December 2005

December 24, 2005

ワタミの社長、渡邉美樹の本、「思いをカタチに変えよ!」を読んだ。
この男、分かっている。それが、読んでて思ったこと。
「一年後に死ぬとしたら、君はいま何をするか」
「夢に日付を入れること」
「自分の夢と、今の自分の状況を照らし合わせ、何が足りないかを書き出し、それをひたすら埋めていくこと」

全ては、当たり前のこと。
つまり、核となることだ。
自分の人生を、生き抜くために、毎日を、ただひたすら濃く生きていくこと。

今の日本は、バカである。
4日前に日本に帰ってきたが、テレビを見ても、マスコミが流す報道は、バカなことばかり。
昼間から、「〜が離婚!その理由は!!」なんてやってる。
そんなのどーでもいいじゃねーか。
まあ、マスコミのバカさに限っては、日本だろうがアメリカだろうが、
世界どこへ行っても同じだと思うけど。

それにしても、日本の人々の生活は、日本という島国が流すマスコミの、
すごく狭い視野の中で作られた「常識」に、
誰もが考えを支配されていると思う。
支配はされずとも、少なからず少しは、それに影響されている。
そして、その影響は、毒としか言いようがない。

日本のテレビは、何でこんなにくだらないんだ?
どの番組をつけても、流すのはHGばかり。
まあいいよ、やつは面白いから。
非難してるのは、彼のことじゃない。人気があるからと言って、
視聴率取らんとばかりに、彼をどこの局も使おうとすること。
全ては、「流行り」。
その流行りが過ぎたら、人々は新しいものへと移っていく。

毎年恒例の、紅白歌合戦。
国の顔であろうNHKが、真昼間から、紅白出場者の顔ぶれと、順番を流している??
そんなの、どうでもいいっつ〜の。それよりも、世界のニュース報道をしろよ。
NHKも、流すニュースは、地域コミュニティーのニュースばかり。
どこの町のおイモが採れました、って、
そんなの、衛星放送のチャンネルで流してくれよ。
大衆が見る1チャンネルでは、もっと、グローバルな情報を流すべきだろうが。
だから、NHKを見る人は減ってくんだよ。
しかも、若者の意識を引こうと、手法も、民営放送に似たり寄ったり。
NHKは、NHKならではの、確固たるもの、彼らにしかできない、
「売り」たるものがあるはず。
それを伸ばさずに、アホな民営の猿真似をするとは、
軸が通っていないとしか言いようがない。

NHKの批判はどうでもいいが、
アメリカから帰ってきて、目に付くのは、
日本の、今まで「常識」と思っていたことが、やたらと目に付くこと。
「それはおかしいだろ?」と言いたくなることばかり。

俺は、日本を批判だけする存在にはなりたくない。
日本には、いいところが、たくさんあるから。
そして、他の国のほうがいい、なんて言ってるわけでもない。
他の国から学ぶこと、取り入れるべきことは、沢山ある。
日本は日本だけの、いいところがある。
各国が、その国のいいところを持っている。
そうして、色々な国を見てきた後に、
こうして帰ってきて、日本に足を踏み入れた時、
日本を、客観視できる自分がいた。
そして、客観的に見れるからこそ、
日本に住んでいては気付かないこと、
それらが、手に取るように見えてきた。

今日で日本に着き4日目だが、
その感覚は、徐々に薄れていく。
なぜなら、自分が、この日本の「常識」に慣れていっているから。
でも、この感覚は失いたくない。
だから、それを忘れる前に、ここに記す。
(本当は2日前の朝に書いてたんだけど、1時間くらい書いた後に、
家中の電気がショートして、全部消えちゃったから、
また書いてるんだけどね。そういう時って、また書く気無くすよな)


まず、日本は、人々の生き方が小さい。
生意気だって?そう思うだろう。
俺も、日々を一生懸命生きている中で、突然日本に帰ってきた若造にこう言われたら、
「何をこのクソガキ!!」となると思う。
でも、これは、事実。
どう小さいって?それは、人々の生き方が、
「今の現実を見て」から考えられる域のことしか、夢見ていないし、
それに収まる生き方をしていること。
逆に言えば、今の日本は、この日本社会が作り出す、「常識」の中に納まっていないと、うまく生きていけない・・・
そんな雰囲気が漂っている。

