October 2006

October 31, 2006

480f3571.jpgやっぱり、悩んで、それをがっつり話し合うのはいいな。
最近俺は、自分ひとりで悩んでることが多かったけど、
今は、よく、ルームメイトと話してる。
ヒロポン。俺の親父みたいなもんや。
歳は近いはずなのに、なぜか、経験豊富なんだな。
俺がどんなことを話そうが、「う〜ん」と言って聞いてくれる。
そして、最後には、的確なアドバイスをくれるんだ。
「つまり俊は、今こういう状況なんだろ?
 だからこうやって思うんだろ?」ってね。
そうやって、話を聞いてもらって、一緒に考えてもらって、
二人で悩む事が、いかに大事な時間か。俺にとって。

最近気付いたけど、というか前から知ってたが、
俺は、常にカッコつけようとする。
今、本当はちっちゃいネズミみたいなのに、
大きな虎になりたいから、
そのネズミから虎への過程を通り越して、
あっさりカッコよく、今、すぐに虎の様に振舞いたいと思っちゃうんだ。
でも、そんなうまい話、あり得ない。
ネズミは、ネズミの段階で、一生懸命頑張って、
もがいて、次の猫に成長する。
猫になって、またもがいて、山猫になる。
山猫でまたもがいて・・・
それを繰り返して、いつか、やっと、虎になる。

自分がネズミでいる事を認めることさえ嫌がっていた自分。
自分の「現状」を認めることを、避けていた自分。
それをいつまでもやってちゃ、いつまで経っても、次の段階には進めないよね。
まずは、自分が、今は「ネズミ」である事を、認めることだ。
そしたら、やっと、そこからどう猫になれるかが、見えてくる。
最近、やっと、ネズミであることを認めだしたよ。
カッコつけすぎてた、ホント。
もっと、もがいて、もがいて、もがいたる。

昨日か。彼のケータイに、後輩から電話がかかってきた。
「ヒロさん、俺、学校辞めました」
その電話の彼は、自分の行きたい音楽への道へ一直線で行くために、
今行っていた大学を辞めたそうだ。
その潔さに、ヒロポンも、俺も、衝撃を受けた。
「こいつ、かっけえ!!」
その後俺たちに残ったのは、自分に対するもどかしさ。そして、怒り。
「俺たちは今まで、何をやってたんだー!!??」
お互い、自分の行きたい道が見えているのに、
何かしらの“言い訳”を付けて、その道へまっすぐ行く事を避けていた。
しかし、結局は、
どんな理由があろうが、
自分の行きたい道、進みたい道が分かっていて、
それで、その道に行く努力をしていないことは、
言い訳なのだ。
「ちくしょ〜!!!!!! 俺かっこわりい〜!!!!!」
そう言いながら、二人でジムまで走って、それで泳いだ。笑
でも、いくら体を動かしたって、自分がその道を突き進まない限りは、
心の中のモヤモヤは、無くなんねーんだ。
なぜなら、自分が一番よく分かってるから。
自分の心に、嘘はつけないと。
自分だけは、騙せないと。

話が長くなってしまったが、
そんな熱い同盟、ヒロポン。
これからもよろしく頼むぜい。
そして俺たちに、もう“言い訳”はなしだ。

10・31・06

(写真は右がヒロポン。そして真ん中が、妹のキャッサリンです。この前は“ガイアの夜明け”を見て熱く語りました)


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Thoughts-思ったこと 
a500c921.JPG久しぶりに海に行った。
大きな波に、何回も飲まれる。
「うわああぁぁぁぁぁぁ〜!!!」とか叫びながら 笑
この海から見たら、本当にちっぽけな波なのに、
俺にとっては、バカでかくて恐ろしい壁。
そんな波に何回も飲まれ、
飲まれるたびにガハハと大声で笑ってると、「今、オレは生きてんだ!!!」って感じがめっちゃする。

体がヘロヘロになるまで泳ぎきった。
めちゃくちゃいい時間だった。
そして、本当に綺麗な海だった。

10・30・06


PS:ちなみにこれが、僕が毎回サーフィンに連れて行ってもらっている満子寿司総長のマットさんです。
総長2総長






彼の名言集その1.
車を運転していて、Uターンをするとき。
「あ、そこでユーして♪」

名言集その2.
縦列駐車の際、後ろの車のバンパーに少しぶつけた後。
「ウン、よくあることだから」

名言集その3.
サーフィンの後。
「あ、チョコレート食べる?」
そうして車の中から取り出したのは、チョコレート・・・!?
証拠の写真↓
チョコレート??








総長、あなたには頭が上がりません!!


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The Ocean & Surf-海とサーフィン 

October 30, 2006

10/15/2006 (Sun)

さて、三日目!
朝起きてみると、あれ?外が明るい!!
・・またやっちまったよ!!(涙)
ドジですね、はい。
時計を見ると、7時半ごろ。
日の出は完璧に逃したな。
4時半起きは無理だったか・・

uygfuyuiohjn







車の外を見ると、明るいことは明るいのだが、何か白いぞ!?
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2006 Monument Valley Trip 

October 29, 2006

821e0266.JPG
コウイチさん。

俺がロングビーチに来てから、車の整備や修理を、ずっとお願いしてきた人だ。
去年ここに移ってから、どこの車会社に行ったらいいか分からず、
いくつか転々としていたが、どうも“信用”できる人がいなかった。
車の修理費は、すぐにボラれる。
車の知識がない俺にとって、信用できる人を探す事は、大事だった。
ある日、オイルチェンジで行った店。
そこで働いていた人が、彼だ。
その爽やかな笑顔と、フレンドリーな性格で、
車の状態について色々と詳しく説明してくれた。
知識のない俺にも分かりやすいように、
色々な例えを使って、説明してくれる。
今まで以上に、自分の車に対して親近感が湧いたのも、
車について詳しくなれたのも、
彼のおかげだ。


その彼が、明日、帰国する事になった。
理由は色々あるが、とにかく、日本へ帰る。
今まで働いてきたところを辞め、日本で働く事にしたそうだ。
毎回修理に行くたびに、彼と話をする時間は長くなり、
いつか酒を一緒に飲もうと言っていたが、実際飲まずにここまで来てしまった。
今日が彼の最後の日。
同じ店の、タカさんに呼ばれ、彼ら行きつけのアメリカンバーに行った。

コウイチさんは、俺が来る事を知らなかった。
サプライズだ。
店のカウンターに座っていたら、彼が現れた。
俺の姿を見て、「あれ〜!?」
ありがとうのメッセージを書いたカードを渡したら、
「泣かせる事してくれんなよ〜」
とちょっと嬉しそうだった。


店には、彼の友達が大勢来ていた。
彼の後輩にあたるタカさんがよく、この店でバンドのボーカルをしていたらしい。
以前は、毎週末のように、ここに集まって、
酒を飲み、歌って、仲間と時を過ごしていたそうだ。

その仲間たちも今日集まってくれた。
みんな、コウイチさんのために集まった。
彼は本当に、皆から好かれているというのが伝わってきた。

今まで少しだが、彼の話を聞いてきた自分。
今日は、聞き足りてなかった分、沢山聞いてきた。
バーに座って、彼と肩を並べて、話を聞く。
彼の高校時代の話。
整備士の資格を取る学校に入ったときのこと。
日本のある車会社に入り、そこでの上司との話し合い。
その後の保険会社での日々。
そして、アメリカへ来る事を決心して、3年半前、こっちへ来た。

前に彼が言っていた。
「俺さ、一度若い頃に、始めてアメリカへ来たとき、グランドキャニオンを見に行ったんだよ。そこで、その広さを見てね、その時悩んでいた自分の悩みなんて、この大きさに比べれば、本当にちっぽけなものなんだなと感じたんだよね。
あの時俺の世界観は変わったよ」

そんな彼は、今日も、俺に沢山のいい言葉を残してくれた。


まずは、何でも試してみること。
若い内は、無くすものなんてないんだから、とにかくやってみること。

やりもしないのに、自分の考えだけで、それを否定するなということ。
まずは自分でやってみて、それから、ものを言えと。
口だけ大魔神になるな、と。

何か不満や文句があるのなら、
影でグチグチ言わずに、
本人に面と向かって言え、と。
そうやってこっちから心を開いて話せば、
必ずや、相手もその心意気を分かってくれる。
そして、そうやってできた絆は、一生残る。
この話を、彼の実体験を元に、
話してくれた。



彼が話をしているとき、何回も繰り返していた言葉。
「やっぱり、何があっても、一番大事なのは、“ここ”なんだよ」
そう言いながら、自分の胸を、親指で指す。
そう、一番大事なのは、常に、“ここ”。
どんなに頭が良くても、賢くても、
“ここ”が良くなければ、人間としてできていない。
そして、“ここ”がいい人間は、同じように“ここ”がいい人間を引き寄せる。
そういう奴らが集まる。自然と。

そういう彼は、やはり、“ここ”が熱い仲間に恵まれていた。
帰り際、彼が俺に言った。
「俺の人生の中で、俺の友達、仲間だけは絶対に誇れるよ。
こうやって自分の仲間を見て、今までの自分の信条は間違ってなかったんだって、
本当に思えるんだよな」
その仲間たちは、みんな、コウイチさんに何度も声をかけていた。
必ずアメリカへ帰ってこいよ。
日本なんて、すぐそこだ。
また、帰ってきて、一緒に歌おうぜ。
皆からあだ名でジミーと呼ばれる彼は、
仲間に硬い握手とハグで何回も励まされ、
何度も涙ぐんでいた。


今まできつい事とか、辛い事、
今回も店のこととかで色々あったらしい。
俺は気付かなかったが、
この一ヶ月も、色々と大変だったようだ。
しかし、この夜は違った。
コウイチさんを心から大事に思う仲間が集まり、
彼が、いかに皆にとって大事な人なのかを、
あの空間が証明してくれたのだ。
俺だって、「彼」だからこそ、
今日、あそこに行ったのだ。
今までの車の修理の短い時間だけで、
ここまで仲良くなれた人。
やはり、彼の「ここ」は、熱いのだ。


この夜を通して、俺にも何回も言ってくれた。

「本当に俺は幸せだよ。こうして皆が集まってくれて。
 本当に俺は幸せだ。」

そうやって言って、彼は、
今日という日、アメリカ最後の日を、
心から感じ取って、楽しんでいたに違いない。

最後、皆と、何度も硬いハグを交わすコウイチさん。
彼の後姿を見ていたら、俺もジーンと来てしまった。


彼のように、“ここ”が熱い人、優しい人、深い人は、
今日のように、必ずそれに応えて、応援してくれる仲間がいる。
自然と集まってくるのだ。
俺は彼から、色々と学ばさせてもらったが、
やはり今日、一番大きかった事は、
“ここ”=“ハート”の大事さを教えられたこと。
そこが一番大事なんだ。
そこがダメになった人間は、例えいくら成功しようが、
大したものは残らない。
俺の昔の水泳のコーチも言っていた。
「頭で泳ぐな。“ここ”で泳げ」
思えば、俺が今までお世話になってきた人、
そして、俺が尊敬してきた人、惹かれた人は、
みんな、“ここ”が熱かったように思う。
その、大事さ。
俺は最近、忘れていなかっただろうか。
他のことに気を取られて、人と付き合うときに、
“ここ”から付き合っていただろうか。
人のことを、“ここ”で考えていただろうか。
そして、人と話すとき、
“ここ”を開いて、心から話していただろうか。


“ここ”がでかい奴は、確実に仲間に好かれる。
人に好かれるのだ。
俺はそれを今まで、沢山見てきた。
彼も、その内の一人だ。
“ここ”の大切さ、
何があっても、“心”の大切さを忘れない事。
そんな事を、彼の最後のレッスンから教えてもらった。

また、いつか必ず会いましょう、コウイチさん。
今までお世話になりました。
ありがとうございました。

10・28・06


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People who ispired me-触発された出会い 

October 28, 2006


土曜の午後。ジムへ行った。
泳いだ後、ジャグジーに浸かっていた。
そこにいた、3人の男性たち。
3人とも、歳は65歳〜70歳以上か。
その内の一人が、もう一人のオヤジに、説教をたれている。
聞くと、保険に対するお金の使い方について。
耳に入ってくるので、しばらくただ聞いていたが、
途中、そのオヤジが面白いことを言った。
「My philosophy is , every year you get older,
you will live another twice more size of your age.
Now I’m 72 years old, so I will live another 72 years!
Next March, I will be 73, and I will live another 73 years!!」
(私の哲学としてはね、毎年歳を重ねる度に、その自分の歳の2倍の年月を、まだ生きられると考えるんだよ。例えばね、今私は72歳だが、私は今から更に72年生きるんだ! 今度の3月で73歳になるがね、そしたら、あと73年も生きることになるんだよ!!)

