March 2007

March 28, 2007

イタリア、ヴェネツィア。

その日、俺は、メインの島から少し離れた小島にある、
ユースホステルに泊まっていた。
そこのホステルには、世界中からの若者が集まっていた。

*****

水上ボートを降りて、ホステルの前に向かう。
そこにたむろしている若者たち。
一人、長髪で眼鏡をかけた若者が、俺に話しかけた。

「よう!お前どっからだ!?」
アメリカから、元々は日本からと言うと、
「おう!そんなら話がはえーや!」と。
そいつは、ドイツ人。

「I’m gonna give you some joke now.
 They don’t understand my joke, but if you are from the States,
 You should be able to get it.」

「Alright, hit me」

「What’s the similarity between “American Beer” and a “Sex on a boat”??」

「………」

「You got it?」

「…No…」

そいつはニヤニヤしながら、

「The answer is,
both of them are “F**k’n close to the water”!!」



そいつと二人で腹を抱えて笑った。

*****
(3/28/07)



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Funny Story-面白い話 

March 26, 2007


自分の精神的、内面的な気づき、
そして自己発見を、「成長」と定義付けるのならば、


“旅に行くこと、どこかに行くこと”が、
自分に成長を持たらしてくれる訳じゃない。


俺は今まで、「旅をすること」自体が、
自分を自己発見に導くと思っていたが、
違う。

去年の夏辺りから何となく分かり始めていたが、

俺が、今まで旅に行く度に、
“成長”して来たのは、

旅の途中の新しい風景、変わった経験、
異文化との交流、普段と全く違う生活の中で、


“今までの自分の人生=足あと=歴史を見直し、
(自分がどこから来たかを見直し)

自分がどういう人間かを真剣に考え、
(今の現在地を知り)

これからどう生きて行きたいか
(これから向かう方向)を、
じっくり、真剣に、とことん考える時間を旅の中で取ってきた”から。


別に、タイに行ったから、アンコールワットを見たから、
ヨーロッパに行ったから、アメリカ一周したから、
自分が成長した訳ではない。
それらの“場所”は、ただのきっかけで、
自分に、“真剣に己を見直す時間”を与えたにすぎない。


普段、日々の雑務、仕事に心を一杯にし、
腰を据えて、じっくりと、
時間を気にせず、とことんと、
自分と向き合う時間を取らなかった。
そして、旅の途中、
それをする時間が果てしなくあった。
それだけのこと。


今までの旅で、特に、
アメリカ一周と、中米一周の旅は、
自分が人間的にもの凄く成長した、
“強くなった”と感じた。
何故か?

それは、どっちの旅も、貧乏で、
泊まる場所もなく、友達もいなく、
トコトン一人になり、
夜も、テレビもケータイも音楽もネットもなく、
ただ、一日やる事と言えば、
“考える”ことしかない日々が、
延々と続いたから。

USA一周の旅では、毎晩、
列車の中や、駅のホーム、
公園の木の陰とかで、
日記帳に思いを綴る事だけが、
自分の“生きがい”だった。
中米でもそれは同じ。
そして、どちらの旅も、家もなく、
汚い格好で、シャワーも浴びれず、
食うものもロクになく、
精神的にキツい中、
“先が見えない中”、
唯一自分を励ます方法は、
“未来の自分像を想像し、
それに向けて、希望を持って強く生きようと決心すること”だった。

その二つの旅の途中は、ほぼ毎日、
自分の“人生”について、考えたため、
自分の人生のイメージは、過去も、現在も、未来も、
今まで以上に、驚くほど濃くなった。
自分の人生の生き方を、今まで以上に“意識”し出したからだ。



つまり、「何が自分を成長させるか」っていうのは、

自分が、自らの事を省みる時間を、
しっかりと取っているのか。

そして、自分の心の内側を、
とことん探る時間を、毎日取っているのか。

それにかかっているってこと。


*****


自分の人生を見つめ直し、
これからどう生きていくかを真剣に考えることは、
地球のどこにいようが、いくらでもできる。

要は、自分の意識と、決心次第。
そして、その時間を取ったかどうか。
自ら、取ろうとしているのかどうか。
それだけ。


3・25・07



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March 25, 2007

Flowers at Sedona
flowers






Sedona's Red Rocks
rocks

I sat there for hours, trying to feel the energy of vortex from the mother earth.
Did I feel it? ...Nope!!








Cactus in Sedona
saboten

I saw lots of cactus while I was in
Arizona.









Red Rocks before the Sunset
sedona rocks2






Sedona Downtown from the top of Mountain
sedona downtown






My small "Sentra". You did well!
sentra






The moment right before the sunset.
It was breath taking.

sunset











MacDonalds in Sedona
mac

You see the sign of MacDonalds?
Yes, it is made out of green jade stone!!






Yap, I’ve finally been to Sedona, AZ…
It is a beautiful place with a red rock, which emits the power of “vortex” from the earth, according to the people from there.

How was it? Well,,,
I didn’t feel any power even I sat there and tried to feel the power for hours.
Also, the place was very dry and, oh man, it was HOT!!!

There were so many people in the town, because the town itself became the tourist place and some people even live there.
Anyway, the scenic view of sunset was beautiful, as it reminds me of the one at Monument Valley.

The reason why I’ve been to there?
There was a song by Aerosmith, “Sedona Sunrise”, on their newest album.
I was wondering where the Sedona is, and at the same time, some of my friend was keep on telling me about Sedona. They said the place was beautiful and got some energetic special power from earth, so I was just interested in it…

Anyway, it was another 1,000 miles drive from Long beach, CA to Arizona.
My small Nissan Sentra is also crying ‘cause I use it too often.
Alright buddy, I’ll give you a car wash maybe tomorrow, hahaha

Enjoy some of the pictures from Sedona.
If you have some time, you might want to visit there.

Cheers,
Shun

*****

遂に行って来たぜ、セドナ・イン・アリゾナ。
先週、3月16日からの週末を使って行って来た。

どうだったって?

・・・大して良くねーじゃねーか!笑

皆、「あの場所は不思議なパワーが感じられる」とか、
色々言ってたけど、俺は何も感じなかったがや。
折角片道500マイルも走って行ったんだし、悔しいから、
岩の前で、座禅して、ずーっとパワーを感じようとしてたんだが、
結局何も感じなかった。
俺には、ロングビーチの海や、
ヨセミテの木々、そっちの方がずっといいけどな?
な、ひろぽん?

町は、3月というのに、恐ろしく暑く、
しかも乾燥していて、
「これが砂漠地帯・中西部の夏か」と、思い知らされた。

そこにずっと行きたかった理由?
エアロスミスの最新アルバムに、「セドナ・サンライズ」って曲が入ってたから。
「セドナってどこだろう?」と思ってると同じ時期に、
何人かの人にセドナの話を聞いたり、友達が急にセドナに移ってビジネスを始めたりしたもんで、色々な偶然が重なって、ずっと行って見たかったわけ。

エアロスミスのその曲を聞きながら、セドナの町まで車を走らす姿を想像するのが、
去年の終わりからの楽しみだった。

遂に行けて、よかったけどな。
実際にそれが出来るだけでも、
ほんと恵まれてるってもんだぜ。
アメリカにいること、車でどこでもいけること、
そしてその時間が取れる今の状況に、本当に感謝。

また、二日半で1,000マイル以上走るという、
とんでもない負担を、僕の愛車セントラ君にかけてしまった。
後一年、アメリカでの生活に持ってくれるだろうか。
頑張ってくれ、セントラ君。

