。


ここまで書いて、結局出るのは、
自ら、自分が納得した道を行くしかないということ。


*****

正しい生き方はない。
自分が、一番行きたいと思う道を、
胸張って、行けるかどうか。
それだけ。

8・24・07






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Thoughts-思ったこと 

自分の人生が、凄く濃くなり、深みを増すのは、
人との愛情を感じているとき。
誰か大事な人と、愛をシェアしているとき。

そのとき、全てのものは、
意味を増し、
深さを増す。

全てのものが、愛おしく見え出し、
意義が出始める。

*****

自分一人で時を過ごしていても、
そのときに感じた喜び、感動、楽しさ、おかしさ、笑い、温かい心は、
「1」以上にならない。
しかし、誰か大事な人といるとき、
それらの喜び、感動、温かい心は、ますます大きくなり、何倍にもなる。

同時に、自分の悲しみ、不安、恐怖は、
その人とシェアするだけで、半分以下になる。


人生、愛は、
人とシェアすればするほど濃くなり、
ますます意義を出していく。

分かち合えば分かち合うほど、
人生は濃くなるなんて、
オレは今まで、知らなかった。


9:25AM 5・25・07

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Thoughts-思ったこと 

一瞬一瞬は愛おしいもので、
全ての瞬間が違うからこそ、
その「時」が、意味を持ち出す。

そのときしかないから、
それは、意味を持つ。


自分の人生で起こってきた、小さなDetail。

全て忘れていたが、
それは、その時のことを思い出す”きっかけ”が無かったから。

音楽、匂い。
それらのもので、その時の感情は、蘇る。


5.25.07



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Thoughts-思ったこと 

August 23, 2007



環境の変化。
生活習慣の変化。

人は、「変化」を嫌う。
その変化が例えいいものであろうと、
その「変化」に慣れるまでには、時間がかかる。

***

新しい場所に移った。
新しい仕事も始まった。

今まで、クローゼットに一年間住み続け、
バスルームは5人でシェア。
キッチンにはゴキブリが出て、
トイレや風呂場はほとんどの人が掃除をしなく、誰かに任せっきりで、
そんな環境に、ストレスを感じていた自分がいた。

窓のたくさんある家。
風が吹き抜ける家。
海に近い家。
綺麗なキッチンと、トイレと、風呂場がある家。

そんな家に住みたいと紙に書いたら、本当にそんな家が見つかった。

今は、そこに住み始めた。

***

早く仕事を見つけねばと、焦って、色々なところにアプライした。
全然仕事が決まらず、俺は4年制大学を出てまで、何してんだろうと、
今の自分の生き方が正しいのか不安になりながら、
とにかく待ってみた。

結局、初めから働いて見たいと思っていた、スターバックスでの仕事が決まった。
しかも、凄く感じのいい店で。

***

自分が望んだもの。
自分が、「絶対に手に入れたい」と思ったものが手に入った途端、
その自分の人生の「変化」に、心が追いついていない状態がある。

その時。
その新しい状況が、自らが望んだものであるのに、
そして、その状況は、前の自分の生活に比べ、絶対にいいものになっているのに、
それを、うまく受け入れられない自分がいる。

そして、前の生活を少し、懐かしく思う自分がいる。

しかし、よく考えて見ると、気づく。
今の状況は、自分がまさに望んだものじゃないか、と。


****

ある本に書いてあった。

「その人のもとに入ってくるお金には、
 その人の器量にあった分だけが入ってくる」と。

また、

「その人の人生は、その人が望んだものになる」と。


今回、生活の変化を迎え入れ、
その意味が、感覚的にちょっとだけ分かった気がする。


****

自らが望んでいる人生。
自らが欲しいと思う、お金の量。
自らが欲しいと思う、生活。


果たして、それが入ったとき、それを素直に受け入れられるのか。
それを、素直に受け入れ、
それを、「幸せだ」と感じられるだけの、「器量」・・・「心の器の大きさ」があるのか。

その器量なくしては、
結局、いくら自分が望んだものが手に入ろうと、
幸せにはなれない。


何を、「幸せ」と感じるのか。


そこを、よく確かめるべきだ。


****

そんなわけで、今、
自分の「心の器の大きさ」を再確認し、
徐々に広げている最中。


8・24・07




PS.
いや、それにしても、自分の「空間」があるってのは、いいもんっすね。
クローゼットに一年間住んでみて、本当に多くのことを学びました。

もう、本当に最小限のスペースでも、うまく生きていけるようになったし、
「モノ」を必要以上に持たなくなったし、
一体、何が自分の生活に本当に必要で、そうじゃないのか、
よく分かるようになった。

狭い空間でも、工夫次第で、どうにでもなることも覚えた。

そもそも、世界全体で見れば、こうして、毎日雨風や危険な目に会うことを気にせずに、
温かいシャワーが浴びられて、キッチンで料理が出来て、夜寝られるだけで、
もう本当に幸せなんですがね。


ほんと、人ってのは、他の人と比べて、
何が自分にとって「幸せ」なのかじゃなく、
「あの人よりいい生活をしてるから・・・」って、そういう物差しで物事を決めがちだからね。

そうしている以上、本当の心の平穏はないよね。


「取るに足る」を知ることですね。

でも、向上心を無くさないこと。
これが俺にとっては大事ですね。




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Thoughts-思ったこと 

August 20, 2007

今日からスタバでの仕事が始まった。

今日の内容は、書類の記入と、飲み物の作り方の簡単なレッスン。
それと、店内の説明。
何がどこに置いてあるか、
どれをどう使うか、とか。

今日働き出した店は、ベルモント・ショアーっつう、
ロングビーチの観光客相手の商店街みたいな通りにある、
一つの支店。
そこには二つスタバがあるけど、
その内の小さい方で働いてる。

書類の記入は、色々ありすぎて、読むのが大変だった。
タックスフォームのやつとか。
書類記入が終わったら、ロレンゾっていう彼について、
教えてもらう。
丁寧に教えてくれて、いいやつだった。

店で働いている人たちは、人種も年齢も、性格もバラバラ。
ストア・マネージャーのランは、俺が7月の11日にオープンセッションで面接したとき、実際に話したオジさん。話し方が男の人にしてはやけに丁寧で、ちょっとゲイっぽい。もしくは、ただのとても丁寧なおじさんか。?
この人のおかげで、ここで働けることになった。

もう一人のアシスタントマネージャーは、リモーンという、黒人のガタイのいいあんちゃん。というよりは、おじさん、か?
彼も、性格がよさそうだな。
声がでかい。

俺に付きっ切りで教えてくれたロレンゾは、ヒスパニック系の、黒髪の兄ちゃん。
俺と年は同じか、もしくはいくつか下かな?
すごく真面目そうで、几帳面そうだ。
俺に説明している間も、「これはここにあるはずじゃなくて・・・」とか言いながら、綺麗に直したり、拭きなおしたりしていた。

あとは、ジェシカっつう、白人の女の子。髪は黒。
店内の黒板の絵は、彼女が描いているらしく、「うまいね」と褒めたら、
「毎週日曜日に描いているのよ」と。
今度俺が日曜日に入るときは、俺にも描く機会があるって。
「そん時はどっちがうまいか競争しよう」となった。

後は、後から来た、別のマネージャーの、。。。だれだっけ?
確かジェイソンか?
俺は名前が全然覚えられない。
毎回紹介されても、すぐに忘れちまう。
早く覚えるコツを見に付けないとな。


そんな訳で、今日は5人と会った。

店は非常に寒く、ポロシャツ一枚でいった俺は、凍え死にそうだった。
手が寒くて麻痺しかけてた。

****

最初の書類記入の際、「コーヒーテイスティング」が始まった。
これから、毎日来るたびに、違う種類のコーヒーを少しずつ試し、
その特徴、味、原産地等を覚えていくという。

これを聞いて、青くなった。
なぜなら、俺はコーヒーが大嫌いだから。笑
なのに何故スタバで働いたかって?
ベネフィットと、社員教育、後は仕事環境がいいから。
それに、コーヒーが嫌いでも、こうして少しずつ飲んでいったら、
もしかしたら好きになるかもしれないしね。

でも、明日はクラスで教えられるんだけど、
5種類のコーヒーを飲むらしい。
ガーン・・・
吐いたらどうしよう。

***

ま、そんなわけで、仕事も無事に始まり、
一日目の感想。
後は、もう一つ仕事を見つけるだけだね。
このままじゃ、赤字だからね。

8・20・07


PS.
ジェイソンとか、リモーンは、仕事中も、ガムかんだり、大声で叫んだりと。
まあ、仕事をちゃんとして、店内の雰囲気を壊さないくらいなら、自由気ままにやっていいらしい。
さすがはアメリカ。
客に対しての対応も、人によって喋り方とか、声のかけ方とか全然違うし、
自由に客と話しまくってるし、(つーか、客と友達になればなるほど店のためにはいいしね)、
本当に、自由だね。
さて、俺はどうなるかね。

「超真面目なジャパニーズ」で通そうかな?








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My Work-仕事 
アメリカに来て、「アメリカナイズ」することと、
「日本人としての礼儀、常識を忘れること」を、混合してるやつが多すぎる。


アメリカナイズするために、アウトゴーイングになるのと、

お金の貸し借り、時間を守ること、約束を守ること、
借りたものを返さないこと、その他もろもろ、
「人間としての常識」を守らないことは、まったく違う。


「人と付き合っていく上での最低限の基本」を、忘れている留学生が多すぎる。
カリフォルニアだけの問題か?
特に目的もなく、ただこっちに来たようなやつらが多いからか?

それとも、日本にいたときから、こういう人たちは、こうだったのか?

結局は、その人の育った環境、そして、親のしつけか?


20代に入った以上、もう大人なんだから、
その辺は自分で学んで欲しいもんだがね。


8・20・07

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August 18, 2007

Ritz Carlton
6月の終わりにアプライした、リッツ・カールトンからの手紙が届いた。
結果は、「今回は遠慮させて頂きます」とのこと。


結果は残念だが、驚いたのは、
わざわざ彼らが、手紙で断りの通知を届けてくれたこと。
今は、どの会社も必ずE-mailか電話で済ませる。
それに、その断りの連絡すらして来ないところも多い。

そんな中、彼らは手紙をわざわざ出してくれた上、
その手紙の始まりには、自分の名前が、手書きで書かれていた。
なんて、親切な。

リッツ・カールトン系の本を読んだことのある人ならお分かりだろうが、
この会社は、お客様を大切にする前に、その会社で働く、従業員を、まず大切にする。
その精神が、実際に感じられた瞬間だった。


8・18・07





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August 16, 2007

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Blackboard Bistro.
Located at Seal Beach, CA.




