July 2007

July 31, 2007

transformers











7月4日に公開されたこの映画、
約一ヶ月遅れで見に行ってきました。

友達からの批評が余りにもよかったので、
かなり期待して行きましたが、
感想は・・・


Bマイナスですね。


CGI映像はとても凝っていて、「こんな映像作れたのかい?」ぐらいの凝り様でしたが、何しろ、映画のテンポと編集、そして話の持って行き方がマズい。

せっかくあんなに凝った映像を作ったのに、
編集がヘタクソだったせいで、最後の方は、映画自体に飽きてしまいました。

しかも、映画が長すぎる! 2時間半近くあったのでしょうか。
最後のほうには、トランスフォーマー同士のカッコいい映像が盛りだくさんなんだから、もっと早いうちにそういうアクションに持って来ればよかったのに、
最初のほうで話を伸ばしすぎ。
最後の方は、その映像の凄さもマヒして分からなくなるくらい、見ている方は疲れてしまう。

そして、登場人物が多すぎる。
主人公キャラが余りにも沢山いて、一体誰に一番焦点を当てているのか、
ハッキリしてほしかった。

ロボット同士の対決、恋愛、家族愛、ロボットと人間の友情愛等、
テーマも多すぎ。

う〜ん、本当にもったいないですな。
寿司屋に行ったら、一皿一皿味はいいのに、余りにも全ての皿が味が濃くて、最後の方は何がなんだか分からなくなてしまった、みたいな。

しかも、最初のほうに、どうでもいいかっぱ巻きやカンピョウ巻きばかりでお腹が一杯になってしまって、もう帰ろうかなぐらいのところで、やっと、ウニやイクラ、トロなどが出てきたみたいな。

しかも、最後の方のネタは余りにも高級なんだけど、もうお腹一杯で、何がなんだかわかんね〜 みたいな。


ああもったいない!!
あんなに凄い映像を作っておいて!!

もともとCG映像の勉強をしていた僕にとって、今日の映画の編集には、本当に悔やんでも悔やみきれませんでしたね。CGIチームの皆さんがかわいそうです。

きっと、余りにも凄い映像を作りすぎて、もうどのシーンもカットできなくなってしまったのでしょう。

しかし、いくらいいスピーチでも、観客の反応を見て、手早く、さっと短めに終わりにしないと、観客の反応は、「あ〜長いスピーチだったぜ!」で、つまらないものだったという風に取られてしまうことを、知っておくべきでしたね。

そう、いつも長く書きすぎて、誰もが最後まで読む気を無くす、僕のブログのようにね。笑



でも、登場キャラのMegan Foxは、本当にセクシーだったなあ。
あの車のボンネットを空けるシーンのくびれなんか、マジでやばかったぜ。

megan fox






あのシーンがあったことと、映像が凄かったことで、今回は許す。
(え?偉そうにって?)



とにかく、メチャクチャ凄いCGI映像が見たい人にはお勧めの映画ですな。

7・31・07


PS,
ちなみに、見に行く前の、彼女のこの映画に対しての評価は非常に悪く、
「絶対に見たくない」と頑なに言い張っていました。
しかし、「友達からの評価もいいことだし」と、何とか説得して、一緒に行くことになったのですが、やはり結果はダメだった。。。

俺と彼女のセンスは似ていて、映画とか本とか、同じようなものが好きなので、
で、彼女のセンスはかなりいいので、大体この子が何か言うときは、それが当たっているのですが、今回もやはりそうでした。
映画が終わった後、彼女は「ほら、だから言ったでしょ? See?」みたいな感じで、勝ち誇ったような顔をしていましたね。

この前も、友達に借りた「バンビ〜ノ」とかいう日本のドラマを見たのですが、
俺は一話目を友達の家で見て、「これは見たいな!」と熱くなっていましたが、彼女は何故か乗り気ではありませんでした。
借りてきて2話目をみると、そのテンポの悪いことと、演技のヘタクソなこと。
マツジュン?は役者を辞めた方がいいね。そもそもあんまりカッコよくないし。
(こんなこと言うとジャニーズのファンの皆様方に怒られますね)

結局、2話目を飛ばし飛ばし見た後は、一気に最終話へ!
しかも、最終回のくせに、テンポが恐ろしく悪い!!
これも飛ばしながら見て、四六時中突っ込みながら見てました。
「この演技はありえねーだろ」とか、「この設定はねーだろ」とか。

ま、今回も彼女の言うとおりだったってことですか?
(今この横に彼女はいて、この敗北宣言を書くように仕向けられています)




shunsukesekine at 20:46コメント(0)トラックバック(0) 
映画 Review 

July 30, 2007

sushi






7月29日日曜日

この日は、またJさんとWalterの家にお邪魔し、みんなでランチ&ディナーを食べた。

前回はWがステーキを焼いてくれたので、今回は俺が寿司を作った。
カリフォルニアロールと、フィラデルフィアロール。
それと一緒に、彼女もお得意のモッツァレラトマト、そしていなり寿司を作ってくれた。

walter BBQ






dinning

LightingにこだわるWalter。
ライトがかかっているオブジェは、
Wと彼の父親が一緒に作った。




Wも、庭のグリルでお得意のBBQ。
コリアン風味に味付けした肉で、
テーブルの上には、
日本の寿司、韓国の焼肉、イタリアのモッツァレラトマトと、
3カ国の料理が並んだ。

homy

ペットのホーミー




昼の1時半頃から彼らの家に着いたが、
途中でスーパーに買出しに行き、
それから寿司を作り、
思ったより寿司に時間がかかり、
食べ始めたのは、恐らく5時ごろ?
時計がなかったから、時間がよく分からなかったけど、
でも、Wの家のいいステレオで音楽をガンガンに聞いて、
綺麗なキッチンで寿司を作る。

kitchen 2

ハワイで買ってきたという仮面も飾ってある、超かっちょいいキッチン




pひly

サーモンは思いっきり載せましょう




ゴキブリが出るうちのキッチンとは違って、
かなり、楽しめた。

kitchen 3

立てかかっている小さなまな板は、Walterが自分で作ったというシロモノ。
まるで売っているヤツみたい




作りすぎだろぐらいの寿司を作り、それに焼肉とモッツァレラトマトも重なり、
庭のテーブルの上には、皿がやっと載りきったくらい。
絶対全部終わらないと思っていたが、
みんなで会話を楽しみながらゆっくりと食べていたら、
いつの間にか、全てのフードは皿から消えていた。
恐るべし胃袋。


もうかなりゆっくりと食べた後、
Wの家の隣にある小学校の駐車場で、
ロングのスケボーをやった。
Wの飼っている犬のペット、
Hormyが引っ張ってくれ、
その凄いスピードに、ビビッた。

wally homy

Wally& Homy




その駐車場では、何人かの小さな子や中学生くらいの男の子たちが、
自転車やスケボーなどに乗って遊んでいた。

夏の夕暮れ時。
昼間は暑かった気温も下がり、
空は、暮れかけた夕日で、淡いピンク色に染まっている。

そんな中で、ただスケボーを走らせて、
そういえば、小学校のころは、こうやって、
何も考えずに、ただ遊んでいたなあ。
時間も気にせず、ただ、自転車とか縄跳びとか、
サッカーをやったりして、
日が沈むまで、友達と一緒に遊んでいたなあと、
その頃を思い出した。

そして、いつからこうして遊ばなくなったんだろうと。
いつから、全てのことに意義を求めるようななったんだろうと。

そんな風に感じた。


*****

9時過ぎ。
かなり長居したWalterとJさんにサヨナラをして、
また近いうちに会おうねと、約束した。


いい日曜日だった。


7・30・07

h


shunsukesekine at 09:26コメント(0)トラックバック(0) 
Sushi Lesson-寿司教室 

July 29, 2007

昨日、さやかさんの劇を見にハリウッドに向かっていたとき。

710を北に向かい、I−5までもう少しのところで。


車を走らせていたら、突然、
ほんの100メートルほど目の前を、
右側から、アズキ色の乗用車が、
真っ直ぐに、左に向かって、走ってきた。

そう。誰もが、80マイル(128キロ)ほどで飛ばす高速道路で、
一台の車が、
皆が、真っ直ぐと前に向かって走っているところを、
一台だけ、真横に向かって、突っ込んできたのだ。


最初、その車を見たとき、
何が起こってるのか、信じられなかった。
映画を見ている感じ。

「・・・え?」

人間は、あり得ない光景が起きると、
それを、現実だと信じられないらしい。


そして、次の瞬間、
案の定、そのアズキ色の車は、
前を走っていた、一台の車に、
その車の真横から、思いっきり、突っ込んだ。

助手席側から突っ込まれた車は、
思いっ切りスピンし、
突っ込んだ車も、違う方向にスピンして、
一台の車が、右側の路肩に、吹っ飛んだ。

そして、ものすごい砂ぼこり。


何が起きたのか、本当に分からなかった。

とにかくその時思ったのは、
本当に目の前で起きたその事故現場に、
自分の車も、突っ込まずに、それまでにスピードを落として、止まれるかということ。

そして、同時に、
誰もが、その事故を目の前に目撃して、一気にスピードを落とし、
ハンドルを切り出した。

そこで、自分の隣や前、後ろを運転している車と、
ぶつからないかということ。

誰もが、その事故に遭った、2台ほどの動きだけを見ていた。
そんな時、誰もが、その車に当たらずに、よける事しか考えていない。

自分の周りの車の動きや位置は、頭に入っていない。

そこで、誰ともぶつからず、
そして、目の前の事故現場に、自分も衝突せずに、避けられるのか。



運よく、その、真横から走ってきた車と、
それに追突された車の位置は、
自分の、ほんの数台前だったにも関わらず、
本当に運よく、俺たちの車は、誰の車にも当たらず、
その事故現場を、すり抜けるような感じで、
そこを、うまく切り抜けた。



正直、
真横からあのアズキ色の車が、
真っ直ぐと、真横に走ってきたという光景。

そして、その後、
右側で、大きな砂ぼこりの爆発が起きたということ。

そして、その事故にあった車をすり抜け、
その時、右側に停まっていた、一台のトラック。

その停まり方からして、そのトラックが、今回の事故に関わっていたなと思ったこと。

そして、そのアズキ色の車は、
俺たちが向かっていた進行方向と、全く正反対の向きに、
スピンとした後、停まり、
6車線ほどもある、その高速道路の真ん中で、
こっち側を向いて停まった車の運転手のおばさんの顔は、
「はあ、またやっちゃった」という様な、
なぜか、少し落ち着いていた表情だったということ。


