January 2006

January 01, 2006 00:00


昨日から久しぶりに、日本での友達と会ってきた。
風邪で体調を崩し、ずっと家にいたのもあったが、やはり久々の友達との再会。
楽しかった。
人に会って、刺激を受けることの大事さを実感した。

それぞれ皆が、別々の道を歩んでいるが、
その中でも今日の夕方から会った彼は、俺の大親友。
高校時代の先輩でもある。
彼は、将来、国際幼稚園を作ることを目的とし、今は、教職の道を歩んでいる。
彼の夢を実現させるためには、教師の経験が必要となるからだ。

彼は、俺の持つ中でも稀有な存在である、夢をはっきり持った仲間の一人。
彼は、自分のやりたいことが見えていて、その目標を成し遂げるために、日々頑張っている。
そんな彼とは、いつも会うたびに、お互い刺激しあって、鼓舞し合い、いい感じで、
「また会おうな」と言える。
そんな仲間を持つことを、本当に幸せだと思う。

彼は、今、日本の大学院に行っているが、やはり毎日やることが多いらしい。
自分の学校のタスク意外に、家庭教師のバイト。
でも、そんな中で、いかに自分の夢に近づくための道を歩むか。

彼が言った。
「俊輔と今日話して、自分が本当に目指していた、‘核’である夢が、また強く意識された」と。
つまり、毎日色々とやることがある中で、どれもが大事なんだけど、
でもそのどれもが必ずしも、自分の夢の実現に直接つながっている訳ではない中で、
今日、話をしている中で、自分の核となる夢、「国際幼稚園を作る」という夢の大事さが、
色濃くされた、と。

俺の個人的な感想だが、
日本は、アメリカでの生活と違って、テレビやマスコミからの情報なり、
また、日々会う人々、学校、バイト、仕事先での人間関係、
日々の生活に関することなど、
全てのことから得る情報の数が、多すぎるというくらい溢れかえっている。
つまり、チョイスが多いということ。
自分が、一日の中で、自分の時間をどう使うか。
何に、焦点を絞って、自分の興味を向け、それに時間を使うか。
その、チョイスの多さが、日本はすごい。
そして、そのどれもが、興味深く、面白く、
全てが、無駄ではない。
だから、つい、自分の究極的な希望ではないが、その時に興味のあるもの、
自分の興味を真っ先に引くもので、自分の生活を占領させてしまうことがあると思う。
俺も、日本に一週間前に帰ってきて、ついそれをやってしまった。

逆にアメリカでの生活は、(個人的な意見だけど)
全てが拡散している。
・・・分かりにくいか。
つまり、一日に得られる情報量と、
一日にやること、その密度が、
日本での生活ほどは濃くない。
自分の努力次第ではどうにでも濃くなるけど、
逆に、日本みたいに、ただ待っていても、情報がガンガン入ってくる、
やることのチョイスの幅が、どれをやろうか選ぶくらい多い、
そういう訳ではない。
だから、自分から意識的に濃くしていかないと、日々の生活は、簡単に内容の薄いものとなる。
今日は、ただ学校に行って、友達と遊んだ、以上!みたいな・・。
ま、その分、人との付き合いが、日本にいるときより、すごく深くなる、
そんな良さもあるけどね。

だから、そんなアメリカでの生活で、信念とか、自分の夢とかを毎日意識して日々生きていくことは大事だし、
逆にそうしないと、あっという間に日々が過ぎていく。大して何もしなくても。
これは、どこの国にいようが、その人の生活ぶり、または、その人のいる環境、
そして、その人の考え方によって違うと思う。
あくまでも、ここに書いたことは、今の自分の日本での状況と、
アメリカでの状況と、そして、自分の思ったこと。
全ての人の状況が、違うはず。
でも、俺は、今日彼と話していて、彼がそう言ったとき、
きっと、日本が、こんなに情報なり面白いことに溢れた国だからこそ、
ついつい日々の小さなことや、そのときに興味を引くことに惹かれてしまって、
それらのことで、日々を一杯にしてしまって、
本当に大事なこと、自分の夢なり、それに近づくためのことをするには、
相当の覚悟と、信念と、強い意志、
それが必要なんだろうな、と思った。

なんか、たった一つのことを言うのに、こんなに時間がかかってしまった。
しかもめちゃくちゃ回りくどい言い回しになったし。
果たして何人の人が、自分の言いたかったことを理解してくれるか。
やっぱり、疲れているときに、しかも頭のよく回らない時に、こんなことは書くもんじゃねえ。
そう思う。

また次回、頭のすっきりしている時に書きます。


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