その考え、面白い!と思い、
彼に声をかけた。
「That’s an interesting philosophy!」
(その考え、興味深いですね!)
そう言うと彼は、得意そうな顔をして、新たに私の話を聞こうとしている人間が増えたと、ギラギラした目で話し始めた。
そうやって得意げに話す彼を見て、ああこのオヤジは、少なくとも90歳代までは生きるなと、何か確信に似たものを感じた。笑
見ると、さっきまで話を聞いていた二人は、いつの間にかいない。
きっといいタイミングだと、逃げてしまったのだろう。

彼は俺に向かって話し始めた。

話は、彼の考えから、「人々は“Conversation=会話”と“Argument=言い合い”を混合している」、政治の話、日本とアメリカの態度(俺が日本人とは気付かなかったようだが)、などなど、色々な方面に及んだ。
およそ20分ほど彼は話していたが、その中でいい事を彼が言った。

「あのね、こうして私のように長い間生きていると、色々分かってくるんだが、
結局、人生ていうのは、他人の意見なんてのは関係ないんだよ。
他人が何て言おうが、要は、大事なのは、自分自身なんだ。
そう、本当に問題なのは、“他人の批判や意見”じゃない。
真の問題は、“自分自身”なんだ。

I think life is like a salesman.
First, you have to sell “yourself” to “yourself” for “yourself”.
(私は、人生では誰もが、セールスマンだと思う。
まずは自分自身を、自分のために、自分自身に売る事から始まるんだ。)

みんな、自分を誰か他の人に売る事に必死だが、
まず最初に、自分が自分自身を自分に売れていなきゃね。
そうじゃないと何もできないよ。」

的を得ていると思った。
自分というものを、まずは自分自身に売る・・・
つまり、自分がまずは、「自分」という“商品”を、
初めに買わなきゃいけないこと。
そのためには、自分と言う“商品”の価値を、
自分がまず最初に、一番理解して、認めるということ。

いいこと言うなあと思った。

他にも彼が言ったいい言葉。
「I think everyday is the first day and the last day of my life,
and I live like that. 」
(私は、毎日が、自分の人生で最初の日であり、また最後の日であるように生きてるよ)
色々な人が同じような事を言ってるが、実際にそうやって本気で毎日思って生きられている人がどれだけいるだろうか。
このおじさんは、これを確信を持って言っていた。


彼は自分の喋りたい事を話すだけ話した後、
「じゃあまた泳いでくるよ」と言って去っていった。

人間誰しも、自分の思っている事を聞いてもらいたい。
話を聞いてもらいたい。誰かに聞いてもらいたい。
私の意見はこうなんだ。オレの考えはこうなんだ。
みんな、ただ相手に黙って、自分が心行くまで、
話を聞いてもらいたい。
今日俺は、彼の話しを遮ることなく、全部聞いてあげた。
途中、戦争の話になり、日本人の行動をバカにされたこともあって
ちょっとムッとしたが、
それも彼のサイドから見た意見。日本人だって、散々他の国の悪口を言っている。
とにかく耐えて、ただ頷きながら、彼の話を聞いてみた。

途中結構きつかったが、全部彼は話し終わると、
「I don’t know….」と言って、黙った。
そう、みんな、自分の考えや意見を全部心いくまで話したあとは、
それはあくまでも自分の“意見、考え”であったことに気付き、
それが果たして“真実”なのかどうかは、自分さえも分からない、
分かっていない、ということに気付くのだろう。
だからみんな言う。
自分の意見を、考えを、遮りも、何の批判もなく、
全て聞いてもらった後に。
「I don’t know….」
「どうなんだかね・・・・わかんねーや・・・」

誰もが、自分の意見を言おうとしている時に、
相手が、
「No no no no.....!」
「いやちょっと待って、それは違う・・・」
と遮りを入れてしまうものだから、
話している本人は、自分の考えをただ”聞いてほしい”というところから、
”相手を自分の考えに頷かせなければ”
となってしまい、そこで口論、討論になってしまうのだろう。
みんなただ、自分の事を理解してもらいたいだけなのに。
別に、相手を自分の考えに賛成させようとは、
初めは思っていないのに。
なのに、余りにも誰もが、相手の話を最後まで聞かずに、
自分の意見を言おうとしてしまうから、
相手も躍起になって、そこで、
いざこざが生まれる。

相手の話に口を挟まず、最後まで聞くことが、
いかに大事か、そして、いかに難しいことか。
それを感じた。



誰だって、その人なりの意見、考え、哲学を持っているのだ。
その一つ一つがみんな違う事だって、皆誰もが分かっている。
ただ、「自分はこう思うんだよ」
それを分かってほしいから、
相手に、話を聞いてもらいたい。
それだけ。





ただ、誰もが、自分なりの考えを持って、
自分なりに一生懸命考えて、
誰もが、自分の人生をその人の生き方で、
精一杯生きているということ。


プールで泳いだり、ジャグジーに浸かる人たち。
その人たち一人ずつの顔を見て、
そんな事を思った。


10・28・06

PS:帰り際、プールのサイドで、足を上にかけて、腹筋を鍛えるさっきのおじさん。確実に彼は、100歳まで生きるな。間違いなく。

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Thoughts-思ったこと 

October 25, 2006


さて、遂にLAの某会社でのインターンが始まった。
何故この会社に申し込んだかというと、
バリバリ働いてるなあという感じの、
俺が尊敬できる人がそこで働いているから。
その人の横で、その人の働き様を見させてもらえることは、
今の俺にとっては何よりも価値がある。

今日は初日。簡単なオフィスの紹介と、雑務で終わったが、
雑務だろうが何だろうが、片っ端からこなしてやる!
どんな仕事だろうが、必ず、何かに繋がるのだ。
今目の前にあることに、全力を尽くすこと。
それは、最近読んできた数々の本からも学んだことだ。
「今目の前にあることに全力投球」―――この姿勢が、
今ある素質・資源を、更にいいもの、いい機会、いい出会いへと導いていく。
俺はこのインターンでの経験が、
必ずや自分へプラスとなると信じて、
働かせてもらう。

*******

つい先日ブログにて、最近のテクノロジーによるマイナスの点について触れたが、
それによるプラスの点も、沢山あるものだ。
今日はそこに気付かされた。
まずは、インターネット。
今日はそこのオフィスで、社員の方が、日本の支社と、ネットを使って、
テレビ電話の様な形で、ミーティングを行っていた。
お互いの映像が、画面に映る。
映像も綺麗だし、声も、クリアだ。
時差は、ほとんどない。
そう、まるでお互いが目の前に相手を置いて、話をしているみたいだ。
これが、20年前にできただろうか?
今日学校のクラスで、ついこの前、1980年代の映像を見ていたが、
もの凄く古く感じた。
1970年代に当たっては、もう昔だ。
たった30年ちょっと前やで?
今の時代の、テクノロジーの進歩の速さもどうかと思うが、
それを上手く駆使すれば、それだけ可能性が広がり、
今までに出来なかった事が、実現可能となるわけだ。
元来、インターネットや携帯電話を発明しようとした人も、
こうやって、人類のためになると思ってこそ、
彼らの情熱を、人生を、その開発にかけたわけだろう。
それをどう使うか、どう捉えるかは、使う人次第。
この前のブログの俺の様に、ネガティブに捉えて避ける事もできれば、
今日の俺の様に、ポジティブに捉えて、それを上手く活用し、
自分の、そして人類の未来を、もっといいものに変える事も可能なわけだ。
全ては、自分次第だね。そして、バランス感覚。
それが大事と、改めて気付かされた。

*******

そしてもう一つ、インターンをやることに当たって。
これはいわゆる、“社会で働く事”を疑似体験しているようなもの。
今まで学生だけをやって来ていた自分。
こうして働く時間を拘束され、責任を持って仕事に取り組む環境に
自分を置く事で、
今の自分の状況、そう、「学生」でいることが、いかに特権があるかを
改めて感じさせられる。
時間が有り余るほどある。
宿題があろうが、テストがあろうが、
自分次第で、どうにでも時間管理はなるだろう。
「時間がない」なんていい訳だ。社会人に比べたら。
更に、会社に縛られていないから、「自由」なわけだ。
何だってできる。自分のアイディア、頭の使い方次第で、
ビジネスを始める事だってできるだろう。
しかもアメリカにいるんだぜ。何でもありだ。
俺も、あと7ヵ月後には、「学生」を卒業だ。
今、本当に何ができるのか、そして、
本当に何をするべきなのか、しておくべきなのか、
またまた沢山見えてきた。
そんなわけでも、インターンをさせてもらうことは、
自分にハッパをかけるようでいい。
「おいお前、学生時代がいつまでも続くと思ってるなよ」みたいにね。

ぬるま湯から水にちょっとだけ浸かった、
今日の午後。

10・24・06


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October 24, 2006


精神的にも、物質的にも、
守りに入らない。

Just let it go. As you are, as it is.
常に自然体で。「己」でいる。

けじめをつけて。
メリハリをつけて。

たまには思いっきり追い込み、
一気に緩ます。

そして、一日一日、
一瞬一瞬を、大切に。

10・23・06


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October 22, 2006


皆さんこんにちは。
遂に僕も今日、23歳になりました。
メールをくださった方の中で、こういう言葉がありました。
「1日1日が未来へつながっていると思うと、その重みを改めて感じますね。」と。
本当ですね。一日一日が、未来へとつながっているんですね。
そして、日々の生き方が、自分の未来=人生を作り上げるんですね。
これからも、一日一日を、大切に生きて行きたいと思います。

そしてまた別の方からの言葉。
「誕生日。俊輔が生まれた日だ。
 命が誕生した日だ。
 親から離れ、自ら呼吸をして、”生きる”事の始まった日だ。
 そして、年を重ねて行く事ができる。
 毎年、毎年。日々を大切にするように、
 毎年の誕生日を祝ってやらないとな。」

そうですね。今日という日が、俺の命が誕生した日なんですね。
考えてみたら、すごいことです。


23歳という日を迎えて、自分の人生表を見返して、
自分の人生が、日々先へ確実に進んでいる事を、今まで以上に実感しました。

一日一日が、自分の人生を作る。

これを今まで以上に意識して、毎日濃く生きていきたいと思います。

そしてメールや電話をくださったみなさん、お祝いしてくださったみなさん、
本当にどうもありがとうございました。
皆さんのおかげで、僕が毎日やる気を奮い起こされて生きていけること、
本当に感謝しています。


このメッセージを読んだ、全ての人が、
いい人生を送れますように。 ^−^

俊輔 
10.22.2006


shunsukesekine at 23:34コメント(2)トラックバック(0) 

***俺はこの、フランシス・フェンネル会長の意見に賛成。「数学に自信のない生徒が、将来数学を専攻しようと思うはずもない」とは、その通りだと思う。
好きこそものの上手なれ。いくら今点数が低かろうが、「好き」という感情さえあれば、絶対に将来伸びる。何故なら、好きな道は、不得意であれ、それを追求する「パワー」=「モチベーション」は、絶対に廃れないから。
俺だって、中学3年生まで、英語は大の苦手だったが、唯一それが、「外国人と話せる道具」と気付いてからは、興味がわいて、一気に一番得意な科目となってしまった。それまでは、「I am」と「I was」の違いさえも分からなかったのに。。。「“was”って何やねん!?さっきまで“ am”だったのに、急に変えるなよ!!」みたいな。笑

恐らく社会全体的に見て、その国の技術や生産性を伸ばすという点では、優秀な人間を作るためにも、日本のように、「好きではない」が、数学の出来る生徒を沢山作った方がいいだろう。
アメリカの様に、ノーベル賞を取る天才を数人出して、あとは点数の低い生徒を多く作るよりは、日本のように、発想的なアイディアを持つ生徒こそ少ないが、「平均的に」できる生徒を多く作る方が、社会全体の生産的な伸びに関しては、利益が出る、と。
しかしそれと同時に、アメリカの様に、奇抜なアイディアでノーベル賞を取る人間をドンドン生み出すような環境は、日本の様な国では中々与えられないのも事実だと思う。

いずれにしても、俺は数学に対して、「好き」「楽しい」という感情を持たせる教育の仕方の方が、そうではなくさせて、しかし成績のよい生徒をつくる教育の方法より、ずっといいと思う。
だって、この会長の言うように、こうやって成績優秀だが、それに対して「楽しい」という感情を亡くした生徒は、学校を出た後、その道を追及することは絶対にないから。“人に言われるから〜”“試験で評価されるから〜”やりはするが、自ら好きだからやる、という人間には育て上げる事はできない。