ブラックボード・ビストロという名前の店。
名前の通り、「黒板」=学校をモチーフにしている。
店内は、「Library」=「図書館」みたいな風に、各セクションが、
学校の中にある場所の名前で仕切られている。

メニューは、ブレックファースト、ランチ、ディナー。
それぞれの名前が、「HOMEROOM」「RECESS」「AFTER SCHOOL SPECIALS」となっている。ネーミングもなかなか凝っている。

2時半ごろ行ったので、ランチのメニューから、サンドイッチとハンバーガーを頼んだ。

burger

"California"





sandwichsandwich2






"P.C.H."




彼女の頼んだハンバーガはかなり美味しかったが、
サンドイッチの方は、ごく普通。
モヤシの量が多すぎて、ちょっと生臭い味になってしまう。


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写真のように、外のパティオでも食べられる。
雰囲気のかわいいレストラン。
夜はいつも込んでいる。
興味があったらぜひチェケラあれ。

8・16・07


おまけ:Trader Joe'sで買ってきた花。
花は本当に綺麗なり。
ワシは大好きなり。

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Restaurant Review 

自分の部屋や家の、整理整頓が時々必要なように、
自分の心も、定期的に整理する必要がある。

自分の過去を振り返って。
日々の出来事を振り返って。

いらない物は捨て、
新しいものを入れていく。

掃除をしないと、心の「ホコリ」は、溜まっていくのみ。

その「ホコリ」とやらを、何なのか確かめ、
それを、掃除して、綺麗にすること。


いらない物は、全て捨てて。

そうしないと、前に進めない。

常に、新鮮な気持ちで。

8・16・07

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Thoughts-思ったこと 
8月14日 火曜日

kuro live






またまた行って来ました、クロちゃんのライブ。
5月の15日以来、3ヶ月ぶりですね。

いやあ、めちゃくちゃよかったですね。
前回見たときよりも、更にクロちゃんの演奏に、魂がこもっているような気がしました。

彼の弾くギターの音色は、聞いているものを聞き惚れさせる、何かがあります。

kuro 2






この日は、観客が大勢いましたが、
みんな、無言で、彼の演奏に聞き惚れていました。
やばかったです。

特に、彼が曲の最中、盛り上がるときに、
もう完全に自分の世界に入って演奏しているときは、
本当にやばいですね。
見ていて、鳥肌が立ちました。


ぜひ、直接見に行って頂きたいです。
彼は、将来、必ず有名になると、
何かそんな確信がありました。

心に残る、演奏でした。

かっこよかったです。めちゃくちゃね。


8・15・07


彼のホームぺージから
この日の写真



pub

ライブのあったパブの入り口










street

裏道はこんな感じ。
雰囲気があったな







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行ったところReview | 音楽 Review
s o p
いやあ、今日のディナーは、めちゃくちゃ美味しかったわ!
ステーキを彼女が焼いてくれたんだけど、もうマジで美味しかった。

味がよかったね、味が。
塩コショウ、レモン汁、バター、料理酒、醤油で味付けしたらしいけど、
もうマジで、うまかったね。
後は一緒に炒めたモヤシと玉ねぎのエキスが、肉にしみ込んだらしいです。

また近いうちにやらなきゃいかんね。

8・15・07

s 1s 2

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日常 

August 15, 2007

しつけ。「身を美しくする」と書きます。


人にあいさつをする。
借りたものはきちんと返す。
家の掃除をする。
約束を守る。
相手の立場に立つ。



人間として、基本的なことが、出来ていない人が、大勢いますね。

やはり、そこは、育った環境でのしつけから来るのですかね?


8・14・07

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Thoughts-思ったこと 

August 14, 2007



上の三つの言葉は、
彼女いわく、魅力的な人間を構成する、三大要素だという。

なぜその三つなのか、
その言葉たちとアイディアはどこから来たのかと聞いたら、
ふと、頭に浮かんだという。


とても興味深く面白かったので、その考えをここに記そう。


*****

この世の中の人々は、みんな、この3つの要素、
「やさしさ」「つよさ」「賢さ」の、
どれを一番強く持っているかで見ることができる。


「やさしさ」が一番秀でている人。
「つよさ」が一番秀でている人。
「賢さ」が一番秀でている人。


誰しもが、この3つを兼ね備える訳ではない。
この内の1つしか無い人もいれば、
2つ持つ人もいるし、
3つとも兼ね備える人もいる。


3つとも兼ね備える人は、基本的に、他人が見たとき、
大半の人がその人のことを、魅力的な人間だと思うらしい。

特に、その3つの要素のバランスが取れている人は、
特に、魅力的な人間と写る。


3つ兼ね備える人間の中にも、
特にその中のひとつが顕著に秀でている人たちがいる。

「やさしさ」が特に強い人。
「つよさ」が目立っている人。
「賢さ」が顕著な人。


基本的に、自分の周りにいる人たちをみて、
この3つのどれが一番強いんだろうと考えて見れば、
大体誰でもこの3つの内の要素のどれかを持つことに気づく。



******

彼女いわく、一つ目の要素、「やさしさ」。

これが、彼女にとっては、三つの中でも、一番大事なものだと。


「やさしさ」は、生まれつき決まっているか、
もしくは、その人が育った環境や、周りの人の影響で、
決まるものだという。



そして、二つ目の要素、「つよさ」。

これには、心の強さ、意志の強さ等、色々な種類の強さがある。



そして、三つ目、「賢さ」。

「賢さ」の中にも、三つの種類があり、


1.「知恵、教養」など、本を読んだり、人と話したりして、
   自らの努力で付けられる賢さ。

2.「獣の感覚」や、「Spiritual的感覚」なものなど、
   自らの経験や感覚を持って、状況や相手を読む賢さ。

そして、

3.世を渡っていく上で必要とされたり、相手を騙しこんだりする時に必要な、
  Sneakyな部分で必要となって来る、「ずる賢さ」。


それらの3つがあるんじゃないかという。


***

これらの3つの要素は、それぞれMAXが100だとする。

人々の中には、この3つをバランスよく保ち、
そのバランスを保つことに人生を費やす人もいれば、

1つの要素だけを特に伸ばし、その有り余った強さで、
他の要素の足りない部分も満たそうとする人、

1つだけを、ただ伸ばす人。

色々な人たちがいるという。



そして、このMAXの100を、超える要素を持つ人がたまに現れる。


余りにも「つよさ」が強い人。
強すぎて、人間ではなく、サイボーグのように見えてしまう。


「やさしさ」が強すぎる人。
その異常すぎるやさしさのため、偽善者とも写りかねない。


「賢さ」が突出し過ぎている人。
「一世一代の天才」と呼ばれるか、ただのキチガイとなってしまうか。


そして、これらの3つの要素の内のひとつが、異様に高い人は、
誰が見ても、その人のその魅力が目に映る。


*****


例えば俺の例を出して見よう。

彼女によると、俺は、「やさしさ」が一番強いとか。

そして、俺は、「やさしさ」が基準となっているため、
同じように、「やさしさ」で構成される人が目の前に現れると、
「自分と同じ空気を持った人だな」と会った瞬間に分かる。

同時に、自分には足りていないと思う、「つよさ」と「賢さ」。
この部分を付けたいため、これらを特に顕著に持つ人には、
自然と惹かれる。


特に、「つよさ」。

この要素を、俺は、自分に足りていないと思って生きてきた。


そして俺は、つい数ヶ月前まで
自らが「やさしすぎる」が故、この「つよさ」が無いと思い込んできた。

「やさしさ」と「つよさ」を対極化して見て、
どちらか一方が強まると、もう一方が弱まる、と。

そう思い、自らの「やさしさ」を減らし、
それを、「つよさ」に変えようとして来た。


しかし、それは、二つの対極するものではなく、
どちらも、別々のものであること。

むしろ、その3つの要素、
「やさしさ」「つよさ」「賢さ」は、お互いに結びついているものであって、
どれかを伸ばすと、他の2つも自然と引き伸ばされていく、と。

そして、「やさしさ」があってこそ、それが本当の「つよさ」=「男らしさ」だと。

それを彼女に6月に言われて、自分の中で、自らのやさしさを思い切り出そうと、
吹っ切れたことがあった。



そして、「つよさ」を特に求めて来た自分は、
その「つよさ」を持つ人を、特に人生の中で、慕って来たと。


言われて見て気づいた。まさにそうだった。
たまに、「やさしさ」や「賢さ」がずば抜けている人を慕い、
彼らを慕った時期もあったが、
基本的に自分が惹かれるのは、「つよさ」で象徴される様な、
そんな人たちだった。

そんな人たちに、小さい頃から、惹かれ、
彼らを慕い、敬い、憧れてきた。


****

賢さを強く持つ人に対しては、素直に尊敬することが出来る。
それは何故かというと、「賢さ」を持つ人は、
自分の「同類」または「友達」と見なして生きてきたからだ。

「賢さ」の要素は、小さい頃から自分にある程度はあったと思って来た。
だから、自分よりもっと賢い人を見つけると、
「もっとその人と話をしたい」、「もっとその人から学びたい」
という純粋な欲求だけが出てきて、
その人をライバル視しようなどとは、微塵も思わなかった。

だから、自分は賢い人が目の前に現れると、素直に降参してしまう。
そして、その人からもっと話をたくさん聞き、たくさん学びたいと思う。

今自分の周りにいる、特に賢さを秀でて持つ人で言えば、
鍼灸の馬場先生、ノアのお父さんなど。
彼らと話をすると、その人の人生をかけて見に付けてきた教養が、
彼らの顔と雰囲気から出ている。

そういう人に会うと、もう俺は嬉しくて、
ただただ、その人に素直になってしまう。


だから昔から、頭のいい人、賢い人のことを、
「友達」と思って付き合って来た。

「自分が伸ばしたい要素、しかし、自分が一番伸ばしたい要素ではない」と、
頭のどこかで理解して来たから。


自分よりも賢い人は星の数ほどいる。
だから、自分は、その人たちと競争する事などには興味がなく、
初めから、彼らの賢さを認め、その人たちに話を聞いて、
その人たちの賢さを、少しだけ分けてもらえばいい。
 