久しぶりに車の中で二晩寝て、
また、「旅の途中のキツい感覚」に戻ったよ。
俺の旅は、いつも、
身体的、精神的にきついんでね・・・
そのおかげで、いつもの生活がいかに恵まれているかに、
気付けるってのもあるんだが・・

*****

二日目、帰り道で、
アリゾナとカリフォルニアの州付近で高速を降り、
そこの何もない平原で、車を止めて空を見上げた。
空一杯の、驚くような星の数々。
「この宇宙にはこんなに星があったのか」と、
また、忘れていた何か大事なものを思い出された。

今の日本の子供たちは、特に東京に住んでいる子なんかは、
一日の中で、日の入りや日の出の瞬間を見る機会がないという。
朝起きてから、学校へ行き、
終ったら、塾へ行くから・・。

最近、変な事件が多い。
世界中では、インターネットにみんな依存し、
中国では、ネット中毒者が、恐ろしい数ほどいるという。
「引きこもり」が増え、
人と顔を合わせてコミュニケートできない。
目を見て離せない。
ネットやゲーム、テレビなどの想像の世界に走ってしまう。
キレる子供が増え、
自分のことしか考えられない。

現代人が“自分勝手”になりがちなのは、
星を見る機会がないからじゃないか。
夜寝るとき、
夜空一面の星さえ見れれば、
“この世は広い”ってことを忘れない。
夜、星も見えず、
部屋でネットやテレビに走ってるから、
自分の見たいとこだけ見て、
“自分の世界”に閉じこもっちゃうんじゃないか。


そんなことを、
星空を見ながら、ふと思った。

*****

そして、ロングビーチに日曜の朝帰って来て、
海もあり、都会もあり、
美術館もあり、山も、川も、自然もあり、
天気も良く、人種も混じっていて、
とにかく何でも揃っているロングビーチのよさに、
驚くほど感激した。
たった二日前にここを出る時は、「いつもの」町だったのに、
この日は、全てが天国に見えた。


“天国は、そこにずっといると、
 その良さが分からなくなってしまう
 マヒしてしまう”

そして、

“帰る場所があるから、
 目的があるから、
 旅に行ける”


それを実感した。

*****

また、どっか行ってきたら、
旅行記書きます。

俊輔









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2007 Sedona Trip |  Aerosmith

March 24, 2007

reign poster

Good movie. Nice movie.
If you haven’t seen it yet,
please just go and watch it.

Good movie. Period.

Shun

*****


久しぶりに中身のある映画を見た気がする。
アダム・サンドラーの演技が中々いいと新聞に書いてあったので、気になって見に行っただけだったが、“かなり”良かった。
ストーリーを軽くかいつまんで話すと、9・11のテロにより、妻と娘3人を一度に亡くした元歯科医のチャーリー(アダム・サンドラー)と、彼の元大学時代のルームメイトで、同じく現歯科医のアラン(ドン・チードル)の、二人の再びの出会いから始まる、物語。

チャーリーは、頑なに心を閉ざし、誰にも自分の心を打ち明けようとしない。
そのチャーリーを見て、アランはどうして行くのか・・

「アランがチャーリーを助けていく」という図だけかと思いきや、実はアラン自身も、チャーリーとの交流の中に、何か大事なものを見つけ出していく・・


人間の心理描写がよく描かれ、同時に、いつもはコメディだけのアダムサンドラーがかなりいい味を出している。
映画の途中、3回くらい泣きそうになった。
中身のある映画が見たい人、また、「グッドウィルハンティング」が好きだった人は、絶対おすすめ!!

3・24・07
俊輔

reign23

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映画 Review 

March 23, 2007


自分と真剣に向き合えば向き合うほど、
自分の弱さ、甘さが見えてくる。

それらに真正面から立ち向かうのが恐いが故に、
自らを忙しくさせ、己の心と向き合う時間を取らなくすることは、
“自分”から逃げているに等しい。


ただ忙しくし、自分を“満足”させることはカンタンだ。
動き回っているから、まるで、
自分が成長したように“錯覚”するし、
その行動振りから得られる、
“満足感”に、酔いしれてしまうからな。

しかし、本当に自分の心を強くするには、
足を止め、静かな中、
自分の心と、しっかりと向き合う以外、
方法はない。

そして、自分の“弱さ”を全て自覚し、
そこを、一つずつ、
着実に変えていくこと。
それしか、自らを、本当の意味で、
“強くする”方法はない。


ただ忙しく動き回ろうが、
それは、その一定期間だけ、
熱を与えているようなもの。
お湯は、沸騰しているように見えるが、
実は、
一時的な、熱の放出に過ぎない。


本当に、“自ら”という「水」を「お湯」に変え、
沸騰させるには、
常に、一定の強さで、
火を加え続けるしかない。


それはつまり、毎日、地に足をつけて、
自らに熱を加え続けること。
毎日、地道にやり続けていくこと、
ということ。


“空手は、湯の如く、
 熱を与えねば、元の水に返る”


3・21・07



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ただ、忙しくすること。
それは、動き回る事によって、“充実感”はあるだろうが、
スケジュールの忙しさにただ飲まれていては、
ある時ふっと見返したとき、
“俺は何をやって来たんだろう?”となる。
忙しすぎて、自分の経験、過去を振り返る時間なくしては、
自らの時は、“中身のない充実感”で終ってしまう。


逆に、ゆったりとした時間を取りすぎること。
時間に追われず、自分の好きなことばかりをやるのはいいが、
“期限がある”という切迫感なくして日々を過ごしていては、
ふと見返したとき、
その過ぎ去った時の速さに、びっくりするだろう。
“もうこんなに時は過ぎてしまったのか?”と。


大事なのはバランスである。
忙しくしすぎない、かと言って、
忙しくなさすぎもいけない。
外に出て、人に会ってばかりで、
自分の中身を磨く時間を取りすぎないのもいけないし、
自分一人だけで、外界とのコネクションを疎外しすぎるのもいけないだろう。


毎日、自分の目標に向かって、
確実に走っては行くが、
一歩一歩、しっかりと地に足をつけていくこと。
一歩一歩を、地に足をつけず進んでいては、
いくら全速力で走っていようが、
自らの“足あと”を見返したとき、
その“あと”は、見当たらなくなってしまう。


成長とは、すぐに目の前に現れるものでない。
日々の、少しずつ、しかし、
毎日続けることの積み重ねが、
ものを言う。


ただ、忙しさで一杯にして、
“成長した気”になってもいけない。
すぐに目に見えない“成長”の遅さに惑わされて、
毎日続けることを止めてもいけない。


長い目で見て、一番モノを言うのは、
「厳しい環境で、毎日一歩ずつ、
 着実に足を踏み進めていったとき。
 そして、それを途中で止めず、
 最後までやり遂げたとき」のみ。


3・23・07



shunsukesekine at 21:32コメント(10)トラックバック(0) 

物事は、続けないと意味がない。
どんなに小さなことでも、
それを甘く見て、ふと止めると、
あるとき、自分の力が落ちている事に気付く。


一日一日、一歩ずつの進歩は、
目には見えない。
その成長の遅さから、続ける事が嫌になることも多々ある。
しかし、それでも、続けること。


自らの成長の度合いは、
すぐには見えない。
自分の理想に近づけず、
自分の弱さを、嫌というほど、
見せ付けられる。


しかし、それでも“続ける”こと。
自らの壁を乗り越える、
唯一の方法。
それは、
“毎日、とにかく、やり続ける”こと。


そして、気付いたとき、
自分の成長ぶりが、
ふと、見える。
“成長”なんて、そんなもの。


3・21・07



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300 poster
Wow! This movie was cool!!
The way they shot the film and how they edited it was so cool that I never got bored while I was watching this movie.
The story is based on a 300 Spartans fight to the last man against Persian King Xerxes and his army of more than one million soldiers.
The story is simple, just a fight of men for their families and soul, but the way they shot the film was SO COOL..!! If you haven’t seen it yet, you gotta go see it now!