「数学を日常生活の場面に結び付けて教えようとしている国ほど、成績が悪いことも分かった」てのも皮肉な話だね。「なぜそれを教えるのか」「それを実際にどう実用するのか」の方がずっと大事なのに、それを教えずに、公式だけを教える国の方が、成績がいいってのもね・・・
恐らく、全部点数で計るからいけないんだと思う。その子が、「どうやってそれを使えるのか」が分かっていた方が、ずっと大事だと思うんだけどな。テストの問題は簡単に解けるけど、実際にそれを生活にどう使ったらいいか分からない子を育てるよりは・・・

「教育」は非常に大事だが、その「教え方」も、非常に大事ですな・・・

10・22・06



米国の数学教育に警鐘、「楽しさ」と成績は別物と
2006.10.22
Web posted at: 12:24 JST
- AP

ワシントン(AP) 楽しくて身近な数学を、生徒が自信を持って学べるように――。全米の数学教師たちが心を砕いてきた授業方針が、実は必ずしも良い成績につながらないとの研究結果が報告され、波紋を呼んでいる。世界各国の統計を比較すると、生徒たちが数学について「楽しくない」「自信がない」と感じている国ほど、むしろテストの成績が良い傾向がみられるという。


この研究は、世界各国の小学4年生と中学2年生を対象に算数・数学の問題と好き嫌いなどの質問への回答を求めた03年の調査に基づいて、米シンクタンク、ブルッキングズ研究所のブラウン教育政策センターが実施した。調査結果を分析したところ、特に中2のレベルで、意外な傾向が明らかになったという。


「数学は楽しい」と答えた生徒の率が高かった上位10カ国は、いずれも成績が平均以下。逆に下位10カ国は、全て優秀な成績を出していた。また、数学を日常生活の場面に結び付けて教えようとしている国ほど、成績が悪いことも分かった。生徒が「数学は楽しくない」と答えながら、テストで好成績を示した国の例としては、日本、香港、オランダが挙げられる。一方、米国は「楽しさ」、成績ともほぼ中位だった。シンガポールで「数学に全く自信がない」と答えた生徒のグループと、米国で「数学に非常に自信がある」と答えたグループを比較すると、シンガポールのグループの方が得点が高いなど、生徒の自信と成績が一致していないことを示すデータも得られたという。


研究をまとめた同センターのトム・ラブレス氏は「成績の良い国は総じて、生徒への要求水準が高いようだ」との見方を示す。「だから生徒は数学を楽しんでいないし、自信もないと答える傾向があるのではないか」


米国の数学の教科書は一般に、カラーの写真や表を多用し、興味深い話を載せるなど、楽しく学ぶための工夫を凝らした内容になっている。ラブレス氏はこうした傾向について、「楽しさという要素を重視し過ぎているのかもしれない」と指摘する。


一方、全米数学教師協議会(NCTM)のフランシス・フェンネル会長は「楽しさも自信も重要な要素。これらが欠けていたら競争力はつかない。数学に自信のない生徒が、将来数学を専攻しようと思うはずもない」と反論する。「授業では生徒の心をとらえ、数学を日常生活と結び付けてみせることが重要だ」という。ただ同会長も、「教室で生徒をただ楽しく遊ばせればいいというわけではない。全ての授業が、数学そのものを教える内容でなければならない」という点では、ラブレス氏らと一致している。

(http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200610220004.htmlより抜粋)


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ゆftyぐkgふい






土曜の朝。起きて、海へ。
朝早くから水の上に浮かぶ人たち。
左から右まで、沢山の人が海に浮かぶ。
近くを泳ぐイルカたち。
地平線の向こうから、波が徐々に押し寄せる。
海の上では、人種は関係ない。年も関係ない。
下は6歳くらいの子供たちから、
上は60歳くらいのおじいちゃんまで。
ヒスパニック系、アジア系、ヨーロピアン系・・・
職歴も、なにも、関係ない。
みんな、同じことを楽しむ。
波を、待って、乗る。
笑いと笑顔が飛び交う。
太陽を体全体で受けて、最高の瞬間。

******

手が動かなくなるまで水をかきまくる。
何回か流された後は、もうヘロヘロで、もう肩は動かないのに、
なぜか毎回、波に乗る直前は、何の苦痛もなく肩が動く。
そして、また沖に出るときは、ヘロヘロ・・・
その繰り返し。笑

******

終わった後、友達と話していた。
ケータイ電話や、インターネットのテクノロジーについて。
彼が15年前に日本からアメリカに来たときは、インターネットもケータイもなかった。
Emailは打てないから、日本の家族への連絡は手紙だし、
日本への電話代も、当時は恐ろしく高かった。
ケータイはもちろん無いから、友達との連絡方法は、家に帰ってから電話をかける。出たら、ラッキー。出なかったら、待つ。

彼が言ってた。これらのテクノロジーは、私たちを常につなげて、便利にこそするが、同時に、”keep us busy all the time”=「いつも忙しくさせる」、と。
確かに。週末、ゆっくりと本を読んで過ごす日があるだろうか。ケータイに邪魔されずに。
どこかへ週末旅行に行っても、常にケータイはチェック。仕事に縛られ、体はそこへ行っても、頭はいつものとこに残ってる。
日本のドラマや音楽、情報は、いつでもネットで見れる。スカイプなどで今は世界中どこでもただで話せるから、特に自分の友達や家族から本当に“離れる”という感覚もない。アメリカにいるのに、まるで日本にいる感じ。

私たちの生活は、便利にこそなれ、
私たちの距離は、近くこそなれ、
私たちの生活は、本当に、“よく”なってるのかな?


いつも、Email、ケータイ、ネットに浸る。
それらに触れずに一週間、普通の生活を送れる日々があるだろうか。
人々は、自分が連絡をすぐ取りたい者が、すぐ捕まると思っている。
Emailを送ってケータイにかけて、1日経っても返事が来なかったら、
イライラする。
「アイツつかまんねーよ、どうなってんだよ」
たったの10〜15年で、人々の生活スタイルは、随分と変わったものだ。

人は今、これらの機能なしで、生きていけるのだろうか。
私たちの生活を“ラク”にしこそはすれ、
何か大事なものを見失ってないかい?

10・21.06


shunsukesekine at 05:36コメント(2)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

October 21, 2006

10/14/06(Sat)

太陽の光に照らされて、体が熱くなった中、目が覚める。
外を見ると、太陽はかなり上の方に。
今何時や?? 時計を見ると、もう10時です!!
いやあ〜、よく寝るね〜!

持ってきていた果物を食べて、相変わらず近くのファーストフード店で顔を洗い、
いざ出発!!

parking







走り出して、すぐに気付く、この気持ちよさ。

旅の醍醐味。
毎日、違う場所で目覚め、
起きて速攻、新しい場所へ向かう。
この、ムダの無さが、素晴らしい。

sky 2








昨日の夜とは違って、大空に広がる、青い空。
大きな、白い雲。
車の窓を全開にして、ひたすら進んでく。
いやあ、なんて気持ちいいんだ!!

sky








途中、レストエリアで休憩する。
下は、このとき日記帳に書いた一部から。

hiuguyguyg









こうやって旅に出て、初めて気付く。
普段、毎日の生活の中で、
大して重要じゃないのに(“人生”という長い目で見たら)、
毎日余りにも自分の頭をそれで占領されてて、
“本当”に大事なことを、
すっかり忘れてたってこと。

 
この、“地球”を感じること。
この、大地、空気、自然を感じるってこと。
俺たち人間は、あくまでもこの自然の一部であり、
“生かされてる”ってことに。

人類はいつから、自分が必要なもの以上に、
“モノ”を求めるようになってしまったのだろう。
“もっともっと”“足りない足りない”
自分に必要な分はもう十分持っているのに、
それでも満足せず、
ひたすら追い求めて、死ぬ。

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この感覚は、旅に出てみないと、分からない。
何度味わおうが、一度、元の生活に戻ってしまうと、
これは、確実に忘れてしまう。
そしてまた、旅に出て、やっと、思い出す。
この感覚。

だから、俺の旅のブログも、また旅に出てるこういう状態で書かないと、
本当のオレの気持ち、感動は伝わらない。

心の中の全ての溜め息を、ハア〜っと出して、
心から、裸になる感じ。フリーになる感じ。
“生きてる”ことを、直に、実感する感じ。

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俺たちは、“生きて”んだ!!!
毎日、“生きてる”実感が沸かない人生なんて、
人生じゃねえ!!

俺は毎日、“生きてる”ことをダイレクトに感じたい。

毎日、感動して、心を揺さぶられる思いをしたい。
ワクワクして、“生きてる”ことに、
感謝できる状態でいつもいたい。

それだけだ。


不満、人の悪口、陰口、ウワサ、
批判、文句、ため息・・・
それらのネガティブなものは、
もうウンザリである。

“人間”が勝手に作り上げた、
地球のホンの一部を占めるSociety(社会)の中で、
その中で決められた“ルール”の中で毎日生きて、
その中の、“常識”に捉われ、
それに当てはまらない考えをするものは、後ろ指を指される。

狂ってる。

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またしばらく走って、ガスステーションでガソリンを入れながら。
日記帳に殴り書きする。

gas








ただ毎日、
“生きてる”ってことを、
実感したいだけなんだ!!!
体全体、
心全体で、思いっきり感じたい、
それだけなんだ!

だから、旅に出る。
夢を持ち、それに向かって走る。
何事にも、全力で取っ組む。
心で、素直に感じる。

それだけなんだ!

俺のモットー。

「“生きてる”ことを、
 毎日、最大限まで感じる。」

その日がどれだけ思い出に残るかは、
どれだけその日、“生きてる”ことを実感したかどうか。
心が揺さぶられたかどうか。

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大分走った。もう時間は午後の3時。
辺りは雨と雲で、薄暗い。
外に出ると、肌寒い。
また外に出て、ガソリンが安いので、ここで入れとく。
ここで下の事を書く。

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人は、自分の好きな事をしていると、
幸せになれる。
心から、それを楽しんでいるので、
心に余裕ができて、
他人にも優しくなれるからだ。
心に余裕ができることは、
心の幅が大きくなり、
色々な考えを受け入れられるようになること。
すると、人生の小さな面白い点、
愉快な点に心が反応し、
笑いが出てくる。
すると、心が優しくなる。
穏やかになる。
そしてそれが、良い雰囲気を引き出す。

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逆に嫌いなことばかりしていると、
笑顔が無くなり、常に疲れ、
文句が多くなる。
人に対して、冷たくなり、
自分以外のコトを考えられる余裕は無くなる。
何故なら、自分の人生、
“やらされてる〜” “しょうがないからやってる”
“仕方ないから〜”の、
“妥協”で生きてるから。

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自分の人生の“生き方”を、他人に任せて生きてるから、
自分の真の“意思”を捨て、
他人によく思われよう、他人が喜ぶから〜、
そうやって生きていると、
心は蝕(むしば)まわれ、腐り、
やがて、魅力のない人間となってしまう。

いつもイライラ、他人のウワサばかり気にし、
自分の心を素直に出すことを忘れ、
怯え、不安で、心配で、
暗くなり、疲れ、生きてる意味が分からなくなる。
そんな日々が続き、やがて、
自分がそうなってしまったことに気付かない、
“気付けない”状態まで落ち込んでしまう。

これが一番恐い。

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なーんて事を思いついたり、書いたりしながら、
ひたすら道を行く。

dog








もう大分来ただろうか。
突然、荒野に差し掛かる。
何て気持ちいい!!
やっぱり、こういうところは、来ないと分からないね。

deseart








シェリル・クロウを聞きながら、Open Roadをぶっ飛ばす。

desedart 2








今回の旅はまず、Lenny Kravitzを最初のアルバムから聴き始めた。
全部でメジャーなのは8枚あるが、全部順に聞いていった。

Lennyは、メジャーデビューしてから、段々と変わって行った。
まあ、どんなアーティストもそうだろうけど、
彼の作る音は、毎回のアルバムの度に、少しずつ変わって行く。
しかし、彼がいつも徹底していること。
それは、自分自身が曲を全て書いて、
全部の音も、サックスフォンなどの音以外は、全て自分で、演奏していること。
ギターも、ベースも、ドラムも、キーボードも。
ハモリの声も、全て自分で。
たまに、「そこまで凝るかよ??」と思うような小さな音まで、
こだわって作っている。
だから、一つのアルバムを出すまで、2年から3年かかる。
そして何より、彼が最もこだわっている事。
それは、“彼自身”の心情を、そのまま表しているということ。
言い換えると、彼は自分の感じたこと、思ったことしか曲に書かないし、
歌わない。
だからこそ、彼の歌う一曲一曲には、感情がこもっているし、
彼のアルバムの中に、妥協で作った曲など、一曲も無いってことが、
聞いていてよく分かる。