年上の人に、「ぼくの夢はこうです」と言う。
「そんなの夢物語じゃない。所詮ムリよ」と言われる。
そんな受け答えをしてしまう人の、不幸さ。
今の現実と、その夢を比べて、余りにも離れていても、当然だろう?
今の「現実」は、その夢にたどり着くまでの、「道の途中」でしかないんだから。
悟空が、蛇の道が長すぎるからって、
界王星があるわけないって、あきらめたら、
一生そこにはたどり着けないだろう?

人は、それを今、この目で見れないから、
「それはムリ、信じられない」と言う。
そして、もし失敗したら、
「ほーらね、いった通りじゃない」なんて言う。
でもって、本当に作り上げたときだけ、
「本当にやったのね。偉いわ!!」なんて言う。
都合のいいのも、いい加減にしろってんだよな。
だから、自分の夢に対して、ネガティブなことを言う人の意見は、聞かないに限る。


話はズレたが、今の日本に流れる、「常識」。
そして、その「常識」を当たり前と思う人々。
その「常識」を、おかしいと指摘しても、
「そう言うお前の方がおかしい」となる。
逆に、「なぜそれが普通なの?」と聞くと、
「それが決まりだからさ。そういうものなの。当たり前だろ?」となる。

それも、この国の中で生きているために、段々それに慣れて来ちゃうのからなのかもな。
どんなコミュニティに入っても、最初はそれがおかしいと思っていても、
段々それに慣れて来てしまうというのが、人というもの。
それは、そのコミュニティが持つ「常識」を、
客観的に見ていたところから、主観的な見方へと変えてしまうから。
人は、自分が属する場所の常識に、慣れてきてしまう。
そして、それが「普通」となってしまう。
「普通」=「何とも思わない」だから。
だが、「慣れる」=「頭を使わない」=「おかしな点に気付かない」
でもある。

高校の頃の水泳のコーチに、昔言われた。
「アメリカで見る夢は、アメリカンドリーム、
日本で見る夢は、現実から見た夢。
せっかくアメリカへ行くのだから、アメリカンドリームを見続けろ。
それとも、日本へ帰ってきて、現実的な夢で、一生を終わってしまうか?
そこは、お前の覚悟次第だ」と。

そのときは、意味がよく分からなかった。
アメリカンドリームってなに?
現実から見た夢?
意味わかんないっすよ。コーチ。

でも、今は、やっとその言葉の意味が分かった。
彼が云わんとしていたのは、
アメリカでは、もの凄いバカでかい規模の夢も見られるが、
(映画監督になろう。世界一の会社を作ってやろう、など)
日本では、今の現実を考えての夢
(安定した会社に入って、マイホームを持って・・・)
しか、見られないということ。
そして、日本社会は、そういう夢しか許さないということ。
それ以上の夢、いわゆる、アメリカンドリームを見たら、
「あんたバカじゃないの、夢見るのもやめて、現実を見なさい」となる。
逆に、アメリカは、そんなバカでかい夢でも、
みんなが応援してくれる。
「いいじゃねーか!!やってみろよ!!」ってな。
折角の一度きりの人生なんだ、
挑戦せずにあきらめるのは、もったいないってな。

どこの国に生まれようが、人間は人間。
どの時代に生まれようが、同じ人間は人間。
なのに、2000年代の、日本という国に暮らしているからって、
その国が、その時代に持つ、狭い「常識」の中でしか物事が考えられなかったら、
それは何て、もったいないことなんだろうと思う。
せっかく、この世に一度きりしかない、
「命」を授かったのに。


この前テレビで見かけたCM。
体操のお兄さんが子供たちに夢を聞いてるから、
「お、いいCMじゃん」と思ったら、
子供たちが夢を言うたびに、お兄さん、
「それはお金がかかるね〜」の連呼。
挙句の果ては、生意気な顔したガキが、
「安定が一番、一番」なんてほざいている。
そんなCMを流してしまうこの国の貧しさ。
その、精神の貧しさ。
そのCMは、ただのジョークだろうが、そんな些細なCMでも、
少なからずとも、子供に影響を与え、
人々が、「ああ、夢を見るのはバカなんだ。
安定が一番なんだ」なんて思う理由に少しはなるはず。
3年半前に日本を出る時は、それを見てもなんとも思わなかっただろうけど、
今回は、無性に腹が立ったよ。
というか、がっかりした。そんなCMを流していることに。