Also, if you liked the film “Sin City”, you might like this movie too, because the film is based on Frank Miller’s comic book, as Sin City was like that too.

Anyway, if you like history and a battle movie, just go and see it!!

Shun

300 fight








「300」――見に行ってきた!!めっちゃよかった!!
とにかく、映像がかっこいい。前回の「シン・シティ」と同じように、フランク・ミラーのコミックが元になっているが、その劇画的に取られた1ショット1ショットには、目を見張るものがある。
とにかく、全てのシーンが、アングルから、バックグラウンド、色まで計算されてて、それぞれのシーンをアートとして見るだけでも面白い。
それ以上に、紀元前480年のペルシア戦争のテルモピュライの戦いが題材になっているから、歴史が好きな人が見れば、もうハマること間違いなし。
スパルタ王のレオニダスが、わずか300名の軍勢で100万のペルシア軍を向え討つ様子が、計算されつくしたバトルシーンで、見事に再現されている。
かと言って、良くある歴史ものの様に、生々しい映像ばかりではなくて、ちょっとコミック調になっているから、軽い気持ちで楽しめる。

映像に関しては、それぞれの戦いのシーンもそうだが、スローモーションを上手く使って、一つ一つの動きがよく撮られていたな。
最後のクレジットのシーンでの、2D風に見せかけた、実は3Dの、“平面的”だが“奥行き”のある映像が、特にメチャクチャかっこよかった。

歴史と、戦い、そして、男たちの熱い生き様が好きな人は、ぜひ見に行くべし!!
男は、やっぱり熱く図太く生きなきゃあかんな!!
見ていてかなり血が熱くなったわい!!

3・22・07
俊輔

about "300" from Wikipedia


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映画 Review 

March 21, 2007

最近よくニュースで話題になっているので、知っている人も多いと思うが、
アル・ゴア氏が本日、米上下両院の委員会で、
地球温暖化防止に向けての政策的取り組みを呼びかけた。

彼も言うが、「議会が対応しない場合は「真の地球の危機」を招く」と。
正に、その危機が近づいているのではないか。

本文中にもあるが、
”「中国やインドに排出削減を求める最良かつ唯一の方法は、米国が真の指導力を示すことだ。世界最大の経済大国および超大国として、われわれはこの重要問題に取り組む比類なき立場にある」と力説した。”と。

俺も前からブログでも何回か触れているが、この超大国が今の動きを変えて行かない限り、この地球は、確実に壊れる。
超大国―――経済だけではなく、消費力、全てにおいて、そのサイズが、「超」大国なのだ。

ゴミのリサイクルさえもままならないこの国。
エネルギーのムダな消費はもとより、この国民の生活態度等、全てにおいて、
国民一人一人が、「本気」でこの問題の深刻さに気付き、取り組み始めない限り、
地球の環境破壊は、ますます深刻になっていくだろう。

本文にもあったが、
「中国やインドなど高度成長期にある国々が対応しない限り、米国が排出削減を義務化する必要はないとする反対意見」が起きるというところから、
「他人がやらないのなら俺たちもやらない」
「どうせ、自分たちの国だけやる必要はない」
そういう、“自分勝手”な考えが、この国には充満している。

昨日、3月20日付けのWall Street Journal、A6面によると、
アメリカの温暖化効果ガスの排出は、1991年からもの凄い勢いで伸びているにも関わらず、国民の政府に対する関心は、
一位がイラク戦争の30%、
二位が医療問題の18%、
三位から以降、
テロリズム問題の13%、
仕事・経済成長問題の12%、
不法移民問題の9%となり、
環境問題、地球温暖化問題に関しては、なんとたったの、
7%である。
それだけ、国民の意識が、
「今」自分たちの生活に関わっていること、
「今」、目の前に見えていることにしか感心がないってことだ。

今はまだいいだろうが、
これから生まれてくる子供たち、そして、俺たちの孫の世代は、
どうなるというのだろうか?
今日のWall Street Journalの一面にもあったが、
カリフォルニアのレイク・タホでは、雪が降らず、
人口雪をゲレンデにばら撒いて、何とか客足を保っているという。
実際にスキー場では、来客者に対して、
地球の温暖化(Global Warming)ならず、
「地球“冷却化”」(Global “Cooling”)を進めているようだ。
その内容は、新しいエネルギーの利用を進めたり、
温暖化に対しての、“教育”を進めたり、と。

こうして、実際に既に被害を被っている、スキー施設などは、
今はあたふたと事を始めているが、
アメリカの議会と、その政治に関心すら持たない、国民たち。
この“無関心”な人々が、本当に事の重大さに気付かない限りは、
今の状況は、変わって行かないだろう。


だからこそ、こうしてゴア氏が、映画を作り、
今日のように、議会に呼びかけることは、
素晴らしく意義のあることなのだ。
彼も、大統領選挙に敗れ、
一度は挫折を味わったものの、
こうして、別の形で、
“本当”に、アメリカの国民に対して意義のある事をしているのかもしれない。

今日のゴア氏の一歩が、
これからのアメリカの動きを変えていくことと、心から願う。

*****

ゴア前米副大統領、議会に地球温暖化対策求める
2007.03.22
Web posted at: 11:06 JST
- CNN/AP/REUTERS


ワシントン──出演したドキュメンタリー映画「不都合な真実」が米アカデミー賞2部門を受賞したアル・ゴア前米副大統領(民主党)は21日、米上下両院の委員会で地球温暖化防止に向けた政策的取り組みを呼びかけ、議会が対応しない場合は「真の地球の危機」を招くと警告した。


ゴア氏は証言の中で、地球温暖化が倫理的問題であり、党派や政治の問題にするべきではないと強調。二酸化炭素など温室効果ガスの排出を2050年までに90%削減するよう求め、排出削減技術に乏しい石炭発電所を禁止する必要性を指摘した。


ゴア氏はまた、中国やインドなど高度成長期にある国々が対応しない限り、米国が排出削減を義務化する必要はないとする反対意見を退け、「中国やインドに排出削減を求める最良かつ唯一の方法は、米国が真の指導力を示すことだ。世界最大の経済大国および超大国として、われわれはこの重要問題に取り組む比類なき立場にある」と力説した。


ただ、下院エネルギー商業委員会のジョー・バートン下院議員(共和党)は、温室効果ガスの影響に関するゴア氏の主張に反発し、2人が感情的なやりとりを展開する一幕もあった。また、デニス・ハスタート前下院議長(共和党)は、気候変動に関する科学的議論は終わったとするゴア氏の意見に賛成する一方、温暖化対策が規制や課税の増加につながると難色を示した。


ゴア氏が地球温暖化について初めて議会で証言したのは、20年前の議員時代にさかのぼる。同氏は世論調査で人気が高いものの、来年の米大統領選への出馬を否定。次期大統領が京都議定書に代わる新たな枠組み条約に向けて、指導力を発揮することを希望しているという。

(http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200703220004.htmlより)

shunsukesekine at 22:52コメント(4)トラックバック(0) 
climbflag







去年の12月にも、ここに載せたけど、
この男、また登場!
相変わらず、いい生き方してんなあ。^−^



仏「スパイダーマン」、マレーシアの超高層ビルで逮捕
2007.03.21

Web posted at: 21:08 JST
- CNN/REUTERS

クアラルンプール──世界各地の高層ビルを素手で登ることで知られる、フランスの「スパイダーマン」ことアラン・ロベールさん(44)が20日、当地の超高層ビル「ペトロナス・タワー(88階建て)」の登頂を目指したが、60階で待ちかまえていた警官に説得されてビル内に入り、その場で逮捕された。