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だからこそ彼のアルバムには、明るい曲もあれば、暗い曲もある。
めちゃくちゃ落ち込んでいて、聞くとこっちまで気が滅入るようなやつから、
聞いていて、やる気をあげられるものまである。
アルバムの時期により、明るめの曲調が多かったり、
暗めの曲が多かったりとあるが、
基本的に、彼の全てのアルバムを通して聞けるのは、
基本的に、彼はポジティブに生きようとしていることだ。

彼はデビューして、最初の頃はそんなにヒットはしなかったものの、
途中のアルバム「5」の中のある曲がヒットし、それ以降、
4年連続で、グラミー賞を取ってしまった。
それ以来、彼に対する世間の注目は大きくなり、
彼の名は、誰もが知るようになった。

ijijij








しかし、彼はそれを好まなかったらしい。
一番最近のアルバム、2年半前の「Baptism」では、
「俺はスターになりたくない」
「自分の名前ばかりが売れて、自分が誰なのか分からなくなる時がある」
「自分には、シェボレーと古いギター一本さえあればいい」
というような曲を2番目のトラックに入れてきた。

これを初めて聞いたとき、俺は正直、ガッカリした。
何でこんな落ち込んだ、暗い曲を書くんだ?
あんたは、ロックスター、レニークラヴィッツだろう?と。

しかし、その時は俺も、彼をただ、「ロックスター」としてしか見てなかったんだと思う。

iugiuhuih









その後、彼の初のライブのDVDを見たときも、がっかりした。
「ライブ」と名目しているにも関わらず、
ほとんどは彼の実生活の映像。
しかも、余りかっこよくない様な映像が多い。
裏の世界が映っていたり、
汚い世界が映っていたり・・・・

俺は、かっこいい「レニークラヴィッツ」を見たいのに。

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しかし、
その後、初めて彼のライブコンサートに行き、圧倒された。
彼のそのライブの盛り上がり様の凄さに。
歌も上手く、声もしっかり通っていて、
しかもパフォーマンスがもの凄くうまい。
見ているものを、惹きつける、もの凄いパワー。
ライブの2時間は、あっという間に吹っ飛んだ。

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そして、やっと気付いたのだ。
彼は、生身の「人間」だったってことに。
彼が生で発するパワーは凄まじく、
最近の彼のアルバムから発していた、ネガティブなエネルギーは、全くなかった。
そう、彼は、本当の自分の歌は、
生で聞きに来てくれよ、と。
DVDや、CDじゃわかんねーんだよ、と。
そして、自分は、皆と同じ、「人間」なんだ、と。
俺はスターでも何でもないし、
ただの一人の、自分の思ったことを音楽で表している、
「人間」なんだ、と。
だから、恐らくライブのDVDでも、彼の普段の実像を見て欲しかったんだ思うし、あえて、かっこ悪いところも見せたんだと思う。

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そして、自分が出すアルバムでは、世間のヒットを狙ったような、
ヘタなノリの曲は出さない。
アルバムが売れようが、売れまいが、関係ない。
大事なのは、自分の気持ちを、「音楽」を通して、表すことだ、と。

だからこそ、一番最近の彼のアルバムは、暗かった。
自分の名声に押され、自分が誰か分からなくなり、
「本当の自分とは誰だ?」との問いに、自ら答えていた。

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そんな彼の、一番好きな曲。
アルバムの一番最後に入っている、
“Destiny”

ここで彼は言っている。
“I live my life and all I know is
Follow your dream and don't let go”
「俺が自分の人生を通して唯一知っているのは、
夢を諦めるなということ」

自分の気持ちしか書かない、
自分で全て作る、
世間にどう思われようが、関係ない。

その信条を通して、真っ直ぐに生きて来たからこそ、
こう言い切ることができるんだろう。

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日もそろそろ暮れてきた。
できれば、日が落ちる前に、モニュメントバレーを一目見たい。
頑張って飛ばしていたが、
やっと、モニュメントバレーに一番近い街、Kayentaに着いたときには、
日は既に落ちていた。
近くにマクドナルドを見つける。
トイレを借りようと、車を降りる。
俺の頭は、フラッフラ。
足も、フラフラ。
近くにスーパーを見つけ、ヨーグルトと野菜と肉を買って、
栄養補給。
しっかり食って、よく休む。
体力を使うからには、この二つは守ること。

龍のシェフから教わったこと。

① 体力を使う
② 寝ない
③ 食べない

このどれか一つをする場合は、他の二つを避けるようにすれば、体調を崩すことはない。しかし、この内二つが重なると、危険信号。
寝ない、食わない、体力を使う、の三つが重なると、ゲームオーバー。
必ずと言っていいほど、体調を崩す。

車を運転している以上は、体力を思いっきり使っている。
集中もしているし、思っている以上に、身体の疲れは大きい。
だからこそ、他の二つ、寝る、食べるを、しっかりと守る。
逆に、この二つさえ守っていれば、相当のことが無い限り、体は悲鳴を上げない。



しっかり食った後は、車の中を暖かくして、
いざ寝ましょう。
何度か、モーテルに泊まることも考えた。
身体はかなり疲れているし、ここで温かいシャワーでも浴びて、
ベッドでゆっくりと横になった方が、疲れも取れるだろうな。
だけど、いざモーテルへ行ってみて値段をチェックしても、
40〜50ドル前後は取られる。
今の俺に、そんな余裕はないな・・

仕方ない、今日も車で寝よう。
いつも通り、モーテルの駐車場を“借りる”。
恐らく一番安全だからね。
光が当たらない、静かなところを選び、
スリーピングバッグを敷いて、横になる。
横になるっつっても、俺の車は小さいから、イモムシみたいな状態になるだけだけどね。
さて、明日は日の出に備えて早く起きなきゃならないし、
今日はもう早めに寝よう。
9時ごろには、就寝・・・

のはずが・・・・


***********


もう一度、眠りに戻ろうとしたが、眠れない。
何が起きたかというと、
一度は寝付いたのだが、横に停まっていた車が移動し、スタンドの明かりがもろに車に入ってきた。
時計を見ると、10時半。一時間半近く寝たらしいが、
一度起こされて、車の位置を変え、また寝ようとしても、もう眠れない。
明日は日の出を見るために、早起きしなけりゃならんのに・・・


***********


何度か寝ようと試みたが、ダメだ。
仕方なく、持っていた本を読み出す。
パウロ・コエーリョによる、「星の巡礼」。
この前ブログに書いた、「アルケミスト」と同じ作者が書いたもの。
この話は、作者であるパウロがした、旅の実体験を元に書かれている。
この中で、かなりいい文章を見つけて、勝手に興奮していた。
ここで触れると長くなるので、後でまた機会を見つけて書きます。


************


もう本もかなり読み、そろそろ目が疲れてきた。
もう一度寝ようとするが、やはり眠れん。
明日に備えたモニュメントバレーに対して、心がワクワクしている。
仕方ない、アメリカ地図でも見るか。


地図を見出して、気付いた。
このアメリカの、でかさに。
昨日から運転してきた、カリフォルニアのロングビーチから、
今入る、アリゾナのkayenta.
かなり走ってきたのに、この国のほんの一部しか来てない。
アメリカは本当にでけえ。

***************

その時の日記より。


俺は、“アメリカ留学”と言えども、
ホンの一部しか見ていないこと、
忘れないように。

そんなデカい国で、なるべく多くの人と知り合って、
なるべく多くのことを学ぶ。
それが本当のアメリカ留学の意義だったはずだ。
それを、いつまで経っても、忘れんなよ。

何度も、旅に出ることだな。
何度も、何度も・・・
実際に自分の体を外に出して、
初めて気付く。
そのデカさ、大切さ、
“何”が、ホンモノなのかに。

何度も言うが、その土地の、狭い常識で考えてる、
人間のマイナス要素に呑まれるほど、
つまらねーことはないからな。
この“地球”で、今、“命”を生きているということに対して、
“限られた命”を、な。


***********


時計を見ると、朝の1時半です。
このまま、明日の朝4時半に起きられるのでしょうか。
・・寝ろ!!

無理やり寝る。。

(続く)


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2006 Monument Valley Trip |  Lenny Kravitz
め







俺が旅が好きな理由。
毎日、違う事が起きるから、
違う景色を見て、違う人に会い、
そして、違う“自分自身”も発見できるから。
そう、一瞬一瞬が、“生きてる!”ってことを、実感できるから。

ただ毎日、“生きてる!!”ってことを、最大限まで感じたい。
それだけなんだ。


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2006 Monument Valley Trip 

October 20, 2006


生きていること、そして、その貴重さ。
また、日々の「生」に保障はないこと。
そして、「人間の生き様」の大切さ。

それを教えられるお話です。
http://plaza.rakuten.co.jp/harikyuublog/diary/200610200000/
(はりきゅうブログ日記:by 馬場乾竹先生、10月20日のブログより紹介させて頂きました)


shunsukesekine at 21:35コメント(2)トラックバック(0) 

真っ直ぐな奴というのは、往々にして、他人とぶつかる。
自分が求める道には妥協を許さないため、そこで他人との衝突が出る。
自分が求めるものと、他人が求めるもの。
その二つの違い。
そのギャップを、いかに埋めるか。
そこに、いかに折り合いを付けて行くか。
折り合いをつける事を、どうやって学ぶか、だ。


真っ直ぐな奴は、一度それに焦点を当てると、もうそれに没頭する。
周りは、見えない。
だから、視野も狭くなる。
もうそれしか見てないから、他の事なんて見えない。
だが、その集中力も凄まじい。
それしか、見ようとしてないから、な。
それが、また、「強さ」でもあるだろう。


真っ直ぐな奴。
「不器用な生き方」
と、捉えられる事もあるだろう。
「頑固すぎる」
「もっと視野を広く」
「もっと妥協しろ」
「もっと肩の力抜け」
いくらでも言えるさ。


確かに、たまに自分の“不器用さ”に、不甲斐なさを感じることもある。
だけど、“不器用”で何がいけないんだ?笑
ははは、って笑って、その前で起こってる事を、簡単に流す事もできるだろう。
でも、それをしたくないと言う自分がいる。
そんなとき、少しためらうんだな。
実際の俺と、理想の俺と、他人が求める俺との違いに。


他人が求める俺には、なろうと思えば、すぐにでもなれるさ。
しかし、それをやっている俺は、「俺」ではなく、
他人の操り人形である。
その生き方が、「いい人」のレッテル以外、
何も自分に残さない事は、
今まで十分経験してきた。

妥協は、できない。
適当には、生きられない。

数年後、今の自分自身を見て、俺は思うだろう。
「ああ、もがきながらも、頑張ってたな」と。
同時に、懐かしくも思うだろう。
「あそこで妥協しなかったから、身についたものもあっただろう」と。


今の俺は、これだ。
背伸びは、できない。
できるが、してもすぐに崩れる。
他人には、なれない。
俺は他人じゃない。
他人と比べるもんじゃない。
自分の中の問題は、一つ一つ直面して、じっくりと「自分で」解決して行かないと、心はいつまで経っても納得しない。
同じところに戻ってくるだけだ。
地に足をつけて、一つ一つ、じっくりと取り組んでいかないと、
身にはつかない。

適当な生き方は、できない。


昨日のセミナーである人が言ってたいい言葉。
「私は、あなたがあなた自身を信じる以上に、あなたのことを信じている。
言い切れる。
 私は、あなたが自分自身で自分のことを信じるよりも、
 あなたの可能性を、あなた以上に信じているのだ。」

その言葉を聞いて、いかに励まされたか。
同時に、自分のことを信じる力が弱いのは、その人の心の弱さだとも気付いた。


人生最大の過ちは、自分のことを信じなくなることだろう。
「今の自分」は、理想に近くないかもしれない。
「今の自分」に、がっかりする事もしょっちゅうあるだろう。
でも、己の「可能性」だけは、絶対に疑ってはいけない。
信じ続ければ、
そして、誰よりも自分が、自分のことを一番信じる強さを持てれば、
その人は伸び続けるだろう。

「自分の最大の敵は、自分自身である」とはよく言ったものだ。


これが今の俺だ。
不器用だろうが、一つ一つ、確実に、こなして行くさ。
「自分の可能性」を、信じてな。

「他人と比較することなかれ。
 己は、己である。
 そして、自分の道を突き進むこと」

10・19・06


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Thoughts-思ったこと 

心が満たされないが故、出てくる、「不満」。
文句、胸のつっかえ、溜め息、フラストレーション、イライラ、そして怒り・・・
これらは、何かが自分の思っている通りに満たされなかったが故の、心の反応であろう。