そして、自分も、また少しだけ賢くなっていけばいい。

そう思っている。

***

「やさしさ」に関してもそう。

自分が、最初からその要素で構成されているとどこかで分かっていたから、
「やさしさ」を特に持つ人に会うと、
同じ種類の人間だなとすぐに分かると同時に、
その人と一緒ににいると、逆に歯がゆいことが多い。
お互いに優しすぎて、気を遣いすぎてしまうから。

だから、自分は、どっちかというと、「やさしさ」よりも、
「つよさ」「賢さ」を持つ人と、常に一緒にいたいと感じる。

それは、俺が彼らから学べるから。
自分に足りない要素である、その二つを伸ばすために、
彼らといることによって、その要素が伸びていくのが分かるから。

しかし、中途半端な「やさしさ」には惹かれないが、
究極の「やさしさ」を持つ人には、もちろん惹かれる。

上に書いた馬場先生、ノアのお父さんの二人は、
賢さこそ特に高いが、同時に、彼らが持つその「やさしさ」も、
驚くほど高い。

だから、彼らには、常に尊敬の眼差しで接してしまう。


*****

そして、最後の要素、「つよさ」。


これに関しては、おれ自身、上にも書いたように、
自分に足りないもの、そして、
一番身に付けなきゃいけないものとして、
今までの人生を生きてきた。

だから、この「つよさ」を持つ人が現れると、
まず自分が最初に取る行動は、「身構えること」。

自分がそれを一番欲しいと思う以上、
その要素で、他人と、「競争したい」と思ってしまっているからだ。


富を一番人生で大事な人がいるとすれば、
他の人よりも、更に裕福になろうとするもの。

車を一番人生で大事なものとすれば、
誰よりもいい車を持とうとするもの。


それと一緒で、「つよさ」を一番大事なものとする自分は、
「つよさ」を持つ人間を、まずは、「競争相手」と見なす。

そして、その人の「つよさ」と勝負しようとする。


そして、その人の「つよさ」が、真のつよさであった場合、
つまり、権力を振りかざす強さや、
他人を押さえつける強さや、
卑怯な強さではなく、

真のやさしさを持つ「つよさ」、
心の「つよさ」、

そういう種類の「つよさ」を持った人には、
素直に降伏して、
その人から、その「つよさ」を学びたいと思う。


そうして、自分は今まで、生きてきた。
恐らく、そういう、心の「つよさ」に、
一番、惹かれてきたからであろう。

その心理の奥には、
「心の強い人になりたい」

そういう自分の思いがあるんだと思う。


*****


彼女と、こんな話をしていて、
本当に面白かった。

この、人の見方。
「やさしさ」「つよさ」「賢さ」で人を見ること。

この見方は、ほんの一つの見方。
これが正しいと思う人もいれば、間違っていると思う人もいるわけだ。
だって、これはあくまでも、ただの「考え」だから。

そして、この「考え」に当てはめて考えるなら、
自分は、こうやって生きてきたんだなってこと。

俺は、多分、これからも、
「賢さ」と「つよさ」を求めて、生きていくと思う。
特に、「つよさ」に関しては、もっと強くなりたいと思う。
「心の強さ」を付けるってこと。



ちょっと長くなっちゃったけど、分かりにくかったかな?

ま、俺にもっと「賢さ」があったら、
この文章も、もっと簡単に、分かりやすく書けたんだろうけどね。
それは、賢い人に任せます。^_^

8・14・07





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Thoughts-思ったこと 

August 13, 2007

plant











題名の通りです。

この植木を一週間くらい前に買って来てから、
クローゼットの中の空気が綺麗になりました。

この部屋には窓もなく、新鮮な空気も入らなくて、
朝起きると、なぜか頭痛が続く日々。

「おかしいな」と思いよく考えると、
そう、この小さな部屋には、
二酸化炭素が寝ている間に充満していました。

これでは二酸化炭素中毒で死んでしまいます。
急いで「緑」を買いに行きました。

買ってきて、次の日の朝。

・・・・もう頭が痛くありません!!

たった一つの植木のおかげで、僕らは救われました。
僕らの吐く二酸化炭素を、この葉っぱたちが吸ってくれて、
新鮮な酸素を吐き出してくれるのです。
なんて素晴らしいんでしょう。

***

同時に、僕はこの木から、多くのことを学んでいます。
ここクローゼットは、外からの光が入らないため、
昼間は常にこの植木を外に出してあげないと、
太陽の光を浴びずに、弱ってしまいます。

なるべく外に出すようにはしていますが、
やはり栄養が足りなっかたのでしょうか。

本当はこれから咲くはずの花のつぼみが、
ある朝起きると、2,3個落ちていました。

「なにかあったのかな」と思い、特に気に止めませんでしたが、
それから数日。また、つぼみが数個落ちています。

今朝も、一個落ちていました。

そう、この木は、
自分自身への栄養が足りなくなったとき、
花のつぼみを自ら落として、
本体の方に、栄養をやっているのです。

そうやって、生き残る熱い命。
自然が、自らこうして生き残っているとは、知りませんでした。

ごめんね植木くん。
これからはなるべく外に出してあげます。
そして毎日、新鮮な酸素をありがとう。

8・13・07


shunsukesekine at 19:10コメント(0)トラックバック(0) 
balboa barfrozen banana











写真は、この前行ったバルボア島で売ってる、
バルボア・バーと、フローズン・バナナ。

バルボアバーは美味しかったけど、バナナの方は、
なんかレタスの味がした。
そして、見た目はどうみても、ウン○。
いやあ〜、美味しいもんではないですなあ〜


こんなバカでかいアイスを一人で食べているから、
アメリカ人は太るんだよね。
イタリアのこのニュースを見習いたまえってんだ。

*****

4キロ減量で50ユーロ、町が手当を支給へ イタリア

2007.08.13
Web posted at: 18:50 JST
- CNN/REUTERS

ミラノ──イタリア北部バラッロの町長が13日、太り過ぎの住民に対して、1カ月間に4キロ減量すれば、50ユーロ(約8000円)の手当を支給すると発表した。


4キロで50ユーロは男性の場合で、女性は3キロ減で50ユーロを受け取れる。


さらに、減った体重を5カ月間保てば、さらに200ユーロ(約3万2000円)が支給される。


自身も約6キロほど太りすぎているというジャンルーカ・ブオナンノ町長は、「多くの住民が、『やせなきゃいけないけれど、本当に難しい』とぼやいているのを聞いて、グループでダイエットに励めばうまくいくんじゃないかと考えた」と話している。


バラッロの住民は約7500人。減量手当プログラムは今月10日から始まり、すでに何人かが参加を決めている。


欧州連合(EU)の統計によると、イタリア人の約35%が太り過ぎ、もしくは肥満状態にあるという。

(from CNN.co.jp)







shunsukesekine at 18:49コメント(0)トラックバック(0) 
News Review 

August 12, 2007

rose






これは、今朝彼女と話をしていて彼女が言った、面白い表現の仕方。

彼女が俺と一緒にいる際、俺の昔の話を聞いたり、写真を見たりして、
それで今現在の俺と話すと、
一人の人間が成長して来たという、「人間としての成長の年輪」が見えると。

男の子は、みんな、そういう風に、成長の過程が顕著に見えるものという。
それとは逆に、女の子は、小さな頃から、既にませていて、
自分の母親とも、友達のような感覚で付き合う。
しかし男の子は、「男の子」から、「男」へと成長していくものであって、
成長の過程がはっきりと見て取れる。

そんなわけでも、母親にとって、男の子の成長を見るのは、
すごく楽しいんじゃないか、と。

*****


彼女は、俺にポテンシャルがあると言ってくれる。
それは、俺は向上心が高く、自分が目指したものを手に入れたり、
そのゴールを達成するまでは、
絶対に諦めない、最後までやり抜く性格だからという。

そんなわけでも、
「俊輔は、自分が望むものを必ず人生で成し遂げられるよ」と言ってくれる。
そして、その姿勢が、人が俺に対して、ポテンシャルがあると言ってくれる理由じゃないかと。
なるほどと思った。


*****

ジョン・メイヤーの歌で、「Daughters」という曲がある。
その歌詞の中に、こんな一節がある。

***

Boys, you can break
You'll find out how much they can take
Boys will be strong
And boys soldier on,
But boys would be gone without warmth from
A woman's good, good heart

男の子なら壊れてもいい
どれだけ耐えられるか分かるから
男の子は強くなって
負けずに頑張るけど
女の子の優しい心からの
暖かみがなければやっていけないものなんだ

On behalf of every man
Looking out for every girl
You are the god and the weight of her world

すべての女の子を見守っている
すべての男に代わって言う
君は神で、彼女の世界に影響を与えているんだ

***

この歌詞が自分は凄く好きだけど、
特に、今の彼女と会ってからは、これをよく理解するようになった。

男の子は、女の子で変わる。
男は、女の子のサポートがあってこそ、
自分ひとりだけでは行けなかったところへ、
更に飛べるようになる。

女の子が、男の子に比べて、
もともとませていて、大人っぽいのは、
人間的に、既にMature、成熟しているから。
そんな女の子の支えがあってこそ、
男の子は、更に人間的に成長することができる。

女の子の人生が、母性愛に代表されるように、
人を愛すること、育てることであれば、
男の子の人生は、自分の人生を通して、
「成長していく」ことである。

もしも、その「成長」というもののゴールを、高さで計るなら、
女の子は、すでに早いうちから、そのゴールの天辺、一番上のところにいるのかもしれない。
そして、まだ下にいる男の子に、上からアドバイスをあげ、サポートをしてあげる。

男の子は、女の子のそのサポートがあって、
さらに、上に登っていくことが出来る。

男の子と女の子の関係は、
そういうものなのかもしれない。

***

しかし、世の中には、その、「女性からのサポート」を、
常に女性を下に置いて、「男尊女卑」と間違って捉える人がたくさんいる。

女性は、本来、聖母マリアの愛によって現されるように、
愛に満ちた存在。
その愛で、
人を、包み込む存在。

女性を、常に敬うこと。
女性からのサポートを、ありがたく受け取ること。
それでいて、元来弱い男---男の子は、
社会でも、やっていけるようになるんじゃないかと。

そんなことを、今の彼女と会ってからは、
よく考えている。

*****

そんな会話をよくするので、
彼女と話をしていると、色々と気づかされ、学ばされ、
考えさせられるので、
とても楽しい。


8.12.07




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Thoughts-思ったこと |  John Mayer

August 11, 2007

That's what it came to my mind now.