ロベールさんがペトロナス・タワーに挑戦するのは、10年ぶり2度目。前回の挑戦時も、60階で逮捕されていた。

黄色いシャツをきたロベールさんは、警備員のいる入り口をすり抜け、登頂を開始。35階に達したところで、警察のヘリコプターが近づいたが、登頂を続けた。

大勢の見物客は、携帯電話でロベールさんの登る姿を撮影し、登頂を応援。

しかし、警官と消防隊員が60階でロベールさんを待ち、挑戦をやめるよう説得。ロベールさんはこれに反抗せず、警官が開けた窓からビル内に入った。

その後、手錠をかけられてパトカーで連行された。どのような処罰が下されるかは不明。

逮捕に立ち会った警官は、「彼にやめるよう伝えたら、マレーシアの国旗を取り出して振ったので、拍手した。それから、ビル内に入ってもらった」と話している。

ロベールさんはこれまで、パリのエッフェル塔やニューヨークのエンパイア・ステート・ビル、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジ、東京の新宿センタービルなど、世界各地の高層ビルの壁を登って物議を醸している。

昨年末には、メキシコ市内で23階建てのビルを登り切り、屋上で逮捕されている。

(http://www.cnn.co.jp/world/CNN200703210041.htmlより)

*****

フランスの「スパイダーマン」、逮捕される=素手で高層タワーよじ登る

【クアラルンプール20日】「スパイダーマン」のニックネームを持つフランス人のアラン・ロベールさん(44)が20日、マレーシア・クアラルンプールのペトロナス・ツィンタワーを命綱や安全装備なしでよじ登り、3分の2くらいまで登ったところで逮捕された。≪写真は、ペトロナス・ツィンタワーをよじ登るロベールさん≫
 ロッククライマーのロベールさんは、88階建ての同タワーの60階部分まで登ったところで、待ち受けていた消防隊員によって窓から建物の中に引きずり込まれた。消防隊員の1人は、「我々は説得してやめさせようと試みた。すると、彼はほほ笑んで『オーケー』と言い、マレーシアの国旗を振った。我々は窓から彼を建物の中に入れた」と語った。ロベールさんはちょうど10年前の同じ日にこのタワーを登り、同じく60階で止められているという。
 現場には約500人の見物人が集まり、ロベールさんが警察の車に乗せられると大きな拍手が起きた。警察によると、無許可で登っていた場合は、罰金や最高1年間の禁固刑が科される可能性がある。前回は逮捕後、釈放されていた。ロベールさんは警察官に対して、「あのビルに登りたかったんだ。あのビルに登りたかったんだ」と繰り返し話したという。
 ロベールさんは、パリのエッフェル塔やサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ(金門橋)などによじ登ったことで知られている。〔AFP=時事〕〔AFP=時事〕

(http://news.livedoor.com/article/detail/3084873/より)



man

「俺はただあのビルに登りたかったんだよ・・・」

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March 19, 2007


持続させなければ、意味が無い。
安心し切った途端、落ち始める。
先を見据える事を止めた瞬間、
時をムダにし出す。

どんな状態にいようが、
安心せず、
常に進み続けること。
でないと、“成長”は、
すぐに止まる。

続きを読む

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Thoughts-思ったこと 

March 18, 2007

日本短髪協会CM第二段

「腐った魚に興味はない」





相変わらず滑舌が悪い・・・

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「男なら短髪 !!」 日本短髪協会 

March 15, 2007

追記:

何故俺が、他の国にいるときに、
日本人と、“常に”一緒にいることを、嫌うか?
それは、
“自分と同じ価値観”=“文化”を持った人たちとずっと一緒にいることは、
「他の国にいる醍醐味」である、
“違う価値観の人たちと付き合える”というチャンスを、
殺しているからだよ。

いかに、自分と同じ文化を持った人たちと一緒にいることが、
ラクで、居心地が良くて、
ずっとそれに浸かりたくなってしまうか・・・。
そんなのは、特に、
他の文化からの異性と付き合ってみれば、よく分かる。
そして、そういう、
“言葉じゃ分かり合えない、文化の違い”を体験した後に、
同じ文化から来た人と付き合ってみると、
その“居心地のよさ”が、身にしみる。

しかし、そうやって、自分と同じ文化の人とずっと一緒にいることは、
“日本以外”の国にいながらにして、“甘え”でしかないんだ。
自分を、ぬるま湯に突っ込んでいるのと、
同じなんだ。
俺にとってはね。

そして、その“ぬるま湯”っていうのは、
最初はぬるすぎて、居心地の悪さを感じるんだが、
その“ラクさ”に気付きだし、
段々とそれに慣れて来てしまうんだよ。
そして、いつの間にか、その“ぬるさ”が、
心地よくなってしまうんだ。
そして、最後には、
そこから抜け出すのが、億劫になってしまう。


だから、常に自分を成長させたかったら、
自らを、真水の中に、突っ込み続けることだな。


ぬるま湯の中だったら、
何もしてなくても、風邪を引くことはないけど、
真水の中だったら、
常に自分で動き回ってないと、
すぐに体が冷えて、死んじゃうからね。



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誰もが、“自分なり”の考え、視野を持っている。

その人の価値観を認めることが、
一緒に生きていくコツ。

人の価値観を、批判、侵害することはできない。
それは、“文化”の違いを認めることと同じ。



*****

今日のコミュニケーションのクラスでは、
Morality—“What is wrong and what is right” の考えは、どこから来たかとか、
親が、子供に対して接する態度で、どのようにその子供が変わっていくか、
そして、それがどの様に、その子供の成長に影響を及ぼし、
それがどんな大人になって、その大人が、
どういった子供を育てるのか、
などを勉強していたんだが、
そのレクチャーを聴きながら、色々とアイディアが出てきた。

*****

そもそも、人というのは、
誰もが、“自分なり”の考えを持つ。

しかし、その人が、自分の周りの世界を、
どう見ているか、
他人にどう接するかは、
人によって、様々だ。
続きを読む

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March 14, 2007

日本短髪協会CM第一段

「腐った酒は飲めない」





滑舌わりい・・・

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「男なら短髪 !!」 日本短髪協会 

March 11, 2007

#1
朝起きて、ションベンしてたら・・・?

「うお!!痴漢だ!!
 ・・・た、田代まさし!?」



*****

今朝は早起きして、家の掃除を始めた。
自分の部屋から始まり、キッチン、バスルーム、洗面所・・・

この家は6人住んでるから、家の汚れ方もハンパじゃないわけよ。
しかも、誰もバスルームやキッチン等、
“共同で使う場所”を掃除しやがらねーから、
(おっと汚い言葉を使ってしまった)
その汚れ方は、尋常ではない。
この家に来た誰もが、
「・・・・え・・??」と言うセリフと共に、
その汚さに、ただ、言葉を無くす。

そんな汚い家に住み続けるのもいい加減疲れ、
今日私は、誰もした事のないこの家の掃除を始めたのでした。


ちなみにバスルームは、一個を5人で共同使用。
全部でバスルームは2つあるんだけど、
一つは、マスターズベッドルームに入ってるから、
残りの一つを、残り5人で使ってるわけです。
しかもマスターに入ってるバスルームは、洗面器が2つあるのに、
5人が使う方は、洗面器一個だけ。
どんなに不効率だよって??