しかし、この反応に、心を任せておくのか。
それとも、頭を切り替えて、もっとプラスの要素のことで、心を満たすのか。
その選択は、自分次第だ。

いくら頭の切り替えが必要と分かっていても、中々それができないことも多い。
そんな時は、泳ぎに行く。体を動かす。
水の中で、思いっきり体を伸ばす。
その日に使い切れずに余ったパワーと一緒に、心の中のそういったモヤモヤや怒りも、全て吹っ飛ばす。
すると、体が疲れた頃には、心まで軽くなっている。

********

人間、何かをいつも考えているのなら、
既に起こった事、今の納得行かない現状、満たされない不満、
それらのものに大半の考えを支配されるよりは、
これから自分の人生ででき得る画期的なこと、ポジティブなこと、
ワクワクすること、
そういったことで頭を満たし、次の瞬間を待ち遠しく、楽しく生きる方がずっといいだろう。

全ては、己の心の持ちよう、そして、「どんな考えで頭を満たすか」の選択にかかっていること。
全ては、自分次第。忘れないようにしよう。

10・19・06


追記:今日はJCで寿司をメンバーの前で作った。俺自身は納得行かない部分もあったが、みんなは喜んでくれたみたいだ。嬉しかった。
人が喜ぶ姿を見るのは、本当に嬉しい。心が和む。

エアロスミスなどのバンドが、「ファンがいるからこそここまで頑張って来れた」と言う理由がよく分かる今日この頃。


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Thoughts-思ったこと 

October 19, 2006


今日は、俺の大事な先輩たちの、師匠であった人が、亡くなった日だ。
その日から、ちょうど一年。
俺自身は、その人に会ったことはないが、彼らから、その人にまつわる話を聞かせてもらっていたおかげで、まるでその人の事を、俺も実際に知っているような感じがする。

ちょうど一年前のその日。
その日から数日、俺の先輩は、悲しみに打ちひしがれた。
しかし、普段、超プラス思考である彼がそこまで落ち込んだことにより、
そして、彼のその悲しみの大きさより、
俺もまた、彼を通して、大事なことを教わった。




俺たちは、今、“生きてる”ということ。
そして、この、今持ちえる“生”は、特別なものであること。


今自分の人生で起こっている事が、例えどんな事であろうと、
この事実を思い返したとき、そして、それを噛みしめたとき、
自分が直面している“問題”など、
何でもなかったことに気付かされるだろう。
そして、今、「生きてる」という事実に、
敬服したくなる。




生と死は、隣り合わせである。
今日、“生きている”ということ。

この事実を、噛みしめて、
今日も、濃く、強く、生きていこう。


10・19・06


shunsukesekine at 16:33コメント(4)トラックバック(0) 

友達に誘われて、セミナーに行ってきた。
ある会社の、自己啓発セミナーの様なものだ。
言っていることは、啓発的なものもあって良い。
基本的に、前向きだ。
しかし、何か虫が好かない。
みんな、「金、金、金」で終わっている気がする。

金が手に入ったから、“幸せ”なのか?
その金でモノが沢山手に入るから、幸せなのか?
金を沢山持っているから、その人は“凄い”のか?
年に100万ドル以上稼ぐから、“凄い”のか?

彼らは、その人たちが、いかにも“凄い”ということを、見せびらかしてくる。
「俺もああなりたい」そういう人が多い。
そして、人は言う。
「彼らはあんなに金を持っているのに、とても謙虚なんです」
いや、金を持ってて、それで謙虚だから偉いのか?
それって、金を持ってたら、傲慢になってフツウ、ってのを根本に置いてるからじゃないの?
つまり、金を持っているから、“凄い”、“偉い”ってのがどっかに潜んでるよね?


夢を追い求めるのはいいだろう。
何か目的意識を持って、毎日を生きるのも良い。
野望を持って、この人生を生きる。素晴らしいじゃないか。
家族に、幸せをもたらす。素晴らしい。
ただ、それを、簡単に、「金」で量るのは止めてくれ。
どうも、腹の虫が好かん。
身体が、拒否してしまう。

*********

いくらそれが良いものであっても、
押し売りをされたら、
人間は、引いてしまうものだ。
“自分にとっては”どうなのか、
もう一度よく考えるんだな。

10・18・06


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October 18, 2006


Gender and Communicationのクラスを終えて。

毎回このクラスが終わるたびに、何か書きたくなるのだが、
それは、このクラスが面白いから。
いろいろな話題について触れ、それをクラスで先生と生徒を交えて、ディスカッションする。
多分、俺自身が興味のある内容だし、それをみんなの意見や体験も交えて聞け、話せるから、いろいろ触発されて、アイディアが浮かび上がってくるんだろう。


今日は、 "Gendered Nonverbal Communication" について学んだ。
基本的に、 "性による違いの、言葉では見せない意思の疎通について " 。
日本語で書くと難しいけど、いわゆる、ジェスチャーってやつです。
男と女で、ジェスチャーの使い方が、いかに違うか。

教科書のデータによると、普段人々が日常で行う、人とのコミュニケーションの内、65%〜93%が、言葉によらない、ジェスチャー(体の動きや、アイコンタクト、表情、間の取り方、そして話すときのお互いの位置関係など)によるものらしい。30%も開きがあってなんか怪しいが、少なくとも俺たちが取るコミュニケーションの内の半分以上は、 " 言葉 "ではなく、それ以外のものが意味を含んでいるということ。続きを読む

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College Life-大学 


全ては、捉え方である。

人生がシンプルだと思えば、シンプルになる。
複雑だと思えば、複雑なものになる。

熱い太陽の下で、暑くて不幸だと思えば、不幸になるし、
日を身体いっぱいに浴びられて幸せだと思えば、幸せになる。




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旅から学んだ大事なこと 

今週末、モニュメントバレーまで、車を片道2日間走らせて行ってきた。
ここは、俺がずっと行きたかったところ。
色々な友達に、「ここは絶対行け!!」と押されていたから。
しかし、今までチャンスがなかった。
いや、チャンスを自分で「作らなかった」と言った方が正しい。
チャンス、時間、機会なんてのは、自分で作るもんだから。

今回、いつもと同じ週末。
金曜日から、日曜日まで。
月曜日の午後には、授業が始まる。
なら、金曜日に出て、月曜の授業の前に帰ってくればいいじゃないか。
週末の勉強?やらなきゃいけないことが溜まってる?
そんなものは、その前に、全て終わらせていけばいいのだ。
だから先週は、平日の間、勉強とか、やらなきゃいけないことに没頭した。
「やらなきゃいけない事」は、トコトン終わらして、メリハリをつけた。
そして、木曜日、ぐっすり寝て、体調を備え、
金曜日に出発。


人は言う。
「モニュメントバレーなんて、週末だけで行けるわけないよ。しかも一人で」
行けるのだ。自分が、“やってしまえば”。
人が言う、「そんなのできっこない」「できるはずがない」
そういう言葉は、その人の勝手な読みで、“適当”に言ってるだけ。
実際にやってしまえば、彼らは何も言えないだろう。
やりたい事があったら、実際にやっちゃえばいいんだ。
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2006 Monument Valley Trip 

October 17, 2006


月曜の夜。コミュニケーションのクラスで、政治のクラスを取っているが、
この授業の後、クラスメイトの子とずっと話していた。
彼女、クラスの最後に、先生に何か質問していたので、何を聞いていたのか聞くと、
実際に政治の世界に入るには、そして、実際に彼女が興味のある、「書く」と言うことを実際に使える、政治の分野とは、どんなものがあるのか、先生に聞いたらしい。
先生の答えは、「Do some volunteer(ボランティアをやりなさい)」、
That’s it.

実際に彼女が聞きたかったのは、もっと詳しいアドバイスだったのでがっかりしていたっぽいけど、彼女が俺に話す様子は、とてもエキサイトしていて、本当に政治の分野が好きなんだなというのが手に取るように分かった。

彼女の話を聞きながら、彼女の話している様子を見ていると、本当にその子が、その分野に興味があって、そして、それを、毎回クラスに来る度に、そして先生の講義を聞くたびに、それを自分自身が実感していること、
そして、今日はそこから行動に結びついて、実際に、今自分の持っている仕事を変えてまでも、政治の世界に“また”戻りたい、それだけのパッション(情熱)があるんだってことが、彼女の話す姿と、きらきら輝く目から、手に取るように伝わってきた。続きを読む

shunsukesekine at 16:59コメント(0)トラックバック(0) 
College Life-大学 
eae76efe.JPG遂に行って来ました。
あの、俳優窪塚洋介がゴリ押しの場所へ(By タツロー)

書きたいことは山ほどありますが、
明日にします。今日は寝ます。

10.16.06


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2006 Monument Valley Trip 

October 13, 2006


いい出会いというものは、どこに転がっているか分からない。
思いもよらないところから、驚きの出会いが生まれたりもするものだ。

*******

今日はJCの日。キャリアは俺が担当し、「自己分析」と題して、要は「どう己の人生を生きるか、どこまで自分の人生を意識するか」みたいなものをやった。
今回のために、先週末から色々とアイディアは練っていたが、いざそれをパワーポイントにまとめて、そして皆の前で発表すると、意外と簡単だと思っていた事が、そううまくは行かないことに気付く。

今回伝えようと思ったメッセージは、「自分で考えて、自分で、人生どう生きたいか、見つけてくれ」というもの。そのためには、「決断」と「行動」の二つがキーワードとなる。
何事も、自ら決めて、自ら動くもの。この二つが他人任せでは、いつまで経っても、自己は変わらない。


人に何かメッセージを伝えるということは、難しい。特に、それが大人数である場合。
相手が一人だったら、相手の意向を汲み取って、相手が何を欲しているのか、今何を考えているのか、そして、どう伝えたら、自分の伝えたいことが伝わるのか、色々と練ることが出来るだろう。
しかし、相手が15人以上の大人数となると、
そして、一人ひとりが、別々の違う考えを持った人たちの場合、
そして、自分の伝えたいメッセージに、“果たして相手も関心があるのか?”、それが定かではない場合。
この場合は、全体を捉えてメッセージを送る事は、非常に困難となる。

しかし、何があっても、絶対に守ること。
それは、自分が前で話している最中、絶対に自信を無くさないこと。
聞いている人たちの表情が無反応だったり、下を向いていたり、つまらなそうにしていたり、
または、話の途中で、席を立って、外に出て行ってしまう人がいたり。
そういう人が目につくだけで、「あれ?俺の話、つまんねーのかな?これ、大して面白くね―のかな?」と不安に“なりそう”になってしまう。

しかし!!ここでそう、思わない事。
大多数の、ほんの一握りの、マイナスの反応に気を奪われるよりは、
ほんの少しでもいいから、ウンウンと頭を振って、頷きながら聞いてくれている人たち。
俺の目を見て、真剣に聞いてくれている人たち。
こういう人たちに自分の意識を向け、相手のことを思って、「あなたに伝えたいんだ!」という感情を大きくして、話す。
すると、段々と、聞いている人の目も、輝き出してくるものだ。


自分はコミュニケーション学部専攻なので、人前で話す練習はいくらかして来た。
しかし、それは何回やっても、毎回やる度に、気付かされるとことはある。
「ああ、こうすればよかったんだ!」そう、いつも終わった後に気付かされる。
しかし、毎回全力でやっているからこそ、そうやって気付く事もあるってこと。
もし、適当に力抜いてやってたら、「今度はこうすればよかった」と気付く事も無いだろう。
だから俺は、いつも全力で向かいたい。
相手が何であっても。今自分がしている事が、何でもあっても。
全力でやるからこそ、後悔は残らないし、新たに次に向けて学ぶ事もある。
「もっと頑張れた」とは思わない。既に100%、力を出していたからだ。
そして、次は今回よりも更によい物にすればよい。
それを繰り返して、徐々に成長していけばいい。

******

結果はどうであれ、本気でやったとき、必ず相手に伝わる物はある。
今回も、俺のプレゼンの後、話しかけて来てくれた人がいた。
彼とは、2週間前にも会ったが、今回も、色々と話をして来てくれた。
聞くと、色々と面白い事をしているそうじゃないか。
今はここに書かないけど、これから、そっちも楽しくなりそうだ。

******

何事も、全力で取り組むこと。
そうすれば、必ずと言っていいほど、その見返りは、何かの形となって現れる。

頑張れ、俺よ。

10.12.06


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My Work-仕事 

October 12, 2006


もうすぐハロウィーン。
ハロウィーンと言えば、アメリカではみんな大人から子供まで仮装をする。
学校に、気合を入れた格好で来る人たち。
夜は、子供たちが、華やかな仮想をして、家々を周る。
“Trick or Treat!!”と叫びながら。
パーティー会場には、もちろん、みんな飛び切りの格好で現れる。