それしか、覚えていない。


その事故現場をすり抜けたとき、俺は緊張のあまり、
胸が一気に痛くなっていて、苦しくなっていた。
そこで彼女が、「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と言ってくれて、
何とか心を落ち着かせることが出来た。

俺たちの車が、多分、
その事故現場をすり抜けた、最初から2台目くらいだったと思う。

それも、次第に、
ほとんどの車が、ゆっくり走り出し、
結局、俺たちの車は、
その事故現場から抜け出した、最初の車となった。

その時、左側前方を走っていた、乗用車。
その車を抜かすとき、その運転手を見ると、
メガネをかけたおじさんで、何事も無かったかのような渋い顔で、
ただ淡々と、ハンドルを握っていた。

「おい、あのオッサン、何も気にしてなかったのかよ!」

そんな突っ込みを入れたくなる様な表情だったが、
そんな事をしたくなるほど、俺は動揺していた。


*****

高速道路の真ん中で、
あんな風に起きた事故。
そして、事故にあった車は、
進行方向と反対側を向いて、停まった。

あの後、恐ろしいほどの大渋滞が起きたに違いない。
俺たちは、事故に危うく遭いそうになったものの、
逆に言えば、運よく、事故には間一髪遭わず、
そして、その事故現場を、真っ先に抜け出し、
何の渋滞にも巻き込まれずに、そこを一番に抜け出した。

不幸中の幸いと言うか、
一番”良い”位置を走っていたいうか、
もう本当に、
今さっき起きたことが、
信じられなかった。



そして、偶然の重なりが、頭をよぎった。

もしも、あと数十秒、家を早く出ていたら。

もしも、さっきの様に、右にも左にも車を避けやすい、真ん中の車線を走らずに、
一番左寄りとか、右寄りとか、
もしくは、あの突っ込まれた車の、すぐ後ろとか、
もしくは、あのアズキ色の車に突っ込まれそうな所を走っていたら、とか。

もしも、もっとスピードを出していて、
あんなにうまくスピードを落とせなかったとしたら。


そして、「不幸中の幸い」が、色々と見えてきた。

あの時間帯、時間は7時ごろ。
あと一時間早かったら、車はもっと多く、
もしもその状況で事故が起きていたら、もっと多くに車が、事故に遭っていただろう。

しかも、あの事故現場までの間、
初めは、どの車も、かなりのスピードで走っていたのに、
あの事故が起きた前後は、
なぜか、どの車も、
ほんの60マイル前後(それでも96キロだが)で、
アメリカの高速道路で大分はゆっくりめのスピードで走っていたこと。

だからこそ、あの事故が起きたとき、
どの車も、うまくスピードを落とせたこと。

そして、運よく、
今回の事故で、誰も命を落とした人や、
大怪我にあった人は、いなかったらしいこと。


もしも、俺たちがあそこを、その時に走っていなくても、
あの事故は、やはり同じように起きていたのか。

そして、一体、あの事故はなぜ、あの時間帯に、
あの状態で起きたのか。


すべてが、謎で、不思議だった。


*****

その後、車とは、こんなに危ない乗り物だったかと、改めて感じた。
いつも、120キロ以上出して、走っている、この鋼鉄の物体。
南カリフォルニアは、特に高速道路上の車の数が多く、
405などは、誰もが、
前の車との車間距離、ほぼ無いに等しい中で、
誰もが、80マイル(128キロ)以上のスピードを出して、
すごいカーブや直線を、走っていく。

そして、ウインカーを出さないやつが、多すぎる。
自分だけが行く方向を分かってればい良いと思ってるんだろうが、
人の気持ちを「察する」ということが大の苦手のアメリカ人に取って、
こっちが今にもぶつかりそうになる様な運転をすることは、
お手の物。

そして特に、大型のSUVに乗っている輩は、
本当に運転マナーが悪い。

自分は、車高が高く、上から見下ろしているので、気分がいいのか、
ものすごいスピードで、後ろから煽り、
前の車にぶつかりそうな勢いで、ギリギリノところで車線変更し、
思いっきり飛ばしていく奴らが、多すぎる。


毎回、「これは一台がかりにストップしたら、
一体どれだけの事故が起きるんだ」と思っていたが、
今回の事故を、目の当たりにして、
初めて、体を持って、「車」が引き起こす事故の恐ろしさに、
心から恐怖を覚えた。


彼女が言った。
「どうして、車ってスポンジで出来てないんだろうね」と。
確かに、スポンジで出来ていれば、
もしも凄いスピードで車同士が衝突しても、それだけの大事故を引き起こすことはないのに。

考えて見たら、鋼鉄のカタマリが、
物凄いスピードで、前の鉄のカタマリと、車間距離を置かず、
走っているわけだからな。

よくも、あれだけのスピードでみんな走り、
事故が起きないもんだ。
そっちの方が、不思議だ。


昨日、あれ以来、
車を運転するのが、恐くなってしまった。
前以上に、周りの車に注意を向けるようになり、
超安全運転で車を運転するだろう、これからは。
たとえ、自分が、どんなに安全運転していようが、
これだけマナーが悪いアメリカの車社会では、
いつ突っ込まれるか分からない。
そして、一度突っ込まれたら最後。
命は無いか、一生、体に傷を残して、生きていかなければならない。

そいつの運転を責めることなんか、いくらでも出来ても、

自分の命、自分の体、
自分の人生は、

一生、戻ってこない。



*****


皆さん。
車を運転するとき、
心から、注意してください。

お願いします。


7・30・07



shunsukesekine at 23:59コメント(4)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

July 28, 2007

ウブ






7月28日土曜日

今日は、友達のさやかさんの出演している劇、「UBU THE SHIT」を見に行った。

ハリウッド、サンタモニカ・ブルバードで上演されたこの劇。
さやかさんの劇を見に行くのは、前にもここに書いたように、
CSULB内で公演した、「PERICLES」と、さやかさん本人が脚本、監督をした、
「歌舞伎の世界」に引き続き、3作目だった。

6月に入って、劇の練習中に、足に怪我を負うこともあったさやかさん。
そんなトラブルもありながら、それすらも笑い飛ばす勢いで、
練習に日々励んでいた。

今回の劇では、一体どんな演技を見せてくれるのか、すごく楽しみだった。

*****

ロングビーチから車を走らせて、約1時間ほど。
途中、ハイウェイ710上で、もう少しで巻き込まれそうな事故に、目の前で遭遇する。(これについては後で詳しく書きます)

そんなこんなもありながら、無事に劇場についた。

*****

建物の中は、こじんまりとしていて、
シアターメジャーの人たちが、ホストをしてくれたり、チケットを売ってくれたりと。
8時に公演開始の劇が始まるまでの間も、その彼らと話をしたりと、
とても居心地が良かった。

自分の余談だが、シアターメジャーの人たちが、俺は好きだ。
みんな、自分の好きなことをやっているせいか、とても活き活きとしている。
だから、他の人にも親切で優しいし、礼儀正しい。
シアターメジャーの人たちで、超イヤな人など、今まで会ったことがない。
特に、みんな公演を終えた直後などは、顔がとても活き活きとしていて、
もうはじけんばかりのエネルギーで満ち溢れている。

毎回、こうして、劇を直接シアターで見に行く度に、
その人たちの発する、あふれんばかりのパワーに、
感動を覚える。

その瞬間を、自分の全力を持って、
自らの一番進みたい道で、力を出し切る人たち。

その姿は、とてもキラキラしていて、
本当に、美しいと思う。

*****

さやかさんもそんな人の一人で、
彼女の演技には、目を惹きつけられるものがある。

体全体で、その役柄を演じる彼女。
劇が始まった瞬間から、その、一挙一動に、全ての神経と、注意、そしてエネルギーが込められており、
見ているものの目を、とりこにする。

*****

劇が始まった。
役者全員が一度に出てきて、この劇のタイトルが書かれたポスターと供に、
全員が、大声で叫んだ。

"UBU THE SHIT!!"

そこから、ライオンキングのオープニングの曲に合わせて、
みんな、動物たちになりきった動きで、舞台を這い回る。

全ての人の動きが、凝っていて、
顔の表情まで、みんな成りきっている。


そこから、本番の劇が始まった。

*****

この劇の内容は、UBUという王様が、自分の欲にどんどん駆られ、
自らの国の王を殺し、王の座を奪い、
それでも彼の欲は収まらず、どんどん行動が過激になっていくというもの。

この劇で面白いのは、このUBU、
緑色の馬鹿でかいペニスを付けている。笑

そして、今回の劇の演出が面白かったのは、
劇に登場した役者全員が、
男女関係無く、
全ての人が、そのUBUと、彼の奥さんの役を、
必ず順番で演じるというもの。

UBUと奥さん役を演じるときは、
みんな、木(かな?)で出来た仮面と、コスチュームを付ける。
そのコスチュームも可笑しくて、
大きな渦巻きが描かれたおしり、
そして、今回の目玉、緑色のペニス。

役者の中には、このペニスをフルに使って、
素晴らしいサービス(?)を劇中にやってくれた人たちもたくさんいた。

もう、これはR指定でしたね。
小さな子は、見ないように。
ショックを受けること、確実です。笑

*****

劇中は、みんな、それぞれの人が、UBUとその奥さんの役をうまく演じていて、
一人ひとり、役が入れ替わる度に、次の人はどう表現するのかという期待とともに見ることができ、とても楽しかった。

人によって、皆演じ方に違いがあり、
例えば、その人の体のつくりや、体の動かし方、
しゃべり方、声の大きさ、スピード、声の高さ、
ジェスチャーの大きさ、
そういった、小さなところから、大きなところまで、
全ての要素により、その人だけの、「UBU」が作り上げられる。

昔、三谷幸喜脚本の、夜中にやっていた短い番組で、
「13番テーブルの客」というのがあった。

俺が中1のときだから、もう10年も前の話。
それは、三谷幸喜が書いた脚本を使って、毎週、
違う演出家が、同じ話を撮っていくというもの。

たとえ同じ脚本、同じ台詞でも、
演出家の見せ方や好みで、ぜんぜん違うものとなる。

その違いを見るのが面白い番組だったが、
今日の劇は、それを思い出させた。

同じキャラクターでも、演じる人によって、ぜんぜん違う人となる。
そして、その演じ方の違いが、90分のショウで、
一度に10人ほども見られる。

とても贅沢なものだった。

*****


この劇、始まってから終わるまで、
本当にハイテンションで、
見ている俺のほうが疲れてしまったぐらい。笑

みんな、もう本当に、飛ばしっ放し。
90分のショウが終わって、さやかさんと少し話をする機会があったが、
彼女いわく、今が留学生活上で、一番体が軽いと。

この劇は、もう本当に90分、動きっ放し、
走りっ放し、飛びっぱなし、叫びまくり、
吠えまくり、誰かを叩きまくり、笑
そんな感じだから、
普段の練習中やリハーサルから、常に体を動かしていて、
もう、今は20分間走る続けても、何も問題がないそう。^_^