もう、平日の朝なんか、大変ですよお客さん。
4人くらいが同じ時間にシャワーを浴びたりトイレを使ったりと競い合うから、
誰かが入って出たと思った途端、別のやつが、バタン!!
おい、どーすんだよ!俺が次に使おうと思ってたのに!!
クラスに遅れちまうよ!!なんてね。笑
しかも、前のやつが、長い時間シャワーを浴びてたりすると、
自分の番の時は、もうお湯が出なかったりね。
この前なんか、二日連続、お湯が出なかったからね。笑
なかなかお湯に変わらない水を目の前にして、
「ええい!俺はまたグアテマラにいると思え!!」
なんて自分を叱咤激励して、
寒い朝から、真水のシャワーを浴びたりね。
それで、上がった後に乾布摩擦して体をあっためたりしてんの。
バカだよね。笑


ところで、この家の構造どうなってるか言ったことあったっけ?
3ベッドルームのアパートメント。
マスターが一つに、レギュラーの部屋が2つ。
そして、リビングと、キッチン。
しかし、普通は3人しか住めない“はず”のこの家に、
更に3人、何故か住んでいる。
どうやって?
3人は普通に、それぞれの部屋に一人ずつ住んでる。
問題は残りの3人。
一人は、リビングルーム。こいつはかなりのスペースを確保してるからいい訳よ。
ちゃんとカーテンで自分の居場所も囲ってるから、
プライベートもあるしね。
問題は後の二人だね。
一人は、キッチンのダイニングを改造して、
一つの“部屋”にしてしまった。
ま、これも、キッチンを誰かが使う度にちょっと隣がうるさいけど、
まあ、一応スペースが結構あるから、いいんじゃないですか?
問題は最後のヤツだよね。
こいつは何と、クローゼットに住んでるらしいよ。
しかも、その広さ、畳2畳も無いんじゃないですか位の勢いだからね。
廊下にあるし、まあ、一応自分の“空間”はあるものの、
彼にプライベートなんてものはないんじゃないですか?
最近彼は、人の家に行くたびに、
それが例えリビングに住んでいるやつでも、
「いいなあ、広い空間に住んでて・・・」なんて愚痴ってるらしいぜ。
「すげえ、両手を好きなように伸ばせるよ!!」なんてね。
どんなヤツなんだかな、クローゼットに住むなんてな。笑


ま、話はずれたけど、
そんなわけで、うちのバスルームも、5人が共同で使うため、
普通の5倍の早さで汚れてくわけです。
その汚れを、しかも、前から溜まった汚れを落とすわけだから、
もう大変です。
こすってもこすっても落ちやしねーの!!
まったく、風呂場を洗うだけで、
汗ダクだぜ。
それが終ったら、次は洗面所。
床を掃いて、ゴミを拾って、床を拭いて・・・・


今日は自分の部屋から始めたんだが、
キッチンの汚れを落とし、
バスルームを最後に回した俺は、
最後、トイレに行きつく前に、力尽きた。
もう2時間以上やってる・・・
猪年のせいか、一度何かを始めると、
とことんやってしまうタイプの俺は、
掃除なんて始めると、どうでもいいところの汚れまで、
完全に落としたくなってしまうのです。
そう、“完璧”を目指してしまう。
そうして、いつもゴールにたどり着く前に、力尽きる・・・ 笑

今日も、最後、トイレの便器までたどり着かず、
また次回に繰り越しました。

*****

後で帰ってくると、いやあ、ぴかぴかのキッチンや洗面所を見るのは、
何とも気持ちがいいもんですね。
いつもと同じ場所のはずが、
手を洗う自分の気分まで爽やかになります。

また、トイレは今度の機会に。

・・・つーか、他のやつも掃除しろ!! 笑

3・11・07


*****


数時間後。

「まったく、さっきのは何だったんだ・・・」

気を取り直して、用を足してると・・・


#2

「うお!!また出た!!」





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Mi Casa-俺んち 

カリフォルニア、ロングビーチ。
昼間、外に出ると、異様に暑い。
いつもと空気が違う。もわっとする。
明らかに、何かおかしい。
町全体が、いつもより静かな気がする。
空気が、止まってる。時が、止まってる気がする。
車を運転していると、何か白い粉が窓から入ってくる。
遠くで消防車が走りまくっている。
火事か・・・?

サマータイムが今日から始まり、
いつもより一時間早まったのもあるだろうが、
まだ午後の4時とはいえ、異様に暑い。
人々は、口を聞かない。
暑すぎて、言葉を発する気すらしない。
カリフォルニアでは珍しい。
そんな、不快な暑さ。

帰ってきて、気温を調べたら、
摂氏32℃!!
しかも今日の最高湿度は、46%!
ありえん、これはカリフォルニアではない・・・

普段は光が入らず、暗い俺の部屋(クローゼット)だが、
今日は、日差しが入らないため、
湿度の低いカリフォルニアでは、この部屋はひんやりとして涼しい。
クローゼットに住む特権。
みんなもどう?笑


季節の変わり目。
この異様で急激な気温の変化に、
皆さま、体調を壊さぬよう、お気をつけなされ。

3・11・07


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March 10, 2007

Sunset

今住んでるところから近くの、
2nd Street @ Long Beach




一週間ぶりにサーフィンへ。
朝6時半過ぎに海に着く。
土曜なので、サーファーは以上に多い。
どこのスポットへ行っても、サーファーだらけ。

ウェットスーツに身を包んだサーファーたちが、
ニコニコしながら海に向かって走っていく。
久しぶりに海に来れて、嬉しいんだろう。
思わずこっちも、笑顔になる。

海に入る。
正直最近体の調子が良くなく、だるかったが、
一度入ると、海のパワーを一気にもらう。
人が多いので、来た波を見つつも、
誰が乗るか、自分が乗れる波か、
乗った後も、周りとぶつからないように、なんて感じで気をつける。
いつもより真剣。
誰もが、一つひとつの波を、大切に掴む。

“本気”の瞬間。
これが沢山あってこそ、その人の集中力、
イザという時に実力を出す集中力が、試される。
本気の瞬間を出す回数が、
人生の中に増えれば増えるほど、
その人のレベルも上がってく。
そう感じる。

サーフィンも。
クラスでのスピーチも。
テストも。
仕事も。
勉強も。
読書も。
遊ぶのも。
美術館で絵を見るのも。
旅も。

全て、“本気”で。


3・10・07

Sunset2

家の近くの夕日。
めっちゃ綺麗だった


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The Ocean & Surf-海とサーフィン 

March 09, 2007


久しぶりに、過去の日記を読み返していた。
去年の終わり辺りから、今年の初めの頃のやつだ。
ほんの2ヶ月ほど前のやつだが、
もう、「当時はこんな事を感じていたのか」と思い出させられる。
それだけ、多くの事が人生で起こり、
多くの事を感じ、
多くの事を、学ぶ。


前にも日記に書いたが、
自らの人生において、「経験」というものが
どんどん増えていこうが、
それを省みる時間なくしては、その経験から、
本当に「何か」を学ぶ事はできない。
自らが歩んできた道を見直し、
その道の一歩一歩で得た、「土」。
その土を、丁寧に調べて、その中から、
「金塊」を見つける。
そのプロセスこそが、
自らの人生経験を、ホンモノの「知恵」へと結びつける要となる。

無我夢中に土を掘る事は、
若いうちしか出来ないかもしれない。
が、同時に、
その土をInspect---徹底的に調査する時間も必要だ。
その時間をしっかり取ってこそ、
その、自ら掘り起こした土の中から、
「金塊」という、知恵を見つけ出せる。