アメリカのTVもくだらないが、
日本のテレビは、もっとくだらない。
見ていても、Distraction、気を散らすものとしか思えない。
次から次へと流れるくだらない情報。
自分の家族が、常にテレビをつけているせいもあると思うが、
ふと冷静になって、物事を真剣に考える余地も与えない。テレビというものは。
こんなの見てたら、本当にボケるばかりか、
バカになるぞ。
アメリカにいる頃から、テレビは人をバカにするものじゃねーか、
マスコミとは、一般市民を、バカにして、何も考えさせなくして、
真実に気付かせようとしないための手段、
上の、ほんの少しの甘い蜜を吸うもののたくらみじゃねーかと思い続けてきたが、
今回帰ってきて、日本のテレビを見て、納得。
俺の考えは正しかった。
みなさん、テレビを見る時間を減らしましょう。
もしくは、見ていても、頭を使うようにしましょう。
じゃないと、日本人はバカになっていくのみです。


日本には、昔からこの国に流れる歴史で培ったものが、立派に存在している。
なのに、日本人は、それに気付かず、外にばかり目を向け、
それも、本当の意味で外に目を向けるのではなく、
外見、格好、上辺だけの「かっこよさ」に目を引かれ、
それを流行として取り入れていっている。
取り入れるのはいい。
だが、日本のいいところ、日本独自の、「個性」を残さずに、
上辺だけマネしていくもんだから、
中身のない、スカスカの文化が出来上がってしまう。
日本人よ。
大和魂はどこへ行った?
侍魂はどこへ行った?
日本が残す、素晴らしい文化、芸術、
沢山あるじゃないか。
なのに、なぜ、それに気付かず、それを磨こうとせず、
「上辺だけ」の「カッコよさ」に、身を上塗りしていく?
そして、いつまでたっても、
「島国根性」は健在している。
本当の意味で、「国際的」になるのは、
日本人には難しいのか?
まあ、一番の理由は、この国の環境(周りを海に囲まれた島国という)の故、
他の国の人間と接する機会が少ないというのが大きいだろうが。

だが、例え島国でも、
「自分は日本人だ」というプライドを持てば、
その時点で、立派な国際人となるはず。
己の中に、プライドを持てればな。


テーマがいくつにもなってしまったが、
今感じているこの思いを、忘れる前にここに残したかった。
あと1週間もすれば、きっと今の自分の、日本を違った視点から見る感覚は大分薄れているはず。
そして、またアメリカに帰り、アメリカに慣れ、
いつかまた帰ってくるとき、「日本の常識は・・・」となるはず。
俺は、せっかく日本以外の国に行ってるんだから、
日本に帰ってきても、常に日本を、「客観的」に見られて、
日本をよい方向に変えていける、そんな影響力になりたい。


12.24.05


shunsukesekine at 02:39コメント(0)トラックバック(0) 
Thoughts-思ったこと 

December 18, 2005

Inoe

I’m just back from Ione, my friend’s farewell party. She is from Basque, and she is going back to her country. After she visits her country and Europe, she will come to Japan to study. I met her through Take, my friend from old school in Weed, and today was the last time get-together for her. There were so many people from everywhere, because her friends were all international. I don’t know how many nationalities of people were there, but it was so international anyway…

Every one was having good time, and it was such a nice atmosphere. I really felt that I was in “US”, where all kinds of people from all over the world get together.
It’s kind of funny, because even I’m in this area, Long Beach, for like three and a half months so far, I really didn’t put myself into international place like tonight. I mean, I have friends from my classes and organizations that I am in, but most of the time, they tend to be one nationality, like only Whites, Hispanics, Blacks, Japanese, Chinese, etc… It’s kind of hard to find a place, where “all” kinds of people get together, and everyone knows each other well, and everyone feels like they are family. Yeah, they feel at home when they get together. It’s such a nice atmosphere.