劇の間も、もう本当に面白いギャグや演技ばかりで、
観客も、始終声を大にして笑い転げていた。

みんな、演じるキャラにより、声の高さから、大きさ、
体の動き、発するパワー、雰囲気、
顔の表情、
全てが、変わる。

まさに、生きるアート。

*****

さやかさんの話で、感心したのは、
今回のUBUや奥さんの役は、仮面をつけてやるため、
顔の表情で演技ができないという。

だから、体の動き、声の高さ低さ、
そういったもので、メリハリをつけなきゃいけないという。

そこで体を一つ動かすにしても、
仮面をつけているため、仮面なしの普段なら、体から動かしていい動きでも、
今回は、仮面から、つまり顔から、先に動かすという。

それを、自らのジェスチャーとともに解説してくれた。
へえ〜、なるほど〜!!!と思った。

これだけの長い劇、一体、練習期間はどれくらいだったのかと聞くと、
約一ヶ月ほどだという。
そして、練習も、それぞれのパートを練習して、
リハーサルでは、全てを通して皆でやるにも、それぞれの人の都合がつかなかったりと、
中々大変らしい。

そして、仮面をつけながら、お互い、それで会話をしたりと、
演技以外のこともやり、更に動きや演技を、自然なものにして行くそうだ。

まさに、感心の一言。

*****


上にも書いたが、やはり、全ての演技が終わった後の役者の皆さんの表情は、
とてもハツラツとしていて、本当にいい気分にさせれくれた。

みんな、「今」のこの瞬間を生き切っているんだなあと、
本当に胸を動かされる。

*****

UBU THE SHIT.
来週の金・土曜日が最終なので、
南カリフォルニアの住んでいる皆さんは、ぜひチェケラあれ。


7・28・07


チケット情報
https://www.plays411.com/newsite/show/play_info.asp?show_id=1114

あらすじ:
Over 100 years ago, Alfred Jarry wrote a play based off MacBeth, which attacked all that literature and the theatre held sacred. The first word, Merdre (Shitter) was a sound that signaled the artistic revolution to come. However, this revolution did not come until over 50 years later by way of Beckett, Ionesco and the other absurdist writers. In this version of Jarry’s play each of the nine actors will play both the monstrous Pa Ubu and his vile hag of a wife Ma Ubu. Masks created for the show from Bali, Indonesia, nine different languages and a plethora of musical instruments will accompany these warriors through tragedy, comedy, drama, puppetry and clown. Today, everything moves at the pace of Ubu. Everyone wants to buy more, eat better and shit more pleasantly. This means that shocking our audiences cannot be achieved through the same means anymore. We will extract and nurture those new avenues for you in this glorious production of the time old tale.

(https://www.plays411.com/newsite/show/play_info.asp?show_id=1114より抜粋)






shunsukesekine at 23:57コメント(2)トラックバック(0) 
行ったところReview | Art Review

今、朝の3時45分。
今日は、久しぶりに、つーか、初めて、
2週間ぐらい前に彼女が日本から帰ってきてから、彼女と離れて夜を過ごしている。
クローゼットには窓も無く、新鮮な空気も入らず、
二人で寝ていては、俺が夜しっかり眠れていないという理由で、
あの子は、自分の家に帰ってしまった。

つーわけで、一人で寝ようとしたが、一人でもこの部屋は暑すぎて、結局眠れるはずも無く、
数日前に友達に借りた、高橋歩の「LOVE&FREE」と「夢を追い続けた堕天使たちの「旅」の記録」という本を読み始めて、一気に心が熱くなってしまい、余計眠れなくなってしまった。

明日は朝から動き出し、夜も友達の劇をハリウッドに見に行くってのに、
またまた、起こられるんだろうな、彼女に。
「なんで寝なかったの」と。
ま、今の気持ちを、ここに書いてから寝るよ。

***

さてさて、俺もこのブログを初めて、もう1年と5ヶ月くらいが経つはず。
最初は、自分の考えや思い、またはその日に起きた、心に残ることを、
ここに記すため、始めた。

それまでは、ずっと、ノートに日記を書いてきていた。
高校の頃から、日記は付けていたが、
今のように、ほぼ毎日付けるようになったのは、アメリカに来た初日から。
毎日、日本では考えられないようなことが起きたり、素晴らしい経験をしたり、
または、悩みがあったり、自分の心の中の葛藤があったりと、
自分の気持ちを整理するためにも、自らの日々を忘れないためにも、
自分の生きてきた足跡を残すためにも、
書き始めたのが、きっかけ。


そんな風にしてきたから、こうしてパソコンに打って、
それを、誰か他人が読むのを知った上で書くのは、
最初、何か変な気がした。

でも、自分の考えが誰かに読まれるってのも、
正直楽しくて、
だんだん、それにはまって行った自分がいた。


しかし、それを続けていくうち、
自分が誰かに「見られてる」ってのを気にして、
いつの間にか、どっかで、ここに何かを書くとき、
「かっこつけたい」「よく見られたい」「面白い人と思われたい」
「がんばってるって思われたい」
そんな風に、「思われたい」と思って書いている自分が出てきたんだな。
あ〜くだらないな、そういうの。
そんなの、こんなとこに何書こうが、自分の好き勝手に書けんだから、
そんな、こんなとこで自分フェイクしたって、何の意味もないじゃんね。

でも、それでも、自分をどうにか「よく見られたい」ってのが、
心の奥底にあるから、
ついつい、誰かを意識して、自分の本心を、ここに心から、
吐き出すことが出来なくなってたわけよ。

ま、チキンなわけですね。
他人に自分をどう見られるかを、気にしているわけですから。

でも、最近、そういう自分に飽き飽きしてさ。
このブログで、いつの間にか出来上がっちまったと自ら「思い込んでいた」、
「俊輔像」を、自ら意識して、
その「俊輔像」に、必ず当てはまるように、何かを書こうとしている自分がいてさ。

そんなことを気にしてたら、「面白いこと」「楽しかったこと」
そんなことしか、ここに書けなくなってたわけよ。
要するに、自分が自ら作り上げた、「自分のイメージ」から、抜け出せなくなってたわけだ。

しかし、そんな「イメージ」なんてのは、自らが作り上げたもので、
しかも、そんな「イメージ」すら、本当は存在しないもので、
結局は、他人を気にしている、自分のせいだという・・・・


さて、前置きが長くなってしまったが、
そんな訳で、今日はここに、何のフィルターも無しに、
自らの心を吐き出して見ようと思う。

*****

この、「LOVE&FREE」。
読んでて、俺が今まで旅をしていた時を思い出した。
彼女が言ってた。「みんな旅をすると、こういう風に思うんじゃないの?」って。
そうかもしれない。
この本に書かれていること、つまり、
この高橋歩っていう人が、旅の最中に記した言葉は、
俺が、去年の夏のアジアの旅の途中や、アメリカ一週してて際に、
感じてた心の状態と、ほとんど一緒だった。

去年、俺が旅の間に記してた日記帳に書いたのと、
ほぼ全く同じ言葉や考え、感覚などが、
この本にも、ほとんど書いてあった。

だから正直、この本を最初に日本の本屋でいつか見かけたとき、
「こんなの何でもないやん」とバカにして読まなかった。

でも、今のように、旅にもいかず、
一つの国に、スタックしている状況で、この本を読むと、
「いいなあ」という思いとともに、
素直に、この人の言葉を、今は読めた。

もしかしたら、この人と、俺の感性が、似ているのかもね。
だって、まるで俺自身の日記帳を読んでいるようだったから。


*****

この人の言葉の中に、今回、特に心に残ったものがあった。

「たくさん食べることは無い。
一匹の魚を骨まで味わってごらん。
そのほうが、本当の「おいしさ」がわかるから。

たくさん読む必要はない。
一冊の本を文字が溶けるまで味わってごらん。
そのほうが、本当の「おもしろさ」がわかるから。

たくさん愛する必要はない。
ひとりの人を心ゆくまで愛してごらん。
そのほうが、本当の「愛」がわかるから。」

ってやつ。


これを読んで、「まさにそうだよな」と共感した。

物があふれる時代。
人があふれる時代。
食べ物があふれる時代。

常に、「選択できる」という、幸福さを持ちえた俺たちの世代。

先進国にいるからこそ、そして、
その中で、「毎日生活に困らずに生きていける」という、
最低限の生活レベルが保てるという、裕福さの中でこそ、
この幸福さは生まれる。


が、しかし同時に、
常に選択肢があるからこそ、
一つのことに引っ付いて、それをじっと深く掘り下げることを、
中々しなくなって来ているんじゃないかと。人々は。


例えば、小さいころ、漫画を買ってもらった。
それ一冊しかないから、何度も何度も読み返した。
そのおかげで、全ての台詞、絵、コマ割りまでをも覚え、
その漫画から、多くのことを学んだ。

CDを買った。
それ一枚しか持ってないから、何度も何度も聞き、
そのアルバムから、多くのことを学んだ。


しかし、大きくなるにつれ、
読む本も増え、一冊を、じっくりと、何度も読み返すことも無くなった。

CDも、何枚も増え、
一枚のアルバムを、何度も何度も聞くこともなくなった。


しかし、どこか旅に行ったりして、自分が何も持っていないとき、
そんな時、
そこで、人生経験として役立つのは、
昔、何度も読み返した本から。
何度も繰り返し見た、映画から。
頭に浮かぶのは、
何度も聞いた、アルバムの曲。

そして、たとえ多くの本や漫画を知らなかろうが、
たとえ多くの音楽を知らなかろうが、
その一枚に精通していれば、
その漫画の持つ、「全体像」、
音楽の持つ、「全体像」、

それが、分かっている自分に気づく。



人を愛するということも、同じことで、
たとえ、何人もの女性と出会い、付き合おうが、
一人の女性を、心から愛することなくしては、
一生、「人を愛する」ということが、どんなことなのかは、
わからないだろう。




******


俺は、今の彼女に会って、
自分の考えが変わったと思う。

前は、一人でいても良かったが、
何か、心に満たされない部分があった。

そして、その「欠けていた部分」が、
彼女と出会い、時を一緒に過ごすことにより、
どんどん満たされ、そして、いつの間にか、
その「欠けていた何か」を、気にすることすらなくなった。