いくら感覚で気付き、その思いを心の中に持っていようが、
それを、言葉にして、やっと、
自らが、「それ」を初めて自覚し出すのと、よく似ている。

*****

いくら忙しい日々を送っていようが、
たまに、過去の自分を振り返る時間を取ることだ。
それをした時、今まで以上に、
自分の基盤が、しっかりして来るだろう。

3・09・07


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March 08, 2007

犠牲者また増加、負傷者194人と スマトラ島中部地震
2007.03.08
Web posted at: 18:46 JST
- CNN/AP


インドネシア・スマトラ島中部ソロック――西スマトラ州で6日午前に2度起きたマグニチュード(M)6級の地震で、同州の緊急事態対策当局は8日、犠牲者は前日から1人増え、73人になったと述べた。負傷者は194人と判明した。


ただ、通信手段が断絶している被災地もあって被害の概要がまだ把握出来ておらず、死傷者が増える恐れもある。政府の物資支援などの救援作業は国軍も動員され、6日から本格化した。


深刻な食料不足を指摘し、政府の対応の遅さに反発する被災者の声もある。数千人規模の住民が野外のテント暮らしなどを強いられている。州都パダンに近いソロック町の被害が甚大とされる。


米地質調査所(USGS)によると、震源は2度とも、スマトラ島中部パダンの北北東50キロの内陸部で、震源の深さはともに30キロ。地震はM6.3と6.1だった。


スマトラ島では2004年12月、強い地震、未曾有の津波被害に見舞われ、同島北端ナングロ・アチェ州だけで約13万1000人が死亡。また、同国ジャワ島では昨年、津波が襲来し、5000人が亡くなっている。


(http://www.cnn.co.jp/world/CNN200703080023.htmlより抜粋)

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March 07, 2007


最近、本を読むこと、
特に、歴史を学ぶことが楽しくてしょうがない。
2月の頭に中米から帰って来てから、
よく本を読むようになった。
高校くらいまでは、つまりまだ日本にいた頃は、
しょっちゅう図書館や本屋で立ち読みしていたが、
こっちに来てから、余り本を読まなくなった。
日本語の本が手に入りにくいってのもあるが、
今はLAに住んでいる。日本語の本だって、簡単に手に入る。
アマゾンなどのオンラインだってあるし、「手に入りにくい」ってのは言い訳。
じゃあ何故読まなくなってたか?
答えは、インターネットに走ってたから。
E−mailや、ブログ、
それからGoogle.
何でもサーチして、“情報”がすぐに入る時代。
わざわざ、本をじっくり読むのは、面倒くさくなっていた。

また、高校までは、本を読みまくってはいたが、
実際の“経験”が無かった俺は、いわゆる頭でっかちヤロウだった。
しかしこっちに来て、色々な経験を積むようになり、
段々と、自分の「経験」の量と、「知識」の量が、
相対してくる様になった。
そして本を読まない自分は、いつの間にか、
今度は経験値ばかり増えて、知識のない、
「脳みそ空っぽクン」となっていた。

誰かと何かの話をしても、話題に付いていけない。
一時期、「何で俺はこんなに、何も知らないんだろう」と、
自分がどこでこんなに手を抜いたのか、自分の過去を疑った時期もあった。
去年の今頃だったかな?

で、旅を続けたり、色々な国に行ったりして、
自分の「経験値」はますます増えて行き、
要するに、自分の“容量”が広がった。

俺のイメージとしては、人間ってのは、
経験値が多ければ多いほど、
その人が受け入れられる情報や、知識、問題の大きさも大きくなって行くもので、
いくら本ばっかり読んで知識があっても、
外に出て、自ら体験をしていない者の言葉には、
やはりコトダマがないし、
(だってその人は、自らの経験からものを言ってる訳ではないからね)
かと言って、いくら経験値や体験が多くても、
知識が全くなしでは、やはりバランスが悪いというもの。
その人は、いつも、「感覚」でしか物事を言えないからね。
もちろん感覚だけで生きていてもいいんだが、
今までに起きた事などの「歴史」などは、
自ら勉強していく以外に方法はないからね。

俺は一時期、「感覚」で生きていた時期があった。
今も自分の直感や感覚を大事にしているが、
その頃は、バランス悪く、全て感覚で行こうとしていた。
しかし、例えば新しい国を旅した場合、
その国についての知識があるのとないのとでは、
雲泥の差が出来るのだ。

その土地の人々が、どうしてそういう暮らしをしているのか。
なぜ、そういうものを食べ、
どうしてそういう服装をし、
なぜそういう考え方に至ったのか。
彼らがその様に生活する理由とは?

全てが、その人たちの「歴史」に関わってくる。

*****

今回、中米を旅し、
金もなく、余りどこへも行けなかったので、
俺は本をよく読んでいた。
そうして、また“読書”というものの楽しさに気付き始めた。
同時に、スペイン語もろくに喋れず、
言葉も思うように通じないため、
その国のこともよく分からない。
よって、その国の歴史をよく調べた。
すると、なぜ今、その人たちが、“そうなった”のかが、
段々と見えてきたのだ。

今までの旅は、ただ、人に会ったり、
美術館を巡ったり、
遺跡を見たりするだけの旅だった。
それらの旅は、大した知識がなくても、
その人やものを目の前にして、その場で一時的に得た知識や、
その時の感覚で、
いくらでも楽しめてしまう。

しかし、今回のように、
その国の人々が、
“なぜ”、そうなったのか。
どうしてそういう生活様式になって、
どうしてそういう考え方で、毎日を生活しているのか。
そういう事を深く問い詰めていくと、
今までにその土地で起こった歴史が、
全てを物語ってくる。


そんな訳で、一ヶ月前にアメリカに帰って来た後、
ひたすら本を読み始めた。
中々進まないが、どんどん自分の“知識”が、また増えていく。
まるで、今まで思いっきり広げてきた、「自分」という容積が、
知識がないため空だったところに、
どんどんと、“知識”という水が満たされていく。
そんな感じだ。

同時に、今まで体験してきたこと、
見てきたもの、場所、
肌で感じてきたこと。
そういうものが、自分の感覚で、
「何となくこうなんじゃないかな?」と思ってきたことが、
本を読み、歴史を知り、その人たちについて書かれた本を読むことにより、
「ああ、やっぱりそうだったんだ!」と、
明確になる。
そう、まるで、数学の公式を知らずに、
自らの体験より、答えを導き出し、
公式が分からないところで、
教科書を見て、その公式を目にし、
「ああ、やっぱりね!」と、今までの自分の思考回路を、
クリアにしてもらった、そんな感じ。


同時に、歴史を学ぶ事は、
自分の「考え方」の幅、そして、「視野」を広くしてくれる。
今から500年前に、人々は何を考え、どう生きてたのか?
今から1000年前は?
今から10年後、20年後を読むには、
今から10年前、20年前の人々の、
その当時の“常識”、“人々の考え”を知り、
その過程を追って、今から先を、自ら想像し、予測する必要がある。
どの分野に置いてもそうだが、
例えば、ビジネスで成功しようと思ったのなら、
今流行りのビジネスに手を染めようと思ってるのなら、もう遅い。
それは、波で言えば、
すでにピークポイントは過ぎて、これから小さくなっていく波に、
頑張って乗ろうとしているようなもの。
本当に時代を先取りたかったら、
今までの過去の“常識”に捉われていては、もちろん過去の化石だし、
今の“常識”で物事を考えていても、時期にそれがダメだったことは、
すぐに分かるだろう。
常に、10年先、20年先、30年先を読み、
そこから、今に帰ってきて、それでアクションを起こさなきゃいけない。
それをするには、もちろん、今までの過去の流れを勉強し、
その流れから、今から先の波を読む先見性が必要だ。