I only know Ione through Take, and we met, what? like 4 times only at most? And we just met on campus, just saying “hi” and stuff. But she treated me like a best friend from the beginning, and I was invited to today’s farewell party for her.
I went there, and of course I didn’t know anybody, but everyone was so nice, introducing themselves from them to me, and at the end of party, I got bunch of new friends, nice friends, hahaha.

I realized, that I was missing something very important, something which you can get only when you are in US. It’s so easy to hang out with people from same nationality where you are from. For example, because I am Japanese, it’s easy to hang out with Japanese people. Yeah, it’s easy, and it’s easy to make Japanese friends, because we are from same culture and we don’t have to talk about our customs when we meet at first time, because we are from same culture! But, when you meet someone from other cultures, you have to know their cultures too, because there are lots of differences between your culture and their cultures. One of the reasons why it’s so easy to get along with Asian people is because their cultures are so similar to ours, so that we don’t talk about it that much, in another words, we can get along without any further ado because we are almost from the same culture. But it’s a totally different story when you talk to someone from totally different countries, like from Middle East. Well, actually they have lots of similarities and it was easy to get along with them though, haha. I guess maybe it more depends on their background and personalities.

Anyway, what I’m trying to say is, that it is so easy to stay in one same community, where you feel comfortable to be with, because you don’t have to explore yourself in there. You don’t need to challenge yourself, trying to talk to them from you, try to find a same topic that you can talk with them, and trying to break a boundary between you and them.
Now, I got used to do this, because I’ve been putting myself in this kind of situation a lot, where you have to explore yourself otherwise you get no one to talk to. This is kind of off the topic, but most important thing when you try to get along with somebody is, not to “talk”, but to “feel”
it. Hahaha, like some kind of movie, huh? But actually it is true. Because we try to “talk”, we don’t realize the same “atmosphere” that we have between us and them, so that we tend to talk something stupid or something doesn’t make sense, and we lose the flow in our conversation. But if we try to “feel” something between us and them, there are always something between us which is similar or common to both of us, and you realize it and you can get along with them. In extreme, you don’t have to say a word. You just look into their eyes, and you can tell them what you want to say, and they feel it.

Wait a minute! I just came up with one idea! Probably, the reason why Japanese people are not good at communicating with people from other cultures is because we don’t look at their eyes, maybe? We are taught to not gaze at person’s eyes you are talking to, because doing so means disrespectful to them, but actually it is against the common sense in universe. Without looking into their eyes, we cannot fully understand what they are really feeling. Maybe because of our culture, we are not good at reading someone’s mind, and that’s why we are not good at getting along with people from other cultures. Well, there are always exceptions, and I basically tend to look into their eyes, so I don’t have any problem with that though.

Anyway, the most important thing is, to “feel” the person, and that’s the best way to become good friends with anybody. Ione, she is so good at these. Like I said, even though we have met only few times, she just exposes herself so open, and because of her self disclosure, I feel it’s easy to disclose myself too. That’s why we become good friend already, and now she is going to stay at my place in Japan because I found out that she is coming to Narita on January 20 and I will be there, so she can stay one night at my place with my family! Great!

Anyway, she was such a nice person, and that was such a great time that I had, and what I was missing was to put myself into more dynamic, international place everyday as much as possible, because I am staying in US only for 1 and a half more year, and then I have to go back to Japan. Once I go back to Japan, it’s so hard to find a place like this, where everybody from all over the world gets together and they get along with. I’
m sure I’ll miss this environment a lot.
That’s why I try to give myself more opportunities to meet more people, from all kinds of nationalities, to explore myself more. I want to broaden my perspective as much as possible, and I want to use my life to the fullest, feeling that I am using my life in this planet to the fullest, using every opportunities.

I’m going to have my own sushi and Japanese calligraphy school from next semester, and I’ll teach them how to make sushi and how to write their name in Kanji. I’m sure I’ll get to see more people each week, and that's one of the way that I can do now to explore myself more. I’m doing this to practice how to make company in my future, because making organization and managing that stuff is the basic work of managing company, so it will be a good practice for me. But above all, it’s going to be a great place to “meet” more people, which I need right now, while I am in US.