それは、「愛情」というものだった。


******


前までの俺は、
一人の女性を、本気で愛するということを知らなかった。

一人の女性を選び、
その人を愛するということ。

一人の女性を愛するとは、
その人を愛すると、決めるということ。



高橋歩の言葉の中にあった。

「誰かを愛するということは、
 誰かを愛さないということ。
 
 何かを選ぶということは、
 何かを捨てるということ。

 俺は、捨てる勇気が、まだ足りないみたいだ。」



前の俺は、その勇気がなかった。
一人の女性を愛する、ということを決めるということは、
他の女性を、愛さない、と決めるということ。

いつも、みんなにいい顔をしようとしてしまう自分は、
いつも、どの女の子にもいい顔をしようと、
誰にでもかっこつけていた。

一人に決めるのを恐がり、
いつも皆から好かれようとしていた。


しかし、そんなのは、最低であって、
男らしさのかけらもない。


今の彼女に会い、この子を好きになり、
彼女と付き合うと決めた瞬間、
俺の中で、何かが変わった。

今まで、中途半端だったものに、踏ん切りがつき、
この女性を愛そうと決めた瞬間、
今まで知らなかった感情、
「愛情」が、心からどんどん、溢れ出てきた。



その感情、
前の俺のように、一人の女性に決めることを嫌がり、
みんなにナイスにしようとしていた俺のままだったら、
この、「愛情」という感情は、一生理解できずに、
人生を生きていただろう。

誰かを、ここまで愛おしく思い、
ここまで、大切に思う感情。

そして、その人を愛せば愛すほど、
自分の心の幅も、どんどん大きくなっていくように感じる。


誰かを本気で愛さないということは、
誰かを本気で愛するだけの心の幅がないことであり、

同時に、

誰かを本気で愛するということを知ると同時に、
自分の心も、どんどん深くなっていく。



このことには、5月の終わりに気づいたのだが、
どうも、ここにそれを書くことが、恥ずかしくて、
書いていない俺がいた。

それは、「愛情」とか、「愛する」ってことを書くことが、
「恥ずかしい」と思ってる、俺がいたからだ。

しかし、それも、やはり、それを「恥ずかしい」と思うだけの、心の小ささだったわけで、
それを「恥ずかしい」と思うほうが、もっと恥ずかしいじゃんね。

俺は、毎日、彼女と過ごす時間から、
多くのことを学んでる。

毎日が、連続の発見。
毎日、多くのことを、学んでいる。


そして、その、毎日の感動を、
今しかない、この思いを、
ここに記したい。

ただ、それだけ。


******

自分の素直な思いをここに記そうとしたら、
もうこんな時間になってしまった。

もういい加減寝るか。

4:47AM 



shunsukesekine at 04:51コメント(4)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

July 25, 2007

poster

この映画のレビューが、日本の友達のMIXIのところに載っていた。
俺も、この映画を、数週間前にDVDで借りて見たばかりだった。

こっちでは、1月に公開した映画。
彼女からも、ずっと前から薦められていた。絶対見たほうがいいよと。

この映画の舞台となったロングビーチのウィルソン高校は、
今俺が住んでいるところから、車でほんの数分の距離である。
この映画の設定は、1994年。
LA,ロングビーチなどで1992に起こったロス暴動直後の話だが、
それからまだ10年ちょっとしか経っていない。


映画の中では、主人公の高校生の女の子が、友達と登校するシーンで、
他のギャングメンバーからの銃撃に合い、何発も撃ち返すシーンがある。
今では、こんな光景はもう見ないものの、
やはり、ロングビーチダウンタウンの方、特にゲトーエリアの方は、
未だに、毎週の様に人が死んでいるとか?
(麻薬の密売人や、ギャングが多く住んでいる地域などで)


正直、自分はそういう、土地の治安や現状に本当に疎く、
彼女に最近色々と教えてもらって、この地域がいかに危ないかを知りだした。

一年前までは、その高校からすぐのところに住んでいたけど、
「なんとなく治安が悪いとこだなあ」ぐらいにしか思ってなかった。
この前アプライしたスタバも、ロングビーチダウンタウンの中にあるもので、
そこは周りがホームレスや怪しい人ばかり。

何回か面接などでそこに行き、「ここはちょっとヤバいんじゃないか?」
と薄々と感じていたが、
彼女に、そこの地域の危なさを聞き、こりゃ本当に辞めた方がいいわと、
他の地域のスタバにアプライしている状況。


ま、俺がいかにニブいかはどうても良いとして、
そんな、ロングビーチ、ウィルソン高校。

この映画は、この高校での実話が元となっている。


*****

話のあらすじは以下の通り。(彼女のブログより抜擢)



ときは、1994年。90年代初頭、LA暴動を初め、人種間同士の争いがピークを迎えたロングビーチ。ウィルソン・ハイスクールも荒れに荒れ、決して勉強に勤しめるような環境ではなかった。学校の外では、ギャングたちがはびこり、生徒たちも「黒人」「ラティーノ」「カンボジア系」「白人」とグループを作り、敵対していた。

そこへ赴任してきたのは、夢と希望と期待に満ち溢れた、ニューポートビーチ(超お金持ちエリア)出身の新米教師、エレン。彼女の希望とは裏腹に、現実は厳しい。まるで、授業にならない荒れよう。子供たちは、高校生だというのに、小学生並みの読み書きを習っている。現実に愕然としながらも、子供と向き合うエレン。子供たちの人生に、信じられないドラマがあることを知り、「毎日、日記を書きなさい。あなただけのストーリーがあるはずだから。」と、鼓舞。子供はフリーダムライターと化し、それぞれのライフタイムストーリーを書き綴る。これまでの自分に蹴りをつけるため、新しい自分になるため、そして、現状に打ち勝つために。

*****


この映画、日本ではまだ公開したばかりらしいので、多くには触れないが、
ぜひ、機会があったら見てほしい。
アメリカにいる皆さんは、もうDVDが出ているので、ぜひ借りて見てみて下さい。
人種問題、ギャング同士の抗争、その中で生きる子供たちの生活・・・。

ロングビーチに住んでいる人なら、この映画を見て、彼らの話していることが、
肌で感じ取れるのではないでだろうか。


*****

この映画の主人公となった、Erin Gruwell(エリン・グルーウェル)教授は、
今はなんと、CSU Long Beachで教えているらしい。

この前までその学校に通っていたのに、
その先生が、同じキャンパスで教えているなんて、知らなかった。
今度、機会があれば、彼女にぜひ会いに行ってみたいと思います。

*****

人種問題。
ここ、南カリフォルニアに住んでいる以上、この問題は避けて通れない。

同じ地域でも、
ゲトー地域から、数ブロック走っただけで、
高級住宅街が広がる。

人々は、人種で相手を判断し、
その人の外見だけで、ステレオタイプをすぐに当てはめる。


映画の中で、エリン教授のクラスの、ラティーノの女の子が、
「自分はあんたを含めた白人が大嫌いだ」というシーンがある。

「白人は、私の家族や友達を、勝手に連行し、逮捕する。
 彼らは、そうしたいからそうする。
 そして彼らは、それが出来るんだ」と。


その子のセリフは、この白人主義アメリカの真実を、
少なからずとも指している。


俺がアメリカ一年目に住んでいたウィード。
そこは、超田舎町で、人口のほぼ全てが白人だったため、
人種同士の問題なども無く、俺自身も、
「日本人だから」とかで差別はされなかった。

しかし、サンノゼに移り、白人以外に、黒人、ヒスパニック、
アジア人が混ざる地域。
ウィードに比べると、自分(=アジア人=白人ではない)に対して、
その土地の白人が取る態度に、わずかな壁を感じた。

しかし、それも、ロングビーチに移ってからは、
全く大したものではなかったことに気づく。

そして、そうやって、彼らとの間に、
目には見えない、しかし、
「薄い壁」を感じる自分は、センシティブ過ぎるのかと、
自分を疑う時も多々あったが、
毎回、ウィードなどの田舎町に帰る度、
そして、そこの人々と接する度に、
やはり、あの「壁」は、確実に南カリフォルニアには存在することを実感する。

しかし、これは、南カリフォルニアが悪いわけではない。
「人種問題」と、
「都市問題」。

この二つが、キーワードだからだ。


*****


様々な人種が混ざる地域、ロングビーチ。
全米でもトップを争う、この人種が混ざった土地で、
人種同士の差別が無い方がおかしい。

もちろん、これだけ人種が混ざっている分、
他の地域よりも、うまく人種同士がミックスしつつも、
一緒に生きているという点では、すごいと思う。

しかし同時に、人種同士の区切りがこんなにハッキリしているのも、
これだけの人種が、同じところに住んでいることに対しての、
当たり前な結果ではないだろうか。

白人は、白人地域に。
黒人は、黒人地域に。
メキシコ人は、メキシコ人街に。
アジア人でも、
韓国系、中国系、タイ系、カンボジアン、ヴェトナミーズ、
フィリピーノ、日系、インド系、
全て、それぞれの地域に、別れる。

もちろん、貧富の差でも、
住むところからして、綺麗に別れる。


人種が多くなればなるほど、人種同士が固まる。
自分の文化と違う文化から来た人間は、「異人」であり、
「警戒すべき対象」である。

そうして行かないと、生きていけないからだ。

そして、その中で、「白人優越主義」は、
目に見えないつつも、確実に存在する。

白人だけが、それを感じない。
気づいていようが、
見て見ぬふりをする。
それだけ。

白人全員がそうではない。
その問題に立ち向かう人、
人を人種で差別しない人、
そういう人間的にできた人たちも沢山いる。

しかし、悲しいがな、
そんなことすら気にしない、
レッドネックが多く存在するのも、事実だ。

*****

そしてまた、「ロングビーチ」という土地だけが、
この「見えない壁」の理由なわけではない、もう一つの理由。

人が多く集まる、「大都市」という土地柄の性格上の問題が、
それである。


世界中、どこにいようが、どの国にいようが、
大都会になり、人が増えるほど、
治安も悪くなり、人々は相手を疑うようになる。
なるべく、他人との接点をなくし、自らを、守るようになる。
相手を、ステレオタイプで咄嗟に判断し、
偏見と言われようが、自らの経験から、物事を判断するしかない。

そうして行かないと、生きていけないからだ。


都市になるほど、人は他人との距離を持ち、
お互いを警戒し合う。

それは、ヨーロッパだろうが、アジアだろうが、
アメリカだろうが、どこでも同じことだ。


*****

「もっと、全ての人種が仲良くなったらいいのに」
「なんで皆、ステレオタイプで判断するんだ」

自分も、そういう意見を持ち、この地域の人々を批判していた時があったが、
そんな意見も、ナイーブなものでしかない。

実際にその土地で住んで見て、
なぜ、人々がそうなるのか。
その人々の持つ、問題、苦労、困難とは?