同時に、歴史は、自分の生き方まで考えさせてくれる。
例えば、戦国時代、
織田信長、豊臣秀吉の生き様を見る。
彼らが何歳で何を成し遂げ、
その時代の“常識”の中、
彼らがやったことは、いかに常識離れしていたのか。
彼らが“一般人”に何を言われ、その中で、
己を見失わず、先を読み、
どう動いていったのか。

どの時代の先人たちも、
賢く、先を見据えていた人たちほど、
その当時の一般人に笑われ、バカにされていたものだ。
なぜなら、その当時の“常識”からは、到底思いもよらない考えを、
その先人たちはして、そしてそれを行動に移していたから。
そんな人たちの、発想、先見性、
目の付け所を学ぶ、参考にする。
それが、自分の人生の生き様、考え方、
そして、“今”という、2007年から先を、どう生きていくかの、
ヒントをもらう事となる。


しかし、どれだけ知識を得ようが、先人の知恵を得ようが、
最後には、“自分”で行動するしかない。
いくら凄い「自転車乗り方マニュアル」を手渡され、
それを何度も熟読しようが、
実際に自ら、自転車をこぎ出すまでは、
一向に走れるわけもないもので・・・




最終的には、
自ら体験し、経験値を増やし、
同時に、知識も手にいれていくこと。
そして、その“知識”を、自らの“体験”とブレンドさせ、
自分だけの、最強の“知恵”を身につけていくことだ。

どれだけ凄い先生を持とうが、
どれだけ凄い師匠に教えを乞おうが、
自ら、その教えを噛み砕き、
そして、自ら、修行をして、経験値を増やすまでは、
その教え被った“知識”は、
一生、“知恵”とはなることは無いだろう。



長くなってしまった。

3・7・07


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Thoughts-思ったこと | 本 Review
You know what feels like on Friday when you finish the school, right? When you accomplished something and you feel good about it, or at least you have “done” something.

Today I had a speech for my comm. class. I talked about how it is awful the way they deal with the trash at every store in the U.S. That was a proposal speech so I pretended as if I am a CEO of Starbucks coffee, and the listener was the leaders of each branch at Starbucks.

I made a proposal of changing the way we throw away the garbage, making recycle garbage box in the store, just like Starbucks in Japan are doing. What I suggested was to make 4 different garbage boxes for;
1. a leftover of drinks or ice,
2. a plastic,
3. a paper, and
4. a bottle/ a can.

After my speech, everyone was curious about what I suggested, because they started to talk about the issue after I finish my speech.
Our teacher said that it would be better if we try to make more efforts for recycling and thinking about the way of dealing with the garbage. She said she was curious about it even before Al Gore made a movie, “Inconvenient Truth”.

I was always wondering why there is only one type of garbage box at the apartment where I live, and they just put everything together, without segregating them from the paper, plastic, bottle or aluminum cans, irons, food, waters, and even the peace of electric devices like a computer!!
I was kind of glad to hear that one student in our class mentioned the same thing, wondering it is not good to throw away all kinds of garbage to the landfill, as if everything will be settled down after we send the garbage to there.

Anyway, that was great that the whole class became interested in the subject of thinking about the way we deal with the garbage. I realized that people are not just ignorant, but sometimes they don't know what kind of problems are going on outside, just becasue they are not aware of it, or they just don't have any opportunities to think about it. Now all the class is ready to think how we should start protecting our environment.

There was one girl who’s speech and the delivery was really good, so I walked up to her and said, “Good speech!”.
She smiled and said to me, “Your speech was good too. I never thought about that.”

That’s a great feeling when you can do something for making a change, a good change for the people and the world.
It was a "Good Friday afternoon" feeling.

Shun
3/7/07


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College Life-大学 

March 06, 2007


If you are trying to justify yourself or what you are doing,
probably you are doing something wrong,
or you know that you don't like it honestly.
Because, you don't need to justify yourself
if you know that you are right, or doing something right for you.


The same thing can be said to proving.
If you are trying to prove yourself,
you might be not sure if you are "right",
or just you don't have a self-confidence in yourself.
'cause, if you know that you are "right",
you don't need to prove yourself, right? ^−^

Just a thought that came to my mind a few seconds ago.

Shun
3/06/2007

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Thoughts-思ったこと 

March 05, 2007


二年前の夏に周ったアメリカ一周旅行の際に知り合った夫婦、
EstherとFrankから手紙が来た。
2月の頭に俺が手紙を出して、その返事が返ってきた。

彼らとは、考えたら、もう2年近くも手紙でやり取りをしている。
彼らは去年の8月、
何と結婚50周年記念のAnniversaryを、
彼らの住むOhioで行った。
彼らの子供、孫を含む、
35人が集まったらしい。
二人の、子供たち、孫たちみんなが集まり、
二人の結婚50周年を、みんなで祝った。
ボートを1時間借り切り、
コテージを4台借りたらしい。
35人の人を泊める場所を作るために。
ディナーの際には、
子供たち、孫たち、
そして、フランクとエスターの友達、
本当に沢山の人からの、お祝いの言葉が込められたカードが、
一枚いちまい読まれた。
その中には、俺からの挨拶も入ってたって、ちゃんと。^−^
こっちでは、結婚式の後、
新郎新婦の乗った車の後ろに、
カンを付けて、ガラガラと音を立てて走るんだが、
それも、子供たちが作ってくれて、二人は乗ったんだって。
“We felt like newlyweds”―“まるで結婚したての様だったわ”って。
^−^


いいもんだね。50年経っても、
こうして仲良く、二人で寄り添ってる。
そして、子供たちみんなが、その二人を、
心からお祝いしてくれる。
アメリカ中に散らばってるみんなが、
色々と計画をして、この二人のために、
大イベントを開く。

これも全て、この二人の人柄のせいだと思う。
俺のUSA旅日記にも少しだけ書いたけど、
この二人は、本当に素晴らしい人たちだった。
だって、ボロボロの格好をしている俺を、
まるで本当の家族かのように、家に泊めてくれたんだから。
そして、今も手紙で、やり取りをしている。
この縁は、一生続くだろう。

*****

人との素晴らしい縁に、
また、改めて心を温かくされた、午後のひと時。

3・05・07



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March 04, 2007


美術館に行くと、まるで、
2500年前から現代まで、
その期間を一日でタイムスリップして来たような感覚に陥る。
こんなにゼイタクなものはない。

自らの想像力を使い、
目の前の、
一枚の絵だけで、
一体の彫刻だけで、
1ピースの装飾品だけで、
その作品が作られた当時に、タイムスリップできるのだから。

“生きた歴史”が、
目の前にある。

こんなに贅沢な時間は、
そうそうない。


*****

Surfers in the Sunrise
surfer in the sunrise






Dolphines
dolphin






Huntington Beach Pier
HB






3月3日。
朝早く起きて、朝焼けの海を見に行った後、
LAにあるGetty Museumに足を運んだ。
ゲティ・ミュージアムに行くのは、これで確か3回目だ。
前回に行ったのは、去年の9月だったが、
毎回行くたびに、「何ていい所なんだろう」としみじみと思う。
その美術館としての作りも素晴らしいが、
揃っている作品の数々も素晴らしい。
2500年ほど前の彫刻や装飾品から、
現代の絵画、美術まで、
至るジャンルと年代の作品が並ぶ。
美術館自体は、全部でメイン5つのビルディングにより、
構成される。