俺が一年目を過ごした学校で、数学のチューターをやっていたとき。
その日はハロウィーンだった。アメリカ初のハロウィーンのため、
まさか人々が本当に変装をしてくるなんて思いもせず、朝から普通に学校に行った。
朝の8時。自分が受け持つ生徒の予約が入っていたので、
チュータールームに行き、彼女を待つ。

8時ちょっと過ぎに、
「Sorry sorry, It's been late, huh?」
と言いながら、急に俺の前に“死神”が現れて、俺が待っていたテーブルの反対側のいすに座った。

「・・・・・!!」

ビックリして、口も聞けなかった自分。
黙ってその死神を見ていると、そいつは、
「Oh, it's me」
と言いながら、黒いフードを下ろし、仮面を脱いだ。
そう、それは、俺が待っていた数学のチューターの生徒だった。
「ごめんね、遅くなって。今日こんな化粧をしたから、
 子供がびっくりして泣きそうだったわよ」
当たり前だ。目の周りは真っ黒に塗りたくられて、
その顔は見るものを凍らせる。
俺だってチューター中、泣きたかったよ。

さてさて、

そんな一年目のハロウィーンだったが、
去年、そう4年目のハロウィーンも、面白かった。

確か去年のハロウィーン、10月31日は平日だったので、
パーティーなどは、その前の週末にすべて行われていた。
その日。学校から帰ってきて、帰り道、スーパーに寄った。
疲れていて、しかも寒かったので、今日は特別にステーキでも食おうと、
近くのメキシカンのスーパーに行き、牛肉を特売で買ってきた。
そのとき、店の入り口に、うまそうなマフィンが4つで1ドルで売ってたので、それも買ってきた。
後で食おうっと♪
ルンルン気分で家に帰る自分。

家に着くと、(そのときは部屋を間借りしていたのだが)
家は真っ暗である。
「あれ、誰もいないのかな?」と思いながら、中に入り、電気をつける。
すると、奥のガレージ兼、書斎から出てきたその家の家主のおじさん。

「あれ、いたんじゃないですか、何でこんなに暗くしてるんですか?」と聞くと、
「今日はハロウィーンだから、電気を付けてると、子供たちがお菓子をもらいに家にくるんだよ。
あいにく今家には何もお菓子を用意していなくてね。
あげるものがないから、こうやって電気を消して、いない振りをしているんだよ」

・・・・そうなんすか。

まあ、でも俺は早くこのステーキを調理せねば!と、
キッチンの電気だけ付けて、料理に取り掛かる。
煙が家に充満して、玄関のドアを開けたいのだが、
おじさんがしつこく、「いない振りをしなさい」と言いに来るので、
仕方がなく、キッチンに充満した煙の中で料理をした。

*******

いざ、ステーキがそろそろ出来上がるころ!!
よだれが出そうになって、もう耐えられない、
その時!

ピンポーン!!の音とともに、
「Trick or Treat!!」

・・・やべえ、キッズがやって来た!!


どうやって家にいることが分かったんだ?と一瞬思ったが、
バレて当然。外から見たら、自分の調理姿は余裕で、
電気に照らされ、影となって見えていた。
やべえな、あげるものもないし。
ステーキもこげちまうし、シカトシカト。
しかし!キッズは中々去らない。
さらにインターホンを何回も押しまくりやがって、
「Tirck or Treat!!」の連続!

もう、居留守は利かないようです。
仕方なく、やつらに会うしかない。
しかし、あげるものがない。
キッチンを見渡すと、俺のその時持っていた食料であったのは、

・・・バナナ。以上。

そして、今目の前で焼いているステーキ・・・?
このステーキは何があってもあげられん。俺の命だ。
仕方ない、バナナをあげるか・・・
お菓子の代わりにバナナってなんやねん。

・・・と思ったら、そう、さっき買ったマフィンがあるじゃないか!
う〜ん、俺のマフィンだが、仕方ない。やつらにやるしかない。
マフィンが入った袋を持って、玄関に行く。
ドアを開けると、そこに立っている、とてもかわいい3人の女の子。
ちくしょう、可愛くなかったら、追い返すのに。

俺の大事なマフィンをあげる前に、最後の反逆。
「あのね、今お菓子がないんだけど・・・」
子供たちは、そんなの関係ないわよ、あたしたちはお菓子をもらいにきたのよという顔で、立ち尽くす。
ったく、クソが。
仕方なく、大事なマフィンを、ひとつずつ、子供たちが持っていた馬鹿でかい布の袋に入れてあげる。
ちょっとびっくりした顔で、俺がマフィンを袋に入れる姿を見る子たち。
何だ、文句あんのかコラ。
子供たちの大きな袋の中を見ると、たっぷりのお菓子で埋まっている。
こいつら、こんなにもう集めてるじゃないか・・・
俺のマフィンくらい勘弁してくれよ・・・涙

「これで、満足したか?」と聞くと、「Thank you !」と叫んで、
その子供たちは駆け足で去っていった。
ふう。これでやっと、食事ができるぜ。

・・・あ!俺のステーキ!!!

急いでフライパンの中を見に行くと、すでにステーキは焦げていた・・・

もうこれ以上、俺の夕飯の邪魔はさせん。
調理を終えると、さっさとサラダを作り、自分の部屋にかけこむ。
「電気を付けると、また子供たちがくるよ」とおじさんが言いに来る。
分かってるっちゅーに!
仕方なく、机の上の小さな勉強用デスクランプだけ付けて、
その中で、真っ暗な中、ステーキを食う。

なんなんだこの夕食は・・・・


********


この話を後でアメリカ人の友達にすると、爆笑された。
何が可笑しかったかって、
俺が一人でステーキを部屋で食ってたことより、
子供たちにあげたお菓子が、「マフィン」だったと言うことだ。
「そんなのをあげる奴は聞いたことがないぞ!」
しかもある人は、
「普通ハロウィーンの時にあげるお菓子は、ラッピングされてなきゃいけないのよ。
 衛生上の問題もあるしね。
 そのマフィン、裸だったんでしょう?よく捕まらなかったわね。」

・・・・・。
俺の大事なマフィンをあげた上に、捕まってたまるかい!!


さて、今年のハロウィーンはどうなるやら??

10.11.06


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Funny Story-面白い話 

October 11, 2006


快活な人、やる気のある人、
明るい人、ポジティブな人というのは、
話していて、こっちもいい刺激をもらえるものだ。

同じクラスにいる、Jcというやつ。
彼は、元々ロングビーチで生まれたらしいが、高校を出た後、サンタクルーズにあるUC SantaCruzに入学して、2年経ってから、ロングビーチに戻ってきたそうだ。しかし今は、留学を考えているらしく、来年の秋から、スペインに行こうかと思っているという。
なかなかアメリカ人で、海外留学を考えるやつは少ないので、珍しいなと思った。
こういう人は、やはり異文化に興味があるらしく、色々と好奇心いっぱいの目で、話しかけてくれる。

彼とたまたまキャンパスで出会った。彼の今取っているクラス、Intercultural Communication(異文化間コミュニケーション)のクラスで、色々と文化間の違いについて学んでいるらしく、俺に色々聞いてきてくれた。
大学を卒業した後、日本に戻るのか、アメリカに残るのかと聞かれたので、今はアメリカに残って、こっちの国で働くという経験を積んでみようと思うと言った。理由は?との問いに、こっちで違う文化の中で働く経験も積んでみたい、と。
でも、アメリカ系の会社で働く場合は、ビザの問題があるんだよねと言ったら、なんと彼の父親が、ビザを発行する関係の仕事をしているそうじゃないか。多分親父が助けてくれるかもよ、なんて。お、ラッキーラッキー。ま、それは置いといて、

彼は今、特にアジアの国々が主に持つ、Collectivism Culture("和"を大切にする文化)と、Individualism Culture("個人"を大切にする文化)の違いについて学んでいて、凄く興味があるそうだ。
例えば、アメリカ人の野球選手が、日本のリーグに入り、そこで"個"を出しすぎたが故、チームやマスコミに叩かれるということ。
その辺、面白いなと思う。
己の個性をバリバリ出す文化と、チーム全体の和を大切にする文化。
こんな小さなところでも、文化の違いが、如実に見られる。

ま、今回なんで書こうかと思ったかというと、
彼と話していて、たったの5分くらいだったのに、凄くいい刺激をもらったから。
彼はいつ見ても、常に周りのこと、人、問題に興味を向け、
Open Mind(自由な心)で、何でもありのまま、受け入れよう、
そういう姿勢が見られる。
そんな彼は、クラスでももてる。男にも女にもね。
アジア系の彼だが、白人の女の子にもよくもてる。普段、白人の女にもてるアジア系の男は少ないんだけどね。
そんなところからも、人種関係なく、誰からも好かれる彼。
それはやはり、彼の持つ、前向きな姿勢、
何でも受け入れようとする、偏見なしの開いた心、
そして、何よりも、彼の持つ好奇心の大きさ。
そういうところが、人を惹きつけるんだろう。

なんか、いいもんだね、人と話して、爽やかな気分にさせられるというのは。
俺も常に、彼のような、"Open Mind"で行こう。

10.10.06


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People who ispired me-触発された出会い 

October 10, 2006


8abc67a4.JPG
すごいニュースが今朝飛び込んできました!!!
何かというと・・・・、

そう、あの、僕が4月の終わりにグランドキャニオンに向かう道の途中で会った、
自転車でアメリカ大陸を横断しようとしていた彼から、
メールがあったのです!!!
しかも、彼、なんと、
カナダの北米最東端まで行ったとのこと!!

すげえ!!!!!!!

下が彼から今朝届いたばかりのメールの内用です。
彼本人の言葉での結果報告、読んでみて下さい。

*******

北米大陸を横断しました。 高山夏樹

 お久しぶりです。グランドキャニオンの手前で会ってからもう4ヶ月もたつのですね。長いものです。あれからも色々あったのですが半月程前にカナダの北米最東端にたどり着き、先週日本に帰ってきました。どんなにスモッグがかかっていても娑婆の空気は美味いものですね。ただ日本に帰ってきた途端に花粉症になりましたが。今はまだですがそのうちホームページとか作ろうと思ってるのでその時はまた連絡さして頂ます。ではでは。

PS 
 っていうかコックさんだったんですね。知らなかった。じゃあ今度もしカリフォルニアに行くことがあったら本場のカリフォルニアロールおごってください。


********

もちろん速攻返事返しましたよ。

いや、でも、本当に凄いですね、彼は。
本当に、やり遂げたんですね。
マジで、凄い。
チャリで、この大陸を、5ヶ月近くかけて。
自分の信念を貫いて、やり遂げた。
本当に凄い。
俺は彼にあそこで会えて、
そしてこうしてまた連絡が取れる様になって、
本当に嬉しいです。

俺も、頑張ります。

夏樹君、ありがとう!!!