それを知って、初めて、意見が言える。

そして、それを知った上で、
それでも、外に出て行こうと努めること。
他の人種の事を知ろうとすること。
相手を尊敬した上で、
相手のことを、分かろうとすること。

その態度こそが、初めて評価される。

*****

そんな訳で、そんな、誰もこの状況を打破できないと思うのが当然の地域で、
人種など関係なく、クラスを一つにまとめた、エリン教授のした事は、
本当に勇敢で、素晴らしいことなのである。


彼女が取った、生徒に日記を書かせるという手段。
最初は警戒していた生徒たちが、一人ひとり先生の用意した日記帳を持ち、
自分の思いを書き綴るシーンでは、
自分が中学生の頃の生活ノートを思い出した。
よく俺も、毎日のやり切れない思いとかを、
そのノートにぶつけていたっけ。
担任がそれを読んでくれ、コメントをくれるだけで、
心のはけ口となっていた。


エリンが、生徒に向かい、
「この中で、自分の友達や兄弟を、ギャングの争いにより殺されたことがある人は、前に出て」という中で、
クラスのほぼ全員が足を踏み出し、
3人以上殺された人は、との問いに、
それでもまだ多くの生徒が残るシーンでは、
かなりショックを受けた。

*****

自ら、学校の仕事以外に、他にもパートタイムの仕事を二つこなし、
自分のクラスの生徒を、校外学習に連れていくその生き様には、
感心させられた。

初めは、同じクラスの中でも、人種同士でお互いに憎み合っていた生徒たちも、
時が経つにつれ、彼女のクラスだけは、皆仲良くなっていく。

実際の話を元にしているのもあるだろうが、
生徒役の役者たちの演技もリアルで、
何回も、胸に迫るシーンがある。


教育関係、人種問題などに興味のある人には特に、
そして全ての人に、
ぜひお勧めの映画。

7・25.07

her pic

彼女が、Erin Gruwell(エリン・グルーウェル)教授

shunsukesekine at 20:07コメント(0)トラックバック(0) 
映画 Review 
2007年7月14日(土)

この日は、俺が去年働いていたインターンシップ先のJさんと、彼氏のWalterの家に招かれ、食事を供にした。


去年、彼女の人間的な魅力に惹かれて、その会社でのインターンを頼んだ。
そんな素敵な女性の彼氏。
最近出会ったと言っていたけど、どんな人なのか、会うのが凄く楽しみだった。


この前サーフィンに言った際に、Jさんと約半年振りに会い、
お互い、今の彼氏、彼女との出会いや、
いかに愛称が合うかについて、熱く語り合った。(笑)

俺もJさんも、どっちかというと、一人で生きていけばいいじゃんという考えだった。
一人でも人生十分楽しいし、「What’s wrong with that?」って感じ。

世の中には、一人じゃ寂しいからとか、自分の心の中の満たされないものを埋めるためにとか、
周りにみんな彼氏彼女がいるからとか、“ノリ”とか、そんな理由で誰かと付き合いだす人たちもいる。

でも、そうやって出来た関係というのは、結局、自分の満たされない部分を、その相手を使って満たそうとしているわけで、絶対にいずれ、ヒビが生じる、と思う。

自分ひとりで、「1」という完全体になってないのに、その満たされない部分を相手で満たそうとしては、相手は、自らを満たす、「対象」でしかない。

自らが、自分ひとりで既に「1」であってこそ、
そして、
相手も「1」である人が自分の人生に現れてこそ、
その二人が作り出す人生は、「2」どころか、
「10」にも、「100」にもなる。

そんな関係じゃなければ、誰かと付き合う意味はない。
そんな風に俺は思ってた。

話を聞くと、Jさんも同じような考えだったらしい。

そして、そんな俺たちに、お互い、パートナーができた。

だから、お互い、相手がどんな人なのか、会うのが楽しみだった。

*****

土曜日。

俺の彼女は、火曜日に日本から帰ってきたばかりというのもあって、
時差ぼけの疲れなどで体調が悪くなっていたので、残念ながら一緒に行けないこととなった。
彼女には悪いが、家で待っていてもらった。

いざWalter(以下W)の家に着くと、Jさんと彼が出迎えてくれた。

前に話していたときのJさんの話では、
アメリカ人には珍しく、「こんなやつおるんかい!?」という感じの人だという。

ペインティングや彫刻、写真、大工などのアートもやり、
様々な種類の料理もし、
サーフィンやスキーなどのスポーツもし、
車やオートバイなど、メカニックにも詳しく、
それで尚且つ、深い話もできる。

上のいずれかの条件を満たす人はたくさんいるが、
なかなか、全ての面を満たす人は少ない。
それに、アメリカ人、特に南カリフォルニア人で(ま、偏見かもしれないけどね)、深い話が出来る人を見つけるのは、結構困難であって、なかなかいないわけよ。

そんなわけで、そんなWと会うのは、本当に楽しみだった。


彼の家に入って、彼と会って握手をして、なんとなく、彼のよさがわかった。

深い人ってのは、雰囲気とか、その人の発するオーラ、
後は、目の深さ、輝きが違う。

彼も、そんな人の一人で、
何か、落ち着いているが、楽しそうな雰囲気が漂っていた。

******

この日のディナーは、Wの焼いてくれたステーキ。
近くのStater Bros.で買ってきたという、NYステーキとフィレの部分が一緒になった、T−Boneの部分。
バカでかいが、それで$15という。
Jさんが言っていた。
彼は、お金の使い方がうまいと。
食べているものも、体にいい材料を買ってきて、自分で作る。
家の装飾も、凝っている。
まるで、IKEAのカタログに出てきそうな、それぞれの部屋の作りだが、
それはほとんど全てが、Wが自分で壁を塗ったり、椅子を作ったりと、
自ら工夫して作り上げた空間だった。
写真は持っていないのでお見せできないが、
ぜひ機会があれば、見てほしい。
そんなお洒落な空間だった。

*****

ステーキが焼ける前に、Wが家のQuick Tourをしてくれた。
ガレージのドアから入った玄関を入って、すぐ隣にあるバスルーム。
そこは、ついこの間、Jさんと一緒に作り上げた、
海岸と砂浜の空間。

Wが砂浜で拾ってきたという綺麗な石が飾られ、
床の色や、壁の色、
天井の色は、それぞれ、砂浜、海、空をイメージしてある。

トイレのカバーも、落ち着く薄茶色。

非常に凝っていた空間だった。

******

キッチンのある居間には、
この前、Wの彼のお父さんが一緒に作ったという、
オブジェクトが、高い天井から垂らされている。

背の高いWが、そのオブジェクトの一部をつかんで回すと、
そのオブジェクトは、クルクルと回り始めた。

まるで、美術館にあるような、その数々のオブジェクト。

居間の空間と、非常にマッチしていた。


居間にはワイドスクリーンのテレビがあり、
サーフィンの映像が常に流れている。
ステレオからは、BGMが。

そして彼は、照明に非常にこだわる。

料理をしている時も、キッチンの明かりから始まり、
食事をするときも、
居間の空間の明かりも、
全て、彼が自分自身で、調節する。

「This is the right lighting, huh?」

ほんの僅かな光の量にもこだわり、
ライトを調節するタブをいじる彼は、
本物のアーティストだった。

******

キッチンには、彼が高校の頃に作ったという、
カッティングボード(まな板)が置いてあった。

最初俺がそれを見たとき、それについて触れはしなかったが、
その模様が余りにも綺麗だったので、
売り物とばかり思っていた。
どこで買ったの?と聞こうとしていたから。

後でもう一回キッチンに帰ってきたとき、
Jさんが言った。
「あのまな板も、彼が作ったんだよ」

マジかよ?と良く見せてもらうと、
いくつもの種類の木を、縦に綺麗にカットし、
それを、うまくくっつけてある。
その色の配置から、形まで、
もう本当に、よく出来ていた。

外の庭には、彼が高校時代に作ったという、
大きな木のイスがあった。
それも、彼自身が作り、
他にも40個ぐらいつくり、
全て、売っていたという。

そのまな板もやはり、高校時代に作ったらしい。

彼は、そのイスを売ったお金で、人生最初の車を買ったとか。

*****

Wの作ってくれたマルガリータを飲みながら、
やはりW作の、グアカモリにマンゴーを混ぜたサルサソースをチップスに付けて食べながら、
いろいろと話をした。

家のツアーが終わった頃には、
ステーキも焼け、野菜も焼けた。

グリルが非常に得意という、Wが丹念に焼いた、
ミディアム・レアの肉。

それと、野菜、そしてコーンを皿によそり、
ダイニングのテーブルで、3人で食事をした。

*****

ちなみに、どうでもいいが、
俺がクローゼットに住んでるってのは、みんな随分話のネタにしてるみたいで、笑
Jさんも、去年の終わりに、うちに見にきたことがあった。

この日、Wの家に入ると、
そこにあった、ダイニングのテーブル。

Jさんが、俺に、「俊君の部屋、このテーブルより狭いよね!?」と。
嬉しそうにニコニコしてるから、「そんなことないっすよ!」と、よく図って見たら、
実際、そのテーブルのほうがデカかった 笑

Wは、「Wow...!!!」と、ただ驚いていた。笑 ははは ^_^

*****

てなわけで、俺たち3人は、そのテーブルで、
Wの作ってくれた素晴らしいディナーを堪能した。

もう、そのステーキは最高でしたね。
今まで生きてきた中で、多分一番おいしいステーキでした。
その肉の柔らかさは、もう最高。
口の中で、とけてました。

*****

食事を済ませた後は、
外の庭で、イスに座りながら、語る。
Wが付けてくれた、TIKIランプの火が、
赤く燃えている。

そして、彼がメキシコで買ってきたという、
でかいカマド。
そこに、焚き木を入れ、
火をつける。
大きな炎が、ゴウゴウと燃えゆく。


よく、JさんとWは、
こうして、火の横で、
上に広がる夜空を見ながら、
人生についてとか、この世の中についてとか、
いろいろ話すらしい。

この前は、夜まで暖かい日だったので、
そこに寝袋をひいて、
星を眺めながら寝たとか。

そういうのが、最高の贅沢だと思う。


*****

Wは、いつもサーフィンを終えた後に、詩を書くらしい。
彼が書いたという詩を、披露してくれた。

その詩を彼がまず読み、それはどういう状況を言いたかったのか、
それを俺が聞いて当てる。

面白かった。

*****


さて、やっと本題に入るが、
この日、俺はずいぶん、Walterに感化された。

なかなか、「こんな人になりたい!!」と心から思う人に会うのは、
そう簡単ではないが、
Wは、まさに、そんな人だった。

彼が、この夜俺に言った中で、心に残った言葉がある。

「Smart people never judge.」

賢い人は、絶対に決め付けない、と。


物事には、いろいろな見方がある。
同時に、人々の考え方も、人それぞれ違う。

たとえ、一瞬見たら、赤に見えるものでも、
違う角度から見たら、青に見えるかもしれない。

分別のある人は、物事を、1つの角度から見ただけで、判断しない。
人のことを、決め付けない。

Smart people never judge.