Yap, it's been only several days since I changed my mind to enjoy my life and focus on "now", and everything started to come differently in my life.
It's always how you perceive your life and how you make it.

*****

日記っていうのは、その日の内に書かないと、その時の新鮮な感情、
何を考えていたか、何を「感じて」いたか。

それらは、全て、忘れていってしまう。
だから、そんな意味でも、いくら眠くても、その日のうちに、
その日の大切な感情、何か新しく学んだこと、
新しく気づいたこと、その日、感動したこと、

そんなことを、記しておくことはよい。

*****

8月10日 金曜日

surf






これは昨日。昨日は、朝サーフィンに行って、サーフ合宿一日目の開始。
波は余りよくなかったが、まあまあ乗れた。

いつもは波をよく観察せずに、ただひたすら目の前の波を相手にしていた自分だが、
この日は、珍しく一度浜辺に上がって、そこから見渡せる海全体の流れを見ていた。

こうして遠くから見てみると、実際に海に入っていては見えなかったものが見えてきて、色々と分かってくる。
つまり、物事の「全体像」が見えてくる。

うまい人は、常に、波の一番パワーのある山の部分に自らパドルしていき、
うまくそこから波を捕まえる。

逆に、初心者は、目の前の波しか見えていない。
そこに来る波が悪くても、自分の位置を変えようとせず、ただひたすら、自分のところに来る波に、乗ろうとしている。

しかし、上級者は、常に海全体の流れをチェックし、いい波が、次にどこに来るか。
今度の山は、どこの辺りになるか。
今いるところより、沖側なのか、浅瀬側なのか。
それを絶えずチェックし、すかさずその位置を見極め、
そこへ、自らの体を持って行く。


そして、大事なのは、人から学ぶこと。
自己流でかっこつけてやってようが、変なクセは付くかもしれないが、
ある程度のレベルまで行った後、そこから伸びなくなってしまう。

しかし、常に、自分より上級者の人の動き、波の捕まえ方、
ボードの扱い方、波の滑り方等を良く見て観察しておけば、
次に自分がどういった動きができるのかを、想像し、更に上のレベルへと移ることが出来る。


全体像を見ること。
自分の今いる位置を見ること。
人の動きを見ること。
人から学ぶこと。

サーフィンだけじゃなく、普段の生活の中や、仕事等、
人生においても言えるんじゃないかと、感じていた。

自分はよくサーフィンを例えにするが、サーフィン、つまり海、自然の動きから学ぶことは、たくさんある。

*****

サーフィンした後は、Kさんと彼女と昼を食べに。
生まれて初めて、アメリカにある、日本食ラーメン屋に食べに行った。


ここで、俺の「Winner&Loser Theory」を解説。

1.アメリカにいて、「日本」が付くものに近づくのは負けである。

 ・日本食レストランに食べに行くのは負け。
 ・日本食スーパーに行って、「日本人」だと気づかれることは負け。

 (だから、アジア人か、日本語を喋らない日系人という素振りをする。レジに並んでも、そこで、「Hi」の代わりに、日本語でいきなり「こんにちは」などと言われれば、負けである。もし言われたら、「Hi」とあえて英語で返す。←日本人として超ヤな奴)

 ・日本系のビデオ屋に行って、日本の映画やドラマなどを借りるなどは、論外。

逆に、

2.日本に一時帰国した時に、「アメリカ」が付くものに近づくのは負け。

 ・よって、日本にいる時に、なるべく、日本でしか食べられないもの、つまり「日本食」に徹することが大事。
 ・「ピザ」や「ハンバーガー」など、アメリカでも食べられるものを食べることは、負け。(マックに行くなど、論外)

しかし、
 
3.アメリカ中西部など、日本系のスーパーやレストランが中々ない地域に住む友達などのためや、日本をもっと知りたいアメリカ人の友達など、自分以外の「誰か」のために、日本食レストランへ行ったり、スーパーを紹介したりするのは、OKである。

つまり、

誰か他の人のために、日本食レストランや日系スーパーを活用するのはいいが、
自分の楽しみのためだけに、それらの場所に近づくことは、負けである。


という、かなり偏った根性を貫き通して今まで生きてきた。

g

「そのこだわりが、男ってもんだぜベイベー
 日本短髪協会」







そんなわけで、一人でアメリカのラーメン屋に行くはずもなく、しかもそんなラーメンなんて食べに行く友達いないし、今まで一度も行ったことがなかった。

んで、Kさんと彼女の二人は、よく行ってるらしいので、二人に連れて行ってもらった。

いやあ、久しぶりだったね、あの雰囲気。
南カリフォルニアにある日系の会社に勤める、日本人の会社員の方々。
注文をした後、一人黙々と、店においてある、少し油がしみ込んだ漫画に読みふける。
自分の頼んだ品が来ると、その漫画を読みながら、ただ無言でひたすら食べる。
仕事のストレスを発散するのは、その30分間。
そして、また一人、会計をすませた後、黙々と一人で帰っていく・・・・

そこには、「日本人サラリーマン」の、熱き後ろ姿があった。

そこで俺とKさんは、スタミナラーメンを食べ、口の中をニンニクの臭さで一杯にし、
汗を滝のようにかきながら、食べた。
1ドル追加で付けた大盛りの麺の量に泣きそうになりながら・・・

*****

1. sushi making











で、帰ってきて、夕方。
ちょっと昼寝した後は、我らが総長の家へ。
今朝サーフィンを一緒にしたばかりですが、今日は前から企画していた、サケ・パーティの日。
LAのダウンタウンにある魚市場に行って、彼がサーモンを安く、大量に仕入れてきてくれました。
で、皆で集まって、サーモン尽くし。

2.salmon






サーモンの刺身に、サーモン丼、
サーモンを使ったフィラデルフィアロールに、サーモンのホイル焼き。

3.sushi






4.salmon don






いやあ〜、うまかったねえ〜。

総長と俺と彼女の他に、Kさん、彼女のカレッジ時代の友達で、俺も前にあった、MさんとSくん。この日にサクラメントの方から、6時間かけて走って来てくれました。(サーモンパーティのためだけではない)。
あと、総長の家に今泊まっている、Yくん。
その7人で、ディナーテーブルを囲んだ。

dinner






総長の家のホストファミリーは、今レイク・タホにキャンプ中のため留守にしているので、
誰もいないその家を借り切った感じ。

2 guys






居間の大きなスピーカーのステレオで、いい音でジョン・メイヤーを聞きながら、
キッチンで料理を作る。
最高の贅沢ですな。
将来、金を貯めた後は、まずは家の音響効果を凝ろう。
そう心に決めました。

料理が出来た後は、みんなでサーモンを、これでもかという位食べた。
本当に美味しかった。

それで、その後は、俺が総長の家の庭から切ってきたバラを花瓶に入れて、食卓に飾っておいたんだけど、そのバラを一人一本ずつ手に持って、自分の話をした。

一人ひとり、最初に話した人が、次に話す人と、その人が話す内容のトピックを決める。
一人ひとり、自分の好きなこと、熱中してること、夢、自分が愛するもの、
旅の話など、そんなことを、みんなの前で話した。

いいもんですな、みんなで、一人の話を、真剣に聞くということ。
そして、誰もが、その時間を楽しむこと。

desert











Kさんが言っていたが、誰しも、自分の好きなことに関して話すときは、
いくらでも話せるし、ネタもいくらでも出てくる。
例えばKさんだったら、犯罪学や、警察、ギャングの話、
Sくんだったら、サッカーの話、
総長だったら、ジーザスの話、
俺だったら、旅の話など。

そして、そうやって自分が話すとき、それを誰かが真剣に聞いてくれるってのは、
本当に素晴らしく、感謝すべきことですな。

誰もが、語り、
誰もが、耳を傾けた。

いい時間だった。

coffee







*****

時は12時前。
明日は、朝からまた、サーフィン。
今度は、今日サクラメントから付いたばかりのMさんとSくんも加えて。
家に帰って、寝ますか。
しかし、俺と彼女は、家についたその後も、この前借りた映画、
「Life as a house」のDueが次の日の朝だったため、これを見た。

ガンにより自分の寿命を後数ヶ月と言われた建築家が、
最後の夏を、心の通わなくなった息子と一緒に、海が見える岸の上の家に一緒に住み、自分が今まで住んできた家をぶっ壊し、もう一度、その息子と立て直すという話。

心を閉ざし、父親と話を一切しなくなっていたその息子も、
父の真剣さ、愛情、心意気を感じ取り、段々心を変えていく。

すでに離婚し、別の男と結婚して、新たな子供ももうけた元妻も、
その主人公である彼の生き方に惹かれ、また、戻ってくる。

しかし、すでに、彼の死期は迫って来ている・・・


そんな話だった。
見ていて、悲しくなってしまった。
感動した。

ちなみに、この映画の舞台となった場所は、
ここから車で30分の、Palos Verdes(パロス・ヴァルデス)。
岸の上から海が見える、とても綺麗なところ。
彼女が4月に教えてくれてからは、何回か行ってる。
近くということもあり、親近感が湧いた。

*****

2時ごろ見終わって、就寝。
明日に備えて寝ますか。

この日は、朝からサーフィンもし、
夜は、みんなで、食卓をゆっくり囲み、思う存分話すという、贅沢な時間も過ごせ、
本当に有意義な一日だった。

こういう、人と、食事を供にし、
時間を気にせず、自分の生活のことも一時忘れ、
ただ、その目の前の「時間」を、ゆっくりと楽しむ時間。

心の、「余裕」を持つ時間。その余裕を、作る時間。
そういう時間を取ることが、人生にとって、本当に大事だなと思った。

たった一日の、たった数時間の時間だが、
そんな数時間も、忘れられない、一生の思い出となる。
そして、その時過ごした、みんなで心から楽しんだ時間というものは、
自分の人生の思い出から、一生消えることがない。