北、西、東、南幹にそれぞれの年代に分けられて作品が飾られ、
最後の一つ、Exhibitions Pavilionには、
その時期限定の、Exhibitionが展示される。
今回は、「Icons from Sinai」という題名で、
EgyptのSinaiという場所から、
はるばると旅をして来た、
その土地の教会からの神聖な展示物が、
丁寧に飾られていた。

この展示会、
去年の11月14日から、
今年の3月4日、つまり今日までだったので、
美術館を訪れた昨日は、
展示終了一日前ということもあり、
美術館は人で一杯だった。

展示美術を見るには、
3時間待ちのチケットを手に入れないと見れなかったが、
それでも行った価値はあった。
2000年以上前に作られた作品が、
目の前で見られる。
その時間の流れを、目の前で感じられる。
素晴らしいことだった。

*****

その他にも、常時の展示されている作品で、
素晴らしいものがある。
例えば、Vincent Van Goghの、
「Irises」(1889)
Irises







ヴァン・ゴッホ独特の油絵のタッチは、
目の前でそれを目にしないと、そのオイルの厚みと、
色の鮮やかさ、
そして、その生の絵が放つ、その活き活きとした躍動感は、
絶対に分からない。
いくら綺麗に撮られた写真を見ても、
その写真は、本物を見た後では、
ただの、薄っぺらい、「フェイク」でしかないことが、
明らかだ。

*****

他にも、Milletの、
「The Man with The Hoe」とか、
素晴らしい作品は沢山ある。

millet







ぜひ、機会のある人には、
訪れてもらいたい。
西洋美術が好きな人であれば、
満足すること、受け合いだ。

Sunset from Getty
sunset






*****

今回は、昼の12時ごろから入り、
夜の9時、閉まる直前までいた。
こんなに長居したのは初めてだったが、
今回は、とにかくじっくりと時間を過ごしたかったので、
ここまで居てしまった。
流石に、これだけいると、集中力は切れてくるが、
それでも、これだけいても、
全ての作品を、じっくりと味わうことはできない。
それだけ多くの作品が、展示されているってことだ。

*****

美術館の楽しみは、
一つ一つの作品の前に立って、じっくりと、
その作品の作られた当時の様子、
その作品を作った人が、どういう人だったのか、
その人は何を思って、それを作ったのか。
その作品の作られた当時は、どういう時代だったのか。
人々は何を思って生きていたのか。
その作品が、技術的に素晴らしければ、
それをどう作ったのか。
絵画なら、どう描いたのか。どう塗ったのか。
彫刻なら、どう彫ったのか。
装飾品なら、どうやって作ったのか。どれだけの時間が、
この一つの作品に費やされたのか。
そんなことを、とにかく色々想像していく。

そんなことをしていると、一作品の前で、
5分も10分もいてしまう。
そんな事をしているから、一日で、その美術館全体を見終わるなんてことは、
到底ない。
特に美術館が大きければ大きいほど、やばい。
パリのルーブル美術館は、あれは、
2日かけても、絶対終らない。
それほど、デカすぎる。

*****

そんな風にして、一つ一つの作品と、対話していく。
そうやって過ごす時は、格別だ。
それが、俺が美術館めぐりが好きな所以。

*****

特に、夜のGetty Museumは格別だ。
金曜、土曜の夜は、9時まで開いている。
人も少なくなってくるし、
あなたのお気に入りの作品の前で、好きなだけ足を止められること、
間違いなしだ。

そして、外には、LAの綺麗な夜景が広がる。
人類が、たったの50〜100年足らずで作り上げた、この景色。
その凄さに、あなたは息を呑むだろう。


*****


LA, Getty Museum.
興味のある方は、
ぜひ、足を運んで見ては如何だろうか。


3・04・07




shunsukesekine at 21:24コメント(2)トラックバック(0) 
行ったところReview | Art Review

March 03, 2007


誰にでも、その人に合ったタイミングというものがある。

あなたには、その人に、
「もっとこうした方がいいのに」
「何でこう考えないんだろう」
そう思うことが多いかもしれないね。

でもね、人ってのは、
いくらそれが、その人に合っていても、
自分でそのことに、「気付く」までは、
その人は、Readyじゃないってことなの。

その人が、まだそれに気付いてないのに、
あなたがそれを無理に、その人に強要しても、
その人は、それを好ましく思わないどころか、
それ自体を拒否してしまうかも知れない。


あなたには、“全て”が見えてるかもしれない。
しかし、それは、あなたに取っては“全て”でも、
他の人に取ったら、ほんの一部か、
もしくは全然関係ないことかもしれないんだよ。


自分の好みを、人に強要するのは止めようぜ。
そして、その人は、いずれそれを、自ら気付く。
それがその人に、本当に合っているのならね。

そう、“信頼”して、その人を見守ってあげることだ。
あなたがその人を、本当に、大事に思うんならね。

あなたが“合ってる”ってことを、
証明する必要は、ないんだよ。


3・02・07


shunsukesekine at 11:28コメント(0)トラックバック(0) 

March 02, 2007



自らと向き合う時間を、
毎日、取っているか。


ほんの、一分でいい。
腰を据えて、今の生活の中で
起こっている、全てのことを忘れ、

“自らの心”と向かい合う時間。

自分の心と、会話する時間。



どんなに忙しく動き回り、
どんなに多くの人と話そうが、
自らの心と、じっくり話し合う時間なくしては、
己を見失うことになる。


一番大事なのは、
己を知ること。


自分の心との、ミスコミュニケーションがないように。
自分の心の声が、聞こえなくなることのないように。

自分を、見失わないように。


3・01・2007


shunsukesekine at 05:24コメント(2)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

March 01, 2007


旅をするとき、
どこか行きたいところがあるなら、
まず、出発する前に、予定に入れていく。

途中で一日、二日の変更はあれど、
最終的には、自分の行きたかったところへ行けるだろう。
まず初めに、予定に入れたのだから。

逆に、何も予定を入れず、その場その場で楽しむ旅もよい。
目的地がないから、フラフラするものの、
そのときそのときの流れで、
方向は決まっていくだろう。


人生も同じ。
どうしても、自らの人生でやり遂げたいことがあったのなら、
まずは初めに、自分の「人生予定表」に、
その目的地を入れることだ。

“予定通り”には行かなくて当然だが、
自らの志した方向へ、
必ずや近づけるだろう。
逆に、その「予定」なくしては、
そこへたどり着ける確率は、低い。



己の人生、目的地もなく、
ただ流れに身を任せるのも、その人の自由。
ただし、その時その時の出来事により、
流れは決まってしまうだろう。

どっちの楽しみ方も、その人の自由だ。


大事なのは、ただ一つ。
「旅の過程」を楽しむこと。

その「旅」は、必ずや、
終わったときに、良い思い出となるのだから。
そして、その「旅」は、
もう二度とできない。


旅は、ハプニングの連続の方が、
あとで良い思い出になったりする。
ヤバければヤバい体験の方が、
後で思い返したとき、ずっと楽しい。

後で、
「もっとこうしておけば良かった」
「もっと動いておけばよかった」
と後悔しないように、
その旅の、毎瞬間を、
楽しむことだ。


同じ道のりでも、
同じゴールでも、
楽しんだのか、
楽しまなかったのかで、
その旅は、
全く違うものとなる。



2・25・07

(良太郎の試合を見た後、サンノゼから発つ前に思い、
 新聞の端っきれに書いたこと)


shunsukesekine at 12:47コメント(0)トラックバック(0) 
My Life-人生 | 旅から学んだ大事なこと
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