短い言葉だが、そこに真実が含まれている。
その言葉を聞いてから、ほぼ毎日、思い出す。


******

それから、他にも色々な話をした。

例えば、自分が、かつて望んだ状況を、
実際に手に入れるまでに、どれくらいかかって来たか。

自らが、望んだ状況を、現実のものにするまでの時間が、
短く出来るようになるほど、
自らの人生も、現実化する速度が速くなる。

それが、5年から、1年。
一ヶ月から、一週間へ。

*****

そして、人生に起こる、「偶然」の話。

一見、偶然と思えるものでも、
たまに、出来すぎたと思うほどに信じられない、「偶然」が起きる。

その「偶然」は、なぜ起きたのか?

Wは、それについて、「Law of attraction」という方法で説明してくれた。


*****

この世の中にあるもの、全ては、原子(Atom)である。
同じように、人間も、原子のかたまり。
そして、その人間が持つ、「考え」。
これも、やはり、原子。

その原子は、波長(Frequency)を持つ。

一人の人間が、ポジティブな考えを持てば、
その人が放つ波長は、ポジティブなものとなり、
ネガティブなものを考えれば、
ネガティブな波長を体から放ち出す。


一人の人間が思った「考え」は、その人を構成する原子が作り出す、
「波長」となり、
その波長は、一度、宇宙に飛ばされる。

宇宙は、この世の中の全ての波長が集まる。
つまり、全ての波長が集まる、電磁局のようなもの。

そして、そこに集まった波長は、
再び、地上に帰る。


人間の体は、波長を放つ、送信機になると同時に、
他の波長をキャッチする、受信機にもなる。

ポジティブな考えを持つ人は、
ポジティブな波長を放つと同時に、
ポジティブな波長を、受け入れる。

それが、自らと同じようなものを引き付ける仕組み。
つまり、「類は友を呼ぶ」だという。



同じように、自らが望んだものが、自分の方に引き寄せられる。

ここで面白かったのは、
何かを願うとき、

“I want to……..” 
“I don’t want to……..”

の部分は、“宇宙”は、聞き取れないという。

例えば、いい仕事が見つかるか不安なとき。
いい仕事が見つかるといいなと思い、
それを頭の中で、言葉にするとき、

“I want to get a good job”
“I don’t want to get a bad job”

この2文。
同じように見えるが、
実は全然違う。

宇宙は、“I want to……..” 
“I don’t want to……..”
の部分は気にしない。
その分の内容だけ聞く。

だから、一つ目の文は、
“get a good job”(いい仕事が手に入る)
となり、
二つ目の文は、
“get a bad job”(悪い仕事が手に入る)
となる。

このように、朝、仕事に遅れそうなときも、

「遅刻したらやだな、まずいな・・・」
「事故に合ったらやだな・・」ではなく、

「自分は必ず時間に間に合う」
「無事に仕事場につく」

と、ポジティブな方を言い切ると、
その結果が、自分にもたらされるという。


この考えは、聞いて、なるほどと思った。
自分が思ったとおりに、すべてのことが現実化するとは、
去年あたりから、人に会ったり、話を聞いたり、本を読んだりで、
段々気づき始めていたが、
まさか、
“I want to……..” 
“I don’t want to……..”
の部分が、関係ないとは、知らなかった。

つまり、何かを望むとき、
「こうなったらヤダな・・・」の様に、ネガティブなサイドから考えるのではなく、
「こうなったら良いな・・・」の様な、ポジティブなサイドから考えること。


不安も、同じ事で、
「こうなったらどうしよう・・・」
「もしかしてうまく行かないんじゃないか」と、
不安になってばかりいたら、本当にそれが現実になるわけで、

「絶対にうまく行く」
「必ず、いい方向にいく」と、
自ら、その状況を信じ込んで進んでいけば、
必ずいい方向に行くと、

それを実感した。

*****

丁度Walterにこの話を聞いたとき、
俺は、自分の仕事が見つかるか、一番不安な時期だったわけで、
この話は、まさにライトタイミングで、俺の心を軽くさせてくれた。

ただ、自分の人生を信じて、
自分が望む方向に事が全て行くことを願い、
後は、進むだけ。

そうすれば、必ず、いい結果が生まれる。


おかげ様で、この話を聞いてから約2週間。
今は、いい方向にことが進んでいる。

*****

そんなわけで、この日は、WとJさんと一緒に、
素晴らしい時を過ごしたのでした。

Wに、人間としても触発され、
いい考えも聞き、
かなりエキサイトして、帰って来ました。

大分遅くなったけど、
ここに記しておきます。


7・25・07

PS、今週末、また彼らと集まります。
今からもう楽しみだわい♪



shunsukesekine at 08:57コメント(2)トラックバック(0) 
People who ispired me-触発された出会い 

July 24, 2007

皆さんこんにちは、ご無沙汰してます。

先週末からの週末を使って、ベイエリアとサクラメントなどを周ってきました。

今回は、彼女と二人で行きました。
僕はもともと、サンノゼに二年間、ウィードに一年間居ましたが、
彼女も、コミュニティカレッジは、サクラメントからすぐ近くの学校に行っていました。

てなわけで、二人で、その辺を周ろうと、行って来ました。


このブログにもしょっちゅう書いているので、皆さんご存知かと思いますが、
僕は一年に3回から4回くらいの割合で、北はウィードまで、
はるばる片道13時間以上かけて、友達に会いに行っていたのですが、
なんと彼女は、2年前の卒業以来、ほとんどそっちの方には行く機会が無かったらしいです。
てなわけで、彼女にとっては、久々の思い出の地を訪ねる旅。
前の学校からの友達や、ホストファミリーにも今回会う機会があって、
ずいぶんと感慨深かったようです。

僕のほうも、今回また、半年以上ぶりに、
サンノゼに足を運んできました。
2年前まで通っていたDe Anza Collegeに久々に行きましたが、
かつて映画を勉強したビルディングや、空手や合気道、カンフーなどを習っていたPEの教室、
ライフガードや水泳のクラスを取っていた、バカでかい競泳用プールなどを見て、
しんみりと思い出に浸ってきました。


今回、こうして、サンノゼの土地に足を運んで気づいたことがあります。

僕が留学してからの、この5年間。
今住んでいるロングビーチに移ってからは、まだ2年しか経っていないのですが、
毎回、新しい土地に移り住み、そして、
その土地での生活に慣れて、それが「当たり前」となった瞬間、
まるで、今までの自分の人生は、今目の前にあるもの、
つまり、

「今住んでいる環境」が全てだった、
「今住んでいる環境で起こったこと」が全てだった、

そんな錯覚にとらわれる事があります。

今回、この週末を利用して旅をするまでは、
約一ヶ月ほど、ここロングビーチにスタックして、
毎日、仕事探しで動いているはいるものの、
「今」の自分の状況しか見えなくなり、
周りが見えなくなったアリンコのように、焦ってる自分がいました。

「今」の現状に満足しないが故に、
まるで、今までの自分の生きてきた道までもに、自信を無くしたりと、
そんな風に、数週間前まではなっていたわけですが、

今回、前に住んでいた土地に足を運び、
その頃の自分の生活を思い出し、
その当時、必死に自分ながら頑張ってきて、それで今の自分があるわけかと、
ふと、過去をじっくりと振り返る余裕と機会ができました。


不思議なもんです。
1年目にいた、ウィードでの生活。
2、3年目を過ごした、サンノゼでの生活。
そして、4、5年目を過ごした、ロングビーチでの生活。

通った学校も違えば、
付き合っていた友達も違うし、
生活スタイルまでもが、全て違うものでした。

なのに、最近の自分は、「今」、目の前にある、
ロングビーチでの、クローゼットに住みながらのこの自分の生活を、
まるで、5年間続けてきたかのような錯覚に陥っていたわけですから。


今回、サンノゼを訪れ、
その、凝縮され、あまりにも短く思えていた、
アメリカでの「5年間」という月日が、
それぞれの細部を思い出すきかっけにより、
その思い出が引き伸ばされ、
一気に、その5年間、今の自分が思っていたよりも、
果てしなく充実していたんだなと、
そう、気づかされました。


この5年間で、多くの人に会い、
多くのことを経験し、
多くのことを感じてきました。

「自分」という人間は、いつも目の前にいて、毎日向き合っているため、
その自分の成長ぶりというのは、ほとんど気づくチャンスがありません。
しかし、たまに会った人からは、
その人の成長振りは、手に取るように分かるものです。

たとえば、10歳の頃に会ったのが最後で、
5年ぶりに再会した子供が、
すごく大きくなっているのに気づくのが、あまりにも明らかなように。


そんなわけで、自分の「成長振り」を実感するチャンスというのは、
過去の自分の、ある一定の時期と、今を比べるチャンスが無ければ、
なかなか気づかないものですが、
今回、僕がサンノゼを訪れ、あの、ほぼ毎日過ごしたプールを眺めることで、
あの頃---2、3年前の自分---と、今の自分を、まじまじと比べる機会が取れ、
やっと、自ら、過去の自分から今の自分への成長振りを、確認できたようです。


長くなりましたが、そんなわけで、今回も感じることが多い、小旅行となりました。
なんか頭が回ってないせいか、言いたいことをズバッと言えませんでしたが、
また頭がすっきりしている時に書きマウス。


それから、今回の数日間についても、時間を見つけて書いていきますね。


それから、やっと仕事が一つ決まりました。
とりあえずは、食いつないで行かないとね。

では、また書きます。

See ya,
俊輔


おまけ:

pool1

俺が通ってた、De Anza Collegeを久しぶりに訪ねて。

「いやあ、このプールで、ライフガードの練習をして、資格を取ったり、水泳の授業をしたりしたんですよ!」



pool2

「んで、あの一番高い飛び込み台から飛び降りなきゃならなくてね!
高所恐怖症だから出来ないんだけど、それをやらなきゃ、資格が取れないってんで、もう死に物狂いで飛び込みましたよ!キン○が縮みあがりましたね!」




whole foods2

「ここが良く行っていた、Whole Foodsっていうスーパーでね。
よくトシさんとチャリに乗ってきたものだ。
ここで熱いスープを、寒い日に来て、飲んでね。
試食なのに、俺たちガブガブ飲んでましたね!」


whole foods1

「そう、こんな感じで、よく試食してましたね!
かなり飲みましたね、トシさん!」



burito

「あと、このブリトーもよく食べましたね!
たくさん詰めてくれる韓国人のおばちゃんがいたんですよね!」



cheese cake

「あと、このチーズケーキが、めっちゃうまいんですよね!」






shunsukesekine at 00:45コメント(0)トラックバック(0) 