その時間は、自分の心の余裕を増やし、人生を、より濃いものにしてくれる。
そして、自分の人生に、更に感謝できる。


そんな時間を過ごせ、そんな機会を与えてくれ、
そんな大事なことにまた気づく機会を与えてくれた総長に感謝したい。
そして、そんな大切な時間を過ごせて、本当に楽しかった。

8・11・07


皆で
everyone










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The Ocean & Surf-海とサーフィン |  John Mayer

August 09, 2007

beach






8月9日木曜日

今日は、ロングビーチから南に下って30分ほど、
Newport Beach(ニューポートビーチ)の中にある、
Balboa(バルボア)Islandという所に行ってきた。

Newport Beachは、テレビでやってるドラマ、
「The O.C.」っつう番組の舞台らしい。
んで、その中に、このバルボア島でのシーンがあるらしい。
帰ってきてYoutubeで見たら、確かにそこでのシーンがあった。

ま、ドラマのことはどうでもいいんですが、
とにかく、ここは、とても綺麗なところだった。

今住んでいる場所から、たった車を30分走らせただけで、こんな場所に着けるなんて、今まで知らなかった。
しかも、普段行っているHuntington Beachから、南に車でほんのちょっと走ったところ。

こんなところがあったなんてね・・・
彼女が見つけてくれました。

****

この島へは、フェリーを使って入るか、もしくは、車で周って行くこともできる。
フェリーを使って入ると、一人片道1ドル。
岸から岸まではほんのちょっとの距離で、
フェリーに乗ってるのは、ほんの5分くらい。多分。

水が大好きな自分は、本当に嬉しかった。
イタリアのヴェニスや、タイのバンコクを思い出した。

****

3






島の反対側に付くと、小さな観覧車がある観光客用のエリアが広がる。
この観覧車も、OCのドラマで使われたんだって。ふ〜ん

ここにある海岸はとても綺麗で、
ピアからの眺めは、本当に綺麗だった。

近くにあった公園で、ジャズ&ロックコンサートをやっていた。
そこの芝生に寝っ転がって、ジャズを聴きながら、頭の上に広がる青い空と、
ヤシの木を見ていた。

そこで、思った。

****

俺は、この数週間、仕事が決まらないってのが不安で、
毎日、ストレスドアウトした日々を送っていた。
同時に、家にはゴキブリが出たり、トイレは水漏れしたり、
自分の部屋はクローゼットで、空気は入らないし、酸素不足で頭は痛くなるし、
なんだか、家にいても、外にいても、常に気休まるところが無かったみたい。

というか、自ら、気を休める「時間」を作ろうとしていなかった。

俺の悪いクセだ。常に、宿題とか、仕事とか、
「やらなきゃいけないこと」で、自分の頭を一杯にして、
気持ちの切り替えをせず、常に、そんなことばかりを考えている。


卒業して2ヶ月。
OPTが6月の頭に始まり、「早く仕事を見つけねば」と、
躍起になって焦っている自分がいた。
色々なところにアプライしたり、面接を受けたりしていたが、
返事が返ってこなかったり、面接で落とされたりと、
中々、仕事が決まらない。

ロングビーチ・ダウンタウンのスタバが決まったが、
そこも、ゲトーエリアで治安が悪く、
店の雰囲気も悪かったため、また断った。

結局、ベルモント・ショアーにある、店員の雰囲気が非常に良いスタバに、
20日から配属されることになった。

この店長は、俺が7月にオープンセッションで始めて面接をした時に、
俺のことを気に入ってたらしく、
本当は彼が俺のことを取りたかったらしいが、ロングビーチダウンタウンの方が人手が必要で、そっちに俺が配属となったらしい。

でも、俺がそこの店の雰囲気が嫌だと断ったので、たまたま、そこの店長が、ベルモントショアーの方の店長に、「シュンってやつがいるけど、欲しいか?」と聞いてくれ、彼は、「彼のことは初めから俺がほしかったんだよ」となり、俺がそっちでの採用となったらしい。

この事は今週の月曜日に分かり、やっと、仕事が一つ決まった。

それまでは、仕事が一つも決まらなかったわけで、「俺は何やってんだろう」「早く仕事を決めねば」「早く働き出さないと」と、勝手に焦って、自分は怠けてると思ってた自分がいた。

そんな時も、彼女は、「今は休みを取るいい機会なんだし、一度働き出したら、もう毎日働かなきゃいけないんだから、今の休みを十分楽しんだほうがいい」「必ず仕事は見つかるから、心配することはないよ」「今まで5年間学校で頑張ってきたんだから、少しぐらいゆっくりしてもいいはず」と、俺のことを励ましたり、視野を広くさせてくれていた。


それでも、俺は、やはり、仕事が決まっていないという事に、ストレスを感じ、常に、どこへ行っても、心ここにあらずって感じで、目の前の状況を楽しめない風になっていた。

そして、月曜日、やっと、仕事が一つ決まって、
初めて、俺が、この夏を、気持ちを切り替えて、思いっきり楽しむでもなく、
仕事のことに不安がり、夏も本気で楽しまず、「超」中途半端な状態で、この数週間過ごしていたことに気づいた。


気の毒なのは、彼女だ。
俺と毎日、ほぼ24時間ずっと一緒にいるのに、俺の心の状態がこんなんであるが故、一緒にいても、俺は彼女との時間を心から楽しめていなかったどころか、どこかに行くとすぐに気疲れしたり、何か少しのことでイライラして、不機嫌になったり、全然喋らなくなったりと、一緒にいる彼女に、すごく失礼なことをしてしまった。

こんな狭いクローゼットで、文句一つ言わず一緒に過ごしてくれていて、俺が何か不安を口にすれば、必ずアドバイスをくれ、俺の狭くなった視野を広げてくれていたのに、それでも俺は、彼女と一緒にいることを、いつの間にか「当たり前」と思い出し、隣にいてくれる彼女に、感謝することすら、段々忘れていた。

そして、そんな態度を取る俺を見て、彼女は悲しみ、「自分が一緒にいるのがいけないのか」と、自分を責めていたらしい。

その事を俺に数日前に聞いて、すごくショックだった。
自分が、彼女にそんなに悲しい思いをさせていたってのを知って、しかも、彼女がそういう悲しい思いをしていたのは、俺が原因だったから、それがすごく悲しかった。

自分は、自分の悩みのためだけに、自分の隣にいる一番大事な人を悲しませていたってのに、本当に後悔した。

それでも彼女は、そんな俺に対して怒らず、一緒にいてくれる。

*****

彼女には本当に感謝している。
彼女は、いつも俺に、俺の問題点を気づかせてくれる。
俺が自分自身で気づくまで、彼女は、待っていてくれる。

俺の問題点。例えば、機嫌が悪くなり、表情が恐くなったり、態度が変わってしまうところ。
そんな子供みたいなことを、この年になって、いまだにやってる。
しかも、一番大事な人に対して。

その自分の、自分勝手な態度のせいで、その人がどんなに不愉快な思いをし、
悲しみ、自分と一緒にいることが苦しくなってしまうか。

そして、そんな悲しい思いや、苦しい思いをさせたまま、
俺は、彼女のその思いに気づかす、
ただ、不愉快な態度を取り続けていた。

自分がそうやっていたことにも、気づかず。

*****

こうしてやっと仕事が決まり、やっと、自分の気持ちに、「余裕」が出来た。
そして、やっと見えてきた。
自分が、どれだけ、今までの数週間の時間を、もったいなく過ごしてきたかに。

学生生活が終わって、初めての夏。
アメリカ、最後になろうである夏。
彼女と、最後に一緒に過ごせる夏。

最初から、「自分は必ず仕事が見つかるから、この夏を思いっきり楽しんでおこう」と心の切り替えがすっきり出来ていれば、迷い無く、思い切り楽しんでいたであろう。
その方が、精神的にもリフレッシュし、これからの自分の仕事生活にもすんなりと移れたはず。

ところが、仕事への不安もあり、夏も中途半端に過ごし、
自分の心意気も、楽しみ方も、全てが「中途半端」の、まったく思い切りのよくない時間を今まで過ごしてきてしまっていた。

そして、その被害を一番被った彼女。
俺の自分勝手な、中途半端な態度のせいで、悲しい思いを沢山させてしまった。

本当に、申し訳ない。

*****

自分のこの数週間の態度と、心の持ち様を見直して、反省し、
今は、残りの夏を、潔く、思い切り楽しんで過ごそうと決めた。

仕事が始まるまで、彼女と、そして友達と、思い切り楽しむ。

明日からサーフィン合宿も総長と始める。毎朝、サーフに行き、もっと上達するように練習する。

こんなことだって、頭を少しひねれば、自分の時間の使い方と、けじめのつけ方で、いくらでも出来たはずが、「仕事を早く見つけねば」という一つの考えに固執しすぎて、それさえ思いつかなかった。
全く、本当に狭い視野で生きてたわけだ。
この数週間は。

過ぎた時間はもう取り戻せない。
後は、今から先を、生きていくだけ。

総長に、自分のこの数週間を振り返って、そして、彼女を悲しませたことについて、
すごく後悔していると言った。

すると総長。
「”ま、いっか”が大切だよ」と。
何か後悔するようなことが起きても、それをいつまでもグチグチいってるんじゃなく、
そのことは潔く忘れて、今から先を考えればいいと。

本当やなと思った。
自分は、性格上、全てを完璧にしようとする傾向がある。
この夏も、完璧にならなかったことを後悔するのではなく、
今から、残りの夏を、楽しめばいい。

彼女を悲しませたことを後悔するのではなく、
そこから学んで、もうそういう思いを絶対にさせないように自分に誓って、
もっと、人間的に成長すればいい。
そして、これからの時間を、もっと今までよりいいものにしていけばいい。

*****

そんなわけで、そんな自分にいいアドバイスをくれる総長や、いつも支えて、応援してくれている彼女に、本当に感謝している。


*****

話が大分ずれてしまったが、そんなことを、ヤシの木と、上に広がる空を見ながら、思っていた。

今までは、どこへ旅に行っても、いつも大体一人で、その感動をシェアする人がいたらいいなあと思っていたもので、今日のように、新しいところへ行って、その感動を一緒に彼女とシェアできて、本当に幸せだなあと思う。