10.09.06

PS.
上の写真は、彼から今回送られてきたものです。一緒にその時撮ったやつですね。

彼について最初に書いた内容が、5・5・06の
「チャリでアメリカ横断!?」 に書いてあります。
読んでみて下さいね。

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People who ispired me-触発された出会い 

October 09, 2006

Dog Beach






Huntington Beachに、“Dog Beach”というところがある。
そこは、大人も子供も、
犬も、皆自由に遊びまわれる、
夢のようなところである。

普通のビーチは、犬を連れてきたり、
放し飼いにすることは禁止されている。
しかし、ここのビーチでは、
犬を放して、自由好き放題に遊ばせてやることが可能なのだ。

不思議なのは、そこに何十匹もの犬がいるのに、
どの犬も、吠え合ったりしていないこと。
どの犬もが、自分の飼い主と仲良く遊びまわり、
主人が投げたボールやフリズビーを
一生懸命走って取りにいったり、
しっぽを振りまくって、喜んで走っている。

本当に楽しそうだ。

普段、狭い家の中や、近所の中で飼いならされている犬にとって、
海と空が永遠に広がるビーチに来て、
思いっ切り走り回ることは、
本当に気持ちがいいんだろう。
その体から溢れ出る嬉しそうなパワーと、
しっぽの振り様は、ハンパじゃない。

そこにいる誰もが、楽しそうに、心を開放している場所、
Dog Beach。

あなたも、今度自分の犬と一緒に来てみては。

10・08・06


(追記:夕日を見て思ったこと)

夕日というものは、すぐに消える。
ずっとそこにある様で、ふと目を離すと、
もう、大分落ちている。
その綺麗なものも、いつか必ず終わる。
ずっと、続かない。
だからこそ、尊い、美しいということを、
教えてくれる。

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行ったところReview 

どんな道で人生を生きようが、
イキイキして、幸せそうに見える人、
“いいな、オレもあんな風になりたいな”と憧れる人というのは、

その人が“したいこと”を自ら実行して、
それをしながら、積極的に生きてる、ということ。

その人が一番何を欲しいか、
何がその人にとって、“幸せ”なのかを知っている。

そういう人は、活き活きとしている。
楽しそうだ。
その人の話す言葉一つ一つに、力がある。
言魂(コトダマ)がある。
彼らは、“自分が心から思ったこと”を言ってるから。

つまり、
自分に、“正直に”生きているということ。


10・08・06


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October 08, 2006


「常に“Play hard, work hard”の精神で、
常に工夫して、自分のスケジュールと体調管理をすること。
仕事ばかりではもたない。
常に活き活きとしている自分を保つ。
自分が活き活きとしていたら、それは、人に伝わる。」

「常に自分と接する人に、ポジティブな影響を与えるように勤めること。
“自分にしかできないこと”、
これを大事にすること。そして、この自分がかもし出す良い影響を、
波紋として広げていくこと。
自分が生まれてきたからこそ、残せるインパクト。
それを、最大に出す。
“自分らしく”を常に大事に。」

「親が子どもに、“こうした方が良くなるはずだから”と思って、
色々と教え込ませよう、その道に行かせようとするが、
それは、親の価値観を、子どもに押し付けようとしてるだけであって、
それは、“しつけ=躾”ではなく、“おしつけ=押し付け”でしかない。
人によって生まれ育ったバックグラウンド、
経験、考え方、適正、
全て違うのだから、
その人に、“こうしたらあなたにとっての成功が手に入りますよ”というアドバイスは与えられない。
ただ、目標と夢を持って人生を歩むのと、
それらを持たずに人生を歩むのとでは、
格段の差がある。
その二つを常に持っていると、向上心が沸く」

「自分でリスクを買わずに手をつけたものは、必ずといっていいほどうまくいかない。
もし何かを本気で得ようとするのなら、自ら大きなリスクをとる事だ。」

「自分の道を、他の誰に言われようと突き進む、強い意志を持て」

「自分の特徴に気付くのも、実力の内」

「人との、縁を大切に。
そして、感謝の気持ちを忘れないこと。
“ありがとう”の言葉を忘れずに。
全ては、巡りめぐって、返ってくるから」

これらの言葉は、今日LAで行われた、
社会人と会って話をするセミナーに行ってきた際に、
その人たちの口から出た言葉。
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shunsukesekine at 23:48コメント(0)トラックバック(0) 
People who ispired me-触発された出会い 

朝7時に起きて、サーフに行って来た。
友達のマットと。
昨日、2時間しか寝てなかったけど、関係ない!
彼に、ロングボードを貸してもらった。
今までは、自分のショートボードしかなかったので、
ほとんど波に乗れてなかった。
今日は、生まれて二回目のロングボード。
波に乗るのがいかに簡単か!!
ソッコー乗れて、何回も叫んでた。
「イーハー!」とか言いながら 笑
ひっさしぶりに、心から笑ってたかな。
ただ、心の底から。
最近、しかめっ面で考え込む日が多かったからな 笑
ルーミーに言われたよ。
「そんなに考え込んでると、俊はげるぞ」って。
おっとアブねえ!!!

いいね、やっぱり、サーフィンは。
太陽の下で、波を待って、
みんなと波をシェアして、声かけ合う。
お互いに波に乗れたら、「Yeah!」なんて励ましあって、
波に浮かび、地平線を見て、
朝早くに、この大自然の中で、広い空間で、
海と、空と、風と、気持ちいい空気を感じる。
身体いっぱい。
なんて幸せなんや!!

もう、めっちゃ楽しかったよ。

また行こうっと、早起きして♪

10・07・06


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The Ocean & Surf-海とサーフィン 

October 07, 2006


さて、前のブログで触れた、
「俺が自分の人生の中で影響を受けた人たち、
そして、なぜ俺は、彼らを慕うか。」について。


俺が自分の人生で最初に、一番憧れた人は、
当時通っていたスイミングクラブの、元コーチだった。

彼は、当時中学生だった俺にとっては、
考え方、行動、生き方、
とにかく全てがかっこよくて、本当に憧れていた。
「俺も将来、絶対にコーチみたくなりたい」
そういう思いが、常に頭の中にあったものだ。

そして、次に憧れた人。
それは、高校生のとき。
その人もやはり、その時通っていたスイミングスクールのコーチだった。
彼からは、その人の生き方とかよりも、
彼の性格、全ての人を包み込む、暖かさ、
そして、その心の広さに惹かれたものだ。
練習中の彼は、鬼のようで超恐かったが。
練習後や、プライベートで会う彼は、本当に優しくて、
話をする俺を、とても和やかな気持ちにさせてくれたものだ。

そして、3人目。
彼は、このブログにもたまにコメントを残してくれる、
そして、俺の今の兄貴でもある、龍のシェフこと、伊吹さん。
彼は、2年前にいたサンノゼという街で、そこにあったアメリカ人向けのスシバーのレストランで、マネージャーをやっていた人だ。
彼と俺はそこで会い、色々と話したり、教えてもらったりして、
彼との絆も深まった。
今は彼は日本にいるが、E-mail等で連絡を取り合い、
常にKeep in touchの状態である。
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People who ispired me-触発された出会い 

今日は久しぶりに、“熱い”状態で書きます。
なぜなら、人に触発されて、“書きたい”状態で書くから。

さて、今日会ってきた人。ユカさん。
この子は、同じ学校に通う日本人留学生です。
将来ジャーナリストになるのが夢で、今毎日を懸命に生きています。

今日、彼女にインタビューされるべく、午後から会ってきました。
それも、彼女が今行っている、インタビュープロジェクトのためです。
これは、日本人留学生にインタビューをして、その人の生活ぶりや、
毎日打ち込んでいること、
また、勉強していること、
留学したきっかけ、
普段考えていることなどを、
聞いて、記事にして、それをウェブサイトに載せて、
今現在日本で留学を志している人たちに読んでもらう為。
それをすれば、実際に“留学”に関して、もっと情報を知りたい人が、
留学して、実際にどんな生活になるのか、
どんな人が留学しているのか、
そういったものを、直に知れる場所となる。
そんな、情報発信の場となる。
そういう意向でやっているそうです。
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People who ispired me-触発された出会い 
そんなに娘の結婚相手が嫌だったのか・・・
それとも、娘にただ、結婚して欲しくなかったのか・・

どちらにしても、早く「子離れ」してほしいですね。


結婚前夜の花嫁、「両親」に誘拐される 米国
2006.10.04
Web posted at: 21:56 JST
- CNN/AP

ユタ州ソルトレークシティ──米ユタ州ソルトレーシティ郊外の夫婦が3日、実の娘の結婚に反対し、結婚式直前に娘を「誘拐」したとして、第2級誘拐罪の容疑で起訴された。夫婦を起訴したユタ郡のブライソン検事は、「こんな事件は聞いたことがない」と困惑している。続きを読む

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News Review 

October 04, 2006

dfe29ede.jpg
先日のニュースより、エアロスミスのスティーブン・タイラーが、C型肝炎であると。3年前に診断されてから、今まで隠していたらしい。
今年の2月にも、喉の手術のため、全米ツアーを一時中止していた。
丁度ツアーが打ち切られる前に、LAでのライブは行われたので、運良く見ることができたが、実際に彼を生で見たときは、喉や、体の調子の悪さを見せる素振りは一切無かった。さすがはプロ。58歳のオヤジなのに、まるで20代か!?というような動きと、声の張り、そしてボリュームを持っていた。
今回も、下の記事にあるように、「医者の助言で開始したインターフェロン注射などの11カ月に及ぶ治療はとても辛いものだったが、病気についてはこれまで公にしていなかったという」と、自分の体調の悪さは隠して、ツアーを行っていた。
その、ファンを喜ばせるプロ意識と、逆にファンを不安にさせないようにという、苦しいまでの耐え。
このニュースを読んだ時、「ウソだろ!?」というのと、「そこまで頑張ってたのか・・・涙」という、二つの感情があった。


58歳の世界一カッコいいオジさん。
あと15年は、絶対に頑張ってもらうからな!

10・03・06



エアロスミスのS・タイラー C型肝炎と告白
2006.09.28
Web posted at: 17:02 JST
- CNN/AP/REUTERS

ロサンゼルス――米ハードロック・バンド、エアロスミスのボーカル、スティーブン・タイラーさん(58)は26日、米NBCテレビの芸能番組「アクセス・ハリウッド」でのインタビューで、3年前にC型肝炎であると診断されたことを明らかにした。化学療法を受けた結果、現在は血液検査で肝炎ウイルスは検出されず、症状は落ち着いているという。


タイラーさんによれば、C型肝炎を発症したのはずいぶん前で、ずっと無症状だったという。医者の助言で開始したインターフェロン注射などの11カ月に及ぶ治療はとても辛いものだったが、病気についてはこれまで公にしていなかったという。

(http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200609280026.htmlより、記事、写真とも抜粋)

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News Review |  Aerosmith

成功するか、しないか。
現実化するか、しないか。

全ては、本気で、
“決心”したか、どうか、

それだけだ。

10.03.06

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パキスタンの少女

pakistan people






これらの写真は、去年の10月4日にパキスタンで起きた地震の際に、あるカメラマンが撮ったものである。確認されているだけでも、9万人以上の死者、10万人以上の負傷者が出たらしい。


今晩、ネットでこの写真を見たとき、自分が今いる状況をはっと確認させられた。
ここ数日、学校やらでやる事が増えてきて、余裕が明らかに無くなって来ていた自分。
余裕がなくなると、自分の周りのことしか見えなくなる。
更に余裕がなくなると、周りのことさえ見えなくなる。
アメリカに帰ってきて、一ヶ月ちょっと。
既に、ここロングビーチでの生活に慣れきって、「ここ」での常識でしか、物事を見なくなっている自分がいる。

そんな時、これらの写真を見て、はっと気付かされた。
この世界全てが、自分の住んでいる環境の様ではないこと。
そして、今現在も、この地球上で、この写真のように、
生きることさえままならぬ状態で、必死で生きようとしている人たちがいること。
そういうことがまた見えなくなって、自分を取り囲む狭い世界で、狭い視野で過ごしている自分に気付いた。

こういう写真を見て、「ほら、世界にはこんなに困った人がいる。なのに貴方は恵まれている。だから、毎日感謝して生きなさい」と、偽善的なことを言うつもりはない。そんな事をいうのは、この人たちの心境がわかっていない証拠だ。そしてそんなことをするために、今回、この写真を載せたわけでもない。


ただ、この地球には、毎日生きることで必死な人たちがいること。
そして、自分が今生活している環境が、いかに楽で、ぬるま湯かということ。
そして、自分が、自分と自分を取り囲む周りのことしか見えなくなって、
こういう状況に陥っている人たちのことを忘れてしまうこと。
そして、本当の意味で、「視野が狭くなってしまう」こと。

そうならないための、自分への、戒めでもある。

常に、世界の動きを見て。視野を広く保て。
世界で、生きることに困っている人たちのことを考えながら。
そして、自分に将来、何ができるのかを考えながら。


10.03.06

(毎日新聞の記事より。毎日新聞東京本社社会部、佐藤賢二郎記者の『パキスタン地震』一連の写真報道より、掲載。
写真左:配給される食料を受け取ろうと、トラックに向かって必死で声をかける少女=ムザファラバードで05年10月13日 
写真右:カガンに軍の救援ヘリコプターが到着。多数の被災者が殺到したが、乗り込めたのは重傷や重体の人々だけだった=05年10月12日)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/graph/20060907/index.html


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News Review 

October 03, 2006


今日は諸君に、ある国のお話をしよう。

この国は、日本から太平洋を越えたところにある、
巨大な大陸からなっている。
日本の国民には、この国の人々については、
ハリウッド映画や洋楽でお馴染みだろうが、
その実態は、そんなものじゃない。

街中、至るところに、
人間の許容量を明らかに超えた体型の民が生息する。

そう、この国は、
「U.S.A」と書いて、
“デブの王国”と読む。

私の話に疑いを持つのなら、
試しにジムに行ってみるといい。
そこで、裸になって泳いでいる人々を見てみよう。
何なんだろうか、この様は。
人が3人くっついたんじゃないか、
と思うほどの体型の人々が、
のっしり、のっしりと、歩いている。
まるでカバだ。いや、ゾウと言った方がいいだろうか。
動物園に行かなくても、カバが見れたなんて。
早くお母さんに知らせなきゃ。


サウナを覗いてみよう。
カバが座って、汗をかいている。
もし痩せるために、サウナで汗をかいているのなら、
実際に、プールで泳いだらどうなんだろうか。
じっとこらえて、汗をかいたカバは、
また、のっしり、のっしりと、
ゆっくり歩いて、帰っていく。
完全に伸びきった水着から、
半ケツを見せながら。
うっ、きたねえ。


ジムの中、どこを見渡しても、
カバだらけ。
一体、この人たち一人で、
アジアの民の、何人分の食料を消費しているのだろうか。
車を走りまわして、ガソリンを凄まじい勢いで消費するは、
ゴミの分別はいつまでたっても覚えないは、
冷房をクソ寒いくらいにガンガンにかけるは。

太平洋の反対側の国で、
一生懸命、
「みなさん、冷房は28度に設定しましょう」
と頑張っている人々の努力が、吹っ飛んじまうってもんだ。

日本のスターバックスの店員が、こっちのスタバに来たら、
ショックで倒れてしまうだろう。
日本では、プラスチック、アルミ、紙、ビン類の分別はもとより、
ペットボトルのキャップまで別に分けて捨ててるっていうのに、
こっちの本場と来たら、
全部一緒に捨てやがるんだから。
飲み残したドリンクの中身は、カップに残したまま、
ゴミ箱に捨てるって、知ってた?