July 14, 2007

中学のとき。
俺は、前にも書いたように、友達が全然いない時期があった。
中学2年の夏以降から、中3の終わりまで。
同じ学年の男子ほぼ全員と、同じ部活の仲間たちからも、仲間はずれにされていた。

毎日学校へ行っても、誰も喋る友達はおらず、
男子からは後ろ指を指され、女子からは目が合ったら、すぐに目をそらされる始末。
一日中、誰とも会話を交わさないような日々が続いていた。


そんな中、同じクラスで、唯一、
俺のことを差別しない人がいた。
ナベちゃんという。同じクラスの友達だった。

ナベちゃんは、かっこよく、リーダーシップもあり、
体育祭などでは必ず応援団の団長となったり、
クラスの学級院長になったりと、
誰からも人気者のクラスメートだった。

彼は、女子からももて、
男子からも、いつも上に見られ、慕われていた。


俺が皆から避けられ始めた最初の理由は、
同学年の不良グループの二人組みと、中二の二学期の頭に喧嘩をしたことからだった。

その二人ともみ合い、
そいつらが、他のメンバーにも陰口を言い出し、
気がつくと、同学年を占める不良グループの全員が、
俺を避けるようになっていた。

同じ部活のメンバーから避けられるようになったのも、
同学年のキャプテンと、途中から入ってきた新入部員がつるむ様になり、
その新入部員は、俺と喧嘩したやつらが属する不良グループの仲間だったため、
そいつがキャプテンに俺の悪口を言い出したのがきっかけだった。

キャプテンは、次第に部員全員と、俺の陰口をたたき出し、
気づいたときには、それまでずっと仲良くやってきた部員全員が、
俺のことを避けるようにまでなった。


クラスへ行っても、誰も話す人はおらず。
部活に行っても、同学年のやつら全員はおろか、
後輩たちにまでからかわれる始末。

それまで、一度もそういう経験をしたことがなかった自分は、
それが今、自分に起きているという真実を受け入れがたく、
心をひたすら麻痺させ、何も感じなくさせていた。

そうしないと、余りに毎日ショックすぎて、
生きていけなかったのだ。

家へ帰っても、食べ物の味もよくわからない。
心が麻痺しているので、何が“楽しく”て、何が“つまらない”のかさえも、分からなくなっていた。

親にも、恥ずかしくて言えない。
自分の心の苦しみを話す人もいない。
そして、そんな状況にいつの間にか陥ってしまった自分が、
情けなくて、
いつも自分の顔を鏡で見るたびに、自己嫌悪に陥っていた。

******

そんなとき、
そんな状況でも、
俺のことを、絶対に差別しなかったのが、ナベちゃんだった。

彼は、その不良グループの、仲間だった。
小学校時代、彼は、そいつらと同じ小学校で、
地元同士だったからだ。

休み時間は、いつもナベちゃんは、そいつらのいるクラスまで遊びに行っていた。
だから、そんな風に、そいつらと一番近いはずのナベちゃんが、
俺のことを真っ先に避けるようになっても、
不思議ではなかった。


しかし、彼は絶対に、俺のことを避けなかった。
一度も、彼に、差別された目で見られた記憶がない。
クラスの全員が、俺のことをなんとなく避けていようと、
彼は、一度たりと、決して俺のことそういう風には扱わなかった。


******

ある日、あれは、中学3年の、夏休みが始まる前の頃。
学校のプールの裏の、壁が、誰かによってボコボコに壊されていた時があった。
それを誰がやったかは、誰も見当がつかなかった。

犯人を突き止めるべく、俺の学年の担任たちは、
一番それをした確立が“高い”であろう、その不良グループのリーダーたちを呼んだ。

その中には、もちろんナベちゃんも含まれていた。


******

その頃俺は、誰も友達がいなかったので、
休み時間はよく一人で過ごしていた。
意味もなく学校の裏を歩いたり、
体育館の裏に行ったりして、
ひたすら休み時間が早く終わることを祈っていた。
俺にとって、中学時代の休み時間ほど、長く、嫌な時間はなかった。

*****

その担任たちに、ナベちゃんたちが呼ばれ、
彼らが帰ってきた。
結局、犯人は分からなかったらしい。
もちろん、それをやったのは、ナベちゃんたちでもなかった。

担任たちから帰された後、
教室に戻ってきたナベちゃんに、俺が聞いた。

「何があったの?」

彼は言った。

「あいつらさ、俺たちのこと疑りやがって。
 あの壁壊したの、俺たちじゃねーのにな」

そこでナベちゃんが言った。

「俺たち、担任たちに問い詰められてさ。
 そこで、Yが言ったんだよ。

“○○じゃねーの?あいつ、いっつも一人で学校の裏とか歩いてるじゃん”って。

でも、そこで俺が言っといた。
“いや、○○は絶対にそんなことやるヤツじゃねえ。
 あいつは絶対に違う“って。」



俺はそれを聞いたとき、ものすごく嬉しかった。
そんな状況でも、俺のことを守ってくれたこと。
その時ナベちゃんは、Yに、
「お前そんなこと言い切れる確信あんのかよ?あいつがやったかもしんねーだろ?」
と言われたらしい。
それでも、ナベちゃんは、俺はやっていないと、言い張った。
それさえも不確かな中。


そのナベちゃんの取ってくれた行動は、俺に、
彼の誠実さと、男としての、真の男らしさを見せられたときだった。


*****

卒業式当日。
式が始まる前。

教室の一番後ろの席で、浮かない顔をして俺が座っていたとき。

ナベちゃんが俺に言った。

「俊輔、いろいろあったと思うけど、
高校では、今までの自分の過去、全部白紙にして、
思いっきり羽伸ばして来い。」


その時、どんなに、自分の暗かった未来に、希望が見えたか。

俺が中学時代、なんとかやって来れたのは、
俺を励ましてくれていた水泳の白井コーチ、
そして、同じクラスのナベちゃん、
この二人がいたからこそであった。


******


ナベちゃんは、俺が18歳のとき、成田からアメリカへ向かう飛行機を見送りに、
中学のときの仲間、6人を引き連れてやって来てくれた。

一年目が終わり、夏に日本に帰ったときも、
俺がアメリカへ旅立つ数日前、これまた、中学時代の仲間、
今度は20人以上を集めてくれて、俺を見送る会を開いてくれた。

そして、この時、空港にもやはり友達みんなと見送りに来てくれ、
俺が留学2年目、新しい土地San Joseに移り、
友達もまた誰もいなくなって、進路で悩んでいたとき、
メールで心から励ましてくれたのも、ナベちゃんだった。



彼が俺にしてくれたことは、ここに書いていったらキリがない。
そして、俺がいつも、彼にそのことを言うたびに、
彼は、「俺は何もしたことがないよ」という。

しかし、彼の真の優しさと、懐のでかさは、
俺の心にいつも残っている。

そして、彼が俺に、自らの行動と身を持って教えてくれた二文字。

「信頼」。


それは、いつまでも、
俺の心の中に、残り続けている。



******

ふと、彼のことを思い出し、
ここに書いてみた。

07・14・07






shunsukesekine at 17:44コメント(7)トラックバック(0) 
Special People-特別な人たち 

July 10, 2007

1

7月7日。
この日は、総長がファンド・レイジングのために、寿司を50人分作るというので、
人手が足りなく、手伝ってほしいと、昼ごろ電話が来た。
龍のシェフから譲り受けたマイナイフとエプロンだけもって、彼の家に行きました。

12時半から3時半まで、僕らはひたすら作り続けました。
こんなに集中して、休憩なしでやったのは、Blow Fish以来だぜ。
懐かしいっすね、一緒にスシバーに立って、巻きを一緒に作った日々が。
伊吹さん。^_^


いつもは自分の寿司教室のときも、いつも誰も自分の写真を撮ってくれないので、
一体自分がどう写ってるのか知らなかったけど、
さっき総長から送られてきた写真を見て、「お、いい男じゃん」と大満足の僕でした。
なので、僕の写真を沢山載せちゃいます。

socho

総長




y

Y君。
以前料亭屋で働いていた経験がある彼は、
海老天を揚げてくれました。



2






3







5







sushi by me

これ全部僕が作りました。
これ以外にも、鉄火10本、スパイシーツナ8本も作ったぜ。
アボカドの載り方が綺麗じゃないけど、
まー気にしないでくれたまえ。


minna






一緒に写ってるのは、総長と、Y君です。
総長はやはり寿司シェフ暦10年。
うまかったですな。

彼のにぎりはとてもおいしかったです。
特にイカはやばかったですね。

nigiri








shunsukesekine at 00:53コメント(0)トラックバック(0) 
Sushi Lesson-寿司教室 

July 08, 2007

海は、時間帯によって、表情が変わる。

世界中同じ海なのに、どこの砂浜も、表情が違う。



海。


ここに来ると、心が落ち着く。
心が、広くなる。


7・08・07


2











16











17






15






14






5






6






8






11






7











3






13






1






12











9






10













(写真は、家の近くのHuntington Beachにて。
 夏休み&日曜日ということもあって、冬はほとんど人のいない海岸が、
 人で溢れていた。)


shunsukesekine at 21:27コメント(0)トラックバック(0) 
The Ocean & Surf-海とサーフィン 

July 06, 2007

己の心とのコミュニケーションだろう。

人とわかり合うとき、
誰かとの関係をうまく続けて行きたいとき、
その人と、わだかまりがなく、全て分かった状態で行きたいとき。

大切なのは、コミュニケーション。


俺は大切な人、一生を供に生きていくだろうなと思う人とは、
全てをクリアに話すようにしている。
彼女ともそうだ。お互いの間に、「?」マークが出たら、
それが何なのかも分からずとも、とりあえず、「?」が出たよと話す。
そこから、お互い話し合い、その「?」がどこから着たのか、
何に対して、自分たちの心が、納得いってないのか。

そこを話す。



自分の心とも一緒だ。
人との関係が、コミュニケーション無くしては成り立たないように、
自分とも、コミュニケーションなくしては、分かり合えなくなってしまう。

自らが不安になるのは何故だ?
何に不安になっている?
その不安は、どこから来る?
人と比べてのものか?
自らの自信の無さに対して生まれるものか?