この数週間の自分の態度と、彼女を悲しませてしまったことを謝り、
これからはもっといい関係にして行こうねと、
で、俺はもう、そんな態度は取らないようにしますと、
約束した。

二人の関係が、もっと良くなった。
また、ステップアップした。


*****

そんなわけで、ボルビア半島。
機会があったら、ぜひ行ってみてくだされ。


・・・つーか、ここの紹介文どころか、
お前の反省と決心で勝手に終わってるやん!!って?笑


8・09・07

2 kids

公園にいた双子の子供。
超かわいかったなあ

shunsukesekine at 23:30コメント(0)トラックバック(0) 
行ったところReview | My Work-仕事

August 07, 2007


人生という名の海で、
波に乗ること。



彼女は言う。
俺は、自分の人生という海の、塩の流れを信頼し、
それに身を任せたとき、
本当の実力が出ると。

そして、俺の人生。
「波」に乗ることが、重要だと。


そんなわけでも、サーフィンをしているんじゃないか、と。

波をつかまえ、それに乗っていく方法を見につけるために。



*******

俺は、カレントが強い部分にスタックしているのに、
そこで必死に、ただもがきまくって、
何とか沖に出ようとしていたみたいだ。

浜辺から一歩引いて見ている人にとっては、
そこは、カレントが強いから、
一度、そこを抜けるまで流れに任せて、
そのカレントを抜け出せば、少しの力で沖に出れることを知っていたのに。

そして、そうしたら良いよと、彼女はずっと言ってくれていたのに。


「いつも力強くパドルすること」が、自分の「正しい」生き方だと信じ込んで、
今までやって来た自分は、
一度肩の力を抜いて、ただ、サーフボードに乗り、
海の流れに身を任せることを、恐がっていた。

何もしていないと、沈んで行ってしまうんじゃないかと。


しかし、今やっと、そのカレントから抜け出せた。
彼女の言うことを信頼して、ただがむしゃらにもがく事を止めたとき。
海の流れを、「信頼」してみたとき。



いつも、浜辺から、「俊輔」という海をチェックしてくれている彼女は言う。

「俊輔という海は、絶対に大丈夫だから。

 塩の流れを信頼して、流れに身を任すことだけを考えていれば、
 絶対にうまく行く。

 絶対に、大丈夫だから」と。


彼女の言葉に、いつもどれだけ励まされているか。
彼女の、浜辺から、全体の塩の流れを見据えた上での、アドバイスのおかげで、
自分が、その海でパフォームすることが、
どれだけ、うまく行ってるか。


いつも、目の前から来る波だけが目に入り、
それと戦うことに躍起になってしまって、体力を消耗してる自分にとって、
自分という海を遠くから客観的に見た上で、
そのようなアドバイスをくれる彼女に、
俺は頭が上がらない。



*****


海に来た理由は、
波に乗るためだったんだから。

今やっと、さっきまではまっていたカレントから、やっと抜け出したところで、
今、目の前に、波が見えている。


次は、それに乗るとき。



8・07・07



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流れに身を任せること。

「人生」、という川の流れに、身を任せること。

そして、その川の流れを、信頼すること。


流れを信頼し、体の力を抜けば、
うまく、それに乗ることができる。

しかし、その流れに乗れず、スタックしているときは、
そこから抜け出そうと、もがいている場合が多い。

もがいていると、必要以上の力が体に入り、
力みすぎ、
逆に、もっと溺れるだけ。
もっと、苦しくなるだけ。


そこで、一度、ふっと力を抜いてみる。

すると、体が自然と浮いて、川の流れに、身が乗り出す。


流れに乗れていないときは、肩の力を抜くのが恐い。


いつも、「思いっきりもがいて」川を進んで来ることが、
「正しい」と思って来た自分は、

いつも、「思いっきりもがいていないと、常にもがいていないと、
怠けている」と信じ込んで生きて来た自分は、

今、その川の流れにスタックしたとき、
肩の力を抜くことが、
怠けていると思い、
中々、できなかった。


しかし、もがき疲れて、もうもがけなくなって、
体の力が抜けたとき、
体は、自然と浮いてきた。


そして、その「人生」という川の流れを「信頼」し、
その流れに身を任すことを試して見ようと決めたとき、

やっと、自分の体が、また、川の流れに乗り出したことに気づいた。



*******


Go with the flow.

流れに、身を任せて。



8・07・07



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August 05, 2007


今日彼女と話してて。

俺はいつも、エクストリームすぎる。
一極両端だと。

そして、俺の良いところとして、色々なものを見たり、
相手がどんな人でも、その人のいいところを見つけたりと、
どんな体験をも、自分にとってプラスの経験にする力があるのに、
いつも、一つのことに、固執しすぎると。


どの道に行こうが、やっていけるだけの力があるのに、
いつも、一つの道しか選ばない。

多くの人に会い、多くのことを経験し、
それらから、それだけの数のいいものを、自分の成長の糧にできるのに、

その、「色々なものを試す」ということ自体を、
億劫がっている。
自分が「良い」と信じたものだけに、固執し、
そこから、離れない。

それが故、自分の可能性を、殺していると。


****

これは、自分でも薄々気づいていた。
人にもよく言われる。

「俊輔はポテンシャルがあるのに、もったいない。」

「AからZまで、何通りもの道を”選べる”という力を持っているのに、
 そして、そのどの道でもやって行ける力があるのに、
 自分が正しいと信じきった、一つの道しか、いつも選ばない。
 それしか、目に入らなくなってしまう」

そんなことを、言われてきた。

*****

彼女が言う。

俺のいいところは、真面目なところ。
一本気であるところ。

しかし同時に、その「真面目さ」=「堅さ」が、
「頭のカタさ」に繋がり、

それが、自分に隠されたポテンシャルを使い切る前に、
自分を小さくしている、と。


だからそんな理由でも、もっと良い意味で「浮気」をしろと。
(その後、他の女の子に浮気はしないでいいからねと。笑)


「他の道ももっと見てみようかな」
「他の生き方ももっとしてみようかな」
「他の人の考えももっと取り入れてみようかな」

そういう頭の柔らかさが、自分の人生を、もっといいものにして行く、と。


*****

例えば俺がエクストリームで、頭がカタい一つの例。

例1:

このクローゼットに住み始めて、もう一年が立つ。

最初は、テンポラリーと、後は話のネタのつもりで住み始めたが、
いつの間にか、これが「普通」となり、
今では、他のところに移ろうかなと考え出し、レントを調べても、
500とか600とか聞くと、「高い」と思ってしまう自分がいる。

そもそも、このロングビーチに住むこと自体、500〜600でも妥当な方なのにな。

今の、月に120という家賃と比べ、他のところを全て高いと思い出した自分がいる。
そして、そこから離れられない。
それこそ、本末転倒やな。

あくまでも、一つの「オプション」だったものが、
「全て」に変わった瞬間。

人は、頭がカタくなる。


例2:

アメリカに来てから、日本人と付き合ったり、日本食スーパーに行くことを、
「負け」だと思っている自分がいたこと。

こう書いて、今、その考えに吹き出してしまった。笑
俺も日本人だし、俺の彼女だって、日本人なのにな。

いつも、「日本食スーパーに行くこと」=「アメリカにいながら、日本に浸ること」を、「弱い」「負け」だと思ってきた。

で、いつも、日本人や、日本食スーパー、レストランなど、
「日本」が付くものからは、離れてきた。

でも、それを「負け」だとか「弱い」とか思ってる時点で、
そういうレッテルで物事を見ている=「決め付けている」ってので、
すでに視野が狭いんだけどね。

ちなみに、今日彼女と日本系のスーパーに行き、
「おお!こんなのもあったの?」
「へえ!こんなのも売ってるんだ」と、
勝手に驚いていた。
ロングビーチに来て2年が経つのにね。


「日本人が溜まるところ、”日本”が付くところに行くことは負け」と決め付け、
自分を、アメリカどっぷりのところに漬け込もうとして来たこと。

つまり、Other side(それらの場所が持つ、良さ)を全て否定し、そこの持つポテンシャルを見てこなかった自分自体、視野が狭い=自分の人生を狭くしていると。


*****

とにかく、今は、OPTで何でも出来る可能性があるんだから、
何でも試してみるべきだな。

新しい考えを、取り込むこと。
物事を、反対側からも見てみること。
たまには、寄り道して、フラフラしてみること。

それらのことが、自分の可能性を、もっと引き出す。

いざとなった時に絶対に流されない、
芯の強さにだけは、自信があるからね。

もっと、心の規制概念を外して、
色々と試して見るよ。



8・05・07








shunsukesekine at 21:02コメント(2)トラックバック(0) 
her
今日は、朝からついてた。

昼食に、お気に入りのIn N Outへ。
頼んだバーガーのバンに、カビの様なシミが付いていることに、
俺が一口食べた後に彼女が気づく。

「これってカビ?」と店員に言いに行くと、「新しいのを用意いたしましょうか?」と。
もちろん頼み、待つこと5分ほど。
先に頼んだフレンチフライだけを食べ終わり、彼女も食べ終わってしまった。
「忘れてんのかな?どうなってんねん」と文句を言いに行こうかと思っていると、
さっきバーガーを渡した店員が、席までわざわざ持ってきてくれた。

「ありがとう」と言って受け取ろうとすると、彼は俺たちのテーブルを見て、
「フレンチフライもお持ち致しましょうか?」と。
「あ、じゃあお願いするわ」と言うと、
彼はアツアツのフレンチフライ(いつもより約1,5倍多め)を同じトレイに入れて持ってきてくれた。

新しく作り直されたチーズバーガー・アニマルスタイルは、
今まで数え切れないほど食べてきたIn N Outでのバーガー史上、
一番素晴らしい出来だった。

そのフカフカさと、肉の厚み、
トマトと、レタスの多さ、
そして、具の上に更に余計にかかった、サウザントアイランド・ドレッシング。

その出来栄えは、まるで見本の写真に使われそうな出来だった。

証拠の写真
in 1






いつもこうやって作ってくれればいいのにな。
でも、この店はいつ行っても美味しいから、許す。

そして、更にもう一個のフレンチフライも手に入れ、
それらをがっついた。
あ〜うまかった。

protein

彼女が頼んだプロテインスタイル。
バンの代わりに、これでもかという量のレタスで、肉とトマトが包まれる。
これもアッサリしていて、かなりウマい。



*****

夜。
ちょっと遅めに、近くのスーパーに買い物に行った。

今日の夕食はどうしようかと話し合い、
俺はロールキャベツがいいと言うと、
彼女は肉ダンゴスープがいいと。

二つとも同じようなので、じゃあロールキャベツを作ろうとなり、
それらの具材を買いに。

スーパーを歩いている途中、
無性にチョコレートが食いたくなる。

そう、俺は超がつくほどの、
チョコレートホリックでございます。
いつも基本的に、チョコレートチップクッキーか、
チョコレートが入ったお菓子か、
チョコのドーナツなど、
大体毎日、チョコレート系のお菓子を口にしないと、
気がすまない。
太るのは分かっているので、
その分、サーフィンしたり、水泳したり、運動する。
で、また食べる。
その繰り返し。

しかしこのチョコ好きの俺が、ここ数日はチョコを食っていなかった。
(・・・いや、昨日もチョコドーナツを食べたか。まあいいや)

そんな訳で、「チョコレートが食いたい!!」と、
目の前の棚に置いてあったM&Mを発見。
しかも、一パック普段は$3.69のところ、
今日は割引で$2.5に!!