さて、今日も一人、ジムに行った際に、
こんな事を書こうと決めてしまった。
だって、何とかしてくれよ、この国。
超大国、アメリカよ。


10.02.06


shunsukesekine at 13:29コメント(4)トラックバック(0) 
Funny Story-面白い話 

October 02, 2006

Sequoia 2
そこの生活に慣れ始めると、自分の住んでいる環境を、
客観的に見る事が難しくなるものだ。
今まで“有難い”と思っていたことが、いつの間にか“当たり前”になり、
次第に、感覚は、麻痺し出す。

そんな訳で、たまに、その場所を離れ、
旅に出ること。
そうすると、今まで住んでいた場所がどんなに恵まれていたかに気付き、
帰ってきた時、また、新しい感覚で、自分の今住んでいる環境を見る事ができる。


***************


Sequoia National Forestに行ってきた。
LAから車で4〜5時間ほど。
ここには、樹齢3200年ほどの、巨木がそびえる。
前回行ってきた、ヨセミテ国立公園にあった、セコイアの木々と同じものだが、
ヨセミテに付いているものよりも、広い範囲で、このセコイアの木々が森を占める。
他にも、キングス・キャニオンや、氷柱が連なる洞窟など、
色々とあったみたいだが、
今回は時間が無かったので、セコイアの木々だけを見てきた。


正直、前回ヨセミテに行ったときに既にこの木々を見てきたので、
それほどの感動はなかったが、
やはり、自然が成す力の大きさを感じずにはいられなかった。

Sequoia 1












今年の夏、カンボジアに行った際に、
ふと思いつき、巨木の根を両手で触り、
目を閉じて、木と話をするようなことをしてみた。
その木の持っているパワーみたいなものを、体全体で感じてみる。
すると、何かその木が持つものを、感じることができる様な気がするのだ。
今回も、何本かの木とそれをやってみた。
一本一本がそれぞれの特徴を持ち、確実に違うものを感じる。
ただ、これらの木々が発する共通のパワー。
それは、ものすごく大きくて、ドッシリとしていること。
この大地に根を下ろしてから、数千年もの間、
じっくりと生きてきたということ。
最初は、たった一つの小さな種だったはず。
それが、徐々に徐々に、成長して行き、
やがて、今のような、巨大な大木となった。

Trees







自然というものは、一見何も変わっていないように見えて、
実は、ゆっくりと、確実に変化している。
空に浮かぶ雲の流れ。
花。木々。
海の潮の満ち引き。
全てが、その一瞬では、何も変わっていないように見えるが、
少し経って見ると、それが確実に変化している事に気付く。

この木も一緒。
今、目の前に聳え立つこの木は、何も変化していないように見えるが、
実は、少しずつ、少しずつ変化していて、
その結果、一個の小さな種から、
この巨大な木になったこと。

それを想像していたら、この地球、そして宇宙が持つ、自然の偉大さに、
ただ、畏怖の念を感じずにはいられなかった。

**************

セコイア・ナショナルフォーレスト。
機会がある人は、ぜひ行ってみて欲しい。

forest












10・1・06

おまけ:
カリフォルニアで見つかったセコイア、高さ世界一と認定続きを読む

shunsukesekine at 16:29コメント(3)トラックバック(0) 
2006 Sequoia National Forest Trip 

October 01, 2006

人は、自分の心の中に、葛藤があればあるほど、
多くのことを考え、悩み、吐き出す。

その時は、辛くても、
後で見返せば、その時の葛藤があるからこそ、
成長できた、ということが多い。


今日、パソコンの中を整理していたら、
下の文章が出てきた。
当時は、この内容を表に出すのが嫌だった。
でも、今見ると、一歩引いて、余裕をもって見られる。
約一年前の自分を。

*****


ものごとというのは、自分のそれに対する思い、先入観、感情で、いくらでも変わって見えてきてしまう。
たとえ同じものでも、人によっては、それが受け入れがたいものに見えもするし、逆にそれをいいなと思う人もいる。
全ては、その人の捉え方。そして、捉えるときの考え方。

アメリカに帰って来て約3週間。
ここに着いた頃は、この国の嫌な点ばかり見ていた。
それは「♪アメリカ生活♪」の内容にも書いたが、
この国のマイナス点ばかりに気を取られていたのだ。
なぜそれが起こったか?
それは、他の国と「比べて」いたから。
そして、その国の良さを見て、「アメリカにはそれがない」なんて比較していた。
バカなことだ。

先々週末はマウントシャスタの方に友達に会いに行って、
先週末は、サンノゼからの友達が訪ねに来ていた。
みんな、この国、アメリカで育った人たち。
もちろん、みんないい人たちだ。
彼らと楽しくて幸せな時間を過ごすうちに、俺の中のアメリカに対するネガティブなイメージは段々減って行き、今度はポジティブなサイドを見出す様になりだした。
自分の目の前に広がる光景、状況、人々、そして今自分がいる国は全く変わらないのだ。
変わったのは、自分の考え方だけ。
「何てひどい国なんだ」
「こんなにひどいことばかりだ」
「他の国の方がよかった」

そんな風に考えていては、見るもの、接するもの、全てを、ネガティブに捉えてしまう自分が生まれてしまうだろう。
しかし、今は違う。この国で生まれた人たちと時間を供に過ごし、彼らに、この国の良さを教えてもらう。
彼らしか知らない、この国での「過ごし方」を教えてもらうのだ。
今は、この国のいいところがドンドン見えてくる。
変わったのは、俺の考え方だけだ。


悪口、批判、文句ばかり言う人がいる。
彼らは、その状況、人、現状を批判することは好きだ。
彼らの「批判」の内容に、真実味が含まれていて、そしてその批判が建設的ならばいい。
大抵は真実は含まれている。
だが同時に、その人がもつ、「ネガティブなサイドから見た故の、その人自身の考え」が含まれていることも多い。
批判を受けたら、まずは、拒絶をせずに、その人が本当に何を言わんとしているのかを、見極めることだ。
その批判の対象が、自分以外に対するものごとなら、それを真に受けることはない。それは、その人がそれに対して“どう”感じるかであって、あなたが必ずしもそう感じるとは限らないからだ。
そして、その批判の対象が、あなた自身であったなら、まずゆっくりと、じっくりと、その人の言葉を聴いてみよう。
批判を真に受けることはきつい。心に痛いから。
しかし、落ち着いて、よく考えて見よう。その批判に対する恐れを乗り越えた後に、そこに残るもの。そう、その「批判」の言葉に含まれていた、「真実」とは、どれだけのものだったのか。
それは、世界万国、誰もがみても、「そうだな」と取る、「絶対的な真実」だろうか。
それとも、ただ単に、その批判をしている人だけの、「その人だけ」、または「その人を取り巻く、ある一定のグループ、組織、社会だけの考え」だろうか。

そこを見極めきれず、その自分が受けた批判に、屈することはない。
時間をかけて、自分が受けた批判と立ち向かい、そのメッセージの内容を何度も吟味してみよう。
そして、どう考えても、自分の考えは間違っていないと確信できるのなら、自分の道に誇りを持って、再度歩み始めればいい。
彼らは言うかもしれない。「お前の道は間違ってる。俺たちの道の方が正しい」と。

彼らにとってはそうかもしれない。しかし、自分にとってそうではないのなら、
自分は、己が正しいと思う道を行くしかない。
たとえ、彼らに同意して、その道を歩もうが、自分の心がそれに納得していない限りは、自分が苦しくなるだけだ。



もしその人が、「みんなそう言ってるよ」と言ってきたなら、聞いてみよう。
「“みんな”って誰?」と。
大抵、多くても2,3人の名前しか答えられないはずだ。
そして、その人が思う“みんな”も、もしかしたらその人が発するメッセージには賛成はしていなくて、ただその人の話を「聞いていただけ」、「頷いていただけ」かもしれない。
うわさは、大抵そうやって起こるだろう。一人の人間が、その人間に恨みや、ねたみ、嫉妬、絶望、それらのネガティブな感情を抱いてしまって、その自分が見た「その人像」を、周りの人に言い出す。
周りの人は、もしその話の対象の相手に特に何の意見も持っていなかったら、その考えに知らずとなびいて行ってしまうのでは?


*****


ここまで書いて、この文章は止まっていた。

今日は2007年6月20日。
これを書いたのは、2006年、9月のこと。
約9ヶ月前、俺は、これらの心の葛藤があった。
その時の記し。


06・20・07

shunsukesekine at 16:06コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

土曜の午後。ロングビーチの町は、平日のそれよりも多くの人でごった返している。道路を走る車の数も多い。

そんな中、好きなスーパーの一つに行く。
Trader Joe’s.(トレイダー・ジョーズ)
基本的にオーガニックの品物を置いているスーパーマーケットだ。

このスーパー、なぜ好きかというと、
いつも店員の活気がいいから。
みんな、楽しんで働いている。それが見て取れる。
そんな店は、行く方も楽しい。
なぜなら、その店に行くと、いいエネルギーをもらえると分かっているから。
レジの店員も、品物を並べる店員も、花を売る店員も、
みんな、笑顔でテキパキと、爽快に働いている。
気持ちがいい。

そんな中、最近気になっていたのが、
店の壁に掛かっている黒板に、綺麗に描かれている商品の広告。
チョークを使ったであろうその色で、
鮮やかに、そして見やすく、その商品の絵と、値段、
そして、そのお薦めの理由が楽しく、イラストを用いて描かれている。
毎回来る度に、「すげえなあ」と関心していたが、
あまりにも良く描かれているので、どこかから移して来たのかとか、
もしくは、チョークで描いたように見える、ただのイラストじゃないかとか、
色々疑っていた。

今回、レジの女の子に聞いてみた。
あの絵は誰かが描いているのか、と。
その子は、後ろのレジで同じように商品を扱っている男性の背中を指して、
「これらの絵は彼が全部描いたのよ!彼、アーティストなのよ!」と。

店の中の絵、二つ以外は、全て彼が描いたというので、
見回してみたら、なんと店の至る所に、色とりどりの絵があった。
いつも来る店なのに、全然見えてないところがあったことに気付いた。
「あれはチョークで描いたの?」と女の子に聞くと、
「チョークとパステルを使うのよ」と。
後姿の彼に、その子が声をかけたので、
「絵、めちゃくちゃうまいね!いつも関心してるよ!」と言うと、
「そうやって褒められるのはいつ聞いても嬉しいね!」と、満面の笑みの彼。

店員の活気のある態度だけじゃなく、
そうやって、至る所に散りばめられた、小さな小細工。
そういう工夫が、一つの店を、他の店とは全く違う物に仕上げる。
アメリカ全土に、チェーン点のスーパーマーケットは山ほどあるが、
このスーパーは、チェーン店とはいえ、店員のこうした工夫で、
「ここだけ」のオリジナルの店となる。

アートの才能を持っていても、それを直接商売に結びつけられないからと、
アートの道をあきらめる事はない。
彼のように、別の道で働きながら、そうやって、自分の才能を生かすこともできるのだ。
そんなことに気付かされた、土曜の午後。

9・30・06


shunsukesekine at 14:39コメント(0)トラックバック(0) 
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