そういったことを、次から次へと、自らに聞いていく。
自らの心を、全て洗いざらい、吐き出す。
心に引っかかったものを、例えどんなに小さかろうが、
どんなに恥ずかしいと思おうが、全て吐き出す。
全て、紙に書き出す。

すると、自分が見えていなかったもの、
何となく感覚では気づいていたけど、言葉にしなかったから、
自覚していなかったものに、気づきだす。


同じ不安だろうが、その不安のもとが「何なのか」分からず、
毎日を生きるのと、
一度自分と向き合い、じっくり自分の心と話し合い、
その「不安」とやらが何なのかをはっきりさせるのでは、
その後の自分の気持ちに、天と地の差が出る。


前にも書いたが、「不安」は、一度自分が、
それを持つ「理由」に気づいてしまえば、もう「不安」にはならない。

それは、「課題」へと様変わりする。

*****

最近、自らの心と、じっくり対話していなかったことに気づいた。
今日、時間をかけてやったら、全てが見えてきた。
やっと、心が軽くなった。

後は、動くのみ。

"We don't need to talk about it,
Just do it!"

7.06.07


shunsukesekine at 14:26コメント(0)トラックバック(0) 

July 05, 2007

今朝、びっくりして目が覚めた。
縁起が悪いが、父親とおばあちゃんが亡くなった夢だった。
その急な知らせにびっくりして、
ショックで、
「なんで、なんで・・・」と言っていた。
そして、そこで急に、
もう彼らと話せないこと、話したくても話ができないこと、
言おうと思っていたことも、もう伝えられないこと、
送ろうと思っていた手紙も、もう届かないこと。

それらに、気づいた。

そして、「なんでもっと早くやっておかなかったんだろう」
「なんで、言いたいことがあったなら、はやく言っておかなかったんだろう」と、
泣きながら後悔していた自分がいた。

そこで目が覚めた。
夢だったことに、心からほっとした。
そして、今、やり残していること、言おうとしているけど伝えられていなかったことを伝えようと、決心した。
それは、他の人に対しても同じだ。

***

俺の人生、「やり残したこと」「完了させていないこと」
がたくさんある。
手をいったん付けたはいいが、途中で終わらせてしまっていること。
たくさんある。
それらのこと。もしも、俺が今日死んだら、
いつ終わらせるのか?
誰かに何かを伝えたくて、
しかもその内容が、感謝とか、いつもありがとうとか、
手紙を送ろうとしていたとか、
何か、その人にとっていい事を伝えようとしていたなら、
それが出来なかったことに、俺は一生悔やむだろう。

これからは、全てをシンプルに。
やるべきことは、やる。
手を付けたものは、終わらせる。
そして、大事なことは、真っ先に終わらせる。

そうしようと心に誓った。


7・05・07

shunsukesekine at 06:58コメント(0)トラックバック(0) 
今日サーフィンに行く途中の道のりで、
Jさんと話していた。
「宇宙の法則」みたいなものについて。

*****

この世は、自分が思いをめぐらせたものが、実際に現実となる。
たとえ同じ環境にいようが、
不安だらけで、悪いことばかり考えていたら、本当にその結果を引き寄せる。
逆に、「必ずよくなる」と、Positiveに考えを通していたら、
必ず、その結果がもたらされる。


彼女とその話をしていて、気づいた。
最近の俺は、自分の将来に関して、「不安」ばかり持っていたと。
「いい仕事が見つかるか」
「俺はこの生き方でいいのか」
そういった、「不安」ばかりを前面に出して、
「必ず人生いい方向にいく」と、Positiveな考えをベースにして、
最近の日々を過ごしていなかったことに。


自分が不安になることを、自ら騙し通すのはよくない。
しかし、その「不安」を自分が持つことを理解した後に、
そこから、Positiveな考えを持ち、前に進んでいくことと、
そのまま不安にさい悩まされたまま、道をビクビクと進んでいくのとでは、
その結果に、天と地の差が出るだろう。


不安になるのは仕方ない。先が見えないんだから。
しかし、どうやって道を進んでいくかは、自分次第だ。


彼女と話していて、自分がそういう状態に陥っていたことに気づかされ、よかった。

心の状態、考え方、精神状態を、
また、Super Positiveに変える時だってことだ。

7・04・07


shunsukesekine at 01:58コメント(0)トラックバック(0) 

July 04, 2007

DSCF9196






サーフィン、海が大好きなみなさん、お久しぶりです。
久々のサーフィン日記でございます。
今日は、ついに、ついに!!
去年の終わりから、ずっと総長と行きたいなと話していたところ、
San Diegoの、San Onofreに行ってきました!!

いやあ〜、マジでやばかったね。
ここは、綺麗で、そして大きくて強力な波が、
次から次へと来るところ。
どうやらこの辺では、一番のロングボード用のサーフィン名所と言われてるとか。
(ちなみに、ちょっと北へ行くと、そこにはショートボード用の最高の場所があります)

いや〜、本当にやばかったね。
もう、海岸が、3,5マイル広がってさ。
どこへ行っても、ず〜っと、綺麗な波が、流れてくんの。
もうやばかったね。

海に入って、パドルし出して、
最初の波を捕まえてさ。
もう、その波の良さに、一気に眠気も吹っ飛んだ!!
(昨日は朝の1時に寝て、今朝は4時半に起きたから、3時間半しか寝てなかった)

その後、いい波を捕まえて、
いや〜、もうやばかったですね、
僕は波に、おそらく30秒以上は乗ってました。
(普段行くビーチでは、長くても10秒くらいしか乗れない)
もう、その状態がすごすぎて、
「ウッヒャ〜〜〜!!!」と大声で叫んでおりました。
俺のお決まりのダンスも、横で同時に波に乗ってた総長に披露できて、
もう、感無量です。
(ここのビーチに来て、このダンスを、この長い波に乗りながら総長に見せるのが、去年からの目標でした)

the sea






とにかく、もう最高でしたね。
朝の7時に海に入って、途中に小一時間の食事休憩を挟んで、
昼の12時半までやってました。
体も疲れてて、絶対に動かないはずが、
脳が興奮しすぎて、ノンストップで、一回につき、2時間ぐらいやってました。
もう、最高でしたな。

(一度波を捕まえると、
いい波だったら、ものすごい距離を、ずーっと浜辺近くまで乗れます。
沢山のサーファーが浮いてる中で、
その中をすごい速さで突っ走るのはもう快感です。
一度波から落ちると、
また沖まで出るのが大変ですが、
なぜかもう回らないはずの腕も、いい波を捕まえた後は、
「おっしゃ〜!もう一回やったるか!」と、
どこからか力が出てきます。
不思議なもんです)

*****

今日はJuly 4th.アメリカ独立記念日、祝日です。
ここのビーチは、朝の6時にOPENですが、
6時半についた時点で、大量の車が殺到しておりました。
海に着くと、もう凄まじい人の数。
まるでテーマパークでした。
自然を愛する人のテーマパークね。

もう、海は、自然の作り出す滑り台ですな。
自然の巨大な力が作る、その自然の大きな斜面を、
人間が作ったサーフボードで、滑らせてもらう。
もちろん、自然は人間に対して容赦などせず、
少しでも気を抜けば、波に飲まれ、ひっくり返され、
洗濯機状態にされて、なかなか上がってこれない。
今日も一回、10秒以上上がってこれなくなって、
マジでびびったけど、
でも、その分、自然に敬意を持って、この地球で遊ばせてもらいました。

kani

こんな立派なカニも、
浜辺に落ちておりました。




人間は、家の中で遊べるモノをいろいろ作り上げたけど、
(PCとか、ビデオゲームとか、テレビとか)
やっぱり、俺は、こうして大自然の中で、体を動かして、
自然のパワーを体全体に感じて遊ぶことに、
一番の感動を覚えます。

今日の海は、特に綺麗で、
いつも、サーフボードの上にまたがって、遠くを眺め、
次に来る波を待ってるとき。
向こう側には、空と、海と、その二つをさえぎる、一歩の線しかないとき。
そして、たまにイルカが出てきたり、鳥が近くを、さーっと飛んでいくとき。

この光景を見ているとき、
俺は、「自然」「地球」という名の“部屋”の中にいる気がして、
「本当に恵まれてるなあ」と、心から感動します。
もう、自分が持ちえる、最高の部屋です。

俺は、狭いクローゼットに住んでるけど、
こうして海に来て、海の上に浮かんでるとき、
浜辺に座っているとき、
本当に自分の“部屋”にいる気がします。

*****

波乗りを終え、海から上がってくるとき。
この浜辺には、大きな石ころがゴロゴロ転がっているのですが、
それが、満ちて、そして引いていく潮の流れで、その石が海に向かって一斉に転がっていき、
その石ころ同士がぶつかって作り出す、「カラカラ」という音に、
非常に美しさを感じました。
今日一緒に行ったJさんと、「風情があるね」と行っていました。

*****

もう本当に、こうしてサーフィンができる環境に入れて、最高です。
今の自分の環境に、感謝。

7・04・07


おまけ写真

昼は、総長が朝早起きして、わざわざこしらえてくれたオニギリを食べました。
もう最高の味でしたね。

nigiri


総長手作りムスビ



everyone

最高のピクニック場所でしたな


DSCF9187DSCF9188DSCF9198DSCF9189DSCF9190


shunsukesekine at 23:39コメント(0)トラックバック(0) 
The Ocean & Surf-海とサーフィン 

July 02, 2007

人間、一度ぬるま湯につかると、
そこから抜け出すのが億劫になっちまう。
自分を叱咤激励するのは、自分のみ。
いつまで人に面倒見てもらおうと思ってんだ?
自分の甘さばかりが目に付く。

*****

今日はDisneyの面接を受けに行った。
時間給のバイトの面接だったが、
PCの適正検査で落ちた。
どうやら俺は彼らの求める人材に当てはまらなかったらしい。
「ミッキーマウスに十分似てません」って。
カリフォルニアに来た理由は、実はミッキーになるためだったのに・・・(ウソ)
ま、次の面接をガンガン受けてくよ。

*****

今まで生まれてからずっと、「学生」などのステイタスがあったためか、
仕事も何もなく決まっていない状況は、正直居心地が悪い。
いかに、今まで誰かに何かをすることを決められて生きてきたかに気づく。
いざ、全てのしがらみがなくなったとき、
誰も、自分に命令をしなくなったとき。
そこで、自ら動けるのか。


いつまでも精神的にぬるま湯につかっていては、
俺はどんどん落ちていってしまう。

動くのみ。

自らの行動からしか、結果は出ない。




shunsukesekine at 23:30コメント(2)トラックバック(0) 
Archives
記事検索