こんなにデカいバッグを買っては、一気に食べてしまいそうなので、いつも買いたいという衝動を抑えて、何とかこらえていたが、
今日はどうしても耐え切れなかった。
しかも、新発売のダークチョコレート、ピーナッツ入りバージョン。
これは、買うしかないっすね。

「これは俺が全部出すから」と、そのバッグを買い物カゴに入れた。

***

レジで、会計を済ませ、いつもどおりレシートを丹念にチェックすると、
最後のM&Mの部分が、何と$3.69に。

おいおい、割引されて無いやんけ!

念のため、棚に確かめに行ったが、どう見ても、
「2 for 5」と書いてある。

レジのおばちゃんに言いに行くと、
他の店員に行って、調べてもらうことに。
その若い店員が確かめに行くと、
「うん、一個$2.5だったよ」と。

なのに、レジのオバはんは、
「本当にその値段?ちゃんと、ダークチョコレートの方もそうだったか確かめて」と。
こっちは腹が減ってんだから、早くしろよ、
たった$1.19返金するだけだろうかと、そのオバはんのしつこさに呆れながら、俺たちは待ち続けた。

さっきの若いアンちゃんが、もう一回見に行った。
帰ってくると、彼は言う。
「Yap、ダークの方も2 for 5だったよ」と。

ほーら見ろ、早くしやがれとオバはんの方を見ると、
「さっきの商品を一回渡してちょうだい」と。
そのバッグをレジに通すと、
ボタンを何回も押して、カチャカチャやってる。

早く、現金で$1,19くれればいいだろうと思い見ていると、
おばちゃんは何を間違えたか、俺にそのM&M代全額を返してきた。

「いやいや、返品じゃなくて、差額をもらいたいんだけど」と言うと、
「いえ、全額と商品をお渡しするのよ」と。

「え?」と言うと、
どうやら、値段表記がされてあった通りに、レジで会計が支払われなかった場合、
その商品は、タダでもらえるそうだ。

そんなオイシイ仕組みだったのか!?
もうアメリカに五年いて、ラルフスの仕組みがそうだとは、
今まで知りもしなかった。

てなわけで、ワタクシめは運良く、M&Mのダークチョコレート、ピーナッツ入りを、何とタダで手に入れてしまいました。
ラッキーラッキー、マジラッキー!!

帰り道は、ウキウキでした。

MM






*****

帰ってきて、彼女とロールキャベツを作る。
しかし、さっき買ってきたキャベツが、新しすぎるのか、
中々葉っぱ一枚、綺麗にむけない。
小さく切れてしまった葉っぱを見て、
「中の肉キャベツは、別々にスープに入れればいいんじゃない?」と提案すると、
そうすることになりました。

ここでよく考えると、
もともと彼女は、今日はダンゴスープが食べたいと。
そして、俺は、ロールキャベツが食べたいと。
おお!どっちもかなってるじゃないか!!

てなわけで、美味しいロールキャベツ風味、肉ダンゴが出来上がりました。

dinner







ちょっと話変わりますが、
こうして二人で料理をすると、一人が肉を切っているときに、
もう一人が野菜を炒めたり、
一人が最後の仕上げをしている時に、
もう一人が洗い物をしたりと、
一人ではできないコンビネーションで、ものが早く進みます。

それに、一人で料理を作っても、
一人で無言で作り、
一人で食べ、
一人で皿洗いをしと、
非常に味気なく、つまらないものです。

そんな理由からも、
一人で料理をすることはほとんど無くなり、
誰かのために何かを作るときだけ、料理をする、という感じになっていました。

しかし最近は、彼女とほぼ毎日、料理を作っています。
いやあ、本当に楽しいっす。

「今日は何を作ろうか」と相談し、
作るものを決めたら、
スーパーに材料を買いに行く。

帰ってきて、支度し、
この狭いクローゼットに、プリンターの箱の簡易テーブルを作り、
そこにテーブルクロスを引いて、小さなディナーテーブルの出来上がり。

箸やスプーンなどを揃え、
出来た料理を皿に載せて、テーブルの上に載せます。
このテーブルは非常に小さいため、皿の数が多いときは、床に新聞紙をひいて、そこに置く形となります。

かつて、一人でいたときは、
ここで一人で食べるのも、かなり気がひけてましたが、
今は、この狭いクローゼットも、温かな空間です。

それにしても、これだけ毎日、ほぼ24時間一緒にいるのに、
しかもこの狭い空間に、
なのに、全然苦痛にならないというのは、
相当二人の相性がいいんだねと、
いつも、感心し合っています。

世界中どこを見ても、
クローゼットで過ごしているカップルなんて、そうそういないぜ!
そんな、変な誇りをもって、僕らは(彼女はどうかしらんけど)毎日強く生きてます。

***

そんなわけで、今日も、おいしい夕食が出来上がりました。

いつも、このプリンターの箱のテーブルで、料理を食べていると、
その昔、勝新太郎と、中村玉緒が、新婚時代、
一つだけ手に入った卵を、二人で分けながら、
夕食を食べていたというエピソードを思い出します。

この狭い空間で、二人で夕食を食べる・・・

そんなことが一緒に出来る、そして、
こんな状況に、一つも文句を言わない彼女が、
僕は大好きです。

*****

さて、少しおのろけが入ってしまいましたが、
こうして二人で色々と一緒に作ったりする日々が、
僕は楽しくてしょうがありません。


二人で、何かをするということ。
一人では出来ないことや、つまらないことも、
二人いるだけで、それがすごく楽しくなったり、面白くなったりする。

一人だったら、キッチンの掃除もつまらないものが、
二人だったら、話しながら、楽しくやれる。

そんなことに、今まで基本的に一人で過ごしてきた自分は、
密かな感動と、発見、そして幸せを見出しているのです。


*****

そんなわけで、日々の小さな出来事にも、
感動や、喜びを見出す今日この頃。

ただ、フレンチフライがタダになったり、
いつもより美味しいハンバーガーが来たり、
M&Mがただになったり、
普段は空いていないスポットに、路上パーキングの場所が見つかったりと、
そんな小さなことに、
嬉しさ、楽しさ、幸せさを見つけるわけです。

そして、これらのことを、「楽しい」「幸せ」だと思えるのも、
その時の気持ちや感動をシェアできる人がいてこそのことです。

そんなわけで、彼女には、いつも感謝しています。

今日のロールキャベツ肉団子スープも、めちゃくちゃうまかったよ。
ありがとう。

***

こんなに長くなっちまった。。。

8・05・07



shunsukesekine at 00:54コメント(0)トラックバック(0) 
日常 

August 04, 2007

今回の旅で訪れた、
素晴らしいレストランのご紹介。

MIKUNI
1565 Eureka Road, Suite A1
Roseville, CA 95661
(916) 797-2112



******

2007年7月20日 金曜日

本当は昨夜にここに来る予定だったが、
時間が合わず、この日のランチに、ここを訪れた。

この店「MIKIUNI」は、Roseville、CAにある、寿司レストラン。
いつも一緒にサーフィンに行ったりと、お世話になっております、
総長がかつて働いていたお店であります。

そう、この店の創始者は、総長の親戚にあたる方。
この店のことは前から総長に聞いていたので、ぜひ来てみたい一軒でした。

******

昼、店に足を入れた。

昨晩、総長と電話で話したところによると、
総長の従兄弟にあたる、ナオさんという方が、
寿司シェフとして働いているとか。

「彼がもしもいれば、おまかせを頼んでみるといいかもよ〜」と、
相変わらずの優しげな口調で総長は言っていた。

ウェイトレスに聞くと、入ってすぐのところにあるカウンターで、
そのナオさんは働いていた。
彼のすぐ横の席につけるかどうか頼んで、そこの席に案内してもらった。


nao-san

カウンターに立っている方が、ナオさん





ナオさんに、ロングビーチから来ました、俊輔ですと挨拶する。
総長の名前を出して、いつも彼には、一緒にサーフィンに行ったりと、
お世話になっていますと言うと、
「よくきたね〜」と、総長そっくりのしゃべり方で、歓迎して下さった。

聞くと、昨日の夜はシフトでは入っておらず、
本当は金曜日の今日も、普段は入っていないとか。
でもこの日は、たまたまシフトチェンジで、昼から入っていたそう。
しかも、俺たちが店を訪れた、ほんの30分前に店に入ったところとか!!

もしも昨日この店に来ていたら、彼に会えなかったわけで、
その偶然性の一致に、ビックリした。


「何が食べたい?」と聞かれたので、
「ナオさんのおまかせでお願いします」と言うと、
「了解〜!」と。


それから出てきた、その寿司ネタ・・・!!!