Anyway, that was a good night.


12/18/2005


shunsukesekine at 02:47コメント(0)トラックバック(0) 
College Life-大学 | People who ispired me-触発された出会い

December 13, 2005

今、学校の図書館にて。自分の持っているパソコンには日本語機能が入っていないので、日本語で打つには、ここに来るしかない。

今週はファイナルウィークということもあり、学校の図書館は、夜中の2時まで開いている。
自分が前までいたコミュニティカレッジに比べたら、凄いことだ。
前の学校は、いくらファイナルの週でも、夜の8時にはしっかり閉まっていた。土日は、もちろん開いていない。
前は開いていたときもあったそうだが、ここの州知事がシュワちゃんに変わってからは、州の予算カットで、図書館の開館時間も短くなった。
学生の授業料は上がるし、憎きアーノルドである。

今回書こうと思ったのは、人間の精神面の鋭さについて。
今回、ファイナルということもあり、久しぶりにこんなに真剣に勉強していたが、 図書館の机に座りながら、思った。
こうして勉強することの大事な理由は、もちろん勉強していることの中身の大事さもあるが、
それよりも、こうして、自分を辛い状況に持ち込み、逃げ出したい中でも、そこでじっと堪えてそれをやり遂げること、
それ自体に、意義があるのではないか、と。
そうする中で、己の精神力は伸びる。
これは、勉強に限ったことではない。
例えば、自分が高校の頃、水泳部だったとき、大会前に備え、学校の練習以外に、別のスイミングクラブでも、
独自で練習していたときがあった。
そこの練習は、学校のそれよりもきつかったが、自分の力を上げたい理由、それよりも、自分の弱さに負けたくない理由で、
何とかこらえて、毎日頑張った。
最低でも、一日4時間、時には、6時間以上泳いだ日もあった。
水泳は、水の中に常に顔を入れているもの。
苦しかろうが、こらえて泳ぐしかない。
泳いでいる最中、誰とも話はできないから、自分を叱咤激励するのは、自分のみ。
そんな中で、いかに自分を、辛い状況の中でも、ポジティブに保つか、
いかに気の遠くなるようなタスクをこなすか、
それを学んだ気がする。

そんな時も、やはり、精神的に、自分を伸ばしていたことになる。
その時の己の精神の「鋭さ」は、最近の自分の精神的な面に比べて、確実に勝っていた。
逆に言えば、最近の自分は、自分を精神的に「磨く」ことを、本気でやっていなかった、そう感じた。
水泳は、スポーツ。肉体を使う。
勉強から来る精神的な苦しみなんて、その時の肉体的な苦しみに比べたら、何でもない。
それでも、こうして、机にじっと座り、逃げたい自分を抑え、何とかやり遂げようとすることは、水泳の練習の時、
自分が己を精神的に磨いていた状況と、同じ事と言える。
肉体的な苦しみがないだけ、ずっと楽だけどな。

今自分は、22歳。
その水泳の練習時代から、5年経った。
5年経ったが、精神的な鋭さは、その時のほうが勝っていたことに気づいた。
そして、このままいるのは嫌である。
5年経ったなら、5年分、精神的に鋭くなっていなきゃいけないはずだ。
つまり、毎日の、己の磨き様が、「本気」ではなかったいうこと。
前のメールでも書いたが、自分を甘やかすも、厳しくするも、己自身。
22歳の俺よ、毎日「本気」で自分を磨け。

shunsukesekine at 02:11コメント(0)トラックバック(0) 
College Life-大学 

December 12, 2005

今週はファイナルウィーク。今週が終われば、CSULBでの初セメも、終わりである。

さっき、今年のスケジュール帳を見ていた。このスケジュール帳は、去年の終わりに日本で買ったもの。
毎日の予定や、その日に起こったこと、これからの予定など、色々書き込んでいるが、
大体のことは書き込んであるため、それを見直せば、今年一年何が起こったか、思い出せる。
いわば、自分の人生の、引き出しの様なものである。