以下の写真をどうぞ。


一皿目 〜刺身の盛り合わせ〜

sashimi






いやあもう、全てのネタが、最高でしたね。

僕と彼女は、お互いの両親ともが海付近の出身のため、
小さい頃から魚介類をよく食べて育ってきたので、
何かと魚にはうるさいんですが、(偉そうっすね)
もうこのネタは最高でした。



二皿目 〜アラスカサーモンと、帆立のロール〜(仮名)

sushi1






これまた、最高に美味しいロールでした。
もう、サーモンと、帆立と、その特性のソースのコンビが美味しいこと!!
これは本当に美味しかったですね。
写真を見ただけでも、ヨダレが出てきます。



三皿目 〜Black & White〜

sushi2






すみません、何の魚か忘れましたが、
これまた最高に美味しかったです。
その、魚のあぶり加減が、もう最高でした。
口の中でとろけてました。
最高に美味しかったです。



四皿目 〜イクラ、ウニ、牡蠣、キャビア、ウズラの卵〜

sushi3






これは贅沢すぎるくらい、贅沢でしたね。
ナオさんに聞くと、「もう僕が一番好きなネタを、全て一つに入れちゃったんだよね」と。
「こんなの、日本でやったら怒られるね」と笑っていました。
こんな贅沢すぎる一品も、アメリカではありです。



五皿目 〜マグロの包みロール〜(仮名前)

sushi4











これまた名前を忘れました。
マグロの中に入っていた魚も、なんのネタだったか忘れてしまいましたが、
(忘れ過ぎだよって?)
とにかく、これも凄く美味しかったです。
マグロで何かの魚を巻くなんて、
ちょっとしつこそうですが、
これがそんなことは全然ない!!
最高に美味しかった。



六皿目 〜焼サーモンとアボカドの和え物〜

sushi5






これまた本当に美味しい一品でした。
このあぶったサーモンと、アボカドと、そのオリジナルのソースの組み合わせが、
もう本当に、美味しかったです。
今でも、その味が鮮明に蘇って来そうです。



七皿目 〜卵、ウナギ、アボカドの寿司〜

sushi6






最後のネタは、僕の好きな卵を、これまた大好きなアボカドと鰻で巻いたものでした。
この皿が出る頃には、かなりお腹いっぱいになっていましたが、
ナオさんは、「せっかく来てくれたんだから、もうちょっと食べてってね」と、
優しくこれらの品を出して下さいました。
なんて素晴らしい方なんでしょうね。



デザート 〜抹茶味の雪見大福〜

sushi7






かなり食べた僕たちのお腹を最後に締めてくれたのは、
このアイスクリームでした。
いやあ〜、おいしかったね〜!


*****

いやあ〜、もう写真を見て分かると思いますが、
本当に美味しかった!!!!!!

寿司とは、その人が、その手を使って、
真心を込めて作るものであって、
ナオさんの作る寿司には、一つ一つ、その温かい心が込められていたように思う。

アメリカに来て、しかも南カリフォルニアに移ってからは、
寿司屋は周りに五万とある。
今までいくつか行ってきたが、こんなに美味しくて、しかもお洒落で、
心から、「美味しい!!!」と言える寿司は、そんなになかった。

それにナオさんは、食べている方のことも考えて、
この一品を食べた後は、次はこれが欲しいはずと、
何皿も食べているのに、絶対に飽きないように、それぞれの品を出して下さった。


かなりの数の品を頂いたのに、
どれもあっという間に食べてしまって、
気持ちよく、食事を終えることができた。

食事をしながら、彼と色々と話をした。
そのヘアースタイルは、毎回通っている美容師さんにお任せらしい。

ナオさんが、その美容師の方が彼のお店に来るたびに、
寿司をお任せで出して、
彼が美容院に行くときには、
その方のお任せで、髪型を作ってもらう。

そういう関係、いいなと思った。
アーティスト同士。

ナオさんも、
「やっぱり料理は、料理人のお任せにした方が、一番いいんだよね」と言っていた。



最後に、こんなにご馳走していただいてありがとうございましたと伝え、
お勘定をもらうと、その金額に目を疑った。

・・・え? 何スかこの値段は?

それまで、それだけの数の料理を頂き、
しかも、この店は料金設定が結構高いと聞いていたので、
正直俺と彼女は、代金がどれくらいになるのか、内心ビビッていた。

しかし、その値段は、普通のレストランと比べても、安すぎるほどの値段。
「この金額でいいんですか・・・?」と聞くと、
「せっかくこんな遠くまで来てもらったからね〜〜」と。

その素晴らしい笑顔と優しさには、もう男ながらしびれましたね。
これは、またここに来なければと、心に誓いました。


*****

やはり、素晴らしいシェフは、作る料理も、そして、
その人が作ってくれた料理を口にした客をも、ハッピーにしてくれるものです。

この日は、ナオさんの料理を頂いて、
もう本当に、満足な僕たちでした。
店を出てきた俺たちの顔がトロけていたのは、言うまでもありません。


ナオさん、本当にありがとうございました。

8・04・07



PS.その店の雰囲気とは、店の持つ空気や、店員からも分かるものですが、
それ以上に、その店にいるお客さんの顔で分かるものです。

MIKUNIのお客さんは、どの人も、素晴らしい笑顔をしていました。

誰もが、楽しそうでした。

誰かのテーブルに、何かの皿が運ばれてくるたびに、
その皿を、別のテーブルの人が見て、「いいなあ〜」という顔で見ています。

それを見たそのそのテーブルのお客さんと、
羨ましそうな顔で見ているお客さんの目が合わさり、
お互いに、ニコッと笑う。

もう、最高の雰囲気でしたね。

温かくて、この店にいると、自然と顔が笑顔になってしまうような、
そんな、幸せな雰囲気を持った店でした。

いいですね、こういう店は。
また、自然と、来たくなります。

皆さんも、機会があれば、
ぜひ、訪ねてみて下さい。


shunsukesekine at 16:59コメント(0)トラックバック(0) 
2007 Summer trip to Sac, Sf, &SJ | Restaurant Review

August 02, 2007

巣鷹
久しぶりにノアと会った。
奴はこの夏、日本に一ヵ月半くらい旅に行っていて、
つい3日前にアメリカに帰ってきたところ。
サクラメントに住んでいる奴だが、
今は兄貴のセスと奥さんのジョセリーンの引越しの手伝いもあり、
ここから近いコスタメサに数日泊まってる。
ノアのお父さんとお母さんも、引越しの手伝いで、ここまで来ていた。


ノアに夕方以降会った。
日本に行くために髪をブリーチして綺麗な金髪になったヤツは、
何か今までと違って見えた。
ヤツもずい分と垢抜けたもんだ。

彼女と3人で、
近くの日本食レストランに食いに行った。
その後はスタバで話す。

相変わらず、ノアは話がうまいなと思う。
頭がいいのと、要領を抑えて、しかも面白おかしく話すので、
いつも話していて楽しい。
と同時に、彼は言葉を多く知っているため、
話していて勉強になる。
ヤツの日本語も大分上達していた。
初めて電話で彼女がノアと話したとき、
その大阪弁はネイティブに聞こえたそう。
ヤツも頑張ってるってことやな。

*****

11時過ぎにセスたちのアパートに着き、
そこからはノアのお父さんも交えて4人で話した。

そこで、ノアが面白いことを言っていた。

言語を勉強していると、ある程度のレベルまで行った時、
もうそれ以上、勉強しなくても、
何の問題もなく、その国の人々と「会話」できるレベルに達する。
そこまで達すれば、それ以上の上品な話し方や流暢さ、単語の発音、アクセントなどを気にしなければ、人々と「コミュニケーション」することは出来る。
がしかし、そこで勉強することを止めれば、もうその人のその言語力は上がらない。

ノアはその状態に一度スタックし、悩んでいる時期があったが、
それでも彼は日本語の勉強を続け、
今はそのもどかしい状態からまた抜け出し、彼の日本語はまた一段とうまくなった。

彼が言った。

「The fun part of learning something is not when you reach the goal, but when you are on that journey.」

「何かを学んでいるときに一番楽しいのは、そのゴールに辿り着いた時じゃなくて、そこまでの道のりの途中なんだよな」と。

実際に彼が80歳で、もう知らない単語は一つもないぐらいに日本語が上達しても、そしたらもう彼は学ぶことが何も無いから、つまらないじゃないかと。
それよりも、そこに行くまでの道のりこそが、毎日新しいことを学び、「発見」していくので、そこに本当の楽しみがあると。


それは何かの学習においてだけじゃなく、人生においても言えるんじゃないかと思ったので、それを彼に言った。

実際、自分が何かを求めているとき。
いざ、それを手に入れてみると、その時の感覚は、思ったよりもあっさりとしているものであって、それよりも、それを手に入れるまでの過程、自分がそれを目指して燃えている時こそに、本当の楽しさが埋もれているんじゃないかと。

そして俺は、自分の英語のレベルに関して、
その「ある程度のレベル」に、最近甘えてなかったかなと思った。

******

最後、ノアとノアのお父さんと、面と向かって話しているとき、
その普段はない光景を目の前にしながら、

例えば5年前、自分が、アメリカの全然違う場所に留学して、
全然違う人たちと出会い、
そこで、アメリカ人しかいない地域で、
その人たちと付き合っていたとしたら、

そして、もしもその人たちと毎日こうして過ごしていたとしたら、
今の自分とは全く違った自分になっていたんだろうなと、
一瞬そんな感覚に捉われた。

たまに、そうやって、「もしも・・・」の自分の人生を想像する瞬間がある。

もしも、あの国に行っていたら・・・
もしも、こんな暮らしを送っていたら・・・

今の自分は、どうなっていたのかと。



しかし結局、自分の人生を振り返ったとき、
どの場所で、何をして過ごしたにしろ、
その道を通ってきて本当によかったと思えるのは、
その、各道のりで会ってきた人たちとの、出会いがあったからこそと思えるもので、

そんなわけでも、人との出会いというのは、
一見何でもないように見えて、実は自分の人生を形作っているわけだから、
本当に、自分がその人たちと出会い、友達になったり、恋人になったり、
多くの時間を過ごすようになったりしているというのは、
奇跡に近いんだなと、
それを感じた。

******

Anyway, we had a good time.

ノアのお父さん、お母さん、兄貴、そしてジョセリーンは皆相変わらず優しかった。
いつ会っても、愛が溢れた、温かな空気を持つ人たちだ。

本当にいい人たちに巡り会えたものだなと、心から思った。


8・02・07

noah
前の赤毛から金髪になったノアは、どう見てもデイブ・スペクター。
うさん臭い、「アメリカ人なりたがり屋さん」にしか見えませんね


shunsukesekine at 23:31コメント(0)トラックバック(0) 
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