この一年は、とにかく濃かった。多分、今までの人生で、一番濃かった。
というより、今までの人生の中で、一番、「日々を意識して生きた一年」となっただろう。
だからこそ、一日一日、何が起こったか思い出せるし、「濃く生きてよかった」と感じられる。
無駄にした日は、一日もないと言い切れるから。
今年1月の頭から、今、12月の半ばまでを、毎週ごとに見て感じたが、
人の一生なんて、長く見えるが、結局は、日々の積み重ねであるということ。
一日一日を大事に生きない奴は、自分の一生を大事にしていないのと同じである。

人生は、毎日の積み重ね。
行き当たりばったりでも、どうにでもなる。
その日にその日の予定を決めて・・・・とやっていても、日々は経っていく。
だが、そうしていたら、日々だけが過ぎ去り、何も残るものはないだろう。

だからこそ、己の人生の中での目標をつくり、そのDue Date、期限を決め、
日々を、それに向かって走っている状態にすることが大事だ。
もちろん、休憩は大事。「ここまで走ったから、俺はこれだけ休む」と決めることも、
自分の精神状態と体を管理する大事な方法。
自分の体なんて、消耗品だからな。
しっかりテイクケアしていなければ、すぐにガタが来る。
それは、病気、怪我など。
しっかり食べ、体を休め、・・・・その健康管理ができていないと、すぐに体は悲鳴を上げる。
もしくは、精神的に、まいってくるだろう。
それをきちんとこなして、初めて、自分の目標に向かい、日々走り続けることができる。
そして大事なのは、その目標を達成したら、次なる目標を、すでに用意しておくこと。
目標がないまま、ただ日々を過ごすことは、簡単。だが、そうやって過ごした日々からは、何も生まれない。

人間、堕ちるのは簡単。特に、自分に甘くすることは、本当に簡単である。
なぜなら、自分を本当に見ている奴は、自分しかいないから。
頭、体、心は、日々鍛えないと、伸びないばかりか、すぐに堕ちる。
人生も、それと一緒。日々、目標に向かって進まないと、今の状態から前に行かないばかりか、
後退しているのと一緒だ。
だから、とにかく、毎日続けることが大事である。
一日一日で進む距離なんて、無に等しい。
一見、ちっとも進んでいないように感じる。
だが、そのすぐの結果に騙されて、続けることを止めると、
あっという間に後退していく。
逆に、毎日、あきらめずに続けていけば、
必ず、前に進んでいく。
その結果は、半年、一年の、ロングスパンで見てみて、初めてわかる。
「お、俺はこれだけ成長したのか」と・・。

今の自分には目標がある。
今日本にいる知り合いの人と、レストランビジネスを展開することだ。
彼は、今大阪で、第一号店の取り掛かり準備をしている。
自分は、二件目のレストランを、彼と作り、運営する予定だ。
オープンは、今から約7年後、2013年の予定。東京に作る。
自分は、ここCSULBにて、あと一年半の学生生活がある。
一年半といっても、あっという間に過ぎ去るだろうけどな。
この一年が、あっという間に過ぎ去ったように。
ここを卒業した後は、日本に帰り、2年、もしくは3年、日本の社会で働く予定だ。

その短期間で、金を稼ぎ、自分のことを今まで面倒見てくれた両親に、お金を返す。

そして、その後は、俺の進みたい道に向かって、進む。
その知り合いの人と、一緒に行動開始だ。

7年後。俺が29歳となる時。
その時に、そのレストランの顔としてふさわしい人間になるため、
日々、ここで、自分を磨く。

7年後。大分先のことの様に感じる。
だが、そんなの、あっという間に来る。
この一年が、あっという間に過ぎ去ったように。
日々を、大事にしていても、だ。
この一年を、あと7回繰り返したとき、その日が来る。
しかも、人は、年をとるごとに、時が経つのが早く感じるからな。
今の目標は、その7年後に向け、毎日を生き抜くことだ。

「言うは易く、行なうは難し」。
こうして宣言している以上は、とにかく日々、生き抜くのみ。


12・12・2005

shunsukesekine at 02:08コメント(0)トラックバック(0) 
College Life-大学 
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